日本学術会議が選んでいない定番の選択肢

 例の日本学術会議の件はまだ明らかになっていないことが多い.学術会議側に焦点を当てて考えるなら,最大の謎は,山極前会長が次期会員の名簿を提出した際に学術会議側の事務局が何をしていたのか,だと私は思う.政府への提出は事務局を通しているはずであるが,そのときに事務局はどう対応したか.
 一般に,学者や大学の先生はかなりとんでもないことを考えるのが常である.そこを現実に引き戻すのが事務局の役割といえる.大学も同じだろう.私が埼大の中で見聞した範囲でも,教授会側が勝手なことを決めて後で笑話になることもあった(教養学部の話ではない).いいたいけれど,まだ10年は差し障るだろうから,やめておこう.
 前々の学術会議会長は政府側の要望に応じて委員の調整に同意していたので,事務的に考えると今回も同様であるのが自然と思う.想像に過ぎないが,今回は山極前会長が「やっちゃったぁー」という話ではないか.そのときに学術会議側の事務局はどうしてたのだろう,という点に興味が湧く.
 ともあれ,その「やっちゃったぁー」の後の学術会議側の対応はといえば,よく分からない.一見すると梶田現会長が政府に融和的であるように見えるけれども,学術会議側も内部は色々だろう.学術会議としてどうまとまるかは分からない.
 この間,学術会議側の対応が分かりにくく見えたのは,定番の反応をしていないからではないか,と私は感じた.
 私が「定番」の反応と思うのは,「差し障りがある-ない」の尺度で順序づけられる.差し障りのない方からある方に,「これが定番でしょう」と私が思うことを,茶飲み話として書いてみる.

1.当該会員の必要性を説明に行く
 採用を見送られた候補者に関して「この人はウチの組織にこういう訳で必要なんですよ」と政府に説明に行くのが,一番差し障りのない反応であり,類似の場面ではよくやることではないかと私は思う.「理由を説明しろ」は頭が高いいい方に過ぎる.人事不採用については,理由なんて何を出してもその後に押し問答になるしかない.私なら間違っても理由などいわないだろう.教員人事で不採用にする場合と同じである.問われても「優秀な方と思うが,職務に適切であるという確信を持つには至らなった」というしかない.
 今回の学術会議の件では,不採用者がいることを事前に学術会議側に事務ルートで内示していたのかどうか,私にはよく分からない.もし内示があったなら学術会議側はすぐに説明に行くべきだろう.正式決定の後に知ったとしても,欠員があるのだから,次の採用のために説明に行くことはやるべきことと思う.
 「この人が必要である理由」とは,理屈からいって学術会議法にある組織業務(次の2つ)との関連での説明になる.

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

学術会議は今まで,必要があるからこの人にするという発想が,そもそもなかったかも知れない.ただ,話を通すためには説明が必要なのは当たり前である.実際に説明がつく方であるかどうか,私には状況が分からないのであるが,ちゃんと説明できれば,それだけで状況は変わる.通ることもあるように思う.

2.民間の別組織を立ち上げる
 学術会議が政府機関をやめて非政府の組織を立ち上げればそれで解決,という考えは問題が出た当初から指摘された点だった.通常,別組織を立ち上げるのは差し障りのある方の反応であるが,学術会議については2003年に暫定的に政府機関とすると決めたときにも,民間に移行することが理想としていた.だから政府にとっても嫌がる理由はない.民間組織になれば首相の人事権があるはずはないので,任命が見送られた人を会員にできる.会員を自分たちで決めることが重要であるなら,例えば「日本学術協会」などと銘打った別組織に移行することは有力な選択肢である.政府としても行革の実績になるから,Win-Winではないか?
 非政府にすると政府の金を当てにできないと思うかもしれない.が,政府は補助金を出すだろう.政府機関のときと違うのは,お金が渡し切りではなく,事業別に補助金が付き,評価が入ることだろう.実質は従来と変わらないのではないか.むろん,寄付金を募るなどして財源を確保するのが正しい.

3.抗議のため辞任する
 不本意なことがあると抗議のため辞任するのは1つの定番である.が,今回は学術会議のメンバーが抗議の辞任をしたという話は聞かないのが情けない.人数が多いのである程度は出てよい.よほど会員であることに魅力があるのだろう.辞めても収入の道がなくなる人はいないと思うので,ハードルはない.
 私も気に入らないことがあって何らかの役を辞めたことは,大学内外で何度かあった.給料に影響はないから「辞めるだけタダでしょう」といわれればその通りであるが,それでも迷惑をかける方はいるので,多少のハードルはある.抗議する気持ちの強さの問題である.

4.法的な手段に訴える
 首相が任命を見送るのは法律違反であるという話はよく出る.だから違法と思えば訴訟を起こすのは定番であるが,やはりまだ生じていない.かつては家永裁判などがあった.
 法律違反云々は法解釈と法の運用指針とを混同した議論と私は思う.が,法に反すると思えば法的手段,例えば地位確認の訴訟などはできる.法律違反と思うのであれば国会などで議論するのではなく裁判所に委ねるのが正しい.

 学術会議側も内部の調整を経た政府への態度に応じて,今後,上記定番の何れかを選ぶのかも知れないなぁ,見ものだなぁ,と思っている.
 かつて明治の先人は官学に抗して自前で私学を設立する気概があった.時が経過して今は学者の皆さんは公金に頼る癖が身についてしまったかのようだ.あるいは共産主義者がすべてを公金で賄うのが正しいと考える結果なのだろうか?

| | Comments (0)

筑波大学の下克上

 先日ネットを眺めていたら,朝日か毎日か東京新聞の左派系メディアが筑波大学の学長選考について記事を書いているのを見かけた.学長選考規則を学長選考の前に変えたことに教員の有志が異議を唱えているという趣旨の記事だった.朝日などはよくこの種の記事を書く.「学内民主主義」云々を問題にしたいのだろう.私も以前なら「問題だ」といったかも知れないが,少なくとも退職した今は冷めた見方をする.そもそも教員は学長選考に承認を与える職種ではない.いまだに教授会自治の感覚で騒ぐのは,明治10年頃にちょんまげを結っているようなものだと思うのである.いい加減,昔の管理者ごっこから抜け出したらどうかと思う.
 筑波大学の学長選考に関する記事とほぼ同時期に私が目にしたのは,筑波大学が東京医科歯科大とともに指定国立大学法人に選ばれた,というニュースだった.「えっ」と思った.こちらの方が話が大きい.

 指定国立大学法人とは,ご存じのように,選ばれた上位の国立大学であり,今後政府による投資の対象になる公算が大きい.2017年に最初に選ばれたのは東大,京大,東北大の3つだった.この3つが選ばれたのは驚きではない.その頃,文科省傘下の研究所が大学の論文シェアをまとめていたのだが,シェアの大きな第1グループはこの3大学に阪大を加えた4大学だった.論文数でジニ係数を計算すればわれわれの想像以上に格差があることが分かると思うが,その一握りの上位大学である.
 指定国立大学法人はその後徐々に増え,筑波と東京医科歯科を入れて9大学になった.調べると,2018年3月に東工大と名古屋大学が加わった.阪大より名古屋大が先に入ったのはやや意外な感があったけれど,名古屋大としては欠点だった規模の小ささを岐阜大学との統合計画で乗り切ったのである.東工大も仕方ないだろう.論文上位の阪大はその数か月後に指定国立大学法人に追加された.そして2019年には一橋大学が追加された.一橋はド文系の大学なので指定する意味があるか疑問があるが,まあ世間は納得するかもしれない.その後に追加されたのが東京医科歯科と筑波である.
 東京医科歯科大学は国立大で最初に重点化大学を決めたときにも選ばれているので,順当な面もある.しかし旧帝の九大が申請して落ちたのに筑波が入ったのは下克上ではないか?
 筑波大学も,論文シェアでは第2グループの13大学に入っている.だから不思議はないともいえるが,一般には筑波と広島大がトントンと思われていたから,やはりニュースである.
 
 筑波大の学長選考話に戻そう.これまで筑波大は永田学長という方だったが,その永田学長が今回の選考の結果,引き続き学長を務めることになった.永田学長は国大協の会長にして,日本学術会議による軍民Dual Use 研究の迫害に否定的である.朝日などが永田学長を引きずり下ろしたかった理由はその点にあるだろう.しかし,筑波を指定国立大学法人にした功績は永田学長にある.指定される前提は学長のリーダーシップへの支持が学内にあることであるから,筑波大学としてはこの時期に学長を変えることができる訳がないではないか.学長選考規程を変えたのも,下心の話ではなく,指定を得るための措置の1つであるだろう.そのくらい考えてやれよといいたくなる.
 そして永田学長という方の考えを前提にすると,根拠はないが,筑波大学は今後政府の投資の対象になる可能性が高いのではないか,という気がする.その通りであれば,さらに下克上があり,日本の大学の勢力図に変動があるかも知れない.
 実は私の師匠筋の先生は,旧の東京教育大学にいて筑波大学に移ることを拒否した一人である.だから私も元来は,筑波大学には良いイメージはない.しかし,いろいろと変化があるとするなら愉しいではないか.期待してしまう.

| | Comments (0)

日本学術会議は見直すべきだろう

よく知らなかった日本学術会議

 少し前に,菅首相が日本学術会議のメンバーを何名か任命しなかったという出来事があった.その件についてはまだ議論がある.が,任命の件とは別に,日本学術会議のあり方の議論が政府で始まった.2003年に日本学術会議を政府機関にすることを暫定的に決めたらしく,10年をめどにあり方を見直すという話が元々だったという.既に17年経っている.安倍政権のときは行政改革は事実上放棄されていたが,菅内閣では行政改革がテーマになる.だから自動的に日本学術会議のあり方の見直しが進む,ということだと思う.
 私にとり,学術会議がいう「軍事的安全保障研究」の件,つまり学術会議が研究者にDual Use の安全保障技術研究をも禁止する方向で働きかけたこと以外には,学術会議が念頭にのぼることはなかった.何の団体かも認識がなかった.今回,ニュースを見て,学術会議が政府機関であると知って驚いた.学術会議は,国大協と同じように民間の非政府組織であると私は思っていた.学術会議の会員が公務員になるというのも意外だった.公務員なら,なるほど任用するかどうかの政府判断はあるだろう.
 「軍事的安全保障研究」の件では,2018年9月に,私はこのブログに次の記事(を含めて5つの記事)を書いた.学術会議は間違っているというのが私の考えである.
軍事的安全保障研究 http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/09/post-cadf.html
が,「軍事的安全保障研究」はこの記事のテーマではない.

日本学術会議の法令上の業務

 学術会議が何をする組織なのかを,そもそも私は知らなかった.そこで調べてみようと思った.細かいこともあるので,実際に何をやっているかは外部からは分からないことが多いだろう.まず法令上は何をすることになっているか,という点を抑えようと思った.
 「日本学術会議法」では次の第三条で主たる業務を規定している.

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

 なるほど,この業務(職務)ならいかにも政府機関である.ただ,この業務は明らかに文科省+学振,内閣府とかぶっている.例えばこの数年間,日本の研究論文の量と質が落ちているという議論があるが,そのための基礎的な資料まとめと分析をしていたのは文科省傘下の専門の研究機関である.この分析作業は今も続いていると思うが,この間,ある程度実態が明らかになってきた.そのような分析は専門性のある専従の研究者でなければできない.日本学術会議の出る幕は,実際になかったのではないか? 学術会議も何かしたかも知れないが,ニュースになったという記憶がない.財務省ですらものを言っているのに.
 学術会議の役割は第三条にある「独立に」にあるのかも知れないが,独立して何もできていないだろう.文科省や内閣府の作業はオープンな議論であるので,外部の意見は入ってきており,今さら独立機関の存在意義はない.

 第三条に続く次の第四条~第六条で日本学術会議に関する「できる」規定が入る.

第四条 政府は、左の事項について、日本学術会議に諮問することができる。
一 科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算及びその配分
二 政府所管の研究所、試験所及び委託研究費等に関する予算編成の方針
三 特に専門科学者の検討を要する重要施策
四 その他日本学術会議に諮問することを適当と認める事項
第五条 日本学術会議は、左の事項について、政府に勧告することができる。
一 科学の振興及び技術の発達に関する方策
二 科学に関する研究成果の活用に関する方策
三 科学研究者の養成に関する方策
四 科学を行政に反映させる方策
五 科学を産業及び国民生活に浸透させる方策
六 その他日本学術会議の目的の遂行に適当な事項
第六条 政府は、日本学術会議の求に応じて、資料の提出、意見の開陳又は説明をすることができる。
第六条の二 日本学術会議は、第三条第二号の職務を達成するため、学術に関する国際団体に加入することができる。
2 前項の規定により学術に関する国際団体に加入する場合において、政府が新たに義務を負担することとなるときは、あらかじめ内閣総理大臣の承認を経るものとする。

 この「できる」で何かをしたというニュースは,寡聞にして接したことがない.諮問であれば政府は別途専門の会議を招集して試問するだろうし,「勧告」については永く何もなかったというニュースもあった.少なくともニュースは聞いたことがない.猪口邦子はコロナ禍でも何を発信しなかったでしょう,といっている(発信しないでくれてよかったと思うが).
 ネットの記事で,学術会議の安全保障の部会?という話題があった.安全保障の専門家が全くいない,という落ちである.学術会議のメンバーはそれぞれの分野で学識は高いのだろうが,個別の問題については個別に専門家を集めて協議するしかないから,学術会議が安全保障を検討するとしたら井戸端会議のようなものでしかないだろう.

実際何をやっているか?

 日本学術会議が何を発信しているかを日本学術会議サイトで眺めてみた.

 まず日本学術会議法の第三条にある職務については,分からなかった.

 第四条にある政府からの諮問については,同サイトの「答申」が該当するのだろう.しかしこの「答申」に記されているのは3つだけであり,最後の答申は2010年のもの(「地球規模の自然災害の増大に対する安全・安心社会の構築」)である.ほとんど答申はしていないようだ.
 なお,別途「回答」というページがあり,その回答では「関係機関から審議依頼(政府からの問いかけを除く。)事項に対する回答」と記してある.この「回答」ページには2006年から2020年までで11の回答が載っている.2020年の回答はスポーツ庁からの審議依頼に基づくから政府からの試問といってもよさそうに思うけれども,区別してある.しかしそれでも数は少ない.

 日本学術会議法の第五条に基づく政府への勧告については,1949年以来数多くの勧告が載っている.しかし最近になるほど数が減り,2009年以降は2010年の勧告を最後に,絶えている.最近は勧告をまったくしていないようである.
 その他,「要望」という項目があり,この「要望」が勧告とどう違うかは分からない.同様に昔は多くの要望の記録を残しているが,2009年を最後に絶えている.

 という訳で,日本学術会議法に記載のある事項での発信は,特に近年になるほどやっていない,というのが実情のようである.
 日本学術会議法上の位置づけははっきりしないが,「提言」や「報告」というページがあり,そこではかなり多くの提言・報告が記録されている.2020年のものも多い.私に分かりそうな提言を見てみたが,まともな提言のように思える.が,これらの提言・報告は分科会でまとめたものなので,学会もしくは学会連合でまとめるべきものがほとんどであると思える.実態としては学会ないし学会連合でやったも同然だろう.

私なりにまとめると

 以上,ダラダラと書いたことを私なりにまとめると,次のようにいうべきと思う.
 日本学術会議の業務を日本学術会議法で規定するなら,日本学術会議の仕事は現状の文科省+学振,内閣府で現実に,それなりに効率的に行っており,日本学術会議が出る幕はないだろう.実際にやっている作業を見ても,日本学術会議法の通りとはいえない.
 日本学術会議の活動で意味がありそうなのは,学会ないし学会連合としての提言・報告の部分(だけ)だろう.こういう活動はあってよい,あるべきとは思うけれども,実態は,学会関係者が東京などに赴く交通費の財布として日本学術会議が使われているのが実態であるように,私には見える.今どきオンライン会議があるのであるから,わざわざ交通費を使う必要はない(それ以上に紙を印刷することはない)けれども,ある程度の交通費は政府が補助してよいのだろう.
 こう考えると,日本学術会議は学会の大連合として定義し直した方が実態に近いのではないかと思えて来る.例えば,学術会議の正規会員は,変な推薦を入れるよりも,主要学会の学会長が自動的に就任するようにした方がすっきりするだろう.会長はちゃんと選挙で選ばれる.主要学会とは,会員規模,海外学会とのつながりなどで判断すればよく,文科省なら判断できると思う.主要でない学会については,複数学会で1人の会員を出せばよいのだろう(おそらく持ち回り).だから日本社会学会や日本心理学会の長は自動的に学術会議メンバー,小学会の会長は時折回って来る,ということである.
 そのうえで,学会連合で作業する人はすべて連携会員に指定できるようにし,必要に応じて交通費を支給するよう政府が予算を措置すれば,それでよいのではないのか? 学会は政府機関ではないから,学術会議も政府機関でないのがむろん正しい.
 なんか,偉そうに書いてしまったw

| | Comments (0)

大学支援ファンド:で,地方国立大はどうなるの?

 大学の研究支援のための,最大10兆円規模のファンドを政府が作るというニュースが流れた.前々から小出しになっていた話と思う.

 政府は国立大学に対して自律的な経営体になれといってきた.でも,それ,無理なんですよね.お金ないから.予算はそれなりにもらっているけれど,予算はフローでありストックがない訳ですね.国立大学時代は毎年度ごとの予算をもらって消化していればよかった訳だから,いわばその日暮らしだった訳ですよね.以前,ある政府系の審議会の委員が,学長のリーダーシップなんていっても独自の資金がないんじゃしょうがないでしょう,という趣旨のことをいっていた.まあその通り.で,確かに東大などは受託研究費を埼大より二桁多くとっていたと思うけれども,それでも,欧米有名大学のようなストックができる訳ではない.だから今回のようなファンドを,とりあえず政府が作るしかないのだろう.米国の有名大学の収入の内訳を見ると,大学にもよるけれど,伝統ある上位大学は運用益の比率が結構高い.そうでなければ動けませんよね.
 10兆円といってもすぐにその規模になる訳でもなく,運用益を出して使う訳だからすぐに使える訳でもないだろう.何年かして少しずつ稼働するということのように思う.運用は民間に委託するのだろうし,何れは政府から独立した財団にするんだろう.
 ニュースでは,対象は東大や京大など,という書き方だった.想像であるが,法令で線引きするなら指定国立大学法人に対象を限定することになるんじゃないか,と私は勝手に思う.指定国立大学法人は入れ替えがあり得る.

 この大学支援ファンドは,日本にとっては良いことに違いない.けれども,埼大という地方国立大学に縁があった私としては,いろいろひっかかる.
 まず,数大学しか対象にならないこと.10兆円ということなら,3~5大学くらいだろう.しかしそれだと,米国に比べてトップ大学の数が少な過ぎないか? 日本は人口で,以前は米国の1/2,今は1/3くらいかも知れない.もともと,日米で指標を比べると,だいたい日本は米国の1/3~1/2だった.しかし,3~5大学くらいとなると,米国に比べてトップ大学の数が少な過ぎるのではないか?
 つまり,今考えている大学への策は,トップ大学の回りに裾野が広がる,というよりは,下位大学の累々たる屍の上にトップ大学がちょっと乗っている,という風景ではないか? 金がないから仕方ないといわれるとそれまでなのだが,トップでない大学,特に地方国立大学は放置プレイの対象にしかならないのだろうか? という思いが浮かんでしまう.ある程度のファンドは有名私大は持っていると思うが,それでも額は少ない.しかし地方国立大学は,埼玉大学基金程度のものしかないのではないか?

 今回のようなファンドを地方国立大学が作るためにはどうするのか,と考えるべきなのだろう.そのためには,規模を大きくして(つまり統合して),お金を集められる将来的な計画を提示するしかないのだろう.それと同時に,旧来の「大学の自治」風のあり方ではなく,かなり厳しい経営のあり方が大学に求められるようになるのだろう.
 地方銀行は県に1つは要らない,という記事が最近載る.その話,地方国立大学の話かといつも思ってしまう.

| | Comments (0)

なんとなくパラレル:日本学術会議と国立大学

 先日,日本学術会議会員の任命問題で話題があった.ニュースを見ると,過去に学術会議側は首相の任命権に応じる反応をしていたという.だからこの件は済だな,と感じた.
 この件の経緯の報道を見ながら,なんとなく,日本学術会議は国立大学と似ていると思えてきた.似ているのは発足時の経緯と今後のあり方についてである.

発足時の経緯:国にしがみつくことが第1だった

 私が Twitter でフォローしている高橋洋一(嘉悦大学)という人は,元財務官僚であり,2003年に学術会議のあり方を決めるときには学術会議から彼自身が陳情を受けていたと語っている.当時は民営化の検討が盛んな時期であり,学術会議も政府組織から切り離す(民営化)ことが検討事項だったようだ.国立大学と同じである.政府組織に残れば政府の権限に服することになるが,お金は国から出る.学術会議は国にしがみついてお金をもらうことの方を優先したという.つまりは,任命権は国に行ってもお金の確保を優先したのだろう.だから2003年当時の事情を思えば,首相が任命権を行使しても文句をいう話ではない.

 国立大学については,1990年代の末に,民営化を含めてあり方の議論があった.私個人は「民営化でよい」と当時は思っていた.国の干渉を受けないことの方が重要だからである.民営化しても私大になるだけの話であり,国立大学だったという看板があるのだからやって行ける,と考えた.むろん,教員数に対する学生定員は私大並みを認めてもらうことが前提である.大変かも知れないが,新しい局面に夢を持つべきではないかと思った.
 しかし国立大学関係者の大勢は,私の周囲を含めて,国にしがみつくことが強い願望だった.たぶん日本学術会議と同じような陳情をしていたのだろう.
 国立大学の独法化は免れない,という官庁経由の情報を私が聞いたのは,1999年か2000年の年末であったと思う.独法は民営化に比べるとかなり国の組織に近い.だから内心,私はがっかりしたのである.逆に多くの国立大学関係者は一安心だったろう.
 埼大でも独法化に関する全学会議ができ,教養学部からは私ともうお一方が出席して,独法化後の対応を協議していた.ただこの会議,独法化しても国立大学の現状とほとんど変わらない話ばかりしていた.実質は国立のまま形だけ独法化にするにはどうするか,と話していたのである.
 民営化を回避して独法化になっただけでも国立大学は有難かったはずである.が,その後,国立大学法人という設置形態になるという話が出てきた.国立大学法人は独法より管理が緩い.だからその間に国立大学が陳情を続けたのだろう.力になってもらったのは文科省と文教族の議員先生方である.この時点で,国立大学法人で収まったことは,国立大学にとってはかなり有難いことだったはずである.
 法人化の少し前に文科省のお役人の説明(講演?)が今の研究機構棟の7階会議室で行われた.フロアからはお定まりの,大学が政府の評価に左右されるのは大学の自治ガー,学問の自由ガーという発言もあった.そのときお役人が「学長を文科大臣の任命にしないでもいいんですよ」というと,みんな黙ってしまった.国との関係を切るというのは殺し文句だったのである.
 そんなことであるから,国立大学法人の発足の経緯を考えると,国立大学法人で収めて頂いたことには国立大学関係者は感謝しないといけない.その後,最近になって「国立大学法人化は誤りだ」という発言が時折出るのであるが,そりゃ,国立大学法人発足時の経緯を無視しているな,と感じる.
 日本学術会議と似ているのである.

今後のあり方:国にしがみつき続けるのか?

 日本学術会議については,最近,自民党の中で組織見直し論が出てきた.任命の件で悶着があったということより,2003年に学術会議を政府組織にしたとき,10年をめどに見直す,理想は欧米のアカデミー(つまり非政府組織),というまとめをしていたことによる.既に10年を過ぎており,この間見直しをしていなかったので,見直しは自然なのである.当然,政府組織から外すことも選択肢になる.
 この見直しに学術会議がどのように対応するかは面白い.橋下徹氏がいうように非政府組織にして会員の会費で費用を賄うのが正しいだろう.ただ,日本学術会議は何があっても政府のお金にしがみつくような気がする.見ものである.

 国立大学にも組織の見直しがあるかどうかは私には分からない.在職していれば何かの情報があるかも知れない.ただ何かあるかも知れないな,と思うのは次の点である.
 昨年2019年の政府の骨太の方針(「経済財政運営と改革の基本方針2019」)は,国立大学を含め,大学に多くの言及をしていたのが目を引いた.安倍内閣になってから成長戦略を考えるようになり,政府は大学,特に理系比重の高い国立大学を経済成長の基盤と位置づけるようになった.予算面でいえばこの点は大学にとって神風になっただろう.
 昨年の骨太の方針で特に私が気になったのは次の表現である.

  国は国立大学との自律的契約関係を再定義し、真の自律的経営に
  相応しい法的枠組みの再検討を行う。

 「自律的な契約関係」とは何だろう?
 勝手な想像であるが,米国型の政府と大学の関係であろうか,と思った.米国の場合,州立大学は州の産業振興や人材育成に役割を果たす.そのために予算が付く面がある(日本でも公立大学は同様かもしれない).そのように,この仕事をするからこれだけの補助を出します,という契約関係を結ぶ,ということかも知れないと思った.積算ベース(に近い金額)で予算を国立大学に出すのとは,考え方が異なる.
 今年の骨太の方針2020は,コロナ関係の対応に多くのスペースを割いているので,昨年ほどは大学に関する記述はないように思う.しかし「大学改革等」の項で次のように書いているのである.

  国立大学法人改革について、戦略的な大学経営を可能とする新たな
  法的枠組みを検討し、年内に結論を得る。国と新たな自律的契約関係を
  結ぶ国立大学法人は、…

 昨年度の骨太の方針で出た「自律的契約関係」がここでも出て来る.そして,おそらくそのような契約関係の基礎となる法整備の結論を年内に得る,と書いている.「年内」というだけ,昨年より踏み込んでいる.
 いったい何があるのだろうか? 波乱があれば嬉しいと思う私としては,期待してしまう.

| | Comments (0)

小論文試験問題を論評する

 私は受験生の時に小論文を経験したことはなく,大学教員になってからも小論文の採点をしたことがない.私の在職期間には,属していた教養学部には小論文はなかった.だから,小論文については私には実感がない.小論文試験に解答するということがどんな感じか,小論文試験の答案が実際はどんなものか,その辺の感覚がない.小論文はちゃんと採点できるものなのか,という点もよく分からない.
 前の記載で私は大学での入試採点について触れた.その記載を書いていて一番気になったのが,「正解」が想定できる学科の試験に比べて,小論文の採点というのは謎である点である.
 そこで教養学部が始めた小論文試験の問題を眺めてみた.いろいろ思う所があったので,よせばよいのにという気持ちもあるのだけれど,以下に書いてみたいと思った.

ひとつの想い出

 教養学部の試験問題を論じる前に,私のひとつの想い出を書いておきたい.20年以上前のことなので,まあいいかと思う.
 正確な年度の記憶はないが,1990年代のことである.私は全学の入試管理委員をしていた.その委員には入試問題の点検という業務があった.どのような問題を点検したかは覚えていないが,通常の学科であれば私に点検ができる訳がない.1つ覚えてるのは,某学部の小さな入試単位が出題する小論文試験の問題での出来事である.
 その問題は,世論調査(のような調査)の結果の表を解説文とともに提示し,小論文で解答を求める問題だった.気の利いた問題に思えた.けれども,設問を見て引っかかったのである.「この問題はダメではないか?」と出題者殿に私は問いかけた.よくいえたな,と思う.
 私の意見は書生的である.設問ではある現象がなぜ起きるかの解答,つまり因果関係の解答を求めていた.しかし設問で示してあるのは調査結果である.調査結果が示すのは相関関係でしかない.原則として,相関関係を示しても因果関係を知ることはできない.つまり本来は分からないことを解答で求めているのではないか?というのが私の論点である.因果関係を検証するなら実験するしかない.
 私が申し上げたことを出題者殿は理解しなかったと思う.押し問答が続いた.出題者殿としても,今さらダメといわれてそうですかと持って帰ることは,今思えば,できなかったろう.だから時間をかけたけれども,問題は手付かずで終わった.
 私の指摘が正当であったかどうかは,今の段階で,問題が目の前にないので分からない.私も,そのような議論をしたという記憶しかない.ただ,私の指摘が正しかった可能性はあるだろう.調査結果を使うのであれば,あくまで相関関係の話として論じるべきであり,因果関係に踏み込むのは正しくない.
 そのときに私が思ったのは,実際にミスがあるかどうかは別にして,可能性として,小論文にもミス,ないし不適切な設問はあり得る,ということである.
 小論文は,本音をいえば安上がりに入試問題を作る必要があるときの策である.だから小さな入試単位が自前で問題を作らなければならないときに選択されることが多かったように思う.原則として小論文なら入試ミスはない.提示した文章の中にミスがあっても責任は原著者に押し付けられる,という気楽さもある.だから気楽に作っていることもあると思うのであるが,科学の基準で問題を問い直す必要は,潜在的にはあるのだろうと思う.その検討をちゃんとしているか,という点は,私は小論文の出題に関わったことがないので,分からない.

2018年の小論文:教養学部・後期

 埼大サイトに入ると学部入試問題の原文をネット経由で閲覧できる.
http://www.cybercollege.jp/saitama/index.php
ファイルにはパスワードがかかっているけれど,ページの右上を見れば閲覧できることが分かる.
 現時点で2018~2020年度の入試問題を見ることができる.そこで,その3年度の,教養学部の後期試験の小論文試験の問題を眺めてみた.
 まず2018年度の問題である.結論を先にいえば,この問題は実によく出来ていた.
 終戦直後(1946年)に志賀直哉が書いた文章が提示される.(実際に問題文を見て頂くべきであるが,)要旨は,国語改革はできそうにない,それよりは外国語を国語にした方がよい,フランス語を国語にするのがよいだろう,という趣旨の文章である.晦渋さのない,分かりやすい文章であるのもよい.
 浅学にしてこのような文章を志賀直哉が書いていたとは私は知らなかった.読めば受験生も驚くのではないか? そして設問とは,「筆者の『国語』についての意見に対するあなたの考えを,…述べなさい.」である.この設問の書き方もよく整っている.
 この問題が優れているのは,提示した志賀直哉の文章内容があまりに荒唐無稽であり,受験者は出題者を忖度して文章内容に同意する圧力を感じないで済む点である.自由に解答できる.つっこみ処は満載であるから,書けるポイントも多い.
 私ならどう解答するか,と考えた.志賀直哉は国語を外国語(英語)にすることの利点を書いているが,コストは書いていない.だからフランス語を国語にすることのコストを書くだろう.見たところ,一番の問題はどのように(外国語への)移行期間を設定するか,どれほどの移行コストを覚悟するか,である.最終的にどうするかは価値観の問題である.価値観の問題ということは,カレーがよいかハヤシライスがよいか,という話であるから,どうすべきかと書くのは野暮な気がする.私なら,最終的には価値観の選択であると書いて終わりにするだろう.
 一瞬迷うのは,志賀直哉のいう「国語」とは「公用語」の意味なのか,という点だった.実際,複数の言語が公用語である国は多い.おそらくフランス語だけを公用語にする,という趣旨と思うが,それでよかったか?

2019年の小論文:教養学部・後期

 2019年度の問題は,貧困と「自己責任」を論じた文章を提示した問題である.私の意見を最初にいうと,私がこの問題に解答するのは難しい.
 設問は「現代の日本社会で用いられる『自己責任』という概念についてのあなたの考えを,…述べなさい.」である.文の形式は2018年度問題と同じに見えるが,2018年の設問には隙がなかった.この年度では「日本社会で用いられる」と書くが,「用いる」の主語は何なのか?
 少なくとも2つの可能性がある.1つは,「日本国民の多くが自己責任の観念を抱いている」である.もう1つは,「日本社会の制度が自己責任論を原理として成り立っている」である.どちらであるかで話は異なる.
 また,この小論文問題の難点は,解答を求めている「自己責任」の概念を文章がまともに議論していないことである.「日本社会では自己責任の観念が強い」は「意見」であり,その意見が基づくはずの「事実」を(少なくとも提示した文章では)示していない.だから受験者は「自己責任」の意味がよく分からぬままに解答を迫られるだろう.
 私見では,自己責任の1つの可能性は「成果本人帰属主義」とでもいうべき理念である.もう1つは,自己責任が貧困者への援助義務を否定するという考えである.日本社会は一方で成果本人帰属主義を基本とするが,貧困者への援助義務はある程度取り入れている.

 まず「日本社会で用いられる」が「日本国民の多くが(自己責任論を)抱いている」である場合を見てみよう.日本社会の人々は自己責任論が強いという点を述べるのに最もよく引用されてきたのは,SSM調査(Social Stratification and Mobility,日本の社会調査で最も信頼される調査の1つ)で「チャンスが平等に与えられているなら、競争で貧富の差がついてもしかたがない」という質問に対し,肯定的な回答が多い,という事実である.SSM調査のこの質問は,いわば「成果本人帰属主義」を測っている.だから貧乏なのは本人が悪いという含意も含んでいるけれど,例えば「イチローが平均的な選手より報酬が多い」を肯定するという意味もある.
 他方で,日本国民は貧困者への援助義務を否定する傾向があるという調査データもある.ただ大多数が否定している訳ではない.
 「日本社会で用いられる」が「日本社会の制度が自己責任論を原理として成り立っている」であるときの事実とは何か? まず憲法で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を規定し,法体系で(いわば)自助,共助(近い親族による扶養義務),公助(生活保護など)を規定しているのは事実である.この小論文の文章の著者は実際にホームレスをしていたと書いてあるのであるが,この著者が本当にお金がなくてホームレスをしていたなら,役所に申し出れば住居は与えらえるはずだし,(支給金額が低いことはあるけれども)生活保護も受けられたはずである.生活保護が受けられることは義務教育で教えている.が,この著者の問題内の文章ではその点が明記されていないので,受験者はホームレスが見捨てられると誤解したかも知れない.
 なお,困窮者に対して人が冷たいように見えるのも,ある程度,仕方ない面がある点も考慮すべきだろう.私のカミさんが民生委員をしているので聴いていることであるが,行政の側から困窮者に生活保護を受けるように促すことは,クレームを引き起こすので,できない.それでも役所は,困った人が相談に来やすいように丁寧に広報している.
 さらに,貧困を問題にするなら貧困の統計を厚労省が計算して公表している.そうした統計を見ずに貧困の議論はできないだろう.

 「自己責任」の概念を受験者に論じさせるのであれば,あの小論文問題のような煽情的な文章を示すのではなく,少なくとも以上のような事実を出題者が問題の中で情報提供した上で解答を求めるべきだったように思う.事実の把握なしに貧困や自己責任の議論を求めるのは無茶である.
 私がこの試験を受けたなら何を書くだろうか? 本音を書けばよいなら「この問題はここがおかしい」と書くだろう.合格を目指すなら,出題者に忖度して「自己責任論を許さないぞぉ―」と,アベガー的に書くしかないのかな,と思う.
 この年度の小論文で提示された文章が格調が低いのも気になる.かつての教養学部の論文試験時代の文章はずっと上品だった.比べてみて欲しい.

2020年の小論文:教養学部・後期

 2020年度の問題は,若者論・世代論を語る文章を提示している.私の意見を最初にいうと,この問題で何を解答すべきか,私には分からない.
 まず,「若者」や「世代」という言葉の扱いが雑なのが気になる.特定の期間(例えば 1971-1980年)に生まれた人々の統計的集団をコーホートと呼ぶことがある.特定のコーホートが時間の経過を経ても一定の傾向があるとすれば,その傾向が「世代」の特色である.例えば若い時に黄金期に育った世代は,時間を経ても一定の消費傾向を持つ,といったことの議論があり得る.また複数のコーホートが特定の年齢階層にときに一定の傾向があるなら,その傾向が「若者」や「高齢者」などの特色である.ただ複数時点でのコーホートの傾向には年齢,世代,時代という3つの効果が混在し,そのそれぞれの効果を推定することはできないという識別問題が存在している.この識別問題は,推定式に一定の制約条件を仮定することで回避することがよくあるけれども,そうした仮定が妥当かどうかは分析時の判断である.要するに,「世代」や「若者」は分析するのが簡単ではない.
 この小論文の説明文は,「若者」や「世代」といった概念を何も考えずに互換的に使っているように見える.おそらく,この説明文は,1時点での調査結果で回答者を年齢階層に分けたときの年齢階層集団を「世代」と呼び,若年「世代」を「若者」と呼んでいるだけなのだろう.語法がやや素人くさい.
 さて,この小論文は説明文で,まず,「世代」(年齢階層)の隣接世代との相違は年齢を下るほど小さくなると指摘する.その根拠として定期的に実施された世論調査の結果を引用する.さらに,「世代」以外の分類がより重要(同質性がある)になるかも知れないと説く.
 ただ,「隣接世代との相違は年齢を下るほど小さくなる」件は,上記のコーホート分析の対象のように思える.説明文にある結論は「(本来の)世代の効果が無い」と仮定する場合のように思えるが,そのように仮定してよいかどうかは,この説明文では判断できない.また,「『世代」』以外の分類」については,引用する事実(データ)が何もない.
 この小論文の設問は「『若者』や『世代間の違い』をめぐる著者の見解に対するあなたの考えを,…述べなさい.」である.私が受験者であれば解答に困る.本音で解答してよければ次のような趣旨で書くだろう:年齢階層以外の基準で分類した方が級間分散に対する級内分散の比率は高くなるかも知れない.が,かも知れないであって,根拠は問題文では示されておらず,何ともいえない.
 これで点数がもらえるだろうか?
 私が受験生としてどうしても合格したければ,上記のようなことは書かずに,出題者に忖度して次のような趣旨で書くだろう:世代以外の要因でまとまりができつつあるという指摘によって目から鱗が落ちる思いがした.こんな素晴らしい問題を出す埼玉大学に是非入りたい.
 が,これで「800字以上」の要件を満たせすように書くためには,どうでもよいことを書き加えるしかないかも知れない.
 この小論文問題で実際にどのような答案が提出されたのか? 見てみたい.

さて

 以上,3つの小論文問題に感想を書いてみた.教養学部学部入試の小論文は,少なくとも他に推薦入試の小論文がある(私の在職中は推薦入試はやっていなかったと思う).推薦の方の3年度分の問題もついでに眺めてみた.いいたいことは多いが,書くのはやめておこう.計6つの問題を見て,良かったのは志賀直哉の問題だけだったような気がする.
 おそらく,小論文で読ませる文章はない方がよいだろう.中途半端な文章を読ませることは思考の邪魔になる.今日的な研究水準からは外れた文章もある(推薦入試の方).
 ちなみに,私が見た中では,教育学部の小論文が,読ませる文章無しの小論文である.この方がよいだろう.受験者の知的水準はより明確に出る.説明文が導く変な忖度も少ないだろう.文章付きの小論文は受験者を洗脳するようなものである.
 また,前の記載でも書いたことであるが,小論文試験のスコアと共通試験等の科目のスコアとの相関をとって,小論文のスコアの意味を推測する作業は必要だろうな,と感じる.

| | Comments (0)

大学の入試採点はどうなのか?

入試採点に厳格さが求められた

 このブログの少し前の記載(「大学入試を巡るこの1年のゴタゴタ」)で,英語民間試験の導入延期と論述式問題の見送りの判断について触れた.この2つに関しては正論が通った事例だと私は思う.英語民間試験については東大が早々に導入への疑問を表明していた.東大の検討チームの主査が副学長であったとすれば,その方は計量心理学の大家であり,チーム内には英語教育の専門家もおられただろう.だからいろんな民間試験でCEFRの段階判定をする根拠がないという指摘は学術的に正論であったと思う.論述式の件については大学入試センターで厳密な検証がなされたようだった.入試センターには同じく計量心理学やテスト理論の専門家がおられるはずであり,大臣会見の内容から推察するだけであるが,採点者間の採点の信頼性や採点結果を受験者がどれほど予測できるかを真面目に検証した様子が伺える.センター試験(共通試験)に求められる厳しい基準に照らして導入の延期や見送りを決めたのは,やはり正論が通ったケースといってよいと思う.
 想像であるが,文科省の中ではあくまで実施しようとする係官と慎重な係官がいるのが普通だろう.それを萩生田文科大臣が常識の線でまとめたとすれば,大臣には手腕があったように思う.
 ただ,この点は前の記載でも書いたのだが,論述式問題は大学の個別入試で多く行っている.同じ基準を適用して個々の大学がクリアできるか,という点は私は疑問である.センター試験(共通試験)は注目が高く非難も受けやすいから厳格に検討したけれど,個別の大学の入試は大目に見られているから非難されないだけかも知れない.
 実は入試だけではなく,大学での試験でも,論述式問題が基本である.だから,大学で実施している試験の採点はどうなのよ,という点も,センター試験の基準と対比するなら,結構難しいものがあるんじゃないか,という気がしている.

論述式の採点は内容分析と同じ

 心理学,社会学等で内容分析(Content Analysis)という手法がある.何らかのメッセージ,録画した映像などを分析するときに使う.実は論述式問題の採点は,この内容分析での評定(rating)と同じではないか,という点が私の頭をよぎった.
 内容分析について,例えば集団討議をしている人の発話を,予め決められたカテゴリー
(情報提供,相手への支持,…)に当てはめるということをするとしよう.この場合,各カテゴリーに該当させるときの目安,基準を書き出しておく.そして基準に従って評定者が特定の発話行動をカテゴリーに分類する.あるいは,政治家の発言が現実の複雑性をどれだけ認識しているかの程度を評定者が評定し記録する.この場合もその程度(段階)ごとの該当の目安をルーブリックのように事前に書き出しておく.評定の観点が複数ある場合は観点ごとのルーブリックをつくることになるだろう.このようにして評定者が対象をカテゴリーに分類したり,程度を評定する.
 こういえば,論述式問題で文章を評価することは,あるいは面接で受験者を採点することは,内容分析と同じと思える.
 この内容分析は,いったんデータを得てしまえばそこから先の分析は調査や実験と同じであり,難しいことはない.内容分析が難いのは,評定者の評定の信頼性のチェックをクリアする必要があることである.内容分析では,複数の評定者が独立に(つまり他の評定者の判断の手がかりを得ることなく)評定を行い,評定者間の評定の一致度係数なり信頼性係数を算出し,満足すべき係数が得られたときだけデータが使える.実際やってみれば分かるが,思った以上に一致しない.一致しなければデータは捨てないといけない.ひとによっては評定スコアの評定者間の合計や平均を出せばよいと思うかもしれないが,それはなしである.データが必要なら,ルーブリックのようなものを作り直し,評定者間で見解のすり合わせをした上で,再度評定をやり直す.やり直してOKになるか否かは賭けであり,保証はされない.

テストスコアの信頼性は一度検証する価値がある

 一般論であるが,試験の採点とは,データ(答案)を所与として,そのデータにテストスコアをつけることである.ここで概念的には

  テストスコア = 真のスコア + 誤差

と考えることになるだろう.つまりテストスコアには採点者による誤差が入ると考える(他はない).仮に誤差が真のスコアと確率的に独立であると仮定すれば(仮定できなければ純粋な意味での誤差ではない),

 テストスコアの変動 = 真のスコアの変動 + 誤差の変動

という関係が成り立つはずである.そして,

 テストスコアの信頼性 = 真のスコアの変動/テストスコアの変動

と考えらえる.この信頼性は,真のスコアとテストスコアの相関係数の二乗になるはずである.つまり,信頼性(つまりテストスコア変動中の真のスコアの変動)が81%(.81)であれば,テストスコアと真のスコアの相関係数(正確にはその下限)は .9 となる.
 この信頼性自体は直接測定できない(なぜなら真のスコアが分からないのであるから).が,間接的に推論する方法はいろいろある.単純には同じデータに独立した測定を繰り返してテストスコアの安定性を見ることである.その単純な代替が複数の採点者の結果を比較することである.
 入試の採点を含め,大学での試験の採点にどれほど信頼性があるかは検討してみる価値がある.仮に信頼性が劣る方法が見つかれば,他の試験方法に切り替えるべきだからである.
 入試の採点を例にすると差し障りがあるので,私が在職中に行ってきた期末試験等の採点を例にとろう.直感的に,私の採点には誤差があると思う(いや,ないはずはない).私は私なりに真面目に,時間をかけて採点していた.けれども,採点者は私だけであり,採点の信頼性の検証はできていない(された先生がおられるか).原則として採点は,問いに対するルーブリック(のような基準表)を作り,その基準に従って答案各問の回答内容を分類する.この分類は,例えば3段階であるとしよう.この3段階への分類も,私の内容分析の試行経験からすると,誤差がないとは思えない.さらに,3段階に分類しても,記述に応じて加点や減点をするけれども,その加点/減点の判断も確率的だろう.答案は私自身が見直すので独立した判断にはならない.人間の認知であるから「係留と調整」のメカニズムが働く.以前の判断結果を基準にして点数を調整するという見直ししかできないのが普通である.つまり以前の採点結果に引きずられることになり,独立した判断ではあり得ない.
 仮に複数の優秀なTAがいて,彼らに詳細な採点のルーブリックを示し,独立に採点させたらどうなるであろうか? それでも採点結果の一致はなかなか得られないと思う.
 不一致があることが問題ではない.問題はどの程度の不一致があるか,である.そこは判定者間の信頼性係数を算出する.その数値で評定がかけ離れていると分かれば,内容分析的には,この採点は使えないと判断するのである.評定結果の平均点や合計点を使えばよい,という話ではない.
 おそらく,数学の問題や英文解釈のように,「正解」がはっきりしている問題については,採点上の信頼性問題はあっても小さいだろう.だが試験には面接,小論文なども含む.これらの採点にどれほどの信頼性があるのか?

1回の入試の信頼性だけが問題ではない

 上記は1回の試験答案の採点の信頼性を問題にした.しかし入試の場合は,1回の試験の採点だけの問題でもないような気がする.
 例えば小論文試験で「理解力,論理的な考察力,記述力,表現力,主体性」の5点で評価する,と募集要項に書いていたとしよう(教養学部の例である).この場合,その5点について,採点の基準をルーブリックにすることになるだろう.この5点はある程度年度を越えて募集要項に記載されるだろうから,もし同じ受験者が受験すれば一貫したテストスコアがつかないとおかしい.ある年度の試験の高得点者は別の年度の問題でも高得点でなければおかしいのである(違うなら募集要項の記載を毎年変えないといけない).
 実は,複数回の試験に渡るスコアの信頼性は,センター試験(共通試験)ではある程度担保されている.センター試験では本試験の他に別問題で追試験をやるけれども,両者は原則同等と扱える.試験とは本来,そのようなものである.同じことが大学の個別入試問題,特に小論文や面接で担保されているか? 

 前に文科省が論述式問題の見送りを表明したとき,文科省(というより大学入試センター)はえらく真面目に検証を行った,という印象を私は抱いた.大学入試センターがあそこまでやるなら,各国立大学も,個別試験について上記のような検証を行ってもよいような気がする.

| | Comments (0)

オンライン授業の方が良くないか?

 今年度は当初から全国の大学でオンラインの授業が拡大した.この間,オンライン授業に対する学生・教員の評価がいろんなところから出ていた.私が見た限りでは,オンライン授業に致命的な欠点があるという話は見当たらない.総じて,オンラインの授業は良い,という結果になっているように思う.欠点として指摘されるのは友人ができない,課題がキツイ,といったことであるが,課題についてはきついのは結構ではないか? 利点としては移動に時間をとられない,といったことである.学生の満足度,学習時間,学習効果などの指標で,オンラインの授業は対面授業より劣っていない.
 つまりオンライン授業は思ったよりうまく稼働しているという印象を受ける.
 確かに実技系の課程では,対面授業でないとできないことが多いだろう.美術,音楽,体育などである.理系の多くも,同様の面があるかも知れない.
 ただ,座学中心の課程では,普通に授業をするよりもオンライン授業の方が良いのではないか,という気が私にはしている.埼玉大学でいえば,教養学部,経済学部,理学部(の特に数学科)などである.その他の学部も,時間的には座学が多いはずである.

 私の考えでは,オンライン授業が対面授業より優れるところは2つある.
 第1はオンライン授業が個々の学生に「特等席」を与えることである.
 教室内の着席位置と成績との関係については,欧米に昔から研究がある.簡単にいうと前方正面辺りに席を占める学生の成績が良いのである.その理由には2つの可能性がある.1つは,授業に意欲がある,ないし教員が好きな学生が教員の近くに席を占める,という可能性である.つまりできる学生が前の方に座る.原因は成績,結果は着席位置であり,そのため,できる学生が前の方にいるという相関関係が生まれる.2つ目は,学生が偶々教員の近くに席を占めることにより,教員の言うことがよく分かり,出来るようになる,という可能性である.この場合,着席位置が原因で成績が結果になる.私が読んだ文献だと,この2つの可能性はどちらもあるのである.
 一般に,学生の多くは教員から離れて着席する.教室は後ろの方から埋まって行く.この傾向は埼大教養学部でも,他大学で非常勤で授業を受け持った場合でも,所謂偏差値に関係なく妥当したように思う.遠くにいると,教員の姿や声が届く度合いも小さい.何を強調しているか,いつどんな表情でいるかも分かりにくい.
 ところが,オンライン授業では,個々の学生は一番良い席,かぶりつきの位置にいるようなものなのである.それなら教育効果は高いだろう.
 第2のオンライン授業の利点は,学生がひとりでいられることである.社会的促進/阻害の研究によれば,人は他者が傍にいると生理的な興奮があって,新たな事項の学習は阻害される.新しいことを学ぶときにはひとりでいた方がよいのである.文科省が「主体性」について,多様な人と協働して学ぶ,などということがナンセンスなのはそのためである.だから学習の効率はオンライン授業の方が高い可能性がある.

 特にこれまで大教室でやっていた授業は,オンラインにすることによって学習成果が上がるのではないだろうか? また,大教室授業とセットにすべき少人数での討論の機会も,TAをうまく使えれば,オンラインでやると良いのではないかと思う.

 オンライン授業を活用して,広い範囲に分散した多数の方々が聴講する授業を容易に構築できることも大きな可能性だろう.少人数による討論の機会を何とかすれば,これまで考えられなかった人数で講義を行うことも可能なはずである.そう考えると,大学という場所に限定されない教育機会を大学が提供する余地は大きくなるようになるように思える.
 結構なことではないか?

| | Comments (0)

教養学部における入試科目のポリティックス

 1つ前の記載で文科省の大学入試の仕切りがダメではないか,という趣旨の文章を書いた.他方で大学,部局は合理的に入試に対応したかというと,大学,部局によるだろう.私が属していた埼大教養学部について記憶を掘り起こすと,結構ドタバタしていた印象が浮かぶ.この件,有益な教訓を含む話ではないが,面白いので書いてみよう.

3つの時期

 私が教養学部に着任したのは1983年だった.だから記憶があるのは1983年からである.その1983年から現在までの間は学部入試の主たるやり方で3つに区分できる.まとめれば次のごとくである(配点については,私が持つメモの記載で分かる年度だけ書いた).

1.(少なくとも)1983年~1988年
 共通1次試験と個別試験
 個別試験は2教科:英語は必須,国語か数学の1教科選択
 配点 1986 共通1次 1000点 vs 個別 400点
    1987 共通1次 800点 vs 個別 400点
    1988 共通1次 900点 vs 個別 400点

2.1989年~1997年
 共通1次試験(1990年からセンター試験)と個別試験
 個別試験は「論文試験」
 配点 1989 共通1次 800点 vs 個別 600点
    1990 センター700点 vs 個別 500点
   その後 センター700点 vs 個別 300点

3.1998年以降
 前期日程 センター試験と個別試験,個別試験は「外国語(英語)」
      配点 センター 900点 vs 個別 300点
 後期日程 センター試験のみ (配点は?)
      2017年から センター試験と個別試験,個別試験は「小論文」
      配点 センター 1000点 vs 個別 200点

1.の時期(1988年まで)の経過

 この時期の教養学部の入試は国立文系の典型だったように思う.印象に過ぎないが,入学者数で見ると,個別での国語選択者は数学選択者の2~3倍だったろう.
 この時期,学部内の人文系の先生方はずっと,入学者に占める国語選択学生と数学選択学生の比率が気になっていたようである.教養学部の日本文化,中国文化の先生方は,国語の入試問題の作成にかかわっていたけれども,数学選択をする学生の入学を嫌がっておられた.入試の採点をする期間,途中で「数学試験の点数が高くなるようだ」という情報が入ると,国語の点数を高めにするように手配をしていたのを私は目にしていた.
 教授会でも「国語と数学の選択では,国語受験者が不利ではないか? 数学受験の学生の方が入りやすくなっているのではないか?」という意見をよく聞いた.本来データを調べて示すべきであるが,その頃はデータで示すという発想はなく,私はデータを見たことは一度もない.私は新任であるから「そんなことはデータを示してからいえよ」ともいえなかった.が,特に根拠がないままに「国語と数学の選択は不公平」ということが事実のように語られていた.
 ある先生は,「数学受験者の点数は国語より分散が高いだろう」と発言された.分散が高いから上位得点者の中で数学受験者が多くなる,ということだろう.むろんその発言にもデータが付いていなかったが,あり得る話だった.
 確かに学生の中に,「自分は共通1次の点が低かったので,(数学は得意ではないけれど)数学に賭けました」という成功談を語る者がいた.ただ「賭け」であるなら不公平ともいえない.失敗する確率も同じように高いのである.数学ができても賭けをしたくなければ国語を選んだろう.
 「国語と数学の選択は不公平」と仰る先生方は,個別試験から数学を外すように主張し始めた.この主張に対しては社会系から反論が出る.私も反論した.私の意見は,選択で不公平が生じるなら国語・数学・英語の3教科で入試をすればよい,である.私の意見に対しては,「入試の科目を増やす訳にはいかない」という主張があった(根拠は分からない).ともかく,長きにわたって数学を外すかどうかの押し問答が続いたのである.

 この時期を理解する上で重要なことの第1は,人文系(の中でも独・仏・中国コース)の先生方は学生の少なさを何とかしたかったことである.入試科目に数学があるから自分たちのところに学生が来ない,と思っておられたふしがある.
 ただ,おそらく,学生の寡多は入試科目とは関係なかったろう.
 あるとき,宮原先生(独文)が学生にコース志望についてアンケートをし,結果を教授会で報告されたことがある.そのアンケートとは,第1希望だけでなく第2(・3?)希望も聞いていた.披露された結果を私がメモで集計し直し,結果を黒板に書いて解説したことがある(出過ぎたまねを).要点は:
(1) 第1希望でも第2希望でも,人文系コースより社会系コースが多い.
(2) 社会系第1志望の学生は第2志望も社会系である.
(3) 人文系第1志望の学生は第2志望は主に社会系である.
 以上から,「どう転んでも社会系の学生が多くなる(仕方ないよ)」が結論である.おそらく,コースの受入れ学生数に上限を設けても,社会系コースにあぶれた学生は他の社会系コースに行くだけだったろう.

 重要なことの第2は,当時の教養学部教員の研究分野の分布が現在の教員の分布とは異なっていたことである.当時は「政策科学系」(大学院は政策科学研究科所属)の先生方(コースとしては「社会システム・コース」)が多かった.数えていないが,十数名から二十名くらいだったろう.政策科学のディシプリンは3本柱,政治学,経済学,数理科学(数理計画法など)である.経済学者はみな数理・計量をやり,政治学の先生も数学に強かった(というか,経済学をよくご存じだった).
 当時の学生の中には,「自分は文章を読んだりするのは嫌いだが,データをいじるのは好きだ」という学生がおり,そのような学生は政策系の先生に付くことが多かったように思う.私自身も,訳のかからぬ口先のレトリックに走るひねた学生より,データをいじるのが好きな学生の方が良かった.彼らの中には優秀な学生も多く,日銀に入ったり,京大の先生になった人もいた.
 当時の教養学部の研究分野の分布は,「教養学部」として理想的であったと今も私は思う.後に「文系原理主義」が台頭するのは,政策系の先生方がいなくなった後のことである.
 実はこの期間の後の方では政策系の教員が教養学部を出て政策科学研究科専属になる方向性が出てきた.その点が次の大きな地殻変動の下地になっただろうと思う.

2の時期:論文試験時代

 1989年から教養学部は個別試験を「論文試験」に切り替えた.論文試験とは,長めの文章を読ませて設問に回答させる試験である.「小論文」との違いは,読ませる文章が長いこと,試験時間も3時間ほどと長かったことである.
 実は個別試験を論文試験に切り替える経緯は私の記憶にあまりない.私は1986~1987年にかけての1年近く,在外研究で滞米していた.論文試験が1989年から開始とすれば,試験の概要は1987年には公表したと思う.だから私が帰国した時点では論文試験にすることの議論は既に終わり,論文試験が学部内のコンセンサスになっていたように思う.私は反対したけれど,反対してどうなる段階ではなかった.
 論文試験にすることの意味の第1は数学排除に成功したことだろう.これまでの個別試験を「国語」にするよりは,「論文試験」にした方が抵抗が少なかったのだろうと思う.
 意味の第2はより積極的なものであったかも知れない.論文試験を導入するときには教養学部内にある種の熱狂があったことを思い出す.およそ教員たる者の宿業は,自分と同じような人間を育てようとすることである.自分ができることは学生に求め,出来ないことは学生にも求めない.この点は進化の過程で自分のコピィをより増やす利己的遺伝子が繁殖することと似ている.(ちなみに,私の師匠筋の先生は,大学教授は教育で自己の劣化コピィを作ろうとする,だから本人よりバカが後を継ぐ,といっておられた.)教養学部の教員,特に人文系の教員は,難解な著作を読み込んで思索を巡らせ,最後に感想文(のようなもの)を書くことをもって研究とする.だから高校までで学ぶ科目より,まさに教養学部的な研究をすることの適性を,入試で直接求めようとしたような気がする.ある種の原理主義の台頭であったろう.
 ただ,この論文試験は,受験生にとっての国立大学受験の仕組みに反していた.受験生は基本的に,共通1次/センター試験の自分の点数を把握し,その点数で入れる可能性のあるレヴェルの大学を選ぶ.共通1次/センター試験の点数の高い学生は,個別試験を経ても自己の有利さを維持できる大学を選ぶ.だから第1に,個別試験が「論文試験」という前例のない科目名では,共通1次/センター試験の点数の良い学生にとっては不確実性が高過ぎるのである.また,埼大教養学部を受験するのに論文試験対策という,埼大教養学部受験でしか使えない対応を余儀なくされる.それでは埼大教養学部を避ける受験生が出て来るだろう.第2に,論文試験を始めた当初は個別試験である論文試験の配点が高過ぎた.これでは共通1次/センター試験の点数の高い学生は受験を避け,点数が低く一発逆転狙いの受験生を呼び込むことになるだろう.
 論文試験で受験生に読ませる文章は,当初は日本語の文章だった.が,後に英語の文章になったような気がするが,私の記憶ははっきりしない.また,論文試験への配点は後に低めに修正されることとなった.何れも反省したうえでの修正であったように思う.

3の時期:個別試験が英語になる

 1998年に教養学部は個別試験を論文試験から外国語(実質は英語)に切り替えた.切り替えのとりまとめをしたのは私である.正確にいえば,その頃,私と小川先生が交代で部内の委員長になり(当時,委員長は1年任期だった),重要事項を取りまとめた.大きな事項の第1は個別試験を外国語に切り替えたこと,第2はコース制から専修制に切り替えたことである.
 熱狂をもって開始した論文試験であったが,数年経つと疲れが出てきた.背景にあったのは高校卒業者数の減少である.教養学部の志願者数は落ちてきた.教養学部は規模が小さいので統計の数字は不安定であるが,志願倍率の落ち込みは学内の他学部や近隣県の国立大より大きかった.次第に,論文試験をやっている場合ではないのではないか,という意見が増えた.
 論文試験を止めるにあたって教授会でも議論した.論文試験支持派の反論もあった.が,論文試験にトドメを刺したのは奥本先生の発言であったように思う.「論文試験は立派な問題であり,どこに出しても恥ずかしくない.が,例えれば,立派な手術だったが患者は死んだ,である.この間に学生の質は落ちてきた.」この発言が全体の考えを要約していただろう.
 とりまとめのもう1つのポイントは,個別試験の配点を小さくすることだった.個別試験の配点が高ければ,受験者が同じでも,入学者のセンター試験の平均点は低くなる.(低くなる程度はセンター試験スコアと個別試験スコアの間の相関係数による.どれくらいの影響があるかも試算した.)私見では,入学者はセンター試験の点数が高い方がよい.センター試験は科目が多いので,数値としての信頼性(繰返し測定の一貫性)は相対的に高い.試験時間の少ない試験に大きな配点をするとスコアに占める誤差の比率は高くなる.また,入学者のセンター試験が高い方が,学部の偏差値も高く表示されるだろう.
 科目を絞るなら外国語(英語)しかないと考えた.論文試験で英語の文章を読ませていたので,英語への変更は抵抗が少なかった.また入試のスコアを分析すると,英語は他の科目の点数との相関が相対的に高い.英語ができれば,傾向としては数学や社会もできるのである.対して国語は独自の因子であり,国語ができても他の科目もできるという程度は低い.(あくまで私が担当した時点での分析であり,現時点でどうかは再度分析するのがよいだろう.)
 後期日程で個別試験は無しとした.その理由は個別試験の配点は小さい方が良いからである.

4.その後

 1998年に個別試験を変更して20年が経過している.その間,ほとんど無風状態だった.微修正はあっただろうが,内発的な入試の変更の企てはなかった.平和でよかったろう.入試に労力をかけるなら,その労力で授業の1つでも増やした方が教育にはプラスだと,私は思う.
 その間の大きな変更を1つ挙げるなら,2017年から後期日程で小論文を導入したことだろう.後期日程は個別試験をやっておらず,その点で文句をいわれる可能性はあったのであるが,私はできるだけ知らぬふりをして触れないことにしていた.しかし後期日程で志願者の(正式な表現は忘れたが)受諾率が低いことで外部的な指摘が出てしまった.合格させたのに入学しない受験者が多いのである.理由は単純で,個別試験をしていないから,他大学に決めた学生も「受験者」になってしまうからである.そのために,合格者数の決定でも不確実性を抱え込んでいたのである.だから後期受験者には大学に出てきてもらって,後期受験の意思を表示してもらう必要があった.
 私は面接をやって,受験生の顔を見て,同じ点数を付ければよいと内心は思っていた.その時は私は退職まじかな学部長であり,後期の個別試験のあり方については副学部長殿の調整に預けた.入試の委員会と協議し,面接ではなく小論文にするとの報告を受けた.面接をするより小論文の方が動員する教員数が少なくて済む,という判断理由を副学部長殿から伺った.その理由はその通りかも知れないが,教養学部の先生には論文試験をやった血脈があるから,論文試験に近いことやりたかったも知れないと私には思えた.が,配点も低く抑えてあるので問題はないかな,と思った.
 私が退職した後,私は埼大サイトで実際の小論文の問題を眺める機会があった.省力化を優先した問題だな,と苦笑した.問題がよいかどうかは,出題の年度による(暇だから後に論じるかも知れない).
 問題の見た目は実はどうでもよい.できれば,小論文の試験スコアと,センター試験の科目別スコアの相関を分析してみるとよい.小論文のスコアが多くの科目とマイルドな相関を示せば理想的である.特定科目のスコアとの相関が高過ぎるときは小論文に歪みがあるかも知れない.どの科目とも相関がないのも,また別の問題である.

| | Comments (0)

高大接続は間違っている

 6月にこのブログで「入試で主体性評価w」という記事を書いた.そのときは大学入試で主体性を評価するという話があまりに荒唐無稽に思えたのである.その思いは今も続いている.なにげに埼大の新しい入試要項を眺めたら,調査書や小論文なので主体性(など)を評価するという文言が頻出していた.えっ,どうやって評価するの?とまたも思ったものである.
 私は詳しくない分野のことなので何か書くのは気が引ける.が,私が思っている限りのことを書いてみたい.

1.「主体性」や「学力の3要素」の出現の仕方が胡散臭い

 私も経緯が分からないのであるが,知らぬ間に,「学力の3要素」なる言葉が出回っており,その3番目に「主体性(等)」が入ってきた.そのような用語法があることは私は在職中は知らなかった.
 その「学力の3要素」が何の話かとググってみると,学校教育法に行き当たる.次が同法の第三十条であるが,その2項が「学力の3要素」論の源泉らしい.

学校教育法
第三十条 小学校における教育は、前条に規定する目的を実現するために必要な程度において第二十一条各号に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
○2 前項の場合においては、生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない。

上記の第三十条二項は小学校の規定である.が,第三十条二項は中学校に関する条文,高校に関する条文で「準用」と書いてあるので,小学校~高校に適用される.(むろん大学は適用外である.)
つまり,
(1) 知識と技能
(2) 思考力,判断力,表現力
(3) 主体的に学習に取り組む態度
の3つに,小学校~高校は意を用いなければならない,ということのなる.ただ学校教育法はこの3つを「学力の3要素」などとはいっていない.
 最近よくいわれる「主体性」は3番目の事項に対応しているのが分かる.しかし学校教育法では,「主体的に」は「取り組む」の修飾語に過ぎず,事項本体(被修飾語句)は「学習に取り組む態度」である.この学校教育法の記載内容は,もっともなことではある.

 次に学習指導要領である.学習指導要領も小学校~高校(など)の学校種別ごとに分かれているが,小学校~高校の箇所の総則部分で共通に,次のように書いてある.

…次に掲げることが偏りなく実現できるようにするものとする。
(1) 知識及び技能が習得されるようにすること。
(2) 思考力,判断力,表現力等を育成すること。
(3) 学びに向かう力,人間性等を涵養すること。

 学校教育法と学習指導要領に挙げられている留意すべき3事項は,内容はほぼ対応している.そして,両方の書き方を見る限り,反発したくなる内容ではない.「結構ですね」というべき内容である.

 ところがこの3事項が,入試改革,および高大連携の文科省文書になると,急に飛躍するのである.
 文科省サイトの「大学入学者選抜改革推進委託事業」の説明文(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senbatsu/1397824.htm)では,上記の3事項が「学力の3要素」と祭り上げられ,内容は次になる.
(1)知識・技能
(2)思考力・判断力・表現力等
(3)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度

(1)と(2)は学校教育法などと同じと思うが,(3) が「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」となる.「主体性」まではよいが,なぜか「多様な」とか「協働して」が付加される.そして高大接続の文書(例えば https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/06/02/1369232_01_2.pdf)になると,(3)はさらに「主体性・多様性・協働性」と表現されてしまう.
 実は「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」にしても,中身の本体は「学ぶ態度」であり,「主体」・「多様」・「協働」は「学ぶ態度」の修飾語句であるのに,本体は消えて修飾語の3つが本体に入れ替わる.このやり方は見え透いた詐術である.

2.「学力の3要素」が分からない

2.1.主体性
 学力の3要素のうち,特に3番目(主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)が私には分からない.
 学校教育法の「主体的に学習に取り組む態度」,学習指導要領の「学びに向かう力」は,おそらく,「学習への内発的動機づけ(intrinsic motivation)」を指すだろう.ある学科を学ぶ内発的動機づけが高いとは,その学科が好き,ということである.内発的動機づけが高ければ学習を好んで行いやすいから,学力は高まるのは理屈である.
 しかし「協働して学ぶ」とは何なのか? まず「協働」とは「複数の主体が、何らかの目標を共有し、ともに力を合わせて活動することをいう」(Wikipedia).実は「協働」は私の修論テーマだったので,長くてよければいろいろいえる.ただ,「共同」や「協同」とは異なり,「働」の字が入っているので,単なる Cooperation に Co-production のニュアンスが入ると考えるべきだろう.(cooperationは社会心理学的には「協力」.)基本は共通の目標を持って作業することである.
 協働でも共同でもよいが,人と一緒にグループで学ぶことと,競争しながら学ぶことを比較してどちらが成果があるかは,心理学の古い研究テーマである.どちらがよいとは一概にはいえない.特に,漢字や数学などの新しい事項を学ぶときは,人と一緒に学ぶことは効率が落ちる.子供に勉強部屋を持たせた方がよい所以である.確かに,セールスの仕方を学ぶなら先輩と一緒に店頭で協働するのがよいかも知れないが(学習移転があるから),小学校~高校の学びはほぼ座学であるから,人と協働して学ぶ意味があるとは一般的にはいえない.
 たぶん,「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」とは,「主体性を持って生きなさい,多様な人と交わりなさい,競争ではなく仲良く行きましょう」という複合的なことをいっているのだろう.だから「主体性・多様性・協働性」といういい方になる.ただ,それって,元来の「学習に取り組む態度」や「学びに向かう力」とはかけ離れている.私には,全体主義的な,個人の自由への介入に見える.

2.2.主体性の測定問題
 「主体性・多様性・協働性」を入試に使うことの問題は測定が操作的に解決されていない(おそらく解決しようがない)ことである.たとえば埼大の入試要項でも調査書を「主体性・多様性・協働性」の観点で総合的に評価しますという趣旨のことを書いてあるけれども,たぶん「調査書を総合的に見ますけれど合否判定には使いません」という意味だろうと私は思う.そんなことをわざわざ要項に書くのはどうかと思う(合否判断には使わないとはっきり書くのが正しい).
 仮に,例えば同点の受験者の中の一部を合格させる,という場合に,「主体性・多様性・協働性」で選ぶということはあるのかも知れない.が,その場合もどうするのか? 面接の印象で決めるなら「嘘をついたもの勝ち」の世界になる.
 調査書(ないしportfolio)の記載から点数化して比較できるようにすることを文科省(ないしその委託先)は考えていたように思う.Japan e-Portfolio の仕様を見ると,学校行事,生徒会・委員会,部活動,学校外活動,などを書くことを想定していたようである.ではそういうデータを得て,大学は活動歴記載数でも数えるのか? どの活動も同じなのはまずいから重みづけをするのか? コンクール入賞といって近所のコンクールでもショパンコンクールも同じか? 違うならどの評点を付けるのか? 団体活動はどの団体でも,例えば統一教会の布教(勧誘)活動でもよいのか? カウントすべき団体でのリストでも作るのか? いろいろ考えると面倒であるが,そもそもそんなもの数えて何になるのかが根本問題である.試しに数えてみて,カウントした指標に何の意味があるかをまず研究すべきだろう.

2.3.思考力問題
「学力の3要素」については,主体性等以外にも私には理解できない面がある.「(1) 知識・技能」と「(2) 思考力,判断力,表現力等」の関係である.私は当初,(1)と(2)は混在するものであり,例えば数学の(中級以上の)問題を解く場合も,知識も使うが,思考力を働かせて解くものだと思っていた.
 が,文科省の考えでは,数学の問題を解くような思考力は(1)に入れるのかも知れない,という疑問を感じ始めた.高大連携の文書には次のような表現があるからである.

・知識・技能を活用して、自ら課題を発見し、その解決に向けて探究し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力(以下、「思考力・判断力・表現力等」という。)
・(2)それら((十分な知識・技能)を基盤にして答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力等の能力

 要するに大仰なことを考えているのである.例えば「ある種の環境問題」という課題を見つけて,理科(科学)の知識を使って解決を探求する,といったことを考えているかも知れない.それって,大学の工学部が研究教育することであるから,小中高校生に求めるのはそもそも無理である.
 「答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく」というのも,意味が分からない.「自ら」という語がなぜあるかは置くとして,数学の問題でも答えが一意であるのは特殊な場合である.一意性の証明を定理として見出せれば立派な業績だろう.「答えが一つに定まらない」というけれども,解集合が空集合であったり2つ以上の解を含む場合でも,その解集合を指定できれば答えは出したことになるのである.「答えが一つに定まらない」とは,何を考えているのか? そもそも答えを出すような定式化をしていない場合を想定しているのではないか? それって,混乱しているだけの話である.

2.4.「学力」の拡張解釈
 学力の3要素という議論の別の疑問は,主体性等を「学力」に含めて論じている点である.3要素まとめて「学力」と呼ぶために(1)を「基礎学力」と呼ぶのが,高大連携から派生した文科省用語であるようなのだ.主体性等も「学力」なのだから大学も重視せよ,というのは文科省側のメッセージだろう.
 もう一つの見え透いた詐術である.常識的には,主体性等は学力を規定する要因の1つではあろうが,学力そのものではない.定義は自由であるが,世間の用法とは異なる.
 学力とは何かを概念的にいうなら,いろんな人がいろんな定義をしているから,決着のしようがない.学力は操作的に定義するしかない,と私は思う.すなわち,学力のテストと社会的に合意された試験で示された受験者のアウトプット=成績(ないし成績を出す能力)ということだろう.重要なのは学力はアウトプットであることである.一方,主体性等はそのアウトプットのためのインプットの1つである.学力はいろんな要因(インプット)で規定されるだろうが,学力そのものはアウトプットで測るしかない.運動能力にはいろんなメソッドが貢献するだろうが,運動能力自体はアウトプットで測るしかないのと同じである.
 学力を規定する要因として想定されるのは主に次だろう.第1は知能(正確には数的推論,文章理解,音楽能力,などの下位知能に分かれる).第2は体力(病弱では学力は高めにくい).第3は勤勉さ(Work Habitsといってよい).第4は学習への内発的動機づけ.主体性などはその第4相当だろう.そして,もし主体性等を学力に含めるなら,第1~第3も学力に含めないと変である.
 主体性などと分からぬことをいうのではなく,学習への内発的動機づけというのが社会的にも正しいと私は思う.生徒/学生の主体性を高めろと言われても教師は戸惑う.しかし内発的動機づけを高めることには教師は実際に,日々,意を使っている.内発的動機づけが高いとは,学科の中身を面白いと思うことであり,学科の魅力を伝える努力を教師は必ずしているからである.

2.5.議論の混乱
 上記を一言でまとめるなら,学力の3要素論は,文科省の担当官の脳内混乱が生み出した誇大な妄想のように思えるのである.

3.高大接続は間違っている

 高大接続と称して大学の入試方法を文科省が規制するのは間違いだと私は思う.

3.1.大学が従う筋がない
 文科省が大学の入試方法を規制する根拠は,入試方法が法律上ないし社会通念上不正である場合を除いて,ないだろう.
 まず学校教育の上で,大学は小中高校とは別規定である.第三十条二項は大学では準用ではない.小中高校のように「学科及び教育課程に関する事項は、…、文部科学大臣が定める。」という規定はない.第三十条二項から派生する主体性等は,必要だとしても高校までで完了して生徒が習得している(から卒業できた)はずであり,大学は新たな学びをする建前である.大学は自らの教育課程の内容を前提に,アドミッションポリシーを定めて入試を行うだけのことである.高校以下の教育内容に合わせて大学が入試をしなければならないというはないだろう.人材を送り込みたい企業に対し,大学の教育の観点はこれこれなのでその観点で採用してくれ,と大学がいうようなものである.「ふざけるな」になるだろう.
 多くの大学は高校までの教育に範囲を絞って入試問題を出題しているのは確かである.しかしこの点は学生を確保するための合理的な判断の結果である.そうでないと,上位の大学を除けば,志願者を確保できない.ただ,上位の大学(現実には東大と京大)なら,高校の授業の範囲以外で出題することも原則ありではないか.

3.2.新手のゆとり教育
 文科省は最近,新手のゆとり教育を始めているように私には見える.新たな授業の方法と称する試みはゆとり教育の継続版になるだろう.特に思考力で「答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく」などといい出すと,当事者では答えの見つからない問題を取り上げて,とりとめもなく雑談をすることになる可能性が高い.実は同じようなことは大学でも文系の中の,特に暇な分野ではやっていそうに思う.しかし,例えば経済学のように答えを出せる演習課題を用意できる分野なら,そんな無駄なことをする必要もないだろう.理系も同様ではないか?
 ゆとり自体が悪い訳ではない.しかしゆとりや「主体性」などといって確実に知識を習得する努力が薄まるなら,かつてのゆとり教育の二の舞になるだろう.科学技術立国で行くしかない日本にとっては痛手になる.
 以前書いたことだが,私は教養学部で「ゲーム理論」の授業を持っていたとき,小学生時代からゆとり教育だった学生の世代になると急に,四則演算等の,それまでになかった間違いをする学生が増えたことが忘れられない.また解を出すのに解き方だけを暗記する学生が増え,そのために解が出せないという例も目立った.それ以前にはないことだった.日本はもともとガリ勉が少ないのであるから,ゆとり教育に走るのは止めた方がよい,と思う.
 一連の文科省の動きは,高橋洋一がいう「文系バカが日本をダメにする」例のように思えるのである.

| | Comments (0)

見どころがあった北大総長選考

 昨日(2020/9/2)に北大で総長選考会議があったらしく,その結果,意向投票で1位の候補者が順当に次期総長と決まった.前総長の解任という出来事があったため,やじ馬に過ぎぬ私にも若干の興味があった.
 しかし私には実に意外な結果だった.やはり大学の内部にいないと分からぬことが多いのだな,と思った.
 一昨日(9/1),気になって,久しぶりに北大職組サイトを眺めた.総長選考の意向投票の結果が出たようだった.リンクのあった北海道新聞の記事を眺めたら,意向投票の票数まで載っていた.結果は私には意外だった.
 候補者は3人おり,意向投票の票数の順位で1位候補者,2位候補者,3位候補者と呼んでおこう.名和前総長の解任を主導し,現総長代行である方が当然1位であると私は思った.が,総長代行殿は最下位の3位だったのである.
 総長選考会議での経過は北大サイトに出ていた.会議で合意ができなかったので選考委員が投票したという.1位候補者が6票,2位と3位の候補者がそれぞれ2票という.現総長代行殿は2票だった.この結果も私の予想とはまったく違った.

 私が予想したのは次のごとくだった.第1に,総長代行殿は意向投票でかなりの票をとるだろう.実質的に総長だったのだから,現職に近い強みがある.また,前総長の解任を全理事と進めた訳だから,その理事の方々は少なくとも出身部局の票固めはするだろう.そこに事務局票が入るのだから,かなりの票はかたいと思ったのである.
 ところが票を取れなかった.あの票だと,出身部局の票固めもできていなかったように思うし,事務局票も固められなかったかも知れない.票固めができなかったということは,動く人があまりいなかったということである.それだけ,前総長解任の件かその他の何かで,支持が得られていなかったのかも知れない.
 票が取れなくても,総長代行殿を選考委員会が選ぶという筋はあり得ると考えていた.総長選考会議は,前総長解任を推進した訳だから,総長代行を次期総長に選びたいだろう.仮に別の総長のもとで解任の件を調査する流れになると困るはずだ.だから,意向投票の結果にかかわらず,選考会議は総長代行で決める,それで終わり,と私は予想していた.投票結果と異なる候補者を選考会議が選ぶことはよくある.
 埼玉大学で,ある学長さんを選んだとき,その学長さんの得票数はぶっちぎりで1位だった.しかしそれでも,1位の候補を選ぶか,3位の現職を選ぶかで,選考会議は長々と押し問答を続けたのである.現職を推す外部委員側と教員側が同数で分かれ,最後は外部委員側のお一人が折れた.教員側は「教員の仁義」を守り,別の候補を推していた委員も選考会議では投票結果にしたがった.しかし展開によっては3位の現職が選ばれたかも知れなかった.
 ただ,まっさらな総長選考で3位候補者を選ぶことはあり得るが,いろいろあった後で,この意向投票結果で,選考会議が3位候補者を選ぶ度胸があるか,という疑問もあった.露骨にいうと,投票で下位の候補者を学長に選ぶのは,どちらかというと下位の大学である.票数が少ないのに特殊事情で選ばれました,という総長では,学内外で人に会うのも難しいだろう.だからどうするかな,と私は思っていたのである.北大は,旧帝大としては崖っぷちかも知れないが,それでも日本の国立大学システムの上位にある.だから意向投票の結果に大きく外れることはしない可能性もあると思った.
 意地悪く言うと,どうするか見ものと思っていた.
 実際に起こったことは,常識的に意向投票1位の候補者を選んだ,ということである.このことによって北大は面子を保てたというべきだろう.それ以外の結果だと惨めだったかも知れない.

 私は元来,教職員の意向投票には懐疑的な意見を持っている.極論すれば,教職員の投票で学長を決めるのは,市役所職員の投票で市長を決めるようなものだからである.ただ,今回の北大の件を見ると,意向投票はちゃんとやった方がよいのかな,と思える.選考会議での票の分布は,意向投票結果があって出たものだろう.
 かなり前,上井学長の下で長く理事をされていた加藤先生と選挙について雑談したことがある.加藤先生も私も「選挙なんて下らないよね」という考えで一致していた.しかし加藤先生が最後に仰ったのは,「しかし選挙がないと革命が起こせないね」という言葉だった.「革命」とは,文字通りの革命ではなく,執行部が間違ったときにケリをつける方法のことである.選挙という正当化の手段がないと,変なことにケリを付けたくても付けられない.そのときは私も「そうですね」と応じた.

| | Comments (0)

大学入試を巡るこの1年のゴタゴタ

 この1年間,大学入試を巡って少なくとも3つのゴタゴタのような出来事があった.昨年の9月に萩生田文科大臣が就任するのであるが,第1に,就任当日から記者会見では英語民間試験の導入についての質問が出ていた.そして,萩生田大臣が共通試験での英語民間試験導入の延期を表明したのは11月1日である.第2に,12月17日にはセンター試験での記述式問題の導入見送りを同大臣は表明した.第3に,上2者ほどは目立たないニュースだったが,入試での「主体性」の評価に使うと思われていたe-portfolio を扱う教育情報管理機構の運営許可取り消しの方向が今年の7月末に萩生田大臣から表明された(審査結果が出たのは8月7日付).
 この3件のうち3番目の「教育情報管理機構」の件の含みがよく分からなかったので,私は気まぐれで文科省サイトの大臣記者会見の記録を眺めた.ついでに英語民間試験と記述式問題についても大臣記者会見のやりとりを見てみた.眺める過程で思ったのは,これら3つの件は単なる不手際の話ではなく,より本質的な問題の表れと思えたことである.
 より本質的な問題とは,大学入試にかかわる大きな企画を文科省が仕切ることはもはやできないだろう,という点である.
 以下,問題の3件について軽く触れてみる.

英語民間試験導入の延期

 俗に英語民間試験の導入延期というが,正確には,延期したのは「大学入試英語成績提供システム」の導入である.
 まず大臣の就任直後の記者会見(2019.9.11)でも,英語民間試験の問題は記者から質問が出ている.しかしこの段階では萩生田大臣は事情も分からなかったろう.前任の大臣から引き継いだことなので,スケジュール通りにやるつもりとしかいっていない.しかし英語民間試験の件は記者会見ごとに質問が出ており,そのたびごとにこの件に関する検討作業が進んでいることが読み取れる.
 萩生田文科相が英語民間試験の導入延期を発表したのは11月1日の記者会見である.(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1422393.htm)「現時点において、経済的な状況や居住している地域に関わらず、等しく安心して試験を受けるられるような配慮など、文部科学大臣として、自信をもって受験生の皆さんにお薦めできるシステムにはなっていない」というのが延期の理由だった.
記者からはいろんな質問が出たけれど,特に次のやり取りが面白い.

記者:…導入に向けた議論が不十分だったのか、それとも導入が決まってからの手続きが不十分だったのか、どこに問題があるというふうにお考えでしょうか。
大臣:いずれも問題があったと私は申し上げざる得ないと思います。…試験が自分の県のどこで、いつ、どの会場で行われるかを、…確定することはできない、こういう状況にありましたので…

 大臣が理由としたのは主に調整の遅れである.「文部科学省と大学入試センターを通じて民間試験の実施団体との連携・調整が十分できなかった」ことである.その点は,作業主体の範囲が拡大し従来の組織では対応できなかったことを意味する.
 と同時に,延期は前任の大臣でも判断できた,判断すべきだった,かも知れない.萩生田大臣が就任したのは9月11日であり,延期の公表までの期間は就任後2か月に足らない.

記述式問題の導入の見送り

 萩生田文科大臣が共通試験での記述式問題の導入見送り(延期ではない)を表明したのは12月17日(2019年)での記者会見においてである(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1423073_00001.htm).記述式の件を巡っては,記者会見においてその1か月前くらいから質疑が続いていた.なお,12/17の会見での大臣発言については,文科省が別ファイルを用意して,正確な伝達をしようとしている(https://www.mext.go.jp/content/20191217-mxt_kouhou01-000003280_2.pdf).
 導入見送りの判断の理由は,簡単にいうと次の3つである.
1) 実際の採点体制を現時点で明示できない.
2) 採点ミスをゼロにはできない.
3) 自己採点と実際の採点との不一致を格段に改善することは難しい.

 特に3)については,不安な受験者からの問合せに対応せざるを得ないという問題がある.会見では「これは多分多くの皆さんが問い合わせをしてくるということになるんだと思います。そうすると現実問題として、これ、システムとしては対応がしきれないということを判断をしたのが一番の要因です。」
 この3つを理由に挙げたということは,文科省,というより大学入試センターがかなり真面目に検証したということであるように思う.評価してよいと思う.
 実はこの3点はクリアできなくても仕方ない,と私は思う.1)については,採点者になる方の都合を考えると,早めに決める訳にも行かないだろう.また2)と3)については,かなり厳密な数値基準を適用した結果であり,その基準をクリアすることは現実問題としてまず無理だと私は思う.例えば,各大学が個別試験で課す記述式問題に同じ基準を適用すれば,たぶんクリアしない.しかし,各大学は批判を受けなくても,受験者規模の大きいセンター試験(共通試験)では批判にさらされるという現実がある.

 英語民間試験と記述式問題に関して文科省が犯した誤りは何であったか? 挙げれば切りがないかもしれないが,私の念頭にのぼる第1は,上記で引用した検討を早めに行わなかったことである.もっと早い段階で延期/見送りを判断してよかった.
 より大きな第2の誤りは,英語民間試験にせよ論述式問題にせよ,導入するなら各大学の個別試験で導入することにしなかったことである.センター試験(共通試験)は受験者数が多数になるから,処理するのが無理なのである.
 例えば,数学Ⅲは,(少なくとも国立の)理系では必須であるにもかかわらず,センター試験には数学Ⅲがない.数学Ⅲは個別試験に回している.なら英語の Speaking と Writing は必要なら個別試験で課す,でもよいはずだ.また論述式は普通に個別試験に入っているから,わざわざ実施困難な共通試験で導入する必要は初めからなかった.

教育情報管理機構の「JAPAN e-Portfolio」の運営許可取り消し

 この件は上記の延期/見送りに比べて世間に認知されていない地味な話である.ただ文科省の手際を評価する上ではより直接的な事例のように思える.
 教育情報管理機構とは,2019年4月から稼働し始めた一般社団法人であり,入試における主体性評価のための「JAPAN e-Portfolio」を運営することを目的としていた.正確には,2021年4月からスタートする本格的な機関へのつなぎの性格を持っていたようである.同機構のサイトを見ると,以下が役員である.

会長 山崎 光悦(金沢大学学長)
副会長 永田 恭介(筑波大学学長)
常務理事 村田 治(関西学院大学学長)
理事 上野 淳(東京都立大学学長)
理事 郡 健二郎(名古屋市立大学学長)
理事 田中 愛治(早稲田大学総長)
監事 松岡 敬(同志社大学教授)

この顔ぶれを見ても,文科省が手配したことがすぐわかる.
 時系列的にいえば,以前より入試改革のため,いくつかの大学が参加する文科省の委託事業が続いていた.その委託事業の過程で,入試での主体性評価に関する報告書(2017.5.30付)が出て,その報告書の中で e-Portfplio の使用が示唆された(https://www.mext.go.jp/content/1397824_005_01.pdf).そして2018年度には委託事業の中で「JAPAN e-Portfolio」が稼働し始めたという.その際の参画大学は113大学,ポートフォリオを利用する生徒数は約20万人,ということだった.
 この「JAPAN e-Portfolio」を運用する団体として上記の一般社団法人教育情報管理機構が,2019年の4月から発足した.
 しかしこの機構が事業を継続するには最初から条件が付されていたのである.条件とは,かいつまんでいうと,第1に債務超過でないこと,第2に「情報銀行」(ないし同等)の認定を受けることだった.情報銀行とは経産省のフレームによる制度であり,個人情報を扱う業者にセキュリティ上の要件を課す仕組みである(https://www.meti.go.jp/press/2019/10/20191008003/20191008003-3.pdf).しかし同機構は発足初年から債務超過に陥った.債務超過になると情報銀行にも認定されない.
 以上の成り行きの中で予定通り同機構への査定が入り,継続条件を満たしていないために自動的に運営許可取り消しになったという,単純といえば単純な経緯である.
 まず今年2020年7月30日の文科大臣の記者会見で,教育情報管理機構の「JAPAN e-Portfolio」の運営許可を取り消す方向で調整する旨のアナウンスがあった(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00081.html).正式な書類が出たのは8月7日である.

 問題はなぜ同機構がいきなり債務超過になったかだろう.
 その点については文科省も同機構も同じようなことをいっている.むろん機構の方が文科省への恨みがあると感じる文面である.

文科省の説明 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senbatsu/1413458.htm
教育情報管理機構の説明 https://eimo.or.jp/

 要するに,同機構が2019年に発足するにあたって,委託事業の時に獲得した113大学,生徒数20万の契約をそのまま機構に移管することを文科省は拒んだ.法令上,文科省の名で得た契約を,非営利とはいえ民間団体に引き継がせることはできなかったのかも知れない.また,同機構への加盟を促す動きを文科省は取らなかった.役所である文科省が民間団体のための動くことはできなかった,ということかも知れない.法令の解釈では文科省は誤ることはないだろう.

 つまり,文科省の要請で教育情報管理機構を発足させたにもかかわらず,法令上の適否は別にして,文科省が特段の支援活動を行わなかったために同機構は活動停止になった,といえる.しかし,ここで生じた債務は,誰の責任でどうするんだろうか?
 文科省が委託事業で得た契約を同機構に引き継がせなかったことだけが原因かというと,そうでもないと私は思う.
 同機構サイトにある2019年度の決算書を見ると,同機構は参加する大学数を300と見込んでいる.委託事業時で参加大学は113であるから,委託事業のときより飛躍的に参加大学が増えることを見込んでいたのである.また参加する生徒(高校)については,実際は25校だったが,200校を見込んでいたのである.それだけの参加があって少し黒字が出る,という皮算用だった.だから,委託事業時の契約をそのまま引き継いだとしても債務超過になるのは同じだったろう.同機構のPortfolioが有意義だという観測が急速に広まらない限り(実際は逆だろうと思うが),もともとうまく行かない計画だったように私は思う.
 決算書を見て私が気になったのは,支出に人件費が入っていないことである.上記の役員様方が実働をする訳ないから,実働はどうしたのだろうか? 委託事業費で年間440万円を計上しているが,その金額だと週二十数時間働く派遣社員を,秘書兼受付とかで,2人雇える程度ではないか? 委託業務としてどこかの組織に委託したのかも知れないが,その金額でできることはほとんどないように思える.実働がない組織だったのではないか? (システム運用費で1億1千万円を計上しているので,システム運用の実働は別にやってもらっていたろうと思う.)

 この件について文科省のどこがおかしかったかは明らかである.「学力の三要素」などと「主体性」を持ち上げておきながら,その概念も測定方法も詰めずに入試に持ち込もうとした.苦し紛れにポートフォリオで内申書(調査書)の記載のような情報を集めるという,笑い話のようなことを考えたけれども,大学が引いているのも気づかずに甘い見込みで教育情報管理機構を先走って作ってしまった.同機構サイトの記載を見ると,このポートフォリオはしごく単純なデータベースであり,どこの大学でも使っている成績処理システム程度のものである.だから先行的に稼働させて実験してみる必要があるほどの代物ではない.
 このポートフォリオについては,萩生田文科大臣自身が2月の記者会見で疑問を述べているのが面白い.

2020.02.07 文科相会見(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00031.html)
大臣:主体性を評価することは大事なんですけど、そもそもこのPortfolio、どのくらい利用されているのか、どういう評価として使っているのかが非常に不明な点がございますので、公開の場で一回、しっかり高校や大学の関係者の皆さんともう一回話し合いをしてみようと思っているんです。といいますのは、結局、このデータ化をしても、高校は、調査書は手書きあるいはパソコンで打ったものを大学入試のときに各学校、担任の先生が作っているわけですよね。それと学校によっては二重の手間になってしまっている可能性もありますので、こういうのも含めて、いい機会ですから、しっかり見直していきたいと思います。

2020.02.21 文科相会見(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00035.html)
大臣:そういう意味では、当初描いてきたJAPAN e-Portfolioのような電子化っていうのは、本当に有効性があるのかなというのは、ちょっと私、大臣就任以来疑問に思っていましたので、是非、だからといって止めるということではないんですけど、是非、今日から始まる会議体の中で、どうしたら評価しやすいのか、さっき申し上げたようなことを是非、皆さんで話合いをしてもらいたいなと思っていますので、その議論の行方をしばらく見守りたいと思います。

文科省は大学入試を仕切れない

 ここまでの事例は,文科省が全国規模で大学入試を仕切ることが困難であることを示している,と私は思う.
 第1に,現実に照らした判断力がない.判断力があれば英語民間試験をセンター試験(共通試験)で一律に導入するのが無理であることは,早い段階で,机上でも分かるだろう.記述式問題は個別試験に回せばよいと早めに判断すべきだったろう.「主体性」を評価に使うことの是非は別にして,ポートフォリオが広く入試で使われるという判断はすべきではなかったろう.
 第2は,作業の範囲が子飼いの大学入試センター,(国立を中心とした)各大学の範囲を超える場合は,作業の手配がトロいことである.文科省はもともと審査や審議をする組織であり,実働は仕切れない.その点は他の省庁も同じと思う.
 第3は,作業の仕切りを実効的に行う法的基盤が実はないことである.例えばポートフォリオを持ち出したとしても,そこに加盟することを文科省は強制できない.国立大学は国費をもらっているとはいえ,政府から独立した法人格を持ち,入試は各大学がアドミッションポリシーを設定して大学の判断で実施するのが建前である.私大はさらに,政府に従属する法的根拠がない.文科省が実効性を担保できないが故に,各大学も文科省の提案に乗るのは見合わせがちになる.文科省は,もともと大学を直接指揮する立場にはない,ということである.
 各大学は他大学の反応を予測しながら独自の判断をするというゲーム的な状況が続くことになるように思う.

| | Comments (0)

北大総長解任劇は何が妄想を掻き立てるのか?

 今月8/4付で私はこのブログで「北大総長解任劇を見て笑うべきか泣くべきか?」という記事を書いた.この記事はこのブログとしてはアクセスが多かった.多少は北海道からのアクセスがあったが,大多数は東京からのアクセスである.
 気を良くしたから,という訳でもないが,追加で記事を書いてみる.よく分からない点が多いために,いろいろ妄想を掻き立てられる面がある,というのがポイントである.
 なお,先日の記事を書いた時点では,北大職組が7/31期限で大学側(理事・学長選考会議・顧問弁護士・事務局)に回答を求めていた質問への回答は北大職組サイトにはなかったと思う.今見てみるとその回答が掲載されていた.回答は若干の新「事実」を含むものの,大勢では以前と変わらない,と思う.調査委員会が前総長への聴聞をしなかった理由も,前総長の辞任願を受理しなかった理由も,事実上不明のままである.

この解任は北大の総長選考を「非民主的」にした

 この点は前回の記事では書かなかったが,今回の総長解任劇は北大における総長選考の性格を変える結果をもたらしたというのが笑える展開だった.
 北大はこれまで,教職員の意向投票に従って総長を選んできたようだ.2016年の12月の日経の記事(名和氏の意向投票「勝利」の記事)では,これまで北大では意向投票の通りに総長が決まっていたと書いてあった.その記事をここでは信じておこう.そのために意向投票は1回とは決まっていなかった.想像であるが,1人の候補者が過半数の票を獲得するまで投票を繰り返した,ということかも知れない.この方式は古典的である.昔は国立大学はみなこの方式だったが,今はこのような古典的な,よくいえば「民主的な」投票を行う大学は少数派だろう.その意向投票が,今回の解任劇と並行して1回限りとなったということは,学長選考の性格が大きく変わったことを意味する.意向投票では決めない,と宣言したに等しい.実際,意向投票で1位でない候補者が選ばれることは,今の国立大学でよくあることなのである.
 私は学長選考を教職員の投票で決めることが特に望ましいとは思っていない.このブログの過去の記事でも書いてきたことである.むろん投票で決めて悪いとも思わない.まあ,どちらも「あり」だろう,と考えている.ただ組合は,どこの大学でも「民主的に決めろ」という.だから学長選考が非民主的になることに北大職組が懸念を示すことは,組合として当然の反応と理解する.
 しかし,今回の総長選考方式の変更は仕方ない程度の内容と思う.多くの地方国立大学が従っている方式に並んだに過ぎない.
 意向投票を1回やるとして,得票数の順位を教職員に知らせるけれども,票数は知らせない,という方式が一番多いような気がする.しかし票数は普通,漏れる.下から漏れることもあるし,上がリークすることもある.何れもご愛敬である.
 なぜ総長選考の方式が変わったかというと,私の想像では,誰かが陰謀を巡らした結果というより,もっと下らない理由だろう.今回の学長解任については,大学側は早い段階で文科省に「相談」(どういうステータスの相談かはともかく)をしていたと考えるのが普通だろう.そしてこの解任は,「投票で選んだ結果が失敗でした」という建前の相談である.その相談の何れかの過程で,文科省の係官から「これからの総長選考はどうするんですか?」くらいのことは聞かれて不思議はない.このとき,文科省から具体的にこうしろという指示があった,と妄想することもできようが,明示的な指示はなかったという方が尤もらしいように私は思う.明示的な指示はなかったものの,選考方式を変えろというのが文科省の意向であると忖度した大学側が,急遽変えたのだろう.
 今回の変更の案は選考委員会にかかったとすれば,現案を作ったのは事務局のはずである.埼玉大学も同様であるが,選考委員会には案を作る能力はない(あるいは,誰もそれだけの労力は払わない).事務局に他意はなく,他大学の例と同じような「たたき台」を作り,そのたたき台通りに選考会議が決めたのではないか? 教員代表も入った選考会議でそのように決めたのであれば,北大の民度もその程度であったと笑って納得すべきだろう.

私の妄想を掻き立てるいくつかのポイント

 北大の総長解任劇は理解しにくい要素がいろいろある.1つには正確な情報が出ていないことによる.むろん部外者の私が正確な情報を得るべき筋はないから,文句をいうべきことではない.しかし2つ目に,この辺が常識だろうと私が思う線から逸れている事柄が多いような気がする.だからなぜなんだろうと思いめぐらし,妄想に発展する面がある.
 後学のためになどと尤もらしいことはいわぬ.ただ単に面白いので,私がどんな妄想を抱いたかを書いてみたい.あくまで情報がないための妄想であり,真実と主張する訳でない点は注意して頂きたい.

1) 北大の事務方はお坊ちゃま/お嬢ちゃまの集団か?

 名和氏の総長解任事由とされた点が28ある.詳細は分からぬが,その項目を眺めながらツッコミをいれたくなることが少なくなかった.

 例えば航空会社のカウンターで名和氏がみっともないことをした,という指摘があった.その指摘を見たとき私に浮かんだのは「そのとき秘書は何をしていたのか?」である.
 総長が何か交渉をしようとしたなら,秘書は割って入って自分がやるといわなければならない.秘書が同行していなかったなら,同行した事務方が秘書役をするのが当然である.総長にそんなことをさせてはいけない.たぶん北大事務方が目撃していたのだと思うが,黙って見ていたのだろうか? 北大の事務方は殿様なのか?
 埼玉大学でいうなら,法人化直前に兵藤先生という学長がおられた.この方は明るく陽気な方で,私が好きな学長だった.酒が入るとやはり明るく陽気で結構なのだが,陽気すぎて迷惑と思う方もいたかも知れない.だから秘書課長の今井さんが何とかしたのである.兵藤先生は大兵であったが,今井さんも腕力があるから何とかしただろう.それが例えば,酒が入って失敗するような場面があって,それを黙って傍で見ているなんてことは,埼大の職員ならしない.まして後になって「学長はこんなひどいことをして大学の名誉を傷つけました」などと密告するとは,考えられない.

 名和氏が「なぜ迎えに来ない」といって怒った,という話もあった.似たような話かなと思った.どこかに訪問するのに,エレベータの前とかどっち側のロビーとか東の改札前とかで会う,といった約束をすることはある.もし予定した時間に来るべき人が現れなければ,私なら可能性のある場所に自分が行くか誰かを行かせるかして確認をする(自分1人しかいない場合は別).相手が目上でも目下でも同じである.なぜなら,段取りなどはいくらでも記憶違いがあるからである.名和氏の例でいうと,名和氏が現れない状況で,北大の皆さんは何もしないで待っていたのだろうか? 総長が一番重要なのだから,総長をこちらから探しに行くのは当たり前である.
 なんか,北大の事務局の方は,自分がすんげぇー偉いと思っているんじゃない?

 指摘事項で多かったのが,何かの件で名和氏が理不尽に叱責する,といった話である.例えば日本ハムの球場の件.
 ただ,業務の手順,手際について総長は正当に文句をいえる立場にある.業務のすべてに権限を持つのは学長(総長)であり,学長の指示に従うのが法人法の基本である.埼大の田隅学長は叱責を「指導」といっていた.
 私は田隅学長時代にある件について人事課長と口論をしたことがある.そのときの人事課長殿の言によれば,文書になっていなくても学長から口頭で指示があれば業務命令になるとのことだった.その言にしたがえば,業務に関しては,学長から口頭ででも指示がどこかにあれば,学長の「指導」に従うしかない.だから名和総長の「叱責」が非違行為に当たるというのが,私には分かりにくい.よほどの人格攻撃を含む場合は該当するかもしれないが,問題が名和氏の人格に起因するというのであれば,(社会心理学の帰属理論的にいうと)総長になる前の工学院長時代や,秩父セメントに務めていたときから,同様の観測が得られていたはずだろう.また,職員や役員だけでなく,教員ともトラブルを抱えていないとおかしい.
 むろん,その「現場」を見ていない私には結論は出せない.
 とはいいながら,帰属理論的にいうと,名和氏のトラブルの相手が主に職員だったことから推論するなら,原因を事務局の職員さんに帰属するのも1つの自然な推論なのである.
 ここで私の妄想が始まる.

 法人化前のことであるが,気の弱い私には珍しくある件である女子学生に私は怒った.しかしその学生は逆切れし,「親からも怒られたことはないのに,私を怒るなんて」というのである.驚いた.「そりゃ,あんたの親がおかしいんだよ」といいたかったが,むろん口にはしなかった.後日その件を誰かに話したら,それってガンダムのアムロの台詞だね,と教えてくれた.アムロの台詞とは,今ネットで探すと次である.
 「ぶったね…」
 「二度もぶった…!!」
 「親父にもぶたれたことないのに!!!」
(この後に「誰が二度とガンダムなんかに乗ってやるもんか」になる.)
私がこの件でしみじみ思ったのは,最近の子供は親から怒られたことがないんだ,ということだった.私も親から怒られた記憶は少ないが,小中学校の教師からはずいぶんとぶたれた.
 考えてみると,今の中堅の職員さんの年齢は,ちょうど上記の女子学生と同じくらいではないか? だからそういう時代になっているのかも知れない.親からも先生からも怒られたことがない.下手に叱責すると,特に文科省から出向しているお役人の場合,
 「叱責したね.2度も叱責したね.文科大臣からも叱責されたことがないのに.リークしてやる.」
 という流れになってしまうのではないか?
 まあ,文科大臣は文科省の役人を叱責できないでしょうね.怖くて.下手に叱責すると変なメモを作って朝日新聞にリークしそうですよね.

2) 北大にはDeep Stateがあるのか?

 北大総長解任の経過を眺めながら私が思ったことの1つは,名和氏は役員や事務方の上層に身内の人がはじめからいなかったのではないか,という点である.その点が不思議でならない.
 埼玉大学の場合,役員は原則,新学長が選ぶ.慣例的に筆頭理事は研究担当理事であるが,法人化以来,学長選考で最も功のあった人(通常は部局長)が研究担当理事になってきた.また事務の上層にも学長に近い人が就任することがある.事務局長が気を利かせるのだろう.身びいきの人事に見えるかも知れないが,それでよいのである.そうしないと学長は身動きができない.そうでないと,むしろ周囲とトラブルを起こすことになる.私は学部長の経験しかないが,学部の事務長は密かに,学部長の考えに合わせる努力をして下さっていた.その事務長の貢献がなければ学部長すら仕事にならない.
 一方,名和総長のときの理事の陣容を見ると,理事として入っているのは有力部局(票田の大きさや伝統的な分野序列)のトップが理事になっているように,部外者の私には見える.見たところ,名和氏の側近のように見える人がいない.理事以外の副学長(つまり大した権限がない)でその他の部局にも色を付けているように見える.部局のバランスを考えた上に有力部局を重く用いるのは,どこの大学も同様である.しかし総長側近に見える人が権限の強い所にいない点は,私は気になった.ブレーンとして総長側近がいるということはあるかも知れないが,権限のないブレーンでは具体的な動きを作ることはできない.
 この状況で,仮に名和氏が総長のときに,例えば教員の削減を減らす策を実行するのは難しいのではないか,という気がするのである.結局,周囲の役職者と摩擦を起こしやすい状況に立ち至るのではないか?
 要するに,北大は学長を中心に動くようにできていないのではないか?というのが私の妄想である.理事の陣容にしても,どのように決まったのであろうか? などと妄想する.北大内にDeep State のようなものがあり,そのDeep State が決めているという陰謀論を言い出せば,説明は簡単になってしまう.
 ふと,名和氏が文科省お役人への陳述書の中で「解任を求める組織の存在」に言及していたことを思い出す.解任事由の「証拠」として秘密裏に名和氏の音声を録音していたらしいのであるが,総長室や総長車で録音されたというのであるから,秘書室(相当部署)が一丸とならなければ無理だろう.だからDeep Stateというか,ナチスにおける親衛隊のような組織があるんじゃないの,という陰謀論を名和氏が抱きたくなるのも,無理からぬことのように感じる.

3) 大学側が名和氏の辞任願を受理しなかったのかなぜか?

 北大の展開で私が一番首をかしげるのは,2018年の12月,つまり総長選考委員会が調査を始めた次の月に名和氏が辞任願を出したのに,大学側が受理しなかったことである.普通に考えれば,名和氏が辞任願いを出せば「やったぜ」ではないか? 北大職組への回答で大学側は名和氏に辞任の意思がないと思ったと述べているのであるが,理屈にならない.もし辞任するといって名和氏が後で撤回したなら,名和氏に不利な材料が揃うだけである.だから辞表を受理しない理由はない.
 一般に会社でも,辞めて欲しい人がいても解雇することはハードルが高い.辞めさせたい社員を適性のない部署に配置換えするとか,下らない仕事しか与えない,などして,当人が自発的に辞表を出すのを待つだろう.むろん露骨にやると法に抵触する.しかし,自発的に辞表を出してくれれば一番都合が良い.
 実際,大学側が辞任願を受理せず解任手続きに進んだために,辞任してもらったときより1年半の余計な時間がかかった.また解任申立ての書類をそろえるのに,おそらく新部局を設置するくらいの手間がかかったろう.それだけの手間を本来の仕事に回せば,多くの達成が得られたはずである.
 だから大学側が辞任願を受理しなかった点は妄想を掻き立てる.
 私の妄想では,思いつく理由は2つである.
 第1は,大学側特に事務局の名和氏への憎しみが強く,簡単に辞任させては気が済まず,すべての名誉をはく奪し,いたぶり抜いて放逐することにこだわった,という可能性である.普通はこの理由はないと思うが,『財界さっぽろ』は「背後に事務局の深い恨み」というから,あり得るのかも知れない.
 第2の思いつく理由はもっと事務的な性格のものである.名和氏が辞任願を出した時点で大学側は文科省に事前相談(どのようなステータスかは別にして)を開始しており,今更引っ込められないと考えた可能性である.学長解任の申立ては全国初であり,前例がない.大学側は,どのように申立書を書くべきか,どのような資料を揃えればよいか,分からないだろう.だから普通に考えれば,問題の時点で相談を開始していただろう.文科省としても,なにせ前例がないから,解任申立てが出ればどのような段取りで処理するかが不確かだったかも知れない.法令の確認も必要になる.文科省としても内々には検討を開始して不思議はない.通常,文科省に何かを言い出せば途中でやめることはできない.「辞任願が出たからあの件は無しです」といってくれた方が文科省も実は嬉しいかも知れないけれど,文科省相談のいつもの習性で,途中で話を変えることはできないと大学側は思いこんだかも知れない.
 事前相談は,普通,このように申し出ればOKですよという感触が出るまで続く.だからこのケースでも,「これでOKですよ」の感触を得た上で解任の申立をしていると私は思う.申し立てて「これではダメです」といわれたらすべてがパーである.そんな危険を誰が冒すか?

4) 文科省の回答はなぜ1年近くを要したのか?

 もし事前に相談していれば,大学側が解任申立てを出せば文科省はすぐにOKの回答を出して不思議はない.ところが正式な解任通知まで1年近くを要した.なぜ1年もかかったのか? 文科省も,北大で総長が宙ぶらりんであるのはまずい,早く決めないといけない,と分かっていたはずである.
 なぜ1年を要したかは妄想するしかない.ただ,文科省にはこの件の会議録はあるだろうし,メモもあるだろう.資料の開示請求をすれば出て来るだろうと思える.
 以下は私の勝手な妄想である.
 一般論として,大学の申請に対する文科省お役人の反応は,担当官による.埼玉大学が何か申請した場合も,好意的な担当官もいれば冷めた担当官もいる.そんなとき,埼玉大学は好意的な担当官に抱きつく戦略をとってきたように思う.この点は立場上,仕方ない.担当官が変わったために話が全く変わってしまったという話も他大学から伺ったことがある.
 北大の件に関しても,文科省の担当官の中で,意見の相違とはいわぬまでも受け取り方の濃淡があったような気がする.一般にメディアは,大学の問題をお役人のリークの通りに記事にする.大手のメディアの記事を見ると,今回の北大の件について,大学側の立場の担当官のリークで記事を書いていたような気がする.しかしメディアによってはニュアンスが異なることもあった.リーク元が違うのだろう.その濃淡の差の調整のために,えらく時間を要したのではないか?という気がしている.

| | Comments (0)

「論理国語」の設定は進歩である

 私の家でとっている日経の紙面を見たら「高校国語の科目再編 論理と文学 分断危うい」という主張が載っていた.慶応の先生が日本学術会議の見解を称して,(高校の学習指導要領で)「文学国語」と「論理国語」を切り離したことを批判している.
 私自身は「論理国語」を設定したことは不十分ながら進歩と思った.そもそも日本学術会議(を名を使う主張はほとんど)が怪しげである.(日経にもいろいろ問題があるのであるが,ここでの論点ではない.)
 「論理国語」は学習指導要領,国語編の中に記載がある.
https://www.mext.go.jp/content/1407073_02_1_2.pdf

 教科としての国語に関する私の考えは過激である.教科として国語が存在するのはよいが,国語を入試科目にする必要はない(入試科目にすべきでない)と思っている.
 まずセンター試験の「国語」がおかしい.数学や理科,社会があれだけ細分されているのに,「国語」は「古文」,「漢文」を含めて1科目にまとまっているが不自然である.数学・理科・社会を考えれば,「古文」,「漢文」はオプション化されてよい.
 埼大教養学部は国語系の先生が昔から多く,その辺の話題も時折伺っていた.「古文」,「漢文」が「現代国語」と切り離されるとその分野が廃れてしまい,本や参考書も売れなくなる.だから古文・漢文の業界人(学者)は国語一体化に必死だという.ありそうなことである.業界人(学者)が圧力団体になっている.(同じことは他の教科・科目,例えば日本史,世界史にもいえるが,あまり害はない.)
 一般には,入試で古文,漢文は必要ないと私は思う.必要と思う分野があればオプションで入れれば良いだけではないか.以前は,理系は現代国語だけの(古文・漢文の点数抜きの)センター試験スコアを使う所があったと聞いている.まあ,そうしたいだろう.しかし現在も同じことができているのか? オプション化した方が合理的だろう. 
 センター試験の現代国語も,漢字の読み書きのような設問はよいが,それ以外は疑問に思う.設問で引用された文章の中の傍線を引いたセンテンスの意味を問う選択問題がよくある.正解とされる選択肢は確かに,私が見ても「一番もっともらしい選択」であると思う.しかし,もっともらしくなくても,他の選択肢が誤りであることを示す明確な根拠は,引用された文章内では見出せないと思えることが多い.「一番もっともらしい選択」というのは感覚の問題に過ぎず,感覚で「正解」を決めてよいのか,と疑問に思う.サイエンスであれば「もっともらしくなくても」正しいことはある.つまりは,「現代国語」の問題文自体,論理で成り立つのではなく感覚と情緒で成り立っているのではないか?

 少し前,OECD諸国での学力試験の結果が話題になったことがある.日本の生徒は科学の知識はあるが,文章の読解力が劣る,と報道された.
 この結果を私は不思議に思った.あれだけ国語の試験をやっている日本の生徒が読解力が劣るというのは不自然と思えた.そもそも,国によって言語が違うのに,読解力のスコアをどうやって比較できるのか,が疑問だった.
 そこでOECDの試験問題をネットで探して見てみたのである.試験問題のすべては分からないが,サンプル問題は見ることができた.
 私が見た限りでは,OECDの試験問題とは事実を主体とした文章を読ませる問題だった.それなら言語が違っても比較して良いかな,と思う.そして設問は,何が事実で何が書き手の意見であるかを把握することを主体にしている.
 OECDの試験問題を見て,日本の生徒ができなかった理由が分かった気がした.日本の生徒は国語に時間を費やしているけれど,要は感覚と情緒でできた文を読んで感覚と情緒で答える訓練をしている.だから,科学の知識があるのに読解力がない,という結果になってしまうのだろう,と思った.
 このOECD調査で出た問題は,最近の日本人が文章離れをしていることを指すというより,国語業界人の邪な心によって国語教育が歪んでしまったことを意味するように思える.

 かなり前,私は全学の入試管理委員をしたことがある(アドミッションセンター員はその役の後継である).その折,経緯は忘れたが,高校の国語の教科書を調べたことがある.国語の教科書の中に「文章表現」?といった題名の教科書も入っていた.その中身は『理科系の作文技術』のようなもので,これいいんじゃない,学ぶ価値がある,と思ったものである.しかしそのような教科書を採用している高校はほとんどなかったと思う.おそらく,「論理国語」とは,私がよいと思った教科書のような内容だろうと思う.
 埼大でグローバル事業を進める上で,私自身は受験したことはないが,IELTSの教程の中身を見る機会があった.Writingにおいて,文章のStyle,Structure をちゃんと訓練していることが印象的であるとともに新鮮だった.日本語も同様であるべきだ.

 上で私は,論理国語の設定を「不十分ながら進歩」と書いた.何が不十分かというと,私は国語と文学は切り離すべきと思うのである.文学は,美術や音楽の並びで科目とすればよい.文学は学ぶべきであるが,美術や音楽も学ぶべきなのである.

| | Comments (0)

また,遠隔授業あれこれ

無難に実施された遠隔授業

 今年の3月前後に,コロナ禍対応のため,多くの大学が遠隔授業をする方針を決めた.遠隔授業を大規模に実施した経験がある大学は少ないはずである.だから,全国のあちこちで混乱が生じる可能性があるのではないか?と私は思った.
 しかし実際に遠隔授業が開始された後,少なくとも私がネットを眺める限りは,遠隔授業で不都合が生じたという情報に接することはなかった.SNSでは逆に,遠隔授業,うまくやってまっせ,といった書き込みを何度か見かけた.学生の不満で目にしたのは「遠隔授業で課題が多くなった」という指摘であるが,課題が多いことは良いことである.
 少なくとも3月の時点で私も確認していたのは,東大や慶応藤沢など,人的にも能力的にも余裕がある大学が遠隔授業に関するハウツー記載をアップしていたことである.大学によっては,東大などにクレジットを付けて教員向けの遠隔授業の解説をしていた.各大学が独自に遠隔授業の方法を模索していれば混乱も生じたかも知れないが,実際は余裕のある大学が提供した知識が3月4月に一気に普及した,と見るべきなのだろう.
 埼玉大学は適度な時点で遠隔授業の導入を決めたので,余裕で対応できたのだろうと思う.

遠隔授業の評価は悪くない

 先ほど,「大学 遠隔授業 アンケート」などと入れてググってみたところ,いくつかの大学で遠隔授業への教員・学生の評価アンケートの結果を出しているのを見つけた.googleで最初の方に出てきた事例には次がある.

慶応SFC 教員・学生アンケート 
     YouTube 

茨城大学 教員アンケート  
     学生アンケート  

岡山オルガノン 学生アンケート 
  15大学(代表:岡山理科大学)

武庫川女子大学 学生アンケート 

京都外語大 学生アンケート  

高等教育コンソーシアム信州 学生アンケート(少人数)


 上記のうち,京都外語大のアンケートは授業への総合的な評価を調べていない.高等教育コンソーシアム信州の報告は,回答する学生数がきわめて少ない.
 慶応SFCの結果は,教員も学生も上級者なので,どこの大学でも参考になるという訳でもないだろう.埼玉大学からすると最も参考になるのは茨大の結果である.結果はなにやら大本営発表風で,学生も教員も遠隔授業をポジティヴにとらえていることを示す.何よりも,同じ期間(第1クォーター)での学生評価を昨年度と比較し,むしろ今年の方が良いことを示している点が大きい.
 岡山オルガノンとは岡山県の15大学のコンソーシアムのような機関で,共同で遠隔授業を提供している.中心は岡山理大,つまり朝日新聞とバカ野党が目の敵にしている加計学園である.遠隔授業を使えばこのような試みが可能になる(埼玉大学も考えたらぁ)という点が大きいだろう(高等教育コンソーシアム信州についても同様).
 武庫川女子大学の結果も,一般の大学にも共通するであろう遠隔授業の利点と欠点を浮かび上がらせているように思う.
 これらの結果を私の印象として述べるなら,遠隔授業は必ずしも「対面授業の代用」ではなく,1つの特色をもった授業形態であることだろう.その点を一番強く出しているのが慶応SFCである.だからコロナ禍だから遠隔授業を仕方なしにやるのではなく,目的に応じて遠隔授業という選択肢を選ぶべき,と考えるべきだと思う.茨城大学の教員アンケートでも,今後も遠隔授業を使うことを考えると回答する教員が多いのは,立派なものだと思う.

 私自身の経験をいうと,大学教員になって50歳くらいまではよいが,そこから先になると若い学生の前に我が身を晒すのはどうか,と感じるようになった.だから授業はネット経由にして,教員は実物を写すのではなくアバターを出せるようにできないか,と思ったものである.たぶん今なら,教員のアニメキャラを表示させて,発話に合わせて動くようにできるのではないか,と思う.だから,「今学期は,女性,アラサーで巨乳で行こう」という風にカスタマイズできるようにすると,楽しいのではないか?

| | Comments (0)

北大総長解任劇を見て笑うべきか泣くべきか?

総長解任

 北海道大学の名和豊春総長が今年2020年の6月30日付で解任された.国立大学の学長を任期途中で解任するという,記念すべき?初の事例である.この騒動は当初マスコミでパワハラによると報道されていて,多くの人は,私を含め,パワハラが原因と記憶したと思う.しかし解任を決めた文科省は「(総長の)不適切な行為を認定した」といい,「一般的なパワハラとして認定したのではない」といういい方をしている(北海道新聞等).だから最近は,この件を語るにパワハラという言葉は出ていない.一体どういうことなのか,という点が私も気になった.
 気になったので簡単にネット検索で調べられることをざっと調べてみると,話はなかなかややこしい.悪者は誰だとはなかなか判断しにくい事例だなと思う.
 まず名和総長解任に関する大まかな出来事を私が調べた範囲で時間順に書いてみると,以下のようになる.なお,2018年12月以降は理事,学長選考会議,顧問弁護士,事務局上層部は一体化して総長抜きで大学を運営しているので,理事・学長選考会議・顧問弁護士・事務局を「大学側」と呼んでおく.

2016年12月 意向投票で現職を破った名和氏が学長選考会議でも次期総長と決まる.
2017年4月 名和総長就任
2018年9月29日 学長選考会議議長,大学顧問弁護士,理事らによる,名和氏への総長辞任の働きかけが始まる.(名和氏の主張)
2018年10月 北大の顧問弁護士が理事に,名和総長の非違行為に係る通報があったという情報をもたらす(大学側の主張).
2018年11月 学長選考会議が名和総長に対する調査を開始(2019年2月まで)
2018年12月9日 名和氏が学長選考委員長に辞任願(文科相宛)を出す(受理されず)
2018年12月10日 名和氏は体調不良で休職,入院.以後,笠原理事が名和総長解任まで総長代行を務める.
2019年2月7日 退院した名和氏が復職を願い出る.2/10に役員会が拒否(拒否する法規上の根拠を私は未確認)
2019年7月10日 北大が文科省に対し,名和総長の解任を申し出る.
2020年3月16日 文科省による名和氏聴聞
2020年6月30日 文科省が同日付で名和総長の解任を通知する.

 問題が表面化したのは2018の10月,北大が文科省に総長解任の申し出をしたのが2019年7月10日である.つまり申出に8カ月強を要している.さらに文科省が解任を決めたのが2020年6月30日であるから,文科省の判断もほぼ1年を要した.この時間の長さがまず異様と感じる.
 大学側と名和氏側では言い分が大いに異なる.しかし,この件での情報発信は主に名和氏の側からなされた.朝日のような大新聞も地元ローカル紙/誌も,大学側は口を閉ざしているといういい方をしている.
 私が見た中では,北大職組(北海道大学教職員組合)のサイトが,この件で公表された情報をうまくまとめている.関心のある方は北大職組サイトをご覧になるべきだろう.基本的な資料は次の2つであろうと思う.

大学側の主張:2020.7.1付 総長解任を受けた大学側の説明
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/20200701_newsDismissal.pdf

名和氏側の主張:文科省お役人への名和氏の陳述書
https://hokudai-shokuso.sakura.ne.jp/htm/20200316nawa.pdf

普通の展開とはどこが違うか?

 上記と同じ展開が例えば埼玉大学であるかといえば,ないと私は思う.
 少なくとも国立大学は公益通報やハラスメントの規則とともに処理法が決めているから,学長を含め大学構成員に何か問題があることが通報やら訴えで分かれば,その定められた規則・処理法で調査・審議され,一定の結論を得る.学長選考委員会がその通報や訴えの情報を判断に利用するときは,規則に従って処理された調査結果を受け取って判断に使うことになるだろう.例えば,東北大の以前の総長は研究不正の訴えを受けたけれども,不正の有無は大学で設けた調査委員会で審議されている.東北大では学長選考会議は登場しないけれども,学長選考会議は,もし必要なら,その定められた方式で得られた結論および調査結果を使うことになるだろう.学長選考会議は,調査をしてもよいであろうが,調査を専門とする機関ではないからである.
 しかし北大の上記の例では,大学が定めた規則は適用されていない.学長選考会議が直接調査をしている.大学が定めた規則を適用するなら,被害者とされる者と加害者とされる者から調査委員会が事情を調査し,両者の主張を対照して判断することになるだろう.しかし北大の例では大学の定めた規則が適用にならないので,加害者とされる名和氏への反論を聞くことなく結論を出したのである.
 また大学の通常の管理システムでは監事が学長に強い意見をいえる立場であるが,監事には何の情報提供もないままに,解任相当の非が学長にあったという結論を学長選考委員会が出し,解任へ動いたようである.

名和氏に何が指摘されたのか?

 名和氏が行ったと非難される行為とは何か? が当然気になる.大学側は30個の不適切行為を指摘し,うち28個を文科省が不適切と判断した.しかし具体的に何かは公表されていない.個人情報を伴うから公表は難しい面があるだろう.名和氏側の主張の中では部分的に出て来る.
 本格的な情報は大学側が文科省に提出した陳述書の中にある.その陳述書95頁を地元誌『財界さっぽろ』が入手したらしく,今年の5月号に載っている.項目だけを眺めると,大体が,総長が職員や役員を理不尽に叱責した,という話だった.
 だから判断は難しいだろうと思う.
 パワハラとは,定義にもよるが,一般的には継続的に上位者が下位者を苦しめる場合を指すと思う.ただ,指摘事項はほぼ一回起的であり,世間のパワハラの例とはちょっと違うように思える.さらに,事実認定は難しいだろう.一般には,回顧的に過去の経験を想起するとき,人はないこともあったと考え,あったことをなかったと思うことはある.法廷心理学では,本人に嘘をつく気がなくても,事実とは異なる記憶を呼び起こすことがある.証言には証拠能力の判断が付きまとい,物証が重視される所以である.そう考えると,「名和氏が足を踏み鳴らした」という陳述があったとして,名和氏が「そんなことはしたことがない」といえば,どう判断しようがあるのだろうか?

大学側の何が問題か?

 先述の北大職組サイトには,北大職組が大学側に総長解任について質問状を出している.その質問事項はよく出来ていると私は思う.北大職組はレヴェルが高い.関心のある方はその質問状に目を通すとよいと思う.
 質問は3点である.
 第1は,名和氏の問題行動をどの時点で把握したのか,という点である.大学側は当初,2018年10月に通報があって初めて知った,という説明をしてきた.一方,名和氏は9月末の時点で通報があったとして辞任を求められたと書いている.ここに説明の相違があったのであるが,大学側はあるとき9月に知ったという説明をしたのである.どうも大学側の説明にほころびが出ているのではないか,と思うのは職組だけではないだろう.この時期の問題を職組は重ねて問うている.
 第2は,学長選考会議が名和氏への弁解の聴取を行わなかったのはなぜか,という点である.この点については大学側は説得力に欠ける返事をしているので,職組は再度問いただしている.
 第3は,2018年12月に名和氏が辞任願を出したのは本当か? という点である.この辞任願の件は名和氏の発信で表に出たことであるが,確かに辞任願が出ることは出たと大学側は認めたのである.いうまでもなく,その辞任願を受理していれば,2019年の新学期には新総長を選出できただろう.大学側が辞任願を受け取らないことによって1年半が無駄になったことになる.職組は,その辞任願を誰の判断で,どのような理由で受け取らなかったのかを再度問いただしている.
 辞任願を受け取らなかったことについて,名和氏は「辞任させずに解任したかったのだろう」という趣旨の感想を述べている.また『財界さっぽろ』が《深層に事務局の「恨み」》と書くのは,こういう点を指しているかも知れない.

本当はどんな背景があったのかと妄想してしまう

 名和豊春氏の研究領域は建築工学・土木だという(Wikipedia).コンクリート関係の研究で受賞歴が多い.北大の工学院長を経て学長になっている.
 ネット検索していたら名和氏に関する2016.12.6の日経の記事に出会った.前日の北大総長選考意向投票で726票を獲得し,現職440票を上回ったという記事である.まだ選考委員会の結論が出ていない段階でこの記事が出るのは変である.おそらく建設関係の業界人が名和氏の就任を歓迎したから日経が記事にしたのだろうと思う.ちなみに,埼大の山口学長(建設)が埼大学長に決まったときにはゼネコン業界に速報メールが流れたというから,同じようなことかも知れない.
 しかし現職総長を相手にこの得票数は,大勝といってよい.ポピュリストとして総長になったといってよいのだろう.名和氏の陳述書から,大勝の理由はよく分かった.現職総長が「医学部、歯学部、小部局以外では一律14.4%、教授相当で205人の人件費を削減」する人員削減を打ち出したらしく,名和氏はその削減幅の圧縮を掲げたらしい.教員にとっては救世主に映っただろう.
 名和氏の教員削減圧縮方針はどう見ても正しい.
 私は当ブログの2月の記載で,「埼大は教職員が少ないのか?」を書いてみた.その折に計算したデータを改めて眺めてみた.上位大学を基盤とした回帰式から推定すると,北大は学生・院生数の割に教員が200名弱足りない.教員の不足数最大なのは東工大であるが,東工大が不足と出るのは医学部がなく大学病院関連の教員がないことによる.その東工大を除くと,国立の上位大学の中で北大は最も教員の不足数が多い.対して,北大の職員は300名強が過剰なのである.私の計算だけからすると,北大は職員ポストを教員に振り替えてもよい.
 ちなみに,東北大は北大より学部生が若干少なく,院生は北大よりやや多い.しかし教員数では北大は東北大より740名少ない.こう考えると,北大で当初の削減案を実施すれば,北大は研究水準で旧帝リーグから脱落しかねない.
 ここで私の念頭に浮かぶのは,教員削減の圧縮という名和氏の方針が大学内でどのような軋轢を生んだか,生まなかったのか,という点である.
 まず,当初の教員削減案を作ったのは事務局だろう.また,「医学部、歯学部、小部局以外では一律14.4%、教授相当で205人の人件費を削減」が当初案だったと名和氏は書くが,この表現の中には事務局の削減への言及がない.当初案で事務局の削減がどれほど見込まれたか? 先述のように北大の事務局人員は肥大しているから,削減分の事務局負担が多くてもよいが,実際はどうしたのか? 医学部・歯学部の削減免除はそのままにするのか? また物件費の削減はどのように見込むか? 案の作り方によっては,名和氏の教員削減圧縮の方針は大学内の既得権益に触る要素を持っている.だから学内のあちこちで軋轢を生む可能性ははらんでいるように思える.現実的には,そういった路線対立がことの本質ではなかったのか,などと私は妄想してしまう.

文科省の出向者がいることの不透明さ

 文科省が名和氏の解任を通知して以後も名和氏の発言は続いているようであり,何かのサイトには「黒幕は文科省だ」という発言もあったと書いてあった(私は未確認).文科省が組織として一国立大学の学長を辞めさせようと動くことはまずないだろう(辞めさせたい学長は沢山いるかもしれないが,お役人はリスクはとらない).
 ただ,名和氏がそのようにいいたい気持ちは分からぬでもない.
 まず,今回は5名の理事が名和氏解任に動いたのであるが,5人の理事うち2人は文科省から出向のお役人である.名和氏の被害者というナントカ部長なども文科省人事の出向者かも知れない.つまり解任に動いた当事者はかなりの文科省のお役人を含んでおり,その状況で解任の判断を文科省に仰いでいるというのは明朗といえるのか? 文科省が組織として働きかけることはないと思うけれど,文科省の判断は担当官の判断によるところが大きい.当事者になっている出向した方々とその担当官が懇意であって不思議はないのである.
 経過を眺めて私が気になったのは,2人目の出向した理事が着任したのが2018年の10月1日であり,最初に選考委員会議長が名和氏に辞任を求めたのがその2日前(名和氏の主張),また出向者2名を含めた理事が名和氏に辞任を求めに行ったのが10月に入ってからだという点である(名和氏の主張).つまり,2人目の方が来てから事態に動きがあったのは,偶然か?
 国立大学が文科省に支配されているという現実が,事実は分からぬが,不明朗な印象を与えてしまう.

学長選考は宮廷政治になってゆく

 今回の北大の件をネットで眺めながら,結末が残虐な処刑であるような前近代中国の宮廷政治を私は連想してしまった.三国志の最初の方のストーリーでいうなら,一方で名和氏は暴虐な董卓のようであるかも知れない.他方で,名和氏解任に動いた側は,陰謀を巡らす宦官集団の十常侍のようであるかも知れない.実際のところは情報がないので判断できないのであるが,いろんな連想を生む余地のある展開だなと思う.
 現実問題,権限と情報が偏在する故に,学長選びは宮廷政治になって行くのだろう.それで悪くはないのであるが,妥当な選択がなされているかのチェックが現実的にできないところが問題だろう.外部委員が関与するとしても,私の実際の見聞では,その方々は個別大学の行く末に深くコミットする訳でもないのである.例えば,埼大で学長任期を一律6年とすることに賛成された外部委員の方々の弁は,今思い出しても笑ってしまう.
 学長選びが宮廷政治になってしまっても透明性を求める方法は,大学の経営に対する発言権で法的な根拠を持つ組合を強くすることしかないのだろうと私は思う.
 ついでに申せば,北大で名和氏後の総長に立候補しているのは3名であり,総長代行をされていた理事殿が結局総長になられるだろう.そう推論する根拠はあえて書かない.

| | Comments (4)

学長が教授を選ぶ?

大分大学の話題

 先日,水害のため熊本県で大被害が出た.その次の日くらいに大分の日田でも被害が出たという報道があった.そこで大分県に関するニュースも眺めてみた.
 コロナも大変なことではあるが,水害の被害はより直接的である.私の住んでいる市は利根川が決壊しても荒川が決壊しても危なくなる.昨年の台風で利根川が決壊寸前になった記憶が新しいので,私も気になって利根川河川事務所のサイトで利根川の水位をチェックするモードになった.
 大分県のニュースを眺めていて,なぜか大分大学話が目に留まった.
 大分大学で経済学部教授会が選んだ方以外を学長が経済学部長に選んだ,という事例があった.その件に関しては少し前にこのブログでも言及した.「まあ,それはありだよ」というのが私の意見だった.
 今回目にした話は,大分大学の医学部の事例である.私が最初に目にしたのは Business Journal というサイトの記事である(信用できるサイトかどうか,未確認).

https://biz-journal.jp/2020/07/post_166153.html

 記事では,「…昨年9月の医学部の教授採用では、教授会が選んだ候補者を学長が覆し、必要な手続きも経ずに別の人物を採用した。」とある.「必要な手続きを経ずに」がその通りとすれば確かに問題である.追加で検索すると,今年1月24日付の朝日新聞にも同趣旨の記事が載っていた.

記事では判断がつかない

 ただ記事を見ながら不明点が思い当り始めた.記事の書き手が人事に関する規則を理解しているのかどうか,という点である.

 埼玉大学の例でいうと,人事に関する学部等の会議には3つがある.人事選考会議(採用すべき候補者を選ぶ),人事委員会(選考委員会が提案する人事案を教授会にかけるかどうかを判断する.機構では「人事管理委員会」),資格審査委員会(候補者の設置基準上の資格を判断する.選考とは別)である.教養学部の場合,後二者を続けて開くので,会議は2つと思う人もいるかも知れない.
 埼玉大学の場合,人事選考会議,人事委員会,資格審査委員会,教授会の順で人事の審議は進む.候補者の人選をするのは人事選考会議だけであり,その後の会議は選考会議が選んだ1人の諾否を決めるだけである.選んだ1人以外の候補者の名前は出ない.どこかで否決されれば人事選考会議をやり直す(あるいは人事選考が流れる).学部等で人事を決める場合とは,人事委員会を経て教授会の判断が出る場合である.「学部長等は…直ちに学長に上申」し,「学長は、前項の上申を経て、教員の人事を決定する」ことになっている.学長の決定はその上申を「経て」なされるのであって「基づいて」なされる訳ではない.「経て」の意味は,学長は上申に拘束されることなく決定する権限があることである.むろん埼玉大学の場合,「基づかない」決定を学長はしないと思う(人情のある大学ですから).
 というか,埼大の場合,少なくとも私が学部長/副学部長をしていたときの期間では,新規採用人事をするときは人事選考会議が結論を出した後,人事委員会・教授会に提案する前に,採用候補者の業績書類持参で学長に事前承認をもらいにいっていた.実際に学長が承認しないことはなかったが,承認しないこともあり得る,という理解だった.この程度のやり取りは多くの大学であって不思議はない.

 大分大学の事例に戻ると,上記のBusiness Journal の記事では,「教授会が選んだ」とも書いてある反面,「医学部の教授候補者選定委員会の選考、教授審査委員会の投票を経て、昨年9月の人事会議で次期教授候補者に決定していた」とある.だから教授会を経たのかどうかが分からない.また,人事会議や教授会は,その審議を経たとしても,人は選んでいないだろう.大分大学も埼大と同じではないか?
 朝日新聞の記事には新たに次の2点が書いてあった.第1に,教授任用を審議するのは教育研究評議会であり,その評議会にかかる前に元の候補者の審議は止まったらしいことである.第2に,医学部側が選んだ候補者は「教授選挙」(朝日記事では次の段落で「候補者選考投票」と書くが,同じことなのだろう)で最多票を獲得した人であり,その後学長が選んだのは同選挙で次点の人だったらしい.この「教授選挙」が教授会での選挙なのか,「人事会議」での選挙なのかがはっきりしない.朝日の記事では「その後にあった学部の人事会議でも」とあるから,投票があったのは人事会議以前の会議(つまり埼大の人事選考会議)である可能性が高い.また,学長が次点の人を選んだということは,次点の人を含めて候補者のリストが学長に示されていた可能性もある.その場合,リストに得票数が書いてあっても,最多票の人に決定したという意味にはならないかも知れない.

 この件に関する私の意見をいうと,「分からない」が正直なところである.一方で大分大学の学長は変なことをしているという可能性はある.他方で,Business Journal や朝日の記事の書き手が大分大学の人事システム(というより大学の人事システムそのもの)を理解していなかっただけ,という可能性もある.印象としては後者の可能性の方が強いのではないか.ほぼ同じ時期の出来事である経済学部長選考の件では,大分の学長さんは公式ルールの遵守を旗印に話を進めているので,その時期に公式ルールに反することを学長さんがしたとは考えにくい.ついでにいうと,大分大学のサイトには履修規則は掲載されていても人事等の管理規則は掲載されていない.すべての規則をそのまま誰でもアクセスできるようにしてある埼玉大学とは大きく違う(再度いうが,埼玉大学は透明性が高い).
 埼玉大学の場合,学部等が1人の候補者を教授会で決めて学長に上申する.学長は,規則上はその上申を拒否することもできるが,よほどのことがない限りそのまま承認する.上記のように,学長が拒否しないで済むように学長の事前承認が学部等の教授会の前に入っているのである.
 大分大学の場合,学部等が人事選考作業はするけれど,学部等の教授会は経ず,選考資料をもとに人事が評議会で審議され,学長が決定する,というシステムかも知れない.また同様に学長による事前承認の機会があっても不思議はなく,問題の事例は事前承認の時点でひっくり返っただけの話かも知れない.真相は大分大の人事規則の文面を精査しないと分からない.
(人事が教授会の事項であるか否かは微妙である.埼玉大学でも,教授会事項として人事は明記されていない.建前上は,学務系を除くと,学長から諮問されない限り教授会事項にはならない.)

 大分大学医学部のケースでは,投票で最多票を得たのは教授ポストの下の准教授の方だった.次点の方は外部の人である.私は大学院生のとき,当時のある教授から「医学部では助教授(今の准教授)を教授に上げることはしない.他から選ぶ」と聞いていた.だから今回のケースを見て,「下から選ぶこともあるんだぁ」と最初に思ったのである.
 「下からは上げない」ことには,少なくとも医学部の場合は合理性があると私は思う.第1に,他部門の教授と異なり,医学部教授は格段に権限が大きい.地方国立大学の医学部教授であれば,その診療科目について県内の頂点,ないし頂点に準ずる立場ではないか.医学部であれば営業の規模も大きい.そのような強い権限を持つポストに同じ人を長くつかせることは避けるのが正しいように思う.第2に,医学部の場合,人員の流動性の余地が大きい.人文系の教授であれば,大学を首になればなかなか行き場がないと思うが,医学部の先生方の場合,傘下の病院が多いから,普通は行き場があるのである.大学教授に人事の流動性があることは一般論として好ましいが,医学の場合,その流動性が可能なのである.
 また,最多票を得たという方は,その医学部の内部の方であるから,内部の方々による投票では外部の人より票は集まるだろう.内部,外部の人を並べて人選する場合,内部の人たちの投票で決めるのがよいのか,という問題もあるように思う.
 選考情報の流れが規則上適正であったかどうかも疑問である.記事の文面からは選考の情報が最多票だった候補者に流れていたことが予想できる.ただ同じ情報を外部候補者にも提供するとは思えない.また,記事が関係者の人権に配慮したかという点にも疑問がある.「次点なのに選ばれた人」は,記事の情報をもとに大学サイトを調べれば容易に特定できてしまうだろう.個人情報が保護されたとはいえない.
 大分大学の人事で最も重要な点は,最終的に教授になった方を選んだことが実質的に合理的であったかどうかだろう.無能な人間を学長が強引に押し込んだのなら問題であるが,その辺の検討は記事にはない.実質的な合理性を担保することは学長の責務である.

私の経験では学長は人事に口出しすべきである

 上記のように,埼大で私が学部長/副学部長をしている期間,新規の人事があるときは教授会にかける前に学長に候補者を説明し,了解を求めていた.このやり方は(おそらく)田隅学長のときにはじまり,私が副学部長だったときの関口学部長は遵守していた.私が学部長になったのは上井学長の時であり,同じやり方を上井学長も踏襲していた.
 学長に新規人事の案を持っていってひっくり返されることは,関口学部長のときも私が学部長の時もなかった.しかし時折文句をいわれた.また,関口学部長は厳しいことをいわれたこともあると聞いていた.ただ,学長からいわれることは,厳しいかも知れないけれども正論である,と私は思った.学者としてちゃんとした方が学長になっていたと思う.
 教授会とは内輪の世界,村社会である.話し合いで進める,といえばきれいごとであるが,悪くいえば談合の世界である.だから変なこともあるのである.学長から文句をいわれることがある,という点は,正論を通すためには必要だろうと私は感じていた.
 埼大教養学部は一般に実に公正に運営される学部であったが,それでも変なことはたまにあった.既に時効と思うから書くけれども,私の学部長の期間に,学部の人事選考会議が選んだ候補者を私がひっくり返したことが2度ある.むろん普通はそんなことはしない.
 1つは人事選考会議が選んだ最終候補者の報告を見て,公募で応募者が多かったのに最終候補者の業績が少なかったことが気になったときである.調べてみると,業績の多さや受賞歴から候補者と考えるべき方が少なくとも5名いたが,何れも選考から外れていた.応募者の業績は一覧表になっていたが,最終候補者の隣の応募者は,学歴と年齢が全く同じなのに業績は倍なのである.
 もう1つの事例は最終候補者の研究領域が「違うだろう」と思えたケースである.日本のある面の文化で人事をしているのに,どうして北朝鮮文学専門の人を選ぶのか? 日帝批判という点で日本とかかわっていたのであるが,日本の作家を論じるに作家(夏目)の原文も参照していない.だから候補にはならないレヴェルと思えた.むろん,領域がズレていても業績が立派ならそれでよかったかだろうし,他に人がいなければ仕方ない.が,そうではなかった.
 この2件については,まず学長に事情を説明して再選考を目指すことの了解をとった.それから選考委員に根回しした.選考委員によっては苦労した.関係者には嫌われた(人によっては尾を引いた)けれども仕方ない.選考会議には選び直して頂いた.この2つのケースとも,学長の監視下にあるということを前提にして行えたことだった.
 上記の例に限らず,私が人事選考を見てきた中では,時折,結構笑える事例もあった(書けば面白いがやめておこう).一番利害関心のある方が「この人がいい」という理屈(と膏薬)はどこにでも付くのである.誰かがいい出せば,他の人は自分の番で同様にして欲しいから「それでいいです」になる.だから,学長とは限らないけれど,利害関心の圏外にある人が一定の判断をすることは,規律を守るためには必要なことと思える.

人事のやり方は変えてよいだろう

 上記にある朝日新聞や類似のメディアの記者はしばしば,教授会自治こそが善であり,そこに介入する権力者(学長)は悪であるという図式に従っているように見える.ただそのような図式は,現実を虚心に眺めたことのない者が脳内に描いたお花畑に過ぎないだろう,と時折感じる.教授会自治で私が連想するのはゲーム理論にいうフォーク定理である.相互の不合理な行いを認め合うという慣行が,明示的な合意を経ずとも,慣例的に,部内の人にはパレート効率的な暗黙の協調(要するに談合)として生じることである.こういう慣行の世界は一面で暖かい世界であるが,考えようでは互いの顔色を見ながらいいたいこともいわぬような,窮屈な村社会なのだ.だから権限は上に任せて自分たちはもっと自由になった方がいいんじゃね,と思ったことは何度かある.
 問題は,この暗黙の協調の世界は通常はわれわれにやさしいけれど,組織の規律を徐々に棄損し,大学としてのパフォーマンスを下げてしまう点だろう.
 今日,大学にパフォーマンスを上げ,同時に人事給与マネジメントをするという「改革」が厄介な課題として押し付けられつつあるように見える.私がもし在職していれば,教員福祉の観点から,この「改革」には抵抗しようとするだろう.ただ,組織を良くするという観点からは,実はかなり必要な改革ではないかという気がする.この「改革」は部内談合とは両立しない面が多い.だから,大学の牧歌的な姿は次第に影が薄くなることは予想できることである.大変だろうが,仕方ないんじゃないか.
 話を採用人事に戻すと,一般の教員人事は通常のように学部等の人事選考の通りで問題ないはずである.学長がいちいち人事選考をすることなど,できる訳がない.しかし一般論として,場合によっては学部の判断とは異なる判断を学長(など上位者)がすることが妥当な場合もあるだろう.学長にはその権限があり,その時々の判断で人事に介入することはあってもよいのではないか,というのが私見である.むろん学長がひどいことをすることはあり得るし,上記の大分大学の事例がどうなのかは,判断するだけの情報が私にはない.
 大分大学の学長さんは,よほど強引な方と見ることもできるし,旧来の部内談合モードから法人化モードに移行するための改革者であると見ることもできる.後者であれば幸いだ.

| | Comments (0)

このブログには何処からアクセスがあるか?

 このブログはNiftyのココログというシステムに乗っている.ココログにはアクセス解析があるにはある.ただあまり使えない.特にアクセスの地域については事実上機能していない.そこで3月上旬から今までの4カ月弱の期間について,ある方法でどこからアクセスがあったかを調べてみた.ここでいうアクセスとは日ごとの訪問者数であり,1人の訪問者のPageView数は無視した.
 比率だけを書けば次のごとくだった.

埼玉大学ネット:23.1%
埼玉県    :15.0%
東京都    :29.9%
その他    :32.0%

 埼玉大学でアクセスしてもスマホを通じてアクセスすれば「埼玉県」になるだろう.また,「東京都」は埼大の教職員が自宅からアクセスした件数を多く含んでいると思う.「その他」は北海道から九州まで,国外も含む.件数からいえば神奈川,千葉が多い.ネット検索でひっかけてアクセスする「いちげんさん」が「その他」で多いだろう.

 ちなみに,であるが,同じ期間でアクセス(今度はPageView回数)が多かった記事は次である.多い順であるけれど,数はあまり違わない.記事閲覧はアップして1月くらいが多いので,3月からの観察期間にアップした記事が上位になる(つまらない結果だ).

遠隔授業あれこれ
大学によるコロナ禍対応
有馬朗人「法人化は失敗だった」の今さら
医学部のこと
改革強化推進補助金

 実はこのブログは大台の500記載目をもって終了するつもりでいた.一時頻繁に記事をアップしていたのは,早く500記載目に到達しようと思っていた時である.その500記載目は「埼大は教員・職員が少ないのか?」だった.この記事は続編をアップすることになったので,500記載で打ち止めにはならず,以後,まだ時折アップしている.この記事は510記載目である.ブログを消す必要もないので,気が向いたら時折アップする,という状態はまだ続くかも知れない.

| | Comments (2)

入試で主体性評価w

 この6月19日付で共通テストの日程が文科省から公表された.今年度は特例追試験が加わり,計3回共通テストを実施するという.ただ3回目は2/13,14 であるため,その受験者は従来の前期日程の受験に間に合うのかどうか疑問に思った.前期日程の受験日を遅らせるのかどうかと思い,埼大サイトの入試に関するページを眺めてみた.当の疑問については埼大サイトではよく分からなかった.学年暦を見ても個別入試の日にちは書いていなかった.今度の入試日程は状況を見てこれから決めるのかも知れない.

 当初の目的ではなかったが,「大学入学共通テスト記述式問題導入見送りに伴う《令和 3 年度(2021 年度)埼玉大学入学者選抜における各学部の主な変更点(予告)」の見直しについて》という長ったらしい表題の文書ファイルが目に入った.何気なく開いてみた.何の考えもなく眺めたけれど,教養学部の一般選抜・後期日程について「個別学力検査における小論文において、「主体性」についても評価します。」と出ていたので,思わずエッと思った.主体性?

 昔,学生運動華やかな頃に口角泡を飛ばして「主体性ガー」という人はいたように思うが,今どき主体性などという野暮で大仰な言葉を使う人は,特殊な思想信条か宗教に染まった人以外にいないのではないか,という気がした.なんか,チュチェ(主体)思想とか,毛主席思想活学活用頑張るぞぉ―,といった世界ではないか.意思に反して私の中で自動思考が生じた.「巨人の星」の主題歌が流れ,瞳孔がやたら大きい星飛雄馬の顔が現れて,
  真っ赤に燃える王者の印 主体の星をつかむまで~
とか.
 話を戻すが,教養学部の後期日程の小論文とは,短い文章を読ませて何か考えを書かせるという,よくある形式である.それで「主体性」を測る余地は,過去問を見る限りありそうにない(問題の格好を変えるのかも知れないが).
 文科省からの強い指導で入試の見直しが行われ,仕方なく「主体性」を書き入れたのかも知れない,と思った.けれどそうでもなさそうだ.上記文書における小論文の記載は学部別に次のごとくであり,教養学部以外は「主体性」などとは書いていない(書かない方が正解だろう).

教養学部:小論文(理解力,論理的な考察力・構成力,表現力,主体性を判定する。)
経済学部:小論文(国内外の社会に関する関心と論理的思考力,表現力を評価する。)」(前期・国際プログラム枠)
     小論文(論理的思考力,表現力を評価する。)(後期)
教育学部:小論文(社会的事象に対する関心,論理的思考力等を評価する。)
理学部と工学部:単に「小論文」

 その後,ネットで検索してみると,文科省は入試で主体性評価をしろといっているということをはじめて知った.日経ビジネスに次のような記事も出ていた.

河合薫:大学入試改革「主体性等評価」の意味不明、平等はどこへ?

 この河合氏の記事によると,主体性等の評価を検討する委託事業の報告書が出て,その報告書でベネッセのeポートフォリオの利用が示唆され,そのeポートフォリオで生徒の活動記録を残して主体性等の評価に使うことを文科省は考えているらしい.
 ただ,上記報告書を眺めると,「主体性」概念は,そもそもその内包も外延もはっきりせず,具体的な測度の提案がある訳でもなく,当然ながら測度の信頼性(測定値の一貫性,誤差の少なさ)や妥当性(現実的には基準関連妥当性)の検討とは無縁である.だから通常の学力試験や英語試験などのように入試に使い得る代物と考えるのは,少なくとも現段階では無理である.あえてやろうとすれば上記の河合氏の批判が妥当することになるだろう.

 上で主体性概念の内包と外延と書いたけれど,おそらく「主体性とは何か?」を(例えば面接者や小論文採点者間で)話し合えば,いろんな意見が出てしまうだろう.主体性とは何かを私が自問すると,思いつくのは次の2つである.第1は自己の判断が自分のアイディアに基づくことである.しかし,「自分のアイディア」を多くの大学受験者に求めるのは難しいだろう.誰かの考えに「いいね」をするくらいなら誰でもするが,自分のアイディアを持つのはある程度の研究歴か,哲学的な思索歴がないと無理だろう.第2に,主体性とは内発的な動機づけ(intrinsic motivation)だと考えることである.内発的動機づけを持って学習するなら学習の進度は高いはずである.ただ,この第1と第2は一緒にまとめて「主体性」というべきでもないような気がする.また,ビジネスで主体性を問題にするときは,単に覇気とかガッツのようなものを指しているような気がする.
 実は文科省がいう主体性とは,「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」である.だから話はさらにややこしい.「多様でない人々と協働して学ぶ態度」は主体性ではないのか? 自分一人で学ぶことは主体性にならないのか?(心理学的には,新たなことを学ぶときは他者と一緒に学ぶより一人で学んだ方が効率的である.)協働ではなく競争して学ぶときに主体性はないのか?(学習における競争と協働は古い研究テーマである) 学ばず協働するときの主体性は主体性ではないのか? いろんな人とつるんでいるときって,主体性がないときではないのか?

 例えば入試で面接を行ったとしても,私は一貫した方法で対象者の主体性を評価することは難しいように思う.面接者ごとに違った基準で判断することになり,面接室によって合格率が違ってしまう結果が起きることもあるだろう.まして小論文では,何を書かせようと,一貫した方法で,少ない誤差で,主体性を判断できるとは思えない.

 どんな学びをするかは人の内面の問題である.その内面に踏み込むことは自由主義社会にとって望ましいことではない,と私は思う.

| | Comments (0)

有馬朗人「法人化は失敗だった」の今さら

 先日(2020/5/21),『日経ビジネス』のメール配信で《「国立大学法人化は失敗だった」 有馬朗人元東大総長・文相の悔恨》という記事の記載があった.見た瞬間にオイオイと思った.読んでみたがやはりオイオイだった.今さらこの程度の議論だと,神田眞人氏のような財務官僚に理屈で負けるだろう.

 言及した『日経ビジネス』の記事は有馬朗人氏へのインタヴュー記事である.有馬朗人氏は著名な学者であり,同時に自民党選出の参議院議員として文科大臣も経験している.このインタヴュー記事で有馬朗人氏は,概ね次のようなことをいっていた.

・「文科省でも検討委員会を作って議論した結果,法人化した方が良い面があるという結論が出ました.それで私は法人化を決定したんです.」
・運営費交付金は減らさない約束だったが,無視された.
・法人化して良くなった面もある.
・東大は「経営」して生み出したお金で若手研究者を雇用している.しかし規模の小さい大学は同じことができない.だから交付金を増やす,少なくとも元に戻す必要がある.

 この議論を見ると,要するに「規模の小さい」国立大学,つまり地方国立大学の運営費交付金を増やせということなのだろう(規模の大きい大学も増やせ,といいたいのかも知れないが,その解釈だと筋が通らない).その結論には,私を含めて,特に地方国立大学関係者は賛成に決まっている.しかしあまりに月並みな議論で,今さら,である.それでなんとかなれば国大協がなんとかしている.
 私のような素人でも,有馬氏程度の議論にはすぐに反論できる.政府のお金を大学に配分するやり方は自動的な機関配分(交付金)ではなく成果による配分に重点が移っているだけのことであり,国立大学に付ける政府の予算は総額では増えている.そもそも地方国大以外の上位国立大学は,定年を延長したのに(特に中高年の)給与に手をつけていないから,自動的に若手が雇えなくなっているだけではないか.この辺は財務省の理屈である.経済政策という点では,財務省は解体した方が日本のためだと私は思うけれども,大学に対する財務省の分析は正鵠を射た面が多いように思う.
 拙見でも,大学に人を付けることがよいのかどうか,という問題はあるだろう.大学の教員数はどうしても学生数と連動するけれども,今後学生数の減が予想されるなら,国立大学の教員数を増やすことにはためらいも出るだろう.日本として研究者数を増やすのであれば(増やすべきだが),独法で研究機関を作って研究者を雇用し,その所属研究者が状況に応じて大学の研究室とジョイントの研究(および学生指導)をできるようにした方がよくないか? 独法と国大法人の違いは評価方法にあり,もし新規研究機関を大学に呼び込むのであれば,独法並みの評価方式を大学がとることを求められるのではないか?

 有馬氏のように,「交付金を増やせ」の話を「法人化は失敗」と表現することはミスリーディングだろうと私は思う.
 2年前に京大の山極総長が読売系のインタヴュー記事で「法人化は失敗」といって注目された.有馬氏は同じ線を狙ったのだろう.しかし,法人化は国立大学に法人格を与えて独自の方針をとることを可能にし,それと同時に評価を導入したことが本質である.金を減らすことは法人化そのものの話ではない.だから問題を「法人化(の失敗)」と呼ぶことには論点をぼやけさせる.元の国立大学に戻してお金をつけ,自治と称して資源配分を内部の談合に任せた場合,ろくなことは起きないだろう.
 「法人化は失敗」というと「じゃ,今の国立大学は失敗作ですか?」という話になりそうなのも気になる.「法人化は失敗」は,文科省一家の内輪の言説としては構わないけれど,世間に向かって店を出している国立大学が世間に聞かせる話として口にしてはいけないだろう.国立大学はあくまで,立派にやっている,安心して来て下さい,なのである.
 世間に向かって国立大学に金をもっとつけろというなら,「これだけの成果を上げるからお金をください」と訴えるしかないだろう.今どきは家計も企業も金は欲しいというに決まっている.その「これだけ」として何をいうか,その知恵を有馬氏らはいうべきだった.
 勝手にいうなら,「地方国立大学からノーベル賞受賞者を年平均で1人以上出します.さらに,THEの世界ランキングの100位以内に地方国立大学から5年以内に5校を入れます」といえば(信憑性があるなら),お金は出るだろう.また,「規模の小さい大学は同じことができない」というなら,規模を大きくする(統合する)ことをなぜ提唱しないのか,と思う.

 記事に載った有馬氏の議論が事実経過を正確に表現しているかどうかも気になる.どうもリア充オヤジの自慢話のように聞こえる面がある.
 まず有馬氏は「それで私は法人化を決定したんです.」という.まるで有馬氏が国立大学の法人化を決めたような書き方になっている.けれど,そりゃ変なのである.
 有馬氏は時の橋本龍太郎総理に請われて参議院選挙比例代表名簿の自民党一位に入り,1998年に参議院議員になった.続く小渕内閣で文部大臣になっている.しかしこの時期は国立大学法人化という話ではなく「独法化」だったはずである.国立大学を独法化する方向の検討が公式に始まったのは1999年の11月であり,その時点の文部大臣は中曽根弘文でであって有馬氏ではない.
 続く森内閣の2000年7月に国立大学に関する調査検討会議が発足し,その後の小泉内閣の2002年に「新しい国立大学法人」像に関するまとめが出て「国立大学法人化」が閣議決定されている.つまり独法化が国立大学法人化になったのは小泉内閣の時であり,独法と国立大学法人とは仕組みが異なるから,文部大臣としての有馬氏が「決めた」などはありそうにない.2003年に国立大学法人法の関連法が提出され採決されて,次の2004年に国立大学法人が発足している(埼大では田隅学長が就任).少なくとも埼玉大学では,国立大学法人の仕組みが学内で説明されたのは,実際に法人に移行する数か月前に過ぎなかった.その数か月前に説明(講演)に来た文部省のお役人様の脅し文句を私は今も覚えている.それくらいだから,有馬氏が文部大臣のときに国立大学法人のイメージができていたとは考えにくい.有馬文部大臣のときにあったのは独法化を含めた選択肢の検討程度だったように思う.
 インタヴューで交付金の金額を法律に書くように求めて拒否されたという逸話が紹介されていたけれど,法人法がまとまった時期を考えると,そのようなやり取りは参議院議員としての有馬氏がした可能性はあるけれど,文部大臣の時期にはあったとは思えない(有馬氏は法人化の直後まで議員だった).
 有馬氏は参議院議員として国立大学の立場のために働いたかも知れない.しかし国立大学の現状を擁護するために目立った活躍をしたのは,西岡議員など,自民党の力のある文教族議員だった.有馬氏は,法人法に交付金の金額を書き込むような未熟なことを口にしたとするなら,交渉者としては力を発揮しなかったろう.
 文部大臣として有馬氏が明確に行ったのは,自ら「ゆとり教育」を主張し,ゆとり教育を学習指導要領のスローガンに書き入れたことである.後に有馬氏は自説を官僚に曲げて利用されたと主張なさっているらしい.
 当時の有馬氏の存在意義は,政治家,というよりお役人が作ったシナリオの神輿となることだったろう.むろん神輿になれるのは大家の故であるから功績は大きいけれども,政治家・行政家としてはズレていたという気がする.

 有馬朗人氏は1990年代,自民党議員になる前に,埼大で学長候補になったことがあることを,埼大の若い方はご存じないかも知れない.当時,学長選挙で当選した理学部所属の先生に某理学部から難色が出て,おおもめにもめたのである.私の感想では異常な確執と見えたが,私は一次情報を持っていないのでここでは論評しない.その当選者の先生が学長就任を辞退し,もう一度学長選挙をすることになった.私の記憶の通りなら,そのときに工学部を中心として有馬氏を学長に推す動きがあった.他学部は知らないが,教養学部ではその動きに強く反発する先生がおられた.結果として,反有馬票が集まり,兵藤学長が選出されたのである.私も部内の流れに従い兵藤先生に投票した.
 このときはいろんな噂があった.そもそも有馬氏は学長候補となることを承認していない,という噂があった.いや,実は学長になりたがっている,という噂もあった.埼大の学長では有馬氏のプライドが許さないのではないか,という意見もあった.何が真実かはよく分からない.
 ただ,結果として兵藤学長が当選して埼大のためには良かった,と私は思う.詳述はしないが,兵藤学長は酒癖は悪いが明るく良い学長だった.上記の『日経ビジネス』の記事を眺める限り,有馬氏は自慢話が多く,法人化にせよ「ゆとり教育」にせよ,後日になってからの言い訳が多過ぎるように見える.
 
 『日経ビジネス』の有馬氏インタヴューは「東大の突破力 『知』はコロナ後の日本を救えるか」というシリーズものの1つの記事である.『日経ビジネス』はなぜ東大をそれほど持ち上げるのか,と思う点は別にして,このシリーズの中で「法人化は失敗」というのは浮いた話題だった.ページ数も他の記事より少ない.いうべきことが少なかったのだろう.現役の山極総長とは比べられない.

| | Comments (0)

大学によるコロナ禍対応

 大学の外にいる私であるが,ニュースを見ていると,今の武漢コロナ禍に対する大学の対応のニュースを見かける.なかなか興味深いと思う.この状況で埼玉大学は妥当な判断をしていると感じる.

学費問題

 多くの大学がコロナ禍で遠隔授業を決めた4月,学費減額を求める署名活動があちこちの大学で起こっている,というニュースが入ってきた.中身の詳細は大学によって異なる.が,大まかにいうと,原則入構できず施設が使えないのであるから,施設の分の学費を返還して欲しい,という要求だったと思う.むろん,授業料以外に設備費/施設費を徴収する私学の場合である.国公立に比べて学費が2~3倍なのだから,金を返して欲しいと言い出す気持ちはよく分かる.
 しかし大学は設備費を減額できないだろう.施設を学生が使えないとしても,施設を維持管理する費用はほとんど変わらないからである.蔵書や設備は揃えねばならず,ライセンス料なども大学は払わなければならない.だから学生が使わないとしても,ほぼ同じように大学は設備のために支出を余儀なくされる.
 実際,大学が学費を減免することはほとんどなかったように思う.遠隔授業のための通信費補助,といった名目で学費を若干減額する(名目上は奨学金/支援金を出すとして学費減免で清算するのかも知れない)という例があった程度と思う.この結果も仕方ないだろう.
 もちろん,学生が使用しない期間の設備経費は,大学の独自資産から支出し,学生納付金には頼らない,という判断も理屈としてはある.だからなぜ設備費を減額しないかについて,本来なら大学が学生(・父兄)に丁寧に説明する必要があるのだろう.ネットに出ていた話では,ICUなどは学生に対し,長々と説明していた様子がうかがえる.

 もっとも,学生が施設を使わないで軽減される経費は,あるにはあるだろう.例えば光熱水費である.学生が使わなければ光熱水料は下がるように思う.埼大の経験では,夏場のエアコン使用時の電気代で大学はガタガタしていた.掃除費用も下がるだろう.だからその下がった分を学生に還元することは合理的である.実際,上記のような若干の学費減額分は,そのように節約される経費の分かも知れない.
 経費問題は教職員にも存在するように思える.教職員,特に教員は,4月以後,継続的ないし断続的に自宅勤務する格好をとっているだろう.だとすると,今までは職場に負わせていた光熱水料が自宅の経費となっているはずである.だから在宅勤務で損をしている.私も退職することで,自宅の光熱水料は若干上がったような気がする.
 他方で,自宅勤務の日が増えると通勤手当がどうなるのかなぁ,などと考えてしまう.法人化後,定期券の購入確認を受けるようになるという細かさを経験したので,また細かい措置を受けても不思議ではない.週の半分程度は出勤していれば通勤手当はそのまま付くように思うが,在宅勤務の日が多ければどうなるのか?
 念のため,在宅勤務期間の通勤費がどういう扱いになるか,ネットを検索してみた.あるサイトでは,就業規則に「通勤手当は,…通勤定期券の実費を支給する」という程度しか書いていなければ,実際の出勤日数にかかわらず通勤手当を丸々支給しなければならない,とあった.
 埼大の場合どうか?「国立大学法人埼玉大学教職員給与規則」の第21条が通勤手当を規定している.通勤手当の額はその第2項にある.電車・バス通勤の場合は「その者の支給単位期間の通勤に要する運賃等の額に相当する額」,自動車通勤の場合は「次に掲げる自動車等の使用距離の区分に応じ、支給単位期間につき、それぞれに定める額 ア 片道5キロメートル未満 2,000円 …」といった表現になる.自動車通勤の場合は,出勤日にかかわらず月額が決まる書き方である.だから電車・バス通勤の場合も,釣り合い上,通勤手当はそのまま出す以外になくなるように思う.
 大学が通勤手当を過分に支払ったとしても,家計分となる光熱水料の補てんと考えるべきかも知れない.

大学による学生への経済的支援

 5月に入り,5月5日(6日更新)の日経ニュースに「コロナ禍で学費減免,対策は国立5校のみ 30大学調査」という記事が出ていた.国公立大学と私大の,学生数上位各15大学に調査した記事という.メディアによる大学の記事は不正確なことが多いが,中身を信じるなら,結果は次のように表にまとめられていた.

学費減免制度の新設・拡充:東大,九大,阪大,東北大,広島大(院生だけ)計5校
学費納付期限を猶予:明治,法政,北大など19校
現金給付・全学生:日大,東洋大,東海大など9校
現金給付・困窮学生:早稲田(10万),立命(上限9万),九大(3万)など12校
貸与型奨学金の新設・拡充:近大,関大,同志社など10校
遠隔授業の環境整備:16校

 この結果を見ると「学費減免制度の新設・拡充」が最もハードルが高いようだ.採用した5校とは何れも,多額の交付金をもらった上に自己資金を集めやすい重点支援3の大学である.規模も大きいから,対象者が学生の一部であれば資金を拠出する余裕がある.
 文科省経由で学費減免の新制度が導入されているはずなので,学費減免措置はどの大学にもある.上記の「新設・拡充」とは,その新制度以外に大学独自の学費減免制度を揃えている,ということである.おそらく,政府の新制度で対象から漏れた学生を大学独自の制度で拾う,ということだと思う.
 埼大はどうかなと思って埼大サイトを眺めてみた.「本学独自の緊急支援奨学金給付制度を始めました」と出ていたので,おお,頑張ったなと思った.立派なものである.額が大きいとはいえないが,本当に困窮しているときはその額で十分嬉しいだろう.
 私の在職中,学生の家庭事情のデータはなかった(あるいは見られなかった)けれど,直感的には経済的に苦しい家庭の学生が多いと思った.同じ思いは同僚も共有しており,たぶん,学生への緊急支援に関しては教養学部の執行部は強く推進する立場であったろうと思う.
 埼大は能力の範囲で十分にやった.が,埼大ができることはここまでと思う.次に述べるように,身銭を切って支援に乗り出すのはどうか,と私は思う.

学生の経済的支援は大学の仕事ではない

 今回のコロナ禍のことを眺めて,私は3.11の震災のときの経過をふと思い出した.あの震災があったとき,埼大では教職員に募金の呼びかけがあった.その募金が被災地に送る募金だったか,埼大生被災者のための募金であったか,記憶が曖昧である.多くの方,特に職員の方は募金されたように記憶している.
 しかし,申し訳ないが,私は募金で金を出さなかった.釈然としない気持ちがあったからである.
 つい先日,三橋貴明という経済評論家がうまく話をまとめているのを目にした.私が3.11のときに釈然としなかった気持ちをよく整理しているように思えた.
 あの震災の時,「被災者のために募金しましょう」の後,公務員給与の減額があった(国立大にも適用され,しばらく続いた).復興のために我慢しましょう,になったのである.その後,同じ流れで復興税という名目の所得税の増税があった.当時は悪夢の民主党政権であったが,その最後っ屁が消費増税の法案だった.つまり財務省は,震災を口実に所得税と消費税の増税を勝ち取ったのである.その結果が景気の低迷であり,学生も就職しにくくなった.この一連の財務省の対応により,日本経済を落ち込み,多少救われるにはアベノミクスを待つ必要があったのである(所得は上がらなかったが株価が上がったので学生は就職しやすくなった).
 三橋貴明氏のポイントは,震災の時は消費を伸ばすように税を軽くすべきだったのに,その逆をやった,このコロナ禍でも同じようなことを狙うだろうけれど,阻止しなければならない,という点である.
 上記の日経の記事もそうだが,メディアがコロナ禍での大学による支援を報じるとき,大学がそうすることが望ましいというニュアンスで述べる.特に日経は財務省の意向通りに記事を書くが,他のメディアも同様である.しかし,「学生の経済的支援は大学の仕事だよね」になることは回避する必要がある.元来が無理である.
 学生の経済的支援は社会政策である.社会政策は個々の大学の仕事ではない.地方も地方債を出せるし大学も大学債を出せるには出せる.しかしお札を刷れるのは国であるから,国債によって賄うしかないのである.現状で公明党が文科省に学生支援を申し入れているので,おそらく国による追加の学生支援措置があるだろう.また,10万円の特別給付金のように,学生を含めての給付は追加で生じるだろう.学生を助けます,ではなく,国民を広く助けますという枠組みの拡充を求めるべきと思える.高橋洋一氏がいうように,国債の追加発行をためらう事情はないのである.
 新聞に軽減税率を適用することと引き換えに,メディア(TVも新聞系列)は消費増税を容認してきた.朝日の論説委員のように,現時点でコロナ増税を言い出す人もいる.しかしここで増税になったら,日本の経済は長く落ち込む.学生の就職難の時期も長引くだろう.
 埼大が導入した支援のように,緊急避難的に一定額を給付する制度は望ましい.しかし学生支援の本道があることを大学は同時に明確に主張しておく必要があるだろう.教育国債を発行して学費を教育バウチャーとして支給する制度の導入を,この機会に国大協などが打ち出すのが正しいように思える.

コロナ経済支援に見える大学の戦略

 コロナ禍での学生への経済支援を見ながら,その支援には各大学の戦略が隠れているように思えた.18歳人口は減るので大学は学生の取り合いに入って行く.普通に考えればここで価格低下(学費軽減)がありそうであるが,一部の私大は一律に学費を下げるのではなく,優秀な学生への奨学金を拡充するという方策をとった.なるほど,一律に学費を下げるよりその方が合理的である.上位の国立大学も実は似たような対応をしている.今回の各大学の対応にはそのような戦略的側面もあるように思える.大学の規模が大きければ学生支援に回せる資源を捻り出すことは比較的に容易である上に,本音で学費を下げられる分を奨学金に回すだろう.ここで問題は,規模も小さく財源の多様化もない地方国立大学にどのような対応策があるか,ということだろう.
 この点は目前の課題ではないけれども,どのような学生支援策をとるかを地方国大の経営者は考えておく必要があるのだろうと思う.

| | Comments (0)

改革強化推進補助金

 文科省サイトにある資料をもとに,国立大学改革強化推進補助金をどこの大学がとっているかについて粗い分析(というより集計)をしてみた.以下に述べるように,重点支援3(世界)の大学は重点支援1(地域)の大学の3倍採択されている.この改革強化推進補助金は国立大学間の格差を持続させる1つのメカニズムであるといえる.

ニュースを見てふと気になった

 私のiPadはChromeを開くと最初にgoogleが配信するニュースが出て来るようになっている.確かそのニュースで,国立大学の改革強化推進補助金の採択に関するニュースが入っていた.たぶん私が大学に関するサイト情報を検索することが多いので,googleは私に大学に関するニュースを配信しているかも知れない.
 そのニュースを見ながら,ふと,国立の中でも上位の大学がその補助金を採択されやすくなっているのではないか,と感じた.そこで昨日,文科省サイトに入り,同補助金の情報を眺めてみた.

採択数のカウント

文科省サイトでは,平成24年から令和元年までの8年間の採択の情報が載っている.同補助金の採択に眺めているうちに情報を整理し集計したくなり,数時間をかけてどこの大学が何時補助金申請で採択されたかをエクセルでまとめてみた.詳しい情報は文科省サイトの公開情報では判別できないので,あくまで粗い集計である.特にもらった金額の情報は見つけられなかった.
 集計するうちに,採択数のカウントは論文数のカウントと同様の問題があることに気づいた.単著論文は1でカウントすればよいが,共著論文をどうカウントするか,である.この点については,私が以前見た文科省の研究所の扱いの通りにしようと思った.共著論文でも1人の執筆者に論文1と数えるカウント法と,共著者数で割った数値をカウントとする,という方法の2つを使うことにした.つまり,ある大学が単独で申請して採択されれば採択数はプラス1であるが,3つの大学が共同で申請して採択された場合,各大学の採択数はプラス1/3にする,という方法である.実は採択事例によっては,共同申請でも,明らかにある大学が中心であることが(直感的に)分かる場合もある.しかし今回程度の粗い調べでは形式的な確認方法がない.だから実態とはかけ離れるケースがあることは承知で,N大学で申請し採択された場合の個々の大学に帰属される採択数は1/Nと,機械的に計算することにした.
 以下の表にある「単純採択数」とは,単独申請でも共同申請でも,当該大学が関わって採択された申請の数のことである.単独申請と共同申請は区別しない.他方,「割引採択数」とは,単独申請の採択数はプラス1,N個の大学による共同申請の採択数はプラス1/Nとして割り引く採択数である.

大学ごとの採択数

 同補助金の募集のあった8年間で,単独申請ないし共同申請で採択された国立大学は56大学だった.国立大学は86あるから,65%の国立大学は何らかの形で採択された経験があることになる.採択経験のある56大学について,採択数を集計する表を作った.
 下の表1は単純採択数の大きい順に大学をソートした表である.8年間での単純採択数の最大値は4であり,北大,東大,京大がトップにある.この表でも概して有力大学が上位を占める傾向があるけれど,有力とはいえない大学も上の方にいる.表の内訳を見れば分かるように,地方国立大学が共同申請をしていることがあり,その共同申請でカウントを稼いでいるケースが多い.平成24年度の採択は連携をテーマにしたようであり,その折にカウントを稼いだ大学がカウントを多めに稼いでいるのである.
 表2は割引採択数で多い順に大学をソートした結果である.連携のカウントを割り引くので,表1では連携で上位に入った大学の順位が落ちる.表2の方が大学の実力を如実に反映する結果を示している.トップは東大と京大であり,8年間で単独で4回採択されている.オイオイといいたくなる.3位が東北大なので,上位3大学が同補助金でもトップ3なのである.上位9位までに旧帝の7大学が入り,旧帝の間に入ったのは滋賀大学と神戸大学である.神戸大学は重点支援3の大学であるから不思議はない.重点支援1の滋賀大学は単独で2回採択されているけれど,実は2回ともデータサイエンスのネタでの採択であるから,文科省によほど気に入られたのだろう.重点支援1で滋賀大学に続くのは静岡大学であるけれど,静岡大学は単独で採択された後に浜松医科大との統合がらみで共同で採択されている.20042812004282

重点支援ごとの採択数の相違
 
 表1でも表2でも,有力大学(重点支援3の大学)が採択される傾向は見て取れる.有力大学の採択されやすさは次の2つの方法で確認できる.
 第1は重点支援の3類型ごとの採択経験率を見ることである.重点支援1の地域大学は55大学あり,そのうち何らかの採択経験があるのは60%,33大学である.重点支援2(特色)の大学も,15大学あるうち,採択経験があるのは同じ60%,9大学である.しかし重点支援3(世界)では,16大学中88%の14大学が採択経験を持つ.
 重点支援3で採択されていないのは一橋大学と東京農工大である.ただ一橋大については,この間に指定国立大学法人に選定されているので,眠っている訳ではない.
 第2は,採択経験がない大学を含めて,1大学当りで平均いくつ採択されているかを計算することである.単純採択率と割引採択率の双方の数字で,重点支援類型ごとに採択数の平均を求めグラフにしたのが下の図1である.
 まず重点支援1の大学については,単純採択数で平均 0.891であり,1を割っている.単独採択に換算した割引採択率で見ると採択率平均値は半分以下の0.396になる.つまり3大学で1回の単独採択がある程度の実績なのである.重点支援2の大学も重点支援1と変わらないが,割引採択率では半分(0.5)に近づいている.
 しかし重点支援3の大学では,単純採択率で2を超えており,割引採択率でも1.8と,2に近い数字になる.つまり,単純採択率位で重点支援1の大学の2.67倍,割引採択率では4.5倍の採択経験を持っていることになる.

200428

補助金は大学間格差の維持装置か?

 国立大学改革強化推進補助金は補助金の1つに過ぎない.各大学が政府から得ている補助金の総体はここでの数字だけからは分からない.この補助金をとっていない大学も別の補助金をこまめに獲っている大学もある.また,新学部を設置するなど,見た目に進展のある大学も多い.
 とはいいながら,ここでの数字を見ていると,政府の補助金は,既存の大学間格差を維持,ないし拡大するための装置ではないかという,私の僻み心に火をつける結論に行き着くのである.有力大学はそもそも基盤の交付金レヴェルで優位な地位にあり(1つには大学院生の比重が高いことがある),受託研究費などが集めやすい(実際に集めている).その上で補助金まで差別的に突っ込んでいるのかよ,と思ってしまう.
 あるいは,補助金におけるこうした大学間格差はこれまでも指摘が(当然)あったかも知れない.そのせいかどうか,平成30年度からこの補助金にはわざとらしく「国立大学経営改革促進事業」という名称が付き,対象事業が地域枠と世界枠に分離された.この分離によって「地域大学にも配分する枠を確保しました」と文科省はいいたいのかも知れない.しかし,すぐに分かるように,重点支援1の地域大学は55あり(静岡大学と浜松医科大学が統合すると54大学),重点支援3の世界大学は16なのである.だからこの分離によっても採択の可能性は従来の格差の実績を継続させるだけになるだろう.しかも,重点支援2の大学が多くの場合地域枠になることを考えると,今までより悪いじゃん,という話である.
 さらに,ここで調べたのは採択数だけである.しかし1件当たりの補助金の額は(文科省サイトでは見えないのであるが),かなりの差があるだろう.
 (私の場合,議論は結局そこに行き着くのであるが)地域大学は統合して1大学の規模を大きくし,現状の重点支援3の大学に挑戦する立場を早く確保すべきではないのか,と思えてならない.

| | Comments (0)

遠隔授業あれこれ

 武漢コロナウィルス禍に対応して埼玉大学が遠隔授業を導入するというニュースを私が最初に見たのは,埼玉新聞サイトのニュースがgoogleページに配信されたときである.iPadの位置情報から私に埼玉新聞のニュースが選択的に配信されたように思う.その直前に日経か何かのサイトで群馬大学が新学期に遠隔授業をするというニュースが出ていた.最近確認すると,何時判断したかは確認していないが,茨城大学,宇都宮大学も同様に遠隔授業で新学期に対応するようだった.
 先ほどネットで見てみると,東京から遠い大学は,国立であっても,現時点で単に授業開始を遅らせる対応しかネットに出していない大学もある.ただ,ウィルス感染は何時どこで広がるか,まだ予測できない.場所はどこであれ,最初から遠隔授業を選択した方が安全・安心のような気がする.
 埼玉大学は,遠隔授業に対応できる時間的余裕をもって判断しているので,賢い選択をしたというべきだろう.単に授業開始を引き延ばすだけであれば,予定の開始時期に授業を開始できたかどうかは分からない.昨年の民間英語試験への対応についてもいえるけれど,学務系の事項については埼大は賢明な選択ができているように思う(学務系以外の情報は外からは分からない).

結構なことではないか

 今回,文科省は早々に遠隔授業の単位数の緩和を打ち出していた.その点については文科省の判断も良かっただろう.最近の文科省の判断以前にも,確か,遠隔授業のよる単位数は卒業要件の半分まで認められていたと思う.今回の「緩和」が時限的なものかどうかは分からないけれども,このウィルス禍を境に遠隔授業が普及することは,大学にとっては良いことだろう.
 私が埼大を退職した3年前までは,埼大は遠隔授業の導入は遅れていた.例えば宇都宮大学と群馬大学のように共同教育学部を作る場合,一定の遠隔授業は前提になっているだろう.国立大学によっては,茨大のように,地域の私大等と授業に関する協定を結んで遠隔授業の導入をはかるような事例もある.埼大はそのような交流をあまりしていなかっただろう.遠隔授業が授業形態の選択肢に入ることで,大学として行える事項が増えるように思える.そういう意味では,ウィルス禍がある時期だけ遠隔授業をするという頭ではなく,今後は遠隔授業を選択肢として対応するという気持ちを持つべきなのだろう.従来の一般の授業についても,遠隔授業の要素を入れる余地はあるはずなのである.
 今回遠隔授業を導入することで,失敗ないし困難に直面することもあるのかも知れない.しかし今回の遠隔授業の拡大実施によって遠隔授業の経験値は上がるだろうし,遠隔授業のシステムにどんな機能が必要か,といった知見も増えてゆくだろう.だから,ウィルス禍自体は嫌なことではあるけれど,遠隔授業の経験は有意義なものになるのではないか.

十数年前の幻の遠隔授業

 遠隔授業という言葉を聞いて古い話を思い出した.私が最初に学部長になったとき,教養学部(というより文化科学研究科)は一部で遠隔授業をやってみる可能性があったのである.当時は大学院GPで文科省から予算が付いていたので,その一部を使って大学院の遠隔授業用にテレビ会議システムの契約を何年間かしていた.
 当時,4大学(茨城・宇都宮・群馬・埼玉大学)を意味する4Uという枠組みがあった.確か関東経産局が主導した枠組みだったと思う.主に理工系の大学院の共同運用を協議する枠組みであり,私も文化科学研究科長として4Uの会合には出ていた.議題は主に理工研の話であったが,理論上は文系研究科も4Uでの協力の可能性はあったのである.
 在職中,内心で私が一番関心を払ったのは他大学と統合するか,統合はしないまでも高度な連携をすることだった.だから距離的にも近く,関口先生以来先方との顔も通じていた宇都宮大学の国際学部(国際学研究科)との間で単位互換をすることを目標に考えた.単位互換の1つの方法として遠隔授業も考えたのである.そのためのテレビ会議システムの契約だった.
 記憶では,実際にテレビ会議システムの挙動を試したところ,複数人の相手の顔をPC画面に音声とともに表示する以外に,資料ファイルの相互閲覧ができる,という程度のシステムだったように思う.今ならもっと性能は良いだろう.実は宇都宮大学にも遠隔授業の装置があるという話もあったので,実際に行ってみて確認しようしたこともある(機材がうまく動かず確認できなかった).ともかく,キープするだけならテレビ会議の契約は安かったので,契約だけは何年間かしていた.
 遠隔授業にしなくても,宇都宮の院生が埼大の授業に来ることもあるだろう,と私は思った.宇都宮の院生は(実は先生方も)東京在住の人が多い.だから宇都宮に行くよりも埼大に来ることもあるだろう,と思ったのである(ただし当時あった大宮サテライトの教室は,他部局の利用頻度が高く,使用できそうになかった).
 残念ながら,単位互換の実績はほとんど残せず,遠隔授業をすることにもならなかった.各分野に限れば授業の数は相互に乏しいにもかかわらず,相手方の授業を履修しようとする院生はほとんどいなかったのである.授業をとる機会を作るだけでは単位互換の実績は残せない,という苦い経験だけが残った.教員同士に交流があり,相互の授業が調整される必要があったけれども,そこまで人を動かす企画は作れなかった,というのが総括だろう.
 この十数年前の件はかくも間抜けな結末に終わったけれども,人的なリソースを共有化して行うべき企画は,今後もいろいろあるはずだと思う.だから遠隔授業の拡大実施を行える状態を維持することは意味のあることのように思える.

| | Comments (0)

医学部のこと

医学部の存在の大きさ
 このブログの最近の記載で国立大学の教職員数の説明を書いてみた.書いてみてあらためて印象に残ったのは医学部の存在の大きさだった.国立大学は財務構造に応じてA~Gのグループに分類される.その分類の際の1つの,しかしおそらく最も重要な要素が医学部のある無しである.教職員数を眺めていると確かに,医学部のある無しで教職員数が歴然と異なる(医学部があると教職員数は飛躍的に大きくなる).その異なり方は私の予想以上だった.今まで医学部のある無しは予算額の違いとして私は認識していたが,そこまで教職員数が異なると予算額が違うのも当然である.
 ちなみにいうと,平成30年度の財務諸表から大学の予算(経常費用で見る)を調べると,埼大は130億であるが,医学部のある群馬大学はその3.45倍の448億,信州大学は4.06倍の528億である.どんぶり勘定では,医学部1つに埼大全体の2.5倍ほどの予算がかかる.
 4つ前の記載(「埼大は教員・職員が少ないのか?」)で計算した回帰式から推定すると,埼大に医学部があるとすると教員数は897名(実際は455名)と倍近くになり,職員数は1418名,つまり6.56倍になる(医学部・医科学研究科の学生定員は他部局から捻出することを前提とする計算であり,医学部が純増なら教職員数はさらに増えることになる).つまり医学部1つが現状の埼大よりはるかに重い.医学部のある地方国立大学とは,「大学に医学部がある」のではなく,「医学部にその他の学部がおまけで付いている」という感じではないか?

埼大での医学部願望
 以前,学長に上井先生を推薦する動きに私は加わった.2008年のことである.その頃,理工研の中には医学部を作ることを説く先生がおられてその説に触れる機会があった.今回,医学部のことを考えていたら,その記憶が蘇った.
 確か2段階で医学部を埼大に作ることを目指す,という話だったような気がする.が,詳しいことは忘れた.忘れたというより,心の中でそりゃないよと思ったから,それ以上頭の中でフォローしなかったのだと思う.その医学部話は特に大きくもならずに消えた.
 医学部が欲しいという想念は亡霊のように理工研の中に常に漂っているのかも知れない.上井学長の時代が終わり山口学長が就任されたとき,私は再び学部長になって全学の会議に出ていた.そのとき,確か理工研科長(だったと思うが,山口先生の後に学長になる予定の方)が,「医学部を作りたい」だったか「医学部が欲しい」だったかの発言をされた.たぶん本音の話だったのだろうが,「あれま」と思ったものである.特定の先生の考えではなく,医学部は理工系の宿願なのかも知れない.
 
医学部は作れるか?
 埼大が医学部新設を目指すとは思わないけれども,もし目指すとすればどんなものか?
 以前の段階で私が医学部は作れないと思った理由は,単純である.医学部を増やすことは既存業界の利害を損なう.だから例によって岩盤規制がある.作ろうとしても首相でも作れない.獣医学部は医学部ほどではないにしろ,既存業界が新設の抑制を求め,文科省も強い岩盤規制を敷く.新規獣医学部を作ろうとすると石破議員のような方が既存業界のために動く.医学部ならなおさらである.
 加計学園(岡山理大)で獣医学部を作ったときには特区によって岩盤規制をかわすという名目を立てた.同様の名目を国が作ることが前提になる.名目があってもあれだけ抵抗があったのである.
 医学部を新設した最近の事例は震災と原発事故に見舞われた東北地方の復興を名目とした医学部設置である.東北地方の復興を理由に1つの医学部を東北地方に作るという閣議決定がなされたのは2013年の年末だった.そのときのメディア報道を私は今も覚えている.2014年に文科省に新医学部の構想委員会ができ,3つの応募があり,その年のうちに最終的に東北薬科大学が選定された.このときは学校法人か地方公共団体だけに応募資格があったから,国立大学法人には応募資格はない.選定された後,2015年に同大学は医学部の設置申請をして認可され,2016年に東北医科薬科大学として医学部を開設した,という経緯である.手続きは加計学園の場合と似ている.
 東北薬科大学が申請できたのは東北薬科大学病院という附属病院を持っていたからである.東北薬科大学病院は医学部開設とともに東北医科薬科大学病院となった.病院なしに申請はできない.新制の国立大学の医学部の場合も,医専の段階から医専付属病院を持っているのである.
 この事例で考えると埼大などは医学部設置の対象にならない.
 まず上の例では国立大学法人に応募資格が与えられていない.今後も同様だろう.国立大学は実質,費用を国が負担するから,国立大学を塩漬けにしている現状で,費用の高い国立大学に国が医学部を作らせる訳がない.
 ただ,国立大学でも現状の内部資源の振り替えで医学部を作ることを目指すといえばよいのかも知れない.人員を含めた既存資源を医学部に割り当てる,ということである.
 あえてそのようにしようとするとどうなるか? 群馬大学の例でいうと,医学/保健学研究科と附属病院の教員(教授から助教)の数は435名である.埼大の現在の教員数は455名である.つまり埼大の教員のほとんどの首を切って医学部教員に振り替えないと,群馬大学程度の医学部+附属病院はできない.また,現状の埼大の職員数は210-220名であるが,医学部+附属病院で職員を千名以上増やすことになる.つまり,埼大を潰したとしても医学部はできないのである.国からある程度の補助が出るとしても,埼大のすべての部局を潰した上に,埼大の予算程度の資金を毎年自己調達しないと,自己の資源で医学部を作ることにならない.
 次に問題になるのは病院を用意することである.単に病院の人員を揃える資源を確保するだけでなく,申請の時点で評価に耐える大きな病院を持っていないといけない.大学病院になるほど規模の病院はさいたま市内にも滅多にない.既存の大病院は何処かの大学病院から医者の派遣を受けているだろうから,その関係を切って卒業生もすぐに出ない新医学部と提携する,というのは無理である.病院新設で近隣の病院から医者を引き抜くことになりかねないが,そうなると地元との関係が悪くなるし,近隣の病院の医師を引き抜かないことが応募要件になっている.
 何らかの名目で新医学部設置の機会があっても,医学部が集まる東京に隣接する地域にある埼大が,選定対象になるとは考えにくい.なったとしても,埼大が申請に参入できるなら,都内の大学が参入してくるだろう.
 さらに,申請をするとすれば,地域医療をどうするかの事業構想を出して審査になるが,そんな構想は現状の埼大の教職員に作れる訳がない.結局は構想自体も丸投げして作ってもらうしかないだろう.構想を丸投げし,すべての部局を潰すということになると,医学部構想申請の過程で埼玉大学は消えてなくなるというに等しい.
 埼大が医学部新設をしやすくなる条件は次のようなことではないか? 第1に,埼玉県が大災害に見舞われ,その復興を国が目指す,といった政策目標ができることである.第2に思い切り田舎に引っ越すことである.第3に,大きな病院を事前に取得しておくことである.第4に,医学部設置とともに医学部以外はすべて潰すことを約束した上に,埼大全体のランニングコスト程度の資金を毎年,別途確保することである.埼大が国立を返上して私学になるのでもよい.が,無理な話だろう.

統合なら話は簡単
 以上は埼大に医学部を新設する場合の話である.が,医学部のある大学になればよいのであれば,医学部のある大学と統合をするのが早いし,現実的である.ただ,なら何故,群馬大学との統合をしなかったのか,田隅学長とともに統合棚上げの方に舵を切ったのか,という話だろう.群玉統合はチャンスだったのに,その辺が私には理解できない.
 医学部が重要であるなら,今からでも医学部のある大学に統合してくれるよう働きかけるしかない.正直,医学部のある大学の方が立場が強いのが現実であるから,「統合してくださるなら何でもします」と申し出る覚悟は必要だろう.

選択の問題
 私がいうことではないのだが,埼玉大学には2つの将来像があるように思う.1つは,旧帝大が存在感があるという意味において存在感のある大学となることである.リサーチユニヴァーシティであって世界ランキングにも入り,当然医学部があり,受託研究費を多く稼いで活動資金を確保し,様々な学術活動を行うような大学である.そのような大学になるということ自体に反対する人はいないだろう.私もそれで大変結構と思う.だがそのような将来像を実現するには埼玉大学単体で可能なはずはない.統合して新たな組織に参画し,その中で将来像を実現する以外にないだろう.
 もう1つの将来像とは,埼玉大学単体で,首都近郊というロケーションを活かし,無理のない範囲でユニークな大学となることである.旧制浦高の流れを汲んでいるという意味では,リベラルアーツを中心にし,プラスでエンジニアリング部門と教員養成部門を持つ,基礎的であまりお金のかからない研究(例えば数学)を中心にし,教育に力を入れてエリート教育を目指す,そういうイメージではないかと思う.埼大教養学部の先生方ならこの後者の方が好みのような気がする.
 どちらでも結構だろう.ただしやるなら遅滞なく決断をすべきであり,決断するだけの経営力が必要なんだろうなぁ,と思う.

| | Comments (0)

埼大サイトの出願状況を見ながら考えたこと

 直近の3つの記載で国立大学の教員数と職員数について粗い分析をしてみた.3つ前の記載(「埼大は教員・職員が少ないのか?」)の冒頭で「ある件をふと考えているうちに」その教職員数の分析をしてみようと思った,と私は書いた.その「ある件」とは,4つ前の記載(「今年の埼大の入試 2020」)に書いたこと,つまり埼大の一般入試の出願状況(志願状況)を出願期間中に毎日観測していたことを指している.

公表スピードの大学間格差
 今年の国立大学一般入試の出願期間は1/27(月)から2/5(水)だった.例年,その期間の夜に大学のサイトを見るとその日(まで)の出願数が公表されていた,と思う.今年も3日目の1/29(水)までは同様だった.しかし埼大のサイトでは,1/30(木)以降は当日到着分願書の数字が次の日になってから公表されるようになった.私が同時にウォッチしていた千葉大サイトでは,当日分は当日の夜(19時台)には出ていた.が,埼大では公表が1日遅れるようになった.
 記憶違いでなければ,昨年度までは埼大も千葉大同様に当日の夜には公表していたように思う.記憶違いであれば申し訳ない.
 公表される出願数は出願自体にはほとんど影響しないだろう.1/24(金)までには河合塾(など)による合格判定が受験者個人に届いているはずであり,受験者はその判定に従って出願する.国立大学が公表する出願数は出願の決め手になるとは考えにくい.
 途中の出願数が考慮されるとすれば,特に後期の定員の小さい受験単位で,倍率が例年とは大きく異なるような場合である.そのようなケースはあまりない.ただ,倍率の急変はたまにあることであり,変化の兆候は途中経過を見ても予想できる.だから,念のため確認する受験生ないし受験関係者はいるだろう.
 出願数を考慮するなら,2/1(土)と2/2(日)の週末に数字を眺めて判断し,2/3(月)には出願を出すのが普通と思う.土日は大学は動かないので,1/31(金)の段階での公表数字が早くても2/3(月)の朝まで公示されている.埼大の場合,2/3(月)の朝までは1/30の数字のままだった.
 調べてみると,私が参照した関東(東京を除く)と東北の国公立大学では,少なからぬ大学で公表が遅れていた.今までにはないことのように思ったが,勘違いであれば申し訳ない.その状況を見ながら,文科省が「働き方改革」などを進めたために一斉に残業がなくなり,いろんな大学が公表を遅らせたのか,と勝手に想像してみた.
 2/1~2/2の週末の公表状況はまちまちだった.私が気づいたところでは,規模の大きな筑波大学と千葉大は毎日,即日公表だった.だからその2大学では2/1~2/2の週末には1/31の出願数を公示していた.いくつかの大学が1/31の15時までの出願数を公示していた.中には1/31の午前中の出願数を出している大学もあった.作業が可能だったところまでの数字を何とか出したのだろう.見落としがなければ,私が参照した東北,関東(東京を除く)では,埼大と秋田大だけが1/30の数字のままだった.
 繰返しいうが,公表が遅れても実質的には問題はほとんどない.あるのは主に見栄えの問題に過ぎない.ただ,ちゃんと即日公表できる大学もある中で,埼大は最も遅れたグループだった.作業が遅れるのはそれだけ,職員の労力のやりくりが苦しいのかな,と思ったのである.

規模の経済
 今年の入試出願状況の公表の件で,私が確認した中では,公表が遅れなかったのが筑波大と千葉大である.この2つの大学は関東地方(東京を除く)では規模が特に大きい.職員数でいうと両方とも,埼大の9.2倍強である.むろんその大半は附属病院勤務だろう.しかし教員と職員との比率が埼大と同じであっても,規模の大きな大学には規模の経済が働く.つまり規模の大きな大学には余力がある.統合が望ましい理由の1つである.
 話が横に逸れて恐縮だが,群玉統合が検討されたときのことを思い出す.時の兵藤学長は統合のメリットを「余分なものを持てること」(言葉は違うかも知れない)と表現した.「余分なもの」とは誤解を与えるいい方だが,兵藤学長の言はことの本質である.何かをするための資源を捻り出す糊代を持つ,ということである.
 話を戻そう.市区町村の役所についても,小さな自治体の役所は忙しい,という話がある.自治体で行う業務の種類は人口規模にかかわらず原則同じであるが,小さな自治体では人口規模に応じて役所も小さいから,規模の経済が働かない,だから忙しい.同じことが大学についてもいえるように思う.
 上で例として出したのは入試出願状況の公開の件だった.この件は取るに足らないことかも知れない.しかし教員数にしろ職員数にしろ,規模の経済はいろんな局面で現れる可能性がある.
 例えば,私が埼大に在職していた最終年度は2016年度だったが,その頃までの何年間かは,主に教育系の競争的外部資金を文科省に申請する機会が結構あった.その期間の申請では埼大はほぼ全敗だったように思う.私はいつも比較していたけれど,千葉大はほぼ全勝だった.おそらく筑波大もほぼ全勝だったろう.戦績が埼大と筑波・千葉と異なるのは,埼大の教職員が無能だったからではないだろう.おそらく教職員個人の能力は埼大も十分に高いのである.よく勉強されている職員の方も私は随分と目にしてきた.しかし埼大では一人の方がいろんなことをやらざるを得ない.規模的に余裕のある大学では,申請テーマに専念できる教職員を作ることができる.だから筑波・千葉と埼大とでは結果としてプロとアマの違いが出てしまうように思う.
 学士課程の教養教育は,概して上位大学,特に旧帝大で体制が整っている.対して埼大の場合はいろいろと難しい.埼大で教養教育に困難が伴うことの原因の1つは(むろん原因は他にもある),余力がないこと,つまり規模からいって教養教育に出動する余裕が少ないことである.
 埼大の場合,何か1つのこと(例えば研究力強化)を一所懸命にやると,その他のことは,やってはいるのであるが成果が出るところまでは行けないような気がしていた.

私大との比較
 職員の状況については,私大との比較もあれこれ考えてしまった.私が参照した文科省の資料(平成17年時点の数字で古いのであるが)では,教員1人当たりの職員数は国立が0.61(この数字は直近のこのブログの記載で書いた分析の数字に近い),私大が0.78であり,対教員の比率では私大の方が職員が多いのである.対教員の仕事では,国立は理系比率が高く,科研費などの外部資金を獲る可能性も高いと思うので,国立大では職員の負担はこの数字よりも大きくなるように思う.
 対学生の比率でいうと,当然,学生当りの職員数は国立大が大きい.私大は教員に比した学生数が国立より多いからである.この点からいうと,学生にとっての職員によるサーヴィスは国立大学の方がよいと思える.
 ただ,私が非常勤で私大で授業をした経験からすると,必ずしも国立大の学生が恵まれているとはいえないように思う.一般に私大の方が,職員は教員や学生に親切だ,という話は脇に置いておこう.
 私大の場合,埼大の学生センターのように,学生窓口が全学部生対象で一か所にまとまっているところが多い,といわれている.比較的規模の小さい大学はそうである.実際は学部ごとに教務係オフィスが分かれているところもある.
 その教務係に当たる窓口は,多くの学生を対象とするから,さぞ多くの学生で混んでいるかと思ったが,私の観察ではそうでもない.埼大の学生センター程度ではないかと思う.それでよく持つなぁと以前は思ったが,私大の卒論指導に関わって少し分かってきたことがある.あくまで私大の文学部系学部のことであるが,埼大教養学部の専修課程くらいの教員規模の単位で,(名称は大学によるが)共同研究室のような部屋があり,おそらく非正規職員と思うが,人が複数名常駐している(人数は大学によるが,3~4人だろう).この共同研究室の職員が直接的に世話をするのは教員であり,結果として学生にも波及効果を持つ.学生センターのような大部屋の教務窓口ではできないようなサーヴィスがその部屋を中心にあるように見える.だから学生は結構恵まれた状況にあると思える.
 私は旧帝大文学部の学生だったので,このような共同研究室の存在は自明のことだった.助手がいて事務の方もいて,いろんな仕事をし,先生方の世話もし,その恩恵は学生・院生もある程度享受した.埼大教養学部に着任したとき,私が見たのは「〇階資料室」という代物だった.助手はいない.職員さんが1人おられた.人的には旧帝に比べて劣るけれども,そこは大学間格差なのだと理解した.
 私が着任した当時,その資料室職員(非正規)の給与は教員(当時は教官)の講座費から拠出していた.だから予算上1人だったのだろう.資料室職員は教員の指揮下にあったのである.しばらくして,資料室職員も大学雇用の職員であり事務方の管轄だと学部の事務長が言い出し(西村先生などは抵抗したが),資料室職員も事務方の命令系統に入った.その頃から一部で人間関係で緊張が生じたのだけれども,言い分はいろいろあるにせよ,きっかけは事務方の命令系統に入ったことである.当初の話とは違ってしまったからだろう.
 さらに時を経て,教員の周辺にあった資料室は消え,資料室は教員とは離れた場所に置かれるようになった.最近の事務の一元化で部局の事務方が縮小され,学務は学生センターに集められたのと,構造的に同じようなことが生じたように思う.かくして教員には便利だった資料室は事実上なくなったのである(学部の資料室が教員研究室の近くの一角にある場所もあり,その周辺の先生方は昔のようなサーヴィスを非公式に受けているかも知れない).
 だから,少なくとも私が退職する時点でいえば,私大の共同研究室は垂涎の存在だといえる.埼大では教員は,事務職員の本来の職務以外ではサポートは受けられず,身近な学生の世話も自分でやるしかない.同じ国立大学でも,上位大学との格差はかなり大きくなったのではないかと思う.

未来は明るいとしか思えない
 直近の3つの記載で私は埼大で職員の不足があるかどうかにつき,粗い分析をしてみた.教員は明らかに不足しており,職員にも不足はある,不足の大きさは考え方による,というのが一応の結論だった.ただ,私が「職員の不足」と表現したのはミスリーディングだったかも知れない.私の分析は,世間の大学の職員数を基準にして埼大の教職員が多いか少ないかを議論したものに過ぎない.本来の「不足」は,実際に業務に障害があるか否かで判断するのが正しいだろう.その意味で,本来は,不足云々は現職の方々が判断する以外にない.
 ただ実際に不足があるとしても,中長期的には解決できる問題かも知れない,と私は楽観的に思う.なぜなら,業務のあり方が,社会一般と共に変化するだろうからである.AIというべきかどうかは定義によるが,学習機能を組み込んだプログラムによって従来の事務作業は代替されるだろう.従来の事務作業で人間がやるべきことは減って行く.それ故に事務組織が行う作業そのものを今後どうするかを設計できる,と考えるなら,楽しいのではないかと思う.私を含め多くの方が,事務組織は教育研究活動そのものに参画し,教員とともに教育研究を担うような組織になることが望ましい,と思うのではないか?
 そういっては何だが,昔は事務方は(学生の窓口対応をされる方を除いて)学生に冷たい,という意見があった.私が埼大に着任した頃,後に学部長をされた教授の方から,「事務は学生を人間とは思っていない」と講釈を受けたことがある.私が今でも忘れないのは,学生寮に有害性を認識されたアスベストが残っているのに,その処理を後回しにする決定を事務方の上の方(ワタリの部課長さんと思う)がして,委員として教養学部から出ていた2人の先輩同僚(ともに社会科学系)が怒っていたことである.1人の先輩同僚は「事務大学め!」という言葉を吐き捨てた.もうおひと方は,基本的に倫理観が狂っている,としみじみ仰っていた.
 このような点はその後,さすがに変わっただろう.そして今後さらに良い方向に変わると考えれば楽しいではないか.研究環境も重要であるが,学生数が多いという埼大の特徴からすれば学生の成長を支援する方向に資源が使われるとよいと,私は思う.
 望ましい変化を生むためには,やはりいくつかの課題があるだろう.
 第1に,変化を作るためには「余力」が必要だという点である.よくあることだが,今の業務に手一杯であれば変化のための準備が出来ない.だからその余力を捻出することに工夫が要るだろう.
 業務のITC利用のシステム自体は,1大学に固有ではないから,少なくともいくつかの大学で共同開発し,各大学は共通のシステムをカスタマイズして使う,ということではないかと思う.だからITC利用に移行すること自体には,1大学には大きな余力を捻出する必要がある訳ではないだろう.余力をより要する作業は次のことではないかと思う.
 第2に,直感的には,既存のルール・慣行を前提にITC利用に移行するのは無理だろう,という点である.新たなシステムのために大学のルールを変えて行かないといけなくなるだろう.思い切って無駄を省くルールの模索に余力が必要になるような気がする.
 第3に,ITC利用には外部が入ることが必要であり,内部だけでやろうとすべきではないだろう.その場合,外部に依存しながらもノウハウが組織(つまり内部の人)に蓄積される工夫が必要になるように思う.
 いずれにせよ未来は明るいのではないかと思える.社会心理学のテキストにいう,The Rocky Past vs the Golden Future である.

| | Comments (0)

職員不足は深刻かも知れない

 直近の2つの記載で,国立大学の教職員数の分析をしてみた.埼大については,教員不足は大きいけれども職員不足は深刻ではない,というのが私の結論だった.
 しかしこの結論は間違いであるかも知れない,と思えてきた.なぜなら,職員数を不足した教員数を使って回帰式で推定したからである.「本来あるべき職員数」および「職員数の不足」は,「本来あるべき教員数」を前提にして推定すべきかも知れない,と思えたのである.そうでないと,教員不足に起因する職員不足分が無視されるからである(多くの場合,職員数は教員数についてくる).
 本来はより正確な計算をすべきであるが,あいにく専用のソフトがない.そこで簡便に,教員数の推定の回帰式で求めた教員数の予測値を「本来あるべき教員数」と仮定して職員数を説明する回帰式を求めてみた.職員数(s)の回帰式の独立変数の教員数を,教員数の予測値に入れ替えて計算し直し,そのうえで職員の不足数(実際の職員数-新たな職員の予測値新たな)を求めてみたのである.
 新たな回帰式とパス図を下に示す.

200219

200219_20200219224501

 教員数と教員数の予測値はそんなに違いはないので,新たな職員数の回帰式も前回とほとんど変わらない.ただ決定係数(R^2)はやや下がってしまう.
 上の回帰式から.職員過不足率を再計算してみた.教員が不足している大学については,教員不足に起因する職員不足が加わるので,職員不足率が高くなる.下の表は1つ前の記載と同様に,教員不足率(表1,前回と同じ),新たな職員不足率(表2),および合計過不足率の悪い方の10位までを載せている.

200219_20200219224502

 表2にあるように,埼大の職員不足率は-0.237に上がった.本来あるべき(というか世間並みの)職員数より1/4近く足らない,という話であるから,この数字だと深刻である.順位も14位から7位に上がる.教員不足率と新たな職員不足率を加算した新たな合計過不足率でも,埼大は5位に上がった.埼大は,教員も71名足らないが,職員も51名足らないことになる.率からいえば職員の不足の方が深刻である.つまり,埼大は教員も職員もかなり不足しているという結論になるだろう.
 面白いのは(面白いと思うかどうかは立場によるが),3つの不足大学10傑表の中で,ダントツが小樽商科大であり,福島大,滋賀大,一橋大という,旧高商(高等商業学校)を受け継いだ大学が不足上位に並ぶ点である(一橋大は大正期に高商から大学に昇進した).これらの大学は,そう言っては申し訳ないが,悪くいえば「芋を洗うような教育」の伝統の中にあり,教員数が(教員数に伴って職員数も)不足する格好になるのかも知れない.

| | Comments (0)

続・埼大は教員・職員が少ないのか?

[要約]国立大学を「大規模国立大学」と「小規模国立大学」に分けて教員数,職員数の再度の分析を行った.埼大が属する小規模大学内での推定に基づけば,埼大の教職員数の少なさは,前回の分析ほどは際立たない.

前回の分析への違和感
 1つ前の記載で国立大学の教員数,職員数について粗い分析をしてみた.その結果を埼大に適用した結論は,埼大は「教員数の少なさが深刻」,「職員数も少なめ」だった.
 前回の記載を書いてから数日を経ると,私はその分析に違和感を覚えるようになった.違和感の第1は,教員数や職員数予測値の中に不自然な値になるケースがあったことである.例えば職員数の予測値が負の値になることもあった.そのようなケースは,そもそも求めた回帰式を当てはめるのは無理な大学であるかも知れない.
 上記の点については,埼大の教職員数を予測するのに医学部のある大学や上位の大学と混ぜて分析したことの問題があるかも知れない,と思った.数字を眺める限り,医学部があると無しでは世界が違い過ぎるように思えたからである.だから下位の,というより規模の小さい大学だけで再分析を試みてみるべきと思えた.

再度の分析
 そこで再度の分析を(したくもなかったが,気になるので)やってみた.変更点は以下である.
 第1に,分析対象(国立大学のうち,大学院だけの大学を除いた82大学)を「大規模国立大学」と「小規模国立大学」に分けた.大規模国立大学とは,医科大を含めて医学部のある国立大学に東工大を加えた43大学である.小規模国立大学とはその他の国立大学である.教職員数(教員数+職員数)で見ると,大規模国立大学で一番小さいのは浜松医科大(教職員1343名)であり,小規模国立大学の中で一番大きいのは静岡大学(教職員1021名)である.
 当初,医学部のある42大学とその他の40大学に分けてみた.しかし医学部のない40大学の中で東工大は,他の医学部無しの大学と比べて教職員数が突出して大きく,また教員数と職員数の比率のパタンも他とは異質だった.そのため,「医学部のある大学+東工大」を大規模国立大学(43大学),「医学部のない大学-東工大」(39大学)を小規模大学とした.この区分は教職員数の大小の区分となっている.下の図は,横軸を教員数,縦軸を職員数とした大規模/小規模国立大学の散布図である.

200217

 第2に,対象大学を2分したことにより,回帰式の独立変数を整理した.まず「医学部の有無」の変数は対象を2分することで無意味になるので省いた.「旧帝か否か」は小規模国立大学では該当がなく,省くしかない.「技術系」の変数も大規模国立大学では東工大しかないので,省く.
 第3に,今回の分析では,結果を見ると多重共線性の問題が生じる恐れを感じた.職員数推定の時に独立変数に,相互に相関の高い教員数,学部生数,院生数が共存するためである.そこでモデルの趣旨からして,職員数の推定の回帰式では学部生数,院生数を独立変数から除くことにした.

分析結果
 今回の分析では大学カテゴリー別に回帰式を求めることになる.その結果が以下である.決定係数(R^2)からいって,まあ満足すべき結果と思う.定数項の値も前回に比べれば自然な値である.

200217_20200218224601

 下図は規模別の要因のパス図である.大まかな構造はこのパス図の方が分かりやすいと思う.

200217_20200218224602

 回帰式の定数項は,独立変数がすべてゼロでも保証される教員数・職員数に対応する.この定数項というベースに,学生数や教員数などの変数で教職員数が積み上がる.回帰式を見ると,このベースの数字が大規模国立大学が小規模国立大学よりはるかに高い.この差は医学部(したがって附属病院)のある無しに基づくと思うが,医学部だけの問題かどうかはこのデータだけでは分からない.
 教職員数を決める係数(偏回帰係数)が大規模大学の方が高いことも目に付く.学部生,院生,教員が同じだけ増えても,大規模大学の方が教員と職員の増え方が大きい.さらにパス図を見ると,小規模大学では学部生数による教員数への影響が院生数による影響よりも大きいのに対し,大規模大学では院生数の方が学部生数よりも教員を増やす要因になっていることである.つまり基盤構造からすると,大規模大学は大学院中心に,小規模大学は学部中心にできている面がある.この違いが,大規模大学に医学部があることによるのか,医学部以外の要因にもよるのかは,今のところ分からない.

過不足率
 前回同様のやり方で計算した回帰式から各大学の教員数・職員数の残差を求めた.教員数残差/教員数予測値を「教員過不足率」,職員数残差/職員数予測値を「職員過不足率」と呼ぶ.(前回の分析での「(過)不足率」は残差/現員数だった.分母を現員としたのは予測値が負になり,符号が反対になるケースがあったためである.考え方としては予測値を分母にした方が分かりやすいだろう.)
 埼大が属する小規模大学について,教員(過)不足率,職員(過)不足率の悪い方の10傑を下の表1と表2に載せる.表3は合計過不足率(教員過不足率+職員過不足率)の悪い方の10傑である.

200217_20200218225001

埼玉大学のケース
 教員不足率では,埼大は小規模大学39大学のうち,悪い方の4位である.不足率の高さは前回より緩和されている.回帰式は対象大学の集団の傾向を表すが,今回は小規模大学で推計をしているからである.偏回帰係数から考えて,今回は学生や院生が1人増えるごとの教員の増加分が小さく推計されている.
 回帰式からすると,埼大の教員は71名不足である.この不足は学部生数か院生数を減らすことで解消できる.減らすのが学部生だけなら,学部生数を現状の約80%に落とす必要がある.減らすのが院生だけなら,院生数を現状の約48%に落とす必要がある.そういう意味では結構不足しているといえるかも知れない.しかし,小規模大学はそんなもの,ともいえる.
 ちなみに,教員不足率のワーストは小樽商科大学である.世間的には一流大学である一橋大学も,埼大とあまり変わらぬ悪さである.前回書いたように,法律経済系は「芋を洗うような教育」の伝統を引きずっているからだと思う.
 職員不足率では,埼大は-0.090で悪い方の14位だった.表2には惜しくも(?)入らない.この数字で見ると,埼大の職員不足率は「まあしょうがない」と思える範囲だろう.
 埼大の職員不足率が前回の分析より緩和されているのは,回帰式の係数から考えて,教員が1人増えることによる職員の増大が0.442人で済んでいるためである(前回は0.640人であり,今回の大規模大学では0.724人である).
 実は埼大は,前回分析した82の国立大学の中で,職員数/教員数の比率が3番目に悪く,その比率は0.475だった.だから私は,元来は教員の不足より職員の不足の問題が埼大では大きいだろう,と予想していた.ちなみに,今回の小規模大学グループ39大学の職員数/教員数の平均比率は0.627であり,埼大は小規模大学の中でも低い.大規模大学での同じ比率の平均は1.630なのである.だから小規模大学で推計したので,職員不足は目立たなかったと考えられる.
 大規模大学で職員が多いことの最大の原因は,おそらく大学病院勤務の職員が多いからだろう.しかしそれだけの問題かどうかは分からない.例えば小規模大学の場合,これまで貧しさから定員削減を行い,その削減を職員に押し付けてきた,といったことは,根拠はないもののありそうなシナリオである.
 表3の合計過不足率で見ると,39大学中,埼大は悪い方の7位である.確かに悪いのであるが,一橋やお茶の水とあまり変わらないのだから,「こんなものじゃね」という気もする.

| | Comments (0)

埼大は教員・職員が少ないのか?

 ある件をふと考えているうちに,埼大は教員や職員が本当に少ないのだろうか,という点が気になった.ふと考えた「ある件」についてはここでは書かない(後日書くかも知れない).ここで書きたいのは,国立大学の教職員数に関する,私の粗い分析の結果である.
 この記載の表題を「埼大は教員・職員が少ないのか?」という設問にした.結論を先に書けば,教員についても職員についても答えは Yes である.確かに少ない.どう少ないのか? だから何なのか? について書いてみたい.

データ
 当初,この問題は簡単に答えは出せないように思えた.教員にしろ職員にしろ,いろいろ種別があり,扱いが異なるだろう.種別ごとの構成は大学の中身によって異なるから,埼大について考えても話は複雑になるように思えた.
 例えば教員については,以前は教員1人当たりの「標準学生数」が出回っていた.学部設置の際の必要教員数をはじき出すために用いられていたと思う.標準学生数からすると,教員当たりの学生数は文系と理系で異なる.同じ文系でも社会科学系,特に法律経済系は教員当たりの学生数は多くてよい.法律経済系は大教室授業が一般的であり,悪くいえば芋を洗うような教育をするのが普通だった.昔は「法経のイモ」などという人もいたのである.同じ文系でも人文系はお嬢さん大学のイメージがあった.本質的に多品種少量生産であり,教員当たりの学生数は少ないのが通り相場だったのである.理系でも分野によって(例えば医学とその他)標準学生数は細かく分かれるだろう.
 職員についても,文科省の資料では事務系,教務系,医療系,技術系(言葉は違ったと思うが)などに分かれている.それぞれの種別によっていろんな理屈があるかも知れない.ただ,現状の大学の公開情報をサイトで観ても,大学が同じ分類基準で職員を分けて表記している訳でもない.こう考えると,大学ごとの妥当な教員数や職員数のデータを求めるのは難しい,面倒な話と思えた.
 まあ,私の意図は大雑把な把握をすることであるから,ここはざっくりとした計算で済ませようと考えた.国大協が出している「国立大学法人基礎資料集」という文書の1頁目に,全国立大学の学部生数,院生数,教員数,職員数が載っている.ここは大雑把に,この数字をそのまま使ってみることにした.この資料から,各大学の教員数と職員数が学部生数,院生数とどのような関係があるかがおおまかに分かる.他に教員数・職員数に対する説明変数として,医学部がある無し,技術系(例えば工業)大学か否か,旧帝大であるか否か,の3つをダミー変数(1/0変数)として用いることにした.かなり粗い分析である.
 国立大学のうち,院生しかいない大学(例えば政策研究大学院大学)は別原理で成り立つように思えたので分析から除いた.残った82の国立大学を分析単位とすることにした.

回帰式
 まず教員数(f)を従属変数(予測すべき変数)とし,学部学生数(x1),院生数(x2),医学部あり(x3),技術系(x4),7旧帝大(x5)の5変数を独立変数として,線形重回帰分析(OLSによる推定)を適用した.次に,同じ5つの独立変数に教員数fを独立変数に加え,職員数(s)を従属変数として線形重回帰分析を実施してみた.結果の概要は次の予測回帰式である.
 私には驚くべきことに,2つの回帰式の決定係数(R2)はともに.98前後である.つまり,職員数,教員数の変動の98%程度はこの5,6の独立変数によって説明されてしまう.ということは,粗い分析と割り切って試したが,結構これで十分だったのだろう,と思えてきた.

200212

 推定したこの回帰式の意味を説明しておこう.なお,回帰式の係数に*のある係数が統計的に有意である(t検定,ps=.000).まず各国立大学の教員数は,学部学生数,院生数,医学部あり,旧帝,の4変数でほぼ決まってしまう.回帰式にある係数(偏回帰係数)から,学部学生が1人増えると教員は平均して0.05人増える.院生が1人増えると教員は0.194人増える.つまり院生の方が教員を増やす要因である.医学部があれば教員は平均的に331人増える(群馬大学の資料で見ると大学病院の医者も教授~助教のポジションのようである).7旧帝であれば教員は638人ほど多くなる.例えば東京大学は,学部生も多いが院生が多いので教員数はきわめて多い.医学部がある分も多くなる.その上に,旧帝なので教員が増えるのである(ただ旧帝は受託研究費などの自己資金が多いので,自己資金で教員を雇っているかも知れない).
 次に職員数については,有効な説明変数は教員数と医学部の有無だけだった.特に教員数による影響が強い.学部生数・院生数は職員数に直接的な効果を及ぼさない.職員数に対する学部生数・院生数の効果は,教員数を経由した間接効果になる(学生が多ければ教員が増えるから職員も増える),ということである.大雑把にいえば,職員数は教員数から割り出される,医学部があると職員が増える,という2要因でほぼ決まる.職員数については,旧帝であることによる配慮はない.
 以上の結果を要約的に図示すると次の「パス図」になる(OLSで数字を出しているのは申し訳ないが,大過はないはずである).矢印は因果的影響の存在を指す.矢印に付随する係数は標準偏回帰係数であり,数字が大きい(1.0に近い)ほど規定力が強い.*を付けた係数だけが統計的に有意である.

200211

散布図
 横軸を教員数,縦軸を職員数として82の国立大学をプロットした散布図が下の図である.面白いので示してみた.

200211_20200212143701

 散布図において,国立大学は左下の「医無し大学」群と医学部がある大学群とに分かれることが見て取れる.埼大は医無し大学の中の真ん中より少し教員数が多い所に位置する.医学部がある大学は教員数に幅があるが,右上の先端にあるのが東大,次が京大である(その次の2つが東北大と阪大である).
 今回改めて認識したが,総合・複合型の国立大学のうち医無し大学は和歌山大学が最西端である.西日本(和歌山より西)の総合・複合型の国立大学には,すべて医学部がある.つまり教員数,職員数が(従って予算と事業規模が)医無し大学よりはるかに大きい.それらの大学では,事業規模からすると医学部以外の学部は医学部に貼り付いているようなものであり,実体はほぼ医学部大学といってよい.それらの大学は,高知大学でも大分大学でも,地域医療の中心になるのであるから,政治的に潰せないだろう.困る人が多過ぎる.対して医無し大学の場合,自虐的に過ぎるいい方であるが,事業規模からするとゴミのようなものであり,なくなっても困る人はいないのではないか,という気がする.埼大の場合も,なくなって困るのは埼大通り商店街と,埼大出身閥を維持したい教育関係者くらいではないか? などとしみじみ考えてしまった.

教員と職員の不足率
 上記の回帰式から,大学ごとの教員数と職員数の予測値を算出できる.そして教員数と職員数について,まず残差(実測値-回帰式からの予測値)を計算した.例えば教員数の残差が正なら予測より教員数が多いことを,負なら予測より少ないことを表す.埼大については,まず教員数の残差(教員不足数)は-115.0であり,教員は予測より115名少ないことになる.82国立大学中で悪い方の9位である.職員数については,残差(職員不足数)は-47.6であり,やはり不足している.悪い方の26位である.
 しかし,残差は現員の規模が大きければ数字が大きくなるだろう.そこで,教員不足率(教員不足数/教員数)と職員不足率(職員不足数/職員数)を各大学について計算してみた.埼大の場合,教員不足率は-.253で82大学中堂々の3位,職員不足数は-.220で15位だった.つまり埼大の場合,職員も不足がちであるが,深刻なのは教員の不足である.ワースト20を下の表に載せた.

200211_20200212144501

 教員不足率が高いのは,主に,教員規模に比して院生数が多い大学である.推定した回帰式は,比喩的にいえば対象大学の全体的傾向を平均化した推定式である.その回帰式を前提にした話であるが,この式からは院生数が教員不足率に最も多く反映される.意外にもワースト1位は上位大学の一橋だった.一橋の場合,上位大学としては院生数が突出して多い訳ではないが,なにせ教員数が少ない.イモ洗いの法律経済系の発想が院生が多くなった状況でも引きずっている結果なのかも知れない.
 職員不足率は教員数が少ないと生じやすい回帰式になっている.だから不足率が高い大学は教員数に比した職員数が少ない大学である.また,有意ではないが回帰式には院生数の係数が残っており,計算上,院生数が多いと職員不足率も上がってしまう.一橋が職員不足数で見ても悪いのは,職員の比率が低いことに加えて院生数が多いことの結果といえる.

埼大ケースの評価
 埼大の場合に深刻なのは教員不足率の高さだろう.単純に教員数が少ないのである.また,学部生数との比率を考えれば院生数が多過ぎるとは見えないけれど,埼大の院生数の絶対的な多さは教員不足率を押し上げている.あくまで推定した回帰式を前提にすれば,という話であるが,埼大の教員数でこの院生数を維持して教員不足率をゼロにするためには,学部生数を約2/3に落とさないといけない.院生定員を増やすなら,その増加分の数倍の学部生を減らす必要があったのである.ただ,それでは財政が成り立たないだろう.
 大学院重点化やリサーチユニヴァーシティ志向は,それ自体は結構であるけれど,本格的に上位大学の真似をするならそれなりの基盤構造を整える必要があった.私が20年前から「統合したら」といっていたのはそれゆえである.統合すれば弱い分野が消えるだろうが,見込みのある部分は補強されるだろう.
 埼大の職員不足率が低い原因は一橋と同じである.もともと教員数に比した職員数が少ない(思えば,教職員削減の際には,昔から,職員の削減を優先してきた).その上に院生数の多さも効いている.ただ,職員不足率についていえば,悪い方の15位であるから,受忍の範囲のように思う.埼大の場合,1キャンパスに集約されているので,職員数の不足はカヴァーできるのではないかと思う.信州大学や山口大学など多くの大学が,複数の離れたキャンパスに分散している.それでは職員を減らしにくいだろう.埼大では工夫のしようはあるように思う.
 ただ,教員不足率が高いとすれば,事務方が教員をサポートしないまでも,「やさしくしてあげる」必要はありそうである.が,事務方に「やさしくしてあげる」余力が出るかどうか,という問題があるかも知れない.事務方に余力がなければ教員は踏んだり蹴ったりだろう.院生数の多さからいって,理工研の教員の負荷が大きいかも知れない.

| | Comments (0)

今年の埼大の入試 2020

 表題では「埼大の入試」と書いた.しかしここで話題にするのは私が関心のある埼大教養学部の一般入試のことである.一昨年の入試で教養学部の前期の出願倍率が2.2と低かった.そのことがあって昨年,出願期間内に毎日,教養学部の出願状況をウォッチしていた.幸い昨年度は倍率2.68に戻した.同じ流れで今年も,出願期間の間,教養学部の出願状況を眺めていたのである.
 今年の教養学部前期の最終的な出願倍率は2.92だった.昨年度よりも高く,この10年間の平均より高いと思う.惜しくも3倍には達さなかったが,良い方の結果だろう.受験者人口が徐々に減る中で,当面このくらいの倍率を維持できればよいと思う.
 教養学部の後期の出願倍率は10倍を超えたけれども,昨年度よりやや下がった.しかし後期については昨年度が高過ぎたのである.
 前期で倍率が上がって後期でやや下がったのは,実は千葉大学の文学部も同じである.千葉大の国際教養学部は,後期募集はないけれども,前期はやはりやや上がっている.だから埼大教養学部で前期で上がり後期で下がったのは,埼大教養学部の特殊要因によるのではなく,この地域,この分野で生じた構造的な効果の結果と見るのが自然のように思う.
 埼大教養学部の前期,千葉大文学部の前期,千葉大国際教養学部(前期のみ)の3つの募集単位について,出願期間内の出願倍率の変化を,昨年の当ブログと同様にグラフにしてみた.すべて倍率が同じ程度に上昇した点を除き,昨年度とほぼ同じである.千葉大の2学部とは昨年同様,倍率で1倍強の差がある.千葉大学の文学部と国際教養学部がほぼ同じカーブになっている点が面白い.

200206  

 千葉大の文学部と国際教養学部を取り上げてみたのは,この2つの学部を足して縮小したのが教養学部のようであるためである.現状では教養学部はこの2つの学部に敵わない.しかし何れは立場を逆転させなければならない.今のままの力を維持しながら埼大に賢い経営者が出現する時を待つべきだろう.

| | Comments (0)

学長による学部長選任

 茶飲み話である.昨年の11月頃と思うが,大分大学の経済学部長の選任についての記事が全国紙のウェブサイトに載っていた.複数全国紙が報道済みなので「某大学」といわないでよいだろう.経済学部教授会が学長に対しある教授を学部長に推薦した.けれど学長は別の教授を学部長に選任した,という,よくある話である.私が観た記事は,その学部長選任の話そのものではなく,その件に付随する椿事のニュースだった.その椿事というのもたわいのない話である.
 ネットでニュースを調べると,地元メディアを除くと,進歩的知識人印の左派系メディアがその件をよく報じているようだった.たぶん「けしからん話」という思い入れが,記事の書き手にあったのだろう.
 私は単純に,周回遅れの話だな,と思った.私が人文系学部長会議に出席した最後は2015年だったが,その頃既に,いくつかの地方国立大学に,学部長人選が学長によってなされた事例が紹介されていた.それから5年経つ訳だから,学部長が学長によって決まる事例は積み重ねられているような気がする.
 現状の国立大学の制度からすると,学長が学部長を自ら選ぶと決めれば,抵抗はできない.学部長を学部教員が決めることにも,学長が決めることにも,それぞれ良いところと悪いところはあるだろう.しかし外側の制度が学長の判断を優先させるようにできているから,その制度に合わせて対応する以外にない.学長が決めるという方式も,そんなに悪い訳ではないだろう.

 法人化後,大学の基本設計のコンセプトが大きく変わった,ということだと思う.以前は大学の自治という考え方があった.要は自主管理である.自主管理の理念からは平等な者が合議で決めるのが正義になる.学長や学部長(部局長)は,その平等な者たちの代表者という位置づけだったのだろう.物事の決定は委員会の合議で決め,最終的に教授会で承認して上がり,という考えだった.法人化後は変わった.大学が組織であることが前面に出るようになった.学長や部局長は「管理者」ないし「上司」であり,代表者ではない.一般に,組織において,上司を部下の選挙で決めることはないだろう(たまにそういう職場もあろうが,たぶん小さい組織である).
 この変化を良しとするか悪しとするかは考え方である.私は「まあいいんじゃない」と思う.私の在職中の経験からすると,みんなで合議して決めてロクなことはなかった.好例が教育企画室である(私が退職してから改善されたかも知れないが).特に人の処遇に関することは,規則や正義を口にしながら実は私憤を晴らしているような事例がまま見られた.具体例は挙げにくいが,私が学部長のときの部内の見聞でも,どうしてそんなアホな結論になるかが理解できない委員会決定も多かった.「上司」が権限を行使して決めることがロクでもないこともあるだろう.が,合議しても似たようなものであり,上司が決めた方が手間が省けることが多いだろう.

 学長が学部長を選んでよいと思う1つの理由は,学部長になりたい人がいないかも知れないことである.私が埼大の教養学部に着任した頃は,学部長になりたくて仕方ない人が何人かおられた.彼らの間で意地悪をし合っていたのである.しかし次第にそういう状況でもなくなった.じきに,仕方ないから自分が引き受けよう,と考える方が学部長になるようになった.岡崎先生や関口先生がそうである.その後,学部長のなり手がなく混乱が生じて私が学部長になった.私は何度か学部長に選ばれたが,事態が正常なら私が学部長になることは一度もなかったろう.
 そういう事情もあるから,学長に学部長を選ばせてあげてよいのではないか? 任命責任も学長に負わせてよいのではないか?

 上の大分大学のような事態が,私がいた教養学部でおきたらどうであろうか,などと面白がって考えてみた.学部として1人を学部長に決めたとすれば,その人以外で学長にいわれて学部長を引き受ける教員はいないのではないか,と私は思う.仁義からいって私なら引き受けない.誰も引き受けないことを前提に学長側と交渉すべきだろう.大分大学の某学部の場合,学長にいわれてホイホイと学部長を引き受ける方がおられたことが,そもそもの敗因だった気がする.

 大分大学の場合,規則の作りの問題もあったようだ.全学の規則は,学部から意見を聴くことを経て学長が学部長を選ぶことになっていたという.普通である.しかし経済学部の「教授会要項」では部内の選挙で1人を選ぶことになっていたという.メディアによる大学関連の記事はしばしば不正確である.だから大分大学の規則原文をネットで調べようとした.しかし大分大学の公式サイトには,学則と学部・研究科規則(何れも学事関連)しか載っておらず,メディアで言及された人事規則は確認できなかった.想像では,経済学部の「教授会要項」とは,大学の正式の規則ではなく内規に過ぎないのではないか,という気がする(が確認できない).
 埼大の場合は公式規則が人事面を含めてネットで公開されている.昔からである.埼大は情報の透明性という点で優れているかも知れない.
 ただ(見落としかも知れないが)埼大の場合,部局長を学長が選ぶと明記した管理の規則はないのではないか,と思えた.つまり各研究科・学部の長の選考規程しかないのではないか.これらの選考規程では選挙で研究科長・学部長の候補者を決めることになっている.大分大学では選挙は許されない.むろん埼大でも,選挙結果の「上申を経て」学長が任命する,となっている.この「経て」(「基づき」ではない)である点で学長は選挙結果と異なる人選ができる,という含みがある,という解釈なのだろう.ただここまで選考規程があると,学長が上申された人以外を任命することを想定する風でもない.埼大は結構,自主管理色が強い,部局が強い,伝統的なシステムになっているのかも知れない.

| | Comments (0)

外国語教育の放置され具合

 私が埼大を退職したのは2017年の3月である.その時点で埼大では,学士課程の共通教育部分(教養教育,外国語教育,…)は「放置されている」感があった.教養学部の立場でいえば,特に気になったのは外国語教育の放置され感だった.
 各学部の教育部分(専門教育)は何れもちゃんとした労力が投入されていたと思う.が,対照的に全学共通の部分は,原理的に共有地の悲劇に見舞われるから,強力な管理者がいない限り崩壊に向かうという,いわばテキスト通りの展開だといってよい.
 外国語教育といっても,英語と英語以外の外国語では展開が異なる.

要求が大きいのに資源はケチられた英語教育

 法人化する前の段階で,埼大の英語教育は地方国大の中でも資源が貧弱だった.単純に,1クラス当たりの学生数が多いまま(おそらく最悪)だったのである.大綱化で教養部が解体になると旧教養部部分は何れも管理問題に直面した.が,英語についてはじきに英語センターが設立され,それなりに人的資源も付いたと思う.しかし学士課程の全学生の8単位(授業時間数でいえば16単位分)を担う割には,専任の数は常に少なかった.法人化と前後して英語にCALLが導入されたのは,少ない資源で間に合わせるための方策という意味が(それだけとはいわないが)あったと思う.
 英語センター(正確には英語教育開発センター)は,乏しい資源でよく仕事をこなしたと思う.英語の授業体系をかなり整理し工夫をした.埼大の個別試験の英語の問題は他大学に比べて優れていると思うが,英語センターの先生方の貢献が大きいはずである.
 しかし,英語センターに与えらえた資源は常に過小であったと思う.例えば,ICUは英語の授業がかなり多い授業体系を持ち,教員中の英語担当教員の比率はかなり高い.多くの授業を全部専任で,責任をもってこなしている.
 グローバル事業をしている期間,教養学部は英語センターに依頼して,留学志望の学生向けの授業を拡張することをお願いしていた.英語センターにはその点で大いに貢献を願えたけれども,やはり受講者を絞らざるを得ない留学向けの英語授業を拡大するには,人的資源の面で限界があった,と実感した.今後,埼大が英語教育に,ICUの半分くらいでも力を入れるとするなら,資源の配分の仕方は再考しないといけない.ただ埼大の場合は英語への資源投入の方向には向かわないだろうな,という気がする.
 私が退職した2017年時点で,確か英語授業でCALLを止めるという話になっていた.その頃に私が懸念したのは,資源節約のためにCALLをやっていたのに,CALLをやめて資源を増やしてもらえるのか,という点だった.
 現状の英語授業がどうなっているかと思い,先日,埼大のWebシラバスを眺めてみた.英語ⅠとⅡの主流の授業は,対面授業と,授業時間外学習の e-Learning の組合せのようだった.たぶんCALLよりe-Learningの方が標準的な英語教育に近いのだろうと思う.が,CALLの時と同じ人員配置でできる体制のようであり,CALLを止めても資源は付かなかったのだろうと想像させる.主流の授業での1クラスの受講者数の上限はえらく多いのが気になる.大きな受講者数で英語教育になるのか,と疑問を感じた.
 資源がケチられている点で,埼大の英語教育の立場に改善はなかったのだろう.
 今後どうなるかも気になるところである.埼大は全学のプレゼンスが弱く,部局が強い.そこで英語センターは,昔から,「ウチのための英語をやってくれ」という依頼を受けてきた.しかし,他の方と意見が異なるかも知れないが,英語センターは個別部局の要望とは独立に英語教育の体系を維持すべきというのが私見である.英語は英語であり,違いがあるとすれば水準の上下に過ぎない.例えば英語圏大学の文学専攻に留学する場合は,通常,要求される英語水準も高くなる.単に分野別の英語であれば,部局の先生方が英語で授業をやればよいだけである.どの部局も,それはできるだろう(ただやりたくないだけである).
 私がまずいと思うのは,まあないと思うが,英語教員のポストを部局に分けてしまうようなことである.そうなると英語教育はたぶん融解して行く.かつて情報教育で各部局にポストを付けたら,部局によるが,そのポストを部局がいつの間にか別用途に使った,ということが生じた.同じことが生じるだろう.
 英語教育は強力なdepartmentにしないと運営できない,というのが私見である.

英語以外の外国語教育の放置され具合

 埼大では,英語教育は不遇であってもそれなりの専任ポストで運営されていた.だからまだよい.放置され感が決定的に強いのは英語以外の外国語(ドイツ語,フランス語,…)である.
 まず現状をいえば(私の退職時点と変わらないと仮定して),英語以外の外国語の教育のための専任ポストは皆無なのである.授業は原則非常勤ポストで運営されている.専任(教養学部教員)が授業担当することもあるが,担当する場合はその分の非常勤枠を得られる.そこで非常勤枠が欲しい場合は外国語授業を担当しているだけなのである.
 英語以外の外国語の授業もよく制御されていると思う.基本設計は,田隅学長時代,教養学部の関係教員と教育企画室(企画室長が現学長の山口先生)が協議して進めた.設計自体は結構良いのである.まず言語ごとに異なっていた授業科目名を統一して整理した.また,地方国立大学には珍しく,独仏中語以外にスペイン語,イタリア語,ロシア語,韓国語を導入した.この点は立派なものである.
 ただしその運営主体には専任ポストの裏付けがない.教養学部教員で外国語に詳しい先生が「協力」しているだけなのである.だから管理運営企画には限界がある.実際,専任教員無しで外国語教育が実施されている例は少ないように思う.将来的に協力できる教員がいなくなる可能性も排除できない.
 各外国語には英語と同じくⅠとⅡ各4単位分の授業が開講される建前であるが,私が退職する頃に,Ⅱの授業の半分2単位分の非常勤しかもらえない外国語が出て来る,という話を聞いた.そりゃないね,と思ったものである.先日,実際どうなったか,埼大のWebシラバスを見てみた.なんと,Ⅱの授業が4単位分開講されてるのはフランス語だけ,他は2単位分だけだった.まあ,Ⅱが1年で2単位分しか出なくても,次の年度のⅡの2単位をとればⅡの4単位が揃うかも知れない.しかし語学であるから,次の年度にやればよい,というものでもないだろう.
 私の立場からすると,英語以外の外国語の専任教員ポストが皆無になったというこの展開には悔いが残る.法人化前の段階で,教養学部は学部教員ポストを拠出して,全学に,英語以外用の外国語センターを設ける計画を立てていたのである.当時私は教養学部の将来計画委員長をしていて,拠出するポスト数まで委員会案として決めていた.ただ,時の教養学部執行部がすぐに動かなかった.ちょうど学長が田隅先生に代わるタイミングなので動きにくかったかも知れないが,教養学部がグズグズしている間に「教員定数の再定義」(旧教養部ポストの「全学化」)の話が出てきてしまった.この再定義を評議会で決定する前の段階で外国語センターを作る,という案が急浮上したこともあった.が,その時は在職教員を指定してセンターを作る案(しかもセンターの地位が不明確)だったので,当該教員の賛同を得られるはずもなく,流れた.あの性急な「教員定数の再定義」が,もう少し冷静な制度設計を経ていれば,状況は変わっていたかも知れないのである.
 他の国立大学の「英語以外の外国語」教育の体制がどんなものか,ネットで多少調べてみた.やはり格の低い大学の場合は,「英語以外の外国語」教育の体制は弱い.東大をはじめとした旧帝大など,上位の大学はしっかりしている.「英語以外の外国語」には大学間の格と規模の差が如実に表れてしまう.貧しい大学は外国語の部分を食いつぶしてしまうのだと思う.
 もし英語以外の外国語の教育を安定的に供給しようとするなら,センターを作ることは次
善の策であり,一番良いのは外国語授業を全学に提供することをミッションの1つとするdepartmentを作ることだろう.米国の州立大学であれば German Language and Literature(日本なら独語・独文学科)のような departmentがあり,そこが全学に当該外国語の授業を提供するだろう.格の高い大学では扱う外国語の数も増える.そういうdepartmentを持つ格好になっていれば,外国語履修者数の周期的消長はあるとしても,授業を提供する能力が保持できる.ただその格好にするためには,日本の地方国立大学の場合,複数大学を統合して規模を大きくしないと無理である.

外国語教育をどうするかは大学のコンセプトの問題

 外国語教育について簡単に書いてみた.実際,どうすべきかは大学のコンセプトをどのように設定するかの問題である.外国語教育機会が安定的に維持されることは大学らしさの1つの側面だ,大学とはそういうものだ,と私は思う.しかしそうは思わない方がおられても仕方がない.また,外国語教育を望ましいとしても,そのためにより大きな規模の組織を目指すかどうかの判断もあるだろう.
 ちなみに申せば,埼大の教養学部は,4単位だけであるが,英語以外の外国語を必修にしている.その理屈づけは,多文化への対応と理解をディプロマ・ポリシーに入れたことによる.世界共通語というツールとしての英語と,他の外国語とは位置づけが異なる.教養学部は理念として多文化への対応を必須要件と考えたのである.だが本来,大学とは,専門にかかわらず,多文化への対応と理解を学ぶべき場所ではないのか? 今の国立大学は文科省からの指示待ち・様子見の状態であり,特にすることもないのだから,その間に大学のコンセプトを考え直してよいように思う.

| | Comments (0)

旧制浦高というビジネスモデル

 1つ前の記載は埼大に潜んでいる幽霊のような2つの想念をテーマにした.「幽霊」と呼んでみたが,その想念を捨て去るべきだと言いたかった訳ではない.その点は『宣言』が妖怪と呼んだ共産主義を否定しなかったのと同じである.「2つ」と書いたが,論評したかったのは第2,つまり旧制浦高の件である.第1の方はついでに触れたに過ぎない.
 この記載では次の2点を書きたい.第1は,総合・複合型の地方国立大学はその発足の基盤に旧制高校を含んでいたか否かで大学としての格好が異なること,そして,旧制高校を基盤とする大学の特性を活かすか否かは選択であることである.第2は,活かすとすれば,埼大にとって旧制浦高は1つのビジネスモデルになるかも知れないことである.

地方国立大学の格好

 地方国立大学は戦後(1949)に設置された建前であるが,実態は戦後に大学に格上げされた専門学校の複合というべきだろう.旧帝大は戦前から(学部構成の点で)「完全体」の大学だった.いわゆる「旧六」は,戦前から官立大学であった医科大学に資源投資し,旧帝大に近い体制で発足させた準完全体の大学である(長崎大学だけは地方国大に近いような気がするが).医科大学が基軸になったのはある意味,仕方ない.医学部1つ作る予算があれば,医学部のない新制大学を複数個作れるからである.ともかく,旧帝,旧六とも,戦前から大学だった.
 それに対し,純然たる新制大学である地方国立大学は,戦前からあった師範学校,医専,工専,高商,農林学校,それに旧制高校などを県ごとに集め,大学というレッテルを貼って発足させた大学である.だからもとより「不完全体」の大学である.同じ大学でも部局によってキャンパスが離れていることが多いのは,元あった旧制の学校の敷地をそのまま使っているからだろう.埼大の場合,発足時点では師範があった常盤と浦高の北浦和で,キャンパスが2つであったと思うが,そのままでは新設する工学部の敷地が不足するから大久保地区に all-in でない one campus として移動した,という経緯だろう.
 地方国立大学は発足後に新学部が多少は付加されたと思うが,完全体というには足りない.そして全体の格好は設置時に基盤とした旧制の学校の組合せによってその姿が異なっている.視点はいろいろあろうが,私見では,大きな相違は旧制高校を基盤の1つとしたか否かである.

旧制高校を基盤としない地方国大

 旧制高校を基盤としない地方国大は実業系の学校の集合体という性格が強くなる.
 例えば群馬大学は,医専(正確にいうと群馬大学発足の1年前に医科大になっている),工専(正確には桐生高等染織学校),師範を基盤としており,旧制高校は入っていない.だから,米国の州立大学では常に中核となる College of Arts & Science 部分,つまり日本の大学だと文系や理学部にあたる学部がない.文系は教育学部にあるが,あくまで教員養成のミッションに従属するから,人文学部のような学部には相当しない.文系はおそらく,発足後にできた教養部にしかなかったろう.その教養部の解体に伴って社会情報学部ができた.しかしその社会情報学部も今後の改組で文系とは離れる部局になる公算もある.社会情報学部が残ったとしても,失礼ながら,文系は貧弱なままである.また,理学部はない.最近,工学部が理工学部を称するようになったが,実体は工学部である.
 宇都宮大学も旧制高校を基盤としていない.師範と高等農林学校から発足し,埼大と同じ頃に工学部を追加した.したがって教員養成学部を除けば,文系は教養部にしかなかったろう.教養部を解体し一部の資源を使って,埼大教養学部と中身が似た国際学部を作り,はじめて文系学部を持ったことになる.今後の財政状況によってであるが,失礼ながら,規模が小さいだけに国際学部の先行きは埼大教養学部より細いだろう.むろん理学部はない.
 横浜国大も師範と工専,それに高商(高等商業学校)を基盤としており,旧制高校は入っていない.横浜という土地柄からして高商の存在が強く,後に経済学部から経営学部が分離した(本来,経済学と経営 Business/Managementは別の生き物である).そんなわけで横国も文系のうち人文は,教養部と教員養成学部にしかなかった.横国は教養部解体後,教員養成学部のポストも使って人文色の学部を設置するだろうと私は思っていた.が,文系も都市工学のような部局の中に吸収してしまったようである.やはり大学の基本が実業系であるから,文系を活かすということにはならなかったのだろう.
 以上で例示した大学は何れも立派な大学である.宇大は地域貢献で我が国の先端をゆく.群馬大学は,医学部があることによると思うが,研究論文のシェアは埼大より上のランクに位置する.横国は重点支援①の国立大学のなかで,日本版のTHE大学ランキングでトップに位置する.とはいいながら大学の基本性格としては大まかに,不完全体の新制大学の中で,実業色を特徴とする大学と位置づけることができるだろう.

旧制高校を基盤の1つとする地方国大

 埼大は旧制浦高を基盤の1つとしている.この旧制浦高から文理学部が発足し,教養学部,経済学部,理学部に分かれた.教養学部と理学部,それに経済学部(の経済学部門)が米国流にいえば,規模が小さいとはいえ,Arts & Sciences に相当する.ただ,埼大の場合,学部規模が大きかったのは教育学部と工学部という実業系ないし職業訓練系の学部であり,この2つが政治的に強かった.工学部と理学部が理工として合体したことも大きい.だから次第に,旧制浦高が基盤であったという事実は薄れ,旧制高校を基盤としない地方国大と区別ができなくなっていった,という経緯だと思う.
 埼大の近くにある,旧制高校を基盤の1つとする地方国大は茨城大学である.茨大は旧制水戸高校と師範,工専を基盤に持ち,後に県立農科大を包摂して農学部とした.旧制水戸高校の部分は埼大同様に文理学部となり,さらに理学部と人文学部(と教養部)に分かれた.人文学部は埼大の教養学部と経済学部を合わせたような学部であり,私が教養学部長をしていた時期に人文社会科学部と名称を変えて設置し直している.つまり,ちゃんと理学部と人社系学部を持った大学なのである.
 旧制高校を基盤の1つとする地方国大の雄は信州大学だろう.信州大学は地方国大が持てそうな学部をすべて持っているように思う.旧制松本高校,師範,医専(正確には1年前に松本医科大),農林学校,工専,繊維専門学校を基盤とする.旧制高校を基盤とするから,人文学部,経法学部,理学部を持っている.基盤がいろいろあっただけに,キャンパスも沢山あって大変だろうと思う.
 旧制高校に基盤を持つ大学も,分野構成と全体規模において不完全体であることは変わりはない.しかし小なりとはいえ,中心に Arts & Sciences の部分を据えているという意味において,格好としては完全体にやや近いように思う.むろんそのことは大学の評価とは別である.

旧制高校由来の大学らしさ

 あくまで私見であるが,旧制浦高由来の大学らしさという理念は,上井学長の時期の前半,まだ川橋理事がおられる頃までは存在したと認識している.工学部出身の川橋理事がそのような理念を口にしておられたからである.しかし上井学長後半期にはその川橋理事に代わって現学長が理事になられた.その頃からこの理念は消えていったように感じている.今,旧制浦高神話は希薄になり,その存在さえ人の念頭からほとんど消えただろう.だから前の記載で私は「幽霊」と呼んだのである.
 ただ私は,この幽霊は呼び起こしてよいように思っている.米国の大学が学問の純粋領域である Arts & Sciences を中核とするように,理学,社会科学,人文学という中心が明確に存在し,それぞれの領域が互いを尊重して共存してユニヴァースをなすことが大学らしさである,という観念を私は持ち続けている.この大学らしさは,「文理融合」などとは次元が異なる.
 上井学長の前半期のことであるが,当時の執行部が他大学に連携を模索したことがある.私が伺った限りで,話の相手は,上でも書いた群馬大学と横国だった.その両大学とも,埼大との連携にあまり乗り気でなかったようだった.しかし両大学から期せずして教養学部を評価するメンションがあったと伺った.そのことによって教養学部は実体的な恩恵を受けたのであるが,その件は詳しくは書かない.
 私の想像であるが,両大学とも基本が実業系である.であるが故に人文系を保持する埼大に敬意を払う面があったのかも知れない.むろん,埼大でも人文系は実は誇れるほどの規模は持っていない.しかし輝くものがあると見えたのだろう.

旧制高校の伝統を活かすという選択

 旧制高校が発足の基盤にあった地方国大には旧制高校の伝統を(今様に)活かすという選択を,すればできる.この選択が意味を持つのは主に教育面だろう.旧制高校の伝統を活かすとは,抽象的には有効期間が長い基礎力の重視である.その基礎力重視をどのように具体案にするかは各大学の見識による.たぶん目指す方向は2つであり,第1は Critical Thinking の育成,第2はその思考を表現する技術だろう.
 旧制高校の伝統を活かすことは当然,教養教育の充実を含む.が,教養教育(General Education)とは元来,大学教育の最低ラインの表現であり,教養教育というだけでは積極性に乏しい.内閣府の骨太の方針の言葉を使えば「学部・研究科などの組織の枠を超えた学位プログラムの制度化により、広さと深さを両立した新たな教育プログラムを推進する。」という話だろう.この方向は米国の大学教育の方向性でもある.
 埼玉大学は,元来は旧制浦高を基盤としながらも,現状では最低ラインの教養教育すら維持が難しい.旧制高校の伝統を活かすとすれば,履修規則における教育モジュールの比率の見直し無しには進まない.現状では学生の所属学部(主に所属学科)の必要単位数が大き過ぎる.米国並みに修正することがまず必要に思う.大学院は専門性を追求する課程であるが,学士課程は「広さ」を前提に制度設計がなされているはずだからである.

旧制浦高というビジネスモデル

 旧制浦高は成功事例なのだろう.旧制高校がどれほどの教育をしたか,私はデータを知らず,直感的には大したことはしていないような気もする.しかし,旧制浦高が存在したのは30年弱の時間だったにもかかわらず,東京帝大をはじめとした帝大に人を送り出し,その間に知名度を得たのは確かなようである.浦和は東京に近かったから,東京志向の学生を集めてうまく回ったのではないかと思う.
 埼玉大学がうまく行くとしたら同じパタンであり,その意味で旧制浦高は埼大のとるべきビジネスモデルなのではないか,という気がした.つまり,東大をはじめとする上位大学の大学院に学生を送り出し,知名度を高める,ということである.現状でもある程度その形になっており,東大の院に行ってノーベル賞を獲った梶田先生は顕著な成功例だろう.留学に出る学生の数と同じで,ある一定のクリティカルな数を超えれば飛躍的に数字は延びるように思う.上位大学の院に行くなら埼大に入るのがセカンドベスト,という定評を得れば良い学生が集まる.上位の学生は上位大学の院に行くだろうが(今でもそうである),埼大の院に入る学生の質も上がるだろう.そうすれば,特に理系で,研究も回りやすくなるように思う.
 上井学長の末期に作った機能強化プランは修士課程を厚くする措置だった.だが同じ時期に東大や京大は同じ予算枠で学士課程への投資をしていた.手を打つなら下から始めて年度進行で上(大学院)に行くのが正しい手順だった.埼大は変なことをしたように私は思っている.今からでも,学士課程の教育に手を打つべきではないかという気がしている.

| | Comments (0)

埼大を徘徊する2つの幽霊

 『共産党宣言』のように妖怪が跋扈しているといいたいのではない.もっと幽かな想念が物陰に隠れながら生き続けている,といいたいのである.次の2つである.

 第1は,埼玉と東京を分けるのは間違いであり,(熊谷は知らず少なくとも南部の)埼玉は実は東京と一体だ,という想念である.言葉にすると馬鹿にされるので誰も言語化はしないが,無意識にそのように考える人は埼大関係者に,これまで結構おられた.だから受験者向けに「東京良いとこ,埼玉(大)においで」と平気でいえる.私は埼大に着任してしばらくの間,なぜ「東京良いとこ,埼玉(大)においで」といえるのか不思議でならなかった.埼玉であることに誇りはないのか,東京がそんなに良ければ人は東京に行ってしまうではないか,東京の人間が埼玉にどれほど冷たいかを知らないとでもいうのか,と思ったものである.
 考えてみると,東京都と埼玉県を合わせた地域が(大まかには)武蔵国であったから,東京と埼玉は不可分であるという考えには歴史的根拠があるだろう.幕府が江戸にできたことが東京とそれ以外の武蔵国を分ける転機だったのかもしれない.東京府は三多摩を主に神奈川県から編入することによって不自然に横長の行政区になった.が,縦長の行政区にすれば大宮くらいまでは東京府に入ったかも,などと私は妄想する.

 第2は,旧制浦高は旧制一高に次ぐ名門校であり,その後継たる埼玉大学(の教養学部など)は偉い,という想念である.実は旧制浦高は20番目にできた旧制高校であり,旧制のナンバースクールではない(ちなみに,私の出身県の旧制水戸高校は13番目の旧制高校という).だから旧制浦高には大した由緒はない.にもかかわらず旧制浦高が偉いという考えは,東京帝国大学の入学者数が一高に次いだことによるらしい.そりゃ,二高や三高であれば東北大や京大に行く人が多かろうから,東大進学数の多さで優秀さを測れば東京に近い浦高が偉いことになるだろう.東大を基準にするのは東京中心主義の延長なのだろう.
 私が埼大に着任した頃は旧制浦高出身の教授がおられた.旧制浦高出身者の浦高への愛着は強く,埼大も格の高い大学だという自負を持っておられたように思う.千葉大などは下に見る向きがあった.「いや,千葉大は旧の一期校だから向こうが上でしょうがないですよ」と私はいおうと思って,やめた.また,浦高は一高と一緒に東大に編入されたかも知れなかった,と仰る(事実かも知れない),当時でまだ若手だった先生もおられた.
 埼大の教養学部が,人文学部ではなくなぜ教養学部としたか,である.ある古手の先生は,「文学部にしたかったけれど,文部省は新制大学に文学部を認めなかった.仕方なく教養学部になった.」と仰っていた.が,その先生は文学の先生であり,文学部が良かったのだろう.旧制一高だった駒場は教養学部と称した.一高と一緒だという思いが教養学部という名称を選ばせたのかも知れない,と私は思った.
 
 以上,埼大に徘徊する2つの幽霊について書いてみた.読んだ方は「だから何なんだ?」と問うだろう.その答えは次の記載で書いてみたい(次回に続く).

| | Comments (0)

続・国立大学の学生定員削減は不要ではないか?

 表題の話をもう少し続けよう.国立大学の学生定員削減は,個別の見直しによって生じることはあるだろうし,あって仕方ない.私の論点は,減反政策のような計画による削減は無益だろう,という点である.

問題はまだ曖昧なままである

 国立大学の適正規模の話は,検討が叫ばれているけれども,どうなるかについて判断をする材料は今のところ出揃っていないように見える.気が付いた点を挙げてみよう.
 第1に,教員定数をどうする話かが曖昧に思う.中教審答申でいう国立大学の「規模の適正化」は,学生定員に関する議論で提示されている.大体の議論は18歳人口が少なくなる,だから国立大学の学生規模を縮小しろという話なのである.ここで,学生規模と教員規模がどうリンクするかはほとんど議論がない.常識的には学生定員と教員定員は自動的にリンクする.が,そうハッキリいわれている訳でもない.財務省サイトにも数年前に掲載したと思える国立大学に関するページがある.そのページでも,18歳人口の減少を根拠に国立大学の学生定員を再考する余地があるとしている.同時に国立大学の教員規模の縮小を考慮すべきとも書いてあるが,根拠は学生定員の縮小ではなく,法人化以後に国立大学の教員規模が上がったことである.学生規模と教員規模を直接リンクさせる書き方ではない.
 教員規模は,科学技術への影響の大きい研究者数の問題であるので,また別の考慮があり得る.が,まだ議論は出ていないように見える.
 第2に,何時までに何をどこまでやるかについてはニュースになっていない.中教審答申は2040年を目安とする考えであるから,縮減するなら2040年までに計画を完成するはずである.しかし受験市場への影響が大きい問題なので,縮小の実施もある程度の時間をかけるしかない.計画作成にも時間がかかる.だから早めの対応が望ましい.にもかかわらず時間的なスケジュールの話はまだぼんやりしているように思う.
 第3に,削減の具体的な方法に関する提案が,削減幅を含めて,ほとんど出ていない.後で述べるが,旧帝大などの上位大学が学士課程を止めて大学院大学化するというアイディアが出たことはある.実際,国立大学の規模の調整をするとすれば,この例のような方法を具体的に提示しないと進まない.が,明確な主張は出ていないように見える.
 考慮すべき要因は多数あり,誰もまだ,自信をもって主張したり予測できる段階にないのだろう.

国立大学の規模削減が無理と思う直感的な理由

 国立大学の規模の縮小ができるかといえば,困難であり,合理的でもないと,私は直感的に思う.
 第1に,国立大学への政策的な期待と規模削減とは整合的とは思えない.まず,上位の国立大学(重点支援③など)には世界に飛躍することが求められているが,世界に飛躍するためには規模を縮小したらダメだろう.下位大学(主に重点支援①)は地方での地域貢献と人集め拠点であることが政策上の位置づけであるが,地方の私立大学が今後消えてゆくことを考えると,地方国立大学の削減は政策的期待と整合的でないように思える.そもそも地方を基盤とする自民党代議士が地方の国立大学の削減を容認するだろうか? 国立大学は地方への公共投資であるから,政治的に合意が難しいように思う.
 第2に,特に科学技術の観点から,国立大学の削減は決定しにくいだろう.現状で,科学論文数に最も影響するのは研究者の数であることは分かっている.国立大学は理系中心に構成されており,したがって国立大学の規模縮小は,日本の科学技術,ひいては国力へのダメージになることは明らかである.論文数は教員数の問題であるが,教育を縮小しても科学技術の継承に難が出る.そうと分かって科学技術に国運を賭ける現政権が,国立大学の縮小に踏み切るだろうか? 踏み切るのはかなり難しいように思う.

個別の見直しによる国立大学の規模削減はあるだろう

 上記のように,素人考えであるが,国立大学の規模削減は一般的には難しいように思う.しかし,個別の課程の見直しによる削減は仕方ないことであり,当然生じるだろう.次のような場合が考えられる.
 第1に,志願が弱い課程は定員の削減はあるだろう.例えば追加募集を継続的に繰り返している学科/専攻は削減は仕方ない.また,日本語によるプログラムしかないのに入学者の外国人比率が高く,日本語要件がN1より低い課程も,学生定員を削減した方がよいだろう.おそらく地方国立大学の大学院を中心にそのような削減の余地が結構あるように思う.
 第2に,教員養成課程については削減の方向に向かわざるを得ないだろう.義務教育部分(高校もほとんど義務教育化している)は減少する生徒数と必要教員数をほぼ正確に予測できるからである.教員養成課程の大学間の共有化とともに削減は生じて行くように思う.
 第3に,実に変な話であるが,既存業界からの定員抑制要求がある分野について削減は生じやすいように思う.典型的には医学部などである.
 第4に大学付属病院も削減の対象になり得るだろう.厚労省は医療費抑制のため公的病院の再編・統合に動き出しており,大学病院も考慮の対象になっている.
 このような形で,個別の見直しによって国立大学の規模削減は,ある程度生じることは避けられないだろう.仕方ないと思う.

「計画削減」は不要である

 ここで計画削減と仮に呼ぶのは,減反政策のように,国立大学システム全体を対象として,その中から目標とする削減分を捻出する方法である.
 一般に計画削減は需給調整の社会主義手法であり,社会主義同様にまず失敗する.しかも能力のない文科省がかかわるとロクなことはないような気がしてならない.ちなみに私が最近フォローしている高橋洋一(嘉悦大教授)は昨日(2019/11/02),英語民間試験の件で次のようにツイートしていた.《文科官僚。ゆとりで間抜けをやり、大学院強化・法科大学院でオーバードクター等過剰供給、医学部や獣医学部は30-50年間認可ストップで過小供給、需給調整なん手文科官僚にできっこない。英語の民間試験でも手順がまったくダメで呆れるほど文科官僚の事務処理がトロかった》(Twitterのまま)
 国立大学の計画削減の方法を論理的に(つまり exhaustiveに)求めることは私にはできない.が,以下に思いつく方法を2つあげてみる.結論としてはどちらの方法も望ましくないか,選択困難と思える.

1) 上位国立大学の大学院大学化
 旧帝大を大学院大学化するというアイディアは私が院生の頃からあった.それだけに関係者の念頭にのぼる機会が多かったろう.例として,2018.3.22付の「経団連タイムス」に本間政雄氏(大学マネジメント研究会会長)の談話が掲載されていた.同氏は国立大学の望ましいダウンサイジングの方法を次のように例示していた.《例えば、旧七帝大や地方の基幹国立総合大学は学部を大幅に縮小し、研究に重点を置いた「大学院大学」に移行するのも1つの考え方である。》ちなみに本間政雄氏とは元文科官僚であり,京大理事や立命館の副総長などを歴任し,今は学校法人梅光学院理事長をされているという.
 重点支援③に該当する国立大学は学士課程を放棄する,というやり方の例示と思う.この考え方は流布しているはずであり,非公式にはよく話に出ているだろう.ちなみに京大の山極総長はあるインタヴュー記事でそのように話を向けられ,拒否している.
 もし上位国大が一斉に学士課程をやめれば,代わりに学士課程でのトップに躍り出るのは東京と関西のトップ私大である.埼大など東京に近い地方国大はブランド校化するチャンスになるかも知れない.
 この「上位国大の大学院大学化」は私の年頭にも何度ものぼった.利点も欠点も多数思いつくが,長くなるので詳しくは述べない.が,私は国立大学にとっては望ましくないと思う.最大の欠点は,この方法を採用した場合,国立大志願という受験準備のパターンが(医学部を除いて)壊滅する恐れがあることである.うまく行けば東大や京大に入れるから人は国立大志願を選ぶのであり,(自虐的だが)うまく行っても埼大にしか入れなければ誰も国立大志願にはならないだろう.受験生は私大志願に切り替えてしまう.埼大のビジネスモデルは下方修正した上位大学志願者を地の利を活かして拾うことにあった.その点は今後も同じだろう.国立大学は,上位が回ってくれなければ下位も回らない.
 
2) 国立大学一律削減
 国立大学の定員を一律に何%削減するというのは,ずさんな方法であるけれども,かつて交付金では一律削減だったから,ない話ではないだろう.この方法の役所側の利点は,削減後に大学組織をどうするかを大学に丸投げできることにある.
 ただ,愚かな結果になるのは目に見えている.削減枠を与えられた大学が各部局に同一削減率を割り当てるなら,まだよい.学内政治というか弱肉強食で決まる可能性の方が高いだろう.私の予想では,部局への評価とは関係なく,強い部局,例えば経営協議会や学長選考会議の外部委員に応援団委員を出せるような部局は削減を免れ,政治的に弱い,埼大なら教養学部のような学部が割を食うという結果になるように思う.

 2つの計画削減方法を例示してみた.むろん,削減は,削減に付随する措置との組み合わせでいろんな方法で生じ得る.例えば,統合を経て削減をする場合もあるだろうし,削減後に研究上足りなくなる分野を独法の研究所を設立して補う,という方法もあるだろう.しかし計画削減それ自体の方法としては,上記の2形態かその中間形態になるように思う.
 このような計画削減は,個別の見直しによる削減に比べると不合理な結果を導くように思う.私見では,最も望ましい削減は,受験市場での評価(志願倍率など)に沿って個別に見直し,それで我が国の政策要請に照らして足りない研究分野があるなら,削減した資源を使って理研のような独法の研究所を作ることではないかと思う.むろん研究所を大学に作るのも選択である.

削減を回避したいなら国立大学は何をすべきか?

 国立大学に対しては,交付金にせよ学生/教職員定員にせよ,削減の話は断続的に出るだろう.理由は単純であり,公金を使っているからである.公金を使っていなければ財務省も何もいわない.だから国立大学は,公金を使わないようにするか,使うならその合理性を示す必要に迫られる.財務省の立場は,一般市民の立場からは理解できるように思える.
 そう考えれば,国立大学が目指すべきことは,常識論で恐縮だが,次だろう.

1) 財源の多様化
 政府は国立大学の財源の多様化を求める.が,財源多様化は国立大学のためでもある.財源を多様化できるなら削減する根拠は小さくなる.財源を多様化して収入における交付金の比率を小さくすべきだろう.交付金比率が高ければ,国の財政状況が悪くなったときに大学は潰されても仕方がない.国立大学にとり,財源多様化の重要性はかなり高い.

2) 学費値上げ
 財源多様化といっても,当ブログの少し前の記載で書いたように,多様化をできる度合いは大学によって多分異なる.受託研究費を稼げる上位大学は多様化を進めるだろう.しかし下位大学は上位大学ほどの進展は見込めないような気がする.
 だから学費を値上げする以外にないだろう.埼大の場合,教員規模に比べ学生が多いので,学費を文系私大並みにするだけでかなり収入増になるはずである.
 望ましいのは文系は学費を据え置いて理系の学費を上げることである.理系は,正確には分野によるが,学生当りの標準教員数は多く算定されており,その分不採算部門であるはずだ(埼大に限らず最も採算が良いのは経済学部である).理系の場合,学費を多少上げても私大理系の学費との格差はなお大きい.埼大の場合,理系(理工系)は学費を上げるか受託研究費を増加させて全学に回すかの何れか(あるいは両方)をすべきだろう.(でもしたくないから,理工系は学長を握ることに必死になるような気もする.)
 国立大学は,国に金をくれというのではなく,例えば教育国債を発行して奨学金かバウチャーで学生を援助することを社会に訴えるべきと思う.教育国債に対しては財務省が早々と否定的な考えを表明している.しかしゼロ金利の今は教育国債を主張すべきタイミングなのである.

3) パフォーマンスの高さを分かりやすく示す
 その他になすべきことは大学のパフォーマンスが高いことを分かりやすく示すことである.財務省は国立大学のパフォーマンスが高いことを求めている.その理由は単純であり,公共的な予算の支出は一般に費用対効果で判断しているからである.だから,国立大学を維持する費用が高くても,効果(パフォーマンス)が高いことを示せばよい.たぶん,研究にせよ教育にせよ,きちんと調べれば,国立大学,特に埼大はパフォーマンスが高いだろう.その点を分かりやすく示す工夫が重要になる.
 研究のパフォーマンスを示す方法は決まっており,よくいう優秀論文の数と比率に帰着する.問題は教育のパフォーマンスが曖昧になことである.JABEE方式ですべての分野について高い教育水準が保たれていることを示すのが正道のように思える.

| | Comments (0)

国立大学の学生定員削減は不要ではないか?

 このブログの以前の記載で,国立大学の学生定員の削減があるだろうと私は書いてきた.が,その削減がどのように起こるかについては,実は私にはイメージがなかった.ではその削減がどのように生じるものかと,私の中で非意図的な自動思考が生じた.
 考えるうちに,国立大学が学生定員を削減する必要は,まったくないか,ほとんどないのではないと思うようになった.私はあくまで素人であるから,正確なことは予測できない.だからいうことは茶飲み話の範囲である.その茶飲み話として以下に私が思ったことを書いてみる.

なぜ学生定員の削減が話題になるか?

 国立大学の学生定員の削減が公式に話題になったのは,昨年,2040年の状況に対応するための昨年の中教審の答申(『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』)が高等教育機関の規模の適正化の必要を明記したからだろう.ただそれ以前から,大学の規模への言及は世間にあった.平成初めの18歳人口の直近のピーク時(おそらく団塊ジュニア世代)から比べると現在は18歳人口が半減している.今後も下がるのは分かっている.だから,国立大学も学生定員を少なくとも今の半分,という自民党代議士もいる.経団連の報告物にも国立大学の学生定員の縮小を論じたものがある.なぜ2040年かというと,それ以後の世代は生まれておらず,18歳人口を正確に推計できるのは2040年以前だ,という事情である.
 大学以前に,義務教育の学校の縮減に文科省も財務省も取り組んできたように思う.小学校にしても,生徒数の減少率に比べて学校数の減少率は鈍く,頭が痛いのかも知れない.学校を減らす作業が年次更新で大学に及んだと考えるのが自然だろう.

大学生はどれほど減るか?

 では大学生はどのくらい減るのか? 文科省が出している「18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模や地域配置 関係資料1」において,大学進学者は2017年に63万人であるところ,2040年には50.6万人,つまり2017年の80.3%に減ると文科省は推定している.
 この推定値は,2040年の18歳人口に「大学進学率」をかけた数字である.大学進学率は2017年時点より若干高まると推定している.
 この大学進学率という数字は,概念的に混乱した数字である.大学進学率とは,大学受験率Pと合格率Qの積P・Qであるはずであるが,PもQも大学の定員規模の関数であるはずであり(定員が大きければ受験率も上がり,合格率も上がる),そもそも大学の適正な定員規模を決めるための外生変数の値として推定できる数字ではない.ただ,私のどんぶり勘定であるが,文科省程度の進学率の上昇を見込むのは現実的だろう.これまでも大学進学率が上がっているが,その上昇は,18歳人口が減っているのに定員は減っていないことによるだろう.要するに進学率の上昇は入学しやすくなっていることを反映すると考えるのが自然であり,その状況は18歳人口の減少によって今後も継続するだろうからである.
 ここで仮に,学生定員を現状の80.3%にしなければならないとするとどうなるであろうか? 私の考えでは,今の埼大の各学部の学生定員を80.3%にしても支障はないように思う.例えば,学生定員が一番少ないのは教養学部であり,入学定員は160名.しかし3年次編入枠が30名であるので,1学年平均で175名と考えられる.その80.3%は140.5名であるから,学部としては維持できる.つまり80.3%に減る程度であれば,入学定員が100名を割る場合を除き,現状の学部の仕組みは維持できるだろう,と思う.
 しかしそもそも,この怪しげな「大学入学者」が2割減ることを,国立大学の定員削減の根拠にすることには無理がある.国立大学の志願倍率が8ガケになることはあり得ることであるが,国立大学は平均して3倍超の志願倍率を維持している.高校であれば志願倍率が1.1でも十分に維持される.
 文科省自身が18歳人口減によって階層性の低い私大の定員割れを憂慮しているはずである.定員割れが予想されるのは,(言いにくいが)より下層の大学,おそらく(言いにくいが)地方の私大である.国立大学の場合,質の悪い学生は取らないと考える場合を除き,よほどの例外を除いて定員は埋まるはずである.
 なお,現状の8割,という数字はあくまで2017年を状況を是とした数字である.平成当初のピーク時の状況を起点に考えると学生数を半分にしろ,という議論も出るだろう.しかし,現状(2017年の状況)を是とする以外に,政治的にはないように思う.
 蛇足であるが,上記の中教審答申は「2040年の都道府県における大学への進学者数、入学者数、定員充足率の国公私別の推計も併せて提示した。」と称している.中教審は文科省が作った資料をそのまま使っているようである.その資料(「大学への進学者数の将来推計について」)にも目を通してみたが,笑わせる.
 この資料では,都道府県別に入学者の推定値を求め,そこから各県の国公私立別の入学者数と定員充足率を求めている.その資料によると,埼玉県の国立大学(埼玉大学しかない)の定員充足率は86.4%であり,公立大の充足率は85.3%,私立大の充足率は国立より若干高い87.4%という.その充足率は次のように求めている.まず2017年の国公私立大学への入学者数に推定した進学率をかけて2040年の推定大学入学者数を求める.その2040年の推定入学者数を2017年の国公私立別の入学者数の比率でそのまま配分した数字を埼玉県の国公私立大学別の2040年の入学者とし,現在の定員との比をとって充足率としている.こんな変な計算をすれば充足率が下がる結果になるのは当たり前であり,計算の仕方が間違っている.
 ちなみに,同じ資料だと東京の国立大の充足率は89.7%であり,東京の私大全般より低い.まずないことである.京都の国立大の充足率は80.6%であるが,京都の国立大なら定員規模からするとほとんどが京大だろう.この程度の学生数の減少幅で京大が2割の定員割れをする訳がないではないか.
 文科省の資料は,平均して,国立大学の志願倍率が下がることを予想する根拠にはなるかも知れない.しかしこの程度の18歳人口の減少によって定員充足率が下がるというのは笑話である.文科省は本当に馬鹿ではないかと思う.

国立大学が学生定員の削減に付き合う必要があるか?

 結論を先にいえば,国立大学は学生定員の削減に付き合う必要はないと思う.
 大学生全体の数が減るといっても,全体の学生数の中で国立大学が占める比率は17.1%に過ぎない(2017年).公立大学と合わせても22.3%である.実は圧倒的に学生は私大におり,近年に学生数を増やしたのも私大である.だから国立大学が定員を削減しても,全体の削減に貢献する比率はきわめて低い.
 まず,大学生全体の中で国立を含めた公立大学の学生の占める比率は,欧米と比べると日本は極端に低い.米国は私立大学の数は多いが,多くが小規模の大学であり,学生数からすると州立が多いのである.常識的には公立の比率はもう少し高い方が望ましいバランスだろう.
 しかも国立大学は,研究にせよ教育にせよ,大学全体の中では能力が高いのである.国立は入学時にも理系(文系)でも文系科目(理系科目)を考査に課しており,公式の基準からすれば正しい教育を行っている.そこでわざわざ,能力とバランスのある国立大学の比率を下げることに合理性があるとは思えない.
 国立大学の学生定員を削減すべき根拠があるとすれば,国にとってのコストが国立大学が高いことである.ただ,問題はどういう構成で日本の大学システムを維持すべきかという問題と思う.18歳人口が減るから国立大学も横並びで減らせという問題ではない.

 このブログの次の記載で追加の議論をしてみたい.

| | Comments (0)

一方,文科省の方針文書は…

 1つ前の記載で骨太の方針2019における国立大学改革の記載に触れた.この骨太の方針2019は今年2019年6月21日の閣議決定である.その3日前の6月18日に文科省は「国立大学改革方針」という文書(概要と本文)を出している.たぶんこれから文科省はこの文書を前提に,個別に国立大学と話し合って行く,ということなのだと思う.この文科省文書と骨太の方針2019は,同時期に出た文書であるけれども,ある意味,好対照をなしている.

 文科省の文書も私はざっと眺めてみた.印象として残ったのは中身に関することではない.この文書の文章としての質の低さである.出来の悪い学生のレポートのようだ,とはいわないが,出来の良い学生なら書かないようなレポートのように感じた.ゆとり世代の文科省職員が書いたのではないか?
 第1に,この文書の序(Ⅰ これからの社会の姿及び国立大学の機能と役割)はくどくどとした文章であるのに,中盤(Ⅱ 国立大学の目指す姿と取り組むべき方向性)と末尾(Ⅲ 文部科学省の取組)はほとんど箇条書きなのである.別途概要があるのに,本文が箇条書きというのはないだろう.しかもⅡとⅢで形式も統一されていない.本来は最も重要なⅢが手抜きである.
 印象として,概要にするつもりのⅡとⅢの箇条書きに,慌てて文章をⅠとして加えたような代物である.本論であるⅡとⅢの中身を考えると,このくどいⅠは要らない.むしろ概要の方の冒頭に書いてあるこの文書の位置づけ(目標規定)をⅠとして書き入れるべきだったろう.
 第2に,ⅡとⅢをあえて分ける必要はないと思える.Ⅱが「国立大学が取り組むべき方向性」であるなら,Ⅲの「文部科学省の取組」はⅡの「方向性」の推進以外にないからである.分けるならⅡとⅢの関係性を示さないと減点だろう.私には,ⅡからⅢの事項が出て来る理由がところどころ分からない.

 中身でいうと,文科省の方針文書に書いてある事項の多くは(当然だが)骨太の方針にもある事項である.だから両者はそんなに違わないといえる.しかし違いもあるように思う.細かい話は無視して大きな点だけに着目すると,次の3点が思いつく.
 第1は,文科省の方針文書はどうしても,文科省がこれまでやって来たことを自ら評価する論調になっている.これからも同様に続けたいというニュアンスが滲み出ている.この点では「現行の『国立大学法人評価』、『認証評価』及び『重点支援評価』に関し、廃止を含め抜本的な簡素化を図り」となどとしれっといってしまう骨太の方針とは,かなり雰囲気が異なる.
 私は骨太の方針の通りにやってみることの方に希望を感じる.希望とは,教職員の福祉という観点からの希望ではなく,日本の大学システムが良くなるかどうかという視点からの希望である.例えば,中期計画などやる必要があるのだろうか? 計画は大学の執行部(学長)が変わったときに作るのがよいのではないか? また,政府からの評価は別途,政府が政策に従って決めるのがよいのではないか?
 第2は,骨太の方針は「改革」(改善か改悪かは判断であるが)への意思が強いのに対し,文科省文書の方は緩いことだろう.「こうする」という方針を示すことなくただ検討するといっている事項が多いように思う.この文書に現れる文科省の立場で「各国立大学との徹底対話」をした場合,得られる結論は国大協が出した国立大学の将来像と同じになるだろう.その意味では対話に実質的な意味はないように思える.
 第3は,骨太の方針と文科省文書では,背景となる世界観が異なることである.骨太の方針が国立大学に言及するのは,1つ前の記載で触れたように,Society 5.0 への対応と経済成長の部分である.Society 5.0 の要諦は「経済発展と課題解決」にある,と政府の文書から私は理解する.だからいずれにせよ,一番重要なのは経済成長である.経済成長があってこそ日本の社会の安定的な基盤が得られる,そのために国立大学が重要,という考えである.
 これに対し,文科省の文書では次のようにいう.「このような変化の先に我々が目指す社会は、…、持続可能でインクルーシブな社会、新しい社会の実現を目指す様々な人々が集い流動する多様性あふれる可能性に満ちた社会である。 」つまり社会の目標がinclusionや多様性になってしまう.
 まあ,inclusionも多様性も,Society 5.0 の1つの側面には入るだろう.しかし重要性の重みづけはまったく違ってしまう.
 このブログの以前の記載で私は文科省を共産主義官庁と書いたことがある.そこは文科省のカラーなのだろう.確かゆとり教育を推進した中心の元文科官僚が,ゆとり教育の目的は平等の達成だったと述べたと新聞記事に載ったことがある.ゆとり教育を始めたときにはそのような説明はなかったと思うが,文科省はそういう所なのである.だから競争によって各国立大学が強くなるという発想の今の政府とは,文科省は背景とする考えが異なる.文科省の大学改革とは,結局,ゆとり教育のような結末を迎えるのではないかという気がしてならない.むろん,この点は価値観の問題であり,国立大学の(職員はともかく)教員の多くは文科省の考えに近いかも知れない.
 資本主義と共産主義/社会主義の争いが,表向きは全く違う姿で,国立大学を舞台に展開するというのも,面白いといえば面白い.郵政事業と同じかも知れない.

| | Comments (0)

骨太の方針2019における国立大学改革記載

 今年2019年の6月21日付で閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2019」,いわゆる骨太の方針には昨年度までにはない強い表現が入っていると感じた.通常,骨太の方針は経済財政諮問会議の下についているブレーンが大筋を書き,さらに各省庁が書き入れをしてできるものだと思う.だから昨年度の骨太の方針における大学改革の記載は,文科省が書いたような内容だった.しかし今年は,文科省が書かないような文が入っているように見えるのが面白い.
 今年の骨太の方針で国立大学が言及された箇所は2カ所ある.1つは「第2章 Society 5.0時代にふさわしい仕組みづくり」の中の「2-(1)-⑤大学改革等」という事項である.もう1つは「第3章 経済再生と財政健全化の好循環」の中の「2-(2)-④ 文教・科学技術」の箇所である.
 第2章での言及箇所は次のパラグラフであり,別に目立った記載ではない.

 国立大学における一法人の下で複数の大学を運営できる制度の活用推進、私立大学に
おける学部単位での事業譲渡の円滑化や合併の促進、国公私立の枠を超えた大学等の連
携を可能とする「大学等連携推進法人(仮称)」の創設など、大学の連携・統合等を進
める。

 特徴的なのは第3章の記載だろう.なお第3章で国立大学が言及されることは,国立大学はイノベーション,つまり経済成長の基盤として位置づけられていることを意味している.
 その第3章の「2-(2)-④ 文教・科学技術」には最初に「(基本的な改革)」という小項目がある.その2番目のパラグラフの第1文が次である.

イノベーション創出の中核としての国立大学法人については、指定国立大学が先導し
て、世界の先進大学並みの独立した、個性的かつ戦略的大学経営を可能とする大胆な改
革を可及的速やかに断行する。

 この文には見どころがいくつもある.第1に,国立大学は「イノベーション創出の中核」なのである.それだけ政府は国立大学を重視している.第2に,国立大学の経営は「独立した」ものであることを求めている.予算をもらって政府の方針を粛々と実行するという国営大学とはニュアンスがかなり異なる.私の直観では米国の州立大学をイメージしているように思う.第3に,改革に(文科省のような)時間稼ぎを許さず,「可及的速やかに断行」としている.この文の原案を書いた人には強い判断があるように見える.第4に,一般には国立大学の最上位カテゴリーと受け取られている指定国立大学法人は,国立大学全般を「先導」する位置づけ,つまり規制緩和における特区のような位置づけになっていることである.だから指定国立大学法人に認められた規制緩和は,文科省の考えのように指定国立大学法人に限定するのではなく,将来は全国立大学に適用することを考えているように読める.実際,後の方の規制緩和記載は指定国立大学法人に限定していない.
 続く第2文が次である.

そのため、より高い教育・研究に向けた自由かつ公正な競争を担保するため、国は国立大学との自律的契約関係を再定義し、真の自律的経営に相応しい法的枠組みの再検討を行う。

 この文は前の文の「独立した」をくり返す文であるが,「国は国立大学との自律的契約関係を再定義」というところが凄い.見方によっては,文科省に指導されるのではなく,独立して国と交渉し,契約関係を更新して行く大学,ということだろう.
 さらに第3文が次である.

その際、現行の「国立大学法人評価」、「認証評価」及び「重点支援評価」に関し、廃止を含め抜本的な簡素化を図り、教育・研究の成果について、中長期的努力の成果を含め厳正かつ客観的な評価に転換する。

 国立大学法人評価、認証評価,重点支援評価を「廃止を含め抜本的な簡素化」などと,文科省が書くはずがない.なお,財務省や経団連はこの表現に近いことはいっている.いずれにせよ,これまでの文科省のタラタラした国立大学改革を否定しているとも受け取れる文言なのである.

 骨太の方針は経済財政諮問会議から内閣に上がり,内閣で承認した方針である.その経済財政諮問会議は関連の大臣や若干の学者からなる.その諮問会議ではこのようなプランは作れる訳がない.経済財政諮問会議の下に経済・財政一体改革推進委員会があり,出席者の多くは学者である.経団連の会長も入っていた.その委員が下案を作ると思うが,知恵を出す人はもっと多くいるかも知れない.規制改革派なのだと思う.規制改革派と文科省との違いは,資本主義と社会主義の違いのようなものである.この骨太の方針の国立大学改革の記載は,文科省に対する規制改革派の苛立ちが書かせたものではないかと,私は勝手に想像した.
 むろん国立大学関係者,教職員の立場は社会主義に近いに決まっている.ただ,経済成長を求める立場からすると,この骨太の方針は是とするべきと私には思える.社会保障やインフラ維持さえ,一定の経済成長があることを織り込んだ試算で成り立っている.経済成長できるかどうかは気楽な話ではない.

| | Comments (0)

首都大学埼玉

 埼玉大学「次の6年を考える会」というブログの記事を眺めていたら,首都圏にあることが埼玉大学の武器である,という趣旨の記事が載っていた.正しいとは思うがやや苦笑した.が,今の主題はその苦笑ではない.私がある時点でふと抱いた妄想のことを思い出したことが主題である.

 昔,都知事が石原慎太郎だった頃,たぶん石原都知事の判断で都立大学が首都大学東京という名称になった.首都大学東京というのは変だという人が多かったが,私は斬新で良いと思った.それから少し後のことであるが,首都大学東京という文字列を見ながらある妄想が浮かんだのである.
 ナントカ大学〇〇として〇〇に地名を入れる表現は,ニューヨーク大学やカリフォルニア大学など,結構ある.そういう目で見たとき,東京でない首都大学があってもよいのではないか,と思えたのである.
 そう.つまり埼玉大学が首都大学埼玉になるという妄想である.埼玉だけではなんだから,横浜国大を首都大学横浜,千葉大を首都大学千葉として,東京,埼玉,横浜,千葉で首都大学リーグを作る,ということである.

 上井学長時代の初期に統合の話題がいろいろ出たことがある.当時は4U(茨城・宇都宮・群馬・埼玉大学)という枠組みがあり,その4Uも1つの考慮対象だった.しかし埼大の先生方は一様に「北は嫌だ,東京と一緒じゃなければ嫌だ」と言い続けた.当時工学部長だった今の学長も「群馬と一緒になったら偏差値が下がって学生の質が落ちる」といっていた.グループを組んだ時,首都圏にあるという武器を使えるのは北と組んだときだけである,東京方面と組んだら埼玉の立場は惨めではないか,というのが私の発想であった.が,埼大の先生方は一様に東京じゃなければ嫌だと言い続けた.
 なら首都大学埼玉なら文句はあるまい.実際,上井学長の時期,上記の首都大学リーグに近い構想を述べた方がおられたと聞いた.

 ふと浮かんだ妄想であったが,まあダメであるとすぐに悟った.
 まず公立大学全国トップを自認する首都大学東京は,わざわざ「地方」と組みたくないだろう.
 横浜国大は横浜というだけで十分アピールできる.卑屈に首都を強調する動機づけがない.
 千葉大学は,あくまで上を目指す大学であるから,格下の埼大,横国とは並びたくないだろう.

 その首都大学東京も来年には東京都立大学の名称に戻るらしい.首都大学埼玉は一瞬の妄想であった.

| | Comments (0)

パフォーマンスを上げる:国立大法人化の第三のテーマ

 ただの思い付きであるが,国立大学の法人化は3つのテーマの複合であろうと私は思う.第1と第2のテーマについては直近の2つの記載で述べてみた.この記載では第3のテーマ,つまり「パフォーマンスを上げる」について書いてみたい.

中期・年度計画と評価

 国立大学が法人化したとき,国立大学の(教育研究における)パフォーマンスが問題になっていたかどうか,私にはハッキリした記憶がない.法人化が「金の問題」と認識する人が多かったのは予算措置だけが目立ったためかも知れない.パフォーマンスが実際に問題にされ始めたのは,第1に,大学の国際評価(THEなど)で日本の大学があまり上位にならないことが話題になってから,第2に研究力の停滞が指摘され始めてからではないかと思う.
 それでも,法人化とともに国立大学に中期目標・計画や年度計画が導入され,認証評価も受けることになった.評価というからにはパフォーマンスが問題なのであるから,法人化の当初からパフォーマンスを上げることが法人化の主題であった(主題であるはずだった)のは確かと思う.
 法人化後にこの計画と評価のために国立大学は忙しくなった.私が教養学部内で学部業務に深く関わり始めたのは法人化して3年目からであり,最初の2年間についてはよく分からない.が,少なくとも3年目以降には年度計画に振り回されることになった.
 最初のうちは物珍しさがあり,「へぇ,こんなことするんだねぇ」的な感想を持ったものである.まあ確かに,やることを求められたことは必要なことだと思えた.ただ,毎年似たような項目が全学の評価センター(当時)から回って来るに及んで,段々とアホらしく思えてきた.
 本音でいえばどうでもよいような会議を何回やったとか,直す必要のない事項の見直しを問う質問に回答することが,いったい何になるのかという気がしてきたからである.しかも,示すべき「エヴィデンス」が議事録だったりするからアホかと思う.かくして,回答のしようもないけれど,やってないともいえないので,やっている振りをすることが常態となっていった.計画の達成率が何%かとか,十分に達成されたかどうかの回答をするのであるが,多くの場合,何%とか十分かどうかなど,客観的な基準がないので本来は何ともいえない.受け取るワークシートでは他部局の回答もあったので,他部局がどのように回答しているかも眺めた.私は,というより教養学部は伝統的に人間が控えめであるから,臆面もなく大本営発表のように大成果があったなどとは恥ずかしくて回答できない.が,他部局は結構,臆面がなかった.全学の評価担当とのやり取りでは,全学側は良い自己評価を示して欲しかったようだから,面倒な時にはその要望に応えたかも知れない.
 この種の計画と評価の作業への違和感が私の中で膨らんでいった.「まったく」とはいわぬまでも「ほとんど」無意味ではないか,と思った.大学のパフォーマンスを上げるために作業しているというより,「忙しく頑張ってます」ごっこをしているだけではないか,という感想を抱くようになった.

国立大学の評価に対する財務省の見解

 最近,ネットにあった財務省の資料(2018.10.24付けの「文教・科学技術」)を見ていたら,国立大学の計画-評価に対する,上で書いた私の違和感をうまく説明する表現に出くわした.国立大学が評価の指標としているのは多くの場合,「インプット指標」であり,「アウトカム指標」ではない,と財務省はいうのである.確かに,埼大の以前の年度計画のワークシートを眺めても,例えば研究について,論文を何本にしますという目標はない.研究を促進するためにどういう措置(例:重点研究テーマを支援する)を取ります,というのが目標/計画であり,その措置が生むべきアウトカムは指標にはない.(研究と教育については中期計画の報告として現況調査表をまとめるが,言い訳の色彩が強い.)
 まあたとえていうなら,小売業がどれだけチラシを配ったとか,安売りセールをどれだけやったとかを書いているようなものである.どれだけ売り上げを上げたか,利益を出したかのアウトカムを問題にしていない.おかしなことをしていたのである.
 財務省は同時に,評価が「絶対評価」(というより自己基準による評価)であり,評価結果もあいまいだ,という.私も感じていたことがそのまま書いてある.
 この資料を見ると,財務省の役人は文科省の役人より頭がいいなと思う.が,おそらく頭の問題だけではない.文科省は国立大学を慮るつもりで,競争を回避する,そして差がつかないようにする評価の方法で指導してきたのだろう.しかし,競争の回避と引き換えに,累積し肥大化した無意味な作業が国立大学を苦しめることになった.何より重要なのは,法人化してごく最近までの間,パフォーマンスそのものを上げるための努力が曖昧になっていたことだろう.インプット,例えば研究力向上のための措置は,必要ならその場の判断で経営者が決めればよいことである.
 財務省の考え方は,比較的少数の客観的なアウトカム指標を設定し,大学間で相対評価をする,ということと思う.むろん国立大学をウェイト別にしないで競争したら下位大学はひどいことになる.だから重点支援の類型内での競争になるはずである.ある意味,今年度から導入された交付金決定のための10%枠の評価は,今年度は指標が異形であったが,その方向の先駆けになるのだろう.大変かも知れないが話がシンプルになる.良い方向への変化と思う.

交付金10%の評価配分

 運営交付金の10%を評価に応じて配分する,という方式は今年度から適用されたように思う.この10%配分という記事を最初に見たとき,私は無茶ではないかと思った.予算が増えればよいが減ったときは,財源の多様化が少ない地方国大にとって影響が大き過ぎるように感じたからである.
 蓋を開けると影響は小さかった.個別の評価項目では10%のプラスマイナスがあるのであるが,評価項目全体を足し合わせた結果のばらつきは実に小さい.なるほど,誰の悪知恵か,これって中心極限定理の応用みたいな話だな,と思った.実質例年通りだったろう.
 しかし,このような形式で交付金の算定が行われると,結果は小さくても,大学はもろに政府にコントロールされることになるだろう.例えば評価項目に年俸制の導入実績とか入れられると,下位の大学は必死に年俸制を導入しようとすることになるのではないか? 当面は今年度のように,政府が求めるマネジメント改革のような項目で国立大学はコントロールされることになるのかも知れない.
 ただ,本命は財務省がいうように,教育研究を中心とした,厳選されたアウトカム指標で競争することになるんだろうな,と思う.野球選手であれば打率,打点,本塁打数,投手なら防御率と勝ち数を中心にして,おそらく重点支援の類型ごとに競争することになるのだろう.シンプルになってよいのではないか? 結果として教育研究の水準は上がって行くのではないかと思う.
 国立大学法人化のテーマは3つだろう,と私は述べてみた.が,考えてみると第1と第2は,第3のパフォーマンスとは質的に異なる.第1と第2は第3のパフォーマンスを確保するための手段という位置づけになるだろう.つまり,本来はパフォーマンスさえ上げれば第1と第2はどうでもよいことである.例えばノーベル賞をどんどん受賞する状態になれば「財務省ごときがつべこべいうな」といえるようになるのではないかと思う.シンプルでよいのではないか?

| | Comments (0)

自主財源の確保:国立大法人化の第二のテーマ

 1つ前の記載で,国立大学法人化の第一義(第1のテーマ)は自主管理組織からの脱却であったろうと記した.この記載では(私が思う)第二のテーマである自主財源の確保(財源の多様化)について触れたい.

財源の多様化は望ましい

 私はもともと,国立大学の民営化に賛成だった.理由は単純であり,「金は出せ,口は出すな」はあり得ないからである.独立した存在であるためには財源は自前でなんとかするしかない.現に今の国立大学は文科省にしがみついて(抱きついて)いるから,政府のいうことは丸呑みしている.
 個々の大学のすることを指定する能力は,国にはない.だから国立大学を独自の法人にする必要があったはずである.大学は自由な判断で競争的に動いてこそ,自らのニッチを見つけて存在感を発揮できる.そう考えれば財政基盤でも政府から自由になった方がよい,と私は思う.かつて教育関係で最も活動的だったのは予備校ではないかと私は思う.なぜかといえば,予備校は文科省の傘下になく,しかも厳しい競争を生き抜いてきたからである.国営企業や国に指導(保護)される業界は発展した試しがない.
 それでも,国立大学には運営費交付金以外でもいろんな旨味が国から出ている.だから国への依存はやめられないだろう.しかし国への依存度は低い方が望ましい.国に全面的に依存した場合,国の財政が悪化すれば大学が潰されても仕方ない.リスク分散の観点からも財源の多様化は望ましい.

埼大での印象

 2004年に法人化した際,少なくとも埼大において,私はさしたる変化は感じなかった.唯一感じたのは「金がなくなったようである」という点である.運営費交付金が効率化係数によって年々下がって行くことには誰もが危機感を覚えた.当時の学長からは矢継ぎ早に「金がない」というメッセージが出ていた.
 この状況の変化に対し,大学は節約で反応した.多少時間のラグはあったかも知れないが,大学はひどく吝嗇になった.冷房の設定温度が抑えられたのはまだよいとして(私の在職期間の大半では大学にはエアコンなどなかった),電灯が消えて廊下が暗くなったのには驚いた.そのうち通勤の定期券を見せろという話になったときには「なんとアホな」と馬鹿らしく思ったものである.学長からは「今はひたすら耐えるときだ」という趣旨の発言が伝わってきた.
 交付金削減に対して節約しか出てこなかったのは,今から思うと,文科省から法人化の意味を伝えられていなかった,あるいは伝えられていたとしても理解していなかったからなのだろう.「財源の多様化」を政府が言い続ける今日の視点で見るならば,交付金が減額されるスピードで自主財源を増やすように努めろ,ということだったように思う.
 
政府予算の問題でもないだろう

 大学の財政状況を政府のせいにするのはどうか,という気が私はしている.
 日本の政府による教育予算がOECD諸国の中で最低水準,という話を今でもいう人がいる.もともと文科省が予算獲得のためにいい始めたことである.この件に関して,私はむしろ財務省の説明の方が信憑性があるように思う.概して日本で教育予算のGDP比率が低いのは,人口構成の中で生徒・学生の年齢層の比率が低いためである.一人当りの支出のGDP比率を見るとOECDの中でも高い方になる.そもそも「教育予算」とは大学に配る金の話ではない.大学の場合,教育費に占める政府支出の比率はおそらく低いが,この点は学生の大半が私立大学に通うためだろう.国公立大学の国際比較では,学生1人当たりの政府支出は先進国の中でもダントツに高い.だから国際比較で国立大学が文句をいう筋かどうか,疑問に思う.政府の科学技術予算自体は先進国の中でも良い水準にある.政府が国立大学に出している予算は増えている.また法人化を経て上位大学に予算が集中した訳でもない.むろん,交付金とは別の補助金は,競争的であるから,上位大学が獲得しているのだろうと思う.ただ競争が悪いともいえない.
 いってみれば,法人化後,国立大学は大勢で,内部では節約に励み,外に向かっては政府に金をくれといってきた.が,政府の方は財源を多様化しろ,といっている,という構図のように思える.

財源の多様化は果たせているか?

 もともと国立大学の収入はほとんどが政府による交付金だった.学生納付金を大学の収入に数えることになったのは法人化後のことのように思う.法人化後は,大学の財源を,政府の交付金,学生納付金,受託研究収益等,寄付金,資産運用益,などで多様化することが求められている.
 国立大学の収入は交付金と学生納付金が大半であり,それ以外は取るに足らない,と私は思っていた.ちなみに平成30年度の埼大の財務諸表によると,交付金と学納金の合計額は埼大の収入の83%である.むしろ17%をよく工面できたなと思う.私が退職した頃には寄付金集めでも埼大は頑張っていた.それでも交付金と学納金が収入の大半であることは変わらない.
 が,財源の多様化の現状は大学によるようである.
 財務省の資料を見ていたら,例示の中に東大の収入の内訳が載っていた(2017年度の数字と思う).その資料によると,東大の収入は40%が運営交付金であり,運営費交付金の比率は高いものの,学生納付金は9%,研究受託収益等が学生納付金の3倍の28%,寄付金が学生納付金の2/3の6%,資産運用益が4%,その他が12%とあった.東大の場合,大学院重点化しているから,大学規模の割には学生数は少なく,学生納付金の比率が低い.また,別途,東大の財務諸表を見ると,その研究受託収益等を超える病院収入がある(財務省の資料では国際比較のために病院の収入は入れていないかも知れない).こう考えると,東大の場合,運営費交付金の比率が高い点を除けば,結構,財源の多様化はしているように思えた.
 東大の,学生納付金の3倍の研究受託収益というのは,埼大では考えにくい.そこで,埼大,茨城大学,東大の3大学につき,財務諸表から研究受託収益等(共同研究収益を含む)を調べてみた.本来なら平滑平均をとるべきであるが,面倒なので平成18年度と平成30年度の2時点だけを調べた(東大と茨大は平成16年度からの財務諸表をサイトに掲載しているが,埼大では平成18年度からの諸表なので,平成18年度を選んだ).
 その結果の要約が図の棒グラフである.図の注釈に書いたように,東大の場合は縦棒の高さを1/100にしている.同じ縮尺でグラフにすると埼大と茨大の縦棒が横線になってしまうからである(ちなみに,財務諸表の金額表記は,埼大と茨大では千円単位なのであるが,東大では百万円単位である).

190925

 図を見て感じるのは次の2点である.
 第1に,東大の棒の高さが1/100であることを考えると,東大は埼大や茨大とはまったく別種の大学だという点である.受託研究を集める基盤に差があり過ぎる.こんなに差があるとは思わなかった.
 第2に,何れの大学でも平成18年度と30年度では受託研究収益は上がっているけれども,茨大が1.8倍,東大が1.7倍に伸びたのに比べると埼大の1.3倍はやや足踏みしている感がある点である.
 埼大には受託研究で財源の多様化を果たすのが難しい要因があるのか,仮にそうだとしたら理工に投資する戦略が今後もあるのかどうか,もっと別の道を考えるべきなのか,その判断はあってよいのだろうという気がする.

財源の面では国立大学は二極に分解するのではないか?

 国立大学の財源の多様化は今後も進むのだろう.そのための学長リーダーシップであり,大学の中期目標として当該中期期間中に受託研究収益や寄付金,資産運用益を何倍にするという数値目標が入るべきだろう.
 今,内閣府を中心に国立大学の自主財源確保を促進するための制度整備,具体的には間接経費の枠組みや寄付免税などの措置が図られるものと思う(既に済んだか?).これらの制度整備によって,何れの国立大学も一定の財源多様化は進むのだろう,とぼんやりと思う.
 ただ,上で触れた,受託研究収益の格差,地方国立大と東大などの上位大学との現状での格差を考えると,自主財源のための制度整備で今後自主財源の確保を伸ばせる程度は,上位大学の方が高いと考えるのが自然のように思う.その意味では,財源の多様化の程度が高い上位大学と,学生納付金への依存度を高める下位大学に,濃淡で中間的な国立大学はあるのせよ,分化して来るのではないか,という気もする.
 ただ,そうなっても埼大を含めた下位大学の財源が苦しくなるとはいえないのではないか,埼大はハッピィになる可能性があるのではないか,という楽観的な見方を私はしてしまう.この点については,気が向いたら後日,私の素人判断を書いてみたい気がする.

| | Comments (0)

国立大法人化の第一義は自主管理組織からの脱却ではなかったか?

 少し前のこのブログで,京大の山極総長が「国立大の法人化は失敗だった」とインタヴューで述べたことに触れた.山極総長は「(国は国立大学を)単なる財政問題として処理した.国の財政が悪化している.その責任を法人化して各大学法人に押し付けたのだ.」という.この「単なる財政問題」といういい方は,私の記憶では,法人化の当初から左巻きの方々が口癖のようにいっていたことである.確かに,時間の経過からいえば,法人化後に最初に目に入った大きな出来事は運営費交付金に当時の「効率化係数」がかかるようになったことである.
 しかし,単なる財政問題として処理するのであれば,国は国立大学を民営化すればよかった(私は今も民営化すべきだと思っている).しかし国立大学は民営化の方向には行かなかった.運営費交付金は減額されても,国から国立大学に出ている支出の総額はその後も増えている(個々の大学が増えたか減ったかは別である).だから国立大学法人化とは何だったのか,簡単には割り切れない.
 私は30年以上埼大に勤務しており,在職期間の長さで見れば「国立大学時代:法人化後=2:1」である.国立大学の期間の方が長かった.しかし今50歳くらいの教員であれば,在職期間のほとんどは法人化後であり,国立大学時代はあまり記憶にないように思う.後でいうけれども,大まかには,法人化して国立大学は良くなったと私は思う.
 この法人化とは何であったかというと,実のところ複雑である.法人化後,国立大学は,様々な面で国から変化を求められた.求められた変化のどこまでを「法人化」と考えるかも難しい.在職期間中の感じからいうと,国大は次から次へと変化の求めに遭遇し,その1つ1つへの対応にばかり目が行っていたように思う.だからこの間の経過を鳥瞰することは,(他の方は知らぬが)私にはなかった.
 既に私は退職し,国立大学がどうなるかに個別的な利害がない.そこでぼんやり過去を振り返りながら,法人化後の変化はどのように図式化できるのかな,と自動思考した.

 結論を先にいえば,国立大学の法人化とは次の3つのテーマの複合ではなかったかと思えてきた.

1.自主管理組織からの脱却(経営できる組織となること)
2.自主財源を持つこと
3.パフォーマンスを上げること

この3つであるとすると,国立大学の法人化は「もっともなこと」のように思えて来る.

1.自主管理組織からの脱却

 国立大学時代は「大学の自治」という言葉をよく聞いた.みんなが口にした.しかし法人化後を見ると,「大学の自治」という言葉が発せられたのは法人化後初代の田隅学長の時代が最後だったろう.その後の実態は「大学の自治」からは明らかに遠い.国立大学は文科省にしがみついたからである.いや,実態は自治に近いかも知れないが,表立って自治という人はいなくなった.
 前にもこのブログで書いたが,「自治」とはコミュニティなどの「基礎社会」の運営に使う言葉である.しかし大学は社会への貢献を目的として作られた組織である.組織には「自治」ではなく「自主管理」というのが正しい.
 もともと日本の大学は「大学の自治」と称して,「教授会自治」をしていた.教授会は部局の範囲で存在するから,要は部局自治(部局自治管理)であった.自治の担い手に学生や職員がいないのは,古代ギリシャの民主主義が奴隷制度の上に成り立ったのと,同じではないが似ている.
 考えてみると国立大学への予算は教官当り積算校費と学生当り積算校費にプラスアルファしたものであり,全体から共通の経費(埼大では三部局経費などといったように思う)を吸い上げるとしても,予算は部局に半ば自動的に割り当てられていたように思う.国立大学(の部局)は設置を経て国が運営することになっていたから,大学としての判断はなかった訳ではないけれども,基本は部局がそのまま運営していればよかった.
 この状況で,「教授会自治」の考えが部局を他から保護したといえる.そういう事案が埼大であったとはいわないが,例えば何らかの不祥事があっても,学部の教授会が了とすればそれで済んだ.
 だから,例えば某研究科でとある問題が出たときも,時の須甲学長は何とかする意思はあったろうと思うが,部局自治の壁を崩せなかった.あの件は今なら単純なパワハラ案件であるから,部局の外から全学で処理できた可能性が高いように思う.
 教授会自治をしていた自主管理組織としての国立大学の中で(実は私立大学も似たようなものであるが)生じたのはゲーム理論にいう「暗黙の協調」だろう.互いの利害を尊重するという仁義である.この仁義はある意味で美しいけれども,いったん設置されたところの既得権益を守るということであるから,本来の経営判断とは両立しない.なすべき変化を引き起こせない.結局,本来は組織の従業員に過ぎない大学教員の福祉向上が,組織目的に優先してしまったことになる.
 大学全体だけではなく,部局の中も似たようなものである.私がいた埼大教養学部なども,もっと良い組織配列はあるのだけれども,結局は実現できない.実現させるだけの政治的資源が部局長にもないのである.
 環境に応じた望ましい変化をするためには,どうしても自主管理組織を脱却する必要があった.法人化の第一義は,その自主管理組織からの脱却であったというべきだろう.むろん,学長権限が強い現状でも,実態としては自主管理組織を脱却できたとはいえない.しかし以前よりは良くなったように思う.
 私は,最近数年間の流れの中で,埼大も新部局を作ってみるべきであったろうと思う.そう思う理由は(第1の理由ではないが),現状を変える経営判断をする経験を持つことに意義があったことである.

(続く)

| | Comments (0)

群馬大学の総合情報学部

総合情報学部

 群馬大学が理工学部の情報系と社会情報学部を合体して総合情報学部を作る,という風聞があった.風聞の通りなら入試の宣伝を兼ねて夏に群馬大学サイトにお知らせが出るであろうと思った.けれど総合情報学部に関する記事は群馬大学サイトでも見つからなかった.
 ネットでメディアの記事を検索してみたけれど,それらしい記事は見当たらなかった.唯一の例外が桐生タイムズWeb版に載った今年2月8日付の記事である.群大理工学部キャンパス地元の桐生ではローカルな関心が高かったのだろう.総合情報学部は2020年開設を予定したけれど,少なくとも1年延びる,とある.その間に教員の同意を取り付けるための話し合いをする,ということらしい.評議会,経営協議会,役員会は既に通っているとのことである.だからこの計画が覆る可能性は低いと想像する.
 念のため群馬大学の教職員組合のサイトを眺めてみた.今年3月4日発行の組合ニュースでは,2月12日の,大学執行部と組合執行部との団体交渉の議事録のようなものを載せている.詳しさからいうとまさに議事録であり,こんなものを組合がそのまま公開するというのは,埼玉大学では考えにくい.群大は組合が強いのだろう.この「議事録」の冒頭で総合情報学部に関するやり取りがある.話の骨子は桐生タイムズの記事と同じであるが,組合ニュースの方が生々しいことを書いている.簡単にいうと社会情報学部の教員が引いているようである.
 この総合情報学部のような展開はある意味,よくある話と思う.けれども,今後の国立大学ではより多く起きるだろう.また,教訓を含んだ,ある意味で典型的な事例であるように思う.だから,失礼を顧みず,ここに書いてみたいと思った.

組織としては合理的な判断のように思える

 群馬大学は既に,宇都宮大学との間で共同教育学部を設置している.両方の大学の教育学部を共同にした,ということである.たぶん,現時点では無理をせずに,双方とも基本的に今のまま,一部で資源を共有化する,という措置をとっているだろう.ただ,今後の外的環境の変化に応じて,将来的に踏み込んだ措置をとる基盤を作った,ということかも知れない.
 共同の教育学部に加え,理工学部の情報部門と社会情報学部を合体させて総合情報学部を作るということであるから,群大は動きが速い.
 計画された総合情報学部の内部組織,特徴が何かは,公式情報がないので,分からない.今の段階でこの種の学部を作るとすると,AIやデータサイエンスに対応するのだろうと思うが,正確な情報はない.ただ,AIやデータサイエンスは,政府が現在の大学システムでは賄えきれない需要を想定しているほどだから,何らかの形で対応することにはなるのだろう.
 あくまで計画がきちんとしていることが前提ではあるが,群馬大学という組織にとって,総合情報学部を設置することは合理的な判断であるように私には思える.
 桐生タイムズ記事によると,新学部の片方の当事者は理工学部の電子情報理工学科である.しかし理工学部の中身を見ると,電子情報理工学科は内部が電子電気と情報科学に分かれている.埼大工学部では情報工学科がまとまっているのに比べ,群大では情報が学科ですらないのである.また,素人考えかもしれないが,情報に関する人員が別の学科にもいるようにも見える.おそらく埼大工学部の方が内部がよく整理されているだろう.少なくとも情報分野が外に見える形にはなっていない.今後の需要を考えれば,新部局として,情報を見える形にすることは望ましいことだろう.
 もう一方の当事者である社会情報学部は,埼大教養学部よりも規模が小さい学部である.私が知る限り,この学部はかなり健闘している.私が関連する分野では,公開のセミナーなども定期的に開催し,学会経由の広報にも努めている.教育上のプログラムにも工夫がある.毎年入試の時期に私は確認しているが,少なくとも一般入試では埼大教養学部よりも良い志願倍率を維持している.
 とは言いながら,大変失礼で恐縮なのだが,旧六より下の地方国立大の,規模の小さい文系(の多い)学部は,残念ながら埼大の教養学部も含めて,国際教養大学のような強い特色を持たない限り,どうしても羊頭狗肉にならざるを得ない.実質的に良い教育研究をしていると確信するけれども,厳密に考えれば教育の分野別質保証も難しい.だから,大学内で合併をするか,大学間で共同運航する以外の終着駅はないだろう.特に学生定員の大幅削減を見込むなら,である.
 ディプロマポリシーを見ると群大の社会情報学部は情報を軸にして設置されているようであり,データサイエンスに対応する教員もちゃんとおられる.しかし人員構成や同部局サイトの卒論テーマを見ると,実態はおおまかに人文学部ないし人文社会科学部に近い.
 あくまで計画がきちんとしていることを前提として,組織の立場からは,群馬大学で総合情報学部を設置することは合理的な判断(の1つ)であるように私には見える.

人はたまったものではない

 群馬大学の事情は情報がないのでここでは論じない.以下はあくまで一般論である.既存の部署を統合して新部局を作ることは,上記のように組織にとっては望ましいことが多いと思う.しかし,望ましいのは組織の立場に立つからである.人,つまり教員の側にとってはたまったものではないこともありそうだ.特に旧の部署をただ一緒にするだけでなく,これまでにない特色を入れ込んで整理するとすると(そうでなければ新部局を作る意味もない),教育研究環境が不都合となる教員が出て来て不思議ではない.
 大学教員は設置で決まった部局の特定のポストに就くことについての審査を経て雇用されるのが建前である.だから,着任時の環境を,受忍限度を超えて変えることは,大学側の契約違反になるだろうと私は思う.埼玉大学では教員が同意を経ない配置転換をしないという労使間の合意を組合がとっているはずであり(他大学も同様かも思うが),この合意は少なくとも組合加入の教員には適用されるはずである.
 既存部局から新部局への配置換えを強いるべきでない事情は少なくとも2つある.第1は設置審査を経る場合の問題である.埼大の人社研の設置の場合,有体にいうと旧の2研究科をくっつけただけであり(だから設置審にはかからず事前伺いで済んだ),設置上の無理はない.設置審に進んだとしても当人のディシプリンで審査されるだけだったので,大きな問題はなかったろう.しかし新部局で新たな授業科目の担当を入れ込むような場合は,どうなるか,私は確認できていない.第2は,設置審査はOKとしても,新部局での課程担当が当人の専門からすると不本意なことがあることは,私自身の経験からも理解できる.
 その意味で,経営側は改組を自由に判断できる訳ではない.経営側からすればこの点は経営への拘束になるけれども,仕方ないのではないか.
 新部局を純増で作れるなら苦労はない.だが既存部局から新学部の資源を捻出するのは一般論として難しい.埼大はできないでいる.
 既存部局と多少とも関連のある部局を使って新部局を作る場合,大学という組織にとって一番効率的なのは,旧部局を廃止し教員を解雇し,新部局を作って新規に教員を雇用することである.旧部局にいた方を再雇用することもあるだろう.
 以前,アメリカの大学にいた方から聞いた話だと,アメリカではdepartmentごと潰すことがあり,その場合,テニュアがあっても教授は失職するという.そのような事例が実際にどれほどあるかは,申し訳ないが調べていない.
 しかし,そのような割り切った手法は日本の労働慣行では無理である.だとすると,無理なく(少なく)新部局を作る方法とは,同意の取れる範囲の既存部局の教員をコアにして,全学で新規ポストを捻出して作ることである.例えば全部局の退職者ポストをプールして新部局のポストにあて,時間をかけて部局にポストを「返済」する,という方法である.
 この方法を無理なく行うには3つの前提があるだろう.第1は大学全体の規模が大きい(少なくとも小さくない)ことである.規模が大きい大学であれば,1,2年分の定年退職者ポストを全学が借り上げることで新部局を設置できるだろう.定年退職者の不補充は,埼大教養学部は11年間強いられた.埼大教養学部の苦労を考えれば,1,2年の不補充など小さい不都合に過ぎない.第2は,大学執行部に,第1点を実行できるだけの力があることである.第3は,全学に広い分野をカヴァーする部局が配列されていることである.そうでないと,整理される部局に属していたけれども新部局に移らない教員の受け皿がなくなる.

学生定員の削減が改組を頻発させるだろう

 既存部局を使って新部局を作る事例は今後増えるように思う.最大の要因は学生定員の大幅削減があり得るからである.自民党の教育再生実行本部高等教育部会の主査をしていた渡海紀三朗代議士(元文科大臣)は,昨年のインタヴュー記事で「少なくとも(現状の)半分」と発言する.「半分」だと大変なことであるが,国大協が学生定員の現状維持を表明するにもかかわらず,徐々に削減に向かうことは国立大学も織り込みつつあるだろう.
 学生定員が縮小すれば,特に規模の小さい地方国立大学は存在感が低下し過ぎる.統合の方向は模索せずにはいられないし,大学内か大学間かは問わず,必然的に部局再編は付いて回る.
 私の勝手な予想であるが,学生定員を減っても,教員減を伴う予算措置になるとは限らないだろう.教員減は研究力の低下を直接もたらす.そのことは政府も避けようとするような気がする.むしろ学生と教員の比率の改善に向かわせるように思う.ただ,学生数が落ちれば学生納付金は縮小するから,埼大のように学生納付金への依存度が高い国立大学は苦しくなる可能性がある.
 上位大学では,大学院重点化で院生を増やしたことが失敗であった,という意見がある.院生が増えすぎて望ましい人材養成ができず,研究時間も削がれた,という主張である.少なくとも指定国立大学法人では学生数と予算のリンクは外してくれ,という本音も出ている.
 大学院重点化ごっこをして修士の学生数を増やした埼大の判断はどうだったのか? むろん「学生に実験キットを与えて作業させれば研究成果は出る」と主張する分野もある.埼大がそのような労働集約的な研究をしているなら,院生を増やせば研究成果は上がるのかも知れない.

| | Comments (0)

学長は4年も経つと飽きられる

疲労感

 「埼玉大学『次の6年を考える会』」というブログに久しぶりにアクセスしてみた.随分と記載が増えた,と思った.「次の6年」とは,今年が次の6年任期の学長を選ぶ年であることにちなむのだろう.このブログに書いてあることには,もっともと思うこともあるし,思わないこともある.ただ,意見が流通することは健全なことである.埼玉大学の現執行部を名指しで批判するような記載はないと思う.
 記載を眺めながらいろんな感想が浮かぶ.あくまで印象レヴェルで思うことの1つであるが,今の執行部に対する疲労感が出ていると感じる.
 まあ仕方ないのである.私の経験では,学長は特に悪い訳ではなくても,4年もすれば教職員に飽きられる.それでも,以前は4年ないし2年経つと学長「選挙」があり,その選挙がお祭りのような要素があるから,結果のいかんにかかわらずある程度気分が晴れる.そんなことの繰り返しで疲労感を回避してきたところがある.しかし今の学長さんが就任したときから実質的な「選挙」はなくなり,学長選考は別世界で行われるようになった.そのうえ今後は6年変わらないと分かっているのだから,大学運営から教職員が(初期マルクスの意味で)疎外を感じて不思議はない.

 これまで学長はある意味で救世主として現れ,4年も経つと飽きられる,ということの繰り返しだったと思う.

法人化初代学長

 法人化初の学長である田隅学長は,学長への挑戦2度目で学長に就任されたのであるが,その2度目についてはある意味で救世主として登場した感がある.
 第1の意味は,埼大を群玉統合から解放する救世主としてである.それだけ統合を嫌がる向きが多かった.田隅先生支持の理学部の先生からは,「群馬大学は医学部・大学病院の経費を埼大に押し付けようとしている.それを救うのは田隅先生だ」と何度も聴かされた.また教養学部でも,統合が嫌でこぞって田隅先生に投票したように思う.
 第2の意味は,田隅先生は「部局自決主義」宣言をされており,兵藤学長の「全学で動く」志向を否定されたところがある.内心では,部局の先生には有難かったのである.
 以上の2点だけでも,埼大の教員は田隅先生に随分と恩義があったはずであるが,喉元を過ぎるとその恩義をころっと忘れてしまった.
 第3の意味は,これまた理学部の先生から何度か聞かされたことであるが,「田隅先生は力のある方であるから,今の苦しい埼玉大学を何とかしてくださる」という趣旨のいい方だった.こういう「何とかしてくださる」という感覚は文系の教員にはまずないけれども,理系ではこういうメシア信仰が出て来る素地があるのだろう.そもそもサイエンスは,神が作り給もうた自然の秩序を解き明かすことにあるから,本質的に神がかりと隣り合わせなのかも知れない.オウム真理教に理系の人が持って行かれたのも頷ける.
 第4の意味は,大大名の教育学部が,その命運を田隅候補に賭けていたことである.
 まあ要するに,埼大全体ではないけれども,かなりの範囲の受け取り方として,田隅学長は救世主として登場されたように思う.それが4年すると飽きられたのだから,世間は冷たい.
 次期学長となる上井候補擁立に加わった私が今さらいうのも白々しいが,私は内心では学者らしい物腰の田隅先生は嫌いではなかった.魅力もある.また事績が悪かった訳でもない.ただ田隅学長では,当時の(職員は分からないが)教員側の気持ちが持たなかったのである.

法人化2代目学長

 法人化後の2代目学長は,田隅学長のような意味で救世主として現れた訳ではない.「上井学長が何とかしてくださる」とは,支持者も思わなかっただろう.その点は,上井学長は全学の話し合いの中心になる,という理解で擁立されたからである.救世主という意味があるとすれば「田隅学長からの解放者」という意味だったろう.
 少なくとも経済学部と教養学部には上井学長への(大きな)不満はなかった.だから全学も同様だろう,と当時の私は思っていた.それだけに,上井学長4年目の学長選考の折に,現状への強い不満を表明して山口候補(現学長)が現れたことにはやや驚いた.おそらく,文系では上井OK,理工系では上井は嫌,というのが大まかな分布だったように思う.
 上井不支持を表明する理工系には私は疑問を抱いた.上井学長は「全学の話し合いで行きましょう」といって登場している.だから,そんなに不満があるなら全学の会議でちゃんといってくれないと困るのである.私は,山口候補が口にした不満を,全学の会議で,山口候補から聞いたことは記憶になかった.
 ただ,上井学長の4年目当時に私が漏れ聞いたところだと,職員側から上井不支持の声が随分とあった.そんなに評判が悪いとは,私は思っていなかったのである.やはり飽きられたのだろう.
 もっとも職員側の反応も一様ではなかったように思う.山口候補に付いた職員の上の方の方とは考えが異なる職員も少なくなかったからである.
 上井学長の4年目で行われた学長選挙では上井候補が辛勝した.しかし選挙後の学長と理工の協議では,全面ではないが,理工のほぼ勝利だったように思う.そのままの流れで法人化後3代目の山口学長が生まれたのである.この結果から遡って考えると,上井学長の4年目で山口候補が勝った方が,話がすっきりしたように思えてならない.

現学長

 法人化後の3代目学長,つまり山口学長については,救世主として期待されたかどうかは私には分からない.実質的には選挙はなく,推薦の議論もあいまいだったからである.形式的には選挙もあったのであるが,候補者一人の選挙であり,山口候補以外を書くと無効になる,つまり信任投票にもならない変な選挙だった(むろん時の規程に沿った措置であり,規則上は正しい).私は無効票になるのを承知で教育学部の坂西先生の名前を書いて出した.ああいう人が学長だと嬉しいと,本音では思っていたからである.
 ただその2年前,上井学長の4年目での学長選挙の際には,本格的な選挙戦があった.そして理工の支持者からは山口先生は救世主と思われていただろうと思う.その頃,ある全学会議に出ていた同僚が私に伝えるに,会議の席上,理工の先生が「山口先生は最後の砦だ」といって持ち上げていたという.「最後の砦」という言語感覚に私は思わず失笑した.山口先生が「最後の砦」なら「既に陥落した砦」は何なんだ,とツッコミを入れたくなる.ただ投票に向けた支持のとりまとめをしていた方がそのように表現していた,ということなんだろう.やはり理系だから,メシア信仰というか,観音様を拝むようなニュアンスがある.文系,特に人文系の人は,文字通り人間中心主義だから,その種の信仰心は薄い.
 その現学長であるが,私が最後に教養学部長をしていたのは確か2015年,山口先生が学長に就任されて2年目だった.私の感触では,その時点で教員といい職員といい,少なからず「学長疲れ」が出ていたように感じた.学長2年目であるが,山口先生が理事になってからは4年目である.山口学長が理事になった当時,学長は上井先生だったけれど,実質的な学長は山口理事だと学部執行部(私は入っていない)は思っていた.あるいは,山口・加藤理事の二頭政治といってもよかった.その意味では,山口学長の2年目で「学長疲れ」があることは,「学長4年目の法則」に合致しているように思える.私が学長選考会議で学長の任期を一律に6年とすることに反対したのも,それ故である.

学長が良いか悪いかではない

 やっていることが良いか悪いかという問題でもないのだろう.学長は決済事項も多く,何がしかの癖があるから,ある程度続くとその癖に合わせるのに下の者は疲れて来る.今までは適度な間隔で「学長選挙祭り」があり,それで主に教員は気分が晴れる面があった.しかしこれからは,不測の事態を除けば学長は6年続く.しかも学長選考が教職員の気持ちとは離れたところで行われることになる.だから,それが規則上は正しいとしても,組織内の人間の気持ちは晴れない面が出て来るだろう.このようにして続く大学運営という,未体験のゾーンにこれから入って行くことになるんだなぁと,しみじみ思う.

| | Comments (0)

「新」年俸制

 今後導入される予定の新年俸制がどうなるか,という興味で感想を書いてみた.

新年俸制

 少し前に年俸制が導入されたのは2014年前後であったと思う.その時にほとんどの国立大学は年俸制を導入したけれど,適用者は一部に過ぎなかった.その後,国立大学の給与は原則年俸制にする方向で政府は動いてきたように見える.昨年の今頃は2019年度から順次,少なくとも新規採用者は年俸制にする,という話がメディアに出ていた.新たに導入される年俸制を以前のものと区別して「新年俸制」と呼ぶ人もいる.
 その新年俸制のガイドラインが,昨年の秋に出るという話があったように思う.先日ネットで検索したら,それらしい文科省の文書「国立大学法人等人事給与マネジメント改革に関するガイドライン」が今年の2月25日の日付で出ているのを見つけた.この文書が件のガイドラインかと思うが,違っていたら御免なさいである.
 ガイドラインが今年の2月頃に出たということは,各大学で本格的な議論が出るのはこれからなのだろう,という気がする.学内で議論が出ていれば,何れかの大学の組合関係のサイト記載が検索で引っかかってもよいように思えたからである.

各国立大学は新年俸制導入に動くだろう

 このガイドラインをざっと眺めてみた.第1印象として感じたのは,思ったよりラディカルさが薄いことである.
 第1に,月給制の特徴だった定期昇給を容認している.ガイドラインで例示した4つのモデルのうち最初の2つ(①と②)では,わざわざ図の基本給の部分に「毎年度昇給」という説明を入れている.「昇給の考え方」の項でも,「評価の結果によっては、昇給せずに基本給が据え置きになることを想定した仕組みを取り入れることも可能である。」という文言を入れている.つまり「普通は昇給する」ということだろう.
 第2に,退職手当を「月給制と同様、国家公務員であると仮定した場合に計算される額(「再計算の額」)としており,各国立大学には、これまでと同水準の退職手当相当額が措置される」とはっきり言っている点である.少し前まで,退職手当をどうするのかがハッキリしていなかったように思う.以前の年俸制は退職手当分を年俸に含める方式であったため実施するにも財源の確保ができず普及に制約があった.その制約を退職手当と年俸を切り離すことで解除した.この点が新年俸制の最大の特色だった.
 文科省の「悪」知恵が発揮された結果かも知れない.元来はもっとラディカルな年俸制が想定されたと思うが,文科省は普及率を確保できる,教員が受け入れやすい方式,つまり月給制に近い方式をあえて例示してきたのだろう.
 このガイドラインを見る限り,各国立大学とも,新年俸制を導入する方向で動くことになるように思う.特に,年俸制の普及の度合いが評価され,交付金に影響を与えるから,予算に釣られやすい大学は,新年俸制の導入に積極的になるかも知れない.
 組織の在り方を考えると,教員の給与システムは年俸制で統一するのが正しい.年俸制と月給制が混在するのは,人によって適用される法律が異なるようなものである.秩序感を損なう.また,2つの給与システムが並走するなら,両者のバランスを確保するのが難しい芸当になるだろう.しかしその難しい芸当をやるしかないのかも知れない.
 
新年俸制の設計

 上記のガイドラインを見る限り,新年俸制の設計の仕方にはかなりの幅があるように思う.新年俸制の外枠は全学執行部が設計し,学内諸会議の議を経,また何れかの段階で過半数代表/組合と協議することになるのだろう.どのような設計になるかは見どころのように思う.
 ただ,大きいのは外枠より,教員評価をどうするかという方だろう.教養学部の例でいうと,教育,研究,社会貢献,行政の領域ごとに教員の個人評価を行い,(月給制の下での)昇給は,領域ごとの上位者に大きな昇給枠が回るようになっていた.しかし年俸制の下では昇給の配分をどうするのか? 教員をエフォート配分で区分し,領域にウェイトをかけて評価するのか? また,私が眺めた期間でも,評価にはかなりの疑問が残ることが多かった.研究評価は単純そうに見えるが,それでも何を学術的な業績と見るかは考え方による面がある.なるべく理系の方式に集約できるとよいけれど,そうもいかないだろうし,文系の場合,分野ごとの人数が少ないから,まったく異質な分野の人を無理に共通に評価する面もあったと感じている.教育の評価も,差が出るのは主に指導学生数による部分である.しかし学生数の寡多は本人の力量よりは分野によることが多い.例えば同じ歴史学でも(少なくとも学部では)西洋史・東洋史より日本史の学生が多かった.また英語以外の外国語の修得が前提になるなど,ハードルが高い分野は,学生数は見込めない.それで給与に差ができるのはどうかと思う.
 年俸制で業績給の部分が大きくなるとすれば,(主に部局に任される部分と想像するが)評価の方法をどうするかがかなり難しい判断になるだろう.
 おそらく最も辛くなるのが部局の執行部だろう.評価の手順がどうなるかは分からないが,旧来のやり方の通りなら,部局での教員の評価結果を持って全学と交渉しないといけない.場合によっては,全学が出した結果を持って部局の教員個人と交渉,とはいわずとも理解を求めなければいけない.月給制が支配的だった時とは異質な苦労に,部局長は直面することになる可能性が高い.次第に部局長は汚い仕事になって行くような気がする.

普通の人は年俸制より月給制を選好するだろう

 新年俸制を導入する場合,何れの大学でも,少なくとも新規採用者には新年俸制が適用されるはずである.問題は月給制の教員にどのように普及させるか,という点だろう.上記のガイドラインには「本人の同意を得て適宜年俸制へ移行することを推奨することで、段階的に適用者を増加させ、将来の全面的導入を目指す。」と記している.無理はしないという現実的な立場である.
 しかし無理をして,例えば即,全員年俸制,と打ち出す大学もあるかも知れない.特に評価で予算がかかわるとすると,何としても早期に全面的導入して予算を余計に取ることを執行部が目指す大学も出るかも知れない.埼大はどうするのかな,と思う.
 もともと年俸制はこの数年間,研究力強化と一緒に語られていた.研究力を高めるなら人を増やす必要がある,つまり若い研究者を多く雇う,そのための費用を捻出する,というのが発端だったように思う.そこで財源として目に入るのが,パフォーマンスが低いのに高い給料を取っている中高年教員の給与を抑制することだった.その抑制によって,例えばテニュアなしの若手をテニュアトラックで雇えば,人数が増えた分だけは少なくとも研究力が上がる,ということなのだろう.
 だから,大学の研究力を上げることが至上であれば,年俸制によって給与を厳しく査定し,余剰で若い研究者を雇う,という方法が考えられることになる.その手をよしとするかどうかは考え方だろう.組織の立場に立てば正しい判断かも知れない.
 ただ,年俸制がよいのは組織の立場に立ったときの話である.雇用される研究者個人にとっては月給制の方が有難い場合が多いだろう.
 年俸制が嫌なのは自分の処遇に対するリスクが従来の月給制より高いことである.特別な人を除けば,人は業績評価が何時下がるか分からない.もし月給制と年俸制で得られる報酬の期待値が同じであるとすれば,そして当人の効用関数が普通にリスク回避的であれば,個人にとっての評価はリスクの少ない月給制の方が高いのが理屈である.もし年俸制になったとして,評価が高い時の収入の増加分を評価が低くなったときの報酬低下を回避するために支出できるなら(掛け捨て保険),つまり比喩的にいえばリスクへのヘッジをかけられるなら,その方が有難いはずである.月給制とは,リスクヘッジをかけたときの年俸制のようなものである.だから評価が下がることがないと確信出来たり,リスク愛好的でない限り,人は月給制を選ぶと私は思う.普通に掛け捨てで火災保険に入る私は,年俸制ではなく月給制を選ぶだろう.
 にもかかわらず年俸制が施行されるとすれば,個人が自己努力でヘッジをかけて行く方策を考えるしかない.年俸制の導入は,組織に忠誠を誓えば処遇は後から付いて来るという古典的な組織感を大きく変えることになるのだろう.

| | Comments (0)

奈良女と奈良教育大の統合

 奈良女子大と奈良教育大学がアンブレラ方式で法人統合するという話は随分前から公表されていたように思う.しかし最近になって今さらのように新聞記事になったので,どれどれと思って両大学のサイトを眺めてみた.トップから入ると法人統合の記載に行き当たらなかった.別途,統合として検索して統合に関する説明のページに辿り着いた.
 私は埼大に着任する前に1年ほど阪神間に住んでいたことがあり,奈良には時折足を伸ばした.京都は見るところが多いけれども商業化が進んでいる.それに比べると奈良は牧歌的であり,街も人間的な規模である.旅行者として眺める限り奈良には良い印象しかない.
 奈良女子のキャンパスには,何の折かは忘れたが,入ったことがある.2度あるかも知れない.よく写真で見る昔風の建物が残っていて,その建物がこの大学のシンボルになっている.埼大の黄色いモニュメント,宇大の庭園のようなものである(その3つの中では埼大のモニュメントがイマイチである).
 ただ統合としては,この2大学に私は興味を覚えなかった.両大学はもともと師範系の大学であり,同じ県にあるのに,なぜ今まで一緒にならなかったかが不思議なくらいである.
 計画を見ると,案の定だが経営統合の側面は強くは出ていない.あくまで2大学を残すという計画である.ただ,新しいことを2つやろうとしている.1つは教員養成系の連携である.この点は新鮮でも何でもない.2つ目は奈良女子の方で(女性の)工学部の設置を目指す,という点である.もともと教員養成系大学には技術や家庭科の分野があるので,居住分野などで,工学部に近い方がおられるのだろう.教員養成系の連携で工学部のための原資も捻出されるのかも知れない.女性の工学人材を養成することには新しさがある.
 もともと興味をそそらない統合話であったが,統合によって新たな部局を創出する意欲があることは積極性として評価すべきことのように思う.埼大の場合,新たな部局を作る流れは創れなかった.時代に応じて組織が形を変えることは普通と思うが,既存部局が強すぎて,新たなものを作る原資を捻出する力が経営側にないのだろう.

| | Comments (0)

学長選考会議は学長公募をなぜ嫌がったのか?

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)がNatureのランキングで世界10位,日本1位になったといくつかのメディアが報じた.どれどれと思ってOISTのサイトを見てみた.正確にいうと,Natureの普通のランキングではOISTは高くないのであるが,(元指標の片方を)機関の規模でnormarizeした normarized rank で世界10位になった,ということであった.規模が小さい大学の場合,偶然的なアウトプットの増減で上昇したり下降する幅が大きいかも知れない.が,9位がプリンストン,11位がMIT,12位がスタンフォードであるから,大したものではあるだろう.
 東京を起点にした遠隔地で,強いミッションを持って頑張っている大学がいくつかある.このOISTもそうだし,中身は違うが秋田の国際教養大学(埼大と比較して有利な条件は何一つなかった)もそうだろう.そのような大学は気持ちとして応援したくなる.

 さて,ここで沖縄のOISTに言及したのは少し思い出があるからである.平成26年度の学長選考会議に私は教養学部長として出席していた.平成26年度であるから,学長任期を6年と決めた(私が反対した)年度の前である.その26年度に,私は「学長は公募にしたら?」といったのである.例によって賛同者はいなかったが,私のことであるから簡単には引き下がらない.話は次回に持ち越した.
 そのときにネットで検索してみた.国内で学長の公募をしている例は,なくはないが少ない.その少ない例がOISTだったのである.
 通常,公募は社会の正義であるから,公募といって「ダメ」という理屈はない.確かにナンチャッテのオッサン/オバサンばかりが応募してくることはあるだろうが,良い候補者がいなければ「該当者無し」にすればよいだけである.本気で良い人材を見つけたければやってみてよいだろう,と思った.
 しかし皆さん,嫌そうだった.普通であれば外部委員が「いいですね」といいそうに思えたが,そうではなかった.
 例によってであるが,理工応援の外部委員の方から反論が出た.理屈のない話であるから,中身は覚えていない.
 特に,私が「別に学者じゃなくてもいいでしょう」(お役人OBとか)といったらその方が顔を紅潮させて私を非難した.この方はその頃,山口学長を選挙無しで再任することを主張しておられたから,急に候補者を出されるのを嫌がっておられたのかなぁ,と後になって思った.
 最後まで賛同者はいなかったので,「まあ,公募せずとも,選考会議が広く人材を探せばよい,と考えましょう」といって公募の件を私は引き下げた.
 
 1つ前の記載でも引用した上山隆大氏は,そのインタヴューで,「(大学の)一体感を阻む学長選挙」を法人化の「齟齬」として生じたことの1つにあげていた.「選挙で勝った人は,当然,支持母体を中心にして学内行政をするから,競争的資金で取ってきたお金をどのように学内で循環させるかといった重要な議論は生まれない.」と述べる.
 実際に学長が選挙の支持母体を中心に学内行政をしたかどうかは,場合によるだろう.埼大の場合はそれほど露骨なことは少ないように思う.しかし,学長が重要ポストで遇するのは選挙(ないし選考)で功があった人であるのはずっと例外なく続いてきた.また,例えば教養学部が大幅な人員削減をくらった教員定数の再定義などは,そのときの学長さんの2度の学長挑戦で一貫して支持してきたのが教育学部であったという事情を考えないと理解しにくい.支持母体の考慮がなければ,多くの削減を出す部局の痛みを緩和する措置を考えたのではないか,と思えてならない.
 教養学部のような小さい学部は,学長選挙になってよいことはない.人数が少ないのだから,結果に影響を与えることは少ないのである.2代目学長の再選時の学長選挙で,教養学部は人数がこれこれで,まあ支持は7割程度だから,何票だな,といい,その何票で学部の重要性を認識されたという思いがあり,それで2代目学長さんにカチンと来た覚えがある.
 大学のミッションが何であるかを確認しつつ,そのミッションに適合する人材を選考会議が探すのがよいだろう.予め特定部局と結びついている方は,望ましくないだろう.
 思い出すのが,元文科省次官で,山形大学の学長になった結城学長である.結城学長を担ぎ出したのは医学部であったように思う.が,就任した後に山形の学部長さんからは「特定の部局と結びついている訳ではないのでやりやすい」という感想を伺ったことがある.だから医学部と結びついていた訳でもないのだろう(医学部はどう転んでも力は強い).お役人OBを学長に迎えるのは大学としての見識がどうか,ということは問われてよい.が,広く人材を探すことは見習うべき点もあるかも知れない.

| | Comments (0)

文科省は国大の法人化をどう考えていたのか?

 少し前の記載で上山隆大氏のインタヴュー記事に触れた.上山氏の議論はなかなか面白いと私は思う.上山氏の議論は,その少し前に山極京大総長が「法人化は間違いだった」といったことに対するコメントのような位置づけになる.法人化は間違いではないが,「齟齬があった」という表現をする.その「齟齬」の第1に上山氏があげていたのが「文科省が法人化の意味を伝えていなかった」という点である.
 文科省は「伝えていなかった」訳ではない.法人化に当たって文科省は国立大学と個別に協議したはずであり,埼大でも文科省のお役人の講演会をやり,私も聴きにいったものである.問題はおそらく,文科省が考えていた(そして国大に伝えた)法人化の意味と,文科省以外の政府機関が考えていた法人化の意味とが,同じでなかったということだろう.国立大学関係者は,私を含めて,文科省経由の説明には触れていた.文科省の説明が染み込んだ頭には,文科省以外の「改革を求める人たち」のいっていることがピンとこない面がある.その裏返しが,文科省以外の機関(省庁など)が国立大学に接したときの違和感であるかも知れない.相互に,国立大学について想定していることがそもそも違っていた,という可能性である.例えば上山氏は財源の多様化を重視する.文科省も財源の多様化をはかるようにいわなかった訳ではない.が,上山氏がいうほど重要な問題とは,国立大学の関係者は思っていなかっただろう.

 法人化の動きが出たのは2000年度より少し前の時期だった.当時は民営化を含め,国立大学に関するいろんな意見が出ていた頃である.独法化が避けられない情勢になったのは1999年だと思う.ただ当時から,独法化(後の国立大学法人化)の意味は大学では理解されていなかったように思う.
 その直後の頃から,埼大では独法部会なる会合ができた.教養学部からは評議員のお一人の他に,選挙で選ばれた私が出席していた.が,その協議の内容は私には呆れるものだったと記憶している.確か当時の副学長のお二人(ともに学内で知られた方である)が会議を仕切っていたと思う.だがそのお二人とも「呑気な父さん」のような話をしていたのである.片方の副学長さんは,独法化すると外部の人を会議に入れないといけないが,どこに入れると我々は楽か,などと話していた.おいおい,そういうもんか,と心で思った.独法化したら学長を教員の選挙で選ぶのはない,と私がいうと,もう一人の副学長さんは「学長くらいは私たちが選びたいよなぁ」と仰り,「今後も今のまま」感を漂わせておられた.そんなくらいだから,実際に独法化(法人化)する直前まで,独法化/法人化については,学内では no idea だったのではないかと思う.
 その独法化部会があった頃,教養学部では「文化政策騒動」がおきた.長くなるので説明は省略するが,この件も独法化/法人化という情報のない恐怖を前にした教養学部内のパニック反応だったといってよいだろう.博士課程がないと民営化される,すると潰れるから(民営化しても潰れることはないと思うが),マンションのローンが払えなくなる(だから「文化政策」だ)といった悲鳴が教授会でコダマしたのである(その博士課程と文化政策との関係もよく分からない).
 実態は,博士課程がないと困ることにあるのではなく,当時は法人化を前にした駆け込み的な概算要求の時期だったことが背景だったろう.だから事務局は概算要求に意欲的だった.1990年代から文科省は上位大学には大学院重点化で大盤振る舞いをしていた.その大盤振る舞いが下位の国大に下がって来たのである.だからほどなく経済学部が博士課程を設置し,教養学部も博士課程を設置し,宇都宮大学の国際学部も次の年度に博士課程を設置できた.教養学部は変なパニックを起こす必要はなかったのである.
 さて,国立大学の独法化が既定路線となったが,よく分からないうちに独法化は国立大学法人化に代わった.この法人化は,簡単にいうと独法化より管理が緩いのである.文科省としては,従来と実質的には変わらない形で収めてあげました,というところだろう.国立大学関係者は法人化で収まったことに手を合わせて感謝したはずである.だから当時の感覚がある人であれば「国立大学の法人化は間違いだ」という言葉は吐かないだろう,と私は思う.
 
 国立大学はこれまで政府に対して「金くれ」といい続けて来た.しかし国立大学法人を独法との並びで眺めるなら,独法の中には政府からの支出を受けていないものもある.公的な病院は,民間の病院では不採算の部門を多く抱えるにもかかわらず,独法化してから収支が改善されたらしく,また国立大学法人の中にあっても大学の附属病院はサービスも収支も改善しているらしい.だから独法全体を眺める立場の人たちから見ると,国立大学が「苦しいから金くれ」としかいわないのは異様に見えることは理解してよいだろう.むろん,研究と高等教育の重要性を考えれば,現状程度の政府支出が維持されるのは妥当と思う.しかし国立大学の財源を多様化することを通じて,高等教育支出を国立大学に直接渡すのではなく,(特に貧しい層向けの)奨学金に回すことが,社会の厚生にとってはより妥当であるように思う.

| | Comments (0)

リベラルアーツと教養教育

 私が直に見聞していた期間の埼玉大学では,口はともかく,教養教育を本音で大事なことだと思っている教員はほとんどいないように感じた.しかし今日,埼大教員の本音にもかかわらず,どういう訳か教養教育は大事という建前になっている.結構なことと思う.そして少なくとも私が退職まじかになった頃には,いろんなメディアにおける議論でも,埼大の中の議論,例えば経営協議会での議論でも,教養教育は大事なこととして扱われていたように思う.
 しかしいろんな話を伺いながら,教養教育とリベラルアーツをどのように定義して使っているのか,分からなくなることがよくあった.例えば「教養教育は大事だ」という発言があるとして,話が進行するうちに「リベラルアーツは大事だ」という言葉に代わることがある.つまり教養教育とリベラルアーツを同じものを指す言葉として使っている,と感じることが結構あった.
 私にとっては教養教育もリベラルアーツも,その意味は自明なものである.両者は混同しようがない,別個の概念だと思っている.私の語感が正しいという根拠はないのであるが,1つの感想として,私の語感に基づくリベラルアーツと教養教育の意味を書いてみようと思う.言葉の問題であるから論理的な正解はない.それぞれを定義して使えばよいだけである.

リベラルアーツとは純粋な学問の束を指す

 私が埼大に着任して間もない頃,米国に在外研究に出る機会があった.行った先で何かの機会に「大学でのあんたの所属は何か?」と聞かれた.日本にいると機械的に「教養学部」と答えるので,その英訳とされる Faculty of Liberal Arts と答えた.相手の方は「Liberal Arts はCollegeだろう.Department は何か?」と聞き返す.なるほど,どこに属するかはディシプリンを表す department で答えるのか,とそのときに学習した.collegeはuniversityの中の「学部」と訳するのが近いと思う.departmentは普通「学科」と訳する.しかし日本の大学の場合,米国との規模の違いがあり,学科は大ぐくりになっていて必ずしも米国流の,ディシプリンを表すdepartmentになっていない.日本ではしばしば「講座」をdepartmentと称するのはそのためである.教養学部の場合は講座も大ぐくりになっていて,返事をするのに私は迷ったと思う.何と答えたか,正確には記憶していない.
 ちなみに,埼大では,そのままdepartmentとして世界中で通るのは理学部の学科である.工学部もほぼ,通るのではないかと思う.目が当てられないのは文系であるが,少なくとも教養学部の場合は規模が小さいから仕方ない.
 言いたいことは,Liberal Arts とは,普通の用法では,College の一つの組織様式だということである.
 米国の普通の総合大学は,純粋な(応用ではない)学問領域を College of Arts & Sciences という所に集める.「教養学部」と邦訳することが多いが,「学芸学部」でもよい.この College of Arts & Sciences は,大学によっては College of Liberal Arts という.College of Liberal Arts & Sciences とも呼ぶ大学もある.物理学,化学,数学などの「理系」の学問分野がもちろん,経済学,心理学,ドイツの言語と文学,などの「文系」学問が属する.
 ちなみに,もともとはArtsは「人間が作ったものを扱う学問領域」というニュアンスがある.文学,戯曲,思想,歴史(もとは「物語」の意味だった)はみな,人間が作り,あるいは書いたものである.一方 Sciences とは,神が作り給うた秩序を扱う分野であり,物理学,化学,天文学,心理学などが属する.が,現状の意味としては,Arts は人文学(Humanities)を指すといってよい.Sciencesは所謂「自然科学」や「社会科学」が入る.心理学は日本ではしばしば「人文」に入れるが,Science なので,社会科学に入れることが多い.
 米国の州立のトップ大学であれば,そのCollege of Arts & Sciences は,日本の標準的な大学まるまる全体より大きな組織であるのが普通と思う.departmentの数が3桁になるのだから.
 この College of Arts & Sciences の外側に,実用的な,職業訓練的な学部(School)が置かれる.工学部(School of Engineering), 教育学部(School of Education),法学部(Law School,多くは大学院と思う),医学部(Medical School,大学院)である.
 このような背景を考えると,Liberal Arts(Arts & Sciences) は学問の純粋領域の束を表すと考えるのが自然である.古典的な自由七科(文法,修辞学,弁証論 (論理学),算術,天文学,幾何学,音楽学)は,いにしえのヨーロッパの上流階層エリートが学ぶ科目という意味であろうが,19世紀後半には多数の学問領域が生まれるのであるから,現状では7領域では済まない.が,その7領域の今日的な後継分野は,何れもCollege of Arts & Sciences に属するように思う(ただ実技の音楽は別だろう).なお「自由」とは,自由人が学ぶ事柄を指すと思う.職業訓練の学問は,上層エリートの目線で眺めれば奴隷の学問なのである.
 このような教養学部の基本は自由に科目を履修できるようになっている.というより米国の学士課程は一般に広く学ぶことが目的であると思う.専門は大学院,という発想で学士課程と大学院を切り分けている.日本の場合,コースワークを学士課程で行い,大学院で(実は学士課程の終わり頃から)研究室奉公をする.そこは日米の大学の大きな違いだろう.
 米国の学士課程の教育上の原則は「深さ」,「広さ」,それに「相互関連性」だろうと思う.
 「深さ」とは少なくとも1つの専攻(major)で深く学ぶということである.ただ専攻の修了要件は30~40単位と思う(授業時間数と単位数との対応は日本とほぼ同じであり,日本が米国をモデルにしたはずである).日本の場合,例えば教養の単位(語学を含む)が大綱化後は24単位程度に縮小したから,専門科目の単位要件が100単位くらいだろう.その100単位のほとんどは,入学した時点で決まった学科から取ると思う.そう考えると,米国の学士課程での専攻の単位数はずっと少なく,その分いろんな科目を取る自由があることになる.その自由の中でダブル・メジャーや副専攻を取る余地ができる.私の知り合いに,主専攻が社会学で副専攻は数学だった方もいる.日本でいう文と理を跨いで専攻とする人は結構いる.
 自由が多い履修であっても無意味な学習をする訳ではない.upper(コースナンバーで3,4年次と指定された)授業の比率に要件がかかるから,低学年用の科目の単位を集めて卒業することはできない.履修は自ずと系統だつ.また,「専門でない」から楽な単位取得ができる訳ではなく,単位取得が一般に日本より厳しく勉強時間も多いから,単位を取得すれば本人は意味があるだろう.
 「広さ」は文字通り広く学ぶことであり,仮に専攻関連の単位ばかりを取ったとしても,少なくとも(後述の)教養教育で広く学ぶことが要求される.
 「相互関連性」とは,自由に授業をとってよいけれど,例えば自分のキャリアを考えてとる授業を関連付けることが望ましい,ということだと理解する.自由に授業を選べるからアドヴァイジングが意味がある.日本の「専門課程」だと,学科の履修表で取る科目がほとんど決まり,悩みの相談は必要でも履修のアドヴァイスは必要ない場合が多いだろう.
 日本の大学の基準から考えると,こうした教養学部は「4年間の教養課程」と映るのかもしれないが,そう考えるのは浅はかである.College of Arts & Sciences は,物理学などの専門のdepartmentが多数集まり,その1つ1つが専門のプログラムを提供することで成り立っており,日本の教養部のような組織ではない.特定分野での専門性もmajorの形で保証する.そして教育の定評はむしろ米国が高い.
 私は文学部の学生だったから,Arts & Sciences の単位の取り方は自然に感じる.日本でも文学部は,小さな学科/講座/研究室が乱立し,その1つ1つはそれほど多くの授業を提供しない.学生はその中から好きな科目を取ればよい面があった,と思う.私の所属は社会学であったが,本郷の社会学の授業には(駒場に比べ)ろくなものはなく,まじめに履修はしなかった.歴史学の授業は今も記憶に残っている.お隣の心理学は動物行動学のような講座であり,生態人類学とともに理学のような雰囲気がある.数理系の授業は経済学部に取りに行った.だからかなりバラバラの授業の取り方だったように思う.まあ,埼大の教養学部と似ている.

リベラルアーツ・カレッジ

 所謂「リベラルアーツ・カレッジ」とは,College of Arts & Sciences/ College of Liberal Arts だけの(つまり実業課程を持たない)小さな大学である.主に私立で規模が小さく,少人数に徹したエリート教育をし,だから授業料は高く,多くは学士課程だけの,全寮制を基盤とした,アシスタントではなく教授がちゃんと授業を行う,教育中心の大学,というイメージである.規模が小さく,研究で名が出ないから,日本での知名度は低い.が,米国の有名人はこの種のカレッジ卒業であることが非常に多い.そこを卒業して有名大学の大学院に進学するのがよく聞くパタンである.日本のICUや国際教養大はこのようなリベラルアーツ・カレッジをモデルにしていると思う.
 よく「リベラルアーツが重要だ」と仰る人は,リベラルアーツ・カレッジのような教育を念頭に置いていると想像する.しかしリベラルアーツ・カレッジは維持にお金がかかるし,教員にとっては研究へのエフォートが低まるという欠点がある.卒業生に有名人が多いから寄付は集まるだろうが,企業との共同研究収入などは少ないだろう.
 大大学のCollege of Arts & Sciences とは規模が大きく違うが,内部の専門領域の構成の仕方は大大学のCollege of Arts & Sciences と変わりようがないと思う.
 かなり以前,埼大教養学部に,米国の有名州立大学で教え,テニュアもとった先生がおられた.彼は私が見たこともないほど優秀な方だが,私に「手作りの教育に魅力を感じる.米国のリベラルアーツ・カレッジのような.埼大教養学部はそういうことができるのではないか.」と仰ったことがある.

教養教育は大学生が持つべき最低要件の表現である

 現行の日本の大学の制度は米国の制度と似ている.先述のように1単位当りの授業時間の規定は日米でほぼ同じである.ただ日本では1セメスター週1回2単位の授業が主流で,米国では週2回3単位の授業が多いと思う.卒業単位数も日米でほぼ等しい.教養教育(General Education)の必要単位数も,米国と大綱化前の日本はほぼ同じだった(現状では日本の教養教育単位は縮小している).ただ,日本では外国語(主に英語)単位が教養教育に含まれると思うが,米国では外国語(英語以外)の単位が教養教育外となり,必修かどうかは専攻の指定によることが多いだろう.教養教育の単位中に作文(Composition)の占める単位が多いのは米国の特徴である.
 米国で単位数が多いのは,日本での「人文・社会・自然科学」単位数である.埼大ではその単位数が大綱化を経て半減した.その程度なら無くてよいと私は感じる.日本の場合,例えば「自然科学の科目中,何でも3つ」といった,スーパーの安売りのような規定になっているのが普通と思う.米国の場合,数学は最低何単位,生物/生命科学は最低何単位,という風に,細かく規定する.文系の学生が数物系科目を避ける,といったことは,普通は許さない.人文・社会科学でも重要な科目には必修要件を課す.日本の教養教育は「やりゃいいんでしょ」という感じだろう.
 教養教育の意味付けは2種類あるように思う.第1は専門課程のための準備教育だ,という意味付けである.米国の場合,Compositionが入るところは「準備教育」という面を感じさせる.ただ,writingは米国では常に重視され,専攻学生用のwritingの授業を別途準備している面もある.第2の意味付けは,大学生ならこの程度は最低知っていないといけないよね,という,最低要件の提示,である.日本では(戦前から大学であった大学の話であるが)戦前の大学予科や旧制高校が教養部になった経緯があるので,第1の面で理解している人が多いように思う.しかし第1の意味付けで行くと,例えば文系の学生は必ず「自分たちは数学とか,専門ではまったく使わないのに,なぜ履修しなければならないんだ」という不満を呼び起こす.この不満に説得的に抗弁することはできない.同じことは理系でも起きるだろう.私の考えでは,日本でも米国でも,第2の意味付けで教養教育は位置づいているはずである.

教養教育とリベラルアーツの関係

 教養教育とリベラルアーツは,既に述べたように別の概念である.が,関連はある.その関連故に両者を同義に使う人が出るのだろう.
 第1に,両方とも,学士課程教育の中で履修の「広さ」を確保するメカニズムである,という点である.そもそも学士課程は,米国はもちろん日本の大学の設置基準においても,幅広く学ぶものと規定されている.
 第2に,教養教育の科目は College of Arts & Sciences に属するdepartmentの専門科目のコースナンバーになっているのが普通である.教養教育の主たる材料は非実用的な純粋学問のリベラルアーツの科目から取っている.だから教養教育がリベラルアーツだ,というのは,間違いではない.リベラルアーツが教養教育だ,は間違いである.
 教養教育の材料をリベラルアーツから取っているのはなぜか? そのことにどういう意味があるか? この点は常に問い続けてよいだろう.それなりの歴史的経緯があるはずである.歴史を無視して意味付けを私なりにするならば,より根源的な問いを蔵しているのが純粋な学問領域だからだろう.リベラルアーツに属する専門の学問領域は,少なくともその主要な学問領域は,普段は語ることがないとしても,何れも根源的な問いを背景にしていると私は思う.私の関連領域では,ジンメル流に「社会はいかにして可能か?」でもよいし,エゴイストの間で協力はいかに出現できるか? 公共性はいかに存立できるか? でもよい.失礼だが,同じような問いを実業領域である会計学が学問として宿しているとは考えにくい(むろん会計学者が独自に深くお考えであることは大いにあると思う).

リベラルアーツが大事,とはどういうことか?

 教養教育との関連で「リベラルアーツが大事」という発言がよくあることは,この記載の冒頭で述べた.「リベラルアーツが大事」という言葉の真意は,人によって異なるだろうから,発言者に問うしかない.私は私で勝手にいうのであるが,この記載の中盤で書いたように,リベラルアーツ・カレッジのような教育が大事,という意味ではないかと私は想像している.リベラルアーツ・カレッジの要素のうち,第1に根源的な問いを持つ学問を学びつつ,第2に少人数で教授や仲間と議論しながら理解を深める,という教育である.その過程で Critical Thinking を可能にする知の技法を身につける,という考えではなかろうか?
 できるのなら,リベラルアーツ・カレッジの要素はあった方がよい.従来程度の教養教育は,例えば理系の学生にとって,刺身のつま,サンドイッチのパセリ,カレーの福神漬けのようなものに過ぎないだろう.その教養教育をより「高価な」ものにするには,リベラルアーツ・カレッジの要素を導入するのもよいだろう.
 問題は,従来の日本の大学の仕組みのままでリベラルアーツ・カレッジの要素を設定するには予算がかかることである.もともとリベラルアーツ・カレッジはお金がかかるシステムである.
 リベラルアーツ・カレッジのようなことをお考えになるのは,現状では理系が多いような気がする.そこで予算がある工業大学では,東工大のように,リベラルアーツ・カレッジのような仕組みを「横付け」で作ることができるかも知れない.が,埼大のような環境ではどうなのか,と思ってしまう.
 あまり予算をかけずにやるならば,米国の州立大学がしばしば導入しているように,一部の成績優秀学生を対象とした Honors College を作ることかも知れない.

| | Comments (0)

埼大には交付金削減を適用する必要はなかった

上山隆大氏の記事

 このブログの1つ前の記載で内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員の上山隆大氏のインタヴュー記事を引用した.その上山氏は同じ記事の中で面白いことをいろいろいってた.まず法人化は失敗とはいえないが「齟齬」があった,という表現をする.次の点である.

・文科省が法人化の意味を伝えていなかった
・大学間,大学内の資金の偏在を考慮しなかった
・間接経費の問題を放置した
・多様な民間財源,特に寄付を集められない
・一体感を阻む学長選挙

 これらの点は1つ1つ詳しく論じても面白い.が,今触れたいのは2点目,その中の「大学間の資金の偏在」である.
 国立大学が公開した財務諸表を集計すると,法人化後,国立大学の予算額は増えている.運営費交付金は主に効率化係数をかけている時期に減ったが,その他の補助金は増えているので,総額では,政府から国立大学に配分された予算は増えているらしい.それで苦しいということがあるとすれば,「大学間の資金の偏在」,つまり上位大学は予算を伸ばしているけれども,競争的な環境の中で下位大学は苦しいままだ,ということだろう.上で「大学間の資金の偏在」というのはそのことである.
 だから上山氏は「運営費交付金を一律削減ではなく,明らかに競争的資金が集中する研究大学だけ大きく減らすという方が正しかった.」という.
 競争は重要である.しかし競争は社会の厚生のために導入するものであり,導入の仕方には設計の余地があったということだろう.競争力のない地方国立大学は淘汰してよい,という考えであれば,政府は弱ったという地方国立大学にとどめを刺すべきだろう.しかしとどめを刺さない所を見ると,地方国立大学が存続することを政府は当然視しているはずである.少なくとも安倍政権以後は,日本の経済成長のために地方の成長が必要であり,そのために地方国立大学の存在が必要だ,という立場であると思う.存続させるならちゃんと機能できる措置は必要だった.なら,地方国立大学(国大の下位大学)には交付金削減を適用すべきでなかった,ということになる.だから埼玉大学も,交付金削減の対象外であってよかった.
 交付金を削減しないと努力するインセンティヴが低下するという意見があるかもしれない.が,そのインセンティヴは,最低限の財源は押さえた上で,下位大学間での傾斜配分をすればよい,ということになるだろう.既に交付金一律削減が終わったから,今だと「削減を止める」ではなく「補填する」になる.下位大学に財源を補填する理屈づけは,重点支援の類型を使うしかないように思う.もともと,埼大が属する重点支援①の類型は旨味が用意されていない.地域振興補助のような名目で交付金の上乗せをしてくれてよいのではないか.重点支援①に旨味ができたから重点支援③の大学が①に鞍替えする,ということはないだろう.大学教員にとって一番大事なのは見栄だからである.
 下位大学には交付金一律削減を適用すべきでない,というこのシンプルな解答を,主張する人がいなかった(少なくと目立たなかった)のはなぜなのか?と不思議に思う.これまで国立大学は一丸となって「金くれ」を言い続けていた.しかし,上位大学は実は困っていないのは明らかだから,下位大学だけ金くれ,と国大協もいうべきだったのだろう.

財源の多様化と交付金

 読売教育ネットワークの記事で国立大学の財源の多様化(企業との共同研究収入などの拡張)を求める意見をいう人は多い.しかし見ながら,交付金削減を明確に主張する意見はほとんどないように感じた.財源を多様化した分,交付金を減らす,といったら,財源の多様化に向かうインセンティヴがなくなるからだろう.国立大学の交付金がどうなるかは国の財政状況によるというのが一般論と思うが,いろんな意味で交付金を減らすという方向は当面ないのではないかと思えて来る.
 財源の多様化は日本でも上位大学ではある程度進んでいる.だから次第に,財源を多様化していろんな活動をする大学と,交付金と学生納付金が主な財源のままで所定の教育課程の実施に特化する大学,という風に分化が生じるのかも知れない.よく海外の大学の財源内訳を示すグラフが出るが,そのように財源が多様化しているのは米国でも上位大学だけであり,下位大学では州からの補助と学生納付金主体で運営されているのではないか,などと想像するが,私も調べた訳ではない.
 財源の多様化に大学間で差がある状態で,何らかの事情で交付金が削減された場合,「所定の教育課程の実施に特化する大学」は財源の多様化した大学に吸収されるしか,生き残る道がないようにも思える.

国立大学の貧乏語り

 何れにせよ国立大学が本来の多様な活動を展開するためには,財源の多様化が不可欠であることは認めざるを得ない.しかし法人化後,大学が財源問題で行ったことはあまりパッとせず,中には滑稽なこともあった.
 埼大の場合の記憶であるが,まず田隅学長時代の対応はひたすら節約だった.しかし一般論として,節約で削減できる支出分は多くない.田隅学長4年目の学長選の際に田隅学長が仰ったのは「今はひたすら耐えるときだ」ということだった.その通りだとは思ったが,「暗いな」と感じたものである.田隅学長も,東大教授だったお友達学長8名くらいの連名で地方国立大の交付金削減は止めてくれというメッセージを発してくださったが,効果はなかったろう.ただ,苦しいのは地方国大と明示した点は,先見の明があったかも知れない.同じことを国大協がいってくれればよかった.
 その後の上井学長の時期は,財源が苦しいことは常に背景にあったとはいえ,田隅学長の頃に比べると財政のひっ迫感はあまり表に出なかったような気がする.上井学長が明るい人だったということもあるだろう.それと,田隅学長期に教員定数の再定義をしていたので,上井学長の期間では教員の削減をする必要はなかったのだと思う.
 上井学長の頃の政権は民主党政権であるから,今から考えるとバカバカしいこともあった.例の「仕分け」をやった頃と思うが,国立大学の予算に関してパブリックコメントを書いて出す機会ができた.それで,皆さん頑張って「国立大の予算を増やせ」というパブリックコメントを書いて出せ,という号令が学長から出たのである.私は「やってられねぇ」と思った.学長が仰ることだから教授会では「学長がこういってます.書きたい方は書いて出してください.」くらいはいったはずである.むろん私はバカバカしくて,自分では書かなかった.あのパブリックコメントがどうなったかは,覚えていない.
 その頃から,「金を出せ」といって財務省に強訴することを文科省は国立大学に非公式に促しているのではないか,と私は想像し始めた.
 確か埼大では山口学長になってからと思うが,朝日新聞に「財務省は国立大学の授業料を年間93万円に値上げすることを計画している」という記事が載った.93万円という金額は財務省が出した数字ではない.当時,財務省は15年くらいかけて国立大学の交付金額と自己収入を等しくする,というプランを公表している.そのプランにおける自己収入をすべて授業料にかぶせると授業料は年間93万円になる,という計算を文科省がして,お友達の朝日新聞にリークしたようだ.官邸筋のリークであれば読売新聞にまず載るだろうし,財務省のリークであれば日経にまず載ったろう.
 「財務省は酷いでしょ」と訴えたかったのだろうが,子供じみている.そんなことを喧伝したら,親は子供に将来国立大学を目指すよう育てることをためらうようになってしまう.国立大学の利益にならない.
 時を同じくして国立大学は「貧乏語り」をするようになった.確証はないが,文科省のお役人がそのように促したと考えたくなる.埼大の場合,埼大はお金がなくて古い設備で苦労して研究してます,貧乏貧乏,的な番組がNHKで流れたのである.そのような番組が出ると分かっていれば,埼大は止めないといけない.そんな大学に親は子供を進学させようとはしなくなるだろう.誰の判断でそんな番組を作ったのか,と不思議に思う.
 国立大学の貧乏語りはその後も続いた.先年,議員さんたち(議連)に国大協が「金くれ」のお願いをしたときも,やはり資料に貧乏語りを入れている.貧乏そうにすると金をめぐんでもらえると思ったのだろう.中には,貧乏で,一歩間違うと大惨事になりかねない建物環境にある,とまで書いた箇所もある.
 本当に危険な状況にあると把握しているなら,大学がまずなすべきことは学生と教職員を大学から退避させることである.そして金を借りてでも危険を除去するしかないではないか.金の工面はその後のことである.
 何というか,文科省にせよ文科省傘下の業界団体である国大協にせよ,財源の多様化を確かにうたってはいる.しかし力点は常に財務省に「金出せ」になっている.財源が本当に多様化すると国立大学への文科省の支配力が低下する,とでも思っているのか?
 「金を出せ」というと「改革しろ」の反応が返って来る.そこで「法人化は間違いだった」といって開き直る,という変な循環になっているように思える.
 国立大学も,「金出せ」という暗い訴えをするよりは,前向きに財源の多様化を進める時期に来ているだろう.埼大でもオープンイノベーションセンターを川橋理事が開始させたのは上井学長の時期だった.その後,それなりの進展はあると思うが,財政的な成果がいかほどかは不覚にも記憶していない.今後の伸びしろは大きいのだろうと思う.
 国立大学の学長に現時点で求められる資質は財源の多様化を実現できる,平たくいうと金をとって来る学長,ということではないかと思う.そんな話を法人化の直後に仲間うちでよくしたな,と思い出す.少なくとも節約を強いる学長とか,人事給与マネジメントに熱心になる学長よりは明るい(ただし金をとるために人事給与マネジメントを徹底する必要がある可能性はある).今さら「大学を民主的に運営する学長」,などと叫ぶとバカにしか見えない.むろん財源の多様化のために大学の構造改革も並行して求められそうに思う.

| | Comments (0)

理工の役割は金を稼いで文系に貢ぐことにある

 あえて挑発的な表題にした.真意は,「理工の役割は金を稼いで大学を養うことにある」である.「理工」は「工」に限定すべきかも知れないが,埼大では理と工が一体である建前であるから,あえて「理工」にした.

 国立大学が法人化する直前のことである.埼大では兵藤学長時代の末期である.当時の兵藤執行部は法人化を前にして,国立の諸大学の数字を調べて埼大の立場を把握しようとしていた.なにせ当時は,自分の大学の状況も正確には把握できていなかったように思う.その頃私は副学長をしていた(教養学部出身の)加藤先生の部屋を何かの用で訪れ,話の成り行きで加藤先生からその分析結果の「レクチャー」を受けたことがある.
 いろいろ調べてみると埼大には強みがない,というのが最初の結論だった.1つだけ強みになるのは,このクラスの大学としては学生数が多いことだという.学生数は収入源を表す.しかも,学生はいわば人質であるから,これだけ学生がいると国は埼大を簡単には潰せない,という.大きな銀行であれば潰れると影響があり過ぎるから,公的資金の注入による援助を受けられる,というのと同じである.なるほど,そう読むのか,とそのときに感心したものである.
 逆に埼大の大きな問題はといえば,理工が弱いことだ,という.特に外部資金が,関東甲信の他の地方大学より取れていない,ということだった.横国に負けるのは仕方ないとして,北関東の他大学にも及ばない,という.
 法人化後は,理系が弱いのはまずい.理系にはお金を稼いでもらわないといけない.法人化ということはそういうことだ.理系がお金を稼いで文系も恩恵を得る,その形にするには理工を強化しなければならない.この「理工強化」の考えは他の機会にも加藤先生から伺ったことがあった.
 上井学長期の末期に文科省に出した改革強化プランの目玉は理系の研究力強化だった.上記の加藤先生の考えからすると,この強化プランを加藤理事が推進しようとしたことは一貫性があったといえるだろう.

 上記の加藤副学長のエピソードを書いたのは,先日見たインタヴュー記事を見て同じようなことが書いてあったので思い出したためである.
 少し前のこのブログの記載で,京大の山極総長と東大の五神総長のインタヴュー記事に触れた.読売教育ネットワークというサイトに載っていたインタヴュー記事である.山極・五神総長の記事の後に,内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員という肩書の上山隆大氏のインタヴュー記事があった.上山氏という方は上智の経済学部長や政策研究大学院大学副学長といった職を歴任した方であるが,現在は長い名前の会議の「議員」という肩書になっている.基本的には大学の改革を内閣府から推進するのが仕事であるようだ.定年退職する年齢でもないので,それだけ大学改革にコミットメントが強いのだろう.
 私は以前,この上山氏が作った人事給与マネジメント改革の資料を見て,その通りにしたら大変だろうな,と警戒心を抱いた.しかし今回の記事を眺めると,間接経費について企業側と交渉するなど,大学改革に資するいろんな仕事をされているようである.彼の主張も一面だけを見て評価すべきではなかったかも知れない,と思った.私の感覚では,大勢において正しいことをいっている.後で取り上げてもよいが,(埼大のような)競争力のない国立大学は交付金削減をしない方がよかった,ともいっている.

 このインタヴュー記事の中で上山氏は「諸外国の大学を見ていると,大学を維持するコストをしっかり計算して(間接経費を)上乗せして競争的資金をとり,研究費を取りにくい分野に充てている.日本の大学は,その程度のこともやってこなかった.…工学部や医学部は間接経費を上乗せした競争的資金を取って,大学全体を養うのが当然だと認識しなければならない」という.そして次のように続ける.(医・工は)「もともと運営交付金では赤字が出る部門で,お金を取らないければいけない.人文・社会科学系の研究者がそうした現実に反発するのは,当たり前だ.(文系は)競争的資金が取れなくても,運営費交付金で十分やってこられたからだ.」
 医や工が「運営交付金では赤字が出る部門」であるのは,設備などで予算を使うというだけではない.国立の理系の授業料は文系と同じに設定している.だから理系は私大との比較において格段に国の予算を投下している計算になる.
 埼大の場合,最も効率的な,つまり最も少ない予算使用で稼働しているのは経済学部である.だから経済学部は何もしなくても,大学への隠れた財政的貢献が大きい.田隅学長時代,そのときは経済学部長だった後の上井学長が「異論があるなら経済学部を独立採算にしてくれ」といって田隅学長に強談判したことがある.見事なものである.談判するだけの根拠があったのである.
 横道に反れるが,経済学部が効率的であるのは日本の大学の経緯に基づく根拠がある.以前,標準学生数(ないし標準教員数)という数字が出回っていた.今もそれに近い数字はあるはずであり,設置の際の学生定員/必要教員数を決める参考になっていた.その数字からすると,1教員当たりの学生数は法律系と経済・経営系が多いのである.この点は,法律・経済が少品種大量生産学部であったことによるのだろう.文学部系になると1教員当たりの学生数は少なくなる.法律・経済に比べると,細かい領域の教員を揃えなければならない.つまり多品種少量生産になるので,学生数は実態として少なめだった.しかし理系になると,文学系より格段に1教員当たりの学生数は少なくなる.財政的には非効率分野である.私学が理系に手を出しにくい根拠がここにある.単に設備費の問題ではない.
 
 この上山氏のいう大学の財政構造は,法人化前に当時の加藤副学長が法人化後の姿として想定したものと同じだろう.大学の現状は上山氏のいう状態に近づいているとはいえない.だから加藤副学長は,今から20年ほど前に,随分と先のことを見通しておられたことになる.
 上山氏のいうことが実現して行けば日本の国立大学は欧米の大学に近づいてゆくことになる.そうするように大学は努力するのが正しいと私も思う.
 埼大はじきに学長選考をするはずである.正直いって学長選挙(意向投票)など,やってもよいがやるだけ無駄である.重要なことは大学として何をするか,何を将来像とするかを選考会議の面接において選考委員が候補者に問うことである.その際に大学の財政構造をどうするか,具体的に何をするつもりかを尋ねて候補者の力量をはかることが,部局から出ている選考委員の重要な仕事だろう.大学の教職員は,選挙などやって市会議員選挙のような政治活動をするのではなく,候補者に何を問うかを選考委員と話し合うことに頭を使うべきだろう.

| | Comments (0)

大綱化@首都圏埼玉(下)

 前回の記載の続きを書いてみる.

大綱化後,法人化前

 1991年の大綱化によって法令上は専門科目や教養科目という区分がなくなったと思うが,埼大では(というか多くの大学で)学則で専門科目と教養科目,外国語科目といった区分を作ったのだろう.大綱化後,教養科目の名称は広域科目,一般教育科目,共通科目,教養科目など,いろいろ変わったように思う(名称は不正確な記憶である).以下,教養科目と呼んでおく.名称が変わったことは,手を加えようとした痕跡であるはずである.しかし実質的な向上は希だった.
 教養部があった頃から教養課程には問題があった.しかし分属で教養課程の負担が全学部に分散したことによって問題は増幅しただろう.ある意味予想通り,マネジメントに問題が出てきた.
 当時,科目の分類ごとに教養科目の「部会」を作って運営することになっていた.私は社会科学系の部会に属していたけれど,社会科学系は教養学部と経済学部にまたがり,学部間に調整などなく,学部内でも調整などない.人も変わるので,実際にどのような内容の科目が出るかも規制なく変化したと思う.また教養科目には多くの非常勤枠がついてきたけれども,枠は地理学などの旧来の科目担当者が保有・管理し,非常勤枠の調整はまずできなかった.大学からは非常勤枠の削減要請があったけれども,実際に削減の合意などとれない.部会の世話人が集まって全体の会議もあり私も社会科学系世話人として出席したこともあったが,改善を見聞した記憶はない.マネジメントがないから,したがって変化への対応もできない.
 おそらく大綱化の後に,英語については英語教育センターができた.センターを作ったのは英語教育改善の需要が高まったからだろう.いったん教育学部に分属した先生がセンターに配置換えになった.しかし英語ですら,資源配分はきわめて低いままだった.教養教育に投資する意向は全学的に低かったといえる.

教育学部による教養学部吸収案

 法人化が必至な情勢になったのは2000年前後である.その頃,兵藤学長の下で教養教育の再構築の動きがあった.教養学部出身の加藤副学長がとりまとめに動いた.2001年に拡大学長補佐会が発足し,その場で教養教育の案をなぜか私が提示することになった.同時に呼ばれて案を提示したのは教育学部である.教育学部の実力者お二人が説明にあたった.
 その時に私が提示した教養教育案については,以前,このブログで書いたので省略する.簡単にいえば私の案は,オリジナルに思われたけれど,米国の General Education と同じである.専門課程の低学年用の科目を教養科目(人文・社会・自然部分)とすること,それに加えてテーマごとの統合プログラムを作るべきこと,が骨子である.力点はディシプリンの専門性に基づいて科目を出すことにあり,統合プログラムも,環境などのテーマについて複数ディシプリンが出す科目を集めることを考えていた.全体の理念も,実はイリノイ大学@Urbana-Champaignのホームページに出ていた説明のパクリである.
 その場は教養教育に関する会合と思っていたが,生臭い場になった.教育学部側から,教育学部の教員を二分し,片方は教員養成学部とし,もう片方が教養学部を吸収して教養教育を主任務にする学部を作る,という案が出たからである.この案は教育学部教授会が承認した案ではないが,教授会に出して異論が出なかった,という説明があった.
 この案については私の手許にメモが残っている.骨子だけをいえば次のようなものである.教育学部の教員を二分し,半数は教員養成学部とする.残りの半数,つまり自然科学、人文社会、芸術・体育、ゼロ免の教員60-65名に教養学部と理系の分属教員を加え,新学部とする.新学部の名称は教養学部を避け,総合人間学部や人間未来学部などとする.研究を除けば,第1の任務が全学の教養教育,第2が教員養成の手伝いとする(自学部の学生の教育もあるんでしょ,という質問が副学長のお一人から出て,「そうだ」という返事があった).不思議と,教育学部が学生定員を割くかどうかの点は曖昧だった.私の案が授業科目も例示したのに比べ,カリキュラムの具体案はない.教養教育への提案というよりは改組案の色彩が強かった.
 この案には最初から私は拒否感を覚えた.私のプレゼンは「総合などといってディシプリンを曖昧にする教養教育であってはならない」という点から入ったが,教育学部のこの案はまさにその「総合」を売りにするものだったからである.大学教育というより総合的な人間育成をうたう小学校教育の雰囲気があった.私としては肌が合わない.ただ喧嘩をするつもりはなかったので,あくまで教養教育の側面だけで私は議論したと思う.
 私の感覚ではこの教育学部案が成り立つとは思えなかった.
 第1に,教育学部が新学部に60-65名の教員を出すというが,そうなると残りの60-65名で教員養成系学部を設置することになる.どうみても可能とは思えなかった.新学部の60-65名という数字は教養学部を呑み込むために無理に出した数字である.そして,何人出せるかはその年の夏に出る予定の教員養成系学部のあり方懇の結果待ちといって明言は避けていた.しかしあり方懇でそこまで設置基準を緩めることは考えにくかった.
 答申は遅れたのだろう.11月にそのあり方懇の答申が出て,私は文書を眺めたけれど,設置を緩めるようなことは書いていない.もし教科の教員が他学部にいてもよいように教員養成系学部の設置基準を変えた場合,同じ大学の人文学部や理学部から応援を得る形で教育学部を設置出来てしまう.そうなると,教育学部は削減対象になってしまうだろう.教員養成学部(のポスト)を設置基準で保護したい文科省が,そんな決定をするとは信じられなかった.
 第2に,センターならともかく,そもそも他学部の学生の教育を大きな任務とする学部というのは通らないように思えた.
 第3に,この学部を作ったとして,教育学部から移ってきた教員が教養科目を担当することには疑問がある.教育学部教科の教員についてはおそらく教員養成負担で手一杯になるだろう.理系の分属教員を集めるといっていたのは,少なくとも「自然科学」分野では分属教員(ポスト)で教養教育をやることを考えていたかも知れない.だから「人文社会」についても教養学部から移った教員(特に教養部から分属した教員)に教養科目をかぶせるつもりだったかも知れない.詳細が出なかったから分からないのである.
 私が心配したのは,会議に出ていた副学長さんのお一人が教育学部案に傾く発言をしたことである.ただこのときの学内情勢を考えたとき,学長や加藤副学長はこの案とは違う方向を向いていると思っていた.この会議と並行して私は加藤副学長といろいろ話をしている.兵藤学長や加藤副学長は教養学部に教養教育の中心になることを期待していたように思えた.そして幸い,兵藤学長は私の案を選択してくれた.
 教養学部が全体の教養教育の中心になるというのは,当時の教養学部の立場ではない.教養学部は,教養教育を担う何らかのセンターを作る方向で検討を進めていた.そのためにポストを放出する計画も立てていたのである.しかし,もし兵藤学長の政権がもう少し続いていたら,私も教養学部が教養教育の中心になる方向の立場を支持することもあったかも知れない.小さなセンターでは全学の部局の科目をマネジする政治力はない.また教養学部は,自然科学を除く教養科目の実態を把握する教員がいたのである.教養学部教員のメンタリティを考えると,教養学部は教養教育を公平にマネジメントできただろう.(ただし法人化後は理事の権限が強くなったので,意欲があれば理事がマネジメントをできるようになった.)
 教育学部から出た上記の案については,なぜその案を出したかは謎である.説明は事実上なかった.だから多少の想像をすることしか私にはできない.当時はゼロ免の部分をどうするかが問題になりかけていた時期である.実際,その時から5年後(法人化直後)には教育学部はゼロ免の募集を停止して教員養成への特化をしている.普通,ゼロ免をやめるとその教員/学生定員を使った新学部の話が出る.が,そのように定員を出すと使うことになるのは教養学部だと考えたかも知れない.むしろ教養学部を呑み込んで教育学部の勢力を保持し,定員削減があるなら呑み込んだ旧教養部定員分ポストから拠出しよう,ということを考えたかも知れない.実際にどうかは分からない.
 重要な点は,教養部からの分属教員ポストをいじり直すというアイディアがそのときから教育学部にはあり,その点が後の教員定数の再定義につながったことだろう.
 上記の会議があって少し時間が経過した頃,群馬大学との統合話が持ち上がった.だから学内の関心は統合に集中することになった.再び教養教育の話を大学執行部が取り上げたのは,法人化を目前にした兵藤政権の最終局面だった.私が出していた案を換骨奪胎して案にまとめ,次期の田隅学長の執行部に渡たされたはずである.

法人化後:教員定数の再定義

 法人化する前後の大学内のポリティックスの潜在的な震源は定員削減にあった.法人化後は定員削減が予算削減に形を変えたけれども,実質は同じことが続いただけである.もし統合が成立していれば,整理によって今後削減するポストの余裕も生まれたかも知れない.しかし兵藤政権の末期には統合の実現可能性は遠のいた.そこで法人化した時点では,定員削減を賄う将来的な大きな原資は,分属ポストか,教育学部の改変で捻出されるポストしかなかったのが現実だった.
 その後の学長選挙で,兵藤学長は教育学部を最も強固な支持母体とする田隅候補に敗北した.その結果が教員定数の再定義であり,教養学部は教養部からの分属ポストをすべて拠出することになった.教育学部の勝利である.分属ポストを多く持っていたことが教養学部が教養教育にかかわる唯一の最終的な根拠であったから,この再定義によって,教養学部が教養教育の中心になる可能性は消えた.
 法人化した直後の教養学部の執行部三役は,学長選挙で統合棚上げを宣言した田隅学長に投票していたのである.統合が嫌だったのだろうが,いかにも間抜けである.前学部長の岡崎先生がこの展開をあれだけ憂慮していたにもかかわらず,である.その時点になると兵藤学長が再選されても統合が実現する可能性などなかったのである.
 さて,田隅学長が就任した直後に教員定数の再定義,つまり旧教養部ポストを全学にすべて拠出するという案が出てきた.田隅学長の口から出たけれど,仕掛けたのは教育学部である.間髪を入れぬこのスピード感は,第三者的に見ると見事だった.けれど,教養学部はたまったものではない.実際に再定義が評議会を通ったのは夏のことだったと思う.反対したのは教養学部から出た評議員だけである.当時の評議会の議事録にはこの評議会での発言内容が詳細に記されている.田隅学長をはじめ,その後に学長を継いだお二人もそのときに再定義に賛成している.
 当時,全学の合意で決めたはずの分属を後でひっくり返すことが「あり」だとは信じられなかった.そんなことをした大学は他にない.
 再定義の2年後に教育学部はゼロ免を廃止した.が,このときは教育学部は何の定員も拠出はしなかったように思う.教育学部の完全勝利である.学長を押さえた効果と思う.
 この再定義の特徴は,拠出されたポストをどう使うかの計画がなかった,少なくとも表に出なかった点だろう.使い道は考えていないが金を貸せ,というようなものである.削減にどれだけ必要とか,こういう事業をします,というのははっきりせず,ともかくポストの全学化だけを早めに決めたというものである.普通はないことだと思う.後に山口学長のもとで行ったポスト削減(拠出)とは異なる.山口学長下での削減の場合,そのときの財政見通しを前提に,何年度にどれだけ削減が必要になる,という計算を基に数字を出している.
 問題は,この再定義によって教養教育に影響が出ることを全学執行部が途中まで考えていなかったことである.この再定義後もしばらく,教養教育での学部負担は分属ポスト数に基づいて行われたと思う.空きポストができなければ拠出もないから,削減は徐々にしか生じない.しかし同じ負担原則に基づく限り,10年ほどで各部局の負担義務は消滅する.だからどうするかを考えるべきだったが,考えなかった.大綱化のときと同様に,またも問題を先送りしたのである.問題を先送りしながら,後になって政治力の弱い教養学部に苦難を押し付ける,政治力のある大学部は救われる,という構図がここにある.教養学部は大量分属の受入れで苦労し,拠出でまた苦労した.定年退職者ポストの採用人事は11年間出来なかった.結果,内部の年齢構造は偏って高齢化し,必要なポストであっても補充できず,士気が低下する以外にない状況に置かれ,内部構造の問題点は拠出が終わっても残ることになったのである.教養学部は,分属を全く受け入れない方が良かった.
 なお,この再定義後,教育学部などに付いたポストがこの再定義によるポストではないか,といった風聞はときたま流れた.しかし拠出ポストをどのように使ったかについては公表されていない.学長が変わり法人化後の2代目学長の時代に,再定義で集めたポストがどう使われたかを時の大学執行部が調べたらしい.なかなか分からなかったがなんとか判明したと聞いた.ろくな使い方をしていなかった,という話があったが,正確なことろは公にはなっていない.

新たな教養教育体制:基盤教育センター

 再定義によって,それまでの教養教育の負担原則であった「分属ポスト数に基づく負担」という概念は消滅した.分属ポストがまだ残っているうちはこの負担原則を使えたが,時間の経過とともに新たな原則を決めないといけなくなったのである.この課題に取り組んだのが,法人化2代目の上井学長の下で教育担当理事をされた加藤先生だった.加藤理事はその間教育体制の整理に注力していたが,上井学長の3年目か4年目に教養教育の新たな授業開設の仕方を提案したのである.
 しかし,その提案には教養学部長だった私が強く反対した.私も加藤理事も引かず,キューバ危機のような緊迫した事態に陥ったのである.
 加藤理事の提案は部局ごとの学生数,教員数を基にした数字によっている.問題は,教養科目の人文系科目を必要とする部局の学生数が多いのに,授業を受け持つべき人文系教員数が少ないというアンバランスがあったことである.そこで加藤理事は,教養学部が人文系科目を他学部よりかなり高い比率で受け持つことを提案したのである.しかも,それまでは認められた「開放科目」(学部の専門基礎科目を教養科目としても開く)を排除し,教養専用の科目として開講する,という内容だった.
 教養学部の人文系では,一分野ごとの教員数が少ない.だからそれだけの負担をすると専門科目の方で教員に負荷がかかり過ぎる.しかし,大きな問題は,負担が多い少ないよりも教養学部の一分である.教員定数の再定義を教養学部はいやいや決められた.その時も痛みは続いていた.この再定義によって得られたただ一つのことは,教養学部が他学部より多くの教養教育負担をすることは無くなったという約束である.時の上井学長はこの再定義に賛成し,上井執行部は再定義の継続を決めている.だから,せめて負担平等の原則を守ってくれないと教養学部の一分が立たないのである.
 この件では加藤理事と私は全学運営会議で1時間を超える押し問答を繰り広げた.双方とも引く気はないのである.教養学部の教授会も拒否の意向が強く,この件で妥協するなら私は抗議して学部長を辞任すると教授会で宣言した.実際,次の全学運営会議で決められてしまい,私が学部長を辞任する可能性は高かった.私は6年の学部長在任期間のうち,ことが成らなければ辞任すると腹に決めたことが3度あり,この時が2度目である.実際に辞任する可能性は2番目に高かった.
 この間,学務部長と全学教育課の面々が教養学部長室に押し掛けるという話が伝わってきた.そんな,比叡山の強訴のようなことするか,と私は反発し,私は会わずに副学部長の山本先生に彼らとの対面を依頼し,面談は拒否する,ということもあった.
 実際にはその間も,私は加藤理事や米山学務部長と会って話している.加藤理事は教養学部が教養教育にかかわるべきという,以前からの考えをお持ちであった.私は再定義による状況の変化で,それはないと跳ね付ける.加藤先生からは,以前に上井学長になってからポストを4つ付けたではないか,という話も出る.それもそうですね,といってもよいが,私も商売であるからそうはいえない.あのポストは新しいこと(グローバル)を始めるために使え,再定義による削減の補てんには使うな,と念を押したのは加藤先生ではないか.あのポストと再定義は別であり,再定義の痛みはずっと続いている,と私は反論する.平行線だった.
 米山部長からはなぜ加藤案を呑めないのかと迫られた.何もなければ呑むが再定義があったから呑めないと答えた.再定義は教養学部の命だと,訳の分からぬこともいった.話ながら,私は再定義そのものに怒っていることに気が付いた.
 次の全学運営会議があり,私はまた押し問答をするつもりでいた.が,押し問答はなかった.加藤理事が別の案を提案したのである.この案には文句はなかった.教養学部の負担率は,端数ではやや多かったが他学部並みとなった.足らない人文科目を開設するために新たに2,3人を基盤教育センターに雇うという.ついでに開放科目も認められたが,数が抑えられれば開放科目は認められずともよかったと思う.
 この案はよくできていた.派手な案ではないから人は注目しないかもしれないが,この案はいろんな可能性を加藤理事が考えていなければ出てこない.
 この案にも欠点はある.しかしそのときの制約条件の範囲でなし得るベストであり,欠点があるのは制約条件の故である.教員定数の再定義で消滅した分属教員数という考えに変えて,単に教員数をもとに公平負担を要求して,足らざるところはセンターで補う.信州大学のように教養部相当の部局を作れない埼大の制約の中では,安定して教養教育を確保するにはこれしたなかった.ポストを付ける判断は学長や事務局長と掛け合うことを要する.それを成し遂げる政治力があったということでもある.
 大綱化が生じててから実に20年,初めて出現した大学執行部からのちゃんとした成案だったように思う.この案に辿り着くのに20年を要したことは,法人化の前はもちろん,法人化後も大学がマネジメント能力が低かったことを物語ったろう.
 山口学長の治世になって教育担当の斎藤理事がこの案を手直ししたが,マイナーな変化で本質は変わらない.
 
大綱化の経過をどう考えるか?

 埼玉大学では大綱化は教養部廃止では終わらなかった.教養部廃止はその後に教員定数の再定義という出来事を生み出し,教養教育にもう一つの負荷を与えることになった.この大綱化の経過を今思い出すと,確かに特に法人化前は国立大学にマネジメント能力がなかったと思わざるを得ない.問題を先送りして問題を処理し続けたように見える.その間,教養学部は様々な荒波に翻弄された.
 各部局内のことは部局が解決できたことが多い.実際,教養教育は低調だったが,その間に各学部で基礎教育的な措置が発達していったように思う.教養教育は大学全体の「共有地」のような性格を持つが,そうした部局を超えた問題に対する大学自体のマネジメントは,法人化後も強いとはいえないが,法人化前は決定的に弱かったように思う.そう考えると,法人化して学長権限を高める措置は仕方なかっただろう.
 大綱化の時に分属しか選べなかったのも情けなかったように思う.なぜ新部局を作る構想を持てなかったのか? また,教養教育の部分が残るのであれば,縮小してでも教養部相当の組織を作ることで解決できた問題も多い.後の教員定数の再定義のような乱暴な措置をとることもなかったのではないか?
 教員定数の再定義自体も,なぜあんなことしかできなかったのか? 再定義に先立って教養教育の体制に対する企画を作成し,再定義で全学に集まったポストで措置する,という方法がなぜ取れなかったのか? 再定義で教養学部は11年間,退職者の補充ができないという事情が続いた.しかし必要なポストは「返却」を猶予するくらいの措置をとって衝撃を緩和することが考えられなかったものなのか?
 法人化後もしばらくは法人化前のマネジメント無能状態が続いた.しかしこの間の経験値の上昇で,以前よりは大学にマネジメント能力は付いてきているように思う.だから大綱化が今の時点で起きたとすれば,もう少し考えた方策が取れたように思うのである.
 おおまかにいって,法人化は失敗だったとはいえないだろう.それ以前がひど過ぎた.良くはなっているのである.

| | Comments (0)

大綱化@首都圏埼玉(上)

 1991年に設置基準の大綱化があった.その前にも教養部をどうするかの議論が埼大の中であったと思うが,検討が本格化したのは大綱化を政府が決めた後である.
 埼大における大綱化の経緯を考えると,目先の問題回避が優先され,ちゃんとした対応はとられなかった,というのが私の認識である.法人化後の今であればもう少し考えた対応が取れたのではないか,と思う.
 以下,私の視点から,大綱化と教養部廃止の経過を書いてみる.教養部廃止については当事者の先生による記録が『埼玉大学〇〇年史』に載っており,そちらが正確かつ公式の記録である.なかなか思い入れがある良い文章だったと記憶している.ただし「正史」であるので差しさわりのある点はあまり触れていないように思えた.以下の記載は「異聞」と理解して頂きたい.

大綱化前:教養学部と教養部の合併案

 私が埼大に着任したのは1983年だった.着任して2,3年した頃,2年務めた教養学部長が再選されなかった,ということが起こった.2年務めた学部長は普通は再選されて次の2年も務める.それが再選されなかったのは特異である.
 その学部長さんは私の講座の親分であったから,何が起こったのか,と思ったものである.人から聞くと,その学部長さんは教養部と合併しようとし,それで反発を食らった,という.その情報がどこまで正しいかは分からないし,教養部との合併という案が教授会に出た記憶はない.ただ,その学部長さんに近い先生の中には教養部との合併を主張する方もおられたし,教養部のナントカ先生に来てもらえればよいだろう,といった話はその学部長さんから私も伺った覚えはある.逆に教養部との合併を嫌う先生は学部内では多かった.
 当時,教養部には私の大学時代の友人がいた.その友人とは,着任当初から教養部と教養学部との合併の可能性についてよく話していたのである.だから学部長さんが合併を進めようとしたとは私は思っていなかったが(その学部長さんは,おそらく善意から,私に政治的な話をすることは避けていた),まああり得ることと思う.少なくとも,教養学部と教養部を合併するというアイディアはどこかにあっただろう.
 当時から,教養部の中では専門学部化したいという要望は強いと聞いていた.
 教養学部は,教養部の専門学部化の出口を塞いでいる面があった.大綱化後に教養部がそのまま専門学部化するとすれば,教養学部とコンセプトが似たような学部になるしかなかったからである.だから教養部が専門学部化するなら,教養学部と合併し,教養教育負担は新学部が継承する形にするのは1つの合理的な,単純な解決法だった.
 教養部との合併自体は,私は嬉しくもないが,特段嫌でもなかった.当時,私のいた講座の周辺は絶えずゴタゴタしていたから,教養部と合併することで状況が緩和される可能性もあると感じた.それに,教養課程と専門課程を受け持つというのは,駒場と同じであるから(東大の全学生はいったん駒場の教養学部に所属し,その後に専門学部に進学するから,その点では異なる),特段嫌がることとも感じなかった.ただ,専門学部にいる先生方には,教養部に「格下げ」になる感があるのは嫌だったろう.
 仮に教養学部と教養部が合併した組織を大教養学部と呼ぶなら,この大教養学部を作ることは埼玉大学にとっては良かったろう.大教養学部であれば分属よりは教養教育の提供はより安定化した.大綱化に伴う軋轢も少なかった.仮に大綱化で教養教育の単位を減らすなら,ポストをよこせという学部もあるかも知れないが,合理的に処理できる可能性が高かったように思う.教養学部としても,駒場とは比べられないとはいえ,教養学部のコンセプトにより近い学部になったように思う.
 しかし実際は,アイディアだけはどこかにあったかも知れないが,大綱化の前に大教養学部ができるということはなかったのである.

大綱化:教養部廃止と教養部教員の分属

 設置基準の大綱化があったのは1991年である.教養部が廃止されたのは1995年の3月である.その結果,教養部教員が分属した.つまり教養部廃止となるのは大綱化から随分と時間がかかっている.
 まずいわねばならないのは,私は当時,単純に「教養課程がなくなる(教養教育の負担が消える),初年次教育も学部でやる」と思っていたことである.つまり教養教育をどうするかという問題は考えていなかった.後から考えると単なる認識不足だったけれど,そう思っていた先生は他にもおられた.教養部廃止に伴って教養課程のカリキュラムをどうするかという問題は,議論されなかった(少なくとも目立つ議論はなかった),と思う.単に教養部を廃止して教養部教員をどうするかだけが話題になったという印象である.
 大綱化が決まった後は教養学部の教授会でもどうすべきかの議論があった.私は,1992年の10月に,教養学部と教養部の教員を合わせて二分し,「社会情報学部」と「国際文化学部」を作る,という案を学部の将来計画委員会,次いで教授会に提示したことがある.その企画書のファイルが手元に残っている.案の両学部とも2学科制とし,各学部の大講座名,入試のデザイン,初年次教育の授業科目名,コースの運用方法まで書いてあり,両学部の学生定員増の概算要求をすることを盛り込んである.よくこんなものを書いたと今思う.しかし残念ながら相手にされなかった.
 良い案とはいわぬが,悪い案ではなかったろう.後から考えると,教養部廃止に伴って群馬大学が作ったのが「社会情報学部」であり,宇都宮大学が作ったのは「国際学部」だった.だから私の案は当時の常識の線だったろう.
 しかし,教養部教員定員を使って新たな学部を作るという話にはならなかった.この点は埼大の伝統だろう.かつて埼大は,医学部を作ることに手をあげなかった(らしい).最近では教育学部の縮小に伴って新学部を作ることもしなかった.結局,既存学部の得にならないことは,仮に大学にとってはプラスでも,起きないのである.
 教養部をどうするかは,全学にWGのようなものが出来て,各学部から人が出て議論していたと記憶している.最終的に出てきたのが「学長裁定」による「分属」だった.ところが,その話が教授会で説明される直前に私が聞いたのは「教養課程がなくなる訳ではない(教養教育負担は残る)」という話だった.その話を私にした先生とともに,「それなら,そもそも教養部を廃止する必要はないでしょう.」といい合ったものである.
 当時の学長さんは,話が行き詰ったので「裁定」を出したのだろうが,積極的にプランを作ったという話は伝わって来なかった.その頃は,学長は君臨するが統治せず,だったのだろう.今はそれでは済まない.
 教養課程が残るなら,教養部を残すのが普通の判断ではなかったか? 教養課程の単位を縮小するなら,教養部を縮小して残し,「余った」教員を分属させる,と考えるべきではなかったか? 何らかの形で教養部を維持することが,少なくとも教養教育の観点からは合理的であったように思う.
 この分属の件は概算要求になったと思うが,分属の意義をどう説明したのか,説明できたのか,その点は疑問である.実は文科省もどうでもよかったのかも知れない.
 分属の学長裁定を報告する教養学部の教授会で,話の筋が通らないといって私は学長裁定に反対する発言をした.そう発言をした方は少なくなかった.後の加藤理事は「学長裁定なので教授会で決をとるような危ないことをすべきでない」と発言した.が,時の学部長は「異論があるなら決をとる」といい,決をとった.決の結果,分属案を教授会で承認したのである.
 分属の学長裁定の時点で教養部のどなたがどの学部に分属するかが決まっていたかどうかは,記憶にない.後に教養学部に分属になった旧教養部教員数は27名くらいであったように思う.法人化後の全学へのポスト拠出数を考えると,少なくとも24名は確実である.
 実は分属前に教養学部の執行部が想定した分属教員数は10名だった.そのような概算要求案を学部が作ったというメモが手許に残っている.その程度なら学部の秩序が維持できる,という意味だったのだろう.しかし学長裁定によって人数は膨れた.分野別の人数も凹凸があるので,学部の組織秩序感は大いに低下した.
 また,教養科目の負担義務は分属教員に貼り付き,分属してもその責務の分の教養科目の授業負担を分属先の学部がすることになった.この授業負担原則がどの時点で決まったかについても,申し訳ないが私には記憶にない.教養部教員の分属はほとんどの国立大学で生じたことであり,授業負担原則はだいたい同じである.
 学部によっては,分属した教員その人が教養科目をずっと負担することもあったようだ.教養学部では教養科目の負担を完全に平等化した.負担を手分けし,全員が最低1コマを持つようにしたのである.私も「社会心理学入門」の教養科目を毎年担当することになった.平等化の結果,分属教員数が多い教養学部は負担義務以上の教養科目負担をすることになったと思う.

 省略して書いているつもりでありながら,長くなってしまった.次の記載で続きを書きたい.(続く)

| | Comments (0)

大綱化

 1つ前の記載で山極京大総長が「国立大学の法人化は失敗」と論じた件に触れた.私がその山極総長の弁を載せた記事を見て意外に思ったのは,法人化失敗を論じるにまず1991年の大綱化(による失敗)に触れたことである.確かに大綱化はその後の法人化の流れの先駆けになった国立大学の転換点であり,その大綱化に真っ先に触れたのは山極総長の慧眼であったかも知れない.
 大学関係者は単に大綱化と呼ぶが,正式には大学設置基準の大綱化である.この大綱化で何が変わったか,正確には存じ上げないが,大きな点は2つだったろう.第1は教養課程に関する法令上の縛りが撤廃されたことであり,その結果,多くの国立大学は教養部の廃止を自主的に選択した.第2は学部形態(名称)が緩和されたことであり,実際,教養部の廃止に伴って出来た新学部の名称は,それまでは存在しない名称を名乗ることが多かった.
 先日,Googleのブラウザを使っていたらお進めネット記載としてその大綱化に触れた記事が出て来たので,思わずアクセスしてみた.JBPressというサイトに乗った記事である.著者は法政大学キャリアデザイン学部教授の肩書を持つ児美川 孝一郎氏という教育学者である.児美川氏は日本の大学でなぜ教養部という組織ができたかを論じ(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56049?page=3),ついで大綱化により教養部が解体した事情を述べている(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56308).よくまとまった記事だと思った(まだ続きがあると思う).
 児美川氏がいうように,新制の大学は旧制高校などを含めて学士課程を定義するものだったから,その旧制高校(など)の部分が教養部となったということである.埼大は旧制浦高と師範学校が新制大学として格上げになった大学ということになる.
 ただ,ここまでの記載では児美川氏は触れていないが,大綱化前の日本の大学の教養課程は,米国の大学のGeneral Education と単位数や縛りの内訳が非常によく似ている.教養部という組織ができた経緯は旧制高校などを吸収するのに便利だったからだと思うが,教養課程のカリキュラムに対しては米国の影響が強かったはずである.

 さて,1991年度の大綱化は制度上の縛りを緩めて,大学の自主的な判断で大学に改革を求めるものだった.児美川氏が述べているように,大綱化に至る政治的な議論の中では,政府は大学に口出しするつもりはなく,あくまで大学の自治で賢明に制度を作ることを求めたのである.私の記憶でも,当時は文教族という有力議員がいて,文科省に顔を利かせていた.藤波,西岡といった議員が代表格と思う(このお二人は,それ以上は書かないが,埼大にも若干の関わりがおありだった).私の認識でも,その議員さんたちは,基本的に大学の自治を尊重する立場だったのである.
 そのように大学の自主性を認めて行った大綱化の結果が,今日的な評価では芳しくない.教養教育は縮小・衰退していった.それでよいという立場もあるだろうが,それでよいが決して大勢ではないのである.
 大綱化で自主性を認めて大学に任せたけれども賢明な判断ができなかったというこの結果は,結局,「大学に自主的にやらせてもダメだ」という考えを後押ししたかも知れない.実際,大綱化の頃と比べて政治や諸官庁は大学に口出しをすることをためらわなくなったという現状が,大学関係者の目の前にあるだろう.

 それにしても,米国の場合,教養部などもともとほとんどないと思うが,General Education は縮小もされないし衰退もしていそうにない.日本との違いは何なのか?
 いろんな言い方ができるだろう.私の言い方では2点を指摘できる.第1に,教養科目は教養部という格下の組織の教員が担当するものだという発想が根強いためだろう.だから教養部無き後の専門学部教員は真剣にやろうとはしない.米国の場合,General Education の科目は Department が出す専門科目の低学年用の科目(の中でGeneral Educationの基準に適合した科目)に過ぎない.教養科目は専門科目の中から選ぶべきだと法人化前から私が(というより教養学部が)主張していた根拠の1つがそれである.第2に,教養部解体後,教養部ポストは専門学部が吸収したけれども,その専門学部をコントロールするだけの大学のガバナンスがなかったことだろう.

 この大綱化が埼大でどのように起こり,その後いかなる経過を辿ったか,気が向いたら次あたりの記載で書いてみたくなった.

| | Comments (0)

国立大学法人化は失敗か?

 ネットでニュースを見ていたら,京大の山極総長が「国立大学法人化は失敗だ」といっているという記事があった.どれどれと思って引用元のサイトを見てみた.引用元とは「読売教育ネットワーク」(http://kyoiku.yomiuri.co.jp/sha/)というサイトである.このサイトに「異論交論」というシリーズ物の記事があり,そこでさまざまな大学関係者がインタヴューに答えている.なお,このシリーズは2019/2/9 が最終回で,既に終了している.
 山極総長の記事は2018/3/9であるから,1年以上前になる.次の回(2018/3/15)が東大の五神総長だった.両者が同じようなテーマでインタヴューに答えていた.

山極京大総長の弁

 で,まず,「国立大学法人化は失敗だ」という山極京大総長の記事を読んでみた.議論のアウトラインをまとめようと思ったが,インタヴューであるためか,議論のstructureが成り立っていない.論理展開はかなり滅茶苦茶だなぁ,と思った.筋を追うのを止め,私の主観で山極総長の主たる論点を強いて拾うと,次のようなことである.

1) 大学の大綱化(1991)から「指定国立大学法人の選定」(2017)に至るまでの国立大学に対する国の措置は失敗だった.国立大学は(財政的,時間的に)余裕がないのに多くを要求されている.
2) 文科省(だけ)を司令塔にして国立大学を運営するのがよい.
3) (京大の)学部の学生定員を減らすのは嫌だ.
4) 大学間の統合は嫌だ.連携がよい.

 1)にあるように,単に「法人化が失敗」ではなく,長い間の国の措置がダメだった,という主張である.
 大学教員が時間の浪費を迫られているという定番の議論も出て来るが,評価や申請書書きで時間を取られるというお馴染みの議論ではなく,学生の教育に手間がかかるようになった,といっている.そのことの原因が大学の大綱化(で教養部を廃止したこと)による,という筋になるかというと(たぶんその趣旨と思うのだが),大綱化との関係が書いていない.また,大綱化で教養部を廃止したのは国の求めではなく大学の判断(京大は新学部を作った)だったはずである.学生の手間がかかるのに研究高度化を求められて,やってらんねぇよ,という話であるが,では学部の学生定員を減らすかというと,3)のように,それは嫌だ,になる.

 横道に反れるが,私が大学院生だった頃,私が授業に出ていた(東大の)ある教授は,「旧帝大は大学院だけの大学になるもの手なんだよなぁ」といっていた.だから旧帝大の大学院大学化は,アイディアは1970年代からあったはずである.私が何年か前に教養学部長をしていて,人文系学部長会議に出ているとき,名物の某大学の学部長さんが「旧帝大は重点化で学部教育なんてできていない.学士課程はわれわれ地方国大に任せ,旧帝は大学院大学化しろ」というと,他の学部長さんも「そうだ,そうだ」といって盛り上がったものである.地方国大は大学院は学生確保で汲々としており,(学部に比べて)そんなに良い学生が来る訳でもないので,地方国大には学士課程を任せる,という棲み分けをしてもらえると有難い,というのが本音だったのである.

 現状で,国立大学の運営の仕方の意見は大きく,「文科省主導」対「官邸主導」に分かれるように思う.文科省は国立大学を保護しつつ自らの主導体制の維持を目指す.文科省以外の官庁や諸団体の注文も取り入れたいのが官邸である.山極総長はあらゆる情報から考えて,文科省丸抱え親方日の丸志向が強い.考えてみると,少し前に国大協(山極総長が会長)が国立大学を応援します的な議連に「金くれ」のお願いに行った際に提示した「改革します資料」は,文科省がいっていることそのまんまだった.
 それにしても山極総長の弁は,酔っ払いが管を巻いてからんでいるようないい方である.法人化が嫌な向き(国立大学教員のほとんどだと思うが)には聞いて気分が晴れるかも知れないが,その先の展望は見えない.埼大の学長がこういう方でなかったのは幸いだったように思う.

五神東大総長の弁

 山極総長の次の回に「異論交論」に出たのは東大の五神総長だった.同じようなお題でインタヴューに答えている.が,中身は山極総長とは180度近く違うのが面白い.
 五神総長の方は,「成功失敗というより,法人化は必然だった.」と切り出す.続けて「1980年代には国立大学の劣化は既に深刻だった,それがそのまま続いたら,もっと悲惨な状況になっていた.」という.(以下,都合よく切り取りでつなげるが)「日本の道路や橋,医療を含めた社会保障…パブリックなものの維持,という面では全て破綻に近い状況だ.」「日本の経済力を高める方向に動かないと,社会の共感は得られない.」
 では日本の経済力を高める方向で何かできるのかというと,全国の国立大学をつなぐ学術用の100Gのネットワークが既にあり,そこにデータを集積して(データサイエンスやAIを駆使して,ということだろう)産業の拠点にする,という.まあ,この五神先生という方はそういう方向のお仕事をされているようで,ある種売り込みもあるのだろう.
 なんというか,学術用のネットワークを利用して経済成長を引き起こせるのか,その点は私は no idea である.そうかも知れないし,違うかも知れない.ただ,私が強く思うのは,幻想でもよいから,こういうpositiveな考えをいえることが,今後の学長に必要なことではないか,という点である.
 社会心理学では,人間には positive bias という傾向があり,物事を楽観的に考える(しかし分析的な人は悲観の方に偏る)という説がある.この説を進化心理学的にいうなら,幻想でもpositiveに考えた方が結果が良かった(したがって適応性が高まった)からである,ということになる.だから,positive illusionを持つことは現実的に良い結果を導く可能性が高い.

 話が変な方向に行くけれど,なるべくなら,positive illusionを楽しい夢として語れる人を学長に選ぶとよいのだろう.そういう方はどこかにおられるだろう.過去の話であるが,例えば元理事だった教養学部の加藤先生などは,常にpositiveに考える方だったなぁと今も思う.

| | Comments (0)

日立が日立化成を売却

 日経を見ていたら「日立、ものづくり・ITに集中 日立化成売却へ」という記事があった.ああ,すごいなと思った.
 私の出身地は茨城県であるとはいえ,栃木寄りの地域だった(だから言葉も田代先生や西田先生に近い)から,もともとは日立市に馴染みがない.が,母方祖父母が水戸に住んでいたし,高校が水戸だったので,水戸方面は思春期ころから馴染みができた.日立工業高校とは相撲でよく対戦したのである.
 私が高校生だった頃,水戸の隣の勝田市(今はひたちなか市)の市長が,日立労組に逆らったために再選できなかったということがあった.つまり日立市からひたちなか市までの海岸線沿いは日立の企業城下町だったはずである.
 水戸にいた祖父は「日立といっても今は大したもんだ」といっていた.日立製作所は(記憶はあいまいだが)日立辺りにあった鉱山を基盤に銅線か何かを作っていた町工場であったと思う.それが戦中戦後を通じて成長し,私が子供の頃には大企業になっていた.私が学生だったとき(PCが売り出される前である),東大の「大型計算機センター」にあった大型計算機は日立であり,当時,旧帝大の大型計算機は日立か富士通だった.埼大に就職したとき,埼大の計算機も日立であったので,ここは東大の系列か,と思ったものである.日立が悪いのに教員が不具合を謝った,という話が出るほど,日立は埼大でも強かった.
 一時,電機メーカーが軒並み業績を悪化させたとき,日立だけは「集中と選択」をしなかったために業績悪化を免れた,という記事を見た覚えがある.その日立も,なんと日立化成を売却して再編に乗り出すという.
 まあ,これが経営なんだな,としみじみ思う.

 そういえば文科省も,学部を売りに出すことを考えるべきことを私大に通知していたはずである.学部ごと他大学に移管させる,というのは,子会社や事業部ごと売却して経営をスリム化するという企業慣行を念頭に置いたのだろう.むろん国立大は想定していない.

 私が教養学部で学部長になった頃,よく内輪の雑談で「ウチの教養学部を私大が学部ごと買ってくれないかね」と話したことがある.当時,私大にもよるが中堅以上の私大であれば,給料や研究費は埼大より若干良く,定年も長く,サバティカルなどの労働条件も悪くても同等である,という認識があった.正直いって,埼玉大学という国立大学に学部があるメリットを感じることはなかった.今All-in-One Campus などというが,個々の教員にとっては,埼大の他学部があることのメリットはほとんどない.しいて言うと人文系の先生が教育学部に同分野の方がいるのが有難かったかも知れないが,大きな要因とも思えない.
 昔からメリットとされるのは,国立は教員辺りの学生数が少ないというくらいである.ただ,私は何年か前に成城大学で非常勤で卒論を担当させて頂き,今年は中央大学で非常勤で卒論指導を担当させて頂いている.私大であるから学生が多い.とはいえ,1教員辺りの卒論の指導学生は何れも10名を目安の限度としているのである.教養学部の場合,教員1人当たりの卒論学生数は4,5名だろう.それが10名になって,気にするような手間の増があるとも思えない.むしろ10名程度が最適数ではないかと思う.
 法人化後,理系が設備の貧困を嘆いているけれども,文系の場合はそれ以前ではないかと思う.図書館には必要な書籍,雑誌類がまずない.予算額の問題より使い方の問題だろう.しょうもない雑誌のタイトルはよく見かけるが,Annual Reviewのようにimpact factorが最高の出版物ですら,私が研究費で買わなくなると大学にはないのである.大学の図書館としては考えにくい.理系のための電子ジャーナルで予算は吸い尽くされるので仕方ない面もあるが,管理もまずい.
 今は改善されたかも知れないが,在職中に私が苦労したのは,統計の授業で統計ソフトを学生に使わせたいけれど,十分な手当てができないことだった.たまに教育機構のプロジェクト経費でお金をもらって一定数インストールして凌いでいる有様だった.授業でも2人に1台の手当しかできなかった.理系ではMathematicaなどのサイトライセンスを取っているから,統計ソフトのライセンスを取る余地はないのかと,情報系の先生に伺ったけれども,そんな余地はない,という.そんな有り様の大学は,私が知る限り,私大にもない.おそらく理系で金を使うので文系に金が回らない(文系主体の私大では金が回る)というのが実態ではなかったか?
 そんなくらいだから,「教養学部は明日から私立の〇〇大学になります」といっても,多くの教員は反対しなかったろう.反対する要素があるとすれば職場がさいたま市より北に移動する場合だけだったろう.
 学部長になる前,私は前任者の関口学部長の下で副学部長をしていた.関口先生とはいろんな話をしていたが,何の話のときだったか,関口先生は「国立大学は民営化してもよかったんだよな」と仰った.「すぐに民営化するというのは無理だが,時間を置いて民営に移行するなら対応できただろう」というご意見であった.実は私はもともと,国立大学の民営化論者であるから(今もそうである),そのときはいきがあっただろうと思う.
 私や関口先生が民営化してもよいと考えたのは,むろん文系だからである.文系は国立大学にいることによる恩恵がない.その点は理系とは異なるだろう.理系は税金によって私大との大きな価格差を付けてもらっている.学生の質に及ぶ恩恵は計り知れない.理系では,当初の交付金には入っていないような設備用の予算も申請できるが,文系ではその恩恵もない.理系は国立をやめられないと思うが,文系の方は有難みは実感しにくいのである.

 さて,教養学部をどこかの私大が買ってくれる,ということがあるかといえば,現実にはないだろう.教員が欲しいとしても,欲しくない教員もいる.だから「学部ごと買う」より「個別に人を引き抜く」方が合理的である.また,学部として受け入れ難い慣行を持っている場合,学部ごと買うことにはリスクが伴う.
 買ってくれることがあるとすれば,その学部自身にブランド力がある場合,また,埼玉地方に新たにキャンパスを増設する場合,といったことではないかと思った.
 私が学部長のときに考えたのは次の2つである.買ってもらえるためには,一定のブランド力を付ける必要がある.私の学部長期に教養学部はグローバルの方向性をとった,その内心の動機の1つは買ってもらえるようにするためである.もう1つ考えたのは,埼玉県内の高校に根を張っていると買ってもらいやすかったことである.だから何とか「指定校」を作れないかと思ったが,当時の国立では無理だった.グローバル事業を始めるときに県内の高校にアンケートを送って事実上宣伝をしたけれども,その努力はその後しなくなってしまった.
 だが,「学部ごと私大に買ってもらう」という可能性は今後も捨てずにおいた方がよいだろう,と私は思う.理系は国立でなければ生き残れないが,文系はそうではない.今後,どういう展開になるかは分からないのである.特に,人事給与マネジメント改革が暴虐な様相を呈する場合(その可能性はあると思う),学部ごとどこかに退避する,ないしそれに近いことを起こすことは,現実的な選択肢かも知れない.

| | Comments (0)

静岡大学と浜松医科大学との法人統合

 静岡大学と浜松医科大とが統合するというニュースが出ていた.両大学の統合話は前からあったような気がする.21年度からというから,アンブレラではなく,以前からよくあった複合大学(医学部がないと総合大学とはいわない)と医科大との統合のケースと思う.その意味では大きなニュースではない.
 静岡大学は少し前に静岡県立大学との統合話があった.今にも統合するような話であったが,気付かぬうちに消えてしまった.学部長会議でお会いした学部長さんの話によると,県と国では事務的な仕組みが違うので無理という判断になったという.今回の浜松医科大は国立であるから,ハードルは低かったのだろう.
 静岡大学は,埼大ほどではないが,立ち位置が難しいように思う.東京からやや離れているし,名古屋大を中心にする東海地方のアンブレラに入るには,浜松はともかく静岡は違和感があったかも知れない.むろん,将来,東海のアンブレラに入る可能性がなくはないだろう.何れかのアンブレラに入るとしても,より強い立場で入れるだろう.
 素人目には静岡大学が浜松医科大を吸収するように映るかもしれない.が,予算は(ホームページに出ている平成29年度の決算書では)静岡大学が埼大の1.4倍程度の185億円,浜松医科大学が312億円である.浜松医科大学の方がかなり大きい.看護学科を含めた医学部だけの大学であるが,商売としては医学部1つの浜松医科大学の方が静岡大学より大きいのである.埼大も,もし医学部があれば予算は3倍超だろう.
 確認のため自治医科大学の予算を見てみた.信じられないほど大きかった.

 学問系統の異なる大学同士の統合であるから,おそらく,両大学は今まで通りに運営されるような気がする.統合することの意味は,調達を含めた事務処理の共通化による節約や,医工連携の促進,といったことくらいだろう.むろんその2つでも,大きい.

 埼大は,今,何か話を進めているのだろうか? 大きな決断を回避するこれまでの埼大のパタンを考えると,気が付いたときには選択肢が限られてしまうというのが,最もありそうなシナリオのように思える.

| | Comments (0)

THE大学ランキング日本版2019

 昨年も全く同時期に同じような記載をアップした.Times Higher Education(THE)の世界大学ランキング日本版の2019年版が公表されたというニュースを見かけたからである.この日本版のランキングは教育面の評価であり,研究面まで入れるとランキングは異なる.が,協賛しているのがベネッセなので,教育面の評価が主体になるのだろう.
https://japanuniversityrankings.jp/
 大まかな大学のランキングは当然ながら昨年度と同じである.1位が東大から京大に変わったとニュースでは喧伝していたが,もともと差は小さく,どちらでもよいことである.注目すべきことではない.
 埼大は昨年度が70位で今回は75位だった.この点も「変わらず」というべきだろう.
 ちなみに,重点支援①の大学だけ取り出してみたのが下の表である.大きな変化はない.

表:重点支援①の大学のランキング(100位まで)

190328

 評価次元は教育リソース,教育充実度,教育成果,国際性の4つである.詳しくは上記サイトを見て頂きたい.教育リソースとは学生の資金や教員の研究力などからなる.教育充実度は学生や高校の先生の評判である.教育成果とは企業や研究者からの教育力の評価である.国際性は留学する学生の比率や外国語による授業の比率などから算出する.サイトにも詳しくは載っていない.
 埼大の場合,総合で75位,教育リソースで88位,教育充実度で110位,教育成果が49位,国際性が93位だった.見たところ,教育成果が高く教育充実度が低いように見える.しかし,教育成果が良いといっても茨大や鹿児島大が少し上であるから喜ぶ話ではないかも知れない.教育充実度がやや低いのは,学生や高校の先生から評価されていない面がある,ということである.

 このランキングは大した指標に基づくものではない.研究力ランキングのような論文関連の客観指標によるランキングではない.指標の半分は評判であるから,世間のステレオタイプを反映した結果になりやすいといえるだろう.ランキングを上げたければベネッセに儲けさせてください,という商売になっているような気もする.しかし,埼大の場合,受験当事者からの評判が取れていない,そこを何とかすべき,といったことを教訓として汲み取るべきかも知れない.

| | Comments (0)

AI人材育成

 日経の記事を眺めていたら「政府,AI人材年25万人育成へ 全大学生に初級教育」という表題の記事が出てきた.3/29に政府の統合イノベーション戦略会議が公表するという.内閣府が記者に「豆撒き」したニュースだろう.大きく出たな,と思う.この公表には経済成長マインドを鼓吹する狙いがあるのだろう(正しいことである).記事を見るとAIに加えてデータサイエンスを入れて考えているようである.理念として標榜するのが「数理・データサイエンス・AI」である.
 最近の政府の動きを見ていると,官邸主導で必要な方策を出していく.総務省や文科省のような既得権益官庁はその邪魔をする,という構図である.
 政府の何万人計画というのは今までにもいろいろあって,たぶん達成された試しはない.しかしこの件で大きく出るのは正しいように思う.アメリカのようにバイオに投資することは,日本はしなかった.日本がAIやデータサイエンスに賭けるのは必然のように思う.やるなら,「勝利を決定づけられない兵力の逐次投入」ではダメである.
 記事の記述を見ると年25万人はまず無理のように思う.しかしそのつもりやる,ということだろう.文系学生の15%がAI人材になるという想定らしい.文系でも研究上はテキスト分析などへの応用は普及するだろうから,教養学部もその方面の人的な投資を考えてよいように思う.
 「全大学生に初級教育」というのは,対応できる大学がどれほどか,という問題があるだろう.ただ国立大学はやることになるように思う.今後の外的な環境要因の1つとして考慮するのは必要なことである.良い方向への変化になると私は思う.文系の学生でも初級教育くらいは必要である.ある程度の知識がないと通常の業務に支障が出かねない.AIでできること,できないこと,付け加えるべきモジュール,などについて判断できないからである.
 同じ日経の記事の2/27付けの記事に「AI・データサイエンスの大学院新設ラッシュ」という記事があり,東大,阪大,早稲田,関学などの例が載っている.確か立教が院を新設するという話もあった.手を打てるところは打っている.
 埼大は,グローバルを見送ったのだから,残る投資先はデータサイエンスしかないと私は思ったが,やらなかった.当然ながら挽回が必要になるだろう.工学部と経済学部がジョイントで何かするとすればデータサイエンスしかないと思ったが,そこは京大の経済学系列の滋賀大とは内訳に差があったのかも知れない.

 ふと思ったが,AIは軍事技術としてもキーになるだろう.軍事に転用できるからAI研究は認めないぞぉ,とかいうバカが出るか,その点は楽しみにすべきと思っている.

| | Comments (0)

文系を学ぶとバカになるのか?

 少し前,アマゾンで百田尚樹の『日本国紀』と一緒に,高橋洋一の『「文系バカ」が,日本をダメにする』という本を購入した.台所に置いてペラペラ目を通していた.
 高橋洋一という人は嘉悦大学教授の肩書のある,元財務官僚である.最近のニュースの解説をする評論家の中で,この人が最も良いことを言っていると私は思う.何が良いかというと,話を単純化して分かりやすく説明する点である.この方は数学がすごく出来る人だったらしい(この本に書いてある)が,話を単純化して見せるところはなるほどと思わせる.文系の人だと単純な話を複雑にして喜んでしまう.
 で,『「文系バカ」が,日本をダメにする』という題に私が興味を覚えたのは,文系の学問の中には人をバカにする要素があるのだろうか,そのことが書いてあるのではないか,と期待したからである.
 結論をいうとそういうことは書いていなかった.本の内容はかなり簡単なもので,口述筆記程度の中身である.中身に体系性はない.週刊誌の記事くらいの内容だと思う.
 それでも面白いことは書いてあった.この本で「バカ」とされるのは主に官僚,マスコミの記者である.著者が財務省役人時代の話があり,出世する官僚が専門性がなくものの理屈を知らない人であったことが縷々書いてある.高橋氏は役人時代に「ハトの豆撒き」,つまり記者に情報を提供する仕事もしていたようで,マスコミ記者がどの程度のレベルかも分かっているのだろう.高橋氏は官僚とマスコミは信用するなという人であるが,この本を読むと,ほんとに信用しない方がよいと思えて来る.
 この本の中で著者の高橋氏が称賛する「理系」的なものとは,おそらく,「自分の頭で考えること」であろうと思う.結局,「文系バカ」とは自分の頭で考える力がない人,ということに思える.
 そういわれれば,思い当ることはないではない.
 私は退職する直前の6,7年の間,なぜか「ゲーム理論」の授業を持っていた.私ができることであるから,むろん入門的な内容の範囲である.ゲーム理論は,分野では経済学者が研究することが多いけれど,本来的には数学の一種である.私はこの授業を担当することが気に入っていた.退職した次の年には埼大で非常勤の授業を1つ担当する機会があったけれど,社会心理学の授業ではなくゲーム理論を選んだくらいである.社会心理学のような体系性のない科目に比べ,ゲーム理論には体系的な美しさがあった.
 だから,私はその美しさに酔いしれて講義をできて幸せだったけれど,講義を受ける学生はつまらなかったろう.よくある話である.が,問題は,試験の成績が概して悪かったことである.グローバル・ガバナンスのように,表向き社会科学系の学生であっても,概して出来が悪かった.
 私の認識では,成績が悪くなる要因は2つあった.第1の要因は「考える」ことができていないことである.私が学生だったときの経験からして,文系の学問の試験では,できたかどうかは設問で問われた事項(例えば用語)を知っているかどうかで決まる.知っていれば,どのように表現するかについては考えるものの,答えは書ける.事項を知らなければ,考えて創作しても通常は点にならない.しかし数理系の科目の試験では,明示された条件と既知のルールを操作(演算)して答えを出さないといけない.つまり自分で考える過程が入るのである.その考える過程ができていないことを示す答案が多かった
 第2の要因は基本的な演算の間違いである.私の授業では,初歩的な微分を除けば四則演算しか使わない.その四則演算,ないし文字式の変換の基本的操作の間違えが結構あった.だから考え方は合っているのに解答が変な方向に向かう.その種の間違いの減点率は低くしていた.
 第2の要因の方の原因は,仮説は多数にのぼるが,私の想像では「ゆとり教育」の影響だろう.第2の要因は,私がゲーム理論の授業をしていた期間の最後の2,3年に強くなった.調べてみると,何れの学年もゆとり教育を経験しているものの,その2,3年の学生の学年では小学校低学年からゆとり教育があったのである.だから演算の反復訓練をする習性ができていなかったのだろう,と想像する.
 今問題にしたいのはむろん第1の要因の方である.要するに考えることが習慣になっていない学生が多かったように思う.中には暗記物として試験を受ける学生がいて,解き方のパタンだけ暗記して解答したらしい答案も見かけた.そういう答案は論述部分で説明になっていないのである.
 研究者になるような方であれば,文系理系を問わずに考える経験を積んでおられると思う.しかし普通の学生はそうではない.文系学生の場合,知っているかどうかが勝負であり,自分で考えるという過程を経験せずに点が稼げる.論述はさせているのに結局は暗記学問になる.それでは考えることをしなくなって不思議はない.
 こう考えると,極論すれば,文系の学生はその課程を通してバカになるよう訓練されているのではないか,と思えてくるのである.
 聞くところによると,埼大では新たな教養教育において,文系学生向けにも数学系の科目を重視するとのことだった.また経団連等は文系学生にも数学の知識を求める提言をしている.だから文系の課程でも入試には数学を入れることが求められるだろう,と書くメディアもある.実際どうなるかは分からないけれど,まあ結構なことではないか,と思う昨今である.例えば論理的な文を書く練習をさせるなら,数学の証明をきちんと書く訓練をするのが一番早いだろう.文系の場合,「論理性」と「説得性」を区別できていないことがよくある.

| | Comments (0)

国立大学のキャッチフレーズ

 3月初旬に偶々いくつかの国立大学のホームページを眺めた.群馬大学のページで新しいキャッチフレーズを決めた,と書いてあった.「群を抜け 駆けろ 世界を」というのがそのキャッチフレーズである.同じようなことを他大学もしているかと思って国立大学のホームページを調べてみた.
 東日本の国立大学は全部調べた.といっても東京の国立大学はスキップした.埼大の参考にならないからである.西日本については,多少見知った大学だけを拾った.その結果が次の表である.キャッチフレーズが見つからなかった大学も多い.

  表:国立大学のキャッチフレーズ
─────────────────────────
弘前大学  世界に発信し,地域と共に創造する
岩手大学  岩手の「大地」と「ひと」と共に
秋田大学  学生第一の秋田大学
東北大学  最先端の創造,大改革への挑戦
群馬大学  群を抜け 駆けろ 世界を
埼玉大学  All in On Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現
山梨大学  地域の中核 世界の人材
信州大学  Plan the NEXT
静岡大学  自由啓発・未来創成
新潟大学  真の強さを学ぶ.
岐阜大学  学び,究め,貢献する岐阜大学
三重大学  三重の力を世界へ
高知大学  地域から世界へ,世界から地域へ
島根大学  人とともに 地域とともに 島根大学
鹿児島大学 進取の気風あふれる総合大学
─────────────────────────

 正確にいうと,大学のトップページ,ないしその1つ下のページで出て来る標語らしきものを選び出した.あくまで今年3月の初旬のホームページ記載である.ホームページは結構書き換わるし,4月の新年度になるとリニューアルして変わるかも知れない.3月初旬のスナップショット,と考えて頂きたい.

いくつかのタイプ

 いくつかのタイプに分けられるように思う.
 まず地域を基盤とする重点支援①の大学であることをそのまま示した「地域型」と呼ぶべきキャッチフレーズがある.岩手大学と島根大学である.重点支援①を純心に標語に落とした感がある.
 「地域型」の1つのヴァリエーションとして「地域と世界型」と呼ぶべきタイプもある.もともと重点支援①は,地域を基盤にするだけではなく,世界的な拠点を持てる記載になっている.特に理系は「世界」を入れないと収まらないだろう.このタイプの大学は弘前大学,山梨大学,三重大学,高知大学である.
 大学のミッションを標語として表現したと思えるケースもある.「ミッション型」と呼んでおこう.上記の表では,秋田大学,東北大学,岐阜大学が該当すると,私の主観では,思える.
 記憶に残るのが,かつて就任時に物議を醸した山形大学の結城学長が「教育第一」というスローガンを掲げたことである.その頃,東北大学は「研究第一」を掲げた.好き嫌いはともかく,見事なコントラストであったと思う.秋田大学のキャッチフレーズは,その結城学長スローガンの変奏のように見える.
 岐阜大学のキャッチフレーズにも注目してよい.ご存じのように,岐阜大学は名古屋大学とアンブレラ統合の協議に入っている.その協議の覚書が岐阜大学のホームページに掲げられている.名古屋大学ホームページにもあるのだろう.その覚書を見ると,岐阜大学と名古屋大学はミッションが違うことを明記しているのである.上記の岐阜大のキャッチフレーズは何気ないように見えるが,明らかに東北大学や名古屋大学とは書くことを違えている.地域大学として教育,研究,社会/地域貢献をします,という.素直な表現といえる.
 学校の教室にはよく,その学校の校風を示す言葉を書いた額が掲げられている.かつて私が通った中学校では「力のある人間になれ」と書いてあり,高校では「至誠一貫 堅忍力行」とあった.そのような校風の表現をしているのが静岡大学,新潟大学,鹿児島大学である.このタイプを「校風型」と呼んでよいように思う.
 ここまで,私の主観で4つのタイプを想定してみた.その4つに入らないのは,上記の表の中で,群馬大学,埼玉大学,信州大学である.
 群馬大学のキャッチフレーズについては,当ブログの1つ前の記載(「法人化後の3代目学長(下)」)で取り上げた.「エースをねらえ」の宗方コーチが,岡ひろみの飛躍を願って,今わの際で「岡,エースをねらえ!」と叫ぶ,群馬大のキャッチフレーズはその叫びの雰囲気だね,と思う.地方国立大学の群から抜けだ出して世界を目指せ,ということである.ウチの学長の心の叫びでもあるだろう.だから群馬大学のキャッチフレーズは「エースをねらえ型」というべきだろう.
 信州大学の標語は,何というか,日立の Inspire The Next のパクリだろう.だから「日立型」というべきかと思う.むろん,Plan the Next,うん,悪くない.inspireという気の利いた単語を選んだところは,日立さん,ちゃんとお金をかけたんでしょうね.
 最後は埼大である.見ての通り,かなり異質である.1つの決定打がないので魅力と思えるものをいろいろ集めたのだろう.その意味では「複合型」といえる.
 ただ埼大の標語は,外部向けには意味が薄い.この種の標語は見て0.5秒くらいでその意味を把握できないとダメだろう.

埼大にどのようなキャッチフレーズがあり得るか?

 前項で並べた「複合型」以外のキャッチフレーズを埼大について作るとすればどうであろうか?
 まず「地域型」であるが,埼大としては「世界」が入らないと収まらないだろう.「地域と世界型」から選ぶなら,弘前大学,山梨大学の標語はそのまま使えるかも知れない.ただ,埼大の難しさは,単なる地域ではなく,「首都圏」を入れないと(埼大関係者の気持ちが)収まらない点である.しかし「首都圏の発展に貢献する埼玉大学」といっても信憑性はない.首都圏に比べて埼大の存在が小さ過ぎる.つまり「首都圏」としての「地域」は使いにくいのである.その点,例えば首都大学東京や横浜国立大学の場合,都市環境を扱う学部・研究科を持っているから,「首都圏」といって収まる面がある.しかし埼大は「都市ナントカ」の組織を備えていない.そう考えると,「首都圏」とか「地域」といったキーワードを埼大は使いにくいと思える.
 「校風型」も作り難い.埼大は校風などは考えたこともないはずであり,仮に作っても自分でも納得できないだろう.あえていうと,以前に埼大経済学部が「地味だけど実力派」という標語を使っていたのは,校風に近かったかも知れない(千葉大の「底力宣言」と泥臭さが似ている).しかし,そういう標語は,いってみても受験生は引くでしょうね(笑).
 素直なアプローチは「ミッション型」であり,岐阜大の標語はそのまま使えそうに思える.しかし埼大の志が高い向きは,「世界」だの何のと入れたがるだろう.
 「エースをねらえ型」もありだろう.群大のキャッチフレーズは,埼大の今の執行部はそのままOKではないかと思う(統合するのも手だろう).もろに「エースをねらえ」でもよいかも知れない.「龍の閃きとなって天を翔けろ」(るろうに剣心か?)なんて,よいかも知れない.恥ずかしくなければの話である.
 半ば冗談で書いてみたが,この種の標語は,たぶん学長ごとにできるだろう.埼大でも,学長が変われば,2年目くらいに新たなキャッチフレーズを作ることになるだろう.そのときの参考になれば幸いであるが,なる訳ないよね(汗).

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の3代目学長(下)

 3代目学長さんに関する「下」を早めに書こうと思って,延びてしまった.延びた理由は書く内容に迷いが生じたからである.当初,「中」の後の展開について書くつもりでいたが,そんなことを何のために書くか,と疑問が生じてきた.もともと「法人化後の学長」について書こうと思ったのは,「学長は,就任前と後ではやることは変わって来る,事前に学長選びに凝っても仕方ない」という点だった.ただ,3代目さんについては,私の在職中の見聞は最初の3年間に過ぎない.だから「学長が変わった」という話はしづらいのである.3代目学長さんは,6年を通してもあまり変わらないように思える.
 ともかく,書きはじめてしまったので始末をつけよう,と思った.

公平に頑張った

 3代目学長に関する「上」で私が最初に書いたのは,この学長さんは個人属性からすると最善と思えたことである.その点と矛盾することなく,少なくとも最初の3年間については,学長職をよくつとめられたと思う.見ていると「一生懸命やってます」感があった.その点は2代目さんとはやや異なる.そして,あくまで教員が見ることができる範囲の事柄について,予想よりも公平であったように思う.理工出身ではあるが,特に理工に贔屓をしたとは感じない(ただ理工は部局として力があるから,その点での配慮はあったろう).予算の配分にしろ,教員の削減にせよ,公平に行うことにつとめられたように思う.ちなみに,2代目学長さんについては,(私はそうは感じなかったが)「全学の会議には経済学部長が二人いる」という方もいた.
 学長としての説明力が一番出るのは,学内では,教員相手の会議よりは経営協議会の場である.私が直接見たのは2代目さんと3代目さんであるが,ご両所とも見事な説明力だったように思う.まず2代目さんは,外部委員と考えが異なることがあっても平然と説明を進め,差しさわりのないように相手からの了承をもらう.見ながら私は「大したもんだ」と思ったものである.3代目さんについては,この方の性格であろう,そんなことまで口にしなくてもよいと思えることまで公平に説明し,了解を求めることが何度かあったのを記憶している.
 具体的には書かないが,私は学部長をしていたので,むろん,学長とは意見が異なることは何度もあったし,気に入らないことを決められてしまったことも何度もある.しかしいずれも,大局的には小さい話である.実際に少ない人数で学長に接する場面で,3代目学長さんに嫌な思いをしたことは記憶にない.

事績としては地味だった

 ただ,学長としての事績は意外と地味だったように思う.大きな展開を導いたという印象はない.むろん,この点は初代目さんも2代目さんも同じである.
 地味だったのは仕方ない面がある.何かをするには予算が要るけれども,国立大学は「その日暮らし」であり,年度ごとにもらう交付金や補助金でやりくりするだけだからである.その点は自前の資金を持ち得る私大とは事情が異なる.
 以前,政府の参与か何かの,規制改革派の経済学者が,文科省が国立大学内の権限を学長に集中させる措置をとることを嗤う発言をしたことがある(政府が公表する議事録に載っていた).独自の財源もないのにトップ・マネジメントはあり得ない,という.まあその通りである.申請して補助金を獲得することはあり得るが,独自の構想に使えるものではない.学長は権限が強いといっても,構造的に考えて,学長が大学を運営しているとはいえても経営しているとは言い難い状況にあるように思う.
 3代目学長さんは埼大のユニークネスをどのように表現するかにかなりの認知的資源を使ったように推察する.しかし,結果としては特段にユニークな点を作れた訳ではない,と思う.「All in One Campus」といっても,すべてが揃っていないから1キャンパスに収まっているに過ぎない.複数キャンパスになっても,医学部や農学部を持っていた方が強みだったろう.「研究力」はどこの国大もアピールに努めている.「文理融合」や「グローバル」もほぼ,どの大学もいっていることである.「融合」は,ほぼ全大学が歌っており,規模が大きければその名を冠した部局を作っている.埼大の場合,「理工融合」は済んでいるので,学内部局の選択肢としては「文理融合/文工融合」しか残されていない.しかし「文理融合/文工融合」は医学や農学との融合に比べて具体的な成果をアピールするのは難しいだろう.
 むろん,学長に責任がある訳ではない.学長さんとしては手持ちの駒を使っていかに魅力的に映る表現をするかをお考えになったように思う.しかし駒に制約があるのであるから,どうしようもない.

国立大学の階層化

 法人化後の初代学長さんの時期は新たな法人化体制の初動期間であり,法人化運営の定着がテーマの時期だったろう.2代目学長さんの時期は,交付金の削減が続いたけれども,民主党政権時代と重なり,国立大学に関する考えは定まらない時期だった.対して3代目学長さんの治世は,国立大学の階層化が進行した時期と重なっている.
 むろん,国立大学の階層は法人化の前から事実として存在していた.しかし,実質はそれほど変わらないけれども,階層の意味付けが整理された時期と言ってよいように思う.安倍政権になってから大学は国力の基盤と位置づけられ,(理系の)研究力が明確に存在する国立大学の立場は安定したように思う.その安定化と同時に生じたのが国立大学の階層化であり,旧来の階層のある程度の振るい分けとともに,重点支援の形態として階層化が理屈づけられたと私は思う.
 埼大は2代目学長さんの末期に改革強化プランを文科省に採択してもらった.このプランは上の階層に入る志で作成したようであるが,国立大学の階層化の基礎データは第1期中期あたり(COEを盛んに決めていた時期)でほぼ確定しており,改革強化プランの時点で,これから研究力を強化してどうにかなるはずもなかった.他の国立大学との比較で考えて,埼大が重点支援①に入ったのは順当である.重点支援③に入れなかった悔しさをにじませて不思議ないのは,むしろ他のいくつかの国立大学だったろう. 
 つまり改革強化プランは見込み違いで決めたように思う.私個人は,そのときに別の道,つまり埼大の方向性を示す新学部の設置に動くべきであったように思う.しかし,重点支援①の地域大学の埼大にとり,この強化プランはある意味で合理的な選択であったかも知れない,と私は今は思う.あの強化プランの結果とは理工,特に工系の比重を大きくしたことだった.この結果は,地域大学としての埼大の一つの合理的な在り方かも知れない.地域産業におけるイノベーションを担うポテンシャルが高まったとすれば,という意味である.埼大が地域大学としての実を上げるとすれば,基礎研究において華やかであるというよりは,次世代の産業への貢献,そのための人材養成ということが求められるからである.
 この路線で行くとすれば,内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金」の採択や,同じく内閣府の「日本オープンイノベーション大賞」などを狙うことで,成果を示してゆくことになると思う.ちなみに,最近の第1回「日本オープンイノベーション大賞」の最高位である内閣総理大臣賞を獲ったのは,弘前大学教員が加わったプロジェクトである(弘前大学のホームページには大きく載っていた).地域大学に徹している弘前大学がその栄誉に浴したのは医学部があるからであるが,この受賞はある意味で地方国立大学の当面の方向性を示しているだろう.

トップダウン模様

 3代目の学長の治世になって2代目のときよりもトップダウン色が強まったことは,両方で部局長をしていて私が感じたことである.3代目学長さんがトップダウン宣言をしたことはなかったと思う.強いていえば,2代目さんの4年目に3代目学長が学長選に立候補したときに,「今よりはトップダウンの方向でよい」という意見を述べられたくらいである.しかし,(法人法の本質は同じでも)学長に権限を集中する学内規則改訂を文科省が求めてきた時期であるだけに,学長にはトップダウンの方向に押される面があったろう.
 むろん3代目さんは乱暴なトップダウン判断をした訳ではない.主に合理的に判断されていた.また,ジンメルの説を引くまでもなく,一般に支配がそうであるように,支配者は被支配者(部局等)の出方を織り込んで判断する(ゲーム論では展開形ゲーム).だからトップダウンといっても一方的な権限の行使にはならず,相互作用は存在していた.典型は,部局負担を極限まで下げたノンディグリー・プログラムを学長自らが提案したことである.

細かい学長 いちいち数えた訳ではないが,学長が決めた事項は2代目学長時代より増えたと感じる.むろん組織決定は最終的には学長が決済するから,形式的には同じはずである.しかし,あえて学長が判断に手を加える格好になった事柄が多かったのだろう.
 ただ,いわゆる「トップダウン経営」というのとはニュアンスが異なる.3代目学長の下で教養学部長をしているとき,やたら細かいことまで「学長が決めた」と学部事務方から伝えられることが多かったのである.「こんな細かいことまでほんとに学長が決めたのか?」と時折,私は学部事務方に聴き返したことがある.学長の決済は経るにせよ,普通は下の者が決めて終わるようなことに「学長が決めた」という注釈がついて話を受け取ることが多かったのである.
 経営者のトップダウンとしてわれわれがイメージするのは,何に投資するといった大きな事項を経営者が決めることである.が,私が感じたのは,学長がトップダウン経営をしているというより,学長が「万能小役人」として働いているような印象だった.
 そんなことが,少なくとも一時は続いたものだから,私は冗談交じりに副学部長殿に,「癒し系の斎藤理事を学長に押せば通るのではないか?」と何度か話したことを記憶している.私の当時の目算では,教養学部を除く4学部のうち,3学部は賛成するのではないかと思えたのである.むろん冗談であり,話した副学部長殿は乗ってくれなかった(笑).斎藤理事も管理的な仕事はお嫌であったろう.
 学長が細かかったことにはいくつかの可能性があるのだろう.下から上がってきた決済を学長がひっくり返す,ということがあったというのが可能性の第1である.「学長が使われた」,つまり本部事務方(の上の方)が学長にいちいち了解を求めた上で案を定めた,という可能性が第2である.
 まあ確かに,私が3代目学長の下で教養学部長をしていた2年間に,学長に話が行ってからひっくり返った,とか,話がややこしくなった,といった感想は,教員といわず事務方からといわず,何度か耳にした.2代目学長さんのときは聞かない話であった.
 あくまで一般論であるが,上の方が細か過ぎた場合,下の者は「いかにして話を学長に持って行かないで済ませるか」を考える.そういう「適応構造」ができてしまう.3代目学長のときにそのようなことが具体的にあったとは,いわない.

本部事務上層部の権力 学長がトップダウンになると本部事務方の上層部(ただし事務局長より下)の権力行使が強くなる,というのが私の仮説である.確証のない「仮説」であり,錯覚かも知れない.単にその時々の当事者の属人的要素,つまり偶然の結果であったかも知れない.が,私はこの仮説が成り立つように思うのである.
 田隅学長はトップダウン志向が強かった,ということになっている.その頃,本部事務方の〇〇課長がひどい奴だ,といった風聞がよく流れた.私も副学部長時代,ある件で直接接触して腹を立てたことがある.2代目の上井先生はボトムアップ志向を口にしており,その間は部局の権限が強かった.典型的には予算の使途が部局裁量に任された.だから2代目学長のときは本部事務方上層部は不満を抑制していたかも知れない.3代目の山口学長になってから,本部事務方上層部が抑制を解き放った感があった.予算をはじめ,本部の縛りが強くなった.
 3代目学長の下で私が教養学部長だったとき,こうした次第を痛感したのは,人文系学部長会議の結果報告のメモを全学運営会議資料として出し,掲載を本部総務に拒否されたことである.実は事前に,学部事務と本部総務との間でもめていた.私が書いたメモを資料には付けられないという.その理由は学部事務にも分からなかった.その件が決着せぬままに全学運営会議になったけれども,会議に出ると資料は付いていない.資料を本部総務に出しているが,どうなっているんだ,と私がいう.フォームが違うとか,それまで聞いたことのない返事を本部総務が会議で述べる.そんな場合,2代目学長であれば資料(A4の1枚)をコピィして配れ,というだろう.が,そうはならない.学長は口頭でいえというが,紙で出したものは覚えていない,と私は拒否した.この件は,このブログの前の記載で書いたことである.
 タネを明かせば単純かつ愚劣なことである.私の報告には,1つの項目として,出席した17大学人文系学部長会議で文科省を非難する声明を出したことを書いている.私のメモには「声明を出した」と書いただけで,声明そのものは載せていない.が,その1項目を会議の記録に載せるのを嫌がったのだろう.実は,その件で文科省との間でもっと厳しいやり取りがあった大学もある.だから話は見え透いている.とはいえ,埼大で,学部長が資料として出したものを事務方が掲載を差し止め,それを学長が黙って見ているとは,私は思わなかった.2代目学長のときにはあり得ないことである.
 ほぼ同時期に別の件もある.どなたかの講演会を学部主催で行うと公表したが,その講演者に有罪判決が出た,と本部総務がいいがかりをつけてきた.ご丁寧に学長のお言葉が添えてあり,講演をするなら学部の責任でやれ,大学は知らん,想定問答集を持ってこい,という.想定問答集などというものを作ればそこで難癖をつけられるに決まっているから,要するに「やるな」というに等しい.この件では,「有罪判決」がネット上の1つの悪ふざけ記載に過ぎないことを私がすぐに見つけ,本部総務に通告して学長のお言葉も無視した.しかし学部教授会がやると決めた講演を本部がやめろということなど,あるか? 本部事務方がそこまで細かく検閲しているのか? やはり2代目学長の治世では考えられないことである.この講演会を大学ホームページにお知らせで載せるよう,学部事務を通じて依頼したが,やはり本部総務は拒否だった.
 大学は言論と学問の自由によって成る.だから,たとえ講演者に有罪判決が出ようと,講演を主催することは誉れであって恥ではない.
 上記の出来事があった辺りから,学内で情報統制が強くなったと感じ始めた.当ブログの以前の記載で,学長選考会議の公表されている議事録が実際の会議の様子を伝えていない,と私は書いた.実は同会議の議事録には何種類かがあり,ホームページに掲載されるのは一番記載が簡単なものなのである.
 確か評議会だったと思う.学長選考会議に関する報告があった.そのとき,ある評議員殿が学長選考会議の議事について質問をした.が,選考会議の議事については公表ができないルールだ,学長選考会議は大学とは別である,ここでは扱えない,と学長はいう.そのときに若干のやり取りがあった.選考会議と大学が別ならなぜその会議の報告になったのか,学長選考会議の事務局は大学の総務なのに(だから総務が報告しているのに),大学と学長選考会議は別だなどといえるか,がそもそも不思議であった.その場で私は iPad でネット検索すると,鳥取大学(か島根大学)の学長選考会議の議事録が出てきた.だから公表できないルールであるということはないだろう,と私は申し上げた.その件では本部が引き取って検討することになったが,学長選考委員であった私は公表できないなどと聞かされた記憶がない.その場で,学長選考会議の主査宛に情報の公開を求めるのが正しい,連絡先は埼大の総務である,と同評議員殿に私は申し上げた.同評議員殿はその通りに情報公開を求めたようで,学長選考会議の議事録が手の込んだものになったのはその情報公開請求のためである.
 考えてみると,以前は大学ホームページ上で公開する全学の会議の議事録は結構な記載がなされていた.初代学長時代は,評議会で誰が何をいったかまで書いてあった.しかし3代目学長の頃は,公表する議事録には提案の表題と,採択された旨しか書かないようになったように思う.そしていつの間にか,全学運営会議の議事録は大学のホームページには出なくなった.一番生々しい話が全学運営会議で出るからだろう.現状で,詳しく書いてあるのは(余所行きの議論が主の)経営協議会の議事録だけである.
 いずれにせよ,この情報統制の息苦しさが3代目学長さんの治世の暗黒面である.あくまで私の立場からすると,である.どなたの判断でそうなったかは存じ上げない.

トップダウンがよい領域 3代目学長の下で私が教養学部長をしていた2015年頃に事務方の再編が始まった.詳細は私にもまったく分からず,あくまで事務方の話として進んだことである.学部事務方を含め,事務方の下々がいろいろ意見を出したようであるが,私が聞いた範囲では,その方々が出した案は通らず,現状の格好になった.最終結果が出たのは私が学部長を辞めた後,私の最後の在職年度だった2016年だったろうと思う.結果として学部の事務は引き上げたような,残っているような,現在の姿が経過措置なのかどうかも,私はよく理解していない.明らかなのは教員には不便になったことであり,たぶん学生にとっても同様だろう.
 その「再編」に伴って事務手続きも変わった.記憶に残るのは,学会への出張手続きをするのがやたら面倒になったことである.
 2017年度に埼大で非常勤の授業を担当した.そのとき,教室のプロジェクタのランプが切れていた.修理を事務にお願いしたが,どのように予算を出すか,という点から検討したようで,プロジェクタが直るのに3カ月を要した.学部とは別の部署でも予算をいちいち申請する格好になるので面倒になったように言っていた.
 話を聞いた範囲では,学長がこのようにしたという人もいたし,本部総務の上の方が決めたという人もいて,実相はよく分からない.多くの人にとって自分が関わらない点で決まったようであり,その意味ではトップダウンに決まった,ということだろう.
 学務を学生センターに集約したことについても,いろんな感想を覚える.私の見た範囲で,私大では全学(ないしキャンパス全体)で学務(教務)窓口を一本化している所は多い.しかし,そういう大学には教員10数名くらいの単位で「共同研究室」のようなものがあり,複数の(たぶん非常勤ベースの)事務員がいる.実は教員も学生も「共同研究室」でサービスを受けており,一本化した学務窓口には学生はあまり行かないのである.埼大の場合,理工では事務員のいる共同研究室のようなものがまだ残っているようだったが(将来的にどうなるかは知らない),教養学部などには,ない.教養学部には資料室に事務員が残っているが,業務は別である.結果として,ある程度は教員が学務の相談窓口の代行をすることになるんだろう,と思う.
 この事務の再編のようなことをトップダウンでやる必要があったのか?とは疑問に思う.学長(ないし執行部)が,事務組織の制約条件をトップダウンに経営判断するのはよいだろう.例えば職員数を何時までに何人に減らす,といったことである.組織をどうするかは,本来,その制約条件下で利用者の満足度を最大化するような格好を決めるという,一種の最適問題になるはずである.最適の基準関数を利用者(働く事務職員を含めて)の満足度を最大化と置くならば,事務組織の格好は事務職員,教員,クライアント(学生)の合意に任せてよいのである.制約条件は充たされるのだから経営上はそれでよいはずだ.時間内に決まらない恐れがあるというなら,期限を過ぎたときに実施される(ゲーム理論にいう)交渉の不一致点を学長案で定義すればよいだけである.そうすれば最低でも学長案と同じ当事者の満足度は確保され,経営上の制約もクリアされる.

群を抜け 駆けろ世界を

 3代目学長さんに関する私の観測は最初の3年間に限られる.という前提でしいて言うなら,冒頭で書いたように,3代目学長は公平に頑張ったし,かなりの業績を上げたというべきだろう.私が退職した時点で,国立大学の中には教員の待遇面で結構ひどいことになっている大学もあったと思う.その点を考えれば埼大は平穏に運営されている方ではなかろうか.
 それでも,志が高い3代目学長さんとしては,構造的に仕方がないとはいえ,画期的な局面をもたらせなかったことに悔いがあったかも知れないと想像してしまう.
 上の小見出しにある「群を抜け 駆けろ世界を」とは,群馬大学が最近決めたキャッチフレーズである.群大サイトに載っていた.この標語であるが,見方によっては学生に対し,「そんなところで仲間と群れてんじゃねぇ,一歩踏み出して世界を目指せ」といっているようにもとれる.が,私は別の読み方をした.群を抜ける主体は群馬大学であり,「群」とは重点支援①(地域大学)の群れである.群馬大学はその群を抜けて重点支援③(世界レベル大学)を目指せ,世界ランキングをねらえ,という意味だろうと受け取った.いまわの際の宗方コーチが「岡,エースをねらえ」と叫ぶようなものである.実際,群大は(理系の)論文シェアでは埼大より上のランクであり,重点支援①に決めたものの,重点支援①に入ることに悔いを残しやすい大学の1つだと思う.
 そして,この「群を抜け 駆けろ世界を」は,3代目学長さんの心でもあるように思えた.
 少し前に人づてに,埼大では教養教育で数理・情報とグローバルを2本の柱にする,という話を聞いた.うんなるほど,それはいいですね,と思ったが,同時になにやら因縁めいたものを感じた.その2つは,埼大が部局ないし課程を作る手もあった2つのテーマ,つまり「グローバル」と「データサイエンス」ではないのか? それらを作れなかった悔いを,教養教育に刻み付けているのではないのか? そんなことをふと思った.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

国立大学が直面するかも知れないいくつかの事柄

 マスコミ報道を見ていると,結構,国立大学に関する記述は多い.報道に出ている事柄のうち,気づいたものを以下に並べてみる.国立大学にとっての外部環境と内部構造とに分けて述べる.
 ただ,昔から国立大学については報道で大変そうな話が出ていた.実際にはそれほど大きな変化はなかった.報道は,官庁が世間を誘導するためにリークした情報であることが多いためだろう.だから実際にどれほど実質的な変化があるかは分からない.

1.外的環境

1.1 学生定員の縮小
 少し前に国立大学の学生定員縮小を求める答申が出そうだ,という話があった.考えてみると学生定員縮小はずいぶん前から語られていたのに,あまり実現はしていない.今後もどうかは分からない.
 確かに18歳人口は減って行く.しかし後述の「教育無償化」のようなことがあると,入学者の人数だけは今後も確保されるだろう.だから「必ず起きる」ともいえない.
 この学生定員の縮小は,理論上は,各国立大学に一律にかけられる可能性もあるし,いくつかの国立大学を潰すことで実現させる可能性もある.常識的には,メリハリを付けるとしても,何れの国立大学にも課されるだろう.
 各国立大学は学生定員の縮小を,各部局に定率で割り振ることもあれば,メリハリを付けることもあり得る.定率縮小は理屈を付けにくいので,文科省はメリハリをつけるよう求めるだろう.学生定員が縮小すれば,財政上,教職員も減る.だから学内再編が必要になる可能性は高い.

1.2 アンブレラ統合
 アンブレラ統合は,散々語られているけれど,その制度の中身はまだ出てこない.形式的にアンブレラにするだけのアンブレラごっこなのか,アンブレラにした新法人に実質的な経営権限が生じるか,まだ分からない.アンブレラにした新法人に理事長のような法人長ができ,その法人長が強い経営権限を行使するシナリオもあり得る.なんとなく,各大学には「アンブレラは形式ですよ」といい,世間向けは強い経営権を法人長に与えるという二枚舌を使うような気がする.
 もし経営権を法人長に集約する制度設計になれば,国立大学ではじめて経営が可能になる素地ができることになるだろう.むろん法人長に独自財源がなければ,法人長は何もできない.
 宇都宮大学と群馬大学は2020年度から共同で教育学部を開設する.両大学のホームページを見る限り,実際は名目的な「共同」に過ぎないような気もする.しかし本格的に「共同」を開始すれば,両大学には学生定員と教員定員の余剰ができるはずであり,新たな展開の原資にはなり得る.共同学部ができる範囲の大学がアンブレラを作るのかどうかは,まだ分からない.

1.3 高等教育の無償化
 2020年度から政府は高等教育(主に大学)の「無償化」を始める.「無償化」は授業料等の減免と給付型奨学金による.「無償化」の対象となる学生は収入の低い世帯の者に限るから,それほど多くはない.給付される額は,最ももらえる場合(世帯収入270万以下)で国立大学の授業料等すべての免除と若干の奨学金である.私大の場合は給付額はある程度増える.不十分としても方向としては結構なことである.
 ここで国立大学の立場になると,「無償化」対象の学生にとっては私大と国公立大との価格差(授業料等の差)が若干縮まる.これまで国立大学(特に地方国立大学)が志願者を確保できた第1の要因は私大との価格差だった.今回の「無償化」措置で,国公立大に入学する場合と比べたときに,若干の効果であるが,私大に行きやすくなる.ただし対象者が限定され給付金もそれほどではないから,受験市場に影響を及ぼすほどではないだろう.
 「無償化」の対象と給付金額が限定されるのは税金を財源とするからである.しかしここで「教育国債」という議論が出ている.教育で国債を出すことは現実的である可能性が高い,と思う.もし教育国債が実施され,給付が教育バウチャーで支給されるとすれば,無償化の範囲と程度は高まる.その場合,国立大学(特に地方国立大学)を保護していた国公私大間の価格差はより縮まることになるだろう.
 無償化は,国公私大をequal-footingの方向に移行させる要因になり得る.つまり,国立大学が学生を今よりも大事にしなければならない事情を作る可能性がある.かつて法人化後初代の田隅学長は,「私大になってもやっていける埼玉大学を目指すべき」と仰ったことがある.その考えが正しかったというべき時が来るかも知れない.

2.内部構造

2.1 無意味なガバナンス改革
 文科省が国立大学に求めている「改革」の1つが「ガバナンス改革」である.文科省のいうガバナンス改革とは,学長権限を強めて教授会権限を限定し,(できれば)学部長も学長が選ぶようにする,代わりに学長評価と監事役割を強化する,ということを指す.小中高校における「校長」を「学長」に,「職員会議」を「教授会」に置き換えて文科省は発想している.
 この種の「改革」は,埼大では私が退職した時点でも進んでいた.まだ実施していないのは学部長を学長が指名することくらいであろうか(既に学長指名になっていたりして).
 このようなガバナンス改革は間違っていると私は思っている.小中学校であれば校長が全学を指揮することは可能と思うが,大学は規模も大きく機能も複雑である.少なくとも株式会社程度の意思決定構造は持つべきと思う.
 私は学部長のとき,学長選考会議で学長任期を一律6年にすることに一人で反対していた.反対した理由の肝は,学長権限が強すぎることである.株式会社であれば(小さな会社は除いて)意思決定機関は取締役会である.代表取締が一人で決められる訳ではない.しかも他の役員を学長が決められるというのは度が過ぎている.学長の権限が強すぎるなら任期は短く設定するのが常道である.
 学長が一人で決めることが悪いとはいわない.学長が一人で決定権,ないし拒否権を持つべき事項もあるし,そうする必要のない事項もあるように思う.どのような意思決定の仕組みにするかは,株式会社がそうであるように,(国立大学)法人が設計し決めればよいことである.
 社会心理学的にいえば,学長に権限が集中し,他の役員も学長が選べるという状況は,集団極性化(集団が個人より極端な判断をすること)や集団浅慮(集団状況で思慮が欠如すること)を生じやすくする状況なのである.むしろ異論が出るような状況を作り,議論を通じて共有できる判断を形成することが,時間がかかっても必要と思う.むろん緊急事態では権限を集中させるのが正しい.
 この種の「ガバナンス改革」を進めることを発想する点は,文科省が共産主義官庁である所以の1つだろう.旧ソ連のクレムリンにとって,衛星国の政治体制は独裁制である方が楽なのと同じである.

2.2 マネジメントごっこ改革
 「ガバナンス改革」と双璧なのが「マネジメント改革」である.今日,国立大学について「マネジメント改革」とはほとんど「人事給与マネジメント改革」を指す.「人事給与マネジメント改革」については後述の「給与崩壊」の項で触れたい.
 「人事給与マネジメント改革」以外の「マネジメント改革」とは,企業経営者を大学の役員に迎え入れるとか,上層部にマネジメント研修をするとか,まあそんな軽い話と思う.むろん進めて悪い話ではない.
 ただ,「人事給与」以外の「マネジメント改革」は,マネジメントしてますごっこで満足感を味わいましょう的な話のように思える.というのは,国立大学は本格的な「経営」をしているようには思えないからである.
 国立大学はほとんど,与えられた交付金や補助金を執行しているだけで,リスクのある経営判断はしていない(させてもらっていない).リスクは文科省で判断している.だから,給料(交付金)やボーナス(補助金)を使って生活するサラリーマンの家計と実質は同じようなものなのである.リスクを伴う経営判断をするには独自財源が必要であるが,その財源がなく,その日暮らしで給料やボーナスを使っているようなものである.そこが私大とは異なる.
 独自財源を作れるようになった時点で,マネジメントごっこは本格的なマネジメントに移行するように思える.

2.3 教員組織の一元化
 教員組織の一元化もいろんな大学で進んでいる.だから是非にかかわらず埼大でも早晩やることになるように思う.
 ただ,教員組織の一元化をなぜするのかは,私には分からない.文科省が考えそうなことは部局の力を弱めることだろう.つまり教員を部局を通さずに学長が直接支配し,部局が学長権限に逆らう抵抗力を奪うことのように思う.既存の部局をどうとでも変更しやすくするため,という動機もあるかも知れない.
 一元化をすると教員の研究領域が一目で分かり,共同研究のマッチングによい,といった話もあるかも知れない.が,それなら教員の科研費申請領域を調べてエクセルにでも入力し,研究領域でソートしてどこかの壁に貼っておけば済む話である.わざわざ組織にする必要はない.
 また,この点は私も分からないことなのだが,文科省が部局ごとに設置を認可しているという大学の基本制度と,教員組織の一元化が制度の考え方として整合しているかどうか,私は疑問に思う.部局ごとの設置は,医学部など,国がお金を投下する程度の高い学部もあることから,止められないだろう.しかし教員組織を一元化するということは,全学で学士課程は1学部,大学院は1研究科として設置し直すのが,理屈としてはすっきりする.むろん,医学部などがあるから,大学を1つの部局として設置することはできないだろう.全学を1部局として設置し直さないなら,一元化された教員組織と部局との関係は法令上どのようになるのか?と疑問に思う.
 おそらく,一元化すると,大学の組織がどうなっているのか分からなくなるのではないか,という気がしている.
 教員組織の一元化にどのような理屈を付けるのか,一度詳しい方に聞いてみたいところである.
 なお,私の理解では,米国の大学は通常の学問分野を有する college では教員組織の一元化はあるのだろうと思う.一元化されている上で,教員は研究分野ごとに,物理学などの department(学科といおうか?) に分かれている.そのdepartmentが学士課程プログラム,大学院のプログラムを出している.そしてdepartmentが実質の下位単位(意思決定の単位)として機能する.日本の大学とは制度上の作りが異なるのであるが,米国と同じような制度に作り変えるなら,教員組織は自ずと一元化されることになる.それはそれですっきりした制度であると思う.しかし,日本の大学の基本制度に手を付けずに,教員組織の一元化があり得るのか,というのが私の疑問である.

2.4 給与崩壊
 他の「大学改革」の項目に比べ,「人事給与マネジメント」の項目はその推進者の文書を読んで危なさを感じる面がある.私のように退職した者や,先が見えている人は影響を受けない.しかし先が長い人は大変だな,と感じた.下手すると給与崩壊が生じかねない.私の基本的な考えは,このブログの以前の記載に書いた通りである(年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/07/post-5a51.html).言い換えて要点を書くと次のような懸念である.

・定年を延ばすとすれば定年前の一定期間給与が下がるのは仕方ない.しかし今の議論はより不安材料が多い.
・定年前の一定期間より前,つまり中年以降の教員の給与水準を成果給によって,結果として下げる話になる懸念がある.
・しかも,中年以降の教員の給与を下げた分で研究に必要な若い人を(例えば助教などで)多く採用するようなニュアンスがある.その若い人たちの先々のポストが用意されるかどうかも疑問である.つまり現実に人事の流動性が確保されていなければ適用が難しい話ではないか?
・成果給で給与水準の期待値を下げようとしている感じがある.仮に成果給で給与水準の期待値が以前と同じ水準であったとしても,成果給によって不確実性が増すとすれば,給与水準に対する本人の評価(福祉)は下がる.つまり,成果給の大幅な導入は給与水準の期待値の一般的上昇があって初めて可能なことではないのか?
・研究者の給与体系だけが一般社会の体系と異なることは望ましくない.研究者は特殊な人かも知れないが,その人生設計は特殊ではないからである.
・新たな給与体系を作るとすれば,かなり慎重な検討が必要になる.組合がその検討にかかわるしかないように思う.

2.5 学長の道楽
 法人化後,国立大学では学長の権限が増してきた.そのせいか,学長はどこの大学でも殿様になりがちである.以前,私が学部長会議に出ていると,他大学の方から「うちでは学長がこんなことをはじめたんですよ」式の話を聞くことがあった.それほど害はないかも知れないが,話だけからは殿の道楽のように思えることがあった.
 学長権限を強化する,という流れの中では,そういった道楽が結構生じるのではないか,という気がする.むろん,多くの場合実害はないのであるが,それでも下々にとっては付き合うのが面倒な道楽であることもあると思えてならない.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今年の埼大の入試

 一般入試の出願が始まった1/28から最終日の2/6まで,私は毎日,その日までの出願数が掲示される17時以降に埼大サイトの出願状況のページに入り,結果を眺めていた.古巣の教養学部の前期入試(重点)の出願倍率が昨年度 2.2 と低かったことが気になったからである.今年はどうだったか?
 教養学部の前期の倍率は 2.7(2.67)だった.昨年度よりは回復し,まあ例年並みの水準に戻った.とはいえ若干弱含みである.今年は overshooting で倍率が上がるかも知れないと期待したが,それほどは上がらなかった.後期の方は 14.40 であり,かなり高い.入学者の学力が後期入学で高い傾向は,今年は顕著かも知れない.といっても千葉大の文学部の後期が 18.76 だから,まあそんなものなのである.
 埼大の出願状況とともに,気になって千葉大の出願状況もチェックしていた.比較対象は千葉大の文学部と国際教養学部である.最終倍率は両学部とも同じようであり,埼大教養学部の倍率より1.0ほど高い数字だった.例年並みと思う.
 願書が集まる時間的なパタンで差があるか否かに興味があった.そこで日ごとの累積出願者数をチェックしていた.埼大教養学部(前期),千葉大文学部(前期),千葉大国際教養学部(通常と特色を合算)でグラフにしてみた.

 埼大教養学部の倍率が低い点以外は,3学部間で差がなかった.最終倍率が同じと仮定すれば,3つの折れ線はほぼ重なる.千葉大の方は,文学部と国際教養学部が最終倍率もほとんど同じである.
 2/1(金曜)に中間集計が報道される.その報道後に到着する出願は中間集計の結果を見て判断したのだろう.中間集計前の出願はほぼ4割であるから,6割の出願者は中間集計を見て出願したのだと思う.中間集計前の出願率は,若干であるが,埼大教養学部より千葉大の2学部の方が高い.つまり,やや,千葉大の方が本命志願者の率が高いのだと思う.

 埼大教養学部の場合,滅多に志願倍率が3.0に達さないというのは,私の在職中からの不安材料だった.学部の格好を変えることも内心は考えたけれど,変えるのに時間がかかり過ぎるので二の足を踏んだ.大学全体に変化があるときしかチャンスはない.その意味で,改革強化プランを決めたときに埼大の学士課程に変動要因があればチャンスになったのにな,という思いはある.
 埼大教養学部について,昨年度から推薦入試を入れて一般入試の定員が減ったことの効果がどうなのか,気になっていた.推薦入試は別個に定員を振ってあり,推薦で落ちても一般で受験できるので,影響は少ないと私は思った.けれど,見た目の定員の人数が減ったことはマイナスかどうか,そこは気になった.推薦入試を導入したことに伴う調整がまだ残っている,という可能性もあるかも知れない.
 まあ,推薦は推薦で,面接についても小論文についても課題はあるだろう.まずはその課題を克服すべきだろう.

 埼大の他の学部についても眺めてみた.例年並みと思う.理学部・工学部では数学科の倍率がダントツに高いのも例年と同じである.分子生物学科などは生体制御学科と一緒になった方がよかったと思う.教育学部でも数学の倍率が高いのは興味深い.高校で数学が好きな学生が埼大の理学部や教育学部を目指すのかも知れない.
 見た目の倍率は学部や前期後期で差が出ている.が,昨年の4月,昨年度公表した入試データをもとに,実際に受験した出願者だけで倍率を計算してみたことがある.理学部や工学部は前期と後期に定員を同じくらいに振り分けて後期の倍率が高い.しかし受験者倍率で見ると,平均すれば,理学部でも工学部でも前期と後期の倍率は3倍程度で,ほぼ同じなのである.だから理工の前期後期への定員振り分けは,経験的に見出した均衡値なのだろう,と思った.受験者倍率で見ると,学部間の違いも小さい(あくまで昨年度データである).

 ともかく,無事に入試業務を終了できることをお祈りしたい.190207


| | Comments (1) | TrackBack (0)

法人化後の3代目学長(中)

 前回の記載の最後で,3代目学長さんは改革強化プランの実行でそれほど気張らなかった,良くいえば現実的調整をしたことを書いた.この現実的調整という点では重点支援の類型選びでも同様だったろう.

現実的調整:重点支援

 文科省は早い段階から3類型の重点支援を設定し,各大学に選ぶように求める,と思われていた.当初の3類型とは,世界レベル,全国レベル,地域レベルであると理解されていた.
 その段階で,当時の発言から推して,3代目学長さんは「目指すは上」,つまり埼大を地域レベルではなく全国レベルにすること考えていたと思う.
 ところが文科省は重点支援の3類型を変えたのである.重点支援①(地域),重点支援②(特色),重点支援③(世界)と略記しよう.この変化は文科省による「現実的調整」であったように思う.第1に,「全国レベル」があると地域に該当する大学も「全国」を選びたがり,調整がつかなくなる可能性があったろう.第2に,「全国」を他2類型と区別して特徴づけるのは表現上難しかったに違いない.
 ただ,変化があろうとなかろうと,埼大は「地域」として文科省が想定したように思う.国立大学を分類するのによく使われるのは財務分析上の8グループ(A~Hグループ)である.そのうち,重点支援③(世界)はほぼ,規模の大きいAグループに相当する.Aグループの中から新潟大学だけが③から抜け,東工大や一橋など,領域特化が大きい他グループから③に入る大学もあったけれど,③とAグループはほぼ対応している.B~Fの5グループは分野的な特化が大きなグループであり,その中の上位大学が重点支援②(特色)になっている.その他はみな重点支援①(地域)だった.8グループのうちGグループは領域特化のない医学部を持つ大学であり(25大学),埼大が属するのは領域特化のない,医無しのHグループ(9大学)である.だから埼大は重点支援①(地域)以外は選びようがなかった.
 確か3代目学長さんのときの2年目に,評議会だったか全学運営会議かで,学長から重点支援①を選ぶという提案(報告か?)が出た.現実的な判断を下したのである.残念ながら①を選びます,といういい方だった.3代目学長さんの気持ちからすれば残念だったろう.私は賛成したが,他の部局長さんからはしつこく不満が出たのは意外だった.経営協議会でも,学長は申し訳なさそうに①を選ぶことを告げた.が,経営協議会では逆に歓迎の発言が続いた.
 注意すべきは,文科省は地方国大が「地域」を選びやすくするよう配慮,悪くいうと小細工をしていることである.まず「地域」が元は3番目の類型だったのに,順番をひっくり返して1番①にした.また,「地域」であっても世界的な部分を持てるような文章にしている.だから重点支援①は拒否しにくくなっている.

 後で考えると,この重点支援類型の選択はどうでもよいことだったかも知れない,と思う.私は,当然,類型ごとに共通尺度が適用され,上位の類型に入ると評価上苦しくなるものと思っていた.が,そうではなさそうなのである.各大学は重点支援類型に従って「戦略」と評価指標(KPI, Key Performance Indicator)を出すのであるが,それらは各大学が出したものをそのまま使っているようである.だから,重点支援③に入ったとしても,埼大は東大と同じ尺度で評価される訳ではない.類型ごとに評価の偏差値のようなものが大学に付くと思うが,たとえていえば問題が異なる試験の結果で偏差値を出すようなものである.だから果たして,この類型選択は,気分の問題以上の実質的な意味があるのかどうか,私には分からない.
 実際,埼大は3つの戦略を出しているが,そのうち「地域」に該当するのは教員養成等に関する戦略だけであり,他の2つは重点支援③のような雰囲気である.①の多くの大学が同様なのである.戦略を出す上で類型による制約があるとすれば(制約があったかどうかは未確認),少なくとも1つの戦略で「地域」に関わってくれ,といった程度だったろう.
 埼大の出した3戦略は,改革強化プランで補強された(人が付いた)部分のはずであり,必然的に成果を出しやすいよう選択されたと思う.KPI数は28であり,中央値の20よりは多いが,問題ない範囲に収めてある.茨大のようにKPIを増やして評価を下げるような失敗はしていない.クレヴァ―な選択であったといえる.

 話は飛ぶが,今の時点で考えるに,この重点支援というのは不合理な制度だとつくづく思う.同じ格好で長く続けるのは無茶である.
 第1に,大学は重点支援で評価されるが,中期計画でも評価される.そして交付金の増減がその2つで生じる,という複雑さなのである.金額的には重点支援の方が中期計画の評価よりも影響が大きい.しかしより広い領域での活動である中期の評価より重点支援の方が影響が大きいというのは変である.
 さらに,これまでは中期の評価でも重点支援の評価でも,交付金の増減はそれほど大きな金額にならなかった(その範囲の評価点の増減しかなかった).しかし,重点領域による交付金増減幅が大きくなるような報道が出ている.報道の通りであれば,増える場合はよいけれど,減る場合は,埼大の場合も,通常業務に支障が出る交付金減になりかねない.
 問題は,地方国立大学は預金もなく日銭(年度予算)で暮らしていることである.その点が有力私大(など)とは異なる.日銭だけで生きている地方国立大学に大きな収入の増減を適用するのは無茶である.
 第2に,評価の基になるKPIは各大学が提案するものであり,それで評価が決まるというシステムはどう考えても茶番だ,という点である.繰り返すが,違う問題の試験の点数で偏差値を出すようなものであり,それで予算が減らされては泣くに泣けない.
 第3に,少なくとも今適用されている重点支援の戦略とKPIとの対応の整合性には,大学によってバラツキが大きいと見える.そういっては悪いが,埼大の場合,私が参照した他大学の例に比べ,「戦略の名称-戦略の概要-KPI」の間の整合性は取れていない.この程度でも文科省が受け取っているということは,この重点支援という制度が「改革ごっこ」に過ぎないと文科省が割り切っているか,文科省に評価する能力がないか,その何れかもしくは両方だろう.
 経団連はこうした問題について意見を述べている.第1に,重点評価と中期評価で2重になっている評価を簡素化して一本化すべきとしている.当然だろう.第2に,(おそらく類型ごとに)ある程度共通の指標が必要だ,としている.そりゃそうである.現行の制度は不合理すぎる.

 文科省の重点支援が無意味に思える別の理由は,せっかく「地域」を選んでも旨味が出ないことにある.既に周知と思うが,内閣府は「地方大学・地域産業創生交付金」という枠組みを開始している(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/daigaku_kouhukin/index.html).地域創生に力を入れる現在の官邸が考えそうなことである.地元企業と地方自治体に,必ず地方大学を加えるこの交付金は,年度予算が数億と,大きい.だから埼大も狙うべきであり,狙っているはずである.「地域大学」の現政権にとっての意義は地域の成長を牽引することにある.こうした枠組みは,文科省のような共産主義官庁が運用できるはずもない.採択された事例での大学は,重点領域①の大学が多いけれど,③の大学も含まれている.だから重点領域の類型など関係ないのである.

一瞬,鳴かず飛ばず

 3代目学長さんが就任した頃は,COCやAPなど,主として教育系の競争的資金の公募があった時期である.改革強化プランに採択されて一段落したところで,次に何の競争的資金が獲れるかが,外側から見えやすい大学のパフォーマンスだったといってよい.だが私が気づく範囲で,どの資金にも落ちている.その結果,3代目学長さんは第3期中期を展開する手持ちのコマが限られることになったように思う.
 この時期の競争的資金の獲得がなかった要因は,第1に単純な準備不足だったろう.私が関係者から事前に話を伺っている範囲でも,申請前からダメだろうという感想を聞くことが多かった.概して作業を開始する時期も遅かったように思う.
 良い例が,私も一瞬お手伝いさせて頂いたスーパーグローバルの申請である.何のアイディアもない白紙の状況から申請までが2週間しかなかったのだから,不戦敗にしないのが精いっぱい,実は申請書の中の不整合部分を修正する時間もなかった.時期が異なるので比較にはならないが,私が関わった2012年度申請のグローバル事業の場合,前年の秋から情報収拾・整理を初め,申請書を出す半年近く前には主要取組の第1次のポンチ絵があったのである.それでも申請書は無理をして大急ぎでまとめなければならなかった.スーパーグローバルの場合,1回目の会合の時点ですぐに作業にかからない限り,ある程度の水準の申請書にするのは難しかった.初期段階で変なことに時間を浪費したのである.
 第2に,申請書を書く体制が弱かった可能性が強い.人材に制約があったのは埼大が比較的に小規模であることによるだろう.COC+などは,埼大が申請した年度では人口減少県でないと獲得しにくい設定になっていた.しかしその点では同じである千葉大学は獲得している.COCに限らず,千葉大が獲得率が高いことは,それだけの体制がとれる規模があることによるように思える.
 もっとも,これらの競争的資金は,スーパーグローバルを除いて,金額的には旨味は小さい.だから獲れなくてもダメージではない.ただ,低い金額でも獲れれば色々試すことができ,経験値を高めることはできた.そして当時はその種の経験値を上げるべきときだったように思う.

 競争的資金の連敗記録は,私が退職した後の2017年,文科省の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」に選定されて止まった.いうまでもなく男女共同参画促進の予算である.それ自体は結構な成果である.ただ,この資金は2006年から始まっており,過去にも埼大は申請し続けていたはずである.大学によっては複数回採択されている.本来は2代目学長さんのときに採択されていてよかったろう.
 最近になって文科省の「科学技術の社会実装教育エコシステム拠点の形成事業」の運営拠点大学に選定されたという話を,たぶん埼大のNewsLetterを拝見して知った.この事業は工学系の人材育成であるから,全学的にかかわるのかどうか,そこは私には分からない.この間,埼大は工学系重点で投資して来た,その成果がやっと出てきたのかと思う.実質的な重要性はダイバーシティより大きいのだろう.

多様性と融合の具現

 3代目学長さんの治世の前半は,概ねこうした展開だったように思っている.その展開の中でいつの頃からか,埼大を表す標語のようなものが学長から出てきた.「All in One Campus」と「多様性と融合の具現」である.埼大のポスターに使われたときが最初かと思うが,私の記憶違いかも知れない.
 このブログの以前の記載で私が書いたことであるが,私見では「All in One Campus」は特色でも何でもない,と思う.単に全部局が1キャンパスにある(発展性がなかった)というだけである.特色というのは,1キャンパスにあることによって起こる事柄でなければならない.その事柄として「多様性と融合の具現」が考案されたのだろう.
 埼大に関する標語に類するものは以前の学長の時にも出ていた(今後も学長が変わるたびに出るだろう).法人化後初代の田隅学長のときは「研こう,知と技」だった.2代目さんは,正式には大学の基本方針三か条が該当するが,好んで使った短い言葉は「知の府」だった.
 「研こう,知と技」は,明解で率直であり悪くない.ただ,小学校の校長先生が生徒に朝礼で「元気に挨拶しよう」といっているような感があり,やや引くところがある.しかし大学のロゴやシンボルとともに標語を考えた最初の試みとして評価すべきだろう.
 「知の府」という言葉は私は好きである.その時々の情勢に流されるのではなく,大学は多様な学術の花を咲かせることで尊敬される存在となる,という当たり前の考えを言葉にしたものである.限定せずに「知」というところは総合大学であることを暗示する.世の中に役立つよう頑張りますと媚びを売っていないところが,プライドを静かに語っている.2代目の上井先生のこの概念は,田隅学長の前の兵藤学長の大学感と似ていたように私は思う.大学が「知の府」であるのは当たり前だが,その当たり前のことをまっとうにやり抜こう,という気持ちをこめたものと私は受け止めている.単に上井先生がそう考えただけではなく,上井先生を推した当時の理や工の学部長さんもそのように語っていた,と記憶している.
 ただ,「知の府」といったらどの大学にも該当する.「大学の強みは何だ」といって文科省からさんざんいじめられた3代目さんは,埼大ならではの強みは何か,とお考えになったのだろう.

 この「多様性と融合の具現」,最初に触れたときには私は何とも思わなかった.しかし何度か触れるうちに謎(puzzle)と感じるようになった.
 まず言葉として,「と」と「の」のこの組合せは紛らわしい.「多様性と融合」の「具現」なのか,「多様性」と「融合の具現」なのか,迷う.さらに「具現」という言葉が分からない.「融合」といった抽象概念を具体化すること,implementation くらいの意味かな,と思った.
 ちょと考えると「多様性と融合」は矛盾した組合せである.融合すれば多様性は無くなるからである.だからナントカ鍋のようなものを考えるのかな,という気もした.鍋の右の方では多様な具材がそのままになって多様性があるでしょう.しかし鍋の左側では具材は混ざり合って融合しているでしょう,とか.
 ここで「多様性」と「融合」という名詞の性格に違いがあることに注目すべきかも知れない.「多様性」とは static な状態であるが,「融合」は動きである.だから,多様な要素が存在するという状態を前提に,それらの要素の間に融合が生じている,という様を考えるべきなのかも知れない,と思えてきた.だとするとこの言葉は「『多様性』と『融合の具現』」と解するべきなのだろう.
 ただ,今の世で「多様性」といえば,エスニックな多様性や,LBGTなどの性的指向の多様性などを誰もが連想する.が,それらの「融合」は意味をなさない.LGBTなどとの「出会い」や「付き合い」とはいうけれども「融合」は別次元である.レズビアンとバイセクシャルが融合して新たな性的指向と作る,ということはない.
 だから,「多様性と融合の具現」とは,研究活動(だけ)を表す概念なのだろう.キャンパスには分野の多様性があり,その多様性を前提に融合が生じる,という意味と解するのが一番無理がない.でも,そうだとしたら,「多様な分野から生じる融合」というのが整理された表現である.「多様性」と「融合」を「と」で結ぶべきではない.
 あるいは,「多様性」と「融合」は直接的な関連はなく,単にその2つを並列させた,という解釈もあるかも知れない.その場合,「多様性」の方は学問分野の多様性だけではなく,男女共同参画を含めた多様性,グローバルという意味での多様性,性的指向の多様性などを含む.融合の方は研究と教育のことである,という解釈である.
 こんなふうに,考えだすと非常に悩ましい言葉なのである.

 この「多様性と融合の具現」は,おそらくブランディングの業者にお金を払って作ってもらったものではないだろう.ブランディング業者なら,人々が埼大に抱いて欲しいイメージを表す感覚的な言葉を提案するように思う.例えば,教養学部が今も使っている標語 Stepping into the Global Future は,グローバル事業のときの文科省からの示唆に従って業者に(一番安いオプションで)お願いした結果である.この標語は感覚的である.誰しも何かに step in/out したことがあるから感覚として分かる.が,「多様性と融合の具現」は極めて観念的であり,いかにも学者が考えそうな,しかし人とは共有しにくい言葉である.「止揚(aufheben)」が何かが分かりにくいのと同じである(煙に巻くには便利である).
 また「多様性と融合の具現」は,みんなで考えた言葉でもないと思う.みんなで考えれば共有しやすい,つまり分かりやすい言葉に置き換わったはずだからである.
 現在,「融合なんとか研究科」といった部局はいくつかの大学にできている.その「融合」の英語表記は interdisciplinary, つまり「学際的」であるから,「融合」などといわずに「学際的」といった方が分かるだろう,と私は思う.が,その「学際的」も,どういう意味か,どういう意義があるか,といった点では議論があり,ここでは触れない.ちなみに,教養学部の5つの専修課程はすべて学際的である.
 それにしても「多様性と融合の具現」は分かりにくい.融合はそれが生み出すイノベーションによって価値がある,と考えるなら,「多様性が生み出すイノベーション」とか,「多様性が生み出す知と技のイノベーション」などといった方が分かりやすかったろう.
 この「多様性と融合の具現」という言葉は,なんとなく3代目学長さんの治世を象徴しているような気もするのである.学長が決めたものは修正されない,という意味においてである.
(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の3代目学長(上)

 前に法人化後の初代学長さんと2代目学長さんのことをこのブログで考察した.その流れで3代目学長(現学長の山口先生)の治世について触れてみたい.
 といっても,私が在職していたのは3代目学長の治世の前半3年間だけである.最初の2年間については,学部長だった私は全学の会議等で学長を観察しているし,ある程度の情報は入った.しかし3年目については教授会で全学の動きを聴く程度であり,直接的な観察は少ない.そういう制限付きで一面的なことを書くことは予めことわっておきたい.

最善の学長

 まず導入としていうべきことは,3代目学長の山口先生は,個人属性の点から,学長として最善の人物だろう,という点である.
 山口先生のことを考えると良いことばかりが思い浮かぶ.この点は,人間の記憶メカニズムによるだろう.ある事項についての記憶には初頭効果が表れ,最初の方で接した情報が再生されやすい.私にとってその「最初の方」とは,確か2007-2008年度,私が教養学部で副学部長をしていたときである.山口先生は初代学長時代に教育機構の副機構長(教育企画室長)をされていた.副学部長だった期間,私は山口先生の指揮下で大学説明会などの仕事をすることが多かったのである.中でも忘れられないのは,一時こじれた第2外国語(英語以外の外国語)の体制についてとりまとめをして頂いたことである.
 その間,山口先生には良い印象しかなかった.有能であるとともに聡明で理知的である.話す内容は整理されており言語も明瞭.人柄もおおらかである.文系領域にも高い敬意をはらっておられる.具体的事例は省略するが下の者をかばう気持ちも強かった.
 だからこの方は,文系理系を超えて,全学的な基盤で学長に推薦できる方であろうと私は考えていた.
 田隅学長の4年目の秋口に,私は他の方と一緒に学長をどうすべきか考えた.その際にも私は,真の適任者として山口先生をまず思い浮かべた.ご本人は忘れていると思うが,上井先生の推薦を合意する前の模索段階で,私は山口先生に電話をかけてご意見を伺ったことがある.その時には貴重なご意見を頂いた.

志とテンションが高い

 私の認識が以上のごとくであっただけに,上井学長の4年目に山口先生が学長選に出る意向であると伺ったときに戸惑いを覚えた.第1に,伝えられるところの主張が専ら理工系の意向を背景にしていたように見えたことである.第2に,その後実際に目にした生の山口先生が,かなりテンションが高いと映ったことである.おおらかな人柄という従来の印象とはやや違っていた.
 上井学長の5年目の年度に山口先生は理事になられ,私は学部長の任期を終えた.だから理事時代の山口先生のことは私には分からない.ただ,上井学長の5年目の終わり辺りに例の改革強化プランが出てきた.そして上井学長の6年目には教養学部を訪問する山口先生の姿を何度か拝見する機会があった.テンションの高さは継続していたように思えた.
 志が高いといった方が好意的だろう.埼玉大学を高みに押し上げたいという気持ちが強かったように思う.そう思った理由の1つは,全学的にかなり疲れる改革強化プランを主導した(ように見えた)ことである.補助金をもらうことが埼大にとって重要,という考えだったのだろう.だからこのプラン採用ひ強い圧力を発したように思う.その頃,改革に消極的な大学は9月に文科省によって公表されてしまう,とどなたかがいったのであるが,むろんそんな公表はあるはずもなかった.
 もう1つは,埼大を「地域大学より上のランク」にしたいという意欲が山口理事に強く現れていたことである.当時,現在の重点支援の3類型とは異なり,大学を世界レベル,全国レベル,地域レベルの3層に分ける話があった.世界レベルとは旧帝大,全国レベルとは旧六クラス,その他,埼大を含めた地方国立大が地域レベルというのが文科省の想定だったろう.しかし教養学部を訪れた山口理事は「目標とするのは上に決まっている」と仰り,埼大を全国レベルと位置づける意欲を示していた.最も象徴的だったのは,改革強化プランを打ち上げたときの山口先生の発言として,リサーチ・ユニバーシティを目指すという言葉があったと伝わったことである.
 以上のような志の高さは,それ自体は悪くない.が,その通りにすると疲れるなぁ,というのが私の感想だった.
 上井学長6年目の末期に,いろいろ事情があって,教養学部では私が次の学部長に選ばれた.改革強化プランで経済学部側との「人社研統合」をすることになりそうだったので,ワンポイント代打のような格好で私が選ばれたのである.その時にも山口理事らからは作業をきつく求められた.その時には山口先生が次期学長になることは確定していた.
 年度が替わり,山口先生は学長になり,私は再び教養学部長となった.気が進まなかったが,人社研設置の作業をそれなりにしていた.ちょうどその頃のある日,大学行きのバスの中で退職された水谷先生(前の理工研科長)とお会いした.非常勤での授業担当で埼大に向かっていたかと思う.
 水谷先生から「山口さんはどうですか?」と尋ねられた.何と返事したか忘れたが,簡単な返事をしたはずである.「山口さんはどういう人ですか?」と私は白々しく聞いてみた.「山口さんは自分にも人にも厳しい人だから」と水谷先生は仰る.うんそうか,私が「テンションが高い」と表現していることを水谷先生は「厳しい」と表現しているのかな,と考えたことを,今も覚えている.
 悪いこととはいえない.埼玉大学をより高みに持ち上げる,そのための頑張る,それは良いことである.しかし,自分にも人にも甘い私は,これからが大変だなと思ったものである.

現実的調整:改革強化プラン

 しかしその後の展開では,山口先生は意外と「改革」の進度を緩めていったように感じる.緩めるというより,現実的な調整をした,というのが好意的だろう.
 第1に,改革強化プランについては,当初こそテンションは高かったけれど,次第にテンションは低下した.
 このプランの当初に動くことを求められたのは,学生・教員定数を削減された教育学部,修士定員を100名増やした理工研,そして新たに設置した人社研だった.この3つについてはほとんど容赦なく実施されることになった.人社研設置についていえば,設置を現実的に1年遅らせることを教養学部は求めたが,山口先生から蹴られた(もっとも経済学部が遅らせたくなかったという事情もあった).だから,この当初の段階では山口理事・学長は強くプランを推し進める意志が強かった.
 当初段階で山口学長から強い指導があったことは,「補助金の交付金化」という目標があったからのように思う.上井学長の最後の年の夏頃に,いくつかの大学は交付金として支援を受けることになった.埼大はグローバルの計画でなかったのでその選定に漏れた,という話は以前に書いたことがある.その選定に漏れたことは失点である.その後は,その失点を取り返そうとするかのように,「補助金が交付金化されるように頑張りましょう」という言葉が山口先生の口から出ていた.そのために計画は一刻も遅らせることが許されない,という厳しい判断があったのだろうと私は感じた.しかし,補助金が交付金化されるということがあるとは,たぶん執行部でも他の方は思わなかっただろう.補助金の内訳を考えれば,恒常的な交付金になるような性格ではない.
 強化プランの実行が緩くなった,というより現実的に調整されるようになったのは,この交付金化の見込みが見えなくなってからのように思う.むろん,力の強い部局からは抵抗が生じ始めたという事情もあるだろう.

 まず,私が学部長だった期間に現れたのがノンディグリープログラムの処理である.会議が招集され,ノンディグリープログラムの計画が審議されることとなった.私が事前に調べたところ,島根大学の工学系の研究科が規程通りノンディグリープログラムを出していた.30何単位かの取得に対して修了証を出す形式である.むろんプログラムの構成は特定の目標に沿っている.しかし件の会議の冒頭で山口学長は「規程通りのノンディグリープログラムを出すことはあり得ない」と宣言したのである.私は驚くと同時に脱力した.いや,出席者は皆同様だったろう.「規定通りのプログラムを作るものと思っていた」と私は念のために発言はした.事務方の中には「あれでは宣伝のしようもないよなぁ」という方もいた.
 この学長の判断は実は現実的で賢明である.埼大がノンディグリープログラムを出して,ちゃんと客が集まるはずはない.結局は何年か後に整理することになるのは目に見えている.ただ,やると宣言してここまで妥協するとは思わなかった.むろん,ノンディグリープログラムが羊頭狗肉になって,私も本音ではほっとした口である.
 
 私が一番注目していたのは理学部と工学部の大括りがどうなるかだった.理工が山口学長の支持母体であるとともに最も強力な組織である.その理工が嫌がる大括りを本当にやるのか,やれるのか,という興味があった(他人事なので結果はどちらでもよい).
 事前に私が,各学部の上の方の方から伺っていたのは,大括りに対する否定的な考えであった.工学部のある方は「あれはやらないことに決まった」という(その段階で決まるはずはないと思うが).理学部のある方は「生物系の2学科を一緒にするだけで済ませたい」ということだった.
 大括りの結果が出たのは私が退職してからのことである.事実上,大括りはなかった.
 工学部は改組をし,学科構成を変えた.この程度だと設置審には行かず,事前伺いだったろう.この学科改組はよくできた改組である.そのままでは維持できない学科を吸収する形であり,明らかな改善である.工学部長の功だろう.しかし大括りではない.理学部については,生物系の2学科を一緒にすることすら起こらなかった.理工の粘り勝ちといえる.
 典型的な大括りとは,理学部や工学部を1学科にして,従来の学科はコースないしプログラムにすることである.実際にそのような大括りをした大学は出現している.
 大括り無しのこの結果は悪い結果ではない.大括りをしてもそのメリットを引き出す運用のノウハウはなかったろう.やれば運用コストを膨らますだけだったように思う.だから,実はこの結末でよかった.

 私が二番目に注目していたのは理工研で追加の100名の修士学生定員増をするか,という点だった.当初の100名増は実施したけれど,さらに100名増することには初めから抵抗があったからである.本当にできるのか,という意地悪い興味で私は状況を眺めていた.
 全学の会議で私は,学生定員をさらに修士課程に付けるのは現実的でないという理工研科長の堀尾先生の明快な説明を伺ったことを記憶している.だからこの件での理工研の立場は,私が学部長のときに既に出ていたのだろう.けれども,どのような融合的プログラムを理工研に入れるかを協議することになり,その協議からは教養学部は外れるので,私には公式情報が入らなくなった.結果を知ったのは私が退職した後,上記の工学部改組と同時に分かった.工学部の学生定員が50名増えたから,修士100名分の定員が工学部に付いたはずである.
 この結果も,大学院を厚くするという当初の計画からは後退であるから,一種のヘタレといえる.しかし現実的な結果であるのは明らかだった.

 このように考えると,改革強化プランは,最初はスタートダッシュだったけれど,次第にポテチンになっていったように思う.よくいえば,経験を踏まえて現実的な対処をした,ということである.この対処は歓迎すべきだったろう.頑張っても実質的な向上があった訳ではない.
 ただ,今になって見てみると,あの改革強化プランにどんな意味があったのか,疑問に思う.新学部を設置した,というのであればやったことは見えやすい.が,このプランは今あるものを強化する,というものであるから,後から考えると,あるいは外部から見ると,何をやったのか,その意味を把握するのは難しい.その意味で新学部を作る選択をしなかったことが惜しまれる.
 本日,朝日新聞のニュースサイトを眺めたら,「千葉大、海外留学を必修化 2020年度から全入学者に」という記事があった.何を「留学」というかによる話であり,また,この種のプランは私の趣味には合わない.が,見た目には画期的である.「16年度に設けた国際教養学部で必修化した『全員留学』を全学に広げることにした」とのことである.
 千葉大の国際教養学部はこの間に設置された新学部の1つである.新学部を作る意味は,学部を作ることで大学の(1つの)方向性を示すことにある.その方向性への動きをその新学部から全学に波及させる,という方式をとる.上記の千葉大のケースはまさにその定石を踏んでいる.滋賀大学のデータサイエンス学部や宇都宮大の地域デザイン科学部,長崎大学の多文化社会学部などの新学部もそのような考えでできたと思う.組織も作らず「多様性と融合の具現」などと寝言をいっても,外部の人には(内部の人にも)何のことかわからない.
 新学部を作る選択をしなかったことが,埼大の改革強化プランについていうべきことのすべてである.

 新学部を作る選択をしなかったことには,埼大なりの事情がある.千葉大のような図体(規模)がないのである.だからストレスを吸収するのが難しい.
 しかし,難しいけれどもできない訳ではなかった.滋賀大学でもできたのだ.問題は既存部局を説得できるだけのリーダーシップの不在だったろう.

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

改革強化プラン(H25)はなぜあの格好になったのか?

 直近の記載で法人化後の2代目学長さんに御代について述べた.その話の中で,平成25年度に採択された改革強化プランについても触れた.その話を書きながら,あのプランがなぜあの格好になったのか,というのも1つのお話であろうと思えてきた.改革強化プランについてはこれまでにも別の記載として書いていたが,別の視点,つまりなんであの格好のプランになったのか,という点を,私の視点でまとめてみたい.

 このプランに予算が付くと正式に決まったのは2013年の年末か2014年の年明けだと思う.だいたいその1年前から,大学執行部が考えているらしい案,というのが部分的に漏れて来た.案として全学の会議に出てきたと教授会経由で聞いたのが2012年度末くらいだったと記憶している.
 教授会経由で案のポンチ絵を私が見たのは2013年度の冒頭辺りだったろう.ポンチ絵は段階を経て書き換えられ,案の細部は変わった.が,骨格は変わらなかったように思う.
 この案がどのような過程で,誰の考えで出て来たかは特に伝わっていない.当時,2代目学長さんは死に体と思われていたので,山口理事の考えで進んだと多くの人が考えたかも知れない.
 しかしポンチ絵を何度か見るうちに,この案は上井学長,山口・加藤理事がそれぞれ考えを持ち寄った結果だろうと思えてきた.

 まず,あの案で文科省から最も評価されそうなのは教育学部の学生・教員定員を大幅に削減した箇所である.教育学部削減をあのタイミングで出す必要があったかのか(実は何時でもよいのではないか)とも思うが,その削減を盛り込んだ点があのプランの切り札だったろう.
 教育学部削減は,何れやる必要がある客観的情勢があった.だからその点は,特定の誰かの考えという訳でもないだろう.実際,上井学長,加藤理事は(口にしたかどうかは知らず)以前から教育学部の縮小論者だった.

 ただ,教育学部削減はネガティヴな発想である.最もポジティヴな要素は「理工の研究力強化」の部分だろう.最も熱心だったのは山口理事のはずであり(少し前に学長に立候補したときの看板政策だった),次期学長たる山口理事に他の2人も同調したように思う.
 さらにいえば,このプランの特徴は大学院の修士課程を厚くするという考えに従っている.この点は加藤理事の年来の考えの反映と私には思えた.加藤理事は埼大を「修士授与機関」にすることを以前から考えており,私にもよく話していたことだからである.「博士授与機関」は無理だから「修士授与機関」ということである.教育学部の学生定員の削減分を理工の修士に持ってきたことの背後の考えはその点だろう.新たな人社研で学生定員を増やす要請があったのも同様である.
 だからあのプランは,山口理事の「リサーチユニバーシティ」路線と加藤理事の「修士授与機関」路線が結合した結果のように見える.

 あのプランの主たる焦点は教育学部,理工であるが,それに加えて文系の人社研設置が焦点になった.このときの補助金のお題目であった「(大学,)学部の枠を越えた再編」に合わせるには,経済と教養の院を合併した人社研の設置を目指す必要があった,という事情もある.が,実はこの合併案にはデジャヴュ感がある.2代目学長さんの治世の最初の方で,全学の将来構想委員会(のようなもの)が開かれ,経済学部と教養学部の合併案はそのときに話を向けられていたのである.私も,私以上に経済学部長さんが「遠慮したい」旨をいっていた.学部の合併はより抵抗があるためか,あるいはこの時のテーマが大学院であったためか,学部合併が院での合併の話に変わった,というべきだろう.だから人社研の設置自体は学長さんと加藤理事から出たはずである.院での強化を重視する山口理事も賛成した,ということだろう.

 教育学部,理工,人社研がこのプランの主たる柱だった.むろんこのプランにはもっと多くの要素が入っている.いくつかの部局の大括り,ノンディグリープラグラムなどである.ただ,それらは文科省が掲げることを取り入れただけであり,話としては小さい.
 この3つの柱には全部局が入っているから,同補助金でどの部局も多少は受益した.ただ,受益の程度は圧倒的に理工に厚かったろう.だから,なんとなく,教育学部と文系の犠牲の上で理工が研究力強化をするという話ではないの,という気分が当時からあったのは確かである.

 私が結果としてかかわったのは人社研の部分である.この部分については,終始,やる意味が分からなかった.5月か6月頃に大学執行部が文科省詣でをしたときの事務方記録を見ると,特に大学院(人社研)についてはコメントはなく,文科省係官は学部の方ばかりを述べていた.同じことは理工研にもいえる.だからこのプランが,本当に「評価」されたのかどうか,疑問を抱いたものである.
 年が明け2014年になり,私は4月からの学部長になったので,人社研の作業に急にかかわることになった.私は学部長ないし学部長予定者として,設置申請書類を出す前に2度,文科省を訪れた(2度しか訪れなかったのは計画の進度が遅く持って行く材料がなかったからである).
 最初に行ったときの会合で文科省の係官から最初に出たのは,「このプランは大学の位置づけがないんですよね.」だった.この点はそれ以上の話がなく,話題にもしなかった.意味する可能性は2つのように思う.第1の可能性は「大学全体のヴィジョンがない」ということである.要するにいろんな計画の詰め合わせになっていて,大学全体として何をしたいのかがはっきりしない,という点である.そのことは正式に案を提出する前の段階で文科側から言われていたことであり,また評議会で学長に罵倒されながら1人で反対した教養学部評議員殿が指摘したことでもある.第2の可能性は,当時既に大学の3類型という話が出ており,その中での位置づけをはっきりさせなかったことである(埼大は地域大学しか選びようがない).両方かも知れない.
 2度目に文科訪問をした際に最初に係員から出たのは「埼玉大学は理系中心の大学にするんですよね?」だった.オイオイ,「理系中心の大学にする」とまでウチの役員はいったのか,と思った.「その(理系中心にする)中で,この大学院の計画なんですね?」というのが係官の次の言葉である.その後で「理系中心にすることとどのような係わりが文系大学院にあるか,ちゃんと書いてください」といったことをいわれたかも知れない.私にその気はなく,詳しくは忘れた.事務方は拾っていたかも知れない.
 何れにせよ,人社研の設置計画を評価する言葉は一切なかった.全体の計画を認めているんだから,その部分として,遅れずにやってください,というのが文科省係員の意図であろうと私は思う.

 このプランを採択すべき理由は次の3つであったように思う.
 第1に,ともかく早く計画を出してきたことである.この比類なき忠勤を役所は評価するしかないだろう.
 第2に,全学くまなく苦労する計画であることである.それだけの苦労をしますといっているものを外すことは人情として忍びないだろう.
 第3に,教育学部の望ましい改組,特に学生定員の大幅削減を入れ込んでいることである.逃す訳には行かないだろう.

 以前に書いたが,埼大のこの計画は夏頃に決まった「交付金化される18大学」からは漏れた.持って行った計画がグローバルでなかったから,ということだった.ということは,グローバルで出したらどうですか?(昨年度はグローバル事業にも選定されたことだし)とはっきりいわれないまでも,そのような趣旨のことは文科省からいわれていたんだろう.が,そうしなかった.そのために補助金の交付金化はなかったのである.間抜けだな,と私は思う.
 大学執行部側からはグローバルのプランにしなかったことについて,若干の言及もあった(7月以前の段階の私のメモに残っていた).
 ただ,グローバルでのプラン化は当時の役員は嫌がったろう.時間をかけて考えることもなかったろうと思う.
 平成25年度の前後でグローバルのテーマで同補助金を得た大学は多い.京都大学,静岡大学,東大,などである.それらの例では,グローバル化のための基盤を全学的に強化する,というプランになる.別の大学では特定部局に資源を使い,全学のグローバル化を引っ張るようにする,というプランである.
 だが埼大の場合,全学的なグローバルへの投資となると,グローバル一般には後ろ向きな理工研には旨味が出ない.だから消えただろう.特定の部局に投資となると,その時点では教養学部を投資対象とするしかない.それでは当時の学長さんが嫌がる.新学部設置となると,やはり既存部局に旨味が出ないからみんなから嫌がられる.まあ,そんなところではないか,という気がする.

 強い既存部局に旨味を提供する案でなければ採用できない,というのは埼玉大学の伝統かも知れない.この伝統に沿って,昔は医学部設置を見送ったし,今また新学部設置を考えなかった.その状況を克服するだけのリーダーシップを持つ学長がこれまでいなかったということだろう.それはそれで仕方ないかも知れない.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

理工研も人社研も消える日

 退職したからいえることであるが,埼大の人社研(大学院人文社会科学研究科)のホームページは私が在職当時,結構笑えるものだった.少し前に見ても変わらなかったと思う.人社研のホームページなのであるが,経済系の内容については経済学部側で作っている別アドレスに飛ばすのである.
 昨日,その人社研ホームページをまた見てみた.
http://hss.saitama-u.ac.jp/
驚いた.「素晴らしい」と思った.まず奇麗に改装された.ケチな財務が予算を付けてくれたんだろう.そして形式が人社研として統一されている.人社研の今の研究科長はまじめで,きちんとやりたがる人だから,この偉業を成し遂げたのだろう,と思った.下位のページもよく出来ている.
 が,経済・経営系のバナーをクリックすると,「あれま」だった.以前のように経済学部側で作っている経済経営系大学院ホームページに跳ぶところは同じだった.変わってねぇな,と思った.
 まぁ,それでも,ホームページの体裁が整えられたのは大きな進歩というべきだろう.お疲れさまと申し上げたい.

 まあ,なんというか,この点は仕方ないことなのである.
 一方で,統合した研究科を人社研と称するのは仕方ない.それ以外の名称はあまりに奇異だった.当時のプランの旗印が「人社系分野の統合」だったから,人社研しか名称はなかったろう.
 他方で,経済学部側が「経済経営系大学院」と称するのも仕方ない.日本の経済学部は経済学と経営学を基軸とする日本型の経済学部を標準として,いってみれば産業を成している.その標準から外れると商売がやり難いのはよく理解できる理屈なのである.
 だからまあ,この状態は無理に変えることはないように私は思う.

 ただ,この問題はじきに解決に向かうかも知れない.
 この「人社研」とか「理工研」というのは,古いモデルで作ったのである.役員の頭が古かった.埼大が「改革強化プラン」を決めた頃,私が人文系学部長会議に出ると,別の流れが始まっていた.全学の大学院を1つの研究科にまとめる流れである.埼大プランを決めた頃にその方向で動いている地方国立大もあった.先日,宇大で教授をしている卒業生に聞いたところ,宇大では,(教職大学院と連携研究科を除いて)すべての大学院は一本化し,分野はプログラムで分かれるだけになるという.教授会はどうするのと聞くと,「学部でやるんだろう」とのことだった.
 この「大学院全学一本化」は奇異な方法ではない.実は米国の州立大学は,大学院は Graduate School 等の名称の1つの束でまとめらるのが標準になっている.既に Medical School も消えている.すべての分野が1つの Graduate School の束の中の master/ PhD program になっていて,それらのプログラムを出しているのが,標準的には,物理学などの department ということになる.実質は department が運営していると思う.
 この方式で行けば,「人社研」や「理工研」といった不要な名称は消える.だから経済系は,埼大大学院の経済プログラム,経営プログラムといえばよい.それなら商売はやりやすいだろう.

 後世の人たちは,「人社研なんてアホな組織をよく作ったな.学部長がどんなアホ面だったか見てみたい」などというのだろう.できればそのときに思い出してほしい.学部長(私のことだが)は詰問されてもその案を最後まで肯定せず,役員命令だったから業務として行ったことを.アホは別にいたということを.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の2代目学長(下)

 2代目学長さん(上井先生)の最後の2年間(2012-13年度)について触れよう.5年目に入った2012年度に私は教養学部長を辞めて無役になった.そのため,私は全学の会議の様子は分からず,2代目学長さんの生の行動を見ることもほとんどなかった.だから全般的にこの2年間がどうであったかはあまり分からないのである.
 ただ,5年目の年度初めから,学長を眺める立場にある人から風聞はもたらされた.学長さんにまったく精彩がないという情報である.たぶん年度冒頭の入学式の印象であろうが,「2人の背の高い理事に囲まれて,学長はいるのかどうか分からなかった.精彩がない.」その後の全学の会議の話と思うが,

─ 2人の理事は輝いていて,学長は見る影もない.
─ 学長は死に体だ.
─ (学長選の推薦人の責任ある立場の人から)なんであんな奴を推薦してしまったのか.最初から山口さんを推薦していればよかった.

聞きながらオイオイ,そこまでいうか,と心で思いつつ,そうですかと答えるしかなかった.そういう人は,私が2代目さんの支持をお願いしたことを責めていたのかも知れない.
 知らず識らずのうちに,私の周囲の人々の視界からも2代目学長さんの存在は消えていったように見えた.山口理事が学長になることを既定のことと受け止めていたと思う.人々は,2人の理事が何をいうかに関心を払うようになった.学長が何かをいったという話は伝わって来なかった.
 そのまま死に体でいてくれれば有難かったが,私が関知した部分については,2代目学長さんが災難として立ち現れるようになったのである.私が関知した部分とは,グローバル事業と機能強化プランであり,この2つはある意味でつながっていた.

グローバル事業

 まずグローバル事業についてである.この件については今年3月のこのブログ記載として「グローバル事業の評価が悪いのは必然である」(http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/03/post-ae38.html)に詳しく書いている.だから今回は,2代目学長がどうだったかの視点で触れることにする.
 私の学部長としての最後の何か月かは,グローバル事業への申請の計画を考えることが一番大きな仕事だった.この補助金公募があることは秋ごろには分かっていたと思う.そこで私は,他大学が何をしているかを調べて,埼大で何ができるかを考えていたのである.実は加藤理事とも話しながら計画を考えはじめた.
 しかし加藤理事はこの公募での申請をしないと言い出した.代わりに文科省への直接の概算要求として持ってゆく,という.競争的資金の公募にすると「愚かな目標数値が課される」ので嫌だというのである.だから私はいったん作業は止めたが,どうも加藤理事の考えでよいかどうか疑問だった.そこで構わずに,当時の財務に学部長としてお願いして,事前相談の期限ギリギリの3月に,文科省に計画のポンチ絵を持参して事前相談に行ったのである.この事前相談では良いアドヴァイスを頂いた.
 加藤理事も文科省に経費要求のお願いに行ったのであるが,私の疑問が当たり,グローバルについては別途グローバル事業の公募があるからそちらで申請しなはれ,といわれて帰ってきた.そこでやっと,私と加藤理事が合流してグローバル事業の申請の計画にかかったのである.
 申請の中心は教養学部が何をするかであり,その点は私がこの間に考えたことである.全学とのつなぎ,英語センターや国際室などの関わりについては,加藤理事がいろいろ手配をしてくれた.事務方の助けを借り,申請書は滑り込みでまとめて6月に出した.申請者は自動的に学長であるが,構想責任者は当然ながら加藤理事,実施責任者は私の後任の教養学部長だった.なぜか1次審査を通った.8月のヒアリングでは,公式には無役の私が主に説明し,加藤理事と山口理事が補足に回った.なんとか滑り込みで採択通知が来たのが10月である.
 ところが,採択された後から「あれっ」という話が続いたのである.
 まず教養学部の同僚のA氏が国際企画室長になった,と聞かされた.そういう役職につけられるのは学長しかいない.そのA氏であるが,申請書を書く段階で私は協力を求めたけれど「専任ポストを付けてくれなければやらない」と言い出したのである.そんな,無理に決まっている.だからA氏には申請計画から外れてもらった.しかしA氏は,申請が通ったら彼独自の計画書をA4何枚かで持ってきて(あちこちに持って回ったはずである),これでやろうと言い出す.信じ難い行動である.この補助金での計画は申請書通りしかない.別計画はあり得ない,と私は撥ねつけた.そのA氏が国際企画室長としてグローバル事業にかかわるという.
 問題は,申請の構想責任者の立場にあった加藤理事がグローバル事業の担当を外されたことである.なぜ外れたのかと私は加藤理事に文句をいった.「学長がいうんだから仕方ないだろう」が返事だった.全学での担当は山口理事になった.ただ,あの申請書の中身全体を理解しているのは私と加藤理事だけだったのである.
 山口理事は国際担当を兼ねる理事だからこの件の担当になることは役職上は不思議ではない.しかし山口理事が学長になってからはグローバル事業の担当は教育担当理事だった.もともとグローバル事業は教育プログラムであるから,教育担当理事で構想責任者の加藤理事が役員の中の担当になるのは自然なのである.詳しい人を排除した,ということになる.
 そのうち,学長が全学の枠組みの会議を決めた,という連絡が入った.この点も私の想定外だった.どのように作業するかは申請に関わった人を集めて事前に協議すると思う.ところがこの学長さんはまったくのトップダウン志向だったのである.初めに学長になるときに「現場と話し合って合意して行く」といっていた同じ人の行動とは思えなかった.
 この「全学の枠組みの会議」は,その後も1,2度開いたことはあったと思うが,案の定無意味な会議だった.最初の会合でも,どう作業するかの確認もしなかった.私も,申請書の計画通りと理解していたから仕方ない.後から考えるとそこで確認しておくべきだった.
 悪い予感は当たった.本来はあり得ぬことだが,A氏は独自計画で動いたのである.良い例が英語の授業の件だろう.A氏は私に「韓国の英語教育の世界的権威を呼んできてよいか?」という.まあいいんじゃない,くらいに答えていたが,そこが甘かった.留学用の英語は英語センターでGYプログラム用の留学英語授業を拡張してもらうように,申請書作成段階で頼んでいたのに,A氏は英語センターに関わらないでよいといいに行ったのである.たぶん「韓国の英語教育の世界的権威」とは組織であり,その組織に英語授業を金を払って丸ごと委託する,ということだったんだろう.しかしそんなことは金が続く間しかできない.補助金に関わらずグローバル促進を続けるためには,英語センターにお願いするしかないのである.A氏は「補助金が切れたらまた取ればよい」というが,そんなことがA氏にできる訳がない.
 英語センター長やnativeの先生たちと面識がある同僚(今の教養学部長)と一緒に,まず私は,英語センター長に謝りに行くことから始めた.その後でnativeの先生方と協議をし,次年度からの留学用英語授業の手配をなんとかお願いしたのである.
 同じ時期に仰天することがおきた.補助金で教養学部で3人の任期付教員を雇う申請内容だった.ところが,その3人を「国際本部につける」(つまりA氏の部下にする)という提案を教養学部長が突然言い出したのである.いくらなんでも,それでは教養学部が動けない.後で調べると,採用の手続き前なのに履歴書が国際本部では出回っていたのである.この件では私と学部長との間でのバトルになった.結果は両者折半のような結果になった.とはいっても,3人のうちに2人は,人の選定では私の要望が通った形であり,この点では山口理事の理解を得られたのは不幸中の幸いだった.
 その後の展開がどうだったかというと,異常な展開としかいいようがなかった.A氏は,国際室でも教養学部内でも,自分の「身内」の人しか使わない.そしてそのグループが何をしているかは,他の人には見えて来ない.私は私で,公式には無役でも前学部長という顔でグローバル事業にかかわっていた.だから,グローバル事業の事業とは,「学長-教養学部長-A氏」のトライアングルで動く部分と,私に関連する部分という,2つの別個のラインで動いていたのである.
 その間,A氏の予算の使い方に疑問を抱く学長室の事務担当者とA氏との間のバトル,A氏と私との教養学部内でのバトル,国際本部内でのギクシャク,A氏の属するグローバル・ガバナンス専修内でのギクシャク,といったことが,グローバル事業の期間の前半の2年間以上,続いていたのである.公式の役職者,つまり大学役員側と教養学部長はA氏の側にいたから,私には分の悪い争いだったのである.
 A氏が行ったことは「謎の韓国ルート」(韓国のある仏教系大学の国際交流ルート)を使う,というものだった.一部成果はあったのであるが,金額に見合うものではなく,予算が切れてそれまでになった.その韓国ルートで作った米国の協定校に,任期最後の年の夏,2代目学長さんはA氏らとともに行脚していた.研究で滞米中に学長のお供に動員された同僚によると,先方大学の担当者も韓国人ないし韓国系米国人だったらしく,そのルートを使わないと動かない関係だろう,という.このときに,学長さんは謎のダブルディグリー協定(プランが空白の協定)へのサインをしている.この学長さんは何を考えたのか? この協定は今も塩漬けのまま残っているはずである.
 このA氏の動きを学長がいちいち指示していたか,何をしているか理解していたか ─ その点は確証がない.もし分かっていてA氏に任せていたなら,ひどい話である.分からずにいたとすれば,この時期の2代目学長さんはただのバカ殿だったとしかいいようがない.

改革強化プラン

 2代目学長さんの5年目(2012年度)の年度末に改革強化プラン(一時は機能強化プランといっていたと思う)が全学の会議で披露された.その中身については,文科省折衝を経てご存じのものに修正され,2013年の正月前後に予算化された.多くの方がよくご存じと思う.
 このプランについてはこのブログの昨年5月頃の記載として私はいくつか書いている.例えば以下である.だからこの記載では,過去に書いたものとはなるべく重複しない点を書きたい(ある程度重複はある).

  H25年度採択の改革強化プラン http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/h25-c2bb.html
  教養学部は研究科合併にどのように対応したか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-e8ad.html
  あの改革強化プランはなんぼのものだったのか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-2df6.html

 このプランは全学の会議で突如出てきたように私は学部では説明を受けた.だがこのようなトップダウンの計画出現は,2代目学長さんが学長になるときにいっていた志とは異なる.2代目学長さんは既に死に体であり,この計画はトップダウン志向の山口理事から出たのだろうか,とも思った.あるいは学長は死に体ではなく,どこかで豹変してトップダウンになったのか,とも思った.実際にこのプランがどのように出てきたのかは,私は存じ上げない.
 常識的には,全学執行部は検討しながら事前に部局に根回し,事情を調べて修正して行く過程を経て不思議はない事柄だった.が,根回しがあったという報告は教授会ではなかった.実際のところは当時の学部執行部にしか分からない.
 ここでの問題は経済学部と教養学部の,大学院合併のことである.この合併話には2つのポイントがある.1つはそもそも合併をするか,という問題である.もう1つは合併するとして,そのときの組織がどうなるか,である.より具体的には,以下でいう「真ん中専攻」をどうするか,という問題であった.
 この件は途中から嫌な展開になったと感じた.グローバル事業の争いの延長のような様相を呈してきたからである.まず5月頃と思うが,A氏が書いた,新研究科におけるグローバル・ガバナンス専修部分の修士プログラムの案が,A4数枚の企画書として私にも回ってきた.全学の話がまだはっきりしないのにもうこんなことを考えているのか,と驚いた.中身を見るとビジネススクール様式の「グローバルリーダー養成」のナンチャラプログラムという内容だった.グローバルリーダー(米国大統領か?)などという言葉を臆面もなく使うのはA氏しかいない.また,この内容ではA氏以外のグローバル・ガバナンスの教員も担当しようとはしないだろう.しかも学生の海外派遣にかなりの予算を要するだろう.交換留学の枠には載らない.A氏は早々と上層部に対する彼独自の「営業活動」をしていたように思えた.
 全学から回って来る改革強化プランのポンチ絵が何度か,教授会資料として回ってきた.そのポンチ絵の経済-教養の部分には,6月辺りから「グローバルリーダー養成」の何とかいう表記になってきた.要するに,経済と教養で一緒に作る専攻(経済学部,教養学部では「真ん中専攻」と呼んでいた)の教養学部部分が「グローバルリーダー養成」とすることが,全学から降りてきた当初案となったのである.
 私は入っていないので詳しくは把握していなかったが,教養学部でも将来計画員会(文字数の都合で以下WGと略)で合併後の新研究科の案を議論した.経済学部側とも協議していたらしく,時折ポンチ絵のようなものが出てきた.
 伝え聞いていた限りで,この時期(夏~秋)のWGの特徴は次のようなものである.
 まず,A氏が終始,必須の中心人物として案を出していたようである.また,例の当初案の枠を出なかった.委員として出ていたある先生は,いくらいっても話を聞いてもらえないとこぼしていた.さらに,終始,経済学部に譲歩しているように私には見えた.
 「経済学部に譲歩」というのは,少なくとも3点にある.第1に,新研究科を作った場合に使えるとして全学から提示された任期付きの専任教員ポスト5つのうち,4つを経済学部が使うという.何れかの機会に私は「なぜそんなアホな,悪くても3:2だろう」といったが,学部長からはよく分からない返事があった.経済学部には4つのメジャーがあるから4つだ,という.なら教養学部には5つの専修課程があるではないか.しかもメジャーは学士課程の話であり,院の計画に出て来るのはおかしいではないか.
 第2に,研究科名について経済学部側からの要望が強かったことである.新研究科名は全学案では「人文社会科学研究科」だったが,その名称は仮であり,どうするかは両学部が合意することになっていたと思う.経済学部は新研究科名に「経済」と入れたいらしかった.しかし「経済」の語をどう入れようが,教養学部側が入れたい語句と結び付けると,笑話のような研究科名になる.そこで研究科名はなかなか定まらなかったが,学部長は常に経済学部側から出た研究科名を教授会などで語っていた.
 第3は,「真ん中専攻」の教養学部部分をグローバル・ガバナンスにするという当初案を維持することであり,経済学部としてはその方が有難かったらしい.
 この時期,経済学部の方が立場が強かったのには理由がある.経済学部では,この合併案の是非をちゃんと議論していたのである.反対論も多かったが,議論の末しぶしぶ同意した,と聞いている.しぶしぶ同意した側に学長サイドが配慮するのが理屈である.

 学部内のWGをどれほどやったのかは私には分からないが,既述のように何度か新研究科の専攻構成の簡単なポンチ絵のようなものは出ていた.しかし具体的な中身はよく分からなかった.そこまで煮詰まっていなかったのだろう.
 具体的な中身が煮詰まらないのには理由がある.もともと当初案の「真ん中専攻」が非現実的だからである.まず,グローバル・ガバナンス専修は学士課程では頑張っていたが,大学院では学生はほとんどいなかった.学生を集める実績がないのである.だから学生が確保できる訳がない.さらに,グローバル・ガバナンス以外を1専攻にまとめるとその他の部分の組織がまとまらない.「真ん中専攻」には他専修の教員も出さざるを得ず,そうなると他の部分の体制が壊れるのである.博士課程との関係も難しくなる.
 そんなことは,学部の基本資料を取り出して2時間くらい検討すれば分かるはずである.が,全学も学部もその検討をしなかった.だから同じところをグルグル回っていたのである.本来なら,全学が当初案を作る段階で,その2時間程度の検討をする(ないし学部に検討させる)べきだったのである.

 11月になって,改革強化プランを文科省に出すことになった.そのときの教授会で転機が訪れた.学部長がそこまでの案を持ってゆくことの了承を教授会で求めたが,異論が出た.学部長はそこで採決で決めるという.私やある同僚(今の研究科長)は,採決のような賭けに任せるのではなく話し合いをすることを求めた.しかし学部長はあくまで採決という.議長が裁決というから仕方なかった.採決すると学部長案が否決されたのである.
 このときの会議では社会学系のある先生の発言が流れを変えた.学部長は研究科統合案に反対ではなかったのか,私はそのつもりでいた,という.その先生の意見は教授会の話をあまり聞いていなかった結果のように思うが,実際,多くの先生方は改革プランの状況をよく理解していたとはいえなかったのである.その点は経済学部とは異なったろう.
 経済学部ではオープンな議論をした上で全学のプランに同意したと聞いた.が,教養学部では,教授会では報告が多く審議はほとんどない.学部長はソフトな説明を重ねてそのまま了承してもらう方法をとったと思う.なぜそうなったかはA氏の都合だろう.オープンな議論をすればA氏が矢面に立つ.が,自らが矢面に立つことはA氏が嫌う.その点は少し前まで私自身が学部長をしていて,A氏の代わりに何度も矢面に立っていたのでよく分かる.(実は学部長をやるはるか以前から,昔の「文化政策騒動」の頃から私は何度もA氏の代わりに矢面に立ってきた.)
 状況がよく分からなかった別の理由は,改革プランのステータスがはっきりしなかったことである.採択されなければ実施はない.夏頃に交付金で支援されると決まった大学のプランには「採択された」という表現が使われた.しかしそのときに外れた埼大のプランについては,「採択されるだろう」,「採択される見通しだ」と役員がいうばかりで,きっぱりと「採択された」の情報がなかった.予算が通れば決まる,ということだった.だから,あのプランは本当にやるのかどうか,役員が採択されるつもりでいただけなのか,その点が国の予算が決まるまで分からなかったのである.
 
 教養学部側の新研究科に関する本格的な議論は上記の11月の教授会の後に始まった.年末から正月にかけて「真ん中専攻」の案と新研究科名の学部案がほぼ固まった.私はその時点でもWGに入っておらず(入れるような提案もあったが学部長からは拒否されたようである),その話し合いには参加していない.しかし私も意見をまとめてWG員の同僚に見せていたが,私の考えに近いところで決まった,と聞かされた.というより,WGではどう考えてもそうなるような案で収まった,ということである.

2代目学長の退場

 確か2012年の11月末か12月初め頃に,理事だった今の3代目学長さんが次期学長になると(学内的には)正式に決まった.その頃から全学執行部は名実ともに3代目学長さんが表に出るようになり,2代目学長さんは事実上退場した感があった.
 そういっては申し訳ないが,上で書いたグローバル事業と改革強化プランの2点について,2代目学長さんが退場するのと同時に,展開が好転したのである.3代目学長さんの登場によって悪くなったことは一つもなかった.だから私は,2代目学長さんには,退場してくれて有難うと心から感謝の念を抱いたものである.
 グローバル事業については,A氏を次期政権で重用するのかとある同僚が非公式に山口理事に聞いたらしい.答えは否定的だったという話が伝わってきた.その辺からグローバル事業に関しては見通しが明るく思えてきた.実際,次期政権では,私と同じ立場でグローバル事業にかかわった同僚が国際企画室長となった.
 改革強化プランについては,次期学長を含む両理事が教養学部の案をほぼ認めてくれた.といっても,現実的には教養学部案しか選びようがなかったろう.初めから教養学部で議論を重ねて,普通に経済学部と協議すればそうなったであろう所に落ち着いたと私は見ている.
 私は年を明けてなぜか再び学部長に選ばれ,それまでWGに参加していないのに,その案の肉付けと実施に関わるようになった.研究科統合自体には,私はやはり意義を見出せない.それ自体はネガティヴな出来事だと今も思う.が,以後の作業の中で,ネガティヴな部分をなるべく小さくし,今まで解決できなかった部分の解決を求め,嬉しい部分を作るように心がけた.その点は経済学部も同じである.

 話を本来に戻そう.私がいいたいのは,学長のあり様はその任期のうちに変わって来る,ということだった.2代目学長さんについては,ボトムアップ志向で登場し,最初はその役割を果たしていったと評価すべきと思っている.功績も大きい.しかし時間とともに2代目学長はトップダウン型に変わっていったと私は思う.
 最後の2年間における2代目学長さんの事績については,私は部分的にしか見ておらず,正当な評価はできない.しかし私がかかわった局面についていえば,状況を見ながら判断ができていたようには見えない.
 いくつか印象に残ったことを書いてみよう.まず6月頃に学長が事務方を引き連れて教養学部を訪問し,全学プランへの理解を求めた.その際,私は1つの質問をした.答えるのは簡単で,たぶん学長には都合が良くない事実を一言いえばよい質問だった.が,学長はそこから,関係ないことを長々と話し始めた.見かねた事務局長がメモを差し出し,話はもとに戻ったのである.その様を見ながら,果たしてこの学長さんが全学執行部の戦力になっているかどうか,疑問に思えたのである.
 その年の夏頃にはA氏らとともに学長さんは米国の大学訪問の大名旅行をしている(予算がどこから出たかは気になった).前にも書いたが,そのときに謎のダブルディグリー協定にサインしている.その協定は,ダブルディグリーなのに具体の計画がない.その後フォローした形跡もない.自分が何をしたのか,何のためにサインしたのか,認識していたかどうかに疑問を抱く.
 改革プランを審議する評議会には教養学部からも評議員が出ている.その評議員殿が一人で全学プランへの反対論を述べたらしい.その際,学長さんは彼を激しく罵ったらしく,その様は事務方も驚いたようだった.まあ恫喝だろう.
 その評議員殿は私が学部長をしていたとき,2年間副学部長をお願いした方である.生来おとなしい人であり,強くものをいう様は私には記憶がない.彼は自分の発言を教授会でも説明している.私が聞く限り,彼は全学のプランが埼玉大学の基本的スタンスを入れていないことを批判したように思う.基本的スタンスとは,地域に根付く大学になるかどうか,という点である.彼は地域大学としての役割を明確にすべきことを持論としていた.その当時,人文系の学部長会議に出ていると,各大学がどのようなスタンスを取るかが大きな話題だった.参加している地方大学は一様に「教育中心,地域大学」を口にしていた.そのくらいであるから,彼の主張は正当に思う.少なくとも議論すべきだったろう.
 2代目学長さんはかつて,初代の学長さんが会議で事務方のどなたかを面罵するという振る舞いをしたとして(むろん裏で)非難していた.人は変わるものである.
 わずかな観測しか私にはない.そもそも学長がどうしたとは,その当時,ほとんど伝わっていなかった.しかし私が経験したわずかなことだけで判断させて頂ければ,この時期の2代目学長さんは聡明だったとは言い難い.正直,4年で学長をお辞めになった方がよかった.

6年任期の学長

 3代目学長さんの御代になってから,学長選考会議で学長任期をどうするかを審議した.この件も以前,ブログに書いたので,その経過はそちらをご覧いただきたい.その際に私は1人で,学長の任期を一律6年とすることに反対した.その会議の席上でも申し上げたが,埼大の学長を見ていると,しばしば,4年を過ぎると死に体になる,それなら学長を変えた方がよい,と申し上げた.私の発言は,いうまでもなく,4年でお辞めになった初代学長さん,6年おやりになった2代目学長さんが念頭にあった.初代学長さんも6年できたとは思うが,4年で十分な業績があり,4年でお辞めになって幸いだったように思う.2代目学長さんは,6年おやりになったけれども,4年でお辞めになった方が奇麗だったように思う.
 学長選考会議での採決時に,私と同じく4年+2年任期を支持されたのは薄井経済学部長だけだった.(理工研科長がどうだったか,忘れた.)だから6年になったのは仕方ない.
 しかし,今後の学長は,一律6年であるから,病気になられない限り途中でお辞めになることはまずない.だからいろいろ大変だろう,と思う.選んだ時と終わりの頃ではだいぶ様子が変わるだろう.良く変わるか悪く変わるかは賭けである.
 2代目学長さんがなぜ変わっていったか,と時折考えた.私の想像であるが,人が聡明であるかどうかは,必ずしもその人の固有属性ではない(知能なら固有属性である).人は社会的な存在であり,社会心理学的には,人の判断も社会的である.つまりどのような人が周囲にいるかが大きい.2代目学長さんについては,同程度の立場の方々が,学長を始めた頃にはおられたのである.しかしその方々は次第にいなくなった.そういう状況の中で何となく浮いてしまったのかも知れない,と思うことがある.
 だから学長の周囲にどのような人を送るか,どのようにして合議制に近づける環境を作るか,が重要になって来ると私は思う.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の2代目学長(中)

 さても,2代目学長さん(上井先生)の4年目である2011年の後半には学長選考がある.順当に行けば2代目学長さんがあと2年の任期を務めることになる.がここで,後の3代目学長さん(山口先生)が学長に立候補するという情報がもたらされた.
 その情報をもたらした人に私は「何の正義を掲げて立候補するのか?」と尋ねた.「そこで正義なんていうのは高木さんくらいだよ」との返事だったのを今も覚えている.
 その後,確かに山口先生(たぶん理工研科長)は立候補するようだ,と確認した.どういうルートの情報だったか忘れたが,私が聞いたのは理工研側には2つの要求があるとのことだった.第1は基礎研究への大学配分の研究費を増額すること,第2は(詳しくは分からないが)全学の研究機構にある理工系分野のポスト(全学ポスト)を理工研に移管して欲しい,ということだという.ただ公式に何を掲げるのかはその時点では分からない.
 山口先生の立候補,というのは,私には唐突に思えた.山口研究科長は全学の会議に出ていてその意見は私も見聞していたが,伝えられるようなことで発言があったという認識はなかった.そもそも,問題があれば全学運営会議の場で出し議論してもらうべきと思うが,特段批判的な言動は記憶になかった.
 もっとも,理工研側は研究担当の川橋理事との間でやり取りをしていたのかも知れない.だから話が理工研の内輪話のようになった,という可能性はあるだろう.
 私の眼には,山口先生は理工系の要望(ないし突き上げ)を背景に立候補したという印象を受けた.出馬にあたって全学的な根回しをしなかったように見える(むろん上井学長側も結果として協議をしていない).後に正式の立候補をしてから支持者の親分が教養学部長室においでになったことは覚えている.が,ただの挨拶であり,「政策的な」説明はなかった.挨拶を受けた私も上井候補をよろしくと応じただけである.山口先生側は(今よりも)トップダウンを目指すといい,かつ理工系を背景にしている様子だったので,私の方はデフォールトで現学長を支持する以外は考えられなかったのである.
 経緯は忘れたが,山口先生の立候補の噂が出た直後辺りから上井支持者の招集があった.私も出席した.何度か会合はあったと思う.しかし,4年前に最初に上井先生を学長に押す準備会合ではどのように大学を運営するという話があったのに,今回はなかった.もっぱら「選挙対策」の話だったのである.その点が第1の失望である.第2の失望は,正式の立候補の前の段階で「山口さんに出馬を見合わせるように説得する」ことになったことである.私には,理系の某先生(山口先生の参謀と思われていた)を説得しろという指示があった.
 この指示を頂いてから学部に戻り,三役と協議した.出馬を見合わせるよう某先生を説得しろと学長にはいわれた.けれど,選挙に出る権利があるのに出るなという筋はない.出てもらって戦うのが正しい.だから,指示は受けたが何もしないことにする,と私は話した.三役の2人からも同意を得た.一時は「もう一押しで説得できる」という話も聞いたが,結局,山口先生は出馬するとのことだった.
 私としては,この件では教養学部内で「上井をよろしく」とお願いに回った.が,それ以上はしなかった.学内でいろんな動きがあるという風聞は耳に入ってきた.「直属部隊」は理工系への選挙活動を続けていた.その際,昔の竹下派みたいだが,「2年経ったら山口さん」といって回ったようだった.要するに,2年後の学長選考では山口さんを学長にするから,この2年間は上井学長でよろしく,ということである.「あれま」と思ったものである.2年後でOKならなぜ今はダメなのか? 学長任期を2年延ばす,ただそれだけのために,どこかで道を間違えてしまったのではないかと,ぼんやりと考えた.
 事務方の誰がどちらを支持している,といった話がよく飛び交った.圧倒的に山口先生支持が多かったという印象だった.上井学長がこんなに評判が悪いとは私は思っていなかった.
 という訳で,さほど運動した訳ではないのであるが,ともかく私は上井支持を通した.立会演説会の際に山口候補に疑問を呈する(全学運営会議では,いえたのに,何もいっていなかったではないか?)程度のことだった.
 実は私は山口候補が勝つと思っていた.
 蓋を開けると,僅差とはいえ,上井候補が選挙で勝ったのである.嬉しかったが意外だった.
 私も出ていた学長選考会議でも問題なく上井学長で決まった.そもそも外部委員は学長が委嘱しているので,例外を除き,現学長を支持する.会議が終わって部屋を出るとき,ある外部委員の方が「こんなに接戦とは思わなかった」と意外感を漏らした.私はただ「ええ」と答えた.
 勝ったとはいえ高揚感はなかった.4年前とは大違いだった.4年前に選挙戦の前線にいたのはその時の両理事だった.今回の選挙では両理事はまったく姿を見せなかった.
 次第に何のための選挙戦だったか疑問を抱くに至り,私は気分が落ち込んだ.上井学長の2年の任期追加は決まったけれど,「2年経ったら山口さん」で戦っていたので,2年後には山口先生に学長を禅譲することが既定路線になったように思えたからである.山口学長の是非が問題ではない.問題は何やら曲がった筋のことをしてしまったのではないかという疑問である.山口先生が立候補するという情報があったとき,私はその立候補に何の正義があるか,と問いたかった.しかし選挙が終わってみると,問いは,上井先生が2年学長を続けることに何の正義があったのか,に変わった.
 それでも私は上井先生がどうするのかを見ていた.詳しくは書かないが,選挙で勝った上井先生はその後の折衝では完敗だった.川橋理事は外れ,山口先生が次期の研究担当理事になるとの話を聞いた.山口先生を理事にするときには支持者に説明する,と上井先生はいっていたが,説明などはなかった.
 私は1月と3月に呼び出されて上井先生と会って話している.何を話したかは書かないが,喧嘩別れだった.
 その3月で私は4年の任期を終え,学部長を辞めた.と同時に,これで2代目学長さんとの縁も切れたな,と思った.だがそのときは2代目学長さんに対する,その後2年に及ぶ争いの入り口にいたことを,私は知る由もなかったのである.(次回に続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の2代目学長(上)

 2つ前の記載で「法人化後の初代学長」について書いた.書いた動機はその学長さんを評価しようというのではない.「学長って,なる前と後では変わるよね」といいたかったことが動機である.同じ観点で法人化後の2代目学長さんについて書いてみよう.
 しばらく前にこのブログで「2007年の学長選考」(http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/11/2007-d215.html)という記載を書いた.この学長選考が法人化後の2代目学長,つまり上井学長を選んだときである.その記載には私が知っている範囲での選考の経緯を書いたが(私が存じ上げぬ経緯もあるはずである),ついでに2代目学長に対する私の評価も書いている.その記載とはなるべく重複せぬように以下を書いてみたい.

 初代学長さんの御代が2004-2007年度の4年間,2代目学長さんの御代が2008-2013年度の6年間だった.この2代目学長さんは,実質的に意味のある学長選挙を勝ち抜いた最後の学長さんであろうと思う.しかも再選を含めて2度の学長選挙を勝ち抜いているのである.制度が変わったので2度の学長選挙を勝ち抜く学長はもう出ない.今後も教職員による学長選挙をやるかも知れないが,やるとしても選挙としての実質的な意味は無くなっているだろう.
 学長を下々が選ぶ際に2つの考え方がある.1つは Great Person Theory とでもいうべきものであり,偉い,崇めるような学長さんを選ぼうという考えである.もう1つはConsensus Theory とでも呼べるだろう.皆さんとコンセンサスをとってやっていく,そのための協議をするのに適した方を選ぼう,という考え方である.先代の初代学長さんについては,推薦する方々は前者の考えで推薦したように思う.2代目さんは,偉くない訳ではないのだが,後者の考え方で推した,というのが私の理解である.初期の協議の中でコンセンサス重視を打ち出すことをいい出したのは後の加藤理事だったと理解している.初代目さんが(結果として)トップダウン志向であったため,トップダウンへの嫌気が蔓延していたのである.だから今度はコンセンサス型で,という考えが当時は強かった.事務方は2代目さんをしばしば「調整型」と評する.

 さて,この2代目さんの治世の6年間は,大まかに2年ごとに3つに区切るのが分かりやすいように思っている.
 まず最初の2年間は,学長になる際に標榜したことの実現に努力されたと私も思う.
 まずいろんな機会に対話重視の姿勢を形にしていった.以前の記載に書いた「くだらない例」をあげれば,対話重視の姿勢は新年の賀詞交歓会に現れた.賀詞交歓会は部下が学長の前に整列して小学校の朝礼のようになりがちである.が,2代目さんは最初の賀詞交歓会の際,部屋の真ん中を空けてみんなで丸くなるようにしたのである.皆さんと同じ目の高さで接する気持ちの表現だったのだろう.より実質的には,部局長の参加で,全学運営会議の他に全学の将来構想委員会のようなもの(正式名称は忘れた)を開き,今後の大学のあり方の協議をしたのである.実務中心の全学運営会議では出ないような議論をその場で行った.
 また,立候補の際に表明されたごとく,他大学とのネットワークの構築を試みられたのも確かである.実際,学長任期の当初に,あたかも統合に動きそうな気配すら出たことがある(数日で消えた).また近隣の大学と接触して協力の仕方を学長間で話し合う機会を持たれたはずである.この間,立教大学との交流が増え,立教大学と埼大でどのような協力ができるか考えてくれ,と私に依頼することもあった.(学部に持ち帰って意見がありそうな教養学部教員と協議したのであるが,立教大学の方にメリットがないだろう,という意見が大勢であり,それ以上の検討はなかった.)
 実は2代目学長の誕生の前,私が教養学部の副学部長だったときに,北関東国立4大学の文系学部と協議する試みをしたこともある.その時も(なぜか)上井先生は出席された.確か宇都宮でのことである.また,上井学長誕生後は,4大学連携(4Uといっていた)の会合に理工の水谷先生とご一緒しながら出席していたことがある.埼大の責任者は当時の川橋理事だった.
 ただ,残念ながら北関東4大学の連携は次第に消えていった.その理由は4Uの会合に出ていてよくわかった.いずれの大学も,自分たちの組織のために他大学を利用する,という考えであり,新たな連合体で生きることを考えていなかったからである.新たなアイデンティティを産む流れにはならなかった.自分たちのためのメリットを求める連合というのは,結局,壊れるしかない.
 この時期の2代目学長さんの功績は,大学のグルーバル方針に先鞭をつけたことだろう.評価は立場によるが,スピード感を持ってGYプログラム(Global Youth Program)を立ち上げたことを私は評価している(実は教養学部教員は評価しない人が多かった).2代目学長さんには実は変な色気があったかも知れないが,このGYプログラムによって,米国に留学してまとまって単位を取って帰るということが現実的であることを示したことは,学生にとっては大きかった.教養学部では時期を同じくして交換留学する学生数が飛躍的に伸びたのである.

上に書いた「事績」以外でも,2代目学長さんが登場した意味は大きかったように私は思う.学長として最初に全学の会議(全学運営会議?)を開いたとき(だと思うが),この学長さんがいきなり言い出したのは「部局予算を袋で渡す」ということだった.実は,トップダウン色が強かった初代学長さんのときに,予算が厳しいことを理由に,部局予算にいろんな枠がはめられていたのである.各部局はその制約で苦労したはずである.2代目さんがいった「袋で」とは,部局予算の全体額は決めるけれどもそこから先は部局の裁量で決める,ということである.この発言を聞いたとき私は「経済学部の年来の考え方だな」と思った.経済学部は部局を独立運営する意向がもともと強かったのである.
 ただ,予算の運用としては経済学部の考えが正しい.予算配分の最適問題を解くには制約条件をハッキリさせることが前提であり,申請によってお金が取れたり取れなかったり,というのでは,結局,優先順位の低い事項に予算を配分する以外になくなることが多いからである.ただ,この話を通せたのは,2代目さんがボトムアップ型であったことによるだろうと私は思う.
 私に勘違いもあるかも知れないが,学長がトップダウン志向になると,本部事務方の上の方(文科省人事で回って来る方々)は教員や部局を見ない.学長ばかりを見るのである.だから結果として部局や教員一般には冷たくなる.ところがボトムアップの学長になると「部局が首を縦に振らなければ動きませんよ」という暗黙のメッセージを学長が発するから,本部事務方も部局や教員の方を多少は見る.その違いはあるように思う.実際,学長がトップダウン志向の3代目になると,予算が厳しいことを理由に,またも財務側は予算にいろんな枠をはめ始めた.いろんな予算が財務への申請に基づくことになったけれども,財務に判断ができるはずもなく,結果として予算の執行は遅れるし,もらうお金は同じでも優先順位の合理性は低下したように思う.
 また,2代目さんが良かったのは労使関係において労働側への配慮を強くしたことだろう.労使関係は学長任期を超えて基準として継承される可能性があるので,教職員側への恩恵は今も続いているのではないかと想像する.
 さらにいえば,2代目さんが良かったのは彼自身が学長であることを楽しんでいたことだろう.その点は入学式や卒業式などの式辞・挨拶に現れていた.私は部局長だったので,公式の場では壇上の後ろの方に座っており,嫌でも学長の挨拶は耳に入った.2代目さんの挨拶は長めであり,しかもかなり時間をかけて考え抜いた挨拶のように思えた.中身的には,シニカルな私は,発言の機会があればツッコミを入れたかも知れない.が,学長さんは非常に楽しんで話しているのである.良いことである.楽しみながら話してくれると聞く方も明るくなるからである.
 初代の学長さんは挨拶がつまらないことが定説になっていた.分かるような気がする.初代目さんは生真面目な人であり,しかも無駄なことはしないという考えがある.挨拶などは所詮無駄話である.そう思っていれば話は一層つまらなくなる.挨拶という点ではやはり文系の学長が優れているだろう.文系の学問の多くは,論理ではなくレトリックで勝負している面がある.だからしみじみ考えると変でも,その場では有難いように聞かせることは一般にうまいのである.私の印象では,3代目学長は2代目の後であるだけに,2代目に合わせて良い挨拶を心掛けていたように思う.しかし3代目さんは根が生真面目だから,どことなく無理をしている感じが残る.2代目さんは自然にもっともらしい挨拶をやってのけたのである.大したもんだと私は思った.

 さて,2番目の2年間になると,学長の動きは止まったような気がする.学長になってしばらくはいろんな検討をしたのだと思うが,とりあえず動かしようがなかった,ということだろう.実は2代目学長の前半は民主党政権時代と重なる.民主党政権の前も短命な自民党内閣が続いていた.だからこの間は文科省による弄り回し以外は明確な方針が出なかった.大学に関する大きな方向性は,安倍内閣になって大学を成長の基盤ととらえる考え方が出るまでは何もなかったというべきだろう.民主党政権時代は,仕分けなどといって喜んでいた頃であるから,運営費交付金の削減ということしか念頭に浮かばなかった時期だと思う.
 この2年間は,学長ではなく,加藤理事による教育システムの整備の時期であったように思う.だから全学の会議でも加藤理事の出番が多かった.学長は加藤理事の提案の調整役に回っていたような気がする.
 この時期,学長に関しては特に記憶に残るようなことはない.が,ややアレッと思うこともないではなかった.
 私の受け止め方であるが,第1のアレッは,ある名誉教授との裁判の件だった.全学の会議で,学長はその名誉教授に謝罪するような趣旨のことをいい出した.会議では私だけが難色を示した.会議の後に別室に呼ばれ,当時の執行部と私は話した記憶がある.学長が声明を出せば簡単に裁判は終わりそうだ,という説明だったように思う.ただ,埼玉大学はその件では一定の立場を表明しているはずであり,そこを変える必要があるとも私には思えなかった.というより,公式に表明して事務方が動いていたとすれば,余ほどのことがない限り立場を変えないのが行政的な常道であり,そこを変えるのは普通でない,と私には思えたのである.まあ,学長は「そうする」といって了解を求めただけであり,私の賛成反対でどうなるものでもなかった.裁判がどうなったかは知らない.
 後から聞いた話,事務方では失望している向きがあったようである.
 第2のアレッは「65周年記念事業」をやると学長がいい出したことである.60年や70年なら記念事業でもよいが,「65」でやるのか,という点である.この事業の主要部分は埼玉大学の歴史の(50年史からの)追記である.おそらくそのとき,私はグローバル事業の申請の案作りで忙しかったので,そんなことをする気にはなれなかったのである.ハッキリ言って,社史編纂などはさせることがない社員に割り当てる閑職のはずであり,そんなことをするならもう少し実のあることに学長は労力を払うべきと思えた.
 ただ,何れも小さな話である.
 この2年間の最後の方で,次期の学長の選考の時期が迫ってきた.2代目学長さんとしては追加の2年間を賭けるところであるが,どこからともなく,今の3代目学長さん(当時は理工研科長だったと思う)が立候補するという話が流れてきた.その辺から事情が一変したように思う.長くなるので,続きは後日の別記載としたい.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

人は何といってグローバルを嫌がったか

 私は在職期間の最後の方で「グローバル」を推進することに気を使った.教養学部内のグローバル対応に腐心したけれども,全学の中でも「グローバルを推進すべき」という意見を述べてきた.その「グローバル」を教員が何といって嫌がったかを書いてみたい.

大学でのグローバルの重要性

 一般論になるが,現在の大学の課題はイノベーションとグローバルの2つのカタカナ語にあるだろう.経団連のような大学の外野がその2つを強調することがそのことを物語る.大学が日本の国力の向上に寄与しようとするなら,この2つが重要だと私も思う.
 以前に書いたことだが,現政権では大学を,米国同様に,国力の基礎と位置付けている.日本では新開発の製品による収益が米国などと比べると低い.つまりイノベーションが乏しいのである.そのイノベーションの後押しが大学に期待されており,その期待には応える必要があるだろう.ただ,日本でイノベーションが乏しい最大の要因は大学にではなく企業にあるように思う.日本の研究機関の成果を特許につなげた件数は,日本企業より外国企業の方が高い,つまり日本の企業は研究成果をフォローしていないのである.だからイノベーションに関して大学ができることといったら,研究のコーディネイトくらいしかない.教育課程は決まった内容を伝えるために構成するから,イノベーションのための教育課程というのは存在自体矛盾(ないし冗談)のような話である.
 それに比べると「グローバル」は,研究はもちろんであるが,教育課程による部分は大きい.私の直感では,日本の研究力が低下している原因は,海外との比較において,国際戦略に後れを取っていることが大きい.だから研究上もグローバルは重要であり,そのことを後押しすすために教育課程が行うべき部分は大きいはずである.
 もともと私がグローバルといい始めたのは教養学部のテコ入れのためだった.グローバル事業の申請書をまとめたもともとの動機はそれ以外にはない.しかし,グローバル事業にかかわるうちに私自身は確信犯になっていったように思う.きっかけは,留学促進のヴィデオ作成のために留学経験の学生にインタヴューをしたことによる.教養学部に限らず埼大の学生はあまりものを話さないのであるが,インタヴューに参加した留学経験の学生はみな語るべき何かを持っていたのである.自分のこと,自分の進路のこと,留学先と日本の大学(埼大)とのシステムの相違,その長短,世の中の仕組みのこと.そうした事柄について彼らが自分の考えを述べることに私は瞠目せざるをえなかった.海外の未知のシステムの中に入ってそれなりの単位を取って来るという体験を経た彼らは,やはり多くのことを考える機会を得たのだ,と感じた.彼らは,日本にいれば他の活動でそれなりの達成をしたかも知れないが,総体的にはより多くのことを得て,しかも語学も上達させている.専門の研究者を育てるなら別の考えもあろうが,学士課程を学ぶ彼らにとって,1年ほど交換留学をした経験は日本にいて得るものより大きいと感じた.
 むろん留学することが誰にとってもプラスになる訳ではないし,マイナスになる留学もある.そこは適切なアドヴァイジングがあることが前提である.

「英語教育は必要ない」

 さて,そのグローバル事業の推進を考えながら(本来考えるのは全学の役職者なのであるが)私が気づいたことは,英語教育の重要性を私自身が過小評価していた点である.Global Youth(以下GY)プログラムで使っている留学用の英語授業を他学生にも拡張すれば足りるとしか,当初は考えていなかった.が,それでは不十分なのである.GY用の英語授業は,英語センターのnativeの先生方がよくやってくださっていた.けれども,本格的に留学を可能にするだけの英語力を付けるには,それだけでは学習時間が足りない.ICUなどは,一般の学生に要求する英語の時間数が,埼大では考えにくいほど多いのである.
 だから私は機会を見つけて,英語の授業の拡充の必要性を述べていた.が,特に理工系が英語授業充実の考えには冷淡だった.
 理工系の先生方は学生を留学させることには関心が薄く,時折いうのは,「我々は研究に関心があり,学生が研究報告をするには,英語教育はそれほど必要ない」という発言だった.
 この発言を私が教養学部のスタッフの前で披露すると,すぐにツッコミが入った.

─ 英語教育をしないでなぜ研究発表ができるのか?
─ コピペでもするのか? コピペを埼玉名物にするつもりか?
─ 東大で最初にwritingの教育に力を入れたのは工学系だ.理工系が英語教育が要らないというのは考えられない.

 これらの同僚の言を聞いて,なるほどねと思ったものである.
 もっとも,口の悪い同僚は以前から次のようにいっていた.

─ 理工系の論文って,数字だけを入れ替えればよいものが多いんじゃない? だから英語教育が必要じゃないんだよ.

まさかぁ,とは思う(本当だったりして).
 まあ,数字だけ入れ替えるだけのような研究をするなら別であるが,自らのアイディアを英語で表現するとすれば高度な英語教育が必要になって来るように私は思う.
 語学は英語に限らない.何れの語学も教育すべきなのは確かである.が,まず共通語である英語なのである.

「留学せずに日本で勉強していればもっと伸びた」

 教養学部の教員は学生の留学に概して好意的である.ただし時折,好意的でない意見にも出会った.その一つは(特定の学生が)「留学せずに日本で勉強していればもっと伸びた」というご意見である.趣旨は,日本でもっと勉強して基礎を固めてから留学すべきだった,ということだろう.
 理解できる意見である.が,そうおっしゃる方は,従来の研究者の多くがそうであるように,学部までは,ないし修士課程までは日本で基礎を積み,その後で留学するというパタンが念頭にあったように思う.しかし学生の多くは(教養学部では)研究者を目指さない.学士課程から社会に出る学生が多い.そして学士課程は基本的に広い事柄を学ぶのが目的である.だから,日本にいて基礎を積めばその分のプラスはあるのは分かるが,そこで得られる以上のプラスを,留学した学生は学士課程で得ていたように私には思える.
 似ているが別の否定的なご意見にも出くわした.意外であるが,多くの学生が留学していたグローバル・ガバナンス専修で先生による否定的なご意見が時たま出たのである.「あんなできない奴を留学させるべきではない」という趣旨のご意見である.
 そこで言及された学生の中には,確かに,海外渡航マニアのような学生もいた.私の意見でも,お金があまりかからぬ交換留学まではよいとして,それ以上の海外渡航を,親に経済的負担をかけてやるものか,私が親なら行かせないだろう,と思う事例もあった.ただ,言及された学生の多くについては,シニカルにいえば,勉強はできないかも知れないが,留学しなければ勉強をしたという訳でもなかったように思う.相対的には,勉強はダメでも留学してプラスはあったと思えることが多かったろう.
 なお,グローバル事業の期間に交換留学のシステムが整備され,交換留学の機会をえるための要因にGPAが導入されるようになった.だから,教員には不満かも知れないが,ある程度の成績を前提に留学するようなシステムにはなったのである.
 
「外国の大学の科目は日本にもあるから留学は意味がない」

 何かの会合の折,工系の先生から出た言葉である.このお言葉の前段はその通りだろう.広く理系の場合は授業の構成は国によって異なることはない.文系でも Science 色の強い分野では同様である.昔留学とは,外国に行かねば学べぬことを学ぶのが普通であったが,現在はそうではない.
 しかし前段が後段の結論に「から」で結び付ける点は,私の考えとは異なる.日本と外国とで同じような授業が出ていることは,外国の大学との単位互換が容易であることを意味するからである.要するに留学はし易い.そして,同じ科目を学んだとして,未知の環境に適応したり外国語力がつくといった付加価値を考えれば,留学させるのが望ましいという結論にしかならないように思う.国際的な調整力を持ったエンジニアを育てる.よいではないか.
 だから,理(工)系の先生方が海外留学を促進しない理由は,私には理解できないのである.


「留学する学生はできない」

 ある会合での理系の先生の発言である.立派な先生が仰るのであるから「留学」と「できない」との間に相関関係があることは事実なのだろう.だが因果関係,つまりどちらが原因でどちらが結果か,別の要因があってこの相関関係が生じるのか,その点は分からない.
 あくまで憶測であるが,前出の口の悪い同僚がいっていたことを思い出す.理系では学生に研究室で仕事をさせるから,できの良い学生に留学されては困る,引き留めるそうだ,という.事実かどうかは知らないが,確かに理工系では「研究室に入る」がかなり大事なのである.(学部生ででも)研究室に入って努めなければものにならない,などとよくいう.この「研究室奉公」は諸外国にはない.
 この研究室奉公主義が,日本の研究力が伸びない理由の1つだろう,と私は以前から思っている.以前私が調べたときは,埼大の理工研では(文系より),コースワークの単位要件が少なく研究指導の比率が高い.たぶん日本の理系の大学院一般にいえるだろう.実は文科省は若手研究者の研究力の促進を考え,その点の是正を求めているのである.コースワークを欧米並みに増やし,研究室張り付きを弱くする(専門の変更の余地を作る)ことである.
 以前,図書館長をされていた理学部の先生に欧米の大学院はどうか,とご意見を伺ったことがある.欧米の院では広い分野を院で学ぶ(日本では研究室にのめり込む)から知識が広い.そういう点はかなわないねぇ,というご意見であった.なるほどなと思った.
 研究室奉公が強いために,研究室では有能な,使える助手になるが,研究室を出て研究者として独り立ちすると弱いのではないか? 学生たちが貼り付いた先生の縮小コピィにしかなれないのではないか? 狭い範囲のことしか学ばないから融合的な研究に行き着かないのではないか? 海外経験が少ないから国際的な研究ネットワークから外れ気味になるのではないか? 就職先として日本の研究機関のポストばかり考えるから就職難が生じるのではないか? まとめるなら,世界の,特にアジアの研究者の国際化が進んでいるのに,日本では伝統的な研究室奉公が続いている,そのことが日本の研究力の相対的低下の一因になっているのではないか,と私は以前から思っている.
 話を戻そう.留学する学生はできないのは事実かも知れない.が,できる学生に留学させたらどうなのか? 研究室に仕事があるなら助手を金で雇うのが筋だろう.

埼大のグローバルの今後

 2016年度は私の最後の在職年度だった.この年度では私は学部長を辞めたので,それ以降の全学の事情は直接的には分からない.この年度に私が教養学部の執行部の方から伺ったのは「金がないから海外への学生の送り出しはやれない.今後は受入れだ」と学長がいっていた,ということだった.
 それが行き着く先なのかなぁ,と思わぬでもなかった.北関東の国立大学も,グローバルといいつつ,行き着く先は同様,ないし「地域と地域の外国人との共生」といった国内事業になっている感があった.埼大も同じ所に行き着いているといえば,それまでかも知れない.
 グローバルのナントカセンターという構想の話も学部執行部経由で伺ったような気がする.説明のポンチ絵を見ると,理工研に来ている海外からの留学生への世話が主業務のように見える.まあ,学長の支持母体は理工であるから,そういう金の使い方になるのかな,という感想を持ったものである.
 受け入れた海外からの留学生と共修することも国際化の重要な契機である.けれども,日本人が多数派の環境で外国からの留学生と接するという状況は,日本人学生の国際化への貢献は限定的である.やはり海外の環境の中に少数派として飛び込む留学体験を積むことの価値が大きい.金がないというなら仕方ないが,金がないなりにやるべきことは多いように感じている.お金の負担は基本的に学生本人負担になるだろう.しかし大学として揃えるべきもの,例えば英語学習環境などは,大学として投資すべきことのように思う.
 グローバル事業の予算が切れて,確かに使えるお金は少なくなった.しかし,もともとグローバル予算とはスタートアップ資金であり,時間の経過とともに支出は内部化するのが前提だったのである.
 むろん,お金の使い道は大学の方針による.賢明な使い道がなされるとよいとは思う.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

法人化後の初代学長

 埼大では,次期の学長選考が来年あるはずである.だからたぶん今頃,次期学長の人選を,考える人は考え始めるだろう.
 人によっては次期学長の選考を大変だと思うかもしれない.なにしろ,次期から学長は一括任期が6年となった.途中で学長を変わって頂くことは,病気や事故がない限り,まずない.
 今の埼大は,既に工学系中心で舵を切っている.埼大が単体で運営されるなら,その点は変わらないだろう.大学が削減を行う場合は教育学部の縮小の方向に向かうものと思う(そのように口にしておられる外部委員の方もいる).
 しかし次期学長のうちにアンブレラ統合の話になるとすれば,どこと一緒になるかによるが,分からなくなる.埼大としては未曽有の転機が訪れることになるように思う.展開によっては埼玉キャンパス(下大久保)をどのようにするかの判断になるだろう.むろん,アンブレラに進むかどうかは,文科省にそれだけの腹があるかどうかの問題である.個別の大学ではどうせ判断できない.
 学長の任期が6年となると,その間にいろんなことが起きる可能性があるのである.
 ただ私自身の実感としては,学長を誰にするかなど,考えるのはバカバカしいように思っている.過去の例では,選出前と後では,学長の印象は変わるからである.また学長がどうであるかよりは,社会情勢や文科省の出方による部分が大きい.

 などと考えるのであるが,どうせ暇なので,法人化後の学長を私がどう思ったかを書いてみたい.むろん,私ごときでは見えない部分を学長はお持ちなので,不正確な面があるのはご勘弁願いたい.
 まず法人化後の初代であった田隅学長についてである.

 田隅学長は,明確な争点を持った学長選挙で勝利したという点では,私が知る範囲で唯一の学長さんだった.それ以外の学長選挙も争点はあったとは思うが,明確なものではない.争点とは,いうまでもなく群玉統合の是非である.田隅学長は「統合棚上げ」(たぶん上げたまま下ろさないということだったろう)をうたった.
 私は対立候補だった当時の現職の学長さんの推薦人に名を連ねていた.私に推薦人の依頼があったくらいであるから勝ち目はなかったのだろう.推薦人を引き受ける際に,話を持ってきた方には「統合をするとはいうな」と意見を述べた.統合は進めるべきと思っていたが,その時点ではあの統合に既に進展の見込みがなかったからである.しかし私が支持した候補は「統合を進めます」と表明したので,そりゃダメだ,と思ったものである.対する田隅学長には「やっても無駄だから止める」という割り切りがあった.
 この割り切りの強さが,良くも悪くも田隅学長の特色だったように思う.その点はこの方が理学の研究者らしい点であると私は思った.私がいうことはあらゆる人の常識に反するかもしれない,しかしこれが真実だ,ということがサイエンスの美学であり,サイエンティストはその興奮を求めるからである.
 統合に関しては明確な方針を持っていたけれど,それ以外の点ではこれといった大学運営の考えはおありでなかったように私は思う.学長就任時点でのこの方の言葉で私が記憶しているのは「民族自決主義」である.その言葉は,各学部がそれぞれの分野で自分で判断して頑張ればよい,という意味である.裏を返せば,部局以外で大学として何かをするという考えはおありでなかったような気がする.部局には干渉しないという意味であるから,部局には有難がったはずである.
 とはいいながら,学長に就任してからは大学としての運営をいろいろお考えになったのではないかと私は思う.
 実は田隅学長は前回の学長選では惜敗している.私は誰かから「今度は抜かりないように準備万端整えている」という話を伺った.ただ「準備万端」かどうかではなく,単純に統合が嫌だった人が多かったということだろう.ちなみに,教養学部の執行部の方々は,たぶん岡崎前学部長を除いて,群馬に行くのが嫌でみな田隅候補に投票したのである.
 学長選びが話題になっている時点で理系の先生方は,田隅先生は力のある方であるから,学長になればきっと何とかしてくださる,という趣旨のことを仰っていた.「あの方が何とかしてくださる」という発想は,三代目学長さんの選任前にも時折理系の方が口にしていたから笑ってしまう.文系の教員には,誰かが「何とかしてくださる」という発想はまずない.

 今の時点で考えると,田隅学長は法人化後の3人の学長の中では最も重要な仕事をされたのではないか,と思う.重要な仕事とは,法人化した国大の運営スタイルの確立,予算削減への対応,大学の方向性,の3つである.

 第1の「法人化した国大の運営スタイルの確立」というのは,法人化してから経営協議会を含めて全学の運営方法が変わり(変化の程度をどう評価するかは判断としても),新たな運営形式を実施に移したことである.文科省側にテンプレートがあるからそれほど大変なことではなかったかも知れない.が,全学の協議は評議会ではなく全学運営会議で行うというスタイルを作ったのはこの学長さんであり,その点は以後の学長さんも継承している.
 論争的だったのは「学長権限」に関する田隅学長の見解だったろう.もともと田隅学長による学長権限論は,ある下らない問題に関する処理の仕方を合理化するために出てきたことである.が,当時はまだ「大学の自治幻想」が強かった学内世論の中で,学長にはすべての業務事項を決める権限があるという趣旨の田隅学長見解は衝撃的だった.私を含めて多くの教員が反発したけれども,話を聞くうちに「どうも田隅学長が正しい」と私も思うようになった.「田隅学長が正しい」と最初にいった部局長は,田隅学長と折り合いが良かった教育学部長であったと思う.法令の条文を見ると,筋が通っていたのである.
 今日,国立大学法人法の解釈としての田隅学長の見解を疑う者はいない.その後の学長さんもこの見解に従って学長としての判断を通してきた.埼大の場合,ある種のアクシデントの結果であるが,早めにこの見解が明確になったのである.

 第2は「予算削減への対応」である.法人化されてから運営費交付金の毎年の定率削減も始まったと思う.しかしすぐに予算が底をつく訳でもなかろうに,田隅学長のときから緊縮財政になったことが目立った.研究費や非常勤講師費用が大幅に削減され,学内各所から悲鳴があがったのである.学長はその怨嗟を受けることになった.教員定数の再定義と称する教員の大幅削減(名目は「全学化」)があり,教養学部では最も被害が大きく30名を超える教員の削減が決まったのも,田隅学長就任の半年後である(実質的にはその何か月か前に決まっていた).
 経費削減はいろんな局面に及んだ.一番笑ったのは,通勤用の定期券を買ったらその定期券を見せろ,ということになったことだろう.その後,退職に至るまで,私は年に1回は事務方に定期を見せて確認してもらっていた.
 田隅学長の治世で実際に行ったほどの削減が必要であったかどうか,私には疑問がある.研究費についてはともかく,教員定数をそれほど削減する必要があったのか? その点は分からない.実際は,教養学部(など)が放出したポストをどこかに使っていたようであり,その実態は,次の学長になるまでよく分からなかった(次の学長の時期でも私は詳しくは伺っていない).あるいは過剰に削減した(削減できるポストを作った)かも知れないのである.ただ,このときの削減のおかげで,埼大ではその後しばらく教員定数の削減はなかった.三代目学長さんになってから,定率である程度の削減を行うまで,削減はなかった.が,その間,私の知る他の国立大学ではずっと,少しずつ削減をしていたのである.そこは判断であるけれど,田隅学長のときに大幅削減したことが「貯金」になって,その後の削減はあまりなかったのかも知れない.そう考えると,田隅学長時代の削減については,全学の立場で考えると,一概に否定すべきではないかも知れない.

 第3は「大学の方向性」についてである.就任時点では,田隅学長には全学のあり方に関して特段のお考えはなかったように思う.しかし,実際に法人化後の現実に直面しながら,田隅学長は一定の大学の方向性について発信するようになった.あくまで学長が学部訪問をしたときの発言から見ているが,大きな方向性の1点目は,(研究ではなく)教育重視という点である.2点目は,地域に入り込むことを重視した考えである.
 1点目の教育重視については,学生から見放されないようにする,ということである.だから,大学の経費削減についても,教育費(非常勤費を含む)は,「お客さんがいるから削減できない」といういい方だった.削減は主に研究費であるとの説明だった.
 教育重視というと,田隅学長の理学部の伝統的な考えからは乖離する.そこをあえていったのは,田隅学長が長く東大に仕事をしていて,研究中心の上位大学の様子を理解していたためであると思う.彼はCOEを取るような部署の業績の実態を理解している.埼大は違う,という判断だったように思う.その点はこの学長さんらしい割り切りだったろう.ただ,教育重視といういい方は理工系からは反発を受ける要素になる.
 2点目の地域についてである.埼大では,三代目学長になってからも,地域をどのように位置づけるかについて逡巡があったと私は思う.すんなりとCOCも申請しなかったことがその点を物語る.「3類型」で「地域」をしぶしぶ選んだけれど,三代目学長にも当時の部局長にもためらいがあった.が,初代の学長さんはそこはきっぱりと割り切って地域志向を出していたのは,今の時点で考えると目を見張る.もっとも,その割には埼玉県との関係がギクシャクしていた,という点は二代目学長になってから表に出たことである.しかし,主に埼玉県内の高校回りを,ハイスクールキャラバンと称してやっていたのも,地域を重視した姿勢の強い表れであった(当時私は副学部長でハイスクールキャラバンの係になったので,大変嫌だったが).
 大学の方向性に関する田隅学長の考えは,(喜んでかどうかは別であるが)私には理解できるものだった.

 田隅学長4年目に学長選考があった.就任時点ではかなりの方々からの期待を受けていた田隅学長であったが,4年後にはご存じのように,学内ではまったく人気がなかった.何しろ,田隅学長の再選を支持した部局長は一人もいなかった.いちばんうまく付き合っていた教育学部長すら離反したのである.ならなんで4年前に期待を込めて選んだんだろうと私は不思議に思うほどだった.それだけ,選ぶ前と後では異なって来るのである.
 記録としての事績を見ると田隅学長はなかなか仕事をされたと思う.にもかかわらず学内で評価が悪かったのは,全学の会議の様子が険悪だったことにあるようだ.その点は,私はまだ部局長ではなかったので,この目では見ておらず,よく分からない.
 先に書いた「ある下らない問題」で田隅学長が学長権限を行使したときのことである.その件では田隅学長は学内から非難を受けた.私も内輪で悪口をいった.その際,文句があれば聞こう,申し込んでくれ,と田隅学長が表明した.そういわれて申し込まないのは卑怯と思い,私は申し込んで実際に30分ほどさしで話し合ったことがある.この学長さんと直に話したのはその時だけである.その時は双方が主張をし合って別れる時も平行線だった.が,その間にその人となりはある程度分かったような気がしている.
 この方は典型的な古い東大教授だと感じた.愛想がないが悪気もない.基本的に学者なのである.人のパーソナリティ次元の1つは,セルフモニタリングというか,周囲の目を気にしてその中で自分のあり方を決める人と,周囲を気にせず自分の原理に従って判断する人がいる.むろん程度問題である.が,ある時点の社会心理学のテキストでは,前者の典型がビル・クリントンである.ビルは愛嬌があり,自分を取り巻く状況の中で自分に期待されることをつかみ,自分の言動を調整することがうまい.だから大変なスキャンダラスに見舞われながら大統領の任期8年を全うしている.田隅学長は後者だろう.この方は自分の原理があり,その原理にしたがう.学者はそれでよいのである.
 もう一つある.この方は分析的である.分析的な人間の常は考えが暗いことである(私がいうのではなく研究があり,テキストにも書いてある).だから暗くなる必要もない場合でも暗い雰囲気を作ってしまうのかも知れない,と感じた.
 
 いずれにせよ,何となく評判は悪かったが,田隅学長は仕事をなされた.その批判の原因の多くは,法人化直後の試行錯誤の中で生じたことのように思う.
 そして,いえることは,学長になってからの様子は事前には分からなかったことである.まあそんなものなのだろう.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

国立大学生定員見直し

 日経新聞を見ていたら国立大学の学生定員の見直しがあるという.紙で読むのは面倒なので日経サイトに入って記事を読んだ.中教審が国立大の学生定員規模の見直しを求める答申の案を取りまとめたとかで,答申が出るのは少し先である.また,何時までに見直しの実施をすることになるか,記事では分からない.案外先かもしれない.
 国立大学の学生定員規模の見直しというテーマは私が在職中から出ていた.だからその見直しは国立大関係者は織り込み済だろう.

 しかし,学生数という,本来は法人の経営で判断すべきものを国が決めるという事態を目にすると,国立大学法人とは,身分が不安定な国営大学であるということをあらためて印象づけられた.何のための法人化であったか分からない.
 文科省としては,国大の設置者である国は金を出しているから,責任を持たないといけない云々というのだろう.が,金が問題なら,国は交付金の見直し(減額)だけをすればよい.各国立大学は減額された交付金を前提に授業料等を再設定し,経営判断をすべきなのである.やっていけない国立大学は規模を縮小するか廃業するだろう.廃業が出れば私大にビジネスチャンスがあるから,後は私大等に任せればよい.が,そのようにはせず,文科省は国立大学の口から手を入れてかき回そうとする.文科省のようなクレムリン型の小役人官庁の宿命である.結果,国立大学では何時まで経っても経営能力が育たない.

 18歳人口が縮小したからといって,国立大学が規模の縮小をすべきとは私は思わない.大学生全体に占める国立大学のシェアは小さい.国立大学で規模の縮小を引き受ける必然性はない.大学の世界ランキングを気にする今の時点で規模の縮小をあえてするべきか?
 各国立大学とも,定員を減らせば存在感は落ちてゆく.学生定員減少にともなって教員数も減るかどうか,であるが,交付金は減らされるように思うし,授業料収入は落ちるから,教員数も落ちることになるだろう.大学の世界ランキングを上げる観点からはマイナス要因になるだろう.文科省が大学を初等中等教育の学校との並びで考えることの結果だと思う.

 国立大学の規模の見直しは次の2つの何れか,あるいは両方を伴う公算が高い.第1は学内再編である.第2は,統合を含む大学間の再編である.
 第1の学内再編の可能性は,縮小の規模にもよる.が,それほど極端でなければ,多くの大学は各部局の定率削減で切り抜けようとするような気がする.文科省はいつものように「メリハリをつけて」などというに決まっているが.
 学内再編が本当に必要なこともある.埼大の場合,工学部と理学部,経済学部と教養学部の合併は検討されることになるように思う.
 第2の大学間再編については,「一法人複数大学制」(アンブレラ方式)や,国公私立大のグループを運営する「大学等連携推進法人」(仮称)が検討対象になるという.数年前と同じことを今もいっているので,笑ってしまう.いい加減早くやれよ,といいたくなる.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

親方日の丸文科省一家(軍事的安全保障研究補遺)

 2017年の学術会議声明を眺めながら私は思わず苦笑した.この声明は防衛省(防衛装備庁)を非難するものである.が,この声明を出した人たちは,同じ政府機関でも文科省を非難することはない.所謂「大学の自治」=教授会自治を否定する教育基本法の改訂は文科省が行ったはずである.が,学術会議声明を出した方々はそのときは沈黙した.本来なら,大学等の高等教育機関はその改訂に何よりも異を唱えてよかったように思う.文科省には slavish に服従する面々が,相手が文科省以外と見ると強く出たのである.

 今の学術会議の会長は京大の総長で,国大協のトップでもある.その方々が少し前に,自民党代議士を中心とする議連に「金をくれ」の陳情をした.そのときの資料がネットに出ているが,中身が文科省さまのいっていること,そのまんまだったから笑えた.だからおそらく,有難くも文科省さまからご示唆を頂いて,国立大学に金を出せ(つまり文科省予算を増やせ)といいに行ったのだろう.
 今回の学術会議声明は文科省は嫌がらないんだろうな,と思う.防衛装備庁が文科省の子供たち(文科省管轄機関の研究者)にお小遣いをあげるのは,文科省にとってはシマを荒らされるような感覚だったかも知れない.文科省の機嫌を損ねないから,学術会議は防衛装備庁には非難の声明を出したのではないかと思う.学術会議が声明で「むしろ必要なのは、…民生分野の研究資金の一層の充実である。」というのは,つまり文科省予算を増やせという意味である.

 日本の大学等は,文科省傘下の親方日の丸組織なのだなぁ,とあらためて思った.管轄する主務省のことだけを見て行動する.国民は見ないし学生のことも見ない.この行動様式がある限り,日本の大学等が国全体を視野に入れて改善を図ることはないだろう.大学の主務省が文科省でよいのか,という点はこの意味でも考えてよいように思う.
 主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という河口小百合氏の考えはもっとものような気がする.

 学術会議の流れに沿って「軍事的安全保障技術」につながりかねない研究の禁止をどのように実施するのか,という点には興味がある.防衛装備庁が出している研究テーマは民生技術と区別がつかず,中身で排除しようとすると主だった技術的研究テーマを禁止することになるからである.ロケット,コンピュータ,ロボット,AI などはみな,軍事技術にすぐに転用できる.これまで防衛装備庁が出した公募テーマは多いが,そのテーマはダメ,としただけでも研究できる範囲はかなり狭まる.何が残るのか? しかも,そのような検閲は手間がかかり過ぎると思える.
 常識的には,学術会議側の方々は,中身を見て禁止するのではなく,単に防衛省(など)の予算への申請を禁止するのではないか? それしかやりようがないのではないか?という気がする.この方法は,文科省日の丸一家的にはOKになるのだろう.競争的な研究費全体を考えれば,防衛省の予算を避けることには大学側には障害がないのだろう.
 埼玉大学はどうするんですかね?というのも少し興味がある.埼玉大学は政治色が薄い大学のように思う.ただ,日共系はそれなりにあるかも知れない.考えてみると法人化後の2代目学長さんは日共系だった(元日共系か?).

| | Comments (0) | TrackBack (0)

日本の大学への軍事研究委託は無い(軍事的安全保障研究補遺)

 日本学術会議が排除したい防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度とは,「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募する」という趣旨である.だから公募しているのは民生技術(の基礎研究)であり,普通は「軍事研究」とはいわない.公募テーマは「人と人工知能との協働に関する基礎研究」とか「革新的なモータの実現に資する基礎研究」といった,文科省系競争資金でも採択されるような中身である.
 しかし今回,ネットを検索すると,やたらと「軍事研究」といういい方が多い.中には「兵器研究」と書いている人もいる.たぶん中身を確認していないのだろう.

 日本の大学は,安全保障技術研究推進制度による研究は担えるだろうが,軍事研究そのものを担えると考えるべきではない,と私は思う.政府は日本の大学には委託しないだろう.理由は単純であり,外国の工作員のような方々が大学には自由に出入りしている.単に危なそうな方々が出入りしているだけでなく,北朝鮮などとの深い関係が結構おありになることもある.また,憚りながらであるが,近隣の某国に情報が流出するように日本の大学はできている.そこは政府も分かっているだろうから,日本の大学への軍事技術研究の委託は避けるはずだと思う.むしろ軍事に転用できる技術や情報の流出を大学がどう止めてくれるか,というレベルだろう.
 だから,日本の「研究者が軍事研究に動員される」などという話は笑い話であり,そもそも考える必要がない.日本の大学はアメリカの大学などとは異なっている.ここは当面仕方ないのだろう.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

軍事的安全保障研究補遺:科学者の責任

 私が花の東京にある大学に入学したのは1970年代の初めである.70年安保や大学紛争は終わっていた.私が高校に通っていたときに,その高校では紛争ごっこがあった.私の同学年の生徒会長は後に赤軍派として銀行を襲撃し逮捕されている.その紛争ごっこの頃に大学では大学紛争が華やかだったのだろう.ただ入学した大学には紛争の残滓があり,その点に「さすが東京だべさ」という感慨を深めたものである.
 大学に入って面白かったのは,授業中に教員がいろいろ,仲たがいのようなことを口にしていたことである.例えば,当時経済学は「近経」と「マル経」が勢力を二分していた.経済学の先生は授業中に,相互に他方をけなすのである.さすが大学は素晴らしい,と当時は思ったものである.
 今は「マル経」はほとんど消えた.しかし当時は勢力が強かった.同じマル経の中でも,社会党左派に人気の「宇野派」と日共系の「正統派」があり,その間でもけなし合いがあった.「石を投げれば宇野派に当たる」という先生もおられた.面白い光景だった.(ただし宇野弘蔵先生ご自身は政治色,イデオロギー色はなかったとされる.)
 教養課程の「数学」担当の先生が極限の話をするとき,「限りなくゼロに近いというのは,大学の改革みたいなものですね」という.改革はすべきとみんないうが,その改革は限りなくゼロに近いのがよいと(教員の皆さんは)思っている,というのである.

 余計なことを書いたが,ここで書きたかったのは教養課程の「物理学」の話である.この授業は2人の先生が中身を分けて担当していた.真面目そうな先生と洒脱な先生である.このお二人も仲が悪そうだった.真面目そうな先生は「科学者の責任」という趣旨の運動を主導する名物教授だったと聞いた.今なら軍事につながる研究反対,ではないかと思う.洒脱な方の先生は逆に授業中に,「科学者の責任などというが,原爆を作ったのは科学者でも,原爆を落としたのはトルーマンという文系の奴だ」と仰る.さすが都会,洒落てるなぁと感心した覚えがある.
 なお,トルーマンが本当に文系か,先ほど調べてみた.カーターは物理学博士であったし,習近平は工学博士だから,理系であるかも知れない.調べると,トルーマンはそもそも大学に行っていない.大学以上の教育を受けていない最後のアメリカ大統領だったという.
 話を戻そう.「物理学」の授業でのやり取りは面白いなと思ったが,私には洒脱な方の先生の意見に惹かれた.科学者が自己の研究に責任を感じるのは立派なことだと思う.しかし責任を感じるとしても,だから科学者が科学の成果を管理する権利がある,という訳ではない.成果は,それぞれに管理する権利がどこかに設定されているかも知れないし,freeかも知れない.その権利設定に応じて利用があるのは避けようがない.また科学政策自体は国民の合意に従うことであり,科学者が排他的に権利を有する,というものではない.痛感する「責任」とは別に,話の筋は整理しておくべきなのだと思う.というのは,今の時点で私が考えたことである.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

軍事的安全保障研究補遺:研究力低下

 数日前の9/14に「軍事的安全保障研究」という記載をこのブログで書いた.「論」として書くなら私見はその記載に尽きている.が,書いていて,この話は大学にまつわるいろんな問題につながっているように思った.だから「論」以前の「だよね」式の感想がいくつか浮かぶ.その「だよね」式の感想を「補遺」として,面白半分で書いていきたい.

 以前に「日本の研究力低下」についてこのブログで触れた.不十分ではあるが私なりに調べもした.今回感じるのは,日本学術会議が禁止しようとしている研究,つまり「軍事的安全保障技術」につながるかも知れない民生部門の科学技術研究は,論文の量と質で見ると,研究力低下が著しい分野に属する研究だという点である.10年間の比較で見て,「材料科学」,「工学」,「計算機」などは研究力が低下している.
 だから,日本学術会議が禁止しようとしている研究は,実は日本の大学等には,研究費に余力があっても研究能力に余力はないのかも知れない.研究費があっても使えないかも知れない.例の学術会議の反応はそうした事情の反映かな,とも感じた.研究する力があれば研究するだろう.

 日本学術会議の反応は研究力低下を導く要因を示唆しているようにも感じる.文科省が研究力促進のために提唱しているのは,1つには研究の国際化の促進である.もう1つは,若い人が自発的に研究できる環境の整備である.文科省の指摘は正しいだろう.
 筑波大学新聞が少し前に,学生を対象に,日本の大学が軍事転用を見すえた技術を研究することの是非を質問する調査をしたという.ご存じのように,研究に賛成が反対より多く,理系の学生に限ればさらに多かった.政治の意見で「安倍政治を許さないぞー」というのは年寄りが多いのと同じである.たぶん若い研究者に限れば,研究の意欲は高いから,賛成はさらに高まるように思う.何が言いたいかというと,日本学術会議の反応は多分に老人支配(Gerontocracy)の表れだろう,ということである.若い人に自由な環境が与えられていないのである.
 大学は,上の者が下の者を引き上げるようにできている.その際にフィルターがかかるから,どうしても年寄りの考えは慣性のように持続する.だから老人支配には持続力がある.日本の研究力を向上させる1つの要素が姿を現すにはまだ時間がかかるのではないか,という気がする.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

このブログConbrioはいつまで続けるか?

 昨年も同じようなことを書いたと思う.このブログを何時まで続けるかは微妙なところだ.当初,このブログは私が埼玉大学を退職した年の夏くらいで追記を止めるつもりでいた.退職したので,大学のことは忘れて頭を切り替えるべきなのだ.
 けれども,続けて欲しいという要望も多少あった.書くことも無くならなかった.
 この夏に逆に追記するペースが上がった.上がった理由は,早くこのブログを閉じようと思い,頭に残っていることを早く吐き出そうとしたからである.それでも,思いつくことはまだ出て来る.
 退職してから今まで書くことが無くならなかったのは,私の在職中のことがある程度,まだ続いていたからである.だから在職中にちらと考えたことが頭の片隅に残っていて,それで書くことを思いついてしまっていた.しかし次第に状況は変化し,大学は私が見知らぬ世界になって行くだろう.その時には書いていないと思う.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

軍事的安全保障研究

日本学術会議は間違っている

 少し前の記載で「学問の自由」と「大学の自治」に触れた.この2つ,特に「学問の自由」との関連で私が気になるのは,日本学術会議が出した「軍事的安全保証研究に関する声明」(2017.3.24,幹事会採択)である.この声明は,防衛装備庁が発足させた「安全保障技術研究推進制度」に対応している.「安全保障技術研究推進制度」は防衛技術と民生技術にまたがる(デュアル・ユースの)基礎研究の競争的資金に,大学等の研究者が応募できるようにした制度である.日本学術会議は(後述するように曖昧な点があるものの)研究者がこの制度に申請することをブロックする方向の立場を表明した,といってよい.実際には大学等が申請を審査し,防衛力技術にかかわる研究は却下する方向で圧力をかけているように見える.

 私見の結論を先に書いておこう.日本学術会議は間違っている.日本学術会議の誤りは次の3点にある.第1は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると考えたことである.その結果,日本学術会議は政府と正面から協議せずに,大学等の内部で研究の自由を侵害する恐れのある裏口対応をとろうとしている.第2は科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとしたことである.科学技術の悪しき適用の回避は適用行為への規制によって行うべきであり,研究の自由を侵害して知識そのもの獲得を規制するのは馬鹿げている.第3は政府の役割についての誤認である.声明は,正当な政府の介入を否認すると理解されかねない論調をとっている.科学への規制は政府の正当な役割である.

 以下で少し詳しく述べよう.


安全保障技術研究推進制度

 2015年度から防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」を発足させ,競争的研究資金を公募で提供することにした.
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html

 当初,この制度ができたことを私は小耳にさんではいたが,特に興味は覚えなかった.しかし2016年にマスコミに「軍事研究の予算が云々」といった記事が登場した.どれどれと思って防衛装備庁の上記サイトを眺めてみた.

 この制度は,大きなテーマを出してそのテーマに合う研究を公募する.公表された募集テーマを見ると私には一般の工学的テーマに見えた.兵器の開発のような話では全くない.なのに防衛装備庁がなぜ公募するかというと,「防衛技術と民生技術のボーダレス化」,「防衛技術にも応用可能な先進的な民生技術、いわゆるデュアル・ユース技術を積極的に活用する」ということが趣旨であるという.

 公募のテーマは,今年度の公募要項でいえば次のようなものである.

(1)量子通信・量子暗号に関する基礎研究
(2)ソフトウェア耐タンパー技術に関する基礎研究
(3)意図的に組み込まれたぜい弱性に対するサイバー防護技術に関する基礎研究
(4)人と人工知能との協働に関する基礎研究

(28)革新的なモータの実現に資する基礎研究

 私には止めるべき研究テーマには見えない.「軍事研究」とも見えない.通常の基礎工学的テーマに見える.同じような研究テーマは科研費による研究の中にも多くあるだろう.

 採択の審査は学者の委員会が行う.審査の観点も防衛設備庁が公表している.採択されたテーマは,長くなるので書かない.これらの点については上記サイトの資料で参照できるので,興味があればご覧になるべきだろう.


学術会議の声明

 安全保障技術研究推進制度に対応し,日本学術会議は2017.3.24に「軍事的安全保証研究に関する声明」を出した.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-s243.pdf
この声明の件がニュースとして流れたとき,私もその声明を眺めた.

 声明の中身は上記でご覧いただく通りである.私の感想では,この声明文はstructureが練れていない.たぶん,会議の協議中に加筆削除を繰り返したためだろう.私なりにトピックセンテンス作ってアウトラインを示せば,次のようであると思う.

第1段落:過去の「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とする2つの声明(1950,1967年)を継承する.
第2段落:軍事的安全保障研究では政府による研究への介入が強まることが懸念される.
第3段落:防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」では政府による研究への介入が著しく,問題が多い.
第4段落:軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究には技術的・倫理的に審査する制度やガイドラインを設けるべきである.
第5段落:日本学術会議はこれからも頑張る.

 学生がこういう文章を書いてきたなら,多くの大学教員は『理科系の作文技術』(木下是雄)でも読めといって突き返すだろう.出来が良くない.

 この文章は次の欠陥を持つと私は思う.

 第1に,第1段落にある「戦争を目的とする科学の研究」と,その後の段落にある「軍事的安全保障研究」の関係が分からないことである.「戦争を目的とする科学の研究」の方は,「行わない」という声明を出し,その声明を継承しているから,行うべきでない研究と2017年声明は規定しているはずである.しかし「軍事的安全保障研究」については,この声明を採択した時点での学術会議会長大西隆氏によれば,「声明では軍事的安全保障研究への取組みの是非自体について言及していない」という.
http://www.fng-net.co.jp/top_itv/elem/20170522
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/031500046/040600006/?P=1
この点は声明本文をご確認いただきたい.つまり,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は,関係はあるのだろうが,その関係はよく分からないのである.ただし,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は素人には似たようなものと映る.そして冒頭第1段落に「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とあるのだから,キャリーオーヴァ―効果が生じ,多くの人は「軍事的安全保障研究も行うべきでない」と声明は述べていると解するだろう.この詐欺的表現が紛らわしい.

 「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」の関係を示すか,示さないなら第1段落を削除すべきだった.

 第2に,なまじ第2,第3段落があるために,軍事的安全保障研究がまずいのは政府の介入が強いことであるといっている印象になる.だから政府の介入が緩和され,研究者の自主性が確保されれば軍事的安全保障研究はOK,という印象も与えてしまう.軍事だから悪いという意味の文言はあるが,軍事でなぜ悪いかの論拠は書いていないのである.

 第3に,声明は「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究」の審査を主張するが,どのようであれば「可能性がある」と判定するか,誰が見なすのか,何をまずいことと考えて審査するのかが,分からない.
 私が抱いた全体的な感想は「なぜこんな不完全な文章を出したのか?」である.
 以下,各段落についてコメントしたい.

第1段落:この段落を見て分からないのは,第1に「戦争」とは何か,第2に「戦争を目的とする科学の研究」とは何か,である.

 まず「戦争」について.古典的な意味での戦争は,国家間の,宣戦布告を伴うものである.太平洋戦争などはその定義に当てはまる.しかし一定期間続く武力衝突があれば戦争ということもある.また,純粋な防衛も戦争というかどうかは,人によるだろう.「自衛戦争」という言葉を使っていた日本共産党の立場では防衛でも戦争である.私が調べた中では,軍事的安全保障に否定的な学術会議関係者は日本共産党の意味で声明の戦争を考えていた.しかし憲法9条の判例では,戦争を放棄するという条項にもかかわらず,自衛の措置はとれるといっている.だから自衛の戦いは戦争とは別という解釈も可能である.

 「戦争を目的とする科学の研究」にも,解釈可能性は3つのレベルがあると思う.「目的」とは誰の目的か,という問題もあるけれど,ここでは研究者が目的とするものと考えよう.まず第1のレベルは,「研究者が戦争の遂行を意図して行う研究」という意味である.第2のレベルは,「戦争遂行に使う意図はないけれど,もしかしたら戦争に使われるかも知れないという認識を研究者が持った研究」という意味である.第3に(笑い話のようであるが),「研究者には戦争遂行の意図も利用される可能性の認識もないけれど,誰かが『利用される可能性がある』と考えるような研究」という意味である.

 元の1950年と1967年の声明を確認してみた.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-49-s.pdf
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/04/07-29-s.pdf

 しかしこの2声明は6行と12行の簡単な文章であり,上記不明点の手がかりはない.1950年声明は「戦争を目的とする科学の研究には,今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する」とする.この文の少し前に「再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望する」とあるから,太平洋戦争,つまり宣戦布告を伴う古典的な戦争を念頭に置いていると考えるのが自然である.しかしそんな経典解釈をしても始まらない.

 1967年の声明の表題は「軍事目的のための科学研究を行わない声明」であるが,「軍事目的」の言葉は本文にはない.あるのは「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という,1950年声明の繰り返しである.1967年声明が出た経緯はくだらない.声明文の中に「米国陸軍極東研究開発局」云々とある.どうも何かの会議の旅費がその米国陸軍機関から出ていたと分かってもめて,その始末としてこの声明を出したらしい.

 「戦争」が何を指すか,「戦争を目的とする科学の研究」が何かは,結局分からない.

第2段落:この段落は「政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」という.
しかし「懸念がある」は「意見」であり「事実」ではない.「事実」の論述の上に「意見」を書くという科学文書の原則を守っていない.「書き切れない」というならこの段落は削るべきだろう.どのみち本筋を外れた議論である.

第3段落:この段落は特に安全保障技術研究推進制度について「政府による研究への介入が著しく」と書く.が,やはり「事実」を指摘できないなら書かない方がよい.なお,防衛装備庁はこの競争的資金についてサイトに次のように書いている.

>本制度の運営においては、
>・受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
>・特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。
>・研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。
>・プログラムオフィサーが研究内容に介入することはありません。

防衛装備庁サイトの説明を見ると,研究のチェックは科研費並みと思う.問題があるとは見えない.

 ただ,仮に学術会議がいう政府の介入があったとしても,問題ではないだろう.研究者全員がこの制度で研究をしなければならない訳ではないからである.嫌なら申請しなければよい.条件に同意して申請する研究者がいるなら,他人が口出しする筋ではない,と普通は考えるだろう.

第4段落:この声明はこの段落だけで十分と思う.

第5段落:この段落はなくてもよいが,あって悪い訳でもない.「科学者コミュニティが社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」と書くのはその通りである.ただ,社会との議論をどのように行うかは,この声明では見えない.学術会議と大学等の中だけで,つまり内輪で「軍事的安全保障研究」申請への措置を講じようとしているように見える.社会と議論するなら,仲間内の措置を超えた話し合いの計画を示すべきだったろう.日本は民主主義なのだから,国民から選ばれた政府と,まずは協議すべきと思える.


日本学術会議はどこで間違ったか

 この文書の冒頭2段落目で,日本学術会議は3つの間違いをしていると私は書いた.その間違いについて述べてみる.
 
1.日本学術会議は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると誤解した
 学術会議は1950年以来,「戦争を目的とする研究」をしない決意を表明している.その決意表明は結構なことであり,思想信条の自由と表現の自由が保障される限り,その決意と決意表明は何者も止めることはできない.ただ,決意表明とは法ではなく,そのように決意する人の考えの表明である.そう考えない人の別の決意を阻止できるものではない.「戦争を目的とする研究」が「軍事的安全保障の研究」でも同様であり,そのような研究をすべきでないとする決意と決意表明は結構なことである.ただ,そう考えない人の研究の自由を奪うことはできない.その「できないこと」を,学術会議は大学等に求めているように見える.だから学術会議は間違っている.

 2017の学術会議声明は安全保障技術研究推進制度に批判的な言及をする.その言及による声明は大変結構としても,そこから研究計画の検閲のような審査を考え,場合によっては申請をブロックすることを考えたのは,自由主義社会の原理に慣れた人が自然に発想することとはとても思えない.研究の自由を奪う事態を招くからである.

 科学技術がどうあるべきかを科学者が考えることは自由であり,発言も自由であり,その発言は世論の育成に貢献するはずである.が,科学技術がどうなるべきかを「決める」のは社会,国民であり,科学者が決める訳ではない.特に税金による科学予算の使い方は国会(ないし地方議会)の予算審議によって決定される.科学者コミュニティが研究者の研究の自由を奪えるのは,その研究が非合法であるか,社会規範に反する場合である.しかし安全保障技術研究推進制度の予算は国会承認を経て成立したはずであり,国民の支持を得ている格好になる.合法である.また自衛隊が装備を持つことも世論の支持するところであり,自衛隊装備の向上に資する科学的な貢献は社会規範に反するとも考えられない.だから,研究者個人が安全保障技術研究推進制度の研究を申請することを阻止するのは,研究の自由の避けるべき侵害以外の何物でもない.

 もし安全保障技術研究推進制度を廃止すべきと考えるなら,あるいは修正すべきと考えるなら,国民に訴えるのが筋である.現行制度ではまず,民主的手続きで選ばれた政府に協議を申し入れるのが普通の発想である.国大協は大学予算を増やすことを自民党代議士らの議連に申し入れている.学術会議も同じような申し入れをすることをなぜ考えなかったのか,理解できない.

 申し入れでは生ぬるいというなら,安全保障技術研究推進制度の差し止めを求める訴訟を起こし,国民への議論の周知を目指すべきだろう.家永裁判の訴訟は,中身の是非はあるとしても,方法として正道だった.
 
2.科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとした
 声明における日本学術会議の発想がおかしいのは,軍事にかかわる科学技術の獲得そのものを規制しようとしたことである.声明は何を排除すべきかについて曖昧な点が多いが,デュアル・ユースを否定する論調があるくらいだから,何らかの形で軍事への転用が可能な技術に研究者は携わってはいけない,という趣旨に日本学術会議は落ち着くだろう.しかし,何につながる可能性があるとしても,知識の獲得そのものを学術会議が阻害しようというのは異常である.科学技術を基盤とする社会にあっては,科学的知見を得る行為を拘束するのは愚かである.

 私見では,科学の知識や技術そのものに目的がある訳ではない.目的は人の認知作用の中にある.だから,社会的に有害な科学技術の適用を回避するのは,適用する行為の規制によって行うのが正しい.そのために政府は各種の規制を行っている.そして,知識自体はあってよいのである.核兵器や生物化学兵器に関する知識も,それらを使う相手からの防御を見出すために有用といえる.その意味で,核兵器の研究の容認を唱えた石破茂の最近の提起は正しかったと思う.

 まして,いわゆるデュアル・ユースの科学的知見とは,既述の安全保障技術研究推進制度の公募テーマのように,明らかに利用の範囲が広い.デュアル・ユースまで否定するとなると日本の科学技術の優位性はたちまち崩れるだろう.

 テロリストや北朝鮮のようなならずもの国家に兵器,特に大量破壊兵器が渡ることを規制するために,日本をはじめとする主として先進国の27か国は輸出規制を行っている.日本では安全保障貿易管理と呼んで,多くの品目の輸出規制を行っている.大学ではこの安全保障管理のための規則を作っているから,ご存じの方は多いと思う.
http://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/setsumei_anpokanri.pdf
この安全保障貿易管理で輸出規制がかかる品目は実に多い.規制の1つであるリスト規制でリストアップされる品目のカテゴリーだけ並べると次のようになる.

1.武器 2.原子力 3.化学兵器 3の2.生物兵器 4.ミサイル
5.先端素材 6.材料加工 7.エレクトロニクス 8.電子計算機
9.通信 10.センサ 11.航法装置 12.海洋関連 13.推進装置
14.その他 15.機微品目

つまりもともと軍関係で発達したコンピュータ,原子力,計測機会,GPSを始め,分野として「工学」,「材料科学」の技術を使う品目は網羅される.規制する技術を何と定義するかによるが,「軍事につながり得る」という基準で考えれば,主要な科学技術の多くは含まれる.それらの研究ができないなら,日本の国力へのダメージは大きい.

 そもそも,日本のように憲法9条を擁し,軍備(防衛力装備)が防衛を目的とする国にあっては(日本だけだが),軍備の目的は戦争をすることではない.目的は戦争の抑止である.だから自衛隊の装備の開発であっても,「戦争目的」というべきではないと私は思う.そして効率的に抑止を行うためには,日本の装備の技術的優位性が必要である.研究がなければ戦争の抑止も防衛も難しい.

 さらに,これまでデュアル・ユースを進めてこなかった日本にあっては,デュアル・ユースの技術がイノヴェーションの源泉になり得ることも重要だろう.予算を効率的に運用する観点からは政府がデュアル・ユースの,つまり適用範囲が広い科学技術に投資するのは合理的であり,良い着眼だった.同じ予算なら適用範囲が広い方がよいに決まっている.
http://www.cistec.or.jp/jaist/event/kenkyuutaikai/kenkyu17/p05-nishiyama.pdf

3.政府の役割の誤認
 学術会議の声明ではところどころ「政府の介入」と書き,その介入を批判的に扱う.しかし介入するから政府なのであって,介入がなければ政府もない.学術会議の声明はその基本を見誤っているように感じる.
 日本は自由主義を基調とする社会である.共産主義つまり全体主義の社会ではない.企業や消費者は市場において自由に行動し,研究者は自由に自己の関心にしたがって研究する.そこが基本である.しかし自由な活動だけでは社会厚生の促進は実現できない.市場は失敗する領域があるし(公共財など),市場を正常に機能させるにも全体を誘導するアクションを要することがある.富の再分配も必要になる.だからその状況に介入するために政府がある.

 研究は研究者レベルでは自由が絶対的に守られるべきである.しかしそれだけでは社会厚生が実現できないから,政府は正当に介入すべきなのである.声明では介入の領域として例えば「研究の方向性や秘密の保持」と書く.しかし社会厚生を実現するための効率的な研究の方向性は政府が見出すべきことであり,その方向性の実現にイニシアティヴをとることは正しい政府の役割である.また知見によっては「秘密の保持」は必要なことも当然である.だからあの声明だけでは,政府が懸念すべきことをしているとは考えにくい.むろんまずい介入はあり得るから,あれば具体的に指摘し,改善を申し入れることが必要である.けれども,介入自体が悪であるようなあの声明の書きっぷりは,社会の基本の誤解に基づくだろう.


日本学術会議の説明責任

 2017年の声明を出したことに伴い,日本学術会議には少なくとも2つの説明責任が生じたように私は思う.第1はどのような国防のあり方が望ましいと考えているかを示すことである.第2は,軍備の拡張をして日本に対峙している国の研究者に,軍事への関与を控えるように働きかけたか否かを説明することである.

 学術会議の声明は,既述のように,「軍事的安全保障研究」にどのような立場をとっているかについて不明な点が多い.しかし全般にネガティヴな論調で語っていることは確かと思う.そこで疑問に思うのは,学術会議は日本の防衛について無策,no idea なのか,何らかの全体プランを持っているのか,という点である.防衛技術の位置づけは全体的な防衛プランの一部であり,2017年声明の記述だけでは学術会議の主張が正しく機能するかどうか,判断できない.主張をするならその防衛観を明らかにすることが主張する者の責任と思う.

 声明の論調から推測すれば,学術会議は研究者が軍事的安全保障研究にかかわらないことを求める可能性が高い.もしそうだとすれば,学術会議の声明は単に科学者の関与にかかわる立場の表明では終わらない.研究者がかかわるべきでないなら,科学者以外の人もかかわるべきでないはずである.まさか,「科学者はエリートだからかかわるべきでないが,下賤の一般人はかかわってよい」とはいえないだろう.

 つまり学術会議の立場は(中立かどうかは知らず)非武装論しかない.非武装論はもともと日本社会党の左派,社会主義協会派が担った.現在では社民党の方針であり,大まかには日本共産党の方針でもある.ただし非武装論への国民の同意は極めて低く,国民的合意になるとは考えにくい.

 さらにいえば,この声明が出たタイミングは,南の日本領海で某国の軍事的圧力がかかり,北朝鮮が核やミサイルの開発を活発化させたときである.日本の研究者に軍事的安全保障研究にかかわらない方向で声明を出した学術会議は,海外,特に日本の周辺で軍備を拡張したり,核などの開発を活発化させた国の研究者に,同様に自国の軍事的研究への関与を止めるように働きかけたのか? その点も説明する責任はあるだろう.まさか日本の研究者にだけ働きかけたということだと,日本学術会議は何者か,という話である.

 私個人は,日本は防衛をしっかりすべきであり,防衛装備の技術研究は日本の安全にとって不可欠と思っている.研究する意思のある方には取り組んでいただくのが国民の願いである.日本学術会議の声明とは逆に,日本の科学者が一丸となって効果的なミサイル防衛システムを開発すると表明するなら --開発はできないと思うが-- 国民は喝采するだろう.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

東工大が授業料を上げる

 ニュースサイトを見ていたら東工大が授業料を上げるという.上げ幅は年間で10万円弱,年間授業料が標準額の53万5800円から63万5400円になるという.
 起きるべきことがやっと起きた.その意味は大きい.今後は同様に値上げする国立大学が増えるだろう.東工大が先頭切ってやってくださったことは有難いことである.

 東工大は最も値上げが容易な大学と思う.第1に最上位大学の1つである.第2に理工系大学であるから,私大との価格差はまだまだ大きい.この2点を考えれば,この程度の値上げ幅では客は減らない.

 値上げに伴う対応措置として,読売サイトによれば,東工大では教育改革をするという.中身として,世界的な研究者の招へい,日本人学生の海外留学支援の拡充,早い段階で高度な研究内容に触れさせる機会の創出を上げている.私の予想に反し,貧しい家庭出身者への優遇措置は,読売記事では,入っていない.

 今後は,たぶん上位大学から値上げして行く.ランクに応じた値上げ幅と対応措置が出て来ると思う.

 埼玉大学は微妙であり,ある意味見ものである.同ランクの大学の値上げを確認してから値上げするような気がする.しかし埼大の場合,値上げによって潤う度合いは高い.
 
 今後,国大協が訴えるべきは「大学に金をくれ」ではない.「貧しい層への奨学金の充実」であるべきである.今の奨学金は,入学してからでないと給付されるかどうかが分からないという欠点がある.そのことを考えると,高等教育バウチャー制度を導入すべきだろう.代わりに国立大学の交付金は減らしてよい.国が大学に交付金を配ることは,子供を大学に送れない方が払った税金まで大学生一般につぎ込むことを意味する.支払い能力のある人は高額を支払うのが正しい.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大学の自治

財布の盗難
 私は30数年埼玉大学に勤務した.その間,埼玉大学で財布を3回盗まれている.何れも教養学部棟においてである.
 盗まれた3回のうち,1回はズボンのお尻のポケットから財布をすられたと思う.2回は,研究室に置いたカバンの中から財布を盗られた.
 その2回の方は,私が研究室の鍵をかけていなかったのが拙かった.私は田舎者である.私が生まれたところでは,泥棒などいないから,一時的に家を空けるくらいでは鍵をかけることはなかった.その習慣が身についていて,出勤日はほとんど研究室に鍵はかけていなかった.
 学生の頃,東池袋のアパートに住んでいた.一度部屋に盗みが入ったことがある.といっても,私の部屋に金品があるはずはなく,盗まれたのは主に10円玉が入ったケースである.被害金額は500円くらいと思う.特に警察には届けなかったが,しばらくして警察の係官が私の部屋を訪れた.泥棒が捕まり,自供した中に私のアパートでの盗みも入っていたという.係官はかなり詳しく調書を作っていた.大変なんですねぇ,と申し上げたと記憶している.
 ということがあったから,何か盗まれたら警察は調書を作る,事前には現場検証もするものだと私は考えていた.そこで,最初に財布を(研究室から)盗まれたとき,私は管轄の浦和西警察署に電話したのである.
 電話に出た浦和西警察署の係官の言葉は私には意外だった.

係官:警察は大学には行けません.
私: えっ?
係官:学生自治会の承認がないと,警察は大学に入れないんですよ.
私: ええーっ!
係官:まず許可を手配する必要がありますね.

そういわれたんだから仕方ない.そこで私は埼大の総務課に(内線)電話した.私が警察からいわれたことを説明すると,

総務課の係員:そうなんですよ.
私: (内心:ほんまかね)じゃ,あれですか? 学内で殺人が起こった時も,大学は学生自治会の代表を探すんですか?

総務課の方からどのような返事があったかは,忘れた.ともかく,「大学の自治」があるから警察は入れられない,という手続きに,少なくとも当時はなっていたらしい.その後,どのような話をしたかは記憶が曖昧である.財布が盗まれた件を私がどう処理したかも,記憶は曖昧である.たぶん,警察に財布の遺失物届を出したように思うが,勘違いかも知れない.
 それからかなりの年月が過ぎてから,私は財布を再び研究室から盗まれた.この時も私は浦和西警察署に電話した.今度は係官は最初から「遺失物届を出しに来てください.」という.ロジャースの角を左に曲がった浦和西警察署に行ったと思う.この時は,親切な事務長か学務係長に車で送ってもらった記憶がある.
 2度目に財布を研究室から盗まれたとき,警察側が「遺失物届」といったのは,財布の盗難は遺失物届けで処理すると決まっているのかも知れないし,場所が大学の場合は,大学には入れないので,遺失物届けで処理するように決めていたのかも知れない.そこは分からないのであるが,この一連の盗難で分かったのは,警察は大学に入れなかったということである(今もそうかどうかは確認していない).

左翼の拠点
 確かに,学生の頃を思い出すと,警察は大学に入れなかったように思う.私が駒場の学生だったとき,寮に隣接した学食で夕食を食べていたら,その場が駒場の学部長のつるし上げの場になったことを記憶している.確か,捜査令状が出て,警察が寮に調べに入ったのである.そのとき,自治会を取っていた日共民青の執行部がその学食で「団交」をして,警察の捜査,したがって大学の自治の侵害を許した学部長をつるし上げていたのである(その学部長さんは学生側の理解者なのに,可哀そうに).
 考えてみると,当時はそういうものだった.教官(当時)の中にも左翼活動家はいたし,学生自治会で議案を出すのは,日共民青,核マル,中核,三派系しかなかった.ノンポリだった私は,学生自治会の代議員大会で,専ら,一番穏健な日共民青を支持したものである.その日共民青も,考えてみれば日本共産党は公安の監視団体だったから(まあ,むかし火炎瓶闘争もやったから仕方ないと思うが),警察には敵対的だった.
 大学の自治といい,警察の排除までして事実上の治外法権にしたのは,当時は大学が左翼活動家の供給源だったからに他ならない.当時の「進歩的陣営」は,その活動を保護したかったという事情がある.
 まあ,当時はそういう時代だった.野党第1党の社会党や共産党は革命を標榜していたのである.彼らの支持者が大学の中の偉い方にもいて,学生も同様だった.彼らにとり,警察特に公安は革命弾圧の組織であり,自衛隊は革命が起きたとき鎮圧に乗り出すか,中国や北朝鮮から派遣される人民解放軍に敵対する反革命勢力だ,という位置づけだったのである.他人事のようにいう私も,ベルリンの壁が崩壊するまでは社会主義の正義を信じ,例えば,今は北朝鮮自身も認めている大韓航空機爆破事件も,南朝鮮と米帝の謀略だと信じていたのである.
 だから,革命の側に立つべき大学は資本主義社会に染まってはならず,必然的に「大学の自治」が叫ばれた.今でこそ「産学共同」と平気でいうが,当時は,産業界とは資本主義の巣窟であるから,「産学共同」などはあってはならないことだった.かくいう私も,資本主義に手を貸す訳にはいかないと思って研究者を目指したのである.
 時代は変わった.まず大学で「反日共系」が増えるにしたがい,活動家をコントロールすることは不能になってきた.しかも大学で活動家をリクルートすることはできなくなってきた.私が院生の頃,既に活動家集団は高齢化していたのである.私が埼大に着任した頃には,少なくとも埼大では左翼活動の痕跡はなく,学生自治会すら姿がなく,活動していそうなのは「劇団どくんご」くらいではなかったか.あと,どこかの学部に北朝鮮の主体思想の先生がおられたくらいであろうか.
 けれど大学で偉い人は自分の同類に跡目を継がせようとするから,まだ変わらない部分も残っている,というのが現状だろう.

言葉として変
 長く使われてきた「大学の自治」であるけれども,どうも言葉として変だ,という気がしてならない.あくまで語感の問題である.
 「自治」という言葉は第1に,高田保馬流にいえば「基礎社会」に適用される.つまり,共通の目的で集まった訳でない人々の間のことである.町内会やマンションの自治会はその典型である.つまり,「自治」はたまたま一緒にいた人たちの間での活動を指す.町内の人が集まって草むしりをするとか,お祭りをする,というのが自治活動だろう.ところが大学とは,ある機能の実現を目的として雇用された人の集まりである.つまり「組織」である.
 第2に,自治は,命令権者の統制によって行う活動ではなく,「みんなでやる」というニュアンスがある.基礎社会である市町村は自治体であるが,市町村長はみんなの合意で決まったことの執行責任者であり,市町村民に対する命令権者ではない(むろん役所という組織の中では命令権者である).だから市町村は(国や県も)「自治」でよい.
 大学のような組織を「みんなで」運営するというなら,「大学の自治」ではなく「大学の自主管理」というべきだろう.おそらく大学について「自主管理」というと多くの人はギョッとするから,通りのよい「自治」を使ったのだろう.
 学生の場合,その大学を運営するという目的で集まった訳ではない.だから,学生集団が相互扶助的な活動をすることは「自治」というのは自然と思う.大学の教職員も大学という生活の場で基礎社会(コミュニティ)を作っているとはいえるので,その限りで「自治」(実態は相互扶助)はあるだろう.しかし組織としての大学そのものの「自治」は,「自主管理」という方が当たっている.

Academic Freedom
 現状で,「大学の自治」ないし「大学の自主管理」は後退しているように見える.というより,「大学の自治」という言葉そのものが死語になっている.今,たまに大学の自治をいう人は,国主導の「大学改革」を非難する方が多い.「大学改革」自体はくだらないことが多いから,同感といいたい気持ちもある.
 「大学の自治」が「みんなで大学を運営すること」を指すなら,学校教育法の改正で教授会事項から大学運営が外された時点で,「大学の自治」は法的に消えた,と考えるべきだろう.あの学校教育法の改正は大ごとであったが,さしたる反対もなく通ったのは,大学が文科省にしがみつきながら,いいように動かされていたという実態があったからだろう.
 しかし別の意味では「大学の自治」は強化されたのである.私が教授になったのは1990年代であるが,そのときの昇任の辞令は文部大臣名だった.法人化後は学長だと思う.一見,教授の格が下がった気もするけれど,公式の人事権を大学が持つようになったと考えるべきである.だから,大学側にその気があれば,大学の人事に時の政府が介入はできない.
 とはいえ,「大学の自治」をいうのは明らかにナンセンスである.外部評価を是とした時点で,大学は単体で運営されるべきでないことがはっきりしたからである.今の社会正義からすれば,大学はきちんと外部評価を受けるのが正しい.
 にもかかわらず,大学は自律しているから意味がある,という事情は一向に変わらないと私は思う.アカデミックが価値があるのは,その結論が自律した判断に基づくからである.だから,今さら「大学の自治」などとはいわず,使うべき概念を Academic Freedom に統一すべきだろう.日本語で「学問の自由」というと,歴史的に何か別のニュアンスが入るのが苦しい.
 国立大学の法人化は,異論はあろうが,そのAcademic Freedom にプラスだった.国立大学は設置者が国であるにもかかわらず,上記のように人事権を含めたすべての決定が,その気になれば法人として(大学の学長によって)行うことが保証されるからである.私大は設置者が志のある創業者であるから,やはりその気になれば自律できる.だから,Academic Freedomを維持する制度上の仕掛けは現状で十分であると私は思う.後は大学の志の問題である.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

学問の自由

「学問の自由」と「大学の自治」は,下手に触れると祟りがあるので見直しができない2つの呪文のような言葉である.議論がないので中身の吟味はなされていないように見える.
 私が大学院生の頃,某大学社会学の「院生控室」で,この2概念を話題にすることがたまにあった.当時,この概念を振りかざす人がいたからだと思う.必ずしも肯定的な意見は出なかった.特に「大学の自治」は「教授会自治」であり,要するに教授らの談合の合理化としか思えなかった.しかも教授と院生では権力関係があり,アイディアの自由を教授側が脅かすことがあったから,「大学の自治」が「学問の自由」を守るという言種は空文句と思えたのである.
 むろん,「学問の自由」と「大学の自治」は,継承すべき要素を持っている.だから,両方の概念とも,整理した上で継承すべきものは継承することは重要だろう.

 「学問の自由」は日本国憲法の第23条によって保証されていることになっている.第23条とは「学問の自由は、これを保障する。」という文言である.
 大変結構な条項である.しかし「専門家」の説明では,ここから「大学における学問の自由」と,その制度的な保証である「大学の自治」が導かれるという話になる.その点は過去にそのような判例があったということのようだ.
 ただこの23条は,国民一人ひとりの権利をいっている.必ずしも大学の話ではない.なのに主に大学の話に飛躍する点が私には不思議に映る.

 今から30年ほど前と思うが,私が属する教養学部のフランス文学の教授が,「私は予算(研究費)が少ないので研究の自由をずっと奪われている」と教授会で仰ったのを覚えている.真面目だったか洒落だったかは覚えていない.確かに,研究費が少なければ実施できない研究もある.では研究費を与えないことは学問の自由の侵害に当たるかというと,それはないだろう.憲法23条は,学問(したがって研究)は自由であり,そのための資源は自前で何とかしなはれ,という意味だろう.そうでなければ,科研費申請を落とすことも研究の自由の侵害になってしまう.
 法人化初代の学長さんが,ある学内研究プロジェクトを取り消しにして騒動になったことがある.この時には同プロジェクトの主査の先生は取り消しを承諾しているので,実は問題がない.しかし同プロジェクトのメンバーだった,退職した某先生がその件で(文字通り物理的に)騒いだのである.学問の自由の侵害,という話も出たように思う.ただ,このプロジェクト取り消しは大学の資源(主にプロジェクト室)を与えないというだけであり,研究そのものを潰した訳ではない.文句をいった先生は自宅で自由に研究をすればよいだけである.プロジェクト室には実験設備などはそもそもなかった.
 学問(研究)の自由について第1に確認すべきは,研究のための資源の提供は,研究の自由とは別の話であることだろう.
 また,研究が業務として行われるときは,業務上の制約はあり得るだろうと私は思う.物理学の研究で雇われた研究者が,勤務時間中に般若心経の研究をしていたとしよう.むろん,般若心経を読んで宇宙の深奥を知る,ということもあるかもしれないが,そうではないとしよう.このとき,その研究者が大学の先生であれば,多くの場合,放任される(誰も口出しできない).しかし勇気のある部局長さんがその研究者の般若心経研究は止めて(あるいは自宅でやるようにいって),勤務時間中は契約した範囲の研究をするよう求めることは,あり得るように思う.このケースでは,当の研究者が任期付き教員であった場合,再任されないこともあるだろうが,再任しないことが研究の自由の侵害になるとはいえないだろう.再任は業績に応じるのが建前だからである.
 このように,第1に研究資源の獲得は研究の自由とは別次元であり,第2に,業務としての研究は業務上の制約があるのは仕方ない,と考えるべきだと思う.

 以上のような留保はあるけれども,むろん「研究の自由」は大学にとって重要な要素である.「研究の自由」というより「研究の裁量権」といった方が適切だろう.社会の規範や法令,業務上の制約の範囲内で,大学の研究者は自己の研究に裁量権を持つ,ということである.この裁量権の存在を認める根拠は,自由なアイディアの表出が学術の進歩の基礎であることにある.この裁量権は,自らの研究に対して責任を持つ(コンプライアンスの遵守を含む)という義務とセットにして考えるべきことのように思う.
 効力を持たせるために,「研究の裁量権」と「研究への責任」を公式の規則,例えば大学の就業規則に書き込んでもよいように思う.そして,「大学の自治」などと分からぬことをいうのではなく,研究上のこの権利と義務を,大学が責任を持って履行することを請け負うべきだろう.大学がやらないなら,組合が確認事項として申し入れるべきと思う.

 旧来の「研究の自由」は,たぶん,国家が個人の研究の自由を奪う場合を想定したように思う.しかし我が国で,国が研究の自由を奪った事例を私は思い出せない.研究の自由の侵害は,「自治」のある大学の中,学部の中,ないし研究室(講座)の中で起こっているはずである.
 私がよく知っているとある地方国立大学の,社会科学系のナントカ研究科では,私が考える研究の自由を侵害するケースが起きている.本人が望まぬ研究プロジェクトに入ることを研究科長が強要する,といった出来事である(その他にも,超有名な,闇将軍のような代議士の事務所に年始回りをすることの強要,とか).このケースでは,むしろ大学の自治(正確には部局自治)が問題の解決を阻害したといえる.このケースは,その研究科の創業者のような終身研究科長(正確には一時的に他の文部省天下り教授を科長にしたこともある)の公私混同,つまり,所属の教員を自分の使用人のように扱っていたことが問題だったろう.ただ,いつの世にも,権力の磁場ではそういうことは起きるのである.
 実は法令上は,今の「准教授」を「助教授」と呼んでいた時期には,助教授以下には研究の自由はなかった.学校教育法で,助教授以下は教授を補佐する規定になっていたからである.実に,助教授以下が法令上の研究の自由を得るのは最近の学校教育法の改正後のことである.研究の自由に関しては,ごく最近,大きな進歩があったというべきだ.
 ただ,助教授が准教授になってからも,実際は強い教授の下で下位者が研究の自由を侵害されたケースは,かなり多く起こっていただろう.だから「研究の自由」などという寝言ではなく,明確な権利と義務として規則に書き込むのが望ましい.

 さて,「専門家」によれば,「学問の自由」は「研究の自由」だけではない.「研究発表の自由」と「教授の自由」があるという.
 「研究発表の自由」は「表現の自由」と同じであり,守られねばならない.ただ,研究資源と同じことはあるだろう.現状で,論文や学会報告は,文系でも,学会の審査に基づく建前になっている.だから却下されることはある.が,却下があっても「研究発表の自由」が侵害されたというべきではない.自分の甲斐性で発表の機会を作ればよいことであり,表現の自由を前提にすれば,その発表自体を阻害することは誰にもできないからである.
 私が問題と思うのは「教授の自由」である.「教授の自由」をいうのは,教授が自己の見解で講義することを国家が阻害するという,わざとらしい戦前ドラマのような状況を考えているからだろう.だが今日の状況で,大学教員が自由に内容を決めて教育を行うことは,望ましいとはいえない.
 私が学生の頃,1970年代であるが,某旧帝大の文学部では,教授は自分が研究しているらしい内容を講義していた.講義というより講演である.正直,授業らしい内容は入門,概説の授業に限られていた.教授権力が強い昔の帝大はそういうものだったのだろう.内容はある種マニアックで,有難いお話なのだろうが,知っておくべき事項が授業でカヴァーされていない.テキスト的な内容は参考書を観て学生が補うのである.
 今日,授業のあり方は同様であるべきではない.何を教えるべきかは(文科省的にはカリキュラム・ポリシーにしたがって)教育課程のカリキュラム委員会が決めるべきことである.教授が勝手に決めるのは筋違いである.授業,特に学部の授業で教えるべき事項は,先端的で定着していない知見ではなく,学界で定着した知見であるべきだ(むろんトピックとして先端的な内容に触れることはあるだろう).
 私が教養学部で勤務していた期間にも,こうした問題はあったように思う.かなり前に私は,旧の現代社会学コースにおいて,教えるべき事項を整理してバランスよく授業に配する,非常勤コマは専任でカヴァーできない内容で行う,ということを提起したが,他の先生方から拒否された(正確にいえば,深沢先生から拒否された記憶はない).当時の社会学コースの考えでは,授業名も「概論」と「特殊講義」だけであり,中身を授業名に出さない.拘束されずに授業を開く,非常勤を頼む,ということを考えていたのである.教員の都合が優先だった.
 むろん真面目に授業を配する分野もある.教養学部であれば,私が知る範囲で,グローバルガバナンス専修,地理学,人類学などである.これらの分野では,学生に教えるべき事項を網羅するように,授業の内容を配する.人類学などはそのために授業負担を,今も,かなり多くしているはずである.地理学は理系に近いから,当然バランス型になる.
 今日の大学のあるべき姿を考えれば,授業内容はカリキュラム委員会のバランス判断に基づいて決めるべきことであり,個人の教員に「教授の自由」があるという考えは弊害の方が大きい.教員が勝手な内容を授業に持ち込むのは大学院のリサーチセミナーに限るべきだろう.

「学問の自由」は半世紀以上前の状況から出てきた議論であり,この間に状況に応じた見直しをすべきだった.見直しができなかったのは,半世紀以上前のことを主張し続けることが商売になってしまった人たちが多いためだろう.同じことは「大学の自治」にも当てはまる.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

国立大学の主務省が文科省でよいのか?

 前回の記載で大学が「学校」ではダメではないか,という考えを書いた.今回の表題のテーマは同じテーマのコインの裏かも知れない.私は文科省が大学の主務省であることに昔から疑問を抱いている.
 意見の相違はあろうが,私は文科省は要らないと昔から口にしていた.初等中等教育であれば地方自治体の教育委員会が文科省の代わりをすればよい.地方の教育委員会には能力がないという意見もあるかも知れないが,期限を区切って何時何時までに文科省の代わりをする体制を作ることを求めれば,できるだろう.人は地方にいるのである.大学については,評価機関があれば文科省はそもそも必要ない.実際,国=文科省が大学に口を出す必要がどこにあるのか,と思う.
 文科省が口を出すのは金を国が文科省経由で出しているから,というだろう.しかし金を出すべきかどうかは評価機関の評価結果で判断すればよいだけである.あるいは,独法のようにいろんな官庁が入って評価する方法もあるだろう.国立大学法人法で国大の評価を無能な文科省だけに委ねてしまったのは間違いだったと思う.
 大学の教育経費については高等教育バウチャーの導入,研究経費については科研費と同じような資金の拡大をすれば,国のお金は文科省を通さなくても行き渡る.
 という,大学業界世論からすればやや過激な考えを私は持っている.その前提で以下をご覧いただきたい.

文科省はダメに見える
 大学に着任した頃は特に思わなかったが,大学で雑用(下層の行政的?な作業)にかかわるようになってから,文科省はダメなんじゃないの,と思うようになった.
 第1に,文科省は国立大学の役割を描けなかった.法人化をする前には,小泉政権下で,国立大の民営化論まで出た.であるから,国大を法人化する時点で,民営化しなかった国大は今後どのような役割を担うか,その方針を設置者である国,したがって文科省は責任をもって示すべきだった.ところがやらない.
 埼大の法人化2代目学長さんのとき,部局長会議のようなメンバーで文科省からお招きしたお役人の講演を聞いたのである.質疑の時間に,私大に比した国大の役割をどう考えているか,と私は質問してみた.もっともらしい答えは出なかった.「国立大学は私大とは設置者が違う…」,いやそれ,何もいっていないのと同じだろう,とはいわなかったが,いいたくなる回答だった.そのお役人の問題ではなく,省として考えていなかったのだろう.
 単に「役割が描けない」ことだけが問題ではない.公式見解がないままに,「国立大は大学院」とか「国立大は理系中心」とか,勝手なことをいう文教関係有力者が現れ,その無責任な発言を真に受けるアホな国立大学学長も出て,なんとかの機能強化のプランを作ってしまう,といったことが起こるのが問題である.
 第2に,文科省は国立大学の長期的な展望を描けない.その結果,(不動の立場を持つ上位大学を除いて)国立大学は本格的な計画に踏み出せない.
 2015年のことと思うが,16,7年の期間を置いて国立大学が自己収入と交付金を同額にするという試みの展望を財務省が描いた.その展望に文科省が勝手な試算を入れて朝日新聞にリークした,というアホな出来事があった.財務省のこの展望自体は国立大学にとって厳しい.しかし私がそのときに印象付けられたのは,そういう展望を財務省は描ける(文科省はできない)という点だった.厳しい内容であっても,十分な時間を置いてくれれば実は対応可能なことだろう,と私は思う.
 たぶん文科省にとり,あえて展望をいえば「今のまま」なのだろう.それならそれで官邸や財務省と渡り合って結果を示すべきと思うが,その胆力がない.提案はいつも文科省の外側で生じ,文科省は後手に回るという間抜けな役割しか演じない.
 第3に,この点は文科省だけではないが,「指導」のルールがはっきりしないことである.
 私が人文系学部長会議で話を聞いていると,ルールがはっきりしない事例が話題として飛び交っていた.「教育組織と研究組織の分離」は,いくつかの大学が文科省側からいわれたことである.しかし別の大学が分離をする計画を持っていくと難癖をつけられたという.担当者が異なれば対応も異なるのだろう.また,某国立大学の人文系学部で改組を文科省に申請していて,文科の担当者には「設置審にはかけないでよい」といわれていたという.しかし次の年に担当者が変わり今度は「設置審にかけろ」といわれた.「昨年はかけないでよいといわれたが」といったが,「今の担当者の考えでやってくれ」で済まされたという.
 たぶん建前上の根拠規則はあるのだろう(ない場合もある).しかし具体的な適用は担当官の裁量になるのだろう.結果として大学が気紛れに振り回されることになる.指導として問題にする点はルールブックとして事前に配布しておけば済むことなのである.
 社会学の基本原則として,権力者はルールを示したがらない.逆に支配される側は細かくルールを合意しようとする.労使関係が典型である.支配される側がルール化を求めるのは恣意的な権力行使を止めるためであるが,支配する側はなるべく恣意的にやりたいと思う.
 第4に,文科省のやり方では大学で雑用が累積的に膨らんでしまう.もともと中期計画で動く建前であるから中期計画の評価を問えばよいのに,年度計画まで作らせてその評価も行う.重点領域の評価もある.アウトプットだけを観て問題があれば対処するシステムでよいのに,あれもこれもやれという.医者なら検査結果を見て必要なら薬を処方するところ,文科省は症状にかかわらず薬を全部飲めといっているようなものである.だから雑用は累積して膨らむ.教育研究の邪魔をしているようなものである.
 政策官庁であれば,インセンティヴ適合的なシステムを作った上でどう行動するかは相手に任せるだろう.自由経済でマーケットを相手にすればそれ以外にない.ところが文科省は共産主義かつ全体主義である.直接相手に手を突っ込みかき回そうとする.
 文科省のように対象を細かく監視した場合,社会心理学の実験結果からすると,自分たちが統制するから秩序が守られるという錯覚を覚えるはずである.だからこの監視と統制はどんどん膨らんでゆく.どこかでベルリンの壁の崩壊を待つしかない.

文科省支配が変わるとき
 上記のように私は「文科省はダメだ」と思う.が,国立大学の執行部や国大協にとっては,なおも文科省様様だろう.国立大学は現実の支配者である文科省には逆らわない,というだけではない.現状維持を目指す点で,国立大学と文科省は利害が一致している.文科省にしがみついているから国立大はやって行けると信じている.
 また,国からかなりの予算をもらっている国立大学には,制度上,何れかの省庁が主務省になる以外にないのだろう.何処かといえば文科省が近いから,主務省が文科省になるのは仕方ないようにも思う.
 問題は,今後も文科省が丸抱え的な主務省であり続けるかどうかだろう.
 以前,国立大学の研究力に関する議論に目を通したときに河口小百合という方の報告書がある指摘をしていたのが面白かった(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10178.pdf).国立大学法人の評価は,法人法によって,主務省である文科省が行うことになっている.しかし河口氏は,独法のように,主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という(独法で主務省の枠を超えた評価がなされていることを私は知らなかった).文科省の評価は大学関係者による内輪の評価になるから,という趣旨である.このように指摘する河口氏は,国立大学が重要と思うからそのように指摘するのである.
 同じく以前に書いたが,経団連も(国立大を含めた)大学改革に関心を示している(http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051_gaiyo.pdf).国立大学の評価に3重点分野評価と法人評価が並立して無駄なので一本化・簡素化することを述べるなど,状況をよく見ているのである.その中で「大学の再編・統合に関するグランド・デザインの策定と地域協議体による具体的実施」を述べているのであるが,グランド・デザインの策定は内閣に省庁横断的会議体を作り,文科省,内閣府,経産省,総務省,その他の省庁,地方公共団体,大学関係者,産業界代表が参加する格好を考えている.要点は文科省だけにしないことである.
 たぶん,今の国立大学の上層部は文科省支配を望むだろう.しかし国立大学が総合的な公共機関となるためには,上記の河口氏や経団連の考え方はよいように思う.文科省が無能であるというだけではない.文科省支配では大学が「学校」としか位置づかないからである.大学が地域振興を担ったり,産学協同を担う,ということになれば,文科省だけでやるというのが不思議なくらいである.また,文科省は旧来の国立大学の階層秩序を維持するはずであるから,埼玉大学のように最下層(医なし複合型)の大学は(統合でもしない限り)浮かび上がる余地はない.
 文科省が主務省であることは当面は変えようがないだろう.しかし文科省支配を薄めていろんなセクターが大学の設計にアクセスできるようにすることが,短期的には嫌でも,長期的には国立大学のためであると思える.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大学が「学校」ではダメではないか?

 私は埼玉大学に着任したときから大学のあり方に違和感を覚えてきた.その1つの側面については,少し前の「大学の『作り』がおかしい」という記事に書いた.ここで書くのはその記事のコインの裏側かも知れない.
 ここでいいたいことは,大学は本来「学校」ではないのではないか? にもかかわらず学校の並びで位置づけられていることによって,大学の可能性が過小になっているのではないか? である.

 着任して違和感を覚えたのは私の職が「教育職」であり,名称が「文部教官」(法人化後は教員)だったことである.実は教育をしたくて大学教員を目指した人はまずいない.誰も研究がしたいのである.教育は不可分の業務であるから「研究教育職」ならすっきりしたが,もろに「教官,教育職」だったことが妙だと思ったのである.
 要するに大学が基本的には「学校」として位置づいている.その点を示すサインはいくつもある.まず大学のあり方は,小中高校,各種学校などとの並びで「学校教育法」で規定されている.学校教育法の中で,以前は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」とされていたが,学長への権限集中をした際に,教授会事項は,(1)学生の入学、卒業及び課程の修了,(2)学位の授与,ついでに(3)教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの,の3つに限定された.要するに大学の中で重要な位置を占める教授会も,教育だけにかかわる(学長が定めなければ研究などに関する協議も教授会ではしない)ものとなったのである.
 以前は「教育研究」とも「研究教育」ともいい,どちらでもよかったが,何時の頃からか「教育研究」と決められたようで,教育が先になった.教授の法令上の業務も「教授研究」であって,教えることが優先のニュアンスである.
 他にもある.前に書いたことだが,大学の基本組織は教育組織(学部,研究科)で代用されている.部局設置でも教育課程の審議が主であり,研究組織はついでに書いておくに過ぎない.人社研では私も設置申請にかかわったが,意見が付くのは教育のことだけである.設置審での教員の資格審査も,研究業績は書くのであるが,あくまで教授資格の観点での審査が建前になる.また,大学は,一部の大大学を除けば,教育目的以外の設備はほとんどない.例えば米国の州内のトップ州立大学であれば,世界陸上ができるほどの陸上競技施設や大きなスタジアムがあるのが普通である.しかし日本の国立大学では,大学の体育の授業ができる程度の設備しかないだろう.また米国の大学であれば美術館や博物館を持っていて不思議がないが,日本では,特に地方国立大では,資料室くらいはあっても博物館,美術館は滅多に持てない.
 
 1995年のことだから私が埼大に着任して12年後,今からは20年以上前のことである.私が学部の将来計画に関する文書を書いたら,後に理事になった先輩同僚の加藤先生が「面白い」というので,そのまま教授会に出して問題提起したことがある.その文書は,第1に学部内の研究領域を限定して各領域を人的に強化し,世界的な研究拠点を目指すべきこと,第2に,教育の効率化を目指すべきこと,を主張するものだった.私の意図は第1点の方に力点があった.基本的な考え方の第1の標語が「大学は学校ではない」だった.より研究に力点を置いたのである.むろん,「世界的な研究拠点」とは,文科省が現時点で使うよりは軽い意味である.
 私の提起は教授会のほぼ全員から拒否された.私の提起に対して,「いや,大学は学校だ」というご意見が多かったのである.それだけ「教育中心」が教養学部の中では浸透していたのである.他部局であれば異なっていたかも知れない.
 私が研究を強調する提起をしたのは法人化前だったからだろう.当時から,国立大学は実質的に階層化され,文部省(当時)はその旧階層を前提に国立大学を差別的に扱っていたという実態はあった.けれども,当時は建前上は,国立大学は平等だったように思う.だから埼玉大学も旧帝大と競争するという発想はあり得たのである.しかし法人化の前後から文科省(2001年から)は大学の階層化を実質化させるとともに,建前上も階層化を進めている.法人化後の扱いから判断すれば,埼玉大学は(統合でもしない限り)研究大学にはなりようがない.今だと,埼大で研究を強調するのは難しいと私は思う.
 とはいえ,大学であれば研究をするのは当たり前であり,研究がなくてよい訳はない.研究が大学の重要な活動であることに変わりはない.

 現在の国の政策的な展開からすれば,国立大学は従来の「教育研究」を超える活動をする余地が生まれているように思う.大学を知識産業の中核にするという発想があり,また特に地方国立大学には地域発展を牽引する役割が想定されつつある.しかし,従来の「学校用」の財政基盤と人員規模から,それらの役割を担うのは無理である.現状で国立大学はCOCや地域産業への貢献を頑張ってやっておられるとは思う.けれども,文科省によるそれらの活動の紹介パワポを見る限り,現状の活動は単なるご愛嬌であり,それで,例えば地域の雇用を生むようになるとも思えない.現状の学校枠組みでは,どだい無理なのである.地域を担う米国の大学のように,かなりの新たな投資を得ないと無理である.
 しかし,こうした新たな活動をするという方向性は,大学を学校とする考え方とは相容れない.米国の大学がそうであるように,総合的な公共機関としての性格を持つ必要があるだろう.そうなるためには,大学が経営のメカニズムを持ち,投資を呼び込む方策を考える必要がある.同時に,国立大学の主務省が文科省であるのでよいのか,文科省支配が続く限り大学は学校の域を出ないのではないか,という問題もあるように思う.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

学位プログラム

 文科省が推奨している「学位プログラム」に触れてみる.結論を先にいえば,アホらしいので止めた方がよい.ただし文科省からの評価が必要な情勢なら,やるべきかも知れない.

 私が在職している時期(1年半以上前)にも「学位プログラム」が文科省が推奨する(ように見える)事項の中に入っていた.その学位プログラムを作りましたと称する大学もあり,これから頑張って作りますといっている(いったことがある)大学もある.
 下記は文科省による学位プログラムの簡易の解説である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/siryo/attach/1259115.htm

「『学位プログラム』とは、大学等において、学生に短期大学士・学士・修士・博士・専門職学位といった学位を取得させるに当たり、当該学位のレベルと分野に応じて達成すべき能力を明示し、それを修得させるように体系的に設計した教育プログラムのこと。」と定義している.この言い方は教育課程一般の定義であり,これだと学位プログラムが従来の教育課程とどう違うかが分からない.上記の定義文だけでなく,上記ページの全体を見ても,学位プログラムとこれまでの教育課程との違いは分からない.
 ただ,学位プログラムは英語の Degree Program の訳だろう.Undergraduate (Bachelor Degree ) program, master program, PhD program を指すはずである.だから「学位プログラム」は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」という話であろうと私は思っていた.特に学士課程で undergraduate programs を導入するとすれば,教育課程は入り口で「大括り」でなければならない.文科省はこのところ学部,学科の大括りを求めていた.この「大括り」と「学位プログラム」はペアで,日本の大学の教育課程を米国型にする方針を表すと思い込んでいた.
 上記のページは平成21年,つまり10年ほど前の記載である.想像であるが,当時は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」の話であったかも知れない.
 ところがその後,話が若干変わってきた.結局,私の思い込みは勘違いだったのである.
 下記は割と最近の学位プログラムの文科省説明である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/01/1397943_1.pdf

 まず言うべきことは,上記定義のような学位プログラムは,実際に日本でやってきた学部-学科,研究科-専攻体制と何ら変わらないことに今さらながらに気づいたようである.だとすると以前に「学位プログラム」と言い出したお役人がただのアホであることになる.何とかそのお役人の体面を守ろうとするなら,学位プログラムに別の特別な意味を持たせて意味があることにしないといけない.という訳で,第2の引用のページでは,「学部等の組織の枠を越えた学位プログラム」に話を限定し,その制度化を検討する,という立場に文科省はなった.
 ここにきて私は悪い予感にとらわれた.文科省の役人が検討を始めると,簡単に済ませるべき話も面倒にしてしまうのが常だからである.
 次は今年になってからの,学位プログラムに関する文科省のパワポ資料である.これを見ると,私の予感は当たったように思う.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/03/1407795_4.pdf

 教育プログラムなど,大学に勝手に判断させてくれればよいのに,文科省はあくまで,自分たちが許認可権を持ち,監視し「指導」するような格好にしないと気が済まない.この点は三流官庁の役人の習性,いや宿業というべきだろう.
 嫌なことの第1は,案の定,学位プログラムに「設置」を求めている点である.通常の学部等と同様に扱うという.どういうことかというと,「学位の種類変更や大学全体の収容定員の増加を伴う場合等は設置は認可の対象とする」である.複数の学部等の間で作る学位プログラムであるから,そりゃ普通,学位の種類は既存学部等とは異なるだろう(異ならなければ何れかの学部等の中に作ればよい).ということは「設置」にかかるのである.面倒な話になってきた.
 第2に,「定員」を定めるようだ.したがって,このやり方だと文科省による,刻むような定員管理の対象になるだろう.
 米国の大学には「定員」などというものはない.人数制限は何らかの方法でするかも知れないが,日本特有の,正気とは思えぬような,刻むような定員管理はない.しかし上記のやり方で定員を設けると,何とか定員を満たさないといけなくなる.その手間は大変である.しかも定員管理はさらに面倒になる.
 そう考えると,こんな「学部・研究科等の組織の枠を超えた学位プログラム」はバカバカしい.学生定員を捻出して新しい学部等を設置した方がよほど良い.
 
 結論に戻ろう.学位プログラムは,アホらしいので止めた方がよい.ただ,大学執行部の判断として,文科省に「改革」のポーズを示したい,文科省から評価ポイントが欲しい,ということもあるかも知れない.もしそうなら,アホらしくても仕方なしにやるのだろう.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

教育組織と研究組織の分離

 教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離は,私が退職する時点では埼玉大学では意識されていなかった.しかし今後やることになるかも知れない(あるいはもうやったか?).結論を先にいうなら,研究組織は,作るべきではあるが,研究組織に行政的な権能を与えて運用するのは止めた方がよいと思う.事務的に手間がかかるだけである.しかし改革のポーズが必要であり他にポーズの作りようがなければ,やらざるを得ないだろう.

 国立大学の法人化後,いくつかの大学が「教育組織と研究組織の分離」をしたという話が流れた.どこの大学がどうだったか忘れたが,今ググってみたら次のような文書が出てきた(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/kondannkai/__icsFiles/afieldfile/2011/03/02/1301683_03.pdf).この資料の日付は2011年であるからやや古い.その時点での顕著な例,ということだろう.私の記憶でも九州大学の例がよく言及されていたと思う.
 この資料の例では,九州大学は全学的な分離例であるが,その他は研究科1部局内での分離である.その程度なら私が属していた埼大人社研でもやっている.不肖私が言い出したことだが,研究組織(結局は領域分類)を科研費領域に従って作ったのである.見た目はきれいである.
 ただ,現状で「教育組織と研究組織の分離」といえば,全学を通した分離(つまり全学で一元化した研究組織の設立)であると思う.
 ネットですぐに出て来る例としては,1つは北大の例=研究院設定がある(https://www.hokudai.ac.jp/introduction/kaiso.pdf).まだ一部の部局が未対応であり完成はしていないが,そのうち完成するのだろう.全学の研究組織が研究院の集まりとして定義されるのだろう.
 ここまでは上位大学の例だった.しかし埼大と同じランクの大学も結構,教育組織と研究組織の分離を実施している.下に弘前大学と鹿児島大学の例を載せる(この2大学は医学部があるので埼大よりランクが上かも知れない).が,それ以外にも分離した例は多い.
 弘前大学(https://www.hirosaki-u.ac.jp/wordpress2014/wp-content/uploads/2015/09/20150916-3.pdf)
 鹿児島大学(https://www.kagoshima-u.ac.jp/about/gaiyou2015-soshiki.pdf)

 実は2014年の人文系学部長会議でも,教育組織と研究組織の分離を話題にしている.その時点でいくつかの大学が教育組織と研究組織の分離(ないし研究院の設立)を実施済みであり,いくつかの大学が計画中だった.
 会議の席上,私は「実施すると(文科省から)評価されるのか?」としつこく質問した覚えがある.ある大学の学部長さんは,文科省からいわれたという.別の大学の学部長さんは,分離が重要というより,改革のポーズが必要だと文科省の担当者からいわれたという.まあそんなところだろうと思う.

 いくつか感想を書いておきたい.
 第1に,上記の弘前大や鹿児島大の例は,研究組織(教員組織)を,教育組織たる学部や研究科と分離している.この格好が正しいというか,本来の「分離」である.しかし旧帝の北大,九大の例では,あくまで教育組織たる大学院に研究組織を作っている.これでは「分離」ではない.にもかかわらずそうしているのは,見苦しくも「大学院教授」という名称を維持するためだろう.教員個人の肩書は研究組織(教員組織)に従うのが一方の筋であり,研究組織を大学院の外に作ったら「大学院教授」にならないのだろう.
 第2に,作るだけなら研究組織の作成は簡単である.人社研のように「科研費領域にしたがう」という原則を決めれば,2,3時間で作れる.領域所属に関するご本人らの了解をとるのに時間がかかる(返事待ち時間)だけである.大学全体で「科研費領域」といった原則を決めておけば,各部局で作った表を合わせればよいだけである.たぶん,旧来の部局とほとんど対応した表ができるはずである.
 こうした研究組織の表は,あるに越したことはない.大学全体の状況を把握し,今後の計画の参考にするのによいだろう.
 しかし第3に,この研究組織に行政上の権能,例えば人事案件の上申策定(決定はどのみち学長だろう)の権能を持たせるのはやめた方がよい.いろんな会議にかけなければ物事が進まなくなり,作業量も多くなる.不便になるだけである.人文学部長会議では,分離によって事務量,会議数が多くなること,決定に時間がかかり過ぎること,などが話題になった.
 また,おそらく教員個人の活動評価が面倒になるだろう.評価はもともと面倒ではあるが,今までは各部局の中で完結しているのでなんとかなった.しかし研究組織と教育組織を別に運用すると,教育評価は教育組織で,研究評価は研究組織で行うことになるだろう.結果としてあちこちで評価をすることになる.では行政上の評価は全学で一律か? しかし行政上の役職は部局によって数が異なる.経済学部にはあって教養学部になる役職もあるのである.そこで全学一律に評価するとなると,実は所属の教育/研究組織によって不平等が生じる.社会貢献など,部局によって需要が異なる項目を一律に行うのも変な不平等を生む.そしてそれらの評価項目の成績をどこかに集めて総合評価を作るのであろうか? 考えるだけで面倒になる.
 なんだかんだいいながら,従来の部局一括方式が,運用コストが低い形態なのである.
 第4に,やめた方がよい別の理由は,さしたるメリットがないからである.教育組織と研究組織の分離は役人の気まぐれから出てきたことであり,分離しなければならない必然性はほとんどない.分離した大学は,その理由として,教育上の要請と研究上の要請は食い違うから分けるなどと書く.しかし,教育組織と研究組織が別人員で担われるなら別であるが,研究と教育を実施するのは同じ人たちであるから,別々の補強をしようがないのである.むろん,研究だけの人員を持てる大学なら別だろう(本来はそうあるべきだ).
 第5に,そうはいいながら,「改革しています」というポーズのために埼大もいろんなことをしてきた.同じ理由で,意味がないのにやることになる可能性は,残念ながらあるように思う.

 研究組織の「正しい」使い方があるとすれば,研究組織に応じて大学の基礎組織=部局を定義し,米国の大学のように,その基礎組織が学士,修士,博士のプログラムを出すような格好にすることだろうと思う.ただし,実質は現状とほとんど変わらないはずである.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大学院部局化

 経緯からいえば大学院部局化とは,大学間の身分差を作るメカニズムである.

 法人化の前の段階で,旧帝大(など?)の上位大学は大学院部局化をし,大学院の定員も増やしている.教授も大学院教授となった.国立大学の独法化は避けられない,という役所筋情報を私がもらったのは1999年であるが,1998年に某旧帝大に集中講義に行った際,その作業中であるという話を聞いた.実際に国立大学が法人化されたのは2004年である.法人化より前に,上位大学の部局化は完了していたと思う.
 その上位大学の大学院部局化では,当該大学の予算を文科省は増額している.その増額が学生当たりの積算分だけなのかどうかは確認していない.ともかくこの部局化で旧帝大は研究基盤を強め,法人化後の第1の中期での研究成果を高めたはずである.「中期の評価は出来レースだね」と第1期の頃にどなたかと話したものである.
 しかし法人化後,それほど上位でもない大学も大学院部局化をする例が出てきた.埼大でも法人化1代目の学長さんの治世の2006年度に理工学研究科が部局化し,理学部と工学部は理工研が学部向けに出す教育課程(教育組織)という位置づけになった.
 埼大理工の院部局化の時は私は役職からいって全学の会議には出ていないので直接的には説明に接していない.時の教養学部長からは,他大学が「大学院(研究科)教授」を名乗るので,ただの教授では辛い,自分たちも大学院教授と名乗って偉く見せたい,という要望が理工側からあったと伺った.別の消息筋は,理は博士課程で定員を充たすが修士課程の学生充足が難しく,工学系は逆なので,一緒になって院の定員を修士も博士も満たしているように見せたいという事情があった,という.この別消息筋情報は,ありそうではあるが,その真偽は確認していない.
 その後,2015年に私がいた教養学部と経済学部が大学院で合併し,その大学院研究科(人社研)で部局化した.その結果,埼大で院部局化していないのは教育学部だけになったのである.
 この2015年の人社研については,時の全学執行部の頭にあったのは「上を目指す」ことでだったという事情がある.だから,「偉そうな名称にする」ことは必然であったかも知れない.

 上位大学が大学院部局化してから,「大学院教授」という肩書を目にすることが多くなった.まあなるほど,単に「教授」であるよりも「大学院教授」の方が偉そうである.無垢な人は,教授の中に平の教授と大学院教授があり,大学院教授が偉い,と思うだろう.だから大学院教授という名称が欲しいという理工研の心情もわかることはわかる.
 ただ,これ見よがしに偉さを強調するかのような「大学院教授」という名称には,私は不快感を感じるとともに,過度に見た目にこだわる点に浅ましさを感じてしまう.
 私は一昨年退職した.退職前に人社研ができて院部局化したので,退職時の肩書が「埼玉大学大学院人文社会科学研究科教授」であったように思う.それ以前の辞令に表記された私の肩書は「埼玉大学教授 教養学部」だったように思うので,同じ例にするなら「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」になるだろう.しかしわざわざ「教授」の前に「大学院」を持ってくるところが,見え透いた浅ましさである.
 以前,埼大には政策科学研究科というのがあった.この研究科は一時,教員の半分が教養学部を本籍にしていたが,埼大から出て行く直前には独立研究科,つまり院だけの研究科であった.だからその教授は大学院教授以外ではない.しかしその政策科学研究科教授を「大学院教授」などと表記したという記憶は私にはない.「埼玉大学教授 政策科学研究科」だったろう.
 教授の名称としては,私の例でいえば,「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」にするか,研究組織上の区分を使って「埼玉大学教授 社会学」が穏当なところではないかと思う.趣味からいえば後者がよい.

 余談であるが,最初に上位大学が大学院部局化したときには,それらの大学を最終的には「大学院大学」にする,というアイディアがあったろう,という気がする.
 私が大学院生(東大)の頃,出席していたある授業の担当教授が「東大は(旧帝大は,だったかも知れない)大学院大学にするというのも手なんだよな」と仰っておられた.40年ほど前のことである.その頃から上位大学の大学院大学化は,アイディアとしてはあったのである.
 私が教