首都大学埼玉

 埼玉大学「次の6年を考える会」というブログの記事を眺めていたら,首都圏にあることが埼玉大学の武器である,という趣旨の記事が載っていた.正しいとは思うがやや苦笑した.が,今の主題はその苦笑ではない.私がある時点でふと抱いた妄想のことを思い出したことが主題である.

 昔,都知事が石原慎太郎だった頃,たぶん石原都知事の判断で都立大学が首都大学東京という名称になった.首都大学東京というのは変だという人が多かったが,私は斬新で良いと思った.それから少し後のことであるが,首都大学東京という文字列を見ながらある妄想が浮かんだのである.
 ナントカ大学〇〇として〇〇に地名を入れる表現は,ニューヨーク大学やカリフォルニア大学など,結構ある.そういう目で見たとき,東京でない首都大学があってもよいのではないか,と思えたのである.
 そう.つまり埼玉大学が首都大学埼玉になるという妄想である.埼玉だけではなんだから,横浜国大を首都大学横浜,千葉大を首都大学千葉として,東京,埼玉,横浜,千葉で首都大学リーグを作る,ということである.

 上井学長時代の初期に統合の話題がいろいろ出たことがある.当時は4U(茨城・宇都宮・群馬・埼玉大学)という枠組みがあり,その4Uも1つの考慮対象だった.しかし埼大の先生方は一様に「北は嫌だ,東京と一緒じゃなければ嫌だ」と言い続けた.当時工学部長だった今の学長も「群馬と一緒になったら偏差値が下がって学生の質が落ちる」といっていた.グループを組んだ時,首都圏にあるという武器を使えるのは北と組んだときだけである,東京方面と組んだら埼玉の立場は惨めではないか,というのが私の発想であった.が,埼大の先生方は一様に東京じゃなければ嫌だと言い続けた.
 なら首都大学埼玉なら文句はあるまい.実際,上井学長の時期,上記の首都大学リーグに近い構想を述べた方がおられたと聞いた.

 ふと浮かんだ妄想であったが,まあダメであるとすぐに悟った.
 まず公立大学全国トップを自認する首都大学東京は,わざわざ「地方」と組みたくないだろう.
 横浜国大は横浜というだけで十分アピールできる.卑屈に首都を強調する動機づけがない.
 千葉大学は,あくまで上を目指す大学であるから,格下の埼大,横国とは並びたくないだろう.

 その首都大学東京も来年には東京都立大学の名称に戻るらしい.首都大学埼玉は一瞬の妄想であった.

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パフォーマンスを上げる:国立大法人化の第三のテーマ

 ただの思い付きであるが,国立大学の法人化は3つのテーマの複合であろうと私は思う.第1と第2のテーマについては直近の2つの記載で述べてみた.この記載では第3のテーマ,つまり「パフォーマンスを上げる」について書いてみたい.

中期・年度計画と評価

 国立大学が法人化したとき,国立大学の(教育研究における)パフォーマンスが問題になっていたかどうか,私にはハッキリした記憶がない.法人化が「金の問題」と認識する人が多かったのは予算措置だけが目立ったためかも知れない.パフォーマンスが実際に問題にされ始めたのは,第1に,大学の国際評価(THEなど)で日本の大学があまり上位にならないことが話題になってから,第2に研究力の停滞が指摘され始めてからではないかと思う.
 それでも,法人化とともに国立大学に中期目標・計画や年度計画が導入され,認証評価も受けることになった.評価というからにはパフォーマンスが問題なのであるから,法人化の当初からパフォーマンスを上げることが法人化の主題であった(主題であるはずだった)のは確かと思う.
 法人化後にこの計画と評価のために国立大学は忙しくなった.私が教養学部内で学部業務に深く関わり始めたのは法人化して3年目からであり,最初の2年間についてはよく分からない.が,少なくとも3年目以降には年度計画に振り回されることになった.
 最初のうちは物珍しさがあり,「へぇ,こんなことするんだねぇ」的な感想を持ったものである.まあ確かに,やることを求められたことは必要なことだと思えた.ただ,毎年似たような項目が全学の評価センター(当時)から回って来るに及んで,段々とアホらしく思えてきた.
 本音でいえばどうでもよいような会議を何回やったとか,直す必要のない事項の見直しを問う質問に回答することが,いったい何になるのかという気がしてきたからである.しかも,示すべき「エヴィデンス」が議事録だったりするからアホかと思う.かくして,回答のしようもないけれど,やってないともいえないので,やっている振りをすることが常態となっていった.計画の達成率が何%かとか,十分に達成されたかどうかの回答をするのであるが,多くの場合,何%とか十分かどうかなど,客観的な基準がないので本来は何ともいえない.受け取るワークシートでは他部局の回答もあったので,他部局がどのように回答しているかも眺めた.私は,というより教養学部は伝統的に人間が控えめであるから,臆面もなく大本営発表のように大成果があったなどとは恥ずかしくて回答できない.が,他部局は結構,臆面がなかった.全学の評価担当とのやり取りでは,全学側は良い自己評価を示して欲しかったようだから,面倒な時にはその要望に応えたかも知れない.
 この種の計画と評価の作業への違和感が私の中で膨らんでいった.「まったく」とはいわぬまでも「ほとんど」無意味ではないか,と思った.大学のパフォーマンスを上げるために作業しているというより,「忙しく頑張ってます」ごっこをしているだけではないか,という感想を抱くようになった.

国立大学の評価に対する財務省の見解

 最近,ネットにあった財務省の資料(2018.10.24付けの「文教・科学技術」)を見ていたら,国立大学の計画-評価に対する,上で書いた私の違和感をうまく説明する表現に出くわした.国立大学が評価の指標としているのは多くの場合,「インプット指標」であり,「アウトカム指標」ではない,と財務省はいうのである.確かに,埼大の以前の年度計画のワークシートを眺めても,例えば研究について,論文を何本にしますという目標はない.研究を促進するためにどういう措置(例:重点研究テーマを支援する)を取ります,というのが目標/計画であり,その措置が生むべきアウトカムは指標にはない.(研究と教育については中期計画の報告として現況調査表をまとめるが,言い訳の色彩が強い.)
 まあたとえていうなら,小売業がどれだけチラシを配ったとか,安売りセールをどれだけやったとかを書いているようなものである.どれだけ売り上げを上げたか,利益を出したかのアウトカムを問題にしていない.おかしなことをしていたのである.
 財務省は同時に,評価が「絶対評価」(というより自己基準による評価)であり,評価結果もあいまいだ,という.私も感じていたことがそのまま書いてある.
 この資料を見ると,財務省の役人は文科省の役人より頭がいいなと思う.が,おそらく頭の問題だけではない.文科省は国立大学を慮るつもりで,競争を回避する,そして差がつかないようにする評価の方法で指導してきたのだろう.しかし,競争の回避と引き換えに,累積し肥大化した無意味な作業が国立大学を苦しめることになった.何より重要なのは,法人化してごく最近までの間,パフォーマンスそのものを上げるための努力が曖昧になっていたことだろう.インプット,例えば研究力向上のための措置は,必要ならその場の判断で経営者が決めればよいことである.
 財務省の考え方は,比較的少数の客観的なアウトカム指標を設定し,大学間で相対評価をする,ということと思う.むろん国立大学をウェイト別にしないで競争したら下位大学はひどいことになる.だから重点支援の類型内での競争になるはずである.ある意味,今年度から導入された交付金決定のための10%枠の評価は,今年度は指標が異形であったが,その方向の先駆けになるのだろう.大変かも知れないが話がシンプルになる.良い方向への変化と思う.

交付金10%の評価配分

 運営交付金の10%を評価に応じて配分する,という方式は今年度から適用されたように思う.この10%配分という記事を最初に見たとき,私は無茶ではないかと思った.予算が増えればよいが減ったときは,財源の多様化が少ない地方国大にとって影響が大き過ぎるように感じたからである.
 蓋を開けると影響は小さかった.個別の評価項目では10%のプラスマイナスがあるのであるが,評価項目全体を足し合わせた結果のばらつきは実に小さい.なるほど,誰の悪知恵か,これって中心極限定理の応用みたいな話だな,と思った.実質例年通りだったろう.
 しかし,このような形式で交付金の算定が行われると,結果は小さくても,大学はもろに政府にコントロールされることになるだろう.例えば評価項目に年俸制の導入実績とか入れられると,下位の大学は必死に年俸制を導入しようとすることになるのではないか? 当面は今年度のように,政府が求めるマネジメント改革のような項目で国立大学はコントロールされることになるのかも知れない.
 ただ,本命は財務省がいうように,教育研究を中心とした,厳選されたアウトカム指標で競争することになるんだろうな,と思う.野球選手であれば打率,打点,本塁打数,投手なら防御率と勝ち数を中心にして,おそらく重点支援の類型ごとに競争することになるのだろう.シンプルになってよいのではないか? 結果として教育研究の水準は上がって行くのではないかと思う.
 国立大学法人化のテーマは3つだろう,と私は述べてみた.が,考えてみると第1と第2は,第3のパフォーマンスとは質的に異なる.第1と第2は第3のパフォーマンスを確保するための手段という位置づけになるだろう.つまり,本来はパフォーマンスさえ上げれば第1と第2はどうでもよいことである.例えばノーベル賞をどんどん受賞する状態になれば「財務省ごときがつべこべいうな」といえるようになるのではないかと思う.シンプルでよいのではないか?

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自主財源の確保:国立大法人化の第二のテーマ

 1つ前の記載で,国立大学法人化の第一義(第1のテーマ)は自主管理組織からの脱却であったろうと記した.この記載では(私が思う)第二のテーマである自主財源の確保(財源の多様化)について触れたい.

財源の多様化は望ましい

 私はもともと,国立大学の民営化に賛成だった.理由は単純であり,「金は出せ,口は出すな」はあり得ないからである.独立した存在であるためには財源は自前でなんとかするしかない.現に今の国立大学は文科省にしがみついて(抱きついて)いるから,政府のいうことは丸呑みしている.
 個々の大学のすることを指定する能力は,国にはない.だから国立大学を独自の法人にする必要があったはずである.大学は自由な判断で競争的に動いてこそ,自らのニッチを見つけて存在感を発揮できる.そう考えれば財政基盤でも政府から自由になった方がよい,と私は思う.かつて教育関係で最も活動的だったのは予備校ではないかと私は思う.なぜかといえば,予備校は文科省の傘下になく,しかも厳しい競争を生き抜いてきたからである.国営企業や国に指導(保護)される業界は発展した試しがない.
 それでも,国立大学には運営費交付金以外でもいろんな旨味が国から出ている.だから国への依存はやめられないだろう.しかし国への依存度は低い方が望ましい.国に全面的に依存した場合,国の財政が悪化すれば大学が潰されても仕方ない.リスク分散の観点からも財源の多様化は望ましい.

埼大での印象

 2004年に法人化した際,少なくとも埼大において,私はさしたる変化は感じなかった.唯一感じたのは「金がなくなったようである」という点である.運営費交付金が効率化係数によって年々下がって行くことには誰もが危機感を覚えた.当時の学長からは矢継ぎ早に「金がない」というメッセージが出ていた.
 この状況の変化に対し,大学は節約で反応した.多少時間のラグはあったかも知れないが,大学はひどく吝嗇になった.冷房の設定温度が抑えられたのはまだよいとして(私の在職期間の大半では大学にはエアコンなどなかった),電灯が消えて廊下が暗くなったのには驚いた.そのうち通勤の定期券を見せろという話になったときには「なんとアホな」と馬鹿らしく思ったものである.学長からは「今はひたすら耐えるときだ」という趣旨の発言が伝わってきた.
 交付金削減に対して節約しか出てこなかったのは,今から思うと,文科省から法人化の意味を伝えられていなかった,あるいは伝えられていたとしても理解していなかったからなのだろう.「財源の多様化」を政府が言い続ける今日の視点で見るならば,交付金が減額されるスピードで自主財源を増やすように努めろ,ということだったように思う.
 
政府予算の問題でもないだろう

 大学の財政状況を政府のせいにするのはどうか,という気が私はしている.
 日本の政府による教育予算がOECD諸国の中で最低水準,という話を今でもいう人がいる.もともと文科省が予算獲得のためにいい始めたことである.この件に関して,私はむしろ財務省の説明の方が信憑性があるように思う.概して日本で教育予算のGDP比率が低いのは,人口構成の中で生徒・学生の年齢層の比率が低いためである.一人当りの支出のGDP比率を見るとOECDの中でも高い方になる.そもそも「教育予算」とは大学に配る金の話ではない.大学の場合,教育費に占める政府支出の比率はおそらく低いが,この点は学生の大半が私立大学に通うためだろう.国公立大学の国際比較では,学生1人当たりの政府支出は先進国の中でもダントツに高い.だから国際比較で国立大学が文句をいう筋かどうか,疑問に思う.政府の科学技術予算自体は先進国の中でも良い水準にある.政府が国立大学に出している予算は増えている.また法人化を経て上位大学に予算が集中した訳でもない.むろん,交付金とは別の補助金は,競争的であるから,上位大学が獲得しているのだろうと思う.ただ競争が悪いともいえない.
 いってみれば,法人化後,国立大学は大勢で,内部では節約に励み,外に向かっては政府に金をくれといってきた.が,政府の方は財源を多様化しろ,といっている,という構図のように思える.

財源の多様化は果たせているか?

 もともと国立大学の収入はほとんどが政府による交付金だった.学生納付金を大学の収入に数えることになったのは法人化後のことのように思う.法人化後は,大学の財源を,政府の交付金,学生納付金,受託研究収益等,寄付金,資産運用益,などで多様化することが求められている.
 国立大学の収入は交付金と学生納付金が大半であり,それ以外は取るに足らない,と私は思っていた.ちなみに平成30年度の埼大の財務諸表によると,交付金と学納金の合計額は埼大の収入の83%である.むしろ17%をよく工面できたなと思う.私が退職した頃には寄付金集めでも埼大は頑張っていた.それでも交付金と学納金が収入の大半であることは変わらない.
 が,財源の多様化の現状は大学によるようである.
 財務省の資料を見ていたら,例示の中に東大の収入の内訳が載っていた(2017年度の数字と思う).その資料によると,東大の収入は40%が運営交付金であり,運営費交付金の比率は高いものの,学生納付金は9%,研究受託収益等が学生納付金の3倍の28%,寄付金が学生納付金の2/3の6%,資産運用益が4%,その他が12%とあった.東大の場合,大学院重点化しているから,大学規模の割には学生数は少なく,学生納付金の比率が低い.また,別途,東大の財務諸表を見ると,その研究受託収益等を超える病院収入がある(財務省の資料では国際比較のために病院の収入は入れていないかも知れない).こう考えると,東大の場合,運営費交付金の比率が高い点を除けば,結構,財源の多様化はしているように思えた.
 東大の,学生納付金の3倍の研究受託収益というのは,埼大では考えにくい.そこで,埼大,茨城大学,東大の3大学につき,財務諸表から研究受託収益等(共同研究収益を含む)を調べてみた.本来なら平滑平均をとるべきであるが,面倒なので平成18年度と平成30年度の2時点だけを調べた(東大と茨大は平成16年度からの財務諸表をサイトに掲載しているが,埼大では平成18年度からの諸表なので,平成18年度を選んだ).
 その結果の要約が図の棒グラフである.図の注釈に書いたように,東大の場合は縦棒の高さを1/100にしている.同じ縮尺でグラフにすると埼大と茨大の縦棒が横線になってしまうからである(ちなみに,財務諸表の金額表記は,埼大と茨大では千円単位なのであるが,東大では百万円単位である).

190925

 図を見て感じるのは次の2点である.
 第1に,東大の棒の高さが1/100であることを考えると,東大は埼大や茨大とはまったく別種の大学だという点である.受託研究を集める基盤に差があり過ぎる.こんなに差があるとは思わなかった.
 第2に,何れの大学でも平成18年度と30年度では受託研究収益は上がっているけれども,茨大が1.8倍,東大が1.7倍に伸びたのに比べると埼大の1.3倍はやや足踏みしている感がある点である.
 埼大には受託研究で財源の多様化を果たすのが難しい要因があるのか,仮にそうだとしたら理工に投資する戦略が今後もあるのかどうか,もっと別の道を考えるべきなのか,その判断はあってよいのだろうという気がする.

財源の面では国立大学は二極に分解するのではないか?

 国立大学の財源の多様化は今後も進むのだろう.そのための学長リーダーシップであり,大学の中期目標として当該中期期間中に受託研究収益や寄付金,資産運用益を何倍にするという数値目標が入るべきだろう.
 今,内閣府を中心に国立大学の自主財源確保を促進するための制度整備,具体的には間接経費の枠組みや寄付免税などの措置が図られるものと思う(既に済んだか?).これらの制度整備によって,何れの国立大学も一定の財源多様化は進むのだろう,とぼんやりと思う.
 ただ,上で触れた,受託研究収益の格差,地方国立大と東大などの上位大学との現状での格差を考えると,自主財源のための制度整備で今後自主財源の確保を伸ばせる程度は,上位大学の方が高いと考えるのが自然のように思う.その意味では,財源の多様化の程度が高い上位大学と,学生納付金への依存度を高める下位大学に,濃淡で中間的な国立大学はあるのせよ,分化して来るのではないか,という気もする.
 ただ,そうなっても埼大を含めた下位大学の財源が苦しくなるとはいえないのではないか,埼大はハッピィになる可能性があるのではないか,という楽観的な見方を私はしてしまう.この点については,気が向いたら後日,私の素人判断を書いてみたい気がする.

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国立大法人化の第一義は自主管理組織からの脱却ではなかったか?

 少し前のこのブログで,京大の山極総長が「国立大の法人化は失敗だった」とインタヴューで述べたことに触れた.山極総長は「(国は国立大学を)単なる財政問題として処理した.国の財政が悪化している.その責任を法人化して各大学法人に押し付けたのだ.」という.この「単なる財政問題」といういい方は,私の記憶では,法人化の当初から左巻きの方々が口癖のようにいっていたことである.確かに,時間の経過からいえば,法人化後に最初に目に入った大きな出来事は運営費交付金に当時の「効率化係数」がかかるようになったことである.
 しかし,単なる財政問題として処理するのであれば,国は国立大学を民営化すればよかった(私は今も民営化すべきだと思っている).しかし国立大学は民営化の方向には行かなかった.運営費交付金は減額されても,国から国立大学に出ている支出の総額はその後も増えている(個々の大学が増えたか減ったかは別である).だから国立大学法人化とは何だったのか,簡単には割り切れない.
 私は30年以上埼大に勤務しており,在職期間の長さで見れば「国立大学時代:法人化後=2:1」である.国立大学の期間の方が長かった.しかし今50歳くらいの教員であれば,在職期間のほとんどは法人化後であり,国立大学時代はあまり記憶にないように思う.後でいうけれども,大まかには,法人化して国立大学は良くなったと私は思う.
 この法人化とは何であったかというと,実のところ複雑である.法人化後,国立大学は,様々な面で国から変化を求められた.求められた変化のどこまでを「法人化」と考えるかも難しい.在職期間中の感じからいうと,国大は次から次へと変化の求めに遭遇し,その1つ1つへの対応にばかり目が行っていたように思う.だからこの間の経過を鳥瞰することは,(他の方は知らぬが)私にはなかった.
 既に私は退職し,国立大学がどうなるかに個別的な利害がない.そこでぼんやり過去を振り返りながら,法人化後の変化はどのように図式化できるのかな,と自動思考した.

 結論を先にいえば,国立大学の法人化とは次の3つのテーマの複合ではなかったかと思えてきた.

1.自主管理組織からの脱却(経営できる組織となること)
2.自主財源を持つこと
3.パフォーマンスを上げること

この3つであるとすると,国立大学の法人化は「もっともなこと」のように思えて来る.

1.自主管理組織からの脱却

 国立大学時代は「大学の自治」という言葉をよく聞いた.みんなが口にした.しかし法人化後を見ると,「大学の自治」という言葉が発せられたのは法人化後初代の田隅学長の時代が最後だったろう.その後の実態は「大学の自治」からは明らかに遠い.国立大学は文科省にしがみついたからである.いや,実態は自治に近いかも知れないが,表立って自治という人はいなくなった.
 前にもこのブログで書いたが,「自治」とはコミュニティなどの「基礎社会」の運営に使う言葉である.しかし大学は社会への貢献を目的として作られた組織である.組織には「自治」ではなく「自主管理」というのが正しい.
 もともと日本の大学は「大学の自治」と称して,「教授会自治」をしていた.教授会は部局の範囲で存在するから,要は部局自治(部局自治管理)であった.自治の担い手に学生や職員がいないのは,古代ギリシャの民主主義が奴隷制度の上に成り立ったのと,同じではないが似ている.
 考えてみると国立大学への予算は教官当り積算校費と学生当り積算校費にプラスアルファしたものであり,全体から共通の経費(埼大では三部局経費などといったように思う)を吸い上げるとしても,予算は部局に半ば自動的に割り当てられていたように思う.国立大学(の部局)は設置を経て国が運営することになっていたから,大学としての判断はなかった訳ではないけれども,基本は部局がそのまま運営していればよかった.
 この状況で,「教授会自治」の考えが部局を他から保護したといえる.そういう事案が埼大であったとはいわないが,例えば何らかの不祥事があっても,学部の教授会が了とすればそれで済んだ.
 だから,例えば某研究科でとある問題が出たときも,時の須甲学長は何とかする意思はあったろうと思うが,部局自治の壁を崩せなかった.あの件は今なら単純なパワハラ案件であるから,部局の外から全学で処理できた可能性が高いように思う.
 教授会自治をしていた自主管理組織としての国立大学の中で(実は私立大学も似たようなものであるが)生じたのはゲーム理論にいう「暗黙の協調」だろう.互いの利害を尊重するという仁義である.この仁義はある意味で美しいけれども,いったん設置されたところの既得権益を守るということであるから,本来の経営判断とは両立しない.なすべき変化を引き起こせない.結局,本来は組織の従業員に過ぎない大学教員の福祉向上が,組織目的に優先してしまったことになる.
 大学全体だけではなく,部局の中も似たようなものである.私がいた埼大教養学部なども,もっと良い組織配列はあるのだけれども,結局は実現できない.実現させるだけの政治的資源が部局長にもないのである.
 環境に応じた望ましい変化をするためには,どうしても自主管理組織を脱却する必要があった.法人化の第一義は,その自主管理組織からの脱却であったというべきだろう.むろん,学長権限が強い現状でも,実態としては自主管理組織を脱却できたとはいえない.しかし以前よりは良くなったように思う.
 私は,最近数年間の流れの中で,埼大も新部局を作ってみるべきであったろうと思う.そう思う理由は(第1の理由ではないが),現状を変える経営判断をする経験を持つことに意義があったことである.

(続く)

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群馬大学の総合情報学部

総合情報学部

 群馬大学が理工学部の情報系と社会情報学部を合体して総合情報学部を作る,という風聞があった.風聞の通りなら入試の宣伝を兼ねて夏に群馬大学サイトにお知らせが出るであろうと思った.けれど総合情報学部に関する記事は群馬大学サイトでも見つからなかった.
 ネットでメディアの記事を検索してみたけれど,それらしい記事は見当たらなかった.唯一の例外が桐生タイムズWeb版に載った今年2月8日付の記事である.群大理工学部キャンパス地元の桐生ではローカルな関心が高かったのだろう.総合情報学部は2020年開設を予定したけれど,少なくとも1年延びる,とある.その間に教員の同意を取り付けるための話し合いをする,ということらしい.評議会,経営協議会,役員会は既に通っているとのことである.だからこの計画が覆る可能性は低いと想像する.
 念のため群馬大学の教職員組合のサイトを眺めてみた.今年3月4日発行の組合ニュースでは,2月12日の,大学執行部と組合執行部との団体交渉の議事録のようなものを載せている.詳しさからいうとまさに議事録であり,こんなものを組合がそのまま公開するというのは,埼玉大学では考えにくい.群大は組合が強いのだろう.この「議事録」の冒頭で総合情報学部に関するやり取りがある.話の骨子は桐生タイムズの記事と同じであるが,組合ニュースの方が生々しいことを書いている.簡単にいうと社会情報学部の教員が引いているようである.
 この総合情報学部のような展開はある意味,よくある話と思う.けれども,今後の国立大学ではより多く起きるだろう.また,教訓を含んだ,ある意味で典型的な事例であるように思う.だから,失礼を顧みず,ここに書いてみたいと思った.

組織としては合理的な判断のように思える

 群馬大学は既に,宇都宮大学との間で共同教育学部を設置している.両方の大学の教育学部を共同にした,ということである.たぶん,現時点では無理をせずに,双方とも基本的に今のまま,一部で資源を共有化する,という措置をとっているだろう.ただ,今後の外的環境の変化に応じて,将来的に踏み込んだ措置をとる基盤を作った,ということかも知れない.
 共同の教育学部に加え,理工学部の情報部門と社会情報学部を合体させて総合情報学部を作るということであるから,群大は動きが速い.
 計画された総合情報学部の内部組織,特徴が何かは,公式情報がないので,分からない.今の段階でこの種の学部を作るとすると,AIやデータサイエンスに対応するのだろうと思うが,正確な情報はない.ただ,AIやデータサイエンスは,政府が現在の大学システムでは賄えきれない需要を想定しているほどだから,何らかの形で対応することにはなるのだろう.
 あくまで計画がきちんとしていることが前提ではあるが,群馬大学という組織にとって,総合情報学部を設置することは合理的な判断であるように私には思える.
 桐生タイムズ記事によると,新学部の片方の当事者は理工学部の電子情報理工学科である.しかし理工学部の中身を見ると,電子情報理工学科は内部が電子電気と情報科学に分かれている.埼大工学部では情報工学科がまとまっているのに比べ,群大では情報が学科ですらないのである.また,素人考えかもしれないが,情報に関する人員が別の学科にもいるようにも見える.おそらく埼大工学部の方が内部がよく整理されているだろう.少なくとも情報分野が外に見える形にはなっていない.今後の需要を考えれば,新部局として,情報を見える形にすることは望ましいことだろう.
 もう一方の当事者である社会情報学部は,埼大教養学部よりも規模が小さい学部である.私が知る限り,この学部はかなり健闘している.私が関連する分野では,公開のセミナーなども定期的に開催し,学会経由の広報にも努めている.教育上のプログラムにも工夫がある.毎年入試の時期に私は確認しているが,少なくとも一般入試では埼大教養学部よりも良い志願倍率を維持している.
 とは言いながら,大変失礼で恐縮なのだが,旧六より下の地方国立大の,規模の小さい文系(の多い)学部は,残念ながら埼大の教養学部も含めて,国際教養大学のような強い特色を持たない限り,どうしても羊頭狗肉にならざるを得ない.実質的に良い教育研究をしていると確信するけれども,厳密に考えれば教育の分野別質保証も難しい.だから,大学内で合併をするか,大学間で共同運航する以外の終着駅はないだろう.特に学生定員の大幅削減を見込むなら,である.
 ディプロマポリシーを見ると群大の社会情報学部は情報を軸にして設置されているようであり,データサイエンスに対応する教員もちゃんとおられる.しかし人員構成や同部局サイトの卒論テーマを見ると,実態はおおまかに人文学部ないし人文社会科学部に近い.
 あくまで計画がきちんとしていることを前提として,組織の立場からは,群馬大学で総合情報学部を設置することは合理的な判断(の1つ)であるように私には見える.

人はたまったものではない

 群馬大学の事情は情報がないのでここでは論じない.以下はあくまで一般論である.既存の部署を統合して新部局を作ることは,上記のように組織にとっては望ましいことが多いと思う.しかし,望ましいのは組織の立場に立つからである.人,つまり教員の側にとってはたまったものではないこともありそうだ.特に旧の部署をただ一緒にするだけでなく,これまでにない特色を入れ込んで整理するとすると(そうでなければ新部局を作る意味もない),教育研究環境が不都合となる教員が出て来て不思議ではない.
 大学教員は設置で決まった部局の特定のポストに就くことについての審査を経て雇用されるのが建前である.だから,着任時の環境を,受忍限度を超えて変えることは,大学側の契約違反になるだろうと私は思う.埼玉大学では教員が同意を経ない配置転換をしないという労使間の合意を組合がとっているはずであり(他大学も同様かも思うが),この合意は少なくとも組合加入の教員には適用されるはずである.
 既存部局から新部局への配置換えを強いるべきでない事情は少なくとも2つある.第1は設置審査を経る場合の問題である.埼大の人社研の設置の場合,有体にいうと旧の2研究科をくっつけただけであり(だから設置審にはかからず事前伺いで済んだ),設置上の無理はない.設置審に進んだとしても当人のディシプリンで審査されるだけだったので,大きな問題はなかったろう.しかし新部局で新たな授業科目の担当を入れ込むような場合は,どうなるか,私は確認できていない.第2は,設置審査はOKとしても,新部局での課程担当が当人の専門からすると不本意なことがあることは,私自身の経験からも理解できる.
 その意味で,経営側は改組を自由に判断できる訳ではない.経営側からすればこの点は経営への拘束になるけれども,仕方ないのではないか.
 新部局を純増で作れるなら苦労はない.だが既存部局から新学部の資源を捻出するのは一般論として難しい.埼大はできないでいる.
 既存部局と多少とも関連のある部局を使って新部局を作る場合,大学という組織にとって一番効率的なのは,旧部局を廃止し教員を解雇し,新部局を作って新規に教員を雇用することである.旧部局にいた方を再雇用することもあるだろう.
 以前,アメリカの大学にいた方から聞いた話だと,アメリカではdepartmentごと潰すことがあり,その場合,テニュアがあっても教授は失職するという.そのような事例が実際にどれほどあるかは,申し訳ないが調べていない.
 しかし,そのような割り切った手法は日本の労働慣行では無理である.だとすると,無理なく(少なく)新部局を作る方法とは,同意の取れる範囲の既存部局の教員をコアにして,全学で新規ポストを捻出して作ることである.例えば全部局の退職者ポストをプールして新部局のポストにあて,時間をかけて部局にポストを「返済」する,という方法である.
 この方法を無理なく行うには3つの前提があるだろう.第1は大学全体の規模が大きい(少なくとも小さくない)ことである.規模が大きい大学であれば,1,2年分の定年退職者ポストを全学が借り上げることで新部局を設置できるだろう.定年退職者の不補充は,埼大教養学部は11年間強いられた.埼大教養学部の苦労を考えれば,1,2年の不補充など小さい不都合に過ぎない.第2は,大学執行部に,第1点を実行できるだけの力があることである.第3は,全学に広い分野をカヴァーする部局が配列されていることである.そうでないと,整理される部局に属していたけれども新部局に移らない教員の受け皿がなくなる.

学生定員の削減が改組を頻発させるだろう

 既存部局を使って新部局を作る事例は今後増えるように思う.最大の要因は学生定員の大幅削減があり得るからである.自民党の教育再生実行本部高等教育部会の主査をしていた渡海紀三朗代議士(元文科大臣)は,昨年のインタヴュー記事で「少なくとも(現状の)半分」と発言する.「半分」だと大変なことであるが,国大協が学生定員の現状維持を表明するにもかかわらず,徐々に削減に向かうことは国立大学も織り込みつつあるだろう.
 学生定員が縮小すれば,特に規模の小さい地方国立大学は存在感が低下し過ぎる.統合の方向は模索せずにはいられないし,大学内か大学間かは問わず,必然的に部局再編は付いて回る.
 私の勝手な予想であるが,学生定員を減っても,教員減を伴う予算措置になるとは限らないだろう.教員減は研究力の低下を直接もたらす.そのことは政府も避けようとするような気がする.むしろ学生と教員の比率の改善に向かわせるように思う.ただ,学生数が落ちれば学生納付金は縮小するから,埼大のように学生納付金への依存度が高い国立大学は苦しくなる可能性がある.
 上位大学では,大学院重点化で院生を増やしたことが失敗であった,という意見がある.院生が増えすぎて望ましい人材養成ができず,研究時間も削がれた,という主張である.少なくとも指定国立大学法人では学生数と予算のリンクは外してくれ,という本音も出ている.
 大学院重点化ごっこをして修士の学生数を増やした埼大の判断はどうだったのか? むろん「学生に実験キットを与えて作業させれば研究成果は出る」と主張する分野もある.埼大がそのような労働集約的な研究をしているなら,院生を増やせば研究成果は上がるのかも知れない.

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学長は4年も経つと飽きられる

疲労感

 「埼玉大学『次の6年を考える会』」というブログに久しぶりにアクセスしてみた.随分と記載が増えた,と思った.「次の6年」とは,今年が次の6年任期の学長を選ぶ年であることにちなむのだろう.このブログに書いてあることには,もっともと思うこともあるし,思わないこともある.ただ,意見が流通することは健全なことである.埼玉大学の現執行部を名指しで批判するような記載はないと思う.
 記載を眺めながらいろんな感想が浮かぶ.あくまで印象レヴェルで思うことの1つであるが,今の執行部に対する疲労感が出ていると感じる.
 まあ仕方ないのである.私の経験では,学長は特に悪い訳ではなくても,4年もすれば教職員に飽きられる.それでも,以前は4年ないし2年経つと学長「選挙」があり,その選挙がお祭りのような要素があるから,結果のいかんにかかわらずある程度気分が晴れる.そんなことの繰り返しで疲労感を回避してきたところがある.しかし今の学長さんが就任したときから実質的な「選挙」はなくなり,学長選考は別世界で行われるようになった.そのうえ今後は6年変わらないと分かっているのだから,大学運営から教職員が(初期マルクスの意味で)疎外を感じて不思議はない.

 これまで学長はある意味で救世主として現れ,4年も経つと飽きられる,ということの繰り返しだったと思う.

法人化初代学長

 法人化初の学長である田隅学長は,学長への挑戦2度目で学長に就任されたのであるが,その2度目についてはある意味で救世主として登場した感がある.
 第1の意味は,埼大を群玉統合から解放する救世主としてである.それだけ統合を嫌がる向きが多かった.田隅先生支持の理学部の先生からは,「群馬大学は医学部・大学病院の経費を埼大に押し付けようとしている.それを救うのは田隅先生だ」と何度も聴かされた.また教養学部でも,統合が嫌でこぞって田隅先生に投票したように思う.
 第2の意味は,田隅先生は「部局自決主義」宣言をされており,兵藤学長の「全学で動く」志向を否定されたところがある.内心では,部局の先生には有難かったのである.
 以上の2点だけでも,埼大の教員は田隅先生に随分と恩義があったはずであるが,喉元を過ぎるとその恩義をころっと忘れてしまった.
 第3の意味は,これまた理学部の先生から何度か聞かされたことであるが,「田隅先生は力のある方であるから,今の苦しい埼玉大学を何とかしてくださる」という趣旨のいい方だった.こういう「何とかしてくださる」という感覚は文系の教員にはまずないけれども,理系ではこういうメシア信仰が出て来る素地があるのだろう.そもそもサイエンスは,神が作り給もうた自然の秩序を解き明かすことにあるから,本質的に神がかりと隣り合わせなのかも知れない.オウム真理教に理系の人が持って行かれたのも頷ける.
 第4の意味は,大大名の教育学部が,その命運を田隅候補に賭けていたことである.
 まあ要するに,埼大全体ではないけれども,かなりの範囲の受け取り方として,田隅学長は救世主として登場されたように思う.それが4年すると飽きられたのだから,世間は冷たい.
 次期学長となる上井候補擁立に加わった私が今さらいうのも白々しいが,私は内心では学者らしい物腰の田隅先生は嫌いではなかった.魅力もある.また事績が悪かった訳でもない.ただ田隅学長では,当時の(職員は分からないが)教員側の気持ちが持たなかったのである.

法人化2代目学長

 法人化後の2代目学長は,田隅学長のような意味で救世主として現れた訳ではない.「上井学長が何とかしてくださる」とは,支持者も思わなかっただろう.その点は,上井学長は全学の話し合いの中心になる,という理解で擁立されたからである.救世主という意味があるとすれば「田隅学長からの解放者」という意味だったろう.
 少なくとも経済学部と教養学部には上井学長への(大きな)不満はなかった.だから全学も同様だろう,と当時の私は思っていた.それだけに,上井学長4年目の学長選考の折に,現状への強い不満を表明して山口候補(現学長)が現れたことにはやや驚いた.おそらく,文系では上井OK,理工系では上井は嫌,というのが大まかな分布だったように思う.
 上井不支持を表明する理工系には私は疑問を抱いた.上井学長は「全学の話し合いで行きましょう」といって登場している.だから,そんなに不満があるなら全学の会議でちゃんといってくれないと困るのである.私は,山口候補が口にした不満を,全学の会議で,山口候補から聞いたことは記憶になかった.
 ただ,上井学長の4年目当時に私が漏れ聞いたところだと,職員側から上井不支持の声が随分とあった.そんなに評判が悪いとは,私は思っていなかったのである.やはり飽きられたのだろう.
 もっとも職員側の反応も一様ではなかったように思う.山口候補に付いた職員の上の方の方とは考えが異なる職員も少なくなかったからである.
 上井学長の4年目で行われた学長選挙では上井候補が辛勝した.しかし選挙後の学長と理工の協議では,全面ではないが,理工のほぼ勝利だったように思う.そのままの流れで法人化後3代目の山口学長が生まれたのである.この結果から遡って考えると,上井学長の4年目で山口候補が勝った方が,話がすっきりしたように思えてならない.

現学長

 法人化後の3代目学長,つまり山口学長については,救世主として期待されたかどうかは私には分からない.実質的には選挙はなく,推薦の議論もあいまいだったからである.形式的には選挙もあったのであるが,候補者一人の選挙であり,山口候補以外を書くと無効になる,つまり信任投票にもならない変な選挙だった(むろん時の規程に沿った措置であり,規則上は正しい).私は無効票になるのを承知で教育学部の坂西先生の名前を書いて出した.ああいう人が学長だと嬉しいと,本音では思っていたからである.
 ただその2年前,上井学長の4年目での学長選挙の際には,本格的な選挙戦があった.そして理工の支持者からは山口先生は救世主と思われていただろうと思う.その頃,ある全学会議に出ていた同僚が私に伝えるに,会議の席上,理工の先生が「山口先生は最後の砦だ」といって持ち上げていたという.「最後の砦」という言語感覚に私は思わず失笑した.山口先生が「最後の砦」なら「既に陥落した砦」は何なんだ,とツッコミを入れたくなる.ただ投票に向けた支持のとりまとめをしていた方がそのように表現していた,ということなんだろう.やはり理系だから,メシア信仰というか,観音様を拝むようなニュアンスがある.文系,特に人文系の人は,文字通り人間中心主義だから,その種の信仰心は薄い.
 その現学長であるが,私が最後に教養学部長をしていたのは確か2015年,山口先生が学長に就任されて2年目だった.私の感触では,その時点で教員といい職員といい,少なからず「学長疲れ」が出ていたように感じた.学長2年目であるが,山口先生が理事になってからは4年目である.山口学長が理事になった当時,学長は上井先生だったけれど,実質的な学長は山口理事だと学部執行部(私は入っていない)は思っていた.あるいは,山口・加藤理事の二頭政治といってもよかった.その意味では,山口学長の2年目で「学長疲れ」があることは,「学長4年目の法則」に合致しているように思える.私が学長選考会議で学長の任期を一律に6年とすることに反対したのも,それ故である.

学長が良いか悪いかではない

 やっていることが良いか悪いかという問題でもないのだろう.学長は決済事項も多く,何がしかの癖があるから,ある程度続くとその癖に合わせるのに下の者は疲れて来る.今までは適度な間隔で「学長選挙祭り」があり,それで主に教員は気分が晴れる面があった.しかしこれからは,不測の事態を除けば学長は6年続く.しかも学長選考が教職員の気持ちとは離れたところで行われることになる.だから,それが規則上は正しいとしても,組織内の人間の気持ちは晴れない面が出て来るだろう.このようにして続く大学運営という,未体験のゾーンにこれから入って行くことになるんだなぁと,しみじみ思う.

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「新」年俸制

 今後導入される予定の新年俸制がどうなるか,という興味で感想を書いてみた.

新年俸制

 少し前に年俸制が導入されたのは2014年前後であったと思う.その時にほとんどの国立大学は年俸制を導入したけれど,適用者は一部に過ぎなかった.その後,国立大学の給与は原則年俸制にする方向で政府は動いてきたように見える.昨年の今頃は2019年度から順次,少なくとも新規採用者は年俸制にする,という話がメディアに出ていた.新たに導入される年俸制を以前のものと区別して「新年俸制」と呼ぶ人もいる.
 その新年俸制のガイドラインが,昨年の秋に出るという話があったように思う.先日ネットで検索したら,それらしい文科省の文書「国立大学法人等人事給与マネジメント改革に関するガイドライン」が今年の2月25日の日付で出ているのを見つけた.この文書が件のガイドラインかと思うが,違っていたら御免なさいである.
 ガイドラインが今年の2月頃に出たということは,各大学で本格的な議論が出るのはこれからなのだろう,という気がする.学内で議論が出ていれば,何れかの大学の組合関係のサイト記載が検索で引っかかってもよいように思えたからである.

各国立大学は新年俸制導入に動くだろう

 このガイドラインをざっと眺めてみた.第1印象として感じたのは,思ったよりラディカルさが薄いことである.
 第1に,月給制の特徴だった定期昇給を容認している.ガイドラインで例示した4つのモデルのうち最初の2つ(①と②)では,わざわざ図の基本給の部分に「毎年度昇給」という説明を入れている.「昇給の考え方」の項でも,「評価の結果によっては、昇給せずに基本給が据え置きになることを想定した仕組みを取り入れることも可能である。」という文言を入れている.つまり「普通は昇給する」ということだろう.
 第2に,退職手当を「月給制と同様、国家公務員であると仮定した場合に計算される額(「再計算の額」)としており,各国立大学には、これまでと同水準の退職手当相当額が措置される」とはっきり言っている点である.少し前まで,退職手当をどうするのかがハッキリしていなかったように思う.以前の年俸制は退職手当分を年俸に含める方式であったため実施するにも財源の確保ができず普及に制約があった.その制約を退職手当と年俸を切り離すことで解除した.この点が新年俸制の最大の特色だった.
 文科省の「悪」知恵が発揮された結果かも知れない.元来はもっとラディカルな年俸制が想定されたと思うが,文科省は普及率を確保できる,教員が受け入れやすい方式,つまり月給制に近い方式をあえて例示してきたのだろう.
 このガイドラインを見る限り,各国立大学とも,新年俸制を導入する方向で動くことになるように思う.特に,年俸制の普及の度合いが評価され,交付金に影響を与えるから,予算に釣られやすい大学は,新年俸制の導入に積極的になるかも知れない.
 組織の在り方を考えると,教員の給与システムは年俸制で統一するのが正しい.年俸制と月給制が混在するのは,人によって適用される法律が異なるようなものである.秩序感を損なう.また,2つの給与システムが並走するなら,両者のバランスを確保するのが難しい芸当になるだろう.しかしその難しい芸当をやるしかないのかも知れない.
 
新年俸制の設計

 上記のガイドラインを見る限り,新年俸制の設計の仕方にはかなりの幅があるように思う.新年俸制の外枠は全学執行部が設計し,学内諸会議の議を経,また何れかの段階で過半数代表/組合と協議することになるのだろう.どのような設計になるかは見どころのように思う.
 ただ,大きいのは外枠より,教員評価をどうするかという方だろう.教養学部の例でいうと,教育,研究,社会貢献,行政の領域ごとに教員の個人評価を行い,(月給制の下での)昇給は,領域ごとの上位者に大きな昇給枠が回るようになっていた.しかし年俸制の下では昇給の配分をどうするのか? 教員をエフォート配分で区分し,領域にウェイトをかけて評価するのか? また,私が眺めた期間でも,評価にはかなりの疑問が残ることが多かった.研究評価は単純そうに見えるが,それでも何を学術的な業績と見るかは考え方による面がある.なるべく理系の方式に集約できるとよいけれど,そうもいかないだろうし,文系の場合,分野ごとの人数が少ないから,まったく異質な分野の人を無理に共通に評価する面もあったと感じている.教育の評価も,差が出るのは主に指導学生数による部分である.しかし学生数の寡多は本人の力量よりは分野によることが多い.例えば同じ歴史学でも(少なくとも学部では)西洋史・東洋史より日本史の学生が多かった.また英語以外の外国語の修得が前提になるなど,ハードルが高い分野は,学生数は見込めない.それで給与に差ができるのはどうかと思う.
 年俸制で業績給の部分が大きくなるとすれば,(主に部局に任される部分と想像するが)評価の方法をどうするかがかなり難しい判断になるだろう.
 おそらく最も辛くなるのが部局の執行部だろう.評価の手順がどうなるかは分からないが,旧来のやり方の通りなら,部局での教員の評価結果を持って全学と交渉しないといけない.場合によっては,全学が出した結果を持って部局の教員個人と交渉,とはいわずとも理解を求めなければいけない.月給制が支配的だった時とは異質な苦労に,部局長は直面することになる可能性が高い.次第に部局長は汚い仕事になって行くような気がする.

普通の人は年俸制より月給制を選好するだろう

 新年俸制を導入する場合,何れの大学でも,少なくとも新規採用者には新年俸制が適用されるはずである.問題は月給制の教員にどのように普及させるか,という点だろう.上記のガイドラインには「本人の同意を得て適宜年俸制へ移行することを推奨することで、段階的に適用者を増加させ、将来の全面的導入を目指す。」と記している.無理はしないという現実的な立場である.
 しかし無理をして,例えば即,全員年俸制,と打ち出す大学もあるかも知れない.特に評価で予算がかかわるとすると,何としても早期に全面的導入して予算を余計に取ることを執行部が目指す大学も出るかも知れない.埼大はどうするのかな,と思う.
 もともと年俸制はこの数年間,研究力強化と一緒に語られていた.研究力を高めるなら人を増やす必要がある,つまり若い研究者を多く雇う,そのための費用を捻出する,というのが発端だったように思う.そこで財源として目に入るのが,パフォーマンスが低いのに高い給料を取っている中高年教員の給与を抑制することだった.その抑制によって,例えばテニュアなしの若手をテニュアトラックで雇えば,人数が増えた分だけは少なくとも研究力が上がる,ということなのだろう.
 だから,大学の研究力を上げることが至上であれば,年俸制によって給与を厳しく査定し,余剰で若い研究者を雇う,という方法が考えられることになる.その手をよしとするかどうかは考え方だろう.組織の立場に立てば正しい判断かも知れない.
 ただ,年俸制がよいのは組織の立場に立ったときの話である.雇用される研究者個人にとっては月給制の方が有難い場合が多いだろう.
 年俸制が嫌なのは自分の処遇に対するリスクが従来の月給制より高いことである.特別な人を除けば,人は業績評価が何時下がるか分からない.もし月給制と年俸制で得られる報酬の期待値が同じであるとすれば,そして当人の効用関数が普通にリスク回避的であれば,個人にとっての評価はリスクの少ない月給制の方が高いのが理屈である.もし年俸制になったとして,評価が高い時の収入の増加分を評価が低くなったときの報酬低下を回避するために支出できるなら(掛け捨て保険),つまり比喩的にいえばリスクへのヘッジをかけられるなら,その方が有難いはずである.月給制とは,リスクヘッジをかけたときの年俸制のようなものである.だから評価が下がることがないと確信出来たり,リスク愛好的でない限り,人は月給制を選ぶと私は思う.普通に掛け捨てで火災保険に入る私は,年俸制ではなく月給制を選ぶだろう.
 にもかかわらず年俸制が施行されるとすれば,個人が自己努力でヘッジをかけて行く方策を考えるしかない.年俸制の導入は,組織に忠誠を誓えば処遇は後から付いて来るという古典的な組織感を大きく変えることになるのだろう.

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奈良女と奈良教育大の統合

 奈良女子大と奈良教育大学がアンブレラ方式で法人統合するという話は随分前から公表されていたように思う.しかし最近になって今さらのように新聞記事になったので,どれどれと思って両大学のサイトを眺めてみた.トップから入ると法人統合の記載に行き当たらなかった.別途,統合として検索して統合に関する説明のページに辿り着いた.
 私は埼大に着任する前に1年ほど阪神間に住んでいたことがあり,奈良には時折足を伸ばした.京都は見るところが多いけれども商業化が進んでいる.それに比べると奈良は牧歌的であり,街も人間的な規模である.旅行者として眺める限り奈良には良い印象しかない.
 奈良女子のキャンパスには,何の折かは忘れたが,入ったことがある.2度あるかも知れない.よく写真で見る昔風の建物が残っていて,その建物がこの大学のシンボルになっている.埼大の黄色いモニュメント,宇大の庭園のようなものである(その3つの中では埼大のモニュメントがイマイチである).
 ただ統合としては,この2大学に私は興味を覚えなかった.両大学はもともと師範系の大学であり,同じ県にあるのに,なぜ今まで一緒にならなかったかが不思議なくらいである.
 計画を見ると,案の定だが経営統合の側面は強くは出ていない.あくまで2大学を残すという計画である.ただ,新しいことを2つやろうとしている.1つは教員養成系の連携である.この点は新鮮でも何でもない.2つ目は奈良女子の方で(女性の)工学部の設置を目指す,という点である.もともと教員養成系大学には技術や家庭科の分野があるので,居住分野などで,工学部に近い方がおられるのだろう.教員養成系の連携で工学部のための原資も捻出されるのかも知れない.女性の工学人材を養成することには新しさがある.
 もともと興味をそそらない統合話であったが,統合によって新たな部局を創出する意欲があることは積極性として評価すべきことのように思う.埼大の場合,新たな部局を作る流れは創れなかった.時代に応じて組織が形を変えることは普通と思うが,既存部局が強すぎて,新たなものを作る原資を捻出する力が経営側にないのだろう.

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学長選考会議は学長公募をなぜ嫌がったのか?

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)がNatureのランキングで世界10位,日本1位になったといくつかのメディアが報じた.どれどれと思ってOISTのサイトを見てみた.正確にいうと,Natureの普通のランキングではOISTは高くないのであるが,(元指標の片方を)機関の規模でnormarizeした normarized rank で世界10位になった,ということであった.規模が小さい大学の場合,偶然的なアウトプットの増減で上昇したり下降する幅が大きいかも知れない.が,9位がプリンストン,11位がMIT,12位がスタンフォードであるから,大したものではあるだろう.
 東京を起点にした遠隔地で,強いミッションを持って頑張っている大学がいくつかある.このOISTもそうだし,中身は違うが秋田の国際教養大学(埼大と比較して有利な条件は何一つなかった)もそうだろう.そのような大学は気持ちとして応援したくなる.

 さて,ここで沖縄のOISTに言及したのは少し思い出があるからである.平成26年度の学長選考会議に私は教養学部長として出席していた.平成26年度であるから,学長任期を6年と決めた(私が反対した)年度の前である.その26年度に,私は「学長は公募にしたら?」といったのである.例によって賛同者はいなかったが,私のことであるから簡単には引き下がらない.話は次回に持ち越した.
 そのときにネットで検索してみた.国内で学長の公募をしている例は,なくはないが少ない.その少ない例がOISTだったのである.
 通常,公募は社会の正義であるから,公募といって「ダメ」という理屈はない.確かにナンチャッテのオッサン/オバサンばかりが応募してくることはあるだろうが,良い候補者がいなければ「該当者無し」にすればよいだけである.本気で良い人材を見つけたければやってみてよいだろう,と思った.
 しかし皆さん,嫌そうだった.普通であれば外部委員が「いいですね」といいそうに思えたが,そうではなかった.
 例によってであるが,理工応援の外部委員の方から反論が出た.理屈のない話であるから,中身は覚えていない.
 特に,私が「別に学者じゃなくてもいいでしょう」(お役人OBとか)といったらその方が顔を紅潮させて私を非難した.この方はその頃,山口学長を選挙無しで再任することを主張しておられたから,急に候補者を出されるのを嫌がっておられたのかなぁ,と後になって思った.
 最後まで賛同者はいなかったので,「まあ,公募せずとも,選考会議が広く人材を探せばよい,と考えましょう」といって公募の件を私は引き下げた.
 
 1つ前の記載でも引用した上山隆大氏は,そのインタヴューで,「(大学の)一体感を阻む学長選挙」を法人化の「齟齬」として生じたことの1つにあげていた.「選挙で勝った人は,当然,支持母体を中心にして学内行政をするから,競争的資金で取ってきたお金をどのように学内で循環させるかといった重要な議論は生まれない.」と述べる.
 実際に学長が選挙の支持母体を中心に学内行政をしたかどうかは,場合によるだろう.埼大の場合はそれほど露骨なことは少ないように思う.しかし,学長が重要ポストで遇するのは選挙(ないし選考)で功があった人であるのはずっと例外なく続いてきた.また,例えば教養学部が大幅な人員削減をくらった教員定数の再定義などは,そのときの学長さんの2度の学長挑戦で一貫して支持してきたのが教育学部であったという事情を考えないと理解しにくい.支持母体の考慮がなければ,多くの削減を出す部局の痛みを緩和する措置を考えたのではないか,と思えてならない.
 教養学部のような小さい学部は,学長選挙になってよいことはない.人数が少ないのだから,結果に影響を与えることは少ないのである.2代目学長の再選時の学長選挙で,教養学部は人数がこれこれで,まあ支持は7割程度だから,何票だな,といい,その何票で学部の重要性を認識されたという思いがあり,それで2代目学長さんにカチンと来た覚えがある.
 大学のミッションが何であるかを確認しつつ,そのミッションに適合する人材を選考会議が探すのがよいだろう.予め特定部局と結びついている方は,望ましくないだろう.
 思い出すのが,元文科省次官で,山形大学の学長になった結城学長である.結城学長を担ぎ出したのは医学部であったように思う.が,就任した後に山形の学部長さんからは「特定の部局と結びついている訳ではないのでやりやすい」という感想を伺ったことがある.だから医学部と結びついていた訳でもないのだろう(医学部はどう転んでも力は強い).お役人OBを学長に迎えるのは大学としての見識がどうか,ということは問われてよい.が,広く人材を探すことは見習うべき点もあるかも知れない.

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文科省は国大の法人化をどう考えていたのか?

 少し前の記載で上山隆大氏のインタヴュー記事に触れた.上山氏の議論はなかなか面白いと私は思う.上山氏の議論は,その少し前に山極京大総長が「法人化は間違いだった」といったことに対するコメントのような位置づけになる.法人化は間違いではないが,「齟齬があった」という表現をする.その「齟齬」の第1に上山氏があげていたのが「文科省が法人化の意味を伝えていなかった」という点である.
 文科省は「伝えていなかった」訳ではない.法人化に当たって文科省は国立大学と個別に協議したはずであり,埼大でも文科省のお役人の講演会をやり,私も聴きにいったものである.問題はおそらく,文科省が考えていた(そして国大に伝えた)法人化の意味と,文科省以外の政府機関が考えていた法人化の意味とが,同じでなかったということだろう.国立大学関係者は,私を含めて,文科省経由の説明には触れていた.文科省の説明が染み込んだ頭には,文科省以外の「改革を求める人たち」のいっていることがピンとこない面がある.その裏返しが,文科省以外の機関(省庁など)が国立大学に接したときの違和感であるかも知れない.相互に,国立大学について想定していることがそもそも違っていた,という可能性である.例えば上山氏は財源の多様化を重視する.文科省も財源の多様化をはかるようにいわなかった訳ではない.が,上山氏がいうほど重要な問題とは,国立大学の関係者は思っていなかっただろう.

 法人化の動きが出たのは2000年度より少し前の時期だった.当時は民営化を含め,国立大学に関するいろんな意見が出ていた頃である.独法化が避けられない情勢になったのは1999年だと思う.ただ当時から,独法化(後の国立大学法人化)の意味は大学では理解されていなかったように思う.
 その直後の頃から,埼大では独法部会なる会合ができた.教養学部からは評議員のお一人の他に,選挙で選ばれた私が出席していた.が,その協議の内容は私には呆れるものだったと記憶している.確か当時の副学長のお二人(ともに学内で知られた方である)が会議を仕切っていたと思う.だがそのお二人とも「呑気な父さん」のような話をしていたのである.片方の副学長さんは,独法化すると外部の人を会議に入れないといけないが,どこに入れると我々は楽か,などと話していた.おいおい,そういうもんか,と心で思った.独法化したら学長を教員の選挙で選ぶのはない,と私がいうと,もう一人の副学長さんは「学長くらいは私たちが選びたいよなぁ」と仰り,「今後も今のまま」感を漂わせておられた.そんなくらいだから,実際に独法化(法人化)する直前まで,独法化/法人化については,学内では no idea だったのではないかと思う.
 その独法化部会があった頃,教養学部では「文化政策騒動」がおきた.長くなるので説明は省略するが,この件も独法化/法人化という情報のない恐怖を前にした教養学部内のパニック反応だったといってよいだろう.博士課程がないと民営化される,すると潰れるから(民営化しても潰れることはないと思うが),マンションのローンが払えなくなる(だから「文化政策」だ)といった悲鳴が教授会でコダマしたのである(その博士課程と文化政策との関係もよく分からない).
 実態は,博士課程がないと困ることにあるのではなく,当時は法人化を前にした駆け込み的な概算要求の時期だったことが背景だったろう.だから事務局は概算要求に意欲的だった.1990年代から文科省は上位大学には大学院重点化で大盤振る舞いをしていた.その大盤振る舞いが下位の国大に下がって来たのである.だからほどなく経済学部が博士課程を設置し,教養学部も博士課程を設置し,宇都宮大学の国際学部も次の年度に博士課程を設置できた.教養学部は変なパニックを起こす必要はなかったのである.
 さて,国立大学の独法化が既定路線となったが,よく分からないうちに独法化は国立大学法人化に代わった.この法人化は,簡単にいうと独法化より管理が緩いのである.文科省としては,従来と実質的には変わらない形で収めてあげました,というところだろう.国立大学関係者は法人化で収まったことに手を合わせて感謝したはずである.だから当時の感覚がある人であれば「国立大学の法人化は間違いだ」という言葉は吐かないだろう,と私は思う.
 
 国立大学はこれまで政府に対して「金くれ」といい続けて来た.しかし国立大学法人を独法との並びで眺めるなら,独法の中には政府からの支出を受けていないものもある.公的な病院は,民間の病院では不採算の部門を多く抱えるにもかかわらず,独法化してから収支が改善されたらしく,また国立大学法人の中にあっても大学の附属病院はサービスも収支も改善しているらしい.だから独法全体を眺める立場の人たちから見ると,国立大学が「苦しいから金くれ」としかいわないのは異様に見えることは理解してよいだろう.むろん,研究と高等教育の重要性を考えれば,現状程度の政府支出が維持されるのは妥当と思う.しかし国立大学の財源を多様化することを通じて,高等教育支出を国立大学に直接渡すのではなく,(特に貧しい層向けの)奨学金に回すことが,社会の厚生にとってはより妥当であるように思う.

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リベラルアーツと教養教育

 私が直に見聞していた期間の埼玉大学では,口はともかく,教養教育を本音で大事なことだと思っている教員はほとんどいないように感じた.しかし今日,埼大教員の本音にもかかわらず,どういう訳か教養教育は大事という建前になっている.結構なことと思う.そして少なくとも私が退職まじかになった頃には,いろんなメディアにおける議論でも,埼大の中の議論,例えば経営協議会での議論でも,教養教育は大事なこととして扱われていたように思う.
 しかしいろんな話を伺いながら,教養教育とリベラルアーツをどのように定義して使っているのか,分からなくなることがよくあった.例えば「教養教育は大事だ」という発言があるとして,話が進行するうちに「リベラルアーツは大事だ」という言葉に代わることがある.つまり教養教育とリベラルアーツを同じものを指す言葉として使っている,と感じることが結構あった.
 私にとっては教養教育もリベラルアーツも,その意味は自明なものである.両者は混同しようがない,別個の概念だと思っている.私の語感が正しいという根拠はないのであるが,1つの感想として,私の語感に基づくリベラルアーツと教養教育の意味を書いてみようと思う.言葉の問題であるから論理的な正解はない.それぞれを定義して使えばよいだけである.

リベラルアーツとは純粋な学問の束を指す

 私が埼大に着任して間もない頃,米国に在外研究に出る機会があった.行った先で何かの機会に「大学でのあんたの所属は何か?」と聞かれた.日本にいると機械的に「教養学部」と答えるので,その英訳とされる Faculty of Liberal Arts と答えた.相手の方は「Liberal Arts はCollegeだろう.Department は何か?」と聞き返す.なるほど,どこに属するかはディシプリンを表す department で答えるのか,とそのときに学習した.collegeはuniversityの中の「学部」と訳するのが近いと思う.departmentは普通「学科」と訳する.しかし日本の大学の場合,米国との規模の違いがあり,学科は大ぐくりになっていて必ずしも米国流の,ディシプリンを表すdepartmentになっていない.日本ではしばしば「講座」をdepartmentと称するのはそのためである.教養学部の場合は講座も大ぐくりになっていて,返事をするのに私は迷ったと思う.何と答えたか,正確には記憶していない.
 ちなみに,埼大では,そのままdepartmentとして世界中で通るのは理学部の学科である.工学部もほぼ,通るのではないかと思う.目が当てられないのは文系であるが,少なくとも教養学部の場合は規模が小さいから仕方ない.
 言いたいことは,Liberal Arts とは,普通の用法では,College の一つの組織様式だということである.
 米国の普通の総合大学は,純粋な(応用ではない)学問領域を College of Arts & Sciences という所に集める.「教養学部」と邦訳することが多いが,「学芸学部」でもよい.この College of Arts & Sciences は,大学によっては College of Liberal Arts という.College of Liberal Arts & Sciences とも呼ぶ大学もある.物理学,化学,数学などの「理系」の学問分野がもちろん,経済学,心理学,ドイツの言語と文学,などの「文系」学問が属する.
 ちなみに,もともとはArtsは「人間が作ったものを扱う学問領域」というニュアンスがある.文学,戯曲,思想,歴史(もとは「物語」の意味だった)はみな,人間が作り,あるいは書いたものである.一方 Sciences とは,神が作り給うた秩序を扱う分野であり,物理学,化学,天文学,心理学などが属する.が,現状の意味としては,Arts は人文学(Humanities)を指すといってよい.Sciencesは所謂「自然科学」や「社会科学」が入る.心理学は日本ではしばしば「人文」に入れるが,Science なので,社会科学に入れることが多い.
 米国の州立のトップ大学であれば,そのCollege of Arts & Sciences は,日本の標準的な大学まるまる全体より大きな組織であるのが普通と思う.departmentの数が3桁になるのだから.
 この College of Arts & Sciences の外側に,実用的な,職業訓練的な学部(School)が置かれる.工学部(School of Engineering), 教育学部(School of Education),法学部(Law School,多くは大学院と思う),医学部(Medical School,大学院)である.
 このような背景を考えると,Liberal Arts(Arts & Sciences) は学問の純粋領域の束を表すと考えるのが自然である.古典的な自由七科(文法,修辞学,弁証論 (論理学),算術,天文学,幾何学,音楽学)は,いにしえのヨーロッパの上流階層エリートが学ぶ科目という意味であろうが,19世紀後半には多数の学問領域が生まれるのであるから,現状では7領域では済まない.が,その7領域の今日的な後継分野は,何れもCollege of Arts & Sciences に属するように思う(ただ実技の音楽は別だろう).なお「自由」とは,自由人が学ぶ事柄を指すと思う.職業訓練の学問は,上層エリートの目線で眺めれば奴隷の学問なのである.
 このような教養学部の基本は自由に科目を履修できるようになっている.というより米国の学士課程は一般に広く学ぶことが目的であると思う.専門は大学院,という発想で学士課程と大学院を切り分けている.日本の場合,コースワークを学士課程で行い,大学院で(実は学士課程の終わり頃から)研究室奉公をする.そこは日米の大学の大きな違いだろう.
 米国の学士課程の教育上の原則は「深さ」,「広さ」,それに「相互関連性」だろうと思う.
 「深さ」とは少なくとも1つの専攻(major)で深く学ぶということである.ただ専攻の修了要件は30~40単位と思う(授業時間数と単位数との対応は日本とほぼ同じであり,日本が米国をモデルにしたはずである).日本の場合,例えば教養の単位(語学を含む)が大綱化後は24単位程度に縮小したから,専門科目の単位要件が100単位くらいだろう.その100単位のほとんどは,入学した時点で決まった学科から取ると思う.そう考えると,米国の学士課程での専攻の単位数はずっと少なく,その分いろんな科目を取る自由があることになる.その自由の中でダブル・メジャーや副専攻を取る余地ができる.私の知り合いに,主専攻が社会学で副専攻は数学だった方もいる.日本でいう文と理を跨いで専攻とする人は結構いる.
 自由が多い履修であっても無意味な学習をする訳ではない.upper(コースナンバーで3,4年次と指定された)授業の比率に要件がかかるから,低学年用の科目の単位を集めて卒業することはできない.履修は自ずと系統だつ.また,「専門でない」から楽な単位取得ができる訳ではなく,単位取得が一般に日本より厳しく勉強時間も多いから,単位を取得すれば本人は意味があるだろう.
 「広さ」は文字通り広く学ぶことであり,仮に専攻関連の単位ばかりを取ったとしても,少なくとも(後述の)教養教育で広く学ぶことが要求される.
 「相互関連性」とは,自由に授業をとってよいけれど,例えば自分のキャリアを考えてとる授業を関連付けることが望ましい,ということだと理解する.自由に授業を選べるからアドヴァイジングが意味がある.日本の「専門課程」だと,学科の履修表で取る科目がほとんど決まり,悩みの相談は必要でも履修のアドヴァイスは必要ない場合が多いだろう.
 日本の大学の基準から考えると,こうした教養学部は「4年間の教養課程」と映るのかもしれないが,そう考えるのは浅はかである.College of Arts & Sciences は,物理学などの専門のdepartmentが多数集まり,その1つ1つが専門のプログラムを提供することで成り立っており,日本の教養部のような組織ではない.特定分野での専門性もmajorの形で保証する.そして教育の定評はむしろ米国が高い.
 私は文学部の学生だったから,Arts & Sciences の単位の取り方は自然に感じる.日本でも文学部は,小さな学科/講座/研究室が乱立し,その1つ1つはそれほど多くの授業を提供しない.学生はその中から好きな科目を取ればよい面があった,と思う.私の所属は社会学であったが,本郷の社会学の授業には(駒場に比べ)ろくなものはなく,まじめに履修はしなかった.歴史学の授業は今も記憶に残っている.お隣の心理学は動物行動学のような講座であり,生態人類学とともに理学のような雰囲気がある.数理系の授業は経済学部に取りに行った.だからかなりバラバラの授業の取り方だったように思う.まあ,埼大の教養学部と似ている.

リベラルアーツ・カレッジ

 所謂「リベラルアーツ・カレッジ」とは,College of Arts & Sciences/ College of Liberal Arts だけの(つまり実業課程を持たない)小さな大学である.主に私立で規模が小さく,少人数に徹したエリート教育をし,だから授業料は高く,多くは学士課程だけの,全寮制を基盤とした,アシスタントではなく教授がちゃんと授業を行う,教育中心の大学,というイメージである.規模が小さく,研究で名が出ないから,日本での知名度は低い.が,米国の有名人はこの種のカレッジ卒業であることが非常に多い.そこを卒業して有名大学の大学院に進学するのがよく聞くパタンである.日本のICUや国際教養大はこのようなリベラルアーツ・カレッジをモデルにしていると思う.
 よく「リベラルアーツが重要だ」と仰る人は,リベラルアーツ・カレッジのような教育を念頭に置いていると想像する.しかしリベラルアーツ・カレッジは維持にお金がかかるし,教員にとっては研究へのエフォートが低まるという欠点がある.卒業生に有名人が多いから寄付は集まるだろうが,企業との共同研究収入などは少ないだろう.
 大大学のCollege of Arts & Sciences とは規模が大きく違うが,内部の専門領域の構成の仕方は大大学のCollege of Arts & Sciences と変わりようがないと思う.
 かなり以前,埼大教養学部に,米国の有名州立大学で教え,テニュアもとった先生がおられた.彼は私が見たこともないほど優秀な方だが,私に「手作りの教育に魅力を感じる.米国のリベラルアーツ・カレッジのような.埼大教養学部はそういうことができるのではないか.」と仰ったことがある.

教養教育は大学生が持つべき最低要件の表現である

 現行の日本の大学の制度は米国の制度と似ている.先述のように1単位当りの授業時間の規定は日米でほぼ同じである.ただ日本では1セメスター週1回2単位の授業が主流で,米国では週2回3単位の授業が多いと思う.卒業単位数も日米でほぼ等しい.教養教育(General Education)の必要単位数も,米国と大綱化前の日本はほぼ同じだった(現状では日本の教養教育単位は縮小している).ただ,日本では外国語(主に英語)単位が教養教育に含まれると思うが,米国では外国語(英語以外)の単位が教養教育外となり,必修かどうかは専攻の指定によることが多いだろう.教養教育の単位中に作文(Composition)の占める単位が多いのは米国の特徴である.
 米国で単位数が多いのは,日本での「人文・社会・自然科学」単位数である.埼大ではその単位数が大綱化を経て半減した.その程度なら無くてよいと私は感じる.日本の場合,例えば「自然科学の科目中,何でも3つ」といった,スーパーの安売りのような規定になっているのが普通と思う.米国の場合,数学は最低何単位,生物/生命科学は最低何単位,という風に,細かく規定する.文系の学生が数物系科目を避ける,といったことは,普通は許さない.人文・社会科学でも重要な科目には必修要件を課す.日本の教養教育は「やりゃいいんでしょ」という感じだろう.
 教養教育の意味付けは2種類あるように思う.第1は専門課程のための準備教育だ,という意味付けである.米国の場合,Compositionが入るところは「準備教育」という面を感じさせる.ただ,writingは米国では常に重視され,専攻学生用のwritingの授業を別途準備している面もある.第2の意味付けは,大学生ならこの程度は最低知っていないといけないよね,という,最低要件の提示,である.日本では(戦前から大学であった大学の話であるが)戦前の大学予科や旧制高校が教養部になった経緯があるので,第1の面で理解している人が多いように思う.しかし第1の意味付けで行くと,例えば文系の学生は必ず「自分たちは数学とか,専門ではまったく使わないのに,なぜ履修しなければならないんだ」という不満を呼び起こす.この不満に説得的に抗弁することはできない.同じことは理系でも起きるだろう.私の考えでは,日本でも米国でも,第2の意味付けで教養教育は位置づいているはずである.

教養教育とリベラルアーツの関係

 教養教育とリベラルアーツは,既に述べたように別の概念である.が,関連はある.その関連故に両者を同義に使う人が出るのだろう.
 第1に,両方とも,学士課程教育の中で履修の「広さ」を確保するメカニズムである,という点である.そもそも学士課程は,米国はもちろん日本の大学の設置基準においても,幅広く学ぶものと規定されている.
 第2に,教養教育の科目は College of Arts & Sciences に属するdepartmentの専門科目のコースナンバーになっているのが普通である.教養教育の主たる材料は非実用的な純粋学問のリベラルアーツの科目から取っている.だから教養教育がリベラルアーツだ,というのは,間違いではない.リベラルアーツが教養教育だ,は間違いである.
 教養教育の材料をリベラルアーツから取っているのはなぜか? そのことにどういう意味があるか? この点は常に問い続けてよいだろう.それなりの歴史的経緯があるはずである.歴史を無視して意味付けを私なりにするならば,より根源的な問いを蔵しているのが純粋な学問領域だからだろう.リベラルアーツに属する専門の学問領域は,少なくともその主要な学問領域は,普段は語ることがないとしても,何れも根源的な問いを背景にしていると私は思う.私の関連領域では,ジンメル流に「社会はいかにして可能か?」でもよいし,エゴイストの間で協力はいかに出現できるか? 公共性はいかに存立できるか? でもよい.失礼だが,同じような問いを実業領域である会計学が学問として宿しているとは考えにくい(むろん会計学者が独自に深くお考えであることは大いにあると思う).

リベラルアーツが大事,とはどういうことか?

 教養教育との関連で「リベラルアーツが大事」という発言がよくあることは,この記載の冒頭で述べた.「リベラルアーツが大事」という言葉の真意は,人によって異なるだろうから,発言者に問うしかない.私は私で勝手にいうのであるが,この記載の中盤で書いたように,リベラルアーツ・カレッジのような教育が大事,という意味ではないかと私は想像している.リベラルアーツ・カレッジの要素のうち,第1に根源的な問いを持つ学問を学びつつ,第2に少人数で教授や仲間と議論しながら理解を深める,という教育である.その過程で Critical Thinking を可能にする知の技法を身につける,という考えではなかろうか?
 できるのなら,リベラルアーツ・カレッジの要素はあった方がよい.従来程度の教養教育は,例えば理系の学生にとって,刺身のつま,サンドイッチのパセリ,カレーの福神漬けのようなものに過ぎないだろう.その教養教育をより「高価な」ものにするには,リベラルアーツ・カレッジの要素を導入するのもよいだろう.
 問題は,従来の日本の大学の仕組みのままでリベラルアーツ・カレッジの要素を設定するには予算がかかることである.もともとリベラルアーツ・カレッジはお金がかかるシステムである.
 リベラルアーツ・カレッジのようなことをお考えになるのは,現状では理系が多いような気がする.そこで予算がある工業大学では,東工大のように,リベラルアーツ・カレッジのような仕組みを「横付け」で作ることができるかも知れない.が,埼大のような環境ではどうなのか,と思ってしまう.
 あまり予算をかけずにやるならば,米国の州立大学がしばしば導入しているように,一部の成績優秀学生を対象とした Honors College を作ることかも知れない.

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埼大には交付金削減を適用する必要はなかった

上山隆大氏の記事

 このブログの1つ前の記載で内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員の上山隆大氏のインタヴュー記事を引用した.その上山氏は同じ記事の中で面白いことをいろいろいってた.まず法人化は失敗とはいえないが「齟齬」があった,という表現をする.次の点である.

・文科省が法人化の意味を伝えていなかった
・大学間,大学内の資金の偏在を考慮しなかった
・間接経費の問題を放置した
・多様な民間財源,特に寄付を集められない
・一体感を阻む学長選挙

 これらの点は1つ1つ詳しく論じても面白い.が,今触れたいのは2点目,その中の「大学間の資金の偏在」である.
 国立大学が公開した財務諸表を集計すると,法人化後,国立大学の予算額は増えている.運営費交付金は主に効率化係数をかけている時期に減ったが,その他の補助金は増えているので,総額では,政府から国立大学に配分された予算は増えているらしい.それで苦しいということがあるとすれば,「大学間の資金の偏在」,つまり上位大学は予算を伸ばしているけれども,競争的な環境の中で下位大学は苦しいままだ,ということだろう.上で「大学間の資金の偏在」というのはそのことである.
 だから上山氏は「運営費交付金を一律削減ではなく,明らかに競争的資金が集中する研究大学だけ大きく減らすという方が正しかった.」という.
 競争は重要である.しかし競争は社会の厚生のために導入するものであり,導入の仕方には設計の余地があったということだろう.競争力のない地方国立大学は淘汰してよい,という考えであれば,政府は弱ったという地方国立大学にとどめを刺すべきだろう.しかしとどめを刺さない所を見ると,地方国立大学が存続することを政府は当然視しているはずである.少なくとも安倍政権以後は,日本の経済成長のために地方の成長が必要であり,そのために地方国立大学の存在が必要だ,という立場であると思う.存続させるならちゃんと機能できる措置は必要だった.なら,地方国立大学(国大の下位大学)には交付金削減を適用すべきでなかった,ということになる.だから埼玉大学も,交付金削減の対象外であってよかった.
 交付金を削減しないと努力するインセンティヴが低下するという意見があるかもしれない.が,そのインセンティヴは,最低限の財源は押さえた上で,下位大学間での傾斜配分をすればよい,ということになるだろう.既に交付金一律削減が終わったから,今だと「削減を止める」ではなく「補填する」になる.下位大学に財源を補填する理屈づけは,重点支援の類型を使うしかないように思う.もともと,埼大が属する重点支援①の類型は旨味が用意されていない.地域振興補助のような名目で交付金の上乗せをしてくれてよいのではないか.重点支援①に旨味ができたから重点支援③の大学が①に鞍替えする,ということはないだろう.大学教員にとって一番大事なのは見栄だからである.
 下位大学には交付金一律削減を適用すべきでない,というこのシンプルな解答を,主張する人がいなかった(少なくと目立たなかった)のはなぜなのか?と不思議に思う.これまで国立大学は一丸となって「金くれ」を言い続けていた.しかし,上位大学は実は困っていないのは明らかだから,下位大学だけ金くれ,と国大協もいうべきだったのだろう.

財源の多様化と交付金

 読売教育ネットワークの記事で国立大学の財源の多様化(企業との共同研究収入などの拡張)を求める意見をいう人は多い.しかし見ながら,交付金削減を明確に主張する意見はほとんどないように感じた.財源を多様化した分,交付金を減らす,といったら,財源の多様化に向かうインセンティヴがなくなるからだろう.国立大学の交付金がどうなるかは国の財政状況によるというのが一般論と思うが,いろんな意味で交付金を減らすという方向は当面ないのではないかと思えて来る.
 財源の多様化は日本でも上位大学ではある程度進んでいる.だから次第に,財源を多様化していろんな活動をする大学と,交付金と学生納付金が主な財源のままで所定の教育課程の実施に特化する大学,という風に分化が生じるのかも知れない.よく海外の大学の財源内訳を示すグラフが出るが,そのように財源が多様化しているのは米国でも上位大学だけであり,下位大学では州からの補助と学生納付金主体で運営されているのではないか,などと想像するが,私も調べた訳ではない.
 財源の多様化に大学間で差がある状態で,何らかの事情で交付金が削減された場合,「所定の教育課程の実施に特化する大学」は財源の多様化した大学に吸収されるしか,生き残る道がないようにも思える.

国立大学の貧乏語り

 何れにせよ国立大学が本来の多様な活動を展開するためには,財源の多様化が不可欠であることは認めざるを得ない.しかし法人化後,大学が財源問題で行ったことはあまりパッとせず,中には滑稽なこともあった.
 埼大の場合の記憶であるが,まず田隅学長時代の対応はひたすら節約だった.しかし一般論として,節約で削減できる支出分は多くない.田隅学長4年目の学長選の際に田隅学長が仰ったのは「今はひたすら耐えるときだ」ということだった.その通りだとは思ったが,「暗いな」と感じたものである.田隅学長も,東大教授だったお友達学長8名くらいの連名で地方国立大の交付金削減は止めてくれというメッセージを発してくださったが,効果はなかったろう.ただ,苦しいのは地方国大と明示した点は,先見の明があったかも知れない.同じことを国大協がいってくれればよかった.
 その後の上井学長の時期は,財源が苦しいことは常に背景にあったとはいえ,田隅学長の頃に比べると財政のひっ迫感はあまり表に出なかったような気がする.上井学長が明るい人だったということもあるだろう.それと,田隅学長期に教員定数の再定義をしていたので,上井学長の期間では教員の削減をする必要はなかったのだと思う.
 上井学長の頃の政権は民主党政権であるから,今から考えるとバカバカしいこともあった.例の「仕分け」をやった頃と思うが,国立大学の予算に関してパブリックコメントを書いて出す機会ができた.それで,皆さん頑張って「国立大の予算を増やせ」というパブリックコメントを書いて出せ,という号令が学長から出たのである.私は「やってられねぇ」と思った.学長が仰ることだから教授会では「学長がこういってます.書きたい方は書いて出してください.」くらいはいったはずである.むろん私はバカバカしくて,自分では書かなかった.あのパブリックコメントがどうなったかは,覚えていない.
 その頃から,「金を出せ」といって財務省に強訴することを文科省は国立大学に非公式に促しているのではないか,と私は想像し始めた.
 確か埼大では山口学長になってからと思うが,朝日新聞に「財務省は国立大学の授業料を年間93万円に値上げすることを計画している」という記事が載った.93万円という金額は財務省が出した数字ではない.当時,財務省は15年くらいかけて国立大学の交付金額と自己収入を等しくする,というプランを公表している.そのプランにおける自己収入をすべて授業料にかぶせると授業料は年間93万円になる,という計算を文科省がして,お友達の朝日新聞にリークしたようだ.官邸筋のリークであれば読売新聞にまず載るだろうし,財務省のリークであれば日経にまず載ったろう.
 「財務省は酷いでしょ」と訴えたかったのだろうが,子供じみている.そんなことを喧伝したら,親は子供に将来国立大学を目指すよう育てることをためらうようになってしまう.国立大学の利益にならない.
 時を同じくして国立大学は「貧乏語り」をするようになった.確証はないが,文科省のお役人がそのように促したと考えたくなる.埼大の場合,埼大はお金がなくて古い設備で苦労して研究してます,貧乏貧乏,的な番組がNHKで流れたのである.そのような番組が出ると分かっていれば,埼大は止めないといけない.そんな大学に親は子供を進学させようとはしなくなるだろう.誰の判断でそんな番組を作ったのか,と不思議に思う.
 国立大学の貧乏語りはその後も続いた.先年,議員さんたち(議連)に国大協が「金くれ」のお願いをしたときも,やはり資料に貧乏語りを入れている.貧乏そうにすると金をめぐんでもらえると思ったのだろう.中には,貧乏で,一歩間違うと大惨事になりかねない建物環境にある,とまで書いた箇所もある.
 本当に危険な状況にあると把握しているなら,大学がまずなすべきことは学生と教職員を大学から退避させることである.そして金を借りてでも危険を除去するしかないではないか.金の工面はその後のことである.
 何というか,文科省にせよ文科省傘下の業界団体である国大協にせよ,財源の多様化を確かにうたってはいる.しかし力点は常に財務省に「金出せ」になっている.財源が本当に多様化すると国立大学への文科省の支配力が低下する,とでも思っているのか?
 「金を出せ」というと「改革しろ」の反応が返って来る.そこで「法人化は間違いだった」といって開き直る,という変な循環になっているように思える.
 国立大学も,「金出せ」という暗い訴えをするよりは,前向きに財源の多様化を進める時期に来ているだろう.埼大でもオープンイノベーションセンターを川橋理事が開始させたのは上井学長の時期だった.その後,それなりの進展はあると思うが,財政的な成果がいかほどかは不覚にも記憶していない.今後の伸びしろは大きいのだろうと思う.
 国立大学の学長に現時点で求められる資質は財源の多様化を実現できる,平たくいうと金をとって来る学長,ということではないかと思う.そんな話を法人化の直後に仲間うちでよくしたな,と思い出す.少なくとも節約を強いる学長とか,人事給与マネジメントに熱心になる学長よりは明るい(ただし金をとるために人事給与マネジメントを徹底する必要がある可能性はある).今さら「大学を民主的に運営する学長」,などと叫ぶとバカにしか見えない.むろん財源の多様化のために大学の構造改革も並行して求められそうに思う.

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理工の役割は金を稼いで文系に貢ぐことにある

 あえて挑発的な表題にした.真意は,「理工の役割は金を稼いで大学を養うことにある」である.「理工」は「工」に限定すべきかも知れないが,埼大では理と工が一体である建前であるから,あえて「理工」にした.

 国立大学が法人化する直前のことである.埼大では兵藤学長時代の末期である.当時の兵藤執行部は法人化を前にして,国立の諸大学の数字を調べて埼大の立場を把握しようとしていた.なにせ当時は,自分の大学の状況も正確には把握できていなかったように思う.その頃私は副学長をしていた(教養学部出身の)加藤先生の部屋を何かの用で訪れ,話の成り行きで加藤先生からその分析結果の「レクチャー」を受けたことがある.
 いろいろ調べてみると埼大には強みがない,というのが最初の結論だった.1つだけ強みになるのは,このクラスの大学としては学生数が多いことだという.学生数は収入源を表す.しかも,学生はいわば人質であるから,これだけ学生がいると国は埼大を簡単には潰せない,という.大きな銀行であれば潰れると影響があり過ぎるから,公的資金の注入による援助を受けられる,というのと同じである.なるほど,そう読むのか,とそのときに感心したものである.
 逆に埼大の大きな問題はといえば,理工が弱いことだ,という.特に外部資金が,関東甲信の他の地方大学より取れていない,ということだった.横国に負けるのは仕方ないとして,北関東の他大学にも及ばない,という.
 法人化後は,理系が弱いのはまずい.理系にはお金を稼いでもらわないといけない.法人化ということはそういうことだ.理系がお金を稼いで文系も恩恵を得る,その形にするには理工を強化しなければならない.この「理工強化」の考えは他の機会にも加藤先生から伺ったことがあった.
 上井学長期の末期に文科省に出した改革強化プランの目玉は理系の研究力強化だった.上記の加藤先生の考えからすると,この強化プランを加藤理事が推進しようとしたことは一貫性があったといえるだろう.

 上記の加藤副学長のエピソードを書いたのは,先日見たインタヴュー記事を見て同じようなことが書いてあったので思い出したためである.
 少し前のこのブログの記載で,京大の山極総長と東大の五神総長のインタヴュー記事に触れた.読売教育ネットワークというサイトに載っていたインタヴュー記事である.山極・五神総長の記事の後に,内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員という肩書の上山隆大氏のインタヴュー記事があった.上山氏という方は上智の経済学部長や政策研究大学院大学副学長といった職を歴任した方であるが,現在は長い名前の会議の「議員」という肩書になっている.基本的には大学の改革を内閣府から推進するのが仕事であるようだ.定年退職する年齢でもないので,それだけ大学改革にコミットメントが強いのだろう.
 私は以前,この上山氏が作った人事給与マネジメント改革の資料を見て,その通りにしたら大変だろうな,と警戒心を抱いた.しかし今回の記事を眺めると,間接経費について企業側と交渉するなど,大学改革に資するいろんな仕事をされているようである.彼の主張も一面だけを見て評価すべきではなかったかも知れない,と思った.私の感覚では,大勢において正しいことをいっている.後で取り上げてもよいが,(埼大のような)競争力のない国立大学は交付金削減をしない方がよかった,ともいっている.

 このインタヴュー記事の中で上山氏は「諸外国の大学を見ていると,大学を維持するコストをしっかり計算して(間接経費を)上乗せして競争的資金をとり,研究費を取りにくい分野に充てている.日本の大学は,その程度のこともやってこなかった.…工学部や医学部は間接経費を上乗せした競争的資金を取って,大学全体を養うのが当然だと認識しなければならない」という.そして次のように続ける.(医・工は)「もともと運営交付金では赤字が出る部門で,お金を取らないければいけない.人文・社会科学系の研究者がそうした現実に反発するのは,当たり前だ.(文系は)競争的資金が取れなくても,運営費交付金で十分やってこられたからだ.」
 医や工が「運営交付金では赤字が出る部門」であるのは,設備などで予算を使うというだけではない.国立の理系の授業料は文系と同じに設定している.だから理系は私大との比較において格段に国の予算を投下している計算になる.
 埼大の場合,最も効率的な,つまり最も少ない予算使用で稼働しているのは経済学部である.だから経済学部は何もしなくても,大学への隠れた財政的貢献が大きい.田隅学長時代,そのときは経済学部長だった後の上井学長が「異論があるなら経済学部を独立採算にしてくれ」といって田隅学長に強談判したことがある.見事なものである.談判するだけの根拠があったのである.
 横道に反れるが,経済学部が効率的であるのは日本の大学の経緯に基づく根拠がある.以前,標準学生数(ないし標準教員数)という数字が出回っていた.今もそれに近い数字はあるはずであり,設置の際の学生定員/必要教員数を決める参考になっていた.その数字からすると,1教員当たりの学生数は法律系と経済・経営系が多いのである.この点は,法律・経済が少品種大量生産学部であったことによるのだろう.文学部系になると1教員当たりの学生数は少なくなる.法律・経済に比べると,細かい領域の教員を揃えなければならない.つまり多品種少量生産になるので,学生数は実態として少なめだった.しかし理系になると,文学系より格段に1教員当たりの学生数は少なくなる.財政的には非効率分野である.私学が理系に手を出しにくい根拠がここにある.単に設備費の問題ではない.
 
 この上山氏のいう大学の財政構造は,法人化前に当時の加藤副学長が法人化後の姿として想定したものと同じだろう.大学の現状は上山氏のいう状態に近づいているとはいえない.だから加藤副学長は,今から20年ほど前に,随分と先のことを見通しておられたことになる.
 上山氏のいうことが実現して行けば日本の国立大学は欧米の大学に近づいてゆくことになる.そうするように大学は努力するのが正しいと私も思う.
 埼大はじきに学長選考をするはずである.正直いって学長選挙(意向投票)など,やってもよいがやるだけ無駄である.重要なことは大学として何をするか,何を将来像とするかを選考会議の面接において選考委員が候補者に問うことである.その際に大学の財政構造をどうするか,具体的に何をするつもりかを尋ねて候補者の力量をはかることが,部局から出ている選考委員の重要な仕事だろう.大学の教職員は,選挙などやって市会議員選挙のような政治活動をするのではなく,候補者に何を問うかを選考委員と話し合うことに頭を使うべきだろう.

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大綱化@首都圏埼玉(下)

 前回の記載の続きを書いてみる.

大綱化後,法人化前

 1991年の大綱化によって法令上は専門科目や教養科目という区分がなくなったと思うが,埼大では(というか多くの大学で)学則で専門科目と教養科目,外国語科目といった区分を作ったのだろう.大綱化後,教養科目の名称は広域科目,一般教育科目,共通科目,教養科目など,いろいろ変わったように思う(名称は不正確な記憶である).以下,教養科目と呼んでおく.名称が変わったことは,手を加えようとした痕跡であるはずである.しかし実質的な向上は希だった.
 教養部があった頃から教養課程には問題があった.しかし分属で教養課程の負担が全学部に分散したことによって問題は増幅しただろう.ある意味予想通り,マネジメントに問題が出てきた.
 当時,科目の分類ごとに教養科目の「部会」を作って運営することになっていた.私は社会科学系の部会に属していたけれど,社会科学系は教養学部と経済学部にまたがり,学部間に調整などなく,学部内でも調整などない.人も変わるので,実際にどのような内容の科目が出るかも規制なく変化したと思う.また教養科目には多くの非常勤枠がついてきたけれども,枠は地理学などの旧来の科目担当者が保有・管理し,非常勤枠の調整はまずできなかった.大学からは非常勤枠の削減要請があったけれども,実際に削減の合意などとれない.部会の世話人が集まって全体の会議もあり私も社会科学系世話人として出席したこともあったが,改善を見聞した記憶はない.マネジメントがないから,したがって変化への対応もできない.
 おそらく大綱化の後に,英語については英語教育センターができた.センターを作ったのは英語教育改善の需要が高まったからだろう.いったん教育学部に分属した先生がセンターに配置換えになった.しかし英語ですら,資源配分はきわめて低いままだった.教養教育に投資する意向は全学的に低かったといえる.

教育学部による教養学部吸収案

 法人化が必至な情勢になったのは2000年前後である.その頃,兵藤学長の下で教養教育の再構築の動きがあった.教養学部出身の加藤副学長がとりまとめに動いた.2001年に拡大学長補佐会が発足し,その場で教養教育の案をなぜか私が提示することになった.同時に呼ばれて案を提示したのは教育学部である.教育学部の実力者お二人が説明にあたった.
 その時に私が提示した教養教育案については,以前,このブログで書いたので省略する.簡単にいえば私の案は,オリジナルに思われたけれど,米国の General Education と同じである.専門課程の低学年用の科目を教養科目(人文・社会・自然部分)とすること,それに加えてテーマごとの統合プログラムを作るべきこと,が骨子である.力点はディシプリンの専門性に基づいて科目を出すことにあり,統合プログラムも,環境などのテーマについて複数ディシプリンが出す科目を集めることを考えていた.全体の理念も,実はイリノイ大学@Urbana-Champaignのホームページに出ていた説明のパクリである.
 その場は教養教育に関する会合と思っていたが,生臭い場になった.教育学部側から,教育学部の教員を二分し,片方は教員養成学部とし,もう片方が教養学部を吸収して教養教育を主任務にする学部を作る,という案が出たからである.この案は教育学部教授会が承認した案ではないが,教授会に出して異論が出なかった,という説明があった.
 この案については私の手許にメモが残っている.骨子だけをいえば次のようなものである.教育学部の教員を二分し,半数は教員養成学部とする.残りの半数,つまり自然科学、人文社会、芸術・体育、ゼロ免の教員60-65名に教養学部と理系の分属教員を加え,新学部とする.新学部の名称は教養学部を避け,総合人間学部や人間未来学部などとする.研究を除けば,第1の任務が全学の教養教育,第2が教員養成の手伝いとする(自学部の学生の教育もあるんでしょ,という質問が副学長のお一人から出て,「そうだ」という返事があった).不思議と,教育学部が学生定員を割くかどうかの点は曖昧だった.私の案が授業科目も例示したのに比べ,カリキュラムの具体案はない.教養教育への提案というよりは改組案の色彩が強かった.
 この案には最初から私は拒否感を覚えた.私のプレゼンは「総合などといってディシプリンを曖昧にする教養教育であってはならない」という点から入ったが,教育学部のこの案はまさにその「総合」を売りにするものだったからである.大学教育というより総合的な人間育成をうたう小学校教育の雰囲気があった.私としては肌が合わない.ただ喧嘩をするつもりはなかったので,あくまで教養教育の側面だけで私は議論したと思う.
 私の感覚ではこの教育学部案が成り立つとは思えなかった.
 第1に,教育学部が新学部に60-65名の教員を出すというが,そうなると残りの60-65名で教員養成系学部を設置することになる.どうみても可能とは思えなかった.新学部の60-65名という数字は教養学部を呑み込むために無理に出した数字である.そして,何人出せるかはその年の夏に出る予定の教員養成系学部のあり方懇の結果待ちといって明言は避けていた.しかしあり方懇でそこまで設置基準を緩めることは考えにくかった.
 答申は遅れたのだろう.11月にそのあり方懇の答申が出て,私は文書を眺めたけれど,設置を緩めるようなことは書いていない.もし教科の教員が他学部にいてもよいように教員養成系学部の設置基準を変えた場合,同じ大学の人文学部や理学部から応援を得る形で教育学部を設置出来てしまう.そうなると,教育学部は削減対象になってしまうだろう.教員養成学部(のポスト)を設置基準で保護したい文科省が,そんな決定をするとは信じられなかった.
 第2に,センターならともかく,そもそも他学部の学生の教育を大きな任務とする学部というのは通らないように思えた.
 第3に,この学部を作ったとして,教育学部から移ってきた教員が教養科目を担当することには疑問がある.教育学部教科の教員についてはおそらく教員養成負担で手一杯になるだろう.理系の分属教員を集めるといっていたのは,少なくとも「自然科学」分野では分属教員(ポスト)で教養教育をやることを考えていたかも知れない.だから「人文社会」についても教養学部から移った教員(特に教養部から分属した教員)に教養科目をかぶせるつもりだったかも知れない.詳細が出なかったから分からないのである.
 私が心配したのは,会議に出ていた副学長さんのお一人が教育学部案に傾く発言をしたことである.ただこのときの学内情勢を考えたとき,学長や加藤副学長はこの案とは違う方向を向いていると思っていた.この会議と並行して私は加藤副学長といろいろ話をしている.兵藤学長や加藤副学長は教養学部に教養教育の中心になることを期待していたように思えた.そして幸い,兵藤学長は私の案を選択してくれた.
 教養学部が全体の教養教育の中心になるというのは,当時の教養学部の立場ではない.教養学部は,教養教育を担う何らかのセンターを作る方向で検討を進めていた.そのためにポストを放出する計画も立てていたのである.しかし,もし兵藤学長の政権がもう少し続いていたら,私も教養学部が教養教育の中心になる方向の立場を支持することもあったかも知れない.小さなセンターでは全学の部局の科目をマネジする政治力はない.また教養学部は,自然科学を除く教養科目の実態を把握する教員がいたのである.教養学部教員のメンタリティを考えると,教養学部は教養教育を公平にマネジメントできただろう.(ただし法人化後は理事の権限が強くなったので,意欲があれば理事がマネジメントをできるようになった.)
 教育学部から出た上記の案については,なぜその案を出したかは謎である.説明は事実上なかった.だから多少の想像をすることしか私にはできない.当時はゼロ免の部分をどうするかが問題になりかけていた時期である.実際,その時から5年後(法人化直後)には教育学部はゼロ免の募集を停止して教員養成への特化をしている.普通,ゼロ免をやめるとその教員/学生定員を使った新学部の話が出る.が,そのように定員を出すと使うことになるのは教養学部だと考えたかも知れない.むしろ教養学部を呑み込んで教育学部の勢力を保持し,定員削減があるなら呑み込んだ旧教養部定員分ポストから拠出しよう,ということを考えたかも知れない.実際にどうかは分からない.
 重要な点は,教養部からの分属教員ポストをいじり直すというアイディアがそのときから教育学部にはあり,その点が後の教員定数の再定義につながったことだろう.
 上記の会議があって少し時間が経過した頃,群馬大学との統合話が持ち上がった.だから学内の関心は統合に集中することになった.再び教養教育の話を大学執行部が取り上げたのは,法人化を目前にした兵藤政権の最終局面だった.私が出していた案を換骨奪胎して案にまとめ,次期の田隅学長の執行部に渡たされたはずである.

法人化後:教員定数の再定義

 法人化する前後の大学内のポリティックスの潜在的な震源は定員削減にあった.法人化後は定員削減が予算削減に形を変えたけれども,実質は同じことが続いただけである.もし統合が成立していれば,整理によって今後削減するポストの余裕も生まれたかも知れない.しかし兵藤政権の末期には統合の実現可能性は遠のいた.そこで法人化した時点では,定員削減を賄う将来的な大きな原資は,分属ポストか,教育学部の改変で捻出されるポストしかなかったのが現実だった.
 その後の学長選挙で,兵藤学長は教育学部を最も強固な支持母体とする田隅候補に敗北した.その結果が教員定数の再定義であり,教養学部は教養部からの分属ポストをすべて拠出することになった.教育学部の勝利である.分属ポストを多く持っていたことが教養学部が教養教育にかかわる唯一の最終的な根拠であったから,この再定義によって,教養学部が教養教育の中心になる可能性は消えた.
 法人化した直後の教養学部の執行部三役は,学長選挙で統合棚上げを宣言した田隅学長に投票していたのである.統合が嫌だったのだろうが,いかにも間抜けである.前学部長の岡崎先生がこの展開をあれだけ憂慮していたにもかかわらず,である.その時点になると兵藤学長が再選されても統合が実現する可能性などなかったのである.
 さて,田隅学長が就任した直後に教員定数の再定義,つまり旧教養部ポストを全学にすべて拠出するという案が出てきた.田隅学長の口から出たけれど,仕掛けたのは教育学部である.間髪を入れぬこのスピード感は,第三者的に見ると見事だった.けれど,教養学部はたまったものではない.実際に再定義が評議会を通ったのは夏のことだったと思う.反対したのは教養学部から出た評議員だけである.当時の評議会の議事録にはこの評議会での発言内容が詳細に記されている.田隅学長をはじめ,その後に学長を継いだお二人もそのときに再定義に賛成している.
 当時,全学の合意で決めたはずの分属を後でひっくり返すことが「あり」だとは信じられなかった.そんなことをした大学は他にない.
 再定義の2年後に教育学部はゼロ免を廃止した.が,このときは教育学部は何の定員も拠出はしなかったように思う.教育学部の完全勝利である.学長を押さえた効果と思う.
 この再定義の特徴は,拠出されたポストをどう使うかの計画がなかった,少なくとも表に出なかった点だろう.使い道は考えていないが金を貸せ,というようなものである.削減にどれだけ必要とか,こういう事業をします,というのははっきりせず,ともかくポストの全学化だけを早めに決めたというものである.普通はないことだと思う.後に山口学長のもとで行ったポスト削減(拠出)とは異なる.山口学長下での削減の場合,そのときの財政見通しを前提に,何年度にどれだけ削減が必要になる,という計算を基に数字を出している.
 問題は,この再定義によって教養教育に影響が出ることを全学執行部が途中まで考えていなかったことである.この再定義後もしばらく,教養教育での学部負担は分属ポスト数に基づいて行われたと思う.空きポストができなければ拠出もないから,削減は徐々にしか生じない.しかし同じ負担原則に基づく限り,10年ほどで各部局の負担義務は消滅する.だからどうするかを考えるべきだったが,考えなかった.大綱化のときと同様に,またも問題を先送りしたのである.問題を先送りしながら,後になって政治力の弱い教養学部に苦難を押し付ける,政治力のある大学部は救われる,という構図がここにある.教養学部は大量分属の受入れで苦労し,拠出でまた苦労した.定年退職者ポストの採用人事は11年間出来なかった.結果,内部の年齢構造は偏って高齢化し,必要なポストであっても補充できず,士気が低下する以外にない状況に置かれ,内部構造の問題点は拠出が終わっても残ることになったのである.教養学部は,分属を全く受け入れない方が良かった.
 なお,この再定義後,教育学部などに付いたポストがこの再定義によるポストではないか,といった風聞はときたま流れた.しかし拠出ポストをどのように使ったかについては公表されていない.学長が変わり法人化後の2代目学長の時代に,再定義で集めたポストがどう使われたかを時の大学執行部が調べたらしい.なかなか分からなかったがなんとか判明したと聞いた.ろくな使い方をしていなかった,という話があったが,正確なことろは公にはなっていない.

新たな教養教育体制:基盤教育センター

 再定義によって,それまでの教養教育の負担原則であった「分属ポスト数に基づく負担」という概念は消滅した.分属ポストがまだ残っているうちはこの負担原則を使えたが,時間の経過とともに新たな原則を決めないといけなくなったのである.この課題に取り組んだのが,法人化2代目の上井学長の下で教育担当理事をされた加藤先生だった.加藤理事はその間教育体制の整理に注力していたが,上井学長の3年目か4年目に教養教育の新たな授業開設の仕方を提案したのである.
 しかし,その提案には教養学部長だった私が強く反対した.私も加藤理事も引かず,キューバ危機のような緊迫した事態に陥ったのである.
 加藤理事の提案は部局ごとの学生数,教員数を基にした数字によっている.問題は,教養科目の人文系科目を必要とする部局の学生数が多いのに,授業を受け持つべき人文系教員数が少ないというアンバランスがあったことである.そこで加藤理事は,教養学部が人文系科目を他学部よりかなり高い比率で受け持つことを提案したのである.しかも,それまでは認められた「開放科目」(学部の専門基礎科目を教養科目としても開く)を排除し,教養専用の科目として開講する,という内容だった.
 教養学部の人文系では,一分野ごとの教員数が少ない.だからそれだけの負担をすると専門科目の方で教員に負荷がかかり過ぎる.しかし,大きな問題は,負担が多い少ないよりも教養学部の一分である.教員定数の再定義を教養学部はいやいや決められた.その時も痛みは続いていた.この再定義によって得られたただ一つのことは,教養学部が他学部より多くの教養教育負担をすることは無くなったという約束である.時の上井学長はこの再定義に賛成し,上井執行部は再定義の継続を決めている.だから,せめて負担平等の原則を守ってくれないと教養学部の一分が立たないのである.
 この件では加藤理事と私は全学運営会議で1時間を超える押し問答を繰り広げた.双方とも引く気はないのである.教養学部の教授会も拒否の意向が強く,この件で妥協するなら私は抗議して学部長を辞任すると教授会で宣言した.実際,次の全学運営会議で決められてしまい,私が学部長を辞任する可能性は高かった.私は6年の学部長在任期間のうち,ことが成らなければ辞任すると腹に決めたことが3度あり,この時が2度目である.実際に辞任する可能性は2番目に高かった.
 この間,学務部長と全学教育課の面々が教養学部長室に押し掛けるという話が伝わってきた.そんな,比叡山の強訴のようなことするか,と私は反発し,私は会わずに副学部長の山本先生に彼らとの対面を依頼し,面談は拒否する,ということもあった.
 実際にはその間も,私は加藤理事や米山学務部長と会って話している.加藤理事は教養学部が教養教育にかかわるべきという,以前からの考えをお持ちであった.私は再定義による状況の変化で,それはないと跳ね付ける.加藤先生からは,以前に上井学長になってからポストを4つ付けたではないか,という話も出る.それもそうですね,といってもよいが,私も商売であるからそうはいえない.あのポストは新しいこと(グローバル)を始めるために使え,再定義による削減の補てんには使うな,と念を押したのは加藤先生ではないか.あのポストと再定義は別であり,再定義の痛みはずっと続いている,と私は反論する.平行線だった.
 米山部長からはなぜ加藤案を呑めないのかと迫られた.何もなければ呑むが再定義があったから呑めないと答えた.再定義は教養学部の命だと,訳の分からぬこともいった.話ながら,私は再定義そのものに怒っていることに気が付いた.
 次の全学運営会議があり,私はまた押し問答をするつもりでいた.が,押し問答はなかった.加藤理事が別の案を提案したのである.この案には文句はなかった.教養学部の負担率は,端数ではやや多かったが他学部並みとなった.足らない人文科目を開設するために新たに2,3人を基盤教育センターに雇うという.ついでに開放科目も認められたが,数が抑えられれば開放科目は認められずともよかったと思う.
 この案はよくできていた.派手な案ではないから人は注目しないかもしれないが,この案はいろんな可能性を加藤理事が考えていなければ出てこない.
 この案にも欠点はある.しかしそのときの制約条件の範囲でなし得るベストであり,欠点があるのは制約条件の故である.教員定数の再定義で消滅した分属教員数という考えに変えて,単に教員数をもとに公平負担を要求して,足らざるところはセンターで補う.信州大学のように教養部相当の部局を作れない埼大の制約の中では,安定して教養教育を確保するにはこれしたなかった.ポストを付ける判断は学長や事務局長と掛け合うことを要する.それを成し遂げる政治力があったということでもある.
 大綱化が生じててから実に20年,初めて出現した大学執行部からのちゃんとした成案だったように思う.この案に辿り着くのに20年を要したことは,法人化の前はもちろん,法人化後も大学がマネジメント能力が低かったことを物語ったろう.
 山口学長の治世になって教育担当の斎藤理事がこの案を手直ししたが,マイナーな変化で本質は変わらない.
 
大綱化の経過をどう考えるか?

 埼玉大学では大綱化は教養部廃止では終わらなかった.教養部廃止はその後に教員定数の再定義という出来事を生み出し,教養教育にもう一つの負荷を与えることになった.この大綱化の経過を今思い出すと,確かに特に法人化前は国立大学にマネジメント能力がなかったと思わざるを得ない.問題を先送りして問題を処理し続けたように見える.その間,教養学部は様々な荒波に翻弄された.
 各部局内のことは部局が解決できたことが多い.実際,教養教育は低調だったが,その間に各学部で基礎教育的な措置が発達していったように思う.教養教育は大学全体の「共有地」のような性格を持つが,そうした部局を超えた問題に対する大学自体のマネジメントは,法人化後も強いとはいえないが,法人化前は決定的に弱かったように思う.そう考えると,法人化して学長権限を高める措置は仕方なかっただろう.
 大綱化の時に分属しか選べなかったのも情けなかったように思う.なぜ新部局を作る構想を持てなかったのか? また,教養教育の部分が残るのであれば,縮小してでも教養部相当の組織を作ることで解決できた問題も多い.後の教員定数の再定義のような乱暴な措置をとることもなかったのではないか?
 教員定数の再定義自体も,なぜあんなことしかできなかったのか? 再定義に先立って教養教育の体制に対する企画を作成し,再定義で全学に集まったポストで措置する,という方法がなぜ取れなかったのか? 再定義で教養学部は11年間,退職者の補充ができないという事情が続いた.しかし必要なポストは「返却」を猶予するくらいの措置をとって衝撃を緩和することが考えられなかったものなのか?
 法人化後もしばらくは法人化前のマネジメント無能状態が続いた.しかしこの間の経験値の上昇で,以前よりは大学にマネジメント能力は付いてきているように思う.だから大綱化が今の時点で起きたとすれば,もう少し考えた方策が取れたように思うのである.
 おおまかにいって,法人化は失敗だったとはいえないだろう.それ以前がひど過ぎた.良くはなっているのである.

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大綱化@首都圏埼玉(上)

 1991年に設置基準の大綱化があった.その前にも教養部をどうするかの議論が埼大の中であったと思うが,検討が本格化したのは大綱化を政府が決めた後である.
 埼大における大綱化の経緯を考えると,目先の問題回避が優先され,ちゃんとした対応はとられなかった,というのが私の認識である.法人化後の今であればもう少し考えた対応が取れたのではないか,と思う.
 以下,私の視点から,大綱化と教養部廃止の経過を書いてみる.教養部廃止については当事者の先生による記録が『埼玉大学〇〇年史』に載っており,そちらが正確かつ公式の記録である.なかなか思い入れがある良い文章だったと記憶している.ただし「正史」であるので差しさわりのある点はあまり触れていないように思えた.以下の記載は「異聞」と理解して頂きたい.

大綱化前:教養学部と教養部の合併案

 私が埼大に着任したのは1983年だった.着任して2,3年した頃,2年務めた教養学部長が再選されなかった,ということが起こった.2年務めた学部長は普通は再選されて次の2年も務める.それが再選されなかったのは特異である.
 その学部長さんは私の講座の親分であったから,何が起こったのか,と思ったものである.人から聞くと,その学部長さんは教養部と合併しようとし,それで反発を食らった,という.その情報がどこまで正しいかは分からないし,教養部との合併という案が教授会に出た記憶はない.ただ,その学部長さんに近い先生の中には教養部との合併を主張する方もおられたし,教養部のナントカ先生に来てもらえればよいだろう,といった話はその学部長さんから私も伺った覚えはある.逆に教養部との合併を嫌う先生は学部内では多かった.
 当時,教養部には私の大学時代の友人がいた.その友人とは,着任当初から教養部と教養学部との合併の可能性についてよく話していたのである.だから学部長さんが合併を進めようとしたとは私は思っていなかったが(その学部長さんは,おそらく善意から,私に政治的な話をすることは避けていた),まああり得ることと思う.少なくとも,教養学部と教養部を合併するというアイディアはどこかにあっただろう.
 当時から,教養部の中では専門学部化したいという要望は強いと聞いていた.
 教養学部は,教養部の専門学部化の出口を塞いでいる面があった.大綱化後に教養部がそのまま専門学部化するとすれば,教養学部とコンセプトが似たような学部になるしかなかったからである.だから教養部が専門学部化するなら,教養学部と合併し,教養教育負担は新学部が継承する形にするのは1つの合理的な,単純な解決法だった.
 教養部との合併自体は,私は嬉しくもないが,特段嫌でもなかった.当時,私のいた講座の周辺は絶えずゴタゴタしていたから,教養部と合併することで状況が緩和される可能性もあると感じた.それに,教養課程と専門課程を受け持つというのは,駒場と同じであるから(東大の全学生はいったん駒場の教養学部に所属し,その後に専門学部に進学するから,その点では異なる),特段嫌がることとも感じなかった.ただ,専門学部にいる先生方には,教養部に「格下げ」になる感があるのは嫌だったろう.
 仮に教養学部と教養部が合併した組織を大教養学部と呼ぶなら,この大教養学部を作ることは埼玉大学にとっては良かったろう.大教養学部であれば分属よりは教養教育の提供はより安定化した.大綱化に伴う軋轢も少なかった.仮に大綱化で教養教育の単位を減らすなら,ポストをよこせという学部もあるかも知れないが,合理的に処理できる可能性が高かったように思う.教養学部としても,駒場とは比べられないとはいえ,教養学部のコンセプトにより近い学部になったように思う.
 しかし実際は,アイディアだけはどこかにあったかも知れないが,大綱化の前に大教養学部ができるということはなかったのである.

大綱化:教養部廃止と教養部教員の分属

 設置基準の大綱化があったのは1991年である.教養部が廃止されたのは1995年の3月である.その結果,教養部教員が分属した.つまり教養部廃止となるのは大綱化から随分と時間がかかっている.
 まずいわねばならないのは,私は当時,単純に「教養課程がなくなる(教養教育の負担が消える),初年次教育も学部でやる」と思っていたことである.つまり教養教育をどうするかという問題は考えていなかった.後から考えると単なる認識不足だったけれど,そう思っていた先生は他にもおられた.教養部廃止に伴って教養課程のカリキュラムをどうするかという問題は,議論されなかった(少なくとも目立つ議論はなかった),と思う.単に教養部を廃止して教養部教員をどうするかだけが話題になったという印象である.
 大綱化が決まった後は教養学部の教授会でもどうすべきかの議論があった.私は,1992年の10月に,教養学部と教養部の教員を合わせて二分し,「社会情報学部」と「国際文化学部」を作る,という案を学部の将来計画委員会,次いで教授会に提示したことがある.その企画書のファイルが手元に残っている.案の両学部とも2学科制とし,各学部の大講座名,入試のデザイン,初年次教育の授業科目名,コースの運用方法まで書いてあり,両学部の学生定員増の概算要求をすることを盛り込んである.よくこんなものを書いたと今思う.しかし残念ながら相手にされなかった.
 良い案とはいわぬが,悪い案ではなかったろう.後から考えると,教養部廃止に伴って群馬大学が作ったのが「社会情報学部」であり,宇都宮大学が作ったのは「国際学部」だった.だから私の案は当時の常識の線だったろう.
 しかし,教養部教員定員を使って新たな学部を作るという話にはならなかった.この点は埼大の伝統だろう.かつて埼大は,医学部を作ることに手をあげなかった(らしい).最近では教育学部の縮小に伴って新学部を作ることもしなかった.結局,既存学部の得にならないことは,仮に大学にとってはプラスでも,起きないのである.
 教養部をどうするかは,全学にWGのようなものが出来て,各学部から人が出て議論していたと記憶している.最終的に出てきたのが「学長裁定」による「分属」だった.ところが,その話が教授会で説明される直前に私が聞いたのは「教養課程がなくなる訳ではない(教養教育負担は残る)」という話だった.その話を私にした先生とともに,「それなら,そもそも教養部を廃止する必要はないでしょう.」といい合ったものである.
 当時の学長さんは,話が行き詰ったので「裁定」を出したのだろうが,積極的にプランを作ったという話は伝わって来なかった.その頃は,学長は君臨するが統治せず,だったのだろう.今はそれでは済まない.
 教養課程が残るなら,教養部を残すのが普通の判断ではなかったか? 教養課程の単位を縮小するなら,教養部を縮小して残し,「余った」教員を分属させる,と考えるべきではなかったか? 何らかの形で教養部を維持することが,少なくとも教養教育の観点からは合理的であったように思う.
 この分属の件は概算要求になったと思うが,分属の意義をどう説明したのか,説明できたのか,その点は疑問である.実は文科省もどうでもよかったのかも知れない.
 分属の学長裁定を報告する教養学部の教授会で,話の筋が通らないといって私は学長裁定に反対する発言をした.そう発言をした方は少なくなかった.後の加藤理事は「学長裁定なので教授会で決をとるような危ないことをすべきでない」と発言した.が,時の学部長は「異論があるなら決をとる」といい,決をとった.決の結果,分属案を教授会で承認したのである.
 分属の学長裁定の時点で教養部のどなたがどの学部に分属するかが決まっていたかどうかは,記憶にない.後に教養学部に分属になった旧教養部教員数は27名くらいであったように思う.法人化後の全学へのポスト拠出数を考えると,少なくとも24名は確実である.
 実は分属前に教養学部の執行部が想定した分属教員数は10名だった.そのような概算要求案を学部が作ったというメモが手許に残っている.その程度なら学部の秩序が維持できる,という意味だったのだろう.しかし学長裁定によって人数は膨れた.分野別の人数も凹凸があるので,学部の組織秩序感は大いに低下した.
 また,教養科目の負担義務は分属教員に貼り付き,分属してもその責務の分の教養科目の授業負担を分属先の学部がすることになった.この授業負担原則がどの時点で決まったかについても,申し訳ないが私には記憶にない.教養部教員の分属はほとんどの国立大学で生じたことであり,授業負担原則はだいたい同じである.
 学部によっては,分属した教員その人が教養科目をずっと負担することもあったようだ.教養学部では教養科目の負担を完全に平等化した.負担を手分けし,全員が最低1コマを持つようにしたのである.私も「社会心理学入門」の教養科目を毎年担当することになった.平等化の結果,分属教員数が多い教養学部は負担義務以上の教養科目負担をすることになったと思う.

 省略して書いているつもりでありながら,長くなってしまった.次の記載で続きを書きたい.(続く)

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大綱化

 1つ前の記載で山極京大総長が「国立大学の法人化は失敗」と論じた件に触れた.私がその山極総長の弁を載せた記事を見て意外に思ったのは,法人化失敗を論じるにまず1991年の大綱化(による失敗)に触れたことである.確かに大綱化はその後の法人化の流れの先駆けになった国立大学の転換点であり,その大綱化に真っ先に触れたのは山極総長の慧眼であったかも知れない.
 大学関係者は単に大綱化と呼ぶが,正式には大学設置基準の大綱化である.この大綱化で何が変わったか,正確には存じ上げないが,大きな点は2つだったろう.第1は教養課程に関する法令上の縛りが撤廃されたことであり,その結果,多くの国立大学は教養部の廃止を自主的に選択した.第2は学部形態(名称)が緩和されたことであり,実際,教養部の廃止に伴って出来た新学部の名称は,それまでは存在しない名称を名乗ることが多かった.
 先日,Googleのブラウザを使っていたらお進めネット記載としてその大綱化に触れた記事が出て来たので,思わずアクセスしてみた.JBPressというサイトに乗った記事である.著者は法政大学キャリアデザイン学部教授の肩書を持つ児美川 孝一郎氏という教育学者である.児美川氏は日本の大学でなぜ教養部という組織ができたかを論じ(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56049?page=3),ついで大綱化により教養部が解体した事情を述べている(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56308).よくまとまった記事だと思った(まだ続きがあると思う).
 児美川氏がいうように,新制の大学は旧制高校などを含めて学士課程を定義するものだったから,その旧制高校(など)の部分が教養部となったということである.埼大は旧制浦高と師範学校が新制大学として格上げになった大学ということになる.
 ただ,ここまでの記載では児美川氏は触れていないが,大綱化前の日本の大学の教養課程は,米国の大学のGeneral Education と単位数や縛りの内訳が非常によく似ている.教養部という組織ができた経緯は旧制高校などを吸収するのに便利だったからだと思うが,教養課程のカリキュラムに対しては米国の影響が強かったはずである.

 さて,1991年度の大綱化は制度上の縛りを緩めて,大学の自主的な判断で大学に改革を求めるものだった.児美川氏が述べているように,大綱化に至る政治的な議論の中では,政府は大学に口出しするつもりはなく,あくまで大学の自治で賢明に制度を作ることを求めたのである.私の記憶でも,当時は文教族という有力議員がいて,文科省に顔を利かせていた.藤波,西岡といった議員が代表格と思う(このお二人は,それ以上は書かないが,埼大にも若干の関わりがおありだった).私の認識でも,その議員さんたちは,基本的に大学の自治を尊重する立場だったのである.
 そのように大学の自主性を認めて行った大綱化の結果が,今日的な評価では芳しくない.教養教育は縮小・衰退していった.それでよいという立場もあるだろうが,それでよいが決して大勢ではないのである.
 大綱化で自主性を認めて大学に任せたけれども賢明な判断ができなかったというこの結果は,結局,「大学に自主的にやらせてもダメだ」という考えを後押ししたかも知れない.実際,大綱化の頃と比べて政治や諸官庁は大学に口出しをすることをためらわなくなったという現状が,大学関係者の目の前にあるだろう.

 それにしても,米国の場合,教養部などもともとほとんどないと思うが,General Education は縮小もされないし衰退もしていそうにない.日本との違いは何なのか?
 いろんな言い方ができるだろう.私の言い方では2点を指摘できる.第1に,教養科目は教養部という格下の組織の教員が担当するものだという発想が根強いためだろう.だから教養部無き後の専門学部教員は真剣にやろうとはしない.米国の場合,General Education の科目は Department が出す専門科目の低学年用の科目(の中でGeneral Educationの基準に適合した科目)に過ぎない.教養科目は専門科目の中から選ぶべきだと法人化前から私が(というより教養学部が)主張していた根拠の1つがそれである.第2に,教養部解体後,教養部ポストは専門学部が吸収したけれども,その専門学部をコントロールするだけの大学のガバナンスがなかったことだろう.

 この大綱化が埼大でどのように起こり,その後いかなる経過を辿ったか,気が向いたら次あたりの記載で書いてみたくなった.

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国立大学法人化は失敗か?

 ネットでニュースを見ていたら,京大の山極総長が「国立大学法人化は失敗だ」といっているという記事があった.どれどれと思って引用元のサイトを見てみた.引用元とは「読売教育ネットワーク」(http://kyoiku.yomiuri.co.jp/sha/)というサイトである.このサイトに「異論交論」というシリーズ物の記事があり,そこでさまざまな大学関係者がインタヴューに答えている.なお,このシリーズは2019/2/9 が最終回で,既に終了している.
 山極総長の記事は2018/3/9であるから,1年以上前になる.次の回(2018/3/15)が東大の五神総長だった.両者が同じようなテーマでインタヴューに答えていた.

山極京大総長の弁

 で,まず,「国立大学法人化は失敗だ」という山極京大総長の記事を読んでみた.議論のアウトラインをまとめようと思ったが,インタヴューであるためか,議論のstructureが成り立っていない.論理展開はかなり滅茶苦茶だなぁ,と思った.筋を追うのを止め,私の主観で山極総長の主たる論点を強いて拾うと,次のようなことである.

1) 大学の大綱化(1991)から「指定国立大学法人の選定」(2017)に至るまでの国立大学に対する国の措置は失敗だった.国立大学は(財政的,時間的に)余裕がないのに多くを要求されている.
2) 文科省(だけ)を司令塔にして国立大学を運営するのがよい.
3) (京大の)学部の学生定員を減らすのは嫌だ.
4) 大学間の統合は嫌だ.連携がよい.

 1)にあるように,単に「法人化が失敗」ではなく,長い間の国の措置がダメだった,という主張である.
 大学教員が時間の浪費を迫られているという定番の議論も出て来るが,評価や申請書書きで時間を取られるというお馴染みの議論ではなく,学生の教育に手間がかかるようになった,といっている.そのことの原因が大学の大綱化(で教養部を廃止したこと)による,という筋になるかというと(たぶんその趣旨と思うのだが),大綱化との関係が書いていない.また,大綱化で教養部を廃止したのは国の求めではなく大学の判断(京大は新学部を作った)だったはずである.学生の手間がかかるのに研究高度化を求められて,やってらんねぇよ,という話であるが,では学部の学生定員を減らすかというと,3)のように,それは嫌だ,になる.

 横道に反れるが,私が大学院生だった頃,私が授業に出ていた(東大の)ある教授は,「旧帝大は大学院だけの大学になるもの手なんだよなぁ」といっていた.だから旧帝大の大学院大学化は,アイディアは1970年代からあったはずである.私が何年か前に教養学部長をしていて,人文系学部長会議に出ているとき,名物の某大学の学部長さんが「旧帝大は重点化で学部教育なんてできていない.学士課程はわれわれ地方国大に任せ,旧帝は大学院大学化しろ」というと,他の学部長さんも「そうだ,そうだ」といって盛り上がったものである.地方国大は大学院は学生確保で汲々としており,(学部に比べて)そんなに良い学生が来る訳でもないので,地方国大には学士課程を任せる,という棲み分けをしてもらえると有難い,というのが本音だったのである.

 現状で,国立大学の運営の仕方の意見は大きく,「文科省主導」対「官邸主導」に分かれるように思う.文科省は国立大学を保護しつつ自らの主導体制の維持を目指す.文科省以外の官庁や諸団体の注文も取り入れたいのが官邸である.山極総長はあらゆる情報から考えて,文科省丸抱え親方日の丸志向が強い.考えてみると,少し前に国大協(山極総長が会長)が国立大学を応援します的な議連に「金くれ」のお願いに行った際に提示した「改革します資料」は,文科省がいっていることそのまんまだった.
 それにしても山極総長の弁は,酔っ払いが管を巻いてからんでいるようないい方である.法人化が嫌な向き(国立大学教員のほとんどだと思うが)には聞いて気分が晴れるかも知れないが,その先の展望は見えない.埼大の学長がこういう方でなかったのは幸いだったように思う.

五神東大総長の弁

 山極総長の次の回に「異論交論」に出たのは東大の五神総長だった.同じようなお題でインタヴューに答えている.が,中身は山極総長とは180度近く違うのが面白い.
 五神総長の方は,「成功失敗というより,法人化は必然だった.」と切り出す.続けて「1980年代には国立大学の劣化は既に深刻だった,それがそのまま続いたら,もっと悲惨な状況になっていた.」という.(以下,都合よく切り取りでつなげるが)「日本の道路や橋,医療を含めた社会保障…パブリックなものの維持,という面では全て破綻に近い状況だ.」「日本の経済力を高める方向に動かないと,社会の共感は得られない.」
 では日本の経済力を高める方向で何かできるのかというと,全国の国立大学をつなぐ学術用の100Gのネットワークが既にあり,そこにデータを集積して(データサイエンスやAIを駆使して,ということだろう)産業の拠点にする,という.まあ,この五神先生という方はそういう方向のお仕事をされているようで,ある種売り込みもあるのだろう.
 なんというか,学術用のネットワークを利用して経済成長を引き起こせるのか,その点は私は no idea である.そうかも知れないし,違うかも知れない.ただ,私が強く思うのは,幻想でもよいから,こういうpositiveな考えをいえることが,今後の学長に必要なことではないか,という点である.
 社会心理学では,人間には positive bias という傾向があり,物事を楽観的に考える(しかし分析的な人は悲観の方に偏る)という説がある.この説を進化心理学的にいうなら,幻想でもpositiveに考えた方が結果が良かった(したがって適応性が高まった)からである,ということになる.だから,positive illusionを持つことは現実的に良い結果を導く可能性が高い.

 話が変な方向に行くけれど,なるべくなら,positive illusionを楽しい夢として語れる人を学長に選ぶとよいのだろう.そういう方はどこかにおられるだろう.過去の話であるが,例えば元理事だった教養学部の加藤先生などは,常にpositiveに考える方だったなぁと今も思う.

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日立が日立化成を売却

 日経を見ていたら「日立、ものづくり・ITに集中 日立化成売却へ」という記事があった.ああ,すごいなと思った.
 私の出身地は茨城県であるとはいえ,栃木寄りの地域だった(だから言葉も田代先生や西田先生に近い)から,もともとは日立市に馴染みがない.が,母方祖父母が水戸に住んでいたし,高校が水戸だったので,水戸方面は思春期ころから馴染みができた.日立工業高校とは相撲でよく対戦したのである.
 私が高校生だった頃,水戸の隣の勝田市(今はひたちなか市)の市長が,日立労組に逆らったために再選できなかったということがあった.つまり日立市からひたちなか市までの海岸線沿いは日立の企業城下町だったはずである.
 水戸にいた祖父は「日立といっても今は大したもんだ」といっていた.日立製作所は(記憶はあいまいだが)日立辺りにあった鉱山を基盤に銅線か何かを作っていた町工場であったと思う.それが戦中戦後を通じて成長し,私が子供の頃には大企業になっていた.私が学生だったとき(PCが売り出される前である),東大の「大型計算機センター」にあった大型計算機は日立であり,当時,旧帝大の大型計算機は日立か富士通だった.埼大に就職したとき,埼大の計算機も日立であったので,ここは東大の系列か,と思ったものである.日立が悪いのに教員が不具合を謝った,という話が出るほど,日立は埼大でも強かった.
 一時,電機メーカーが軒並み業績を悪化させたとき,日立だけは「集中と選択」をしなかったために業績悪化を免れた,という記事を見た覚えがある.その日立も,なんと日立化成を売却して再編に乗り出すという.
 まあ,これが経営なんだな,としみじみ思う.

 そういえば文科省も,学部を売りに出すことを考えるべきことを私大に通知していたはずである.学部ごと他大学に移管させる,というのは,子会社や事業部ごと売却して経営をスリム化するという企業慣行を念頭に置いたのだろう.むろん国立大は想定していない.

 私が教養学部で学部長になった頃,よく内輪の雑談で「ウチの教養学部を私大が学部ごと買ってくれないかね」と話したことがある.当時,私大にもよるが中堅以上の私大であれば,給料や研究費は埼大より若干良く,定年も長く,サバティカルなどの労働条件も悪くても同等である,という認識があった.正直いって,埼玉大学という国立大学に学部があるメリットを感じることはなかった.今All-in-One Campus などというが,個々の教員にとっては,埼大の他学部があることのメリットはほとんどない.しいて言うと人文系の先生が教育学部に同分野の方がいるのが有難かったかも知れないが,大きな要因とも思えない.
 昔からメリットとされるのは,国立は教員辺りの学生数が少ないというくらいである.ただ,私は何年か前に成城大学で非常勤で卒論を担当させて頂き,今年は中央大学で非常勤で卒論指導を担当させて頂いている.私大であるから学生が多い.とはいえ,1教員辺りの卒論の指導学生は何れも10名を目安の限度としているのである.教養学部の場合,教員1人当たりの卒論学生数は4,5名だろう.それが10名になって,気にするような手間の増があるとも思えない.むしろ10名程度が最適数ではないかと思う.
 法人化後,理系が設備の貧困を嘆いているけれども,文系の場合はそれ以前ではないかと思う.図書館には必要な書籍,雑誌類がまずない.予算額の問題より使い方の問題だろう.しょうもない雑誌のタイトルはよく見かけるが,Annual Reviewのようにimpact factorが最高の出版物ですら,私が研究費で買わなくなると大学にはないのである.大学の図書館としては考えにくい.理系のための電子ジャーナルで予算は吸い尽くされるので仕方ない面もあるが,管理もまずい.
 今は改善されたかも知れないが,在職中に私が苦労したのは,統計の授業で統計ソフトを学生に使わせたいけれど,十分な手当てができないことだった.たまに教育機構のプロジェクト経費でお金をもらって一定数インストールして凌いでいる有様だった.授業でも2人に1台の手当しかできなかった.理系ではMathematicaなどのサイトライセンスを取っているから,統計ソフトのライセンスを取る余地はないのかと,情報系の先生に伺ったけれども,そんな余地はない,という.そんな有り様の大学は,私が知る限り,私大にもない.おそらく理系で金を使うので文系に金が回らない(文系主体の私大では金が回る)というのが実態ではなかったか?
 そんなくらいだから,「教養学部は明日から私立の〇〇大学になります」といっても,多くの教員は反対しなかったろう.反対する要素があるとすれば職場がさいたま市より北に移動する場合だけだったろう.
 学部長になる前,私は前任者の関口学部長の下で副学部長をしていた.関口先生とはいろんな話をしていたが,何の話のときだったか,関口先生は「国立大学は民営化してもよかったんだよな」と仰った.「すぐに民営化するというのは無理だが,時間を置いて民営に移行するなら対応できただろう」というご意見であった.実は私はもともと,国立大学の民営化論者であるから(今もそうである),そのときはいきがあっただろうと思う.
 私や関口先生が民営化してもよいと考えたのは,むろん文系だからである.文系は国立大学にいることによる恩恵がない.その点は理系とは異なるだろう.理系は税金によって私大との大きな価格差を付けてもらっている.学生の質に及ぶ恩恵は計り知れない.理系では,当初の交付金には入っていないような設備用の予算も申請できるが,文系ではその恩恵もない.理系は国立をやめられないと思うが,文系の方は有難みは実感しにくいのである.

 さて,教養学部をどこかの私大が買ってくれる,ということがあるかといえば,現実にはないだろう.教員が欲しいとしても,欲しくない教員もいる.だから「学部ごと買う」より「個別に人を引き抜く」方が合理的である.また,学部として受け入れ難い慣行を持っている場合,学部ごと買うことにはリスクが伴う.
 買ってくれることがあるとすれば,その学部自身にブランド力がある場合,また,埼玉地方に新たにキャンパスを増設する場合,といったことではないかと思った.
 私が学部長のときに考えたのは次の2つである.買ってもらえるためには,一定のブランド力を付ける必要がある.私の学部長期に教養学部はグローバルの方向性をとった,その内心の動機の1つは買ってもらえるようにするためである.もう1つ考えたのは,埼玉県内の高校に根を張っていると買ってもらいやすかったことである.だから何とか「指定校」を作れないかと思ったが,当時の国立では無理だった.グローバル事業を始めるときに県内の高校にアンケートを送って事実上宣伝をしたけれども,その努力はその後しなくなってしまった.
 だが,「学部ごと私大に買ってもらう」という可能性は今後も捨てずにおいた方がよいだろう,と私は思う.理系は国立でなければ生き残れないが,文系はそうではない.今後,どういう展開になるかは分からないのである.特に,人事給与マネジメント改革が暴虐な様相を呈する場合(その可能性はあると思う),学部ごとどこかに退避する,ないしそれに近いことを起こすことは,現実的な選択肢かも知れない.

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静岡大学と浜松医科大学との法人統合

 静岡大学と浜松医科大とが統合するというニュースが出ていた.両大学の統合話は前からあったような気がする.21年度からというから,アンブレラではなく,以前からよくあった複合大学(医学部がないと総合大学とはいわない)と医科大との統合のケースと思う.その意味では大きなニュースではない.
 静岡大学は少し前に静岡県立大学との統合話があった.今にも統合するような話であったが,気付かぬうちに消えてしまった.学部長会議でお会いした学部長さんの話によると,県と国では事務的な仕組みが違うので無理という判断になったという.今回の浜松医科大は国立であるから,ハードルは低かったのだろう.
 静岡大学は,埼大ほどではないが,立ち位置が難しいように思う.東京からやや離れているし,名古屋大を中心にする東海地方のアンブレラに入るには,浜松はともかく静岡は違和感があったかも知れない.むろん,将来,東海のアンブレラに入る可能性がなくはないだろう.何れかのアンブレラに入るとしても,より強い立場で入れるだろう.
 素人目には静岡大学が浜松医科大を吸収するように映るかもしれない.が,予算は(ホームページに出ている平成29年度の決算書では)静岡大学が埼大の1.4倍程度の185億円,浜松医科大学が312億円である.浜松医科大学の方がかなり大きい.看護学科を含めた医学部だけの大学であるが,商売としては医学部1つの浜松医科大学の方が静岡大学より大きいのである.埼大も,もし医学部があれば予算は3倍超だろう.
 確認のため自治医科大学の予算を見てみた.信じられないほど大きかった.

 学問系統の異なる大学同士の統合であるから,おそらく,両大学は今まで通りに運営されるような気がする.統合することの意味は,調達を含めた事務処理の共通化による節約や,医工連携の促進,といったことくらいだろう.むろんその2つでも,大きい.

 埼大は,今,何か話を進めているのだろうか? 大きな決断を回避するこれまでの埼大のパタンを考えると,気が付いたときには選択肢が限られてしまうというのが,最もありそうなシナリオのように思える.

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THE大学ランキング日本版2019

 昨年も全く同時期に同じような記載をアップした.Times Higher Education(THE)の世界大学ランキング日本版の2019年版が公表されたというニュースを見かけたからである.この日本版のランキングは教育面の評価であり,研究面まで入れるとランキングは異なる.が,協賛しているのがベネッセなので,教育面の評価が主体になるのだろう.
https://japanuniversityrankings.jp/
 大まかな大学のランキングは当然ながら昨年度と同じである.1位が東大から京大に変わったとニュースでは喧伝していたが,もともと差は小さく,どちらでもよいことである.注目すべきことではない.
 埼大は昨年度が70位で今回は75位だった.この点も「変わらず」というべきだろう.
 ちなみに,重点支援①の大学だけ取り出してみたのが下の表である.大きな変化はない.

表:重点支援①の大学のランキング(100位まで)

190328

 評価次元は教育リソース,教育充実度,教育成果,国際性の4つである.詳しくは上記サイトを見て頂きたい.教育リソースとは学生の資金や教員の研究力などからなる.教育充実度は学生や高校の先生の評判である.教育成果とは企業や研究者からの教育力の評価である.国際性は留学する学生の比率や外国語による授業の比率などから算出する.サイトにも詳しくは載っていない.
 埼大の場合,総合で75位,教育リソースで88位,教育充実度で110位,教育成果が49位,国際性が93位だった.見たところ,教育成果が高く教育充実度が低いように見える.しかし,教育成果が良いといっても茨大や鹿児島大が少し上であるから喜ぶ話ではないかも知れない.教育充実度がやや低いのは,学生や高校の先生から評価されていない面がある,ということである.

 このランキングは大した指標に基づくものではない.研究力ランキングのような論文関連の客観指標によるランキングではない.指標の半分は評判であるから,世間のステレオタイプを反映した結果になりやすいといえるだろう.ランキングを上げたければベネッセに儲けさせてください,という商売になっているような気もする.しかし,埼大の場合,受験当事者からの評判が取れていない,そこを何とかすべき,といったことを教訓として汲み取るべきかも知れない.

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AI人材育成

 日経の記事を眺めていたら「政府,AI人材年25万人育成へ 全大学生に初級教育」という表題の記事が出てきた.3/29に政府の統合イノベーション戦略会議が公表するという.内閣府が記者に「豆撒き」したニュースだろう.大きく出たな,と思う.この公表には経済成長マインドを鼓吹する狙いがあるのだろう(正しいことである).記事を見るとAIに加えてデータサイエンスを入れて考えているようである.理念として標榜するのが「数理・データサイエンス・AI」である.
 最近の政府の動きを見ていると,官邸主導で必要な方策を出していく.総務省や文科省のような既得権益官庁はその邪魔をする,という構図である.
 政府の何万人計画というのは今までにもいろいろあって,たぶん達成された試しはない.しかしこの件で大きく出るのは正しいように思う.アメリカのようにバイオに投資することは,日本はしなかった.日本がAIやデータサイエンスに賭けるのは必然のように思う.やるなら,「勝利を決定づけられない兵力の逐次投入」ではダメである.
 記事の記述を見ると年25万人はまず無理のように思う.しかしそのつもりやる,ということだろう.文系学生の15%がAI人材になるという想定らしい.文系でも研究上はテキスト分析などへの応用は普及するだろうから,教養学部もその方面の人的な投資を考えてよいように思う.
 「全大学生に初級教育」というのは,対応できる大学がどれほどか,という問題があるだろう.ただ国立大学はやることになるように思う.今後の外的な環境要因の1つとして考慮するのは必要なことである.良い方向への変化になると私は思う.文系の学生でも初級教育くらいは必要である.ある程度の知識がないと通常の業務に支障が出かねない.AIでできること,できないこと,付け加えるべきモジュール,などについて判断できないからである.
 同じ日経の記事の2/27付けの記事に「AI・データサイエンスの大学院新設ラッシュ」という記事があり,東大,阪大,早稲田,関学などの例が載っている.確か立教が院を新設するという話もあった.手を打てるところは打っている.
 埼大は,グローバルを見送ったのだから,残る投資先はデータサイエンスしかないと私は思ったが,やらなかった.当然ながら挽回が必要になるだろう.工学部と経済学部がジョイントで何かするとすればデータサイエンスしかないと思ったが,そこは京大の経済学系列の滋賀大とは内訳に差があったのかも知れない.

 ふと思ったが,AIは軍事技術としてもキーになるだろう.軍事に転用できるからAI研究は認めないぞぉ,とかいうバカが出るか,その点は楽しみにすべきと思っている.

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文系を学ぶとバカになるのか?

 少し前,アマゾンで百田尚樹の『日本国紀』と一緒に,高橋洋一の『「文系バカ」が,日本をダメにする』という本を購入した.台所に置いてペラペラ目を通していた.
 高橋洋一という人は嘉悦大学教授の肩書のある,元財務官僚である.最近のニュースの解説をする評論家の中で,この人が最も良いことを言っていると私は思う.何が良いかというと,話を単純化して分かりやすく説明する点である.この方は数学がすごく出来る人だったらしい(この本に書いてある)が,話を単純化して見せるところはなるほどと思わせる.文系の人だと単純な話を複雑にして喜んでしまう.
 で,『「文系バカ」が,日本をダメにする』という題に私が興味を覚えたのは,文系の学問の中には人をバカにする要素があるのだろうか,そのことが書いてあるのではないか,と期待したからである.
 結論をいうとそういうことは書いていなかった.本の内容はかなり簡単なもので,口述筆記程度の中身である.中身に体系性はない.週刊誌の記事くらいの内容だと思う.
 それでも面白いことは書いてあった.この本で「バカ」とされるのは主に官僚,マスコミの記者である.著者が財務省役人時代の話があり,出世する官僚が専門性がなくものの理屈を知らない人であったことが縷々書いてある.高橋氏は役人時代に「ハトの豆撒き」,つまり記者に情報を提供する仕事もしていたようで,マスコミ記者がどの程度のレベルかも分かっているのだろう.高橋氏は官僚とマスコミは信用するなという人であるが,この本を読むと,ほんとに信用しない方がよいと思えて来る.
 この本の中で著者の高橋氏が称賛する「理系」的なものとは,おそらく,「自分の頭で考えること」であろうと思う.結局,「文系バカ」とは自分の頭で考える力がない人,ということに思える.
 そういわれれば,思い当ることはないではない.
 私は退職する直前の6,7年の間,なぜか「ゲーム理論」の授業を持っていた.私ができることであるから,むろん入門的な内容の範囲である.ゲーム理論は,分野では経済学者が研究することが多いけれど,本来的には数学の一種である.私はこの授業を担当することが気に入っていた.退職した次の年には埼大で非常勤の授業を1つ担当する機会があったけれど,社会心理学の授業ではなくゲーム理論を選んだくらいである.社会心理学のような体系性のない科目に比べ,ゲーム理論には体系的な美しさがあった.
 だから,私はその美しさに酔いしれて講義をできて幸せだったけれど,講義を受ける学生はつまらなかったろう.よくある話である.が,問題は,試験の成績が概して悪かったことである.グローバル・ガバナンスのように,表向き社会科学系の学生であっても,概して出来が悪かった.
 私の認識では,成績が悪くなる要因は2つあった.第1の要因は「考える」ことができていないことである.私が学生だったときの経験からして,文系の学問の試験では,できたかどうかは設問で問われた事項(例えば用語)を知っているかどうかで決まる.知っていれば,どのように表現するかについては考えるものの,答えは書ける.事項を知らなければ,考えて創作しても通常は点にならない.しかし数理系の科目の試験では,明示された条件と既知のルールを操作(演算)して答えを出さないといけない.つまり自分で考える過程が入るのである.その考える過程ができていないことを示す答案が多かった
 第2の要因は基本的な演算の間違いである.私の授業では,初歩的な微分を除けば四則演算しか使わない.その四則演算,ないし文字式の変換の基本的操作の間違えが結構あった.だから考え方は合っているのに解答が変な方向に向かう.その種の間違いの減点率は低くしていた.
 第2の要因の方の原因は,仮説は多数にのぼるが,私の想像では「ゆとり教育」の影響だろう.第2の要因は,私がゲーム理論の授業をしていた期間の最後の2,3年に強くなった.調べてみると,何れの学年もゆとり教育を経験しているものの,その2,3年の学生の学年では小学校低学年からゆとり教育があったのである.だから演算の反復訓練をする習性ができていなかったのだろう,と想像する.
 今問題にしたいのはむろん第1の要因の方である.要するに考えることが習慣になっていない学生が多かったように思う.中には暗記物として試験を受ける学生がいて,解き方のパタンだけ暗記して解答したらしい答案も見かけた.そういう答案は論述部分で説明になっていないのである.
 研究者になるような方であれば,文系理系を問わずに考える経験を積んでおられると思う.しかし普通の学生はそうではない.文系学生の場合,知っているかどうかが勝負であり,自分で考えるという過程を経験せずに点が稼げる.論述はさせているのに結局は暗記学問になる.それでは考えることをしなくなって不思議はない.
 こう考えると,極論すれば,文系の学生はその課程を通してバカになるよう訓練されているのではないか,と思えてくるのである.
 聞くところによると,埼大では新たな教養教育において,文系学生向けにも数学系の科目を重視するとのことだった.また経団連等は文系学生にも数学の知識を求める提言をしている.だから文系の課程でも入試には数学を入れることが求められるだろう,と書くメディアもある.実際どうなるかは分からないけれど,まあ結構なことではないか,と思う昨今である.例えば論理的な文を書く練習をさせるなら,数学の証明をきちんと書く訓練をするのが一番早いだろう.文系の場合,「論理性」と「説得性」を区別できていないことがよくある.

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国立大学のキャッチフレーズ

 3月初旬に偶々いくつかの国立大学のホームページを眺めた.群馬大学のページで新しいキャッチフレーズを決めた,と書いてあった.「群を抜け 駆けろ 世界を」というのがそのキャッチフレーズである.同じようなことを他大学もしているかと思って国立大学のホームページを調べてみた.
 東日本の国立大学は全部調べた.といっても東京の国立大学はスキップした.埼大の参考にならないからである.西日本については,多少見知った大学だけを拾った.その結果が次の表である.キャッチフレーズが見つからなかった大学も多い.

  表:国立大学のキャッチフレーズ
─────────────────────────
弘前大学  世界に発信し,地域と共に創造する
岩手大学  岩手の「大地」と「ひと」と共に
秋田大学  学生第一の秋田大学
東北大学  最先端の創造,大改革への挑戦
群馬大学  群を抜け 駆けろ 世界を
埼玉大学  All in On Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現
山梨大学  地域の中核 世界の人材
信州大学  Plan the NEXT
静岡大学  自由啓発・未来創成
新潟大学  真の強さを学ぶ.
岐阜大学  学び,究め,貢献する岐阜大学
三重大学  三重の力を世界へ
高知大学  地域から世界へ,世界から地域へ
島根大学  人とともに 地域とともに 島根大学
鹿児島大学 進取の気風あふれる総合大学
─────────────────────────

 正確にいうと,大学のトップページ,ないしその1つ下のページで出て来る標語らしきものを選び出した.あくまで今年3月の初旬のホームページ記載である.ホームページは結構書き換わるし,4月の新年度になるとリニューアルして変わるかも知れない.3月初旬のスナップショット,と考えて頂きたい.

いくつかのタイプ

 いくつかのタイプに分けられるように思う.
 まず地域を基盤とする重点支援①の大学であることをそのまま示した「地域型」と呼ぶべきキャッチフレーズがある.岩手大学と島根大学である.重点支援①を純心に標語に落とした感がある.
 「地域型」の1つのヴァリエーションとして「地域と世界型」と呼ぶべきタイプもある.もともと重点支援①は,地域を基盤にするだけではなく,世界的な拠点を持てる記載になっている.特に理系は「世界」を入れないと収まらないだろう.このタイプの大学は弘前大学,山梨大学,三重大学,高知大学である.
 大学のミッションを標語として表現したと思えるケースもある.「ミッション型」と呼んでおこう.上記の表では,秋田大学,東北大学,岐阜大学が該当すると,私の主観では,思える.
 記憶に残るのが,かつて就任時に物議を醸した山形大学の結城学長が「教育第一」というスローガンを掲げたことである.その頃,東北大学は「研究第一」を掲げた.好き嫌いはともかく,見事なコントラストであったと思う.秋田大学のキャッチフレーズは,その結城学長スローガンの変奏のように見える.
 岐阜大学のキャッチフレーズにも注目してよい.ご存じのように,岐阜大学は名古屋大学とアンブレラ統合の協議に入っている.その協議の覚書が岐阜大学のホームページに掲げられている.名古屋大学ホームページにもあるのだろう.その覚書を見ると,岐阜大学と名古屋大学はミッションが違うことを明記しているのである.上記の岐阜大のキャッチフレーズは何気ないように見えるが,明らかに東北大学や名古屋大学とは書くことを違えている.地域大学として教育,研究,社会/地域貢献をします,という.素直な表現といえる.
 学校の教室にはよく,その学校の校風を示す言葉を書いた額が掲げられている.かつて私が通った中学校では「力のある人間になれ」と書いてあり,高校では「至誠一貫 堅忍力行」とあった.そのような校風の表現をしているのが静岡大学,新潟大学,鹿児島大学である.このタイプを「校風型」と呼んでよいように思う.
 ここまで,私の主観で4つのタイプを想定してみた.その4つに入らないのは,上記の表の中で,群馬大学,埼玉大学,信州大学である.
 群馬大学のキャッチフレーズについては,当ブログの1つ前の記載(「法人化後の3代目学長(下)」)で取り上げた.「エースをねらえ」の宗方コーチが,岡ひろみの飛躍を願って,今わの際で「岡,エースをねらえ!」と叫ぶ,群馬大のキャッチフレーズはその叫びの雰囲気だね,と思う.地方国立大学の群から抜けだ出して世界を目指せ,ということである.ウチの学長の心の叫びでもあるだろう.だから群馬大学のキャッチフレーズは「エースをねらえ型」というべきだろう.
 信州大学の標語は,何というか,日立の Inspire The Next のパクリだろう.だから「日立型」というべきかと思う.むろん,Plan the Next,うん,悪くない.inspireという気の利いた単語を選んだところは,日立さん,ちゃんとお金をかけたんでしょうね.
 最後は埼大である.見ての通り,かなり異質である.1つの決定打がないので魅力と思えるものをいろいろ集めたのだろう.その意味では「複合型」といえる.
 ただ埼大の標語は,外部向けには意味が薄い.この種の標語は見て0.5秒くらいでその意味を把握できないとダメだろう.

埼大にどのようなキャッチフレーズがあり得るか?

 前項で並べた「複合型」以外のキャッチフレーズを埼大について作るとすればどうであろうか?
 まず「地域型」であるが,埼大としては「世界」が入らないと収まらないだろう.「地域と世界型」から選ぶなら,弘前大学,山梨大学の標語はそのまま使えるかも知れない.ただ,埼大の難しさは,単なる地域ではなく,「首都圏」を入れないと(埼大関係者の気持ちが)収まらない点である.しかし「首都圏の発展に貢献する埼玉大学」といっても信憑性はない.首都圏に比べて埼大の存在が小さ過ぎる.つまり「首都圏」としての「地域」は使いにくいのである.その点,例えば首都大学東京や横浜国立大学の場合,都市環境を扱う学部・研究科を持っているから,「首都圏」といって収まる面がある.しかし埼大は「都市ナントカ」の組織を備えていない.そう考えると,「首都圏」とか「地域」といったキーワードを埼大は使いにくいと思える.
 「校風型」も作り難い.埼大は校風などは考えたこともないはずであり,仮に作っても自分でも納得できないだろう.あえていうと,以前に埼大経済学部が「地味だけど実力派」という標語を使っていたのは,校風に近かったかも知れない(千葉大の「底力宣言」と泥臭さが似ている).しかし,そういう標語は,いってみても受験生は引くでしょうね(笑).
 素直なアプローチは「ミッション型」であり,岐阜大の標語はそのまま使えそうに思える.しかし埼大の志が高い向きは,「世界」だの何のと入れたがるだろう.
 「エースをねらえ型」もありだろう.群大のキャッチフレーズは,埼大の今の執行部はそのままOKではないかと思う(統合するのも手だろう).もろに「エースをねらえ」でもよいかも知れない.「龍の閃きとなって天を翔けろ」(るろうに剣心か?)なんて,よいかも知れない.恥ずかしくなければの話である.
 半ば冗談で書いてみたが,この種の標語は,たぶん学長ごとにできるだろう.埼大でも,学長が変われば,2年目くらいに新たなキャッチフレーズを作ることになるだろう.そのときの参考になれば幸いであるが,なる訳ないよね(汗).

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法人化後の3代目学長(下)

 3代目学長さんに関する「下」を早めに書こうと思って,延びてしまった.延びた理由は書く内容に迷いが生じたからである.当初,「中」の後の展開について書くつもりでいたが,そんなことを何のために書くか,と疑問が生じてきた.もともと「法人化後の学長」について書こうと思ったのは,「学長は,就任前と後ではやることは変わって来る,事前に学長選びに凝っても仕方ない」という点だった.ただ,3代目さんについては,私の在職中の見聞は最初の3年間に過ぎない.だから「学長が変わった」という話はしづらいのである.3代目学長さんは,6年を通してもあまり変わらないように思える.
 ともかく,書きはじめてしまったので始末をつけよう,と思った.

公平に頑張った

 3代目学長に関する「上」で私が最初に書いたのは,この学長さんは個人属性からすると最善と思えたことである.その点と矛盾することなく,少なくとも最初の3年間については,学長職をよくつとめられたと思う.見ていると「一生懸命やってます」感があった.その点は2代目さんとはやや異なる.そして,あくまで教員が見ることができる範囲の事柄について,予想よりも公平であったように思う.理工出身ではあるが,特に理工に贔屓をしたとは感じない(ただ理工は部局として力があるから,その点での配慮はあったろう).予算の配分にしろ,教員の削減にせよ,公平に行うことにつとめられたように思う.ちなみに,2代目学長さんについては,(私はそうは感じなかったが)「全学の会議には経済学部長が二人いる」という方もいた.
 学長としての説明力が一番出るのは,学内では,教員相手の会議よりは経営協議会の場である.私が直接見たのは2代目さんと3代目さんであるが,ご両所とも見事な説明力だったように思う.まず2代目さんは,外部委員と考えが異なることがあっても平然と説明を進め,差しさわりのないように相手からの了承をもらう.見ながら私は「大したもんだ」と思ったものである.3代目さんについては,この方の性格であろう,そんなことまで口にしなくてもよいと思えることまで公平に説明し,了解を求めることが何度かあったのを記憶している.
 具体的には書かないが,私は学部長をしていたので,むろん,学長とは意見が異なることは何度もあったし,気に入らないことを決められてしまったことも何度もある.しかしいずれも,大局的には小さい話である.実際に少ない人数で学長に接する場面で,3代目学長さんに嫌な思いをしたことは記憶にない.

事績としては地味だった

 ただ,学長としての事績は意外と地味だったように思う.大きな展開を導いたという印象はない.むろん,この点は初代目さんも2代目さんも同じである.
 地味だったのは仕方ない面がある.何かをするには予算が要るけれども,国立大学は「その日暮らし」であり,年度ごとにもらう交付金や補助金でやりくりするだけだからである.その点は自前の資金を持ち得る私大とは事情が異なる.
 以前,政府の参与か何かの,規制改革派の経済学者が,文科省が国立大学内の権限を学長に集中させる措置をとることを嗤う発言をしたことがある(政府が公表する議事録に載っていた).独自の財源もないのにトップ・マネジメントはあり得ない,という.まあその通りである.申請して補助金を獲得することはあり得るが,独自の構想に使えるものではない.学長は権限が強いといっても,構造的に考えて,学長が大学を運営しているとはいえても経営しているとは言い難い状況にあるように思う.
 3代目学長さんは埼大のユニークネスをどのように表現するかにかなりの認知的資源を使ったように推察する.しかし,結果としては特段にユニークな点を作れた訳ではない,と思う.「All in One Campus」といっても,すべてが揃っていないから1キャンパスに収まっているに過ぎない.複数キャンパスになっても,医学部や農学部を持っていた方が強みだったろう.「研究力」はどこの国大もアピールに努めている.「文理融合」や「グローバル」もほぼ,どの大学もいっていることである.「融合」は,ほぼ全大学が歌っており,規模が大きければその名を冠した部局を作っている.埼大の場合,「理工融合」は済んでいるので,学内部局の選択肢としては「文理融合/文工融合」しか残されていない.しかし「文理融合/文工融合」は医学や農学との融合に比べて具体的な成果をアピールするのは難しいだろう.
 むろん,学長に責任がある訳ではない.学長さんとしては手持ちの駒を使っていかに魅力的に映る表現をするかをお考えになったように思う.しかし駒に制約があるのであるから,どうしようもない.

国立大学の階層化

 法人化後の初代学長さんの時期は新たな法人化体制の初動期間であり,法人化運営の定着がテーマの時期だったろう.2代目学長さんの時期は,交付金の削減が続いたけれども,民主党政権時代と重なり,国立大学に関する考えは定まらない時期だった.対して3代目学長さんの治世は,国立大学の階層化が進行した時期と重なっている.
 むろん,国立大学の階層は法人化の前から事実として存在していた.しかし,実質はそれほど変わらないけれども,階層の意味付けが整理された時期と言ってよいように思う.安倍政権になってから大学は国力の基盤と位置づけられ,(理系の)研究力が明確に存在する国立大学の立場は安定したように思う.その安定化と同時に生じたのが国立大学の階層化であり,旧来の階層のある程度の振るい分けとともに,重点支援の形態として階層化が理屈づけられたと私は思う.
 埼大は2代目学長さんの末期に改革強化プランを文科省に採択してもらった.このプランは上の階層に入る志で作成したようであるが,国立大学の階層化の基礎データは第1期中期あたり(COEを盛んに決めていた時期)でほぼ確定しており,改革強化プランの時点で,これから研究力を強化してどうにかなるはずもなかった.他の国立大学との比較で考えて,埼大が重点支援①に入ったのは順当である.重点支援③に入れなかった悔しさをにじませて不思議ないのは,むしろ他のいくつかの国立大学だったろう. 
 つまり改革強化プランは見込み違いで決めたように思う.私個人は,そのときに別の道,つまり埼大の方向性を示す新学部の設置に動くべきであったように思う.しかし,重点支援①の地域大学の埼大にとり,この強化プランはある意味で合理的な選択であったかも知れない,と私は今は思う.あの強化プランの結果とは理工,特に工系の比重を大きくしたことだった.この結果は,地域大学としての埼大の一つの合理的な在り方かも知れない.地域産業におけるイノベーションを担うポテンシャルが高まったとすれば,という意味である.埼大が地域大学としての実を上げるとすれば,基礎研究において華やかであるというよりは,次世代の産業への貢献,そのための人材養成ということが求められるからである.
 この路線で行くとすれば,内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金」の採択や,同じく内閣府の「日本オープンイノベーション大賞」などを狙うことで,成果を示してゆくことになると思う.ちなみに,最近の第1回「日本オープンイノベーション大賞」の最高位である内閣総理大臣賞を獲ったのは,弘前大学教員が加わったプロジェクトである(弘前大学のホームページには大きく載っていた).地域大学に徹している弘前大学がその栄誉に浴したのは医学部があるからであるが,この受賞はある意味で地方国立大学の当面の方向性を示しているだろう.

トップダウン模様

 3代目の学長の治世になって2代目のときよりもトップダウン色が強まったことは,両方で部局長をしていて私が感じたことである.3代目学長さんがトップダウン宣言をしたことはなかったと思う.強いていえば,2代目さんの4年目に3代目学長が学長選に立候補したときに,「今よりはトップダウンの方向でよい」という意見を述べられたくらいである.しかし,(法人法の本質は同じでも)学長に権限を集中する学内規則改訂を文科省が求めてきた時期であるだけに,学長にはトップダウンの方向に押される面があったろう.
 むろん3代目さんは乱暴なトップダウン判断をした訳ではない.主に合理的に判断されていた.また,ジンメルの説を引くまでもなく,一般に支配がそうであるように,支配者は被支配者(部局等)の出方を織り込んで判断する(ゲーム論では展開形ゲーム).だからトップダウンといっても一方的な権限の行使にはならず,相互作用は存在していた.典型は,部局負担を極限まで下げたノンディグリー・プログラムを学長自らが提案したことである.

細かい学長 いちいち数えた訳ではないが,学長が決めた事項は2代目学長時代より増えたと感じる.むろん組織決定は最終的には学長が決済するから,形式的には同じはずである.しかし,あえて学長が判断に手を加える格好になった事柄が多かったのだろう.
 ただ,いわゆる「トップダウン経営」というのとはニュアンスが異なる.3代目学長の下で教養学部長をしているとき,やたら細かいことまで「学長が決めた」と学部事務方から伝えられることが多かったのである.「こんな細かいことまでほんとに学長が決めたのか?」と時折,私は学部事務方に聴き返したことがある.学長の決済は経るにせよ,普通は下の者が決めて終わるようなことに「学長が決めた」という注釈がついて話を受け取ることが多かったのである.
 経営者のトップダウンとしてわれわれがイメージするのは,何に投資するといった大きな事項を経営者が決めることである.が,私が感じたのは,学長がトップダウン経営をしているというより,学長が「万能小役人」として働いているような印象だった.
 そんなことが,少なくとも一時は続いたものだから,私は冗談交じりに副学部長殿に,「癒し系の斎藤理事を学長に押せば通るのではないか?」と何度か話したことを記憶している.私の当時の目算では,教養学部を除く4学部のうち,3学部は賛成するのではないかと思えたのである.むろん冗談であり,話した副学部長殿は乗ってくれなかった(笑).斎藤理事も管理的な仕事はお嫌であったろう.
 学長が細かかったことにはいくつかの可能性があるのだろう.下から上がってきた決済を学長がひっくり返す,ということがあったというのが可能性の第1である.「学長が使われた」,つまり本部事務方(の上の方)が学長にいちいち了解を求めた上で案を定めた,という可能性が第2である.
 まあ確かに,私が3代目学長の下で教養学部長をしていた2年間に,学長に話が行ってからひっくり返った,とか,話がややこしくなった,といった感想は,教員といわず事務方からといわず,何度か耳にした.2代目学長さんのときは聞かない話であった.
 あくまで一般論であるが,上の方が細か過ぎた場合,下の者は「いかにして話を学長に持って行かないで済ませるか」を考える.そういう「適応構造」ができてしまう.3代目学長のときにそのようなことが具体的にあったとは,いわない.

本部事務上層部の権力 学長がトップダウンになると本部事務方の上層部(ただし事務局長より下)の権力行使が強くなる,というのが私の仮説である.確証のない「仮説」であり,錯覚かも知れない.単にその時々の当事者の属人的要素,つまり偶然の結果であったかも知れない.が,私はこの仮説が成り立つように思うのである.
 田隅学長はトップダウン志向が強かった,ということになっている.その頃,本部事務方の〇〇課長がひどい奴だ,といった風聞がよく流れた.私も副学部長時代,ある件で直接接触して腹を立てたことがある.2代目の上井先生はボトムアップ志向を口にしており,その間は部局の権限が強かった.典型的には予算の使途が部局裁量に任された.だから2代目学長のときは本部事務方上層部は不満を抑制していたかも知れない.3代目の山口学長になってから,本部事務方上層部が抑制を解き放った感があった.予算をはじめ,本部の縛りが強くなった.
 3代目学長の下で私が教養学部長だったとき,こうした次第を痛感したのは,人文系学部長会議の結果報告のメモを全学運営会議資料として出し,掲載を本部総務に拒否されたことである.実は事前に,学部事務と本部総務との間でもめていた.私が書いたメモを資料には付けられないという.その理由は学部事務にも分からなかった.その件が決着せぬままに全学運営会議になったけれども,会議に出ると資料は付いていない.資料を本部総務に出しているが,どうなっているんだ,と私がいう.フォームが違うとか,それまで聞いたことのない返事を本部総務が会議で述べる.そんな場合,2代目学長であれば資料(A4の1枚)をコピィして配れ,というだろう.が,そうはならない.学長は口頭でいえというが,紙で出したものは覚えていない,と私は拒否した.この件は,このブログの前の記載で書いたことである.
 タネを明かせば単純かつ愚劣なことである.私の報告には,1つの項目として,出席した17大学人文系学部長会議で文科省を非難する声明を出したことを書いている.私のメモには「声明を出した」と書いただけで,声明そのものは載せていない.が,その1項目を会議の記録に載せるのを嫌がったのだろう.実は,その件で文科省との間でもっと厳しいやり取りがあった大学もある.だから話は見え透いている.とはいえ,埼大で,学部長が資料として出したものを事務方が掲載を差し止め,それを学長が黙って見ているとは,私は思わなかった.2代目学長のときにはあり得ないことである.
 ほぼ同時期に別の件もある.どなたかの講演会を学部主催で行うと公表したが,その講演者に有罪判決が出た,と本部総務がいいがかりをつけてきた.ご丁寧に学長のお言葉が添えてあり,講演をするなら学部の責任でやれ,大学は知らん,想定問答集を持ってこい,という.想定問答集などというものを作ればそこで難癖をつけられるに決まっているから,要するに「やるな」というに等しい.この件では,「有罪判決」がネット上の1つの悪ふざけ記載に過ぎないことを私がすぐに見つけ,本部総務に通告して学長のお言葉も無視した.しかし学部教授会がやると決めた講演を本部がやめろということなど,あるか? 本部事務方がそこまで細かく検閲しているのか? やはり2代目学長の治世では考えられないことである.この講演会を大学ホームページにお知らせで載せるよう,学部事務を通じて依頼したが,やはり本部総務は拒否だった.
 大学は言論と学問の自由によって成る.だから,たとえ講演者に有罪判決が出ようと,講演を主催することは誉れであって恥ではない.
 上記の出来事があった辺りから,学内で情報統制が強くなったと感じ始めた.当ブログの以前の記載で,学長選考会議の公表されている議事録が実際の会議の様子を伝えていない,と私は書いた.実は同会議の議事録には何種類かがあり,ホームページに掲載されるのは一番記載が簡単なものなのである.
 確か評議会だったと思う.学長選考会議に関する報告があった.そのとき,ある評議員殿が学長選考会議の議事について質問をした.が,選考会議の議事については公表ができないルールだ,学長選考会議は大学とは別である,ここでは扱えない,と学長はいう.そのときに若干のやり取りがあった.選考会議と大学が別ならなぜその会議の報告になったのか,学長選考会議の事務局は大学の総務なのに(だから総務が報告しているのに),大学と学長選考会議は別だなどといえるか,がそもそも不思議であった.その場で私は iPad でネット検索すると,鳥取大学(か島根大学)の学長選考会議の議事録が出てきた.だから公表できないルールであるということはないだろう,と私は申し上げた.その件では本部が引き取って検討することになったが,学長選考委員であった私は公表できないなどと聞かされた記憶がない.その場で,学長選考会議の主査宛に情報の公開を求めるのが正しい,連絡先は埼大の総務である,と同評議員殿に私は申し上げた.同評議員殿はその通りに情報公開を求めたようで,学長選考会議の議事録が手の込んだものになったのはその情報公開請求のためである.
 考えてみると,以前は大学ホームページ上で公開する全学の会議の議事録は結構な記載がなされていた.初代学長時代は,評議会で誰が何をいったかまで書いてあった.しかし3代目学長の頃は,公表する議事録には提案の表題と,採択された旨しか書かないようになったように思う.そしていつの間にか,全学運営会議の議事録は大学のホームページには出なくなった.一番生々しい話が全学運営会議で出るからだろう.現状で,詳しく書いてあるのは(余所行きの議論が主の)経営協議会の議事録だけである.
 いずれにせよ,この情報統制の息苦しさが3代目学長さんの治世の暗黒面である.あくまで私の立場からすると,である.どなたの判断でそうなったかは存じ上げない.

トップダウンがよい領域 3代目学長の下で私が教養学部長をしていた2015年頃に事務方の再編が始まった.詳細は私にもまったく分からず,あくまで事務方の話として進んだことである.学部事務方を含め,事務方の下々がいろいろ意見を出したようであるが,私が聞いた範囲では,その方々が出した案は通らず,現状の格好になった.最終結果が出たのは私が学部長を辞めた後,私の最後の在職年度だった2016年だったろうと思う.結果として学部の事務は引き上げたような,残っているような,現在の姿が経過措置なのかどうかも,私はよく理解していない.明らかなのは教員には不便になったことであり,たぶん学生にとっても同様だろう.
 その「再編」に伴って事務手続きも変わった.記憶に残るのは,学会への出張手続きをするのがやたら面倒になったことである.
 2017年度に埼大で非常勤の授業を担当した.そのとき,教室のプロジェクタのランプが切れていた.修理を事務にお願いしたが,どのように予算を出すか,という点から検討したようで,プロジェクタが直るのに3カ月を要した.学部とは別の部署でも予算をいちいち申請する格好になるので面倒になったように言っていた.
 話を聞いた範囲では,学長がこのようにしたという人もいたし,本部総務の上の方が決めたという人もいて,実相はよく分からない.多くの人にとって自分が関わらない点で決まったようであり,その意味ではトップダウンに決まった,ということだろう.
 学務を学生センターに集約したことについても,いろんな感想を覚える.私の見た範囲で,私大では全学(ないしキャンパス全体)で学務(教務)窓口を一本化している所は多い.しかし,そういう大学には教員10数名くらいの単位で「共同研究室」のようなものがあり,複数の(たぶん非常勤ベースの)事務員がいる.実は教員も学生も「共同研究室」でサービスを受けており,一本化した学務窓口には学生はあまり行かないのである.埼大の場合,理工では事務員のいる共同研究室のようなものがまだ残っているようだったが(将来的にどうなるかは知らない),教養学部などには,ない.教養学部には資料室に事務員が残っているが,業務は別である.結果として,ある程度は教員が学務の相談窓口の代行をすることになるんだろう,と思う.
 この事務の再編のようなことをトップダウンでやる必要があったのか?とは疑問に思う.学長(ないし執行部)が,事務組織の制約条件をトップダウンに経営判断するのはよいだろう.例えば職員数を何時までに何人に減らす,といったことである.組織をどうするかは,本来,その制約条件下で利用者の満足度を最大化するような格好を決めるという,一種の最適問題になるはずである.最適の基準関数を利用者(働く事務職員を含めて)の満足度を最大化と置くならば,事務組織の格好は事務職員,教員,クライアント(学生)の合意に任せてよいのである.制約条件は充たされるのだから経営上はそれでよいはずだ.時間内に決まらない恐れがあるというなら,期限を過ぎたときに実施される(ゲーム理論にいう)交渉の不一致点を学長案で定義すればよいだけである.そうすれば最低でも学長案と同じ当事者の満足度は確保され,経営上の制約もクリアされる.

群を抜け 駆けろ世界を

 3代目学長さんに関する私の観測は最初の3年間に限られる.という前提でしいて言うなら,冒頭で書いたように,3代目学長は公平に頑張ったし,かなりの業績を上げたというべきだろう.私が退職した時点で,国立大学の中には教員の待遇面で結構ひどいことになっている大学もあったと思う.その点を考えれば埼大は平穏に運営されている方ではなかろうか.
 それでも,志が高い3代目学長さんとしては,構造的に仕方がないとはいえ,画期的な局面をもたらせなかったことに悔いがあったかも知れないと想像してしまう.
 上の小見出しにある「群を抜け 駆けろ世界を」とは,群馬大学が最近決めたキャッチフレーズである.群大サイトに載っていた.この標語であるが,見方によっては学生に対し,「そんなところで仲間と群れてんじゃねぇ,一歩踏み出して世界を目指せ」といっているようにもとれる.が,私は別の読み方をした.群を抜ける主体は群馬大学であり,「群」とは重点支援①(地域大学)の群れである.群馬大学はその群を抜けて重点支援③(世界レベル大学)を目指せ,世界ランキングをねらえ,という意味だろうと受け取った.いまわの際の宗方コーチが「岡,エースをねらえ」と叫ぶようなものである.実際,群大は(理系の)論文シェアでは埼大より上のランクであり,重点支援①に決めたものの,重点支援①に入ることに悔いを残しやすい大学の1つだと思う.
 そして,この「群を抜け 駆けろ世界を」は,3代目学長さんの心でもあるように思えた.
 少し前に人づてに,埼大では教養教育で数理・情報とグローバルを2本の柱にする,という話を聞いた.うんなるほど,それはいいですね,と思ったが,同時になにやら因縁めいたものを感じた.その2つは,埼大が部局ないし課程を作る手もあった2つのテーマ,つまり「グローバル」と「データサイエンス」ではないのか? それらを作れなかった悔いを,教養教育に刻み付けているのではないのか? そんなことをふと思った.

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国立大学が直面するかも知れないいくつかの事柄

 マスコミ報道を見ていると,結構,国立大学に関する記述は多い.報道に出ている事柄のうち,気づいたものを以下に並べてみる.国立大学にとっての外部環境と内部構造とに分けて述べる.
 ただ,昔から国立大学については報道で大変そうな話が出ていた.実際にはそれほど大きな変化はなかった.報道は,官庁が世間を誘導するためにリークした情報であることが多いためだろう.だから実際にどれほど実質的な変化があるかは分からない.

1.外的環境

1.1 学生定員の縮小
 少し前に国立大学の学生定員縮小を求める答申が出そうだ,という話があった.考えてみると学生定員縮小はずいぶん前から語られていたのに,あまり実現はしていない.今後もどうかは分からない.
 確かに18歳人口は減って行く.しかし後述の「教育無償化」のようなことがあると,入学者の人数だけは今後も確保されるだろう.だから「必ず起きる」ともいえない.
 この学生定員の縮小は,理論上は,各国立大学に一律にかけられる可能性もあるし,いくつかの国立大学を潰すことで実現させる可能性もある.常識的には,メリハリを付けるとしても,何れの国立大学にも課されるだろう.
 各国立大学は学生定員の縮小を,各部局に定率で割り振ることもあれば,メリハリを付けることもあり得る.定率縮小は理屈を付けにくいので,文科省はメリハリをつけるよう求めるだろう.学生定員が縮小すれば,財政上,教職員も減る.だから学内再編が必要になる可能性は高い.

1.2 アンブレラ統合
 アンブレラ統合は,散々語られているけれど,その制度の中身はまだ出てこない.形式的にアンブレラにするだけのアンブレラごっこなのか,アンブレラにした新法人に実質的な経営権限が生じるか,まだ分からない.アンブレラにした新法人に理事長のような法人長ができ,その法人長が強い経営権限を行使するシナリオもあり得る.なんとなく,各大学には「アンブレラは形式ですよ」といい,世間向けは強い経営権を法人長に与えるという二枚舌を使うような気がする.
 もし経営権を法人長に集約する制度設計になれば,国立大学ではじめて経営が可能になる素地ができることになるだろう.むろん法人長に独自財源がなければ,法人長は何もできない.
 宇都宮大学と群馬大学は2020年度から共同で教育学部を開設する.両大学のホームページを見る限り,実際は名目的な「共同」に過ぎないような気もする.しかし本格的に「共同」を開始すれば,両大学には学生定員と教員定員の余剰ができるはずであり,新たな展開の原資にはなり得る.共同学部ができる範囲の大学がアンブレラを作るのかどうかは,まだ分からない.

1.3 高等教育の無償化
 2020年度から政府は高等教育(主に大学)の「無償化」を始める.「無償化」は授業料等の減免と給付型奨学金による.「無償化」の対象となる学生は収入の低い世帯の者に限るから,それほど多くはない.給付される額は,最ももらえる場合(世帯収入270万以下)で国立大学の授業料等すべての免除と若干の奨学金である.私大の場合は給付額はある程度増える.不十分としても方向としては結構なことである.
 ここで国立大学の立場になると,「無償化」対象の学生にとっては私大と国公立大との価格差(授業料等の差)が若干縮まる.これまで国立大学(特に地方国立大学)が志願者を確保できた第1の要因は私大との価格差だった.今回の「無償化」措置で,国公立大に入学する場合と比べたときに,若干の効果であるが,私大に行きやすくなる.ただし対象者が限定され給付金もそれほどではないから,受験市場に影響を及ぼすほどではないだろう.
 「無償化」の対象と給付金額が限定されるのは税金を財源とするからである.しかしここで「教育国債」という議論が出ている.教育で国債を出すことは現実的である可能性が高い,と思う.もし教育国債が実施され,給付が教育バウチャーで支給されるとすれば,無償化の範囲と程度は高まる.その場合,国立大学(特に地方国立大学)を保護していた国公私大間の価格差はより縮まることになるだろう.
 無償化は,国公私大をequal-footingの方向に移行させる要因になり得る.つまり,国立大学が学生を今よりも大事にしなければならない事情を作る可能性がある.かつて法人化後初代の田隅学長は,「私大になってもやっていける埼玉大学を目指すべき」と仰ったことがある.その考えが正しかったというべき時が来るかも知れない.

2.内部構造

2.1 無意味なガバナンス改革
 文科省が国立大学に求めている「改革」の1つが「ガバナンス改革」である.文科省のいうガバナンス改革とは,学長権限を強めて教授会権限を限定し,(できれば)学部長も学長が選ぶようにする,代わりに学長評価と監事役割を強化する,ということを指す.小中高校における「校長」を「学長」に,「職員会議」を「教授会」に置き換えて文科省は発想している.
 この種の「改革」は,埼大では私が退職した時点でも進んでいた.まだ実施していないのは学部長を学長が指名することくらいであろうか(既に学長指名になっていたりして).
 このようなガバナンス改革は間違っていると私は思っている.小中学校であれば校長が全学を指揮することは可能と思うが,大学は規模も大きく機能も複雑である.少なくとも株式会社程度の意思決定構造は持つべきと思う.
 私は学部長のとき,学長選考会議で学長任期を一律6年にすることに一人で反対していた.反対した理由の肝は,学長権限が強すぎることである.株式会社であれば(小さな会社は除いて)意思決定機関は取締役会である.代表取締が一人で決められる訳ではない.しかも他の役員を学長が決められるというのは度が過ぎている.学長の権限が強すぎるなら任期は短く設定するのが常道である.
 学長が一人で決めることが悪いとはいわない.学長が一人で決定権,ないし拒否権を持つべき事項もあるし,そうする必要のない事項もあるように思う.どのような意思決定の仕組みにするかは,株式会社がそうであるように,(国立大学)法人が設計し決めればよいことである.
 社会心理学的にいえば,学長に権限が集中し,他の役員も学長が選べるという状況は,集団極性化(集団が個人より極端な判断をすること)や集団浅慮(集団状況で思慮が欠如すること)を生じやすくする状況なのである.むしろ異論が出るような状況を作り,議論を通じて共有できる判断を形成することが,時間がかかっても必要と思う.むろん緊急事態では権限を集中させるのが正しい.
 この種の「ガバナンス改革」を進めることを発想する点は,文科省が共産主義官庁である所以の1つだろう.旧ソ連のクレムリンにとって,衛星国の政治体制は独裁制である方が楽なのと同じである.

2.2 マネジメントごっこ改革
 「ガバナンス改革」と双璧なのが「マネジメント改革」である.今日,国立大学について「マネジメント改革」とはほとんど「人事給与マネジメント改革」を指す.「人事給与マネジメント改革」については後述の「給与崩壊」の項で触れたい.
 「人事給与マネジメント改革」以外の「マネジメント改革」とは,企業経営者を大学の役員に迎え入れるとか,上層部にマネジメント研修をするとか,まあそんな軽い話と思う.むろん進めて悪い話ではない.
 ただ,「人事給与」以外の「マネジメント改革」は,マネジメントしてますごっこで満足感を味わいましょう的な話のように思える.というのは,国立大学は本格的な「経営」をしているようには思えないからである.
 国立大学はほとんど,与えられた交付金や補助金を執行しているだけで,リスクのある経営判断はしていない(させてもらっていない).リスクは文科省で判断している.だから,給料(交付金)やボーナス(補助金)を使って生活するサラリーマンの家計と実質は同じようなものなのである.リスクを伴う経営判断をするには独自財源が必要であるが,その財源がなく,その日暮らしで給料やボーナスを使っているようなものである.そこが私大とは異なる.
 独自財源を作れるようになった時点で,マネジメントごっこは本格的なマネジメントに移行するように思える.

2.3 教員組織の一元化
 教員組織の一元化もいろんな大学で進んでいる.だから是非にかかわらず埼大でも早晩やることになるように思う.
 ただ,教員組織の一元化をなぜするのかは,私には分からない.文科省が考えそうなことは部局の力を弱めることだろう.つまり教員を部局を通さずに学長が直接支配し,部局が学長権限に逆らう抵抗力を奪うことのように思う.既存の部局をどうとでも変更しやすくするため,という動機もあるかも知れない.
 一元化をすると教員の研究領域が一目で分かり,共同研究のマッチングによい,といった話もあるかも知れない.が,それなら教員の科研費申請領域を調べてエクセルにでも入力し,研究領域でソートしてどこかの壁に貼っておけば済む話である.わざわざ組織にする必要はない.
 また,この点は私も分からないことなのだが,文科省が部局ごとに設置を認可しているという大学の基本制度と,教員組織の一元化が制度の考え方として整合しているかどうか,私は疑問に思う.部局ごとの設置は,医学部など,国がお金を投下する程度の高い学部もあることから,止められないだろう.しかし教員組織を一元化するということは,全学で学士課程は1学部,大学院は1研究科として設置し直すのが,理屈としてはすっきりする.むろん,医学部などがあるから,大学を1つの部局として設置することはできないだろう.全学を1部局として設置し直さないなら,一元化された教員組織と部局との関係は法令上どのようになるのか?と疑問に思う.
 おそらく,一元化すると,大学の組織がどうなっているのか分からなくなるのではないか,という気がしている.
 教員組織の一元化にどのような理屈を付けるのか,一度詳しい方に聞いてみたいところである.
 なお,私の理解では,米国の大学は通常の学問分野を有する college では教員組織の一元化はあるのだろうと思う.一元化されている上で,教員は研究分野ごとに,物理学などの department(学科といおうか?) に分かれている.そのdepartmentが学士課程プログラム,大学院のプログラムを出している.そしてdepartmentが実質の下位単位(意思決定の単位)として機能する.日本の大学とは制度上の作りが異なるのであるが,米国と同じような制度に作り変えるなら,教員組織は自ずと一元化されることになる.それはそれですっきりした制度であると思う.しかし,日本の大学の基本制度に手を付けずに,教員組織の一元化があり得るのか,というのが私の疑問である.

2.4 給与崩壊
 他の「大学改革」の項目に比べ,「人事給与マネジメント」の項目はその推進者の文書を読んで危なさを感じる面がある.私のように退職した者や,先が見えている人は影響を受けない.しかし先が長い人は大変だな,と感じた.下手すると給与崩壊が生じかねない.私の基本的な考えは,このブログの以前の記載に書いた通りである(年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/07/post-5a51.html).言い換えて要点を書くと次のような懸念である.

・定年を延ばすとすれば定年前の一定期間給与が下がるのは仕方ない.しかし今の議論はより不安材料が多い.
・定年前の一定期間より前,つまり中年以降の教員の給与水準を成果給によって,結果として下げる話になる懸念がある.
・しかも,中年以降の教員の給与を下げた分で研究に必要な若い人を(例えば助教などで)多く採用するようなニュアンスがある.その若い人たちの先々のポストが用意されるかどうかも疑問である.つまり現実に人事の流動性が確保されていなければ適用が難しい話ではないか?
・成果給で給与水準の期待値を下げようとしている感じがある.仮に成果給で給与水準の期待値が以前と同じ水準であったとしても,成果給によって不確実性が増すとすれば,給与水準に対する本人の評価(福祉)は下がる.つまり,成果給の大幅な導入は給与水準の期待値の一般的上昇があって初めて可能なことではないのか?
・研究者の給与体系だけが一般社会の体系と異なることは望ましくない.研究者は特殊な人かも知れないが,その人生設計は特殊ではないからである.
・新たな給与体系を作るとすれば,かなり慎重な検討が必要になる.組合がその検討にかかわるしかないように思う.

2.5 学長の道楽
 法人化後,国立大学では学長の権限が増してきた.そのせいか,学長はどこの大学でも殿様になりがちである.以前,私が学部長会議に出ていると,他大学の方から「うちでは学長がこんなことをはじめたんですよ」式の話を聞くことがあった.それほど害はないかも知れないが,話だけからは殿の道楽のように思えることがあった.
 学長権限を強化する,という流れの中では,そういった道楽が結構生じるのではないか,という気がする.むろん,多くの場合実害はないのであるが,それでも下々にとっては付き合うのが面倒な道楽であることもあると思えてならない.

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今年の埼大の入試

 一般入試の出願が始まった1/28から最終日の2/6まで,私は毎日,その日までの出願数が掲示される17時以降に埼大サイトの出願状況のページに入り,結果を眺めていた.古巣の教養学部の前期入試(重点)の出願倍率が昨年度 2.2 と低かったことが気になったからである.今年はどうだったか?
 教養学部の前期の倍率は 2.7(2.67)だった.昨年度よりは回復し,まあ例年並みの水準に戻った.とはいえ若干弱含みである.今年は overshooting で倍率が上がるかも知れないと期待したが,それほどは上がらなかった.後期の方は 14.40 であり,かなり高い.入学者の学力が後期入学で高い傾向は,今年は顕著かも知れない.といっても千葉大の文学部の後期が 18.76 だから,まあそんなものなのである.
 埼大の出願状況とともに,気になって千葉大の出願状況もチェックしていた.比較対象は千葉大の文学部と国際教養学部である.最終倍率は両学部とも同じようであり,埼大教養学部の倍率より1.0ほど高い数字だった.例年並みと思う.
 願書が集まる時間的なパタンで差があるか否かに興味があった.そこで日ごとの累積出願者数をチェックしていた.埼大教養学部(前期),千葉大文学部(前期),千葉大国際教養学部(通常と特色を合算)でグラフにしてみた.

 埼大教養学部の倍率が低い点以外は,3学部間で差がなかった.最終倍率が同じと仮定すれば,3つの折れ線はほぼ重なる.千葉大の方は,文学部と国際教養学部が最終倍率もほとんど同じである.
 2/1(金曜)に中間集計が報道される.その報道後に到着する出願は中間集計の結果を見て判断したのだろう.中間集計前の出願はほぼ4割であるから,6割の出願者は中間集計を見て出願したのだと思う.中間集計前の出願率は,若干であるが,埼大教養学部より千葉大の2学部の方が高い.つまり,やや,千葉大の方が本命志願者の率が高いのだと思う.

 埼大教養学部の場合,滅多に志願倍率が3.0に達さないというのは,私の在職中からの不安材料だった.学部の格好を変えることも内心は考えたけれど,変えるのに時間がかかり過ぎるので二の足を踏んだ.大学全体に変化があるときしかチャンスはない.その意味で,改革強化プランを決めたときに埼大の学士課程に変動要因があればチャンスになったのにな,という思いはある.
 埼大教養学部について,昨年度から推薦入試を入れて一般入試の定員が減ったことの効果がどうなのか,気になっていた.推薦入試は別個に定員を振ってあり,推薦で落ちても一般で受験できるので,影響は少ないと私は思った.けれど,見た目の定員の人数が減ったことはマイナスかどうか,そこは気になった.推薦入試を導入したことに伴う調整がまだ残っている,という可能性もあるかも知れない.
 まあ,推薦は推薦で,面接についても小論文についても課題はあるだろう.まずはその課題を克服すべきだろう.

 埼大の他の学部についても眺めてみた.例年並みと思う.理学部・工学部では数学科の倍率がダントツに高いのも例年と同じである.分子生物学科などは生体制御学科と一緒になった方がよかったと思う.教育学部でも数学の倍率が高いのは興味深い.高校で数学が好きな学生が埼大の理学部や教育学部を目指すのかも知れない.
 見た目の倍率は学部や前期後期で差が出ている.が,昨年の4月,昨年度公表した入試データをもとに,実際に受験した出願者だけで倍率を計算してみたことがある.理学部や工学部は前期と後期に定員を同じくらいに振り分けて後期の倍率が高い.しかし受験者倍率で見ると,平均すれば,理学部でも工学部でも前期と後期の倍率は3倍程度で,ほぼ同じなのである.だから理工の前期後期への定員振り分けは,経験的に見出した均衡値なのだろう,と思った.受験者倍率で見ると,学部間の違いも小さい(あくまで昨年度データである).

 ともかく,無事に入試業務を終了できることをお祈りしたい.190207


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法人化後の3代目学長(中)

 前回の記載の最後で,3代目学長さんは改革強化プランの実行でそれほど気張らなかった,良くいえば現実的調整をしたことを書いた.この現実的調整という点では重点支援の類型選びでも同様だったろう.

現実的調整:重点支援

 文科省は早い段階から3類型の重点支援を設定し,各大学に選ぶように求める,と思われていた.当初の3類型とは,世界レベル,全国レベル,地域レベルであると理解されていた.
 その段階で,当時の発言から推して,3代目学長さんは「目指すは上」,つまり埼大を地域レベルではなく全国レベルにすること考えていたと思う.
 ところが文科省は重点支援の3類型を変えたのである.重点支援①(地域),重点支援②(特色),重点支援③(世界)と略記しよう.この変化は文科省による「現実的調整」であったように思う.第1に,「全国レベル」があると地域に該当する大学も「全国」を選びたがり,調整がつかなくなる可能性があったろう.第2に,「全国」を他2類型と区別して特徴づけるのは表現上難しかったに違いない.
 ただ,変化があろうとなかろうと,埼大は「地域」として文科省が想定したように思う.国立大学を分類するのによく使われるのは財務分析上の8グループ(A~Hグループ)である.そのうち,重点支援③(世界)はほぼ,規模の大きいAグループに相当する.Aグループの中から新潟大学だけが③から抜け,東工大や一橋など,領域特化が大きい他グループから③に入る大学もあったけれど,③とAグループはほぼ対応している.B~Fの5グループは分野的な特化が大きなグループであり,その中の上位大学が重点支援②(特色)になっている.その他はみな重点支援①(地域)だった.8グループのうちGグループは領域特化のない医学部を持つ大学であり(25大学),埼大が属するのは領域特化のない,医無しのHグループ(9大学)である.だから埼大は重点支援①(地域)以外は選びようがなかった.
 確か3代目学長さんのときの2年目に,評議会だったか全学運営会議かで,学長から重点支援①を選ぶという提案(報告か?)が出た.現実的な判断を下したのである.残念ながら①を選びます,といういい方だった.3代目学長さんの気持ちからすれば残念だったろう.私は賛成したが,他の部局長さんからはしつこく不満が出たのは意外だった.経営協議会でも,学長は申し訳なさそうに①を選ぶことを告げた.が,経営協議会では逆に歓迎の発言が続いた.
 注意すべきは,文科省は地方国大が「地域」を選びやすくするよう配慮,悪くいうと小細工をしていることである.まず「地域」が元は3番目の類型だったのに,順番をひっくり返して1番①にした.また,「地域」であっても世界的な部分を持てるような文章にしている.だから重点支援①は拒否しにくくなっている.

 後で考えると,この重点支援類型の選択はどうでもよいことだったかも知れない,と思う.私は,当然,類型ごとに共通尺度が適用され,上位の類型に入ると評価上苦しくなるものと思っていた.が,そうではなさそうなのである.各大学は重点支援類型に従って「戦略」と評価指標(KPI, Key Performance Indicator)を出すのであるが,それらは各大学が出したものをそのまま使っているようである.だから,重点支援③に入ったとしても,埼大は東大と同じ尺度で評価される訳ではない.類型ごとに評価の偏差値のようなものが大学に付くと思うが,たとえていえば問題が異なる試験の結果で偏差値を出すようなものである.だから果たして,この類型選択は,気分の問題以上の実質的な意味があるのかどうか,私には分からない.
 実際,埼大は3つの戦略を出しているが,そのうち「地域」に該当するのは教員養成等に関する戦略だけであり,他の2つは重点支援③のような雰囲気である.①の多くの大学が同様なのである.戦略を出す上で類型による制約があるとすれば(制約があったかどうかは未確認),少なくとも1つの戦略で「地域」に関わってくれ,といった程度だったろう.
 埼大の出した3戦略は,改革強化プランで補強された(人が付いた)部分のはずであり,必然的に成果を出しやすいよう選択されたと思う.KPI数は28であり,中央値の20よりは多いが,問題ない範囲に収めてある.茨大のようにKPIを増やして評価を下げるような失敗はしていない.クレヴァ―な選択であったといえる.

 話は飛ぶが,今の時点で考えるに,この重点支援というのは不合理な制度だとつくづく思う.同じ格好で長く続けるのは無茶である.
 第1に,大学は重点支援で評価されるが,中期計画でも評価される.そして交付金の増減がその2つで生じる,という複雑さなのである.金額的には重点支援の方が中期計画の評価よりも影響が大きい.しかしより広い領域での活動である中期の評価より重点支援の方が影響が大きいというのは変である.
 さらに,これまでは中期の評価でも重点支援の評価でも,交付金の増減はそれほど大きな金額にならなかった(その範囲の評価点の増減しかなかった).しかし,重点領域による交付金増減幅が大きくなるような報道が出ている.報道の通りであれば,増える場合はよいけれど,減る場合は,埼大の場合も,通常業務に支障が出る交付金減になりかねない.
 問題は,地方国立大学は預金もなく日銭(年度予算)で暮らしていることである.その点が有力私大(など)とは異なる.日銭だけで生きている地方国立大学に大きな収入の増減を適用するのは無茶である.
 第2に,評価の基になるKPIは各大学が提案するものであり,それで評価が決まるというシステムはどう考えても茶番だ,という点である.繰り返すが,違う問題の試験の点数で偏差値を出すようなものであり,それで予算が減らされては泣くに泣けない.
 第3に,少なくとも今適用されている重点支援の戦略とKPIとの対応の整合性には,大学によってバラツキが大きいと見える.そういっては悪いが,埼大の場合,私が参照した他大学の例に比べ,「戦略の名称-戦略の概要-KPI」の間の整合性は取れていない.この程度でも文科省が受け取っているということは,この重点支援という制度が「改革ごっこ」に過ぎないと文科省が割り切っているか,文科省に評価する能力がないか,その何れかもしくは両方だろう.
 経団連はこうした問題について意見を述べている.第1に,重点評価と中期評価で2重になっている評価を簡素化して一本化すべきとしている.当然だろう.第2に,(おそらく類型ごとに)ある程度共通の指標が必要だ,としている.そりゃそうである.現行の制度は不合理すぎる.

 文科省の重点支援が無意味に思える別の理由は,せっかく「地域」を選んでも旨味が出ないことにある.既に周知と思うが,内閣府は「地方大学・地域産業創生交付金」という枠組みを開始している(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/daigaku_kouhukin/index.html).地域創生に力を入れる現在の官邸が考えそうなことである.地元企業と地方自治体に,必ず地方大学を加えるこの交付金は,年度予算が数億と,大きい.だから埼大も狙うべきであり,狙っているはずである.「地域大学」の現政権にとっての意義は地域の成長を牽引することにある.こうした枠組みは,文科省のような共産主義官庁が運用できるはずもない.採択された事例での大学は,重点領域①の大学が多いけれど,③の大学も含まれている.だから重点領域の類型など関係ないのである.

一瞬,鳴かず飛ばず

 3代目学長さんが就任した頃は,COCやAPなど,主として教育系の競争的資金の公募があった時期である.改革強化プランに採択されて一段落したところで,次に何の競争的資金が獲れるかが,外側から見えやすい大学のパフォーマンスだったといってよい.だが私が気づく範囲で,どの資金にも落ちている.その結果,3代目学長さんは第3期中期を展開する手持ちのコマが限られることになったように思う.
 この時期の競争的資金の獲得がなかった要因は,第1に単純な準備不足だったろう.私が関係者から事前に話を伺っている範囲でも,申請前からダメだろうという感想を聞くことが多かった.概して作業を開始する時期も遅かったように思う.
 良い例が,私も一瞬お手伝いさせて頂いたスーパーグローバルの申請である.何のアイディアもない白紙の状況から申請までが2週間しかなかったのだから,不戦敗にしないのが精いっぱい,実は申請書の中の不整合部分を修正する時間もなかった.時期が異なるので比較にはならないが,私が関わった2012年度申請のグローバル事業の場合,前年の秋から情報収拾・整理を初め,申請書を出す半年近く前には主要取組の第1次のポンチ絵があったのである.それでも申請書は無理をして大急ぎでまとめなければならなかった.スーパーグローバルの場合,1回目の会合の時点ですぐに作業にかからない限り,ある程度の水準の申請書にするのは難しかった.初期段階で変なことに時間を浪費したのである.
 第2に,申請書を書く体制が弱かった可能性が強い.人材に制約があったのは埼大が比較的に小規模であることによるだろう.COC+などは,埼大が申請した年度では人口減少県でないと獲得しにくい設定になっていた.しかしその点では同じである千葉大学は獲得している.COCに限らず,千葉大が獲得率が高いことは,それだけの体制がとれる規模があることによるように思える.
 もっとも,これらの競争的資金は,スーパーグローバルを除いて,金額的には旨味は小さい.だから獲れなくてもダメージではない.ただ,低い金額でも獲れれば色々試すことができ,経験値を高めることはできた.そして当時はその種の経験値を上げるべきときだったように思う.

 競争的資金の連敗記録は,私が退職した後の2017年,文科省の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」に選定されて止まった.いうまでもなく男女共同参画促進の予算である.それ自体は結構な成果である.ただ,この資金は2006年から始まっており,過去にも埼大は申請し続けていたはずである.大学によっては複数回採択されている.本来は2代目学長さんのときに採択されていてよかったろう.
 最近になって文科省の「科学技術の社会実装教育エコシステム拠点の形成事業」の運営拠点大学に選定されたという話を,たぶん埼大のNewsLetterを拝見して知った.この事業は工学系の人材育成であるから,全学的にかかわるのかどうか,そこは私には分からない.この間,埼大は工学系重点で投資して来た,その成果がやっと出てきたのかと思う.実質的な重要性はダイバーシティより大きいのだろう.

多様性と融合の具現

 3代目学長さんの治世の前半は,概ねこうした展開だったように思っている.その展開の中でいつの頃からか,埼大を表す標語のようなものが学長から出てきた.「All in One Campus」と「多様性と融合の具現」である.埼大のポスターに使われたときが最初かと思うが,私の記憶違いかも知れない.
 このブログの以前の記載で私が書いたことであるが,私見では「All in One Campus」は特色でも何でもない,と思う.単に全部局が1キャンパスにある(発展性がなかった)というだけである.特色というのは,1キャンパスにあることによって起こる事柄でなければならない.その事柄として「多様性と融合の具現」が考案されたのだろう.
 埼大に関する標語に類するものは以前の学長の時にも出ていた(今後も学長が変わるたびに出るだろう).法人化後初代の田隅学長のときは「研こう,知と技」だった.2代目さんは,正式には大学の基本方針三か条が該当するが,好んで使った短い言葉は「知の府」だった.
 「研こう,知と技」は,明解で率直であり悪くない.ただ,小学校の校長先生が生徒に朝礼で「元気に挨拶しよう」といっているような感があり,やや引くところがある.しかし大学のロゴやシンボルとともに標語を考えた最初の試みとして評価すべきだろう.
 「知の府」という言葉は私は好きである.その時々の情勢に流されるのではなく,大学は多様な学術の花を咲かせることで尊敬される存在となる,という当たり前の考えを言葉にしたものである.限定せずに「知」というところは総合大学であることを暗示する.世の中に役立つよう頑張りますと媚びを売っていないところが,プライドを静かに語っている.2代目の上井先生のこの概念は,田隅学長の前の兵藤学長の大学感と似ていたように私は思う.大学が「知の府」であるのは当たり前だが,その当たり前のことをまっとうにやり抜こう,という気持ちをこめたものと私は受け止めている.単に上井先生がそう考えただけではなく,上井先生を推した当時の理や工の学部長さんもそのように語っていた,と記憶している.
 ただ,「知の府」といったらどの大学にも該当する.「大学の強みは何だ」といって文科省からさんざんいじめられた3代目さんは,埼大ならではの強みは何か,とお考えになったのだろう.

 この「多様性と融合の具現」,最初に触れたときには私は何とも思わなかった.しかし何度か触れるうちに謎(puzzle)と感じるようになった.
 まず言葉として,「と」と「の」のこの組合せは紛らわしい.「多様性と融合」の「具現」なのか,「多様性」と「融合の具現」なのか,迷う.さらに「具現」という言葉が分からない.「融合」といった抽象概念を具体化すること,implementation くらいの意味かな,と思った.
 ちょと考えると「多様性と融合」は矛盾した組合せである.融合すれば多様性は無くなるからである.だからナントカ鍋のようなものを考えるのかな,という気もした.鍋の右の方では多様な具材がそのままになって多様性があるでしょう.しかし鍋の左側では具材は混ざり合って融合しているでしょう,とか.
 ここで「多様性」と「融合」という名詞の性格に違いがあることに注目すべきかも知れない.「多様性」とは static な状態であるが,「融合」は動きである.だから,多様な要素が存在するという状態を前提に,それらの要素の間に融合が生じている,という様を考えるべきなのかも知れない,と思えてきた.だとするとこの言葉は「『多様性』と『融合の具現』」と解するべきなのだろう.
 ただ,今の世で「多様性」といえば,エスニックな多様性や,LBGTなどの性的指向の多様性などを誰もが連想する.が,それらの「融合」は意味をなさない.LGBTなどとの「出会い」や「付き合い」とはいうけれども「融合」は別次元である.レズビアンとバイセクシャルが融合して新たな性的指向と作る,ということはない.
 だから,「多様性と融合の具現」とは,研究活動(だけ)を表す概念なのだろう.キャンパスには分野の多様性があり,その多様性を前提に融合が生じる,という意味と解するのが一番無理がない.でも,そうだとしたら,「多様な分野から生じる融合」というのが整理された表現である.「多様性」と「融合」を「と」で結ぶべきではない.
 あるいは,「多様性」と「融合」は直接的な関連はなく,単にその2つを並列させた,という解釈もあるかも知れない.その場合,「多様性」の方は学問分野の多様性だけではなく,男女共同参画を含めた多様性,グローバルという意味での多様性,性的指向の多様性などを含む.融合の方は研究と教育のことである,という解釈である.
 こんなふうに,考えだすと非常に悩ましい言葉なのである.

 この「多様性と融合の具現」は,おそらくブランディングの業者にお金を払って作ってもらったものではないだろう.ブランディング業者なら,人々が埼大に抱いて欲しいイメージを表す感覚的な言葉を提案するように思う.例えば,教養学部が今も使っている標語 Stepping into the Global Future は,グローバル事業のときの文科省からの示唆に従って業者に(一番安いオプションで)お願いした結果である.この標語は感覚的である.誰しも何かに step in/out したことがあるから感覚として分かる.が,「多様性と融合の具現」は極めて観念的であり,いかにも学者が考えそうな,しかし人とは共有しにくい言葉である.「止揚(aufheben)」が何かが分かりにくいのと同じである(煙に巻くには便利である).
 また「多様性と融合の具現」は,みんなで考えた言葉でもないと思う.みんなで考えれば共有しやすい,つまり分かりやすい言葉に置き換わったはずだからである.
 現在,「融合なんとか研究科」といった部局はいくつかの大学にできている.その「融合」の英語表記は interdisciplinary, つまり「学際的」であるから,「融合」などといわずに「学際的」といった方が分かるだろう,と私は思う.が,その「学際的」も,どういう意味か,どういう意義があるか,といった点では議論があり,ここでは触れない.ちなみに,教養学部の5つの専修課程はすべて学際的である.
 それにしても「多様性と融合の具現」は分かりにくい.融合はそれが生み出すイノベーションによって価値がある,と考えるなら,「多様性が生み出すイノベーション」とか,「多様性が生み出す知と技のイノベーション」などといった方が分かりやすかったろう.
 この「多様性と融合の具現」という言葉は,なんとなく3代目学長さんの治世を象徴しているような気もするのである.学長が決めたものは修正されない,という意味においてである.
(続く)

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法人化後の3代目学長(上)

 前に法人化後の初代学長さんと2代目学長さんのことをこのブログで考察した.その流れで3代目学長(現学長の山口先生)の治世について触れてみたい.
 といっても,私が在職していたのは3代目学長の治世の前半3年間だけである.最初の2年間については,学部長だった私は全学の会議等で学長を観察しているし,ある程度の情報は入った.しかし3年目については教授会で全学の動きを聴く程度であり,直接的な観察は少ない.そういう制限付きで一面的なことを書くことは予めことわっておきたい.

最善の学長

 まず導入としていうべきことは,3代目学長の山口先生は,個人属性の点から,学長として最善の人物だろう,という点である.
 山口先生のことを考えると良いことばかりが思い浮かぶ.この点は,人間の記憶メカニズムによるだろう.ある事項についての記憶には初頭効果が表れ,最初の方で接した情報が再生されやすい.私にとってその「最初の方」とは,確か2007-2008年度,私が教養学部で副学部長をしていたときである.山口先生は初代学長時代に教育機構の副機構長(教育企画室長)をされていた.副学部長だった期間,私は山口先生の指揮下で大学説明会などの仕事をすることが多かったのである.中でも忘れられないのは,一時こじれた第2外国語(英語以外の外国語)の体制についてとりまとめをして頂いたことである.
 その間,山口先生には良い印象しかなかった.有能であるとともに聡明で理知的である.話す内容は整理されており言語も明瞭.人柄もおおらかである.文系領域にも高い敬意をはらっておられる.具体的事例は省略するが下の者をかばう気持ちも強かった.
 だからこの方は,文系理系を超えて,全学的な基盤で学長に推薦できる方であろうと私は考えていた.
 田隅学長の4年目の秋口に,私は他の方と一緒に学長をどうすべきか考えた.その際にも私は,真の適任者として山口先生をまず思い浮かべた.ご本人は忘れていると思うが,上井先生の推薦を合意する前の模索段階で,私は山口先生に電話をかけてご意見を伺ったことがある.その時には貴重なご意見を頂いた.

志とテンションが高い

 私の認識が以上のごとくであっただけに,上井学長の4年目に山口先生が学長選に出る意向であると伺ったときに戸惑いを覚えた.第1に,伝えられるところの主張が専ら理工系の意向を背景にしていたように見えたことである.第2に,その後実際に目にした生の山口先生が,かなりテンションが高いと映ったことである.おおらかな人柄という従来の印象とはやや違っていた.
 上井学長の5年目の年度に山口先生は理事になられ,私は学部長の任期を終えた.だから理事時代の山口先生のことは私には分からない.ただ,上井学長の5年目の終わり辺りに例の改革強化プランが出てきた.そして上井学長の6年目には教養学部を訪問する山口先生の姿を何度か拝見する機会があった.テンションの高さは継続していたように思えた.
 志が高いといった方が好意的だろう.埼玉大学を高みに押し上げたいという気持ちが強かったように思う.そう思った理由の1つは,全学的にかなり疲れる改革強化プランを主導した(ように見えた)ことである.補助金をもらうことが埼大にとって重要,という考えだったのだろう.だからこのプラン採用ひ強い圧力を発したように思う.その頃,改革に消極的な大学は9月に文科省によって公表されてしまう,とどなたかがいったのであるが,むろんそんな公表はあるはずもなかった.
 もう1つは,埼大を「地域大学より上のランク」にしたいという意欲が山口理事に強く現れていたことである.当時,現在の重点支援の3類型とは異なり,大学を世界レベル,全国レベル,地域レベルの3層に分ける話があった.世界レベルとは旧帝大,全国レベルとは旧六クラス,その他,埼大を含めた地方国立大が地域レベルというのが文科省の想定だったろう.しかし教養学部を訪れた山口理事は「目標とするのは上に決まっている」と仰り,埼大を全国レベルと位置づける意欲を示していた.最も象徴的だったのは,改革強化プランを打ち上げたときの山口先生の発言として,リサーチ・ユニバーシティを目指すという言葉があったと伝わったことである.
 以上のような志の高さは,それ自体は悪くない.が,その通りにすると疲れるなぁ,というのが私の感想だった.
 上井学長6年目の末期に,いろいろ事情があって,教養学部では私が次の学部長に選ばれた.改革強化プランで経済学部側との「人社研統合」をすることになりそうだったので,ワンポイント代打のような格好で私が選ばれたのである.その時にも山口理事らからは作業をきつく求められた.その時には山口先生が次期学長になることは確定していた.
 年度が替わり,山口先生は学長になり,私は再び教養学部長となった.気が進まなかったが,人社研設置の作業をそれなりにしていた.ちょうどその頃のある日,大学行きのバスの中で退職された水谷先生(前の理工研科長)とお会いした.非常勤での授業担当で埼大に向かっていたかと思う.
 水谷先生から「山口さんはどうですか?」と尋ねられた.何と返事したか忘れたが,簡単な返事をしたはずである.「山口さんはどういう人ですか?」と私は白々しく聞いてみた.「山口さんは自分にも人にも厳しい人だから」と水谷先生は仰る.うんそうか,私が「テンションが高い」と表現していることを水谷先生は「厳しい」と表現しているのかな,と考えたことを,今も覚えている.
 悪いこととはいえない.埼玉大学をより高みに持ち上げる,そのための頑張る,それは良いことである.しかし,自分にも人にも甘い私は,これからが大変だなと思ったものである.

現実的調整:改革強化プラン

 しかしその後の展開では,山口先生は意外と「改革」の進度を緩めていったように感じる.緩めるというより,現実的な調整をした,というのが好意的だろう.
 第1に,改革強化プランについては,当初こそテンションは高かったけれど,次第にテンションは低下した.
 このプランの当初に動くことを求められたのは,学生・教員定数を削減された教育学部,修士定員を100名増やした理工研,そして新たに設置した人社研だった.この3つについてはほとんど容赦なく実施されることになった.人社研設置についていえば,設置を現実的に1年遅らせることを教養学部は求めたが,山口先生から蹴られた(もっとも経済学部が遅らせたくなかったという事情もあった).だから,この当初の段階では山口理事・学長は強くプランを推し進める意志が強かった.
 当初段階で山口学長から強い指導があったことは,「補助金の交付金化」という目標があったからのように思う.上井学長の最後の年の夏頃に,いくつかの大学は交付金として支援を受けることになった.埼大はグローバルの計画でなかったのでその選定に漏れた,という話は以前に書いたことがある.その選定に漏れたことは失点である.その後は,その失点を取り返そうとするかのように,「補助金が交付金化されるように頑張りましょう」という言葉が山口先生の口から出ていた.そのために計画は一刻も遅らせることが許されない,という厳しい判断があったのだろうと私は感じた.しかし,補助金が交付金化されるということがあるとは,たぶん執行部でも他の方は思わなかっただろう.補助金の内訳を考えれば,恒常的な交付金になるような性格ではない.
 強化プランの実行が緩くなった,というより現実的に調整されるようになったのは,この交付金化の見込みが見えなくなってからのように思う.むろん,力の強い部局からは抵抗が生じ始めたという事情もあるだろう.

 まず,私が学部長だった期間に現れたのがノンディグリープログラムの処理である.会議が招集され,ノンディグリープログラムの計画が審議されることとなった.私が事前に調べたところ,島根大学の工学系の研究科が規程通りノンディグリープログラムを出していた.30何単位かの取得に対して修了証を出す形式である.むろんプログラムの構成は特定の目標に沿っている.しかし件の会議の冒頭で山口学長は「規程通りのノンディグリープログラムを出すことはあり得ない」と宣言したのである.私は驚くと同時に脱力した.いや,出席者は皆同様だったろう.「規定通りのプログラムを作るものと思っていた」と私は念のために発言はした.事務方の中には「あれでは宣伝のしようもないよなぁ」という方もいた.
 この学長の判断は実は現実的で賢明である.埼大がノンディグリープログラムを出して,ちゃんと客が集まるはずはない.結局は何年か後に整理することになるのは目に見えている.ただ,やると宣言してここまで妥協するとは思わなかった.むろん,ノンディグリープログラムが羊頭狗肉になって,私も本音ではほっとした口である.
 
 私が一番注目していたのは理学部と工学部の大括りがどうなるかだった.理工が山口学長の支持母体であるとともに最も強力な組織である.その理工が嫌がる大括りを本当にやるのか,やれるのか,という興味があった(他人事なので結果はどちらでもよい).
 事前に私が,各学部の上の方の方から伺っていたのは,大括りに対する否定的な考えであった.工学部のある方は「あれはやらないことに決まった」という(その段階で決まるはずはないと思うが).理学部のある方は「生物系の2学科を一緒にするだけで済ませたい」ということだった.
 大括りの結果が出たのは私が退職してからのことである.事実上,大括りはなかった.
 工学部は改組をし,学科構成を変えた.この程度だと設置審には行かず,事前伺いだったろう.この学科改組はよくできた改組である.そのままでは維持できない学科を吸収する形であり,明らかな改善である.工学部長の功だろう.しかし大括りではない.理学部については,生物系の2学科を一緒にすることすら起こらなかった.理工の粘り勝ちといえる.
 典型的な大括りとは,理学部や工学部を1学科にして,従来の学科はコースないしプログラムにすることである.実際にそのような大括りをした大学は出現している.
 大括り無しのこの結果は悪い結果ではない.大括りをしてもそのメリットを引き出す運用のノウハウはなかったろう.やれば運用コストを膨らますだけだったように思う.だから,実はこの結末でよかった.

 私が二番目に注目していたのは理工研で追加の100名の修士学生定員増をするか,という点だった.当初の100名増は実施したけれど,さらに100名増することには初めから抵抗があったからである.本当にできるのか,という意地悪い興味で私は状況を眺めていた.
 全学の会議で私は,学生定員をさらに修士課程に付けるのは現実的でないという理工研科長の堀尾先生の明快な説明を伺ったことを記憶している.だからこの件での理工研の立場は,私が学部長のときに既に出ていたのだろう.けれども,どのような融合的プログラムを理工研に入れるかを協議することになり,その協議からは教養学部は外れるので,私には公式情報が入らなくなった.結果を知ったのは私が退職した後,上記の工学部改組と同時に分かった.工学部の学生定員が50名増えたから,修士100名分の定員が工学部に付いたはずである.
 この結果も,大学院を厚くするという当初の計画からは後退であるから,一種のヘタレといえる.しかし現実的な結果であるのは明らかだった.

 このように考えると,改革強化プランは,最初はスタートダッシュだったけれど,次第にポテチンになっていったように思う.よくいえば,経験を踏まえて現実的な対処をした,ということである.この対処は歓迎すべきだったろう.頑張っても実質的な向上があった訳ではない.
 ただ,今になって見てみると,あの改革強化プランにどんな意味があったのか,疑問に思う.新学部を設置した,というのであればやったことは見えやすい.が,このプランは今あるものを強化する,というものであるから,後から考えると,あるいは外部から見ると,何をやったのか,その意味を把握するのは難しい.その意味で新学部を作る選択をしなかったことが惜しまれる.
 本日,朝日新聞のニュースサイトを眺めたら,「千葉大、海外留学を必修化 2020年度から全入学者に」という記事があった.何を「留学」というかによる話であり,また,この種のプランは私の趣味には合わない.が,見た目には画期的である.「16年度に設けた国際教養学部で必修化した『全員留学』を全学に広げることにした」とのことである.
 千葉大の国際教養学部はこの間に設置された新学部の1つである.新学部を作る意味は,学部を作ることで大学の(1つの)方向性を示すことにある.その方向性への動きをその新学部から全学に波及させる,という方式をとる.上記の千葉大のケースはまさにその定石を踏んでいる.滋賀大学のデータサイエンス学部や宇都宮大の地域デザイン科学部,長崎大学の多文化社会学部などの新学部もそのような考えでできたと思う.組織も作らず「多様性と融合の具現」などと寝言をいっても,外部の人には(内部の人にも)何のことかわからない.
 新学部を作る選択をしなかったことが,埼大の改革強化プランについていうべきことのすべてである.

 新学部を作る選択をしなかったことには,埼大なりの事情がある.千葉大のような図体(規模)がないのである.だからストレスを吸収するのが難しい.
 しかし,難しいけれどもできない訳ではなかった.滋賀大学でもできたのだ.問題は既存部局を説得できるだけのリーダーシップの不在だったろう.

(続く)

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改革強化プラン(H25)はなぜあの格好になったのか?

 直近の記載で法人化後の2代目学長さんに御代について述べた.その話の中で,平成25年度に採択された改革強化プランについても触れた.その話を書きながら,あのプランがなぜあの格好になったのか,というのも1つのお話であろうと思えてきた.改革強化プランについてはこれまでにも別の記載として書いていたが,別の視点,つまりなんであの格好のプランになったのか,という点を,私の視点でまとめてみたい.

 このプランに予算が付くと正式に決まったのは2013年の年末か2014年の年明けだと思う.だいたいその1年前から,大学執行部が考えているらしい案,というのが部分的に漏れて来た.案として全学の会議に出てきたと教授会経由で聞いたのが2012年度末くらいだったと記憶している.
 教授会経由で案のポンチ絵を私が見たのは2013年度の冒頭辺りだったろう.ポンチ絵は段階を経て書き換えられ,案の細部は変わった.が,骨格は変わらなかったように思う.
 この案がどのような過程で,誰の考えで出て来たかは特に伝わっていない.当時,2代目学長さんは死に体と思われていたので,山口理事の考えで進んだと多くの人が考えたかも知れない.
 しかしポンチ絵を何度か見るうちに,この案は上井学長,山口・加藤理事がそれぞれ考えを持ち寄った結果だろうと思えてきた.

 まず,あの案で文科省から最も評価されそうなのは教育学部の学生・教員定員を大幅に削減した箇所である.教育学部削減をあのタイミングで出す必要があったかのか(実は何時でもよいのではないか)とも思うが,その削減を盛り込んだ点があのプランの切り札だったろう.
 教育学部削減は,何れやる必要がある客観的情勢があった.だからその点は,特定の誰かの考えという訳でもないだろう.実際,上井学長,加藤理事は(口にしたかどうかは知らず)以前から教育学部の縮小論者だった.

 ただ,教育学部削減はネガティヴな発想である.最もポジティヴな要素は「理工の研究力強化」の部分だろう.最も熱心だったのは山口理事のはずであり(少し前に学長に立候補したときの看板政策だった),次期学長たる山口理事に他の2人も同調したように思う.
 さらにいえば,このプランの特徴は大学院の修士課程を厚くするという考えに従っている.この点は加藤理事の年来の考えの反映と私には思えた.加藤理事は埼大を「修士授与機関」にすることを以前から考えており,私にもよく話していたことだからである.「博士授与機関」は無理だから「修士授与機関」ということである.教育学部の学生定員の削減分を理工の修士に持ってきたことの背後の考えはその点だろう.新たな人社研で学生定員を増やす要請があったのも同様である.
 だからあのプランは,山口理事の「リサーチユニバーシティ」路線と加藤理事の「修士授与機関」路線が結合した結果のように見える.

 あのプランの主たる焦点は教育学部,理工であるが,それに加えて文系の人社研設置が焦点になった.このときの補助金のお題目であった「(大学,)学部の枠を越えた再編」に合わせるには,経済と教養の院を合併した人社研の設置を目指す必要があった,という事情もある.が,実はこの合併案にはデジャヴュ感がある.2代目学長さんの治世の最初の方で,全学の将来構想委員会(のようなもの)が開かれ,経済学部と教養学部の合併案はそのときに話を向けられていたのである.私も,私以上に経済学部長さんが「遠慮したい」旨をいっていた.学部の合併はより抵抗があるためか,あるいはこの時のテーマが大学院であったためか,学部合併が院での合併の話に変わった,というべきだろう.だから人社研の設置自体は学長さんと加藤理事から出たはずである.院での強化を重視する山口理事も賛成した,ということだろう.

 教育学部,理工,人社研がこのプランの主たる柱だった.むろんこのプランにはもっと多くの要素が入っている.いくつかの部局の大括り,ノンディグリープラグラムなどである.ただ,それらは文科省が掲げることを取り入れただけであり,話としては小さい.
 この3つの柱には全部局が入っているから,同補助金でどの部局も多少は受益した.ただ,受益の程度は圧倒的に理工に厚かったろう.だから,なんとなく,教育学部と文系の犠牲の上で理工が研究力強化をするという話ではないの,という気分が当時からあったのは確かである.

 私が結果としてかかわったのは人社研の部分である.この部分については,終始,やる意味が分からなかった.5月か6月頃に大学執行部が文科省詣でをしたときの事務方記録を見ると,特に大学院(人社研)についてはコメントはなく,文科省係官は学部の方ばかりを述べていた.同じことは理工研にもいえる.だからこのプランが,本当に「評価」されたのかどうか,疑問を抱いたものである.
 年が明け2014年になり,私は4月からの学部長になったので,人社研の作業に急にかかわることになった.私は学部長ないし学部長予定者として,設置申請書類を出す前に2度,文科省を訪れた(2度しか訪れなかったのは計画の進度が遅く持って行く材料がなかったからである).
 最初に行ったときの会合で文科省の係官から最初に出たのは,「このプランは大学の位置づけがないんですよね.」だった.この点はそれ以上の話がなく,話題にもしなかった.意味する可能性は2つのように思う.第1の可能性は「大学全体のヴィジョンがない」ということである.要するにいろんな計画の詰め合わせになっていて,大学全体として何をしたいのかがはっきりしない,という点である.そのことは正式に案を提出する前の段階で文科側から言われていたことであり,また評議会で学長に罵倒されながら1人で反対した教養学部評議員殿が指摘したことでもある.第2の可能性は,当時既に大学の3類型という話が出ており,その中での位置づけをはっきりさせなかったことである(埼大は地域大学しか選びようがない).両方かも知れない.
 2度目に文科訪問をした際に最初に係員から出たのは「埼玉大学は理系中心の大学にするんですよね?」だった.オイオイ,「理系中心の大学にする」とまでウチの役員はいったのか,と思った.「その(理系中心にする)中で,この大学院の計画なんですね?」というのが係官の次の言葉である.その後で「理系中心にすることとどのような係わりが文系大学院にあるか,ちゃんと書いてください」といったことをいわれたかも知れない.私にその気はなく,詳しくは忘れた.事務方は拾っていたかも知れない.
 何れにせよ,人社研の設置計画を評価する言葉は一切なかった.全体の計画を認めているんだから,その部分として,遅れずにやってください,というのが文科省係員の意図であろうと私は思う.

 このプランを採択すべき理由は次の3つであったように思う.
 第1に,ともかく早く計画を出してきたことである.この比類なき忠勤を役所は評価するしかないだろう.
 第2に,全学くまなく苦労する計画であることである.それだけの苦労をしますといっているものを外すことは人情として忍びないだろう.
 第3に,教育学部の望ましい改組,特に学生定員の大幅削減を入れ込んでいることである.逃す訳には行かないだろう.

 以前に書いたが,埼大のこの計画は夏頃に決まった「交付金化される18大学」からは漏れた.持って行った計画がグローバルでなかったから,ということだった.ということは,グローバルで出したらどうですか?(昨年度はグローバル事業にも選定されたことだし)とはっきりいわれないまでも,そのような趣旨のことは文科省からいわれていたんだろう.が,そうしなかった.そのために補助金の交付金化はなかったのである.間抜けだな,と私は思う.
 大学執行部側からはグローバルのプランにしなかったことについて,若干の言及もあった(7月以前の段階の私のメモに残っていた).
 ただ,グローバルでのプラン化は当時の役員は嫌がったろう.時間をかけて考えることもなかったろうと思う.
 平成25年度の前後でグローバルのテーマで同補助金を得た大学は多い.京都大学,静岡大学,東大,などである.それらの例では,グローバル化のための基盤を全学的に強化する,というプランになる.別の大学では特定部局に資源を使い,全学のグローバル化を引っ張るようにする,というプランである.
 だが埼大の場合,全学的なグローバルへの投資となると,グローバル一般には後ろ向きな理工研には旨味が出ない.だから消えただろう.特定の部局に投資となると,その時点では教養学部を投資対象とするしかない.それでは当時の学長さんが嫌がる.新学部設置となると,やはり既存部局に旨味が出ないからみんなから嫌がられる.まあ,そんなところではないか,という気がする.

 強い既存部局に旨味を提供する案でなければ採用できない,というのは埼玉大学の伝統かも知れない.この伝統に沿って,昔は医学部設置を見送ったし,今また新学部設置を考えなかった.その状況を克服するだけのリーダーシップを持つ学長がこれまでいなかったということだろう.それはそれで仕方ないかも知れない.

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理工研も人社研も消える日

 退職したからいえることであるが,埼大の人社研(大学院人文社会科学研究科)のホームページは私が在職当時,結構笑えるものだった.少し前に見ても変わらなかったと思う.人社研のホームページなのであるが,経済系の内容については経済学部側で作っている別アドレスに飛ばすのである.
 昨日,その人社研ホームページをまた見てみた.
http://hss.saitama-u.ac.jp/
驚いた.「素晴らしい」と思った.まず奇麗に改装された.ケチな財務が予算を付けてくれたんだろう.そして形式が人社研として統一されている.人社研の今の研究科長はまじめで,きちんとやりたがる人だから,この偉業を成し遂げたのだろう,と思った.下位のページもよく出来ている.
 が,経済・経営系のバナーをクリックすると,「あれま」だった.以前のように経済学部側で作っている経済経営系大学院ホームページに跳ぶところは同じだった.変わってねぇな,と思った.
 まぁ,それでも,ホームページの体裁が整えられたのは大きな進歩というべきだろう.お疲れさまと申し上げたい.

 まあ,なんというか,この点は仕方ないことなのである.
 一方で,統合した研究科を人社研と称するのは仕方ない.それ以外の名称はあまりに奇異だった.当時のプランの旗印が「人社系分野の統合」だったから,人社研しか名称はなかったろう.
 他方で,経済学部側が「経済経営系大学院」と称するのも仕方ない.日本の経済学部は経済学と経営学を基軸とする日本型の経済学部を標準として,いってみれば産業を成している.その標準から外れると商売がやり難いのはよく理解できる理屈なのである.
 だからまあ,この状態は無理に変えることはないように私は思う.

 ただ,この問題はじきに解決に向かうかも知れない.
 この「人社研」とか「理工研」というのは,古いモデルで作ったのである.役員の頭が古かった.埼大が「改革強化プラン」を決めた頃,私が人文系学部長会議に出ると,別の流れが始まっていた.全学の大学院を1つの研究科にまとめる流れである.埼大プランを決めた頃にその方向で動いている地方国立大もあった.先日,宇大で教授をしている卒業生に聞いたところ,宇大では,(教職大学院と連携研究科を除いて)すべての大学院は一本化し,分野はプログラムで分かれるだけになるという.教授会はどうするのと聞くと,「学部でやるんだろう」とのことだった.
 この「大学院全学一本化」は奇異な方法ではない.実は米国の州立大学は,大学院は Graduate School 等の名称の1つの束でまとめらるのが標準になっている.既に Medical School も消えている.すべての分野が1つの Graduate School の束の中の master/ PhD program になっていて,それらのプログラムを出しているのが,標準的には,物理学などの department ということになる.実質は department が運営していると思う.
 この方式で行けば,「人社研」や「理工研」といった不要な名称は消える.だから経済系は,埼大大学院の経済プログラム,経営プログラムといえばよい.それなら商売はやりやすいだろう.

 後世の人たちは,「人社研なんてアホな組織をよく作ったな.学部長がどんなアホ面だったか見てみたい」などというのだろう.できればそのときに思い出してほしい.学部長(私のことだが)は詰問されてもその案を最後まで肯定せず,役員命令だったから業務として行ったことを.アホは別にいたということを.

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法人化後の2代目学長(下)

 2代目学長さん(上井先生)の最後の2年間(2012-13年度)について触れよう.5年目に入った2012年度に私は教養学部長を辞めて無役になった.そのため,私は全学の会議の様子は分からず,2代目学長さんの生の行動を見ることもほとんどなかった.だから全般的にこの2年間がどうであったかはあまり分からないのである.
 ただ,5年目の年度初めから,学長を眺める立場にある人から風聞はもたらされた.学長さんにまったく精彩がないという情報である.たぶん年度冒頭の入学式の印象であろうが,「2人の背の高い理事に囲まれて,学長はいるのかどうか分からなかった.精彩がない.」その後の全学の会議の話と思うが,

─ 2人の理事は輝いていて,学長は見る影もない.
─ 学長は死に体だ.
─ (学長選の推薦人の責任ある立場の人から)なんであんな奴を推薦してしまったのか.最初から山口さんを推薦していればよかった.

聞きながらオイオイ,そこまでいうか,と心で思いつつ,そうですかと答えるしかなかった.そういう人は,私が2代目さんの支持をお願いしたことを責めていたのかも知れない.
 知らず識らずのうちに,私の周囲の人々の視界からも2代目学長さんの存在は消えていったように見えた.山口理事が学長になることを既定のことと受け止めていたと思う.人々は,2人の理事が何をいうかに関心を払うようになった.学長が何かをいったという話は伝わって来なかった.
 そのまま死に体でいてくれれば有難かったが,私が関知した部分については,2代目学長さんが災難として立ち現れるようになったのである.私が関知した部分とは,グローバル事業と機能強化プランであり,この2つはある意味でつながっていた.

グローバル事業

 まずグローバル事業についてである.この件については今年3月のこのブログ記載として「グローバル事業の評価が悪いのは必然である」(http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/03/post-ae38.html)に詳しく書いている.だから今回は,2代目学長がどうだったかの視点で触れることにする.
 私の学部長としての最後の何か月かは,グローバル事業への申請の計画を考えることが一番大きな仕事だった.この補助金公募があることは秋ごろには分かっていたと思う.そこで私は,他大学が何をしているかを調べて,埼大で何ができるかを考えていたのである.実は加藤理事とも話しながら計画を考えはじめた.
 しかし加藤理事はこの公募での申請をしないと言い出した.代わりに文科省への直接の概算要求として持ってゆく,という.競争的資金の公募にすると「愚かな目標数値が課される」ので嫌だというのである.だから私はいったん作業は止めたが,どうも加藤理事の考えでよいかどうか疑問だった.そこで構わずに,当時の財務に学部長としてお願いして,事前相談の期限ギリギリの3月に,文科省に計画のポンチ絵を持参して事前相談に行ったのである.この事前相談では良いアドヴァイスを頂いた.
 加藤理事も文科省に経費要求のお願いに行ったのであるが,私の疑問が当たり,グローバルについては別途グローバル事業の公募があるからそちらで申請しなはれ,といわれて帰ってきた.そこでやっと,私と加藤理事が合流してグローバル事業の申請の計画にかかったのである.
 申請の中心は教養学部が何をするかであり,その点は私がこの間に考えたことである.全学とのつなぎ,英語センターや国際室などの関わりについては,加藤理事がいろいろ手配をしてくれた.事務方の助けを借り,申請書は滑り込みでまとめて6月に出した.申請者は自動的に学長であるが,構想責任者は当然ながら加藤理事,実施責任者は私の後任の教養学部長だった.なぜか1次審査を通った.8月のヒアリングでは,公式には無役の私が主に説明し,加藤理事と山口理事が補足に回った.なんとか滑り込みで採択通知が来たのが10月である.
 ところが,採択された後から「あれっ」という話が続いたのである.
 まず教養学部の同僚のA氏が国際企画室長になった,と聞かされた.そういう役職につけられるのは学長しかいない.そのA氏であるが,申請書を書く段階で私は協力を求めたけれど「専任ポストを付けてくれなければやらない」と言い出したのである.そんな,無理に決まっている.だからA氏には申請計画から外れてもらった.しかしA氏は,申請が通ったら彼独自の計画書をA4何枚かで持ってきて(あちこちに持って回ったはずである),これでやろうと言い出す.信じ難い行動である.この補助金での計画は申請書通りしかない.別計画はあり得ない,と私は撥ねつけた.そのA氏が国際企画室長としてグローバル事業にかかわるという.
 問題は,申請の構想責任者の立場にあった加藤理事がグローバル事業の担当を外されたことである.なぜ外れたのかと私は加藤理事に文句をいった.「学長がいうんだから仕方ないだろう」が返事だった.全学での担当は山口理事になった.ただ,あの申請書の中身全体を理解しているのは私と加藤理事だけだったのである.
 山口理事は国際担当を兼ねる理事だからこの件の担当になることは役職上は不思議ではない.しかし山口理事が学長になってからはグローバル事業の担当は教育担当理事だった.もともとグローバル事業は教育プログラムであるから,教育担当理事で構想責任者の加藤理事が役員の中の担当になるのは自然なのである.詳しい人を排除した,ということになる.
 そのうち,学長が全学の枠組みの会議を決めた,という連絡が入った.この点も私の想定外だった.どのように作業するかは申請に関わった人を集めて事前に協議すると思う.ところがこの学長さんはまったくのトップダウン志向だったのである.初めに学長になるときに「現場と話し合って合意して行く」といっていた同じ人の行動とは思えなかった.
 この「全学の枠組みの会議」は,その後も1,2度開いたことはあったと思うが,案の定無意味な会議だった.最初の会合でも,どう作業するかの確認もしなかった.私も,申請書の計画通りと理解していたから仕方ない.後から考えるとそこで確認しておくべきだった.
 悪い予感は当たった.本来はあり得ぬことだが,A氏は独自計画で動いたのである.良い例が英語の授業の件だろう.A氏は私に「韓国の英語教育の世界的権威を呼んできてよいか?」という.まあいいんじゃない,くらいに答えていたが,そこが甘かった.留学用の英語は英語センターでGYプログラム用の留学英語授業を拡張してもらうように,申請書作成段階で頼んでいたのに,A氏は英語センターに関わらないでよいといいに行ったのである.たぶん「韓国の英語教育の世界的権威」とは組織であり,その組織に英語授業を金を払って丸ごと委託する,ということだったんだろう.しかしそんなことは金が続く間しかできない.補助金に関わらずグローバル促進を続けるためには,英語センターにお願いするしかないのである.A氏は「補助金が切れたらまた取ればよい」というが,そんなことがA氏にできる訳がない.
 英語センター長やnativeの先生たちと面識がある同僚(今の教養学部長)と一緒に,まず私は,英語センター長に謝りに行くことから始めた.その後でnativeの先生方と協議をし,次年度からの留学用英語授業の手配をなんとかお願いしたのである.
 同じ時期に仰天することがおきた.補助金で教養学部で3人の任期付教員を雇う申請内容だった.ところが,その3人を「国際本部につける」(つまりA氏の部下にする)という提案を教養学部長が突然言い出したのである.いくらなんでも,それでは教養学部が動けない.後で調べると,採用の手続き前なのに履歴書が国際本部では出回っていたのである.この件では私と学部長との間でのバトルになった.結果は両者折半のような結果になった.とはいっても,3人のうちに2人は,人の選定では私の要望が通った形であり,この点では山口理事の理解を得られたのは不幸中の幸いだった.
 その後の展開がどうだったかというと,異常な展開としかいいようがなかった.A氏は,国際室でも教養学部内でも,自分の「身内」の人しか使わない.そしてそのグループが何をしているかは,他の人には見えて来ない.私は私で,公式には無役でも前学部長という顔でグローバル事業にかかわっていた.だから,グローバル事業の事業とは,「学長-教養学部長-A氏」のトライアングルで動く部分と,私に関連する部分という,2つの別個のラインで動いていたのである.
 その間,A氏の予算の使い方に疑問を抱く学長室の事務担当者とA氏との間のバトル,A氏と私との教養学部内でのバトル,国際本部内でのギクシャク,A氏の属するグローバル・ガバナンス専修内でのギクシャク,といったことが,グローバル事業の期間の前半の2年間以上,続いていたのである.公式の役職者,つまり大学役員側と教養学部長はA氏の側にいたから,私には分の悪い争いだったのである.
 A氏が行ったことは「謎の韓国ルート」(韓国のある仏教系大学の国際交流ルート)を使う,というものだった.一部成果はあったのであるが,金額に見合うものではなく,予算が切れてそれまでになった.その韓国ルートで作った米国の協定校に,任期最後の年の夏,2代目学長さんはA氏らとともに行脚していた.研究で滞米中に学長のお供に動員された同僚によると,先方大学の担当者も韓国人ないし韓国系米国人だったらしく,そのルートを使わないと動かない関係だろう,という.このときに,学長さんは謎のダブルディグリー協定(プランが空白の協定)へのサインをしている.この学長さんは何を考えたのか? この協定は今も塩漬けのまま残っているはずである.
 このA氏の動きを学長がいちいち指示していたか,何をしているか理解していたか ─ その点は確証がない.もし分かっていてA氏に任せていたなら,ひどい話である.分からずにいたとすれば,この時期の2代目学長さんはただのバカ殿だったとしかいいようがない.

改革強化プラン

 2代目学長さんの5年目(2012年度)の年度末に改革強化プラン(一時は機能強化プランといっていたと思う)が全学の会議で披露された.その中身については,文科省折衝を経てご存じのものに修正され,2013年の正月前後に予算化された.多くの方がよくご存じと思う.
 このプランについてはこのブログの昨年5月頃の記載として私はいくつか書いている.例えば以下である.だからこの記載では,過去に書いたものとはなるべく重複しない点を書きたい(ある程度重複はある).

  H25年度採択の改革強化プラン http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/h25-c2bb.html
  教養学部は研究科合併にどのように対応したか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-e8ad.html
  あの改革強化プランはなんぼのものだったのか? http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-2df6.html

 このプランは全学の会議で突如出てきたように私は学部では説明を受けた.だがこのようなトップダウンの計画出現は,2代目学長さんが学長になるときにいっていた志とは異なる.2代目学長さんは既に死に体であり,この計画はトップダウン志向の山口理事から出たのだろうか,とも思った.あるいは学長は死に体ではなく,どこかで豹変してトップダウンになったのか,とも思った.実際にこのプランがどのように出てきたのかは,私は存じ上げない.
 常識的には,全学執行部は検討しながら事前に部局に根回し,事情を調べて修正して行く過程を経て不思議はない事柄だった.が,根回しがあったという報告は教授会ではなかった.実際のところは当時の学部執行部にしか分からない.
 ここでの問題は経済学部と教養学部の,大学院合併のことである.この合併話には2つのポイントがある.1つはそもそも合併をするか,という問題である.もう1つは合併するとして,そのときの組織がどうなるか,である.より具体的には,以下でいう「真ん中専攻」をどうするか,という問題であった.
 この件は途中から嫌な展開になったと感じた.グローバル事業の争いの延長のような様相を呈してきたからである.まず5月頃と思うが,A氏が書いた,新研究科におけるグローバル・ガバナンス専修部分の修士プログラムの案が,A4数枚の企画書として私にも回ってきた.全学の話がまだはっきりしないのにもうこんなことを考えているのか,と驚いた.中身を見るとビジネススクール様式の「グローバルリーダー養成」のナンチャラプログラムという内容だった.グローバルリーダー(米国大統領か?)などという言葉を臆面もなく使うのはA氏しかいない.また,この内容ではA氏以外のグローバル・ガバナンスの教員も担当しようとはしないだろう.しかも学生の海外派遣にかなりの予算を要するだろう.交換留学の枠には載らない.A氏は早々と上層部に対する彼独自の「営業活動」をしていたように思えた.
 全学から回って来る改革強化プランのポンチ絵が何度か,教授会資料として回ってきた.そのポンチ絵の経済-教養の部分には,6月辺りから「グローバルリーダー養成」の何とかいう表記になってきた.要するに,経済と教養で一緒に作る専攻(経済学部,教養学部では「真ん中専攻」と呼んでいた)の教養学部部分が「グローバルリーダー養成」とすることが,全学から降りてきた当初案となったのである.
 私は入っていないので詳しくは把握していなかったが,教養学部でも将来計画員会(文字数の都合で以下WGと略)で合併後の新研究科の案を議論した.経済学部側とも協議していたらしく,時折ポンチ絵のようなものが出てきた.
 伝え聞いていた限りで,この時期(夏~秋)のWGの特徴は次のようなものである.
 まず,A氏が終始,必須の中心人物として案を出していたようである.また,例の当初案の枠を出なかった.委員として出ていたある先生は,いくらいっても話を聞いてもらえないとこぼしていた.さらに,終始,経済学部に譲歩しているように私には見えた.
 「経済学部に譲歩」というのは,少なくとも3点にある.第1に,新研究科を作った場合に使えるとして全学から提示された任期付きの専任教員ポスト5つのうち,4つを経済学部が使うという.何れかの機会に私は「なぜそんなアホな,悪くても3:2だろう」といったが,学部長からはよく分からない返事があった.経済学部には4つのメジャーがあるから4つだ,という.なら教養学部には5つの専修課程があるではないか.しかもメジャーは学士課程の話であり,院の計画に出て来るのはおかしいではないか.
 第2に,研究科名について経済学部側からの要望が強かったことである.新研究科名は全学案では「人文社会科学研究科」だったが,その名称は仮であり,どうするかは両学部が合意することになっていたと思う.経済学部は新研究科名に「経済」と入れたいらしかった.しかし「経済」の語をどう入れようが,教養学部側が入れたい語句と結び付けると,笑話のような研究科名になる.そこで研究科名はなかなか定まらなかったが,学部長は常に経済学部側から出た研究科名を教授会などで語っていた.
 第3は,「真ん中専攻」の教養学部部分をグローバル・ガバナンスにするという当初案を維持することであり,経済学部としてはその方が有難かったらしい.
 この時期,経済学部の方が立場が強かったのには理由がある.経済学部では,この合併案の是非をちゃんと議論していたのである.反対論も多かったが,議論の末しぶしぶ同意した,と聞いている.しぶしぶ同意した側に学長サイドが配慮するのが理屈である.

 学部内のWGをどれほどやったのかは私には分からないが,既述のように何度か新研究科の専攻構成の簡単なポンチ絵のようなものは出ていた.しかし具体的な中身はよく分からなかった.そこまで煮詰まっていなかったのだろう.
 具体的な中身が煮詰まらないのには理由がある.もともと当初案の「真ん中専攻」が非現実的だからである.まず,グローバル・ガバナンス専修は学士課程では頑張っていたが,大学院では学生はほとんどいなかった.学生を集める実績がないのである.だから学生が確保できる訳がない.さらに,グローバル・ガバナンス以外を1専攻にまとめるとその他の部分の組織がまとまらない.「真ん中専攻」には他専修の教員も出さざるを得ず,そうなると他の部分の体制が壊れるのである.博士課程との関係も難しくなる.
 そんなことは,学部の基本資料を取り出して2時間くらい検討すれば分かるはずである.が,全学も学部もその検討をしなかった.だから同じところをグルグル回っていたのである.本来なら,全学が当初案を作る段階で,その2時間程度の検討をする(ないし学部に検討させる)べきだったのである.

 11月になって,改革強化プランを文科省に出すことになった.そのときの教授会で転機が訪れた.学部長がそこまでの案を持ってゆくことの了承を教授会で求めたが,異論が出た.学部長はそこで採決で決めるという.私やある同僚(今の研究科長)は,採決のような賭けに任せるのではなく話し合いをすることを求めた.しかし学部長はあくまで採決という.議長が裁決というから仕方なかった.採決すると学部長案が否決されたのである.
 このときの会議では社会学系のある先生の発言が流れを変えた.学部長は研究科統合案に反対ではなかったのか,私はそのつもりでいた,という.その先生の意見は教授会の話をあまり聞いていなかった結果のように思うが,実際,多くの先生方は改革プランの状況をよく理解していたとはいえなかったのである.その点は経済学部とは異なったろう.
 経済学部ではオープンな議論をした上で全学のプランに同意したと聞いた.が,教養学部では,教授会では報告が多く審議はほとんどない.学部長はソフトな説明を重ねてそのまま了承してもらう方法をとったと思う.なぜそうなったかはA氏の都合だろう.オープンな議論をすればA氏が矢面に立つ.が,自らが矢面に立つことはA氏が嫌う.その点は少し前まで私自身が学部長をしていて,A氏の代わりに何度も矢面に立っていたのでよく分かる.(実は学部長をやるはるか以前から,昔の「文化政策騒動」の頃から私は何度もA氏の代わりに矢面に立ってきた.)
 状況がよく分からなかった別の理由は,改革プランのステータスがはっきりしなかったことである.採択されなければ実施はない.夏頃に交付金で支援されると決まった大学のプランには「採択された」という表現が使われた.しかしそのときに外れた埼大のプランについては,「採択されるだろう」,「採択される見通しだ」と役員がいうばかりで,きっぱりと「採択された」の情報がなかった.予算が通れば決まる,ということだった.だから,あのプランは本当にやるのかどうか,役員が採択されるつもりでいただけなのか,その点が国の予算が決まるまで分からなかったのである.
 
 教養学部側の新研究科に関する本格的な議論は上記の11月の教授会の後に始まった.年末から正月にかけて「真ん中専攻」の案と新研究科名の学部案がほぼ固まった.私はその時点でもWGに入っておらず(入れるような提案もあったが学部長からは拒否されたようである),その話し合いには参加していない.しかし私も意見をまとめてWG員の同僚に見せていたが,私の考えに近いところで決まった,と聞かされた.というより,WGではどう考えてもそうなるような案で収まった,ということである.

2代目学長の退場

 確か2012年の11月末か12月初め頃に,理事だった今の3代目学長さんが次期学長になると(学内的には)正式に決まった.その頃から全学執行部は名実ともに3代目学長さんが表に出るようになり,2代目学長さんは事実上退場した感があった.
 そういっては申し訳ないが,上で書いたグローバル事業と改革強化プランの2点について,2代目学長さんが退場するのと同時に,展開が好転したのである.3代目学長さんの登場によって悪くなったことは一つもなかった.だから私は,2代目学長さんには,退場してくれて有難うと心から感謝の念を抱いたものである.
 グローバル事業については,A氏を次期政権で重用するのかとある同僚が非公式に山口理事に聞いたらしい.答えは否定的だったという話が伝わってきた.その辺からグローバル事業に関しては見通しが明るく思えてきた.実際,次期政権では,私と同じ立場でグローバル事業にかかわった同僚が国際企画室長となった.
 改革強化プランについては,次期学長を含む両理事が教養学部の案をほぼ認めてくれた.といっても,現実的には教養学部案しか選びようがなかったろう.初めから教養学部で議論を重ねて,普通に経済学部と協議すればそうなったであろう所に落ち着いたと私は見ている.
 私は年を明けてなぜか再び学部長に選ばれ,それまでWGに参加していないのに,その案の肉付けと実施に関わるようになった.研究科統合自体には,私はやはり意義を見出せない.それ自体はネガティヴな出来事だと今も思う.が,以後の作業の中で,ネガティヴな部分をなるべく小さくし,今まで解決できなかった部分の解決を求め,嬉しい部分を作るように心がけた.その点は経済学部も同じである.

 話を本来に戻そう.私がいいたいのは,学長のあり様はその任期のうちに変わって来る,ということだった.2代目学長さんについては,ボトムアップ志向で登場し,最初はその役割を果たしていったと評価すべきと思っている.功績も大きい.しかし時間とともに2代目学長はトップダウン型に変わっていったと私は思う.
 最後の2年間における2代目学長さんの事績については,私は部分的にしか見ておらず,正当な評価はできない.しかし私がかかわった局面についていえば,状況を見ながら判断ができていたようには見えない.
 いくつか印象に残ったことを書いてみよう.まず6月頃に学長が事務方を引き連れて教養学部を訪問し,全学プランへの理解を求めた.その際,私は1つの質問をした.答えるのは簡単で,たぶん学長には都合が良くない事実を一言いえばよい質問だった.が,学長はそこから,関係ないことを長々と話し始めた.見かねた事務局長がメモを差し出し,話はもとに戻ったのである.その様を見ながら,果たしてこの学長さんが全学執行部の戦力になっているかどうか,疑問に思えたのである.
 その年の夏頃にはA氏らとともに学長さんは米国の大学訪問の大名旅行をしている(予算がどこから出たかは気になった).前にも書いたが,そのときに謎のダブルディグリー協定にサインしている.その協定は,ダブルディグリーなのに具体の計画がない.その後フォローした形跡もない.自分が何をしたのか,何のためにサインしたのか,認識していたかどうかに疑問を抱く.
 改革プランを審議する評議会には教養学部からも評議員が出ている.その評議員殿が一人で全学プランへの反対論を述べたらしい.その際,学長さんは彼を激しく罵ったらしく,その様は事務方も驚いたようだった.まあ恫喝だろう.
 その評議員殿は私が学部長をしていたとき,2年間副学部長をお願いした方である.生来おとなしい人であり,強くものをいう様は私には記憶がない.彼は自分の発言を教授会でも説明している.私が聞く限り,彼は全学のプランが埼玉大学の基本的スタンスを入れていないことを批判したように思う.基本的スタンスとは,地域に根付く大学になるかどうか,という点である.彼は地域大学としての役割を明確にすべきことを持論としていた.その当時,人文系の学部長会議に出ていると,各大学がどのようなスタンスを取るかが大きな話題だった.参加している地方大学は一様に「教育中心,地域大学」を口にしていた.そのくらいであるから,彼の主張は正当に思う.少なくとも議論すべきだったろう.
 2代目学長さんはかつて,初代の学長さんが会議で事務方のどなたかを面罵するという振る舞いをしたとして(むろん裏で)非難していた.人は変わるものである.
 わずかな観測しか私にはない.そもそも学長がどうしたとは,その当時,ほとんど伝わっていなかった.しかし私が経験したわずかなことだけで判断させて頂ければ,この時期の2代目学長さんは聡明だったとは言い難い.正直,4年で学長をお辞めになった方がよかった.

6年任期の学長

 3代目学長さんの御代になってから,学長選考会議で学長任期をどうするかを審議した.この件も以前,ブログに書いたので,その経過はそちらをご覧いただきたい.その際に私は1人で,学長の任期を一律6年とすることに反対した.その会議の席上でも申し上げたが,埼大の学長を見ていると,しばしば,4年を過ぎると死に体になる,それなら学長を変えた方がよい,と申し上げた.私の発言は,いうまでもなく,4年でお辞めになった初代学長さん,6年おやりになった2代目学長さんが念頭にあった.初代学長さんも6年できたとは思うが,4年で十分な業績があり,4年でお辞めになって幸いだったように思う.2代目学長さんは,6年おやりになったけれども,4年でお辞めになった方が奇麗だったように思う.
 学長選考会議での採決時に,私と同じく4年+2年任期を支持されたのは薄井経済学部長だけだった.(理工研科長がどうだったか,忘れた.)だから6年になったのは仕方ない.
 しかし,今後の学長は,一律6年であるから,病気になられない限り途中でお辞めになることはまずない.だからいろいろ大変だろう,と思う.選んだ時と終わりの頃ではだいぶ様子が変わるだろう.良く変わるか悪く変わるかは賭けである.
 2代目学長さんがなぜ変わっていったか,と時折考えた.私の想像であるが,人が聡明であるかどうかは,必ずしもその人の固有属性ではない(知能なら固有属性である).人は社会的な存在であり,社会心理学的には,人の判断も社会的である.つまりどのような人が周囲にいるかが大きい.2代目学長さんについては,同程度の立場の方々が,学長を始めた頃にはおられたのである.しかしその方々は次第にいなくなった.そういう状況の中で何となく浮いてしまったのかも知れない,と思うことがある.
 だから学長の周囲にどのような人を送るか,どのようにして合議制に近づける環境を作るか,が重要になって来ると私は思う.

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法人化後の2代目学長(中)

 さても,2代目学長さん(上井先生)の4年目である2011年の後半には学長選考がある.順当に行けば2代目学長さんがあと2年の任期を務めることになる.がここで,後の3代目学長さん(山口先生)が学長に立候補するという情報がもたらされた.
 その情報をもたらした人に私は「何の正義を掲げて立候補するのか?」と尋ねた.「そこで正義なんていうのは高木さんくらいだよ」との返事だったのを今も覚えている.
 その後,確かに山口先生(たぶん理工研科長)は立候補するようだ,と確認した.どういうルートの情報だったか忘れたが,私が聞いたのは理工研側には2つの要求があるとのことだった.第1は基礎研究への大学配分の研究費を増額すること,第2は(詳しくは分からないが)全学の研究機構にある理工系分野のポスト(全学ポスト)を理工研に移管して欲しい,ということだという.ただ公式に何を掲げるのかはその時点では分からない.
 山口先生の立候補,というのは,私には唐突に思えた.山口研究科長は全学の会議に出ていてその意見は私も見聞していたが,伝えられるようなことで発言があったという認識はなかった.そもそも,問題があれば全学運営会議の場で出し議論してもらうべきと思うが,特段批判的な言動は記憶になかった.
 もっとも,理工研側は研究担当の川橋理事との間でやり取りをしていたのかも知れない.だから話が理工研の内輪話のようになった,という可能性はあるだろう.
 私の眼には,山口先生は理工系の要望(ないし突き上げ)を背景に立候補したという印象を受けた.出馬にあたって全学的な根回しをしなかったように見える(むろん上井学長側も結果として協議をしていない).後に正式の立候補をしてから支持者の親分が教養学部長室においでになったことは覚えている.が,ただの挨拶であり,「政策的な」説明はなかった.挨拶を受けた私も上井候補をよろしくと応じただけである.山口先生側は(今よりも)トップダウンを目指すといい,かつ理工系を背景にしている様子だったので,私の方はデフォールトで現学長を支持する以外は考えられなかったのである.
 経緯は忘れたが,山口先生の立候補の噂が出た直後辺りから上井支持者の招集があった.私も出席した.何度か会合はあったと思う.しかし,4年前に最初に上井先生を学長に押す準備会合ではどのように大学を運営するという話があったのに,今回はなかった.もっぱら「選挙対策」の話だったのである.その点が第1の失望である.第2の失望は,正式の立候補の前の段階で「山口さんに出馬を見合わせるように説得する」ことになったことである.私には,理系の某先生(山口先生の参謀と思われていた)を説得しろという指示があった.
 この指示を頂いてから学部に戻り,三役と協議した.出馬を見合わせるよう某先生を説得しろと学長にはいわれた.けれど,選挙に出る権利があるのに出るなという筋はない.出てもらって戦うのが正しい.だから,指示は受けたが何もしないことにする,と私は話した.三役の2人からも同意を得た.一時は「もう一押しで説得できる」という話も聞いたが,結局,山口先生は出馬するとのことだった.
 私としては,この件では教養学部内で「上井をよろしく」とお願いに回った.が,それ以上はしなかった.学内でいろんな動きがあるという風聞は耳に入ってきた.「直属部隊」は理工系への選挙活動を続けていた.その際,昔の竹下派みたいだが,「2年経ったら山口さん」といって回ったようだった.要するに,2年後の学長選考では山口さんを学長にするから,この2年間は上井学長でよろしく,ということである.「あれま」と思ったものである.2年後でOKならなぜ今はダメなのか? 学長任期を2年延ばす,ただそれだけのために,どこかで道を間違えてしまったのではないかと,ぼんやりと考えた.
 事務方の誰がどちらを支持している,といった話がよく飛び交った.圧倒的に山口先生支持が多かったという印象だった.上井学長がこんなに評判が悪いとは私は思っていなかった.
 という訳で,さほど運動した訳ではないのであるが,ともかく私は上井支持を通した.立会演説会の際に山口候補に疑問を呈する(全学運営会議では,いえたのに,何もいっていなかったではないか?)程度のことだった.
 実は私は山口候補が勝つと思っていた.
 蓋を開けると,僅差とはいえ,上井候補が選挙で勝ったのである.嬉しかったが意外だった.
 私も出ていた学長選考会議でも問題なく上井学長で決まった.そもそも外部委員は学長が委嘱しているので,例外を除き,現学長を支持する.会議が終わって部屋を出るとき,ある外部委員の方が「こんなに接戦とは思わなかった」と意外感を漏らした.私はただ「ええ」と答えた.
 勝ったとはいえ高揚感はなかった.4年前とは大違いだった.4年前に選挙戦の前線にいたのはその時の両理事だった.今回の選挙では両理事はまったく姿を見せなかった.
 次第に何のための選挙戦だったか疑問を抱くに至り,私は気分が落ち込んだ.上井学長の2年の任期追加は決まったけれど,「2年経ったら山口さん」で戦っていたので,2年後には山口先生に学長を禅譲することが既定路線になったように思えたからである.山口学長の是非が問題ではない.問題は何やら曲がった筋のことをしてしまったのではないかという疑問である.山口先生が立候補するという情報があったとき,私はその立候補に何の正義があるか,と問いたかった.しかし選挙が終わってみると,問いは,上井先生が2年学長を続けることに何の正義があったのか,に変わった.
 それでも私は上井先生がどうするのかを見ていた.詳しくは書かないが,選挙で勝った上井先生はその後の折衝では完敗だった.川橋理事は外れ,山口先生が次期の研究担当理事になるとの話を聞いた.山口先生を理事にするときには支持者に説明する,と上井先生はいっていたが,説明などはなかった.
 私は1月と3月に呼び出されて上井先生と会って話している.何を話したかは書かないが,喧嘩別れだった.
 その3月で私は4年の任期を終え,学部長を辞めた.と同時に,これで2代目学長さんとの縁も切れたな,と思った.だがそのときは2代目学長さんに対する,その後2年に及ぶ争いの入り口にいたことを,私は知る由もなかったのである.(次回に続く)

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法人化後の2代目学長(上)

 2つ前の記載で「法人化後の初代学長」について書いた.書いた動機はその学長さんを評価しようというのではない.「学長って,なる前と後では変わるよね」といいたかったことが動機である.同じ観点で法人化後の2代目学長さんについて書いてみよう.
 しばらく前にこのブログで「2007年の学長選考」(http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/11/2007-d215.html)という記載を書いた.この学長選考が法人化後の2代目学長,つまり上井学長を選んだときである.その記載には私が知っている範囲での選考の経緯を書いたが(私が存じ上げぬ経緯もあるはずである),ついでに2代目学長に対する私の評価も書いている.その記載とはなるべく重複せぬように以下を書いてみたい.

 初代学長さんの御代が2004-2007年度の4年間,2代目学長さんの御代が2008-2013年度の6年間だった.この2代目学長さんは,実質的に意味のある学長選挙を勝ち抜いた最後の学長さんであろうと思う.しかも再選を含めて2度の学長選挙を勝ち抜いているのである.制度が変わったので2度の学長選挙を勝ち抜く学長はもう出ない.今後も教職員による学長選挙をやるかも知れないが,やるとしても選挙としての実質的な意味は無くなっているだろう.
 学長を下々が選ぶ際に2つの考え方がある.1つは Great Person Theory とでもいうべきものであり,偉い,崇めるような学長さんを選ぼうという考えである.もう1つはConsensus Theory とでも呼べるだろう.皆さんとコンセンサスをとってやっていく,そのための協議をするのに適した方を選ぼう,という考え方である.先代の初代学長さんについては,推薦する方々は前者の考えで推薦したように思う.2代目さんは,偉くない訳ではないのだが,後者の考え方で推した,というのが私の理解である.初期の協議の中でコンセンサス重視を打ち出すことをいい出したのは後の加藤理事だったと理解している.初代目さんが(結果として)トップダウン志向であったため,トップダウンへの嫌気が蔓延していたのである.だから今度はコンセンサス型で,という考えが当時は強かった.事務方は2代目さんをしばしば「調整型」と評する.

 さて,この2代目さんの治世の6年間は,大まかに2年ごとに3つに区切るのが分かりやすいように思っている.
 まず最初の2年間は,学長になる際に標榜したことの実現に努力されたと私も思う.
 まずいろんな機会に対話重視の姿勢を形にしていった.以前の記載に書いた「くだらない例」をあげれば,対話重視の姿勢は新年の賀詞交歓会に現れた.賀詞交歓会は部下が学長の前に整列して小学校の朝礼のようになりがちである.が,2代目さんは最初の賀詞交歓会の際,部屋の真ん中を空けてみんなで丸くなるようにしたのである.皆さんと同じ目の高さで接する気持ちの表現だったのだろう.より実質的には,部局長の参加で,全学運営会議の他に全学の将来構想委員会のようなもの(正式名称は忘れた)を開き,今後の大学のあり方の協議をしたのである.実務中心の全学運営会議では出ないような議論をその場で行った.
 また,立候補の際に表明されたごとく,他大学とのネットワークの構築を試みられたのも確かである.実際,学長任期の当初に,あたかも統合に動きそうな気配すら出たことがある(数日で消えた).また近隣の大学と接触して協力の仕方を学長間で話し合う機会を持たれたはずである.この間,立教大学との交流が増え,立教大学と埼大でどのような協力ができるか考えてくれ,と私に依頼することもあった.(学部に持ち帰って意見がありそうな教養学部教員と協議したのであるが,立教大学の方にメリットがないだろう,という意見が大勢であり,それ以上の検討はなかった.)
 実は2代目学長の誕生の前,私が教養学部の副学部長だったときに,北関東国立4大学の文系学部と協議する試みをしたこともある.その時も(なぜか)上井先生は出席された.確か宇都宮でのことである.また,上井学長誕生後は,4大学連携(4Uといっていた)の会合に理工の水谷先生とご一緒しながら出席していたことがある.埼大の責任者は当時の川橋理事だった.
 ただ,残念ながら北関東4大学の連携は次第に消えていった.その理由は4Uの会合に出ていてよくわかった.いずれの大学も,自分たちの組織のために他大学を利用する,という考えであり,新たな連合体で生きることを考えていなかったからである.新たなアイデンティティを産む流れにはならなかった.自分たちのためのメリットを求める連合というのは,結局,壊れるしかない.
 この時期の2代目学長さんの功績は,大学のグルーバル方針に先鞭をつけたことだろう.評価は立場によるが,スピード感を持ってGYプログラム(Global Youth Program)を立ち上げたことを私は評価している(実は教養学部教員は評価しない人が多かった).2代目学長さんには実は変な色気があったかも知れないが,このGYプログラムによって,米国に留学してまとまって単位を取って帰るということが現実的であることを示したことは,学生にとっては大きかった.教養学部では時期を同じくして交換留学する学生数が飛躍的に伸びたのである.

上に書いた「事績」以外でも,2代目学長さんが登場した意味は大きかったように私は思う.学長として最初に全学の会議(全学運営会議?)を開いたとき(だと思うが),この学長さんがいきなり言い出したのは「部局予算を袋で渡す」ということだった.実は,トップダウン色が強かった初代学長さんのときに,予算が厳しいことを理由に,部局予算にいろんな枠がはめられていたのである.各部局はその制約で苦労したはずである.2代目さんがいった「袋で」とは,部局予算の全体額は決めるけれどもそこから先は部局の裁量で決める,ということである.この発言を聞いたとき私は「経済学部の年来の考え方だな」と思った.経済学部は部局を独立運営する意向がもともと強かったのである.
 ただ,予算の運用としては経済学部の考えが正しい.予算配分の最適問題を解くには制約条件をハッキリさせることが前提であり,申請によってお金が取れたり取れなかったり,というのでは,結局,優先順位の低い事項に予算を配分する以外になくなることが多いからである.ただ,この話を通せたのは,2代目さんがボトムアップ型であったことによるだろうと私は思う.
 私に勘違いもあるかも知れないが,学長がトップダウン志向になると,本部事務方の上の方(文科省人事で回って来る方々)は教員や部局を見ない.学長ばかりを見るのである.だから結果として部局や教員一般には冷たくなる.ところがボトムアップの学長になると「部局が首を縦に振らなければ動きませんよ」という暗黙のメッセージを学長が発するから,本部事務方も部局や教員の方を多少は見る.その違いはあるように思う.実際,学長がトップダウン志向の3代目になると,予算が厳しいことを理由に,またも財務側は予算にいろんな枠をはめ始めた.いろんな予算が財務への申請に基づくことになったけれども,財務に判断ができるはずもなく,結果として予算の執行は遅れるし,もらうお金は同じでも優先順位の合理性は低下したように思う.
 また,2代目さんが良かったのは労使関係において労働側への配慮を強くしたことだろう.労使関係は学長任期を超えて基準として継承される可能性があるので,教職員側への恩恵は今も続いているのではないかと想像する.
 さらにいえば,2代目さんが良かったのは彼自身が学長であることを楽しんでいたことだろう.その点は入学式や卒業式などの式辞・挨拶に現れていた.私は部局長だったので,公式の場では壇上の後ろの方に座っており,嫌でも学長の挨拶は耳に入った.2代目さんの挨拶は長めであり,しかもかなり時間をかけて考え抜いた挨拶のように思えた.中身的には,シニカルな私は,発言の機会があればツッコミを入れたかも知れない.が,学長さんは非常に楽しんで話しているのである.良いことである.楽しみながら話してくれると聞く方も明るくなるからである.
 初代の学長さんは挨拶がつまらないことが定説になっていた.分かるような気がする.初代目さんは生真面目な人であり,しかも無駄なことはしないという考えがある.挨拶などは所詮無駄話である.そう思っていれば話は一層つまらなくなる.挨拶という点ではやはり文系の学長が優れているだろう.文系の学問の多くは,論理ではなくレトリックで勝負している面がある.だからしみじみ考えると変でも,その場では有難いように聞かせることは一般にうまいのである.私の印象では,3代目学長は2代目の後であるだけに,2代目に合わせて良い挨拶を心掛けていたように思う.しかし3代目さんは根が生真面目だから,どことなく無理をしている感じが残る.2代目さんは自然にもっともらしい挨拶をやってのけたのである.大したもんだと私は思った.

 さて,2番目の2年間になると,学長の動きは止まったような気がする.学長になってしばらくはいろんな検討をしたのだと思うが,とりあえず動かしようがなかった,ということだろう.実は2代目学長の前半は民主党政権時代と重なる.民主党政権の前も短命な自民党内閣が続いていた.だからこの間は文科省による弄り回し以外は明確な方針が出なかった.大学に関する大きな方向性は,安倍内閣になって大学を成長の基盤ととらえる考え方が出るまでは何もなかったというべきだろう.民主党政権時代は,仕分けなどといって喜んでいた頃であるから,運営費交付金の削減ということしか念頭に浮かばなかった時期だと思う.
 この2年間は,学長ではなく,加藤理事による教育システムの整備の時期であったように思う.だから全学の会議でも加藤理事の出番が多かった.学長は加藤理事の提案の調整役に回っていたような気がする.
 この時期,学長に関しては特に記憶に残るようなことはない.が,ややアレッと思うこともないではなかった.
 私の受け止め方であるが,第1のアレッは,ある名誉教授との裁判の件だった.全学の会議で,学長はその名誉教授に謝罪するような趣旨のことをいい出した.会議では私だけが難色を示した.会議の後に別室に呼ばれ,当時の執行部と私は話した記憶がある.学長が声明を出せば簡単に裁判は終わりそうだ,という説明だったように思う.ただ,埼玉大学はその件では一定の立場を表明しているはずであり,そこを変える必要があるとも私には思えなかった.というより,公式に表明して事務方が動いていたとすれば,余ほどのことがない限り立場を変えないのが行政的な常道であり,そこを変えるのは普通でない,と私には思えたのである.まあ,学長は「そうする」といって了解を求めただけであり,私の賛成反対でどうなるものでもなかった.裁判がどうなったかは知らない.
 後から聞いた話,事務方では失望している向きがあったようである.
 第2のアレッは「65周年記念事業」をやると学長がいい出したことである.60年や70年なら記念事業でもよいが,「65」でやるのか,という点である.この事業の主要部分は埼玉大学の歴史の(50年史からの)追記である.おそらくそのとき,私はグローバル事業の申請の案作りで忙しかったので,そんなことをする気にはなれなかったのである.ハッキリ言って,社史編纂などはさせることがない社員に割り当てる閑職のはずであり,そんなことをするならもう少し実のあることに学長は労力を払うべきと思えた.
 ただ,何れも小さな話である.
 この2年間の最後の方で,次期の学長の選考の時期が迫ってきた.2代目学長さんとしては追加の2年間を賭けるところであるが,どこからともなく,今の3代目学長さん(当時は理工研科長だったと思う)が立候補するという話が流れてきた.その辺から事情が一変したように思う.長くなるので,続きは後日の別記載としたい.

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人は何といってグローバルを嫌がったか

 私は在職期間の最後の方で「グローバル」を推進することに気を使った.教養学部内のグローバル対応に腐心したけれども,全学の中でも「グローバルを推進すべき」という意見を述べてきた.その「グローバル」を教員が何といって嫌がったかを書いてみたい.

大学でのグローバルの重要性

 一般論になるが,現在の大学の課題はイノベーションとグローバルの2つのカタカナ語にあるだろう.経団連のような大学の外野がその2つを強調することがそのことを物語る.大学が日本の国力の向上に寄与しようとするなら,この2つが重要だと私も思う.
 以前に書いたことだが,現政権では大学を,米国同様に,国力の基礎と位置付けている.日本では新開発の製品による収益が米国などと比べると低い.つまりイノベーションが乏しいのである.そのイノベーションの後押しが大学に期待されており,その期待には応える必要があるだろう.ただ,日本でイノベーションが乏しい最大の要因は大学にではなく企業にあるように思う.日本の研究機関の成果を特許につなげた件数は,日本企業より外国企業の方が高い,つまり日本の企業は研究成果をフォローしていないのである.だからイノベーションに関して大学ができることといったら,研究のコーディネイトくらいしかない.教育課程は決まった内容を伝えるために構成するから,イノベーションのための教育課程というのは存在自体矛盾(ないし冗談)のような話である.
 それに比べると「グローバル」は,研究はもちろんであるが,教育課程による部分は大きい.私の直感では,日本の研究力が低下している原因は,海外との比較において,国際戦略に後れを取っていることが大きい.だから研究上もグローバルは重要であり,そのことを後押しすすために教育課程が行うべき部分は大きいはずである.
 もともと私がグローバルといい始めたのは教養学部のテコ入れのためだった.グローバル事業の申請書をまとめたもともとの動機はそれ以外にはない.しかし,グローバル事業にかかわるうちに私自身は確信犯になっていったように思う.きっかけは,留学促進のヴィデオ作成のために留学経験の学生にインタヴューをしたことによる.教養学部に限らず埼大の学生はあまりものを話さないのであるが,インタヴューに参加した留学経験の学生はみな語るべき何かを持っていたのである.自分のこと,自分の進路のこと,留学先と日本の大学(埼大)とのシステムの相違,その長短,世の中の仕組みのこと.そうした事柄について彼らが自分の考えを述べることに私は瞠目せざるをえなかった.海外の未知のシステムの中に入ってそれなりの単位を取って来るという体験を経た彼らは,やはり多くのことを考える機会を得たのだ,と感じた.彼らは,日本にいれば他の活動でそれなりの達成をしたかも知れないが,総体的にはより多くのことを得て,しかも語学も上達させている.専門の研究者を育てるなら別の考えもあろうが,学士課程を学ぶ彼らにとって,1年ほど交換留学をした経験は日本にいて得るものより大きいと感じた.
 むろん留学することが誰にとってもプラスになる訳ではないし,マイナスになる留学もある.そこは適切なアドヴァイジングがあることが前提である.

「英語教育は必要ない」

 さて,そのグローバル事業の推進を考えながら(本来考えるのは全学の役職者なのであるが)私が気づいたことは,英語教育の重要性を私自身が過小評価していた点である.Global Youth(以下GY)プログラムで使っている留学用の英語授業を他学生にも拡張すれば足りるとしか,当初は考えていなかった.が,それでは不十分なのである.GY用の英語授業は,英語センターのnativeの先生方がよくやってくださっていた.けれども,本格的に留学を可能にするだけの英語力を付けるには,それだけでは学習時間が足りない.ICUなどは,一般の学生に要求する英語の時間数が,埼大では考えにくいほど多いのである.
 だから私は機会を見つけて,英語の授業の拡充の必要性を述べていた.が,特に理工系が英語授業充実の考えには冷淡だった.
 理工系の先生方は学生を留学させることには関心が薄く,時折いうのは,「我々は研究に関心があり,学生が研究報告をするには,英語教育はそれほど必要ない」という発言だった.
 この発言を私が教養学部のスタッフの前で披露すると,すぐにツッコミが入った.

─ 英語教育をしないでなぜ研究発表ができるのか?
─ コピペでもするのか? コピペを埼玉名物にするつもりか?
─ 東大で最初にwritingの教育に力を入れたのは工学系だ.理工系が英語教育が要らないというのは考えられない.

 これらの同僚の言を聞いて,なるほどねと思ったものである.
 もっとも,口の悪い同僚は以前から次のようにいっていた.

─ 理工系の論文って,数字だけを入れ替えればよいものが多いんじゃない? だから英語教育が必要じゃないんだよ.

まさかぁ,とは思う(本当だったりして).
 まあ,数字だけ入れ替えるだけのような研究をするなら別であるが,自らのアイディアを英語で表現するとすれば高度な英語教育が必要になって来るように私は思う.
 語学は英語に限らない.何れの語学も教育すべきなのは確かである.が,まず共通語である英語なのである.

「留学せずに日本で勉強していればもっと伸びた」

 教養学部の教員は学生の留学に概して好意的である.ただし時折,好意的でない意見にも出会った.その一つは(特定の学生が)「留学せずに日本で勉強していればもっと伸びた」というご意見である.趣旨は,日本でもっと勉強して基礎を固めてから留学すべきだった,ということだろう.
 理解できる意見である.が,そうおっしゃる方は,従来の研究者の多くがそうであるように,学部までは,ないし修士課程までは日本で基礎を積み,その後で留学するというパタンが念頭にあったように思う.しかし学生の多くは(教養学部では)研究者を目指さない.学士課程から社会に出る学生が多い.そして学士課程は基本的に広い事柄を学ぶのが目的である.だから,日本にいて基礎を積めばその分のプラスはあるのは分かるが,そこで得られる以上のプラスを,留学した学生は学士課程で得ていたように私には思える.
 似ているが別の否定的なご意見にも出くわした.意外であるが,多くの学生が留学していたグローバル・ガバナンス専修で先生による否定的なご意見が時たま出たのである.「あんなできない奴を留学させるべきではない」という趣旨のご意見である.
 そこで言及された学生の中には,確かに,海外渡航マニアのような学生もいた.私の意見でも,お金があまりかからぬ交換留学まではよいとして,それ以上の海外渡航を,親に経済的負担をかけてやるものか,私が親なら行かせないだろう,と思う事例もあった.ただ,言及された学生の多くについては,シニカルにいえば,勉強はできないかも知れないが,留学しなければ勉強をしたという訳でもなかったように思う.相対的には,勉強はダメでも留学してプラスはあったと思えることが多かったろう.
 なお,グローバル事業の期間に交換留学のシステムが整備され,交換留学の機会をえるための要因にGPAが導入されるようになった.だから,教員には不満かも知れないが,ある程度の成績を前提に留学するようなシステムにはなったのである.
 
「外国の大学の科目は日本にもあるから留学は意味がない」

 何かの会合の折,工系の先生から出た言葉である.このお言葉の前段はその通りだろう.広く理系の場合は授業の構成は国によって異なることはない.文系でも Science 色の強い分野では同様である.昔留学とは,外国に行かねば学べぬことを学ぶのが普通であったが,現在はそうではない.
 しかし前段が後段の結論に「から」で結び付ける点は,私の考えとは異なる.日本と外国とで同じような授業が出ていることは,外国の大学との単位互換が容易であることを意味するからである.要するに留学はし易い.そして,同じ科目を学んだとして,未知の環境に適応したり外国語力がつくといった付加価値を考えれば,留学させるのが望ましいという結論にしかならないように思う.国際的な調整力を持ったエンジニアを育てる.よいではないか.
 だから,理(工)系の先生方が海外留学を促進しない理由は,私には理解できないのである.


「留学する学生はできない」

 ある会合での理系の先生の発言である.立派な先生が仰るのであるから「留学」と「できない」との間に相関関係があることは事実なのだろう.だが因果関係,つまりどちらが原因でどちらが結果か,別の要因があってこの相関関係が生じるのか,その点は分からない.
 あくまで憶測であるが,前出の口の悪い同僚がいっていたことを思い出す.理系では学生に研究室で仕事をさせるから,できの良い学生に留学されては困る,引き留めるそうだ,という.事実かどうかは知らないが,確かに理工系では「研究室に入る」がかなり大事なのである.(学部生ででも)研究室に入って努めなければものにならない,などとよくいう.この「研究室奉公」は諸外国にはない.
 この研究室奉公主義が,日本の研究力が伸びない理由の1つだろう,と私は以前から思っている.以前私が調べたときは,埼大の理工研では(文系より),コースワークの単位要件が少なく研究指導の比率が高い.たぶん日本の理系の大学院一般にいえるだろう.実は文科省は若手研究者の研究力の促進を考え,その点の是正を求めているのである.コースワークを欧米並みに増やし,研究室張り付きを弱くする(専門の変更の余地を作る)ことである.
 以前,図書館長をされていた理学部の先生に欧米の大学院はどうか,とご意見を伺ったことがある.欧米の院では広い分野を院で学ぶ(日本では研究室にのめり込む)から知識が広い.そういう点はかなわないねぇ,というご意見であった.なるほどなと思った.
 研究室奉公が強いために,研究室では有能な,使える助手になるが,研究室を出て研究者として独り立ちすると弱いのではないか? 学生たちが貼り付いた先生の縮小コピィにしかなれないのではないか? 狭い範囲のことしか学ばないから融合的な研究に行き着かないのではないか? 海外経験が少ないから国際的な研究ネットワークから外れ気味になるのではないか? 就職先として日本の研究機関のポストばかり考えるから就職難が生じるのではないか? まとめるなら,世界の,特にアジアの研究者の国際化が進んでいるのに,日本では伝統的な研究室奉公が続いている,そのことが日本の研究力の相対的低下の一因になっているのではないか,と私は以前から思っている.
 話を戻そう.留学する学生はできないのは事実かも知れない.が,できる学生に留学させたらどうなのか? 研究室に仕事があるなら助手を金で雇うのが筋だろう.

埼大のグローバルの今後

 2016年度は私の最後の在職年度だった.この年度では私は学部長を辞めたので,それ以降の全学の事情は直接的には分からない.この年度に私が教養学部の執行部の方から伺ったのは「金がないから海外への学生の送り出しはやれない.今後は受入れだ」と学長がいっていた,ということだった.
 それが行き着く先なのかなぁ,と思わぬでもなかった.北関東の国立大学も,グローバルといいつつ,行き着く先は同様,ないし「地域と地域の外国人との共生」といった国内事業になっている感があった.埼大も同じ所に行き着いているといえば,それまでかも知れない.
 グローバルのナントカセンターという構想の話も学部執行部経由で伺ったような気がする.説明のポンチ絵を見ると,理工研に来ている海外からの留学生への世話が主業務のように見える.まあ,学長の支持母体は理工であるから,そういう金の使い方になるのかな,という感想を持ったものである.
 受け入れた海外からの留学生と共修することも国際化の重要な契機である.けれども,日本人が多数派の環境で外国からの留学生と接するという状況は,日本人学生の国際化への貢献は限定的である.やはり海外の環境の中に少数派として飛び込む留学体験を積むことの価値が大きい.金がないというなら仕方ないが,金がないなりにやるべきことは多いように感じている.お金の負担は基本的に学生本人負担になるだろう.しかし大学として揃えるべきもの,例えば英語学習環境などは,大学として投資すべきことのように思う.
 グローバル事業の予算が切れて,確かに使えるお金は少なくなった.しかし,もともとグローバル予算とはスタートアップ資金であり,時間の経過とともに支出は内部化するのが前提だったのである.
 むろん,お金の使い道は大学の方針による.賢明な使い道がなされるとよいとは思う.

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法人化後の初代学長

 埼大では,次期の学長選考が来年あるはずである.だからたぶん今頃,次期学長の人選を,考える人は考え始めるだろう.
 人によっては次期学長の選考を大変だと思うかもしれない.なにしろ,次期から学長は一括任期が6年となった.途中で学長を変わって頂くことは,病気や事故がない限り,まずない.
 今の埼大は,既に工学系中心で舵を切っている.埼大が単体で運営されるなら,その点は変わらないだろう.大学が削減を行う場合は教育学部の縮小の方向に向かうものと思う(そのように口にしておられる外部委員の方もいる).
 しかし次期学長のうちにアンブレラ統合の話になるとすれば,どこと一緒になるかによるが,分からなくなる.埼大としては未曽有の転機が訪れることになるように思う.展開によっては埼玉キャンパス(下大久保)をどのようにするかの判断になるだろう.むろん,アンブレラに進むかどうかは,文科省にそれだけの腹があるかどうかの問題である.個別の大学ではどうせ判断できない.
 学長の任期が6年となると,その間にいろんなことが起きる可能性があるのである.
 ただ私自身の実感としては,学長を誰にするかなど,考えるのはバカバカしいように思っている.過去の例では,選出前と後では,学長の印象は変わるからである.また学長がどうであるかよりは,社会情勢や文科省の出方による部分が大きい.

 などと考えるのであるが,どうせ暇なので,法人化後の学長を私がどう思ったかを書いてみたい.むろん,私ごときでは見えない部分を学長はお持ちなので,不正確な面があるのはご勘弁願いたい.
 まず法人化後の初代であった田隅学長についてである.

 田隅学長は,明確な争点を持った学長選挙で勝利したという点では,私が知る範囲で唯一の学長さんだった.それ以外の学長選挙も争点はあったとは思うが,明確なものではない.争点とは,いうまでもなく群玉統合の是非である.田隅学長は「統合棚上げ」(たぶん上げたまま下ろさないということだったろう)をうたった.
 私は対立候補だった当時の現職の学長さんの推薦人に名を連ねていた.私に推薦人の依頼があったくらいであるから勝ち目はなかったのだろう.推薦人を引き受ける際に,話を持ってきた方には「統合をするとはいうな」と意見を述べた.統合は進めるべきと思っていたが,その時点ではあの統合に既に進展の見込みがなかったからである.しかし私が支持した候補は「統合を進めます」と表明したので,そりゃダメだ,と思ったものである.対する田隅学長には「やっても無駄だから止める」という割り切りがあった.
 この割り切りの強さが,良くも悪くも田隅学長の特色だったように思う.その点はこの方が理学の研究者らしい点であると私は思った.私がいうことはあらゆる人の常識に反するかもしれない,しかしこれが真実だ,ということがサイエンスの美学であり,サイエンティストはその興奮を求めるからである.
 統合に関しては明確な方針を持っていたけれど,それ以外の点ではこれといった大学運営の考えはおありでなかったように私は思う.学長就任時点でのこの方の言葉で私が記憶しているのは「民族自決主義」である.その言葉は,各学部がそれぞれの分野で自分で判断して頑張ればよい,という意味である.裏を返せば,部局以外で大学として何かをするという考えはおありでなかったような気がする.部局には干渉しないという意味であるから,部局には有難がったはずである.
 とはいいながら,学長に就任してからは大学としての運営をいろいろお考えになったのではないかと私は思う.
 実は田隅学長は前回の学長選では惜敗している.私は誰かから「今度は抜かりないように準備万端整えている」という話を伺った.ただ「準備万端」かどうかではなく,単純に統合が嫌だった人が多かったということだろう.ちなみに,教養学部の執行部の方々は,たぶん岡崎前学部長を除いて,群馬に行くのが嫌でみな田隅候補に投票したのである.
 学長選びが話題になっている時点で理系の先生方は,田隅先生は力のある方であるから,学長になればきっと何とかしてくださる,という趣旨のことを仰っていた.「あの方が何とかしてくださる」という発想は,三代目学長さんの選任前にも時折理系の方が口にしていたから笑ってしまう.文系の教員には,誰かが「何とかしてくださる」という発想はまずない.

 今の時点で考えると,田隅学長は法人化後の3人の学長の中では最も重要な仕事をされたのではないか,と思う.重要な仕事とは,法人化した国大の運営スタイルの確立,予算削減への対応,大学の方向性,の3つである.

 第1の「法人化した国大の運営スタイルの確立」というのは,法人化してから経営協議会を含めて全学の運営方法が変わり(変化の程度をどう評価するかは判断としても),新たな運営形式を実施に移したことである.文科省側にテンプレートがあるからそれほど大変なことではなかったかも知れない.が,全学の協議は評議会ではなく全学運営会議で行うというスタイルを作ったのはこの学長さんであり,その点は以後の学長さんも継承している.
 論争的だったのは「学長権限」に関する田隅学長の見解だったろう.もともと田隅学長による学長権限論は,ある下らない問題に関する処理の仕方を合理化するために出てきたことである.が,当時はまだ「大学の自治幻想」が強かった学内世論の中で,学長にはすべての業務事項を決める権限があるという趣旨の田隅学長見解は衝撃的だった.私を含めて多くの教員が反発したけれども,話を聞くうちに「どうも田隅学長が正しい」と私も思うようになった.「田隅学長が正しい」と最初にいった部局長は,田隅学長と折り合いが良かった教育学部長であったと思う.法令の条文を見ると,筋が通っていたのである.
 今日,国立大学法人法の解釈としての田隅学長の見解を疑う者はいない.その後の学長さんもこの見解に従って学長としての判断を通してきた.埼大の場合,ある種のアクシデントの結果であるが,早めにこの見解が明確になったのである.

 第2は「予算削減への対応」である.法人化されてから運営費交付金の毎年の定率削減も始まったと思う.しかしすぐに予算が底をつく訳でもなかろうに,田隅学長のときから緊縮財政になったことが目立った.研究費や非常勤講師費用が大幅に削減され,学内各所から悲鳴があがったのである.学長はその怨嗟を受けることになった.教員定数の再定義と称する教員の大幅削減(名目は「全学化」)があり,教養学部では最も被害が大きく30名を超える教員の削減が決まったのも,田隅学長就任の半年後である(実質的にはその何か月か前に決まっていた).
 経費削減はいろんな局面に及んだ.一番笑ったのは,通勤用の定期券を買ったらその定期券を見せろ,ということになったことだろう.その後,退職に至るまで,私は年に1回は事務方に定期を見せて確認してもらっていた.
 田隅学長の治世で実際に行ったほどの削減が必要であったかどうか,私には疑問がある.研究費についてはともかく,教員定数をそれほど削減する必要があったのか? その点は分からない.実際は,教養学部(など)が放出したポストをどこかに使っていたようであり,その実態は,次の学長になるまでよく分からなかった(次の学長の時期でも私は詳しくは伺っていない).あるいは過剰に削減した(削減できるポストを作った)かも知れないのである.ただ,このときの削減のおかげで,埼大ではその後しばらく教員定数の削減はなかった.三代目学長さんになってから,定率である程度の削減を行うまで,削減はなかった.が,その間,私の知る他の国立大学ではずっと,少しずつ削減をしていたのである.そこは判断であるけれど,田隅学長のときに大幅削減したことが「貯金」になって,その後の削減はあまりなかったのかも知れない.そう考えると,田隅学長時代の削減については,全学の立場で考えると,一概に否定すべきではないかも知れない.

 第3は「大学の方向性」についてである.就任時点では,田隅学長には全学のあり方に関して特段のお考えはなかったように思う.しかし,実際に法人化後の現実に直面しながら,田隅学長は一定の大学の方向性について発信するようになった.あくまで学長が学部訪問をしたときの発言から見ているが,大きな方向性の1点目は,(研究ではなく)教育重視という点である.2点目は,地域に入り込むことを重視した考えである.
 1点目の教育重視については,学生から見放されないようにする,ということである.だから,大学の経費削減についても,教育費(非常勤費を含む)は,「お客さんがいるから削減できない」といういい方だった.削減は主に研究費であるとの説明だった.
 教育重視というと,田隅学長の理学部の伝統的な考えからは乖離する.そこをあえていったのは,田隅学長が長く東大に仕事をしていて,研究中心の上位大学の様子を理解していたためであると思う.彼はCOEを取るような部署の業績の実態を理解している.埼大は違う,という判断だったように思う.その点はこの学長さんらしい割り切りだったろう.ただ,教育重視といういい方は理工系からは反発を受ける要素になる.
 2点目の地域についてである.埼大では,三代目学長になってからも,地域をどのように位置づけるかについて逡巡があったと私は思う.すんなりとCOCも申請しなかったことがその点を物語る.「3類型」で「地域」をしぶしぶ選んだけれど,三代目学長にも当時の部局長にもためらいがあった.が,初代の学長さんはそこはきっぱりと割り切って地域志向を出していたのは,今の時点で考えると目を見張る.もっとも,その割には埼玉県との関係がギクシャクしていた,という点は二代目学長になってから表に出たことである.しかし,主に埼玉県内の高校回りを,ハイスクールキャラバンと称してやっていたのも,地域を重視した姿勢の強い表れであった(当時私は副学部長でハイスクールキャラバンの係になったので,大変嫌だったが).
 大学の方向性に関する田隅学長の考えは,(喜んでかどうかは別であるが)私には理解できるものだった.

 田隅学長4年目に学長選考があった.就任時点ではかなりの方々からの期待を受けていた田隅学長であったが,4年後にはご存じのように,学内ではまったく人気がなかった.何しろ,田隅学長の再選を支持した部局長は一人もいなかった.いちばんうまく付き合っていた教育学部長すら離反したのである.ならなんで4年前に期待を込めて選んだんだろうと私は不思議に思うほどだった.それだけ,選ぶ前と後では異なって来るのである.
 記録としての事績を見ると田隅学長はなかなか仕事をされたと思う.にもかかわらず学内で評価が悪かったのは,全学の会議の様子が険悪だったことにあるようだ.その点は,私はまだ部局長ではなかったので,この目では見ておらず,よく分からない.
 先に書いた「ある下らない問題」で田隅学長が学長権限を行使したときのことである.その件では田隅学長は学内から非難を受けた.私も内輪で悪口をいった.その際,文句があれば聞こう,申し込んでくれ,と田隅学長が表明した.そういわれて申し込まないのは卑怯と思い,私は申し込んで実際に30分ほどさしで話し合ったことがある.この学長さんと直に話したのはその時だけである.その時は双方が主張をし合って別れる時も平行線だった.が,その間にその人となりはある程度分かったような気がしている.
 この方は典型的な古い東大教授だと感じた.愛想がないが悪気もない.基本的に学者なのである.人のパーソナリティ次元の1つは,セルフモニタリングというか,周囲の目を気にしてその中で自分のあり方を決める人と,周囲を気にせず自分の原理に従って判断する人がいる.むろん程度問題である.が,ある時点の社会心理学のテキストでは,前者の典型がビル・クリントンである.ビルは愛嬌があり,自分を取り巻く状況の中で自分に期待されることをつかみ,自分の言動を調整することがうまい.だから大変なスキャンダラスに見舞われながら大統領の任期8年を全うしている.田隅学長は後者だろう.この方は自分の原理があり,その原理にしたがう.学者はそれでよいのである.
 もう一つある.この方は分析的である.分析的な人間の常は考えが暗いことである(私がいうのではなく研究があり,テキストにも書いてある).だから暗くなる必要もない場合でも暗い雰囲気を作ってしまうのかも知れない,と感じた.
 
 いずれにせよ,何となく評判は悪かったが,田隅学長は仕事をなされた.その批判の原因の多くは,法人化直後の試行錯誤の中で生じたことのように思う.
 そして,いえることは,学長になってからの様子は事前には分からなかったことである.まあそんなものなのだろう.

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国立大学生定員見直し

 日経新聞を見ていたら国立大学の学生定員の見直しがあるという.紙で読むのは面倒なので日経サイトに入って記事を読んだ.中教審が国立大の学生定員規模の見直しを求める答申の案を取りまとめたとかで,答申が出るのは少し先である.また,何時までに見直しの実施をすることになるか,記事では分からない.案外先かもしれない.
 国立大学の学生定員規模の見直しというテーマは私が在職中から出ていた.だからその見直しは国立大関係者は織り込み済だろう.

 しかし,学生数という,本来は法人の経営で判断すべきものを国が決めるという事態を目にすると,国立大学法人とは,身分が不安定な国営大学であるということをあらためて印象づけられた.何のための法人化であったか分からない.
 文科省としては,国大の設置者である国は金を出しているから,責任を持たないといけない云々というのだろう.が,金が問題なら,国は交付金の見直し(減額)だけをすればよい.各国立大学は減額された交付金を前提に授業料等を再設定し,経営判断をすべきなのである.やっていけない国立大学は規模を縮小するか廃業するだろう.廃業が出れば私大にビジネスチャンスがあるから,後は私大等に任せればよい.が,そのようにはせず,文科省は国立大学の口から手を入れてかき回そうとする.文科省のようなクレムリン型の小役人官庁の宿命である.結果,国立大学では何時まで経っても経営能力が育たない.

 18歳人口が縮小したからといって,国立大学が規模の縮小をすべきとは私は思わない.大学生全体に占める国立大学のシェアは小さい.国立大学で規模の縮小を引き受ける必然性はない.大学の世界ランキングを気にする今の時点で規模の縮小をあえてするべきか?
 各国立大学とも,定員を減らせば存在感は落ちてゆく.学生定員減少にともなって教員数も減るかどうか,であるが,交付金は減らされるように思うし,授業料収入は落ちるから,教員数も落ちることになるだろう.大学の世界ランキングを上げる観点からはマイナス要因になるだろう.文科省が大学を初等中等教育の学校との並びで考えることの結果だと思う.

 国立大学の規模の見直しは次の2つの何れか,あるいは両方を伴う公算が高い.第1は学内再編である.第2は,統合を含む大学間の再編である.
 第1の学内再編の可能性は,縮小の規模にもよる.が,それほど極端でなければ,多くの大学は各部局の定率削減で切り抜けようとするような気がする.文科省はいつものように「メリハリをつけて」などというに決まっているが.
 学内再編が本当に必要なこともある.埼大の場合,工学部と理学部,経済学部と教養学部の合併は検討されることになるように思う.
 第2の大学間再編については,「一法人複数大学制」(アンブレラ方式)や,国公私立大のグループを運営する「大学等連携推進法人」(仮称)が検討対象になるという.数年前と同じことを今もいっているので,笑ってしまう.いい加減早くやれよ,といいたくなる.

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親方日の丸文科省一家(軍事的安全保障研究補遺)

 2017年の学術会議声明を眺めながら私は思わず苦笑した.この声明は防衛省(防衛装備庁)を非難するものである.が,この声明を出した人たちは,同じ政府機関でも文科省を非難することはない.所謂「大学の自治」=教授会自治を否定する教育基本法の改訂は文科省が行ったはずである.が,学術会議声明を出した方々はそのときは沈黙した.本来なら,大学等の高等教育機関はその改訂に何よりも異を唱えてよかったように思う.文科省には slavish に服従する面々が,相手が文科省以外と見ると強く出たのである.

 今の学術会議の会長は京大の総長で,国大協のトップでもある.その方々が少し前に,自民党代議士を中心とする議連に「金をくれ」の陳情をした.そのときの資料がネットに出ているが,中身が文科省さまのいっていること,そのまんまだったから笑えた.だからおそらく,有難くも文科省さまからご示唆を頂いて,国立大学に金を出せ(つまり文科省予算を増やせ)といいに行ったのだろう.
 今回の学術会議声明は文科省は嫌がらないんだろうな,と思う.防衛装備庁が文科省の子供たち(文科省管轄機関の研究者)にお小遣いをあげるのは,文科省にとってはシマを荒らされるような感覚だったかも知れない.文科省の機嫌を損ねないから,学術会議は防衛装備庁には非難の声明を出したのではないかと思う.学術会議が声明で「むしろ必要なのは、…民生分野の研究資金の一層の充実である。」というのは,つまり文科省予算を増やせという意味である.

 日本の大学等は,文科省傘下の親方日の丸組織なのだなぁ,とあらためて思った.管轄する主務省のことだけを見て行動する.国民は見ないし学生のことも見ない.この行動様式がある限り,日本の大学等が国全体を視野に入れて改善を図ることはないだろう.大学の主務省が文科省でよいのか,という点はこの意味でも考えてよいように思う.
 主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という河口小百合氏の考えはもっとものような気がする.

 学術会議の流れに沿って「軍事的安全保障技術」につながりかねない研究の禁止をどのように実施するのか,という点には興味がある.防衛装備庁が出している研究テーマは民生技術と区別がつかず,中身で排除しようとすると主だった技術的研究テーマを禁止することになるからである.ロケット,コンピュータ,ロボット,AI などはみな,軍事技術にすぐに転用できる.これまで防衛装備庁が出した公募テーマは多いが,そのテーマはダメ,としただけでも研究できる範囲はかなり狭まる.何が残るのか? しかも,そのような検閲は手間がかかり過ぎると思える.
 常識的には,学術会議側の方々は,中身を見て禁止するのではなく,単に防衛省(など)の予算への申請を禁止するのではないか? それしかやりようがないのではないか?という気がする.この方法は,文科省日の丸一家的にはOKになるのだろう.競争的な研究費全体を考えれば,防衛省の予算を避けることには大学側には障害がないのだろう.
 埼玉大学はどうするんですかね?というのも少し興味がある.埼玉大学は政治色が薄い大学のように思う.ただ,日共系はそれなりにあるかも知れない.考えてみると法人化後の2代目学長さんは日共系だった(元日共系か?).

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日本の大学への軍事研究委託は無い(軍事的安全保障研究補遺)

 日本学術会議が排除したい防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度とは,「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募する」という趣旨である.だから公募しているのは民生技術(の基礎研究)であり,普通は「軍事研究」とはいわない.公募テーマは「人と人工知能との協働に関する基礎研究」とか「革新的なモータの実現に資する基礎研究」といった,文科省系競争資金でも採択されるような中身である.
 しかし今回,ネットを検索すると,やたらと「軍事研究」といういい方が多い.中には「兵器研究」と書いている人もいる.たぶん中身を確認していないのだろう.

 日本の大学は,安全保障技術研究推進制度による研究は担えるだろうが,軍事研究そのものを担えると考えるべきではない,と私は思う.政府は日本の大学には委託しないだろう.理由は単純であり,外国の工作員のような方々が大学には自由に出入りしている.単に危なそうな方々が出入りしているだけでなく,北朝鮮などとの深い関係が結構おありになることもある.また,憚りながらであるが,近隣の某国に情報が流出するように日本の大学はできている.そこは政府も分かっているだろうから,日本の大学への軍事技術研究の委託は避けるはずだと思う.むしろ軍事に転用できる技術や情報の流出を大学がどう止めてくれるか,というレベルだろう.
 だから,日本の「研究者が軍事研究に動員される」などという話は笑い話であり,そもそも考える必要がない.日本の大学はアメリカの大学などとは異なっている.ここは当面仕方ないのだろう.

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軍事的安全保障研究補遺:科学者の責任

 私が花の東京にある大学に入学したのは1970年代の初めである.70年安保や大学紛争は終わっていた.私が高校に通っていたときに,その高校では紛争ごっこがあった.私の同学年の生徒会長は後に赤軍派として銀行を襲撃し逮捕されている.その紛争ごっこの頃に大学では大学紛争が華やかだったのだろう.ただ入学した大学には紛争の残滓があり,その点に「さすが東京だべさ」という感慨を深めたものである.
 大学に入って面白かったのは,授業中に教員がいろいろ,仲たがいのようなことを口にしていたことである.例えば,当時経済学は「近経」と「マル経」が勢力を二分していた.経済学の先生は授業中に,相互に他方をけなすのである.さすが大学は素晴らしい,と当時は思ったものである.
 今は「マル経」はほとんど消えた.しかし当時は勢力が強かった.同じマル経の中でも,社会党左派に人気の「宇野派」と日共系の「正統派」があり,その間でもけなし合いがあった.「石を投げれば宇野派に当たる」という先生もおられた.面白い光景だった.(ただし宇野弘蔵先生ご自身は政治色,イデオロギー色はなかったとされる.)
 教養課程の「数学」担当の先生が極限の話をするとき,「限りなくゼロに近いというのは,大学の改革みたいなものですね」という.改革はすべきとみんないうが,その改革は限りなくゼロに近いのがよいと(教員の皆さんは)思っている,というのである.

 余計なことを書いたが,ここで書きたかったのは教養課程の「物理学」の話である.この授業は2人の先生が中身を分けて担当していた.真面目そうな先生と洒脱な先生である.このお二人も仲が悪そうだった.真面目そうな先生は「科学者の責任」という趣旨の運動を主導する名物教授だったと聞いた.今なら軍事につながる研究反対,ではないかと思う.洒脱な方の先生は逆に授業中に,「科学者の責任などというが,原爆を作ったのは科学者でも,原爆を落としたのはトルーマンという文系の奴だ」と仰る.さすが都会,洒落てるなぁと感心した覚えがある.
 なお,トルーマンが本当に文系か,先ほど調べてみた.カーターは物理学博士であったし,習近平は工学博士だから,理系であるかも知れない.調べると,トルーマンはそもそも大学に行っていない.大学以上の教育を受けていない最後のアメリカ大統領だったという.
 話を戻そう.「物理学」の授業でのやり取りは面白いなと思ったが,私には洒脱な方の先生の意見に惹かれた.科学者が自己の研究に責任を感じるのは立派なことだと思う.しかし責任を感じるとしても,だから科学者が科学の成果を管理する権利がある,という訳ではない.成果は,それぞれに管理する権利がどこかに設定されているかも知れないし,freeかも知れない.その権利設定に応じて利用があるのは避けようがない.また科学政策自体は国民の合意に従うことであり,科学者が排他的に権利を有する,というものではない.痛感する「責任」とは別に,話の筋は整理しておくべきなのだと思う.というのは,今の時点で私が考えたことである.

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軍事的安全保障研究補遺:研究力低下

 数日前の9/14に「軍事的安全保障研究」という記載をこのブログで書いた.「論」として書くなら私見はその記載に尽きている.が,書いていて,この話は大学にまつわるいろんな問題につながっているように思った.だから「論」以前の「だよね」式の感想がいくつか浮かぶ.その「だよね」式の感想を「補遺」として,面白半分で書いていきたい.

 以前に「日本の研究力低下」についてこのブログで触れた.不十分ではあるが私なりに調べもした.今回感じるのは,日本学術会議が禁止しようとしている研究,つまり「軍事的安全保障技術」につながるかも知れない民生部門の科学技術研究は,論文の量と質で見ると,研究力低下が著しい分野に属する研究だという点である.10年間の比較で見て,「材料科学」,「工学」,「計算機」などは研究力が低下している.
 だから,日本学術会議が禁止しようとしている研究は,実は日本の大学等には,研究費に余力があっても研究能力に余力はないのかも知れない.研究費があっても使えないかも知れない.例の学術会議の反応はそうした事情の反映かな,とも感じた.研究する力があれば研究するだろう.

 日本学術会議の反応は研究力低下を導く要因を示唆しているようにも感じる.文科省が研究力促進のために提唱しているのは,1つには研究の国際化の促進である.もう1つは,若い人が自発的に研究できる環境の整備である.文科省の指摘は正しいだろう.
 筑波大学新聞が少し前に,学生を対象に,日本の大学が軍事転用を見すえた技術を研究することの是非を質問する調査をしたという.ご存じのように,研究に賛成が反対より多く,理系の学生に限ればさらに多かった.政治の意見で「安倍政治を許さないぞー」というのは年寄りが多いのと同じである.たぶん若い研究者に限れば,研究の意欲は高いから,賛成はさらに高まるように思う.何が言いたいかというと,日本学術会議の反応は多分に老人支配(Gerontocracy)の表れだろう,ということである.若い人に自由な環境が与えられていないのである.
 大学は,上の者が下の者を引き上げるようにできている.その際にフィルターがかかるから,どうしても年寄りの考えは慣性のように持続する.だから老人支配には持続力がある.日本の研究力を向上させる1つの要素が姿を現すにはまだ時間がかかるのではないか,という気がする.

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このブログConbrioはいつまで続けるか?

 昨年も同じようなことを書いたと思う.このブログを何時まで続けるかは微妙なところだ.当初,このブログは私が埼玉大学を退職した年の夏くらいで追記を止めるつもりでいた.退職したので,大学のことは忘れて頭を切り替えるべきなのだ.
 けれども,続けて欲しいという要望も多少あった.書くことも無くならなかった.
 この夏に逆に追記するペースが上がった.上がった理由は,早くこのブログを閉じようと思い,頭に残っていることを早く吐き出そうとしたからである.それでも,思いつくことはまだ出て来る.
 退職してから今まで書くことが無くならなかったのは,私の在職中のことがある程度,まだ続いていたからである.だから在職中にちらと考えたことが頭の片隅に残っていて,それで書くことを思いついてしまっていた.しかし次第に状況は変化し,大学は私が見知らぬ世界になって行くだろう.その時には書いていないと思う.

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軍事的安全保障研究

日本学術会議は間違っている

 少し前の記載で「学問の自由」と「大学の自治」に触れた.この2つ,特に「学問の自由」との関連で私が気になるのは,日本学術会議が出した「軍事的安全保証研究に関する声明」(2017.3.24,幹事会採択)である.この声明は,防衛装備庁が発足させた「安全保障技術研究推進制度」に対応している.「安全保障技術研究推進制度」は防衛技術と民生技術にまたがる(デュアル・ユースの)基礎研究の競争的資金に,大学等の研究者が応募できるようにした制度である.日本学術会議は(後述するように曖昧な点があるものの)研究者がこの制度に申請することをブロックする方向の立場を表明した,といってよい.実際には大学等が申請を審査し,防衛力技術にかかわる研究は却下する方向で圧力をかけているように見える.

 私見の結論を先に書いておこう.日本学術会議は間違っている.日本学術会議の誤りは次の3点にある.第1は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると考えたことである.その結果,日本学術会議は政府と正面から協議せずに,大学等の内部で研究の自由を侵害する恐れのある裏口対応をとろうとしている.第2は科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとしたことである.科学技術の悪しき適用の回避は適用行為への規制によって行うべきであり,研究の自由を侵害して知識そのもの獲得を規制するのは馬鹿げている.第3は政府の役割についての誤認である.声明は,正当な政府の介入を否認すると理解されかねない論調をとっている.科学への規制は政府の正当な役割である.

 以下で少し詳しく述べよう.


安全保障技術研究推進制度

 2015年度から防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」を発足させ,競争的研究資金を公募で提供することにした.
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html

 当初,この制度ができたことを私は小耳にさんではいたが,特に興味は覚えなかった.しかし2016年にマスコミに「軍事研究の予算が云々」といった記事が登場した.どれどれと思って防衛装備庁の上記サイトを眺めてみた.

 この制度は,大きなテーマを出してそのテーマに合う研究を公募する.公表された募集テーマを見ると私には一般の工学的テーマに見えた.兵器の開発のような話では全くない.なのに防衛装備庁がなぜ公募するかというと,「防衛技術と民生技術のボーダレス化」,「防衛技術にも応用可能な先進的な民生技術、いわゆるデュアル・ユース技術を積極的に活用する」ということが趣旨であるという.

 公募のテーマは,今年度の公募要項でいえば次のようなものである.

(1)量子通信・量子暗号に関する基礎研究
(2)ソフトウェア耐タンパー技術に関する基礎研究
(3)意図的に組み込まれたぜい弱性に対するサイバー防護技術に関する基礎研究
(4)人と人工知能との協働に関する基礎研究

(28)革新的なモータの実現に資する基礎研究

 私には止めるべき研究テーマには見えない.「軍事研究」とも見えない.通常の基礎工学的テーマに見える.同じような研究テーマは科研費による研究の中にも多くあるだろう.

 採択の審査は学者の委員会が行う.審査の観点も防衛設備庁が公表している.採択されたテーマは,長くなるので書かない.これらの点については上記サイトの資料で参照できるので,興味があればご覧になるべきだろう.


学術会議の声明

 安全保障技術研究推進制度に対応し,日本学術会議は2017.3.24に「軍事的安全保証研究に関する声明」を出した.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-s243.pdf
この声明の件がニュースとして流れたとき,私もその声明を眺めた.

 声明の中身は上記でご覧いただく通りである.私の感想では,この声明文はstructureが練れていない.たぶん,会議の協議中に加筆削除を繰り返したためだろう.私なりにトピックセンテンス作ってアウトラインを示せば,次のようであると思う.

第1段落:過去の「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とする2つの声明(1950,1967年)を継承する.
第2段落:軍事的安全保障研究では政府による研究への介入が強まることが懸念される.
第3段落:防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」では政府による研究への介入が著しく,問題が多い.
第4段落:軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究には技術的・倫理的に審査する制度やガイドラインを設けるべきである.
第5段落:日本学術会議はこれからも頑張る.

 学生がこういう文章を書いてきたなら,多くの大学教員は『理科系の作文技術』(木下是雄)でも読めといって突き返すだろう.出来が良くない.

 この文章は次の欠陥を持つと私は思う.

 第1に,第1段落にある「戦争を目的とする科学の研究」と,その後の段落にある「軍事的安全保障研究」の関係が分からないことである.「戦争を目的とする科学の研究」の方は,「行わない」という声明を出し,その声明を継承しているから,行うべきでない研究と2017年声明は規定しているはずである.しかし「軍事的安全保障研究」については,この声明を採択した時点での学術会議会長大西隆氏によれば,「声明では軍事的安全保障研究への取組みの是非自体について言及していない」という.
http://www.fng-net.co.jp/top_itv/elem/20170522
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/031500046/040600006/?P=1
この点は声明本文をご確認いただきたい.つまり,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は,関係はあるのだろうが,その関係はよく分からないのである.ただし,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は素人には似たようなものと映る.そして冒頭第1段落に「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とあるのだから,キャリーオーヴァ―効果が生じ,多くの人は「軍事的安全保障研究も行うべきでない」と声明は述べていると解するだろう.この詐欺的表現が紛らわしい.

 「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」の関係を示すか,示さないなら第1段落を削除すべきだった.

 第2に,なまじ第2,第3段落があるために,軍事的安全保障研究がまずいのは政府の介入が強いことであるといっている印象になる.だから政府の介入が緩和され,研究者の自主性が確保されれば軍事的安全保障研究はOK,という印象も与えてしまう.軍事だから悪いという意味の文言はあるが,軍事でなぜ悪いかの論拠は書いていないのである.

 第3に,声明は「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究」の審査を主張するが,どのようであれば「可能性がある」と判定するか,誰が見なすのか,何をまずいことと考えて審査するのかが,分からない.
 私が抱いた全体的な感想は「なぜこんな不完全な文章を出したのか?」である.
 以下,各段落についてコメントしたい.

第1段落:この段落を見て分からないのは,第1に「戦争」とは何か,第2に「戦争を目的とする科学の研究」とは何か,である.

 まず「戦争」について.古典的な意味での戦争は,国家間の,宣戦布告を伴うものである.太平洋戦争などはその定義に当てはまる.しかし一定期間続く武力衝突があれば戦争ということもある.また,純粋な防衛も戦争というかどうかは,人によるだろう.「自衛戦争」という言葉を使っていた日本共産党の立場では防衛でも戦争である.私が調べた中では,軍事的安全保障に否定的な学術会議関係者は日本共産党の意味で声明の戦争を考えていた.しかし憲法9条の判例では,戦争を放棄するという条項にもかかわらず,自衛の措置はとれるといっている.だから自衛の戦いは戦争とは別という解釈も可能である.

 「戦争を目的とする科学の研究」にも,解釈可能性は3つのレベルがあると思う.「目的」とは誰の目的か,という問題もあるけれど,ここでは研究者が目的とするものと考えよう.まず第1のレベルは,「研究者が戦争の遂行を意図して行う研究」という意味である.第2のレベルは,「戦争遂行に使う意図はないけれど,もしかしたら戦争に使われるかも知れないという認識を研究者が持った研究」という意味である.第3に(笑い話のようであるが),「研究者には戦争遂行の意図も利用される可能性の認識もないけれど,誰かが『利用される可能性がある』と考えるような研究」という意味である.

 元の1950年と1967年の声明を確認してみた.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-49-s.pdf
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/04/07-29-s.pdf

 しかしこの2声明は6行と12行の簡単な文章であり,上記不明点の手がかりはない.1950年声明は「戦争を目的とする科学の研究には,今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する」とする.この文の少し前に「再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望する」とあるから,太平洋戦争,つまり宣戦布告を伴う古典的な戦争を念頭に置いていると考えるのが自然である.しかしそんな経典解釈をしても始まらない.

 1967年の声明の表題は「軍事目的のための科学研究を行わない声明」であるが,「軍事目的」の言葉は本文にはない.あるのは「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という,1950年声明の繰り返しである.1967年声明が出た経緯はくだらない.声明文の中に「米国陸軍極東研究開発局」云々とある.どうも何かの会議の旅費がその米国陸軍機関から出ていたと分かってもめて,その始末としてこの声明を出したらしい.

 「戦争」が何を指すか,「戦争を目的とする科学の研究」が何かは,結局分からない.

第2段落:この段落は「政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」という.
しかし「懸念がある」は「意見」であり「事実」ではない.「事実」の論述の上に「意見」を書くという科学文書の原則を守っていない.「書き切れない」というならこの段落は削るべきだろう.どのみち本筋を外れた議論である.

第3段落:この段落は特に安全保障技術研究推進制度について「政府による研究への介入が著しく」と書く.が,やはり「事実」を指摘できないなら書かない方がよい.なお,防衛装備庁はこの競争的資金についてサイトに次のように書いている.

>本制度の運営においては、
>・受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
>・特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。
>・研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。
>・プログラムオフィサーが研究内容に介入することはありません。

防衛装備庁サイトの説明を見ると,研究のチェックは科研費並みと思う.問題があるとは見えない.

 ただ,仮に学術会議がいう政府の介入があったとしても,問題ではないだろう.研究者全員がこの制度で研究をしなければならない訳ではないからである.嫌なら申請しなければよい.条件に同意して申請する研究者がいるなら,他人が口出しする筋ではない,と普通は考えるだろう.

第4段落:この声明はこの段落だけで十分と思う.

第5段落:この段落はなくてもよいが,あって悪い訳でもない.「科学者コミュニティが社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」と書くのはその通りである.ただ,社会との議論をどのように行うかは,この声明では見えない.学術会議と大学等の中だけで,つまり内輪で「軍事的安全保障研究」申請への措置を講じようとしているように見える.社会と議論するなら,仲間内の措置を超えた話し合いの計画を示すべきだったろう.日本は民主主義なのだから,国民から選ばれた政府と,まずは協議すべきと思える.


日本学術会議はどこで間違ったか

 この文書の冒頭2段落目で,日本学術会議は3つの間違いをしていると私は書いた.その間違いについて述べてみる.
 
1.日本学術会議は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると誤解した
 学術会議は1950年以来,「戦争を目的とする研究」をしない決意を表明している.その決意表明は結構なことであり,思想信条の自由と表現の自由が保障される限り,その決意と決意表明は何者も止めることはできない.ただ,決意表明とは法ではなく,そのように決意する人の考えの表明である.そう考えない人の別の決意を阻止できるものではない.「戦争を目的とする研究」が「軍事的安全保障の研究」でも同様であり,そのような研究をすべきでないとする決意と決意表明は結構なことである.ただ,そう考えない人の研究の自由を奪うことはできない.その「できないこと」を,学術会議は大学等に求めているように見える.だから学術会議は間違っている.

 2017の学術会議声明は安全保障技術研究推進制度に批判的な言及をする.その言及による声明は大変結構としても,そこから研究計画の検閲のような審査を考え,場合によっては申請をブロックすることを考えたのは,自由主義社会の原理に慣れた人が自然に発想することとはとても思えない.研究の自由を奪う事態を招くからである.

 科学技術がどうあるべきかを科学者が考えることは自由であり,発言も自由であり,その発言は世論の育成に貢献するはずである.が,科学技術がどうなるべきかを「決める」のは社会,国民であり,科学者が決める訳ではない.特に税金による科学予算の使い方は国会(ないし地方議会)の予算審議によって決定される.科学者コミュニティが研究者の研究の自由を奪えるのは,その研究が非合法であるか,社会規範に反する場合である.しかし安全保障技術研究推進制度の予算は国会承認を経て成立したはずであり,国民の支持を得ている格好になる.合法である.また自衛隊が装備を持つことも世論の支持するところであり,自衛隊装備の向上に資する科学的な貢献は社会規範に反するとも考えられない.だから,研究者個人が安全保障技術研究推進制度の研究を申請することを阻止するのは,研究の自由の避けるべき侵害以外の何物でもない.

 もし安全保障技術研究推進制度を廃止すべきと考えるなら,あるいは修正すべきと考えるなら,国民に訴えるのが筋である.現行制度ではまず,民主的手続きで選ばれた政府に協議を申し入れるのが普通の発想である.国大協は大学予算を増やすことを自民党代議士らの議連に申し入れている.学術会議も同じような申し入れをすることをなぜ考えなかったのか,理解できない.

 申し入れでは生ぬるいというなら,安全保障技術研究推進制度の差し止めを求める訴訟を起こし,国民への議論の周知を目指すべきだろう.家永裁判の訴訟は,中身の是非はあるとしても,方法として正道だった.
 
2.科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとした
 声明における日本学術会議の発想がおかしいのは,軍事にかかわる科学技術の獲得そのものを規制しようとしたことである.声明は何を排除すべきかについて曖昧な点が多いが,デュアル・ユースを否定する論調があるくらいだから,何らかの形で軍事への転用が可能な技術に研究者は携わってはいけない,という趣旨に日本学術会議は落ち着くだろう.しかし,何につながる可能性があるとしても,知識の獲得そのものを学術会議が阻害しようというのは異常である.科学技術を基盤とする社会にあっては,科学的知見を得る行為を拘束するのは愚かである.

 私見では,科学の知識や技術そのものに目的がある訳ではない.目的は人の認知作用の中にある.だから,社会的に有害な科学技術の適用を回避するのは,適用する行為の規制によって行うのが正しい.そのために政府は各種の規制を行っている.そして,知識自体はあってよいのである.核兵器や生物化学兵器に関する知識も,それらを使う相手からの防御を見出すために有用といえる.その意味で,核兵器の研究の容認を唱えた石破茂の最近の提起は正しかったと思う.

 まして,いわゆるデュアル・ユースの科学的知見とは,既述の安全保障技術研究推進制度の公募テーマのように,明らかに利用の範囲が広い.デュアル・ユースまで否定するとなると日本の科学技術の優位性はたちまち崩れるだろう.

 テロリストや北朝鮮のようなならずもの国家に兵器,特に大量破壊兵器が渡ることを規制するために,日本をはじめとする主として先進国の27か国は輸出規制を行っている.日本では安全保障貿易管理と呼んで,多くの品目の輸出規制を行っている.大学ではこの安全保障管理のための規則を作っているから,ご存じの方は多いと思う.
http://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/setsumei_anpokanri.pdf
この安全保障貿易管理で輸出規制がかかる品目は実に多い.規制の1つであるリスト規制でリストアップされる品目のカテゴリーだけ並べると次のようになる.

1.武器 2.原子力 3.化学兵器 3の2.生物兵器 4.ミサイル
5.先端素材 6.材料加工 7.エレクトロニクス 8.電子計算機
9.通信 10.センサ 11.航法装置 12.海洋関連 13.推進装置
14.その他 15.機微品目

つまりもともと軍関係で発達したコンピュータ,原子力,計測機会,GPSを始め,分野として「工学」,「材料科学」の技術を使う品目は網羅される.規制する技術を何と定義するかによるが,「軍事につながり得る」という基準で考えれば,主要な科学技術の多くは含まれる.それらの研究ができないなら,日本の国力へのダメージは大きい.

 そもそも,日本のように憲法9条を擁し,軍備(防衛力装備)が防衛を目的とする国にあっては(日本だけだが),軍備の目的は戦争をすることではない.目的は戦争の抑止である.だから自衛隊の装備の開発であっても,「戦争目的」というべきではないと私は思う.そして効率的に抑止を行うためには,日本の装備の技術的優位性が必要である.研究がなければ戦争の抑止も防衛も難しい.

 さらに,これまでデュアル・ユースを進めてこなかった日本にあっては,デュアル・ユースの技術がイノヴェーションの源泉になり得ることも重要だろう.予算を効率的に運用する観点からは政府がデュアル・ユースの,つまり適用範囲が広い科学技術に投資するのは合理的であり,良い着眼だった.同じ予算なら適用範囲が広い方がよいに決まっている.
http://www.cistec.or.jp/jaist/event/kenkyuutaikai/kenkyu17/p05-nishiyama.pdf

3.政府の役割の誤認
 学術会議の声明ではところどころ「政府の介入」と書き,その介入を批判的に扱う.しかし介入するから政府なのであって,介入がなければ政府もない.学術会議の声明はその基本を見誤っているように感じる.
 日本は自由主義を基調とする社会である.共産主義つまり全体主義の社会ではない.企業や消費者は市場において自由に行動し,研究者は自由に自己の関心にしたがって研究する.そこが基本である.しかし自由な活動だけでは社会厚生の促進は実現できない.市場は失敗する領域があるし(公共財など),市場を正常に機能させるにも全体を誘導するアクションを要することがある.富の再分配も必要になる.だからその状況に介入するために政府がある.

 研究は研究者レベルでは自由が絶対的に守られるべきである.しかしそれだけでは社会厚生が実現できないから,政府は正当に介入すべきなのである.声明では介入の領域として例えば「研究の方向性や秘密の保持」と書く.しかし社会厚生を実現するための効率的な研究の方向性は政府が見出すべきことであり,その方向性の実現にイニシアティヴをとることは正しい政府の役割である.また知見によっては「秘密の保持」は必要なことも当然である.だからあの声明だけでは,政府が懸念すべきことをしているとは考えにくい.むろんまずい介入はあり得るから,あれば具体的に指摘し,改善を申し入れることが必要である.けれども,介入自体が悪であるようなあの声明の書きっぷりは,社会の基本の誤解に基づくだろう.


日本学術会議の説明責任

 2017年の声明を出したことに伴い,日本学術会議には少なくとも2つの説明責任が生じたように私は思う.第1はどのような国防のあり方が望ましいと考えているかを示すことである.第2は,軍備の拡張をして日本に対峙している国の研究者に,軍事への関与を控えるように働きかけたか否かを説明することである.

 学術会議の声明は,既述のように,「軍事的安全保障研究」にどのような立場をとっているかについて不明な点が多い.しかし全般にネガティヴな論調で語っていることは確かと思う.そこで疑問に思うのは,学術会議は日本の防衛について無策,no idea なのか,何らかの全体プランを持っているのか,という点である.防衛技術の位置づけは全体的な防衛プランの一部であり,2017年声明の記述だけでは学術会議の主張が正しく機能するかどうか,判断できない.主張をするならその防衛観を明らかにすることが主張する者の責任と思う.

 声明の論調から推測すれば,学術会議は研究者が軍事的安全保障研究にかかわらないことを求める可能性が高い.もしそうだとすれば,学術会議の声明は単に科学者の関与にかかわる立場の表明では終わらない.研究者がかかわるべきでないなら,科学者以外の人もかかわるべきでないはずである.まさか,「科学者はエリートだからかかわるべきでないが,下賤の一般人はかかわってよい」とはいえないだろう.

 つまり学術会議の立場は(中立かどうかは知らず)非武装論しかない.非武装論はもともと日本社会党の左派,社会主義協会派が担った.現在では社民党の方針であり,大まかには日本共産党の方針でもある.ただし非武装論への国民の同意は極めて低く,国民的合意になるとは考えにくい.

 さらにいえば,この声明が出たタイミングは,南の日本領海で某国の軍事的圧力がかかり,北朝鮮が核やミサイルの開発を活発化させたときである.日本の研究者に軍事的安全保障研究にかかわらない方向で声明を出した学術会議は,海外,特に日本の周辺で軍備を拡張したり,核などの開発を活発化させた国の研究者に,同様に自国の軍事的研究への関与を止めるように働きかけたのか? その点も説明する責任はあるだろう.まさか日本の研究者にだけ働きかけたということだと,日本学術会議は何者か,という話である.

 私個人は,日本は防衛をしっかりすべきであり,防衛装備の技術研究は日本の安全にとって不可欠と思っている.研究する意思のある方には取り組んでいただくのが国民の願いである.日本学術会議の声明とは逆に,日本の科学者が一丸となって効果的なミサイル防衛システムを開発すると表明するなら --開発はできないと思うが-- 国民は喝采するだろう.

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東工大が授業料を上げる

 ニュースサイトを見ていたら東工大が授業料を上げるという.上げ幅は年間で10万円弱,年間授業料が標準額の53万5800円から63万5400円になるという.
 起きるべきことがやっと起きた.その意味は大きい.今後は同様に値上げする国立大学が増えるだろう.東工大が先頭切ってやってくださったことは有難いことである.

 東工大は最も値上げが容易な大学と思う.第1に最上位大学の1つである.第2に理工系大学であるから,私大との価格差はまだまだ大きい.この2点を考えれば,この程度の値上げ幅では客は減らない.

 値上げに伴う対応措置として,読売サイトによれば,東工大では教育改革をするという.中身として,世界的な研究者の招へい,日本人学生の海外留学支援の拡充,早い段階で高度な研究内容に触れさせる機会の創出を上げている.私の予想に反し,貧しい家庭出身者への優遇措置は,読売記事では,入っていない.

 今後は,たぶん上位大学から値上げして行く.ランクに応じた値上げ幅と対応措置が出て来ると思う.

 埼玉大学は微妙であり,ある意味見ものである.同ランクの大学の値上げを確認してから値上げするような気がする.しかし埼大の場合,値上げによって潤う度合いは高い.
 
 今後,国大協が訴えるべきは「大学に金をくれ」ではない.「貧しい層への奨学金の充実」であるべきである.今の奨学金は,入学してからでないと給付されるかどうかが分からないという欠点がある.そのことを考えると,高等教育バウチャー制度を導入すべきだろう.代わりに国立大学の交付金は減らしてよい.国が大学に交付金を配ることは,子供を大学に送れない方が払った税金まで大学生一般につぎ込むことを意味する.支払い能力のある人は高額を支払うのが正しい.

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大学の自治

財布の盗難
 私は30数年埼玉大学に勤務した.その間,埼玉大学で財布を3回盗まれている.何れも教養学部棟においてである.
 盗まれた3回のうち,1回はズボンのお尻のポケットから財布をすられたと思う.2回は,研究室に置いたカバンの中から財布を盗られた.
 その2回の方は,私が研究室の鍵をかけていなかったのが拙かった.私は田舎者である.私が生まれたところでは,泥棒などいないから,一時的に家を空けるくらいでは鍵をかけることはなかった.その習慣が身についていて,出勤日はほとんど研究室に鍵はかけていなかった.
 学生の頃,東池袋のアパートに住んでいた.一度部屋に盗みが入ったことがある.といっても,私の部屋に金品があるはずはなく,盗まれたのは主に10円玉が入ったケースである.被害金額は500円くらいと思う.特に警察には届けなかったが,しばらくして警察の係官が私の部屋を訪れた.泥棒が捕まり,自供した中に私のアパートでの盗みも入っていたという.係官はかなり詳しく調書を作っていた.大変なんですねぇ,と申し上げたと記憶している.
 ということがあったから,何か盗まれたら警察は調書を作る,事前には現場検証もするものだと私は考えていた.そこで,最初に財布を(研究室から)盗まれたとき,私は管轄の浦和西警察署に電話したのである.
 電話に出た浦和西警察署の係官の言葉は私には意外だった.

係官:警察は大学には行けません.
私: えっ?
係官:学生自治会の承認がないと,警察は大学に入れないんですよ.
私: ええーっ!
係官:まず許可を手配する必要がありますね.

そういわれたんだから仕方ない.そこで私は埼大の総務課に(内線)電話した.私が警察からいわれたことを説明すると,

総務課の係員:そうなんですよ.
私: (内心:ほんまかね)じゃ,あれですか? 学内で殺人が起こった時も,大学は学生自治会の代表を探すんですか?

総務課の方からどのような返事があったかは,忘れた.ともかく,「大学の自治」があるから警察は入れられない,という手続きに,少なくとも当時はなっていたらしい.その後,どのような話をしたかは記憶が曖昧である.財布が盗まれた件を私がどう処理したかも,記憶は曖昧である.たぶん,警察に財布の遺失物届を出したように思うが,勘違いかも知れない.
 それからかなりの年月が過ぎてから,私は財布を再び研究室から盗まれた.この時も私は浦和西警察署に電話した.今度は係官は最初から「遺失物届を出しに来てください.」という.ロジャースの角を左に曲がった浦和西警察署に行ったと思う.この時は,親切な事務長か学務係長に車で送ってもらった記憶がある.
 2度目に財布を研究室から盗まれたとき,警察側が「遺失物届」といったのは,財布の盗難は遺失物届けで処理すると決まっているのかも知れないし,場所が大学の場合は,大学には入れないので,遺失物届けで処理するように決めていたのかも知れない.そこは分からないのであるが,この一連の盗難で分かったのは,警察は大学に入れなかったということである(今もそうかどうかは確認していない).

左翼の拠点
 確かに,学生の頃を思い出すと,警察は大学に入れなかったように思う.私が駒場の学生だったとき,寮に隣接した学食で夕食を食べていたら,その場が駒場の学部長のつるし上げの場になったことを記憶している.確か,捜査令状が出て,警察が寮に調べに入ったのである.そのとき,自治会を取っていた日共民青の執行部がその学食で「団交」をして,警察の捜査,したがって大学の自治の侵害を許した学部長をつるし上げていたのである(その学部長さんは学生側の理解者なのに,可哀そうに).
 考えてみると,当時はそういうものだった.教官(当時)の中にも左翼活動家はいたし,学生自治会で議案を出すのは,日共民青,核マル,中核,三派系しかなかった.ノンポリだった私は,学生自治会の代議員大会で,専ら,一番穏健な日共民青を支持したものである.その日共民青も,考えてみれば日本共産党は公安の監視団体だったから(まあ,むかし火炎瓶闘争もやったから仕方ないと思うが),警察には敵対的だった.
 大学の自治といい,警察の排除までして事実上の治外法権にしたのは,当時は大学が左翼活動家の供給源だったからに他ならない.当時の「進歩的陣営」は,その活動を保護したかったという事情がある.
 まあ,当時はそういう時代だった.野党第1党の社会党や共産党は革命を標榜していたのである.彼らの支持者が大学の中の偉い方にもいて,学生も同様だった.彼らにとり,警察特に公安は革命弾圧の組織であり,自衛隊は革命が起きたとき鎮圧に乗り出すか,中国や北朝鮮から派遣される人民解放軍に敵対する反革命勢力だ,という位置づけだったのである.他人事のようにいう私も,ベルリンの壁が崩壊するまでは社会主義の正義を信じ,例えば,今は北朝鮮自身も認めている大韓航空機爆破事件も,南朝鮮と米帝の謀略だと信じていたのである.
 だから,革命の側に立つべき大学は資本主義社会に染まってはならず,必然的に「大学の自治」が叫ばれた.今でこそ「産学共同」と平気でいうが,当時は,産業界とは資本主義の巣窟であるから,「産学共同」などはあってはならないことだった.かくいう私も,資本主義に手を貸す訳にはいかないと思って研究者を目指したのである.
 時代は変わった.まず大学で「反日共系」が増えるにしたがい,活動家をコントロールすることは不能になってきた.しかも大学で活動家をリクルートすることはできなくなってきた.私が院生の頃,既に活動家集団は高齢化していたのである.私が埼大に着任した頃には,少なくとも埼大では左翼活動の痕跡はなく,学生自治会すら姿がなく,活動していそうなのは「劇団どくんご」くらいではなかったか.あと,どこかの学部に北朝鮮の主体思想の先生がおられたくらいであろうか.
 けれど大学で偉い人は自分の同類に跡目を継がせようとするから,まだ変わらない部分も残っている,というのが現状だろう.

言葉として変
 長く使われてきた「大学の自治」であるけれども,どうも言葉として変だ,という気がしてならない.あくまで語感の問題である.
 「自治」という言葉は第1に,高田保馬流にいえば「基礎社会」に適用される.つまり,共通の目的で集まった訳でない人々の間のことである.町内会やマンションの自治会はその典型である.つまり,「自治」はたまたま一緒にいた人たちの間での活動を指す.町内の人が集まって草むしりをするとか,お祭りをする,というのが自治活動だろう.ところが大学とは,ある機能の実現を目的として雇用された人の集まりである.つまり「組織」である.
 第2に,自治は,命令権者の統制によって行う活動ではなく,「みんなでやる」というニュアンスがある.基礎社会である市町村は自治体であるが,市町村長はみんなの合意で決まったことの執行責任者であり,市町村民に対する命令権者ではない(むろん役所という組織の中では命令権者である).だから市町村は(国や県も)「自治」でよい.
 大学のような組織を「みんなで」運営するというなら,「大学の自治」ではなく「大学の自主管理」というべきだろう.おそらく大学について「自主管理」というと多くの人はギョッとするから,通りのよい「自治」を使ったのだろう.
 学生の場合,その大学を運営するという目的で集まった訳ではない.だから,学生集団が相互扶助的な活動をすることは「自治」というのは自然と思う.大学の教職員も大学という生活の場で基礎社会(コミュニティ)を作っているとはいえるので,その限りで「自治」(実態は相互扶助)はあるだろう.しかし組織としての大学そのものの「自治」は,「自主管理」という方が当たっている.

Academic Freedom
 現状で,「大学の自治」ないし「大学の自主管理」は後退しているように見える.というより,「大学の自治」という言葉そのものが死語になっている.今,たまに大学の自治をいう人は,国主導の「大学改革」を非難する方が多い.「大学改革」自体はくだらないことが多いから,同感といいたい気持ちもある.
 「大学の自治」が「みんなで大学を運営すること」を指すなら,学校教育法の改正で教授会事項から大学運営が外された時点で,「大学の自治」は法的に消えた,と考えるべきだろう.あの学校教育法の改正は大ごとであったが,さしたる反対もなく通ったのは,大学が文科省にしがみつきながら,いいように動かされていたという実態があったからだろう.
 しかし別の意味では「大学の自治」は強化されたのである.私が教授になったのは1990年代であるが,そのときの昇任の辞令は文部大臣名だった.法人化後は学長だと思う.一見,教授の格が下がった気もするけれど,公式の人事権を大学が持つようになったと考えるべきである.だから,大学側にその気があれば,大学の人事に時の政府が介入はできない.
 とはいえ,「大学の自治」をいうのは明らかにナンセンスである.外部評価を是とした時点で,大学は単体で運営されるべきでないことがはっきりしたからである.今の社会正義からすれば,大学はきちんと外部評価を受けるのが正しい.
 にもかかわらず,大学は自律しているから意味がある,という事情は一向に変わらないと私は思う.アカデミックが価値があるのは,その結論が自律した判断に基づくからである.だから,今さら「大学の自治」などとはいわず,使うべき概念を Academic Freedom に統一すべきだろう.日本語で「学問の自由」というと,歴史的に何か別のニュアンスが入るのが苦しい.
 国立大学の法人化は,異論はあろうが,そのAcademic Freedom にプラスだった.国立大学は設置者が国であるにもかかわらず,上記のように人事権を含めたすべての決定が,その気になれば法人として(大学の学長によって)行うことが保証されるからである.私大は設置者が志のある創業者であるから,やはりその気になれば自律できる.だから,Academic Freedomを維持する制度上の仕掛けは現状で十分であると私は思う.後は大学の志の問題である.

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学問の自由

「学問の自由」と「大学の自治」は,下手に触れると祟りがあるので見直しができない2つの呪文のような言葉である.議論がないので中身の吟味はなされていないように見える.
 私が大学院生の頃,某大学社会学の「院生控室」で,この2概念を話題にすることがたまにあった.当時,この概念を振りかざす人がいたからだと思う.必ずしも肯定的な意見は出なかった.特に「大学の自治」は「教授会自治」であり,要するに教授らの談合の合理化としか思えなかった.しかも教授と院生では権力関係があり,アイディアの自由を教授側が脅かすことがあったから,「大学の自治」が「学問の自由」を守るという言種は空文句と思えたのである.
 むろん,「学問の自由」と「大学の自治」は,継承すべき要素を持っている.だから,両方の概念とも,整理した上で継承すべきものは継承することは重要だろう.

 「学問の自由」は日本国憲法の第23条によって保証されていることになっている.第23条とは「学問の自由は、これを保障する。」という文言である.
 大変結構な条項である.しかし「専門家」の説明では,ここから「大学における学問の自由」と,その制度的な保証である「大学の自治」が導かれるという話になる.その点は過去にそのような判例があったということのようだ.
 ただこの23条は,国民一人ひとりの権利をいっている.必ずしも大学の話ではない.なのに主に大学の話に飛躍する点が私には不思議に映る.

 今から30年ほど前と思うが,私が属する教養学部のフランス文学の教授が,「私は予算(研究費)が少ないので研究の自由をずっと奪われている」と教授会で仰ったのを覚えている.真面目だったか洒落だったかは覚えていない.確かに,研究費が少なければ実施できない研究もある.では研究費を与えないことは学問の自由の侵害に当たるかというと,それはないだろう.憲法23条は,学問(したがって研究)は自由であり,そのための資源は自前で何とかしなはれ,という意味だろう.そうでなければ,科研費申請を落とすことも研究の自由の侵害になってしまう.
 法人化初代の学長さんが,ある学内研究プロジェクトを取り消しにして騒動になったことがある.この時には同プロジェクトの主査の先生は取り消しを承諾しているので,実は問題がない.しかし同プロジェクトのメンバーだった,退職した某先生がその件で(文字通り物理的に)騒いだのである.学問の自由の侵害,という話も出たように思う.ただ,このプロジェクト取り消しは大学の資源(主にプロジェクト室)を与えないというだけであり,研究そのものを潰した訳ではない.文句をいった先生は自宅で自由に研究をすればよいだけである.プロジェクト室には実験設備などはそもそもなかった.
 学問(研究)の自由について第1に確認すべきは,研究のための資源の提供は,研究の自由とは別の話であることだろう.
 また,研究が業務として行われるときは,業務上の制約はあり得るだろうと私は思う.物理学の研究で雇われた研究者が,勤務時間中に般若心経の研究をしていたとしよう.むろん,般若心経を読んで宇宙の深奥を知る,ということもあるかもしれないが,そうではないとしよう.このとき,その研究者が大学の先生であれば,多くの場合,放任される(誰も口出しできない).しかし勇気のある部局長さんがその研究者の般若心経研究は止めて(あるいは自宅でやるようにいって),勤務時間中は契約した範囲の研究をするよう求めることは,あり得るように思う.このケースでは,当の研究者が任期付き教員であった場合,再任されないこともあるだろうが,再任しないことが研究の自由の侵害になるとはいえないだろう.再任は業績に応じるのが建前だからである.
 このように,第1に研究資源の獲得は研究の自由とは別次元であり,第2に,業務としての研究は業務上の制約があるのは仕方ない,と考えるべきだと思う.

 以上のような留保はあるけれども,むろん「研究の自由」は大学にとって重要な要素である.「研究の自由」というより「研究の裁量権」といった方が適切だろう.社会の規範や法令,業務上の制約の範囲内で,大学の研究者は自己の研究に裁量権を持つ,ということである.この裁量権の存在を認める根拠は,自由なアイディアの表出が学術の進歩の基礎であることにある.この裁量権は,自らの研究に対して責任を持つ(コンプライアンスの遵守を含む)という義務とセットにして考えるべきことのように思う.
 効力を持たせるために,「研究の裁量権」と「研究への責任」を公式の規則,例えば大学の就業規則に書き込んでもよいように思う.そして,「大学の自治」などと分からぬことをいうのではなく,研究上のこの権利と義務を,大学が責任を持って履行することを請け負うべきだろう.大学がやらないなら,組合が確認事項として申し入れるべきと思う.

 旧来の「研究の自由」は,たぶん,国家が個人の研究の自由を奪う場合を想定したように思う.しかし我が国で,国が研究の自由を奪った事例を私は思い出せない.研究の自由の侵害は,「自治」のある大学の中,学部の中,ないし研究室(講座)の中で起こっているはずである.
 私がよく知っているとある地方国立大学の,社会科学系のナントカ研究科では,私が考える研究の自由を侵害するケースが起きている.本人が望まぬ研究プロジェクトに入ることを研究科長が強要する,といった出来事である(その他にも,超有名な,闇将軍のような代議士の事務所に年始回りをすることの強要,とか).このケースでは,むしろ大学の自治(正確には部局自治)が問題の解決を阻害したといえる.このケースは,その研究科の創業者のような終身研究科長(正確には一時的に他の文部省天下り教授を科長にしたこともある)の公私混同,つまり,所属の教員を自分の使用人のように扱っていたことが問題だったろう.ただ,いつの世にも,権力の磁場ではそういうことは起きるのである.
 実は法令上は,今の「准教授」を「助教授」と呼んでいた時期には,助教授以下には研究の自由はなかった.学校教育法で,助教授以下は教授を補佐する規定になっていたからである.実に,助教授以下が法令上の研究の自由を得るのは最近の学校教育法の改正後のことである.研究の自由に関しては,ごく最近,大きな進歩があったというべきだ.
 ただ,助教授が准教授になってからも,実際は強い教授の下で下位者が研究の自由を侵害されたケースは,かなり多く起こっていただろう.だから「研究の自由」などという寝言ではなく,明確な権利と義務として規則に書き込むのが望ましい.

 さて,「専門家」によれば,「学問の自由」は「研究の自由」だけではない.「研究発表の自由」と「教授の自由」があるという.
 「研究発表の自由」は「表現の自由」と同じであり,守られねばならない.ただ,研究資源と同じことはあるだろう.現状で,論文や学会報告は,文系でも,学会の審査に基づく建前になっている.だから却下されることはある.が,却下があっても「研究発表の自由」が侵害されたというべきではない.自分の甲斐性で発表の機会を作ればよいことであり,表現の自由を前提にすれば,その発表自体を阻害することは誰にもできないからである.
 私が問題と思うのは「教授の自由」である.「教授の自由」をいうのは,教授が自己の見解で講義することを国家が阻害するという,わざとらしい戦前ドラマのような状況を考えているからだろう.だが今日の状況で,大学教員が自由に内容を決めて教育を行うことは,望ましいとはいえない.
 私が学生の頃,1970年代であるが,某旧帝大の文学部では,教授は自分が研究しているらしい内容を講義していた.講義というより講演である.正直,授業らしい内容は入門,概説の授業に限られていた.教授権力が強い昔の帝大はそういうものだったのだろう.内容はある種マニアックで,有難いお話なのだろうが,知っておくべき事項が授業でカヴァーされていない.テキスト的な内容は参考書を観て学生が補うのである.
 今日,授業のあり方は同様であるべきではない.何を教えるべきかは(文科省的にはカリキュラム・ポリシーにしたがって)教育課程のカリキュラム委員会が決めるべきことである.教授が勝手に決めるのは筋違いである.授業,特に学部の授業で教えるべき事項は,先端的で定着していない知見ではなく,学界で定着した知見であるべきだ(むろんトピックとして先端的な内容に触れることはあるだろう).
 私が教養学部で勤務していた期間にも,こうした問題はあったように思う.かなり前に私は,旧の現代社会学コースにおいて,教えるべき事項を整理してバランスよく授業に配する,非常勤コマは専任でカヴァーできない内容で行う,ということを提起したが,他の先生方から拒否された(正確にいえば,深沢先生から拒否された記憶はない).当時の社会学コースの考えでは,授業名も「概論」と「特殊講義」だけであり,中身を授業名に出さない.拘束されずに授業を開く,非常勤を頼む,ということを考えていたのである.教員の都合が優先だった.
 むろん真面目に授業を配する分野もある.教養学部であれば,私が知る範囲で,グローバルガバナンス専修,地理学,人類学などである.これらの分野では,学生に教えるべき事項を網羅するように,授業の内容を配する.人類学などはそのために授業負担を,今も,かなり多くしているはずである.地理学は理系に近いから,当然バランス型になる.
 今日の大学のあるべき姿を考えれば,授業内容はカリキュラム委員会のバランス判断に基づいて決めるべきことであり,個人の教員に「教授の自由」があるという考えは弊害の方が大きい.教員が勝手な内容を授業に持ち込むのは大学院のリサーチセミナーに限るべきだろう.

「学問の自由」は半世紀以上前の状況から出てきた議論であり,この間に状況に応じた見直しをすべきだった.見直しができなかったのは,半世紀以上前のことを主張し続けることが商売になってしまった人たちが多いためだろう.同じことは「大学の自治」にも当てはまる.

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国立大学の主務省が文科省でよいのか?

 前回の記載で大学が「学校」ではダメではないか,という考えを書いた.今回の表題のテーマは同じテーマのコインの裏かも知れない.私は文科省が大学の主務省であることに昔から疑問を抱いている.
 意見の相違はあろうが,私は文科省は要らないと昔から口にしていた.初等中等教育であれば地方自治体の教育委員会が文科省の代わりをすればよい.地方の教育委員会には能力がないという意見もあるかも知れないが,期限を区切って何時何時までに文科省の代わりをする体制を作ることを求めれば,できるだろう.人は地方にいるのである.大学については,評価機関があれば文科省はそもそも必要ない.実際,国=文科省が大学に口を出す必要がどこにあるのか,と思う.
 文科省が口を出すのは金を国が文科省経由で出しているから,というだろう.しかし金を出すべきかどうかは評価機関の評価結果で判断すればよいだけである.あるいは,独法のようにいろんな官庁が入って評価する方法もあるだろう.国立大学法人法で国大の評価を無能な文科省だけに委ねてしまったのは間違いだったと思う.
 大学の教育経費については高等教育バウチャーの導入,研究経費については科研費と同じような資金の拡大をすれば,国のお金は文科省を通さなくても行き渡る.
 という,大学業界世論からすればやや過激な考えを私は持っている.その前提で以下をご覧いただきたい.

文科省はダメに見える
 大学に着任した頃は特に思わなかったが,大学で雑用(下層の行政的?な作業)にかかわるようになってから,文科省はダメなんじゃないの,と思うようになった.
 第1に,文科省は国立大学の役割を描けなかった.法人化をする前には,小泉政権下で,国立大の民営化論まで出た.であるから,国大を法人化する時点で,民営化しなかった国大は今後どのような役割を担うか,その方針を設置者である国,したがって文科省は責任をもって示すべきだった.ところがやらない.
 埼大の法人化2代目学長さんのとき,部局長会議のようなメンバーで文科省からお招きしたお役人の講演を聞いたのである.質疑の時間に,私大に比した国大の役割をどう考えているか,と私は質問してみた.もっともらしい答えは出なかった.「国立大学は私大とは設置者が違う…」,いやそれ,何もいっていないのと同じだろう,とはいわなかったが,いいたくなる回答だった.そのお役人の問題ではなく,省として考えていなかったのだろう.
 単に「役割が描けない」ことだけが問題ではない.公式見解がないままに,「国立大は大学院」とか「国立大は理系中心」とか,勝手なことをいう文教関係有力者が現れ,その無責任な発言を真に受けるアホな国立大学学長も出て,なんとかの機能強化のプランを作ってしまう,といったことが起こるのが問題である.
 第2に,文科省は国立大学の長期的な展望を描けない.その結果,(不動の立場を持つ上位大学を除いて)国立大学は本格的な計画に踏み出せない.
 2015年のことと思うが,16,7年の期間を置いて国立大学が自己収入と交付金を同額にするという試みの展望を財務省が描いた.その展望に文科省が勝手な試算を入れて朝日新聞にリークした,というアホな出来事があった.財務省のこの展望自体は国立大学にとって厳しい.しかし私がそのときに印象付けられたのは,そういう展望を財務省は描ける(文科省はできない)という点だった.厳しい内容であっても,十分な時間を置いてくれれば実は対応可能なことだろう,と私は思う.
 たぶん文科省にとり,あえて展望をいえば「今のまま」なのだろう.それならそれで官邸や財務省と渡り合って結果を示すべきと思うが,その胆力がない.提案はいつも文科省の外側で生じ,文科省は後手に回るという間抜けな役割しか演じない.
 第3に,この点は文科省だけではないが,「指導」のルールがはっきりしないことである.
 私が人文系学部長会議で話を聞いていると,ルールがはっきりしない事例が話題として飛び交っていた.「教育組織と研究組織の分離」は,いくつかの大学が文科省側からいわれたことである.しかし別の大学が分離をする計画を持っていくと難癖をつけられたという.担当者が異なれば対応も異なるのだろう.また,某国立大学の人文系学部で改組を文科省に申請していて,文科の担当者には「設置審にはかけないでよい」といわれていたという.しかし次の年に担当者が変わり今度は「設置審にかけろ」といわれた.「昨年はかけないでよいといわれたが」といったが,「今の担当者の考えでやってくれ」で済まされたという.
 たぶん建前上の根拠規則はあるのだろう(ない場合もある).しかし具体的な適用は担当官の裁量になるのだろう.結果として大学が気紛れに振り回されることになる.指導として問題にする点はルールブックとして事前に配布しておけば済むことなのである.
 社会学の基本原則として,権力者はルールを示したがらない.逆に支配される側は細かくルールを合意しようとする.労使関係が典型である.支配される側がルール化を求めるのは恣意的な権力行使を止めるためであるが,支配する側はなるべく恣意的にやりたいと思う.
 第4に,文科省のやり方では大学で雑用が累積的に膨らんでしまう.もともと中期計画で動く建前であるから中期計画の評価を問えばよいのに,年度計画まで作らせてその評価も行う.重点領域の評価もある.アウトプットだけを観て問題があれば対処するシステムでよいのに,あれもこれもやれという.医者なら検査結果を見て必要なら薬を処方するところ,文科省は症状にかかわらず薬を全部飲めといっているようなものである.だから雑用は累積して膨らむ.教育研究の邪魔をしているようなものである.
 政策官庁であれば,インセンティヴ適合的なシステムを作った上でどう行動するかは相手に任せるだろう.自由経済でマーケットを相手にすればそれ以外にない.ところが文科省は共産主義かつ全体主義である.直接相手に手を突っ込みかき回そうとする.
 文科省のように対象を細かく監視した場合,社会心理学の実験結果からすると,自分たちが統制するから秩序が守られるという錯覚を覚えるはずである.だからこの監視と統制はどんどん膨らんでゆく.どこかでベルリンの壁の崩壊を待つしかない.

文科省支配が変わるとき
 上記のように私は「文科省はダメだ」と思う.が,国立大学の執行部や国大協にとっては,なおも文科省様様だろう.国立大学は現実の支配者である文科省には逆らわない,というだけではない.現状維持を目指す点で,国立大学と文科省は利害が一致している.文科省にしがみついているから国立大はやって行けると信じている.
 また,国からかなりの予算をもらっている国立大学には,制度上,何れかの省庁が主務省になる以外にないのだろう.何処かといえば文科省が近いから,主務省が文科省になるのは仕方ないようにも思う.
 問題は,今後も文科省が丸抱え的な主務省であり続けるかどうかだろう.
 以前,国立大学の研究力に関する議論に目を通したときに河口小百合という方の報告書がある指摘をしていたのが面白かった(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10178.pdf).国立大学法人の評価は,法人法によって,主務省である文科省が行うことになっている.しかし河口氏は,独法のように,主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という(独法で主務省の枠を超えた評価がなされていることを私は知らなかった).文科省の評価は大学関係者による内輪の評価になるから,という趣旨である.このように指摘する河口氏は,国立大学が重要と思うからそのように指摘するのである.
 同じく以前に書いたが,経団連も(国立大を含めた)大学改革に関心を示している(http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051_gaiyo.pdf).国立大学の評価に3重点分野評価と法人評価が並立して無駄なので一本化・簡素化することを述べるなど,状況をよく見ているのである.その中で「大学の再編・統合に関するグランド・デザインの策定と地域協議体による具体的実施」を述べているのであるが,グランド・デザインの策定は内閣に省庁横断的会議体を作り,文科省,内閣府,経産省,総務省,その他の省庁,地方公共団体,大学関係者,産業界代表が参加する格好を考えている.要点は文科省だけにしないことである.
 たぶん,今の国立大学の上層部は文科省支配を望むだろう.しかし国立大学が総合的な公共機関となるためには,上記の河口氏や経団連の考え方はよいように思う.文科省が無能であるというだけではない.文科省支配では大学が「学校」としか位置づかないからである.大学が地域振興を担ったり,産学協同を担う,ということになれば,文科省だけでやるというのが不思議なくらいである.また,文科省は旧来の国立大学の階層秩序を維持するはずであるから,埼玉大学のように最下層(医なし複合型)の大学は(統合でもしない限り)浮かび上がる余地はない.
 文科省が主務省であることは当面は変えようがないだろう.しかし文科省支配を薄めていろんなセクターが大学の設計にアクセスできるようにすることが,短期的には嫌でも,長期的には国立大学のためであると思える.

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大学が「学校」ではダメではないか?

 私は埼玉大学に着任したときから大学のあり方に違和感を覚えてきた.その1つの側面については,少し前の「大学の『作り』がおかしい」という記事に書いた.ここで書くのはその記事のコインの裏側かも知れない.
 ここでいいたいことは,大学は本来「学校」ではないのではないか? にもかかわらず学校の並びで位置づけられていることによって,大学の可能性が過小になっているのではないか? である.

 着任して違和感を覚えたのは私の職が「教育職」であり,名称が「文部教官」(法人化後は教員)だったことである.実は教育をしたくて大学教員を目指した人はまずいない.誰も研究がしたいのである.教育は不可分の業務であるから「研究教育職」ならすっきりしたが,もろに「教官,教育職」だったことが妙だと思ったのである.
 要するに大学が基本的には「学校」として位置づいている.その点を示すサインはいくつもある.まず大学のあり方は,小中高校,各種学校などとの並びで「学校教育法」で規定されている.学校教育法の中で,以前は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」とされていたが,学長への権限集中をした際に,教授会事項は,(1)学生の入学、卒業及び課程の修了,(2)学位の授与,ついでに(3)教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの,の3つに限定された.要するに大学の中で重要な位置を占める教授会も,教育だけにかかわる(学長が定めなければ研究などに関する協議も教授会ではしない)ものとなったのである.
 以前は「教育研究」とも「研究教育」ともいい,どちらでもよかったが,何時の頃からか「教育研究」と決められたようで,教育が先になった.教授の法令上の業務も「教授研究」であって,教えることが優先のニュアンスである.
 他にもある.前に書いたことだが,大学の基本組織は教育組織(学部,研究科)で代用されている.部局設置でも教育課程の審議が主であり,研究組織はついでに書いておくに過ぎない.人社研では私も設置申請にかかわったが,意見が付くのは教育のことだけである.設置審での教員の資格審査も,研究業績は書くのであるが,あくまで教授資格の観点での審査が建前になる.また,大学は,一部の大大学を除けば,教育目的以外の設備はほとんどない.例えば米国の州内のトップ州立大学であれば,世界陸上ができるほどの陸上競技施設や大きなスタジアムがあるのが普通である.しかし日本の国立大学では,大学の体育の授業ができる程度の設備しかないだろう.また米国の大学であれば美術館や博物館を持っていて不思議がないが,日本では,特に地方国立大では,資料室くらいはあっても博物館,美術館は滅多に持てない.
 
 1995年のことだから私が埼大に着任して12年後,今からは20年以上前のことである.私が学部の将来計画に関する文書を書いたら,後に理事になった先輩同僚の加藤先生が「面白い」というので,そのまま教授会に出して問題提起したことがある.その文書は,第1に学部内の研究領域を限定して各領域を人的に強化し,世界的な研究拠点を目指すべきこと,第2に,教育の効率化を目指すべきこと,を主張するものだった.私の意図は第1点の方に力点があった.基本的な考え方の第1の標語が「大学は学校ではない」だった.より研究に力点を置いたのである.むろん,「世界的な研究拠点」とは,文科省が現時点で使うよりは軽い意味である.
 私の提起は教授会のほぼ全員から拒否された.私の提起に対して,「いや,大学は学校だ」というご意見が多かったのである.それだけ「教育中心」が教養学部の中では浸透していたのである.他部局であれば異なっていたかも知れない.
 私が研究を強調する提起をしたのは法人化前だったからだろう.当時から,国立大学は実質的に階層化され,文部省(当時)はその旧階層を前提に国立大学を差別的に扱っていたという実態はあった.けれども,当時は建前上は,国立大学は平等だったように思う.だから埼玉大学も旧帝大と競争するという発想はあり得たのである.しかし法人化の前後から文科省(2001年から)は大学の階層化を実質化させるとともに,建前上も階層化を進めている.法人化後の扱いから判断すれば,埼玉大学は(統合でもしない限り)研究大学にはなりようがない.今だと,埼大で研究を強調するのは難しいと私は思う.
 とはいえ,大学であれば研究をするのは当たり前であり,研究がなくてよい訳はない.研究が大学の重要な活動であることに変わりはない.

 現在の国の政策的な展開からすれば,国立大学は従来の「教育研究」を超える活動をする余地が生まれているように思う.大学を知識産業の中核にするという発想があり,また特に地方国立大学には地域発展を牽引する役割が想定されつつある.しかし,従来の「学校用」の財政基盤と人員規模から,それらの役割を担うのは無理である.現状で国立大学はCOCや地域産業への貢献を頑張ってやっておられるとは思う.けれども,文科省によるそれらの活動の紹介パワポを見る限り,現状の活動は単なるご愛嬌であり,それで,例えば地域の雇用を生むようになるとも思えない.現状の学校枠組みでは,どだい無理なのである.地域を担う米国の大学のように,かなりの新たな投資を得ないと無理である.
 しかし,こうした新たな活動をするという方向性は,大学を学校とする考え方とは相容れない.米国の大学がそうであるように,総合的な公共機関としての性格を持つ必要があるだろう.そうなるためには,大学が経営のメカニズムを持ち,投資を呼び込む方策を考える必要がある.同時に,国立大学の主務省が文科省であるのでよいのか,文科省支配が続く限り大学は学校の域を出ないのではないか,という問題もあるように思う.

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学位プログラム

 文科省が推奨している「学位プログラム」に触れてみる.結論を先にいえば,アホらしいので止めた方がよい.ただし文科省からの評価が必要な情勢なら,やるべきかも知れない.

 私が在職している時期(1年半以上前)にも「学位プログラム」が文科省が推奨する(ように見える)事項の中に入っていた.その学位プログラムを作りましたと称する大学もあり,これから頑張って作りますといっている(いったことがある)大学もある.
 下記は文科省による学位プログラムの簡易の解説である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/siryo/attach/1259115.htm

「『学位プログラム』とは、大学等において、学生に短期大学士・学士・修士・博士・専門職学位といった学位を取得させるに当たり、当該学位のレベルと分野に応じて達成すべき能力を明示し、それを修得させるように体系的に設計した教育プログラムのこと。」と定義している.この言い方は教育課程一般の定義であり,これだと学位プログラムが従来の教育課程とどう違うかが分からない.上記の定義文だけでなく,上記ページの全体を見ても,学位プログラムとこれまでの教育課程との違いは分からない.
 ただ,学位プログラムは英語の Degree Program の訳だろう.Undergraduate (Bachelor Degree ) program, master program, PhD program を指すはずである.だから「学位プログラム」は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」という話であろうと私は思っていた.特に学士課程で undergraduate programs を導入するとすれば,教育課程は入り口で「大括り」でなければならない.文科省はこのところ学部,学科の大括りを求めていた.この「大括り」と「学位プログラム」はペアで,日本の大学の教育課程を米国型にする方針を表すと思い込んでいた.
 上記のページは平成21年,つまり10年ほど前の記載である.想像であるが,当時は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」の話であったかも知れない.
 ところがその後,話が若干変わってきた.結局,私の思い込みは勘違いだったのである.
 下記は割と最近の学位プログラムの文科省説明である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/01/1397943_1.pdf

 まず言うべきことは,上記定義のような学位プログラムは,実際に日本でやってきた学部-学科,研究科-専攻体制と何ら変わらないことに今さらながらに気づいたようである.だとすると以前に「学位プログラム」と言い出したお役人がただのアホであることになる.何とかそのお役人の体面を守ろうとするなら,学位プログラムに別の特別な意味を持たせて意味があることにしないといけない.という訳で,第2の引用のページでは,「学部等の組織の枠を越えた学位プログラム」に話を限定し,その制度化を検討する,という立場に文科省はなった.
 ここにきて私は悪い予感にとらわれた.文科省の役人が検討を始めると,簡単に済ませるべき話も面倒にしてしまうのが常だからである.
 次は今年になってからの,学位プログラムに関する文科省のパワポ資料である.これを見ると,私の予感は当たったように思う.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/03/1407795_4.pdf

 教育プログラムなど,大学に勝手に判断させてくれればよいのに,文科省はあくまで,自分たちが許認可権を持ち,監視し「指導」するような格好にしないと気が済まない.この点は三流官庁の役人の習性,いや宿業というべきだろう.
 嫌なことの第1は,案の定,学位プログラムに「設置」を求めている点である.通常の学部等と同様に扱うという.どういうことかというと,「学位の種類変更や大学全体の収容定員の増加を伴う場合等は設置は認可の対象とする」である.複数の学部等の間で作る学位プログラムであるから,そりゃ普通,学位の種類は既存学部等とは異なるだろう(異ならなければ何れかの学部等の中に作ればよい).ということは「設置」にかかるのである.面倒な話になってきた.
 第2に,「定員」を定めるようだ.したがって,このやり方だと文科省による,刻むような定員管理の対象になるだろう.
 米国の大学には「定員」などというものはない.人数制限は何らかの方法でするかも知れないが,日本特有の,正気とは思えぬような,刻むような定員管理はない.しかし上記のやり方で定員を設けると,何とか定員を満たさないといけなくなる.その手間は大変である.しかも定員管理はさらに面倒になる.
 そう考えると,こんな「学部・研究科等の組織の枠を超えた学位プログラム」はバカバカしい.学生定員を捻出して新しい学部等を設置した方がよほど良い.
 
 結論に戻ろう.学位プログラムは,アホらしいので止めた方がよい.ただ,大学執行部の判断として,文科省に「改革」のポーズを示したい,文科省から評価ポイントが欲しい,ということもあるかも知れない.もしそうなら,アホらしくても仕方なしにやるのだろう.

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教育組織と研究組織の分離

 教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離は,私が退職する時点では埼玉大学では意識されていなかった.しかし今後やることになるかも知れない(あるいはもうやったか?).結論を先にいうなら,研究組織は,作るべきではあるが,研究組織に行政的な権能を与えて運用するのは止めた方がよいと思う.事務的に手間がかかるだけである.しかし改革のポーズが必要であり他にポーズの作りようがなければ,やらざるを得ないだろう.

 国立大学の法人化後,いくつかの大学が「教育組織と研究組織の分離」をしたという話が流れた.どこの大学がどうだったか忘れたが,今ググってみたら次のような文書が出てきた(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/kondannkai/__icsFiles/afieldfile/2011/03/02/1301683_03.pdf).この資料の日付は2011年であるからやや古い.その時点での顕著な例,ということだろう.私の記憶でも九州大学の例がよく言及されていたと思う.
 この資料の例では,九州大学は全学的な分離例であるが,その他は研究科1部局内での分離である.その程度なら私が属していた埼大人社研でもやっている.不肖私が言い出したことだが,研究組織(結局は領域分類)を科研費領域に従って作ったのである.見た目はきれいである.
 ただ,現状で「教育組織と研究組織の分離」といえば,全学を通した分離(つまり全学で一元化した研究組織の設立)であると思う.
 ネットですぐに出て来る例としては,1つは北大の例=研究院設定がある(https://www.hokudai.ac.jp/introduction/kaiso.pdf).まだ一部の部局が未対応であり完成はしていないが,そのうち完成するのだろう.全学の研究組織が研究院の集まりとして定義されるのだろう.
 ここまでは上位大学の例だった.しかし埼大と同じランクの大学も結構,教育組織と研究組織の分離を実施している.下に弘前大学と鹿児島大学の例を載せる(この2大学は医学部があるので埼大よりランクが上かも知れない).が,それ以外にも分離した例は多い.
 弘前大学(https://www.hirosaki-u.ac.jp/wordpress2014/wp-content/uploads/2015/09/20150916-3.pdf)
 鹿児島大学(https://www.kagoshima-u.ac.jp/about/gaiyou2015-soshiki.pdf)

 実は2014年の人文系学部長会議でも,教育組織と研究組織の分離を話題にしている.その時点でいくつかの大学が教育組織と研究組織の分離(ないし研究院の設立)を実施済みであり,いくつかの大学が計画中だった.
 会議の席上,私は「実施すると(文科省から)評価されるのか?」としつこく質問した覚えがある.ある大学の学部長さんは,文科省からいわれたという.別の大学の学部長さんは,分離が重要というより,改革のポーズが必要だと文科省の担当者からいわれたという.まあそんなところだろうと思う.

 いくつか感想を書いておきたい.
 第1に,上記の弘前大や鹿児島大の例は,研究組織(教員組織)を,教育組織たる学部や研究科と分離している.この格好が正しいというか,本来の「分離」である.しかし旧帝の北大,九大の例では,あくまで教育組織たる大学院に研究組織を作っている.これでは「分離」ではない.にもかかわらずそうしているのは,見苦しくも「大学院教授」という名称を維持するためだろう.教員個人の肩書は研究組織(教員組織)に従うのが一方の筋であり,研究組織を大学院の外に作ったら「大学院教授」にならないのだろう.
 第2に,作るだけなら研究組織の作成は簡単である.人社研のように「科研費領域にしたがう」という原則を決めれば,2,3時間で作れる.領域所属に関するご本人らの了解をとるのに時間がかかる(返事待ち時間)だけである.大学全体で「科研費領域」といった原則を決めておけば,各部局で作った表を合わせればよいだけである.たぶん,旧来の部局とほとんど対応した表ができるはずである.
 こうした研究組織の表は,あるに越したことはない.大学全体の状況を把握し,今後の計画の参考にするのによいだろう.
 しかし第3に,この研究組織に行政上の権能,例えば人事案件の上申策定(決定はどのみち学長だろう)の権能を持たせるのはやめた方がよい.いろんな会議にかけなければ物事が進まなくなり,作業量も多くなる.不便になるだけである.人文学部長会議では,分離によって事務量,会議数が多くなること,決定に時間がかかり過ぎること,などが話題になった.
 また,おそらく教員個人の活動評価が面倒になるだろう.評価はもともと面倒ではあるが,今までは各部局の中で完結しているのでなんとかなった.しかし研究組織と教育組織を別に運用すると,教育評価は教育組織で,研究評価は研究組織で行うことになるだろう.結果としてあちこちで評価をすることになる.では行政上の評価は全学で一律か? しかし行政上の役職は部局によって数が異なる.経済学部にはあって教養学部になる役職もあるのである.そこで全学一律に評価するとなると,実は所属の教育/研究組織によって不平等が生じる.社会貢献など,部局によって需要が異なる項目を一律に行うのも変な不平等を生む.そしてそれらの評価項目の成績をどこかに集めて総合評価を作るのであろうか? 考えるだけで面倒になる.
 なんだかんだいいながら,従来の部局一括方式が,運用コストが低い形態なのである.
 第4に,やめた方がよい別の理由は,さしたるメリットがないからである.教育組織と研究組織の分離は役人の気まぐれから出てきたことであり,分離しなければならない必然性はほとんどない.分離した大学は,その理由として,教育上の要請と研究上の要請は食い違うから分けるなどと書く.しかし,教育組織と研究組織が別人員で担われるなら別であるが,研究と教育を実施するのは同じ人たちであるから,別々の補強をしようがないのである.むろん,研究だけの人員を持てる大学なら別だろう(本来はそうあるべきだ).
 第5に,そうはいいながら,「改革しています」というポーズのために埼大もいろんなことをしてきた.同じ理由で,意味がないのにやることになる可能性は,残念ながらあるように思う.

 研究組織の「正しい」使い方があるとすれば,研究組織に応じて大学の基礎組織=部局を定義し,米国の大学のように,その基礎組織が学士,修士,博士のプログラムを出すような格好にすることだろうと思う.ただし,実質は現状とほとんど変わらないはずである.

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大学院部局化

 経緯からいえば大学院部局化とは,大学間の身分差を作るメカニズムである.

 法人化の前の段階で,旧帝大(など?)の上位大学は大学院部局化をし,大学院の定員も増やしている.教授も大学院教授となった.国立大学の独法化は避けられない,という役所筋情報を私がもらったのは1999年であるが,1998年に某旧帝大に集中講義に行った際,その作業中であるという話を聞いた.実際に国立大学が法人化されたのは2004年である.法人化より前に,上位大学の部局化は完了していたと思う.
 その上位大学の大学院部局化では,当該大学の予算を文科省は増額している.その増額が学生当たりの積算分だけなのかどうかは確認していない.ともかくこの部局化で旧帝大は研究基盤を強め,法人化後の第1の中期での研究成果を高めたはずである.「中期の評価は出来レースだね」と第1期の頃にどなたかと話したものである.
 しかし法人化後,それほど上位でもない大学も大学院部局化をする例が出てきた.埼大でも法人化1代目の学長さんの治世の2006年度に理工学研究科が部局化し,理学部と工学部は理工研が学部向けに出す教育課程(教育組織)という位置づけになった.
 埼大理工の院部局化の時は私は役職からいって全学の会議には出ていないので直接的には説明に接していない.時の教養学部長からは,他大学が「大学院(研究科)教授」を名乗るので,ただの教授では辛い,自分たちも大学院教授と名乗って偉く見せたい,という要望が理工側からあったと伺った.別の消息筋は,理は博士課程で定員を充たすが修士課程の学生充足が難しく,工学系は逆なので,一緒になって院の定員を修士も博士も満たしているように見せたいという事情があった,という.この別消息筋情報は,ありそうではあるが,その真偽は確認していない.
 その後,2015年に私がいた教養学部と経済学部が大学院で合併し,その大学院研究科(人社研)で部局化した.その結果,埼大で院部局化していないのは教育学部だけになったのである.
 この2015年の人社研については,時の全学執行部の頭にあったのは「上を目指す」ことでだったという事情がある.だから,「偉そうな名称にする」ことは必然であったかも知れない.

 上位大学が大学院部局化してから,「大学院教授」という肩書を目にすることが多くなった.まあなるほど,単に「教授」であるよりも「大学院教授」の方が偉そうである.無垢な人は,教授の中に平の教授と大学院教授があり,大学院教授が偉い,と思うだろう.だから大学院教授という名称が欲しいという理工研の心情もわかることはわかる.
 ただ,これ見よがしに偉さを強調するかのような「大学院教授」という名称には,私は不快感を感じるとともに,過度に見た目にこだわる点に浅ましさを感じてしまう.
 私は一昨年退職した.退職前に人社研ができて院部局化したので,退職時の肩書が「埼玉大学大学院人文社会科学研究科教授」であったように思う.それ以前の辞令に表記された私の肩書は「埼玉大学教授 教養学部」だったように思うので,同じ例にするなら「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」になるだろう.しかしわざわざ「教授」の前に「大学院」を持ってくるところが,見え透いた浅ましさである.
 以前,埼大には政策科学研究科というのがあった.この研究科は一時,教員の半分が教養学部を本籍にしていたが,埼大から出て行く直前には独立研究科,つまり院だけの研究科であった.だからその教授は大学院教授以外ではない.しかしその政策科学研究科教授を「大学院教授」などと表記したという記憶は私にはない.「埼玉大学教授 政策科学研究科」だったろう.
 教授の名称としては,私の例でいえば,「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」にするか,研究組織上の区分を使って「埼玉大学教授 社会学」が穏当なところではないかと思う.趣味からいえば後者がよい.

 余談であるが,最初に上位大学が大学院部局化したときには,それらの大学を最終的には「大学院大学」にする,というアイディアがあったろう,という気がする.
 私が大学院生(東大)の頃,出席していたある授業の担当教授が「東大は(旧帝大は,だったかも知れない)大学院大学にするというのも手なんだよな」と仰っておられた.40年ほど前のことである.その頃から上位大学の大学院大学化は,アイディアとしてはあったのである.
 私が教養学部長だった期間に人文系学部長会議(メンバーは地方国大=三次リーグの人文系学部長)に出ると,時折次のような話が出ていた.「旧帝大は大学院大学となって学部教育から手を引くべきだ.旧帝大は忙しくてろくな学部教育ができていない.我々に学部教育を任せてくれれば良い学生を東大などに送り出す.」この意見にはほぼ皆さんが賛成の声をあげた.上位大学が院の学生定員を増やしているので,どこも院の方は学生確保が苦しく,しかも「良い学生」は学部の方にいたからだろう.
 しかし旧帝大も,学部を手放そうとはしていない.研究中心などといいつつも,学部を手放すと予算が減るからだろうか? しかし,受験者人口の減少を考えれば,旧帝大などが学部を手放す(その結果学生定員は縮小させるが研究者規模=研究力は維持する)ことは有力な解決法の1つなのである.旧帝大などが学部を手放してくれれば,地方国立大学に立つ瀬が出て来るように私は思う.

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大学の「作り」がおかしい

 私が埼玉大学に着任して教員として大学を中から眺めたとき,大学の「作り」が変ではないか,と感じた.その後,慣れて違和感は薄れた.しかし退職近くになると,以前よりもいろんなものが見えたせいか,「変だ」という思いが再び強くなった.むろん日本の法令上は何の問題もないのであるが,制度の基本設計の出来が良くないように思う.

 大学の「作り」は,米国の大学が分かりやすい.大学を構成する下位組織は College ないし School であり,これらは日本の「学部(ないし研究科を含めた部局)」にあたる.通常,Cellege とは College of Arts & Sciences (ないし College of Liberal Arts)であり,あえて訳せば教養学部である.ただ,我が埼大の教養学部とは比べられないほど大きい.純粋な学問領域がこの組織に属する.埼大で言えば理学部,教養学部,経済学部のうち経営以外,がここに入る.物理学や歴史学などが Department(普通は「学科」と訳しているが,「講座」を department と称している例もある)をなし,州立の大きな大学であれば College of Arts & Sciences の中にdepartmentが100くらいあるだろう.心理学や社会学などの大きなdepartmentは,いろんな appointment の人を含めて,教員が70名くらいいる.心理学や社会学は埼大では全学でそれぞれ5名くらいと思う.いうまでもなく,この College が大学の中核である.
 College 以外に特別な目的,特に職業訓練的な目的を持つ部局が,通常は Schoolである(Schoolには別の用法もある).埼大であれば工学部(School of Engineering),教育学部(School of Education),経営部門(School of Business)がSchoolにあたるだろう.
 で,そのCollege/Schoolの下位組織であるdepartmentが,学士課程プログラム(undergraduate program),修士プログラム(master prigram),博士プログラム(PhD program)を出している.むろん複数departmentにかかるプログラムもしばしば設定される.
 私は大学院専門の部局は Graduate School of ~と言うと思ったが,最近調べると州立大学は,大学院の教育プログラムは,College/Schoolのプログラムを全部まとめて'Graduate School(ないし Graduate College)'といっている.院専門のSchoolも 'Graduate' 無しの'School'である(確かに,所謂メディカルスクールも, 単に School of Medicine であり,Graduate School of Medicine とはいわない).むろん,大学によっては,日本でいう「独立研究科」のような形で,Graduate Schoolがあって不思議はない.
 原理原則がすっきりしていて理解しやすい.College/School - Department という基本組織(Academic Units)があって,その基本単位が教育課程,つまり学士・修士・博士のプログラムを出している,という風な説明をする.

 日本の場合が何か変なのである.
 埼大では,法人化2代目学長さんの頃は「5学部4研究科体制」という言葉をよく使った.その後,2研究科を人社研に統合することにより研究科は1つ減った.が,最近でも,埼大の紹介文では次のように書く.

埼玉大学は教養学部、経済学部、教育学部、理学部、工学部の5学部と大学院3研究科をもつ総合大学です。

教育課程の表現としてはこれで正しい.しかし基本組織の表現としては,組織の数を水増ししている.上記のように5学部と3研究科があると書けば,無垢な人は,独自の人員を抱える計8つの組織があると思うだろう.しかし人的な実体が同じものを学部と研究科で2重に表記している.埼大的には理学部と工学部は理工学研究科,教養学部と経済学部は人文社会科学研究科として「部局化」していることになっている.その部局を大学の基本組織とするなら,基本組織の説明としては次のような表現になるはずである.

埼玉大学は1学部(教育学部)と大学院2研究科(理工研,人社研)からなる総合大学です。

 書いていて吹き出してしまった.「そんなん,総合大学じゃないでしょう」とツッコミが入りそうである.
 5学部3研究科というのは,埼大を総合大学と見せるためには良い表現であるが,基本組織の表現として見ると露骨な水増しであり,詐欺に近い.(自虐的であるが,文科省的には埼大は「総合大学」ではなく「医学部なしの複合型」大学である.)むろん埼大に限らずどこの大学も同じである.
 米国の場合と何が違うか? 日本の大学では次のような事情があると思う.
1) (布置研究所や病院を除けば)教育組織以外の組織の公式表現がなく,結果として教育組織(学部,研究科)が基本組織になっている.
2) 大学の学士課程と大学院とは別の「学校」という法令上の位置づけになっているので,学士課程と大学院を持つ部局には2つの看板が付く.
3) 学部と研究科のうちどちらを「本体」とみなしても法令上は構わないので,大学によっては研究科を本体(部局)として扱う例が出てきた.

 たぶん米国との違いが生じるのは2)によるのだろう.3)は「大学院研究科部局化」を指している.

 ここまで書いてみて,関連していうべきことが思いついた.大学院部局化,教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離,といった事項である.ここで書くとブログ記載としては長くなり過ぎるので,別記載にしたい.

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前川喜平,あるいは学長リーダーシップ

 文科省は結構昔から「学長のリーダーシップ」を強調してきた.実際にやったことは学長の権限を法令上強くすること,同時に教授会の権限を弱くすることである.強くなった権限で実際にリーダーシップを学長が発揮できるかどうかは大学によるだろう.
 人によっては気に入らないかも知れないが,大学が学長を中心に動くことは仕方ない.大学は特に再編が必要になるだろう.私の認識では,学長を中心に教職員が集まって全学で稼働する体制が作れるかどうかが埼玉大学の課題だった.今までは学長が,行司のように裁定をすればよいと思っていたかも知れない.

 とはいいながら,この学長リーダーシップという話は,ため息が出るほどバカバカしいという思いが私にはずっとあった.
 まず,文科省はクレムリン型の統制官庁(政策官庁ではない)だから仕方ないのだが,こんなつまらないことを優先順位が高い課題だとし続けてきたところが情けない.権限をどのように集中ないし分散させるかは,規模に応じて大学でデザインしてもよいことだ.その程度の官庁だということである.文科省に指導されていると,ソ連や中国の国営企業のようになるように思えてならない.
 さらにいえば,学長の権限を高めて教授会の権限を低くすることは,小中高校で校長に権限を集中し職員会議の権限を無しにしたのと同じ発想である.本来,小中高校と大学では規模も違うし機能も違う.その大学にバカの一つ覚えを適用したところに文科省の芸のなさがある.文科省は,小中高校の延長で大学を「学校」と考えているのだろう.後で書くかも知れないが,文科省支配が続く限り大学の発展はないのではないかと私は思う.
 念のためググってみたらこんな文書が出てきた.初等中等教育局長だった前川喜平の名で文書が出ているので,思わず笑ってしまった.
 読んで頂ければそのままである.校内人事について職員会議や教員が作る会議で決めてはいけない,校長の権限だ,というのが第1点.職員会議で校長以外を議長にしたり,職員会議で職員による採決で決めるな,校長の権限だ,というのが第2点である.細かい.
 こういう通知を初等中等教育局長が出すにはそれなりの背景があるのかも知れない.職員が集まって「民主的に」変なことを決めてしまうというのは,何となく想像できる.
 大学の場合はどうであろうか? 埼玉大学は無難な大学であり,教授会がそれほどひどいことを決めたことはなかったように思う.それでもあったかな,どこかが変なことを決めたこととか,変にこじれて他学部が呆れたとか(笑).
 私は結構長く,教養学部教授会の議長をしていた.欲目に,教養学部教授会はおおまかには見識ある判断をしてきたように思う.ただ,教授会にかけると進むべき事柄が進まず,いろいろ工夫することはあった.
 今の大学のテーマは大学を維持することではなくより良くすることである.変化が期待されている.その意味では学長を中心に物事を進めるべきなのは確かと思う.
 ただ,学長に権限を与えることより重要なのは,国立大学に(省庁とは独立に判断する)経営のメカニズムを導入することのように思う.官庁に指導される業界は例外なくダメになる.

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文科省お役人また逮捕

 文科省の「局長級」のお役人がまた逮捕されたという.ニュースを見ると「息子の裏口入学」の件と人がつながった話のようで,芋づる式に出たことなのだろう.
 ニュースによると,「飲食店での飲食」140万円分の接待を受けたという.飲食店で140万円,ということはCoCo壱でカレーが2000回食べられるではないか? と思った.が,別のニュースだと「高級クラブで」というから,私は no idea であるが,金がかかるんだろう.私なら「現金でください」という(笑).

 昔,私が大学院生だった頃,ある旧帝大で何かの設置が認められなかった,という話題がある場で出た.そのときに教授が,設置を認められるためには文部省(当時)の役人を赤坂で3回,銀座で3回接待しないといけない.それをすると「水準に達した」として認可される,と真面目な顔でいう.ウソかも知れないが,まあ,そういう話が流通していたものである.
 お役人ではなく政治家ルートという話も,埼大に着任してから,昔よく聞いた.たぶん何とか研究科というのがあったからそんな話が出たのだろう.真偽のほどは分からない.
 後年,私が学部長会議というのに出たとき,某地方国立大の学部長さんと話していて,昔は某さん(文教族の大物代議士)がいたから何とかなった,という話が出た.まあ,そんなこともあったのかも知れない.
 昔,ネットで検索して変な文書が出て来たことがある.何かの設置を認めさせるために,政治家の某々やお役人の誰それに夜討ち朝駆けして自分がお願いに回り,やっと認められました,という文章である.だぶんどこぞの同窓会関係のサイトに不用意に載せていた文書で,書いた人にとっては手柄話なのだろう.以前はネット上に不用意なファイルが結構あったのである.
 たまに,自分が大物代議士の誰それにお願いしたから,博士課程が設置できた,などという話も出る.これも手柄話としていうのだろう.
 政治家ルートなどは効かない,文部省(当時)がどう思うかだ,ときっぱり仰る旧帝大の先生もおられた.

 さて,今朝のニュースで今回逮捕された局長級のお役人が何をしたかが出ていた.JAXAの宇宙飛行士の講演手配で便宜を図った,ということのようである.
 ええー,それって犯罪なの? と疑問に思った.通常ルートでは講演をさせないのだろうか? 少なくとも年休をとればよいでしょう.講演をさせない方がどうかしている.
 前回逮捕されたお役人も,便宜の供与は受けたのだろうが,本人が何をしたかという点では,法にひっかかるのかどうか疑問に思う.ニュースを見る限り,申請書の書き方に助言した,ということである.が,そんな助言が実質的に役立つはずはない.私が助言しても同じだろう.そもそも,申請書の説明文にどう書けと,実例を載せて述べてあるのが普通である(この補助金がどうかは確認していないが).
 まあ確かに,公務員なのに接待を受けたのはまずいに決まっている.しかし見返りとして明確な「悪事」を働いた訳でもないように思う.裁判でどうなるのだろうか? 逮捕されると世間では「悪人」と見られるから,可哀想ではある.
 むしろ,獣医師会のような利権団体が,賄賂を贈って認可させなかったとか,役所の許認可権を使った悪事が露見してくれると,世の中のためには良かったろう.

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国立大学はどう変わるのか?

 国立大学はこれまで,私が予想したよりも変わらなかった.

 国立大学の「民営化」論議が始まったのが確か,1990年代の後半と思う.1999年に国立大学の「独法化」が避けられない状況になった.国大の立場からすると「民営化」より「独法化」の方が有難い.実際の法人化は2004年だった.が,「独法」ではなく「国立大学法人」という,当初は冗談かと思えた名称になった.国立大学法人は独法の一種という位置づけと思うが,独法よりは管理が緩い(国立大学には有難い).
 法人化以後,埼玉大学でもいろんな制度上の切り替え(あえて「改革」とは呼びたくない)があった.ただ,総じていえばあまり変わらなかったのではないか?というのが私の感想である.
 教員についていえば,確かに管理は厳しくなった.金銭的に大学はケチになった.事務手続きもいろいろ面倒になったように思うが,事務手続きの方は法人化のせいというより,埼大事務の個別事情かも知れない.
 この間,私は国立大学の命運についていろいろ(個人的な話であるが)予測したけれど,あまり当たらなかったように思う.私の「予測」には変化への「期待」が混じるからだろう.現実には思ったより変わらなかった.

 今後はどうであろうか? また当たらないような気がするけれど,私の感覚で「まあこんなところだろう」と思うところを書いてみる.

1.国立大学は潰れない
 安倍政権になって経済成長戦略を国が持つようになり,その戦略の中に大学が位置づくようになった.来たか,と私は思った.これは正解であり,実は米国が昔からそうなのである.その時点で国立大学はセーフになったといってよい.「景気対策」をする頭しかなかった民主党政権だとそこが分からなかった.
 何か月か前に私は,研究力の資料を眺めた.思った以上に国立大学の比重が高い.有名私大も大したことはないのである.これでは国立大学を潰せる訳がない.むろん,国立大学に研究力があるのは国からお金が出ているからである.同じお金を私大に投下すれば私大に研究力がつくのが理屈である.しかし,国立大学に出していたお金を今から私大に撒いてうまく行く保証はない.設備面の変更など,手間もかかるように思う.あえてリスクは冒さずこのまま行くのが常識である.
 また,自民党は昔から地方を基盤にするから,地方大学が斬り捨てられることは考えにくい.潰そうとすれば地方の議員さんが騒ぐ.
 国立大学は,だからイノヴェーションに実績を作る必要があり,特に地方国立大学は地域での経済成長に実績を作る必要がある.そこは必死でやるのだろう.
 安倍政権が終わっても,馬鹿でなければ国は成長戦略を持つはずであり,大学をその中に位置づけるだろう.馬鹿な政権が生まれる可能性もあるけれど,短命に終わると期待する.

2.学長への権限一元化は整備されてゆく
 現時点で文科省は国立大学への第1の課題として「ガバナンス改革」を提示していると思う.その最大の中身は,教授会の権限を限定し学長のリーダーシップを確立することにある.その他,学長を監視する体制の導入もいっているが,文科省が考えているのは学長が一元的に大学の決定を行い,その学長を文科省がコントロールすることであろうと思う.
 埼大はほとんど作業が済んでいるのではないか? まだあるとすれば,部局長を学長が選ぶことくらいだろう(済んでいたりして).
 学長リーダーシップを実質化するためには,学長の補佐スタッフを充実させることが欠かせないと私は思う.埼大の場合,私の在職中には,学長はそれほどのスタッフを持っていなかった.
 教員の側は,学長が教授会の拘束なく権限を行使することが快くないかも知れない.ただ,私は学長のリーダーシップ確立は仕方ないように思う.学長が「うん」といっても教授会が覆すようでは,あるいは事務方が止めてしまうようでは,大学が投資の対象になり難いからである.
 教員側が学長に対抗するのは,組合を介してしかないだろう.むろん事項は待遇に限定される.

3.国立大学の経営は欠落したままになる
 文科省が国立大学に求めている「ガバナンス改革」とは,「管理」であって「経営」ではない.文科省は国立大学に「経営」を求めたことはないように思う.「経営」するのはあくまで文科省,という考えなのだろう.
 私大や公立大,また海外の大学では,法人の長(理事長)と学長を役職上分離する.1人が両方を兼ねることはあっても,である.学長はアカデミックのトップであり,理事長が経営を行うのが建前になる.だから国立大学法人法で学長が理事長の権限を併せ持つことにしたのは,組織上は特異である.文科省が指導する,大学は勝手に経営するな,ということだろう.
 国立大学は法人化後も,独自の判断で大学を縮小したり拡大したことはなかったように思う.この何年か新学部を作った例はあるが,純増ではなく,既存学部の整理から原資を捻出したはずである.仮に群馬大学と埼玉大学が統合をしていれば,特異な例外になったのではなかろうか? 現状で,多少は経営らしい活動があるとしても(組合と話し合って手当を決めたとか),本格的な経営判断をした事例はないように思う.
 教員出身の学長で経営判断はないだろう.経営協議会も,外部からの意見交換会のようなものであり,私が直接見た範囲でも,経営協議委員の判断は大学の総務部(つまり文科省)の掌中にあった.そもそも総務部が提供した情報しか持っていない.独自に情報を集めたり案を作れるような組織ではない.
 国立大学が経営をするようになるとすれば,学長とは別に理事長を設定し,その理事長がスタッフを抱えるときだろう.独自の経営をした方が,国立大学はいろんな投資を呼び込めるだろうし,おもろいことが起こるだろう.むろんやりようによっては,である.

4.人事給与システムの変更はいずれ生じる
 人事給与システムの変更とは,年俸制を大幅導入し,成果主義の名のもとに,成果の低い中高年教員(教職員?)の給与を低く抑えることを指す.節約したお金で若手研究者を雇用する考えもある.
 国立大学はこのところ,貧乏語りをしながら政府にお金を付けるよう求めてきた.その際,大学の予算は給与などの「義務的経費」が大半であり,交付金の削減によって使える予算がなくなったことを訴えていたと思う.予算を増やすことが財政上難しい状況下でそんな訴えをするなら,「では義務的経費に手を入れろ」という反応があるのは自然な成り行きである.「人事給与システムの改革」が叫ばれるのは,まさにそのような結果のように思える.
 研究力の維持向上を訴えてきた国立大学は,人事給与システムを変えろといわれたとき拒否できるだろうか? 研究力の向上を訴えていたのはあんたら(国立大学自身)ではないか.人事給与システムを変えて,若手を雇用して研究力を上げるべきではないか.できるのになぜしないのか? 今までいってきたことはウソなのか? といわれて終わるように思える.
 給与についても文科省と他の勢力の間で綱引きはあるかも知れない.文科省は国立大学教員の公務員準拠を維持しようとするだろう.だから変化は小さいかも知れない.
 給与システムの大きな変更があるとすれば,公務員の定年延長を決めるときに給与体系を変える(給与水準を下げる),そのタイミングのように思う.あるとしても先の話である.

5.形だけでもアンブレラ統合が進む
 本気ではないけれども,文科省はアンブレラ統合を形だけでも進めるだろう.実績を作らないとより強い干渉を受けるからである.教員養成学部の再編・統合を進める意向が文科省にあるというニュースが,昨年あたりに流れた.もし本気なら,文科省はアンブレラの制度を作り,アンブレラの範囲での教員養成学部の再編の実績を目指すのが自然な気がする.
 ただ,統合はそれ以上は進まないだろう.個々の大学にその気はなく,文科省にもその気はないからである.
 もっとも,いったんアンブレラを作ってしまえば,政権の意向によってはアンブレラの範囲でのさらなる再編を文科省は指導するようになるかも知れない.文科省が何をするかはその時々の風向き次第である.
 アンブレラの話が出始めた現在,埼玉大学はどうするつもりなのだろうか,と興味を抱く.たぶん北関東グループに入るのは嫌だというのだろう.南に入るつもりなら(いくつか風聞は流れていたが),早めに動き出さないとあぶれるような気がする.

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国立大は授業料値上げをなぜ言い出さないのか?

 国立大学はしばらく前からお金がないと窮状を訴え続けている.配管が腐食し電気ケーブルも劣化し,屋根は崩落し外壁も落下し,一歩間違えれば大惨事になる環境で仕事をしている,とアピールしている.笑ってはいけない.
 だが私は当初から不思議な気持ちで,国大によるこの貧乏語りを眺めていた.そんなに金がなく正当に困っていると訴える状況なら,なぜ授業料を上げないのか,と思うからである.たぶん一般の国民は,陳情を受ける議員さんたちも,国立大学が法人として,自らの判断で授業料を上げられる,ということを知らないのではないか?
 授業料を何も私大並みに引き上げる必要はない.少し上げるだけで解決する,その程度のお金を問題にしているはずである.特に埼玉大学のように,教員や施設の規模の割に学生数が多い大学は,少し授業料を引き上げるだけでかなり潤うはずである.文系の場合,今でも授業料は私大に近いが,理系は私大より授業料が著しく低い.だから授業料を多少上げても需要の減少は小さいだろう.

 と私は以前から思っているのであるが,しみじみ考えてみると授業料を引き上げるにはいくつもの課題ないしハードルがあることに気が付いた.

 第1に,理想は国立大が一斉に同じ金額に授業料を引き上げることであるが,それをやると「不正な談合」になるだろうか? なるなら工夫が必要になる.
 現状で授業料を上げにくいのは,最初に授業料を上げた大学は,倍率が下がるだけでなく,非難の的になる可能性があることである.ババを引くに等しい.だからどこも授業料を上げられない.
 だから国大協などを通じて,上位大学,できれば旧帝大に最初に授業料を上げるよう圧力を加えるのだろう.それがnoblesse obligeというものでしょう,と.東大が授業料を上げますといっても,たぶん非難は出ない.「東大じゃ,しょうがないよね」で済む.上位大学にプライスリーダーになってもらった後に,下位大学は同じ金額に値上げすればよい.

 第2に,授業料を上げたことの増収分だけ国からの交付金が減らされるなら,授業料を上げる意味が全くない.だから役所筋には事前に協議しておく必要があるだろう.ある程度の減額は仕方ないが,減額が大きければ授業料値上げはやめた方がよい.

 第3に,今の世の中であるから,授業料を上げるなら低所得層への補助を厚くする措置を同時に入れないといけないだろう.大学独自でも,授業料値上げによる増収分のある程度を,低所得層在学生向けの授業料減免措置に振り向ける必要がある.また社会・官庁向けには,低所得層向けの奨学金の拡充を訴える必要がある.そうでないと世間からそっぽを向かれる.

 第4に,授業料を上げるなら,教職員の賃下げも必要になるかも知れない.日本維新の会のような勢力は,「まず身を切る改革をしろ,教職員の賃金カットはしたのか?」というかも知れない.自らの賃金をそのままにして,金がないといって授業料を上げて負担を学生に押し付けることには,非難の風向きがあって不思議はない.授業料を上げる前に教職員の賃下げを先行させるべきかも知れない.賃下げだけで十分だったりして(笑).

 第5に,難しいけれども,収入と支出の関係,考え方を整理しておく必要があるように思える.大まかには,研究については国に依存し,教育については学生からの納付金に依存する,ということではないかと思う.支出の多くは教員の人件費であるが,その点もエフォート率によって整理できるだろう.少なくとも値上げする収入増の扱いについては,教育や学生の福利厚生に使うことを明言する必要があるだろう.これまで国立大学は研究面での窮状を訴えていたように思うが,研究に授業料収入を充てるとはいえない.
 別記載で書いてもよいが,教育環境・設備も私大に劣る面があると私は思っている.
 また,教育への学生納付金依存を認めるなら(というより授業料が上がるなら),部局別(ないし分野別)の費用を勘案した授業料設定も視野に入るように思う.今の状況で部局別に授業料を設定したら,たぶん経済学部が一番授業料を安くすべきだろう.同じ理学分野でも数学科は安くてよいかも知れない.

 国立大の授業料値上げに対する世論の反応には不確実性があり,その意味で値上げにはリスクを伴う.議員さんでも評論家でも,第三者に,「値上げすべきではないか?」という意見を出してもらって,世間の風向きを見ることも必要かも知れない.

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アンブレラ統合はどう転がるか?

 国立大学法人法を改正し,1法人(機構)が複数大学を傘下にできるようにする(アンブレラ方式),という話が進行している.たぶん法改正はするのだろう.現在,東海地方(名古屋大学と岐阜大学),静岡(静岡大学と浜松医科大学),北海道3国大で協議をしていることになっている.ここまでの話では,一番早く進みそうなのは北海道3大学のように思う.
 このアンブレラ方式が最初に提起されたのは10年くらい前のように思う.その頃,私は埼大の全学会議に出ていた.私はアンブレラ結構,と思ったが,上に持ち株会社を頂くような形は嫌だとはっきり仰っていた部局長さんもおられた.
 前に書いたことであるが,経団連がこのアンブレラ方式による「再編・統合」を強く主張している(http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051_gaiyo.pdf).経団連がアンブレラ方式の中身をどう考えているかはハッキリしない.引用した資料の中に概念図として組織図が示されているが,論ずるに足らない.あまり考えられた代物ではない.
 他方で,ベネッセはアンブレラ方式に別の見方を紹介している(http://benesse.jp/kyouiku/201208/20120810-3.html).ベネッセ・サイトの引用したページによると,文科省がアンブレラ方式を考えたのは「統廃合阻止の狙い」があるからだという.つまり普通に統合すれば国立大学の数が減るが,文科省はそうしたくはない,大学の数を維持するためのアンブレラ方式だということになる.たぶん文科省のお役人が業者との会合でそんなことを口にしたのだろう.
 だから,文科省はアンブレラ方式を「再編・統合」の手段と考えるのではなく,単なる「地域の国立大学クラブ」のつもりなのかも知れない.
 国立大学が法人化するときの1つの選択肢として,すべての国立大学を1つの法人とするという考え方が昔あった.その1つの法人は各国立大学を強く規定するはずはない.それと同じように「1法人複数大学」を運営すればよいでしょう,気軽に入って大丈夫ですよ,と文科省は国立大学に対していうかも知れない.
 実際に国立大学法人法がアンブレラ方式(1法人複数大学)にどのような規定を与えるかは,実際の適用が一番早いだろう北海道3大学の統合計画が進むまでには明らかになるだろう.
 新聞記事でどこまで正確かは分からないが,ニュースサイトには,1法人(機構)に機構長と理事を置き,学長と評議会は各大学,しかし経営協議会は法人に付くような話であった.ということは,経営面はアンブレラの法人(機構)に一括されるようにも見える.このような制度上の作りのいかんによってアンブレラの実態は予測できるだろう.
 繰り返すが,アンブレラの法人(機構)は持ち株会社のようになるかも知れないし,反対に単なる「地域の国立大学クラブ」といったゆるい連合体になるかも知れない.
 どうなるか,判断のポイントは次の2点だろうと思う.
 第1は,どのような人が機構長なり理事になるか,である.各大学とは独立に機構長や理事が選ばれれば,機構=法人がアンブレラ内の複数大学を再編する可能性が高まる.逆に機構長や理事が各大学から出て,しかも機構長は持ち回りです,ということになると,今まで通りの何もしない法人で終わるように思う.
 第2に,事務方が機構に付くかどうかである.各大学には学務系の事務組織は残るはずであるが,総務系,財務系が機構に集約されるなら(各大学に多少残すとしても),機構=法人に力が集まるだろう.しかし機構には機構長や理事の秘書がいるだけです,では,機構は何もできない.お飾りで終わるだろう.
 現実に,一番ありそうなシナリオは,どちらにも転び得る法人法の作りにしておいて,実際の指導では文科省がゆるい,形だけのようなアンブレラを国立大学に認めることである.文科省は,国立大学には「頑張って形だけの骨抜きにしました」といい,強硬派の官庁には「今は作らせるだけで後で絞めればいいでしょう」という.絞めるときには「形だけでよいなどとは一言もいったことはない」というのである.

 軽い話になるが,私がアンブレラについて気になるのは次の2点である.
 第1は,アンブレラの中で共同課程を作ったとする.しかし学生は何れかの大学の卒業/修了になるはずなので,共同課程といっても,学生によって卒業する大学名は異なるだろうと思う(完全な統合であれば1つの大学の卒業・修了である).その場合,共同課程の運用は,アンブレラのない大学間で作る共同課程と同じか? それともより便利になるか? という点である.
 埼大の法人化2代目学長さんの御代に,茨城・宇都宮・群馬・埼玉大学の間で「4U」と呼んだ連携の枠組みがあった.工学部が主だったけれど,文系研究科の長だった私もその会議に出ていたのである.その時に共同課程の検討をしたが,うまく行かなかった.理由は,共同課程の規程によって,学生は参加大学のそれぞれから一定数の単位を取ることを求められたが,参加大学が4大学であると,必要単位が多くなり過ぎるのである.規程自体が2大学を想定したものだった.当時とは時代も変わっているから規定が変わったかも知れないが,ともかく拘束が大きく,共同課程を作る気を失わせる状況だった.
 共同課程ではないけれども,私も4Uの枠組みで,他大学(宇都宮大学)との,修士課程での単位互換を進めた.しかし利用する学生は極めて少なかった.理由は単純だった.学生は自分の指導教員の単位をほとんどすべて取る.すると,大学院では取得単位数が少なくてよいから,その他の単位をわざわざ他大学に取りに行く必要性が低いのである.
 結局,4Uの枠組みはさしたる成果を生まずにうやむやになっていったと思う.私の得た感想は,単なる連携,単位互換は,ほとんど意味がないという点である.意味を持つのは,きちんと合併して,陣容を整えたうえで正式に1つの大学の1つの課程を作るときだろう.4Uの場合,各大学は相手を自分たちのためにどのように利用するかを,相互に考えた.それではうまく行かないのは初めから見えていた.新しい組織を定義してその発展を目指して動くのでなければうまく行かない.
 気になる2番目は,笑話のように聞こえようが,アンブレラ1法人で電子ジャーナルに1つの加盟校として契約できるか,という点である.もし可能なら,電子ジャーナルの経費節減のためだけにでも,アンブレラを作って加盟する意味はあるかも知れない.もしアンブレラになっても各大学で別契約になるなら,アンブレラなど意味はないだろう.

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国大協は何を考えているか?

 前の「芸がなかった国大協」という記載で,2018//5/22開催の国公大振興議連の総会に国大協が出した資料について触れた.扱ったのはその3番目の資料であり,ガバナンス改革と人事給与改革に触れた資料である.1番目と2番目の資料の方が資料の本体であり,要するに「研究力が低下した,金をくれ,苦しい」といっている資料である.だから3番目の資料の役割は本来,「お金をくれればこんないいことがありますよ」という資料であるべきだったろう.ガバナンス改革や人事給与改革は所詮内輪話であり,外に向かって言うことではない.
 国大協が何を考えているか,という興味から,国大協のサイトを眺めてみた.国立大学の「将来像(最終まとめ)」という資料があった.国大協の考えはその資料の中に集約されているはずだろう.この「将来像」には本文と概要がある.余分な文言を削った分,概要の方が国大協の本音を素直に表しているように思う.(概要と本文は中身が必ずしも対応していない.)
 たぶん,3番目の資料として出すとよかったのは,「将来像・概要」から拾えば次のような箇所だろう.

《「国立大学の機能の最大化」とは、新たな価値創造の基盤となる先進的な研究の高度化と地域や産業界の変革や成長分野を切り拓きイノベーション創出を牽引できる人材を育む教育の充実である。》

 ただ,絵が描けるほどの具体的な考えは国大協にはなかったのかも知れない.むしろ内閣府が描いた「科学技術イノヴェーション創造」事業の方が絵が描けている(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui034/siryo1-4.pdf).といった苦しい事情のために,国大協は「ガバナンス改革と人事給与」を述べる資料を付けたのだろう.「ガバナンス改革と人事給与」は「将来像・概要」の「今後の改革の進め方」の第1項として出ている.件の資料はその第1項の資料編のようなものである.

 ではこの「将来像」の中で国大協は何を考えていたであろうか? ざっと眺めたところ,その現状維持志向の強さに私は驚いた.

 第1は「反統合」志向である.「全都道府県に少なくとも1つの国立大学」という「原則」を繰り返す.「全都道府県に…文系・理系にわたる幅広い分野の高度な教育研究機能を有する国立大学(キャンパス)を置くという基本原則は堅持すべき」と言っているから,県境を超えた分野の移動もダメだろう.
 アンブレラを想定した箇所もあるのであるが,枕詞のように「全都道府県に独立性・自律性を持った国立大学(キャンパス)を維持しつつも」という表現が入る.国大協が想定する(主張する)アンブレラ方式とは,単なる調整機能を入れた連合体ではないか,という気がする.
 国大協は一方で次の認識を述べ,大学間の統合の合理性は理解しているように見える.
《国立大学の1大学当たりの規模は、諸外国の有力大学と比較すると小さい。スケールメリットを生かした資源の有効活用や教育研究の高度化・シナジー効果を生み出すためには、規模を拡大して経営基盤を強化することを検討する必要がある。
  …
そのためには、複数の大学を統合することも1つの方策であるが、》

「1つの方策であるが、」の後に,特色が失われる,小さいことにメリットがある,全都道府県に国立大学を置くという原則,と並べて,結局は統合を否定するのである.

 第2は規模縮小の拒否である.「国立大学全体の規模は、…少なくとも現状程度を維持」であり,大学院規模は「拡充」をうたう.「学部の規模については縮小も検討する必要があるが」という文言が本文には入るが概要では削られている.総合的には「現状よりやや拡大」といいたいのだろう.
 細かいことであるが,附属病院及び附置研究所について「国立大学法人の独立した事業部門としての位置付けをより明確にするなどの方策についても検討する」とあるのは面白い.病院で赤字を出しても大学本体に影響がないようにしてくれ,ということであろうか? また,付属学校については「教員養成大学・学部の機能強化につながるように、その組織・運営形態を含めた適切な制度設計を検討する」とあるから,手放さないのだろう.
 この「将来像」を眺める限り,国大協は文科省の言うことは丸呑みしている.そのように見せながら,可能な限り変化には抵抗しているのが,今の国大協の姿である.国大協は文科省管轄組織の業界団体であるから,仕方ないのだろう.

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再びの文科省局長の逮捕

 先日,文科省局長の逮捕というニュースがあった.選定過程がどうなのよ,という気持ちが私にあったので,ああやっぱり,と思った.
 けれども,その後の展開を見ると,実際がどうなのか,疑問が湧いてきた.

 ニュースがあった次の日くらいに,問題の大学は東京医大であるというニュースが出た.新宿御苑の近くの大学ですよね.早慶などの大手私大なら嬉しかったが,東京医大ではがっかりである.東京医大だと可哀そうな気がする.たぶん世間ずれしていない大学の甘さが出たのだろう.大手私大はそんな素人ではない.
 問題の私立大学研究ブランディング事業のサイトを見てみたが,配分される金額が小さく,しかも明らかにバラマキの事業である.東京医大なら選定されて何の不思議もない.しかし東京医大は申請慣れしていなかったのかもしれない.大手私大なら,いろんな業者を入れて通りやすい申請書を作り上げるだろうが,東京医大は(埼玉大学も),世間ずれしておらず,そんなノウハウはなかったかもしれない.

 その東京医大側では,理事長と学長が「犯行」を「自供」しているような話がすぐに出てきた.だからそれらしい事実はあっただろう.

 しかしそこから先の話がなかなか出なかった.
 問題は逮捕された(元)局長さんが選定過程で何をしたか,である.事業を扱っているのは高等教育局であり,元局長さんは別の局の局長であるから,選定作業にはかかわれそうにない.また,選定は学者による選定委員会や審査部会のようなものを経るはずであり,元局長さんが「これ選んで」と働きかけるには,かなり多くの委員を動かす必要がある.事実上無理のように思う.
 ニュースを見ていると,選定過程に介入したのではなく,申請書の書き方を指南した,というニュアンスの記事がある.まあ,別の局とはいえ,文科省の職員が文科省への申請書の書き方を指南したとすれば不適切なのかも知れない.でも,それでは単なる「不適切」でしかないだろう.
 実はこのような裏の仕組みがあって選定作業が歪められているんですよ,というのが分かれば面白かったが,この件,下らない話に過ぎないような気がしてきた.
 懸念は,それでも,あちこちで可哀そうな人が出るだろうな,ということである.

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年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか?

 年俸制が持つ意味はこの何年かで変わって来たように思う.もともと年俸制が主張されたときには,ノーベル賞級の研究者を海外から呼ぶには年俸制で給与を高くしないと無理だ,という言い方だったと記憶している.しかし今は,一般の教員への成果主義を強める方策として語られる.私には,「成果を出しましょう」ではなく,「成果を出さないでいいけど,給与を下げていいよね」という話,つまり給与カットの話になってしまうように感じている.

■年俸制の拡大適用が日程にのぼるかも知れない
 少し前の記載(「芸がなかった国大協」)で書いたように,その年俸制を国大協は推進するという立場を表明している.むろん資料自体は「これまで着実に進捗させた」といっているだけであるが,公表した意味合いとしては「これからも拡大します」になる.だから,はた目には年俸制の拡大実施を期待されているかどうかわからぬ埼玉大学でも,年俸制拡大の検討をすることになるかも知れない.
 年俸制が現状の国立大学でそれほど普及していないのは,従来の年俸制の作りにおいて給与額の中に退職手当分が含まれることによる.退職手当分先払いの財源を要する,ということである.これまでは,年俸制導入促進経費として,退職手当分の補助が国から出ていた.が,その補助が今後も出るかどうか,分からない,というのが,大学執行部から数年前に私が受けた説明だった.退職した私は,補助が続くかどうか,その情報は持っていない.
 総合科学技術・イノベーション会議の資料を見ると,詳しくは分からないが,退職手当の前払を伴わない年俸制が提起されているようである(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui039/siryo1-1.pdf).
 退職手当分の補助が出るか(年俸制適用者の比率が上がれば補助は出ないような気がする),出なくても退職手当の前払を伴わなくなれば,年俸制導入を抑制する直接的な要因はなくなるはずである.

■従来は困難が生じない範囲で年俸制が導入されていた
 これまでは(少なくとも埼大では)年俸制によって困難な問題は起きていないと思う.もともと適用される教員数が少ない.また,年俸制のこれまでの仕組みが従来の月給制と大きく変わる訳ではなかった.月給制と同じように号給を規定しているし(ただし月給制のような「級」はない),付くべき手当も同じだろう.給与の要素の一部に名称の相違はあるけれども,似ている.実際,(学部長当時)私がある件で人事課と個別案件を協議したときも,年俸の給与が月給制だとどの号給に対応するかは分かるようになっていた.だから現状で言えば,運用にもよるが,月給制と年俸制という2つの給与体系がある,というよりは,年俸制という名の「変形月給制」があるといった方がよいように思う.
 年俸制に対する懸念は,運用によっては給与額が不安定になる可能性があることである.ただしこれまでは,(当初からの継承教員では)月給制でも評価が高くなる方しか年俸制になっておらず,年俸制でも高い給与になるはずである.ほとんど,お願いして年俸制になってもらったのだから,それ以外にしようがない.給与の決定は相対評価ではなく絶対評価の建前になっているから横の競争はない.
 従来の月給制の特徴は,毎年,一定の号給の上昇が組み込まれている点である.よほどのことがない限り,基本給が下がることはなく,ある程度は上がる(シニア教員は上がり方が小さくなるが).つまり勤続年数がプラスに働く.年俸制の場合,理念的には,高い成果を上げれば給与が上がり,次に同じだけの高い成果が上がらなければ給与は下がる,ということになるだろう.ただここまでの年俸制の場合,同じ成果なら月給制のように号給は上がるし,事実上勤続年数のプラスは出すように運用しているはずである.
 つまり,年俸制を部分導入したけれど,年俸制に移った方には給与上の損失は出さないようにしているはずである.

■年俸制の拡大実施は難しい
 ただ,年俸制のこの無難な結果は,適用人数が少ないことを前提にしている.全員が良好な評価で給与も良い,という結果がもたらす財政負担が全体の予算の中で吸収できる範囲だったからである.もし多くの教員が年俸制に移った場合,誰かの給与を上げるためには下げる教員を出さざるを得ないだろう.
 たぶん,今の月給制のような手法で給与の増減を決めるしかなくなるように思う.
 現状の月給制では,原則,全員が一定の(小さいけれど)号給上昇がある.それより昇給幅が大きい2つの昇給があり,その昇給をA昇給とB昇給(A>B)と呼んでおこう.これまで,部局には教授と准教授以下の2クラスについて,教員数比例で,A昇給とB昇給の人数が割り当てられた.教員活動評価に基づいて,部局の上層部がA・B昇給に誰が該当するかを決めている.これと同じように,年俸制の場合,昇給枠と減給枠の配分が行われ,実績に基づいて誰が昇給,減給に該当するかを決めるしかないように思う.
 ここで「部局」と書いたが,「分野」ないし「部署」かも知れない.しかし,研究だけで給与を決めるなら「分野」でよいが,そういう訳でもないだろうから,私は「部局」になるように思う.
 部局ないし分野によっては,「我々は全体としてパフォーマンスが高いので,昇給枠をもっとよこせ」という要求もあるかも知れない.が,そのような要求を通していると収拾はつきにくいだろう.結局は部局割にするしかないように思う.
 これまでの月給制では,昇給幅は小さかった.しかも,全員が勤続年数加味で昇給するなかでも,少し多い昇給,ということだった.だから問題は生じなかった.しかし年俸制で金額の上下が大きく,しかも「減」があるとすると,まあ難しいだろうな,と思う.
 教員評価の方法についても,例えば教養学部の現在の評価方式は(他部局より優れていると私は思うが),分野による差異を考慮していない.評価結果の差が大きいとなると,評価の方法をどうするか,話は難しくなるように思う.
 年俸制で厳しい結果になることがあり得る状況になり,かつ年俸制適用者が増えた段階で,月給制も従来のまま,という訳にはいかないだろう.成果給部分の比率が拡大するように思う.

■しかも年俸制は今のままとは限らない
 前項で書いたのは,今の「変形月給制」のような年俸制でも,拡大実施は難しい,ということだった.が,そういう温い年俸制のままかどうかが,まさに問題である.
 上で引用した総合科学技術・イノベーション会議の資料(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui039/siryo1-1.pdf)には,詳しくは分からないが,今後の年俸制の,資料作成者なりの考えが記されている.たぶん,単なる個人的な考えではないだろう.要点を箇条書きで拾うと次のごとくである.

1) 退職手当の前払いを伴わない
2) 在職期間の長期化により処遇が有利にならない
3) 基本給を減らす(業績給の増減でメリハリをつける)
4) 退職手当の見直し
5) (国家公務員の定年の引き上げに関する検討動向等を反映した)給与水準の見直し

 1)は,年俸制導入を容易にする条件であることは上述の通りである.2)が厳しい.2)を厳格に考えれば,従来の月給制のような定期的な昇給はない,ということである.たぶん,業績が最も高まる中年で給与はピークになり,それ以降は下がって行く,ということになりそうに思える.3)は,4)とともに,退職手当減になりかねない.まあ,どのみち,退職手当は落ちてゆくだろう.5)については,65歳まで公務員の定年を伸ばす話と思う.その際,給与水準は下がるだろう.その下がった給与水準に大学教員の給与水準を合わせる,ということであろうと思う.何れも,暗い話である.

■避けて通りたい年俸制
 年俸制の問題は,単に月給制か年俸制かという問題ではなくなるように見える.前項のように,年俸制といって導入を目指すのは,全般的な給与体系の変化のように思える.たぶんもう少し経つと,学長が「これやりましょう」といえば大学としてはそれで決まることになるかも知れない.以前は部局の教授会が教員を保護したが,そういう時代は終わろうとしている.
 だから重要になるのは組合だろう,と以前から思っている.組合と大学執行部が話し合って,新たな給与体系を模索してゆくしかない.
 私個人は,退職したからどちらでもよいのであるが,年俸制の拡大実施はやめた方がよいと思う.年俸制は教員個人にとり給与水準の不確実性を高める.つまり,月給制と年俸制で給与水準の期待値が同じだとしても,年俸制の下ではリスクプレミアム分だけ,給与の評価は低くなるのである.仮に国立大学が年俸制をとり私大が月給制だとすれば,給与水準の平均が両者で同じでも,教員は私大の方に逃げてゆく.
 給与の在り方をどうするかは大学のミッションに応じて決めてよいように思う.もし埼玉大学が研究中心の大学であり,研究成果を高めることが重要であるなら,厳しい年俸制で高い研究成果を目指し,シニア教員や成果の低い教員の減給分で若手研究者を雇用して研究成果を上げればよい.しかしそれ以外の在り方で規定するなら,現状の月給制に近い給与体系がよいように思える.

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文科省局長の逮捕

 私のiPadアプリで「文科省局長の逮捕」というNHKニュースが速報として入った.どれどれ,と思ってネットのニュースサイトを見た.記事として出たのは日経が一番早かったように思う.
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32602150U8A700C1CC1000/
 東京地検特捜部に逮捕されたのは文部科学省科学技術・学術政策局長の〇〇〇氏という方である.局長ですから,相当偉いわけでしょうね.記事によると,「2017年5月、私立大学の関係者から同省の支援事業の対象に選定されるよう依頼を受けた。」まあ,あるに決まっていることですよね.何の支援事業とは言わず.それで,「見返りとして、18年2月、この大学の入試で、自分の子供の点数を加算させ、合格させた疑いが持たれている。」という.その合格が賄賂にあたるので受託収賄容疑で逮捕,ということらしい.
 有罪になった訳ではないので,今の段階では推定無罪で考えるのが正しいのだろう.ただ,そういっては申し訳ないけれど,この「逮捕」は社会にとって幸運と思う.何とは言わず,支援事業の選定がおかしいことは,選定結果を見ればすぐに気づく.しかし,普通そんなアホなことはしないから表面には出ない.でもこの方の場合,人間的な,あまりに人間的な,親バカだったんでしょうね.だから実態が表面化できたことは,世の中には良かった.
 

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芸がなかった国大協

 興味があって国大協のサイトを眺めていたら,今年(2018年)の5/22に国公立大学振興議員連盟の第12回総会があった旨のお知らせが出ていた.国公立大学振興議員連盟とは,3年くらい前にできた議連(議員連盟)であり,昔風に言えば文教族議員の集まりである.この議連には国大協は以前から要望を伝えているようであり,昨年のお知らせでは,国立大学への交付金の増額を決議してもらっている.大学のやりくりも奇麗ごとではないのだな,とつくづく思う.
 その5/22の総会のお知らせページ(http://www.janu.jp/news/whatsnew/20180522-wnew-giren.html)は,国大協が出した資料を掲載している.ちょっと見てみた.その資料3が「国立大学の改革の方向性」という題である.基本的に交付金増額(と寄付に関する税制改正)を要望しているが,国立大学がこんな改革をします,といって理解を求めている.
 その資料3の中身を見て最初に,予算を獲得するために国大協も踏み込んだな,という印象を抱いた.ガバナンス改革と人事給与改革の2つのWGを設置し,改革を進めますと言っているのである.今の段階でいろんな官庁が国立大学に求めている2つのことを,まさに書いている.この2点について,進めることのコミットメントを表明しているということだろう.
 だが中身を見るといくぶん感想は変わった.中身的にはまったく踏み込んでいない.

 まずガバナンス改革であるが,1法人複数大学制度(いわゆるアンブレラ方式)を創設します,というのが最初である.だが制度の創設は文科省の仕事であり,国大協が言うならその制度を利用して何をしますの話でなければならないだろう.その他は,理事が増やせれば外部理事も入れますとか,経営のための研修をします,といった程度である.経営協議会や監事の記述などは,現状を書いているだけのように思う.
 人事給与マネジメントについては,適正な業績評価と処遇への反映,年俸制の拡大,クロスアポイントメント制度,財源の多様化といったことであり,「これからやります」ではなく「これまで頑張ってきました」の資料になっている.
 感想としては,この会議で(口頭は分からないが)文書で示した国大協の立場は,昨今の米朝協議における北朝鮮の立場と似ている.改革をしますというコミットメントを示したことは確かであるが,具体的目標やプランを示さない.WGを設置して半年になるのだからもう少し策があってよいように思うが,WGというのはポンチ絵を作ることが仕事なのかも知れない.
 資料を作ったのは国大協ではなく文科省ではないか,と思うほどである.国大協は文科省所管組織の業界団体であるから,こんなものなのかも知れない.
 判断は人によるだろうけれども,「今まで通りにやりたい,金をくれ」だけが国大協のメッセージなのだろうと私は受け取った.大学の見識としてはトホホである.
 
 退職した私は特に注意して大学の動向を調べている訳ではない.が,ニュースサイトを見ると国立大学の記事は結構多く,記事を見てしまうと多少はネットで検索してみる.その程度で言うに過ぎないが,現状で国立大学について意見の発信源になっているのは内閣府であるようだ(以前なら規制改革系の会議が発信していた).現政権が官邸主導であり,かつ,有難くも,大学(特に理工系が強い国立大学)を成長戦略と結び付けて重視しているためだろう.財務省の意見が強かった民主党政権時代は削減一方であったが,国家戦略としての成長戦略との関係で,やりようによっては,国立大学にはお金が降りる余地が今はあるように見える.
 内閣府に総合科学技術・イノベーション会議なる会議体があり,イノヴェーションの一環として大学への言及も多いようである.ある資料(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui034/siryo1-4.pdf)では,内閣府と文科省が連携して(おそらく,実際は内閣府が文科省を引っ張って)大学の経営改革支援をしているように書いてある(おそらく,文科省は有難くないだろう).こうした資料にあるような構想を,なぜ国大協が出せないのであろうか?

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北海道3国立大の統合

 本日(6/23),日経のニュースサイトに「国立大再編、陰に文科省 北海道3大学が統合へ合意」という記事が載っていた.3大学とは,小樽商科大学,帯広畜産大学,北見工業大学である.この3大学の統合話は以前にもニュースに出ている.日経サイトを検索してみると,5/24と5/29にも記事があった.だから今回は3度目である.しつこいなぁ,と感じた.
 今回の記事を見ると,取材によって「実績を出したい文部科学省の存在が浮かぶ。」という点が新たにわかったことのようである.
 日経の記事で「実績を出したい文部科学省の存在が浮かぶ」としている根拠は,3月下旬に3大学の事務局長が文科省に「たまたま」呼ばれ,そこから協議が短期間でまとまったことである.3大学は今年度の「国立大学経営改革促進事業」に応募することを前提に動いているようなので,事業の公募前から文科省に呼び込まれた格好である.否応はなかったのかも知れない.

 この3大学の統合記事を最初に見たとき,私が感じたのは「最も意味のないパタンの統合ではないか?」ということである.分野が異なる大学を一緒にすることに何の意味があるのか,私には分からない.
 私の考えでは,統合の最大の意味は同じ分野の研究者の層を厚くすることである.層を厚くして初めて弱小大学は存在感を持てる.そういうと生々しいが,例えば埼大と群大の統合であれば,教育学部と工学部は重複しているし,群大には理学分野もあるので,これらの3分野は強化できる.文系にも重複はある.重複部分は,余分なら整理して新たな展開の原資にできる.しかし今回の3大学については,5/29の記事に「各大学の自主・自律性の確保と教職員数の維持を宣言している」とあるから,それぞれの分野が横に並んで若干の連携をする程度だろう.事務部門の経費節減以外は大した意味はないように思える. それでも,文科省的にはこの統合には意味があるだろう.
 第1に,日程を決めたアンブレラ統合の皮切りができることであり,アンブレラを可能にする国立大学法人法の改正に抵抗がなくなることである.
 第2に,おそらくであるが,「国立大学経営改革促進事業」に応募するからには,かなりの程度の「マネジメント改革」を入れ込むことは余儀なくされるだろう.

 今年度の「国立大学経営改革促進事業」とは,平成25年度に埼玉大学が採択された国立大学改革強化推進補助金選定事業の後継のようである.「改革」の力点が,教育改革や研究力から経営=マネジメントに移ってきている印象がある.
 時期的に埼大も応募するかも知れないな,と思う.埼大の場合,応募するなら「①地域イノベーションの創出等に取り組む国立大学法人」の枠である.公募要項には,「大学間連携を通じた、教育研究等の強み・特色の強化やシナジー効果の創出、経営基盤の強化、業務の集約化等を図る取組」ということになる.まず,何らかの「大学間連携」を入れないといけない.また,かなりのマネジメント改革(おそらく人事給与マネジメント改革)を入れないといけないだろう.研究力強化,という筋にするなら,若手研究者雇用のためにシニア教員の給与カットという展開もあるかも知れない.下手すると毒饅頭になるが,そこをやるかどうかだろう(といっても,何れにせよ判断は既に出ているはずである).

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経団連の提言

 ネットでニュースサイトを観ていると,一昨日(6/13),日経と産経のサイトに経団連が大学に関する提言をしたというニュースが載った.
 日経の方はタイトルが「経団連、大学の再編・統合を提言 省庁横断会議で」である.日経は「再編・統合」を主要キーワードとしている.「国立大学についてはひとつの国立大学法人が複数の大学を運営できるよう法改正すべきだ」というのがポイントらしい.
 産経の記事のタイトルは「『国立大の数を適正に』経団連が提言」である.「数を適正」というのは,潰すのではなく(アンブレラ型の)統合であるから,趣旨は日経の記事と一致する.
 ただ,日経の方は「全体構想をつくる省庁横断型の会議体の設置を提案した。」とある.産経では中教審などへの案の提出を考えているような書き方だった.今の政府の作法からすると,文科省系の会議への信頼が低いから,日経の方の「省庁横断型の会議体の設置」が本命なのではないか,という気がする.
 ちなみに,内閣府には「総合科学技術・イノベーション会議」という省庁横断的な会議体が既にある.同会議では「大学改革」もテーマに取り上げている.例えば,大学教員に年俸制を拡大し,シニア教員の業績給比率を上げて,業績の低いシニア教員の給与を若手の採用に振り向けるような提案が出ている.
 
 話を戻そう.経団連が言っているのは国立大学の質的な向上であり,統合によって経営基盤を強化する,というのが趣旨であるようだ.そのための(アンブレラ型の)統合である.
 印象としては,経団連はやはり国立大学に関心があるように思える.少なくとも理工系の研究実績からすると,国立大学が圧倒的に強いからである.だから経団連は国立大学を重要と考えており,その重要な国立大学の強化のために統合を発想しているように思える.企業や銀行が生き残りのための統合してきた経過を考えると,その発想は自然だろう.
 私も統合は必然と思う.その必然性を再認識したひとつのエピソードは電子ジャーナルの件である.私が学部長だった頃から,埼大の予算の中で電子ジャーナル費用が占める割合の大きさが問題と認識されていた.私が学部長を辞めて在職の最後の年には,経費を低くする形で電子ジャーナルを維持することが決まったように教授会では伺った.しかし,大学で電子ジャーナルの存続が議題になるのは,たぶん笑話である.ない訳にはいかない.問題は,埼大程度の規模で電子ジャーナルを維持することが予算上は苦しい点だろう.この一事をもってして,(予算)規模の拡大を考えるしかないように思えた.

 ニュースサイトが今回伝える提案が何か文書になっているかとググってみたが,見つからなかった.まあこれからなのだろう.しかし,経団連のサイトを見ると,大学改革に関する以前からの提言が載っている.ざっと眺めたところ,全般としては文科省と同じようなことを言っていると感じた.ただし,方向性の表現としては,あれもこれもと入れ込む文科省に比べてポイントがハッキリしている.目指す方向は2つ,イノヴェーションとグローバルである.方向性がこの2つであることは,実は埼玉大学が表明しているプランともそんなに違わない.埼玉大学はもう少しキッパリと,経団連の考えに合わせて見せてもよいのかも知れない,と思う.

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東大も京大も地盤沈下,とか

 2018.06.04 の日経サイトに「東大も京大も地盤沈下 データで見る大学の研究力」という記事が載っていた.このブログでも時折触れるが,日経は日本の大学の研究力低下をテーマに,定期的に記事を出している.研究力は国力・産業力の基盤であるから,日経が関心を示すのは当然だろう.ただし以前の記事は,その記事だけを見ると論拠は曖昧である.今回の記事は今までの記事より「進化」したような印象を与える.
 この記事は国内外の209の大学(国外112,国内97)の「調査」を元にしている.2002-2006年と2012-2016年を比較している.指標は「論文数」と「論文の質」(引用数),「生産性」(研究者1人当たりの高引用論文数)である.この「調査」の利点と思えるのは,前に「国立大学の研究力」というこのブログの記載で引用した,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書にも載っていなかった,研究者1人当たりの高引用論文数を扱っている点だろう.文章が例によって短いのは,新聞記事だから仕方ない.
 主な論点は次のようである.
1) 東大も京大も国際的に地盤沈下した.
2) 特にアジアの大学に抜かれている.
3) 2012-2016年の研究の質で見ると,国内では,旧帝大を押しのけて首都大学東京が1位,信州大学が3位である.

 いくつか,感想を述べてみる.
 まず上記の1)と2)は,大学関係者にとっては常識であるから,たぶん誰も驚かない.事実そのものを争う必要はないと思う.
 ただ,やはりこの記事だけだと「わかんないねぇ」が私の感想である.
 第1に,どの分野を扱っているかが分からない.全部入れているのか,文系も入るのか? 大学ごとの分野構成の違い(論文が多い領域と少ない領域があるはず)は考慮に入っているか? 上位10%といった記載があるので,分野別に見ないといけない気もするのだが.
 第2に,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書では,論文数を整数カウント,分数カウント,研究中心者カウント,などで分けて分析している.が,この分析の論文数とは何を指すかが分からない.単に整数カウントで行くと,共著者数の多い論文で数が稼げるし,研究の中で金魚のフンにような著者が多い大学(有力大学の植民地のような大学)で論文数が多くなる.
 第3に,日本の大学と海外の大学を散布図のドットで示して,日本の大学が後れを取っていることを強調している.が,海外の112大学は何れも有力大学であり,国内で97大学といえば,おそらく埼玉大学も入っている.それで比較したら日本の大学が集団としてダメだという図になるに決まっている.素朴な印象操作である.
 第4の問題は,指標の「生産性」を求めるのに大学ごとの研究者数を得ていないといけないのであるが,「研究者数は発表する学術論文の著者数から推計した」とある.これ,何だろう? 
 科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書でも研究者1人当たりの論文数は分析していない.その理由は,研究者数をどのようにカウントするかが難しいからだろう,と思う.たぶん大学が問合せを受けても,返事に困るだろう.理学部物理学科におられる先生方であれば問題なく物理学の研究者でカウントできる.しかし,まあ例えば,怒られると思うが,教育学部におられる理系の先生を例えば「化学」に入れるのか,といった点は,大学で判断しても迷うような気がする.
 分野が何かの判断は,所属学科というよりは,どの分野で科研費を申請するかによるだろう.しかし申請先は一定でもないだろう.
 こうした問題があるので,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書でも研究者1人当たりの論文数は分析しなかったのではないか,と想像する.
 研究者推定の独立変数は「学術論文の著者数」しかないのであるから,論文著者数比例しか推定値はないだろう.だとすると,理論上は,あまり論文を書いていない研究者が多い大学で高引用論文の実績が少し出ると,「質が高い」ことになってしまう(あくまで理論上は).
 科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書では,国内大学について,論文数で大学による違いが大きいことが表れていた.だから,著者数で研究者数を推定して求めた「研究の質」は,論文数が少ない大学で分母が小さいはずなので,ランクの低い大学で「質が高い」ことになる可能性もある.
 そこで上記の3)である.首都大学東京や信州大学は,立派に質が高いとは思うけれど,国内でそんなに上位になるのであろうか?
 2002-2006年の質の国内20大学のリストを見ると,名古屋大学を抑えて9位に奈良女子大が入っている.筑波大学を抑えて奈良教育大学が12位に入っている.奈良女子大や奈良教育大学って,分野は何なんでしょね?
 2012-2016年の質の国内比較では,東大を抑えて首都大学東京が1位,京大を抑えて信州大学が3位,神戸大学や九大を抑えて高知大学が13位なんですね.おかしい,とは言わないけれど,この結果,測定値として不安定ではないか?
 まあたぶん,旧帝以外で頑張っていることを示すためにこの結果を,善意で出してくださったとは思うのです.が,何かトリッキーな数字なんじゃないの,という印象は残ってしまう.
 同じ日の日経記事で,「土壌を鍛えろ(1) 日本の大学 痩せる『知』」という記事もあった.中身は似ている.こちらの方でも首都大学東京が良い,といって,「超電導物質の研究で成果を上げた34歳の准教授を学内に4人しかいない先導研究者に認定」という例を示している.ただ,それくらいなら埼玉大学にもありません? それに,例示が根拠になると思うのは,ド文系の悪い癖である.

 研究力の件で目にした日経の記事や東洋経済の記事の主張は,地方国立大学にとっては有難い.要するに旧帝以外に金をつけろ,といってくださっている所がある.ただ,地方国立大学に限って交付金を増やすという理屈が立つとも思えない.競争的な研究費配分の原則を歪めて地方国大に金を付ける訳にもいかないだろう.だから,この日経のような主張で地方国大が救われる,というシナリオはないような気がする.
 むろん,研究基盤の設備を調査すれば,地方国大の基盤的設備が劣っているという結果は出るような気がする.その種の主張で基盤の整備を求めるという筋はありそうに思える(そんなことはもうやっているか?).

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ASUJとのダブルディグリープログラム

 先日の24日に教養学部の宮田先生から,前日(5/23)にアーカンソー州立大ジョーンズボロ校(以下ASUJ)とのダブル・ディグリー・プログラム(以下DDP)の協定の,両学長による調印式があった,との連絡を頂いた.それは良かったとの返事を差し上げた.
 ASUJとのDDPは,私が2度目に学部長になった2014年にASUJ側に申し入れをして作業を開始したことである.この申し入れは最初にNCN代表の堀氏(埼大卒業生)を介して行った.その年のうちにASUJの国際担当のディレクターであるThillaさん(Dr. Thilla Sivakumaran)との接触が始まった.宮田先生が埼大側(教養学部側)の担当としてThillaさんとの接触を続け,ASUJにも直接足を運んで頂いた.昨年度まで事務長だった高松さんには規程作成を含め,事務方の一切の取り仕切りをお願いしていた.学長には早いうちから賛同を頂いていたし,私が学部長を辞めてからも教養学部執行部にはバックアップを頂いていた.私がいうことでもないだろうが,お世話になった方々のことを書いてゆくと切りがない.またこの間の経緯のあれこれについて書くと長くなり過ぎるので止める.

 ASUJとの間でDDP協定を結んだことは必然性があったろう.この10年間,教養学部生の留学・海外派遣先として最も多かったのはASUJであったと思う.サマープログラムやインターンシップでの交流もあった.DDPそれ自体もある程度重要とは思うが,この協定は交流実績がある中で打ち立てた記念碑という意味もあるだろう.また,この間に教養学部のグローバルの水準が上がったことの記念碑ともいえる.グローバルの水準が上がったとは,英語による科目を増やし,コースナンバーなどのシステムを整理してきたこと,などを指す.同時に,この協定は,(分かりにくいと思うが)教養学部が発達させてきた海外大学との単位互換方法の集約でもある.

 このDDPは1つの規程として表現されている.しかし実態は4つのサブ・プログラムの複合であり,説明するとやや複雑なのである.埼大からASUJに送り出すプログラムは3つある.5つの専修課程のうちの3つ(グローバル・ガバナンス,現代社会,ヨーロッパ・アメリカ文化)の学生のための留学プログラムである.ASUJからの学生受け入れは,日本・アジア文化専修での受け入れであり,日本文化研究に関する英語授業を履修することが中心になる.

 実は教養学部は,DDPを作り難い学部である.DDPの例が多いのは,たぶん,経営学(Business)分野と思う.経営の場合,日本側に経営学部ないし経営学科があり,海外にもBusinessないしManagementのSchool がある.その間でDDPを結ぶ,というのは,最もよくある協定だろう.理系も簡単かも知れない.例えば理学部の化学科と先方の化学のdepartmentの間で協定を結べばよい.特に理系の場合,双方に似たような科目が並ぶので,カリキュラムの接合にも苦労はない.
 だが教養学部は同様ではない.学部内で専門課程は5つの専修課程に分かれるが,その専修の1つ1つが複合的なのである.現代社会専修が社会学の専門であれば簡単である.が,実際は社会学,メディア・コミュニケーション,人類学,地理学に分かれる.その4つは,ASUJでいえば,1つ1つ別のプログラムになっているから,4つのプログラムないしdepartmentsとの協定になる.それでは実際的には運用できない.教養学部のグローバル・ガバナンス専修は,先方のASUJに国際関係のdetartmentがあれば簡単であるが,グルーバル・ガバナンスの科目は,Political Science,Economics, Business, Law, History, Sociology などに分かれるのである.同じことは教養学部側の(ヨーロッパ・アメリカ専修の)アメリカ研究にも言える.先方にはアメリカ研究に相当する科目は豊富にある.が,それらの科目は,History, Literature, Sociology, Anthropologyなど別々のプログラムの科目なのである.
 そこで,ASUJにある学際研究プログラム(Bachelor of Science in Interdisciplinary Studies Degree Program)との間での協定とすることにした.それならこちら側の専修課程とも接合でき,ASUJから来る学生に日本研究を英語で教える形がとりやすかった.この点が工夫の第1だったろう.

 このプログラムの設計において,私が最初から,最もこだわったのは,「科目の1対1対応を止める」ことだった.実は卒業規程からすると,学生の入学時の履修規程にある科目しか卒業単位にならない,という解釈がある.特に事務方はそう考える.その考え方で進めると,海外で履修した科目を当方の卒業単位に含めるのは,当方の履修規程に載った科目に1対1で対応させる必要がある.そういうDDP規程は世間に結構あるが,美しくない.
 この「1対1対応」は馬鹿げている.それでは海外で履修した科目の名称が公式の成績表に載らない.載るとしても科目の備考欄に入れるようなことになるだろう.それだと何のことか分かりにくい.だけではなく,その1対1の対応表を見ると,対応させるのが不合理な対応が目立つ結果になる.そもそも,1対1対応にこだわるなら,海外との単位互換など諦めるべきである.
 この件,事務長には法規係に相談するようにお願いしていた.DDP規程を学部規程と並べておけば問題はないだろう,という返事だったと記憶している.おかげで,双方の大学にかなり説明しやすいプログラムになったように思う.先方科目の当方での卒業要件の認定は,各課程で特定分類の授業(例えば特定課程の「特論」)として認めることで決めた.むろん,どうしても動かせない必修科目については,元の科目をそのまま取るか,科目の1対1対応をするという原則でまとめた.

 プログラムの設計はジグソーパズルを組むような作業だった.埼大の卒業要件は124単位,ASUJは120単位である.だから244単位を取れば双方の学士号が取れるのであるが,それではDDPを作る意味がない.要するに同じ科目を双方の卒業要件にすることで必要単位を減らす,その設計の作業だった.この作業を,双方の大学の幾多の制約を満たすように行うのである.
 一番困ったのは,教養教育 General Education の単位要件が,埼大で小さく,ASUJで大きい(といっても米国標準)ことだった.特に埼大側の自然科学系の教養科目は,全部とってもASUJの要件を満たせない.埼大側の教養物理学のように,シラバスではねられる科目もある.結局,埼大学生は,数学・自然科学の教養科目は主にASUJで履修する格好にせざるを得なかった.米国大学にとり,教養教育 General Education は学士課程の質保証の中心であり,州政府による管理も厳しい.逆に埼大側の教養教育は貧困すぎる.
 それでも,今回のDDPでは,既存の要件の緩和や妥協は一切しなかった.正攻法を貫いた.結果として,ASUJ学生に比べ,埼大生の必要単位数はかなり増えてしまった.特に課程での要件が厳しいグローバル・ガバナンス学生の必要単位数は増えてしまった.仕方ないだろう.

 私自身は,この設計作業に携わることで,双方のカリキュラムの構造への理解が進んだ.すぐに退職したので,意味なかったが,その経験は伝わるべきだと思う.米国大学の在り方が普遍的とはいえないが,それでも国際通用性,説明力の点では米国の方に理があるように思う.同様の経験が,埼大側のカリキュラムの改善,国際通用性の向上に資するならば,何よりである.

 最後に,どうでもよいことであるが,このDDP協定締結の情報は,埼大ホームページにはニュースとして掲載されたが,教養学部ホームページではまだ載っていない.Facebookページにもまだない.何やっているの?
 ついでにいえば,最近送付された埼大NewsLetterには,外務省の派遣プログラムに採択され,教養学生6名がラオスでさいたま市,日本文化をPRした,との記事が載った.全学のNewsLetterにあるのに,教養学部からは発信はない.
 教養学部では作業が止まっているのだろうか? 予算が吸い上げられて学部では広報ができないトホホ状態なのだろうか? などといろいろ考えた.

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スーパーグローバルのGP

 スーパーグローバルに採択された大学のGP(Good Practice)集を文科省が掲載したのは今年の3月頃であった.
https://www.jsps.go.jp/j-sgu/data/SGUbrochure.pdf
何かの理由で私はその情報を知り,文科省のサイトをちょっと眺めた.そのときの印象は「つまんないことをGPと言っているね」ということだった.
 あらためて,そのGP集のサイトを眺めた.

 GPというのはあくまで取組の一部である.だからそれだけで評価するのはフェアではない.とはいえ,文科省があえてGPというのであるから,文科省的には,各大学の取組の中で良い部分なのだろう,と思う.PG集は上記サイト(pdf)の46頁までである.
 見ながら思うのは次の点である.第1に,オーッといって注目するほどのアイディアはないな,という点.つまり,アイディアは出尽くしている感がある.第2に,まあ,この程度なら,スーパーグローバルからは一括排除された地方国大でも,できるんじゃない,という点である.
 いくつか見てみよう.

 まず最初の事項が「ガバナンス改革」で,そこでいくつかの大学が取り上げられた.
 最初は東工大で,Tokyo Tech アドバイザリーボードを作った,という件.海外有力大学の経営陣に入ってもらって,大学の計画内容について意見を聞く,というものである. まあこれ,海外大学の経営者を呼ぶ時間調整をするのに苦労するのはよく分かる.資料を作るのも手間であるのは分かる.ただ,国際的な学会,カンファレンスを開けるだけの体制があれば(東工大ならあると思うが),それほど苦労はしないだろう.しかも,国立大の親方日の丸はそのままで,意見をうかがうだけでしょ.ガバナンス改革という話ではないでしょう.そのボードに経営権を委ねるなら別ですが(そんなこと文科省が許す訳ない).
 その次の九大の例も,まあ似たような話のアドバイザリーボード.たぶん,これでゴマ化しましょうと,阿吽の呼吸だったんでしょうね.
 3番目がICUで,「あらゆる大学の構成員を支援する学修・教育センター」というタイトルです.この事項は,埼玉大学も大いに学ぶべきですが,しかしなぜ「ガバナンス改革」なんですかね?
 その次が創価大学で,「英語による学部教授会運営」.これ,オーッと思う方はいるかも知れませんが,そんなオーッではないです.すべての学部教授会が英語ならオーッですが,外国人教員の方が多い国際教養学部だけです.正直,そこなら日本語で教授会をする方が難しいでしょう.
 教授会を英語で,ってのは,昔から,県立の会津大学がそうなんですよね.しかも国際ナントカ学部ではなく,コンピュータ理工学部です.ここは立派なものですよね.

 以下,ちょっと気づいた大学を例にしてみよう.

 慶応大学は「慶応ともだちプログラム(バディ・プログラム)」で,特筆すべきものでもないでしょう.
 立教大学はRikkyo Learning Style,グローバル教養副専攻,Global Liberal Arts Programの3つを並べていますね.ただ,まずRikkyo Learning Styleはグローバルとは別.グローバル教養副専攻は,埼大のGYの方が先んじていたし,先進的.Global Liberal Arts Programは入学定員を伴いますが,定員は20名なので,埼大経済学部の国際枠と同じ.ですから,せいぜい,良くて埼玉大学程度ですよ.
 関西学院大学は,大学院で「国連・外交コース」新設,とありました.でも,副専攻ですから,それなら教養学部でも,必要があればやりますよね.そもそも,「国連」や「外交官」をうたって,関学程度で実績は出せないでしょう(だから必然的に副専攻).埼大でも無理ですが(笑).
 筑波大学は2カ所で取り上げられている.まず「科目ジュークボックス、海外教育研究ユニット招致」.「科目ジュークボックス」は,海外大学の科目を選べるようにしておくことである.この件は画期的ではないけれども,在職中,時間があれば私もやっただろう.最低の要件は学生が留学可能な大学の科目を並べておくことであるけれども,まさかそれだけではないだろう.作業としてやるべきことは少なくとも2つある.1つは,海外の科目の開設時期や受講要件を情報として提供することである.もう1つは,もし履修したとして,所属校のカリキュラムのどのカテゴリーで,何単位で認定するかを事前に決めておくことである.埼大教養学部の場合は,必修がかかった科目カテゴリーでの認定をするようにしていたが,もし「その他の科目」で一括認定するなら,2番目の作業はえらく簡単になる.
 「海外教育研究ユニット招致」というのは,見て笑ってしまいましたね.埼大でやっているLab to Labと同じでしょうね.単位がからむ留学は難しいけど,まあ,これなら,数は稼げるわけですよ.
 筑波の2つ目は「6モジュール2学期制」である.これって,埼大の4学期に,夏休み期間の1タームと,春休み期間の1タームを加えただけである.これで国際交流にプラスであるのはその通りであるが,そんなことなら埼大でも,留学が多いところは同様の措置をとっている.実は千葉大と明治大学も,同様の学期いじりでGPにしている.こんなことが Good Practiceか?

 せこいGPが多い中で,正面から勝負しようとしているのが,東大,京大,東北大,といった,上位大学である.埼大は,やはりこれらにはかなわない.
 しかし,せこいGPをやっている多くのスーパーグローバル大学程度のことは,まあ経営陣がその気になればの話であるが,埼大も伍してやって行けるだろうと思う.
 結局,スーパーグローバル大学というのが非常に臭い話であった訳ですよね.グローバルができるかどうか,ではなく,上位大学と中堅私大にこの名目で金を配ろうとしたのは,明らかです.地方国立大は1校も入らなかった.地方国大は,グローバルではなく,COCでもやっていなはれ,ということなんでしょう.
 文科省による,見識のない大学いじりを何時まで続けるのか,ということを今言っても始まらない.が,埼大はできる範囲でやるべきことをやっておくべきだろう.

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大学歌

 ネットのニュースを眺めていたら,信州大学で大学歌を作ることになり,公募の末,歌詞が決まったと出ていた.私の心は「ふっ,また笑わせてくれるぜ」とつぶやいた.私の心とは自動的思考であり,私自身は制御できない.つまり私であって私でないので,失礼は許して頂きたい.
 で,その信州大学の大学歌の歌詞を検索した.これである.
 フッ,まあ,新設の小学校の校歌のレベルではないか,と私の心はまたつぶやいた.
 田隅学長時代に制定した埼大の校歌の歌詞がこれである.
 あくまでも趣味の問題ですが,埼大の校歌の方がはるかに上ではないか,という気がしますな.
 信州大学の校歌はどこがフッなのか? 私の心は次のような思いを巡らす.
 第1に,信州の歌詞は言葉が平易過ぎる.論文ならそれが望ましいが,校歌となると違うだろう,と思う.
 今のポップス系の歌は,音楽的には上手くなっているのかも知れないけれど,歌詞が馬鹿みたいでしょ.語彙がダメ.それと似ていますね.信州の場合,審査したのが理系の人じゃないでしょうかね.
 第2に,信州の歌では,「羽ばたく」のは大学なんですね.人じゃない.埼大の歌詞では,「蒼天に立つ」のは埼玉大学の人なんですね.そこが違う.まあ,大学を何とかしなきゃいけない,という気持ちが強かったんでしょうね.文科省にいじめられて,大学の外部資金を増やさなきゃいけない,とか,論文引用率を上げないといけない,とか,そんなことばかり考えていて,思わず,「信州大学,はばたけぇ」と叫びたかったんでしょうね.気持ちは分かりますよ.でも,人が輝いてこその大学じゃないですか.
 こう考えると,埼大の校歌は結構良い出来ではないか,という気がします.私の自動的思考は,私の意思とは関係なく,思わず愛校心を出してしまったようです.

 校歌というのは,まあ,たいがいつまんないですよね.私が良いと思って今でもよく聴くのは,アニメの話ですが,ジブリ系の『コクリコ坂から』に出て来る校歌(港南学園)です.これ
 作詞が宮崎駿と宮崎吾朗とかで,まあ,劇中の歌なので片手間に作ったんでしょうが,それでも志の高さが美しい.「未来から吹く風に頭を上げよ」とか「広い世界に正しい時代を作れ」なんて,泣かせますよね.語彙は乏しいですが.
 参考までに,男塾の塾歌がこれですね(笑).
 まあ,あくまで洒落ですから.

 ちなみに,ですが,私が半世紀ほど前に卒業した高校の校歌は次のごとくです.

一、旭輝く日の本の
  光栄ある今日のそのもとは
  義人烈士の功績ぞ
  忠孝仁義の大道を
  貫く至誠あるならば
  天地も為に動きなん

二、世界にきおう列強と
  ならびて進む帝国の
  基礎は堅忍力行ぞ
  花朝月夕つかのまも
  古人に恥じぬ心して
  ゆめ怠るな一千人

 すごいでしょ(何が?).
 でも当時,私を含め,高校の人間が愛していたのは次の応援歌(第2校歌)でした.

一、那珂の流れはいや早く 迷雲とざす水城の
  巷に立てる赤族の 悲壮にさけぶ詩窖子

二、白玉のごと若人の 心は清きほのほなれ
  威き男子の一生は 血潮に燃ゆる歌となる

三、血潮のおどりに眼を閉じて 見よその力は偉大なれ
  立てよ水高健男児 立つべき時は今なるぞ
  立てよ水高健男児 立つべき時は今なるぞ

まあ,男塾の塾歌よりは格調がありましょう.

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大学のマネジメント改革

 2つ前の記載(「大学は壊れるのか?」)で河村小百合という方の日経記事に触れた.その記事は,大学のマネジメント改革の遅れが研究力の停滞をもたらしていると主張している.私は「河村説のようにマネジメント改革をした場合は,日本の研究力は上がるだろう.ただ,それもまた地獄であるような気がする.」と書いた.そう書いたココロをもう少し説明してみよう.

 河村氏の記事で言及されているマネジメント改革とは,人事給与システムの改革であり,具体的な項目としては年俸制があがっている.それ以外のことは事実上,書いていない.では年俸制を大幅導入すると研究力が上がるのか? まあ,上がることは上がると思う.
 理由の第1は,業績の給与反映が高まる訳だから,研究実績は高まるだろう.が,河村氏が言うのは別の理由だろうと思う.
 河村氏は「年功序列型の組織・人事運営が根強く残り、そのしわ寄せが…若手教員に及んでいる。外国人スタッフの登用が進まない状況も同様」としている.要するに年俸制を導入することで,若手や外国人の雇用を増やすことを考えているようだ.そんなことがなぜ可能か?
 文科省による人事給与システム改革の資料がある.あくまでプレゼン資料であるが,表紙の次の頁に「非常に良い取り組み内容の事例」があがっている.その中に次の記載がある.

【人件費管理の取組】(筑波大学)
・シニア教員を年俸制に移行、年俸額を原則7割に抑制し若手教員の採用を促進

予算は一定であるから,首切りをしないのなら,結局,こういうことをするしか,薄くなった若手研究者層を補充する方法はない.従来の月給制のままで給与を下げることは,人事課的には難しいだろう.制度を変えてある範囲の教員の給与を下げ,その分で人を多く雇う,ということしか,考えにくい.上の例はシニア教員だけであるが,成果主義なら成果の低い教職員は理論上,ターゲットになる.
 教員ならたぶん組合の方が詳しいと思うが,継承教員数を超えて新規に雇う人にテニュアを与えることは難しいだろう.退職金の財源は交付金の外側で付けてもらえるが,そのお金は継承教員の分しかもらえないと思う.だから新たに雇えるのは,退職金が低くなる在職期間の教員になるだろう.それでも余計に退職金を払うとなると,他の人の退職金も抑制せざるを得ないかもしれない.確かに,人を多く雇えれば,研究成果は上がるはずである.
 国立大学で今,何故にマネジメント改革が進行しているか,学長権限を強化し部局の力を削ごうとするか,である.私が出席した学長選考会議で学長選考の意向聴取の投票をやらない方がよいと仰った委員の方は,率直に,学長が教員に気を使うようでは,例えばどこかの部局を潰す必要がある場合に学長はそれができなくなる,と発言された.そのご発言は理論上は正しい.経営判断として内部組織の改廃はあることであり,その判断が必要なこともある.だから文句をいうべきとは思わなかった.しかし,これまでにない厳しい状況も,理論上はあるのである.
 今進行しているマネジメント改革は,さらに進むだろう.進んだ時点では,学長に抵抗できる勢力はなくなっている.上位官庁はその学長をコントロールすればよくなる.マネジメント改革が教職員の不利益変更をもたらすとは限らないのであるが,不確実性は残る.
「今後を考えれば,国立大の教職員は組合に入っておいた方がよい.」と私が書いたのはそれ故である.

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国立大学の研究力

 1つ前の記載で国立大学の研究力について考えてみた.で,記載をアップした直後に「トップ大学の強化だけでは限界 日本の研究力向上」という4/8付けの日経の記事が目に入ってきた.
 この記事は,科学技術・学術政策研究所(文科省)がこの3月に公表した報告書「日本の大学システムのアウトプット構造:論文シェアに基づく大学グループ別の論文算出の詳細分析」を受けた記事である.
 その報告書は,日本の大学の(あくまで理系の)研究力に関する,満足のいく分析を提示しているように思えた.
 この報告書では,まず,論文数シェア(分数カウント)が多い順に,大学を4グループに分ける.分数カウントとは,著者3人の論文に1人の著者を出した大学には1/3のカウントがある,と数える.第1グループはトップの4大学(あいうえお順に大阪・京都・東京・東北大学),第2グループはその下の,シェア1%以上の13大学(旧帝:九州・名古屋・北海道,旧六:岡山・金沢・千葉大学,私大:慶応・日本・早稲田大学,その他:神戸・筑波・東工・広島大学),第3グループがシェア1%未満・0.5%以上の27大学(国立18,公立3,私大6),第4グループがシェアが0.5%~0.05%の140大学(国立36,公立19,私大85)に分ける.第3グループは医学部を持つ大学が多いが,そうとも限らない.群馬大学は第3グループに入る.第4グループには埼大が茨城・宇都宮大とともに入る.医学部のある大学もある.4つのグループに入らない大学は,文系大学,例えば一橋や,研究実績がほとんどゼロの大学だろう.
 この4グループは,論文数の総量においてほぼ同じなのである.しかし,上位論文(引用でトップ10%)の数では階層に沿った差が表れ,第4グループは第1グループの半分近くになる.また論文の責任著者カウントでも同様であり,第4グループは合わせて,第1グループの半分近くに落ちる.

 気づいた点,ないし感想を書いてみよう.
 第1に,大学階層間の格差は私が想像していたより大きかった.第1グループの上位4大学で,第4グループの140大学と同数の論文を書いているということは,第1グループの1大学で第4グループの30~40大学分の論文を書いていることになる.しかも,上位論文や責任著者のカウントで見るとその差は大きく広がる.心象としては,第2グループまでに入っていない大学は研究力の点ではゴミのような存在に見える.
 第2に,論文数が減ったとは言っても,それはこの10年くらいの範囲で見ているからであり(この報告書では2003-2005年と2013-2015年の10年間の比較が多い),1982年からの集計では,その間に論文数は3倍くらいに増えている.むろんその間に,国立を含めて大学産業が大きくなったという背景がある.にしても,論文は大勢では増えているのである.
 第3に,10年間の比較で見て,分野による差がある.論文数が大きく低下しているのは「物理」,「材料科学」,「化学」であり,「数学・計算機科学」,「工学」,「基礎生命科学」ではやや減,「環境・地球科学」,「臨床医学」では増えている.
 第4に,大学階層で差が出るのは,単純な論文数ではない.責任著者カウントと上位論文カウントである.この2点について,第3グループと第4グループの国立大で低下が見られ,特に第4グループの国立大で低下が大きい.同じ第4グループでも私大では低下は見られない.要するにこの10年間で,第4グループの国立大は,論文はそこそこ書いているものの,研究の中心からは遠ざかり,研究の質が落ちている,ということのようである.
 第5に,第4グループの国立大で責任著者カウントで低下が大きいのは,大きい順に,材料科学,物理学,工学,化学である.逆に環境・地球科学は上がっている.

 最初に言及した日経の記事では,この報告書の著者が,日本の研究力の確保には「第3,第4グループの底上げが重要」と指摘するとある.が,まさにその表現はこの報告書にはない.あるのは,第3,第4グループの研究活動の低下が第1グループの論文生産にも影響を与える可能性があると,最後の方で指摘する点である.その根拠は,第1グループの論文にも第4グループの研究者が著者として入っていることである.
 ただ,報告書に目を通して私に目立ったのは,各グループとも,責任著者の所在として国立研究開発法人(理研など)が多いこと,海外研究者の比率が高まっていることだろう.集中的な投資をするなら独法の国立研究開発法人かも知れない.また,国際戦略を進める必要性も高そうである.
 第3グループならともかく第4グループは,大学数も多いので,追加投資の対象に選ばれるかという点では疑問が残る.むしろ自然と追加投資の対象になるように,統合などを進めて規模の拡大を図るべきだろうと,以前から思っている.

 この報告書では研究費は分析の対象にしていない.研究費は,特に大学内で措置する分の実態は把握しにくいように思う.教育経費との区別もあいまいさがある.
 一応の数字で研究費を考慮するなら,報告書にある大学階層に沿って研究費の不平等が明らかになるはずである.ただ,「研究費が少ない」ことが「研究成果が少ない」ことの原因であるという因果推論をすべきかどうか,難しいように思う.「研究成果が少ない」ことが「研究費が少ない」ことの原因でもあり得るからである.妥当な推論をするには時系列データを解析するしかない.その種の解析は計量経済学者が一番得意だろう.

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大学は壊れるのか?

 国立大学は財政的に苦しいと言い続けている.法人化の前から言っていたように思うが,特に法人化で交付金が減額されるようになってからは苦しいと言うのが常になった.国立大学一般は分からないが,政府の重点化の対象にならない地方国立大学は苦しいのはよく分かる.教員がその苦しさを実感するようになったのは,人事の制約が増えたことによるだろう.埼大の場合は法人化して早々に大幅削減を決めた.
 さらに,少し前から日本の研究力の低下が指摘されるようになった.私は読んでいないが,Nature に日本の研究力低下の指摘が掲載された,という報道があったのは昨年のことだったと思う.
 今年の初め頃と思うが,日経サイトを観ていると,次のような主張の記事が載った.
1) 法人化により国立大学は交付金が減額された.
2) 競争原理が導入されたため,中堅大学(当然,埼大を含む)が財政的に苦しくなった.
3) その結果,日本の研究力が低下した.

ただ日経の記事(と私が思った記事)を読んで「ん?」と思う所があった.「ん?」だったのは次の点だった.
 第1に,唯一の資料は国際的な論文のシェアなのだが(上位の論文のシェアだったかも知れない),国際的なシェアは,日本のパフォーマンスが維持されていても外国勢の水準が上がれば低下する.そのグラフは,日本が過去と比べて低下しているのか,低下していないのに海外の水準が上がったのか,そこをはっきりさせていない.
 第2に,そのグラフでは,国立大学の法人化が始まる4,5年前が論文生産のピークであり,法人化の時点では既に低下が始まっている.法人化が原因であれば,法人化の数年後から低下が生じるべきではないか? 比較の基準点がたまたま高かったために「低下した」と結論づける誤りは,よくあることである.
 第3に気になったのは,統計として集計された数字が上がるとか下がるといった現象に対する説明は,本来は難しい点である.ふた昔前,米国でSATの点数が下がったという観測があった.その観測に対して研究者が提起した説明(仮説)は数にして80以上あったという.いろんな説明があり得るのである.

 最近になって日経のこの記事を検索したが出てこない.日経だったのは勘違いかも知れない.記憶では,その記事には「詳しくは週刊東洋経済の2/10の号で特集している」と書いてあった.日経であったことが勘違いであるにせよないにせよ,私が記事を見たときに『東洋経済』の2/10の号をAmazonで注文していたのである.
 その『週刊 東洋経済』の2/10の号の特集は「大学が壊れる」と銘打っている.「疲弊する国立大,捨てられる私大」という刺激的な副題がついている.
 『東洋経済』に目を通してみたが,肝心の議論には2頁が割かれているだけだった.文章は15字×62行=約900字に過ぎない.代わりにグラフが多いが,やはり「ん?」と思う.
 まず成果である論文を,グラフによって「科学論文」,「科学研究論文」,単に「論文」と異なった表記をしている.「科学論文」というから,いわゆる理系だろう(文系の場合,日本は国際比較に入り難い).ただ,どの分野の論文か,何を「論文」にカウントしたかが分からない.グラフ間の一貫性があるかも分からない.
 「研究資金は平等から競争原理へ」というタイトルのグラフは,国立大学の運営費交付金のグラフであり,なぜか研究資金自体の図はない.「トップ大学に資金が遍在」というグラフでは,日本が上位大学に集中していることが強調されるけれど,日本の上位大学は規模も大きいから,研究資金は自動的に他大学より大きくなる.規模を統制した(例えば教員1人当たり)のグラフをなぜ載せないのか?
 一番重要な点は,中堅大学が財政的に苦しいために日本の研究力が落ちたとすれば,論文数の低下がその中堅大学で起きていなければならないことだろう.だがそのようなデータは一切示されていない.
 直感的にいえば,中堅大学は研究業績を落としていないのではないか? 金欠だと常にいっている埼大でも,だから論文を書けなくなったという事態が生じているとは思えなかった.苦しい中で論文を書いている,といういうかも知れないが,ほなそのまま頑張りなはれ,という話であろう.
 記事の結論は魅力的であるものの,『東洋経済』の論は根拠が明確とは思えない.

 日経の記事を検索していたら,別の論調の記事にぶつかった.河村小百合(日本総合研究所上席主任研究員)という方が書いた記事で,タイトルが「組織管理改革に遅れ 国立大の研究力低下」である.日本の論文数シェアの低下の同じようなグラフを載せている.
 この記事の主張は『東洋経済』とは逆である.国立大学の研究力低下の原因は運営費交付金の減額ではなく,マネジメント改革の遅れや客観的な評価制度がないことだ,という論旨である.いくつか論点を書いてみよう.
・法人化以降,国立大の運営費交付金は1兆2千億円程度でほぼ横ばい.科研費等の競争的資金は14年度までに倍増し,実際には1千億円程度増えている.科研費の6割強は国立大向けである.自己収入を合わせた収入全体は法人化以降,3千億円程度増加.
・日本の国公私立大向の公的・民間支出額の規模(名目GDP比)は1.5%で,OECD平均(1.6%)と遜色がない.(注:国大協などは公的支出規模の小ささを言っていると思う.)
・多くの国立大が定年延長をしながら給与システムの改革例は少なく,若手教員数はむしろ減っている.年功序列型の組織・人事運営が強く残っている.
・文科省の枠を超えた評価システムが必要だ.
 
 横道の話であるが,この記事の中で,多くの国立大学が定年延長をしたという.「多くの」といっても旧帝の話であろうと思うが,どうか? ただ,旧帝は規模が大きいので影響は大きい.東大の場合は60歳を65歳に上げている.そうなると若手の専任教員は採用しにくくなるだろう.東大の先生が「若手を採用できなくなった」と訴えるのは,悪いのはオメエだろう,という話である.

 話を戻そう.河村小百合氏の論も説得力はあるけれど,この論も妥当性を主張するためのデータを欠いている点では同じだろう.河村氏の主張は日本の研究力が「伸びない」ことの説明にはなるだろうが,「低下した」ことの説明にはならないように思う.
 私が知らぬだけで,実はどこかにちゃんとした説明はあるのかも知れない.ただ私が目にした範囲でいえば,日本の研究力低下に対するすんなりした説明はないように思える.感想に過ぎないが,集計したデータだけではなく,マイクロに,どういう属性の研究者の業績がどれほどであるかのデータがないと,十分な分析はできないだろう.

 私の素人考えで,検討に値するのは次の要因であるように思う.社会現象の多くは,実は人口学的な要因による.
 第1は国立大学にいる研究者の数がどうか,という点である.
 豊田長康という先生(鈴鹿医療科学大学長で,元三重大学長)は以前から研究力低下を論じておられたが,豊田先生の以前の分析では,論文数を説明するほとんど唯一の要因は研究者数だった.当たり前のことで,人が減れば論文も減る.
 下記は内閣府サイトの資料であり,平成に入ってからの国立大学の本務教員数をまとめている.
http://www8.cao.go.jp/cstp/stsonota/katudocyosa/h27/innovation7.pdf
 この資料を信じれば,実は論文シェアのグラフでピークを迎える2000年前後までは国立大学の本務教員数は増加しているのである.その後,本務教員数は,減らないまでも頭打ちになる.が,分野別にみると,教員数が増えているのは「保健」分野だけであり,その他はどこも減っている.要するに,国立大学を含めて大学産業が拡張期にあったときに教員数とともに論文数が増え,その後,教員数とともに論文も減った,というのがあり得るシナリオの1つである.
 さらに上記資料から見えることは,国立大教員の高齢化である.拡張期に教員を多く採用したが,その層がそのまま高齢化する.そして組織規模の伸びが止まれば,若い人を雇えなくなる道理である.しかも上記資料では,時が経つほど,新規採用者に占める若年層の比率が低下する.役人やマスコミ関係者の天下りが多いのだろうか?
 つまり国立大の教員は数が減って高齢化している.なら,論文が減っても仕方ないのではないか? 
 むろん,上記はただの当て推量である.妥当していたとしても,それだけであれほどの研究力の低下は生じないかも知れない.他の要因も加わるのだろう.
 何れにせよ,研究者の個人属性が分かるデータの分析を経ないと,「日本の研究力低下」の原因の推定はできないように思う.

 上記の河村氏の主張については,暇があれば(あるのだが)意見を書いてみたい.河村説のようにマネジメント改革をした場合は,日本の研究力は上がるだろう.ただ,それもまた地獄であるような気がする.
 私は以前からいっていることだが,今後を考えれば,国立大の教職員は組合に入っておいた方がよい.

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THE世界大学ランキング日本版

 ニュースサイトでTimes Higher Education(THE)の世界大学ランキング日本版なるものが出たというニュースが載った.どれどれと思ってネットで見てみた.THEがベネッセと組んでランキングを出したという.THEの本体のランキングとは異なり,この日本版は主に教育面の評価で付けたランキングである.ベネッセが入っているので,どうせ,実態はベネッセがやっているようなものだろう.教育ランキングであるので,ベネッセのお客さんが悪い評価にはならないように作ってあるに決まっている.研究の比重を高めると話は変わって来るように思う.

THE世界大学ランキング日本版

 ランキングの中身を見ると,受験産業の評価と同じかな,という気がする.THEは名義貸しで儲けただけではないか?
 埼大がどこにいるかと探した.埼大は70位だった.
 この70位という順位をどう思うかだろう.埼大関係者は「不当に低い」と思うかも知れない.私は「まあこんなところ」と思った.悪くはない.似たようなランクの大学をリストアップすると図のごとくである.
 埼大は大学規模の割に学生数が多い.だからこの評価指標では悪くなる可能性があるが,この辺で落ち着いている.良いとは言わずとも悪くない.
 研究が評価に入れば高まるかも知れない.しかし研究を入れると医学部のある大学のランクが上がるので,有利か不利かは分からない.

 全国でこれだけ大学がある.国立大学だけでも上位校の数は多い.有名私大も沢山ある.その中で70位なら,悪くない.面白いことに,北関東の群馬,宇都宮,茨城大学と埼大とは,仲良く,同じような順位で並んでいる.この点もリアリティだろう(指標の取り方では群馬大学が上がる).
 楽観的に考える私は,「今後良いことがありそうな位置」にいるのではないか,という気がしている.1


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名古屋大学・岐阜大学の統合協議

 先日,名古屋大学と岐阜大学が経営統合の協議に入る,とメディアが一斉に伝えた.実現すればアンブレラ方式の最初の例になる.その2大学が一緒になるだけで,学生数では京大を抜いて国内3位になるらしい.私の限られた見聞からすれば,後から少なくとも三重大学は入るだろう.もし名古屋工業大学も入れば,かなりのことになる.
 名古屋大学は既に指定国立大学法人に決まったという.だからこの統合で狙うのは,当然,世界である.この状況では,名古屋大学に求心力が働く.だから話が進んで不思議はない.
 東海地方は経営統合が最も生じやすい地域であると思う.その機運が前からあったからである.私の当てにならない知識では,その次に機運があるのは九州だろう.中心はむろん九大である.その次をあえて推量であげれば,四国と北東北であろうと思う.ただ,旧帝大が入らないので,どこを中心に動くか,動けるかに不安はある.

 これまで,苦しい国立大学の立て直しは手詰まりだった.各国立大学は政府の補助金を狙うしかなかった.埼大が得た機能強化の予算もそうである.ただあの種の補助金が何になったのか? あの種の補助金で行った「改革」は,結局は他人が評価しないオナニー・プレイだったろう.どうでもよいことに時間と労力を消耗しながら,そのためにお金を使っただけである.世間の評価は大学が苦労したことにはあったかも知れないが,成果に評価があったとも思えない.
 その他の方策は,埼玉大学もそうであったように,財政的に苦しいんですよという貧乏物語を宣伝して同情を得ようとすることくらいだった.学生が私大に逃げるだけであるから,この貧乏物語は愚かである.また,そんなことで埼大クラスの国立大の交付金が増えることは,まずない.確かに現状の中堅大学の没落は日本の危機であり,中堅を厚くする方策は必要である.しかし東大に集まった資金を他大学に振ったとしても,一国立大学が潤う程度はそれほどではない.財務省は,先進国で日本の財政は最悪であるという立場であるから,単純に国立大学の交付金が増えるとも思えない.他に予算を増やさざる得ない分野も多いのである.

 国立大学にとって大きな契機となる事柄は2つであると思う.
 第1は授業料の値上げである.授業料を上げて大学が潤う分は,交付金は下がるはずである.政府が良心的であれば,その削減分は学生への奨学金に回すべきだろう.結果として大学は財政的に学生への依存を強めるが,その方が政府の気紛れに大学の財政が左右される度合いは低くなる.大学教育には金がかかる.それでよい.支払い能力のある学生からは相応の授業料を取るのが正義である.支払い能力がないなら奨学金を出せばよい.それでも国民が全般的に貧しくなって誰も支払い能力がなくなるというなら,その問題は教育問題ではなく全般的な社会政策の問題である.
 授業料を上げるためには,学生へのメリットを今よりはるかに明確にしなければならない.これまで学生よりは文科省の顔色を伺ってきた国立大学は,発想を変える必要がある.そのこと自体が社会にとって望ましいように私は思う.
 第2の契機となるべきは,今語っている大学の統合である.むろん,小さな大学として特色を持って生きてゆく道もある.が,研究力を強化するなら,研究を主体にできる部分を持つだけの規模を確保するために統合するのが良いはずである.

 ただ,この点は名古屋大学のケースにも当てはまるが,統合して意味のある形を作れるかどうか.そこはまだ分からない.アンブレラ方式の良い点は,旧の大学名が残ることであり,だから反対はし難い.しかし,統合して意味があるためには,複数大学を経営する機構(名古屋大ケースでは「東海国立大学機構(仮称)」)が各大学から独立し,経営を専門とする理事と理事長を設定することが必須である.現状の国立大学は学長が理事長の機能を兼ね,実際は学長と役員は経営ごっこはしているが実質的な経営はしていない.経営協議会なる組織も,経営に関する外部評価委員会のようなものであって,経営をする組織ではない.新たな組織では,各大学の学長と理事長を明確に分離することが望ましいだろう.そのことにより,個別大学の利害を超えて複数キャンパスの新たな配置を,時間をかけてでも,作って行くことが必要なはずである.

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グローバル事業の評価が悪いのは必然である

 埼大は教養学部を先導学部としてグローバル事業,正確にいうと(途中から名称が変わって)「経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援」を実施していた.この事業の支援期間は平成29年で終わった.その事後評価結果が学振のサイトに載った.サイトに載る以前に大学には連絡が行っているだろう.
https://www.jsps.go.jp/j-gjinzai/jigo_hyoka_yoshiki.html
 評価結果は理論上の最高がS,最低がDである.実際にはS,A,Bの3段階しか使われなかった.埼大の場合は実際に使われた中の最低のBだった.要するに悪かった.
 CやDは文科省(学振)は使わない.自らが選定した事業でやっても仕方ない結果になったとすれば,補助金を出した責任が問われるからである.だから何らかのプラスはあった,というBを最低にする.この点は役所の論理である.

 この件,私がいうと自己弁護のように聞こえるかも知れないが,結果の悪さは必然であるな,という思いが強い.要するにちゃんとはできなかったのである.少し前まではいえぬ話であったが,今の時点なら構わないだろう,と思う.
 ちゃんとはできなかった理由は,細かくいえばいろいろある.が,大きなところをいうと次の点だろう.

 第1は司令塔が不在であり,事業としての統一感がなかったことである.他の事業でも同じかどうか,そこは知らない.権限が下に降りることはなかったが,権限を持つ者は計画を知らず状況を把握することもなく,だから指揮を執ることなどない.教養学部長は紙の上では「実施責任者」であったが,作業は教養学部の中だけで完結する訳ではなく,例えば学生を留学させるのも全学の手続きである.まして事務方がかかわることなどは要望を伝えるだけである.良い例は,外部評価委員会が結局は何も動かなかったことだろう.
 事業の評価の指標で最も重要なのは留学する学生の数である.ここで留学の枠が教養学部には回って来ないという事態も生じたのである.この事業は全学のためにやるのであるから,支援期間内では教養学部の学生を優先することを私は求めたけれども,ダメだった.そこは全学の判断であり,評価結果の悪さを全学が容認したなら,それは仕方がない.

 第2は,指揮系統が長く混乱していたことである.
 この事業の申請書の中身を一番知っているのは私である.私が学部長時代の最後に計画をまとめていた.申請書の筋書きを描いたのは私であり,ヒアリングで主に説明し応答したのも私であった.全学で中身を最も理解していたのは当時の加藤理事である.彼が申請書の中身で全学が係わる部分は調整してくれていたのである.
 私がいうのもなんだが,採択されて実際に作業をするのであれば,私に何らかの役を与えて(当時私は無役である)権限を下ろしてくれるか,加藤理事を全体の統括責任者にする以外に,作業は正常には進まなかった.ところが,事業が採択されると,加藤理事と私は外されたのである.代わりに指揮を執るような執らないようなことをしていたのが,国際領域の何とか室長になぜか任命された,教養学部の同僚だった.そのような権限は当時の学長(法人化2代目学長)にしかない.
 室長になった人物は,採択後,彼の計画をA4何枚かに書いて私にも見せに来た.計画は既に学振(文科省)に申請書として出しているのであるが,この人物はお金だけもらってフリーハンドで事業を進めるつもりだったのである.たぶん上の方の関係者に見せて「了解」を得たのだろう.
 状況から考えるとこの人物を学長が支援したとしか思えず,当時の教養学部長からも支持されていた.公式には何でもない私は抗する基盤を持たないが,それでも前学部長だったという「顔」で,教養学部内では私が中心に作業をすることになっていた.だから事実上,内紛状態でこの事業は出発したのである.補助金で雇う教員をどうするかで,正月を挟んで厳しい対立が続いた.申請書通りなら教養学部に助っ人が3人来るが,申請書通りの助っ人は1人だけしか付けられなかった.それでも全学に持って行かれた助っ人の人事には私も介入し(というか,今の学長に委員に選んで頂いたのであるが),結果としては良い方を雇えたように思う.しかし話が申請書通りでないのは確かであった.
 この内紛状態には私も次第に嫌気がさしてきた.事業の2年目の秋頃に,重要な事項について私には知らさせなかったことをきっかけにして,私はグローバル事業から手を引くと宣言した.公式の学部長からも支持されなければ,続けるのは無理と判断したのである.
 その年(平成26年)の年末頃に次期学長(今の学長)が決まった.当時の現学長から次期学長への権力の移行が始まった.そのことがある意味では幸いな転機になったのである.まず人社研設置の件が持ち上がり,それ自体はいい迷惑であったが,私が次の学部長に決まった.ということは,私が公式の事業の実施責任者になるのである.いったんは離れたグローバル事業を私が学部内ではまとめることになったのである.また,次期学長の下で国際部門の重役になると決まった方から,国際本部の指揮系統を私が望むように変える申し出を頂いた.国際部門に関しては事実上のクーデターに成功したのである.問題の人物の後任には,現教養学部長が就任することになり,長い内紛状態は清算されたのである.むろん,状況を整理するにはさらに半年を要した.
 何のことはない.時間をかけて振り出しに戻したのである.ただスタートの悪さは補いようがなく,人員面での不十分さも最後まで残る結果になってしまった.平成27年度から,平成25年度にやるべきだったことを再開した,という感がある.

 以上,私が長く腹を立てていたことを書いた.むろん,詳しくいうとこんなものではない.が,差し障りがあり過ぎるので止めておこう.
 最大の残念な要因は,結局,(今となっては一代前の)学長だったろうと私は思う.
 ただ,私が狙ったこの事業の本質は,以前にも書いたが,人員削減過程にあった教養学部の悲惨さを軽減するために公共事業をすることだった.期間限定ではあったが,その目的は達せたと思う.また,この事業をきっかけに国際本部で雇用した方は理系のために奮闘されたこともあり,全学的なプラス面もあったであろうと思う.そういう意味では,良い影響は与えられたろう.

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経済学部と教養学部の完全統合は「あり」か?(下)

 ここでは次のような問を立てた:経済学部と教養学部の完全統合,つまり両学部が1つの学部に合併し,人文社会科学研究科の下で完全に1つの部局になる,ということが起こるのだろうか?
 私の結論は多くの方の意見とほぼ同じであろうと思う.完全統合は,やろうと思えばできる.しかしやるべき場合は限定されるだろう.

 完全統合が可能であるのは,2つの学部のシステムが見た目で似てきたことによる.教養学部の方は変わらないけれども,経済学部は,まず入試の方法を簡素化した.結果としては教養学部に近くなったのである.また,複数学科を1学科に変え,その1学科内に4つのメジャーを置く,という教育システムになった.教養学部は同じく教養学科1つであり,その中に5つの専修課程を置いている.メジャーと専修課程を互換的と考えれば,1つの学部の中で計9つのメジャーないし専修がある形を考えれば,そのまま1学部に移行できる,という理屈になる.こう考えるだけなら,割と可能であることは,誰でも考えることだろう.

 一見,合併できるかに見えるが,そこから先が問題である.人社研設置により,両学部は制度上合体し,その制度をちゃんと,完璧に運用している.にもかかわらず,別々に動かざるを得ないという現実があるのである.なぜかと言えば「原理」が異なるからである.1つ前の記載で,人社研は精妙に作ったと書いた.しかし,その精妙さは木に竹をどのように接ぐかの精妙さである.形式的に一緒になっても,原理は双方の遺伝子レベルで再生産されるようなところがあり,やはり別々に動く面はある.学部合併しても同様だとすると,合併は無駄,手間がかかるシステムにするだけの話なのである.

 原理が異なる,という神秘的な言い方をしたが,その点は学部の組織原理を説明することによって分かって頂けるかも知れない.
 我が国の文系学部のプロトタイプは,旧帝大にある法学部,経済学部,文学部という主要な3学部に求められるだろう.このプロトタイプは,しみじみ考えるとかなり特殊なシステムである.
 まず法学部というのは,統治者,ないし高級官僚の養成を目的としていたようである.法学の他に政治学(行政学を含む)がある.ただ,アメリカのシステムで考えると,政治学(Political Science) は「教養学部」(College of Arts & Sciences ないし College of Libetral Arts)の中の1つのdepartmentであり,法学は実務的学問であるから「教養学部」の外側になる(ただしPublic AdministrationないしPublic Policyであれば,実務分野の並びだろう).
 法学部は,国立なら旧帝大,悪くても旧六大学にしか認められない.埼大のような新制大学(駅弁大学)は統治者養成ではないから,法学部も法学科も認められない.
 我が国の「経済学部」とは,たぶん,統治者の下で働く経済人の養成を目的としたのだろう.だから法学部より格が低い.歴史的に,日本の経済学部は経済学と商学が合体することでできており,今は経済学と経営学の混合が基本である.アメリカのシステムで考えると,経済学は物理学や文学とともに「教養学部」の一角を占めるScienceであり,経営(BusinessないしManagement)は実務的であるから,「教養学部」の外側になる.
 最後の「文学部」が分かりにくい.決して「文学」で(だけで)成り立つ訳ではない.はっきりいって法学部でも経済学部でも(また教育学部でも)ないものをまとめた,という,ある種の残余概念のように思う.多くの場合哲史文からなるが,なぜか心理学や社会学も文学部に入る.
 文学部の特徴は,簡単にはくくれない多様な,雑多な分野が並列的に存在する学部であることである.多種共存を原則とするといってもよい.そういう点は米国流の,多様なdepartmentsからなる教養学部と,感じが似ている.職業養成色のない学問が集まっている点も米国流の教養学部と似ている.
 ちなみに,歴史が最も古い東大の文学部は,現在,15の「研究室」が4つの「学科」にまとめられている.学問の実態は研究室にあり,その研究室を4つの学科に整理して見せているのである.これまたちなみに,埼大の教養学部は11の「専攻」があり,その専攻が5つの「専修課程」にまとめられている.東大文学部の「研究室」が埼大教養学部の「専攻」,東大の「学科」が埼大の「専修課程」のような機能を果たしている.要するに我が埼大教養学部の(というより多くの人文系学部の)組織のプロトタイプは文学部なのである.
 なお,文学部も,法学部と同じで,国立では格の高い大学にしか認められない.埼大教養学部はかつて,文学部を志向したらしいが,認められずに教養学部になった,と聞いたことがある.
 以上のプロトタイプは上位大学の秩序であり,地方国立大(新制大学)の秩序ではない.下位大学によくある「人文学部」について説明する必要がある.
 多くの地方国立大学(新制大学)には,文系学部が1つしかない.「人文学部」である.人文学部は人文学(Humanities)の学部に見えるが,そうとも言い切れない.埼大教養学部は,学部長会議は「17大学人文系学部長会議」であり,ここに新制の17大学の人文系学部が属している.が,その中で主として人文学(Humanities)が主であるのは,信州大学の人文学部と埼大教養学部くらいだろう.他の「人文学部」は,多様な文系分野からなっている.大学によっては「人文社会科学部」とも「法文学部」ともいう.法文学部は法律と文学からなる訳ではなく,人文学部の別名である.人文学部の多くは,要するに文系を集めた学部なのである.信州大学や埼大教養学部は,同じ大学に経済学部があるために,人文系に偏っている.
 さて,このように,新制大学には人文(系)学部が1つだけあることが多い.しかし,法学部は認められないものの,経済学部は認められることがある.1つには,旧の高等商業学校が戦後,大学の経済学部になって行ったという事情がある.そこで,新制大学にも経済学部の設置は認めるようになったのだろう.
 埼大や信州大学の経済学部は高等商業学校を前身としない経済学部である.信州大の経済学部は人文学部経済学科から学部として独立した.埼大の場合は文理学部改組時に設置された,という経緯である.しかし,経済学部であるからには,旧帝大と同様に,組織のプロトタイプは先述の経済学部なのである.

 埼大の話に戻そう.経済学部と教養学部を合体させるというのは,要するに,単一の文系学部としての人文学部を新たに作るようなものである.それで収まる場合というのは,経済学部の部分を大幅に人員削減して弱体化させた場合だろう.その場合,経済学部分野は人文系学部の中に留まるほかはない.しかし,経済学部の部分が現状と変わらず残るのであれば,結局は独立の経済学部の方向に動くはずである.そもそも部局としてちゃんとやっている経済学部を叩くというのは正気の沙汰ではない.部局であってはじめて可能な,大きな商売をやって頂くことが埼玉大学のために決まっている.
 唯一の文系学部を作る別の方法としては,教養学部を経済学部の補助的な分野に限定して行くことだろう.やろうするなら,教養学部の部分を大幅に人員削減する場合である.だがそれで埼大の文系分野はどのような姿になるというのか?
 埼玉大学全体が人員削減を進めてゆき,教養学部や経済学部が単独では存立できなくなった場合は,合併しか道はない.が,それほど状況が厳しくない場合は,「完全合併」は,気でも狂わない限り,選択すべき対象にはならないと私は思う.
 そして,学部の合併に疑問を持つとすれば,実際に設置した人社研というのは,どうなんだろう,という気持ちも湧いてくる.むろん,設置した人社研に変更を加えるべきときがあるとすれば,埼玉大学自体が大きな構造的な選択をする場合であり,当面の考慮にはならないことは道理である.

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経済学部と教養学部の完全統合は「あり」か?(上)

 平成27年度に教養学部と経済学部は大学院での統合(合併)を経て人文社会科学研究科(人社研)を発足させた.この統合は大学院部局化を(学内規定として)前提にしたので,この人社研の発足をもって部局としての教養学部と経済学部は消滅した.現状規程では,教養学部と経済学部は部局ではなく,人社研の学士課程教育組織であるに過ぎない.
 というのが学内規程の筋であるけれど,現実には,経済学部と教養学部が組織として存続し,両者はかなり意味を持った実体として動いている.両学部の設置は手付かずであるから,文科省的には両学部は従来通りである.人社研設置にあたっては私も文科省に説明に出向いたが,係官が学部のあり方について触れたことはなく,明らかに関心の外だった.実は同時並行的に経済学部の改組が文科省にかかっていたので,学部に変更はあるはずがなかったのである.
 前にこのブログで書いたが,この人社研統合は,もともとは両学部の完全統合として発想されたらしい.たぶん何れかから抵抗が出て,学部統合ではなく研究科統合になったのだろう.教養学部はその経緯の外にいたはずである.
 けれども,人社研統合の際には,役員側から「当面は研究科として合併し,将来的には学部も合併」ということが何度も示唆されていた.だから人社研統合に関する経済学部側との協議においても,当面は両学部は残るんだろう,その期間が長ければよい,という話がよく出たのである.
 両学部の完全統合,つまり両学部が1つの学部になり,人社研の下でかつての両学部が1つになる,ということが起こるのだろうか? この点がここでのテーマである.
 この記載では,まず,両学部の統合・合併に関する,私が知っている範囲での見聞を書いてみる.次の記載(下)において,完全統合することが大学にとってプラスになるのかどうかを考えてみたい.

 他学部との経緯について,私に分かるのは,学部の仕事のとりまとめに自身が関与するようになってからである.まず2000年(平成12年)前後のことである.大学(全学)の重役だった先輩同僚から,経済学部と教養学部が合併するのはどうか,といわれたことがある.まあそりゃ,ありでしょうね,くらいの返事をしたと思う.私は,「学部名も考えられますよね」という趣旨のことをいうと,「まさか,人文社会科学部ではないだろうな」といわれた.私は笑ってごまかしたが,実は当たっていたのである.
 新たな学部名まで話題にしたのだから,1回の立ち話ではなかったろう.
 まあ,そういう話があったということは,同じ考えの方が経済学部にもおられるのだろう,と想像した.しかしどなたであるかまでは,話に出なかった.
 その頃,経済学部は夜間主課程の運営に苦労している,という話があった.学部が合併すれば教養学部の教員も夜間主担当になるのだろう.ただ,夜間主だけのために「合併」まで考えるだろうか? それはないように思った.
 その後,時間がどれほど経過したかは曖昧であるが,教授会に,経済学部の夜間主を「手伝う」かどうかの議題が出たことがある.「手伝う」と書いたが,具体的にどのような形態での話であったか,忘れた.
 そのときの意見で覚えているのは私と講座が近いある方の発言である.この方は明確な反対論を述べ,発言の後にフロアから拍手が沸いた.という訳で,「手伝う」件は消えたのである.
 それから若干の時間が経過した.その頃,経済学部と教養学部は博士課程の設置を目指していた.まず経済学部が先んじて,2002年(平成14年)に博士課程を設置した.その頃,私は無理に博士課程を作ることもあるまいと思っていたのだけれど,経済学部が作ったことで教養学部の上層部の方々は落胆した様子だった.
 2001年度のうちか2002年度かは忘れたが,経済学部の博士課程設置が決まった後,経済学部の三役が教養学部長(岡崎先生)室においでになったことがある.そのとき,岡崎先生が私に同席するよう依頼した.私はそのときに将来計画委員長だったので,私でも理屈が立ったのだろう.嫌な会合になるから,お前,いてくれ,ということであると受け取った.経済学部の方は三役以外に将来計画の責任者の資格で,後の法人化2代目学長さんが訪れたと記憶している.
 案の定,経済学部の上層部からの話は長い自慢話だった.そのときの話で覚えているのは,経済学部は学士課程では社会人対応で夜間主をやり,修士課程も社会人が主であり,一貫して社会人教育をしてきた.そこが文科省(当時は文部省だったか?)から評価されて(社会人枠が主である)博士課程の設置に至ったのである,という内容だった.実務的な話はなかったので,私がいても仕方がなかった.それにしても岡崎先生もご苦労があるな,と思ったものである.
 このときに私が思ったのは,あのいい方からすると,経済学部としては夜間主を喜んで担当する,という点である.夜間主の話は消えたな,と思った瞬間でもある.同時に,当時の経済学部の執行部は,経済学部と教養学部の性格の違いを強く認識していたことが印象的だった.
 余談であるが,博士課程設置の話は笑える要素が多い.2002年度に経済科学研究科で博士課程を設置した.が,次の2003年度には教養学部の大学院でも博士課程を設置したのである.その次の2004年度には,宇都宮大学の国際学部が博士課程を設置している.後にある筋から伺ったところ,東京近辺で需要が見込める旧二期校の文系に,博士課程を認めるという方針に文科省がなった,ということであった.どこのとはいわず,博士課程の設置に関しては,「私が誰それに直談判で訴えたのでできた」とか,「自民党有力代議士の誰それに私がお願いしたからできた」という自慢話をされる方がいた.が,おそらく,そんなことは関係ない.功績が大きかったのは,頂いた機会を壊さずに事務的に詰めていった財務系のKさんなどだったろう.

 2004年度(平成16年度)に埼玉大学は法人化し,田隅学長が就任された.その年に「教員定数の再定義」が決まり,教養学部は20超のポストを削減しなければならなくなったのである.2006年度から私は,関口学部長の下で副学部長になった.長く全学の役職におられた加藤先生は評議員であり,関口,加藤,それに私で教養学部の三役(学部長補佐会)を構成したのである.この間,三役間では頻繁に会合をもって協議を重ねていた.
 意外かも知れないが,当時,関口先生が時折仰ったのは,「教養学部が経済学部と合併するのは必然だ」という点である.この考えの背景には前の「教員定数の再定義」による大幅削減があったと思う.今後も交付金が毎年減額されれば,一定間隔で教員ポストの削減は避けられない.そうした削減によって,工学部や教育学部のような大学部ならともかく,教養学部や経済学部は学部としては「やって行けなくなる」.だから合併が必然だ,というお考えであったように思う.
 「高木さんもそう思うだろう」と関口先生から言われ,気の弱い私は「そうですね」と答えた.が,私の考えはやや違った.経済学部と合併すれば教員数は確保できるかも知れないが,上策ではない.教養学部の問題は,内部の領域で教員を十分に揃えられない点にある.この問題の解決には類似学部との統合が望ましい.経済学部との合併では,間口の広さは確保できるけれども,それでは分野別の質保証もできない,という考えがあった.だから私は,他大学の類似学部との,統合は望めないものの,協力関係を進めることに熱心になったように思う.

 さて,話は飛んで2013年度(平成25年度)の早々に,教養学部の教授会で経済学部との研究科合併(統合)の話を聞くに及んだ.そのときに私の頭をよぎったのは関口先生の「理論」だった.だから,もし全学執行部が削減を進める状況を考えているなら,経済との統合も仕方ないかも知れない,という意見を,例えば仁科先生などには申し上げたような気がする.
 ただ話が進むうちに,どうも,全学執行部は教員ポストの削減を考えているようではないことが分かってきた.だから「何のための統合か」と私はいぶかしく思い始めた.文科省が,部局の壁を越えた再編をやれといっている,その再編の事例を計画に入れるために経済との研究科統合をやれといっているらしい,と分かってきたのである.
 正直,実にアホくさいなと思ったものである.
 この当時の問題は,新研究科で部局として統合する,という話はあるけれど,その統合をどこまでやるのか,何を整備しないといけないかを誰も説明しなかったことである.役員から伝わる話も,結果としては一貫性に乏しかった.役員が学部に説明に来た折,形だけでも統合するといったことをいわれたように思った.そこで役員が再度訪れた折に「形式的に一緒になるということだったと思いますが?」というと,「そんなことをいったことは一度もない」という.ではシリアスに統合を考えると,調整すべきことが山ほどできる.研究科設置のために新たな人事計画を進めることになるが,教員は授業を学部でも出すから,学部の格好が研究科に引きずられることになる.では学部の方の計画も同時に進めなければならないはずである.
 一度,当時の教養学部長に私は話しに行ったことがある.部局として統合するのはやることが多過ぎて無理だ,せめて共同の研究科を作るだけにして,部局化については拒否すべきだ,と私は話した.前学部長の私がわざわざいいに行ったのであるから,その場合,こういう訳で大丈夫なんですよ,とか,こういう事情で受けざるを得ないんですよ,という説明があるかと思った.何もなかった.単に「部局としての統合を止めることは考えない」という趣旨のお返事だった.全般的なこの説明の少なさも,学部内の不安を高める結果になったように思う.ただ後から考えると,学部長に悪意があった訳ではなく,その時点では,誰もなーんも考えていなかったんだろう.
 年が2014年に変わった頃,私は次の2年度の学部長に再びなることに決まった.その段階で私が考えたのは,研究科とともに学部の方も設計し直すことだった.正論からいうと,そうする以外にないはずである.
 ただ,次期学部長になると事務方から正確な情報が入ってきた.その中で,経済学部は文科省と学部の改組を既に協議している,という話があった.私は驚いた.仮にこれから部局として統合する,その計画を作るというなら,学部と大学院は連動するから,学部の改組は,新部局の計画が定まるまでは止めてもらわないといけない.経済学部が改組していることを知っていて,大学の執行部は新たな部局を設計しろというのか? それはない.
 この時点で私は状況がやっと飲み込めた.ちゃんと統合しろ,形式的でよいといったことは一度もない,と役員がいったのは,自分では責任を取りたくないという,ある種の小役人反応だったんだろう.経済学部が既に学部の新たな計画を進行させている,そのことを執行部も知っているということは,新たにちゃんとした組織は,少なくとも当面は作らなくてよい,という含みと考えるしかない.いい加減でいいのか?と聞かれたら,その責任を取りたくないから「そんなことはいったことがない」という返事になるけれど,その返事は,「いい加減にやるかどうかはあなたの責任でおやりください」という意味だったんだろう,と理解した.
 そうと分かれば,学部を含めて設計するなど笑止である.早めに研究科の組織だけ理屈をつけて「一丁上がり」にすればよい.しかも平成27年度設置と決められてしまったので時間がない.要するに当面の研究科設置だけがクリアできればよい,と考えるしかなかったのである.
 などと書くとかなり雑な作業をしたように聞こえるかも知れない.しかし経済学部にしろ教養学部にしろ,作業に当たった人たちはまじめで有能であったので,当初予想したよりもかなり精妙な研究科組織が出来上がった,というのが私の印象である.結果として,現状の学部組織とうまくつながるように出来上がった.逆にいうと,ここから変更を加えようとすると,研究科組織も学部組織も作り変えになるので,人社研設置よりもはるかに面倒な作業にならざるを得ない,つまり動かすのは難しくなったのである.

 冗長に書いてしまったが,経済学部と教養学部の合併・統合に関し,私が見聞したのはこの程度である.実体としては大した経緯はない.しかし合併というアイディア自体はずっとあったのである.そして時の大学執行部は,この合併アイディアを出しやすい顔ぶれだったように私は思う.

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人文系学部が分かりにくい

〇教養学部

 1つ前の記載で,教養学部の主日程の志願倍率が低いんでないの?という話を書いた.その志願倍率を調べた際,ついでに埼大ホームページの教養学部のページも見てみた.今は教養学部は自らをどのように表現しているのか,興味があったからである.
 ホームページでは,教養学部の紹介の箇所に「教養学部の教育がめざすもの」という項があった.教養学部を紹介しようとするときの中心的なメッセージがそこに載るはずであろう.
 これがひどく分かりにくい.以下である.

教養学部の教育がめざすもの
国境を超えてくり広げられる人とモノの行き来から、日々のSNSでのやり取りまで、より自由に交流を楽しめるようでいて、どこか不確かな現代の社会。だからこそ、時には分かり合えないことの絶望を、時には理解できた喜びをかみしめながら、人間への理解を深めていく必要があります。教養学部は、文化と社会という二つの基本的な視点から、人間の過去と現在について深く、幅広く学ぶところです。自分の考えを的確に他者に伝え、他者の考えをしっかり受け取る練習を通じて、学んだことを生かし、人や社会、地域の間を橋渡しする人を育てたい ― これが教養学部の教育の目標です。

 まず書き方が分かりにくい.冒頭にトピックセンテンスを出すのが常道であるが,逆に読み手が誰も関心を持たないような余計なことをグダグダ書いている.これでは人は読み飛ばす.第1文が「不確かな現代の社会」といっているのに,第2文は「人間への理解」に跳んでしまう.結論は第3文であろうが,これも分かりにくい.「文化と社会という二つの基本的な視点」,えっ,社会と文化は「視点」などではないでしょう.「人間の過去と現在について深く、幅広く学ぶ」,未来がなぜないんだ,というのはよいとして,「人間の過去と現在」といったら,要するに歴史だろ? しかも第4文が,書く意図は理解しますが,その前とつながらない.
 要するにまとまらないことを分かりにくく書いてある.しかも,想定する読み手が興味を持ちそうにない.

 その後で,5つの専修課程をなぜか3つに大別して説明しているのが,もとの5つを書くのに比べてひどく分かりにくい.第1に,「グローバル・ガバナンス専修課程」と「現代社会専修課程」をまとめたつもりで「国内外の社会やメディアの問題,世界各地の多様な人々の暮らし」と書く.これ,まずグローバル・ガバナンス専修課程を完全に抜かした書き方である.「国内外の社会やメディアの問題」というのがいかにも間抜けな,気の抜けた表現であり,その後の「世界各地の多様な人々の暮らし」と一つの塊をなすようには見えない.第2が,哲学歴史専修課程を「今ある世界が作り出されたプロセス、その中で生まれた思想や芸術」といっているのであるが,なぜそんなまだるこしいことをいうのか?と思わせる.単に歴史や哲学の方が受験生には分かる.第3が,「ヨーロッパ・アメリカ文化専修課程と「日本・アジア文化専修課程」をまとめて「言葉や文学・文化を軸とした、自文化と異文化の理解」という.この「軸とした」って何だろう? 「言葉や文学」は「文化」と思うが,分けて書く意味があるか? 「文化を軸とした,自文化と異文化の…」というのも,言葉として変だろう.単純に「地域文化」といった方が分かる.

 他学部はどう書いてあるかと,見てみた.結論としては,分かりにくいのは教養学部だけである.
 まず,職業訓練色の強い教育学部と工学部は,冒頭でその人材養成目的を明確に表現している.

教育学部:すべての学生を多様な学校種における主体的で豊かな人間性を身につけた力量ある質の高い教員に養成することを目的としています。
工学部:埼玉大学工学部では、現代社会が遭遇する諸課題を科学技術の立場から解決し、未来の幸福な社会の構築に貢献できる、世界に羽ばたく科学技術者・研究者の育成を目指しています。

きわめて分かりやすいのは,人材養成目的が制度上明確だからである.
 ある意味教養学部と似ている理学部も,分かりやすい.

理学部:理学部とは,自然のしくみを解明しようとする学問分野が集まった研究・教育の組織です.

実は数学は「自然科学」ではないのですけれどね.ただ,Scienceの本質は神が作り賜うたものの解明にあるから,数学は自然そのものを扱う学問ではないとしても,Scienceの最たるものといえるかも知れない.

経済学部(学部長挨拶):経済学部では,社会のあり方を幅広く学びます.

経済学部が単に「社会のあり方」でよいのか,とつっこみを入れたくなるけれど,まあ,分かりやすい.
 こう考えると,教養学部だけが分かりにくいのである.

〇人文系学部

 上では埼大の教養学部だけをやり玉にあげてみた.しかし,あえていうならば,実は地方国立大の人文系学部はどこも,他の学部にない分かりにくさがあるのである.
 その理由はごく単純である.我が国の伝統的な学部構成では関連がはっきりしない分野を,1つの,特異な「学部」という組織にまとめている.ただ,人文系学部は特に,その中に入る分野が細かくて数が多い.だから全体をまとめるにも理屈が難しい面がある.
 他大学のサイトの記載を眺めてみたが,多くの大学の人文系学部では,単に人文学(と社会科学)をやる,といった言い方で逃げている.その方が無難なのである.
 ところがいくつかの大学では,まじめに,思索をめぐらせ,学部の内包的定義を与えようとする.そうなるといくぶん,神がかった表現にならざるを得ない.
 私が見た中では,千葉大の文学部の表現が,一番,まじめともいえるし「逝ってしまっている」ともいえる.次である.

千葉大文学部(学部の概要)

計算(はか)りきれない人間の心と行いを探知(はか)る

自己を知り、世界を知り、自己と世界の関係について学ぶこと。自分の生きていく方向や自分を託す世界の進み方、自己と世界との関係の作り方を模索することが文学部の目標です。

 雰囲気としてとらえれば練れた表現と感じるかも知れないが,しみじみ考えると分からない世界である.たぶん,「計算(はか)りきれない人間の心と行いを探知(はか)る」というコピィを考え付いた人は自己満足に浸ったかも知れない.しかし,一風変わった人たちの自己満足である.
 人文系は Humanities をやっているから「人間」といいたいのだろう.けれど,「人間科学」といえば人文系以外を指すし,医学などは人間そのものである.

〇まとめにくいものをどうまとめるか?

 今回,教養学部ホームページを見て気づいたことは,私が学部長の頃は「グローバル」で学部の特色を付けようとしていたのに対し,グローバル色がほぼ消えたことであろう.確かにトップページには「教養学部が育てるグローバル人材」というバナーがあるが,グローバルはその一角に隔離されており,学部そのものの説明の中にはグローバル色はない.
 教養学部は,予備校資料では人文系でも登場するが,国際系でも登場する.国際色で志願者を一定程度集めていたのが現実だろう.しかしこのような自己呈示を教養学部がするなら,国際色で埼大教養学部を考えた受験者は,他を選ぶだろう.
 ある意味,所属教員の本音に戻った,といえる.私が学部長だった期間がある意味,特異だったのである.
 ただ,グローバルに限らないのであるが,学部として一定の方向を目指していることを前提に,その方向で学部を特色づけない限り,この程度の規模の人文系学部は注意をひかず,世間からパスされて終わる.
 教養学部が大きな規模を備えた人文系学部であれば,「人文です」で通る.しかしこの小さな規模,一つひとつの分野を取り出せばどれも単体では商売にならない,そんな集合体の人文系学部では,中堅私大の人文系学部と比べても見劣りするだけなのである.誰がここを選ぼうか?

 私自身はずっと,教養学部は類似した内容の学部,例えば宇都宮大学の国際学部のような学部と統合するとよい,と思ってきた.類似学部との統合によって,各分野の陣容を拡張できる,それによって商売になる分野を作れるからである.ただ,統合無しで,このまま単体で教養学部が生き残ることを考えるなら,グローバルなりなんなり,学部の特色とすべき方向性を定め,学部全体としてのプログラムを中心に据えるような措置が必要に思える.

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教養学部は生き残れるか?

 確か国立大の一般入試志願者は確定している時期だと思い,過去の習性で埼大の志願者数の資料を眺めてみた.私には衝撃的に映った.教養学部の主たる日程である前期の倍率が2.2倍(251名)とあった.ここまで下がったことはなかったのではないか?
 他学部を見るとそれなりに健闘している.悪いのは教養学部だけであったことも嫌な要素である.
 2.2倍は,東京からの遠隔地であれば驚くには当たらない.だがこの数字は,北関東の国立大文系学部にもない低倍率である.
 まだ余裕がある時点での低倍率であれば,さほど深刻ではない.時に上下は生じるものである.しかし2017年,2018年は受験者人口減少の入り口にあたるだけに,今後に不安が残る.

 といっても,この低倍率については,ベネッセか河合塾から教養学部執行部に説明がもたらされるだろう.心配すべきか否かはその説明による.最近では平成27年度入試でも,2.4倍(296名)という低倍率を経験しているのである.このときも衝撃だった.平成27年度の場合,センター試験の科目別の平均点の事情で(だと思ったが),志願者が茨大の人文学部に流れた可能性が高い,という説明が提供された.だから同じ低倍率は続かないという確信がそのときは持てたのである(実際そうなった).それと同じようなことが今年あったとすれば,近隣で倍率がかなり上がったのは千葉大の国際教養学部である.だから何らかの事情で,埼大教養学部を受験しそうな学生が上を目指して千葉大に流れた,といったことがあったのかも知れない(なかったかも知れない).まあ,受験産業から説明は提供されるはずである.

 私が学部長だったときに,一番気になったのは学部一般入試前期日程と,大学院修士課程の志願者数だった.それ以外はまあ,気にしても仕方ない,何とかなる,と思えたし,悪くてもダメージは深刻ではない,という認識だった.学部の前期日程と修士課程については,出願期間になると毎日,志願者数を確認したものである(確認して増える訳はないのに).学部前期日程については,まず志願者が300人に達すればある程度安心し,その後は倍率が3倍に届けと願ったものである.愚かであろうが,そんな願いで状況を眺めていた.普通は,なんとか300名には達したように思う.しかしなかなか3倍には届かなかった.やはり私が学部長だったときの平成28年度入試では,倍率が3.6倍,志願者数が夢の400越えの444名に上った.この時にはかなり嬉しかった.が,次の29年度入試では倍率が3倍をまた割り込んで2.8倍だった.だから今回は盛り返すべきだったのに,逆にひどく倍率が落ち込んでしまったな,という思いがある.
 教養学部の構造的な弱点を私はこのブログに書いたことがある.ただ,私が在職中に常に念頭にあったのは,そうした構造的弱点以上に,「全国から志願者を400名集めることができない学部」という思いだったのである.国立はそんなものともいえるけれども,私大の状況に詳しい人なら笑い出す数字だろう.それだけ,受験市場の中で存在が小さい.
 国立大学はまだ護送船団方式が継続している(階層化された護送船団であるが).だから,国立大受験者層という小さいパイの受験者が,偏差値と分野,それに多少の地域考慮で受験先を選ぶ.そうやって埼大教養学部を選ぶのが全国で400名足らず,ということである.だから,埼大教養学部に良い学生が入ってくださっていると思うけれど,固有の意味で埼大教養学部志願の学生というのは,ほとんどいないように思えてならない.その点は中堅以上の私学との違いである.しかも商売の実績規模が小さい.こんな状況で受験生人口の本格的な減少を迎え,かつ国立の護送船団が崩れていったなら,教養学部は荒波に飲み込まれて消えてしまわないか? 私が長いことぼんやりと不安だったのはその点である.

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文理融合

 昨年(2017)の5月頃,このブログで「融合」という記載を書いた.
http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-56fd.html
当記載はその二番煎じである.

 文理融合,ないし何とか融合という言葉が埼大で一時躍った.この件は私が学部長をしていた段階で,工学部と経済学部の話と説明され,教養学部の私はその経過も存じ上げない.たぶん学長としてはいろんな部局を巻き込むのは申し訳ない,というお気持ちがあったのだろう.だからそれでよい.その後,その経過は耳に入らなくなり,「そういえば,あれ,どうしたんだろうね?」などと時折人と話したものである.たぶん昨年度辺りに何とか形にしたのだろう.どういう形になったかであるが,人の口にも上らないから,冴えた話にはならなかったように思う.それでも,まあ,仕方ないなと思う.
 文理融合の件を大学が課題としたのは,機能強化か何かの申請に書き込んだからだろう.その段階で書き込むことは非難はできない.文科省が新領域ないし融合領域の創成を掲げていたのは確かであるし,埼大の機能強化プランは文科省の言うことを可能な限り取り込む戦略に従っていたからである.問題は具体的なプランを後回しにしていたことであるが,経過からすればこれも仕方ない.結果は冴えないとは思うが,これまた仕方ない.つまり決して誰かを非難することはできないだろうと思う.
 とはいえ,この件は終始もやもやしたままだった.そもそも文理融合の概念に詰めがなかったことがもやもやの原因だったろう.

 経過を眺めれば,文理融合の「文理」と「融合」の2つの言葉についてもっと整理しておいてよかった.

 第1に指摘すべきは,この点はひと昔前に教養学部の教授会でも話題になったことがあるが,埼玉大学で「文理融合」という場合,具体的なイメージは実は「文工融合」にあったことである.
 埼玉大学では,伝統的に,「文工融合」を文理融合といってきた.「理」が広く「文以外」だったのである.どこの大学でも同様,とは言えない.大学によっては明確に「文工融合」という.そういえば分かりやすい.
 考えてみると,昔から埼大では,学長候補になるような方は時折「文理融合」を口にしていた.しかしそう仰る方はほとんど工学系の方である.例えば法人化初代の学長さんは理学の化学の方であったが,文理融合などとは仰らなかったはずである.物理や化学をやっている方が,文系と融合することはまず発想しないだろう.理学は文系と同じで,ディシプリンの体系の完成を目指す.乱暴な言い方をすれば,対して工学は,結局のところ便利なモノ,便利なシステムが作れればよいのである.工学の多くは理学応用と思うが,別に理学でなくても構わない.だからいろんな領域との融合が言える.何とか融合というのは,たいがいは「〇工融合」である.という訳で,文理融合といってしまうと,イメージが変な方向に向く面がある.
 理学部と工学部を一緒にして理工学部を作ろう,といったときには「理工融合」ということがある.埼大で理工研を作るときにも理工融合といったかどうかは存じ上げないが,いっても不思議はない.現状で盛んなのは「医工融合」である.医学も治療にかかわる応用部門が大きい訳だから,工学と似ており,結び付くのは自然である.背後の産業規模の大きさを考えると,今後も医工融合をうたう流れは続くだろう.また,「芸工融合」ということもある(言葉としては「芸工連携」くらいにすることが多いと思う).デザイン部門と工学が結び付くことは自然であるから,芸工融合も分かりやすいのである.
 「〇〇融合」という場合,どのような教育課程,ないし研究組織を作るかを考えてから,その課程/組織をアピールしやすい〇〇融合の表現を考えるのが普通である.その普通の手順がなかった,という点が,話が分かり難かった理由の1つだろう.
 
 第2に言えることは「融合」という言葉の異様さである.体系的に出来上がった学問領域(discipline)の,常識的な意味での融合など,私は想像できないしあり得ないことだと思う.だから「何とか融合」という言葉を使えば,普通の人は「いったい何をするんだ?」といぶかしく思う.埼大の外側で使っている言葉であるから埼大だけではどうしようもないが,融合という異様な言葉が何を意味するかは整理しないといけなかったろう.
 「融合」という日本語に相当する英語は何かと考えると,私の英語力では fusion くらいしか思いつかない.ちなみに核融合は英語で nuclear fusionである.よく半ば冗談で,「文理融合」って英語でなんて言うんだろうね?と私は口にしていたが,明確な回答は聴いたことがない.大学組織に関する英語表現として,この「融合」に相当する語として,私は interdisciplinary 以外の言葉は思い出せない.
 先ほどググってみたが,文科省の「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の英語名称は,Creation of Innovation Centers for Advanced Interdisciplinary Research Areas Programだった.だから「融合」はinterdisciplinaryでよいのだろう.しかしinterdisciplinaryは,通常,学際的と訳する.学際,と言われれば何のことかはよく分かる.教養学部には多数の学際領域があるから,馴染みがあるのである.しかしその学際領域で,構成要素の学問領域が融合する,混ざることなどあり得ない.混ざったら学問にならない.
 文理とか融合の言葉が何を意味するか,最初に整理がなされれば,もう少しいろんな人が意見を言える展開になったように思えてならない.

 ついでにもう1つ.文理融合なる言葉はたぶん一般の人も理解していない.と私が思うのは,経営協議会委員の方の発言の中にも,文理融合は,理系(文系)の学生が文系(理系)の学問を学ぶこと,くらいの了解であるととれることがあったからである.文理融合とは,たぶん,特定の理系分野と特定の文系分野を組み合わせて意味のある学際領域を作ることであり,単に文系理系を両方学ぶことではないだろう.ただこの軽い意味,つまり文系理系の両方を学ぶことということだと,私は大いに意味があると思っている.
 私は長く,教養学部という文系学部にいた(正確に言うと,昔は教養学部にも理系はあったが).それで思うのは,教養学部の教員も学生も偏っていることである.単に文系ではなく「ド文系」と言いたくなる.バランスが悪い.悪いのは論理的思考が弱いことである.
 理系文系の両方を学ぶと言えば,多くの方は教養教育を連想する.先述の経営協議会委員の方の発言も,教養教育の文脈でなされていた.
 教養教育は学士課程教育の最低ラインを指す.この最低ラインを超えて,文系理系の両方を学ぶことを選択できるようにするのが,リベラルアーツである.私は学士課程のリベラルアーツ化は望ましいことと思う.リベラルアーツ化は専門教育の放棄とは次元が異なる.
 特定の文系と理系の領域を組み合わせる課程(ないし研究領域)は,大学院研究科に適した体制であることはいうまでもない.学士課程は広く学ぶ,大学院の課程は専門的に学ぶことが本義であるからだ.

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相撲協会の件

 相撲協会の理事会の決定なるニュースが昨日流れた.さすがに呆れた.相撲協会はあのような暴行事件を内部処理し,関係者の示談で片付けたかった,としか思えなくなった.なんというか,組織というのは内部で問題への対処のシステムを持っていることが多い.しかし,組織の外側のルールに抵触した事例が出た場合,外側のルールを適用するのが当たり前である.それを内部ルールで処理しようというのは,洗練されていないムラ社会の論理というものであるが,そのムラ社会論理の典型を目にして呆れるばかりである.
 しかし,そういう,泥臭いムラ社会要素は,大学もあるかも知れないね,などとも思えた.
 やや風邪気味であるせいもあり,そのまま居間で横になると,いつしか寝入ったようであった.

 さて,12月のある日,ここ西荒川大学では,文化創生学部長の私,東松山亀次郎に,昼過ぎに学部の事務方から電話連絡が入ったのである.急に学内人権問題管理委員会を開催するという.何の話かと学部の係長に聞くが,特に何も伝わっていないとのことであった.1時間ほどして,本部棟5階の会議室に,私を含め,関係委員が参集したのである.
 議長である学長は本日の案件の議題のみを述べ,その概要の説明は某部長に投げたのである.ことのあらましは某部長が説明した.
 よくある話ともいえるし,変な話ともいえる.平たくいえば,学生間で強姦未遂,ないし婦女暴行未遂があった,ということである.ただし状況に特殊性がある.双方の当事者が留学生であることであった.被害者と想定される女性は,英語圏の協定校から交換留学で西荒川大学に滞在している学生である.だからどこかの部局に属している訳でもなく,管轄は国際本部ということになるのだろう.加害者と想定される男性は,日本ジャマイカ国際開発銀行の日本留学プログラムで本学が受け入れた学生であるという.このプログラムの性格上,受け入れているのは融合土木研究科であるとのことだった.この学生は某開発途上国の公務員であり,母国ではエリートに属するらしい.それで何をしたかというと,ある程度顔見知りになった後,加害者が寮の自室に被害者を呼び,2人だけになったところで思いを遂げようとして抵抗された,ということであるようだ.ようだ,というのは,事実関係の確定が済んでいないためである.
 ここまでの概要を説明したところで,某部長は,実はこの件は既に警察の取り調べるところとなっている,と説明した.
 この当事者同士で,謝罪をするかどうかについて,問題の日以後に接触があったらしい.被害者から相談を受けた留学担当の先生が,加害者の所属研究室の先生を介して謝罪の協議をしようとしたのだろう.しかし,加害者と想定される男性はそのようなことがあったことを否定し,話は一向に進まない.そこで,被害者の意思を確認した留学担当の先生が付き添って,警察に事情の説明にいったものと思われる.
 ここで会議では何人かの高官から発言が出た.本学の危機対応マニュアルの公式の手順では,問題が生じれば速やかに大学の本部(総務部)に連絡をしなければならない.なのにある教員(たぶん留学担当の先生)は,大学に連絡もせずに警察に話に(付き添って)行っている.これは手順がおかしい.加害者を受け入れていた融合土木研究科所属の委員は,いきなり警察に行ったその教員に問題がある,と主張する.その教員は本学の専任なのだから,まず本学のルールに従う義務があるはずだ,という.
 いや,その先生はそれで正しい,と某文系部局の委員が反論する.その先生の本体業務は相談に来る留学生に寄り添うことである.大学の管理の下働きをすることではない.私がその後に意見を続けた.警察の関与を希望するかどうかは被害者個人だけが判断できることである.大学にお伺いをたてる筋などまったくない.ルールがどうのというのは,ルールの方が不完全なだけであろう.
 この種のやり取りが進む中で明らかにされたもう一つの事柄は,日本ジャマイカ開発銀行のプログラムのエージェントが管轄の西荒川警察署と,やり取りというか,交渉を始めているらしいことである.ええ,そんなのありか? じゃ,加害者側は弁護士付きなのね,という白けたムードが会議に漂ってきた.
 日本ジャマイカとしては,自社のプログラムの学生が刑事事件を起こしたという記録を残したくないのかも知れない.あるいは,相手国との微妙な関係があるのかも知れない.
 じゃ,大学がどうのという話では,ハナからないのではないの? 問題は結局,西荒川警察署と日本ジャマイカとの交渉に委ねられるんだろう.で,結局なんでしょ,その日本ジャマイカ開発銀行のプロジェクトで,ウチの大学もお金もらっているから,サーヴィスさせられているだけなんじゃないの,と私は言いたかったが,言うのをやめておいた.まあ,情けねぇが,ウチの大学がどうこうする問題ではない,ということである.大海の荒波に翻弄されるだけの,みじめな小舟かよ,ウチの大学は,という,みじめ感が漂う光景がそこにあったのである.

 では今日の会合は,以上の経過を伺うだけなのか,というと,そうではなく,一件だけ,確認をしたいという.加害者が警察から釈放された場合,住居の位置関係から,両者が授業に行く途中で接触する可能性がある区域がある.この区域について,相互に接触しないように双方に注意を促す,ということでよいか,という確認であった.
 それはまずいだろう,と私が言う.警察の扱いがどうなるかは分からぬが,加害-被害の関係は明らかである.この場合,加害者の方に接触が起こらない経路を取ることを求めるのが普通である.通常の学生生活をするなら,両者はいろんな場所で接触する可能性があるのだから,加害者に所属研究室に行く以外の行動の自由は認めるべきではない.
 某高官はこれで腹を立てたらしく,立ち上がって,お前は本学を陥れるつもりか,と叫ぶ.そんなつもりはない,と言って私も立ち上がる.ここで某高官が合図すると,帯刀した男5人が部屋の中に入ってきたのである.何れもハチマキをしており,ハチマキには「西荒川大学 命」と書いてある.うち一人がいきなり抜刀して私に斬りかかる.私は右手に持っていた文鎮でその刀を受けるなり,文鎮で相手の額を打ち据える.男はぎゃっと昏倒するが,別の男の太刀が私の右腹を切り裂く.このままでは斬られる.すぐに窓を開けて外に飛び出したが,ここは5階であった.うわぁーっと落下する感触の中で私の意識は消えていった.

 と思ったところで目が覚めた.夢か,夢だったのか.一瞬呼吸を整えながら私はやっと立ち上がった.お茶でも飲んで一服してみよう.そう思って私は台所に行って急須を探した.

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人文系学部長会議共同声明2015

 1つ前の記載で,教員養成・文系部局の削減を求める文科省通知について書いた.その記載の中で人文系学部長会議が反対の声明を出したことにちょっと触れた.この会議には私も学部長として出ており,声明に名前を連ねている.2015年のことである.面白い要素もあるのでこの声明に触れてみたい.
 この声明では「この文部科学省の見解に対しては,国立大学法人17大学人文系学部長会議として強く抗議する。」と述べている.ここだけを取り出せば強い調子の抗議である.ただその意とするところは,「文部科学省は,人文社会科学の存在意義を踏まえ,一律に人文社会科学系学部・大学院の改革を迫るのではなく,それぞれの大学の特性に応じて柔軟に支援していくことを強く要望する。」というソフトな内容である.
 この学部長会議であるが,私が出席した6年間(年1回)でも,声明を出すという話は時折持ち上がっていた.私が出ていた期間では,2010年の夏に「緊急声明」なるものを出しており,私も名を連ねている.2010年の声明は,政策的経費予算を大幅に削減するという閣議決定を受けてのものだった.当時は民主党政権になったときであり,政策に疎い人たちの政府であるから,政府が財務省の言いなりになっていた時期である.告示通りの削減率を国立大学の予算に適用すると国立大学はひどいことになる,という当時の危機感を背景にした声明だった.いろんな種類の会議が同種の声明を出したのではないかと思う.
 この2010年の声明と,2015年の声明とでは根本的に性格が異なる.2010年の声明は,要するに文科省にちゃんと予算を取ってきてくださいという,おねだりの声明である.だから文科省との対立はなく,予算を取るうえでもこういう声明があった方が文科省も有難いだろう.しかし2015年の声明は親分筋の文科省に抗議しているのである.

 人文系学部長会議は例年,10月に開く.夏頃から議題の連絡は来ていた.その連絡で,文系削減に抗議する声明を出すという話は事前に伝わってはいたのである.
 実は私は声明を出すことに乗り気ではなかった.
 第1に,言ったところで文科省は聞かない.件の文科省の通知については既に多くの批判が出ており,極めつけは経団連による批判だった.まあ,大旦那風の経団連と文科省小役人との格の違いを見せつける局面だったと思う.文科省を擁護する意見はなかった.それでも,文科省はあの通知の撤回は拒否していたのである.通知の決済をした人たちの立場があるから,役所としては撤回はできないのだろう.だから学部長会議が批判の声明を出しても無駄だとしか思えなかった.
 第2に,実利的に考えるとやめておいた方が無難と思えたことである.あの時期,多くの国立大学(の人文系学部)は改組を含む文科省との折衝を控えていた.埼大は,その時点で既に済んでいたから実は構わない.しかし多くの人文系学部はこれから折衝をする,ないし折衝中なのである.そんな中で抗議声明を出すことが,人文系学部に有利に働くという楽観論もあるかも知れないが,折衝自体がぎくしゃくするリスクも抱えることになるだろう.結果を個人で受け取るなら構わない.が,学部組織が結果を受け取ることを考えると,抗議声明を出すことはリスキーに思えたのである.

 学部長会議は2日にまたがる.会議時間の多くが抗議声明の件に費やされた.といっても,抗議声明を出すことへの反対論はまったくなかった.文言をどうするかに時間を費やしたのである.
 会議では声明を出すことへの賛成論が思ったより続いた.声明を出すべきと考える理由は,1つ前の記載で私が文科省通知を不可解と思ったのと,趣旨としては同じようなものである.「文科省があまりに見識がない」という表現を覚えている.確かに,以前であれば,思ってはいても文系を削減すべきなどと口にする阿呆は文科省の役人にはいなかったろう.しかしその後,文科省が国立大学をいじるのが常態化した.そうした状況から削減という通知になったのだろうが,私は単純なミスだったように思う.
 という経緯で,2015年10月9日付の「国立大学法人17大学人文系学部長会議共同声明」が採択されたのである.これから文科省折衝をする当の学部長さんが賛成しているのであるから,私にも異論はなく,賛成した.賛成はしたものの,この声明は文科省から軽く無視されて終わるのであろうと予想した.
 しかし思わぬ伏兵というか,忖度茶坊主が埼大の中にいたのである.

 人文系学部長会議があったその10月の後半に全学運営会議がある.学部長会議の議事に関する情報は全学運営会議で報告するのが通例になっている.だから声明を採択したことを含めて私が簡単な箇条書きメモを書き,全学運営会議の資料として事務長を通じて全学に送ったのである.
 ここからがおかしい.この報告に資料は付けないと大学の本部(全学の総務)が言ってきた,と事務長が私に言う.報告は口頭で行うものだと言っているという.そんなアホな,昨年度もこの時期,私のメモをそのまま資料に付けて全学運営会議に出したではないか.ちゃんと資料に載せるように本部に言ってくれとお願いした.
 その全学運営会議に出てみると,私が出した文書資料は出ておらず,私の報告は「口頭」と議題紙には書いてある.総務はどうしても口頭にさせたかったのだろう.資料を紙で出したはずであるがどうしたのか,と私は逆らう.総務課は、用紙で書く場所が違うので載せなかった、と答える。「そんなことあるのか?」と後ろにいた事務長に聞くと「初耳」と答える.当初は「口頭でするものだ」という理由がこの場で変わったのであるから,苦し紛れの嘘だろう.私は何度も,報告内容の紙は総務に行っているはずだというが,ちゃんとした答えはない.普通なら議長の学長が,紙があるならコピィして配ればよいだろうというと思ったが,学長は口頭でやれという.口頭でやったら総務の注文に乗るだけである.議事録には単に「口頭で報告があった」と彼らは書くだろう.「紙に書いて出したものは覚えていない」と答えて,報告は無しにした.
 会議が終わって帰るときにナントカ課長が済みませんと言ってきたが,何を謝っているか不明である.起こったことをそのまま議事録にすることを,私は念を押した.
 その議事録の文面が次である.

10. 第15回国立大学法人17大学人文系学部長会議について

教養学部長から、報告のための資料を提出したが掲載されていない旨の発言があった。総務課から、議題確認の際に議題の報告内容の記載があったが、資料の添付がなかったため、口頭説明と判断し、議題のみ掲載した旨の説明があった。報告はなされなかった。

 議事録では「資料の添付がなかった」というが,明らかな嘘である.
 彼らが何を考えたのか,私にはどうも分からなかった.学部長会議で声明を出したことを文書に残すのが嫌なのか? しかし,埼大の全学運営会議の議事録など,誰も見るはずはないのである.
 彼らとのいざこざは,今年(2015)に入って3度目であることが思い当った.1回目は,なんとか子さんの講演会を教養学部が開くことを決めたことにつき,その講演者が実刑判決を受けたというネット上のフェイクニュースを信じて学長に持って行き,学長のお言葉を伝えてきたときである.次は,秋に入って学長選考会議があり,そこで学長任期を伸ばす原案を作ってきたのが彼らであり,その案に私は会議で粘って反対した.それが2回目である.そして今回の件が3回目だった.いかに学長に気に入られていたとはいえ,やることが忖度茶坊主としか言えねぇな,と思ったものである.

 まあ,埼大はこの程度だった.その後,それとなく聞いた狭い範囲で言えば,似たような忖度茶坊主は多くの大学の本部にいたようである.大学によっては文科省から直接,何かがあったという.他大学のことだからここでは書かない.
 単に無視されて終わると思ったあの声明は,文科省(の誰か)が結構嫌がっていたのかも知れない.
 余計な話であるが,法人化以来の傾向を私が眺めた感じでは,学長のリーダーシップが強いということになっている時期は,学長が決めるというより,その周辺の茶坊主然とした方々(方?)の権力が強まるのが実態であるように思う.しかもその結果がよろしくない.そんな思いがふと沸いたのがその2015年度だった.私は学部長をその年度を最後に辞めたので,実際にどうなったかは私には分からない.

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教員養成・文系部局の削減

 2015年の6月に文科省から国立大学に対して「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知が配られた.この通知の中に,ミッションの再定義を踏まえて組織改革をすることを促す段落がある.その次の段落が「特に教員養成系学部・大学院,人文社会科学系学部・大学院については,…,組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」という文章だったのである.文系学部の運営に係わった方はよく覚えておられると思う.この通知によって,文科省は国立大文系を廃止するつもりであるという観測がすぐに広がった.随分前のことのように感じるが,まだ2年しか経っていないことに驚く.
 文系廃止ととれるこの通知に対しては,やはりご存じのように,日本学術会議(幹事会),一部新聞,人文系学部長会議が異論ないし抗議の声明を出した.極めつけは経団連の声明だった.経団連の立場は文科省の考えの対極にあると明言したからである.要するに文科省の見識への風当たりが強くなったのである.
 この風当たりに対して文科省は「文系をなくそうとしているというのは誤解だ」という趣旨の論調を重ねたと思う.しかし文科省はこの通知を撤回したり出し直したりすることは拒否だった.「誤解だ」という主張の論文(執筆者は鈴木なんとかいう方であり,お役人ではなく審議官のような肩書だったような気がする)を私も読んだことがある.文科省が文系を廃止なり削減しようとしているというのは誤解である,というのが主旨と思いきや,最後の方でははやり文系は転換する必要があると書いていたので,詐欺のような文章だなと感じたものである.

 この通知があったときは私は教養学部という文系学部の学部長だった.なので状況は把握していた.ただ私はそれほど深刻には考えなかった.文科省が文系部局に冷たいのは既定路線であり,今さらどうこう言う話でもないだろう,と思えたからである.
 深刻に受け取るというより,不可解な通知だなという感じの方が強かった.何が不可解か?
 第1に,需要が乏しい,具体的には志願者確保が困難な部局は廃止なり転換を考えろ,というなら合理的な通知だったからである.該当するのは文系部局が多いかと思うが,そうではないかも知れない.全国の人文学部長会議の席上で時折述べられたことに,ウチの大学では人文系より工学部の方が志願者確保に苦労している,というのがあった.まあ,どこの国立大にも工学部はあり,しかも規模はどこも大きいだろうから,地域によっては志願者確保に苦労して不思議はない.そういう所は廃止なり転換しろと言われれば素直に受け取る他ない.しかし,いきなり人文社会系(と教員養成系)という指定が出てきたところが,何か変な意図があるんじゃないの,という気持ちを起こさせる.
 第2に,この文科省通知が大学のヴィジョンに言及していないことだろう.何れかの部局の要/不要は,その大学のヴィジョンなり将来像に照らしてのことである.維持が難しくても全体ヴィジョンから文系部局は必要,という立場を,総合型ないし複合型のほとんどの国立大学はとっている思う.単に文系をなくせというのでは,そのヴィジョンがどうなってしまうのか? 文科省は,これこれの学部をパーツとして捨てろというのではなく,こういうヴィジョンで行きなさい,という必要があったのである.
 第3に,この通知が出るまでの間に,文科省は私立の人文系学部の設置は認め,私大を含めた文系定員を膨らませていたことである.私は,学部長をしている期間,次に設置を文科省が認めた大学,学部,学科,研究科は何か,という点をよく眺めていた.いわゆる人文系,文学系は実に多かったように思う.むろん,平成30年度設置の新設組織を文科省HPで眺めると,多くは看護学などの医療系だった(文学系の設置もあった).医療系は一貫して多かったと思うが(その割に,獣医学部同様,医学部の設置は認めない),文系の私学定員はずっと増やしてきたのである.
 同じことは教員養成系にも言える.というより,教員養成系で甚だしい.教員養成の学生定員は平成30年度設置で見ても私学で増え続けている.ここまで増やすことを認めておいて,国立大の教育学部には定員削減を求めるという,このダブルスタンダードは何なんだ.国立大と私学とでは設置者が違う,とかいうのかも知れない.が,同じ学位を出すのであるから,同じ製品を売っている組織なのである.国公私立を通してこの学位の定員は多過ぎる(地域別にしてもよい),だからここは全体としてこれだけ減らしましょう,というならまだ分かる.

 実はこういう訳なんですよと文科省が言うはずがない.だから想像するだけであるが,思いつくのは,私学側のおねだりに文科省が屈しているということだろう.そう言っては何であるが,規則上の制約が多い国立大よりは,私学の方が供与できる資源も多い.だから文科省は私学の方に寄って行くのは官僚制の必然である.
 私大は設備経費が低い文系に偏っている.理系や医学系は文系で稼いだお金をつぎ込むしかないだろう.また,私大は教員養成を命綱にしているところも多いように思う.だから,文科省は国立大の文系や教員養成系を削減して,私学を助けているという姿勢を示しているのだろう.しかし,何の説明もなく,罪悪感を植え付けられながら削減に励まねばならぬ国立大文系や教員養成系は,いい面の皮というほかはない.

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学長任期6年

 先日,新聞に埼玉大学のことが載っているとカミさんが言う.どれどれと朝日新聞朝刊を見てみた.1面の左の方の記事に,気象用レーダーを埼玉大学に設置すると,地図付きで載っている.オリンピックのときに気象が急変することへの対処として新たなレーダーを設置するらしい.これ,埼玉大学にレーダーを置くだけなのか,埼大でちゃんと運用するのか,とカミさんと話した.まさか置くだけということはないだろう.と思って埼大サイトで確認すると,その件の記事が載っている.当然であるが,埼大の理工に基盤となる研究があり,その延長でレーダー設置になったようである.だから大したものなのだ,と話した.

 久しぶりに埼大サイトを見たついでに,いくつかのページを眺めた.たまたま学長選考会議の議事要録が載っているページを開いた.懐かしい思いがあり,少し前の,つまり私がこの会議に最後に出ていた平成26年度と27年度の議事要録を開いてみた.
 私が会議に出ていたときの記憶であるが,この会議では前回の議事録を毎回確認する.実は議事録は2重構造になっていて,外部には見せない部分と見せてよい部分に分かれているのである.ただサイトに載っている「議事要録」は,本物の議事録の「見せる部分」より,さらに要約されているように思える.
 私が委員だった期間の最後の頃に,この会議に対して議事録の情報公開の請求があった.そのときに請求者に渡した議事録は,「見せてよい部分」だけよりは詳しいが(当然「議事要録」より詳しい),議事録のすべてよりは短かったように思う.だからこの会議については,議事録・議事要録の類は,合計で4種類あるのだろう.ややこしい.
 さらにせこいことを言うが,ある期間でのこの会議では,主たる発言が私の発言であることもあった.時間で見ればの話である.しかし議事録確認のときに,私の発言はごく小さく扱われているのが通例だった.異論も言えたのであるが,大人げないのでそのまま認めた.政府系の審議会の議事録(怪文書でないやつ)は,発言をそのまま記載してホームページで公開している.しかしこの会議については,まとめる人の判断が大きく,会議そのものの様子は,一番詳しい議事録を見ても正確に伝わるかどうか,その頃私は疑問に思ったものである.
 まあ,議事要録が要約されているのはよいとして,実際に会議に出ていた受けた印象と,この議事要録で読む印象はかなり異なる.というか,この議事要録だと,会議で何をやったのか,読者はよく分からないだろう.
 例えば,平成27年度の3回目の会議(11/19)では,学長任期を6年とすることを決めた.議事要録では,「…各検討事項について種々協議した結果、学長の任期、…、学長選考結果の公表については、原案のとおり了承された。」とある.嘘ではない.けれど,まず指摘できるのは,この「原案」というのが,どなたが作った原案かは,読む人は分からない.
 「原案」とは事務局原案であり,原案を作って会議で説明するのは総務部長である.議事録(案)を作るのも同様である.総務部長は総務課長とも相談するかも知れない.また,会議に出すわけであるから,議長には話を通しておくかも知れない.しかし議長(外部委員の方)はとりまとめに専念されていたので,ご自身の意見は全く仰っていなかったと思う.
 まあそこはよいとして,上記のように「学長の任期、…、学長選考結果の公表については、原案のとおり了承された」と読むと,いろんなことと一緒に学長任期を6年とすることが簡単に了承されたかのような印象になる.
 実際には,学長任期の事務局原案は「6年+2年」で前回の2回目の会議(9/17)に出ている.学長任期に関する激論はこの2回目の会合で行っているのである.主な発言は現行のまま(4年+2年)を主張する私の発言であった.私の議論が学長任期を長くしないことであったことに加え,外部委員のある方が「プラス2年」は余計だ,と主張して一律「6年」の主張をされたのである.ここで事務局が案を引き取り,次回3回目の会議で改めて「任期6年」の再度の原案を出し,了承された,という経緯である.だから3回目の会議に限っては,そのときに出た原案で了承されたのは嘘ではない.が,流れからすると元の原案がそのまま通った訳ではない.

 学長任期が会議の正式な議題となったのは,この平成27年度の2回目と3回目の会議である.が,私の考えでは,平成26,27年度の学長選考会議全体を通して,大きな課題は学長任期の件だと誰もがみなしていたように思う.学長任期が審議対象であることの報告は平成26年度から出ていた.平成26年度の段階で,その前後の文脈は思い出せないが,ある外部委員の方が,今の学長はよくやっているので次の2年もやらせるべきだ,4年目で参考投票はすべきでない,と興奮して発言された.このときの話は,現学長を6年やらせろという話と,学長任期は6年にすべきだという一般論とが混在していたように思う.その委員の方はだいぶ興奮しておられたので,会議終了後に議長がその委員の方の席まで行って肩をとんとんとたたいた.肩をたたいたのは「まあ落ち着いて」という意味なのか,「気持ちは分かりますから」という意味なのか,私は知る由もない.
 学長任期について私が主に発言したのは2回目の会議である.このときは,議長を除く外部委員4名が学長任期を長くすることを主張し,私一人が長くすべきでないことを主張する,という展開だった.その他の方も発言されたかも知れないが,「長くすべきでない」方の発言は私だけだったはずである.
 長くすべきという議論は,中期計画6年に合わせるべきこと,世間ではトップは長くやるものだ,アメリカ大統領は強い権限を持って長くやっているではないか,といったことである.私自身の発言はよく覚えているので不公平に長く書くけれど,私の第1の論点は,国立大学法の規定による学長権限が例を見ないほど強いこと,したがってバランス上,任期が短めに設定することが望ましいことである.国立大学の学長は,すべての役員,委員を任命できるし,一人でも決済できる.会社であれば,最高議決機関は取締役会であって,社長が全部決められるようにはなっていない.アメリカ大統領は(任期が4年であることは周知のはずだが),権限が強いように思う人が多いが,公式な権限は強くはない.議会の承認なしには人事権もないし,法案の提出権もない.だから,アメリカ大統領は演説(教書演説)をして,権限ではなくリーダーシップで引っ張るのだ.
 その次の,3回目の会合では,改めて,学長任期を一律に6年とする事務局原案が提示された.この3回目の会合では,最初の方で例の外部委員の方が,高木ばかりが発言しており,他の人の発言が必要であると主張し,事実上私の発言は封じられた.教員の委員では私ばかりが発言していたのは事実であるので,私は発言を控えた.実際,私ばかりが言っても他の教員の委員が発言してくれなければ意味がないので,私としては他の教員委員の判断に預けるという気持ちだった.
 最後に委員一人ひとりが発言することになった.何れも簡単な発言だった.まず議長を除く外部委員の方が6年任期の原案を支持する発言をされた.中身としては,トップは長くならないとダメだ,学長は世間に顔を覚えてもらわないといけないが,6年やらないと覚えてもらえない,今やっていることを変えてみるのもよいではないか,といったことだった.4名おられるのでもうお一人がいたはずであるが,何を発言されたかは忘れた.
 次に教員委員の5名の発言に移った.何処とは言わぬが,規模の大きな2つの学部の学部長さんは任期6年がよいとおっしゃる.理由は,何かをやろうとすると6年はかかる,といったことだったと思う.やはり何処とは言わぬが某文系学部の学部長さんは,「これまでやってきて今のやり方には合理性がある」と仰って現行の4年+2年を支持された.むろん私は4+2年を支持した.もうお一人,何処とは言わぬが,あまり大きくない理工系学部所属の委員の方は,6年がよいようなことも仰っていたし,4年がよいようなことも仰っていたので,最終的にどちらの立場だったか,私の記憶でははっきりしない.
 という訳で,いろいろ議論はしたが,終わってみれば学長任期を6年とする原案が承認されたのである.

 この会議の時点での現行制度(4年+2年)と,現在の現行制度(一律6年)との違いは,4年目に学長を取り換える機会があるかどうか,だけである.学長は良いとは限らないので,4年+2年の方が望ましいという気持ちは,私は現在も変わらない.ただ,記銘すべきは,この6年任期という制度は,教員の賛同もあって決まった制度である,という点であろう.だから仕方ないと,会議が終わったときに私は思ったものである.

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2007年の学長選考(下)

 手元資料によると文科省に上申する学長候補の選考をする学長選考会議が開かれたのは2007年11月20日火曜であった.午前中に参考投票(意向聴取)があり,13時頃には集計が終わったはずである.そして午後の学長選考会議で結論が出る.実は17時には経済学部長陣営の会合が予定されていた.
 しかしなかなか結果が伝わらない.私は授業があり,授業の合間に結果が伝わると思っていたが,連絡は来なかった.
 経済学部長が正式な学長候補に選ばれたという知らせを私が受けたのは5限の授業の後,18時過ぎである.たぶん17時の会合は流れたのだろう.その当選の一報を部内の賛同者にメールで送ったのは19時に近かった.学長選考会議の様子を聞いたのは,その日であったかも知れないし,次の日であったかも知れない.
 推薦人代表の言を借りれば,経済学部長は投票で圧勝,選考会議で辛勝であったとのことだった.投票での圧勝がなければ選考会議での辛勝も分からなかったという.
 時間も経っているのでいってもよかろうが,選考会議のメンバー10名のうち,教員側委員5名は参考投票1位の候補(経済学部長)を推した.しかし外部委員5名は,参考投票3位の現職学長を推し,会議が膠着したのである.教員側の5名とは,教養学部長,経済学部評議員(候補者になった経済学部長の代理),教育学部長,理工研科長(工学部),理学部長である.S氏を擁立した教育学部長も,教員の仁義を守って参考投票1位の候補を推した.
 外部委員の側は,改革を進める現職学長に対して反乱を起こした守旧派がつるんで別の候補者を推した,という認識だったらしい.5対5の膠着状態が長く続き,ある経緯があって6対4になり,やっと決着した,という展開だった.決着の経緯はここでは書かない.
 2007年の学長選考の時点で,参考投票3位の候補が学長に選ばれるという「先進的」な事例が,埼大で起こる可能性はあったのである.

 かくして法人化2代目学長が選ばれたのである.

 この2代目学長さんをどう評価するかは,立場によって異なるだろう.私の立場から私個人の意見を言えば,少なくとも最初の1期目,4年間は評価する(評価しない方がいるのはわかっている).2期目の最後の2年間については私は評価しない.あの2期目における学長さんの存在感からすれば,2代目学長さんはあえて2期目に立候補すべきではなかったろう.
 それでも,2代目学長さんは,最初に選ばれたときの自分の役割をよくこなしていたように私は思う.他に抜きんでた存在を主張するのではなく,皆さんと同じ目の高さで話し合いながらやっていこう,と努められたことは確かである.くだらない例ではあるが,シンボリックにはその点は賀詞交歓会の様に現れていた.新年の賀詞交歓会は本部事務方が手配するだろうから,どうしても人の配置は小学校の朝礼のようになる.学長が部下の並んだ前で訓示を垂れる,という格好である.しかし2代目学長さんは,最初の賀詞交歓会の時に,部屋の真ん中を空けてみんなで丸くなろうと言い出した.皆さんと同じ目の高さで接する気持ちの表現だったのだろう.私が2度目に学部長になり,今の学長の賀詞交歓会に出たときは,再び小学校の朝礼に戻っていたので,この違いが気になったものである.
 2代目学長さんは,少なくとも就任の当初は部局長を集めて何度も大学の方針を協議した.その中で一定の合意を得る努力をされたことは確かである.しかしこうした横の協議の比重はだんだんと低下していった.次第にトップダウン学長と,さほど変わらなくなったように思う.
 仕方ない面がある.部局の立場や意見は異なり,どうしてもトップダウンでやらざるを得ない面があるからである.
 また,当事者は自覚はしないと思うが,知らず識らずに部局の側も,権限の強い,トップダウン学長を求めて行く側面がある.教養学部のような弱小学部は該当しないが,立場の強い部局,例えば理工や教育学部は,学長に対して申し入れをする.教養学部が同じことをしても跳ね除けられるだけであるが,立場の強い部局がやれば学長は(少なくともある程度)受け入れざるを得ない.それで申し入れが通るとすれば,立場の強い部局にとり,学長は権限が強くトップダウンでやってくれた方が有難いのである.一人で決められない学長であれば,部局としても交渉相手とする意味がない.多部局間の決定の場より,余計な小者がおらず学長とさしで交渉できた方が都合よい.トランプのアメリカがTPPのような多国間協議より2国間協議を好むのと理屈は同じである.立場の強い部局が自然と,学長の権限が強くなること,学長の任期が長いことを好むのはそれ故だろう.比喩的に言えば,学内政治の磁場の作用の結果として,トップダウン学長が均衡として出現することになる,という気がする.

 時折,学長は「民主的に」選ぶべきだ,「民主的」に大学を運営すべきだ,という人がいる.そう仰る方がいることは心強いと思う反面,ものの見方が浅いように思える.十分に民主的であろうとされた2代目学長さんでも,このくらいだったのである.
 一般社会にとっては民主的であることは至上である.民主的であることを守ることは首長の責務である.しかし大学は一般社会ではない.組織である.組織は一定の機能を果たすことを目的に設立された団体であり,目的はその機能をよりよく果たすことであって従業員の福祉を向上させることではない.だから組織にあって「(従業員に)民主的」であることは必ずしも正義ではない.
 しかし学長は民主的であることが望ましい.集団意思決定の研究成果を考えれば,立場の異なる人々が話し合った結果は,トップダウンで決めたことより,平均的には賢いからである.しかし,「民主的」であるべきと思う方の真意は,学長選考によってよりは,別の方法で模索すべきなのだろうと私は思う.選ばれてしまえば学長は変わる.むしろ,トップダウン学長に対抗するメカニズムを作ることである.組合を強くすることなどは,一つの方法であろうと思うが,それも難しいには違いない

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2007年の学長選考(中)

 教養学部と経済学部で,経済学部長を学長候補とすることが固まったところまで,前回は書いた.ここまでは容易なことであった.が,次に理工の支持を得ることが面倒な作業だった.目標としたのは,「全学が経済学部長を学長として推している」という格好だった.そうでないと学長にはなれない.なぜか?
 時の現職学長と,教育学部に支持されたS氏の立候補はほぼ確実だった.この状況で学長に選ばれるためには,「全学が推している」格好を作って,参考投票で大差をつけて1位にならなければならなかったのである.単なる1位では学長になれない.
 まず,現職学長はその地位からしてそれなりに票を集めると見なければならない.さらに問題は,参考投票の後の学長選考会議で,委員の半数を占める外部委員が現職学長を支持すると見るのが自然なのである.外部委員は現職学長が任命しているから,顕著な理由がなければ現職学長を推すのが自然な仁義である.明確な根拠がなければ外部委員からの支持は得にくい.
 より問題なのは第2の候補,S氏である.ここまでは説明を省略したが,S氏は東大の工学部長などをした後に某中堅私大の学長,理事長を歴任した経歴を持つ.この方の売りは,分野が工学であり,その某私大で専門の工学分野でCOEを取っていたことである.工学部教員にとり先生筋に当たることもあるだろう.埼大でも経営協議会の委員をしていたので,埼大のことが分からない訳ではない.外部委員は同じ経営協議会委員だったから,外部委員からの支持も得やすい可能性がある.だから強力な候補といえる.難点があるとすればかなり高齢なことだったろう.
 ここはS氏を推した教育学部長の政治的センスが冴えたところと思う.以前にもこのブログで書いたが,埼大では教員数の多い教育学部と工学部を抑えれば,学長選挙で勝てる.教育学部票を抑える教育学部長が工学部票を取りに行ったと見るべきだろう.教育学部側の宣伝文句は,「S氏で埼大悲願のCOEを」だったから,COEを取ることに目の色を変える理工系からの支持を集めて不思議はない.
 こうした中で勝ち抜くためには,全学的に支持を受けて立候補した,という格好が必要だった.
 
 理工との話し合いは主に理学部長室で行ったと思うが,別の場所もあったかも知れない.何度も会合を重ねた.難航した.たぶん協議を始める時点で,理学部長と工学部長からの理解は得られていたと思う.しかし理工はそれで決まらないのだ,とそのときに知った.主に工学部の重鎮の方 - 人は場合によって異なったと思うが - との会合を重ねた.しかし簡単には理解は得られない.逆に工系の重鎮が「推してもよい」という方のお話を伺う機会もあり,逆に同意を求められた.しかしそのお話では,詳しくは書かぬが,経済・教養側が引いた.下手をすると喧嘩別れになりかねないが,そこは経済学部の副学部長殿が泥をかぶった.
 かくして議論は膠着したまま時間は過ぎ,立候補の締切期限が近づいていったのである.
 おそらく最後となるであろう会合の前に,経済・教養勢で打ち合わせをした.そのときに私が主張したのは - 私だけではないが - こちらからは降りるな,決裂でよい,そのときは経済・教養だけで戦うだけである,ということである.特段の方策があるではなかった.
 その最後の会合でも話はなかなか動かない.しばし沈黙が支配した.そのとき,理工の評議員殿と理学部長殿が,「Kさん(経済学部長)でいいよ」といってその場の同意を促した.工学系の重鎮が首を縦に振り,経済学部長を全体の候補者とすることが決まった.経済学部長以下,経済・教養学部勢は深々と頭を下げたのである.

 時間がない中で立候補のための書類を整えた.推薦人の代表が工学部長だったので,書類のとりまとめは工学部で行ったと思う.
 票の取りまとめが課題だった.私が実際に行ったのは教養学部内のとりまとめだけである.経済学部長を推す,ということなので異論は出ない.むろん,教養学部の中にも自称学長派の方はいたけれど,少数である.票は固められたと思う.票固めの工作はいろんな方がいろいろやったけれど,ここでは書かない.既に全学的な態勢があったので,障害はなかったように思う.
 選挙期間の前半は,演説をするにも候補の経済学部長はぎこちない面があった.しかし後半には修正がなされた.主張の中身も私の意とするところであったと記憶している.私の立場からすると,主要な論点は2つだった.第1は,部局間の協議によって大学を運営すること,第2は,この規模の大学では限界があるので,広い意味でのネットワークの構築によってその限界を補うことである.最後の立会演説会のときのプレゼンは圧巻であり,これなら勝てると確認が持てた.
 途中である程度の票読みも行った.不確定要素が理工,特に工学部の票の行方だった.当初,3候補で3分する様相という説明を受けたが,次第に支持が広まったと聞いた.

 文科省に上申する学長候補を決める学長選考会議の日,参考投票は午前中であったと思う.昼に集計をしたはずである.票数は一般庶民には公表されないはずであるが,複数のルートから票数が伝わってきた.経済学部長が1位,S氏が2位,現学長が3位だった.しかも大差で1位である.これで勝ったなと思ったものである.
 午後の学長選考会議で正式に決まるはずである.私は研究室でその知らせを待っていた.
 しかし,なかなか知らせはなかった.実はその間,学長選考は思わぬ展開の中にあったのである.
(次回に続く)

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2007年の学長選考(上)

 大学から持ち帰った荷物の中に2007年の学長選の資料の紙ファイルがあった.退職に伴い研究室で荷物の整理をしているとき見つけ,捨てようと考えたけれど分量が薄いので持ち帰る箱の方に入れたのだと思う.
 ちょうど10年前なのだな,と感じ入った.
 既に時間も十分に過ぎており,関係者も多くは退職している.もはや差し障りはないと思うので,差し障らぬ範囲でここで書いてみたい.下々(といっても学部長クラスが中心)が学長擁立に動いた最後の事例になるかも知れない.

 少し前置きが必要だろう.法人化した2004年から,法人化初代の学長さんの治世であった.問題の2007年は法人化初代学長さんの4年目であり,その年に学長選がある.現職(初代学長)が再任されればあと2年任期ができる.別の人が学長に選ばれれば任期は4年である.
 その初代学長さんであるが,少なくとも教員の間では嫌だと思う人が多かったのである.むろん熱心な支持者もいた.私が聞いたところでは,理工系の若い新任の方々は初代学長さんを熱心に支持している,ということだった.しかし,嫌がる人の方が多かったのは,このときの参考投票の結果を見れば分かる.
 当時,全学運営会議の後に部局長だけで(つまり学長ら執行部抜きで)集まる裏の全学会議があった.教養学部長のS先生は,全学の会議が終わると教養学部の三役に対してその内容を詳しく伝えていた.三役とは,学部長のS先生,K評議員(後の理事),そして副学部長の私であった.その席では,全学運営会議の後に,裏の会議の内容も必ず報告があったのである.
 ちょうどその頃,教育学部のとある重役と話していて次のような意見を伺ったことを覚えている.今のように学長が何でも決めるようでは大学は成り立たない.今の学部長が集まり,学部長の誰かを学長に推して,合議制でやって行くようにしないとダメだ,と.なかなかの卓見であると感心したのであるが,まさにそのことが裏の全学会議の中で進んいるように感じたものである.
 しかし夏が過ぎても,その裏の会議では具体的なとりまとめはないままだった.裏の会議の音頭をとっていたのはK工学部長であるとS教養学部長からは聞いた.そのK工学部長が「自分が学長になる」と手を上げれば,私の印象では,教養学部長と経済学部長は乗ったように思う.K工学部長は,文系の人が聞いても安心するような総合大学の構想を語っておられたからである.しかし,K工学部長は手を上げない.
 そうこうしているうちに1つの動きが出た.時の教育学部長が,外部の人(S氏)を学長に推す動きを始めたことである.何人かの学部長には面会を手配し始めていた.ただ,教育学部長以外の学部長はS氏になびくでもなかった.その状況になっても,裏の全学会議は,全体としては特段の動きをするでもなかった.
 教養学部長との会合を終えた後,私はK評議員とよく雑談をした.話をしながら,今の状況はかなりまずいのではないか,という方向の議論になった.
 S氏が当時の現学長と一騎打ちになれば,参考投票で,たぶんS氏が勝つ.現学長には票が入らない.しかし,内部の人間の代表である現学長と外部の人間が争って外部のS氏が勝つというのは,かなり外聞が悪いことになる,という意見をK評議員がまず述べたと思う.
 K評議員とはこの件で何度も話し合う機会を持ったはずである.その過程で何を目指すべきかということが練られていった.当時の全学の状況を見ると2つの特徴があった.1つは各学部がバラバラであったことである.学長が「民族自決主義」を(有難くも)掲げてくれていたけれど,それによって全学の形が見えないという結果が起こっていた.第2は学長のトップダウンが顕著になったことである.この2つが奇妙に相互促進される状況があったように思う.だから,今なすべきことは各学部が話し合うこと,そうすることによってむしろボトムアップで全学の形を作ってゆくことだと,その時は考えたのである.別の言い方をすれば,部局が集まってどうすべきかを協議して大学を運営する,そのような協議をするための学長を選ぶ,という考えに行き着いたのである.
 K評議員と私との話し合いの場に,いつしか経済学部長が加わるようになった.K評議員が仲の良い経済学部長を引っ張ってきたのだと思う.経済学部は経済学部で,内部でたぶん同様の協議をしていたのだろう.
 実際に誰を学長候補にするか? 私はK評議員を学長にしたいと考えていた.が,この件は「自分と経済学部長との話し合いに任せてくれ」とK評議員に言われ,K評議員に預けたのである.経済学部長とK評議員が話し合って,案の定であるが,経済学部長を候補とすることで決めたという.私にも異論はなかった.
 この後で部内をまとめにかかった.実は教養学部長にも話していなかった.たぶんK評議員と私とで学部長に話したと思う.むろんすぐに賛同して頂いた.
 経済学部と教養学部の相互の三役くらいで顔合わせをしたように思う.下働きは双方の副学部長(教養学部は私)がやることに,自然となった.さすがに自分のところの大将を学長候補にしようというのであるから,経済学部の方が熱気があったような気がする.
 しかしここまでの話は,学長候補擁立のほんの入り口に過ぎない.この後に本番の,理工との協議になる.予想以上に難航したのである.
(次回に続く)

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(下)

 前回,サマープログラムの授業担当の手配について書いてみた.前回書いた手配によって授業はなんとか揃えたけれど,実は出発点に立ったに過ぎない.ここまでの作業は,国際室が学生の募集でずっと動いてくださっていたことである.次第に,海外からの学生の応募もぼちぼち集まり,何とかサマープログラムの形が見えてきた.
 この間,いろんな方が,本当にサマープログラムをやるのか? 本当にできるのか? 学生は集まるのか?といった懐疑論を抱いていると感じた.また案の定であるが,後ろ向きの反応も多少は寄せられた.つまり当初,周囲は「お手並み拝見」の立場だったように思う.その間の私の仕事は,絶対にやります,できます,と強気な顔をすることだった.学生がある程度集まった時点で,本当に実施するという確信がやっと定着したと思う.そうなると話は良い方向に回り出す.
 細かい経緯は省略するけれども,国際室は経験を活かしながら素早く動いてくれたし,教養学部の事務方も面倒なことを根気よくこなしてくださった.授業担当の先生方からもいろんなアイディアを出して頂き,改善されたことが多かった.授業担当の先生方の授業も,短期の学習である点を考慮に入れつつ,魅力が出るように適切に工夫がなされたことには感服するしかなかった.非常勤の先生を含め,彼らが教養学部の教員であるが誇らしく思えた.そして何よりも重要だったのは,学生のボランティアが集まってこの企画を盛り上げてくれたことである.
 同年代の学生ボランティアがいることが受入れ学生の生活を楽しくさせたし,彼らがいなければ空港出迎えサポートといったサーヴィスもできなかったろう.レセプションとフェアウェルのパーティーも彼らのおかげで楽しいものになった.フェアウェル・パーティーで受入れ学生たちは口々に楽しかったことを語り,中には人生の中で最も楽しい体験だったと語ってくれた学生もいた.むろんお世辞である.しかしそんなお世辞が出るということは,基本的には良い体験だったということと私は思う.
 フェアウェル・パーティーを眺めながら,このサマープログラムは成功だったんだな,という感慨に私は浸ったものである.その後しばらくの間,私の中で「サマプロ・ロス」が続いたほどである.

 サマープログラムでは問題も生じた.1つだけ書いておこう.大学からの請求金額に受入れ学生からクレームが出たことである.この件では国際企画室長(現教養学部長)が正面から対応してくださった.問題の1つは事前連絡の金額とは異なる金額の請求があったことである.この点は埼大側の連絡ミスであり,低い方の金額で決着したと思う.金額自体は他大学のサマープログラムより低いので,問題ないと我々は思っていたが,事前連絡と齟齬があるならミスである.大きな問題は,請求の費目というか名目に疑義が出たことである.例えば,宿舎使用料の中に掃除費という費目があるが,学生の受け入れ前に掃除をした訳ではない.その掃除費は次に入る学生のための掃除の費用である.それをなぜ請求されねばならないか,という点である.また学生の受け入れについて入試代の費目が入っているが,受入れにあたって,常識的には入試はやっていない.要するに,埼大という官僚機構は(国立大は同じと思うが),請求額に事務的な積算根拠を持っており,その根拠を正直にそのまま表記しているけれども,そうした費目の正当性は国際的にはない,という問題である.だから大学としては間違ったことをしている訳ではないのであるが,それでも理解されない,という問題だった.
 同じ問題は他の交換留学生にもあるのに,そちらは問題にはされない.サマープログラムで問題が出たのは,学生間で横の連帯があり,かつ,ものが言いやすい環境であったからのように思える.
 授業を担当された非常勤の先生もこの件で受入れ学生と話したらしく,私に次のように仰っておられた.自分は日本に長くいるから,日本はcheatしないことはよく分かっている.しかし日本のやり方は理解されないのだ,と.
 この件をどう決着したかは忘れたけれども,今後は請求額は一括にして細部は書かない,ということにすることになったと思う.

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 ともかく,2015年度にサマープログラムを実施するという目的は辛うじて達した.思いついて1年以内に実施に移したのだから良い方だろう.最初に実施することが重要である.いったん実施すれば実施がデフォールトになり,次に「止める」を「積極的に」選択することは,官僚機構の中では難しい.実施すれば既成事実になり,組織上の抵抗も少なくなる.
 この「ともかく実施してみる」が,埼大の中ではなかなかできない.私はグローバル事業の途上,国際室/国際本部を眺めながら,グローバル促進の企画をなぜ出さないのかと苛々しながら眺めることがあった.しかし企画を出さないのにはそれなりの理由があると思い当った.埼大は縦割り組織であり,国際本部も事実上縦割りで,現実には国際室という事務組織しか管轄しない.企画をするにも兵力,今の場合は教員組織がないのである.兵力は部局が持っている.サマープログラムの場合,学部長であった私が,小なりといえども教養学部という軍団を持ってごり押ししたから可能だったのである.
 この問題は国際室だけの話ではないだろう.全学の組織は,大小はあれ結局は縦割りの事務組織しか管轄せず,兵力は部局に頼らざるを得ない.その部局は,学長なら動かせるかも知れないが(学長でも無理かも知れないが),それ以外の役職者は縦割りを跨いで人を動員する力を持てない.事務機構以外の人的資源が全学組織は乏しい.仕方ないのは,大学の規模が小さく,全学組織が十分な資源を持ち得ないことだろう.
 だから,この大学で必要な全学的企画を実施するとするなら,教養学部のように犠牲を払う部局が出現するか,プロジェクトを学長直属にして学長権限で企画を動かす仕組みを作る必要があるだろう.

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サマープログラムは,やはり教養学部が授業を管轄する格好で,私の在職期間の最後である2016年度も実施した.私は学部長を辞めていたけれども,グローバル事業を担う形からサマープログラムのメネジメントには同様に関与した.
 2016年度のサマープログラムが2015年度の単純再生産であったことには私はやや失望した.2015年度のともかくもできたのであるから,次は拡大実施しても良かったろうに,と思った.宿舎の制約で学生数が20名程度が上限としても,教養学部中心にやるのは6月であるから,7月にもう一つはできるのである.通常,夏季のプログラムは2ターム用意する.経済学部が経済セミナーをするとか,理工がサイエンスセミナーをやるといった試みも,学長に意思があれば可能だったろうに,と思う.

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 国際企画室長は継続して教養学部教員である.私が退職する今年3月の少し前に,2017年度もサマープログラムをするという話を彼から伺った.伝え聞いたところでは,学長からは注文が出たという.
 学長からの注文,として私が聞いたのは,「教養学部中心ではなく全学的な企画としてやるならやってよい」という内容である.この話を聞いたとき,私は腹が立った.
 腹が立った理由の第1は,「やりたいならやってよい」というニュアンスだったことである.これまで教養学部が中心になったのは,学部の利益のためにやりたくてやった訳ではない.全学のために全学の企画に対して犠牲を払ったのである.学長が全学の企画としてやるべきと思うなら,言うべきは「やれ」ないし「是非おやりください」だろう.お前らそんなにやりたいのか,ほー,そんなにやりたいならやってもいいよ,と言っている訳だろう.それでは率先して負担を引き受ける気持ちを壊してしまう.
 第2の理由は,「全学的な企画」(教養学部以外の教員も授業担当する)と注文を付けながら,全学の部局に協力を要請する風でなく,単に国際企画室長程度の低位の全学役職者に仕事を投げていることである.国際企画室長に(教養学部以外の)部局(の長)を動かす力はない.たぶん縦割りになっている理事・副学長にもその力はないだろう.あるとすれば学長なのである.だから学長は,他部局が協力する道筋をつけて国際企画室長に投げないといけない.
 件の国際企画室長殿はそれなりに苦労して,他部局の教員の授業も入れたようである.労をねぎらうしかないが,欲を言えば授業の時間や回数について,教養学部教員に合わせられると奇麗だったように思う.

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(中)

 さても,サマープログラムの構想という机上の企画はしたけれど,2014年末の段階では,具体的な作業は,国際室による下準備以外は何もしていなかった.具体的な企画を進めるためには授業開設をまず専任教員に頼まないといけない.宿舎の制約で受け入れ学生数は20名ちょいくらいが上限であるという試算は国際室から出ていた.ということは同じ時間帯に複数の授業を用意する必要はない.授業は,最大週20コマを埋めればよいのであるから,1教員が週4コマとして,重複がないなら教員は最大5名が揃えばよい.非常勤にもお願いするとして,専任教員は3名が引き受ければセーフ,という目算だった.
 ただ,教員への依頼は気が重いことであり,その点が私がなかなか作業にかからなかった真の動機でもある.
 なぜか? 大学関係者ならお分かりであろう.この曜日・時間に授業を開けと教員にいうのは難しい.教員は,専任であれ非常勤であれ,自分の授業は自分の都合の良い曜日と時間に開けるのが当然と思っている.実験装置を抱える理工の先生であれば毎日大学に来るかも知れないが,文系の教員は(例外はあるけれど),週に限られた日しか大学には来ない.極端な人は,すべての授業を1つの曜日に固め,教授会のある週以外は週に1日しか来ない方もいる.だから,サマープログラムのために,特定の時間に,しかも週に4日,大学に出て来いというのは本来なら無理なのである.

 さて,1月に入って少し経った頃に,観念してまず教養学部の専任教員への依頼を開始したのである.当然,申し訳なさそうな顔をしてお願いした.受諾率は半分くらいであったと思う.3人の専任の方に引き受けてもらった.第1関門は一応クリアした.
 お一人のアメリカ人の先生は,早めにアメリカの大学を退職して名誉教授の称号を得,日本に来ておられた方であった.頼んで分かったことであるが,この方は直前の職場でサマープログラムの運営をなさっており,いろいろアドヴァイスを頂くことができたのは幸いだった.
 ただし,引き受けた専任の方との協議により,時間をおいて,計画の変更も生じた.第1に,1日1コマを週に4日続けることにはさすがに抵抗があり,1日2コマを週に2日,という線で落ち着いたことである.その場合,月曜と水曜,火曜と木曜をセットにすることにした.授業のやり方として,2コマ続けた方がやりやすいという面は確かにあったろう.第2に,1人がある曜日に2コマするとすれば,同じ授業が昼休みを挟むのはどうか,という点だった.この点も私が持ち回って引き受けた先生方と協議し,1・2限と3・4限を組にすることで決まった.結果として,当初1限開設を想定した日本語授業は5限目(1日1時限で月-木の4日続き)にすることにした.
 専任が確保できたとして,その後は非常勤の確保と日本語授業の手配であった.この2つは同時並行で進めたと思う.実は難航した.

 まず非常勤については,教養学部に非常勤で担当されている外国人の先生1人に引き受けて頂いた.しかし問題は,他大学のサマープログラムも担当されるらしく,こちらの良い時間では無理だったことである.その先生のシラバスを拝見すると範囲と内容の設定が非常によくできている.だから他授業とぶつかり,しかも金曜にかかる授業になるけれど,お願いすることにした.
 もうお一方,空いた時間の担当で非常勤が頼めるとよい.JREC-INで募集すれば,あるいは集まったかも知れない.しかしJREC-INに出すとすると募集期間を置けねばならず,時間が惜しかった.伝手を手繰って依頼してみたが,さすがに曜日時間が固定であるので難しい.いったん引き受けてくれた方にも途中で断られた.幸い,お願いした専任の先生の伝手で一人を確保できた.

 問題は日本語授業であった.日本語授業については,日本語教育センターの先生に非常勤の手配をお願いした.しかしまず,1コマを週に4日続ける時間割に難色が出た.結局,必要な日本語の先生の人数は手配できずに終わってしまった.国際交流基金の日本語国際センターも対応できなかった.
 どうしたものかと,上記のアメリカ人の先生に相談してみた.彼によれば,前職で運営していた機関のサマープログラムでは,日本語の授業を神田外語に委託していた,という.事務長と協議し,教養学部で授業を外部委託する線の検討を始めたのである.実は神田外語大は,グローバル事業の採択校として,定期的に接触があり,ウチの事務長は先方の事務長と連絡できたのである.なお,神田外語の日本語は,大学本体ではなく,名目上別組織のKGCC(Kanda Gaigo Career College)が担って,大学などに日本語の授業を提供している.海外の大学で大学本体とエクステンション組織が分離していることを想像すればよい.
 連絡してみるとKGCC側も思ったより呑気であり,打ち合わせにこぎつけるのに時間を要した.ウチの事務長室で協議したと思うが,最初に曜日,時間の制約が難しいことから私は切り出した.が,問題ないという.指定された時間,曜日,期間,レベル,方法で,いかようにもやりますよ,という.それだけ商売の規模が大きく,余力の調整で何とかなる,ということだろう.
 グローバル事業で接触した機関のうち,私が頭が下がる思いをする大学が2つある.1つは秋田の国際教養大である.もう一つが神田外語である.詳しいことは書かないが,専任も非常勤も個人営業のような国立大学と違って,組織的な動きができるのである.
 KGCCの授業については,あくまで教養学部として授業を開設するので,内容と方法についてKGCCのコーディネイターの先生と,教養学部専任の日本語教授法専門の先生の間で協議して頂いた.

 かくして授業については何とか定まった.実は国際室の立場からすると,決めるのが遅過ぎるのであるが,そこは御免なさいの一手である.
 物語は佳境に入り,次回,怒涛の最終章へと続くのである.

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(上)

 埼玉大学は2015年以来,6月にサマープログラムを実施し,各回20名弱の短期の留学生を受け入れている.サマープログラムは大学の企画であるから,最初に実施したときに教養学部長であっても全学の役職は何もない私は,公式には何者でもない.にもかかわらずなぜか私がこの企画の発足を主導した.この事例は,縦割りが強く,縦割り間の調整をする権限がある組織所上位者が何もする気がない埼大という組織において,大学としての企画をいかに実施するかの好例となっているように私は思う.

 サマープログラムを実施するというアイディアが最初に浮かんだのは,2014年の9月に,教養学部長室で,私が元理事のNCN堀代表と協議したときだった.そのときはネブラスカ大カーニー校との交流協定の更新について話していたのである.ネブラスカ大カーニー校は堀氏が埼大理事だったときに,堀理事の尽力で交流協定を締結した,と思う.この協定によってカーニー校は有力な交換留学先となっていた.当時グローバル事業で学生の留学を促進する必要があった教養学部としては,是非交流協定の更新をしたかったのである.埼大側は堀氏に協定更新の作業を依頼していたのである.その会合の折,堀氏からは,更新はできるだろう,ただし,埼大で何らかの企画があった方が更新の話は進めやすい,ということであった.埼大の大学間交流協定の問題は,埼大側から相手大学に留学する送り出しは多いが,相手大学が埼大に留学に来るという受入れが少ないことである.そのアンバランスのために,相手大学は損をしていることになり,協定更新が難しい,という事情があった.だから,サマープログラムのような企画があり,そこに参加する機会もある,と言えた方がよい,ということであった.
 サマープログラムというアイディアは,堀氏と私の話し合いの中で出てきたことであり,どちらが言い出したかは記憶がはっきりしない.たぶんいろんな例を堀氏が教えてくれたことの中に入っていたのだろう.サマープログラム以外に,埼玉大学がインターンシップの機会を提供することも出ていたと思う(インターンシップ受入れの件は別途進めたが,ここでは触れない).
 この堀氏との会合を終えた時点で,私は埼大でサマープログラムを実施することを決断していた.建前は大学の交流協定の締結を有利にすることである.しかし真の動機は,埼大がグローバル化に踏み出すきっかけを作ることにある.埼大は,たいした能力はないけれどやればできることはあるのに,しない.何処も,自分の部局のためにしか動かない.その埼大の現状を変えるには,何かをやってしまう以外にないのである.失敗しても経験値は上がるはずである.

 とはいっても当時,教養学部は,次の年に控えた「人社研合併」の準備があったので,サマープログラムの件をすぐに進めることはできなかった.ある程度の時間は浪費した.
 私がまずやったのは,サマープログラムというのはどんなものか?ということをネットで調べることだった.私自身は国際交流の素人であり,たまたまグローバル事業が採択されたから国際交流について眺めるようになったに過ぎない.分からないから,ちょうど良い例をパクろうと思ったのである.海外の有名大学の例を見てみると,さすがに立派なものだった.立派過ぎて埼大のモデルにはならない.そこで国内の例を検索した.国内の例だと手の届きそうに思えた.私がパクることにしたのは早稲田大学のサマープログラムである.2014年に早稲田のサイトに載っていた例では,週の月~金に,毎日同じ時間帯で1コマずつを続ける,という授業構成だった.日本語の授業が毎日の1限目に入る.この方式をモデルにしよう,と考えた.
 私が一番こだわったのは,埼大の沽券にかけて,国際水準の授業を提供することだった.埼大は16コマ2単位の授業を標準としているから,同じ16コマで2単位をちゃんと出す.カルチャーセンター風のお遊びにはしない,という点だった.だから月-木で1コマずつ,それを4週間続けて16コマをやる授業が標準とする.金曜は複数コマを入れて,例えば週末のエクスカーションを含めて2単位の授業にする.早稲田方式で1限目に日本語授業を入れる,という授業構成をイメージした.
 サマープログラムはテーマを持たねばならない.教養学部で授業を出すなら日本研究ないし日本文化研究であろう,というところまではイメージした.
 ちょうどその頃,学長を中心にグローバルPTという会合が定期的に開かれていた.その席上,12月1日の会合で簡単な企画書を出して,サマープログラムをする実施することの提案をした.大学としての正式決定ではないが,このときに2015年にサマープログラムを実施する方向が確認されたのである.その直後に,教養学部から出ている国際企画室長(現教養学部長)殿が,その企画書を加筆して国際本部の会合で提起してくれた.
 国際本部の事務方である国際室は,その時点ですぐに,サマープログラムで何人の学生を海外から受け入れられるかの推定にかかってくれたのである.

 たぶんその12月の前後と思うが,私は教養学部の事務長(支援室長)と,サマープログラムを実施する体制をどうすべきかを協議した.この事務長との協議が一番重要な出発点であったと私は思う.事務長のお考えでは,一番大変な受け入れ作業をする国際本部と,授業を組織する教育機構にまたがって作業を進めるのが,今の組織からすると妥当であろう,ということだった.国際本部は授業を出すことはできないからである.
 それではだめだろう,と私は答えた.なぜか?
 退職したから言えることであるが,埼大は縦割り組織である.縦割りの中でやることはできるが,縦割りをまたぐようなことは調整ができない.だから,権限が教育機構と国際本部(その事務局が国際室)をまたぐ事業については,これまでも,なかなか話が進まず,関係の先生方が右往左往することを強いられていたのである.特にサマープログラムのように,新規で前例のない(話を進めれば規則もはっきりしない面が出てくるだろう)事業については,いずれかの下の方のレベルで「規則上,手続き上どうなんだ?」という話が出て,上の方も関知せず,話が止まってしまう公算が強い.縦割り間の調整をできる組織上位者が熱意をもって進めてくれればクリアするかも知れないが,そんな熱意は期待できないのは実績を見れば明らかだった.
 だから,権限はすべて国際本部に集める,というのが私の考えだった.そして授業については,教育機構ではなく教養学部が請け負う,教養学部の授業として開設する(教育機構を通さない)という方法を考えた.時の国際本部長(副学長)はその種の仕事をしないだろうけれど,本部長の下の国際企画室長は教養学部から出ており,その国際企画室長が指揮権を代行するようにすれば,実質的には教養学部がこの企画を進めることができる.そうでなければ新規の企画は進まない.事務長は当初難色を示されしたけれど,同意して頂いた.以後,財政面を含めてロジスティック全般を担って頂いた.
 
 さて,ここまでは腹を決めたけれど,最も高いハードルにはまだ手を付いていなかった.サマープログラムで授業を担当する先生,特に専任教員を見つけ,同意して頂くことである.サマープログラムの担当をお願いすることは,6月をまるまる棒に振ってくれというに等しい.遅ればせながら,いよいよそのやっかいな依頼にかからないといけなかったのである.
(次回に続く)

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続・非常勤は必要か?

 このテーマはつまらなかった,と後悔している.しかし前の記載で教養学部の事情を書くと記してしまっていた.だから書くことにした.

 やや面倒であるが,全学から部局への非常勤配分の「原則」を念のため書いておこう.この3原則は法人化2代目学長時代の教育担当のK理事(要するに加藤理事)がまとめた原則である.この原則をまとめたことは大きな進歩だった.それまでは非常勤の配分と部内使用については闇に包まれており,適正に非常勤が使われているとは言い難い状況があったからである.この原則を提起した真の動機は,非常勤を削減するためではなく,部局に非常勤を配分する理屈を考えてくれた(削減され難くした),という意味合いが強かったと私は思う.

原則1:専任教員の代替措置(が必要な場合に非常勤を措置する)
原則2:専任教員が配置されていない授業科目等(について非常勤を措置する)
原則3:学部・研究科に配置された専任教員の数が不足している(場合の対処として,必要な授業科目等について非常勤講師を措置する)

 上記原則に下位原則があり,下位原則まで書かないと実は意味が分かりにくい.例えば原則3では,専任教員が不足しているとは,言うだけなら誰でも言う.ただ,部局の学位授与方針や教育課程方針に不可欠な授業科目に限られている.
 とは言いながら,これらの原則は結局曖昧である.措置する非常勤数の絶対数を指定するものではない.原則1の「代替措置」についても,どこまで措置するかは判断に過ぎない.原則2についていえば,そのような授業科目を開講するかどうかは全学の判断であり,開講しないという判断が排除される訳ではない.原則3についても,卒業要件となるような重要科目を専任が行えずに部局が設置されるということは,滅多にないだろう.もし非常勤科目が設置申請に盛り込まれていても,設置から数年経てば開講する必要はない.だから厳密に考えれば原則3に該当する例は,あっても稀なはずである.

 教養学部の場合の非常勤の使い方は,詳細に書くと長くなり過ぎる(書き始めて止めた).そこで原則3の非常勤事情だけを例示しよう.
 私が学部長だった2009年度に,部内の専修体制の変更を行い,現行の専修体制(5専修)となっている.その際,最初に専任が開講する授業科目だけでカリキュラムを作ることを求めた.非常勤がなくなると動かない体制は作れないからである.理屈から言えば,専修には6名の専任がいれば,若干の余裕で,学生の卒業単位(卒業単位のうち専修必修の60単位)は満たせる計算だった.だから数の上では非常勤無しでもカリキュラムは成り立つはずであり,実際その条件でカリキュラムをまず作った.非常勤が取れたときの科目はその後に書き入れるという手続きをとった.
 だから,2009年度時点の原則がちゃんと維持されていれば(維持されているかどうか,私の学部長の期間にもチェックはしなかったが),教養学部では原則3の非常勤はゼロでも支障ない.
 原則3の非常勤は,たまの例外を除いて5つの専修に配分している.当然ながら,非常勤の削減とともに専修に配分される原則3の非常勤枠は減ってきた.
 原則3で各専修に配分される非常勤枠の中には優先的に配分される枠が2つある.

 第1は教免科目の非常勤である.教養学部では国語,英語,地歴,公民の教免を出しており,需要は高い.教免の維持はだんだんと面倒にはなっているが,それでも国立の人文系の学部で教免を放棄した学部はない.そして,教免の課程申請(教養学部による)に入っている科目の中には専任が担当できない,ということになっている科目がある.そこに非常勤をつけて教免を維持することが学部として必要だ,という判断をしている.
 専任が担当できない科目が課程申請の中で必修になっているとすれば,課程申請を出し直して必修科目は専任が担当可能な科目とすればよい.が,課程申請は面倒であり,私が学部長の期間はまだ非常勤がついていたので,そのままにしていた.昨年度からの教養学部長は課程申請をし直して必修科目を変える方針を表明していたが,実際に変えたかどうかは確認していない.教免科目であれば非常勤を配分する訳ではなく,私が学部長の期間に,必修科目であり専任が担当できない科目に限って配分することとした.教免は部局の判断で出しているので,この非常勤は原則3による配分に入る.
 しかし,自分が退職したから気軽に言うが,「専任が担当できない」科目は,本当は担当できることもあるだろう,と私は思う.例えば自然地理学は地理学の専任教員の専門でないから「担当できない」ことになっていた.しかし,そんな高度な科目を担当する訳ではない.あくまで学士課程の科目であり,自然地理学の概論を出せばよいのであるから,少なくともテキストを使えば地理学の専門家なら担当できるだろう.現状で非常勤を付けている科目の中にも,そういう科目が結構多いように思う.

 優先的に配分される第2は,「多文化理解科目」である.教養学部では多文化理解科目(「分裂した世界における人権」など)が4単位必修になっている.各専修から少なくとも1つの多文化理解科目を出すことになっている.が,そう決めたときに(専修体制の改定時である),その開講科目の分には非常勤を出すことに決めた.多文化理解科目を学部必修にすることは,もともと学部の学位授与方針に多文化理解の要件があったために,学部長だった私が提起したものであるが,実に反対が多かった.しかし部内世論は学位授与方針を変えるでもなかった.しかたなく「開講する本数に応じて非常勤を付ける」ことにして教授会でやっと認めてもらったのである.必ずしも非常勤で多文化理解科目を開講するのではなく,多文化理解科目の担当者が代替用の非常勤を使える,という理解だった.ところが実際は,ほとんど,多文化理解科目は非常任せになってしまったのである.しかし,この多文化理解科目の授業科目は,その気になれば専任が担当できるものがほとんどのはずである.できない,というなら担当できるテーマの多文化理解科目に変えればよいだけである.

 現状でいえば,専修に配分される非常勤は上記2種類以外の部分が全学での削減によって縮小している.この「以外の部分」は,私の印象では,どうしても必要な授業というより,「カリキュラムを豊かにする」ために使われている.特にヨーロッパ文化専攻のようにヨーロッパの多様な側面を授業で講義したい専攻で非常勤の需要が高い,という印象がある.

 冗長になるのでまとめに入ろう.非常勤については私の頭の中では2つの考えが交代で活性化される.

 第1は,非常勤は,若干の例外を除いて,なければそれまでだという考えである.非常勤がなくて大学が潰れる訳ではないし,部局が潰れる訳でもない.むろん非常勤がないと学生に提供できる資格は減るかも知れないが,だから大学が潰れる訳ではなく,学部も潰れる訳でもない.若干の例外とは,設置上非常勤の措置がどうしても必要な場合である.つまり,大学の財政状況によっては非常勤予算を削減することは「あり」である.
 非常勤でどうしても削れない部分があるとすれば,原則1の「1-2.休職等により担当授業の代替者が必要な場合」だろう.授業は専任が担当するのが原則としても,その専任がいないことはあるからである.「1-1.役職により担当授業の代替者が必要な場合」も,実際どれほど必要かは疑問である.私は学部長時代にこの原則の非常勤枠をもらっていたが,私が授業を休んで代わりに非常勤に担当してもらったことは,あるけれどもあまりない.実際には学部で「必要」と思える部分に流用していた.同様のケースは多いと思う.教員は教育現場,学生との接触が切れるのを嫌がるから,役職があっても授業をするのは嫌ではないのである.
 なお,非常勤を圧縮できるのは,専任で賄えるようにできている通常の教育プログラムであり,埼大では,例えば英語の授業や外国人留学生向けの日本語授業などは,初めから非常勤を前提に成り立っている.こうした部分の非常勤に圧縮をかけるのは無茶な話である.

 私の頭に浮かぶ第2の考えは,第1の考えとは方向が逆である.なるほど,非常勤がなくても国立大学は成り立つようにできているはずであるけれど,非常勤があった方が物事は円滑に運ぶ.上で述べたが,学部全体のための授業担当を所属教員にお願いする場合,非常勤があればなんとか維持できる.もし非常勤が極端に圧縮された場合,学部共通部分は次第に崩壊して行くことになるように思う.また,非常勤があることによって,教員間の摩擦を解消できる面もある.学生の不満を解消できる面もある.非常勤なしで学部を運営するのは現実には難しい.削減/圧縮したところでさしたる金額にはならない非常勤をわざわざ削減するのは,政治的には愚かな判断であるとしか見えない.

 結論としては,削減はできるにしても,現状程度の非常勤予算を維持するのが政治的な意味において常識的である.

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非常勤は必要か?

 私の在職中の最後の年度であった平成28年度には,平成29年度はよいが30年度からは非常勤講師枠が大幅に削減される,といろんなところで何度も聞かされた.ただ,非常勤を減らすという掛け声はこの20年ほどの年中行事であったし(その割にあまり減らなかったように思う),どれほど減らされるのかははっきりしていなかった.平成30年度の非常勤予算ということでいえば,ちょうど今が結論が出る頃だろう.
 他方で,私が退職する直前には,これ以上は非常勤は減らせないという考えで全学部長が合意している,という話をどこからか聞いた.そんな合意をするくらいであるから,非常勤枠に対する教員側の関心は高く,教育上の必要性も高いという判断なのだろう.学部長が揃って非常勤削減に反対するなら,政治的には影響力を持つかも知れない.
 私が学部長として全学の会議に出ていた時にも,学長からは非常勤を削減したい旨の話が何度も出ていた.そのときには私は「お金がないんなら仕方ないでしょう」という冷めた発言をしていた.他の学部長さんは同様ではなかった,かも知れない(あまり記憶にない).
 専任教員数はこだわるべきであるが,非常勤の授業はなければそれまでではないか,という気持ちが私にはある.そもそも論でいえば,学部は専任だけで学生の卒業単位を満たせるようにできているはずである.設置申請の際に非常勤科目を書き込むことはある.その限りで非常勤科目は開講しないといけないが,開講が必須である期間は短い.時間が経てば設置申請の中身は問われない.実際には,少数の例外を除いて,専任教員の授業だけで卒業単位を余裕で満たせるだろう.
 もし,本当に非常勤の必要性が高いのであれば,学部手持ちの専任教員ポストを非常勤予算に「取り崩す」よう申し出るべきなのだろう(学長が認めれば,であるが).専任一人を雇うお金で非常勤はかなり雇用できる.むろん,私ならそんなことはしない.専任を減らすことは大学/学部の弱体化を招くからである.ただ,専任一人を取り崩せば複数名の(労働時間が少ない)研究員を雇用することができる.多様な雇用形態を容認するのであれば,「専任の取り崩し」のやりようで望ましいかも知れない.

 さて,上でも書いたが,非常勤削減の掛け声は長く年中行事だった.特に法人化以降,非常勤は削減基調にはある.しかし掛け声ほどには減っていないな,というのが私の実感だった.法人化以後,どんな経緯であったのか?
 まず法人化後の初代の田隅学長は常に非常勤削減を口にされていたように思う.実際,ある時に大幅に減り,このまま続けば非常勤はゼロになる,と思ったこともある.しかし時が経ってしまうとそれほど極端な削減にはなっていなかった.私の理解では,経済学部出身のK理事が削減を止めていたのである.ある機会に私がK理事に「非常勤を減らすような話であるが,どうなのか?」と伺ったところ,「減らせない.教養教育ができなくなる.」とのご返事であった.学長の非常勤削減方針に抗しておられたように私は思っている.
 実は田隅学長ご自身,埼大では教育が重要というお考えがあった.だから非常勤を減らさないのは学長ご自身にも抵抗が少なかったかも知れない.
 法人化後2代目の上井学長のときは,あまり削減という話も出なかった.削減がお好きではなかったこともあるだろうが,田隅学長のときに大幅な削減を実施したのでまだ余裕があったのだろうと思う.時の教育担当理事は教養学部出身のK理事だった.K理事のときに非常勤について行ったことは,まず現状の把握をして(非常勤は当時,全学でも正確な把握がなかった),新たに非常勤を付ける「原則」を整理したことだろう.この作業によって全学の非常勤講師予算の使途は把握され(ただ,まだ完璧ではなかったはずである),原則を整理することで非常勤の予算を付ける道ができたといえる.K理事が何度も口にしたのは「必要なものは付ける」という有難い言葉だった.
 この上井学長の時代は,K理事の意向が強かったこともあるが,埼大は教育には投資すべきである,という考えが明確だった.だからこの時期,基盤教育のための教員を教育機構に配置するということも起こったのだろう.
 こう見てくると,法人化後初代と2代目の学長さんの御代には,第1に教育に投資すべきという考えが強かったこと,第2に,学長に抗してでも教育に予算を付けようとする理事がおわれたこと,という2つの条件が揃っていたように思う.
 さて,現在の,法人化後3代目の学長の時代はどうか,といえば,上記の2つの条件はともにないように思う.そういう意味では,非常勤枠が削減されやすい条件下にあるのが現在だ,といえるかも知れない.
 
 「非常勤は必要か?」というテーマからは外れた話になった.次の記載で,教養学部を例にしてなぜ非常勤が必要になるのかを書いてみたい.

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教養教育は養成する人材像次第である

 このところ私は教養教育について書いていた.私自身が忘れるためにも,まだ頭に残っていることを書いておきたい.

1.教養教育は過少供給になるのが道理である

 教養教育は大学にとっては公共財といえる.公共財ということは,それがあることは有難いとしても,そのための費用負担を合理的判断からは回避することになることを意味する.サミュエルソン以来の経済学の基本命題といえばもっともらしく聞こえるかも知れない.
 私自身が教養学部長だったとき,法人化2代目学長の下での理事殿から,教養学部が多くを負担する形の教養教育のプランが出てきた.ウチの教員一人当たりの負担を計算すると飲める話ではなく,したがって拒絶した.この件では全学運営会議で,私は理事殿と,掛け値なしに1時間の押し問答を繰り広げた.このゴタゴタは全学運営会議だけの展開ではなく,詳しく言うと面白いだろうが,それ以上は書くのを止めておく.ともかく私は,これで妥協するなら学部長を辞めると教授会で宣言したほどである.
 学部の懐具合を言うと仕方ないのである.教員の方は自分の担当科目の開設が基本的義務と思っている.そのため,実は学部内での共通的な科目への出動にも強い拒否があった.そのうえに全学の教養教育で多くの負担を抱え込む余地は,その時点ではなかった.事情はどこの学部でも似たようなものではなかったか?
 人文系の学部長会議で某信州大学の学部長さんがいっていた通りだろう.全学体制というのは要するに無責任体制だ,教養教育の専門部局を作るしかない.信州大学をはじめ,いくつかの地方国立大学は少なからぬ教員数を擁する教養教育のための(信州大の場合は人文学部程度の)部局を作った.規模の大きな上位大学はもっともらしい名称の教養教育担当の部局を持っているのが普通である.
 埼大の場合,それらの大学に比べると規模が小さい.だから教養教育専門の部局を捻出するだけの余力はない.何度も言うが,この規模の大学は結局何もできないのである.
 「教員定数の再定義」として旧教養部教員ポストを全学に拠出することを決めたとき,当時の教養学部執行部は教養教育ができなくなることを理由にあげて反対している.このときに,教員定数の再定義をするにしても,教養教育の手配をするべきだったのにしなかった.
 そうした問題がある中で,法人化2代目学長時代の教育担当理事殿はある程度の手は打ったのである.少人数ながら教養教育を担うべきポストを教育機構につけた.全学の基盤教育(たぶん教養教育も含むのだろう)の設計を担うべき教員も1人採用したと聞いている.
 私は,多少のポストを教育機構につけることが,教養教育の実施にはプラスであるとしても,教養教育の運営の主体になれるかには,疑問があった.規模の小さい組織では,部局に対して統率力を発揮することは無理と思えるからである.結局は部局間談合から抜け出せない.ただ,この措置は資源のない中での窮余の一策ではあったろう.
 しかし,教養教育の設計に責任を持つことが想定された方が事情によって転出された辺りから話が怪しくなってしまったように思う.昨年度辺りは,教育機構に配属になった教員がポストの存続について高官から明るくない見通しの説明を受けられたと聞いた.先が読めない状況では何も進まないだろう.

2.教養教育をどう設定するかは育成する人材像次第である

 そもそも教養教育は必要か? 貧弱なままではダメなのか? という問題がある.
 何が必要かは育成する人材像による.注意すべきは,教養教育の基盤はリベラルアーツの考えであり,リベラルアーツ教育はエリート教育であることである.ウチの大学の学生はエリート教育の対象であろうか?
 リベラルアーツの対局は Practical Arts,つまり職業教育である.職業教育であるなら,その職業につくための知識とスキルの教育に専念して不思議ではない.考えてみると,埼玉大学は学生規模からすると職業訓練学部が主流なのである.工学部,教育学部,それに経済学部の中の経営(ビジネス/マネジメント)は,米国流にいえば職業訓練学部である.これらの学生に対しては,息抜きのための,軽い,カルチャーセンターのような授業が少々あればよいのかも知れない.
 だから,教養教育をどうするかの判断は,育成する人材像の点検によって自動的に答えは出る話である.
 地方国立大学がポリテク化して行くと読むならば,埼大でこれから必要になるのは,まさに「息抜きのための,軽い,カルチャーセンターのような授業が少々」と考えるのも無理ではない.

3.学士課程の再設計がなければ教養教育の充実はないだろう

 教養教育をどうするかは教養教育だけの話では終わらない.埼大では,学生の必修124単位は,専門科目,基盤科目,外国語科目に分割されている.外国語科目の必修単位は固定であるから,教養教育が入る基盤科目の必修単位を増やせば,専門科目の単位が少なくなる.だから第1に,専門科目の圧縮が必要になる.第2に,教養教育の負担が専任になるなら,専門科目を圧縮して軽減する授業負担を教養教育に振り分けることになるしかない.
 私自身は,教養教育の単位設定を大綱化以前に戻すべきと思う.が,そうした変化を起こすのは政治的に難しいだろう.

4.現状でも基盤科目には整理すべきことはある

 教養教育の改善はないとしても,現状でも(教養教育を含む)基盤科目には整理すべきことがある,と感じている人は多いはずである.私が今思いつくことを書いてみよう.

1) 科目指定は積極的に行うべきである
 本来,教養教育(General Education)は「大学生ならこれくらい理解していてよいよね」という内容を学ぶのが基本である.理解しておくべきことを事前に計画するなら,ある程度の科目指定はあるべきである.
 現状で,教養学部の例を言うと,「自然科学」では学生は数物系の科目を回避し,せいぜい生物学か,なぜか自然科学に入っている工学系の科目で単位を満たす.「学生の選択に任せる」といえば聞こえはよいが,その実は無責任なだけである.「自然科学などどうでもよい」と教員が思っているからだろう.
 少し前の記載でアーカンソー州立大(ASUJ)のGeneral Educationの規定を紹介した.ASUJの場合(他の米国大学でも同様のはずである),Math & Science の科目としては数学が3単位必修,物理・化学系と生物系からそれぞれ4単位必修(うち1単位は実験)と指定される.Math & Science の最低ラインを学んだというには,こうした分野指定は妥当だろう.ちなみに,工学はScienceではない.(テクノロジー科目群を別個に立てることはよいと思うが,整理は必要だ.)
 同時に,General Education で必修がかかるなら,どんな科目でも良い訳ではないはずである.私の考えでは,社会科学なら政治学,経済学,社会学か地理学,に限定してもよいように思う.
 科目の指定をすることは,クラス指定をすることにつながり,科目数の制約のある状態では運用が容易になるはずである.
 科目を限定した場合,「誰がやるのか」問題がおきるというかも知れない.しかし私の予想では,教養教育としてやる程度の入門的な授業であれば,数学,物理,化学,生物/分子生物学などの範囲で,テキストを使って,理工系の先生であれば主要科目の何れかはどなたでも担当できるだろうと思う.やれと言われたら,私だって政治学でも経済学でも,テキストを使えばやりましたよ.

2) テーマ科目というのは変である
 テーマ科目(テーマ教育プログラム)は名称がおかしい.このカテゴリーは「なんでもよいですよ」になっていて,その授業を開設したい教員の科目の集積になっているようである.それではテーマや課題にはならない.逆に自由演技科目というべきだ.
 テーマ科目というカテゴリーは,以前の記載でも書いたが,私が2001-2003年度に提起したプランに発している.が,私が提起したのは,テーマは大学が設定するものであり(例えば環境,公共性,多文化社会),そのテーマに関する科目を体系的に配して副専攻プログラムに準じたものにすることであった.テーマは大学が責任をもって設定するものだった.
 General Education の要請を考えれば,現状のテーマ科目で必修単位が満たせるというのは変である.

3) 全学開設の専門科目
 (GYなどに例外はあるかも知れないが,)全学から出る科目はほぼ一律に基盤科目になってしまうのが変である.内容的には専門科目に相当するのに,いわゆる教養枠になってしまう.例えば全学で出す社会調査士科目は,入門的なものは基盤科目でよいが,少なからぬ単位履修を前提とした社会調査実習などが基盤に入るのは理屈に合わない.問題は,基盤に入るとコースナンバーが1年生用に指定されることで,それではナンバリングの意味がない.
 全学開設の科目でも,内容によっては専門科目のプログラムとして,ナンバリングを正して開設しないといけない.学則上は,教育機構でも専門科目を開設できるのである.
 基盤科目のうち,専門科目に位置付けるべきものは,全学開設の専門科目のプログラムとして整理しないといけないだろう.

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学長選考

 今年は埼大で学長選考があると思う.この3月に退職してからの状況を私は知らないが,退職する時点での状況から考えると波乱はないはずである.
 学長選考会議は10名からなる.現学長は最悪でも7対3,最良なら10対0で勝つだろう. むしろ関心は,あえて(教職員による)参考投票をするか,ということかも知れない.候補者が1人ならやる意味はない.
 今のシステムの下で,現学長に再任の可能性があり,かつ再任を望むとすれば,埼大の事情を考えると現学長以外の候補者が勝つ可能性はまずない.そもそも選考委員の半数は外部委員であり,外部委員を任命しているのは現学長であるから,仁義からいって現学長以外の選択をすることはまずない(以外の選択をする例もあった).現学長以外が選ばれるとすれば,1) 他の候補者がいる,2) 参考投票が行われる,3) 教員の学長選考委員がすべて学長選考会議でその参考投票の結果に従う,という条件が揃うときである.法人化2代目の学長は法人化初代学長が再任可能性があるなかで選ばれたが,その時は上記の3条件が満たされていた.しかしその後,例えば3)は満たされなくなった.
 より部局数の多い大大学であれば,もっと多様な可能性はあったろう.

 知恵を絞って学長をどう選ぶかを考えるのは,2年後だろう.今から考えるべきかも知れない.

 現時点で,国立大学の半数は教職員による参考投票で1位より下位だった候補者が学長になることを経験していると思う.埼大ではそのような結果はなかったと思うが,参考投票を続けていれば1位より下の候補者が学長になることは起きるはずである.そう考えると,あえて参考投票など止めてもよいかも知れない.むろん考えようによっては,参考投票は「革命」の唯一の可能性であるから,残した方がよいというのも見識ではある.

 法人化より前は,他の国立大も同様であるが,教員による投票で学長を決めていた.その時代,長いこと,埼大では理工と教育学部が手を組むことで学長は決まった.この状況は,法人化の初代学長と現学長も同じである.法人化の2代目学長と法人化直前の学長は経済学部から出ていたが,2代目学長の方は簡単にいうと理工がまとまらなかったため,法人化直前の学長は混乱があったためである.
 だから,投票に従う限り「理工と教育次第」という公式はまず動かない.学長選考会議で決めるということは,人によっては非民主的と見えるかも知れないが,大学という組織にとっては良い可能性があると私は思う.
 もっとも,前に書いたことであるが,現状の国立大学法人の仕組みは「経営」は働かない.学長選考が真に意味を持つのは,大学の経営が機能することが前提になるように思う.

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教養学部古典百選

 2008年度の末に教養学部では「教養学部が推薦する古典百選」の選定作業を行った.教養学部の大学院組織である文化科学研究科は2007-2009年度の間に大学院GPを実施していたが,その関連作業として進めたものである.件の大学院GPとは,哲史文といった世間的には役に立たない領域を学ぶことが,実は社会で役立つスキルを含んでいるのだ,そのスキル教育を推進する,という趣旨の事業であり,副学部長時代の私が無い知恵を絞って考えた事業である.で,ちょうどその実施期間であった2007-2009年度の間は,教養学部の中で,哲史文の道筋をハッキリさせよう,という機運があったのである.ある種の「教養主義」を打ち立てたいということであったろう.
 教養学部の先生方は,私と違って本をよく読む.教員は自分のコピィを作ろうとするのが宿痾と呼ぶべき習性であり,だから本を読むことを学生に勧めたいのは自然な成り行きであった.
 で,私を含めて学部の三役が常に顔を出す格好で,いろんな方に参加をお願いして,何か月かかけて読むことを学生に勧めるべき古典的著作の選定を行ったのである.

 2008年度の3月(2009年)段階での結果が下の108冊である.
 この結果は詰めを残していた.第1に,百選というなら8冊を落とさないといけないが,そこが難しかった.まあ,108選でいいか,という気分があった.第2に,この108冊をどういう枠組みで説明するか,という問題もあった.単純には,以下の表は作業の都合の順番であったが,どのような順番で秩序立てるか,という問題もあった.第3に,選んだとしてその後どうするかを決めていなかった.例えば,この中から何冊選んでレポートにまとめろ,といった課題を新入生に出すかどうか,という問題である.ただ出すだけ,ということでもよかった.

 今さらこの108冊を眺めると感じるところはある.
 第1に,当然であるが,選定結果は選んだ人,特に会合に常に出ていた三役の趣味が大きく反映している,と感じる.(本を読まない私の意向が一番小さい.)第2に,なぜこれが入ってあれが入らない?という話にはどうしてもなるだろう.第3に,サイエンス系の古典が少なかったな,という気もする.第4に,古典とはいえないまでも,その時々で影響力のある本を入れるべきだったかも知れない.
 まあ,いろいろ問題はあるのであるが,このままで公表してしまってよかったかな,という気持ちが強く,その点で悔いが残る.我々なりに百選を選び,その結果は批評をまつという態度が正しかったろう.
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教養教育は学部間で話し合うような事項ではない

 7月のことと思う.非常勤での授業担当があって埼大に行ったら,人に会い,全学の会議で教養教育について議論したと聞いた.学部の反応にいろいろあってまとまり難いような話であった.いかにもそうだろうな,と思った.
 時間的に考えて,9月にはそれなりに落ち着くところに落ち着くはずである.すべてをひっくり返すほどの迫力のある学部はない.
 とはいえ,結局は教養教育の残骸のような案でまとまらざるを得ないだろうな,とも思う.その点も仕方ないだろう.

 そもそも,教養教育のプランは学部間で話し合うような事項ではない.政治的には,何れかの時点で学部の了解を得る必要はあるだろう.しかし,何をどうすると考える時点では全学でプランを作るしかない.なぜなら,学部は自分たちの専門教育を考えている.その学部の発想からすれば,専門のための基礎教育を充実させるという必要性は感じても(専門基礎の科目は専門科目に入る),教養教育をどうするという考えは出ない.学部の専門教育のために教養教育が必要になることはまずないからである.教養教育は,この大学の卒業生がどのような知識を身に付けるべきであるかという理念から出てくる.専門教育を担う学部からは出ないのである.だから全学のセクションで考えるべきなのだ.

 1つ前の記載で書いたように,私自身が教養教育のプランに関わったのは2001-2003年度だけである.その後,学部長として教養教育の議論に加わったことはあるが,学部長は学部構成員の考えを背負って動くものであり,教養教育のとりまとめをする立場になることはなかった.

 2001-2003年度の私の経験(それ以前だと,共通教育の社会科学の実施部会に出ていた経験)からすると,まとまり難いのは実感としてよく分かる.

 2001-2003年度の全学の会合のことを言えば,各学部から2人が出て,その方々の会合が中心であったと記憶している(それ以外の方が出席した会合もあった).教養学部からは,後に学部長をされた関口先生と私が出席していた.各学部ともそれぞれの考えがあり,とりまとめは(副学長のK先生であったが)難しかったはずである.
 私は教養教育について,1つ前の記載のようなプランを主張していた.経済学部の先生からは割と理解を得られた.けれども,その先生だから理解してくださったのであって,別の先生が出てくれば話は違ったかも知れない.ややこしかったのは,当時の教育学部の委員の先生からは,私のプランとはまったく別のプランが出て来たことである.そのプランとは,教育学部を2つに割り,1つを従来のような教員養成学部,もう1つを総合的な学部にして,その学部で全学の教養教育を一手に引き受けましょう,というプランだった.その新学部にどれほどの教員を出せるかは,当時の教員養成学部の「あり方懇談会」の結果による,ということであった.
 私は教育学部のプランに対しては否定的だった.第1に,教育学部を2つに割れるのであれば,教員養成学部でない方の学部用の教員・学生定員の使い道は大学の判断で全学的に構想すべきであり,教育学部の都合に任せるべき筋とは思えなかったからである.第2の異論はより理念的である.教育学部委員から出ていた教養教育とは「総合的」ということであったが,私の発想からすれば,教養教育の授業も学問分野の専門性を外すべきではない,素性の分からぬ授業を作るべきではない,と考えたからである.「経済学」,「文学」,「物理学」といったディシプリンを外した授業など,講演ネタにはなろうが大学教育にはならない.教育学部のプランと私のプランの2つで最終的にコンペのようになったのであるが,当時の兵藤学長が私のプランを選んだ,という決着だった.換骨奪胎はされたが,そのうえで田隅学長に引き継がれたことになる.

 もう一つ難しかったのは,理工,特に理学部が教養教育に対して引いていたことである.教養学部の関口先生と私が出て,理工の先生と話しあったことがあった.理学部からM先生(研究科長になった方ではない),工学部からはK先生が出席された.その折に別の学部の先生も出席されていたかどうかは,記憶がはっきりしない.ともかく,その時の話し合いは厳しいものであった.
 理学部の先生から出た言葉で印象に残るのは次のような発言である.

1) 理学部はノーベル賞を取るような研究をしている.
2) 理学部は研究中心の学部であり,その点が文系学部とは違う.
3) 理学部は工学部と一緒に研究中心を進める.教養学部との括りにはされたくない.
4) 理学部は研究者養成の学部であり,専門の基礎教育には関心があるが,教養教育には興味がない.

 以上は印象に残ったことだけを選択したという意味で誇張があることに注意して頂きたい.

 1)については,仲間内に戻ってからは「そんなことはノーベル賞を取ってから言え」と陰口をたたいたものである.ただ「ノーベル賞を取るような」というこの言い方は,理学部の先生の口からはその後も時折出ていた.事実としても,そんなこと口にするか?
 会合の席上,私が最も腹を立てたのは2)の発言である.「我々をなめているのか」といって私は立ち上がろうとするのを,右の席にいた関口先生が私の腕を抑えて止めた.むろんそこで相手に詰め寄ってひと悶着起こすほど私も馬鹿ではなく,不快感を示すためのジェスチャーであったが,関口先生が抑えるポーズをしてくださったのが阿吽の呼吸だったろう.
 まあ,1)~4)のようなことをお考えであるなら,教養教育を担いますという話には,なり難いだろうと思う.

 ただ,私の教養教育のプランに対しては,委員だった理学部のM先生(研究科長になった方)は理解してくださった.とはいえ,後に理学部内から突き上げを食らった,とは伺っている.

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2003年の教養教育私案

 国立大学の法人化は2004年度からだった.その直前の埼玉大学は兵藤学長の治世だった.その法人化の直前に,全学でいろんな委員会が設置され,ウチの教養学部からはなぜか,私がよく出席していたのである.
 全学レヴェルの議論の中には今後の教育システムに関する議論があり,その一部門として教養教育に関する委員会というか,ワーキンググループがあったのである.手持ちのファイルを調べると,2001年度に私は少なくとも1度,全学の会合でプレゼンをしている.そのファイルが次である.

2001年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「010424.pdf」をダウンロード

 ただ,ちょうどその頃,埼玉大学と群馬大学との統合話が出てきたように思う.そのため,上記の議論も事実上中断していたようである.私の手持ちのファイルでは,再度私が全学レヴェルの会合でプレゼンしたのが2003年度であった.次のファイルである.前のファイルよりも詳しくなっている.
 実は文章(長い)もあるであるが,文章は出してもどなたも見ないだろう.プレゼンのファイルだと分からない点もあるだろうが,雰囲気を伝えるにはこの方がよいと思った.

2003年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「031007lapre.pdf」をダウンロード

 補足しておこう.

1) 私の当時の議論は,米国の大学のパクリである.学士課程教育の基準である「深さ」,「広さ」,「相互関連」などは,私独自の考えと誤解した人も多かったが,実は米j国の大学のホームページによく見られる表現に過ぎない.ただ.私の独自の論点はほとんどないように思う.私はこの米国パクリでよいと,今も思っている.

2) 上記の2003年度の文章版をさらに換骨奪胎した文書をWGは報告書としてまとめている.学長が兵藤学長から田隅学長に代わる直前であり,その報告書は田隅学長に引き継がれた.田隅学長の下で教育企画室長になったのは現在の山口学長である.その山口学長の教育企画室に教養教育の件で入るように,私は田隅先生(次期学長の頃かも知れない)から電話で依頼を頂いたが,私は受けなかった.適当な理由をお伝えしたとは思うが,実際は,田隅学長と争った兵藤学長の学長選挙における推薦人に名を連ねていたので,仁義を通したからである.ただ,企画室長になった山口先生は,WGの報告書を可能な限り活かそうとされたと認識している.表面的にいえば,例えば副専攻システムやテーマ教育プログラムの導入は,その報告書に発しているのである.

3) 私の元来の考えは,WGの報告書になる時点で換骨奪胎されている.しかしその報告書をもとにした教育企画室のプランは,さらに換骨堕胎を重ねたと記憶している.事情があって,そこが限界だったのだろう.例えば,私がテーマ教育プログラムという場合(米国に例があるが),学問的に体系のある授業群である.ところが,実際にできたものはといえば,1つ1つの授業が,担当教員が「テーマ」を勝手に称するところの授業を指すものとなった.また,「副専攻」も,教養教育の枠の中でやるものとされたので,実際履修者はほとんど出ないに決まっていたのである.本来,副専攻(minor)とは,主専攻(major)と並行して提供する専門教育である.

 だからどうだというのではないが,参考までに.
それにしても,その後,議論のレヴェルが落ちましたよね.

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常識的な教養教育

 今年は埼大で非常勤で授業を担当している.授業をしに埼大に出向き,人に会うと,話題に出るのが教養教育の件である.今現在,全学で次年度(から?)の教養教育の方針を話し合っているという.なかなか合意に至らないような話も伺う.といっても,合意を目指している教養教育の内容は,私が退職するこの3月頃に出ていたものと基本的に変わらないようなので,私個人としてはどちらに転んでも気にはならない.埼大の教養教育は,法人化後,後退に後退を重ね,今は残骸のようになっている.
 教養教育がどうあるべきかは考え方によることであり,正解がある訳ではない.考えようによっていろんな形があり得る.いっそ教養教育は一切無しにすることも,選択肢のうちだろうと思う.
 ここで,常識的な教養教育というか,教養教育の基本形がどんなものかを確認しておくことは意味があるだろう,と思った.

 私の推測では,教養教育(ないし一般教養)は米国の大学の General Education の和訳であろう.日本の大学は,少なくとも授業システムの設計では,米国の大学を範としている.文科省が授業に関してものをいうときは,多くの場合,米国に合わせろといっているように見える.
 私は退職する半月前の3月の半ばまで,アーカンソー州立大ジョーンズボロ校(以下,ASUJと略)とのダブルディグリープログラムのプラン作りをしていた.だからASUJのGeneral Educationの構造をそれなりに調べた.ASUJは米国を代表する大学では決してないが,基本構造は米国の大学の標準に準拠しているといってよい.ASUJのGeneral Educationはアーカンソー州の規則に強く制約されていて,埼大側の科目をASUJのGeneral Educationの科目として認定してもらうのが一番面倒だったのである(他の米国大学でも同様だろう).米国における大学の教育の質保証の中で,General Educationが占める役割の大きさを実感した.
 さて,ASUJで埼大の「基盤科目+外国語科目」に相当する部分を抜き出すと次のようである.なお,下記はASUJのBachelor of Science in Interdisciplinary Studies Degree Programで学ぶ学生用の要件であり,要件はどの専攻プログラムで学ぶかによって若干変異する.しかし大まかには同じである.
 念のために説明すれば,日本と米国では,単位と授業時間の換算法はほぼ同じである.米国の大学で3単位であれば,その授業時間は,日本の大学の2単位の授業の時間の1.5倍と思えばよい.また,日本の大学の授業は1セメスター2単位の授業が標準であるのに対し,米国の授業は3単位が標準である(だから週に複数回授業をする).

 次のように,ASUJでは General Education は35単位(以上)であり,それに初年次接合科目3単位と外国語6単位が求められる.General Education の内訳は,作文(Composition),数学,自然科学(Science.数学は「自然」科学でないことに注意),Fine Arts&人文,社会科学,専攻プログラムによる指定,である.

初年次接合科目(First Year Making Connections Course) 3単位
 例:UC1013 Making Connections
General Education(計35単位)
コミュニケーション(作文)             6単位
数学 3単位
 Science                       8単位
   うちPhysical Science から4単位
    例:PHSC 1203 AND 1201 Physical Science and Laboratory
   うちLife Science から4単位
    例:BIOL 1003 AND 1001 Biological Science and Laboratory
 Fine Arts および人文科目              6単位
   うちFine Arts から3単位
   うち人文科目から3単位
 社会科学(この大学では歴史が社会科学)        9単位
   うちPOSC 2103(Introduction to United States Government)3単位必修
   歴史学以外から6単位必修
 専攻ごとの指定                   3単位
  例:COMS 1203 Oral Communication
外国語(非英語)                   6単位
合計                         44単位(以上)

 何点か補足すべきだろう.

 第1に,ASUJの上記の科目群の構成は,「大綱化」前の埼大の一般教養と酷似している.大綱化前のことを覚えている方はそう思われたろう.ASUJの上記科目の単位の合計は44単位であった.大綱化前は,埼大でも人文・社会・自然のそれぞれから3科目(当時は通年授業が標準で単位は4単位)の履修が求められたから,合計必要単位は36単位だった.それに外国語8単位を加えると,ASUJとまさに同じ,44単位になるではないか.この点は,大綱化前の日本の大学の一般教養は,米国の General Education をモデルにしていたことの証左でもある.

 第2に,米国のGeneral Educationは,普通,積極的に科目の指定を行う.「自然科学」の中から好きな科目をいくつとればよい,という訳ではない.Scienceとは異なる数学は必修であり,Physical Science(物理,化学,地学など)から実習1単位を含めて4単位履修しなければならない.Life Scienceでも実習1単位を含む4単位が必修であるから,科目の選択の幅はあるにせよ,埼大のように「自然科学の楽勝科目」がある訳ではない.教養学部生の履修パタンを見ていると,多くの学生は生物学科目か,工学の紹介科目で単位を満たしている.が,工学とScienceは別であり(日本の公務員試験でも別である),工学紹介科目でScienceに替えることはなどない(私が見た中では,イリノイ大学で,Technology科目がGeneral Educationの選択科目になっている例があった).

 第3に,米国の場合,General Education の科目は(特殊な例外科目もあるが)「専門科目」とは別種ではなく,同系列の科目だ,という点である.その点はGeneral Educationにカウントされる科目のコースナンバーに現れている.General Education の科目とは,各専門科目(生物学なら prefixは BIOL)のlower科目(ナンバーが1000番台ないし2000番台)の科目から選ばれている.要するに,「専門科目」の中の入門的授業であるに過ぎないのである.だから,非常に入門的な数学の授業であっても,MATH Department の教員がその内容を保証する形になる.当然である.

 第4に,General Educationは,卒業生が単に専攻領域の知識だけ有するのではなく,一般的な学術的知識を有するという,教育の質保証の側面が強い,という点である.だからGeneral Educationは「一般教養」と訳すよりは「一般教育」と訳するべきだろう.
 米国の大学の学士課程の原則は「深さ」,「広さ」,「相互関連」である.「深さ」は学生が必ず持つ専攻領域で一定の達成をすることに対応する.General Educationは「広さ」の表現だろう.
 General Educationとは,私の理解では,基本的な学問諸領域のessentialsを学ぶことであり,それ以上ではない.人によっては,「教養」というミステリアスな知識の体系があるような妄想を抱くかも知れない.ミステリアスな知識の体系があるとすれば,人が一生を通じて形成して行くものであり,4年間の学士課程で得られるはずはない事柄である.

 ここで描いてみたのは「常識的な教養教育」の姿であった.むろん教養教育がどのようであるべきかは,考え方による.
 また,30-40単位程度の教養教育部分だけを取り出して,これに合わせろとか,採用しろなどとは,いうべきではない.教養教育がどうあるべきかは,学士課程全体の設計にかかわる問題だからである.その学士課程がどうあるべきかは,同時に大学院を含めた教育プログラム全体を論じなければ答えは出せない.
 こうした問題について,私が答えを出せる訳はないが,いくつかの考慮点を,この後に論じてみたい気もする.

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学長による学部長の指名

■大学の「学部・研究科等の長」を以下では一括して「学部長」と呼んでおく.
 現状,ほとんどの国立大学で,学部長は当該学部の教授会構成員による選挙で選ばれる.だが時期的にいえば,ウチの大学でも従来の方法を廃棄し,学長が学部長を指名する方式への切り替えることが日程にのぼって不思議はない.
 私が出席した17大学人文系学部長会議のうち,2014年の会議では,学長による学部長指名がガバナンス改革というタイトルで話題になった.先行的に学長指名を実施した(ないしする予定の)大学から方法の紹介があった.学部から複数名の学部長候補者を学長に上申し,その中から学長が選ぶ,という方法が多かったように思う.学長は再上申を学部に求めることができるようなケースもあった.
 現状の埼大の規則では,学部教授会は細則が定められた選挙で1人の学部長候補者を選び,学長に上申する.その上申を経て学長が学部長を任命する.「上申を経て」であって「上申に基づき」ではないから,現状規則でも上申された候補者を学部長に任命しなくてもよいのかも知れない.しかし学部長の任命は教授会による上申を前提にするから,学長は上申された候補者以外を任命することはないだろう.選び直しが可能ならその旨規則に書くのが普通である.
 ただ,埼玉大学は2015年度に,学長選考規程を文科省受けするように改めた.学長の任期を一律に6年に延ばした.学長選考時に行っていた教職員の投票も,実施が任意の参考投票であって,学長選考会議が不要と思えば行わず,実施したとしても投票結果に従う必要がないことは,それ以前から決められていたことである.埼大はこの学長選考規程の改訂をしているので,学部長選考の規程については改訂をうやむやにできるという可能性もあるかも知れない.むろん文科省の立場を忖度し,学長による学部長指名の方向に舵を切ることもあるかも知れない.

■「学長による学部長の指名」は何時頃からいわれ始めたのか? 遡れば,少なくとも2007年の教育再生会議で既に提唱されていたのである.だからいわれ始めて長い.教育再生会議とは文科省系列の審議会である.実は内閣系の経済財政諮問会議でも大学についての議論があった.文科省の狙いは上位官庁(文科省)が大学をきっちり支配し,大学の中でも学長に権限を集中して教授会は学長に従属することを目指していた.ちょうど,小中高校で教職員会議の権限を無しにして権限を校長に集める,その発想である.対して規制緩和を狙う経済財政諮問会議の方は,権限を規制官庁に集中させることに関心はない.むしろ Equal Footing の考え方で大学間の競争を促すことに関心があった.
 文科省と経済財政諮問会議の考え方の相違を例示してみよう.文科省側は現在と同様に,教育,研究,社会貢献,マネジメント(今でいうガバナンス)の4項目で大学を評価する考えだった.マネジメントの部分として,学長選挙の廃止や,学部構成員による学部長選挙の廃止が唱えられ,学部長は学長が指名する,ないし学長が外から学部長を連れて来る,といった意見が出ていたのである.対して経済財政諮問会議の資料を見ると,大学の評価はあくまで教育と研究によるべきであり,社会貢献やマネジメントは副次的な評価項目という考えだった.経済財政諮問会議の学者委員が教育再生会議に出て語ったのは次のようなことである(当時から議事録はネットで公開されている).
《3点感じたことを述べたい。
(途中、略)
 マネジメント部分については最も違和感がある.予算制約がある限りにおいて,学長の権限をいかに強化してもトップマネジメントは実現しない.学部長を外から持ってきても全く機能しない.学長選挙を廃止することに何の意味があるのか.
 財政に関するポイントは基金であろう.アメリカでは潤沢な基金に加えて,高額な授業料で教育を賄