法人化後の初代学長

 埼大では,次期の学長選考が来年あるはずである.だからたぶん今頃,次期学長の人選を,考える人は考え始めるだろう.
 人によっては次期学長の選考を大変だと思うかもしれない.なにしろ,次期から学長は一括任期が6年となった.途中で学長を変わって頂くことは,病気や事故がない限り,まずない.
 今の埼大は,既に工学系中心で舵を切っている.埼大が単体で運営されるなら,その点は変わらないだろう.大学が削減を行う場合は教育学部の縮小の方向に向かうものと思う(そのように口にしておられる外部委員の方もいる).
 しかし次期学長のうちにアンブレラ統合の話になるとすれば,どこと一緒になるかによるが,分からなくなる.埼大としては未曽有の転機が訪れることになるように思う.展開によっては埼玉キャンパス(下大久保)をどのようにするかの判断になるだろう.むろん,アンブレラに進むかどうかは,文科省にそれだけの腹があるかどうかの問題である.個別の大学ではどうせ判断できない.
 学長の任期が6年となると,その間にいろんなことが起きる可能性があるのである.
 ただ私自身の実感としては,学長を誰にするかなど,考えるのはバカバカしいように思っている.過去の例では,選出前と後では,学長の印象は変わるからである.また学長がどうであるかよりは,社会情勢や文科省の出方による部分が大きい.

 などと考えるのであるが,どうせ暇なので,法人化後の学長を私がどう思ったかを書いてみたい.むろん,私ごときでは見えない部分を学長はお持ちなので,不正確な面があるのはご勘弁願いたい.
 まず法人化後の初代であった田隅学長についてである.

 田隅学長は,明確な争点を持った学長選挙で勝利したという点では,私が知る範囲で唯一の学長さんだった.それ以外の学長選挙も争点はあったとは思うが,明確なものではない.争点とは,いうまでもなく群玉統合の是非である.田隅学長は「統合棚上げ」(たぶん上げたまま下ろさないということだったろう)をうたった.
 私は対立候補だった当時の現職の学長さんの推薦人に名を連ねていた.私に推薦人の依頼があったくらいであるから勝ち目はなかったのだろう.推薦人を引き受ける際に,話を持ってきた方には「統合をするとはいうな」と意見を述べた.統合は進めるべきと思っていたが,その時点ではあの統合に既に進展の見込みがなかったからである.しかし私が支持した候補は「統合を進めます」と表明したので,そりゃダメだ,と思ったものである.対する田隅学長には「やっても無駄だから止める」という割り切りがあった.
 この割り切りの強さが,良くも悪くも田隅学長の特色だったように思う.その点はこの方が理学の研究者らしい点であると私は思った.私がいうことはあらゆる人の常識に反するかもしれない,しかしこれが真実だ,ということがサイエンスの美学であり,サイエンティストはその興奮を求めるからである.
 統合に関しては明確な方針を持っていたけれど,それ以外の点ではこれといった大学運営の考えはおありでなかったように私は思う.学長就任時点でのこの方の言葉で私が記憶しているのは「民族自決主義」である.その言葉は,各学部がそれぞれの分野で自分で判断して頑張ればよい,という意味である.裏を返せば,部局以外で大学として何かをするという考えはおありでなかったような気がする.部局には干渉しないという意味であるから,部局には有難がったはずである.
 とはいいながら,学長に就任してからは大学としての運営をいろいろお考えになったのではないかと私は思う.
 実は田隅学長は前回の学長選では惜敗している.私は誰かから「今度は抜かりないように準備万端整えている」という話を伺った.ただ「準備万端」かどうかではなく,単純に統合が嫌だった人が多かったということだろう.ちなみに,教養学部の執行部の方々は,たぶん岡崎前学部長を除いて,群馬に行くのが嫌でみな田隅候補に投票したのである.
 学長選びが話題になっている時点で理系の先生方は,田隅先生は力のある方であるから,学長になればきっと何とかしてくださる,という趣旨のことを仰っていた.「あの方が何とかしてくださる」という発想は,三代目学長さんの選任前にも時折理系の方が口にしていたから笑ってしまう.文系の教員には,誰かが「何とかしてくださる」という発想はまずない.

 今の時点で考えると,田隅学長は法人化後の3人の学長の中では最も重要な仕事をされたのではないか,と思う.重要な仕事とは,法人化した国大の運営スタイルの確立,予算削減への対応,大学の方向性,の3つである.

 第1の「法人化した国大の運営スタイルの確立」というのは,法人化してから経営協議会を含めて全学の運営方法が変わり(変化の程度をどう評価するかは判断としても),新たな運営形式を実施に移したことである.文科省側にテンプレートがあるからそれほど大変なことではなかったかも知れない.が,全学の協議は評議会ではなく全学運営会議で行うというスタイルを作ったのはこの学長さんであり,その点は以後の学長さんも継承している.
 論争的だったのは「学長権限」に関する田隅学長の見解だったろう.もともと田隅学長による学長権限論は,ある下らない問題に関する処理の仕方を合理化するために出てきたことである.が,当時はまだ「大学の自治幻想」が強かった学内世論の中で,学長にはすべての業務事項を決める権限があるという趣旨の田隅学長見解は衝撃的だった.私を含めて多くの教員が反発したけれども,話を聞くうちに「どうも田隅学長が正しい」と私も思うようになった.「田隅学長が正しい」と最初にいった部局長は,田隅学長と折り合いが良かった教育学部長であったと思う.法令の条文を見ると,筋が通っていたのである.
 今日,国立大学法人法の解釈としての田隅学長の見解を疑う者はいない.その後の学長さんもこの見解に従って学長としての判断を通してきた.埼大の場合,ある種のアクシデントの結果であるが,早めにこの見解が明確になったのである.

 第2は「予算削減への対応」である.法人化されてから運営費交付金の毎年の定率削減も始まったと思う.しかしすぐに予算が底をつく訳でもなかろうに,田隅学長のときから緊縮財政になったことが目立った.研究費や非常勤講師費用が大幅に削減され,学内各所から悲鳴があがったのである.学長はその怨嗟を受けることになった.教員定数の再定義と称する教員の大幅削減(名目は「全学化」)があり,教養学部では最も被害が大きく30名を超える教員の削減が決まったのも,田隅学長就任の半年後である(実質的にはその何か月か前に決まっていた).
 経費削減はいろんな局面に及んだ.一番笑ったのは,通勤用の定期券を買ったらその定期券を見せろ,ということになったことだろう.その後,退職に至るまで,私は年に1回は事務方に定期を見せて確認してもらっていた.
 田隅学長の治世で実際に行ったほどの削減が必要であったかどうか,私には疑問がある.研究費についてはともかく,教員定数をそれほど削減する必要があったのか? その点は分からない.実際は,教養学部(など)が放出したポストをどこかに使っていたようであり,その実態は,次の学長になるまでよく分からなかった(次の学長の時期でも私は詳しくは伺っていない).あるいは過剰に削減した(削減できるポストを作った)かも知れないのである.ただ,このときの削減のおかげで,埼大ではその後しばらく教員定数の削減はなかった.三代目学長さんになってから,定率である程度の削減を行うまで,削減はなかった.が,その間,私の知る他の国立大学ではずっと,少しずつ削減をしていたのである.そこは判断であるけれど,田隅学長のときに大幅削減したことが「貯金」になって,その後の削減はあまりなかったのかも知れない.そう考えると,田隅学長時代の削減については,全学の立場で考えると,一概に否定すべきではないかも知れない.

 第3は「大学の方向性」についてである.就任時点では,田隅学長には全学のあり方に関して特段のお考えはなかったように思う.しかし,実際に法人化後の現実に直面しながら,田隅学長は一定の大学の方向性について発信するようになった.あくまで学長が学部訪問をしたときの発言から見ているが,大きな方向性の1点目は,(研究ではなく)教育重視という点である.2点目は,地域に入り込むことを重視した考えである.
 1点目の教育重視については,学生から見放されないようにする,ということである.だから,大学の経費削減についても,教育費(非常勤費を含む)は,「お客さんがいるから削減できない」といういい方だった.削減は主に研究費であるとの説明だった.
 教育重視というと,田隅学長の理学部の伝統的な考えからは乖離する.そこをあえていったのは,田隅学長が長く東大に仕事をしていて,研究中心の上位大学の様子を理解していたためであると思う.彼はCOEを取るような部署の業績の実態を理解している.埼大は違う,という判断だったように思う.その点はこの学長さんらしい割り切りだったろう.ただ,教育重視といういい方は理工系からは反発を受ける要素になる.
 2点目の地域についてである.埼大では,三代目学長になってからも,地域をどのように位置づけるかについて逡巡があったと私は思う.すんなりとCOCも申請しなかったことがその点を物語る.「3類型」で「地域」をしぶしぶ選んだけれど,三代目学長にも当時の部局長にもためらいがあった.が,初代の学長さんはそこはきっぱりと割り切って地域志向を出していたのは,今の時点で考えると目を見張る.もっとも,その割には埼玉県との関係がギクシャクしていた,という点は二代目学長になってから表に出たことである.しかし,主に埼玉県内の高校回りを,ハイスクールキャラバンと称してやっていたのも,地域を重視した姿勢の強い表れであった(当時私は副学部長でハイスクールキャラバンの係になったので,大変嫌だったが).
 大学の方向性に関する田隅学長の考えは,(喜んでかどうかは別であるが)私には理解できるものだった.

 田隅学長4年目に学長選考があった.就任時点ではかなりの方々からの期待を受けていた田隅学長であったが,4年後にはご存じのように,学内ではまったく人気がなかった.何しろ,田隅学長の再選を支持した部局長は一人もいなかった.いちばんうまく付き合っていた教育学部長すら離反したのである.ならなんで4年前に期待を込めて選んだんだろうと私は不思議に思うほどだった.それだけ,選ぶ前と後では異なって来るのである.
 記録としての事績を見ると田隅学長はなかなか仕事をされたと思う.にもかかわらず学内で評価が悪かったのは,全学の会議の様子が険悪だったことにあるようだ.その点は,私はまだ部局長ではなかったので,この目では見ておらず,よく分からない.
 先に書いた「ある下らない問題」で田隅学長が学長権限を行使したときのことである.その件では田隅学長は学内から非難を受けた.私も内輪で悪口をいった.その際,文句があれば聞こう,申し込んでくれ,と田隅学長が表明した.そういわれて申し込まないのは卑怯と思い,私は申し込んで実際に30分ほどさしで話し合ったことがある.この学長さんと直に話したのはその時だけである.その時は双方が主張をし合って別れる時も平行線だった.が,その間にその人となりはある程度分かったような気がしている.
 この方は典型的な古い東大教授だと感じた.愛想がないが悪気もない.基本的に学者なのである.人のパーソナリティ次元の1つは,セルフモニタリングというか,周囲の目を気にしてその中で自分のあり方を決める人と,周囲を気にせず自分の原理に従って判断する人がいる.むろん程度問題である.が,ある時点の社会心理学のテキストでは,前者の典型がビル・クリントンである.ビルは愛嬌があり,自分を取り巻く状況の中で自分に期待されることをつかみ,自分の言動を調整することがうまい.だから大変なスキャンダラスに見舞われながら大統領の任期8年を全うしている.田隅学長は後者だろう.この方は自分の原理があり,その原理にしたがう.学者はそれでよいのである.
 もう一つある.この方は分析的である.分析的な人間の常は考えが暗いことである(私がいうのではなく研究があり,テキストにも書いてある).だから暗くなる必要もない場合でも暗い雰囲気を作ってしまうのかも知れない,と感じた.
 
 いずれにせよ,何となく評判は悪かったが,田隅学長は仕事をなされた.その批判の原因の多くは,法人化直後の試行錯誤の中で生じたことのように思う.
 そして,いえることは,学長になってからの様子は事前には分からなかったことである.まあそんなものなのだろう.

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国立大学生定員見直し

 日経新聞を見ていたら国立大学の学生定員の見直しがあるという.紙で読むのは面倒なので日経サイトに入って記事を読んだ.中教審が国立大の学生定員規模の見直しを求める答申の案を取りまとめたとかで,答申が出るのは少し先である.また,何時までに見直しの実施をすることになるか,記事では分からない.案外先かもしれない.
 国立大学の学生定員規模の見直しというテーマは私が在職中から出ていた.だからその見直しは国立大関係者は織り込み済だろう.

 しかし,学生数という,本来は法人の経営で判断すべきものを国が決めるという事態を目にすると,国立大学法人とは,身分が不安定な国営大学であるということをあらためて印象づけられた.何のための法人化であったか分からない.
 文科省としては,国大の設置者である国は金を出しているから,責任を持たないといけない云々というのだろう.が,金が問題なら,国は交付金の見直し(減額)だけをすればよい.各国立大学は減額された交付金を前提に授業料等を再設定し,経営判断をすべきなのである.やっていけない国立大学は規模を縮小するか廃業するだろう.廃業が出れば私大にビジネスチャンスがあるから,後は私大等に任せればよい.が,そのようにはせず,文科省は国立大学の口から手を入れてかき回そうとする.文科省のようなクレムリン型の小役人官庁の宿命である.結果,国立大学では何時まで経っても経営能力が育たない.

 18歳人口が縮小したからといって,国立大学が規模の縮小をすべきとは私は思わない.大学生全体に占める国立大学のシェアは小さい.国立大学で規模の縮小を引き受ける必然性はない.大学の世界ランキングを気にする今の時点で規模の縮小をあえてするべきか?
 各国立大学とも,定員を減らせば存在感は落ちてゆく.学生定員減少にともなって教員数も減るかどうか,であるが,交付金は減らされるように思うし,授業料収入は落ちるから,教員数も落ちることになるだろう.大学の世界ランキングを上げる観点からはマイナス要因になるだろう.文科省が大学を初等中等教育の学校との並びで考えることの結果だと思う.

 国立大学の規模の見直しは次の2つの何れか,あるいは両方を伴う公算が高い.第1は学内再編である.第2は,統合を含む大学間の再編である.
 第1の学内再編の可能性は,縮小の規模にもよる.が,それほど極端でなければ,多くの大学は各部局の定率削減で切り抜けようとするような気がする.文科省はいつものように「メリハリをつけて」などというに決まっているが.
 学内再編が本当に必要なこともある.埼大の場合,工学部と理学部,経済学部と教養学部の合併は検討されることになるように思う.
 第2の大学間再編については,「一法人複数大学制」(アンブレラ方式)や,国公私立大のグループを運営する「大学等連携推進法人」(仮称)が検討対象になるという.数年前と同じことを今もいっているので,笑ってしまう.いい加減早くやれよ,といいたくなる.

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親方日の丸文科省一家(軍事的安全保障研究補遺)

 2017年の学術会議声明を眺めながら私は思わず苦笑した.この声明は防衛省(防衛装備庁)を非難するものである.が,この声明を出した人たちは,同じ政府機関でも文科省を非難することはない.所謂「大学の自治」=教授会自治を否定する教育基本法の改訂は文科省が行ったはずである.が,学術会議声明を出した方々はそのときは沈黙した.本来なら,大学等の高等教育機関はその改訂に何よりも異を唱えてよかったように思う.文科省には slavish に服従する面々が,相手が文科省以外と見ると強く出たのである.

 今の学術会議の会長は京大の総長で,国大協のトップでもある.その方々が少し前に,自民党代議士を中心とする議連に「金をくれ」の陳情をした.そのときの資料がネットに出ているが,中身が文科省さまのいっていること,そのまんまだったから笑えた.だからおそらく,有難くも文科省さまからご示唆を頂いて,国立大学に金を出せ(つまり文科省予算を増やせ)といいに行ったのだろう.
 今回の学術会議声明は文科省は嫌がらないんだろうな,と思う.防衛装備庁が文科省の子供たち(文科省管轄機関の研究者)にお小遣いをあげるのは,文科省にとってはシマを荒らされるような感覚だったかも知れない.文科省の機嫌を損ねないから,学術会議は防衛装備庁には非難の声明を出したのではないかと思う.学術会議が声明で「むしろ必要なのは、…民生分野の研究資金の一層の充実である。」というのは,つまり文科省予算を増やせという意味である.

 日本の大学等は,文科省傘下の親方日の丸組織なのだなぁ,とあらためて思った.管轄する主務省のことだけを見て行動する.国民は見ないし学生のことも見ない.この行動様式がある限り,日本の大学等が国全体を視野に入れて改善を図ることはないだろう.大学の主務省が文科省でよいのか,という点はこの意味でも考えてよいように思う.
 主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という河口小百合氏の考えはもっとものような気がする.

 学術会議の流れに沿って「軍事的安全保障技術」につながりかねない研究の禁止をどのように実施するのか,という点には興味がある.防衛装備庁が出している研究テーマは民生技術と区別がつかず,中身で排除しようとすると主だった技術的研究テーマを禁止することになるからである.ロケット,コンピュータ,ロボット,AI などはみな,軍事技術にすぐに転用できる.これまで防衛装備庁が出した公募テーマは多いが,そのテーマはダメ,としただけでも研究できる範囲はかなり狭まる.何が残るのか? しかも,そのような検閲は手間がかかり過ぎると思える.
 常識的には,学術会議側の方々は,中身を見て禁止するのではなく,単に防衛省(など)の予算への申請を禁止するのではないか? それしかやりようがないのではないか?という気がする.この方法は,文科省日の丸一家的にはOKになるのだろう.競争的な研究費全体を考えれば,防衛省の予算を避けることには大学側には障害がないのだろう.
 埼玉大学はどうするんですかね?というのも少し興味がある.埼玉大学は政治色が薄い大学のように思う.ただ,日共系はそれなりにあるかも知れない.考えてみると法人化後の2代目学長さんは日共系だった(元日共系か?).

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日本の大学への軍事研究委託は無い(軍事的安全保障研究補遺)

 日本学術会議が排除したい防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度とは,「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募する」という趣旨である.だから公募しているのは民生技術(の基礎研究)であり,普通は「軍事研究」とはいわない.公募テーマは「人と人工知能との協働に関する基礎研究」とか「革新的なモータの実現に資する基礎研究」といった,文科省系競争資金でも採択されるような中身である.
 しかし今回,ネットを検索すると,やたらと「軍事研究」といういい方が多い.中には「兵器研究」と書いている人もいる.たぶん中身を確認していないのだろう.

 日本の大学は,安全保障技術研究推進制度による研究は担えるだろうが,軍事研究そのものを担えると考えるべきではない,と私は思う.政府は日本の大学には委託しないだろう.理由は単純であり,外国の工作員のような方々が大学には自由に出入りしている.単に危なそうな方々が出入りしているだけでなく,北朝鮮などとの深い関係が結構おありになることもある.また,憚りながらであるが,近隣の某国に情報が流出するように日本の大学はできている.そこは政府も分かっているだろうから,日本の大学への軍事技術研究の委託は避けるはずだと思う.むしろ軍事に転用できる技術や情報の流出を大学がどう止めてくれるか,というレベルだろう.
 だから,日本の「研究者が軍事研究に動員される」などという話は笑い話であり,そもそも考える必要がない.日本の大学はアメリカの大学などとは異なっている.ここは当面仕方ないのだろう.

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軍事的安全保障研究補遺:科学者の責任

 私が花の東京にある大学に入学したのは1970年代の初めである.70年安保や大学紛争は終わっていた.私が高校に通っていたときに,その高校では紛争ごっこがあった.私の同学年の生徒会長は後に赤軍派として銀行を襲撃し逮捕されている.その紛争ごっこの頃に大学では大学紛争が華やかだったのだろう.ただ入学した大学には紛争の残滓があり,その点に「さすが東京だべさ」という感慨を深めたものである.
 大学に入って面白かったのは,授業中に教員がいろいろ,仲たがいのようなことを口にしていたことである.例えば,当時経済学は「近経」と「マル経」が勢力を二分していた.経済学の先生は授業中に,相互に他方をけなすのである.さすが大学は素晴らしい,と当時は思ったものである.
 今は「マル経」はほとんど消えた.しかし当時は勢力が強かった.同じマル経の中でも,社会党左派に人気の「宇野派」と日共系の「正統派」があり,その間でもけなし合いがあった.「石を投げれば宇野派に当たる」という先生もおられた.面白い光景だった.(ただし宇野弘蔵先生ご自身は政治色,イデオロギー色はなかったとされる.)
 教養課程の「数学」担当の先生が極限の話をするとき,「限りなくゼロに近いというのは,大学の改革みたいなものですね」という.改革はすべきとみんないうが,その改革は限りなくゼロに近いのがよいと(教員の皆さんは)思っている,というのである.

 余計なことを書いたが,ここで書きたかったのは教養課程の「物理学」の話である.この授業は2人の先生が中身を分けて担当していた.真面目そうな先生と洒脱な先生である.このお二人も仲が悪そうだった.真面目そうな先生は「科学者の責任」という趣旨の運動を主導する名物教授だったと聞いた.今なら軍事につながる研究反対,ではないかと思う.洒脱な方の先生は逆に授業中に,「科学者の責任などというが,原爆を作ったのは科学者でも,原爆を落としたのはトルーマンという文系の奴だ」と仰る.さすが都会,洒落てるなぁと感心した覚えがある.
 なお,トルーマンが本当に文系か,先ほど調べてみた.カーターは物理学博士であったし,習近平は工学博士だから,理系であるかも知れない.調べると,トルーマンはそもそも大学に行っていない.大学以上の教育を受けていない最後のアメリカ大統領だったという.
 話を戻そう.「物理学」の授業でのやり取りは面白いなと思ったが,私には洒脱な方の先生の意見に惹かれた.科学者が自己の研究に責任を感じるのは立派なことだと思う.しかし責任を感じるとしても,だから科学者が科学の成果を管理する権利がある,という訳ではない.成果は,それぞれに管理する権利がどこかに設定されているかも知れないし,freeかも知れない.その権利設定に応じて利用があるのは避けようがない.また科学政策自体は国民の合意に従うことであり,科学者が排他的に権利を有する,というものではない.痛感する「責任」とは別に,話の筋は整理しておくべきなのだと思う.というのは,今の時点で私が考えたことである.

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軍事的安全保障研究補遺:研究力低下

 数日前の9/14に「軍事的安全保障研究」という記載をこのブログで書いた.「論」として書くなら私見はその記載に尽きている.が,書いていて,この話は大学にまつわるいろんな問題につながっているように思った.だから「論」以前の「だよね」式の感想がいくつか浮かぶ.その「だよね」式の感想を「補遺」として,面白半分で書いていきたい.

 以前に「日本の研究力低下」についてこのブログで触れた.不十分ではあるが私なりに調べもした.今回感じるのは,日本学術会議が禁止しようとしている研究,つまり「軍事的安全保障技術」につながるかも知れない民生部門の科学技術研究は,論文の量と質で見ると,研究力低下が著しい分野に属する研究だという点である.10年間の比較で見て,「材料科学」,「工学」,「計算機」などは研究力が低下している.
 だから,日本学術会議が禁止しようとしている研究は,実は日本の大学等には,研究費に余力があっても研究能力に余力はないのかも知れない.研究費があっても使えないかも知れない.例の学術会議の反応はそうした事情の反映かな,とも感じた.研究する力があれば研究するだろう.

 日本学術会議の反応は研究力低下を導く要因を示唆しているようにも感じる.文科省が研究力促進のために提唱しているのは,1つには研究の国際化の促進である.もう1つは,若い人が自発的に研究できる環境の整備である.文科省の指摘は正しいだろう.
 筑波大学新聞が少し前に,学生を対象に,日本の大学が軍事転用を見すえた技術を研究することの是非を質問する調査をしたという.ご存じのように,研究に賛成が反対より多く,理系の学生に限ればさらに多かった.政治の意見で「安倍政治を許さないぞー」というのは年寄りが多いのと同じである.たぶん若い研究者に限れば,研究の意欲は高いから,賛成はさらに高まるように思う.何が言いたいかというと,日本学術会議の反応は多分に老人支配(Gerontocracy)の表れだろう,ということである.若い人に自由な環境が与えられていないのである.
 大学は,上の者が下の者を引き上げるようにできている.その際にフィルターがかかるから,どうしても年寄りの考えは慣性のように持続する.だから老人支配には持続力がある.日本の研究力を向上させる1つの要素が姿を現すにはまだ時間がかかるのではないか,という気がする.

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このブログConbrioはいつまで続けるか?

 昨年も同じようなことを書いたと思う.このブログを何時まで続けるかは微妙なところだ.当初,このブログは私が埼玉大学を退職した年の夏くらいで追記を止めるつもりでいた.退職したので,大学のことは忘れて頭を切り替えるべきなのだ.
 けれども,続けて欲しいという要望も多少あった.書くことも無くならなかった.
 この夏に逆に追記するペースが上がった.上がった理由は,早くこのブログを閉じようと思い,頭に残っていることを早く吐き出そうとしたからである.それでも,思いつくことはまだ出て来る.
 退職してから今まで書くことが無くならなかったのは,私の在職中のことがある程度,まだ続いていたからである.だから在職中にちらと考えたことが頭の片隅に残っていて,それで書くことを思いついてしまっていた.しかし次第に状況は変化し,大学は私が見知らぬ世界になって行くだろう.その時には書いていないと思う.

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軍事的安全保障研究

日本学術会議は間違っている

 少し前の記載で「学問の自由」と「大学の自治」に触れた.この2つ,特に「学問の自由」との関連で私が気になるのは,日本学術会議が出した「軍事的安全保証研究に関する声明」(2017.3.24,幹事会採択)である.この声明は,防衛装備庁が発足させた「安全保障技術研究推進制度」に対応している.「安全保障技術研究推進制度」は防衛技術と民生技術にまたがる(デュアル・ユースの)基礎研究の競争的資金に,大学等の研究者が応募できるようにした制度である.日本学術会議は(後述するように曖昧な点があるものの)研究者がこの制度に申請することをブロックする方向の立場を表明した,といってよい.実際には大学等が申請を審査し,防衛力技術にかかわる研究は却下する方向で圧力をかけているように見える.

 私見の結論を先に書いておこう.日本学術会議は間違っている.日本学術会議の誤りは次の3点にある.第1は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると考えたことである.その結果,日本学術会議は政府と正面から協議せずに,大学等の内部で研究の自由を侵害する恐れのある裏口対応をとろうとしている.第2は科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとしたことである.科学技術の悪しき適用の回避は適用行為への規制によって行うべきであり,研究の自由を侵害して知識そのもの獲得を規制するのは馬鹿げている.第3は政府の役割についての誤認である.声明は,正当な政府の介入を否認すると理解されかねない論調をとっている.科学への規制は政府の正当な役割である.

 以下で少し詳しく述べよう.


安全保障技術研究推進制度

 2015年度から防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」を発足させ,競争的研究資金を公募で提供することにした.
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html

 当初,この制度ができたことを私は小耳にさんではいたが,特に興味は覚えなかった.しかし2016年にマスコミに「軍事研究の予算が云々」といった記事が登場した.どれどれと思って防衛装備庁の上記サイトを眺めてみた.

 この制度は,大きなテーマを出してそのテーマに合う研究を公募する.公表された募集テーマを見ると私には一般の工学的テーマに見えた.兵器の開発のような話では全くない.なのに防衛装備庁がなぜ公募するかというと,「防衛技術と民生技術のボーダレス化」,「防衛技術にも応用可能な先進的な民生技術、いわゆるデュアル・ユース技術を積極的に活用する」ということが趣旨であるという.

 公募のテーマは,今年度の公募要項でいえば次のようなものである.

(1)量子通信・量子暗号に関する基礎研究
(2)ソフトウェア耐タンパー技術に関する基礎研究
(3)意図的に組み込まれたぜい弱性に対するサイバー防護技術に関する基礎研究
(4)人と人工知能との協働に関する基礎研究

(28)革新的なモータの実現に資する基礎研究

 私には止めるべき研究テーマには見えない.「軍事研究」とも見えない.通常の基礎工学的テーマに見える.同じような研究テーマは科研費による研究の中にも多くあるだろう.

 採択の審査は学者の委員会が行う.審査の観点も防衛設備庁が公表している.採択されたテーマは,長くなるので書かない.これらの点については上記サイトの資料で参照できるので,興味があればご覧になるべきだろう.


学術会議の声明

 安全保障技術研究推進制度に対応し,日本学術会議は2017.3.24に「軍事的安全保証研究に関する声明」を出した.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-s243.pdf
この声明の件がニュースとして流れたとき,私もその声明を眺めた.

 声明の中身は上記でご覧いただく通りである.私の感想では,この声明文はstructureが練れていない.たぶん,会議の協議中に加筆削除を繰り返したためだろう.私なりにトピックセンテンス作ってアウトラインを示せば,次のようであると思う.

第1段落:過去の「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とする2つの声明(1950,1967年)を継承する.
第2段落:軍事的安全保障研究では政府による研究への介入が強まることが懸念される.
第3段落:防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」では政府による研究への介入が著しく,問題が多い.
第4段落:軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究には技術的・倫理的に審査する制度やガイドラインを設けるべきである.
第5段落:日本学術会議はこれからも頑張る.

 学生がこういう文章を書いてきたなら,多くの大学教員は『理科系の作文技術』(木下是雄)でも読めといって突き返すだろう.出来が良くない.

 この文章は次の欠陥を持つと私は思う.

 第1に,第1段落にある「戦争を目的とする科学の研究」と,その後の段落にある「軍事的安全保障研究」の関係が分からないことである.「戦争を目的とする科学の研究」の方は,「行わない」という声明を出し,その声明を継承しているから,行うべきでない研究と2017年声明は規定しているはずである.しかし「軍事的安全保障研究」については,この声明を採択した時点での学術会議会長大西隆氏によれば,「声明では軍事的安全保障研究への取組みの是非自体について言及していない」という.
http://www.fng-net.co.jp/top_itv/elem/20170522
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/031500046/040600006/?P=1
この点は声明本文をご確認いただきたい.つまり,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は,関係はあるのだろうが,その関係はよく分からないのである.ただし,「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」は素人には似たようなものと映る.そして冒頭第1段落に「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とあるのだから,キャリーオーヴァ―効果が生じ,多くの人は「軍事的安全保障研究も行うべきでない」と声明は述べていると解するだろう.この詐欺的表現が紛らわしい.

 「戦争を目的とする科学の研究」と「軍事的安全保障研究」の関係を示すか,示さないなら第1段落を削除すべきだった.

 第2に,なまじ第2,第3段落があるために,軍事的安全保障研究がまずいのは政府の介入が強いことであるといっている印象になる.だから政府の介入が緩和され,研究者の自主性が確保されれば軍事的安全保障研究はOK,という印象も与えてしまう.軍事だから悪いという意味の文言はあるが,軍事でなぜ悪いかの論拠は書いていないのである.

 第3に,声明は「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究」の審査を主張するが,どのようであれば「可能性がある」と判定するか,誰が見なすのか,何をまずいことと考えて審査するのかが,分からない.
 私が抱いた全体的な感想は「なぜこんな不完全な文章を出したのか?」である.
 以下,各段落についてコメントしたい.

第1段落:この段落を見て分からないのは,第1に「戦争」とは何か,第2に「戦争を目的とする科学の研究」とは何か,である.

 まず「戦争」について.古典的な意味での戦争は,国家間の,宣戦布告を伴うものである.太平洋戦争などはその定義に当てはまる.しかし一定期間続く武力衝突があれば戦争ということもある.また,純粋な防衛も戦争というかどうかは,人によるだろう.「自衛戦争」という言葉を使っていた日本共産党の立場では防衛でも戦争である.私が調べた中では,軍事的安全保障に否定的な学術会議関係者は日本共産党の意味で声明の戦争を考えていた.しかし憲法9条の判例では,戦争を放棄するという条項にもかかわらず,自衛の措置はとれるといっている.だから自衛の戦いは戦争とは別という解釈も可能である.

 「戦争を目的とする科学の研究」にも,解釈可能性は3つのレベルがあると思う.「目的」とは誰の目的か,という問題もあるけれど,ここでは研究者が目的とするものと考えよう.まず第1のレベルは,「研究者が戦争の遂行を意図して行う研究」という意味である.第2のレベルは,「戦争遂行に使う意図はないけれど,もしかしたら戦争に使われるかも知れないという認識を研究者が持った研究」という意味である.第3に(笑い話のようであるが),「研究者には戦争遂行の意図も利用される可能性の認識もないけれど,誰かが『利用される可能性がある』と考えるような研究」という意味である.

 元の1950年と1967年の声明を確認してみた.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-49-s.pdf
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/04/07-29-s.pdf

 しかしこの2声明は6行と12行の簡単な文章であり,上記不明点の手がかりはない.1950年声明は「戦争を目的とする科学の研究には,今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する」とする.この文の少し前に「再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望する」とあるから,太平洋戦争,つまり宣戦布告を伴う古典的な戦争を念頭に置いていると考えるのが自然である.しかしそんな経典解釈をしても始まらない.

 1967年の声明の表題は「軍事目的のための科学研究を行わない声明」であるが,「軍事目的」の言葉は本文にはない.あるのは「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という,1950年声明の繰り返しである.1967年声明が出た経緯はくだらない.声明文の中に「米国陸軍極東研究開発局」云々とある.どうも何かの会議の旅費がその米国陸軍機関から出ていたと分かってもめて,その始末としてこの声明を出したらしい.

 「戦争」が何を指すか,「戦争を目的とする科学の研究」が何かは,結局分からない.

第2段落:この段落は「政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」という.
しかし「懸念がある」は「意見」であり「事実」ではない.「事実」の論述の上に「意見」を書くという科学文書の原則を守っていない.「書き切れない」というならこの段落は削るべきだろう.どのみち本筋を外れた議論である.

第3段落:この段落は特に安全保障技術研究推進制度について「政府による研究への介入が著しく」と書く.が,やはり「事実」を指摘できないなら書かない方がよい.なお,防衛装備庁はこの競争的資金についてサイトに次のように書いている.

>本制度の運営においては、
>・受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
>・特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。
>・研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。
>・プログラムオフィサーが研究内容に介入することはありません。

防衛装備庁サイトの説明を見ると,研究のチェックは科研費並みと思う.問題があるとは見えない.

 ただ,仮に学術会議がいう政府の介入があったとしても,問題ではないだろう.研究者全員がこの制度で研究をしなければならない訳ではないからである.嫌なら申請しなければよい.条件に同意して申請する研究者がいるなら,他人が口出しする筋ではない,と普通は考えるだろう.

第4段落:この声明はこの段落だけで十分と思う.

第5段落:この段落はなくてもよいが,あって悪い訳でもない.「科学者コミュニティが社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」と書くのはその通りである.ただ,社会との議論をどのように行うかは,この声明では見えない.学術会議と大学等の中だけで,つまり内輪で「軍事的安全保障研究」申請への措置を講じようとしているように見える.社会と議論するなら,仲間内の措置を超えた話し合いの計画を示すべきだったろう.日本は民主主義なのだから,国民から選ばれた政府と,まずは協議すべきと思える.


日本学術会議はどこで間違ったか

 この文書の冒頭2段落目で,日本学術会議は3つの間違いをしていると私は書いた.その間違いについて述べてみる.
 
1.日本学術会議は科学者コミュニティの意向があれば研究者の研究の自由を奪えると誤解した
 学術会議は1950年以来,「戦争を目的とする研究」をしない決意を表明している.その決意表明は結構なことであり,思想信条の自由と表現の自由が保障される限り,その決意と決意表明は何者も止めることはできない.ただ,決意表明とは法ではなく,そのように決意する人の考えの表明である.そう考えない人の別の決意を阻止できるものではない.「戦争を目的とする研究」が「軍事的安全保障の研究」でも同様であり,そのような研究をすべきでないとする決意と決意表明は結構なことである.ただ,そう考えない人の研究の自由を奪うことはできない.その「できないこと」を,学術会議は大学等に求めているように見える.だから学術会議は間違っている.

 2017の学術会議声明は安全保障技術研究推進制度に批判的な言及をする.その言及による声明は大変結構としても,そこから研究計画の検閲のような審査を考え,場合によっては申請をブロックすることを考えたのは,自由主義社会の原理に慣れた人が自然に発想することとはとても思えない.研究の自由を奪う事態を招くからである.

 科学技術がどうあるべきかを科学者が考えることは自由であり,発言も自由であり,その発言は世論の育成に貢献するはずである.が,科学技術がどうなるべきかを「決める」のは社会,国民であり,科学者が決める訳ではない.特に税金による科学予算の使い方は国会(ないし地方議会)の予算審議によって決定される.科学者コミュニティが研究者の研究の自由を奪えるのは,その研究が非合法であるか,社会規範に反する場合である.しかし安全保障技術研究推進制度の予算は国会承認を経て成立したはずであり,国民の支持を得ている格好になる.合法である.また自衛隊が装備を持つことも世論の支持するところであり,自衛隊装備の向上に資する科学的な貢献は社会規範に反するとも考えられない.だから,研究者個人が安全保障技術研究推進制度の研究を申請することを阻止するのは,研究の自由の避けるべき侵害以外の何物でもない.

 もし安全保障技術研究推進制度を廃止すべきと考えるなら,あるいは修正すべきと考えるなら,国民に訴えるのが筋である.現行制度ではまず,民主的手続きで選ばれた政府に協議を申し入れるのが普通の発想である.国大協は大学予算を増やすことを自民党代議士らの議連に申し入れている.学術会議も同じような申し入れをすることをなぜ考えなかったのか,理解できない.

 申し入れでは生ぬるいというなら,安全保障技術研究推進制度の差し止めを求める訴訟を起こし,国民への議論の周知を目指すべきだろう.家永裁判の訴訟は,中身の是非はあるとしても,方法として正道だった.
 
2.科学技術の知識そのものの獲得を制限しようとした
 声明における日本学術会議の発想がおかしいのは,軍事にかかわる科学技術の獲得そのものを規制しようとしたことである.声明は何を排除すべきかについて曖昧な点が多いが,デュアル・ユースを否定する論調があるくらいだから,何らかの形で軍事への転用が可能な技術に研究者は携わってはいけない,という趣旨に日本学術会議は落ち着くだろう.しかし,何につながる可能性があるとしても,知識の獲得そのものを学術会議が阻害しようというのは異常である.科学技術を基盤とする社会にあっては,科学的知見を得る行為を拘束するのは愚かである.

 私見では,科学の知識や技術そのものに目的がある訳ではない.目的は人の認知作用の中にある.だから,社会的に有害な科学技術の適用を回避するのは,適用する行為の規制によって行うのが正しい.そのために政府は各種の規制を行っている.そして,知識自体はあってよいのである.核兵器や生物化学兵器に関する知識も,それらを使う相手からの防御を見出すために有用といえる.その意味で,核兵器の研究の容認を唱えた石破茂の最近の提起は正しかったと思う.

 まして,いわゆるデュアル・ユースの科学的知見とは,既述の安全保障技術研究推進制度の公募テーマのように,明らかに利用の範囲が広い.デュアル・ユースまで否定するとなると日本の科学技術の優位性はたちまち崩れるだろう.

 テロリストや北朝鮮のようなならずもの国家に兵器,特に大量破壊兵器が渡ることを規制するために,日本をはじめとする主として先進国の27か国は輸出規制を行っている.日本では安全保障貿易管理と呼んで,多くの品目の輸出規制を行っている.大学ではこの安全保障管理のための規則を作っているから,ご存じの方は多いと思う.
http://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/setsumei_anpokanri.pdf
この安全保障貿易管理で輸出規制がかかる品目は実に多い.規制の1つであるリスト規制でリストアップされる品目のカテゴリーだけ並べると次のようになる.

1.武器 2.原子力 3.化学兵器 3の2.生物兵器 4.ミサイル
5.先端素材 6.材料加工 7.エレクトロニクス 8.電子計算機
9.通信 10.センサ 11.航法装置 12.海洋関連 13.推進装置
14.その他 15.機微品目

つまりもともと軍関係で発達したコンピュータ,原子力,計測機会,GPSを始め,分野として「工学」,「材料科学」の技術を使う品目は網羅される.規制する技術を何と定義するかによるが,「軍事につながり得る」という基準で考えれば,主要な科学技術の多くは含まれる.それらの研究ができないなら,日本の国力へのダメージは大きい.

 そもそも,日本のように憲法9条を擁し,軍備(防衛力装備)が防衛を目的とする国にあっては(日本だけだが),軍備の目的は戦争をすることではない.目的は戦争の抑止である.だから自衛隊の装備の開発であっても,「戦争目的」というべきではないと私は思う.そして効率的に抑止を行うためには,日本の装備の技術的優位性が必要である.研究がなければ戦争の抑止も防衛も難しい.

 さらに,これまでデュアル・ユースを進めてこなかった日本にあっては,デュアル・ユースの技術がイノヴェーションの源泉になり得ることも重要だろう.予算を効率的に運用する観点からは政府がデュアル・ユースの,つまり適用範囲が広い科学技術に投資するのは合理的であり,良い着眼だった.同じ予算なら適用範囲が広い方がよいに決まっている.
http://www.cistec.or.jp/jaist/event/kenkyuutaikai/kenkyu17/p05-nishiyama.pdf

3.政府の役割の誤認
 学術会議の声明ではところどころ「政府の介入」と書き,その介入を批判的に扱う.しかし介入するから政府なのであって,介入がなければ政府もない.学術会議の声明はその基本を見誤っているように感じる.
 日本は自由主義を基調とする社会である.共産主義つまり全体主義の社会ではない.企業や消費者は市場において自由に行動し,研究者は自由に自己の関心にしたがって研究する.そこが基本である.しかし自由な活動だけでは社会厚生の促進は実現できない.市場は失敗する領域があるし(公共財など),市場を正常に機能させるにも全体を誘導するアクションを要することがある.富の再分配も必要になる.だからその状況に介入するために政府がある.

 研究は研究者レベルでは自由が絶対的に守られるべきである.しかしそれだけでは社会厚生が実現できないから,政府は正当に介入すべきなのである.声明では介入の領域として例えば「研究の方向性や秘密の保持」と書く.しかし社会厚生を実現するための効率的な研究の方向性は政府が見出すべきことであり,その方向性の実現にイニシアティヴをとることは正しい政府の役割である.また知見によっては「秘密の保持」は必要なことも当然である.だからあの声明だけでは,政府が懸念すべきことをしているとは考えにくい.むろんまずい介入はあり得るから,あれば具体的に指摘し,改善を申し入れることが必要である.けれども,介入自体が悪であるようなあの声明の書きっぷりは,社会の基本の誤解に基づくだろう.


日本学術会議の説明責任

 2017年の声明を出したことに伴い,日本学術会議には少なくとも2つの説明責任が生じたように私は思う.第1はどのような国防のあり方が望ましいと考えているかを示すことである.第2は,軍備の拡張をして日本に対峙している国の研究者に,軍事への関与を控えるように働きかけたか否かを説明することである.

 学術会議の声明は,既述のように,「軍事的安全保障研究」にどのような立場をとっているかについて不明な点が多い.しかし全般にネガティヴな論調で語っていることは確かと思う.そこで疑問に思うのは,学術会議は日本の防衛について無策,no idea なのか,何らかの全体プランを持っているのか,という点である.防衛技術の位置づけは全体的な防衛プランの一部であり,2017年声明の記述だけでは学術会議の主張が正しく機能するかどうか,判断できない.主張をするならその防衛観を明らかにすることが主張する者の責任と思う.

 声明の論調から推測すれば,学術会議は研究者が軍事的安全保障研究にかかわらないことを求める可能性が高い.もしそうだとすれば,学術会議の声明は単に科学者の関与にかかわる立場の表明では終わらない.研究者がかかわるべきでないなら,科学者以外の人もかかわるべきでないはずである.まさか,「科学者はエリートだからかかわるべきでないが,下賤の一般人はかかわってよい」とはいえないだろう.

 つまり学術会議の立場は(中立かどうかは知らず)非武装論しかない.非武装論はもともと日本社会党の左派,社会主義協会派が担った.現在では社民党の方針であり,大まかには日本共産党の方針でもある.ただし非武装論への国民の同意は極めて低く,国民的合意になるとは考えにくい.

 さらにいえば,この声明が出たタイミングは,南の日本領海で某国の軍事的圧力がかかり,北朝鮮が核やミサイルの開発を活発化させたときである.日本の研究者に軍事的安全保障研究にかかわらない方向で声明を出した学術会議は,海外,特に日本の周辺で軍備を拡張したり,核などの開発を活発化させた国の研究者に,同様に自国の軍事的研究への関与を止めるように働きかけたのか? その点も説明する責任はあるだろう.まさか日本の研究者にだけ働きかけたということだと,日本学術会議は何者か,という話である.

 私個人は,日本は防衛をしっかりすべきであり,防衛装備の技術研究は日本の安全にとって不可欠と思っている.研究する意思のある方には取り組んでいただくのが国民の願いである.日本学術会議の声明とは逆に,日本の科学者が一丸となって効果的なミサイル防衛システムを開発すると表明するなら --開発はできないと思うが-- 国民は喝采するだろう.

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東工大が授業料を上げる

 ニュースサイトを見ていたら東工大が授業料を上げるという.上げ幅は年間で10万円弱,年間授業料が標準額の53万5800円から63万5400円になるという.
 起きるべきことがやっと起きた.その意味は大きい.今後は同様に値上げする国立大学が増えるだろう.東工大が先頭切ってやってくださったことは有難いことである.

 東工大は最も値上げが容易な大学と思う.第1に最上位大学の1つである.第2に理工系大学であるから,私大との価格差はまだまだ大きい.この2点を考えれば,この程度の値上げ幅では客は減らない.

 値上げに伴う対応措置として,読売サイトによれば,東工大では教育改革をするという.中身として,世界的な研究者の招へい,日本人学生の海外留学支援の拡充,早い段階で高度な研究内容に触れさせる機会の創出を上げている.私の予想に反し,貧しい家庭出身者への優遇措置は,読売記事では,入っていない.

 今後は,たぶん上位大学から値上げして行く.ランクに応じた値上げ幅と対応措置が出て来ると思う.

 埼玉大学は微妙であり,ある意味見ものである.同ランクの大学の値上げを確認してから値上げするような気がする.しかし埼大の場合,値上げによって潤う度合いは高い.
 
 今後,国大協が訴えるべきは「大学に金をくれ」ではない.「貧しい層への奨学金の充実」であるべきである.今の奨学金は,入学してからでないと給付されるかどうかが分からないという欠点がある.そのことを考えると,高等教育バウチャー制度を導入すべきだろう.代わりに国立大学の交付金は減らしてよい.国が大学に交付金を配ることは,子供を大学に送れない方が払った税金まで大学生一般につぎ込むことを意味する.支払い能力のある人は高額を支払うのが正しい.

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大学の自治

財布の盗難
 私は30数年埼玉大学に勤務した.その間,埼玉大学で財布を3回盗まれている.何れも教養学部棟においてである.
 盗まれた3回のうち,1回はズボンのお尻のポケットから財布をすられたと思う.2回は,研究室に置いたカバンの中から財布を盗られた.
 その2回の方は,私が研究室の鍵をかけていなかったのが拙かった.私は田舎者である.私が生まれたところでは,泥棒などいないから,一時的に家を空けるくらいでは鍵をかけることはなかった.その習慣が身についていて,出勤日はほとんど研究室に鍵はかけていなかった.
 学生の頃,東池袋のアパートに住んでいた.一度部屋に盗みが入ったことがある.といっても,私の部屋に金品があるはずはなく,盗まれたのは主に10円玉が入ったケースである.被害金額は500円くらいと思う.特に警察には届けなかったが,しばらくして警察の係官が私の部屋を訪れた.泥棒が捕まり,自供した中に私のアパートでの盗みも入っていたという.係官はかなり詳しく調書を作っていた.大変なんですねぇ,と申し上げたと記憶している.
 ということがあったから,何か盗まれたら警察は調書を作る,事前には現場検証もするものだと私は考えていた.そこで,最初に財布を(研究室から)盗まれたとき,私は管轄の浦和西警察署に電話したのである.
 電話に出た浦和西警察署の係官の言葉は私には意外だった.

係官:警察は大学には行けません.
私: えっ?
係官:学生自治会の承認がないと,警察は大学に入れないんですよ.
私: ええーっ!
係官:まず許可を手配する必要がありますね.

そういわれたんだから仕方ない.そこで私は埼大の総務課に(内線)電話した.私が警察からいわれたことを説明すると,

総務課の係員:そうなんですよ.
私: (内心:ほんまかね)じゃ,あれですか? 学内で殺人が起こった時も,大学は学生自治会の代表を探すんですか?

総務課の方からどのような返事があったかは,忘れた.ともかく,「大学の自治」があるから警察は入れられない,という手続きに,少なくとも当時はなっていたらしい.その後,どのような話をしたかは記憶が曖昧である.財布が盗まれた件を私がどう処理したかも,記憶は曖昧である.たぶん,警察に財布の遺失物届を出したように思うが,勘違いかも知れない.
 それからかなりの年月が過ぎてから,私は財布を再び研究室から盗まれた.この時も私は浦和西警察署に電話した.今度は係官は最初から「遺失物届を出しに来てください.」という.ロジャースの角を左に曲がった浦和西警察署に行ったと思う.この時は,親切な事務長か学務係長に車で送ってもらった記憶がある.
 2度目に財布を研究室から盗まれたとき,警察側が「遺失物届」といったのは,財布の盗難は遺失物届けで処理すると決まっているのかも知れないし,場所が大学の場合は,大学には入れないので,遺失物届けで処理するように決めていたのかも知れない.そこは分からないのであるが,この一連の盗難で分かったのは,警察は大学に入れなかったということである(今もそうかどうかは確認していない).

左翼の拠点
 確かに,学生の頃を思い出すと,警察は大学に入れなかったように思う.私が駒場の学生だったとき,寮に隣接した学食で夕食を食べていたら,その場が駒場の学部長のつるし上げの場になったことを記憶している.確か,捜査令状が出て,警察が寮に調べに入ったのである.そのとき,自治会を取っていた日共民青の執行部がその学食で「団交」をして,警察の捜査,したがって大学の自治の侵害を許した学部長をつるし上げていたのである(その学部長さんは学生側の理解者なのに,可哀そうに).
 考えてみると,当時はそういうものだった.教官(当時)の中にも左翼活動家はいたし,学生自治会で議案を出すのは,日共民青,核マル,中核,三派系しかなかった.ノンポリだった私は,学生自治会の代議員大会で,専ら,一番穏健な日共民青を支持したものである.その日共民青も,考えてみれば日本共産党は公安の監視団体だったから(まあ,むかし火炎瓶闘争もやったから仕方ないと思うが),警察には敵対的だった.
 大学の自治といい,警察の排除までして事実上の治外法権にしたのは,当時は大学が左翼活動家の供給源だったからに他ならない.当時の「進歩的陣営」は,その活動を保護したかったという事情がある.
 まあ,当時はそういう時代だった.野党第1党の社会党や共産党は革命を標榜していたのである.彼らの支持者が大学の中の偉い方にもいて,学生も同様だった.彼らにとり,警察特に公安は革命弾圧の組織であり,自衛隊は革命が起きたとき鎮圧に乗り出すか,中国や北朝鮮から派遣される人民解放軍に敵対する反革命勢力だ,という位置づけだったのである.他人事のようにいう私も,ベルリンの壁が崩壊するまでは社会主義の正義を信じ,例えば,今は北朝鮮自身も認めている大韓航空機爆破事件も,南朝鮮と米帝の謀略だと信じていたのである.
 だから,革命の側に立つべき大学は資本主義社会に染まってはならず,必然的に「大学の自治」が叫ばれた.今でこそ「産学共同」と平気でいうが,当時は,産業界とは資本主義の巣窟であるから,「産学共同」などはあってはならないことだった.かくいう私も,資本主義に手を貸す訳にはいかないと思って研究者を目指したのである.
 時代は変わった.まず大学で「反日共系」が増えるにしたがい,活動家をコントロールすることは不能になってきた.しかも大学で活動家をリクルートすることはできなくなってきた.私が院生の頃,既に活動家集団は高齢化していたのである.私が埼大に着任した頃には,少なくとも埼大では左翼活動の痕跡はなく,学生自治会すら姿がなく,活動していそうなのは「劇団どくんご」くらいではなかったか.あと,どこかの学部に北朝鮮の主体思想の先生がおられたくらいであろうか.
 けれど大学で偉い人は自分の同類に跡目を継がせようとするから,まだ変わらない部分も残っている,というのが現状だろう.

言葉として変
 長く使われてきた「大学の自治」であるけれども,どうも言葉として変だ,という気がしてならない.あくまで語感の問題である.
 「自治」という言葉は第1に,高田保馬流にいえば「基礎社会」に適用される.つまり,共通の目的で集まった訳でない人々の間のことである.町内会やマンションの自治会はその典型である.つまり,「自治」はたまたま一緒にいた人たちの間での活動を指す.町内の人が集まって草むしりをするとか,お祭りをする,というのが自治活動だろう.ところが大学とは,ある機能の実現を目的として雇用された人の集まりである.つまり「組織」である.
 第2に,自治は,命令権者の統制によって行う活動ではなく,「みんなでやる」というニュアンスがある.基礎社会である市町村は自治体であるが,市町村長はみんなの合意で決まったことの執行責任者であり,市町村民に対する命令権者ではない(むろん役所という組織の中では命令権者である).だから市町村は(国や県も)「自治」でよい.
 大学のような組織を「みんなで」運営するというなら,「大学の自治」ではなく「大学の自主管理」というべきだろう.おそらく大学について「自主管理」というと多くの人はギョッとするから,通りのよい「自治」を使ったのだろう.
 学生の場合,その大学を運営するという目的で集まった訳ではない.だから,学生集団が相互扶助的な活動をすることは「自治」というのは自然と思う.大学の教職員も大学という生活の場で基礎社会(コミュニティ)を作っているとはいえるので,その限りで「自治」(実態は相互扶助)はあるだろう.しかし組織としての大学そのものの「自治」は,「自主管理」という方が当たっている.

Academic Freedom
 現状で,「大学の自治」ないし「大学の自主管理」は後退しているように見える.というより,「大学の自治」という言葉そのものが死語になっている.今,たまに大学の自治をいう人は,国主導の「大学改革」を非難する方が多い.「大学改革」自体はくだらないことが多いから,同感といいたい気持ちもある.
 「大学の自治」が「みんなで大学を運営すること」を指すなら,学校教育法の改正で教授会事項から大学運営が外された時点で,「大学の自治」は法的に消えた,と考えるべきだろう.あの学校教育法の改正は大ごとであったが,さしたる反対もなく通ったのは,大学が文科省にしがみつきながら,いいように動かされていたという実態があったからだろう.
 しかし別の意味では「大学の自治」は強化されたのである.私が教授になったのは1990年代であるが,そのときの昇任の辞令は文部大臣名だった.法人化後は学長だと思う.一見,教授の格が下がった気もするけれど,公式の人事権を大学が持つようになったと考えるべきである.だから,大学側にその気があれば,大学の人事に時の政府が介入はできない.
 とはいえ,「大学の自治」をいうのは明らかにナンセンスである.外部評価を是とした時点で,大学は単体で運営されるべきでないことがはっきりしたからである.今の社会正義からすれば,大学はきちんと外部評価を受けるのが正しい.
 にもかかわらず,大学は自律しているから意味がある,という事情は一向に変わらないと私は思う.アカデミックが価値があるのは,その結論が自律した判断に基づくからである.だから,今さら「大学の自治」などとはいわず,使うべき概念を Academic Freedom に統一すべきだろう.日本語で「学問の自由」というと,歴史的に何か別のニュアンスが入るのが苦しい.
 国立大学の法人化は,異論はあろうが,そのAcademic Freedom にプラスだった.国立大学は設置者が国であるにもかかわらず,上記のように人事権を含めたすべての決定が,その気になれば法人として(大学の学長によって)行うことが保証されるからである.私大は設置者が志のある創業者であるから,やはりその気になれば自律できる.だから,Academic Freedomを維持する制度上の仕掛けは現状で十分であると私は思う.後は大学の志の問題である.

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学問の自由

「学問の自由」と「大学の自治」は,下手に触れると祟りがあるので見直しができない2つの呪文のような言葉である.議論がないので中身の吟味はなされていないように見える.
 私が大学院生の頃,某大学社会学の「院生控室」で,この2概念を話題にすることがたまにあった.当時,この概念を振りかざす人がいたからだと思う.必ずしも肯定的な意見は出なかった.特に「大学の自治」は「教授会自治」であり,要するに教授らの談合の合理化としか思えなかった.しかも教授と院生では権力関係があり,アイディアの自由を教授側が脅かすことがあったから,「大学の自治」が「学問の自由」を守るという言種は空文句と思えたのである.
 むろん,「学問の自由」と「大学の自治」は,継承すべき要素を持っている.だから,両方の概念とも,整理した上で継承すべきものは継承することは重要だろう.

 「学問の自由」は日本国憲法の第23条によって保証されていることになっている.第23条とは「学問の自由は、これを保障する。」という文言である.
 大変結構な条項である.しかし「専門家」の説明では,ここから「大学における学問の自由」と,その制度的な保証である「大学の自治」が導かれるという話になる.その点は過去にそのような判例があったということのようだ.
 ただこの23条は,国民一人ひとりの権利をいっている.必ずしも大学の話ではない.なのに主に大学の話に飛躍する点が私には不思議に映る.

 今から30年ほど前と思うが,私が属する教養学部のフランス文学の教授が,「私は予算(研究費)が少ないので研究の自由をずっと奪われている」と教授会で仰ったのを覚えている.真面目だったか洒落だったかは覚えていない.確かに,研究費が少なければ実施できない研究もある.では研究費を与えないことは学問の自由の侵害に当たるかというと,それはないだろう.憲法23条は,学問(したがって研究)は自由であり,そのための資源は自前で何とかしなはれ,という意味だろう.そうでなければ,科研費申請を落とすことも研究の自由の侵害になってしまう.
 法人化初代の学長さんが,ある学内研究プロジェクトを取り消しにして騒動になったことがある.この時には同プロジェクトの主査の先生は取り消しを承諾しているので,実は問題がない.しかし同プロジェクトのメンバーだった,退職した某先生がその件で(文字通り物理的に)騒いだのである.学問の自由の侵害,という話も出たように思う.ただ,このプロジェクト取り消しは大学の資源(主にプロジェクト室)を与えないというだけであり,研究そのものを潰した訳ではない.文句をいった先生は自宅で自由に研究をすればよいだけである.プロジェクト室には実験設備などはそもそもなかった.
 学問(研究)の自由について第1に確認すべきは,研究のための資源の提供は,研究の自由とは別の話であることだろう.
 また,研究が業務として行われるときは,業務上の制約はあり得るだろうと私は思う.物理学の研究で雇われた研究者が,勤務時間中に般若心経の研究をしていたとしよう.むろん,般若心経を読んで宇宙の深奥を知る,ということもあるかもしれないが,そうではないとしよう.このとき,その研究者が大学の先生であれば,多くの場合,放任される(誰も口出しできない).しかし勇気のある部局長さんがその研究者の般若心経研究は止めて(あるいは自宅でやるようにいって),勤務時間中は契約した範囲の研究をするよう求めることは,あり得るように思う.このケースでは,当の研究者が任期付き教員であった場合,再任されないこともあるだろうが,再任しないことが研究の自由の侵害になるとはいえないだろう.再任は業績に応じるのが建前だからである.
 このように,第1に研究資源の獲得は研究の自由とは別次元であり,第2に,業務としての研究は業務上の制約があるのは仕方ない,と考えるべきだと思う.

 以上のような留保はあるけれども,むろん「研究の自由」は大学にとって重要な要素である.「研究の自由」というより「研究の裁量権」といった方が適切だろう.社会の規範や法令,業務上の制約の範囲内で,大学の研究者は自己の研究に裁量権を持つ,ということである.この裁量権の存在を認める根拠は,自由なアイディアの表出が学術の進歩の基礎であることにある.この裁量権は,自らの研究に対して責任を持つ(コンプライアンスの遵守を含む)という義務とセットにして考えるべきことのように思う.
 効力を持たせるために,「研究の裁量権」と「研究への責任」を公式の規則,例えば大学の就業規則に書き込んでもよいように思う.そして,「大学の自治」などと分からぬことをいうのではなく,研究上のこの権利と義務を,大学が責任を持って履行することを請け負うべきだろう.大学がやらないなら,組合が確認事項として申し入れるべきと思う.

 旧来の「研究の自由」は,たぶん,国家が個人の研究の自由を奪う場合を想定したように思う.しかし我が国で,国が研究の自由を奪った事例を私は思い出せない.研究の自由の侵害は,「自治」のある大学の中,学部の中,ないし研究室(講座)の中で起こっているはずである.
 私がよく知っているとある地方国立大学の,社会科学系のナントカ研究科では,私が考える研究の自由を侵害するケースが起きている.本人が望まぬ研究プロジェクトに入ることを研究科長が強要する,といった出来事である(その他にも,超有名な,闇将軍のような代議士の事務所に年始回りをすることの強要,とか).このケースでは,むしろ大学の自治(正確には部局自治)が問題の解決を阻害したといえる.このケースは,その研究科の創業者のような終身研究科長(正確には一時的に他の文部省天下り教授を科長にしたこともある)の公私混同,つまり,所属の教員を自分の使用人のように扱っていたことが問題だったろう.ただ,いつの世にも,権力の磁場ではそういうことは起きるのである.
 実は法令上は,今の「准教授」を「助教授」と呼んでいた時期には,助教授以下には研究の自由はなかった.学校教育法で,助教授以下は教授を補佐する規定になっていたからである.実に,助教授以下が法令上の研究の自由を得るのは最近の学校教育法の改正後のことである.研究の自由に関しては,ごく最近,大きな進歩があったというべきだ.
 ただ,助教授が准教授になってからも,実際は強い教授の下で下位者が研究の自由を侵害されたケースは,かなり多く起こっていただろう.だから「研究の自由」などという寝言ではなく,明確な権利と義務として規則に書き込むのが望ましい.

 さて,「専門家」によれば,「学問の自由」は「研究の自由」だけではない.「研究発表の自由」と「教授の自由」があるという.
 「研究発表の自由」は「表現の自由」と同じであり,守られねばならない.ただ,研究資源と同じことはあるだろう.現状で,論文や学会報告は,文系でも,学会の審査に基づく建前になっている.だから却下されることはある.が,却下があっても「研究発表の自由」が侵害されたというべきではない.自分の甲斐性で発表の機会を作ればよいことであり,表現の自由を前提にすれば,その発表自体を阻害することは誰にもできないからである.
 私が問題と思うのは「教授の自由」である.「教授の自由」をいうのは,教授が自己の見解で講義することを国家が阻害するという,わざとらしい戦前ドラマのような状況を考えているからだろう.だが今日の状況で,大学教員が自由に内容を決めて教育を行うことは,望ましいとはいえない.
 私が学生の頃,1970年代であるが,某旧帝大の文学部では,教授は自分が研究しているらしい内容を講義していた.講義というより講演である.正直,授業らしい内容は入門,概説の授業に限られていた.教授権力が強い昔の帝大はそういうものだったのだろう.内容はある種マニアックで,有難いお話なのだろうが,知っておくべき事項が授業でカヴァーされていない.テキスト的な内容は参考書を観て学生が補うのである.
 今日,授業のあり方は同様であるべきではない.何を教えるべきかは(文科省的にはカリキュラム・ポリシーにしたがって)教育課程のカリキュラム委員会が決めるべきことである.教授が勝手に決めるのは筋違いである.授業,特に学部の授業で教えるべき事項は,先端的で定着していない知見ではなく,学界で定着した知見であるべきだ(むろんトピックとして先端的な内容に触れることはあるだろう).
 私が教養学部で勤務していた期間にも,こうした問題はあったように思う.かなり前に私は,旧の現代社会学コースにおいて,教えるべき事項を整理してバランスよく授業に配する,非常勤コマは専任でカヴァーできない内容で行う,ということを提起したが,他の先生方から拒否された(正確にいえば,深沢先生から拒否された記憶はない).当時の社会学コースの考えでは,授業名も「概論」と「特殊講義」だけであり,中身を授業名に出さない.拘束されずに授業を開く,非常勤を頼む,ということを考えていたのである.教員の都合が優先だった.
 むろん真面目に授業を配する分野もある.教養学部であれば,私が知る範囲で,グローバルガバナンス専修,地理学,人類学などである.これらの分野では,学生に教えるべき事項を網羅するように,授業の内容を配する.人類学などはそのために授業負担を,今も,かなり多くしているはずである.地理学は理系に近いから,当然バランス型になる.
 今日の大学のあるべき姿を考えれば,授業内容はカリキュラム委員会のバランス判断に基づいて決めるべきことであり,個人の教員に「教授の自由」があるという考えは弊害の方が大きい.教員が勝手な内容を授業に持ち込むのは大学院のリサーチセミナーに限るべきだろう.

「学問の自由」は半世紀以上前の状況から出てきた議論であり,この間に状況に応じた見直しをすべきだった.見直しができなかったのは,半世紀以上前のことを主張し続けることが商売になってしまった人たちが多いためだろう.同じことは「大学の自治」にも当てはまる.

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国立大学の主務省が文科省でよいのか?

 前回の記載で大学が「学校」ではダメではないか,という考えを書いた.今回の表題のテーマは同じテーマのコインの裏かも知れない.私は文科省が大学の主務省であることに昔から疑問を抱いている.
 意見の相違はあろうが,私は文科省は要らないと昔から口にしていた.初等中等教育であれば地方自治体の教育委員会が文科省の代わりをすればよい.地方の教育委員会には能力がないという意見もあるかも知れないが,期限を区切って何時何時までに文科省の代わりをする体制を作ることを求めれば,できるだろう.人は地方にいるのである.大学については,評価機関があれば文科省はそもそも必要ない.実際,国=文科省が大学に口を出す必要がどこにあるのか,と思う.
 文科省が口を出すのは金を国が文科省経由で出しているから,というだろう.しかし金を出すべきかどうかは評価機関の評価結果で判断すればよいだけである.あるいは,独法のようにいろんな官庁が入って評価する方法もあるだろう.国立大学法人法で国大の評価を無能な文科省だけに委ねてしまったのは間違いだったと思う.
 大学の教育経費については高等教育バウチャーの導入,研究経費については科研費と同じような資金の拡大をすれば,国のお金は文科省を通さなくても行き渡る.
 という,大学業界世論からすればやや過激な考えを私は持っている.その前提で以下をご覧いただきたい.

文科省はダメに見える
 大学に着任した頃は特に思わなかったが,大学で雑用(下層の行政的?な作業)にかかわるようになってから,文科省はダメなんじゃないの,と思うようになった.
 第1に,文科省は国立大学の役割を描けなかった.法人化をする前には,小泉政権下で,国立大の民営化論まで出た.であるから,国大を法人化する時点で,民営化しなかった国大は今後どのような役割を担うか,その方針を設置者である国,したがって文科省は責任をもって示すべきだった.ところがやらない.
 埼大の法人化2代目学長さんのとき,部局長会議のようなメンバーで文科省からお招きしたお役人の講演を聞いたのである.質疑の時間に,私大に比した国大の役割をどう考えているか,と私は質問してみた.もっともらしい答えは出なかった.「国立大学は私大とは設置者が違う…」,いやそれ,何もいっていないのと同じだろう,とはいわなかったが,いいたくなる回答だった.そのお役人の問題ではなく,省として考えていなかったのだろう.
 単に「役割が描けない」ことだけが問題ではない.公式見解がないままに,「国立大は大学院」とか「国立大は理系中心」とか,勝手なことをいう文教関係有力者が現れ,その無責任な発言を真に受けるアホな国立大学学長も出て,なんとかの機能強化のプランを作ってしまう,といったことが起こるのが問題である.
 第2に,文科省は国立大学の長期的な展望を描けない.その結果,(不動の立場を持つ上位大学を除いて)国立大学は本格的な計画に踏み出せない.
 2015年のことと思うが,16,7年の期間を置いて国立大学が自己収入と交付金を同額にするという試みの展望を財務省が描いた.その展望に文科省が勝手な試算を入れて朝日新聞にリークした,というアホな出来事があった.財務省のこの展望自体は国立大学にとって厳しい.しかし私がそのときに印象付けられたのは,そういう展望を財務省は描ける(文科省はできない)という点だった.厳しい内容であっても,十分な時間を置いてくれれば実は対応可能なことだろう,と私は思う.
 たぶん文科省にとり,あえて展望をいえば「今のまま」なのだろう.それならそれで官邸や財務省と渡り合って結果を示すべきと思うが,その胆力がない.提案はいつも文科省の外側で生じ,文科省は後手に回るという間抜けな役割しか演じない.
 第3に,この点は文科省だけではないが,「指導」のルールがはっきりしないことである.
 私が人文系学部長会議で話を聞いていると,ルールがはっきりしない事例が話題として飛び交っていた.「教育組織と研究組織の分離」は,いくつかの大学が文科省側からいわれたことである.しかし別の大学が分離をする計画を持っていくと難癖をつけられたという.担当者が異なれば対応も異なるのだろう.また,某国立大学の人文系学部で改組を文科省に申請していて,文科の担当者には「設置審にはかけないでよい」といわれていたという.しかし次の年に担当者が変わり今度は「設置審にかけろ」といわれた.「昨年はかけないでよいといわれたが」といったが,「今の担当者の考えでやってくれ」で済まされたという.
 たぶん建前上の根拠規則はあるのだろう(ない場合もある).しかし具体的な適用は担当官の裁量になるのだろう.結果として大学が気紛れに振り回されることになる.指導として問題にする点はルールブックとして事前に配布しておけば済むことなのである.
 社会学の基本原則として,権力者はルールを示したがらない.逆に支配される側は細かくルールを合意しようとする.労使関係が典型である.支配される側がルール化を求めるのは恣意的な権力行使を止めるためであるが,支配する側はなるべく恣意的にやりたいと思う.
 第4に,文科省のやり方では大学で雑用が累積的に膨らんでしまう.もともと中期計画で動く建前であるから中期計画の評価を問えばよいのに,年度計画まで作らせてその評価も行う.重点領域の評価もある.アウトプットだけを観て問題があれば対処するシステムでよいのに,あれもこれもやれという.医者なら検査結果を見て必要なら薬を処方するところ,文科省は症状にかかわらず薬を全部飲めといっているようなものである.だから雑用は累積して膨らむ.教育研究の邪魔をしているようなものである.
 政策官庁であれば,インセンティヴ適合的なシステムを作った上でどう行動するかは相手に任せるだろう.自由経済でマーケットを相手にすればそれ以外にない.ところが文科省は共産主義かつ全体主義である.直接相手に手を突っ込みかき回そうとする.
 文科省のように対象を細かく監視した場合,社会心理学の実験結果からすると,自分たちが統制するから秩序が守られるという錯覚を覚えるはずである.だからこの監視と統制はどんどん膨らんでゆく.どこかでベルリンの壁の崩壊を待つしかない.

文科省支配が変わるとき
 上記のように私は「文科省はダメだ」と思う.が,国立大学の執行部や国大協にとっては,なおも文科省様様だろう.国立大学は現実の支配者である文科省には逆らわない,というだけではない.現状維持を目指す点で,国立大学と文科省は利害が一致している.文科省にしがみついているから国立大はやって行けると信じている.
 また,国からかなりの予算をもらっている国立大学には,制度上,何れかの省庁が主務省になる以外にないのだろう.何処かといえば文科省が近いから,主務省が文科省になるのは仕方ないようにも思う.
 問題は,今後も文科省が丸抱え的な主務省であり続けるかどうかだろう.
 以前,国立大学の研究力に関する議論に目を通したときに河口小百合という方の報告書がある指摘をしていたのが面白かった(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10178.pdf).国立大学法人の評価は,法人法によって,主務省である文科省が行うことになっている.しかし河口氏は,独法のように,主務省の枠を超えた評価がなされることが重要,という(独法で主務省の枠を超えた評価がなされていることを私は知らなかった).文科省の評価は大学関係者による内輪の評価になるから,という趣旨である.このように指摘する河口氏は,国立大学が重要と思うからそのように指摘するのである.
 同じく以前に書いたが,経団連も(国立大を含めた)大学改革に関心を示している(http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051_gaiyo.pdf).国立大学の評価に3重点分野評価と法人評価が並立して無駄なので一本化・簡素化することを述べるなど,状況をよく見ているのである.その中で「大学の再編・統合に関するグランド・デザインの策定と地域協議体による具体的実施」を述べているのであるが,グランド・デザインの策定は内閣に省庁横断的会議体を作り,文科省,内閣府,経産省,総務省,その他の省庁,地方公共団体,大学関係者,産業界代表が参加する格好を考えている.要点は文科省だけにしないことである.
 たぶん,今の国立大学の上層部は文科省支配を望むだろう.しかし国立大学が総合的な公共機関となるためには,上記の河口氏や経団連の考え方はよいように思う.文科省が無能であるというだけではない.文科省支配では大学が「学校」としか位置づかないからである.大学が地域振興を担ったり,産学協同を担う,ということになれば,文科省だけでやるというのが不思議なくらいである.また,文科省は旧来の国立大学の階層秩序を維持するはずであるから,埼玉大学のように最下層(医なし複合型)の大学は(統合でもしない限り)浮かび上がる余地はない.
 文科省が主務省であることは当面は変えようがないだろう.しかし文科省支配を薄めていろんなセクターが大学の設計にアクセスできるようにすることが,短期的には嫌でも,長期的には国立大学のためであると思える.

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大学が「学校」ではダメではないか?

 私は埼玉大学に着任したときから大学のあり方に違和感を覚えてきた.その1つの側面については,少し前の「大学の『作り』がおかしい」という記事に書いた.ここで書くのはその記事のコインの裏側かも知れない.
 ここでいいたいことは,大学は本来「学校」ではないのではないか? にもかかわらず学校の並びで位置づけられていることによって,大学の可能性が過小になっているのではないか? である.

 着任して違和感を覚えたのは私の職が「教育職」であり,名称が「文部教官」(法人化後は教員)だったことである.実は教育をしたくて大学教員を目指した人はまずいない.誰も研究がしたいのである.教育は不可分の業務であるから「研究教育職」ならすっきりしたが,もろに「教官,教育職」だったことが妙だと思ったのである.
 要するに大学が基本的には「学校」として位置づいている.その点を示すサインはいくつもある.まず大学のあり方は,小中高校,各種学校などとの並びで「学校教育法」で規定されている.学校教育法の中で,以前は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」とされていたが,学長への権限集中をした際に,教授会事項は,(1)学生の入学、卒業及び課程の修了,(2)学位の授与,ついでに(3)教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの,の3つに限定された.要するに大学の中で重要な位置を占める教授会も,教育だけにかかわる(学長が定めなければ研究などに関する協議も教授会ではしない)ものとなったのである.
 以前は「教育研究」とも「研究教育」ともいい,どちらでもよかったが,何時の頃からか「教育研究」と決められたようで,教育が先になった.教授の法令上の業務も「教授研究」であって,教えることが優先のニュアンスである.
 他にもある.前に書いたことだが,大学の基本組織は教育組織(学部,研究科)で代用されている.部局設置でも教育課程の審議が主であり,研究組織はついでに書いておくに過ぎない.人社研では私も設置申請にかかわったが,意見が付くのは教育のことだけである.設置審での教員の資格審査も,研究業績は書くのであるが,あくまで教授資格の観点での審査が建前になる.また,大学は,一部の大大学を除けば,教育目的以外の設備はほとんどない.例えば米国の州内のトップ州立大学であれば,世界陸上ができるほどの陸上競技施設や大きなスタジアムがあるのが普通である.しかし日本の国立大学では,大学の体育の授業ができる程度の設備しかないだろう.また米国の大学であれば美術館や博物館を持っていて不思議がないが,日本では,特に地方国立大では,資料室くらいはあっても博物館,美術館は滅多に持てない.
 
 1995年のことだから私が埼大に着任して12年後,今からは20年以上前のことである.私が学部の将来計画に関する文書を書いたら,後に理事になった先輩同僚の加藤先生が「面白い」というので,そのまま教授会に出して問題提起したことがある.その文書は,第1に学部内の研究領域を限定して各領域を人的に強化し,世界的な研究拠点を目指すべきこと,第2に,教育の効率化を目指すべきこと,を主張するものだった.私の意図は第1点の方に力点があった.基本的な考え方の第1の標語が「大学は学校ではない」だった.より研究に力点を置いたのである.むろん,「世界的な研究拠点」とは,文科省が現時点で使うよりは軽い意味である.
 私の提起は教授会のほぼ全員から拒否された.私の提起に対して,「いや,大学は学校だ」というご意見が多かったのである.それだけ「教育中心」が教養学部の中では浸透していたのである.他部局であれば異なっていたかも知れない.
 私が研究を強調する提起をしたのは法人化前だったからだろう.当時から,国立大学は実質的に階層化され,文部省(当時)はその旧階層を前提に国立大学を差別的に扱っていたという実態はあった.けれども,当時は建前上は,国立大学は平等だったように思う.だから埼玉大学も旧帝大と競争するという発想はあり得たのである.しかし法人化の前後から文科省(2001年から)は大学の階層化を実質化させるとともに,建前上も階層化を進めている.法人化後の扱いから判断すれば,埼玉大学は(統合でもしない限り)研究大学にはなりようがない.今だと,埼大で研究を強調するのは難しいと私は思う.
 とはいえ,大学であれば研究をするのは当たり前であり,研究がなくてよい訳はない.研究が大学の重要な活動であることに変わりはない.

 現在の国の政策的な展開からすれば,国立大学は従来の「教育研究」を超える活動をする余地が生まれているように思う.大学を知識産業の中核にするという発想があり,また特に地方国立大学には地域発展を牽引する役割が想定されつつある.しかし,従来の「学校用」の財政基盤と人員規模から,それらの役割を担うのは無理である.現状で国立大学はCOCや地域産業への貢献を頑張ってやっておられるとは思う.けれども,文科省によるそれらの活動の紹介パワポを見る限り,現状の活動は単なるご愛嬌であり,それで,例えば地域の雇用を生むようになるとも思えない.現状の学校枠組みでは,どだい無理なのである.地域を担う米国の大学のように,かなりの新たな投資を得ないと無理である.
 しかし,こうした新たな活動をするという方向性は,大学を学校とする考え方とは相容れない.米国の大学がそうであるように,総合的な公共機関としての性格を持つ必要があるだろう.そうなるためには,大学が経営のメカニズムを持ち,投資を呼び込む方策を考える必要がある.同時に,国立大学の主務省が文科省であるのでよいのか,文科省支配が続く限り大学は学校の域を出ないのではないか,という問題もあるように思う.

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学位プログラム

 文科省が推奨している「学位プログラム」に触れてみる.結論を先にいえば,アホらしいので止めた方がよい.ただし文科省からの評価が必要な情勢なら,やるべきかも知れない.

 私が在職している時期(1年半以上前)にも「学位プログラム」が文科省が推奨する(ように見える)事項の中に入っていた.その学位プログラムを作りましたと称する大学もあり,これから頑張って作りますといっている(いったことがある)大学もある.
 下記は文科省による学位プログラムの簡易の解説である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/siryo/attach/1259115.htm

「『学位プログラム』とは、大学等において、学生に短期大学士・学士・修士・博士・専門職学位といった学位を取得させるに当たり、当該学位のレベルと分野に応じて達成すべき能力を明示し、それを修得させるように体系的に設計した教育プログラムのこと。」と定義している.この言い方は教育課程一般の定義であり,これだと学位プログラムが従来の教育課程とどう違うかが分からない.上記の定義文だけでなく,上記ページの全体を見ても,学位プログラムとこれまでの教育課程との違いは分からない.
 ただ,学位プログラムは英語の Degree Program の訳だろう.Undergraduate (Bachelor Degree ) program, master program, PhD program を指すはずである.だから「学位プログラム」は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」という話であろうと私は思っていた.特に学士課程で undergraduate programs を導入するとすれば,教育課程は入り口で「大括り」でなければならない.文科省はこのところ学部,学科の大括りを求めていた.この「大括り」と「学位プログラム」はペアで,日本の大学の教育課程を米国型にする方針を表すと思い込んでいた.
 上記のページは平成21年,つまり10年ほど前の記載である.想像であるが,当時は「教育課程を米国の大学のようにしましょう」の話であったかも知れない.
 ところがその後,話が若干変わってきた.結局,私の思い込みは勘違いだったのである.
 下記は割と最近の学位プログラムの文科省説明である.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/01/1397943_1.pdf

 まず言うべきことは,上記定義のような学位プログラムは,実際に日本でやってきた学部-学科,研究科-専攻体制と何ら変わらないことに今さらながらに気づいたようである.だとすると以前に「学位プログラム」と言い出したお役人がただのアホであることになる.何とかそのお役人の体面を守ろうとするなら,学位プログラムに別の特別な意味を持たせて意味があることにしないといけない.という訳で,第2の引用のページでは,「学部等の組織の枠を越えた学位プログラム」に話を限定し,その制度化を検討する,という立場に文科省はなった.
 ここにきて私は悪い予感にとらわれた.文科省の役人が検討を始めると,簡単に済ませるべき話も面倒にしてしまうのが常だからである.
 次は今年になってからの,学位プログラムに関する文科省のパワポ資料である.これを見ると,私の予感は当たったように思う.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/03/1407795_4.pdf

 教育プログラムなど,大学に勝手に判断させてくれればよいのに,文科省はあくまで,自分たちが許認可権を持ち,監視し「指導」するような格好にしないと気が済まない.この点は三流官庁の役人の習性,いや宿業というべきだろう.
 嫌なことの第1は,案の定,学位プログラムに「設置」を求めている点である.通常の学部等と同様に扱うという.どういうことかというと,「学位の種類変更や大学全体の収容定員の増加を伴う場合等は設置は認可の対象とする」である.複数の学部等の間で作る学位プログラムであるから,そりゃ普通,学位の種類は既存学部等とは異なるだろう(異ならなければ何れかの学部等の中に作ればよい).ということは「設置」にかかるのである.面倒な話になってきた.
 第2に,「定員」を定めるようだ.したがって,このやり方だと文科省による,刻むような定員管理の対象になるだろう.
 米国の大学には「定員」などというものはない.人数制限は何らかの方法でするかも知れないが,日本特有の,正気とは思えぬような,刻むような定員管理はない.しかし上記のやり方で定員を設けると,何とか定員を満たさないといけなくなる.その手間は大変である.しかも定員管理はさらに面倒になる.
 そう考えると,こんな「学部・研究科等の組織の枠を超えた学位プログラム」はバカバカしい.学生定員を捻出して新しい学部等を設置した方がよほど良い.
 
 結論に戻ろう.学位プログラムは,アホらしいので止めた方がよい.ただ,大学執行部の判断として,文科省に「改革」のポーズを示したい,文科省から評価ポイントが欲しい,ということもあるかも知れない.もしそうなら,アホらしくても仕方なしにやるのだろう.

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教育組織と研究組織の分離

 教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離は,私が退職する時点では埼玉大学では意識されていなかった.しかし今後やることになるかも知れない(あるいはもうやったか?).結論を先にいうなら,研究組織は,作るべきではあるが,研究組織に行政的な権能を与えて運用するのは止めた方がよいと思う.事務的に手間がかかるだけである.しかし改革のポーズが必要であり他にポーズの作りようがなければ,やらざるを得ないだろう.

 国立大学の法人化後,いくつかの大学が「教育組織と研究組織の分離」をしたという話が流れた.どこの大学がどうだったか忘れたが,今ググってみたら次のような文書が出てきた(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/kondannkai/__icsFiles/afieldfile/2011/03/02/1301683_03.pdf).この資料の日付は2011年であるからやや古い.その時点での顕著な例,ということだろう.私の記憶でも九州大学の例がよく言及されていたと思う.
 この資料の例では,九州大学は全学的な分離例であるが,その他は研究科1部局内での分離である.その程度なら私が属していた埼大人社研でもやっている.不肖私が言い出したことだが,研究組織(結局は領域分類)を科研費領域に従って作ったのである.見た目はきれいである.
 ただ,現状で「教育組織と研究組織の分離」といえば,全学を通した分離(つまり全学で一元化した研究組織の設立)であると思う.
 ネットですぐに出て来る例としては,1つは北大の例=研究院設定がある(https://www.hokudai.ac.jp/introduction/kaiso.pdf).まだ一部の部局が未対応であり完成はしていないが,そのうち完成するのだろう.全学の研究組織が研究院の集まりとして定義されるのだろう.
 ここまでは上位大学の例だった.しかし埼大と同じランクの大学も結構,教育組織と研究組織の分離を実施している.下に弘前大学と鹿児島大学の例を載せる(この2大学は医学部があるので埼大よりランクが上かも知れない).が,それ以外にも分離した例は多い.
 弘前大学(https://www.hirosaki-u.ac.jp/wordpress2014/wp-content/uploads/2015/09/20150916-3.pdf)
 鹿児島大学(https://www.kagoshima-u.ac.jp/about/gaiyou2015-soshiki.pdf)

 実は2014年の人文系学部長会議でも,教育組織と研究組織の分離を話題にしている.その時点でいくつかの大学が教育組織と研究組織の分離(ないし研究院の設立)を実施済みであり,いくつかの大学が計画中だった.
 会議の席上,私は「実施すると(文科省から)評価されるのか?」としつこく質問した覚えがある.ある大学の学部長さんは,文科省からいわれたという.別の大学の学部長さんは,分離が重要というより,改革のポーズが必要だと文科省の担当者からいわれたという.まあそんなところだろうと思う.

 いくつか感想を書いておきたい.
 第1に,上記の弘前大や鹿児島大の例は,研究組織(教員組織)を,教育組織たる学部や研究科と分離している.この格好が正しいというか,本来の「分離」である.しかし旧帝の北大,九大の例では,あくまで教育組織たる大学院に研究組織を作っている.これでは「分離」ではない.にもかかわらずそうしているのは,見苦しくも「大学院教授」という名称を維持するためだろう.教員個人の肩書は研究組織(教員組織)に従うのが一方の筋であり,研究組織を大学院の外に作ったら「大学院教授」にならないのだろう.
 第2に,作るだけなら研究組織の作成は簡単である.人社研のように「科研費領域にしたがう」という原則を決めれば,2,3時間で作れる.領域所属に関するご本人らの了解をとるのに時間がかかる(返事待ち時間)だけである.大学全体で「科研費領域」といった原則を決めておけば,各部局で作った表を合わせればよいだけである.たぶん,旧来の部局とほとんど対応した表ができるはずである.
 こうした研究組織の表は,あるに越したことはない.大学全体の状況を把握し,今後の計画の参考にするのによいだろう.
 しかし第3に,この研究組織に行政上の権能,例えば人事案件の上申策定(決定はどのみち学長だろう)の権能を持たせるのはやめた方がよい.いろんな会議にかけなければ物事が進まなくなり,作業量も多くなる.不便になるだけである.人文学部長会議では,分離によって事務量,会議数が多くなること,決定に時間がかかり過ぎること,などが話題になった.
 また,おそらく教員個人の活動評価が面倒になるだろう.評価はもともと面倒ではあるが,今までは各部局の中で完結しているのでなんとかなった.しかし研究組織と教育組織を別に運用すると,教育評価は教育組織で,研究評価は研究組織で行うことになるだろう.結果としてあちこちで評価をすることになる.では行政上の評価は全学で一律か? しかし行政上の役職は部局によって数が異なる.経済学部にはあって教養学部になる役職もあるのである.そこで全学一律に評価するとなると,実は所属の教育/研究組織によって不平等が生じる.社会貢献など,部局によって需要が異なる項目を一律に行うのも変な不平等を生む.そしてそれらの評価項目の成績をどこかに集めて総合評価を作るのであろうか? 考えるだけで面倒になる.
 なんだかんだいいながら,従来の部局一括方式が,運用コストが低い形態なのである.
 第4に,やめた方がよい別の理由は,さしたるメリットがないからである.教育組織と研究組織の分離は役人の気まぐれから出てきたことであり,分離しなければならない必然性はほとんどない.分離した大学は,その理由として,教育上の要請と研究上の要請は食い違うから分けるなどと書く.しかし,教育組織と研究組織が別人員で担われるなら別であるが,研究と教育を実施するのは同じ人たちであるから,別々の補強をしようがないのである.むろん,研究だけの人員を持てる大学なら別だろう(本来はそうあるべきだ).
 第5に,そうはいいながら,「改革しています」というポーズのために埼大もいろんなことをしてきた.同じ理由で,意味がないのにやることになる可能性は,残念ながらあるように思う.

 研究組織の「正しい」使い方があるとすれば,研究組織に応じて大学の基礎組織=部局を定義し,米国の大学のように,その基礎組織が学士,修士,博士のプログラムを出すような格好にすることだろうと思う.ただし,実質は現状とほとんど変わらないはずである.

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大学院部局化

 経緯からいえば大学院部局化とは,大学間の身分差を作るメカニズムである.

 法人化の前の段階で,旧帝大(など?)の上位大学は大学院部局化をし,大学院の定員も増やしている.教授も大学院教授となった.国立大学の独法化は避けられない,という役所筋情報を私がもらったのは1999年であるが,1998年に某旧帝大に集中講義に行った際,その作業中であるという話を聞いた.実際に国立大学が法人化されたのは2004年である.法人化より前に,上位大学の部局化は完了していたと思う.
 その上位大学の大学院部局化では,当該大学の予算を文科省は増額している.その増額が学生当たりの積算分だけなのかどうかは確認していない.ともかくこの部局化で旧帝大は研究基盤を強め,法人化後の第1の中期での研究成果を高めたはずである.「中期の評価は出来レースだね」と第1期の頃にどなたかと話したものである.
 しかし法人化後,それほど上位でもない大学も大学院部局化をする例が出てきた.埼大でも法人化1代目の学長さんの治世の2006年度に理工学研究科が部局化し,理学部と工学部は理工研が学部向けに出す教育課程(教育組織)という位置づけになった.
 埼大理工の院部局化の時は私は役職からいって全学の会議には出ていないので直接的には説明に接していない.時の教養学部長からは,他大学が「大学院(研究科)教授」を名乗るので,ただの教授では辛い,自分たちも大学院教授と名乗って偉く見せたい,という要望が理工側からあったと伺った.別の消息筋は,理は博士課程で定員を充たすが修士課程の学生充足が難しく,工学系は逆なので,一緒になって院の定員を修士も博士も満たしているように見せたいという事情があった,という.この別消息筋情報は,ありそうではあるが,その真偽は確認していない.
 その後,2015年に私がいた教養学部と経済学部が大学院で合併し,その大学院研究科(人社研)で部局化した.その結果,埼大で院部局化していないのは教育学部だけになったのである.
 この2015年の人社研については,時の全学執行部の頭にあったのは「上を目指す」ことでだったという事情がある.だから,「偉そうな名称にする」ことは必然であったかも知れない.

 上位大学が大学院部局化してから,「大学院教授」という肩書を目にすることが多くなった.まあなるほど,単に「教授」であるよりも「大学院教授」の方が偉そうである.無垢な人は,教授の中に平の教授と大学院教授があり,大学院教授が偉い,と思うだろう.だから大学院教授という名称が欲しいという理工研の心情もわかることはわかる.
 ただ,これ見よがしに偉さを強調するかのような「大学院教授」という名称には,私は不快感を感じるとともに,過度に見た目にこだわる点に浅ましさを感じてしまう.
 私は一昨年退職した.退職前に人社研ができて院部局化したので,退職時の肩書が「埼玉大学大学院人文社会科学研究科教授」であったように思う.それ以前の辞令に表記された私の肩書は「埼玉大学教授 教養学部」だったように思うので,同じ例にするなら「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」になるだろう.しかしわざわざ「教授」の前に「大学院」を持ってくるところが,見え透いた浅ましさである.
 以前,埼大には政策科学研究科というのがあった.この研究科は一時,教員の半分が教養学部を本籍にしていたが,埼大から出て行く直前には独立研究科,つまり院だけの研究科であった.だからその教授は大学院教授以外ではない.しかしその政策科学研究科教授を「大学院教授」などと表記したという記憶は私にはない.「埼玉大学教授 政策科学研究科」だったろう.
 教授の名称としては,私の例でいえば,「埼玉大学教授 人文社会科学研究科」にするか,研究組織上の区分を使って「埼玉大学教授 社会学」が穏当なところではないかと思う.趣味からいえば後者がよい.

 余談であるが,最初に上位大学が大学院部局化したときには,それらの大学を最終的には「大学院大学」にする,というアイディアがあったろう,という気がする.
 私が大学院生(東大)の頃,出席していたある授業の担当教授が「東大は(旧帝大は,だったかも知れない)大学院大学にするというのも手なんだよな」と仰っておられた.40年ほど前のことである.その頃から上位大学の大学院大学化は,アイディアとしてはあったのである.
 私が教養学部長だった期間に人文系学部長会議(メンバーは地方国大=三次リーグの人文系学部長)に出ると,時折次のような話が出ていた.「旧帝大は大学院大学となって学部教育から手を引くべきだ.旧帝大は忙しくてろくな学部教育ができていない.我々に学部教育を任せてくれれば良い学生を東大などに送り出す.」この意見にはほぼ皆さんが賛成の声をあげた.上位大学が院の学生定員を増やしているので,どこも院の方は学生確保が苦しく,しかも「良い学生」は学部の方にいたからだろう.
 しかし旧帝大も,学部を手放そうとはしていない.研究中心などといいつつも,学部を手放すと予算が減るからだろうか? しかし,受験者人口の減少を考えれば,旧帝大などが学部を手放す(その結果学生定員は縮小させるが研究者規模=研究力は維持する)ことは有力な解決法の1つなのである.旧帝大などが学部を手放してくれれば,地方国立大学に立つ瀬が出て来るように私は思う.

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大学の「作り」がおかしい

 私が埼玉大学に着任して教員として大学を中から眺めたとき,大学の「作り」が変ではないか,と感じた.その後,慣れて違和感は薄れた.しかし退職近くになると,以前よりもいろんなものが見えたせいか,「変だ」という思いが再び強くなった.むろん日本の法令上は何の問題もないのであるが,制度の基本設計の出来が良くないように思う.

 大学の「作り」は,米国の大学が分かりやすい.大学を構成する下位組織は College ないし School であり,これらは日本の「学部(ないし研究科を含めた部局)」にあたる.通常,Cellege とは College of Arts & Sciences (ないし College of Liberal Arts)であり,あえて訳せば教養学部である.ただ,我が埼大の教養学部とは比べられないほど大きい.純粋な学問領域がこの組織に属する.埼大で言えば理学部,教養学部,経済学部のうち経営以外,がここに入る.物理学や歴史学などが Department(普通は「学科」と訳しているが,「講座」を department と称している例もある)をなし,州立の大きな大学であれば College of Arts & Sciences の中にdepartmentが100くらいあるだろう.心理学や社会学などの大きなdepartmentは,いろんな appointment の人を含めて,教員が70名くらいいる.心理学や社会学は埼大では全学でそれぞれ5名くらいと思う.いうまでもなく,この College が大学の中核である.
 College 以外に特別な目的,特に職業訓練的な目的を持つ部局が,通常は Schoolである(Schoolには別の用法もある).埼大であれば工学部(School of Engineering),教育学部(School of Education),経営部門(School of Business)がSchoolにあたるだろう.
 で,そのCollege/Schoolの下位組織であるdepartmentが,学士課程プログラム(undergraduate program),修士プログラム(master prigram),博士プログラム(PhD program)を出している.むろん複数departmentにかかるプログラムもしばしば設定される.
 私は大学院専門の部局は Graduate School of ~と言うと思ったが,最近調べると州立大学は,大学院の教育プログラムは,College/Schoolのプログラムを全部まとめて'Graduate School(ないし Graduate College)'といっている.院専門のSchoolも 'Graduate' 無しの'School'である(確かに,所謂メディカルスクールも, 単に School of Medicine であり,Graduate School of Medicine とはいわない).むろん,大学によっては,日本でいう「独立研究科」のような形で,Graduate Schoolがあって不思議はない.
 原理原則がすっきりしていて理解しやすい.College/School - Department という基本組織(Academic Units)があって,その基本単位が教育課程,つまり学士・修士・博士のプログラムを出している,という風な説明をする.

 日本の場合が何か変なのである.
 埼大では,法人化2代目学長さんの頃は「5学部4研究科体制」という言葉をよく使った.その後,2研究科を人社研に統合することにより研究科は1つ減った.が,最近でも,埼大の紹介文では次のように書く.

埼玉大学は教養学部、経済学部、教育学部、理学部、工学部の5学部と大学院3研究科をもつ総合大学です。

教育課程の表現としてはこれで正しい.しかし基本組織の表現としては,組織の数を水増ししている.上記のように5学部と3研究科があると書けば,無垢な人は,独自の人員を抱える計8つの組織があると思うだろう.しかし人的な実体が同じものを学部と研究科で2重に表記している.埼大的には理学部と工学部は理工学研究科,教養学部と経済学部は人文社会科学研究科として「部局化」していることになっている.その部局を大学の基本組織とするなら,基本組織の説明としては次のような表現になるはずである.

埼玉大学は1学部(教育学部)と大学院2研究科(理工研,人社研)からなる総合大学です。

 書いていて吹き出してしまった.「そんなん,総合大学じゃないでしょう」とツッコミが入りそうである.
 5学部3研究科というのは,埼大を総合大学と見せるためには良い表現であるが,基本組織の表現として見ると露骨な水増しであり,詐欺に近い.(自虐的であるが,文科省的には埼大は「総合大学」ではなく「医学部なしの複合型」大学である.)むろん埼大に限らずどこの大学も同じである.
 米国の場合と何が違うか? 日本の大学では次のような事情があると思う.
1) (布置研究所や病院を除けば)教育組織以外の組織の公式表現がなく,結果として教育組織(学部,研究科)が基本組織になっている.
2) 大学の学士課程と大学院とは別の「学校」という法令上の位置づけになっているので,学士課程と大学院を持つ部局には2つの看板が付く.
3) 学部と研究科のうちどちらを「本体」とみなしても法令上は構わないので,大学によっては研究科を本体(部局)として扱う例が出てきた.

 たぶん米国との違いが生じるのは2)によるのだろう.3)は「大学院研究科部局化」を指している.

 ここまで書いてみて,関連していうべきことが思いついた.大学院部局化,教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離,といった事項である.ここで書くとブログ記載としては長くなり過ぎるので,別記載にしたい.

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前川喜平,あるいは学長リーダーシップ

 文科省は結構昔から「学長のリーダーシップ」を強調してきた.実際にやったことは学長の権限を法令上強くすること,同時に教授会の権限を弱くすることである.強くなった権限で実際にリーダーシップを学長が発揮できるかどうかは大学によるだろう.
 人によっては気に入らないかも知れないが,大学が学長を中心に動くことは仕方ない.大学は特に再編が必要になるだろう.私の認識では,学長を中心に教職員が集まって全学で稼働する体制が作れるかどうかが埼玉大学の課題だった.今までは学長が,行司のように裁定をすればよいと思っていたかも知れない.

 とはいいながら,この学長リーダーシップという話は,ため息が出るほどバカバカしいという思いが私にはずっとあった.
 まず,文科省はクレムリン型の統制官庁(政策官庁ではない)だから仕方ないのだが,こんなつまらないことを優先順位が高い課題だとし続けてきたところが情けない.権限をどのように集中ないし分散させるかは,規模に応じて大学でデザインしてもよいことだ.その程度の官庁だということである.文科省に指導されていると,ソ連や中国の国営企業のようになるように思えてならない.
 さらにいえば,学長の権限を高めて教授会の権限を低くすることは,小中高校で校長に権限を集中し職員会議の権限を無しにしたのと同じ発想である.本来,小中高校と大学では規模も違うし機能も違う.その大学にバカの一つ覚えを適用したところに文科省の芸のなさがある.文科省は,小中高校の延長で大学を「学校」と考えているのだろう.後で書くかも知れないが,文科省支配が続く限り大学の発展はないのではないかと私は思う.
 念のためググってみたらこんな文書が出てきた.初等中等教育局長だった前川喜平の名で文書が出ているので,思わず笑ってしまった.
 読んで頂ければそのままである.校内人事について職員会議や教員が作る会議で決めてはいけない,校長の権限だ,というのが第1点.職員会議で校長以外を議長にしたり,職員会議で職員による採決で決めるな,校長の権限だ,というのが第2点である.細かい.
 こういう通知を初等中等教育局長が出すにはそれなりの背景があるのかも知れない.職員が集まって「民主的に」変なことを決めてしまうというのは,何となく想像できる.
 大学の場合はどうであろうか? 埼玉大学は無難な大学であり,教授会がそれほどひどいことを決めたことはなかったように思う.それでもあったかな,どこかが変なことを決めたこととか,変にこじれて他学部が呆れたとか(笑).
 私は結構長く,教養学部教授会の議長をしていた.欲目に,教養学部教授会はおおまかには見識ある判断をしてきたように思う.ただ,教授会にかけると進むべき事柄が進まず,いろいろ工夫することはあった.
 今の大学のテーマは大学を維持することではなくより良くすることである.変化が期待されている.その意味では学長を中心に物事を進めるべきなのは確かと思う.
 ただ,学長に権限を与えることより重要なのは,国立大学に(省庁とは独立に判断する)経営のメカニズムを導入することのように思う.官庁に指導される業界は例外なくダメになる.

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文科省お役人また逮捕

 文科省の「局長級」のお役人がまた逮捕されたという.ニュースを見ると「息子の裏口入学」の件と人がつながった話のようで,芋づる式に出たことなのだろう.
 ニュースによると,「飲食店での飲食」140万円分の接待を受けたという.飲食店で140万円,ということはCoCo壱でカレーが2000回食べられるではないか? と思った.が,別のニュースだと「高級クラブで」というから,私は no idea であるが,金がかかるんだろう.私なら「現金でください」という(笑).

 昔,私が大学院生だった頃,ある旧帝大で何かの設置が認められなかった,という話題がある場で出た.そのときに教授が,設置を認められるためには文部省(当時)の役人を赤坂で3回,銀座で3回接待しないといけない.それをすると「水準に達した」として認可される,と真面目な顔でいう.ウソかも知れないが,まあ,そういう話が流通していたものである.
 お役人ではなく政治家ルートという話も,埼大に着任してから,昔よく聞いた.たぶん何とか研究科というのがあったからそんな話が出たのだろう.真偽のほどは分からない.
 後年,私が学部長会議というのに出たとき,某地方国立大の学部長さんと話していて,昔は某さん(文教族の大物代議士)がいたから何とかなった,という話が出た.まあ,そんなこともあったのかも知れない.
 昔,ネットで検索して変な文書が出て来たことがある.何かの設置を認めさせるために,政治家の某々やお役人の誰それに夜討ち朝駆けして自分がお願いに回り,やっと認められました,という文章である.だぶんどこぞの同窓会関係のサイトに不用意に載せていた文書で,書いた人にとっては手柄話なのだろう.以前はネット上に不用意なファイルが結構あったのである.
 たまに,自分が大物代議士の誰それにお願いしたから,博士課程が設置できた,などという話も出る.これも手柄話としていうのだろう.
 政治家ルートなどは効かない,文部省(当時)がどう思うかだ,ときっぱり仰る旧帝大の先生もおられた.

 さて,今朝のニュースで今回逮捕された局長級のお役人が何をしたかが出ていた.JAXAの宇宙飛行士の講演手配で便宜を図った,ということのようである.
 ええー,それって犯罪なの? と疑問に思った.通常ルートでは講演をさせないのだろうか? 少なくとも年休をとればよいでしょう.講演をさせない方がどうかしている.
 前回逮捕されたお役人も,便宜の供与は受けたのだろうが,本人が何をしたかという点では,法にひっかかるのかどうか疑問に思う.ニュースを見る限り,申請書の書き方に助言した,ということである.が,そんな助言が実質的に役立つはずはない.私が助言しても同じだろう.そもそも,申請書の説明文にどう書けと,実例を載せて述べてあるのが普通である(この補助金がどうかは確認していないが).
 まあ確かに,公務員なのに接待を受けたのはまずいに決まっている.しかし見返りとして明確な「悪事」を働いた訳でもないように思う.裁判でどうなるのだろうか? 逮捕されると世間では「悪人」と見られるから,可哀想ではある.
 むしろ,獣医師会のような利権団体が,賄賂を贈って認可させなかったとか,役所の許認可権を使った悪事が露見してくれると,世の中のためには良かったろう.

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国立大学はどう変わるのか?

 国立大学はこれまで,私が予想したよりも変わらなかった.

 国立大学の「民営化」論議が始まったのが確か,1990年代の後半と思う.1999年に国立大学の「独法化」が避けられない状況になった.国大の立場からすると「民営化」より「独法化」の方が有難い.実際の法人化は2004年だった.が,「独法」ではなく「国立大学法人」という,当初は冗談かと思えた名称になった.国立大学法人は独法の一種という位置づけと思うが,独法よりは管理が緩い(国立大学には有難い).
 法人化以後,埼玉大学でもいろんな制度上の切り替え(あえて「改革」とは呼びたくない)があった.ただ,総じていえばあまり変わらなかったのではないか?というのが私の感想である.
 教員についていえば,確かに管理は厳しくなった.金銭的に大学はケチになった.事務手続きもいろいろ面倒になったように思うが,事務手続きの方は法人化のせいというより,埼大事務の個別事情かも知れない.
 この間,私は国立大学の命運についていろいろ(個人的な話であるが)予測したけれど,あまり当たらなかったように思う.私の「予測」には変化への「期待」が混じるからだろう.現実には思ったより変わらなかった.

 今後はどうであろうか? また当たらないような気がするけれど,私の感覚で「まあこんなところだろう」と思うところを書いてみる.

1.国立大学は潰れない
 安倍政権になって経済成長戦略を国が持つようになり,その戦略の中に大学が位置づくようになった.来たか,と私は思った.これは正解であり,実は米国が昔からそうなのである.その時点で国立大学はセーフになったといってよい.「景気対策」をする頭しかなかった民主党政権だとそこが分からなかった.
 何か月か前に私は,研究力の資料を眺めた.思った以上に国立大学の比重が高い.有名私大も大したことはないのである.これでは国立大学を潰せる訳がない.むろん,国立大学に研究力があるのは国からお金が出ているからである.同じお金を私大に投下すれば私大に研究力がつくのが理屈である.しかし,国立大学に出していたお金を今から私大に撒いてうまく行く保証はない.設備面の変更など,手間もかかるように思う.あえてリスクは冒さずこのまま行くのが常識である.
 また,自民党は昔から地方を基盤にするから,地方大学が斬り捨てられることは考えにくい.潰そうとすれば地方の議員さんが騒ぐ.
 国立大学は,だからイノヴェーションに実績を作る必要があり,特に地方国立大学は地域での経済成長に実績を作る必要がある.そこは必死でやるのだろう.
 安倍政権が終わっても,馬鹿でなければ国は成長戦略を持つはずであり,大学をその中に位置づけるだろう.馬鹿な政権が生まれる可能性もあるけれど,短命に終わると期待する.

2.学長への権限一元化は整備されてゆく
 現時点で文科省は国立大学への第1の課題として「ガバナンス改革」を提示していると思う.その最大の中身は,教授会の権限を限定し学長のリーダーシップを確立することにある.その他,学長を監視する体制の導入もいっているが,文科省が考えているのは学長が一元的に大学の決定を行い,その学長を文科省がコントロールすることであろうと思う.
 埼大はほとんど作業が済んでいるのではないか? まだあるとすれば,部局長を学長が選ぶことくらいだろう(済んでいたりして).
 学長リーダーシップを実質化するためには,学長の補佐スタッフを充実させることが欠かせないと私は思う.埼大の場合,私の在職中には,学長はそれほどのスタッフを持っていなかった.
 教員の側は,学長が教授会の拘束なく権限を行使することが快くないかも知れない.ただ,私は学長のリーダーシップ確立は仕方ないように思う.学長が「うん」といっても教授会が覆すようでは,あるいは事務方が止めてしまうようでは,大学が投資の対象になり難いからである.
 教員側が学長に対抗するのは,組合を介してしかないだろう.むろん事項は待遇に限定される.

3.国立大学の経営は欠落したままになる
 文科省が国立大学に求めている「ガバナンス改革」とは,「管理」であって「経営」ではない.文科省は国立大学に「経営」を求めたことはないように思う.「経営」するのはあくまで文科省,という考えなのだろう.
 私大や公立大,また海外の大学では,法人の長(理事長)と学長を役職上分離する.1人が両方を兼ねることはあっても,である.学長はアカデミックのトップであり,理事長が経営を行うのが建前になる.だから国立大学法人法で学長が理事長の権限を併せ持つことにしたのは,組織上は特異である.文科省が指導する,大学は勝手に経営するな,ということだろう.
 国立大学は法人化後も,独自の判断で大学を縮小したり拡大したことはなかったように思う.この何年か新学部を作った例はあるが,純増ではなく,既存学部の整理から原資を捻出したはずである.仮に群馬大学と埼玉大学が統合をしていれば,特異な例外になったのではなかろうか? 現状で,多少は経営らしい活動があるとしても(組合と話し合って手当を決めたとか),本格的な経営判断をした事例はないように思う.
 教員出身の学長で経営判断はないだろう.経営協議会も,外部からの意見交換会のようなものであり,私が直接見た範囲でも,経営協議委員の判断は大学の総務部(つまり文科省)の掌中にあった.そもそも総務部が提供した情報しか持っていない.独自に情報を集めたり案を作れるような組織ではない.
 国立大学が経営をするようになるとすれば,学長とは別に理事長を設定し,その理事長がスタッフを抱えるときだろう.独自の経営をした方が,国立大学はいろんな投資を呼び込めるだろうし,おもろいことが起こるだろう.むろんやりようによっては,である.

4.人事給与システムの変更はいずれ生じる
 人事給与システムの変更とは,年俸制を大幅導入し,成果主義の名のもとに,成果の低い中高年教員(教職員?)の給与を低く抑えることを指す.節約したお金で若手研究者を雇用する考えもある.
 国立大学はこのところ,貧乏語りをしながら政府にお金を付けるよう求めてきた.その際,大学の予算は給与などの「義務的経費」が大半であり,交付金の削減によって使える予算がなくなったことを訴えていたと思う.予算を増やすことが財政上難しい状況下でそんな訴えをするなら,「では義務的経費に手を入れろ」という反応があるのは自然な成り行きである.「人事給与システムの改革」が叫ばれるのは,まさにそのような結果のように思える.
 研究力の維持向上を訴えてきた国立大学は,人事給与システムを変えろといわれたとき拒否できるだろうか? 研究力の向上を訴えていたのはあんたら(国立大学自身)ではないか.人事給与システムを変えて,若手を雇用して研究力を上げるべきではないか.できるのになぜしないのか? 今までいってきたことはウソなのか? といわれて終わるように思える.
 給与についても文科省と他の勢力の間で綱引きはあるかも知れない.文科省は国立大学教員の公務員準拠を維持しようとするだろう.だから変化は小さいかも知れない.
 給与システムの大きな変更があるとすれば,公務員の定年延長を決めるときに給与体系を変える(給与水準を下げる),そのタイミングのように思う.あるとしても先の話である.

5.形だけでもアンブレラ統合が進む
 本気ではないけれども,文科省はアンブレラ統合を形だけでも進めるだろう.実績を作らないとより強い干渉を受けるからである.教員養成学部の再編・統合を進める意向が文科省にあるというニュースが,昨年あたりに流れた.もし本気なら,文科省はアンブレラの制度を作り,アンブレラの範囲での教員養成学部の再編の実績を目指すのが自然な気がする.
 ただ,統合はそれ以上は進まないだろう.個々の大学にその気はなく,文科省にもその気はないからである.
 もっとも,いったんアンブレラを作ってしまえば,政権の意向によってはアンブレラの範囲でのさらなる再編を文科省は指導するようになるかも知れない.文科省が何をするかはその時々の風向き次第である.
 アンブレラの話が出始めた現在,埼玉大学はどうするつもりなのだろうか,と興味を抱く.たぶん北関東グループに入るのは嫌だというのだろう.南に入るつもりなら(いくつか風聞は流れていたが),早めに動き出さないとあぶれるような気がする.

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国立大は授業料値上げをなぜ言い出さないのか?

 国立大学はしばらく前からお金がないと窮状を訴え続けている.配管が腐食し電気ケーブルも劣化し,屋根は崩落し外壁も落下し,一歩間違えれば大惨事になる環境で仕事をしている,とアピールしている.笑ってはいけない.
 だが私は当初から不思議な気持ちで,国大によるこの貧乏語りを眺めていた.そんなに金がなく正当に困っていると訴える状況なら,なぜ授業料を上げないのか,と思うからである.たぶん一般の国民は,陳情を受ける議員さんたちも,国立大学が法人として,自らの判断で授業料を上げられる,ということを知らないのではないか?
 授業料を何も私大並みに引き上げる必要はない.少し上げるだけで解決する,その程度のお金を問題にしているはずである.特に埼玉大学のように,教員や施設の規模の割に学生数が多い大学は,少し授業料を引き上げるだけでかなり潤うはずである.文系の場合,今でも授業料は私大に近いが,理系は私大より授業料が著しく低い.だから授業料を多少上げても需要の減少は小さいだろう.

 と私は以前から思っているのであるが,しみじみ考えてみると授業料を引き上げるにはいくつもの課題ないしハードルがあることに気が付いた.

 第1に,理想は国立大が一斉に同じ金額に授業料を引き上げることであるが,それをやると「不正な談合」になるだろうか? なるなら工夫が必要になる.
 現状で授業料を上げにくいのは,最初に授業料を上げた大学は,倍率が下がるだけでなく,非難の的になる可能性があることである.ババを引くに等しい.だからどこも授業料を上げられない.
 だから国大協などを通じて,上位大学,できれば旧帝大に最初に授業料を上げるよう圧力を加えるのだろう.それがnoblesse obligeというものでしょう,と.東大が授業料を上げますといっても,たぶん非難は出ない.「東大じゃ,しょうがないよね」で済む.上位大学にプライスリーダーになってもらった後に,下位大学は同じ金額に値上げすればよい.

 第2に,授業料を上げたことの増収分だけ国からの交付金が減らされるなら,授業料を上げる意味が全くない.だから役所筋には事前に協議しておく必要があるだろう.ある程度の減額は仕方ないが,減額が大きければ授業料値上げはやめた方がよい.

 第3に,今の世の中であるから,授業料を上げるなら低所得層への補助を厚くする措置を同時に入れないといけないだろう.大学独自でも,授業料値上げによる増収分のある程度を,低所得層在学生向けの授業料減免措置に振り向ける必要がある.また社会・官庁向けには,低所得層向けの奨学金の拡充を訴える必要がある.そうでないと世間からそっぽを向かれる.

 第4に,授業料を上げるなら,教職員の賃下げも必要になるかも知れない.日本維新の会のような勢力は,「まず身を切る改革をしろ,教職員の賃金カットはしたのか?」というかも知れない.自らの賃金をそのままにして,金がないといって授業料を上げて負担を学生に押し付けることには,非難の風向きがあって不思議はない.授業料を上げる前に教職員の賃下げを先行させるべきかも知れない.賃下げだけで十分だったりして(笑).

 第5に,難しいけれども,収入と支出の関係,考え方を整理しておく必要があるように思える.大まかには,研究については国に依存し,教育については学生からの納付金に依存する,ということではないかと思う.支出の多くは教員の人件費であるが,その点もエフォート率によって整理できるだろう.少なくとも値上げする収入増の扱いについては,教育や学生の福利厚生に使うことを明言する必要があるだろう.これまで国立大学は研究面での窮状を訴えていたように思うが,研究に授業料収入を充てるとはいえない.
 別記載で書いてもよいが,教育環境・設備も私大に劣る面があると私は思っている.
 また,教育への学生納付金依存を認めるなら(というより授業料が上がるなら),部局別(ないし分野別)の費用を勘案した授業料設定も視野に入るように思う.今の状況で部局別に授業料を設定したら,たぶん経済学部が一番授業料を安くすべきだろう.同じ理学分野でも数学科は安くてよいかも知れない.

 国立大の授業料値上げに対する世論の反応には不確実性があり,その意味で値上げにはリスクを伴う.議員さんでも評論家でも,第三者に,「値上げすべきではないか?」という意見を出してもらって,世間の風向きを見ることも必要かも知れない.

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アンブレラ統合はどう転がるか?

 国立大学法人法を改正し,1法人(機構)が複数大学を傘下にできるようにする(アンブレラ方式),という話が進行している.たぶん法改正はするのだろう.現在,東海地方(名古屋大学と岐阜大学),静岡(静岡大学と浜松医科大学),北海道3国大で協議をしていることになっている.ここまでの話では,一番早く進みそうなのは北海道3大学のように思う.
 このアンブレラ方式が最初に提起されたのは10年くらい前のように思う.その頃,私は埼大の全学会議に出ていた.私はアンブレラ結構,と思ったが,上に持ち株会社を頂くような形は嫌だとはっきり仰っていた部局長さんもおられた.
 前に書いたことであるが,経団連がこのアンブレラ方式による「再編・統合」を強く主張している(http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051_gaiyo.pdf).経団連がアンブレラ方式の中身をどう考えているかはハッキリしない.引用した資料の中に概念図として組織図が示されているが,論ずるに足らない.あまり考えられた代物ではない.
 他方で,ベネッセはアンブレラ方式に別の見方を紹介している(http://benesse.jp/kyouiku/201208/20120810-3.html).ベネッセ・サイトの引用したページによると,文科省がアンブレラ方式を考えたのは「統廃合阻止の狙い」があるからだという.つまり普通に統合すれば国立大学の数が減るが,文科省はそうしたくはない,大学の数を維持するためのアンブレラ方式だということになる.たぶん文科省のお役人が業者との会合でそんなことを口にしたのだろう.
 だから,文科省はアンブレラ方式を「再編・統合」の手段と考えるのではなく,単なる「地域の国立大学クラブ」のつもりなのかも知れない.
 国立大学が法人化するときの1つの選択肢として,すべての国立大学を1つの法人とするという考え方が昔あった.その1つの法人は各国立大学を強く規定するはずはない.それと同じように「1法人複数大学」を運営すればよいでしょう,気軽に入って大丈夫ですよ,と文科省は国立大学に対していうかも知れない.
 実際に国立大学法人法がアンブレラ方式(1法人複数大学)にどのような規定を与えるかは,実際の適用が一番早いだろう北海道3大学の統合計画が進むまでには明らかになるだろう.
 新聞記事でどこまで正確かは分からないが,ニュースサイトには,1法人(機構)に機構長と理事を置き,学長と評議会は各大学,しかし経営協議会は法人に付くような話であった.ということは,経営面はアンブレラの法人(機構)に一括されるようにも見える.このような制度上の作りのいかんによってアンブレラの実態は予測できるだろう.
 繰り返すが,アンブレラの法人(機構)は持ち株会社のようになるかも知れないし,反対に単なる「地域の国立大学クラブ」といったゆるい連合体になるかも知れない.
 どうなるか,判断のポイントは次の2点だろうと思う.
 第1は,どのような人が機構長なり理事になるか,である.各大学とは独立に機構長や理事が選ばれれば,機構=法人がアンブレラ内の複数大学を再編する可能性が高まる.逆に機構長や理事が各大学から出て,しかも機構長は持ち回りです,ということになると,今まで通りの何もしない法人で終わるように思う.
 第2に,事務方が機構に付くかどうかである.各大学には学務系の事務組織は残るはずであるが,総務系,財務系が機構に集約されるなら(各大学に多少残すとしても),機構=法人に力が集まるだろう.しかし機構には機構長や理事の秘書がいるだけです,では,機構は何もできない.お飾りで終わるだろう.
 現実に,一番ありそうなシナリオは,どちらにも転び得る法人法の作りにしておいて,実際の指導では文科省がゆるい,形だけのようなアンブレラを国立大学に認めることである.文科省は,国立大学には「頑張って形だけの骨抜きにしました」といい,強硬派の官庁には「今は作らせるだけで後で絞めればいいでしょう」という.絞めるときには「形だけでよいなどとは一言もいったことはない」というのである.

 軽い話になるが,私がアンブレラについて気になるのは次の2点である.
 第1は,アンブレラの中で共同課程を作ったとする.しかし学生は何れかの大学の卒業/修了になるはずなので,共同課程といっても,学生によって卒業する大学名は異なるだろうと思う(完全な統合であれば1つの大学の卒業・修了である).その場合,共同課程の運用は,アンブレラのない大学間で作る共同課程と同じか? それともより便利になるか? という点である.
 埼大の法人化2代目学長さんの御代に,茨城・宇都宮・群馬・埼玉大学の間で「4U」と呼んだ連携の枠組みがあった.工学部が主だったけれど,文系研究科の長だった私もその会議に出ていたのである.その時に共同課程の検討をしたが,うまく行かなかった.理由は,共同課程の規程によって,学生は参加大学のそれぞれから一定数の単位を取ることを求められたが,参加大学が4大学であると,必要単位が多くなり過ぎるのである.規程自体が2大学を想定したものだった.当時とは時代も変わっているから規定が変わったかも知れないが,ともかく拘束が大きく,共同課程を作る気を失わせる状況だった.
 共同課程ではないけれども,私も4Uの枠組みで,他大学(宇都宮大学)との,修士課程での単位互換を進めた.しかし利用する学生は極めて少なかった.理由は単純だった.学生は自分の指導教員の単位をほとんどすべて取る.すると,大学院では取得単位数が少なくてよいから,その他の単位をわざわざ他大学に取りに行く必要性が低いのである.
 結局,4Uの枠組みはさしたる成果を生まずにうやむやになっていったと思う.私の得た感想は,単なる連携,単位互換は,ほとんど意味がないという点である.意味を持つのは,きちんと合併して,陣容を整えたうえで正式に1つの大学の1つの課程を作るときだろう.4Uの場合,各大学は相手を自分たちのためにどのように利用するかを,相互に考えた.それではうまく行かないのは初めから見えていた.新しい組織を定義してその発展を目指して動くのでなければうまく行かない.
 気になる2番目は,笑話のように聞こえようが,アンブレラ1法人で電子ジャーナルに1つの加盟校として契約できるか,という点である.もし可能なら,電子ジャーナルの経費節減のためだけにでも,アンブレラを作って加盟する意味はあるかも知れない.もしアンブレラになっても各大学で別契約になるなら,アンブレラなど意味はないだろう.

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国大協は何を考えているか?

 前の「芸がなかった国大協」という記載で,2018//5/22開催の国公大振興議連の総会に国大協が出した資料について触れた.扱ったのはその3番目の資料であり,ガバナンス改革と人事給与改革に触れた資料である.1番目と2番目の資料の方が資料の本体であり,要するに「研究力が低下した,金をくれ,苦しい」といっている資料である.だから3番目の資料の役割は本来,「お金をくれればこんないいことがありますよ」という資料であるべきだったろう.ガバナンス改革や人事給与改革は所詮内輪話であり,外に向かって言うことではない.
 国大協が何を考えているか,という興味から,国大協のサイトを眺めてみた.国立大学の「将来像(最終まとめ)」という資料があった.国大協の考えはその資料の中に集約されているはずだろう.この「将来像」には本文と概要がある.余分な文言を削った分,概要の方が国大協の本音を素直に表しているように思う.(概要と本文は中身が必ずしも対応していない.)
 たぶん,3番目の資料として出すとよかったのは,「将来像・概要」から拾えば次のような箇所だろう.

《「国立大学の機能の最大化」とは、新たな価値創造の基盤となる先進的な研究の高度化と地域や産業界の変革や成長分野を切り拓きイノベーション創出を牽引できる人材を育む教育の充実である。》

 ただ,絵が描けるほどの具体的な考えは国大協にはなかったのかも知れない.むしろ内閣府が描いた「科学技術イノヴェーション創造」事業の方が絵が描けている(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui034/siryo1-4.pdf).といった苦しい事情のために,国大協は「ガバナンス改革と人事給与」を述べる資料を付けたのだろう.「ガバナンス改革と人事給与」は「将来像・概要」の「今後の改革の進め方」の第1項として出ている.件の資料はその第1項の資料編のようなものである.

 ではこの「将来像」の中で国大協は何を考えていたであろうか? ざっと眺めたところ,その現状維持志向の強さに私は驚いた.

 第1は「反統合」志向である.「全都道府県に少なくとも1つの国立大学」という「原則」を繰り返す.「全都道府県に…文系・理系にわたる幅広い分野の高度な教育研究機能を有する国立大学(キャンパス)を置くという基本原則は堅持すべき」と言っているから,県境を超えた分野の移動もダメだろう.
 アンブレラを想定した箇所もあるのであるが,枕詞のように「全都道府県に独立性・自律性を持った国立大学(キャンパス)を維持しつつも」という表現が入る.国大協が想定する(主張する)アンブレラ方式とは,単なる調整機能を入れた連合体ではないか,という気がする.
 国大協は一方で次の認識を述べ,大学間の統合の合理性は理解しているように見える.
《国立大学の1大学当たりの規模は、諸外国の有力大学と比較すると小さい。スケールメリットを生かした資源の有効活用や教育研究の高度化・シナジー効果を生み出すためには、規模を拡大して経営基盤を強化することを検討する必要がある。
  …
そのためには、複数の大学を統合することも1つの方策であるが、》

「1つの方策であるが、」の後に,特色が失われる,小さいことにメリットがある,全都道府県に国立大学を置くという原則,と並べて,結局は統合を否定するのである.

 第2は規模縮小の拒否である.「国立大学全体の規模は、…少なくとも現状程度を維持」であり,大学院規模は「拡充」をうたう.「学部の規模については縮小も検討する必要があるが」という文言が本文には入るが概要では削られている.総合的には「現状よりやや拡大」といいたいのだろう.
 細かいことであるが,附属病院及び附置研究所について「国立大学法人の独立した事業部門としての位置付けをより明確にするなどの方策についても検討する」とあるのは面白い.病院で赤字を出しても大学本体に影響がないようにしてくれ,ということであろうか? また,付属学校については「教員養成大学・学部の機能強化につながるように、その組織・運営形態を含めた適切な制度設計を検討する」とあるから,手放さないのだろう.
 この「将来像」を眺める限り,国大協は文科省の言うことは丸呑みしている.そのように見せながら,可能な限り変化には抵抗しているのが,今の国大協の姿である.国大協は文科省管轄組織の業界団体であるから,仕方ないのだろう.

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再びの文科省局長の逮捕

 先日,文科省局長の逮捕というニュースがあった.選定過程がどうなのよ,という気持ちが私にあったので,ああやっぱり,と思った.
 けれども,その後の展開を見ると,実際がどうなのか,疑問が湧いてきた.

 ニュースがあった次の日くらいに,問題の大学は東京医大であるというニュースが出た.新宿御苑の近くの大学ですよね.早慶などの大手私大なら嬉しかったが,東京医大ではがっかりである.東京医大だと可哀そうな気がする.たぶん世間ずれしていない大学の甘さが出たのだろう.大手私大はそんな素人ではない.
 問題の私立大学研究ブランディング事業のサイトを見てみたが,配分される金額が小さく,しかも明らかにバラマキの事業である.東京医大なら選定されて何の不思議もない.しかし東京医大は申請慣れしていなかったのかもしれない.大手私大なら,いろんな業者を入れて通りやすい申請書を作り上げるだろうが,東京医大は(埼玉大学も),世間ずれしておらず,そんなノウハウはなかったかもしれない.

 その東京医大側では,理事長と学長が「犯行」を「自供」しているような話がすぐに出てきた.だからそれらしい事実はあっただろう.

 しかしそこから先の話がなかなか出なかった.
 問題は逮捕された(元)局長さんが選定過程で何をしたか,である.事業を扱っているのは高等教育局であり,元局長さんは別の局の局長であるから,選定作業にはかかわれそうにない.また,選定は学者による選定委員会や審査部会のようなものを経るはずであり,元局長さんが「これ選んで」と働きかけるには,かなり多くの委員を動かす必要がある.事実上無理のように思う.
 ニュースを見ていると,選定過程に介入したのではなく,申請書の書き方を指南した,というニュアンスの記事がある.まあ,別の局とはいえ,文科省の職員が文科省への申請書の書き方を指南したとすれば不適切なのかも知れない.でも,それでは単なる「不適切」でしかないだろう.
 実はこのような裏の仕組みがあって選定作業が歪められているんですよ,というのが分かれば面白かったが,この件,下らない話に過ぎないような気がしてきた.
 懸念は,それでも,あちこちで可哀そうな人が出るだろうな,ということである.

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年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか?

 年俸制が持つ意味はこの何年かで変わって来たように思う.もともと年俸制が主張されたときには,ノーベル賞級の研究者を海外から呼ぶには年俸制で給与を高くしないと無理だ,という言い方だったと記憶している.しかし今は,一般の教員への成果主義を強める方策として語られる.私には,「成果を出しましょう」ではなく,「成果を出さないでいいけど,給与を下げていいよね」という話,つまり給与カットの話になってしまうように感じている.

■年俸制の拡大適用が日程にのぼるかも知れない
 少し前の記載(「芸がなかった国大協」)で書いたように,その年俸制を国大協は推進するという立場を表明している.むろん資料自体は「これまで着実に進捗させた」といっているだけであるが,公表した意味合いとしては「これからも拡大します」になる.だから,はた目には年俸制の拡大実施を期待されているかどうかわからぬ埼玉大学でも,年俸制拡大の検討をすることになるかも知れない.
 年俸制が現状の国立大学でそれほど普及していないのは,従来の年俸制の作りにおいて給与額の中に退職手当分が含まれることによる.退職手当分先払いの財源を要する,ということである.これまでは,年俸制導入促進経費として,退職手当分の補助が国から出ていた.が,その補助が今後も出るかどうか,分からない,というのが,大学執行部から数年前に私が受けた説明だった.退職した私は,補助が続くかどうか,その情報は持っていない.
 総合科学技術・イノベーション会議の資料を見ると,詳しくは分からないが,退職手当の前払を伴わない年俸制が提起されているようである(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui039/siryo1-1.pdf).
 退職手当分の補助が出るか(年俸制適用者の比率が上がれば補助は出ないような気がする),出なくても退職手当の前払を伴わなくなれば,年俸制導入を抑制する直接的な要因はなくなるはずである.

■従来は困難が生じない範囲で年俸制が導入されていた
 これまでは(少なくとも埼大では)年俸制によって困難な問題は起きていないと思う.もともと適用される教員数が少ない.また,年俸制のこれまでの仕組みが従来の月給制と大きく変わる訳ではなかった.月給制と同じように号給を規定しているし(ただし月給制のような「級」はない),付くべき手当も同じだろう.給与の要素の一部に名称の相違はあるけれども,似ている.実際,(学部長当時)私がある件で人事課と個別案件を協議したときも,年俸の給与が月給制だとどの号給に対応するかは分かるようになっていた.だから現状で言えば,運用にもよるが,月給制と年俸制という2つの給与体系がある,というよりは,年俸制という名の「変形月給制」があるといった方がよいように思う.
 年俸制に対する懸念は,運用によっては給与額が不安定になる可能性があることである.ただしこれまでは,(当初からの継承教員では)月給制でも評価が高くなる方しか年俸制になっておらず,年俸制でも高い給与になるはずである.ほとんど,お願いして年俸制になってもらったのだから,それ以外にしようがない.給与の決定は相対評価ではなく絶対評価の建前になっているから横の競争はない.
 従来の月給制の特徴は,毎年,一定の号給の上昇が組み込まれている点である.よほどのことがない限り,基本給が下がることはなく,ある程度は上がる(シニア教員は上がり方が小さくなるが).つまり勤続年数がプラスに働く.年俸制の場合,理念的には,高い成果を上げれば給与が上がり,次に同じだけの高い成果が上がらなければ給与は下がる,ということになるだろう.ただここまでの年俸制の場合,同じ成果なら月給制のように号給は上がるし,事実上勤続年数のプラスは出すように運用しているはずである.
 つまり,年俸制を部分導入したけれど,年俸制に移った方には給与上の損失は出さないようにしているはずである.

■年俸制の拡大実施は難しい
 ただ,年俸制のこの無難な結果は,適用人数が少ないことを前提にしている.全員が良好な評価で給与も良い,という結果がもたらす財政負担が全体の予算の中で吸収できる範囲だったからである.もし多くの教員が年俸制に移った場合,誰かの給与を上げるためには下げる教員を出さざるを得ないだろう.
 たぶん,今の月給制のような手法で給与の増減を決めるしかなくなるように思う.
 現状の月給制では,原則,全員が一定の(小さいけれど)号給上昇がある.それより昇給幅が大きい2つの昇給があり,その昇給をA昇給とB昇給(A>B)と呼んでおこう.これまで,部局には教授と准教授以下の2クラスについて,教員数比例で,A昇給とB昇給の人数が割り当てられた.教員活動評価に基づいて,部局の上層部がA・B昇給に誰が該当するかを決めている.これと同じように,年俸制の場合,昇給枠と減給枠の配分が行われ,実績に基づいて誰が昇給,減給に該当するかを決めるしかないように思う.
 ここで「部局」と書いたが,「分野」ないし「部署」かも知れない.しかし,研究だけで給与を決めるなら「分野」でよいが,そういう訳でもないだろうから,私は「部局」になるように思う.
 部局ないし分野によっては,「我々は全体としてパフォーマンスが高いので,昇給枠をもっとよこせ」という要求もあるかも知れない.が,そのような要求を通していると収拾はつきにくいだろう.結局は部局割にするしかないように思う.
 これまでの月給制では,昇給幅は小さかった.しかも,全員が勤続年数加味で昇給するなかでも,少し多い昇給,ということだった.だから問題は生じなかった.しかし年俸制で金額の上下が大きく,しかも「減」があるとすると,まあ難しいだろうな,と思う.
 教員評価の方法についても,例えば教養学部の現在の評価方式は(他部局より優れていると私は思うが),分野による差異を考慮していない.評価結果の差が大きいとなると,評価の方法をどうするか,話は難しくなるように思う.
 年俸制で厳しい結果になることがあり得る状況になり,かつ年俸制適用者が増えた段階で,月給制も従来のまま,という訳にはいかないだろう.成果給部分の比率が拡大するように思う.

■しかも年俸制は今のままとは限らない
 前項で書いたのは,今の「変形月給制」のような年俸制でも,拡大実施は難しい,ということだった.が,そういう温い年俸制のままかどうかが,まさに問題である.
 上で引用した総合科学技術・イノベーション会議の資料(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui039/siryo1-1.pdf)には,詳しくは分からないが,今後の年俸制の,資料作成者なりの考えが記されている.たぶん,単なる個人的な考えではないだろう.要点を箇条書きで拾うと次のごとくである.

1) 退職手当の前払いを伴わない
2) 在職期間の長期化により処遇が有利にならない
3) 基本給を減らす(業績給の増減でメリハリをつける)
4) 退職手当の見直し
5) (国家公務員の定年の引き上げに関する検討動向等を反映した)給与水準の見直し

 1)は,年俸制導入を容易にする条件であることは上述の通りである.2)が厳しい.2)を厳格に考えれば,従来の月給制のような定期的な昇給はない,ということである.たぶん,業績が最も高まる中年で給与はピークになり,それ以降は下がって行く,ということになりそうに思える.3)は,4)とともに,退職手当減になりかねない.まあ,どのみち,退職手当は落ちてゆくだろう.5)については,65歳まで公務員の定年を伸ばす話と思う.その際,給与水準は下がるだろう.その下がった給与水準に大学教員の給与水準を合わせる,ということであろうと思う.何れも,暗い話である.

■避けて通りたい年俸制
 年俸制の問題は,単に月給制か年俸制かという問題ではなくなるように見える.前項のように,年俸制といって導入を目指すのは,全般的な給与体系の変化のように思える.たぶんもう少し経つと,学長が「これやりましょう」といえば大学としてはそれで決まることになるかも知れない.以前は部局の教授会が教員を保護したが,そういう時代は終わろうとしている.
 だから重要になるのは組合だろう,と以前から思っている.組合と大学執行部が話し合って,新たな給与体系を模索してゆくしかない.
 私個人は,退職したからどちらでもよいのであるが,年俸制の拡大実施はやめた方がよいと思う.年俸制は教員個人にとり給与水準の不確実性を高める.つまり,月給制と年俸制で給与水準の期待値が同じだとしても,年俸制の下ではリスクプレミアム分だけ,給与の評価は低くなるのである.仮に国立大学が年俸制をとり私大が月給制だとすれば,給与水準の平均が両者で同じでも,教員は私大の方に逃げてゆく.
 給与の在り方をどうするかは大学のミッションに応じて決めてよいように思う.もし埼玉大学が研究中心の大学であり,研究成果を高めることが重要であるなら,厳しい年俸制で高い研究成果を目指し,シニア教員や成果の低い教員の減給分で若手研究者を雇用して研究成果を上げればよい.しかしそれ以外の在り方で規定するなら,現状の月給制に近い給与体系がよいように思える.

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文科省局長の逮捕

 私のiPadアプリで「文科省局長の逮捕」というNHKニュースが速報として入った.どれどれ,と思ってネットのニュースサイトを見た.記事として出たのは日経が一番早かったように思う.
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32602150U8A700C1CC1000/
 東京地検特捜部に逮捕されたのは文部科学省科学技術・学術政策局長の〇〇〇氏という方である.局長ですから,相当偉いわけでしょうね.記事によると,「2017年5月、私立大学の関係者から同省の支援事業の対象に選定されるよう依頼を受けた。」まあ,あるに決まっていることですよね.何の支援事業とは言わず.それで,「見返りとして、18年2月、この大学の入試で、自分の子供の点数を加算させ、合格させた疑いが持たれている。」という.その合格が賄賂にあたるので受託収賄容疑で逮捕,ということらしい.
 有罪になった訳ではないので,今の段階では推定無罪で考えるのが正しいのだろう.ただ,そういっては申し訳ないけれど,この「逮捕」は社会にとって幸運と思う.何とは言わず,支援事業の選定がおかしいことは,選定結果を見ればすぐに気づく.しかし,普通そんなアホなことはしないから表面には出ない.でもこの方の場合,人間的な,あまりに人間的な,親バカだったんでしょうね.だから実態が表面化できたことは,世の中には良かった.
 

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芸がなかった国大協

 興味があって国大協のサイトを眺めていたら,今年(2018年)の5/22に国公立大学振興議員連盟の第12回総会があった旨のお知らせが出ていた.国公立大学振興議員連盟とは,3年くらい前にできた議連(議員連盟)であり,昔風に言えば文教族議員の集まりである.この議連には国大協は以前から要望を伝えているようであり,昨年のお知らせでは,国立大学への交付金の増額を決議してもらっている.大学のやりくりも奇麗ごとではないのだな,とつくづく思う.
 その5/22の総会のお知らせページ(http://www.janu.jp/news/whatsnew/20180522-wnew-giren.html)は,国大協が出した資料を掲載している.ちょっと見てみた.その資料3が「国立大学の改革の方向性」という題である.基本的に交付金増額(と寄付に関する税制改正)を要望しているが,国立大学がこんな改革をします,といって理解を求めている.
 その資料3の中身を見て最初に,予算を獲得するために国大協も踏み込んだな,という印象を抱いた.ガバナンス改革と人事給与改革の2つのWGを設置し,改革を進めますと言っているのである.今の段階でいろんな官庁が国立大学に求めている2つのことを,まさに書いている.この2点について,進めることのコミットメントを表明しているということだろう.
 だが中身を見るといくぶん感想は変わった.中身的にはまったく踏み込んでいない.

 まずガバナンス改革であるが,1法人複数大学制度(いわゆるアンブレラ方式)を創設します,というのが最初である.だが制度の創設は文科省の仕事であり,国大協が言うならその制度を利用して何をしますの話でなければならないだろう.その他は,理事が増やせれば外部理事も入れますとか,経営のための研修をします,といった程度である.経営協議会や監事の記述などは,現状を書いているだけのように思う.
 人事給与マネジメントについては,適正な業績評価と処遇への反映,年俸制の拡大,クロスアポイントメント制度,財源の多様化といったことであり,「これからやります」ではなく「これまで頑張ってきました」の資料になっている.
 感想としては,この会議で(口頭は分からないが)文書で示した国大協の立場は,昨今の米朝協議における北朝鮮の立場と似ている.改革をしますというコミットメントを示したことは確かであるが,具体的目標やプランを示さない.WGを設置して半年になるのだからもう少し策があってよいように思うが,WGというのはポンチ絵を作ることが仕事なのかも知れない.
 資料を作ったのは国大協ではなく文科省ではないか,と思うほどである.国大協は文科省所管組織の業界団体であるから,こんなものなのかも知れない.
 判断は人によるだろうけれども,「今まで通りにやりたい,金をくれ」だけが国大協のメッセージなのだろうと私は受け取った.大学の見識としてはトホホである.
 
 退職した私は特に注意して大学の動向を調べている訳ではない.が,ニュースサイトを見ると国立大学の記事は結構多く,記事を見てしまうと多少はネットで検索してみる.その程度で言うに過ぎないが,現状で国立大学について意見の発信源になっているのは内閣府であるようだ(以前なら規制改革系の会議が発信していた).現政権が官邸主導であり,かつ,有難くも,大学(特に理工系が強い国立大学)を成長戦略と結び付けて重視しているためだろう.財務省の意見が強かった民主党政権時代は削減一方であったが,国家戦略としての成長戦略との関係で,やりようによっては,国立大学にはお金が降りる余地が今はあるように見える.
 内閣府に総合科学技術・イノベーション会議なる会議体があり,イノヴェーションの一環として大学への言及も多いようである.ある資料(http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui034/siryo1-4.pdf)では,内閣府と文科省が連携して(おそらく,実際は内閣府が文科省を引っ張って)大学の経営改革支援をしているように書いてある(おそらく,文科省は有難くないだろう).こうした資料にあるような構想を,なぜ国大協が出せないのであろうか?

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北海道3国立大の統合

 本日(6/23),日経のニュースサイトに「国立大再編、陰に文科省 北海道3大学が統合へ合意」という記事が載っていた.3大学とは,小樽商科大学,帯広畜産大学,北見工業大学である.この3大学の統合話は以前にもニュースに出ている.日経サイトを検索してみると,5/24と5/29にも記事があった.だから今回は3度目である.しつこいなぁ,と感じた.
 今回の記事を見ると,取材によって「実績を出したい文部科学省の存在が浮かぶ。」という点が新たにわかったことのようである.
 日経の記事で「実績を出したい文部科学省の存在が浮かぶ」としている根拠は,3月下旬に3大学の事務局長が文科省に「たまたま」呼ばれ,そこから協議が短期間でまとまったことである.3大学は今年度の「国立大学経営改革促進事業」に応募することを前提に動いているようなので,事業の公募前から文科省に呼び込まれた格好である.否応はなかったのかも知れない.

 この3大学の統合記事を最初に見たとき,私が感じたのは「最も意味のないパタンの統合ではないか?」ということである.分野が異なる大学を一緒にすることに何の意味があるのか,私には分からない.
 私の考えでは,統合の最大の意味は同じ分野の研究者の層を厚くすることである.層を厚くして初めて弱小大学は存在感を持てる.そういうと生々しいが,例えば埼大と群大の統合であれば,教育学部と工学部は重複しているし,群大には理学分野もあるので,これらの3分野は強化できる.文系にも重複はある.重複部分は,余分なら整理して新たな展開の原資にできる.しかし今回の3大学については,5/29の記事に「各大学の自主・自律性の確保と教職員数の維持を宣言している」とあるから,それぞれの分野が横に並んで若干の連携をする程度だろう.事務部門の経費節減以外は大した意味はないように思える. それでも,文科省的にはこの統合には意味があるだろう.
 第1に,日程を決めたアンブレラ統合の皮切りができることであり,アンブレラを可能にする国立大学法人法の改正に抵抗がなくなることである.
 第2に,おそらくであるが,「国立大学経営改革促進事業」に応募するからには,かなりの程度の「マネジメント改革」を入れ込むことは余儀なくされるだろう.

 今年度の「国立大学経営改革促進事業」とは,平成25年度に埼玉大学が採択された国立大学改革強化推進補助金選定事業の後継のようである.「改革」の力点が,教育改革や研究力から経営=マネジメントに移ってきている印象がある.
 時期的に埼大も応募するかも知れないな,と思う.埼大の場合,応募するなら「①地域イノベーションの創出等に取り組む国立大学法人」の枠である.公募要項には,「大学間連携を通じた、教育研究等の強み・特色の強化やシナジー効果の創出、経営基盤の強化、業務の集約化等を図る取組」ということになる.まず,何らかの「大学間連携」を入れないといけない.また,かなりのマネジメント改革(おそらく人事給与マネジメント改革)を入れないといけないだろう.研究力強化,という筋にするなら,若手研究者雇用のためにシニア教員の給与カットという展開もあるかも知れない.下手すると毒饅頭になるが,そこをやるかどうかだろう(といっても,何れにせよ判断は既に出ているはずである).

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経団連の提言

 ネットでニュースサイトを観ていると,一昨日(6/13),日経と産経のサイトに経団連が大学に関する提言をしたというニュースが載った.
 日経の方はタイトルが「経団連、大学の再編・統合を提言 省庁横断会議で」である.日経は「再編・統合」を主要キーワードとしている.「国立大学についてはひとつの国立大学法人が複数の大学を運営できるよう法改正すべきだ」というのがポイントらしい.
 産経の記事のタイトルは「『国立大の数を適正に』経団連が提言」である.「数を適正」というのは,潰すのではなく(アンブレラ型の)統合であるから,趣旨は日経の記事と一致する.
 ただ,日経の方は「全体構想をつくる省庁横断型の会議体の設置を提案した。」とある.産経では中教審などへの案の提出を考えているような書き方だった.今の政府の作法からすると,文科省系の会議への信頼が低いから,日経の方の「省庁横断型の会議体の設置」が本命なのではないか,という気がする.
 ちなみに,内閣府には「総合科学技術・イノベーション会議」という省庁横断的な会議体が既にある.同会議では「大学改革」もテーマに取り上げている.例えば,大学教員に年俸制を拡大し,シニア教員の業績給比率を上げて,業績の低いシニア教員の給与を若手の採用に振り向けるような提案が出ている.
 
 話を戻そう.経団連が言っているのは国立大学の質的な向上であり,統合によって経営基盤を強化する,というのが趣旨であるようだ.そのための(アンブレラ型の)統合である.
 印象としては,経団連はやはり国立大学に関心があるように思える.少なくとも理工系の研究実績からすると,国立大学が圧倒的に強いからである.だから経団連は国立大学を重要と考えており,その重要な国立大学の強化のために統合を発想しているように思える.企業や銀行が生き残りのための統合してきた経過を考えると,その発想は自然だろう.
 私も統合は必然と思う.その必然性を再認識したひとつのエピソードは電子ジャーナルの件である.私が学部長だった頃から,埼大の予算の中で電子ジャーナル費用が占める割合の大きさが問題と認識されていた.私が学部長を辞めて在職の最後の年には,経費を低くする形で電子ジャーナルを維持することが決まったように教授会では伺った.しかし,大学で電子ジャーナルの存続が議題になるのは,たぶん笑話である.ない訳にはいかない.問題は,埼大程度の規模で電子ジャーナルを維持することが予算上は苦しい点だろう.この一事をもってして,(予算)規模の拡大を考えるしかないように思えた.

 ニュースサイトが今回伝える提案が何か文書になっているかとググってみたが,見つからなかった.まあこれからなのだろう.しかし,経団連のサイトを見ると,大学改革に関する以前からの提言が載っている.ざっと眺めたところ,全般としては文科省と同じようなことを言っていると感じた.ただし,方向性の表現としては,あれもこれもと入れ込む文科省に比べてポイントがハッキリしている.目指す方向は2つ,イノヴェーションとグローバルである.方向性がこの2つであることは,実は埼玉大学が表明しているプランともそんなに違わない.埼玉大学はもう少しキッパリと,経団連の考えに合わせて見せてもよいのかも知れない,と思う.

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東大も京大も地盤沈下,とか

 2018.06.04 の日経サイトに「東大も京大も地盤沈下 データで見る大学の研究力」という記事が載っていた.このブログでも時折触れるが,日経は日本の大学の研究力低下をテーマに,定期的に記事を出している.研究力は国力・産業力の基盤であるから,日経が関心を示すのは当然だろう.ただし以前の記事は,その記事だけを見ると論拠は曖昧である.今回の記事は今までの記事より「進化」したような印象を与える.
 この記事は国内外の209の大学(国外112,国内97)の「調査」を元にしている.2002-2006年と2012-2016年を比較している.指標は「論文数」と「論文の質」(引用数),「生産性」(研究者1人当たりの高引用論文数)である.この「調査」の利点と思えるのは,前に「国立大学の研究力」というこのブログの記載で引用した,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書にも載っていなかった,研究者1人当たりの高引用論文数を扱っている点だろう.文章が例によって短いのは,新聞記事だから仕方ない.
 主な論点は次のようである.
1) 東大も京大も国際的に地盤沈下した.
2) 特にアジアの大学に抜かれている.
3) 2012-2016年の研究の質で見ると,国内では,旧帝大を押しのけて首都大学東京が1位,信州大学が3位である.

 いくつか,感想を述べてみる.
 まず上記の1)と2)は,大学関係者にとっては常識であるから,たぶん誰も驚かない.事実そのものを争う必要はないと思う.
 ただ,やはりこの記事だけだと「わかんないねぇ」が私の感想である.
 第1に,どの分野を扱っているかが分からない.全部入れているのか,文系も入るのか? 大学ごとの分野構成の違い(論文が多い領域と少ない領域があるはず)は考慮に入っているか? 上位10%といった記載があるので,分野別に見ないといけない気もするのだが.
 第2に,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書では,論文数を整数カウント,分数カウント,研究中心者カウント,などで分けて分析している.が,この分析の論文数とは何を指すかが分からない.単に整数カウントで行くと,共著者数の多い論文で数が稼げるし,研究の中で金魚のフンにような著者が多い大学(有力大学の植民地のような大学)で論文数が多くなる.
 第3に,日本の大学と海外の大学を散布図のドットで示して,日本の大学が後れを取っていることを強調している.が,海外の112大学は何れも有力大学であり,国内で97大学といえば,おそらく埼玉大学も入っている.それで比較したら日本の大学が集団としてダメだという図になるに決まっている.素朴な印象操作である.
 第4の問題は,指標の「生産性」を求めるのに大学ごとの研究者数を得ていないといけないのであるが,「研究者数は発表する学術論文の著者数から推計した」とある.これ,何だろう? 
 科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書でも研究者1人当たりの論文数は分析していない.その理由は,研究者数をどのようにカウントするかが難しいからだろう,と思う.たぶん大学が問合せを受けても,返事に困るだろう.理学部物理学科におられる先生方であれば問題なく物理学の研究者でカウントできる.しかし,まあ例えば,怒られると思うが,教育学部におられる理系の先生を例えば「化学」に入れるのか,といった点は,大学で判断しても迷うような気がする.
 分野が何かの判断は,所属学科というよりは,どの分野で科研費を申請するかによるだろう.しかし申請先は一定でもないだろう.
 こうした問題があるので,科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書でも研究者1人当たりの論文数は分析しなかったのではないか,と想像する.
 研究者推定の独立変数は「学術論文の著者数」しかないのであるから,論文著者数比例しか推定値はないだろう.だとすると,理論上は,あまり論文を書いていない研究者が多い大学で高引用論文の実績が少し出ると,「質が高い」ことになってしまう(あくまで理論上は).
 科学技術・学術政策研究所(文科省)の報告書では,国内大学について,論文数で大学による違いが大きいことが表れていた.だから,著者数で研究者数を推定して求めた「研究の質」は,論文数が少ない大学で分母が小さいはずなので,ランクの低い大学で「質が高い」ことになる可能性もある.
 そこで上記の3)である.首都大学東京や信州大学は,立派に質が高いとは思うけれど,国内でそんなに上位になるのであろうか?
 2002-2006年の質の国内20大学のリストを見ると,名古屋大学を抑えて9位に奈良女子大が入っている.筑波大学を抑えて奈良教育大学が12位に入っている.奈良女子大や奈良教育大学って,分野は何なんでしょね?
 2012-2016年の質の国内比較では,東大を抑えて首都大学東京が1位,京大を抑えて信州大学が3位,神戸大学や九大を抑えて高知大学が13位なんですね.おかしい,とは言わないけれど,この結果,測定値として不安定ではないか?
 まあたぶん,旧帝以外で頑張っていることを示すためにこの結果を,善意で出してくださったとは思うのです.が,何かトリッキーな数字なんじゃないの,という印象は残ってしまう.
 同じ日の日経記事で,「土壌を鍛えろ(1) 日本の大学 痩せる『知』」という記事もあった.中身は似ている.こちらの方でも首都大学東京が良い,といって,「超電導物質の研究で成果を上げた34歳の准教授を学内に4人しかいない先導研究者に認定」という例を示している.ただ,それくらいなら埼玉大学にもありません? それに,例示が根拠になると思うのは,ド文系の悪い癖である.

 研究力の件で目にした日経の記事や東洋経済の記事の主張は,地方国立大学にとっては有難い.要するに旧帝以外に金をつけろ,といってくださっている所がある.ただ,地方国立大学に限って交付金を増やすという理屈が立つとも思えない.競争的な研究費配分の原則を歪めて地方国大に金を付ける訳にもいかないだろう.だから,この日経のような主張で地方国大が救われる,というシナリオはないような気がする.
 むろん,研究基盤の設備を調査すれば,地方国大の基盤的設備が劣っているという結果は出るような気がする.その種の主張で基盤の整備を求めるという筋はありそうに思える(そんなことはもうやっているか?).

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ASUJとのダブルディグリープログラム

 先日の24日に教養学部の宮田先生から,前日(5/23)にアーカンソー州立大ジョーンズボロ校(以下ASUJ)とのダブル・ディグリー・プログラム(以下DDP)の協定の,両学長による調印式があった,との連絡を頂いた.それは良かったとの返事を差し上げた.
 ASUJとのDDPは,私が2度目に学部長になった2014年にASUJ側に申し入れをして作業を開始したことである.この申し入れは最初にNCN代表の堀氏(埼大卒業生)を介して行った.その年のうちにASUJの国際担当のディレクターであるThillaさん(Dr. Thilla Sivakumaran)との接触が始まった.宮田先生が埼大側(教養学部側)の担当としてThillaさんとの接触を続け,ASUJにも直接足を運んで頂いた.昨年度まで事務長だった高松さんには規程作成を含め,事務方の一切の取り仕切りをお願いしていた.学長には早いうちから賛同を頂いていたし,私が学部長を辞めてからも教養学部執行部にはバックアップを頂いていた.私がいうことでもないだろうが,お世話になった方々のことを書いてゆくと切りがない.またこの間の経緯のあれこれについて書くと長くなり過ぎるので止める.

 ASUJとの間でDDP協定を結んだことは必然性があったろう.この10年間,教養学部生の留学・海外派遣先として最も多かったのはASUJであったと思う.サマープログラムやインターンシップでの交流もあった.DDPそれ自体もある程度重要とは思うが,この協定は交流実績がある中で打ち立てた記念碑という意味もあるだろう.また,この間に教養学部のグローバルの水準が上がったことの記念碑ともいえる.グローバルの水準が上がったとは,英語による科目を増やし,コースナンバーなどのシステムを整理してきたこと,などを指す.同時に,この協定は,(分かりにくいと思うが)教養学部が発達させてきた海外大学との単位互換方法の集約でもある.

 このDDPは1つの規程として表現されている.しかし実態は4つのサブ・プログラムの複合であり,説明するとやや複雑なのである.埼大からASUJに送り出すプログラムは3つある.5つの専修課程のうちの3つ(グローバル・ガバナンス,現代社会,ヨーロッパ・アメリカ文化)の学生のための留学プログラムである.ASUJからの学生受け入れは,日本・アジア文化専修での受け入れであり,日本文化研究に関する英語授業を履修することが中心になる.

 実は教養学部は,DDPを作り難い学部である.DDPの例が多いのは,たぶん,経営学(Business)分野と思う.経営の場合,日本側に経営学部ないし経営学科があり,海外にもBusinessないしManagementのSchool がある.その間でDDPを結ぶ,というのは,最もよくある協定だろう.理系も簡単かも知れない.例えば理学部の化学科と先方の化学のdepartmentの間で協定を結べばよい.特に理系の場合,双方に似たような科目が並ぶので,カリキュラムの接合にも苦労はない.
 だが教養学部は同様ではない.学部内で専門課程は5つの専修課程に分かれるが,その専修の1つ1つが複合的なのである.現代社会専修が社会学の専門であれば簡単である.が,実際は社会学,メディア・コミュニケーション,人類学,地理学に分かれる.その4つは,ASUJでいえば,1つ1つ別のプログラムになっているから,4つのプログラムないしdepartmentsとの協定になる.それでは実際的には運用できない.教養学部のグローバル・ガバナンス専修は,先方のASUJに国際関係のdetartmentがあれば簡単であるが,グルーバル・ガバナンスの科目は,Political Science,Economics, Business, Law, History, Sociology などに分かれるのである.同じことは教養学部側の(ヨーロッパ・アメリカ専修の)アメリカ研究にも言える.先方にはアメリカ研究に相当する科目は豊富にある.が,それらの科目は,History, Literature, Sociology, Anthropologyなど別々のプログラムの科目なのである.
 そこで,ASUJにある学際研究プログラム(Bachelor of Science in Interdisciplinary Studies Degree Program)との間での協定とすることにした.それならこちら側の専修課程とも接合でき,ASUJから来る学生に日本研究を英語で教える形がとりやすかった.この点が工夫の第1だったろう.

 このプログラムの設計において,私が最初から,最もこだわったのは,「科目の1対1対応を止める」ことだった.実は卒業規程からすると,学生の入学時の履修規程にある科目しか卒業単位にならない,という解釈がある.特に事務方はそう考える.その考え方で進めると,海外で履修した科目を当方の卒業単位に含めるのは,当方の履修規程に載った科目に1対1で対応させる必要がある.そういうDDP規程は世間に結構あるが,美しくない.
 この「1対1対応」は馬鹿げている.それでは海外で履修した科目の名称が公式の成績表に載らない.載るとしても科目の備考欄に入れるようなことになるだろう.それだと何のことか分かりにくい.だけではなく,その1対1の対応表を見ると,対応させるのが不合理な対応が目立つ結果になる.そもそも,1対1対応にこだわるなら,海外との単位互換など諦めるべきである.
 この件,事務長には法規係に相談するようにお願いしていた.DDP規程を学部規程と並べておけば問題はないだろう,という返事だったと記憶している.おかげで,双方の大学にかなり説明しやすいプログラムになったように思う.先方科目の当方での卒業要件の認定は,各課程で特定分類の授業(例えば特定課程の「特論」)として認めることで決めた.むろん,どうしても動かせない必修科目については,元の科目をそのまま取るか,科目の1対1対応をするという原則でまとめた.

 プログラムの設計はジグソーパズルを組むような作業だった.埼大の卒業要件は124単位,ASUJは120単位である.だから244単位を取れば双方の学士号が取れるのであるが,それではDDPを作る意味がない.要するに同じ科目を双方の卒業要件にすることで必要単位を減らす,その設計の作業だった.この作業を,双方の大学の幾多の制約を満たすように行うのである.
 一番困ったのは,教養教育 General Education の単位要件が,埼大で小さく,ASUJで大きい(といっても米国標準)ことだった.特に埼大側の自然科学系の教養科目は,全部とってもASUJの要件を満たせない.埼大側の教養物理学のように,シラバスではねられる科目もある.結局,埼大学生は,数学・自然科学の教養科目は主にASUJで履修する格好にせざるを得なかった.米国大学にとり,教養教育 General Education は学士課程の質保証の中心であり,州政府による管理も厳しい.逆に埼大側の教養教育は貧困すぎる.
 それでも,今回のDDPでは,既存の要件の緩和や妥協は一切しなかった.正攻法を貫いた.結果として,ASUJ学生に比べ,埼大生の必要単位数はかなり増えてしまった.特に課程での要件が厳しいグローバル・ガバナンス学生の必要単位数は増えてしまった.仕方ないだろう.

 私自身は,この設計作業に携わることで,双方のカリキュラムの構造への理解が進んだ.すぐに退職したので,意味なかったが,その経験は伝わるべきだと思う.米国大学の在り方が普遍的とはいえないが,それでも国際通用性,説明力の点では米国の方に理があるように思う.同様の経験が,埼大側のカリキュラムの改善,国際通用性の向上に資するならば,何よりである.

 最後に,どうでもよいことであるが,このDDP協定締結の情報は,埼大ホームページにはニュースとして掲載されたが,教養学部ホームページではまだ載っていない.Facebookページにもまだない.何やっているの?
 ついでにいえば,最近送付された埼大NewsLetterには,外務省の派遣プログラムに採択され,教養学生6名がラオスでさいたま市,日本文化をPRした,との記事が載った.全学のNewsLetterにあるのに,教養学部からは発信はない.
 教養学部では作業が止まっているのだろうか? 予算が吸い上げられて学部では広報ができないトホホ状態なのだろうか? などといろいろ考えた.

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スーパーグローバルのGP

 スーパーグローバルに採択された大学のGP(Good Practice)集を文科省が掲載したのは今年の3月頃であった.
https://www.jsps.go.jp/j-sgu/data/SGUbrochure.pdf
何かの理由で私はその情報を知り,文科省のサイトをちょっと眺めた.そのときの印象は「つまんないことをGPと言っているね」ということだった.
 あらためて,そのGP集のサイトを眺めた.

 GPというのはあくまで取組の一部である.だからそれだけで評価するのはフェアではない.とはいえ,文科省があえてGPというのであるから,文科省的には,各大学の取組の中で良い部分なのだろう,と思う.PG集は上記サイト(pdf)の46頁までである.
 見ながら思うのは次の点である.第1に,オーッといって注目するほどのアイディアはないな,という点.つまり,アイディアは出尽くしている感がある.第2に,まあ,この程度なら,スーパーグローバルからは一括排除された地方国大でも,できるんじゃない,という点である.
 いくつか見てみよう.

 まず最初の事項が「ガバナンス改革」で,そこでいくつかの大学が取り上げられた.
 最初は東工大で,Tokyo Tech アドバイザリーボードを作った,という件.海外有力大学の経営陣に入ってもらって,大学の計画内容について意見を聞く,というものである. まあこれ,海外大学の経営者を呼ぶ時間調整をするのに苦労するのはよく分かる.資料を作るのも手間であるのは分かる.ただ,国際的な学会,カンファレンスを開けるだけの体制があれば(東工大ならあると思うが),それほど苦労はしないだろう.しかも,国立大の親方日の丸はそのままで,意見をうかがうだけでしょ.ガバナンス改革という話ではないでしょう.そのボードに経営権を委ねるなら別ですが(そんなこと文科省が許す訳ない).
 その次の九大の例も,まあ似たような話のアドバイザリーボード.たぶん,これでゴマ化しましょうと,阿吽の呼吸だったんでしょうね.
 3番目がICUで,「あらゆる大学の構成員を支援する学修・教育センター」というタイトルです.この事項は,埼玉大学も大いに学ぶべきですが,しかしなぜ「ガバナンス改革」なんですかね?
 その次が創価大学で,「英語による学部教授会運営」.これ,オーッと思う方はいるかも知れませんが,そんなオーッではないです.すべての学部教授会が英語ならオーッですが,外国人教員の方が多い国際教養学部だけです.正直,そこなら日本語で教授会をする方が難しいでしょう.
 教授会を英語で,ってのは,昔から,県立の会津大学がそうなんですよね.しかも国際ナントカ学部ではなく,コンピュータ理工学部です.ここは立派なものですよね.

 以下,ちょっと気づいた大学を例にしてみよう.

 慶応大学は「慶応ともだちプログラム(バディ・プログラム)」で,特筆すべきものでもないでしょう.
 立教大学はRikkyo Learning Style,グローバル教養副専攻,Global Liberal Arts Programの3つを並べていますね.ただ,まずRikkyo Learning Styleはグローバルとは別.グローバル教養副専攻は,埼大のGYの方が先んじていたし,先進的.Global Liberal Arts Programは入学定員を伴いますが,定員は20名なので,埼大経済学部の国際枠と同じ.ですから,せいぜい,良くて埼玉大学程度ですよ.
 関西学院大学は,大学院で「国連・外交コース」新設,とありました.でも,副専攻ですから,それなら教養学部でも,必要があればやりますよね.そもそも,「国連」や「外交官」をうたって,関学程度で実績は出せないでしょう(だから必然的に副専攻).埼大でも無理ですが(笑).
 筑波大学は2カ所で取り上げられている.まず「科目ジュークボックス、海外教育研究ユニット招致」.「科目ジュークボックス」は,海外大学の科目を選べるようにしておくことである.この件は画期的ではないけれども,在職中,時間があれば私もやっただろう.最低の要件は学生が留学可能な大学の科目を並べておくことであるけれども,まさかそれだけではないだろう.作業としてやるべきことは少なくとも2つある.1つは,海外の科目の開設時期や受講要件を情報として提供することである.もう1つは,もし履修したとして,所属校のカリキュラムのどのカテゴリーで,何単位で認定するかを事前に決めておくことである.埼大教養学部の場合は,必修がかかった科目カテゴリーでの認定をするようにしていたが,もし「その他の科目」で一括認定するなら,2番目の作業はえらく簡単になる.
 「海外教育研究ユニット招致」というのは,見て笑ってしまいましたね.埼大でやっているLab to Labと同じでしょうね.単位がからむ留学は難しいけど,まあ,これなら,数は稼げるわけですよ.
 筑波の2つ目は「6モジュール2学期制」である.これって,埼大の4学期に,夏休み期間の1タームと,春休み期間の1タームを加えただけである.これで国際交流にプラスであるのはその通りであるが,そんなことなら埼大でも,留学が多いところは同様の措置をとっている.実は千葉大と明治大学も,同様の学期いじりでGPにしている.こんなことが Good Practiceか?

 せこいGPが多い中で,正面から勝負しようとしているのが,東大,京大,東北大,といった,上位大学である.埼大は,やはりこれらにはかなわない.
 しかし,せこいGPをやっている多くのスーパーグローバル大学程度のことは,まあ経営陣がその気になればの話であるが,埼大も伍してやって行けるだろうと思う.
 結局,スーパーグローバル大学というのが非常に臭い話であった訳ですよね.グローバルができるかどうか,ではなく,上位大学と中堅私大にこの名目で金を配ろうとしたのは,明らかです.地方国立大は1校も入らなかった.地方国大は,グローバルではなく,COCでもやっていなはれ,ということなんでしょう.
 文科省による,見識のない大学いじりを何時まで続けるのか,ということを今言っても始まらない.が,埼大はできる範囲でやるべきことをやっておくべきだろう.

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大学歌

 ネットのニュースを眺めていたら,信州大学で大学歌を作ることになり,公募の末,歌詞が決まったと出ていた.私の心は「ふっ,また笑わせてくれるぜ」とつぶやいた.私の心とは自動的思考であり,私自身は制御できない.つまり私であって私でないので,失礼は許して頂きたい.
 で,その信州大学の大学歌の歌詞を検索した.これである.
 フッ,まあ,新設の小学校の校歌のレベルではないか,と私の心はまたつぶやいた.
 田隅学長時代に制定した埼大の校歌の歌詞がこれである.
 あくまでも趣味の問題ですが,埼大の校歌の方がはるかに上ではないか,という気がしますな.
 信州大学の校歌はどこがフッなのか? 私の心は次のような思いを巡らす.
 第1に,信州の歌詞は言葉が平易過ぎる.論文ならそれが望ましいが,校歌となると違うだろう,と思う.
 今のポップス系の歌は,音楽的には上手くなっているのかも知れないけれど,歌詞が馬鹿みたいでしょ.語彙がダメ.それと似ていますね.信州の場合,審査したのが理系の人じゃないでしょうかね.
 第2に,信州の歌では,「羽ばたく」のは大学なんですね.人じゃない.埼大の歌詞では,「蒼天に立つ」のは埼玉大学の人なんですね.そこが違う.まあ,大学を何とかしなきゃいけない,という気持ちが強かったんでしょうね.文科省にいじめられて,大学の外部資金を増やさなきゃいけない,とか,論文引用率を上げないといけない,とか,そんなことばかり考えていて,思わず,「信州大学,はばたけぇ」と叫びたかったんでしょうね.気持ちは分かりますよ.でも,人が輝いてこその大学じゃないですか.
 こう考えると,埼大の校歌は結構良い出来ではないか,という気がします.私の自動的思考は,私の意思とは関係なく,思わず愛校心を出してしまったようです.

 校歌というのは,まあ,たいがいつまんないですよね.私が良いと思って今でもよく聴くのは,アニメの話ですが,ジブリ系の『コクリコ坂から』に出て来る校歌(港南学園)です.これ
 作詞が宮崎駿と宮崎吾朗とかで,まあ,劇中の歌なので片手間に作ったんでしょうが,それでも志の高さが美しい.「未来から吹く風に頭を上げよ」とか「広い世界に正しい時代を作れ」なんて,泣かせますよね.語彙は乏しいですが.
 参考までに,男塾の塾歌がこれですね(笑).
 まあ,あくまで洒落ですから.

 ちなみに,ですが,私が半世紀ほど前に卒業した高校の校歌は次のごとくです.

一、旭輝く日の本の
  光栄ある今日のそのもとは
  義人烈士の功績ぞ
  忠孝仁義の大道を
  貫く至誠あるならば
  天地も為に動きなん

二、世界にきおう列強と
  ならびて進む帝国の
  基礎は堅忍力行ぞ
  花朝月夕つかのまも
  古人に恥じぬ心して
  ゆめ怠るな一千人

 すごいでしょ(何が?).
 でも当時,私を含め,高校の人間が愛していたのは次の応援歌(第2校歌)でした.

一、那珂の流れはいや早く 迷雲とざす水城の
  巷に立てる赤族の 悲壮にさけぶ詩窖子

二、白玉のごと若人の 心は清きほのほなれ
  威き男子の一生は 血潮に燃ゆる歌となる

三、血潮のおどりに眼を閉じて 見よその力は偉大なれ
  立てよ水高健男児 立つべき時は今なるぞ
  立てよ水高健男児 立つべき時は今なるぞ

まあ,男塾の塾歌よりは格調がありましょう.

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大学のマネジメント改革

 2つ前の記載(「大学は壊れるのか?」)で河村小百合という方の日経記事に触れた.その記事は,大学のマネジメント改革の遅れが研究力の停滞をもたらしていると主張している.私は「河村説のようにマネジメント改革をした場合は,日本の研究力は上がるだろう.ただ,それもまた地獄であるような気がする.」と書いた.そう書いたココロをもう少し説明してみよう.

 河村氏の記事で言及されているマネジメント改革とは,人事給与システムの改革であり,具体的な項目としては年俸制があがっている.それ以外のことは事実上,書いていない.では年俸制を大幅導入すると研究力が上がるのか? まあ,上がることは上がると思う.
 理由の第1は,業績の給与反映が高まる訳だから,研究実績は高まるだろう.が,河村氏が言うのは別の理由だろうと思う.
 河村氏は「年功序列型の組織・人事運営が根強く残り、そのしわ寄せが…若手教員に及んでいる。外国人スタッフの登用が進まない状況も同様」としている.要するに年俸制を導入することで,若手や外国人の雇用を増やすことを考えているようだ.そんなことがなぜ可能か?
 文科省による人事給与システム改革の資料がある.あくまでプレゼン資料であるが,表紙の次の頁に「非常に良い取り組み内容の事例」があがっている.その中に次の記載がある.

【人件費管理の取組】(筑波大学)
・シニア教員を年俸制に移行、年俸額を原則7割に抑制し若手教員の採用を促進

予算は一定であるから,首切りをしないのなら,結局,こういうことをするしか,薄くなった若手研究者層を補充する方法はない.従来の月給制のままで給与を下げることは,人事課的には難しいだろう.制度を変えてある範囲の教員の給与を下げ,その分で人を多く雇う,ということしか,考えにくい.上の例はシニア教員だけであるが,成果主義なら成果の低い教職員は理論上,ターゲットになる.
 教員ならたぶん組合の方が詳しいと思うが,継承教員数を超えて新規に雇う人にテニュアを与えることは難しいだろう.退職金の財源は交付金の外側で付けてもらえるが,そのお金は継承教員の分しかもらえないと思う.だから新たに雇えるのは,退職金が低くなる在職期間の教員になるだろう.それでも余計に退職金を払うとなると,他の人の退職金も抑制せざるを得ないかもしれない.確かに,人を多く雇えれば,研究成果は上がるはずである.
 国立大学で今,何故にマネジメント改革が進行しているか,学長権限を強化し部局の力を削ごうとするか,である.私が出席した学長選考会議で学長選考の意向聴取の投票をやらない方がよいと仰った委員の方は,率直に,学長が教員に気を使うようでは,例えばどこかの部局を潰す必要がある場合に学長はそれができなくなる,と発言された.そのご発言は理論上は正しい.経営判断として内部組織の改廃はあることであり,その判断が必要なこともある.だから文句をいうべきとは思わなかった.しかし,これまでにない厳しい状況も,理論上はあるのである.
 今進行しているマネジメント改革は,さらに進むだろう.進んだ時点では,学長に抵抗できる勢力はなくなっている.上位官庁はその学長をコントロールすればよくなる.マネジメント改革が教職員の不利益変更をもたらすとは限らないのであるが,不確実性は残る.
「今後を考えれば,国立大の教職員は組合に入っておいた方がよい.」と私が書いたのはそれ故である.

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国立大学の研究力

 1つ前の記載で国立大学の研究力について考えてみた.で,記載をアップした直後に「トップ大学の強化だけでは限界 日本の研究力向上」という4/8付けの日経の記事が目に入ってきた.
 この記事は,科学技術・学術政策研究所(文科省)がこの3月に公表した報告書「日本の大学システムのアウトプット構造:論文シェアに基づく大学グループ別の論文算出の詳細分析」を受けた記事である.
 その報告書は,日本の大学の(あくまで理系の)研究力に関する,満足のいく分析を提示しているように思えた.
 この報告書では,まず,論文数シェア(分数カウント)が多い順に,大学を4グループに分ける.分数カウントとは,著者3人の論文に1人の著者を出した大学には1/3のカウントがある,と数える.第1グループはトップの4大学(あいうえお順に大阪・京都・東京・東北大学),第2グループはその下の,シェア1%以上の13大学(旧帝:九州・名古屋・北海道,旧六:岡山・金沢・千葉大学,私大:慶応・日本・早稲田大学,その他:神戸・筑波・東工・広島大学),第3グループがシェア1%未満・0.5%以上の27大学(国立18,公立3,私大6),第4グループがシェアが0.5%~0.05%の140大学(国立36,公立19,私大85)に分ける.第3グループは医学部を持つ大学が多いが,そうとも限らない.群馬大学は第3グループに入る.第4グループには埼大が茨城・宇都宮大とともに入る.医学部のある大学もある.4つのグループに入らない大学は,文系大学,例えば一橋や,研究実績がほとんどゼロの大学だろう.
 この4グループは,論文数の総量においてほぼ同じなのである.しかし,上位論文(引用でトップ10%)の数では階層に沿った差が表れ,第4グループは第1グループの半分近くになる.また論文の責任著者カウントでも同様であり,第4グループは合わせて,第1グループの半分近くに落ちる.

 気づいた点,ないし感想を書いてみよう.
 第1に,大学階層間の格差は私が想像していたより大きかった.第1グループの上位4大学で,第4グループの140大学と同数の論文を書いているということは,第1グループの1大学で第4グループの30~40大学分の論文を書いていることになる.しかも,上位論文や責任著者のカウントで見るとその差は大きく広がる.心象としては,第2グループまでに入っていない大学は研究力の点ではゴミのような存在に見える.
 第2に,論文数が減ったとは言っても,それはこの10年くらいの範囲で見ているからであり(この報告書では2003-2005年と2013-2015年の10年間の比較が多い),1982年からの集計では,その間に論文数は3倍くらいに増えている.むろんその間に,国立を含めて大学産業が大きくなったという背景がある.にしても,論文は大勢では増えているのである.
 第3に,10年間の比較で見て,分野による差がある.論文数が大きく低下しているのは「物理」,「材料科学」,「化学」であり,「数学・計算機科学」,「工学」,「基礎生命科学」ではやや減,「環境・地球科学」,「臨床医学」では増えている.
 第4に,大学階層で差が出るのは,単純な論文数ではない.責任著者カウントと上位論文カウントである.この2点について,第3グループと第4グループの国立大で低下が見られ,特に第4グループの国立大で低下が大きい.同じ第4グループでも私大では低下は見られない.要するにこの10年間で,第4グループの国立大は,論文はそこそこ書いているものの,研究の中心からは遠ざかり,研究の質が落ちている,ということのようである.
 第5に,第4グループの国立大で責任著者カウントで低下が大きいのは,大きい順に,材料科学,物理学,工学,化学である.逆に環境・地球科学は上がっている.

 最初に言及した日経の記事では,この報告書の著者が,日本の研究力の確保には「第3,第4グループの底上げが重要」と指摘するとある.が,まさにその表現はこの報告書にはない.あるのは,第3,第4グループの研究活動の低下が第1グループの論文生産にも影響を与える可能性があると,最後の方で指摘する点である.その根拠は,第1グループの論文にも第4グループの研究者が著者として入っていることである.
 ただ,報告書に目を通して私に目立ったのは,各グループとも,責任著者の所在として国立研究開発法人(理研など)が多いこと,海外研究者の比率が高まっていることだろう.集中的な投資をするなら独法の国立研究開発法人かも知れない.また,国際戦略を進める必要性も高そうである.
 第3グループならともかく第4グループは,大学数も多いので,追加投資の対象に選ばれるかという点では疑問が残る.むしろ自然と追加投資の対象になるように,統合などを進めて規模の拡大を図るべきだろうと,以前から思っている.

 この報告書では研究費は分析の対象にしていない.研究費は,特に大学内で措置する分の実態は把握しにくいように思う.教育経費との区別もあいまいさがある.
 一応の数字で研究費を考慮するなら,報告書にある大学階層に沿って研究費の不平等が明らかになるはずである.ただ,「研究費が少ない」ことが「研究成果が少ない」ことの原因であるという因果推論をすべきかどうか,難しいように思う.「研究成果が少ない」ことが「研究費が少ない」ことの原因でもあり得るからである.妥当な推論をするには時系列データを解析するしかない.その種の解析は計量経済学者が一番得意だろう.

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大学は壊れるのか?

 国立大学は財政的に苦しいと言い続けている.法人化の前から言っていたように思うが,特に法人化で交付金が減額されるようになってからは苦しいと言うのが常になった.国立大学一般は分からないが,政府の重点化の対象にならない地方国立大学は苦しいのはよく分かる.教員がその苦しさを実感するようになったのは,人事の制約が増えたことによるだろう.埼大の場合は法人化して早々に大幅削減を決めた.
 さらに,少し前から日本の研究力の低下が指摘されるようになった.私は読んでいないが,Nature に日本の研究力低下の指摘が掲載された,という報道があったのは昨年のことだったと思う.
 今年の初め頃と思うが,日経サイトを観ていると,次のような主張の記事が載った.
1) 法人化により国立大学は交付金が減額された.
2) 競争原理が導入されたため,中堅大学(当然,埼大を含む)が財政的に苦しくなった.
3) その結果,日本の研究力が低下した.

ただ日経の記事(と私が思った記事)を読んで「ん?」と思う所があった.「ん?」だったのは次の点だった.
 第1に,唯一の資料は国際的な論文のシェアなのだが(上位の論文のシェアだったかも知れない),国際的なシェアは,日本のパフォーマンスが維持されていても外国勢の水準が上がれば低下する.そのグラフは,日本が過去と比べて低下しているのか,低下していないのに海外の水準が上がったのか,そこをはっきりさせていない.
 第2に,そのグラフでは,国立大学の法人化が始まる4,5年前が論文生産のピークであり,法人化の時点では既に低下が始まっている.法人化が原因であれば,法人化の数年後から低下が生じるべきではないか? 比較の基準点がたまたま高かったために「低下した」と結論づける誤りは,よくあることである.
 第3に気になったのは,統計として集計された数字が上がるとか下がるといった現象に対する説明は,本来は難しい点である.ふた昔前,米国でSATの点数が下がったという観測があった.その観測に対して研究者が提起した説明(仮説)は数にして80以上あったという.いろんな説明があり得るのである.

 最近になって日経のこの記事を検索したが出てこない.日経だったのは勘違いかも知れない.記憶では,その記事には「詳しくは週刊東洋経済の2/10の号で特集している」と書いてあった.日経であったことが勘違いであるにせよないにせよ,私が記事を見たときに『東洋経済』の2/10の号をAmazonで注文していたのである.
 その『週刊 東洋経済』の2/10の号の特集は「大学が壊れる」と銘打っている.「疲弊する国立大,捨てられる私大」という刺激的な副題がついている.
 『東洋経済』に目を通してみたが,肝心の議論には2頁が割かれているだけだった.文章は15字×62行=約900字に過ぎない.代わりにグラフが多いが,やはり「ん?」と思う.
 まず成果である論文を,グラフによって「科学論文」,「科学研究論文」,単に「論文」と異なった表記をしている.「科学論文」というから,いわゆる理系だろう(文系の場合,日本は国際比較に入り難い).ただ,どの分野の論文か,何を「論文」にカウントしたかが分からない.グラフ間の一貫性があるかも分からない.
 「研究資金は平等から競争原理へ」というタイトルのグラフは,国立大学の運営費交付金のグラフであり,なぜか研究資金自体の図はない.「トップ大学に資金が遍在」というグラフでは,日本が上位大学に集中していることが強調されるけれど,日本の上位大学は規模も大きいから,研究資金は自動的に他大学より大きくなる.規模を統制した(例えば教員1人当たり)のグラフをなぜ載せないのか?
 一番重要な点は,中堅大学が財政的に苦しいために日本の研究力が落ちたとすれば,論文数の低下がその中堅大学で起きていなければならないことだろう.だがそのようなデータは一切示されていない.
 直感的にいえば,中堅大学は研究業績を落としていないのではないか? 金欠だと常にいっている埼大でも,だから論文を書けなくなったという事態が生じているとは思えなかった.苦しい中で論文を書いている,といういうかも知れないが,ほなそのまま頑張りなはれ,という話であろう.
 記事の結論は魅力的であるものの,『東洋経済』の論は根拠が明確とは思えない.

 日経の記事を検索していたら,別の論調の記事にぶつかった.河村小百合(日本総合研究所上席主任研究員)という方が書いた記事で,タイトルが「組織管理改革に遅れ 国立大の研究力低下」である.日本の論文数シェアの低下の同じようなグラフを載せている.
 この記事の主張は『東洋経済』とは逆である.国立大学の研究力低下の原因は運営費交付金の減額ではなく,マネジメント改革の遅れや客観的な評価制度がないことだ,という論旨である.いくつか論点を書いてみよう.
・法人化以降,国立大の運営費交付金は1兆2千億円程度でほぼ横ばい.科研費等の競争的資金は14年度までに倍増し,実際には1千億円程度増えている.科研費の6割強は国立大向けである.自己収入を合わせた収入全体は法人化以降,3千億円程度増加.
・日本の国公私立大向の公的・民間支出額の規模(名目GDP比)は1.5%で,OECD平均(1.6%)と遜色がない.(注:国大協などは公的支出規模の小ささを言っていると思う.)
・多くの国立大が定年延長をしながら給与システムの改革例は少なく,若手教員数はむしろ減っている.年功序列型の組織・人事運営が強く残っている.
・文科省の枠を超えた評価システムが必要だ.
 
 横道の話であるが,この記事の中で,多くの国立大学が定年延長をしたという.「多くの」といっても旧帝の話であろうと思うが,どうか? ただ,旧帝は規模が大きいので影響は大きい.東大の場合は60歳を65歳に上げている.そうなると若手の専任教員は採用しにくくなるだろう.東大の先生が「若手を採用できなくなった」と訴えるのは,悪いのはオメエだろう,という話である.

 話を戻そう.河村小百合氏の論も説得力はあるけれど,この論も妥当性を主張するためのデータを欠いている点では同じだろう.河村氏の主張は日本の研究力が「伸びない」ことの説明にはなるだろうが,「低下した」ことの説明にはならないように思う.
 私が知らぬだけで,実はどこかにちゃんとした説明はあるのかも知れない.ただ私が目にした範囲でいえば,日本の研究力低下に対するすんなりした説明はないように思える.感想に過ぎないが,集計したデータだけではなく,マイクロに,どういう属性の研究者の業績がどれほどであるかのデータがないと,十分な分析はできないだろう.

 私の素人考えで,検討に値するのは次の要因であるように思う.社会現象の多くは,実は人口学的な要因による.
 第1は国立大学にいる研究者の数がどうか,という点である.
 豊田長康という先生(鈴鹿医療科学大学長で,元三重大学長)は以前から研究力低下を論じておられたが,豊田先生の以前の分析では,論文数を説明するほとんど唯一の要因は研究者数だった.当たり前のことで,人が減れば論文も減る.
 下記は内閣府サイトの資料であり,平成に入ってからの国立大学の本務教員数をまとめている.
http://www8.cao.go.jp/cstp/stsonota/katudocyosa/h27/innovation7.pdf
 この資料を信じれば,実は論文シェアのグラフでピークを迎える2000年前後までは国立大学の本務教員数は増加しているのである.その後,本務教員数は,減らないまでも頭打ちになる.が,分野別にみると,教員数が増えているのは「保健」分野だけであり,その他はどこも減っている.要するに,国立大学を含めて大学産業が拡張期にあったときに教員数とともに論文数が増え,その後,教員数とともに論文も減った,というのがあり得るシナリオの1つである.
 さらに上記資料から見えることは,国立大教員の高齢化である.拡張期に教員を多く採用したが,その層がそのまま高齢化する.そして組織規模の伸びが止まれば,若い人を雇えなくなる道理である.しかも上記資料では,時が経つほど,新規採用者に占める若年層の比率が低下する.役人やマスコミ関係者の天下りが多いのだろうか?
 つまり国立大の教員は数が減って高齢化している.なら,論文が減っても仕方ないのではないか? 
 むろん,上記はただの当て推量である.妥当していたとしても,それだけであれほどの研究力の低下は生じないかも知れない.他の要因も加わるのだろう.
 何れにせよ,研究者の個人属性が分かるデータの分析を経ないと,「日本の研究力低下」の原因の推定はできないように思う.

 上記の河村氏の主張については,暇があれば(あるのだが)意見を書いてみたい.河村説のようにマネジメント改革をした場合は,日本の研究力は上がるだろう.ただ,それもまた地獄であるような気がする.
 私は以前からいっていることだが,今後を考えれば,国立大の教職員は組合に入っておいた方がよい.

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THE世界大学ランキング日本版

 ニュースサイトでTimes Higher Education(THE)の世界大学ランキング日本版なるものが出たというニュースが載った.どれどれと思ってネットで見てみた.THEがベネッセと組んでランキングを出したという.THEの本体のランキングとは異なり,この日本版は主に教育面の評価で付けたランキングである.ベネッセが入っているので,どうせ,実態はベネッセがやっているようなものだろう.教育ランキングであるので,ベネッセのお客さんが悪い評価にはならないように作ってあるに決まっている.研究の比重を高めると話は変わって来るように思う.

THE世界大学ランキング日本版

 ランキングの中身を見ると,受験産業の評価と同じかな,という気がする.THEは名義貸しで儲けただけではないか?
 埼大がどこにいるかと探した.埼大は70位だった.
 この70位という順位をどう思うかだろう.埼大関係者は「不当に低い」と思うかも知れない.私は「まあこんなところ」と思った.悪くはない.似たようなランクの大学をリストアップすると図のごとくである.
 埼大は大学規模の割に学生数が多い.だからこの評価指標では悪くなる可能性があるが,この辺で落ち着いている.良いとは言わずとも悪くない.
 研究が評価に入れば高まるかも知れない.しかし研究を入れると医学部のある大学のランクが上がるので,有利か不利かは分からない.

 全国でこれだけ大学がある.国立大学だけでも上位校の数は多い.有名私大も沢山ある.その中で70位なら,悪くない.面白いことに,北関東の群馬,宇都宮,茨城大学と埼大とは,仲良く,同じような順位で並んでいる.この点もリアリティだろう(指標の取り方では群馬大学が上がる).
 楽観的に考える私は,「今後良いことがありそうな位置」にいるのではないか,という気がしている.1


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名古屋大学・岐阜大学の統合協議

 先日,名古屋大学と岐阜大学が経営統合の協議に入る,とメディアが一斉に伝えた.実現すればアンブレラ方式の最初の例になる.その2大学が一緒になるだけで,学生数では京大を抜いて国内3位になるらしい.私の限られた見聞からすれば,後から少なくとも三重大学は入るだろう.もし名古屋工業大学も入れば,かなりのことになる.
 名古屋大学は既に指定国立大学法人に決まったという.だからこの統合で狙うのは,当然,世界である.この状況では,名古屋大学に求心力が働く.だから話が進んで不思議はない.
 東海地方は経営統合が最も生じやすい地域であると思う.その機運が前からあったからである.私の当てにならない知識では,その次に機運があるのは九州だろう.中心はむろん九大である.その次をあえて推量であげれば,四国と北東北であろうと思う.ただ,旧帝大が入らないので,どこを中心に動くか,動けるかに不安はある.

 これまで,苦しい国立大学の立て直しは手詰まりだった.各国立大学は政府の補助金を狙うしかなかった.埼大が得た機能強化の予算もそうである.ただあの種の補助金が何になったのか? あの種の補助金で行った「改革」は,結局は他人が評価しないオナニー・プレイだったろう.どうでもよいことに時間と労力を消耗しながら,そのためにお金を使っただけである.世間の評価は大学が苦労したことにはあったかも知れないが,成果に評価があったとも思えない.
 その他の方策は,埼玉大学もそうであったように,財政的に苦しいんですよという貧乏物語を宣伝して同情を得ようとすることくらいだった.学生が私大に逃げるだけであるから,この貧乏物語は愚かである.また,そんなことで埼大クラスの国立大の交付金が増えることは,まずない.確かに現状の中堅大学の没落は日本の危機であり,中堅を厚くする方策は必要である.しかし東大に集まった資金を他大学に振ったとしても,一国立大学が潤う程度はそれほどではない.財務省は,先進国で日本の財政は最悪であるという立場であるから,単純に国立大学の交付金が増えるとも思えない.他に予算を増やさざる得ない分野も多いのである.

 国立大学にとって大きな契機となる事柄は2つであると思う.
 第1は授業料の値上げである.授業料を上げて大学が潤う分は,交付金は下がるはずである.政府が良心的であれば,その削減分は学生への奨学金に回すべきだろう.結果として大学は財政的に学生への依存を強めるが,その方が政府の気紛れに大学の財政が左右される度合いは低くなる.大学教育には金がかかる.それでよい.支払い能力のある学生からは相応の授業料を取るのが正義である.支払い能力がないなら奨学金を出せばよい.それでも国民が全般的に貧しくなって誰も支払い能力がなくなるというなら,その問題は教育問題ではなく全般的な社会政策の問題である.
 授業料を上げるためには,学生へのメリットを今よりはるかに明確にしなければならない.これまで学生よりは文科省の顔色を伺ってきた国立大学は,発想を変える必要がある.そのこと自体が社会にとって望ましいように私は思う.
 第2の契機となるべきは,今語っている大学の統合である.むろん,小さな大学として特色を持って生きてゆく道もある.が,研究力を強化するなら,研究を主体にできる部分を持つだけの規模を確保するために統合するのが良いはずである.

 ただ,この点は名古屋大学のケースにも当てはまるが,統合して意味のある形を作れるかどうか.そこはまだ分からない.アンブレラ方式の良い点は,旧の大学名が残ることであり,だから反対はし難い.しかし,統合して意味があるためには,複数大学を経営する機構(名古屋大ケースでは「東海国立大学機構(仮称)」)が各大学から独立し,経営を専門とする理事と理事長を設定することが必須である.現状の国立大学は学長が理事長の機能を兼ね,実際は学長と役員は経営ごっこはしているが実質的な経営はしていない.経営協議会なる組織も,経営に関する外部評価委員会のようなものであって,経営をする組織ではない.新たな組織では,各大学の学長と理事長を明確に分離することが望ましいだろう.そのことにより,個別大学の利害を超えて複数キャンパスの新たな配置を,時間をかけてでも,作って行くことが必要なはずである.

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グローバル事業の評価が悪いのは必然である

 埼大は教養学部を先導学部としてグローバル事業,正確にいうと(途中から名称が変わって)「経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援」を実施していた.この事業の支援期間は平成29年で終わった.その事後評価結果が学振のサイトに載った.サイトに載る以前に大学には連絡が行っているだろう.
https://www.jsps.go.jp/j-gjinzai/jigo_hyoka_yoshiki.html
 評価結果は理論上の最高がS,最低がDである.実際にはS,A,Bの3段階しか使われなかった.埼大の場合は実際に使われた中の最低のBだった.要するに悪かった.
 CやDは文科省(学振)は使わない.自らが選定した事業でやっても仕方ない結果になったとすれば,補助金を出した責任が問われるからである.だから何らかのプラスはあった,というBを最低にする.この点は役所の論理である.

 この件,私がいうと自己弁護のように聞こえるかも知れないが,結果の悪さは必然であるな,という思いが強い.要するにちゃんとはできなかったのである.少し前まではいえぬ話であったが,今の時点なら構わないだろう,と思う.
 ちゃんとはできなかった理由は,細かくいえばいろいろある.が,大きなところをいうと次の点だろう.

 第1は司令塔が不在であり,事業としての統一感がなかったことである.他の事業でも同じかどうか,そこは知らない.権限が下に降りることはなかったが,権限を持つ者は計画を知らず状況を把握することもなく,だから指揮を執ることなどない.教養学部長は紙の上では「実施責任者」であったが,作業は教養学部の中だけで完結する訳ではなく,例えば学生を留学させるのも全学の手続きである.まして事務方がかかわることなどは要望を伝えるだけである.良い例は,外部評価委員会が結局は何も動かなかったことだろう.
 事業の評価の指標で最も重要なのは留学する学生の数である.ここで留学の枠が教養学部には回って来ないという事態も生じたのである.この事業は全学のためにやるのであるから,支援期間内では教養学部の学生を優先することを私は求めたけれども,ダメだった.そこは全学の判断であり,評価結果の悪さを全学が容認したなら,それは仕方がない.

 第2は,指揮系統が長く混乱していたことである.
 この事業の申請書の中身を一番知っているのは私である.私が学部長時代の最後に計画をまとめていた.申請書の筋書きを描いたのは私であり,ヒアリングで主に説明し応答したのも私であった.全学で中身を最も理解していたのは当時の加藤理事である.彼が申請書の中身で全学が係わる部分は調整してくれていたのである.
 私がいうのもなんだが,採択されて実際に作業をするのであれば,私に何らかの役を与えて(当時私は無役である)権限を下ろしてくれるか,加藤理事を全体の統括責任者にする以外に,作業は正常には進まなかった.ところが,事業が採択されると,加藤理事と私は外されたのである.代わりに指揮を執るような執らないようなことをしていたのが,国際領域の何とか室長になぜか任命された,教養学部の同僚だった.そのような権限は当時の学長(法人化2代目学長)にしかない.
 室長になった人物は,採択後,彼の計画をA4何枚かに書いて私にも見せに来た.計画は既に学振(文科省)に申請書として出しているのであるが,この人物はお金だけもらってフリーハンドで事業を進めるつもりだったのである.たぶん上の方の関係者に見せて「了解」を得たのだろう.
 状況から考えるとこの人物を学長が支援したとしか思えず,当時の教養学部長からも支持されていた.公式には何でもない私は抗する基盤を持たないが,それでも前学部長だったという「顔」で,教養学部内では私が中心に作業をすることになっていた.だから事実上,内紛状態でこの事業は出発したのである.補助金で雇う教員をどうするかで,正月を挟んで厳しい対立が続いた.申請書通りなら教養学部に助っ人が3人来るが,申請書通りの助っ人は1人だけしか付けられなかった.それでも全学に持って行かれた助っ人の人事には私も介入し(というか,今の学長に委員に選んで頂いたのであるが),結果としては良い方を雇えたように思う.しかし話が申請書通りでないのは確かであった.
 この内紛状態には私も次第に嫌気がさしてきた.事業の2年目の秋頃に,重要な事項について私には知らさせなかったことをきっかけにして,私はグローバル事業から手を引くと宣言した.公式の学部長からも支持されなければ,続けるのは無理と判断したのである.
 その年(平成26年)の年末頃に次期学長(今の学長)が決まった.当時の現学長から次期学長への権力の移行が始まった.そのことがある意味では幸いな転機になったのである.まず人社研設置の件が持ち上がり,それ自体はいい迷惑であったが,私が次の学部長に決まった.ということは,私が公式の事業の実施責任者になるのである.いったんは離れたグローバル事業を私が学部内ではまとめることになったのである.また,次期学長の下で国際部門の重役になると決まった方から,国際本部の指揮系統を私が望むように変える申し出を頂いた.国際部門に関しては事実上のクーデターに成功したのである.問題の人物の後任には,現教養学部長が就任することになり,長い内紛状態は清算されたのである.むろん,状況を整理するにはさらに半年を要した.
 何のことはない.時間をかけて振り出しに戻したのである.ただスタートの悪さは補いようがなく,人員面での不十分さも最後まで残る結果になってしまった.平成27年度から,平成25年度にやるべきだったことを再開した,という感がある.

 以上,私が長く腹を立てていたことを書いた.むろん,詳しくいうとこんなものではない.が,差し障りがあり過ぎるので止めておこう.
 最大の残念な要因は,結局,(今となっては一代前の)学長だったろうと私は思う.
 ただ,私が狙ったこの事業の本質は,以前にも書いたが,人員削減過程にあった教養学部の悲惨さを軽減するために公共事業をすることだった.期間限定ではあったが,その目的は達せたと思う.また,この事業をきっかけに国際本部で雇用した方は理系のために奮闘されたこともあり,全学的なプラス面もあったであろうと思う.そういう意味では,良い影響は与えられたろう.

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経済学部と教養学部の完全統合は「あり」か?(下)

 ここでは次のような問を立てた:経済学部と教養学部の完全統合,つまり両学部が1つの学部に合併し,人文社会科学研究科の下で完全に1つの部局になる,ということが起こるのだろうか?
 私の結論は多くの方の意見とほぼ同じであろうと思う.完全統合は,やろうと思えばできる.しかしやるべき場合は限定されるだろう.

 完全統合が可能であるのは,2つの学部のシステムが見た目で似てきたことによる.教養学部の方は変わらないけれども,経済学部は,まず入試の方法を簡素化した.結果としては教養学部に近くなったのである.また,複数学科を1学科に変え,その1学科内に4つのメジャーを置く,という教育システムになった.教養学部は同じく教養学科1つであり,その中に5つの専修課程を置いている.メジャーと専修課程を互換的と考えれば,1つの学部の中で計9つのメジャーないし専修がある形を考えれば,そのまま1学部に移行できる,という理屈になる.こう考えるだけなら,割と可能であることは,誰でも考えることだろう.

 一見,合併できるかに見えるが,そこから先が問題である.人社研設置により,両学部は制度上合体し,その制度をちゃんと,完璧に運用している.にもかかわらず,別々に動かざるを得ないという現実があるのである.なぜかと言えば「原理」が異なるからである.1つ前の記載で,人社研は精妙に作ったと書いた.しかし,その精妙さは木に竹をどのように接ぐかの精妙さである.形式的に一緒になっても,原理は双方の遺伝子レベルで再生産されるようなところがあり,やはり別々に動く面はある.学部合併しても同様だとすると,合併は無駄,手間がかかるシステムにするだけの話なのである.

 原理が異なる,という神秘的な言い方をしたが,その点は学部の組織原理を説明することによって分かって頂けるかも知れない.
 我が国の文系学部のプロトタイプは,旧帝大にある法学部,経済学部,文学部という主要な3学部に求められるだろう.このプロトタイプは,しみじみ考えるとかなり特殊なシステムである.
 まず法学部というのは,統治者,ないし高級官僚の養成を目的としていたようである.法学の他に政治学(行政学を含む)がある.ただ,アメリカのシステムで考えると,政治学(Political Science) は「教養学部」(College of Arts & Sciences ないし College of Libetral Arts)の中の1つのdepartmentであり,法学は実務的学問であるから「教養学部」の外側になる(ただしPublic AdministrationないしPublic Policyであれば,実務分野の並びだろう).
 法学部は,国立なら旧帝大,悪くても旧六大学にしか認められない.埼大のような新制大学(駅弁大学)は統治者養成ではないから,法学部も法学科も認められない.
 我が国の「経済学部」とは,たぶん,統治者の下で働く経済人の養成を目的としたのだろう.だから法学部より格が低い.歴史的に,日本の経済学部は経済学と商学が合体することでできており,今は経済学と経営学の混合が基本である.アメリカのシステムで考えると,経済学は物理学や文学とともに「教養学部」の一角を占めるScienceであり,経営(BusinessないしManagement)は実務的であるから,「教養学部」の外側になる.
 最後の「文学部」が分かりにくい.決して「文学」で(だけで)成り立つ訳ではない.はっきりいって法学部でも経済学部でも(また教育学部でも)ないものをまとめた,という,ある種の残余概念のように思う.多くの場合哲史文からなるが,なぜか心理学や社会学も文学部に入る.
 文学部の特徴は,簡単にはくくれない多様な,雑多な分野が並列的に存在する学部であることである.多種共存を原則とするといってもよい.そういう点は米国流の,多様なdepartmentsからなる教養学部と,感じが似ている.職業養成色のない学問が集まっている点も米国流の教養学部と似ている.
 ちなみに,歴史が最も古い東大の文学部は,現在,15の「研究室」が4つの「学科」にまとめられている.学問の実態は研究室にあり,その研究室を4つの学科に整理して見せているのである.これまたちなみに,埼大の教養学部は11の「専攻」があり,その専攻が5つの「専修課程」にまとめられている.東大文学部の「研究室」が埼大教養学部の「専攻」,東大の「学科」が埼大の「専修課程」のような機能を果たしている.要するに我が埼大教養学部の(というより多くの人文系学部の)組織のプロトタイプは文学部なのである.
 なお,文学部も,法学部と同じで,国立では格の高い大学にしか認められない.埼大教養学部はかつて,文学部を志向したらしいが,認められずに教養学部になった,と聞いたことがある.
 以上のプロトタイプは上位大学の秩序であり,地方国立大(新制大学)の秩序ではない.下位大学によくある「人文学部」について説明する必要がある.
 多くの地方国立大学(新制大学)には,文系学部が1つしかない.「人文学部」である.人文学部は人文学(Humanities)の学部に見えるが,そうとも言い切れない.埼大教養学部は,学部長会議は「17大学人文系学部長会議」であり,ここに新制の17大学の人文系学部が属している.が,その中で主として人文学(Humanities)が主であるのは,信州大学の人文学部と埼大教養学部くらいだろう.他の「人文学部」は,多様な文系分野からなっている.大学によっては「人文社会科学部」とも「法文学部」ともいう.法文学部は法律と文学からなる訳ではなく,人文学部の別名である.人文学部の多くは,要するに文系を集めた学部なのである.信州大学や埼大教養学部は,同じ大学に経済学部があるために,人文系に偏っている.
 さて,このように,新制大学には人文(系)学部が1つだけあることが多い.しかし,法学部は認められないものの,経済学部は認められることがある.1つには,旧の高等商業学校が戦後,大学の経済学部になって行ったという事情がある.そこで,新制大学にも経済学部の設置は認めるようになったのだろう.
 埼大や信州大学の経済学部は高等商業学校を前身としない経済学部である.信州大の経済学部は人文学部経済学科から学部として独立した.埼大の場合は文理学部改組時に設置された,という経緯である.しかし,経済学部であるからには,旧帝大と同様に,組織のプロトタイプは先述の経済学部なのである.

 埼大の話に戻そう.経済学部と教養学部を合体させるというのは,要するに,単一の文系学部としての人文学部を新たに作るようなものである.それで収まる場合というのは,経済学部の部分を大幅に人員削減して弱体化させた場合だろう.その場合,経済学部分野は人文系学部の中に留まるほかはない.しかし,経済学部の部分が現状と変わらず残るのであれば,結局は独立の経済学部の方向に動くはずである.そもそも部局としてちゃんとやっている経済学部を叩くというのは正気の沙汰ではない.部局であってはじめて可能な,大きな商売をやって頂くことが埼玉大学のために決まっている.
 唯一の文系学部を作る別の方法としては,教養学部を経済学部の補助的な分野に限定して行くことだろう.やろうするなら,教養学部の部分を大幅に人員削減する場合である.だがそれで埼大の文系分野はどのような姿になるというのか?
 埼玉大学全体が人員削減を進めてゆき,教養学部や経済学部が単独では存立できなくなった場合は,合併しか道はない.が,それほど状況が厳しくない場合は,「完全合併」は,気でも狂わない限り,選択すべき対象にはならないと私は思う.
 そして,学部の合併に疑問を持つとすれば,実際に設置した人社研というのは,どうなんだろう,という気持ちも湧いてくる.むろん,設置した人社研に変更を加えるべきときがあるとすれば,埼玉大学自体が大きな構造的な選択をする場合であり,当面の考慮にはならないことは道理である.

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経済学部と教養学部の完全統合は「あり」か?(上)

 平成27年度に教養学部と経済学部は大学院での統合(合併)を経て人文社会科学研究科(人社研)を発足させた.この統合は大学院部局化を(学内規定として)前提にしたので,この人社研の発足をもって部局としての教養学部と経済学部は消滅した.現状規程では,教養学部と経済学部は部局ではなく,人社研の学士課程教育組織であるに過ぎない.
 というのが学内規程の筋であるけれど,現実には,経済学部と教養学部が組織として存続し,両者はかなり意味を持った実体として動いている.両学部の設置は手付かずであるから,文科省的には両学部は従来通りである.人社研設置にあたっては私も文科省に説明に出向いたが,係官が学部のあり方について触れたことはなく,明らかに関心の外だった.実は同時並行的に経済学部の改組が文科省にかかっていたので,学部に変更はあるはずがなかったのである.
 前にこのブログで書いたが,この人社研統合は,もともとは両学部の完全統合として発想されたらしい.たぶん何れかから抵抗が出て,学部統合ではなく研究科統合になったのだろう.教養学部はその経緯の外にいたはずである.
 けれども,人社研統合の際には,役員側から「当面は研究科として合併し,将来的には学部も合併」ということが何度も示唆されていた.だから人社研統合に関する経済学部側との協議においても,当面は両学部は残るんだろう,その期間が長ければよい,という話がよく出たのである.
 両学部の完全統合,つまり両学部が1つの学部になり,人社研の下でかつての両学部が1つになる,ということが起こるのだろうか? この点がここでのテーマである.
 この記載では,まず,両学部の統合・合併に関する,私が知っている範囲での見聞を書いてみる.次の記載(下)において,完全統合することが大学にとってプラスになるのかどうかを考えてみたい.

 他学部との経緯について,私に分かるのは,学部の仕事のとりまとめに自身が関与するようになってからである.まず2000年(平成12年)前後のことである.大学(全学)の重役だった先輩同僚から,経済学部と教養学部が合併するのはどうか,といわれたことがある.まあそりゃ,ありでしょうね,くらいの返事をしたと思う.私は,「学部名も考えられますよね」という趣旨のことをいうと,「まさか,人文社会科学部ではないだろうな」といわれた.私は笑ってごまかしたが,実は当たっていたのである.
 新たな学部名まで話題にしたのだから,1回の立ち話ではなかったろう.
 まあ,そういう話があったということは,同じ考えの方が経済学部にもおられるのだろう,と想像した.しかしどなたであるかまでは,話に出なかった.
 その頃,経済学部は夜間主課程の運営に苦労している,という話があった.学部が合併すれば教養学部の教員も夜間主担当になるのだろう.ただ,夜間主だけのために「合併」まで考えるだろうか? それはないように思った.
 その後,時間がどれほど経過したかは曖昧であるが,教授会に,経済学部の夜間主を「手伝う」かどうかの議題が出たことがある.「手伝う」と書いたが,具体的にどのような形態での話であったか,忘れた.
 そのときの意見で覚えているのは私と講座が近いある方の発言である.この方は明確な反対論を述べ,発言の後にフロアから拍手が沸いた.という訳で,「手伝う」件は消えたのである.
 それから若干の時間が経過した.その頃,経済学部と教養学部は博士課程の設置を目指していた.まず経済学部が先んじて,2002年(平成14年)に博士課程を設置した.その頃,私は無理に博士課程を作ることもあるまいと思っていたのだけれど,経済学部が作ったことで教養学部の上層部の方々は落胆した様子だった.
 2001年度のうちか2002年度かは忘れたが,経済学部の博士課程設置が決まった後,経済学部の三役が教養学部長(岡崎先生)室においでになったことがある.そのとき,岡崎先生が私に同席するよう依頼した.私はそのときに将来計画委員長だったので,私でも理屈が立ったのだろう.嫌な会合になるから,お前,いてくれ,ということであると受け取った.経済学部の方は三役以外に将来計画の責任者の資格で,後の法人化2代目学長さんが訪れたと記憶している.
 案の定,経済学部の上層部からの話は長い自慢話だった.そのときの話で覚えているのは,経済学部は学士課程では社会人対応で夜間主をやり,修士課程も社会人が主であり,一貫して社会人教育をしてきた.そこが文科省(当時は文部省だったか?)から評価されて(社会人枠が主である)博士課程の設置に至ったのである,という内容だった.実務的な話はなかったので,私がいても仕方がなかった.それにしても岡崎先生もご苦労があるな,と思ったものである.
 このときに私が思ったのは,あのいい方からすると,経済学部としては夜間主を喜んで担当する,という点である.夜間主の話は消えたな,と思った瞬間でもある.同時に,当時の経済学部の執行部は,経済学部と教養学部の性格の違いを強く認識していたことが印象的だった.
 余談であるが,博士課程設置の話は笑える要素が多い.2002年度に経済科学研究科で博士課程を設置した.が,次の2003年度には教養学部の大学院でも博士課程を設置したのである.その次の2004年度には,宇都宮大学の国際学部が博士課程を設置している.後にある筋から伺ったところ,東京近辺で需要が見込める旧二期校の文系に,博士課程を認めるという方針に文科省がなった,ということであった.どこのとはいわず,博士課程の設置に関しては,「私が誰それに直談判で訴えたのでできた」とか,「自民党有力代議士の誰それに私がお願いしたからできた」という自慢話をされる方がいた.が,おそらく,そんなことは関係ない.功績が大きかったのは,頂いた機会を壊さずに事務的に詰めていった財務系のKさんなどだったろう.

 2004年度(平成16年度)に埼玉大学は法人化し,田隅学長が就任された.その年に「教員定数の再定義」が決まり,教養学部は20超のポストを削減しなければならなくなったのである.2006年度から私は,関口学部長の下で副学部長になった.長く全学の役職におられた加藤先生は評議員であり,関口,加藤,それに私で教養学部の三役(学部長補佐会)を構成したのである.この間,三役間では頻繁に会合をもって協議を重ねていた.
 意外かも知れないが,当時,関口先生が時折仰ったのは,「教養学部が経済学部と合併するのは必然だ」という点である.この考えの背景には前の「教員定数の再定義」による大幅削減があったと思う.今後も交付金が毎年減額されれば,一定間隔で教員ポストの削減は避けられない.そうした削減によって,工学部や教育学部のような大学部ならともかく,教養学部や経済学部は学部としては「やって行けなくなる」.だから合併が必然だ,というお考えであったように思う.
 「高木さんもそう思うだろう」と関口先生から言われ,気の弱い私は「そうですね」と答えた.が,私の考えはやや違った.経済学部と合併すれば教員数は確保できるかも知れないが,上策ではない.教養学部の問題は,内部の領域で教員を十分に揃えられない点にある.この問題の解決には類似学部との統合が望ましい.経済学部との合併では,間口の広さは確保できるけれども,それでは分野別の質保証もできない,という考えがあった.だから私は,他大学の類似学部との,統合は望めないものの,協力関係を進めることに熱心になったように思う.

 さて,話は飛んで2013年度(平成25年度)の早々に,教養学部の教授会で経済学部との研究科合併(統合)の話を聞くに及んだ.そのときに私の頭をよぎったのは関口先生の「理論」だった.だから,もし全学執行部が削減を進める状況を考えているなら,経済との統合も仕方ないかも知れない,という意見を,例えば仁科先生などには申し上げたような気がする.
 ただ話が進むうちに,どうも,全学執行部は教員ポストの削減を考えているようではないことが分かってきた.だから「何のための統合か」と私はいぶかしく思い始めた.文科省が,部局の壁を越えた再編をやれといっている,その再編の事例を計画に入れるために経済との研究科統合をやれといっているらしい,と分かってきたのである.
 正直,実にアホくさいなと思ったものである.
 この当時の問題は,新研究科で部局として統合する,という話はあるけれど,その統合をどこまでやるのか,何を整備しないといけないかを誰も説明しなかったことである.役員から伝わる話も,結果としては一貫性に乏しかった.役員が学部に説明に来た折,形だけでも統合するといったことをいわれたように思った.そこで役員が再度訪れた折に「形式的に一緒になるということだったと思いますが?」というと,「そんなことをいったことは一度もない」という.ではシリアスに統合を考えると,調整すべきことが山ほどできる.研究科設置のために新たな人事計画を進めることになるが,教員は授業を学部でも出すから,学部の格好が研究科に引きずられることになる.では学部の方の計画も同時に進めなければならないはずである.
 一度,当時の教養学部長に私は話しに行ったことがある.部局として統合するのはやることが多過ぎて無理だ,せめて共同の研究科を作るだけにして,部局化については拒否すべきだ,と私は話した.前学部長の私がわざわざいいに行ったのであるから,その場合,こういう訳で大丈夫なんですよ,とか,こういう事情で受けざるを得ないんですよ,という説明があるかと思った.何もなかった.単に「部局としての統合を止めることは考えない」という趣旨のお返事だった.全般的なこの説明の少なさも,学部内の不安を高める結果になったように思う.ただ後から考えると,学部長に悪意があった訳ではなく,その時点では,誰もなーんも考えていなかったんだろう.
 年が2014年に変わった頃,私は次の2年度の学部長に再びなることに決まった.その段階で私が考えたのは,研究科とともに学部の方も設計し直すことだった.正論からいうと,そうする以外にないはずである.
 ただ,次期学部長になると事務方から正確な情報が入ってきた.その中で,経済学部は文科省と学部の改組を既に協議している,という話があった.私は驚いた.仮にこれから部局として統合する,その計画を作るというなら,学部と大学院は連動するから,学部の改組は,新部局の計画が定まるまでは止めてもらわないといけない.経済学部が改組していることを知っていて,大学の執行部は新たな部局を設計しろというのか? それはない.
 この時点で私は状況がやっと飲み込めた.ちゃんと統合しろ,形式的でよいといったことは一度もない,と役員がいったのは,自分では責任を取りたくないという,ある種の小役人反応だったんだろう.経済学部が既に学部の新たな計画を進行させている,そのことを執行部も知っているということは,新たにちゃんとした組織は,少なくとも当面は作らなくてよい,という含みと考えるしかない.いい加減でいいのか?と聞かれたら,その責任を取りたくないから「そんなことはいったことがない」という返事になるけれど,その返事は,「いい加減にやるかどうかはあなたの責任でおやりください」という意味だったんだろう,と理解した.
 そうと分かれば,学部を含めて設計するなど笑止である.早めに研究科の組織だけ理屈をつけて「一丁上がり」にすればよい.しかも平成27年度設置と決められてしまったので時間がない.要するに当面の研究科設置だけがクリアできればよい,と考えるしかなかったのである.
 などと書くとかなり雑な作業をしたように聞こえるかも知れない.しかし経済学部にしろ教養学部にしろ,作業に当たった人たちはまじめで有能であったので,当初予想したよりもかなり精妙な研究科組織が出来上がった,というのが私の印象である.結果として,現状の学部組織とうまくつながるように出来上がった.逆にいうと,ここから変更を加えようとすると,研究科組織も学部組織も作り変えになるので,人社研設置よりもはるかに面倒な作業にならざるを得ない,つまり動かすのは難しくなったのである.

 冗長に書いてしまったが,経済学部と教養学部の合併・統合に関し,私が見聞したのはこの程度である.実体としては大した経緯はない.しかし合併というアイディア自体はずっとあったのである.そして時の大学執行部は,この合併アイディアを出しやすい顔ぶれだったように私は思う.

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人文系学部が分かりにくい

〇教養学部

 1つ前の記載で,教養学部の主日程の志願倍率が低いんでないの?という話を書いた.その志願倍率を調べた際,ついでに埼大ホームページの教養学部のページも見てみた.今は教養学部は自らをどのように表現しているのか,興味があったからである.
 ホームページでは,教養学部の紹介の箇所に「教養学部の教育がめざすもの」という項があった.教養学部を紹介しようとするときの中心的なメッセージがそこに載るはずであろう.
 これがひどく分かりにくい.以下である.

教養学部の教育がめざすもの
国境を超えてくり広げられる人とモノの行き来から、日々のSNSでのやり取りまで、より自由に交流を楽しめるようでいて、どこか不確かな現代の社会。だからこそ、時には分かり合えないことの絶望を、時には理解できた喜びをかみしめながら、人間への理解を深めていく必要があります。教養学部は、文化と社会という二つの基本的な視点から、人間の過去と現在について深く、幅広く学ぶところです。自分の考えを的確に他者に伝え、他者の考えをしっかり受け取る練習を通じて、学んだことを生かし、人や社会、地域の間を橋渡しする人を育てたい ― これが教養学部の教育の目標です。

 まず書き方が分かりにくい.冒頭にトピックセンテンスを出すのが常道であるが,逆に読み手が誰も関心を持たないような余計なことをグダグダ書いている.これでは人は読み飛ばす.第1文が「不確かな現代の社会」といっているのに,第2文は「人間への理解」に跳んでしまう.結論は第3文であろうが,これも分かりにくい.「文化と社会という二つの基本的な視点」,えっ,社会と文化は「視点」などではないでしょう.「人間の過去と現在について深く、幅広く学ぶ」,未来がなぜないんだ,というのはよいとして,「人間の過去と現在」といったら,要するに歴史だろ? しかも第4文が,書く意図は理解しますが,その前とつながらない.
 要するにまとまらないことを分かりにくく書いてある.しかも,想定する読み手が興味を持ちそうにない.

 その後で,5つの専修課程をなぜか3つに大別して説明しているのが,もとの5つを書くのに比べてひどく分かりにくい.第1に,「グローバル・ガバナンス専修課程」と「現代社会専修課程」をまとめたつもりで「国内外の社会やメディアの問題,世界各地の多様な人々の暮らし」と書く.これ,まずグローバル・ガバナンス専修課程を完全に抜かした書き方である.「国内外の社会やメディアの問題」というのがいかにも間抜けな,気の抜けた表現であり,その後の「世界各地の多様な人々の暮らし」と一つの塊をなすようには見えない.第2が,哲学歴史専修課程を「今ある世界が作り出されたプロセス、その中で生まれた思想や芸術」といっているのであるが,なぜそんなまだるこしいことをいうのか?と思わせる.単に歴史や哲学の方が受験生には分かる.第3が,「ヨーロッパ・アメリカ文化専修課程と「日本・アジア文化専修課程」をまとめて「言葉や文学・文化を軸とした、自文化と異文化の理解」という.この「軸とした」って何だろう? 「言葉や文学」は「文化」と思うが,分けて書く意味があるか? 「文化を軸とした,自文化と異文化の…」というのも,言葉として変だろう.単純に「地域文化」といった方が分かる.

 他学部はどう書いてあるかと,見てみた.結論としては,分かりにくいのは教養学部だけである.
 まず,職業訓練色の強い教育学部と工学部は,冒頭でその人材養成目的を明確に表現している.

教育学部:すべての学生を多様な学校種における主体的で豊かな人間性を身につけた力量ある質の高い教員に養成することを目的としています。
工学部:埼玉大学工学部では、現代社会が遭遇する諸課題を科学技術の立場から解決し、未来の幸福な社会の構築に貢献できる、世界に羽ばたく科学技術者・研究者の育成を目指しています。

きわめて分かりやすいのは,人材養成目的が制度上明確だからである.
 ある意味教養学部と似ている理学部も,分かりやすい.

理学部:理学部とは,自然のしくみを解明しようとする学問分野が集まった研究・教育の組織です.

実は数学は「自然科学」ではないのですけれどね.ただ,Scienceの本質は神が作り賜うたものの解明にあるから,数学は自然そのものを扱う学問ではないとしても,Scienceの最たるものといえるかも知れない.

経済学部(学部長挨拶):経済学部では,社会のあり方を幅広く学びます.

経済学部が単に「社会のあり方」でよいのか,とつっこみを入れたくなるけれど,まあ,分かりやすい.
 こう考えると,教養学部だけが分かりにくいのである.

〇人文系学部

 上では埼大の教養学部だけをやり玉にあげてみた.しかし,あえていうならば,実は地方国立大の人文系学部はどこも,他の学部にない分かりにくさがあるのである.
 その理由はごく単純である.我が国の伝統的な学部構成では関連がはっきりしない分野を,1つの,特異な「学部」という組織にまとめている.ただ,人文系学部は特に,その中に入る分野が細かくて数が多い.だから全体をまとめるにも理屈が難しい面がある.
 他大学のサイトの記載を眺めてみたが,多くの大学の人文系学部では,単に人文学(と社会科学)をやる,といった言い方で逃げている.その方が無難なのである.
 ところがいくつかの大学では,まじめに,思索をめぐらせ,学部の内包的定義を与えようとする.そうなるといくぶん,神がかった表現にならざるを得ない.
 私が見た中では,千葉大の文学部の表現が,一番,まじめともいえるし「逝ってしまっている」ともいえる.次である.

千葉大文学部(学部の概要)

計算(はか)りきれない人間の心と行いを探知(はか)る

自己を知り、世界を知り、自己と世界の関係について学ぶこと。自分の生きていく方向や自分を託す世界の進み方、自己と世界との関係の作り方を模索することが文学部の目標です。

 雰囲気としてとらえれば練れた表現と感じるかも知れないが,しみじみ考えると分からない世界である.たぶん,「計算(はか)りきれない人間の心と行いを探知(はか)る」というコピィを考え付いた人は自己満足に浸ったかも知れない.しかし,一風変わった人たちの自己満足である.
 人文系は Humanities をやっているから「人間」といいたいのだろう.けれど,「人間科学」といえば人文系以外を指すし,医学などは人間そのものである.

〇まとめにくいものをどうまとめるか?

 今回,教養学部ホームページを見て気づいたことは,私が学部長の頃は「グローバル」で学部の特色を付けようとしていたのに対し,グローバル色がほぼ消えたことであろう.確かにトップページには「教養学部が育てるグローバル人材」というバナーがあるが,グローバルはその一角に隔離されており,学部そのものの説明の中にはグローバル色はない.
 教養学部は,予備校資料では人文系でも登場するが,国際系でも登場する.国際色で志願者を一定程度集めていたのが現実だろう.しかしこのような自己呈示を教養学部がするなら,国際色で埼大教養学部を考えた受験者は,他を選ぶだろう.
 ある意味,所属教員の本音に戻った,といえる.私が学部長だった期間がある意味,特異だったのである.
 ただ,グローバルに限らないのであるが,学部として一定の方向を目指していることを前提に,その方向で学部を特色づけない限り,この程度の規模の人文系学部は注意をひかず,世間からパスされて終わる.
 教養学部が大きな規模を備えた人文系学部であれば,「人文です」で通る.しかしこの小さな規模,一つひとつの分野を取り出せばどれも単体では商売にならない,そんな集合体の人文系学部では,中堅私大の人文系学部と比べても見劣りするだけなのである.誰がここを選ぼうか?

 私自身はずっと,教養学部は類似した内容の学部,例えば宇都宮大学の国際学部のような学部と統合するとよい,と思ってきた.類似学部との統合によって,各分野の陣容を拡張できる,それによって商売になる分野を作れるからである.ただ,統合無しで,このまま単体で教養学部が生き残ることを考えるなら,グローバルなりなんなり,学部の特色とすべき方向性を定め,学部全体としてのプログラムを中心に据えるような措置が必要に思える.

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教養学部は生き残れるか?

 確か国立大の一般入試志願者は確定している時期だと思い,過去の習性で埼大の志願者数の資料を眺めてみた.私には衝撃的に映った.教養学部の主たる日程である前期の倍率が2.2倍(251名)とあった.ここまで下がったことはなかったのではないか?
 他学部を見るとそれなりに健闘している.悪いのは教養学部だけであったことも嫌な要素である.
 2.2倍は,東京からの遠隔地であれば驚くには当たらない.だがこの数字は,北関東の国立大文系学部にもない低倍率である.
 まだ余裕がある時点での低倍率であれば,さほど深刻ではない.時に上下は生じるものである.しかし2017年,2018年は受験者人口減少の入り口にあたるだけに,今後に不安が残る.

 といっても,この低倍率については,ベネッセか河合塾から教養学部執行部に説明がもたらされるだろう.心配すべきか否かはその説明による.最近では平成27年度入試でも,2.4倍(296名)という低倍率を経験しているのである.このときも衝撃だった.平成27年度の場合,センター試験の科目別の平均点の事情で(だと思ったが),志願者が茨大の人文学部に流れた可能性が高い,という説明が提供された.だから同じ低倍率は続かないという確信がそのときは持てたのである(実際そうなった).それと同じようなことが今年あったとすれば,近隣で倍率がかなり上がったのは千葉大の国際教養学部である.だから何らかの事情で,埼大教養学部を受験しそうな学生が上を目指して千葉大に流れた,といったことがあったのかも知れない(なかったかも知れない).まあ,受験産業から説明は提供されるはずである.

 私が学部長だったときに,一番気になったのは学部一般入試前期日程と,大学院修士課程の志願者数だった.それ以外はまあ,気にしても仕方ない,何とかなる,と思えたし,悪くてもダメージは深刻ではない,という認識だった.学部の前期日程と修士課程については,出願期間になると毎日,志願者数を確認したものである(確認して増える訳はないのに).学部前期日程については,まず志願者が300人に達すればある程度安心し,その後は倍率が3倍に届けと願ったものである.愚かであろうが,そんな願いで状況を眺めていた.普通は,なんとか300名には達したように思う.しかしなかなか3倍には届かなかった.やはり私が学部長だったときの平成28年度入試では,倍率が3.6倍,志願者数が夢の400越えの444名に上った.この時にはかなり嬉しかった.が,次の29年度入試では倍率が3倍をまた割り込んで2.8倍だった.だから今回は盛り返すべきだったのに,逆にひどく倍率が落ち込んでしまったな,という思いがある.
 教養学部の構造的な弱点を私はこのブログに書いたことがある.ただ,私が在職中に常に念頭にあったのは,そうした構造的弱点以上に,「全国から志願者を400名集めることができない学部」という思いだったのである.国立はそんなものともいえるけれども,私大の状況に詳しい人なら笑い出す数字だろう.それだけ,受験市場の中で存在が小さい.
 国立大学はまだ護送船団方式が継続している(階層化された護送船団であるが).だから,国立大受験者層という小さいパイの受験者が,偏差値と分野,それに多少の地域考慮で受験先を選ぶ.そうやって埼大教養学部を選ぶのが全国で400名足らず,ということである.だから,埼大教養学部に良い学生が入ってくださっていると思うけれど,固有の意味で埼大教養学部志願の学生というのは,ほとんどいないように思えてならない.その点は中堅以上の私学との違いである.しかも商売の実績規模が小さい.こんな状況で受験生人口の本格的な減少を迎え,かつ国立の護送船団が崩れていったなら,教養学部は荒波に飲み込まれて消えてしまわないか? 私が長いことぼんやりと不安だったのはその点である.

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文理融合

 昨年(2017)の5月頃,このブログで「融合」という記載を書いた.
http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2017/05/post-56fd.html
当記載はその二番煎じである.

 文理融合,ないし何とか融合という言葉が埼大で一時躍った.この件は私が学部長をしていた段階で,工学部と経済学部の話と説明され,教養学部の私はその経過も存じ上げない.たぶん学長としてはいろんな部局を巻き込むのは申し訳ない,というお気持ちがあったのだろう.だからそれでよい.その後,その経過は耳に入らなくなり,「そういえば,あれ,どうしたんだろうね?」などと時折人と話したものである.たぶん昨年度辺りに何とか形にしたのだろう.どういう形になったかであるが,人の口にも上らないから,冴えた話にはならなかったように思う.それでも,まあ,仕方ないなと思う.
 文理融合の件を大学が課題としたのは,機能強化か何かの申請に書き込んだからだろう.その段階で書き込むことは非難はできない.文科省が新領域ないし融合領域の創成を掲げていたのは確かであるし,埼大の機能強化プランは文科省の言うことを可能な限り取り込む戦略に従っていたからである.問題は具体的なプランを後回しにしていたことであるが,経過からすればこれも仕方ない.結果は冴えないとは思うが,これまた仕方ない.つまり決して誰かを非難することはできないだろうと思う.
 とはいえ,この件は終始もやもやしたままだった.そもそも文理融合の概念に詰めがなかったことがもやもやの原因だったろう.

 経過を眺めれば,文理融合の「文理」と「融合」の2つの言葉についてもっと整理しておいてよかった.

 第1に指摘すべきは,この点はひと昔前に教養学部の教授会でも話題になったことがあるが,埼玉大学で「文理融合」という場合,具体的なイメージは実は「文工融合」にあったことである.
 埼玉大学では,伝統的に,「文工融合」を文理融合といってきた.「理」が広く「文以外」だったのである.どこの大学でも同様,とは言えない.大学によっては明確に「文工融合」という.そういえば分かりやすい.
 考えてみると,昔から埼大では,学長候補になるような方は時折「文理融合」を口にしていた.しかしそう仰る方はほとんど工学系の方である.例えば法人化初代の学長さんは理学の化学の方であったが,文理融合などとは仰らなかったはずである.物理や化学をやっている方が,文系と融合することはまず発想しないだろう.理学は文系と同じで,ディシプリンの体系の完成を目指す.乱暴な言い方をすれば,対して工学は,結局のところ便利なモノ,便利なシステムが作れればよいのである.工学の多くは理学応用と思うが,別に理学でなくても構わない.だからいろんな領域との融合が言える.何とか融合というのは,たいがいは「〇工融合」である.という訳で,文理融合といってしまうと,イメージが変な方向に向く面がある.
 理学部と工学部を一緒にして理工学部を作ろう,といったときには「理工融合」ということがある.埼大で理工研を作るときにも理工融合といったかどうかは存じ上げないが,いっても不思議はない.現状で盛んなのは「医工融合」である.医学も治療にかかわる応用部門が大きい訳だから,工学と似ており,結び付くのは自然である.背後の産業規模の大きさを考えると,今後も医工融合をうたう流れは続くだろう.また,「芸工融合」ということもある(言葉としては「芸工連携」くらいにすることが多いと思う).デザイン部門と工学が結び付くことは自然であるから,芸工融合も分かりやすいのである.
 「〇〇融合」という場合,どのような教育課程,ないし研究組織を作るかを考えてから,その課程/組織をアピールしやすい〇〇融合の表現を考えるのが普通である.その普通の手順がなかった,という点が,話が分かり難かった理由の1つだろう.
 
 第2に言えることは「融合」という言葉の異様さである.体系的に出来上がった学問領域(discipline)の,常識的な意味での融合など,私は想像できないしあり得ないことだと思う.だから「何とか融合」という言葉を使えば,普通の人は「いったい何をするんだ?」といぶかしく思う.埼大の外側で使っている言葉であるから埼大だけではどうしようもないが,融合という異様な言葉が何を意味するかは整理しないといけなかったろう.
 「融合」という日本語に相当する英語は何かと考えると,私の英語力では fusion くらいしか思いつかない.ちなみに核融合は英語で nuclear fusionである.よく半ば冗談で,「文理融合」って英語でなんて言うんだろうね?と私は口にしていたが,明確な回答は聴いたことがない.大学組織に関する英語表現として,この「融合」に相当する語として,私は interdisciplinary 以外の言葉は思い出せない.
 先ほどググってみたが,文科省の「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の英語名称は,Creation of Innovation Centers for Advanced Interdisciplinary Research Areas Programだった.だから「融合」はinterdisciplinaryでよいのだろう.しかしinterdisciplinaryは,通常,学際的と訳する.学際,と言われれば何のことかはよく分かる.教養学部には多数の学際領域があるから,馴染みがあるのである.しかしその学際領域で,構成要素の学問領域が融合する,混ざることなどあり得ない.混ざったら学問にならない.
 文理とか融合の言葉が何を意味するか,最初に整理がなされれば,もう少しいろんな人が意見を言える展開になったように思えてならない.

 ついでにもう1つ.文理融合なる言葉はたぶん一般の人も理解していない.と私が思うのは,経営協議会委員の方の発言の中にも,文理融合は,理系(文系)の学生が文系(理系)の学問を学ぶこと,くらいの了解であるととれることがあったからである.文理融合とは,たぶん,特定の理系分野と特定の文系分野を組み合わせて意味のある学際領域を作ることであり,単に文系理系を両方学ぶことではないだろう.ただこの軽い意味,つまり文系理系の両方を学ぶことということだと,私は大いに意味があると思っている.
 私は長く,教養学部という文系学部にいた(正確に言うと,昔は教養学部にも理系はあったが).それで思うのは,教養学部の教員も学生も偏っていることである.単に文系ではなく「ド文系」と言いたくなる.バランスが悪い.悪いのは論理的思考が弱いことである.
 理系文系の両方を学ぶと言えば,多くの方は教養教育を連想する.先述の経営協議会委員の方の発言も,教養教育の文脈でなされていた.
 教養教育は学士課程教育の最低ラインを指す.この最低ラインを超えて,文系理系の両方を学ぶことを選択できるようにするのが,リベラルアーツである.私は学士課程のリベラルアーツ化は望ましいことと思う.リベラルアーツ化は専門教育の放棄とは次元が異なる.
 特定の文系と理系の領域を組み合わせる課程(ないし研究領域)は,大学院研究科に適した体制であることはいうまでもない.学士課程は広く学ぶ,大学院の課程は専門的に学ぶことが本義であるからだ.

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相撲協会の件

 相撲協会の理事会の決定なるニュースが昨日流れた.さすがに呆れた.相撲協会はあのような暴行事件を内部処理し,関係者の示談で片付けたかった,としか思えなくなった.なんというか,組織というのは内部で問題への対処のシステムを持っていることが多い.しかし,組織の外側のルールに抵触した事例が出た場合,外側のルールを適用するのが当たり前である.それを内部ルールで処理しようというのは,洗練されていないムラ社会の論理というものであるが,そのムラ社会論理の典型を目にして呆れるばかりである.
 しかし,そういう,泥臭いムラ社会要素は,大学もあるかも知れないね,などとも思えた.
 やや風邪気味であるせいもあり,そのまま居間で横になると,いつしか寝入ったようであった.

 さて,12月のある日,ここ西荒川大学では,文化創生学部長の私,東松山亀次郎に,昼過ぎに学部の事務方から電話連絡が入ったのである.急に学内人権問題管理委員会を開催するという.何の話かと学部の係長に聞くが,特に何も伝わっていないとのことであった.1時間ほどして,本部棟5階の会議室に,私を含め,関係委員が参集したのである.
 議長である学長は本日の案件の議題のみを述べ,その概要の説明は某部長に投げたのである.ことのあらましは某部長が説明した.
 よくある話ともいえるし,変な話ともいえる.平たくいえば,学生間で強姦未遂,ないし婦女暴行未遂があった,ということである.ただし状況に特殊性がある.双方の当事者が留学生であることであった.被害者と想定される女性は,英語圏の協定校から交換留学で西荒川大学に滞在している学生である.だからどこかの部局に属している訳でもなく,管轄は国際本部ということになるのだろう.加害者と想定される男性は,日本ジャマイカ国際開発銀行の日本留学プログラムで本学が受け入れた学生であるという.このプログラムの性格上,受け入れているのは融合土木研究科であるとのことだった.この学生は某開発途上国の公務員であり,母国ではエリートに属するらしい.それで何をしたかというと,ある程度顔見知りになった後,加害者が寮の自室に被害者を呼び,2人だけになったところで思いを遂げようとして抵抗された,ということであるようだ.ようだ,というのは,事実関係の確定が済んでいないためである.
 ここまでの概要を説明したところで,某部長は,実はこの件は既に警察の取り調べるところとなっている,と説明した.
 この当事者同士で,謝罪をするかどうかについて,問題の日以後に接触があったらしい.被害者から相談を受けた留学担当の先生が,加害者の所属研究室の先生を介して謝罪の協議をしようとしたのだろう.しかし,加害者と想定される男性はそのようなことがあったことを否定し,話は一向に進まない.そこで,被害者の意思を確認した留学担当の先生が付き添って,警察に事情の説明にいったものと思われる.
 ここで会議では何人かの高官から発言が出た.本学の危機対応マニュアルの公式の手順では,問題が生じれば速やかに大学の本部(総務部)に連絡をしなければならない.なのにある教員(たぶん留学担当の先生)は,大学に連絡もせずに警察に話に(付き添って)行っている.これは手順がおかしい.加害者を受け入れていた融合土木研究科所属の委員は,いきなり警察に行ったその教員に問題がある,と主張する.その教員は本学の専任なのだから,まず本学のルールに従う義務があるはずだ,という.
 いや,その先生はそれで正しい,と某文系部局の委員が反論する.その先生の本体業務は相談に来る留学生に寄り添うことである.大学の管理の下働きをすることではない.私がその後に意見を続けた.警察の関与を希望するかどうかは被害者個人だけが判断できることである.大学にお伺いをたてる筋などまったくない.ルールがどうのというのは,ルールの方が不完全なだけであろう.
 この種のやり取りが進む中で明らかにされたもう一つの事柄は,日本ジャマイカ開発銀行のプログラムのエージェントが管轄の西荒川警察署と,やり取りというか,交渉を始めているらしいことである.ええ,そんなのありか? じゃ,加害者側は弁護士付きなのね,という白けたムードが会議に漂ってきた.
 日本ジャマイカとしては,自社のプログラムの学生が刑事事件を起こしたという記録を残したくないのかも知れない.あるいは,相手国との微妙な関係があるのかも知れない.
 じゃ,大学がどうのという話では,ハナからないのではないの? 問題は結局,西荒川警察署と日本ジャマイカとの交渉に委ねられるんだろう.で,結局なんでしょ,その日本ジャマイカ開発銀行のプロジェクトで,ウチの大学もお金もらっているから,サーヴィスさせられているだけなんじゃないの,と私は言いたかったが,言うのをやめておいた.まあ,情けねぇが,ウチの大学がどうこうする問題ではない,ということである.大海の荒波に翻弄されるだけの,みじめな小舟かよ,ウチの大学は,という,みじめ感が漂う光景がそこにあったのである.

 では今日の会合は,以上の経過を伺うだけなのか,というと,そうではなく,一件だけ,確認をしたいという.加害者が警察から釈放された場合,住居の位置関係から,両者が授業に行く途中で接触する可能性がある区域がある.この区域について,相互に接触しないように双方に注意を促す,ということでよいか,という確認であった.
 それはまずいだろう,と私が言う.警察の扱いがどうなるかは分からぬが,加害-被害の関係は明らかである.この場合,加害者の方に接触が起こらない経路を取ることを求めるのが普通である.通常の学生生活をするなら,両者はいろんな場所で接触する可能性があるのだから,加害者に所属研究室に行く以外の行動の自由は認めるべきではない.
 某高官はこれで腹を立てたらしく,立ち上がって,お前は本学を陥れるつもりか,と叫ぶ.そんなつもりはない,と言って私も立ち上がる.ここで某高官が合図すると,帯刀した男5人が部屋の中に入ってきたのである.何れもハチマキをしており,ハチマキには「西荒川大学 命」と書いてある.うち一人がいきなり抜刀して私に斬りかかる.私は右手に持っていた文鎮でその刀を受けるなり,文鎮で相手の額を打ち据える.男はぎゃっと昏倒するが,別の男の太刀が私の右腹を切り裂く.このままでは斬られる.すぐに窓を開けて外に飛び出したが,ここは5階であった.うわぁーっと落下する感触の中で私の意識は消えていった.

 と思ったところで目が覚めた.夢か,夢だったのか.一瞬呼吸を整えながら私はやっと立ち上がった.お茶でも飲んで一服してみよう.そう思って私は台所に行って急須を探した.

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人文系学部長会議共同声明2015

 1つ前の記載で,教員養成・文系部局の削減を求める文科省通知について書いた.その記載の中で人文系学部長会議が反対の声明を出したことにちょっと触れた.この会議には私も学部長として出ており,声明に名前を連ねている.2015年のことである.面白い要素もあるのでこの声明に触れてみたい.
 この声明では「この文部科学省の見解に対しては,国立大学法人17大学人文系学部長会議として強く抗議する。」と述べている.ここだけを取り出せば強い調子の抗議である.ただその意とするところは,「文部科学省は,人文社会科学の存在意義を踏まえ,一律に人文社会科学系学部・大学院の改革を迫るのではなく,それぞれの大学の特性に応じて柔軟に支援していくことを強く要望する。」というソフトな内容である.
 この学部長会議であるが,私が出席した6年間(年1回)でも,声明を出すという話は時折持ち上がっていた.私が出ていた期間では,2010年の夏に「緊急声明」なるものを出しており,私も名を連ねている.2010年の声明は,政策的経費予算を大幅に削減するという閣議決定を受けてのものだった.当時は民主党政権になったときであり,政策に疎い人たちの政府であるから,政府が財務省の言いなりになっていた時期である.告示通りの削減率を国立大学の予算に適用すると国立大学はひどいことになる,という当時の危機感を背景にした声明だった.いろんな種類の会議が同種の声明を出したのではないかと思う.
 この2010年の声明と,2015年の声明とでは根本的に性格が異なる.2010年の声明は,要するに文科省にちゃんと予算を取ってきてくださいという,おねだりの声明である.だから文科省との対立はなく,予算を取るうえでもこういう声明があった方が文科省も有難いだろう.しかし2015年の声明は親分筋の文科省に抗議しているのである.

 人文系学部長会議は例年,10月に開く.夏頃から議題の連絡は来ていた.その連絡で,文系削減に抗議する声明を出すという話は事前に伝わってはいたのである.
 実は私は声明を出すことに乗り気ではなかった.
 第1に,言ったところで文科省は聞かない.件の文科省の通知については既に多くの批判が出ており,極めつけは経団連による批判だった.まあ,大旦那風の経団連と文科省小役人との格の違いを見せつける局面だったと思う.文科省を擁護する意見はなかった.それでも,文科省はあの通知の撤回は拒否していたのである.通知の決済をした人たちの立場があるから,役所としては撤回はできないのだろう.だから学部長会議が批判の声明を出しても無駄だとしか思えなかった.
 第2に,実利的に考えるとやめておいた方が無難と思えたことである.あの時期,多くの国立大学(の人文系学部)は改組を含む文科省との折衝を控えていた.埼大は,その時点で既に済んでいたから実は構わない.しかし多くの人文系学部はこれから折衝をする,ないし折衝中なのである.そんな中で抗議声明を出すことが,人文系学部に有利に働くという楽観論もあるかも知れないが,折衝自体がぎくしゃくするリスクも抱えることになるだろう.結果を個人で受け取るなら構わない.が,学部組織が結果を受け取ることを考えると,抗議声明を出すことはリスキーに思えたのである.

 学部長会議は2日にまたがる.会議時間の多くが抗議声明の件に費やされた.といっても,抗議声明を出すことへの反対論はまったくなかった.文言をどうするかに時間を費やしたのである.
 会議では声明を出すことへの賛成論が思ったより続いた.声明を出すべきと考える理由は,1つ前の記載で私が文科省通知を不可解と思ったのと,趣旨としては同じようなものである.「文科省があまりに見識がない」という表現を覚えている.確かに,以前であれば,思ってはいても文系を削減すべきなどと口にする阿呆は文科省の役人にはいなかったろう.しかしその後,文科省が国立大学をいじるのが常態化した.そうした状況から削減という通知になったのだろうが,私は単純なミスだったように思う.
 という経緯で,2015年10月9日付の「国立大学法人17大学人文系学部長会議共同声明」が採択されたのである.これから文科省折衝をする当の学部長さんが賛成しているのであるから,私にも異論はなく,賛成した.賛成はしたものの,この声明は文科省から軽く無視されて終わるのであろうと予想した.
 しかし思わぬ伏兵というか,忖度茶坊主が埼大の中にいたのである.

 人文系学部長会議があったその10月の後半に全学運営会議がある.学部長会議の議事に関する情報は全学運営会議で報告するのが通例になっている.だから声明を採択したことを含めて私が簡単な箇条書きメモを書き,全学運営会議の資料として事務長を通じて全学に送ったのである.
 ここからがおかしい.この報告に資料は付けないと大学の本部(全学の総務)が言ってきた,と事務長が私に言う.報告は口頭で行うものだと言っているという.そんなアホな,昨年度もこの時期,私のメモをそのまま資料に付けて全学運営会議に出したではないか.ちゃんと資料に載せるように本部に言ってくれとお願いした.
 その全学運営会議に出てみると,私が出した文書資料は出ておらず,私の報告は「口頭」と議題紙には書いてある.総務はどうしても口頭にさせたかったのだろう.資料を紙で出したはずであるがどうしたのか,と私は逆らう.総務課は、用紙で書く場所が違うので載せなかった、と答える。「そんなことあるのか?」と後ろにいた事務長に聞くと「初耳」と答える.当初は「口頭でするものだ」という理由がこの場で変わったのであるから,苦し紛れの嘘だろう.私は何度も,報告内容の紙は総務に行っているはずだというが,ちゃんとした答えはない.普通なら議長の学長が,紙があるならコピィして配ればよいだろうというと思ったが,学長は口頭でやれという.口頭でやったら総務の注文に乗るだけである.議事録には単に「口頭で報告があった」と彼らは書くだろう.「紙に書いて出したものは覚えていない」と答えて,報告は無しにした.
 会議が終わって帰るときにナントカ課長が済みませんと言ってきたが,何を謝っているか不明である.起こったことをそのまま議事録にすることを,私は念を押した.
 その議事録の文面が次である.

10. 第15回国立大学法人17大学人文系学部長会議について

教養学部長から、報告のための資料を提出したが掲載されていない旨の発言があった。総務課から、議題確認の際に議題の報告内容の記載があったが、資料の添付がなかったため、口頭説明と判断し、議題のみ掲載した旨の説明があった。報告はなされなかった。

 議事録では「資料の添付がなかった」というが,明らかな嘘である.
 彼らが何を考えたのか,私にはどうも分からなかった.学部長会議で声明を出したことを文書に残すのが嫌なのか? しかし,埼大の全学運営会議の議事録など,誰も見るはずはないのである.
 彼らとのいざこざは,今年(2015)に入って3度目であることが思い当った.1回目は,なんとか子さんの講演会を教養学部が開くことを決めたことにつき,その講演者が実刑判決を受けたというネット上のフェイクニュースを信じて学長に持って行き,学長のお言葉を伝えてきたときである.次は,秋に入って学長選考会議があり,そこで学長任期を伸ばす原案を作ってきたのが彼らであり,その案に私は会議で粘って反対した.それが2回目である.そして今回の件が3回目だった.いかに学長に気に入られていたとはいえ,やることが忖度茶坊主としか言えねぇな,と思ったものである.

 まあ,埼大はこの程度だった.その後,それとなく聞いた狭い範囲で言えば,似たような忖度茶坊主は多くの大学の本部にいたようである.大学によっては文科省から直接,何かがあったという.他大学のことだからここでは書かない.
 単に無視されて終わると思ったあの声明は,文科省(の誰か)が結構嫌がっていたのかも知れない.
 余計な話であるが,法人化以来の傾向を私が眺めた感じでは,学長のリーダーシップが強いということになっている時期は,学長が決めるというより,その周辺の茶坊主然とした方々(方?)の権力が強まるのが実態であるように思う.しかもその結果がよろしくない.そんな思いがふと沸いたのがその2015年度だった.私は学部長をその年度を最後に辞めたので,実際にどうなったかは私には分からない.

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教員養成・文系部局の削減

 2015年の6月に文科省から国立大学に対して「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知が配られた.この通知の中に,ミッションの再定義を踏まえて組織改革をすることを促す段落がある.その次の段落が「特に教員養成系学部・大学院,人文社会科学系学部・大学院については,…,組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」という文章だったのである.文系学部の運営に係わった方はよく覚えておられると思う.この通知によって,文科省は国立大文系を廃止するつもりであるという観測がすぐに広がった.随分前のことのように感じるが,まだ2年しか経っていないことに驚く.
 文系廃止ととれるこの通知に対しては,やはりご存じのように,日本学術会議(幹事会),一部新聞,人文系学部長会議が異論ないし抗議の声明を出した.極めつけは経団連の声明だった.経団連の立場は文科省の考えの対極にあると明言したからである.要するに文科省の見識への風当たりが強くなったのである.
 この風当たりに対して文科省は「文系をなくそうとしているというのは誤解だ」という趣旨の論調を重ねたと思う.しかし文科省はこの通知を撤回したり出し直したりすることは拒否だった.「誤解だ」という主張の論文(執筆者は鈴木なんとかいう方であり,お役人ではなく審議官のような肩書だったような気がする)を私も読んだことがある.文科省が文系を廃止なり削減しようとしているというのは誤解である,というのが主旨と思いきや,最後の方でははやり文系は転換する必要があると書いていたので,詐欺のような文章だなと感じたものである.

 この通知があったときは私は教養学部という文系学部の学部長だった.なので状況は把握していた.ただ私はそれほど深刻には考えなかった.文科省が文系部局に冷たいのは既定路線であり,今さらどうこう言う話でもないだろう,と思えたからである.
 深刻に受け取るというより,不可解な通知だなという感じの方が強かった.何が不可解か?
 第1に,需要が乏しい,具体的には志願者確保が困難な部局は廃止なり転換を考えろ,というなら合理的な通知だったからである.該当するのは文系部局が多いかと思うが,そうではないかも知れない.全国の人文学部長会議の席上で時折述べられたことに,ウチの大学では人文系より工学部の方が志願者確保に苦労している,というのがあった.まあ,どこの国立大にも工学部はあり,しかも規模はどこも大きいだろうから,地域によっては志願者確保に苦労して不思議はない.そういう所は廃止なり転換しろと言われれば素直に受け取る他ない.しかし,いきなり人文社会系(と教員養成系)という指定が出てきたところが,何か変な意図があるんじゃないの,という気持ちを起こさせる.
 第2に,この文科省通知が大学のヴィジョンに言及していないことだろう.何れかの部局の要/不要は,その大学のヴィジョンなり将来像に照らしてのことである.維持が難しくても全体ヴィジョンから文系部局は必要,という立場を,総合型ないし複合型のほとんどの国立大学はとっている思う.単に文系をなくせというのでは,そのヴィジョンがどうなってしまうのか? 文科省は,これこれの学部をパーツとして捨てろというのではなく,こういうヴィジョンで行きなさい,という必要があったのである.
 第3に,この通知が出るまでの間に,文科省は私立の人文系学部の設置は認め,私大を含めた文系定員を膨らませていたことである.私は,学部長をしている期間,次に設置を文科省が認めた大学,学部,学科,研究科は何か,という点をよく眺めていた.いわゆる人文系,文学系は実に多かったように思う.むろん,平成30年度設置の新設組織を文科省HPで眺めると,多くは看護学などの医療系だった(文学系の設置もあった).医療系は一貫して多かったと思うが(その割に,獣医学部同様,医学部の設置は認めない),文系の私学定員はずっと増やしてきたのである.
 同じことは教員養成系にも言える.というより,教員養成系で甚だしい.教員養成の学生定員は平成30年度設置で見ても私学で増え続けている.ここまで増やすことを認めておいて,国立大の教育学部には定員削減を求めるという,このダブルスタンダードは何なんだ.国立大と私学とでは設置者が違う,とかいうのかも知れない.が,同じ学位を出すのであるから,同じ製品を売っている組織なのである.国公私立を通してこの学位の定員は多過ぎる(地域別にしてもよい),だからここは全体としてこれだけ減らしましょう,というならまだ分かる.

 実はこういう訳なんですよと文科省が言うはずがない.だから想像するだけであるが,思いつくのは,私学側のおねだりに文科省が屈しているということだろう.そう言っては何であるが,規則上の制約が多い国立大よりは,私学の方が供与できる資源も多い.だから文科省は私学の方に寄って行くのは官僚制の必然である.
 私大は設備経費が低い文系に偏っている.理系や医学系は文系で稼いだお金をつぎ込むしかないだろう.また,私大は教員養成を命綱にしているところも多いように思う.だから,文科省は国立大の文系や教員養成系を削減して,私学を助けているという姿勢を示しているのだろう.しかし,何の説明もなく,罪悪感を植え付けられながら削減に励まねばならぬ国立大文系や教員養成系は,いい面の皮というほかはない.

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学長任期6年

 先日,新聞に埼玉大学のことが載っているとカミさんが言う.どれどれと朝日新聞朝刊を見てみた.1面の左の方の記事に,気象用レーダーを埼玉大学に設置すると,地図付きで載っている.オリンピックのときに気象が急変することへの対処として新たなレーダーを設置するらしい.これ,埼玉大学にレーダーを置くだけなのか,埼大でちゃんと運用するのか,とカミさんと話した.まさか置くだけということはないだろう.と思って埼大サイトで確認すると,その件の記事が載っている.当然であるが,埼大の理工に基盤となる研究があり,その延長でレーダー設置になったようである.だから大したものなのだ,と話した.

 久しぶりに埼大サイトを見たついでに,いくつかのページを眺めた.たまたま学長選考会議の議事要録が載っているページを開いた.懐かしい思いがあり,少し前の,つまり私がこの会議に最後に出ていた平成26年度と27年度の議事要録を開いてみた.
 私が会議に出ていたときの記憶であるが,この会議では前回の議事録を毎回確認する.実は議事録は2重構造になっていて,外部には見せない部分と見せてよい部分に分かれているのである.ただサイトに載っている「議事要録」は,本物の議事録の「見せる部分」より,さらに要約されているように思える.
 私が委員だった期間の最後の頃に,この会議に対して議事録の情報公開の請求があった.そのときに請求者に渡した議事録は,「見せてよい部分」だけよりは詳しいが(当然「議事要録」より詳しい),議事録のすべてよりは短かったように思う.だからこの会議については,議事録・議事要録の類は,合計で4種類あるのだろう.ややこしい.
 さらにせこいことを言うが,ある期間でのこの会議では,主たる発言が私の発言であることもあった.時間で見ればの話である.しかし議事録確認のときに,私の発言はごく小さく扱われているのが通例だった.異論も言えたのであるが,大人げないのでそのまま認めた.政府系の審議会の議事録(怪文書でないやつ)は,発言をそのまま記載してホームページで公開している.しかしこの会議については,まとめる人の判断が大きく,会議そのものの様子は,一番詳しい議事録を見ても正確に伝わるかどうか,その頃私は疑問に思ったものである.
 まあ,議事要録が要約されているのはよいとして,実際に会議に出ていた受けた印象と,この議事要録で読む印象はかなり異なる.というか,この議事要録だと,会議で何をやったのか,読者はよく分からないだろう.
 例えば,平成27年度の3回目の会議(11/19)では,学長任期を6年とすることを決めた.議事要録では,「…各検討事項について種々協議した結果、学長の任期、…、学長選考結果の公表については、原案のとおり了承された。」とある.嘘ではない.けれど,まず指摘できるのは,この「原案」というのが,どなたが作った原案かは,読む人は分からない.
 「原案」とは事務局原案であり,原案を作って会議で説明するのは総務部長である.議事録(案)を作るのも同様である.総務部長は総務課長とも相談するかも知れない.また,会議に出すわけであるから,議長には話を通しておくかも知れない.しかし議長(外部委員の方)はとりまとめに専念されていたので,ご自身の意見は全く仰っていなかったと思う.
 まあそこはよいとして,上記のように「学長の任期、…、学長選考結果の公表については、原案のとおり了承された」と読むと,いろんなことと一緒に学長任期を6年とすることが簡単に了承されたかのような印象になる.
 実際には,学長任期の事務局原案は「6年+2年」で前回の2回目の会議(9/17)に出ている.学長任期に関する激論はこの2回目の会合で行っているのである.主な発言は現行のまま(4年+2年)を主張する私の発言であった.私の議論が学長任期を長くしないことであったことに加え,外部委員のある方が「プラス2年」は余計だ,と主張して一律「6年」の主張をされたのである.ここで事務局が案を引き取り,次回3回目の会議で改めて「任期6年」の再度の原案を出し,了承された,という経緯である.だから3回目の会議に限っては,そのときに出た原案で了承されたのは嘘ではない.が,流れからすると元の原案がそのまま通った訳ではない.

 学長任期が会議の正式な議題となったのは,この平成27年度の2回目と3回目の会議である.が,私の考えでは,平成26,27年度の学長選考会議全体を通して,大きな課題は学長任期の件だと誰もがみなしていたように思う.学長任期が審議対象であることの報告は平成26年度から出ていた.平成26年度の段階で,その前後の文脈は思い出せないが,ある外部委員の方が,今の学長はよくやっているので次の2年もやらせるべきだ,4年目で参考投票はすべきでない,と興奮して発言された.このときの話は,現学長を6年やらせろという話と,学長任期は6年にすべきだという一般論とが混在していたように思う.その委員の方はだいぶ興奮しておられたので,会議終了後に議長がその委員の方の席まで行って肩をとんとんとたたいた.肩をたたいたのは「まあ落ち着いて」という意味なのか,「気持ちは分かりますから」という意味なのか,私は知る由もない.
 学長任期について私が主に発言したのは2回目の会議である.このときは,議長を除く外部委員4名が学長任期を長くすることを主張し,私一人が長くすべきでないことを主張する,という展開だった.その他の方も発言されたかも知れないが,「長くすべきでない」方の発言は私だけだったはずである.
 長くすべきという議論は,中期計画6年に合わせるべきこと,世間ではトップは長くやるものだ,アメリカ大統領は強い権限を持って長くやっているではないか,といったことである.私自身の発言はよく覚えているので不公平に長く書くけれど,私の第1の論点は,国立大学法の規定による学長権限が例を見ないほど強いこと,したがってバランス上,任期が短めに設定することが望ましいことである.国立大学の学長は,すべての役員,委員を任命できるし,一人でも決済できる.会社であれば,最高議決機関は取締役会であって,社長が全部決められるようにはなっていない.アメリカ大統領は(任期が4年であることは周知のはずだが),権限が強いように思う人が多いが,公式な権限は強くはない.議会の承認なしには人事権もないし,法案の提出権もない.だから,アメリカ大統領は演説(教書演説)をして,権限ではなくリーダーシップで引っ張るのだ.
 その次の,3回目の会合では,改めて,学長任期を一律に6年とする事務局原案が提示された.この3回目の会合では,最初の方で例の外部委員の方が,高木ばかりが発言しており,他の人の発言が必要であると主張し,事実上私の発言は封じられた.教員の委員では私ばかりが発言していたのは事実であるので,私は発言を控えた.実際,私ばかりが言っても他の教員の委員が発言してくれなければ意味がないので,私としては他の教員委員の判断に預けるという気持ちだった.
 最後に委員一人ひとりが発言することになった.何れも簡単な発言だった.まず議長を除く外部委員の方が6年任期の原案を支持する発言をされた.中身としては,トップは長くならないとダメだ,学長は世間に顔を覚えてもらわないといけないが,6年やらないと覚えてもらえない,今やっていることを変えてみるのもよいではないか,といったことだった.4名おられるのでもうお一人がいたはずであるが,何を発言されたかは忘れた.
 次に教員委員の5名の発言に移った.何処とは言わぬが,規模の大きな2つの学部の学部長さんは任期6年がよいとおっしゃる.理由は,何かをやろうとすると6年はかかる,といったことだったと思う.やはり何処とは言わぬが某文系学部の学部長さんは,「これまでやってきて今のやり方には合理性がある」と仰って現行の4年+2年を支持された.むろん私は4+2年を支持した.もうお一人,何処とは言わぬが,あまり大きくない理工系学部所属の委員の方は,6年がよいようなことも仰っていたし,4年がよいようなことも仰っていたので,最終的にどちらの立場だったか,私の記憶でははっきりしない.
 という訳で,いろいろ議論はしたが,終わってみれば学長任期を6年とする原案が承認されたのである.

 この会議の時点での現行制度(4年+2年)と,現在の現行制度(一律6年)との違いは,4年目に学長を取り換える機会があるかどうか,だけである.学長は良いとは限らないので,4年+2年の方が望ましいという気持ちは,私は現在も変わらない.ただ,記銘すべきは,この6年任期という制度は,教員の賛同もあって決まった制度である,という点であろう.だから仕方ないと,会議が終わったときに私は思ったものである.

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2007年の学長選考(下)

 手元資料によると文科省に上申する学長候補の選考をする学長選考会議が開かれたのは2007年11月20日火曜であった.午前中に参考投票(意向聴取)があり,13時頃には集計が終わったはずである.そして午後の学長選考会議で結論が出る.実は17時には経済学部長陣営の会合が予定されていた.
 しかしなかなか結果が伝わらない.私は授業があり,授業の合間に結果が伝わると思っていたが,連絡は来なかった.
 経済学部長が正式な学長候補に選ばれたという知らせを私が受けたのは5限の授業の後,18時過ぎである.たぶん17時の会合は流れたのだろう.その当選の一報を部内の賛同者にメールで送ったのは19時に近かった.学長選考会議の様子を聞いたのは,その日であったかも知れないし,次の日であったかも知れない.
 推薦人代表の言を借りれば,経済学部長は投票で圧勝,選考会議で辛勝であったとのことだった.投票での圧勝がなければ選考会議での辛勝も分からなかったという.
 時間も経っているのでいってもよかろうが,選考会議のメンバー10名のうち,教員側委員5名は参考投票1位の候補(経済学部長)を推した.しかし外部委員5名は,参考投票3位の現職学長を推し,会議が膠着したのである.教員側の5名とは,教養学部長,経済学部評議員(候補者になった経済学部長の代理),教育学部長,理工研科長(工学部),理学部長である.S氏を擁立した教育学部長も,教員の仁義を守って参考投票1位の候補を推した.
 外部委員の側は,改革を進める現職学長に対して反乱を起こした守旧派がつるんで別の候補者を推した,という認識だったらしい.5対5の膠着状態が長く続き,ある経緯があって6対4になり,やっと決着した,という展開だった.決着の経緯はここでは書かない.
 2007年の学長選考の時点で,参考投票3位の候補が学長に選ばれるという「先進的」な事例が,埼大で起こる可能性はあったのである.

 かくして法人化2代目学長が選ばれたのである.

 この2代目学長さんをどう評価するかは,立場によって異なるだろう.私の立場から私個人の意見を言えば,少なくとも最初の1期目,4年間は評価する(評価しない方がいるのはわかっている).2期目の最後の2年間については私は評価しない.あの2期目における学長さんの存在感からすれば,2代目学長さんはあえて2期目に立候補すべきではなかったろう.
 それでも,2代目学長さんは,最初に選ばれたときの自分の役割をよくこなしていたように私は思う.他に抜きんでた存在を主張するのではなく,皆さんと同じ目の高さで話し合いながらやっていこう,と努められたことは確かである.くだらない例ではあるが,シンボリックにはその点は賀詞交歓会の様に現れていた.新年の賀詞交歓会は本部事務方が手配するだろうから,どうしても人の配置は小学校の朝礼のようになる.学長が部下の並んだ前で訓示を垂れる,という格好である.しかし2代目学長さんは,最初の賀詞交歓会の時に,部屋の真ん中を空けてみんなで丸くなろうと言い出した.皆さんと同じ目の高さで接する気持ちの表現だったのだろう.私が2度目に学部長になり,今の学長の賀詞交歓会に出たときは,再び小学校の朝礼に戻っていたので,この違いが気になったものである.
 2代目学長さんは,少なくとも就任の当初は部局長を集めて何度も大学の方針を協議した.その中で一定の合意を得る努力をされたことは確かである.しかしこうした横の協議の比重はだんだんと低下していった.次第にトップダウン学長と,さほど変わらなくなったように思う.
 仕方ない面がある.部局の立場や意見は異なり,どうしてもトップダウンでやらざるを得ない面があるからである.
 また,当事者は自覚はしないと思うが,知らず識らずに部局の側も,権限の強い,トップダウン学長を求めて行く側面がある.教養学部のような弱小学部は該当しないが,立場の強い部局,例えば理工や教育学部は,学長に対して申し入れをする.教養学部が同じことをしても跳ね除けられるだけであるが,立場の強い部局がやれば学長は(少なくともある程度)受け入れざるを得ない.それで申し入れが通るとすれば,立場の強い部局にとり,学長は権限が強くトップダウンでやってくれた方が有難いのである.一人で決められない学長であれば,部局としても交渉相手とする意味がない.多部局間の決定の場より,余計な小者がおらず学長とさしで交渉できた方が都合よい.トランプのアメリカがTPPのような多国間協議より2国間協議を好むのと理屈は同じである.立場の強い部局が自然と,学長の権限が強くなること,学長の任期が長いことを好むのはそれ故だろう.比喩的に言えば,学内政治の磁場の作用の結果として,トップダウン学長が均衡として出現することになる,という気がする.

 時折,学長は「民主的に」選ぶべきだ,「民主的」に大学を運営すべきだ,という人がいる.そう仰る方がいることは心強いと思う反面,ものの見方が浅いように思える.十分に民主的であろうとされた2代目学長さんでも,このくらいだったのである.
 一般社会にとっては民主的であることは至上である.民主的であることを守ることは首長の責務である.しかし大学は一般社会ではない.組織である.組織は一定の機能を果たすことを目的に設立された団体であり,目的はその機能をよりよく果たすことであって従業員の福祉を向上させることではない.だから組織にあって「(従業員に)民主的」であることは必ずしも正義ではない.
 しかし学長は民主的であることが望ましい.集団意思決定の研究成果を考えれば,立場の異なる人々が話し合った結果は,トップダウンで決めたことより,平均的には賢いからである.しかし,「民主的」であるべきと思う方の真意は,学長選考によってよりは,別の方法で模索すべきなのだろうと私は思う.選ばれてしまえば学長は変わる.むしろ,トップダウン学長に対抗するメカニズムを作ることである.組合を強くすることなどは,一つの方法であろうと思うが,それも難しいには違いない

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2007年の学長選考(中)

 教養学部と経済学部で,経済学部長を学長候補とすることが固まったところまで,前回は書いた.ここまでは容易なことであった.が,次に理工の支持を得ることが面倒な作業だった.目標としたのは,「全学が経済学部長を学長として推している」という格好だった.そうでないと学長にはなれない.なぜか?
 時の現職学長と,教育学部に支持されたS氏の立候補はほぼ確実だった.この状況で学長に選ばれるためには,「全学が推している」格好を作って,参考投票で大差をつけて1位にならなければならなかったのである.単なる1位では学長になれない.
 まず,現職学長はその地位からしてそれなりに票を集めると見なければならない.さらに問題は,参考投票の後の学長選考会議で,委員の半数を占める外部委員が現職学長を支持すると見るのが自然なのである.外部委員は現職学長が任命しているから,顕著な理由がなければ現職学長を推すのが自然な仁義である.明確な根拠がなければ外部委員からの支持は得にくい.
 より問題なのは第2の候補,S氏である.ここまでは説明を省略したが,S氏は東大の工学部長などをした後に某中堅私大の学長,理事長を歴任した経歴を持つ.この方の売りは,分野が工学であり,その某私大で専門の工学分野でCOEを取っていたことである.工学部教員にとり先生筋に当たることもあるだろう.埼大でも経営協議会の委員をしていたので,埼大のことが分からない訳ではない.外部委員は同じ経営協議会委員だったから,外部委員からの支持も得やすい可能性がある.だから強力な候補といえる.難点があるとすればかなり高齢なことだったろう.
 ここはS氏を推した教育学部長の政治的センスが冴えたところと思う.以前にもこのブログで書いたが,埼大では教員数の多い教育学部と工学部を抑えれば,学長選挙で勝てる.教育学部票を抑える教育学部長が工学部票を取りに行ったと見るべきだろう.教育学部側の宣伝文句は,「S氏で埼大悲願のCOEを」だったから,COEを取ることに目の色を変える理工系からの支持を集めて不思議はない.
 こうした中で勝ち抜くためには,全学的に支持を受けて立候補した,という格好が必要だった.
 
 理工との話し合いは主に理学部長室で行ったと思うが,別の場所もあったかも知れない.何度も会合を重ねた.難航した.たぶん協議を始める時点で,理学部長と工学部長からの理解は得られていたと思う.しかし理工はそれで決まらないのだ,とそのときに知った.主に工学部の重鎮の方 - 人は場合によって異なったと思うが - との会合を重ねた.しかし簡単には理解は得られない.逆に工系の重鎮が「推してもよい」という方のお話を伺う機会もあり,逆に同意を求められた.しかしそのお話では,詳しくは書かぬが,経済・教養側が引いた.下手をすると喧嘩別れになりかねないが,そこは経済学部の副学部長殿が泥をかぶった.
 かくして議論は膠着したまま時間は過ぎ,立候補の締切期限が近づいていったのである.
 おそらく最後となるであろう会合の前に,経済・教養勢で打ち合わせをした.そのときに私が主張したのは - 私だけではないが - こちらからは降りるな,決裂でよい,そのときは経済・教養だけで戦うだけである,ということである.特段の方策があるではなかった.
 その最後の会合でも話はなかなか動かない.しばし沈黙が支配した.そのとき,理工の評議員殿と理学部長殿が,「Kさん(経済学部長)でいいよ」といってその場の同意を促した.工学系の重鎮が首を縦に振り,経済学部長を全体の候補者とすることが決まった.経済学部長以下,経済・教養学部勢は深々と頭を下げたのである.

 時間がない中で立候補のための書類を整えた.推薦人の代表が工学部長だったので,書類のとりまとめは工学部で行ったと思う.
 票の取りまとめが課題だった.私が実際に行ったのは教養学部内のとりまとめだけである.経済学部長を推す,ということなので異論は出ない.むろん,教養学部の中にも自称学長派の方はいたけれど,少数である.票は固められたと思う.票固めの工作はいろんな方がいろいろやったけれど,ここでは書かない.既に全学的な態勢があったので,障害はなかったように思う.
 選挙期間の前半は,演説をするにも候補の経済学部長はぎこちない面があった.しかし後半には修正がなされた.主張の中身も私の意とするところであったと記憶している.私の立場からすると,主要な論点は2つだった.第1は,部局間の協議によって大学を運営すること,第2は,この規模の大学では限界があるので,広い意味でのネットワークの構築によってその限界を補うことである.最後の立会演説会のときのプレゼンは圧巻であり,これなら勝てると確認が持てた.
 途中である程度の票読みも行った.不確定要素が理工,特に工学部の票の行方だった.当初,3候補で3分する様相という説明を受けたが,次第に支持が広まったと聞いた.

 文科省に上申する学長候補を決める学長選考会議の日,参考投票は午前中であったと思う.昼に集計をしたはずである.票数は一般庶民には公表されないはずであるが,複数のルートから票数が伝わってきた.経済学部長が1位,S氏が2位,現学長が3位だった.しかも大差で1位である.これで勝ったなと思ったものである.
 午後の学長選考会議で正式に決まるはずである.私は研究室でその知らせを待っていた.
 しかし,なかなか知らせはなかった.実はその間,学長選考は思わぬ展開の中にあったのである.
(次回に続く)

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2007年の学長選考(上)

 大学から持ち帰った荷物の中に2007年の学長選の資料の紙ファイルがあった.退職に伴い研究室で荷物の整理をしているとき見つけ,捨てようと考えたけれど分量が薄いので持ち帰る箱の方に入れたのだと思う.
 ちょうど10年前なのだな,と感じ入った.
 既に時間も十分に過ぎており,関係者も多くは退職している.もはや差し障りはないと思うので,差し障らぬ範囲でここで書いてみたい.下々(といっても学部長クラスが中心)が学長擁立に動いた最後の事例になるかも知れない.

 少し前置きが必要だろう.法人化した2004年から,法人化初代の学長さんの治世であった.問題の2007年は法人化初代学長さんの4年目であり,その年に学長選がある.現職(初代学長)が再任されればあと2年任期ができる.別の人が学長に選ばれれば任期は4年である.
 その初代学長さんであるが,少なくとも教員の間では嫌だと思う人が多かったのである.むろん熱心な支持者もいた.私が聞いたところでは,理工系の若い新任の方々は初代学長さんを熱心に支持している,ということだった.しかし,嫌がる人の方が多かったのは,このときの参考投票の結果を見れば分かる.
 当時,全学運営会議の後に部局長だけで(つまり学長ら執行部抜きで)集まる裏の全学会議があった.教養学部長のS先生は,全学の会議が終わると教養学部の三役に対してその内容を詳しく伝えていた.三役とは,学部長のS先生,K評議員(後の理事),そして副学部長の私であった.その席では,全学運営会議の後に,裏の会議の内容も必ず報告があったのである.
 ちょうどその頃,教育学部のとある重役と話していて次のような意見を伺ったことを覚えている.今のように学長が何でも決めるようでは大学は成り立たない.今の学部長が集まり,学部長の誰かを学長に推して,合議制でやって行くようにしないとダメだ,と.なかなかの卓見であると感心したのであるが,まさにそのことが裏の全学会議の中で進んいるように感じたものである.
 しかし夏が過ぎても,その裏の会議では具体的なとりまとめはないままだった.裏の会議の音頭をとっていたのはK工学部長であるとS教養学部長からは聞いた.そのK工学部長が「自分が学長になる」と手を上げれば,私の印象では,教養学部長と経済学部長は乗ったように思う.K工学部長は,文系の人が聞いても安心するような総合大学の構想を語っておられたからである.しかし,K工学部長は手を上げない.
 そうこうしているうちに1つの動きが出た.時の教育学部長が,外部の人(S氏)を学長に推す動きを始めたことである.何人かの学部長には面会を手配し始めていた.ただ,教育学部長以外の学部長はS氏になびくでもなかった.その状況になっても,裏の全学会議は,全体としては特段の動きをするでもなかった.
 教養学部長との会合を終えた後,私はK評議員とよく雑談をした.話をしながら,今の状況はかなりまずいのではないか,という方向の議論になった.
 S氏が当時の現学長と一騎打ちになれば,参考投票で,たぶんS氏が勝つ.現学長には票が入らない.しかし,内部の人間の代表である現学長と外部の人間が争って外部のS氏が勝つというのは,かなり外聞が悪いことになる,という意見をK評議員がまず述べたと思う.
 K評議員とはこの件で何度も話し合う機会を持ったはずである.その過程で何を目指すべきかということが練られていった.当時の全学の状況を見ると2つの特徴があった.1つは各学部がバラバラであったことである.学長が「民族自決主義」を(有難くも)掲げてくれていたけれど,それによって全学の形が見えないという結果が起こっていた.第2は学長のトップダウンが顕著になったことである.この2つが奇妙に相互促進される状況があったように思う.だから,今なすべきことは各学部が話し合うこと,そうすることによってむしろボトムアップで全学の形を作ってゆくことだと,その時は考えたのである.別の言い方をすれば,部局が集まってどうすべきかを協議して大学を運営する,そのような協議をするための学長を選ぶ,という考えに行き着いたのである.
 K評議員と私との話し合いの場に,いつしか経済学部長が加わるようになった.K評議員が仲の良い経済学部長を引っ張ってきたのだと思う.経済学部は経済学部で,内部でたぶん同様の協議をしていたのだろう.
 実際に誰を学長候補にするか? 私はK評議員を学長にしたいと考えていた.が,この件は「自分と経済学部長との話し合いに任せてくれ」とK評議員に言われ,K評議員に預けたのである.経済学部長とK評議員が話し合って,案の定であるが,経済学部長を候補とすることで決めたという.私にも異論はなかった.
 この後で部内をまとめにかかった.実は教養学部長にも話していなかった.たぶんK評議員と私とで学部長に話したと思う.むろんすぐに賛同して頂いた.
 経済学部と教養学部の相互の三役くらいで顔合わせをしたように思う.下働きは双方の副学部長(教養学部は私)がやることに,自然となった.さすがに自分のところの大将を学長候補にしようというのであるから,経済学部の方が熱気があったような気がする.
 しかしここまでの話は,学長候補擁立のほんの入り口に過ぎない.この後に本番の,理工との協議になる.予想以上に難航したのである.
(次回に続く)

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(下)

 前回,サマープログラムの授業担当の手配について書いてみた.前回書いた手配によって授業はなんとか揃えたけれど,実は出発点に立ったに過ぎない.ここまでの作業は,国際室が学生の募集でずっと動いてくださっていたことである.次第に,海外からの学生の応募もぼちぼち集まり,何とかサマープログラムの形が見えてきた.
 この間,いろんな方が,本当にサマープログラムをやるのか? 本当にできるのか? 学生は集まるのか?といった懐疑論を抱いていると感じた.また案の定であるが,後ろ向きの反応も多少は寄せられた.つまり当初,周囲は「お手並み拝見」の立場だったように思う.その間の私の仕事は,絶対にやります,できます,と強気な顔をすることだった.学生がある程度集まった時点で,本当に実施するという確信がやっと定着したと思う.そうなると話は良い方向に回り出す.
 細かい経緯は省略するけれども,国際室は経験を活かしながら素早く動いてくれたし,教養学部の事務方も面倒なことを根気よくこなしてくださった.授業担当の先生方からもいろんなアイディアを出して頂き,改善されたことが多かった.授業担当の先生方の授業も,短期の学習である点を考慮に入れつつ,魅力が出るように適切に工夫がなされたことには感服するしかなかった.非常勤の先生を含め,彼らが教養学部の教員であるが誇らしく思えた.そして何よりも重要だったのは,学生のボランティアが集まってこの企画を盛り上げてくれたことである.
 同年代の学生ボランティアがいることが受入れ学生の生活を楽しくさせたし,彼らがいなければ空港出迎えサポートといったサーヴィスもできなかったろう.レセプションとフェアウェルのパーティーも彼らのおかげで楽しいものになった.フェアウェル・パーティーで受入れ学生たちは口々に楽しかったことを語り,中には人生の中で最も楽しい体験だったと語ってくれた学生もいた.むろんお世辞である.しかしそんなお世辞が出るということは,基本的には良い体験だったということと私は思う.
 フェアウェル・パーティーを眺めながら,このサマープログラムは成功だったんだな,という感慨に私は浸ったものである.その後しばらくの間,私の中で「サマプロ・ロス」が続いたほどである.

 サマープログラムでは問題も生じた.1つだけ書いておこう.大学からの請求金額に受入れ学生からクレームが出たことである.この件では国際企画室長(現教養学部長)が正面から対応してくださった.問題の1つは事前連絡の金額とは異なる金額の請求があったことである.この点は埼大側の連絡ミスであり,低い方の金額で決着したと思う.金額自体は他大学のサマープログラムより低いので,問題ないと我々は思っていたが,事前連絡と齟齬があるならミスである.大きな問題は,請求の費目というか名目に疑義が出たことである.例えば,宿舎使用料の中に掃除費という費目があるが,学生の受け入れ前に掃除をした訳ではない.その掃除費は次に入る学生のための掃除の費用である.それをなぜ請求されねばならないか,という点である.また学生の受け入れについて入試代の費目が入っているが,受入れにあたって,常識的には入試はやっていない.要するに,埼大という官僚機構は(国立大は同じと思うが),請求額に事務的な積算根拠を持っており,その根拠を正直にそのまま表記しているけれども,そうした費目の正当性は国際的にはない,という問題である.だから大学としては間違ったことをしている訳ではないのであるが,それでも理解されない,という問題だった.
 同じ問題は他の交換留学生にもあるのに,そちらは問題にはされない.サマープログラムで問題が出たのは,学生間で横の連帯があり,かつ,ものが言いやすい環境であったからのように思える.
 授業を担当された非常勤の先生もこの件で受入れ学生と話したらしく,私に次のように仰っておられた.自分は日本に長くいるから,日本はcheatしないことはよく分かっている.しかし日本のやり方は理解されないのだ,と.
 この件をどう決着したかは忘れたけれども,今後は請求額は一括にして細部は書かない,ということにすることになったと思う.

*********

 ともかく,2015年度にサマープログラムを実施するという目的は辛うじて達した.思いついて1年以内に実施に移したのだから良い方だろう.最初に実施することが重要である.いったん実施すれば実施がデフォールトになり,次に「止める」を「積極的に」選択することは,官僚機構の中では難しい.実施すれば既成事実になり,組織上の抵抗も少なくなる.
 この「ともかく実施してみる」が,埼大の中ではなかなかできない.私はグローバル事業の途上,国際室/国際本部を眺めながら,グローバル促進の企画をなぜ出さないのかと苛々しながら眺めることがあった.しかし企画を出さないのにはそれなりの理由があると思い当った.埼大は縦割り組織であり,国際本部も事実上縦割りで,現実には国際室という事務組織しか管轄しない.企画をするにも兵力,今の場合は教員組織がないのである.兵力は部局が持っている.サマープログラムの場合,学部長であった私が,小なりといえども教養学部という軍団を持ってごり押ししたから可能だったのである.
 この問題は国際室だけの話ではないだろう.全学の組織は,大小はあれ結局は縦割りの事務組織しか管轄せず,兵力は部局に頼らざるを得ない.その部局は,学長なら動かせるかも知れないが(学長でも無理かも知れないが),それ以外の役職者は縦割りを跨いで人を動員する力を持てない.事務機構以外の人的資源が全学組織は乏しい.仕方ないのは,大学の規模が小さく,全学組織が十分な資源を持ち得ないことだろう.
 だから,この大学で必要な全学的企画を実施するとするなら,教養学部のように犠牲を払う部局が出現するか,プロジェクトを学長直属にして学長権限で企画を動かす仕組みを作る必要があるだろう.

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サマープログラムは,やはり教養学部が授業を管轄する格好で,私の在職期間の最後である2016年度も実施した.私は学部長を辞めていたけれども,グローバル事業を担う形からサマープログラムのメネジメントには同様に関与した.
 2016年度のサマープログラムが2015年度の単純再生産であったことには私はやや失望した.2015年度のともかくもできたのであるから,次は拡大実施しても良かったろうに,と思った.宿舎の制約で学生数が20名程度が上限としても,教養学部中心にやるのは6月であるから,7月にもう一つはできるのである.通常,夏季のプログラムは2ターム用意する.経済学部が経済セミナーをするとか,理工がサイエンスセミナーをやるといった試みも,学長に意思があれば可能だったろうに,と思う.

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 国際企画室長は継続して教養学部教員である.私が退職する今年3月の少し前に,2017年度もサマープログラムをするという話を彼から伺った.伝え聞いたところでは,学長からは注文が出たという.
 学長からの注文,として私が聞いたのは,「教養学部中心ではなく全学的な企画としてやるならやってよい」という内容である.この話を聞いたとき,私は腹が立った.
 腹が立った理由の第1は,「やりたいならやってよい」というニュアンスだったことである.これまで教養学部が中心になったのは,学部の利益のためにやりたくてやった訳ではない.全学のために全学の企画に対して犠牲を払ったのである.学長が全学の企画としてやるべきと思うなら,言うべきは「やれ」ないし「是非おやりください」だろう.お前らそんなにやりたいのか,ほー,そんなにやりたいならやってもいいよ,と言っている訳だろう.それでは率先して負担を引き受ける気持ちを壊してしまう.
 第2の理由は,「全学的な企画」(教養学部以外の教員も授業担当する)と注文を付けながら,全学の部局に協力を要請する風でなく,単に国際企画室長程度の低位の全学役職者に仕事を投げていることである.国際企画室長に(教養学部以外の)部局(の長)を動かす力はない.たぶん縦割りになっている理事・副学長にもその力はないだろう.あるとすれば学長なのである.だから学長は,他部局が協力する道筋をつけて国際企画室長に投げないといけない.
 件の国際企画室長殿はそれなりに苦労して,他部局の教員の授業も入れたようである.労をねぎらうしかないが,欲を言えば授業の時間や回数について,教養学部教員に合わせられると奇麗だったように思う.

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(中)

 さても,サマープログラムの構想という机上の企画はしたけれど,2014年末の段階では,具体的な作業は,国際室による下準備以外は何もしていなかった.具体的な企画を進めるためには授業開設をまず専任教員に頼まないといけない.宿舎の制約で受け入れ学生数は20名ちょいくらいが上限であるという試算は国際室から出ていた.ということは同じ時間帯に複数の授業を用意する必要はない.授業は,最大週20コマを埋めればよいのであるから,1教員が週4コマとして,重複がないなら教員は最大5名が揃えばよい.非常勤にもお願いするとして,専任教員は3名が引き受ければセーフ,という目算だった.
 ただ,教員への依頼は気が重いことであり,その点が私がなかなか作業にかからなかった真の動機でもある.
 なぜか? 大学関係者ならお分かりであろう.この曜日・時間に授業を開けと教員にいうのは難しい.教員は,専任であれ非常勤であれ,自分の授業は自分の都合の良い曜日と時間に開けるのが当然と思っている.実験装置を抱える理工の先生であれば毎日大学に来るかも知れないが,文系の教員は(例外はあるけれど),週に限られた日しか大学には来ない.極端な人は,すべての授業を1つの曜日に固め,教授会のある週以外は週に1日しか来ない方もいる.だから,サマープログラムのために,特定の時間に,しかも週に4日,大学に出て来いというのは本来なら無理なのである.

 さて,1月に入って少し経った頃に,観念してまず教養学部の専任教員への依頼を開始したのである.当然,申し訳なさそうな顔をしてお願いした.受諾率は半分くらいであったと思う.3人の専任の方に引き受けてもらった.第1関門は一応クリアした.
 お一人のアメリカ人の先生は,早めにアメリカの大学を退職して名誉教授の称号を得,日本に来ておられた方であった.頼んで分かったことであるが,この方は直前の職場でサマープログラムの運営をなさっており,いろいろアドヴァイスを頂くことができたのは幸いだった.
 ただし,引き受けた専任の方との協議により,時間をおいて,計画の変更も生じた.第1に,1日1コマを週に4日続けることにはさすがに抵抗があり,1日2コマを週に2日,という線で落ち着いたことである.その場合,月曜と水曜,火曜と木曜をセットにすることにした.授業のやり方として,2コマ続けた方がやりやすいという面は確かにあったろう.第2に,1人がある曜日に2コマするとすれば,同じ授業が昼休みを挟むのはどうか,という点だった.この点も私が持ち回って引き受けた先生方と協議し,1・2限と3・4限を組にすることで決まった.結果として,当初1限開設を想定した日本語授業は5限目(1日1時限で月-木の4日続き)にすることにした.
 専任が確保できたとして,その後は非常勤の確保と日本語授業の手配であった.この2つは同時並行で進めたと思う.実は難航した.

 まず非常勤については,教養学部に非常勤で担当されている外国人の先生1人に引き受けて頂いた.しかし問題は,他大学のサマープログラムも担当されるらしく,こちらの良い時間では無理だったことである.その先生のシラバスを拝見すると範囲と内容の設定が非常によくできている.だから他授業とぶつかり,しかも金曜にかかる授業になるけれど,お願いすることにした.
 もうお一方,空いた時間の担当で非常勤が頼めるとよい.JREC-INで募集すれば,あるいは集まったかも知れない.しかしJREC-INに出すとすると募集期間を置けねばならず,時間が惜しかった.伝手を手繰って依頼してみたが,さすがに曜日時間が固定であるので難しい.いったん引き受けてくれた方にも途中で断られた.幸い,お願いした専任の先生の伝手で一人を確保できた.

 問題は日本語授業であった.日本語授業については,日本語教育センターの先生に非常勤の手配をお願いした.しかしまず,1コマを週に4日続ける時間割に難色が出た.結局,必要な日本語の先生の人数は手配できずに終わってしまった.国際交流基金の日本語国際センターも対応できなかった.
 どうしたものかと,上記のアメリカ人の先生に相談してみた.彼によれば,前職で運営していた機関のサマープログラムでは,日本語の授業を神田外語に委託していた,という.事務長と協議し,教養学部で授業を外部委託する線の検討を始めたのである.実は神田外語大は,グローバル事業の採択校として,定期的に接触があり,ウチの事務長は先方の事務長と連絡できたのである.なお,神田外語の日本語は,大学本体ではなく,名目上別組織のKGCC(Kanda Gaigo Career College)が担って,大学などに日本語の授業を提供している.海外の大学で大学本体とエクステンション組織が分離していることを想像すればよい.
 連絡してみるとKGCC側も思ったより呑気であり,打ち合わせにこぎつけるのに時間を要した.ウチの事務長室で協議したと思うが,最初に曜日,時間の制約が難しいことから私は切り出した.が,問題ないという.指定された時間,曜日,期間,レベル,方法で,いかようにもやりますよ,という.それだけ商売の規模が大きく,余力の調整で何とかなる,ということだろう.
 グローバル事業で接触した機関のうち,私が頭が下がる思いをする大学が2つある.1つは秋田の国際教養大である.もう一つが神田外語である.詳しいことは書かないが,専任も非常勤も個人営業のような国立大学と違って,組織的な動きができるのである.
 KGCCの授業については,あくまで教養学部として授業を開設するので,内容と方法についてKGCCのコーディネイターの先生と,教養学部専任の日本語教授法専門の先生の間で協議して頂いた.

 かくして授業については何とか定まった.実は国際室の立場からすると,決めるのが遅過ぎるのであるが,そこは御免なさいの一手である.
 物語は佳境に入り,次回,怒涛の最終章へと続くのである.

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サマープログラムはいかに鍛えられたか(上)

 埼玉大学は2015年以来,6月にサマープログラムを実施し,各回20名弱の短期の留学生を受け入れている.サマープログラムは大学の企画であるから,最初に実施したときに教養学部長であっても全学の役職は何もない私は,公式には何者でもない.にもかかわらずなぜか私がこの企画の発足を主導した.この事例は,縦割りが強く,縦割り間の調整をする権限がある組織所上位者が何もする気がない埼大という組織において,大学としての企画をいかに実施するかの好例となっているように私は思う.

 サマープログラムを実施するというアイディアが最初に浮かんだのは,2014年の9月に,教養学部長室で,私が元理事のNCN堀代表と協議したときだった.そのときはネブラスカ大カーニー校との交流協定の更新について話していたのである.ネブラスカ大カーニー校は堀氏が埼大理事だったときに,堀理事の尽力で交流協定を締結した,と思う.この協定によってカーニー校は有力な交換留学先となっていた.当時グローバル事業で学生の留学を促進する必要があった教養学部としては,是非交流協定の更新をしたかったのである.埼大側は堀氏に協定更新の作業を依頼していたのである.その会合の折,堀氏からは,更新はできるだろう,ただし,埼大で何らかの企画があった方が更新の話は進めやすい,ということであった.埼大の大学間交流協定の問題は,埼大側から相手大学に留学する送り出しは多いが,相手大学が埼大に留学に来るという受入れが少ないことである.そのアンバランスのために,相手大学は損をしていることになり,協定更新が難しい,という事情があった.だから,サマープログラムのような企画があり,そこに参加する機会もある,と言えた方がよい,ということであった.
 サマープログラムというアイディアは,堀氏と私の話し合いの中で出てきたことであり,どちらが言い出したかは記憶がはっきりしない.たぶんいろんな例を堀氏が教えてくれたことの中に入っていたのだろう.サマープログラム以外に,埼玉大学がインターンシップの機会を提供することも出ていたと思う(インターンシップ受入れの件は別途進めたが,ここでは触れない).
 この堀氏との会合を終えた時点で,私は埼大でサマープログラムを実施することを決断していた.建前は大学の交流協定の締結を有利にすることである.しかし真の動機は,埼大がグローバル化に踏み出すきっかけを作ることにある.埼大は,たいした能力はないけれどやればできることはあるのに,しない.何処も,自分の部局のためにしか動かない.その埼大の現状を変えるには,何かをやってしまう以外にないのである.失敗しても経験値は上がるはずである.

 とはいっても当時,教養学部は,次の年に控えた「人社研合併」の準備があったので,サマープログラムの件をすぐに進めることはできなかった.ある程度の時間は浪費した.
 私がまずやったのは,サマープログラムというのはどんなものか?ということをネットで調べることだった.私自身は国際交流の素人であり,たまたまグローバル事業が採択されたから国際交流について眺めるようになったに過ぎない.分からないから,ちょうど良い例をパクろうと思ったのである.海外の有名大学の例を見てみると,さすがに立派なものだった.立派過ぎて埼大のモデルにはならない.そこで国内の例を検索した.国内の例だと手の届きそうに思えた.私がパクることにしたのは早稲田大学のサマープログラムである.2014年に早稲田のサイトに載っていた例では,週の月~金に,毎日同じ時間帯で1コマずつを続ける,という授業構成だった.日本語の授業が毎日の1限目に入る.この方式をモデルにしよう,と考えた.
 私が一番こだわったのは,埼大の沽券にかけて,国際水準の授業を提供することだった.埼大は16コマ2単位の授業を標準としているから,同じ16コマで2単位をちゃんと出す.カルチャーセンター風のお遊びにはしない,という点だった.だから月-木で1コマずつ,それを4週間続けて16コマをやる授業が標準とする.金曜は複数コマを入れて,例えば週末のエクスカーションを含めて2単位の授業にする.早稲田方式で1限目に日本語授業を入れる,という授業構成をイメージした.
 サマープログラムはテーマを持たねばならない.教養学部で授業を出すなら日本研究ないし日本文化研究であろう,というところまではイメージした.
 ちょうどその頃,学長を中心にグローバルPTという会合が定期的に開かれていた.その席上,12月1日の会合で簡単な企画書を出して,サマープログラムをする実施することの提案をした.大学としての正式決定ではないが,このときに2015年にサマープログラムを実施する方向が確認されたのである.その直後に,教養学部から出ている国際企画室長(現教養学部長)殿が,その企画書を加筆して国際本部の会合で提起してくれた.
 国際本部の事務方である国際室は,その時点ですぐに,サマープログラムで何人の学生を海外から受け入れられるかの推定にかかってくれたのである.

 たぶんその12月の前後と思うが,私は教養学部の事務長(支援室長)と,サマープログラムを実施する体制をどうすべきかを協議した.この事務長との協議が一番重要な出発点であったと私は思う.事務長のお考えでは,一番大変な受け入れ作業をする国際本部と,授業を組織する教育機構にまたがって作業を進めるのが,今の組織からすると妥当であろう,ということだった.国際本部は授業を出すことはできないからである.
 それではだめだろう,と私は答えた.なぜか?
 退職したから言えることであるが,埼大は縦割り組織である.縦割りの中でやることはできるが,縦割りをまたぐようなことは調整ができない.だから,権限が教育機構と国際本部(その事務局が国際室)をまたぐ事業については,これまでも,なかなか話が進まず,関係の先生方が右往左往することを強いられていたのである.特にサマープログラムのように,新規で前例のない(話を進めれば規則もはっきりしない面が出てくるだろう)事業については,いずれかの下の方のレベルで「規則上,手続き上どうなんだ?」という話が出て,上の方も関知せず,話が止まってしまう公算が強い.縦割り間の調整をできる組織上位者が熱意をもって進めてくれればクリアするかも知れないが,そんな熱意は期待できないのは実績を見れば明らかだった.
 だから,権限はすべて国際本部に集める,というのが私の考えだった.そして授業については,教育機構ではなく教養学部が請け負う,教養学部の授業として開設する(教育機構を通さない)という方法を考えた.時の国際本部長(副学長)はその種の仕事をしないだろうけれど,本部長の下の国際企画室長は教養学部から出ており,その国際企画室長が指揮権を代行するようにすれば,実質的には教養学部がこの企画を進めることができる.そうでなければ新規の企画は進まない.事務長は当初難色を示されしたけれど,同意して頂いた.以後,財政面を含めてロジスティック全般を担って頂いた.
 
 さて,ここまでは腹を決めたけれど,最も高いハードルにはまだ手を付いていなかった.サマープログラムで授業を担当する先生,特に専任教員を見つけ,同意して頂くことである.サマープログラムの担当をお願いすることは,6月をまるまる棒に振ってくれというに等しい.遅ればせながら,いよいよそのやっかいな依頼にかからないといけなかったのである.
(次回に続く)

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続・非常勤は必要か?

 このテーマはつまらなかった,と後悔している.しかし前の記載で教養学部の事情を書くと記してしまっていた.だから書くことにした.

 やや面倒であるが,全学から部局への非常勤配分の「原則」を念のため書いておこう.この3原則は法人化2代目学長時代の教育担当のK理事(要するに加藤理事)がまとめた原則である.この原則をまとめたことは大きな進歩だった.それまでは非常勤の配分と部内使用については闇に包まれており,適正に非常勤が使われているとは言い難い状況があったからである.この原則を提起した真の動機は,非常勤を削減するためではなく,部局に非常勤を配分する理屈を考えてくれた(削減され難くした),という意味合いが強かったと私は思う.

原則1:専任教員の代替措置(が必要な場合に非常勤を措置する)
原則2:専任教員が配置されていない授業科目等(について非常勤を措置する)
原則3:学部・研究科に配置された専任教員の数が不足している(場合の対処として,必要な授業科目等について非常勤講師を措置する)

 上記原則に下位原則があり,下位原則まで書かないと実は意味が分かりにくい.例えば原則3では,専任教員が不足しているとは,言うだけなら誰でも言う.ただ,部局の学位授与方針や教育課程方針に不可欠な授業科目に限られている.
 とは言いながら,これらの原則は結局曖昧である.措置する非常勤数の絶対数を指定するものではない.原則1の「代替措置」についても,どこまで措置するかは判断に過ぎない.原則2についていえば,そのような授業科目を開講するかどうかは全学の判断であり,開講しないという判断が排除される訳ではない.原則3についても,卒業要件となるような重要科目を専任が行えずに部局が設置されるということは,滅多にないだろう.もし非常勤科目が設置申請に盛り込まれていても,設置から数年経てば開講する必要はない.だから厳密に考えれば原則3に該当する例は,あっても稀なはずである.

 教養学部の場合の非常勤の使い方は,詳細に書くと長くなり過ぎる(書き始めて止めた).そこで原則3の非常勤事情だけを例示しよう.
 私が学部長だった2009年度に,部内の専修体制の変更を行い,現行の専修体制(5専修)となっている.その際,最初に専任が開講する授業科目だけでカリキュラムを作ることを求めた.非常勤がなくなると動かない体制は作れないからである.理屈から言えば,専修には6名の専任がいれば,若干の余裕で,学生の卒業単位(卒業単位のうち専修必修の60単位)は満たせる計算だった.だから数の上では非常勤無しでもカリキュラムは成り立つはずであり,実際その条件でカリキュラムをまず作った.非常勤が取れたときの科目はその後に書き入れるという手続きをとった.
 だから,2009年度時点の原則がちゃんと維持されていれば(維持されているかどうか,私の学部長の期間にもチェックはしなかったが),教養学部では原則3の非常勤はゼロでも支障ない.
 原則3の非常勤は,たまの例外を除いて5つの専修に配分している.当然ながら,非常勤の削減とともに専修に配分される原則3の非常勤枠は減ってきた.
 原則3で各専修に配分される非常勤枠の中には優先的に配分される枠が2つある.

 第1は教免科目の非常勤である.教養学部では国語,英語,地歴,公民の教免を出しており,需要は高い.教免の維持はだんだんと面倒にはなっているが,それでも国立の人文系の学部で教免を放棄した学部はない.そして,教免の課程申請(教養学部による)に入っている科目の中には専任が担当できない,ということになっている科目がある.そこに非常勤をつけて教免を維持することが学部として必要だ,という判断をしている.
 専任が担当できない科目が課程申請の中で必修になっているとすれば,課程申請を出し直して必修科目は専任が担当可能な科目とすればよい.が,課程申請は面倒であり,私が学部長の期間はまだ非常勤がついていたので,そのままにしていた.昨年度からの教養学部長は課程申請をし直して必修科目を変える方針を表明していたが,実際に変えたかどうかは確認していない.教免科目であれば非常勤を配分する訳ではなく,私が学部長の期間に,必修科目であり専任が担当できない科目に限って配分することとした.教免は部局の判断で出しているので,この非常勤は原則3による配分に入る.
 しかし,自分が退職したから気軽に言うが,「専任が担当できない」科目は,本当は担当できることもあるだろう,と私は思う.例えば自然地理学は地理学の専任教員の専門でないから「担当できない」ことになっていた.しかし,そんな高度な科目を担当する訳ではない.あくまで学士課程の科目であり,自然地理学の概論を出せばよいのであるから,少なくともテキストを使えば地理学の専門家なら担当できるだろう.現状で非常勤を付けている科目の中にも,そういう科目が結構多いように思う.

 優先的に配分される第2は,「多文化理解科目」である.教養学部では多文化理解科目(「分裂した世界における人権」など)が4単位必修になっている.各専修から少なくとも1つの多文化理解科目を出すことになっている.が,そう決めたときに(専修体制の改定時である),その開講科目の分には非常勤を出すことに決めた.多文化理解科目を学部必修にすることは,もともと学部の学位授与方針に多文化理解の要件があったために,学部長だった私が提起したものであるが,実に反対が多かった.しかし部内世論は学位授与方針を変えるでもなかった.しかたなく「開講する本数に応じて非常勤を付ける」ことにして教授会でやっと認めてもらったのである.必ずしも非常勤で多文化理解科目を開講するのではなく,多文化理解科目の担当者が代替用の非常勤を使える,という理解だった.ところが実際は,ほとんど,多文化理解科目は非常任せになってしまったのである.しかし,この多文化理解科目の授業科目は,その気になれば専任が担当できるものがほとんどのはずである.できない,というなら担当できるテーマの多文化理解科目に変えればよいだけである.

 現状でいえば,専修に配分される非常勤は上記2種類以外の部分が全学での削減によって縮小している.この「以外の部分」は,私の印象では,どうしても必要な授業というより,「カリキュラムを豊かにする」ために使われている.特にヨーロッパ文化専攻のようにヨーロッパの多様な側面を授業で講義したい専攻で非常勤の需要が高い,という印象がある.

 冗長になるのでまとめに入ろう.非常勤については私の頭の中では2つの考えが交代で活性化される.

 第1は,非常勤は,若干の例外を除いて,なければそれまでだという考えである.非常勤がなくて大学が潰れる訳ではないし,部局が潰れる訳でもない.むろん非常勤がないと学生に提供できる資格は減るかも知れないが,だから大学が潰れる訳ではなく,学部も潰れる訳でもない.若干の例外とは,設置上非常勤の措置がどうしても必要な場合である.つまり,大学の財政状況によっては非常勤予算を削減することは「あり」である.
 非常勤でどうしても削れない部分があるとすれば,原則1の「1-2.休職等により担当授業の代替者が必要な場合」だろう.授業は専任が担当するのが原則としても,その専任がいないことはあるからである.「1-1.役職により担当授業の代替者が必要な場合」も,実際どれほど必要かは疑問である.私は学部長時代にこの原則の非常勤枠をもらっていたが,私が授業を休んで代わりに非常勤に担当してもらったことは,あるけれどもあまりない.実際には学部で「必要」と思える部分に流用していた.同様のケースは多いと思う.教員は教育現場,学生との接触が切れるのを嫌がるから,役職があっても授業をするのは嫌ではないのである.
 なお,非常勤を圧縮できるのは,専任で賄えるようにできている通常の教育プログラムであり,埼大では,例えば英語の授業や外国人留学生向けの日本語授業などは,初めから非常勤を前提に成り立っている.こうした部分の非常勤に圧縮をかけるのは無茶な話である.

 私の頭に浮かぶ第2の考えは,第1の考えとは方向が逆である.なるほど,非常勤がなくても国立大学は成り立つようにできているはずであるけれど,非常勤があった方が物事は円滑に運ぶ.上で述べたが,学部全体のための授業担当を所属教員にお願いする場合,非常勤があればなんとか維持できる.もし非常勤が極端に圧縮された場合,学部共通部分は次第に崩壊して行くことになるように思う.また,非常勤があることによって,教員間の摩擦を解消できる面もある.学生の不満を解消できる面もある.非常勤なしで学部を運営するのは現実には難しい.削減/圧縮したところでさしたる金額にはならない非常勤をわざわざ削減するのは,政治的には愚かな判断であるとしか見えない.

 結論としては,削減はできるにしても,現状程度の非常勤予算を維持するのが政治的な意味において常識的である.

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非常勤は必要か?

 私の在職中の最後の年度であった平成28年度には,平成29年度はよいが30年度からは非常勤講師枠が大幅に削減される,といろんなところで何度も聞かされた.ただ,非常勤を減らすという掛け声はこの20年ほどの年中行事であったし(その割にあまり減らなかったように思う),どれほど減らされるのかははっきりしていなかった.平成30年度の非常勤予算ということでいえば,ちょうど今が結論が出る頃だろう.
 他方で,私が退職する直前には,これ以上は非常勤は減らせないという考えで全学部長が合意している,という話をどこからか聞いた.そんな合意をするくらいであるから,非常勤枠に対する教員側の関心は高く,教育上の必要性も高いという判断なのだろう.学部長が揃って非常勤削減に反対するなら,政治的には影響力を持つかも知れない.
 私が学部長として全学の会議に出ていた時にも,学長からは非常勤を削減したい旨の話が何度も出ていた.そのときには私は「お金がないんなら仕方ないでしょう」という冷めた発言をしていた.他の学部長さんは同様ではなかった,かも知れない(あまり記憶にない).
 専任教員数はこだわるべきであるが,非常勤の授業はなければそれまでではないか,という気持ちが私にはある.そもそも論でいえば,学部は専任だけで学生の卒業単位を満たせるようにできているはずである.設置申請の際に非常勤科目を書き込むことはある.その限りで非常勤科目は開講しないといけないが,開講が必須である期間は短い.時間が経てば設置申請の中身は問われない.実際には,少数の例外を除いて,専任教員の授業だけで卒業単位を余裕で満たせるだろう.
 もし,本当に非常勤の必要性が高いのであれば,学部手持ちの専任教員ポストを非常勤予算に「取り崩す」よう申し出るべきなのだろう(学長が認めれば,であるが).専任一人を雇うお金で非常勤はかなり雇用できる.むろん,私ならそんなことはしない.専任を減らすことは大学/学部の弱体化を招くからである.ただ,専任一人を取り崩せば複数名の(労働時間が少ない)研究員を雇用することができる.多様な雇用形態を容認するのであれば,「専任の取り崩し」のやりようで望ましいかも知れない.

 さて,上でも書いたが,非常勤削減の掛け声は長く年中行事だった.特に法人化以降,非常勤は削減基調にはある.しかし掛け声ほどには減っていないな,というのが私の実感だった.法人化以後,どんな経緯であったのか?
 まず法人化後の初代の田隅学長は常に非常勤削減を口にされていたように思う.実際,ある時に大幅に減り,このまま続けば非常勤はゼロになる,と思ったこともある.しかし時が経ってしまうとそれほど極端な削減にはなっていなかった.私の理解では,経済学部出身のK理事が削減を止めていたのである.ある機会に私がK理事に「非常勤を減らすような話であるが,どうなのか?」と伺ったところ,「減らせない.教養教育ができなくなる.」とのご返事であった.学長の非常勤削減方針に抗しておられたように私は思っている.
 実は田隅学長ご自身,埼大では教育が重要というお考えがあった.だから非常勤を減らさないのは学長ご自身にも抵抗が少なかったかも知れない.
 法人化後2代目の上井学長のときは,あまり削減という話も出なかった.削減がお好きではなかったこともあるだろうが,田隅学長のときに大幅な削減を実施したのでまだ余裕があったのだろうと思う.時の教育担当理事は教養学部出身のK理事だった.K理事のときに非常勤について行ったことは,まず現状の把握をして(非常勤は当時,全学でも正確な把握がなかった),新たに非常勤を付ける「原則」を整理したことだろう.この作業によって全学の非常勤講師予算の使途は把握され(ただ,まだ完璧ではなかったはずである),原則を整理することで非常勤の予算を付ける道ができたといえる.K理事が何度も口にしたのは「必要なものは付ける」という有難い言葉だった.
 この上井学長の時代は,K理事の意向が強かったこともあるが,埼大は教育には投資すべきである,という考えが明確だった.だからこの時期,基盤教育のための教員を教育機構に配置するということも起こったのだろう.
 こう見てくると,法人化後初代と2代目の学長さんの御代には,第1に教育に投資すべきという考えが強かったこと,第2に,学長に抗してでも教育に予算を付けようとする理事がおわれたこと,という2つの条件が揃っていたように思う.
 さて,現在の,法人化後3代目の学長の時代はどうか,といえば,上記の2つの条件はともにないように思う.そういう意味では,非常勤枠が削減されやすい条件下にあるのが現在だ,といえるかも知れない.
 
 「非常勤は必要か?」というテーマからは外れた話になった.次の記載で,教養学部を例にしてなぜ非常勤が必要になるのかを書いてみたい.

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教養教育は養成する人材像次第である

 このところ私は教養教育について書いていた.私自身が忘れるためにも,まだ頭に残っていることを書いておきたい.

1.教養教育は過少供給になるのが道理である

 教養教育は大学にとっては公共財といえる.公共財ということは,それがあることは有難いとしても,そのための費用負担を合理的判断からは回避することになることを意味する.サミュエルソン以来の経済学の基本命題といえばもっともらしく聞こえるかも知れない.
 私自身が教養学部長だったとき,法人化2代目学長の下での理事殿から,教養学部が多くを負担する形の教養教育のプランが出てきた.ウチの教員一人当たりの負担を計算すると飲める話ではなく,したがって拒絶した.この件では全学運営会議で,私は理事殿と,掛け値なしに1時間の押し問答を繰り広げた.このゴタゴタは全学運営会議だけの展開ではなく,詳しく言うと面白いだろうが,それ以上は書くのを止めておく.ともかく私は,これで妥協するなら学部長を辞めると教授会で宣言したほどである.
 学部の懐具合を言うと仕方ないのである.教員の方は自分の担当科目の開設が基本的義務と思っている.そのため,実は学部内での共通的な科目への出動にも強い拒否があった.そのうえに全学の教養教育で多くの負担を抱え込む余地は,その時点ではなかった.事情はどこの学部でも似たようなものではなかったか?
 人文系の学部長会議で某信州大学の学部長さんがいっていた通りだろう.全学体制というのは要するに無責任体制だ,教養教育の専門部局を作るしかない.信州大学をはじめ,いくつかの地方国立大学は少なからぬ教員数を擁する教養教育のための(信州大の場合は人文学部程度の)部局を作った.規模の大きな上位大学はもっともらしい名称の教養教育担当の部局を持っているのが普通である.
 埼大の場合,それらの大学に比べると規模が小さい.だから教養教育専門の部局を捻出するだけの余力はない.何度も言うが,この規模の大学は結局何もできないのである.
 「教員定数の再定義」として旧教養部教員ポストを全学に拠出することを決めたとき,当時の教養学部執行部は教養教育ができなくなることを理由にあげて反対している.このときに,教員定数の再定義をするにしても,教養教育の手配をするべきだったのにしなかった.
 そうした問題がある中で,法人化2代目学長時代の教育担当理事殿はある程度の手は打ったのである.少人数ながら教養教育を担うべきポストを教育機構につけた.全学の基盤教育(たぶん教養教育も含むのだろう)の設計を担うべき教員も1人採用したと聞いている.
 私は,多少のポストを教育機構につけることが,教養教育の実施にはプラスであるとしても,教養教育の運営の主体になれるかには,疑問があった.規模の小さい組織では,部局に対して統率力を発揮することは無理と思えるからである.結局は部局間談合から抜け出せない.ただ,この措置は資源のない中での窮余の一策ではあったろう.
 しかし,教養教育の設計に責任を持つことが想定された方が事情によって転出された辺りから話が怪しくなってしまったように思う.昨年度辺りは,教育機構に配属になった教員がポストの存続について高官から明るくない見通しの説明を受けられたと聞いた.先が読めない状況では何も進まないだろう.

2.教養教育をどう設定するかは育成する人材像次第である

 そもそも教養教育は必要か? 貧弱なままではダメなのか? という問題がある.
 何が必要かは育成する人材像による.注意すべきは,教養教育の基盤はリベラルアーツの考えであり,リベラルアーツ教育はエリート教育であることである.ウチの大学の学生はエリート教育の対象であろうか?
 リベラルアーツの対局は Practical Arts,つまり職業教育である.職業教育であるなら,その職業につくための知識とスキルの教育に専念して不思議ではない.考えてみると,埼玉大学は学生規模からすると職業訓練学部が主流なのである.工学部,教育学部,それに経済学部の中の経営(ビジネス/マネジメント)は,米国流にいえば職業訓練学部である.これらの学生に対しては,息抜きのための,軽い,カルチャーセンターのような授業が少々あればよいのかも知れない.
 だから,教養教育をどうするかの判断は,育成する人材像の点検によって自動的に答えは出る話である.
 地方国立大学がポリテク化して行くと読むならば,埼大でこれから必要になるのは,まさに「息抜きのための,軽い,カルチャーセンターのような授業が少々」と考えるのも無理ではない.

3.学士課程の再設計がなければ教養教育の充実はないだろう

 教養教育をどうするかは教養教育だけの話では終わらない.埼大では,学生の必修124単位は,専門科目,基盤科目,外国語科目に分割されている.外国語科目の必修単位は固定であるから,教養教育が入る基盤科目の必修単位を増やせば,専門科目の単位が少なくなる.だから第1に,専門科目の圧縮が必要になる.第2に,教養教育の負担が専任になるなら,専門科目を圧縮して軽減する授業負担を教養教育に振り分けることになるしかない.
 私自身は,教養教育の単位設定を大綱化以前に戻すべきと思う.が,そうした変化を起こすのは政治的に難しいだろう.

4.現状でも基盤科目には整理すべきことはある

 教養教育の改善はないとしても,現状でも(教養教育を含む)基盤科目には整理すべきことがある,と感じている人は多いはずである.私が今思いつくことを書いてみよう.

1) 科目指定は積極的に行うべきである
 本来,教養教育(General Education)は「大学生ならこれくらい理解していてよいよね」という内容を学ぶのが基本である.理解しておくべきことを事前に計画するなら,ある程度の科目指定はあるべきである.
 現状で,教養学部の例を言うと,「自然科学」では学生は数物系の科目を回避し,せいぜい生物学か,なぜか自然科学に入っている工学系の科目で単位を満たす.「学生の選択に任せる」といえば聞こえはよいが,その実は無責任なだけである.「自然科学などどうでもよい」と教員が思っているからだろう.
 少し前の記載でアーカンソー州立大(ASUJ)のGeneral Educationの規定を紹介した.ASUJの場合(他の米国大学でも同様のはずである),Math & Science の科目としては数学が3単位必修,物理・化学系と生物系からそれぞれ4単位必修(うち1単位は実験)と指定される.Math & Science の最低ラインを学んだというには,こうした分野指定は妥当だろう.ちなみに,工学はScienceではない.(テクノロジー科目群を別個に立てることはよいと思うが,整理は必要だ.)
 同時に,General Education で必修がかかるなら,どんな科目でも良い訳ではないはずである.私の考えでは,社会科学なら政治学,経済学,社会学か地理学,に限定してもよいように思う.
 科目の指定をすることは,クラス指定をすることにつながり,科目数の制約のある状態では運用が容易になるはずである.
 科目を限定した場合,「誰がやるのか」問題がおきるというかも知れない.しかし私の予想では,教養教育としてやる程度の入門的な授業であれば,数学,物理,化学,生物/分子生物学などの範囲で,テキストを使って,理工系の先生であれば主要科目の何れかはどなたでも担当できるだろうと思う.やれと言われたら,私だって政治学でも経済学でも,テキストを使えばやりましたよ.

2) テーマ科目というのは変である
 テーマ科目(テーマ教育プログラム)は名称がおかしい.このカテゴリーは「なんでもよいですよ」になっていて,その授業を開設したい教員の科目の集積になっているようである.それではテーマや課題にはならない.逆に自由演技科目というべきだ.
 テーマ科目というカテゴリーは,以前の記載でも書いたが,私が2001-2003年度に提起したプランに発している.が,私が提起したのは,テーマは大学が設定するものであり(例えば環境,公共性,多文化社会),そのテーマに関する科目を体系的に配して副専攻プログラムに準じたものにすることであった.テーマは大学が責任をもって設定するものだった.
 General Education の要請を考えれば,現状のテーマ科目で必修単位が満たせるというのは変である.

3) 全学開設の専門科目
 (GYなどに例外はあるかも知れないが,)全学から出る科目はほぼ一律に基盤科目になってしまうのが変である.内容的には専門科目に相当するのに,いわゆる教養枠になってしまう.例えば全学で出す社会調査士科目は,入門的なものは基盤科目でよいが,少なからぬ単位履修を前提とした社会調査実習などが基盤に入るのは理屈に合わない.問題は,基盤に入るとコースナンバーが1年生用に指定されることで,それではナンバリングの意味がない.
 全学開設の科目でも,内容によっては専門科目のプログラムとして,ナンバリングを正して開設しないといけない.学則上は,教育機構でも専門科目を開設できるのである.
 基盤科目のうち,専門科目に位置付けるべきものは,全学開設の専門科目のプログラムとして整理しないといけないだろう.

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学長選考

 今年は埼大で学長選考があると思う.この3月に退職してからの状況を私は知らないが,退職する時点での状況から考えると波乱はないはずである.
 学長選考会議は10名からなる.現学長は最悪でも7対3,最良なら10対0で勝つだろう. むしろ関心は,あえて(教職員による)参考投票をするか,ということかも知れない.候補者が1人ならやる意味はない.
 今のシステムの下で,現学長に再任の可能性があり,かつ再任を望むとすれば,埼大の事情を考えると現学長以外の候補者が勝つ可能性はまずない.そもそも選考委員の半数は外部委員であり,外部委員を任命しているのは現学長であるから,仁義からいって現学長以外の選択をすることはまずない(以外の選択をする例もあった).現学長以外が選ばれるとすれば,1) 他の候補者がいる,2) 参考投票が行われる,3) 教員の学長選考委員がすべて学長選考会議でその参考投票の結果に従う,という条件が揃うときである.法人化2代目の学長は法人化初代学長が再任可能性があるなかで選ばれたが,その時は上記の3条件が満たされていた.しかしその後,例えば3)は満たされなくなった.
 より部局数の多い大大学であれば,もっと多様な可能性はあったろう.

 知恵を絞って学長をどう選ぶかを考えるのは,2年後だろう.今から考えるべきかも知れない.

 現時点で,国立大学の半数は教職員による参考投票で1位より下位だった候補者が学長になることを経験していると思う.埼大ではそのような結果はなかったと思うが,参考投票を続けていれば1位より下の候補者が学長になることは起きるはずである.そう考えると,あえて参考投票など止めてもよいかも知れない.むろん考えようによっては,参考投票は「革命」の唯一の可能性であるから,残した方がよいというのも見識ではある.

 法人化より前は,他の国立大も同様であるが,教員による投票で学長を決めていた.その時代,長いこと,埼大では理工と教育学部が手を組むことで学長は決まった.この状況は,法人化の初代学長と現学長も同じである.法人化の2代目学長と法人化直前の学長は経済学部から出ていたが,2代目学長の方は簡単にいうと理工がまとまらなかったため,法人化直前の学長は混乱があったためである.
 だから,投票に従う限り「理工と教育次第」という公式はまず動かない.学長選考会議で決めるということは,人によっては非民主的と見えるかも知れないが,大学という組織にとっては良い可能性があると私は思う.
 もっとも,前に書いたことであるが,現状の国立大学法人の仕組みは「経営」は働かない.学長選考が真に意味を持つのは,大学の経営が機能することが前提になるように思う.

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教養学部古典百選

 2008年度の末に教養学部では「教養学部が推薦する古典百選」の選定作業を行った.教養学部の大学院組織である文化科学研究科は2007-2009年度の間に大学院GPを実施していたが,その関連作業として進めたものである.件の大学院GPとは,哲史文といった世間的には役に立たない領域を学ぶことが,実は社会で役立つスキルを含んでいるのだ,そのスキル教育を推進する,という趣旨の事業であり,副学部長時代の私が無い知恵を絞って考えた事業である.で,ちょうどその実施期間であった2007-2009年度の間は,教養学部の中で,哲史文の道筋をハッキリさせよう,という機運があったのである.ある種の「教養主義」を打ち立てたいということであったろう.
 教養学部の先生方は,私と違って本をよく読む.教員は自分のコピィを作ろうとするのが宿痾と呼ぶべき習性であり,だから本を読むことを学生に勧めたいのは自然な成り行きであった.
 で,私を含めて学部の三役が常に顔を出す格好で,いろんな方に参加をお願いして,何か月かかけて読むことを学生に勧めるべき古典的著作の選定を行ったのである.

 2008年度の3月(2009年)段階での結果が下の108冊である.
 この結果は詰めを残していた.第1に,百選というなら8冊を落とさないといけないが,そこが難しかった.まあ,108選でいいか,という気分があった.第2に,この108冊をどういう枠組みで説明するか,という問題もあった.単純には,以下の表は作業の都合の順番であったが,どのような順番で秩序立てるか,という問題もあった.第3に,選んだとしてその後どうするかを決めていなかった.例えば,この中から何冊選んでレポートにまとめろ,といった課題を新入生に出すかどうか,という問題である.ただ出すだけ,ということでもよかった.

 今さらこの108冊を眺めると感じるところはある.
 第1に,当然であるが,選定結果は選んだ人,特に会合に常に出ていた三役の趣味が大きく反映している,と感じる.(本を読まない私の意向が一番小さい.)第2に,なぜこれが入ってあれが入らない?という話にはどうしてもなるだろう.第3に,サイエンス系の古典が少なかったな,という気もする.第4に,古典とはいえないまでも,その時々で影響力のある本を入れるべきだったかも知れない.
 まあ,いろいろ問題はあるのであるが,このままで公表してしまってよかったかな,という気持ちが強く,その点で悔いが残る.我々なりに百選を選び,その結果は批評をまつという態度が正しかったろう.
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教養教育は学部間で話し合うような事項ではない

 7月のことと思う.非常勤での授業担当があって埼大に行ったら,人に会い,全学の会議で教養教育について議論したと聞いた.学部の反応にいろいろあってまとまり難いような話であった.いかにもそうだろうな,と思った.
 時間的に考えて,9月にはそれなりに落ち着くところに落ち着くはずである.すべてをひっくり返すほどの迫力のある学部はない.
 とはいえ,結局は教養教育の残骸のような案でまとまらざるを得ないだろうな,とも思う.その点も仕方ないだろう.

 そもそも,教養教育のプランは学部間で話し合うような事項ではない.政治的には,何れかの時点で学部の了解を得る必要はあるだろう.しかし,何をどうすると考える時点では全学でプランを作るしかない.なぜなら,学部は自分たちの専門教育を考えている.その学部の発想からすれば,専門のための基礎教育を充実させるという必要性は感じても(専門基礎の科目は専門科目に入る),教養教育をどうするという考えは出ない.学部の専門教育のために教養教育が必要になることはまずないからである.教養教育は,この大学の卒業生がどのような知識を身に付けるべきであるかという理念から出てくる.専門教育を担う学部からは出ないのである.だから全学のセクションで考えるべきなのだ.

 1つ前の記載で書いたように,私自身が教養教育のプランに関わったのは2001-2003年度だけである.その後,学部長として教養教育の議論に加わったことはあるが,学部長は学部構成員の考えを背負って動くものであり,教養教育のとりまとめをする立場になることはなかった.

 2001-2003年度の私の経験(それ以前だと,共通教育の社会科学の実施部会に出ていた経験)からすると,まとまり難いのは実感としてよく分かる.

 2001-2003年度の全学の会合のことを言えば,各学部から2人が出て,その方々の会合が中心であったと記憶している(それ以外の方が出席した会合もあった).教養学部からは,後に学部長をされた関口先生と私が出席していた.各学部ともそれぞれの考えがあり,とりまとめは(副学長のK先生であったが)難しかったはずである.
 私は教養教育について,1つ前の記載のようなプランを主張していた.経済学部の先生からは割と理解を得られた.けれども,その先生だから理解してくださったのであって,別の先生が出てくれば話は違ったかも知れない.ややこしかったのは,当時の教育学部の委員の先生からは,私のプランとはまったく別のプランが出て来たことである.そのプランとは,教育学部を2つに割り,1つを従来のような教員養成学部,もう1つを総合的な学部にして,その学部で全学の教養教育を一手に引き受けましょう,というプランだった.その新学部にどれほどの教員を出せるかは,当時の教員養成学部の「あり方懇談会」の結果による,ということであった.
 私は教育学部のプランに対しては否定的だった.第1に,教育学部を2つに割れるのであれば,教員養成学部でない方の学部用の教員・学生定員の使い道は大学の判断で全学的に構想すべきであり,教育学部の都合に任せるべき筋とは思えなかったからである.第2の異論はより理念的である.教育学部委員から出ていた教養教育とは「総合的」ということであったが,私の発想からすれば,教養教育の授業も学問分野の専門性を外すべきではない,素性の分からぬ授業を作るべきではない,と考えたからである.「経済学」,「文学」,「物理学」といったディシプリンを外した授業など,講演ネタにはなろうが大学教育にはならない.教育学部のプランと私のプランの2つで最終的にコンペのようになったのであるが,当時の兵藤学長が私のプランを選んだ,という決着だった.換骨奪胎はされたが,そのうえで田隅学長に引き継がれたことになる.

 もう一つ難しかったのは,理工,特に理学部が教養教育に対して引いていたことである.教養学部の関口先生と私が出て,理工の先生と話しあったことがあった.理学部からM先生(研究科長になった方ではない),工学部からはK先生が出席された.その折に別の学部の先生も出席されていたかどうかは,記憶がはっきりしない.ともかく,その時の話し合いは厳しいものであった.
 理学部の先生から出た言葉で印象に残るのは次のような発言である.

1) 理学部はノーベル賞を取るような研究をしている.
2) 理学部は研究中心の学部であり,その点が文系学部とは違う.
3) 理学部は工学部と一緒に研究中心を進める.教養学部との括りにはされたくない.
4) 理学部は研究者養成の学部であり,専門の基礎教育には関心があるが,教養教育には興味がない.

 以上は印象に残ったことだけを選択したという意味で誇張があることに注意して頂きたい.

 1)については,仲間内に戻ってからは「そんなことはノーベル賞を取ってから言え」と陰口をたたいたものである.ただ「ノーベル賞を取るような」というこの言い方は,理学部の先生の口からはその後も時折出ていた.事実としても,そんなこと口にするか?
 会合の席上,私が最も腹を立てたのは2)の発言である.「我々をなめているのか」といって私は立ち上がろうとするのを,右の席にいた関口先生が私の腕を抑えて止めた.むろんそこで相手に詰め寄ってひと悶着起こすほど私も馬鹿ではなく,不快感を示すためのジェスチャーであったが,関口先生が抑えるポーズをしてくださったのが阿吽の呼吸だったろう.
 まあ,1)~4)のようなことをお考えであるなら,教養教育を担いますという話には,なり難いだろうと思う.

 ただ,私の教養教育のプランに対しては,委員だった理学部のM先生(研究科長になった方)は理解してくださった.とはいえ,後に理学部内から突き上げを食らった,とは伺っている.

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2003年の教養教育私案

 国立大学の法人化は2004年度からだった.その直前の埼玉大学は兵藤学長の治世だった.その法人化の直前に,全学でいろんな委員会が設置され,ウチの教養学部からはなぜか,私がよく出席していたのである.
 全学レヴェルの議論の中には今後の教育システムに関する議論があり,その一部門として教養教育に関する委員会というか,ワーキンググループがあったのである.手持ちのファイルを調べると,2001年度に私は少なくとも1度,全学の会合でプレゼンをしている.そのファイルが次である.

2001年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「010424.pdf」をダウンロード

 ただ,ちょうどその頃,埼玉大学と群馬大学との統合話が出てきたように思う.そのため,上記の議論も事実上中断していたようである.私の手持ちのファイルでは,再度私が全学レヴェルの会合でプレゼンしたのが2003年度であった.次のファイルである.前のファイルよりも詳しくなっている.
 実は文章(長い)もあるであるが,文章は出してもどなたも見ないだろう.プレゼンのファイルだと分からない点もあるだろうが,雰囲気を伝えるにはこの方がよいと思った.

2003年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「031007lapre.pdf」をダウンロード

 補足しておこう.

1) 私の当時の議論は,米国の大学のパクリである.学士課程教育の基準である「深さ」,「広さ」,「相互関連」などは,私独自の考えと誤解した人も多かったが,実は米j国の大学のホームページによく見られる表現に過ぎない.ただ.私の独自の論点はほとんどないように思う.私はこの米国パクリでよいと,今も思っている.

2) 上記の2003年度の文章版をさらに換骨奪胎した文書をWGは報告書としてまとめている.学長が兵藤学長から田隅学長に代わる直前であり,その報告書は田隅学長に引き継がれた.田隅学長の下で教育企画室長になったのは現在の山口学長である.その山口学長の教育企画室に教養教育の件で入るように,私は田隅先生(次期学長の頃かも知れない)から電話で依頼を頂いたが,私は受けなかった.適当な理由をお伝えしたとは思うが,実際は,田隅学長と争った兵藤学長の学長選挙における推薦人に名を連ねていたので,仁義を通したからである.ただ,企画室長になった山口先生は,WGの報告書を可能な限り活かそうとされたと認識している.表面的にいえば,例えば副専攻システムやテーマ教育プログラムの導入は,その報告書に発しているのである.

3) 私の元来の考えは,WGの報告書になる時点で換骨奪胎されている.しかしその報告書をもとにした教育企画室のプランは,さらに換骨堕胎を重ねたと記憶している.事情があって,そこが限界だったのだろう.例えば,私がテーマ教育プログラムという場合(米国に例があるが),学問的に体系のある授業群である.ところが,実際にできたものはといえば,1つ1つの授業が,担当教員が「テーマ」を勝手に称するところの授業を指すものとなった.また,「副専攻」も,教養教育の枠の中でやるものとされたので,実際履修者はほとんど出ないに決まっていたのである.本来,副専攻(minor)とは,主専攻(major)と並行して提供する専門教育である.

 だからどうだというのではないが,参考までに.
それにしても,その後,議論のレヴェルが落ちましたよね.

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常識的な教養教育

 今年は埼大で非常勤で授業を担当している.授業をしに埼大に出向き,人に会うと,話題に出るのが教養教育の件である.今現在,全学で次年度(から?)の教養教育の方針を話し合っているという.なかなか合意に至らないような話も伺う.といっても,合意を目指している教養教育の内容は,私が退職するこの3月頃に出ていたものと基本的に変わらないようなので,私個人としてはどちらに転んでも気にはならない.埼大の教養教育は,法人化後,後退に後退を重ね,今は残骸のようになっている.
 教養教育がどうあるべきかは考え方によることであり,正解がある訳ではない.考えようによっていろんな形があり得る.いっそ教養教育は一切無しにすることも,選択肢のうちだろうと思う.
 ここで,常識的な教養教育というか,教養教育の基本形がどんなものかを確認しておくことは意味があるだろう,と思った.

 私の推測では,教養教育(ないし一般教養)は米国の大学の General Education の和訳であろう.日本の大学は,少なくとも授業システムの設計では,米国の大学を範としている.文科省が授業に関してものをいうときは,多くの場合,米国に合わせろといっているように見える.
 私は退職する半月前の3月の半ばまで,アーカンソー州立大ジョーンズボロ校(以下,ASUJと略)とのダブルディグリープログラムのプラン作りをしていた.だからASUJのGeneral Educationの構造をそれなりに調べた.ASUJは米国を代表する大学では決してないが,基本構造は米国の大学の標準に準拠しているといってよい.ASUJのGeneral Educationはアーカンソー州の規則に強く制約されていて,埼大側の科目をASUJのGeneral Educationの科目として認定してもらうのが一番面倒だったのである(他の米国大学でも同様だろう).米国における大学の教育の質保証の中で,General Educationが占める役割の大きさを実感した.
 さて,ASUJで埼大の「基盤科目+外国語科目」に相当する部分を抜き出すと次のようである.なお,下記はASUJのBachelor of Science in Interdisciplinary Studies Degree Programで学ぶ学生用の要件であり,要件はどの専攻プログラムで学ぶかによって若干変異する.しかし大まかには同じである.
 念のために説明すれば,日本と米国では,単位と授業時間の換算法はほぼ同じである.米国の大学で3単位であれば,その授業時間は,日本の大学の2単位の授業の時間の1.5倍と思えばよい.また,日本の大学の授業は1セメスター2単位の授業が標準であるのに対し,米国の授業は3単位が標準である(だから週に複数回授業をする).

 次のように,ASUJでは General Education は35単位(以上)であり,それに初年次接合科目3単位と外国語6単位が求められる.General Education の内訳は,作文(Composition),数学,自然科学(Science.数学は「自然」科学でないことに注意),Fine Arts&人文,社会科学,専攻プログラムによる指定,である.

初年次接合科目(First Year Making Connections Course) 3単位
 例:UC1013 Making Connections
General Education(計35単位)
コミュニケーション(作文)             6単位
数学 3単位
 Science                       8単位
   うちPhysical Science から4単位
    例:PHSC 1203 AND 1201 Physical Science and Laboratory
   うちLife Science から4単位
    例:BIOL 1003 AND 1001 Biological Science and Laboratory
 Fine Arts および人文科目              6単位
   うちFine Arts から3単位
   うち人文科目から3単位
 社会科学(この大学では歴史が社会科学)        9単位
   うちPOSC 2103(Introduction to United States Government)3単位必修
   歴史学以外から6単位必修
 専攻ごとの指定                   3単位
  例:COMS 1203 Oral Communication
外国語(非英語)                   6単位
合計                         44単位(以上)

 何点か補足すべきだろう.

 第1に,ASUJの上記の科目群の構成は,「大綱化」前の埼大の一般教養と酷似している.大綱化前のことを覚えている方はそう思われたろう.ASUJの上記科目の単位の合計は44単位であった.大綱化前は,埼大でも人文・社会・自然のそれぞれから3科目(当時は通年授業が標準で単位は4単位)の履修が求められたから,合計必要単位は36単位だった.それに外国語8単位を加えると,ASUJとまさに同じ,44単位になるではないか.この点は,大綱化前の日本の大学の一般教養は,米国の General Education をモデルにしていたことの証左でもある.

 第2に,米国のGeneral Educationは,普通,積極的に科目の指定を行う.「自然科学」の中から好きな科目をいくつとればよい,という訳ではない.Scienceとは異なる数学は必修であり,Physical Science(物理,化学,地学など)から実習1単位を含めて4単位履修しなければならない.Life Scienceでも実習1単位を含む4単位が必修であるから,科目の選択の幅はあるにせよ,埼大のように「自然科学の楽勝科目」がある訳ではない.教養学部生の履修パタンを見ていると,多くの学生は生物学科目か,工学の紹介科目で単位を満たしている.が,工学とScienceは別であり(日本の公務員試験でも別である),工学紹介科目でScienceに替えることはなどない(私が見た中では,イリノイ大学で,Technology科目がGeneral Educationの選択科目になっている例があった).

 第3に,米国の場合,General Education の科目は(特殊な例外科目もあるが)「専門科目」とは別種ではなく,同系列の科目だ,という点である.その点はGeneral Educationにカウントされる科目のコースナンバーに現れている.General Education の科目とは,各専門科目(生物学なら prefixは BIOL)のlower科目(ナンバーが1000番台ないし2000番台)の科目から選ばれている.要するに,「専門科目」の中の入門的授業であるに過ぎないのである.だから,非常に入門的な数学の授業であっても,MATH Department の教員がその内容を保証する形になる.当然である.

 第4に,General Educationは,卒業生が単に専攻領域の知識だけ有するのではなく,一般的な学術的知識を有するという,教育の質保証の側面が強い,という点である.だからGeneral Educationは「一般教養」と訳すよりは「一般教育」と訳するべきだろう.
 米国の大学の学士課程の原則は「深さ」,「広さ」,「相互関連」である.「深さ」は学生が必ず持つ専攻領域で一定の達成をすることに対応する.General Educationは「広さ」の表現だろう.
 General Educationとは,私の理解では,基本的な学問諸領域のessentialsを学ぶことであり,それ以上ではない.人によっては,「教養」というミステリアスな知識の体系があるような妄想を抱くかも知れない.ミステリアスな知識の体系があるとすれば,人が一生を通じて形成して行くものであり,4年間の学士課程で得られるはずはない事柄である.

 ここで描いてみたのは「常識的な教養教育」の姿であった.むろん教養教育がどのようであるべきかは,考え方による.
 また,30-40単位程度の教養教育部分だけを取り出して,これに合わせろとか,採用しろなどとは,いうべきではない.教養教育がどうあるべきかは,学士課程全体の設計にかかわる問題だからである.その学士課程がどうあるべきかは,同時に大学院を含めた教育プログラム全体を論じなければ答えは出せない.
 こうした問題について,私が答えを出せる訳はないが,いくつかの考慮点を,この後に論じてみたい気もする.

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学長による学部長の指名

■大学の「学部・研究科等の長」を以下では一括して「学部長」と呼んでおく.
 現状,ほとんどの国立大学で,学部長は当該学部の教授会構成員による選挙で選ばれる.だが時期的にいえば,ウチの大学でも従来の方法を廃棄し,学長が学部長を指名する方式への切り替えることが日程にのぼって不思議はない.
 私が出席した17大学人文系学部長会議のうち,2014年の会議では,学長による学部長指名がガバナンス改革というタイトルで話題になった.先行的に学長指名を実施した(ないしする予定の)大学から方法の紹介があった.学部から複数名の学部長候補者を学長に上申し,その中から学長が選ぶ,という方法が多かったように思う.学長は再上申を学部に求めることができるようなケースもあった.
 現状の埼大の規則では,学部教授会は細則が定められた選挙で1人の学部長候補者を選び,学長に上申する.その上申を経て学長が学部長を任命する.「上申を経て」であって「上申に基づき」ではないから,現状規則でも上申された候補者を学部長に任命しなくてもよいのかも知れない.しかし学部長の任命は教授会による上申を前提にするから,学長は上申された候補者以外を任命することはないだろう.選び直しが可能ならその旨規則に書くのが普通である.
 ただ,埼玉大学は2015年度に,学長選考規程を文科省受けするように改めた.学長の任期を一律に6年に延ばした.学長選考時に行っていた教職員の投票も,実施が任意の参考投票であって,学長選考会議が不要と思えば行わず,実施したとしても投票結果に従う必要がないことは,それ以前から決められていたことである.埼大はこの学長選考規程の改訂をしているので,学部長選考の規程については改訂をうやむやにできるという可能性もあるかも知れない.むろん文科省の立場を忖度し,学長による学部長指名の方向に舵を切ることもあるかも知れない.

■「学長による学部長の指名」は何時頃からいわれ始めたのか? 遡れば,少なくとも2007年の教育再生会議で既に提唱されていたのである.だからいわれ始めて長い.教育再生会議とは文科省系列の審議会である.実は内閣系の経済財政諮問会議でも大学についての議論があった.文科省の狙いは上位官庁(文科省)が大学をきっちり支配し,大学の中でも学長に権限を集中して教授会は学長に従属することを目指していた.ちょうど,小中高校で教職員会議の権限を無しにして権限を校長に集める,その発想である.対して規制緩和を狙う経済財政諮問会議の方は,権限を規制官庁に集中させることに関心はない.むしろ Equal Footing の考え方で大学間の競争を促すことに関心があった.
 文科省と経済財政諮問会議の考え方の相違を例示してみよう.文科省側は現在と同様に,教育,研究,社会貢献,マネジメント(今でいうガバナンス)の4項目で大学を評価する考えだった.マネジメントの部分として,学長選挙の廃止や,学部構成員による学部長選挙の廃止が唱えられ,学部長は学長が指名する,ないし学長が外から学部長を連れて来る,といった意見が出ていたのである.対して経済財政諮問会議の資料を見ると,大学の評価はあくまで教育と研究によるべきであり,社会貢献やマネジメントは副次的な評価項目という考えだった.経済財政諮問会議の学者委員が教育再生会議に出て語ったのは次のようなことである(当時から議事録はネットで公開されている).
《3点感じたことを述べたい。
(途中、略)
 マネジメント部分については最も違和感がある.予算制約がある限りにおいて,学長の権限をいかに強化してもトップマネジメントは実現しない.学部長を外から持ってきても全く機能しない.学長選挙を廃止することに何の意味があるのか.
 財政に関するポイントは基金であろう.アメリカでは潤沢な基金に加えて,高額な授業料で教育を賄う代わりに奨学金や州立大学が存在して,高いpay に見合う質の高い教育を提供している.またマネジメントについては,アメリカでは大学の職員はその大学に雇われた人であるのに対して,日本の国立大学の職員は文科省の役人である.
 幅広い教養については現状の学部体制のままでも可能である.わざわざ学部の再編を行う必要があるのか。また教育と研究を分離した筑波大学に対する評価は様々であるが,大成功したという評価ではないのではないか。
(後略)》
 10年前のこの意見は,その通りではないか?

■文科省から大学の末端の教職員に至るまでの一元的な支配体制の確立を,文科省は長い時間をかけて目指してきたといってよい.学長による学部長指名は,その一元支配の重要なポイントであったろう.だから私は「学長による学部長指名」が気に入らない.
 しかし,ウチの大学が「学長による学部長指名」を受け入れるかどうかは,現員が判断するしかない.国立大学にもよるが,地方国立大学は特に文科省に全面的に依存している現実があるからである(ただし何れ地方移管になるかも知れない).
 10年前に私はこのブログで,「教員による学部長選挙が消滅する日」と書いた.その趣旨は次に点にある.教員による学部長選挙が機能する前提は,教授会構成員が統合されたムラ社会,ないしコミュニティを作っていることである.その前提が崩れているなら,学部長を学部内で選ぶ意味はないかも知れない.
 私は結構長いこと埼大に勤めていて,学部長選挙や学長選挙のアホらしい,滑稽な光景を眺めてきた.時折,悲劇が起こった.こんなことなら選挙などやらない方がよいと思える事例も,口にはしないが,挙げることはできる.だから学部長選考を学長に預けてしまうことも,あながち悪いことともいえない.

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地方大に国際研究拠点,とか

 読売のサイトを眺めていたら「地方大に国際研究拠点…新素材開発や感染症対策」という記事が載っていた.国際研究拠点ということでいうと,しばらく前から「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」というのが稼働していた.上位大学などが採択されていた.この国際研究拠点を地方大学にも広げる,ということらしい.むろん良いことである.このままでは地方及び地方(国立)大学は面目を失うのみだからである.「地方大学」と書いてあるので,国立大学とは限らないのだろう.
 なぜ読売新聞か? と思った.この構想は文科省が取り組みことになっているが,文科省がひがみ根性から他所(財務省)などを攻撃するために情報をリークする先は,通常は朝日新聞だからである.読売に情報が行くのは自民党政府からである.地方創生の一環でそうしましょう,と政府が考えたのかもしれない,などと妄想した.
 正確なところは文科省からアナウンスが出ないと分からないが,読売の記事では,次の分野が例示されていた.

・宇宙探査機や人工衛星の分野では、複数の地方大学が制御装置や画像解析技術を開発。 うーん.人工衛星に絡んでいる大学は多いので,どこが候補になるのかは私には分からない.ネットで調べると,その方面のコンソーシアムには埼大は入っていないようなので,埼大は関係ないのだろう.

・地場産業の養蚕や製糸の伝統を引き継ぎ繊維などの新素材の開発を進めたり、
 まあこれは,真っ先に,繊維学部を有する信州大学のはずですが,群馬大学も工学部が桐生にあるので,似たようなことをなさっているはずである.

・途上国で流行する感染症研究で国際連携を深めたりするなど、
 まあこれ,真っ先に長崎大学と思いますが,似たようなことをなさっている大学は,国立大学に限ってもいくつかありますよね.琉球大学とか.なんというか,国立の医学部は,何らかの意味で世界のトップに入る部分を持っていて不思議ないです.

 この記事だけを眺めると,残念ながら埼大は関係なさそうですね.埼大は「国際教育研究拠点化」を掲げているのですが,この分野というものを出している訳でもないでしょ.
 まあ,同じ重点支援①の大学でも,こうした拠点採択がある大学と,そうでない大学に分化して来るんでしょうね.埼大も,何時までも拠点を持てないようなら,腹を決めないといけませんよね.どこかに吸収してもらうとか,リベラルアーツ大学を目指すとか.

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経営協議会

 2006~2007年度に私は教養学部の副学部長をしていた.そのときの学部長は関口先生である.どのような文脈かは忘れたが,私はその関口先生に,「今のような経営協議会の作りでは,大学の経営はできないのではないか?」と申し上げたことがある.関口先生はにやりと笑い「文科省も大学に本当に経営させようとは思っていないだろう」と答える.「それもそうですね」と私は笑いながら承服しその会話は終わった.そんな一コマをなぜか今も覚えている.
 今の国立大学法人の規定では,国立大学の学長と理事長は分離していない.だから純粋に経営の観点で発想する役職者はいない.経営協議会というのはあるにはあるが,所詮はパートで出てくる方々なので,それほど大きな役割は担えないだろう,というのが私の当時の考えだった.
 国立大学法人法の経営協議会の規定も,私には弱いように思えた.要するに中期目標・中期計画や年度計画のうち,経営に関する事項に意見を言う程度のことしか書いていない.「経営に関する」とは財務等に関する事項限定なのかどうかも分からない.その中期計画等は文科省が認可するのだから,要は狭い領域の事項に関して効力がはっきりしない意見をいう,という程度のことでしかないようなニュアンスが滲む.

 不幸にして私は,在職中,「経営の観点」という趣旨の言葉を「金の節約」の話題としてしか聞いていなかったように思う.まあ金の節約も経営の1つではあるが,小さいことである.経営として重要なことは,大学の格好をどうするかの大きな判断だ,というのが私の認識だった.教学(教員層)の中から大学の格好を議論したとすれば,どうしても現状の肯定以外の結論が出ない.統合といった判断は回避されて終わるだろう.そこを先に進む判断をするのが経営の役割のように私は思っていた.

 私は2008年度から学部長になり,全学運営会議や評議会に出席するようになった.むろん経営協議会はまったく関係なかった.しかし法人化2代目学長は,2009年度辺りであったろうか,経営協議会にも部局長が陪席することと決めたのである.陪席なので原則,聞いているだけである.会議が多くなるので私は内心,嫌だった.余計なことを決めてくれたなと思ったものである.
 それでも経営協議会に陪席し,会議の様子を眺めた私は,ウチの大学の経営協議会の実際に次第に好印象を抱くようになった.学外委員の方々は大変まじめに議論をなさっている.ウチの大学の活動に欠けている部分の指摘があり,その指摘は大方,その通りであると思えた.学外委員は全学運営会議や評議会の出席者よりは世間的な常識があるし,まともな議論が出ていたように思う.「まともな議論」とは,評価は人によろうが,大学が普通にやっていることはちゃんとやるべきだという方向の議論である.むろん私には気に入らない議論もあるが,気に入る入らないはここのでテーマではない.
 「まともな議論が出ていた」という私の印象は,私が2度目に学部長になった2年間,2014-2015年度の記憶に基づくかも知れない.この間は,なぜ教養教育が貧しいままなのかといった.本来教学の全学会議でなすべき議論が盛んであったし,その後も大学としてなすべきことの,教員は嫌がるかも知れないが正しい指摘が出ていたように思う.決して金勘定の話(だけ)をしているのではない.
 私が面白いと感じたのは,経営協議会委員の方の意見は,なぜか文科省の考え方に近いように思えたことである.その意味で良くも悪くも常識的である.確かに経営協議会には文科省OBで見識のある委員がおられた(今もおられると期待するが).その方が文科省の考えに近いことをおっしゃるのは当然と思うが,しかし他の委員の意見までコントロールしている訳ではない.にもかかわらず,他の委員の方の意見も教員側よりは文科省の考えに近いように思えたのは,ある意味で面白かった.
 総合的に言えば,私が見聞した2015年度までの状況を見れば,経営協議会の学外委員は大学に正気を注入していた面が強い,と私は思う.

 にもかかわらず,冒頭に書いた昔の私の考えは,やはり正しかったように思う.経営協議会は,許された状況の中で大学に対してよく貢献してくださっているのではあるが,限界がある.経営協議会委員がご覧になっている資料は大学の総務で作っている資料であり,基本的に大学はよくやっていることを示すための資料である.本来なら独自に資料をまとめる能力が経営協議会に必要であるが,どのような資料をとるべきかを知るためには実際の業務の流れを見ていないと無理だろう.少なくとも教学にかかわる部分については無理と感じた.また,この協議会の作りからすれば,経営協議会が独自に大学についてのプランを作ることはできない.できるのはせいぜい,大学役員が提示するアクションプランに多少の修正なり付加をすることくらいである.
 
 どうでもよいことであるが,私が経営協議会の議論として評価しているのは,教学に関する事項の議論である.これらの事項が国立大学法人法の経営協議会の規定にある「経営に関する事項」なのかどうかは,正直疑問である.ただし教学を考えない経営ということはあり得ない.だから現状の経営協議会の在り方は,それで結構だと感じている.

 残念ながら,今の国立大学法人は,大きな経営判断ができるようにはなっていない.そのことが幸であるか不幸であるかは,なんとも言えない.今の制度が続けば,国立大学は潰れることはないからである.

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続々・このブログもそろそろ閉鎖か?

 私はこの3月末で埼玉大学を退職した.このブログは退職とともに閉鎖と考えていた.ただし退職までに書いておこうと思ったことで書いていないこともある.書き残したことを追記しているうちに3が月以上が過ぎた.
 追記すべきことは事前に書き出していた.事前に書くつもりであったのは実際に書いた記載の半分くらいである.例えば「教養学部は研究科合併にどのように対応したか?」などは事前に書いておきたいと思ったことである.しかしあとの半分はアドリブで書いた.例えば「All in One Campus は大学の特色ではない」などはとっさの思い付きで書いている.
 このブログはたぶん,プロバイダ契約に伴う無料の範囲で出しているので,ブログ自体は放置しておいて問題はない.ただ,じきに追記するのは止めることになるだろう.
 ここに私が書いたのは,何らかの意味で現場感覚が持てるからである.しかし退職してしまうと,現実の業務の流れを見ていないし,その流れに対する現場の人の反応の感触も得られない.そもそも意見を書くべきは現職の人であるべきだ.だからいつまでに書くべきではないと思っている.
 ただ,事前に書くつもりでいてまだ書いていないことも,まだある程度残っている.早めに区切りをつけて忘れたいように思う.

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お役人の講演会

 今から1年半ほど前のことと思う.まだ私が教養学部長だったときに,全学運営会議で文科省職員の方の講演会があるとアナウンスされた.聴衆は教職員限定だったろうから,講演会というより説明会といった方がよいかも知れない.会場は教養学部2階の会議室と知らされた.
 この種の講演会には全学に動員がかかるから,出席者が少な過ぎる心配はない.私は出る必要はないと思ったけれど,ウチの学部が会場になるので欠席するのは気が引けて,小心者の常として出るだけは出ようと考えた.会場の後ろの方の席に座って聴いていた.
 講演はよく整理されたパワポを使ったものだった.良い話であったが,確か国立大学法人の支援の在り方の説明であり,既に周知の内容だったように思う.だから今さら,私には感想はなかった.
 質疑の時間に移ると私より少し前の席にいた理学部の先生が挙手して発言した.この間国立大学は改革をやっているが,科学論文の数が減り,水準が保てなくなっているのではないか.このことをどう思うか? という趣旨の質問だった.
 その質問を聞くなり私が思ったのは,(質問者が)まったく空気読んでないな,ということだった.なにゆえか? 国立大学と文科省は同じ親方日の丸の庭に咲く存在である.ウチの大学は巨木の陰にひっそり生きている日陰の花のようなものかも知れないが,それでも生きていけるのはこの庭にいるからである.文科省も従来通り大学にお金を配りたいが,理屈をつけないと配れなくなっているから大学に改革を求めているというのが現実である.自虐的ではあるが,ウチのような大学は文科省のお役人に泣いてすがりついて生きてゆくしかない.だからこういう場面では,講演者の顔を立ててシャンシャンと終わるしかない.
 
 案の定,講演者からの返答はポイントを外れていた.というより,その種の議論をする準備はその講演者の方にはなかったろうし,文科省としても,少なくともその時点では考えを整理していた訳ではないだろう.
 質問者は食い下がろうとしたが,学長が制止した.他の質問も聞く必要があるから,という理由だった.
 学長の制止は機転として正しかったと思う.質問の件は短い時間で決着がつくことではない.しかも,講演者を困らせる訳にはいかないからである.
 その後で多少の議論が続いたかどうかは記憶にないが,ともかく講演は穏便に終了した.

 件の質問は空気を読んでいなかった,と私は思う.にもかかわらず,その質問はこの間に大学に起こっていることのまさに本質だったろう.その点は質問を制止した学長も理解していることのように思う.この空気を読まない質問は,出るのが正しかったのである.
 この間,文科省は国立大学に改革を求め,形だけ応じるなんちゃって改革が全国で続いている.文科省は上位の大学を世界のトップ何位に上げることだけに関心があるようだ.しかし,この一連の動きが日本の学問状況を進歩させたというエヴィデンスがあるのか? 日本は21世紀に入ってからは有数のノーベル賞受賞国になった.しかし今ノーベル賞をとれるのは,過去の大学の状況の結果である.このように科学論文が減るような状況を続けていたら,これまで営々と築き上げてきた学問水準という公共財を破壊してゆくことになる.
 日本の科学論文の低下については,三重大学の学長だった豊田長康先生が以前から論じておられた.また,日本における科学論文の低下については今年に入って Nature に論文が掲載されるに及んで広く知られるようになった.
 豊田先生のブログによれば,Natureへの記事掲載の後,政府は研究開発費を飛躍的に引き上げる方針を決めたという.この研究開発費の引き上げが,本当に引き上げられるとして,どのように人的投資に結び付くかが問題解決の鍵になるのだろう.

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指定国立大学法人

 昨日付の文科省のサイトは,第3期中期における「指定国立大学法人」に東大,京大,東北大が選ばれたと告げている.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/06/1387558.htm
 申請したのは7大学,つまり北大と九大を除く旧帝5大学と東工大,一橋大だったという.この間のパフォーマンスを見れば,申請した中から東大,京大,東北大が選ばれるのは順当だろう.選ばれなかった4大学も指定候補として再審査の対象になるらしい.
 この指定国立大学は,選ばれると給与が柔軟になる(高給を出せる)ことや,企業への出資,資産の貸し出しができるようになるとのことのようである.国立大学は法人であるから,そんなことは今でもできそうに思うが,そうではないんでしょうね.選ばれてもお金が出るという訳ではないらしい.お金自体は「重点支援③」の中で出るのだろう.

 この話を眺めながら「これで何度目か」と思わざるを得なかった.「上位大学選び」が何度目か,ということである.もともと法人化前に,旧帝大は大学院重点化をさせてもらって予算面で優遇された.その格差がある中で第1期中期で業績が示されるという出来レースがあった.重点化大学を11大学ほど決めたこともあった.最近はスーパーグローバル大学というのを選定したが,そのスーパーグローバルも,趣旨は世界で戦えるということであり,今回の指定国立大学と趣旨がダブルような気がする.もっともスーパーグローバルは有力私学にバラマキをしたし,所管が文科省の中でも法人支援課ではないので,また別なのだろう.さらに重点支援の枠組みができて,重点支援③は事実上の上位選別だった.重点支援は自己申告で決まる面があったけれど,その中でも文科省は差別できるのだから,わざわざ指定国立大学法人など決める必要もないような気がする.指定国立大学に許される事柄は,どの国立大学に許しても良さそうに思える.けれども,今回,指定国立大学をまた決めた.このしつこさは何なのか? この先も何かトドメがあるのかどうか? と思ってしまう.

 今の政府の大学への政策を見ると,地方国立大学はますます卑屈に委縮する以外にないだろう.これまで国立大学にバラまいていた予算を私大にも流し始めた.そして国立大学の中では,しつこく,上位大学選びがダメ押しをするように繰り返される.政府の骨太方針の議論のなかで,またも「旧帝以外は県に移管すればよいだろう」といった意見が出てくる(県への移管は,私はよいと思うが,そうは思わない人は多い).
 このように,お上が大学を選んで上下関係を決めるというやり方を,最近独立した独裁国や発展途上国ならともかく,成熟した民主主義国である(ことになっている)日本でやる必要があるのか? こうすることによって日本全体の大学システムはパフィーマンスが上がるといえるのか? その辺は甚だ疑問に思う.

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とんでもなし子さん講演会

 フィクションの世界にある西荒川県唯一の人民大学法人,ここ西荒川大学では,今日も業務改善本部がエアコンの設定温度を何度にするかをめぐり激しい応酬を繰り広げているのであった.
 ほほほほほほ.皆さま,お久しぶりでございます.ございます.はい.フィクションの世界とはいえ,西荒川県唯一の第2人民大学法人,西荒川大学の地域文化創成学部,その前学部長でありました東松山亀次郎でございます.カメさんですよー,ほっほっほ.
 さて,まあ,最近は人民大学は,まあ,パッとした話題はないですねぇ.まあ,しけた話題としては,確か東京の方にある土橋大学で,なんかの作家の講演会を中止した,これは言論弾圧だのなんだのと,しょぼい話題がありましたですね.その前には,米国であのおっさんが大統領になった直後に,西海岸の名門大学で,その,誰でしたっけ,トランプ.そう,トランプ支持の団体の講演会をやろうとして,混乱して中止になったとかの話がありましたですね.まあ,なんですね.こいつ気に入らない,ってのはどこでもあるんですが,表現の自由を確保するのは大学の存立理由みたいなもんじゃないですか.だから立場はどうあれ,身体をはって表現の自由,言論の自由は確保してみせるのが大学の意地ってもんのはずですが,それがヘタレてしまうのは,まあ,みっともないですね.
 まあ,それほどみっともない例は,ウチの西荒川大学はありませんけどね.でも,結構ポテチンな話は,思い当らないではないですね.

 今から2年前で,私が地域文化創成学部の学部長をしていた時ですな.とんでもなし子さんというアーチストの方がいて,まあその方は性器アートをやっていた訳ですな.それで前年に逮捕された.いやまあ,性器アートというのは,結構有名なサイトでも平気で出していますから,今さらそれでわいせつで逮捕というのはないような気がするんですが,ともかくそういうことがあった.それで,そのとんでもなし子さんの講演会の開催を教授会で決めた訳ですわ.ウチの学部はアートが売りの一つですし,このテーマは定番ですから,まあ自然とそういう流れになった訳ですね.講演は5月の中頃の予定でしたが,その1月ほど前から関係の先生が学内にポスターを貼り出しましてね.
 で,ちょうど直後,講演の1月ほど前でしたが,学部長の私に,学部事務方から突然連絡が入った訳ですね.学長が,というより大学の総務がその講演会になんか言ってきた,ということでした.伝えられたメールの文面は本部総務からのもので,次のようなものでした.

《件の講演会につき,学長からのご意見として下記のとおり、連絡がありました。
(昨日、実刑判決が出されたとのことです)
・実刑判決が出ている方を講演者として,地域文化創成学部主催で講演会を実施することに対してマスコミ等の注目を浴びることになると思いますが,世間では大学として対応していると思うので慎重に対応してほしい.
・そのうえで,窓口は一本化が望ましいことから,地域文化創生学部を窓口としてすべての対応をお願いする.
・また,何のために開催するのかなど,想定される問答について回答例を示して提出してほしい.》

ええー,と思いましたね.文面をどう解釈するかですが,素直に解釈すれば次のようなことでしょう.

1) 講演会は,止めてくれればうれしいが,やるんだったら,あくまで地域文化創生学部の責任でやってくれ.大学は知らん.
2) 問題が起きないように想定問答集を作れ.

 まあ,大学にかかわってほしい訳ではないので,1)はOK.でも2)が面倒ですよね.こういう件は,苦情があっても気合ではねのけることであって,想定問答集なんて面倒なものを作る話ではない.だいたい,マスコミの注目なんて,あれば嬉しいですが,ないですよ.まじめに想定問答集と考えたのかも知れないけれど,そんな調子で作業していたら組織成員は擦り切れて疲れ果ててしまう.上に立つ者は加減を理解しないといけない.
 面倒だなぁ,と思いながら10分ほど研究室で考え込んでいたら,どうもおかしいと気づき始めた訳ですわ.第1に,実刑判決? いや,こういう話って有罪でも罰金であって,実刑というのは常識的ではない.北朝鮮じゃないんだから.第2に,判決が出たというけれど,裁判始まったのは先週だから,そんなすぐに判決が出る訳ない.
 とんでもなし子さんの件は,いろんなニュースサイトがそれまで取り上げていた.特に,なぜか産経新聞が丁寧かつ頻繁に取り上げていたんですね.ですから判決が出れば私はニュースサイトで見るはずなのに,そんなもの見ていない.
 判決が出たかどうか,確認のためググってみた訳ですが,実刑判決が出た,という記載は1つしか見つからない.そのサイトはニュースサイトではなく,正体不明の怪しげなサイトです.中を見ると,判決文なるPDFファイルが掲げられている.読んでみたんですが,どう読んでもおちゃらけた文面で,裁判官が書く文章である訳がない.
 そこで私は学部事務方に,実刑判決というが,情報源は何か,とメールで問い合わせた訳ですね.すると「これが判決文です」という返事とともに添付されてきたのが,さっき私が見つけたおちゃらけたPDFファイルじゃありませんか.オイオイ.やはりこれかい.
 するってーと何かい? 本部の総務はこの冗談サイトの記述を真に受けて,このおちゃらけた「判決文」を学長にまで恭しく持って行った訳ね.学長まで持ってゆくんだから,まあ,上の方の人なんでしょうね.顔が目に浮かぶようですな(笑).それで,このおちゃらけた「判決文」を学長が読んだかどうか分からないけれど,学長は,うんそうかといって,深刻そうな顔で対応を指示した訳ですかね.コントですね.まあ,問題の第1は情報リテラシーのなさですね.第2は常識がないこと.
 メールではまだるこしいので直接学部の事務室に行って私の判断を話しました.これって,ネット上の洒落か冗談であって,真に受ける話ではない.そもそもまだ判決が出る訳ない.
 こうやって,いったんは面倒なことが要求されたんですが,この流れで知らぬふりを決め込んだ.たとえ有罪判決が出たとしても,だから講演をやめる話ではないです.
 後で伺った話,本部総務は講演会のポスターを見て反応したのが最初だったようです.ポスターを外してほしそうだったけれど,貼ったものはそのまま.外す理由はない.また,ホームページ上で宣伝していなかったので,至急学部のホームページにお知らせを載せるように手配しました.全学のホームページにもお知らせを載せるよう,事務方を通してお願いしましたが,こちらは断られたそうです(笑).

 で,忘れた頃に講演会の当日がやってきた訳ですね.むろん何の問題もないですよ.ちょうど講演の時間は,私は院生指導が入っていたので,行けませんでした.唯一の心配はお客さんが来るか,であり,お願いできるところには出席するようにお願いしておきました.幸い盛会で,出席をお願いする必要もなかった.後で出席者に伺ったところ,「とんでもなし子さんはとてもまじめな人だった」とのコメントでした.
 講演会の数日後に,1回だけ,苦情の電話がかかってきた.最初は本部に来たようですが,予定通り学部に回ってきて,学部事務のお一人が電話対応した訳ですが,なかなか終わらず困っているようでした.私がたまたま通りかかったので,私に電話を替わってもらった.
 話を聞いて分かったことですが,この苦情者は講演者の名前もどういう人かもはっきり認識していないようでした.なぜこんな講演をやるのかと聞くので,表現の自由の問題は公共的なテーマであり,大学としては関心を持つんだと突っぱねる.苦情者が言うには,この講演者は革マル派,日教組,朝日新聞,中国などの手先だ,日本を堕落させようとしている,いう訳ですね.講演をするなと言って言論弾圧したら,中国共産党と同じではないか,と私も答える.お前は朝日新聞を読んでいるだろ,というので,いや産経ですと答える(実際は家で朝日をとっているのですが).なおもいろいろいうので,実際に大学に来て,大学の様子を見てください,と私は言う.話はなんとなくおさまって,まあ30分くらいで終わったでしょうか? 電話代が向こう持ちなので,いつまでも続くとは私も思わんですわ.
 かくして,小さいさざ波を残して,とんでもなし子さん講演会は私の記憶の中に納まっていったのでありました.

(この記載はフィクションであり,実際の団体,人物とは関係がありません.)

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埼玉大学のビジョン

 1つ前の記載で国立大学のビジョンに触れた.むろんこのビジョンは,重点支援でお金をもらうために作った物であり,各大学が本音でそのようなビジョンを持っているかどうかは分からない.埼大の公表したビジョンも然りである.私の評価では,埼大はこれまで,現状を肯定しただけであり,今後このような格好の大学であるべき,といったビジョンは作ったことはないように思う.
 むろん,現状を肯定するだけであるからこそ学内の合意を得られるが,本当にビジョンを作るとなると難しい.しかし,「何をするか」を決める以前にビジョンを合意し,共有化することが重要なのは当然である.
 あいまいな形ではあるが,私個人は,ビジョンらしものは10年前から結構口にしてきた.埼玉大学は,本格的な大学(の一部)になるか,リベラルアーツ大学を目指すべきだと思っている.

 通常教員は,大学の姿として本格的な大学の姿を考える.可能なら本格的な大学がよいに決まっている.本格的というのは,研究も先進的な部分を持ち,多くの教育プログラムを持ち,一定範囲の社会に実質的に貢献する大学である.米国の,州のトップの州立大学を連想すればよい.州のトップの州立大学であれば,研究で世界で抜きんでている何らかの分野を持つだろう.学士,修士,博士の多数の教育プログラムを持つ(海外では,部局数ではなく,プログラム数で教育の規模を表現する).また,その州ないしより広域の産業を牽引する役割も通常担うとともに,ローカルな地域貢献をする部分も持っている.そのような大学としてやっていければ,それに越したことはない.
 ただ,埼大の規模では無理である.旧帝,せめて旧六の規模がないと,人的にも資金的にも,その余裕はひねり出せない.わずかな非常勤も削りましょうといっているくらいだから,のりしろはないのである.
 だから,本格的な大学を目指すなら他大学との統合を経るしかないだろう.統合の場合,力のある部分,見込みのある部分は残るけれどもそれ以外は消える.それは仕方ない.また,統合するなら,医学部など,絶対に必要なものを持っている大学とくっつく以外にない.
 ただ,統合はハードルが高い.そもそも,文科省がそういう頭ではない.また,どの大学と統合するかによって,実際のあり方も変わって来る難しさがある.

 埼大だけで何とかしようとするなら,リベラルアーツ大学しかないように思う.米国の場合,著名人は小規模なリベラルアーツ大学の出身者が多い.リベラルアーツ大学というと,4年間教養課程と思う人がいるけれど,そういう訳ではない.ちゃんと専門教育はある.けれども,専門教育は学科でやるんじゃなくて専攻プログラムで行う,と考えれば分かりやすい.現状で学科は卒業単位124単位のうち,90単位以上,100単位近く科していると思うが,それを60単位以下にできるか,である(教養学部の専修が60単位である).米国の場合,専攻は50単位くらいではないかと思う.つまり残りの半分くらいで,教養教育はむろん,副専攻とか別プログラムの科目を広くとる.米国がそれでできるんだから,日本でもできない訳はない.
 リベラルアーツ大学ということは,大学院はあるにしても,中心は学士課程になる.それで,そこから巣立って,良い大学院などに行く訳である.優秀な学生は.
 埼大はノーベル賞の梶田先生を出すという実績に恵まれた.たぶん梶田先生は埼大の学部を出てから東大の院に行ってノーベル賞をとったと思う.そこに典型的な人材養成のモデルと見てよいだろう.埼大で必ずしもノーベル賞をとる研究をしなくてもよい(むろんできればその方が良い).しかし埼大から育ってノーベル賞をとる,そういう人材を育てることに大学の使命をかける,ということである.
 むろんリベラルアーツ(ないしArts & Sciences)の範囲には,通常,教員養成やエンジニアリング,ビジネスは入らない.だから埼大がリベラルアーツだけになる訳ではないけれど,大学の中心はリベラルアーツの部分に置く,それ以外もリベラルアーツの恩恵を受ける,という考えである.
 リベラルアーツ大学は,都市型の,規模の大きくない大学のモデルのように思う.日本だとICUが有名であるが,ICUも東京の辺鄙なところにある(辺鄙だと思うが).だからさいたま市なら十分だろう.

 おおまかに2つの可能性を述べたけれども,こうしたアイディアを特定化してビジョンを作るべきなのだろう.そのビジョンをどのような工程で達成するかが,戦略と呼ぶべきものである.

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国立大学のビジョン

 国立大学の重点支援の状況を示す文科省のサイトを眺めていた.

 このサイトでは,評価結果はともかく,各国立大学のビジョンと戦略を網羅的に示している.眺めながら,各国立大学のビジョンが重点支援の枠組みに沿って明確に分化しているな,と感じた.
 ただ,このビジョンをどう読むかという問題がある.ビジョンとは本来,(近いか遠いかはともかく)将来的な目標とする大学の状態を表す,と思う.ただこのビジョンの記載に中には戦略の要約のような部分も混ざっていて,何がビジョンなのか分かりにくい.
 埼玉大学の場合,ビジョンの欄に書いてあるのは次である.

《埼玉大学 All in One Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現化
強み・特色ある戦略的研究と融合科学研究により研究開発・教育拠点を形成するとともに、PBL型文理融合教育によりイノベーティブでグローバルな人材を育成して首都圏埼玉を活性化、日本および世界に貢献する。》

ビジョンとは本来,「何をするか」とは別の,大学を象徴するイメージを指すものと思う.その意味で具体的に何をするかの戦略の記載が入るのは違うような気がする.まあ,書く欄が大きかったから書き込んだのだろう.埼玉大学だけいろいろ書いてある訳ではない.
 で,この中からビジョンを拾おうとするとどうなるか? 「All in One Campus at 首都圏埼玉」は現状の表現であって,将来像ではないだろう.「多様性と融合の具現化」も,他人がイメージするのは無理である.そもそも融合が何かも決まっていない.そう考えると,「首都圏埼玉の活性化,日本と世界に貢献」の語が,まあ,ビジョンに当たるのかな,と考えた.むろん私の解釈である,別の方は別の解釈をするのは仕方ない.
 まあともかく,このような独断で各大学のビジョンを拾って表にしてみた(暇だなぁ).

 まず旧帝大(当然,すべて重点支援③)のビジョンが表1である.旧帝大といえど,後ろ指をさされないのは東大,京大,東北大くらいであろうか?


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 旧帝大以外の重点支援③の大学のビジョンを表2に拾ってみた.東工大以外は無理しているような気がする.東工大もトップ10は言い過ぎのような気がするが,日本で一番の工大であると考えれば,あり得るな,と思う.

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 旧六の大学は3つが無理して重点支援③,3つが無理せず重点支援①になっている.重点支援①の旧六の3大学のビジョンが表3である.当然ながら,重点支援③の千葉・金沢・岡山大学に比べて「地域」の要素が大きくなっている.

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 さて,埼大を含む重点支援①の大学のビジョンが表4である(ただし旧六=表3,単科大学を除く).重点支援①なのであるから,「地域活性化の中核拠点」というビジョンがきれいに並んであることが分かる.そこは文科省の注文通りなのだろう.

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 指摘すべき点もある.
 第1に,「地域活性化の中核拠点」を軒並みうたってはいるが,山形大学のように「特定分野で世界的・全国的拠点」をビジョンにうたう大学が少なくない.実際,医学部のがあれば,医学の中の特定分野ではトップの部分があって不思議はない.信州大学が多分野にわたる全国的拠点をうたうのは,ファイバーなど,トップの部分をいくつか持っているからだろう.重点支援①は,その文面を見れば,全国的・世界的拠点を持つことを想定している.そうした拠点がどれほど持てるかが競争になるのだろう.
 埼玉大学の場合,不思議なことに,何かの分野の拠点,という言い方をしない.戦略的研究部門という言い方になる.この特異性は何に由来するのか? 1つの可能性は,単純に,拠点を称するだけの分野がない,ということだろう.別の可能性としては,分野を特定するよりも,そのときどきで論文(被引用)数を稼げる領域を変えながらやって行った方が,論文数は稼げる(それで大学のランクを上げる),ということがあるかも知れない.常識的には,何かの分野で世界的な拠点です,という持つことによって,大学の定評は得られるのだろうと思うけれど.
 第2に,「地域」をビジョンでほとんど出していない大学もある.横浜国大と滋賀大学である.横浜のような都市部であれば,地域といっても意味ないだろうな,と想像できる.確かに,東京から離れた県の国立大学であれば,その県内に大学はあるにせよ,国立大学が他に際立つのは明らかであり,その意味で「地域活性化の中核拠点」と言って納得できる.しかし横国の場合,県内の教員の占有率を見ても確か埼大より悪かったと思うし,その地域の中核というのは恥ずかしいかも知れない.滋賀大学については分からないが,京都が大学の集積地であることを考えると,京都圏の一部として稼働することになるのかも知れない.
 埼玉大学も,「首都圏埼玉の活性化」とは言っているが,やはり「首都圏埼玉の活性化の中核」というのは恥ずかしいだろう.そもそも首都圏埼玉でいまさら活性化を叫ぶことは説得的か,という問題もある.地域は地域でやって行く必要はあるけれど,比重としては「人材養成(つまり教育)」の比重を上げるのが道であるような気がする.


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田隅学長の教養学部訪問

 家で荷物を整理をしていたら10年くらい前の大学の業務用の資料が出てきた.中身を分別し,処分した.個人情報を含む紙は庭で焼却した.
 資料の中に田隅学長が教養学部を訪問した際の資料やメモを見つけた.その頃,私は関口学部長の下で副学部長をしており,三役(教養学部では補佐会と呼ぶ)で事前の質問事項を打ち合わせたし,私はその場の司会を仰せつかったので,懐かしく資料を眺めた.

 分からない方もいると思うが,田隅学長は法人化後の初代の学長であり,2004-2007年度に学長の責を担った方である.見つかった資料は2006年11月10日の教養学部訪問の際の資料だった.
 学長による説明は,想像がつくと思うが,基本的にはお金の話である.当時は,運営費交付金は毎年減らされることが始まったときである.私のメモによれば,学長の説明は次のように進んだ.埼大は学生納付金に比した運営費交付金が極端に低く,予算のほとんどは人件費である.その原因は開学時の問題かも知れない.競争的資金獲得額は次年度は上がるだろう.しかしそれで交付金の減を賄える訳ではなく,削減を含めた措置が必要である.予算(物件費)には業務費,教育経費,研究経費がある.業務費は簡単には減らない.教育経費は,学生さまさまだから減らせない.研究経費を減らすしかない.それでも地域手当の増加など,経費増の恐れがある.….基本的には今と変わらない状況である.
 で,今後どうするかについての学長の意見であるが,埼大関係者が誇りとする大学,「入学して良かった」と思える大学になることである.印象的だったのは,「私学」になっても生き残れる大学,という言葉が出たことである.私学になっても,というのは,運営費交付金が減らされて私学並みになっても生き残れる,つまり学生が確保できる大学,という意味と思う.心構えの問題として,学長のお考えは大変結構なものであると私は申し上げた.

 当時は法人化して間もなく,誰もが手探りの状況だった.文科省による国立大学支援の体制も現在のように「洗練」されたものではなかった.交付金の減額は累積されており,状況は時間とともに悪くなっている.という違いはあるが,現時点で田隅学長の説明を眺めると,現状よりも教育の比重が高かったことが印象的である.その頃,入学志願者確保のためハイスクールキャラバンなるものが実施され,駆り出される副学部長であった私はだいぶ不満を述べたものである.確か浦和市立高校に派遣され,進路指導の先生から「最近は大学がよく来るんですよ」と言われて玄関で帰されてトホホだったのもその頃である.高校に売り込みに行って志願者が確保できるほど商売は甘くないと私は思う.が,それでも大学の経営にとって学生を確保する努力をしないといけないことはよく分かる.
 教養学部の新入生に対し,私は何度もアンケートを行い,分析してきた.ウチの学部を受験する学生の動機はシンプルである.第1は学費が安いこと,第2は偏差値適合,第3を上げるとすれば分野適合である.他の要因の重要性は低い.受験生は研究には注目せず,東京に近いことも魅力ではなかった.単純に学費が安い国立大学を志願し,偏差値的に入れそうなところに志願した,ということである.
 今後,国立大学の授業料が上がったり,逆に大学で無料で行けるという寛大な措置が実現した場合(そうでなくても奨学金が充実した場合),ほとんど学費の安さで志願者を確保している国立大学はどうなるであろうか? この間,一応名前が知られている私大は,経営のために魅力を増してきた.教育に魅力をつけて,まさに「私学になっても生き残れる」ことを考えるのは重要である.

 文科省のサイトは各国立大学の重点支援の評価結果を掲載している.この資料を見ると各国立大学がどんな計画を提出しているかも分かる.埼玉大学の計画は,あたかも上位大学であるかのような計画に私には見える.比較として山形大学や茨城大学,宇都宮大学などを見て欲しい.学部教育をどう豊かにするかに多くの資源を投入しているように見えるのである.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/01/__icsFiles/afieldfile/2017/01/12/1381033_5.pdf

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あの改革強化プランはなんぼのものだったのか?

 このところ人社研の設置について考えていた.考えながら,もとになったあの改革強化プラン,つまり平成25年度に採択された改革強化プランは何だったのか,というより,なんぼのものだったのか,ということが気になった.
 私が残したメモを見ても,当時の大学執行部がなぜあのプランをやるといったのかは,あまりはっきりしない.しいてあげれば「改革をしている大学」であると思われるため,ということであったろう.ではなぜ「改革をしている大学」と思われることが重要かといえば,結局は金の問題である.改革をしているかどうかで交付金で差を付けられる,だから頑張ろう,ということであったように思う.特に,当時の執行部が繰り返し言っていたのは,このプランでもらう補助金を交付金にしてもらう(つまり永続的にお金がつくようにしてもらう)ことを目指す,ということだった.

 この補助金の交付金化という面でいうと,私が忘れられないのは,プランを大学で採択した前後,つまり平成25年の9月12日に開かれた全学の強化戦略会議だった.教養学部から出席した方の報告が私に転送されてきたのである.その報告の伝えるところでは,運営費交付金に機能強化という項目ができて,18大学が採択された,埼玉大学は声はかかったが採択されなかった,ということであった.そして,「埼玉大はグローバル化を中心としていなかったので(文科省から)駄目だったと言われた」という.
 ならあのプランではなくグローバル化でプランを作れば通ったのか,とどなたかが仰ったらしいのであるが,どなたかではなくても当然ながらそう思う.採択された18大学では,補助金が交付金化されたのである.
 改革とは畢竟金の問題と考えれば,埼玉大学が「グローバル化を中心とした」プランを作らなかったのはまったくのドジである.埼玉大学はその前年に,かりにもグローバル人材育成事業に採択された.東日本では,旧六より下の地方国大でこの事業に採択されたのは埼大だけだった.ならここで「グローバル化を中心とした」プランを作ることが期待されて当然と思うが,そうはしなかった.私の感触の問題に過ぎないが,この時を境に,埼玉大学は「グローバルをやる気がない大学」と役所筋から思われてしまったような気がする.もう2度とチャンスは訪れないだろう.
 私が聞いた話では,大学執行部も「グローバル化を中心とした」プランを考えたらしい.が,ちゃちなプランだったのでやめたという.しかし,グローバルならちゃちになる訳ではない.ちゃちなプランしか作らなかっただけである.

 地方国大が旗印にすることは,当時,「グローバル」か「地域」だった(今もそうかも知れない).「地域」の方がハードルが低いので,多くの地方国大は自然と「地域」という.
 この強化プランが出てきた平成25年度に,教養学部選出の評議員殿と私は,別々に,片方の理事殿に「COCは申請しないのか?(申請した方が良いのではないか?)」と聞いている.「しない」というのが返事であり,実際,埼大は世間の国大が軒並みCOCを取っているときにCOCに申請しなかった.申請しなかった理由は聞かずとも分かる.当時,この改革強化プランで「リサーチ・ユニバーシティ」を目指す,がウチの旗印だったのである.COCなど,格の低い地方国大のやることであって,全国レベルのリサーチ・ユニバーシティである(ないし,目指す)ウチの大学は,おかしくってやれるかい,ということだったろう.
 しかしこの,全国レベルのリサーチ・ユニバーシティというヴィジョンも後退していった.そしてついには,地域基盤で教育(人材育成)中心の重点支援①を選んだのである.その頃になって埼大は遅ればせながらCOCを申請したが,まったくダメだった.正直言って最初の方であれば,埼玉大学が申請すれば通ったろう.しかしCOCも,他の費目でも同じであるが,後になるほど条件が狭く,ハードルは上がるのである.あのときに申請しなかったのは誤りである.COCは予算面では旨味は少ないが,それでも通れば有益な試行はでき,経験値は上がった.

 話を戻そう.所詮は金の問題と考えたとき,平成25年の改革強化プランは実際に採択され,補助金をもたらした.その意味で成功である.しかし,もっと他のことができたのではないか,このプランの基礎となる方向性に従ってきたのは,トータルに考えてよかったのか,という点になると,判断は難しくなるだろう.私は別の,より現実的な道を取るべきだったと思っている.

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人社研設置はなんぼのものか?

 社会心理学の認知的不協和理論からすると,人は労力を傾けた対象を評価するように態度変化する.この理論からすれば,人文社会科学研究科(人社研)の設置にはからずも労力を払った私は人社研を評価するようになるはずである.しかしそうはならなかった.人文社会科学研究科(人社研)の設置には私はずっと違和感がある.
 あの人社研は,3分で飯を出せと言われて作った料理のようなものである.設置することが決められてからすぐに案を作れと命じられた代物である.だから,その程度のもの以上ではない.文科省があの研究科の中身を評価したという印象はない.参考となる事例として取り上げられることもなかった.設置はしたけれど,実に目立たなかった.
 が,人社研が構成体としてどうであるかは問題ではない.私の違和感は心情的なものであろう.私は教養学部に長くいた.教養学部は,私の自己概念に深く染み付いたラベルである.だから今さら,人社研によって自分を表現する気にはなれなかった.人社研が発足してから私は埼大に2年間在職した.公式には私は人社研の高木であり,公式文書にはすべて「人文社会科学研究科 高木」と書かれる.にもかかわらず私は「人社研の高木」と称したことはない.いつも「教養学部の高木」で通した.あのように押し付けられたラベルで自己概念を規定することなどできようか? 私は心の中まで奴隷になる気にはなれない.私の心情はむしろ,心理的リアクタンス理論で説明できるだろう.失われた教養学部を愛おしく思うようになったのである.
 とは言っても,私のように教養学部歴が長い構成員はもういない.教養学部の現執行部でさえ,教養学部歴は比較的短い.だから今後は私のようには反応しないだろう.「教養部」と区別しにくい教養学部の誰々というより,人社研の誰々といった方がよいと思う人も増えるだろう.

 公平に考えて,人社研になって改善されたことはいくつかある.順不同に思いつくところを書いてみよう.

1) 設置を機に,まず日本語教育センターや国際本部の教員を迎え入れられたことは大きいだろう.当人にも良かったと私は思うし,教育研究上,その方が自然な形といえる.

2) この点は気づかれていないのだが,この設置を機に修士の専攻数を少なくするという懸案を解決してしまったことも大きいのである.旧の文化科学研究科には3専攻あり,学生確保の点で不安定性があった.それでも専攻数の縮小は設置にかかわる問題であるため,学部長時代,私は手を付けることをためらっていたのである.人社研設置はその懸案をしれっと解決した,という面があるのである.

3) 設置によって教員は「教養学部 (准)教授」ではなく「人社研 (准)教授」になった.特に若い人は変化後の方がかっこよいと思うだろう.

4) 設置によって外国出身の日本研究の有能な先生方を迎え入れることが加速された.むろん設置がなくても来て頂くことは考えていたのであるが,全体計画による補助金ポストによってその計画を前倒して実現することができたのである.
 なお,人社研設置をした平成27年度の夏に,教養学部が主導して初めてサマープログラムを実施したのである.それが可能になったのも設置で教員の補強ができたためである.
5) 同様に,設置に伴う補強により,英語だけで修了できる修士のプログラムを発足させることができた.むろんこの英語によるプログラムは,放っておいても経済学部は実施したろうし,教養学部も後を追って実施したろう.しかしその発足が早まったのは人社研の設置が機であった.

6) 理にかなった,見苦しくない研究組織を明示できたことは,今後の研究の促進にとってプラスになるだろう.

7) 学部を超えた人的交流の機会はなかなかないのであるが,人社研の設置によって限定的とはいえ経済学部の方々と交流する機会は増えてゆくと思う.

 以上,今思いつくところを書いてみた.これらの利点は,設置のよって自動的にもたらされたものもあるが,良くなるように我々が努力した結果もある.

 逆に,人社研になって悪くなったこともある.が,書くのをやめておく.

 人社研がなんぼかのものになるかどうかは,今後,つまり現員が人社研をどのように運用して行くかにかかるだろう.
 また,人社研の設置をどう評価するかは,この設置が内包する最終的シナリオ,つまり経済学部と教養学部の完全合併をどう評価するかにかかっているだろう.その最終シナリオについては,別の記事として後日書いておきたいように思っている.

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(下)

 さても,平成26年の4月も終わりにさしかかり,ゴールデンウィークに入った.休日とはいえ,その間にも送受信した業務上のメールの数はおびただしい.その半数くらいは広い意味で人社研の設置に関係している.だから設置のための作業はしているのであるが,だからといって設置申請の文書作成が進んだ訳ではない.そういう訳で,設置申請には作業が間に合わないというのが私の感想だった.
 しかし設置の作業はいきなり終盤を迎えることになったのである.ゴールデンウィークが終わった5月7日の午後8時過ぎに事務長から1本のメールが入った.大学に文科省から連絡が入り,今回の設置は事前伺いでよい,と言われたという.これまで,通常の設置で設置審にもかかることを前提にしていたが,事前伺いということは書類の数は少なくてよい.しかも設置審にかけないでよいことになったのである.
 私の考えに過ぎないが,事前伺いで済むことになった第2の理由は(第1の理由は,書かない),計画している新研究科の内容が,前年11月17日の転換以来,現行の研究科と近づいたことである.しかも27年度設置の方針によって新機軸は落ちていったのである.結果として,以前にあったのと名称も同じような専攻が並ぶ計画に修正された.悪く言えばあえて新規に設置する意味がどこにあるのか,という話であるが,現実的に考えれば今やっていることを大きく変えることは無理だったのである.
 事前伺いでよいか,設置審にかかるかは,微妙な問題である.某国立大学の某学部では,学科編成の変更を事前伺いでよいと言われていたが,年度が変わり係官が変わると設置審にかけろと言われ,大変だったという.文科省による扱いがどうなるかは神学的判断だということなのだろう.
 設置の作業が楽になったのは有難かった.しかし事前伺いになることよって,新研究科構想が潰れるという可能性も消えたのである.無理に27年度設置で進んだ場合,特に設置審にかかる場合,原則としては何があるか分からなかったのである.最後まで構想を潰すことを諦めなかった私が覚悟を決めた瞬間でもある.
 作業が楽になったとはいえ,書類はすぐに提出しなければならない.経済学部側と協議しつつ,文書作成を急いだ.しかし何と言っても,頑張ったのは事務方だった.数日後に書類を提出した.続けて,教養学部側は教職の課程申請が必要だった.課程申請については,手続きに詳しい事務方にまたも頑張って頂き,さして日を経ずに書類の提出にこぎつけたのである.
 6月の中頃に文科省から,設置に関する補正意見と要望意見が届いた.指摘への対応を決め,1週間ほどで返事を出した.設置を認めることを示す回答が文科省から届いたのは8月である.

 文科省への設置対応は終わったとは言え,新研究科を作るとなると決めるべきことは多く,それらはほとんど先送りしていたのである.まず新研究科の学生募集の手配が,事前伺いと決まった頃に進めなければならなかった.そこですぐに入試に関するルールを決めながら,募集要項の案を作り,早期に募集をかけなければならなかった.英語圏の受験者を想定した英語プログラムの募集も計画していたので,その要項作りにもかかった.また,新研究科のウェブサイトやパンフレットの手配にもかかった.秋以降になると研究科教授会,代議員会,分科会,部会の規程作りにもかかった.詳述はしないが,かなりの協議と時間を要したのである.
 しかも,これまで別々に運営していた両学部が,1つの部局としてどのように新研究科を運営するかという,実際問題も合意しておく必要があった.平成27年の正月頃に私が案を作り,まず教養学部執行部の中で合意した.その後で経済学部側と協議した.経済学部執行部も同じようなことを考えていたらしく,すぐに合意するところとなった.その後,2月にそれぞれの学部長とは別に新研究科の研究科長を選出したのである.教授会以下の諸会議の規程を作り,それぞれの会議の権限が決まったのは3月に入ってからであった.

 かくして慌ただしい平成26年度が終わっていった.私には複雑な感慨があった.新たな年度になれば新しい人社研が始まる.が,人社研の開始は,部局としての教養学部の消滅のときでもあった.部局長としての教養学部長は私が最後になるという,嬉しくない感慨である.いつまでも新年度が始まらなければよいと思ったものである.

(この記載は実話のように書いたフィクションです.)

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(中)

 さても,平成25年の11月17日に教養学部内で新研究科のプランについて方向性の転換があったことは前回の記載で述べたとおりである.11月の末から12月にかけて,新たな前提でWGにおいて協議が進んだ.私はWGの外側にいたが,そのメンバーからは進捗の情報を頂いていたし,意見も述べていた.
 その頃の私のメモによれば,新研究科の専攻構成として私は3つの案を考えていたようである.その中で全体的な移行コストが少なく学生確保の確実性が高かったのが,両学部が共同で運営する専攻(真ん中専攻)を日本アジアでまとめるものだった.経済学部側も,チュラロンコン大学とのダブルディグリーのプランもあったので,受け入れ可能であると思えた.
 12月の上旬に,私は「現実的な案」としてその日本アジアの案をWGメンバー(の一部)に伝えた.私が現実的と思うくらいであるから他の方々も同様に考えたと見えて,12月中にその方向でWGの意見は集約されていった.教養学部側WGで決まってきたのは,新研究科の名称を原案に戻して「人文社会科学研究科」とすることと,真ん中専攻を日本アジアでまとめることであった.
 年が明けて平成26年となる.1月の上旬に上記の案を経済学部側に提示したと思うが,当初は意見は相違した.しかしセオリー通り,案の早期成立を期する大学執行部は,教養学部の案で意見の集約を図ったのである.セオリーとは,時間的切迫を抱える方が妥協するという交渉の原則である.同時に,教養学部側の申し入れの通り,新研究科(人社研)の設置は,当初の予定の平成27年度ではなく,28年度にするという合意が成立した.通常の設置であれば,平成27年度設置に間に合わせるには秋の時点で案を文科省と詰めていなければならない.この時点で案を固めているのが現状であるから,設置を先に延ばすのは常識的な判断だった.
 1月17日(1次)と24日(2次)に教養学部長の選挙があった.そこで私高木が次期学部長になることに決まった.以前に4年間学部長をした私が再度学部長になることは異例であるが,人が出払っている状況があり,引き受ける者がいなかったのが実情だった.次に学部長になる方のつなぎという性格が強い.
 
 次期の学部長になったとはいえ,私は依然として設置のWGの外側にいた.ただ,事務方と相談できる立場にはなった.この人社研設置に関して十分な情報を持っていなかったので,私は事務方にこれまでの全学および学部の資料などの提供をお願いし,知識の欠落を補うことに時間を費やした.分からないことは直接事務長に伺った.
 次期学部長に決まった時点で私がすぐに動いたことが1つある.日本語教育センターと国際本部の教員の方には,これまでも文化科学研究科に兼任として協力して頂いていたが,新たな人社研に専任として入って頂くことを考えたのである.全学の部署におられる教員は,一般論として,教授会がない状態で立場の不安定感があるのが常である.特に日本語教育センターと国際本部については,学長が変わるたびに所属の部署(や名称)が変わる,という不安定感があった.この機に新研究科の専任となり,全学の部署には兼任として出るような格好にする,そのご意向があるか,という確認を始めたのである.この件は次期の全学執行部も拒否しないだろうという目算があった.

 しばし平穏であったが,波乱は2月10日に起きた.この日,何とは言えぬ件があり,前に平成28年度としていた人社研の設置を27年度に戻すかどうかの判断をすることになったのである.2月12日に全学の会合があり,その場で決めると伝えられた.その2/12の会合に出てみると,その会合の前に役員が協議したらしく,会合ではいきなり27年度設置と決めたと伝えられた.予想した話し合いはなかったのである.現場が無理だというものを話し合いもなく決めるのかと,私はむっとした.設置の全学WGに次期学部長である私が入ることを求められたが,その場では承諾せず,考えて返事すると伝えた.すぐに承諾しなかったのは不快感があったからである.全学で決まったなら従うしかないが,この強化プランには反対である,27年度設置ができるとも思わないと,その場で本音を述べた.
 実は2月10日に私のカミさんの母さんが亡くなった.私は特に何をするでもなかったが,カミさんと一緒に行動することもあり,何かと気忙しかったのである.
 とはいえ,27年度設置という決定をその日のうちに,私は教養学部構成員宛のメールで伝えた.次の日にかけて,事情を確認するためにWGのメンバーなどにメールや電話のやり取りをした.そのやり取りの中で,私がWGに入ることへの要望が出た.そこでWGに入って設置の作業をする判断をした.私が設置にかかわるようになったのはその時点からである.
 カミさんの母さんの告別式が終わったのが2月15日(土)だった.設置に関する学部内の作業の方針についてメモが,次の日の日付で残っている.2/19の部内でのWGに向けて考えをまとめていたのだと思う.
 28年度設置は学部構成員のほとんどが望んでいた.資料によれば必要な文書の種類は実に多い.某大学の設置申請書のファイルをネットで入手し眺めていた.正直,無意味な文章をこれほどの分量書く根気は,私にはない.だからあと3か月で設置申請をするのは無理と思えた.
 半面,内心は27年度設置でよいとも思えた.期限が伸びれば余計な議論の蒸し返しもあるだろう.注文も多くなるかも知れない.なら,現状案で早めに突っ走った方が結果は良いかも知れない.27年度設置では作業が間に合わない恐れもある.しかし当方は「できるとは思わない」と言ってあるので,間に合わないときの責任は無理な日程を設定した大学執行部にある.

 2/19の部内WGでは,いくつかの要点に関して今後の方針を提起し,合意していった.基本的なスタンスは,この人社研設置は迷惑な話ではあるが,今後の作業によって我々の組織の力を付けられるようにしてゆこう,ということである.日本語教育センターなどの先生方の人社研所属については,ここまで寝かせていた状態であったが,その日のうちに同意の取り付けに動いた.同意が集まったのは3/11だった.そのすぐ後に全学の執行部に対して,この件を提起して同意を頂いた.経済学部側にも了解して頂いた.細部について全学側と合意したのは4/18の新学長・理事との会合においてだった.
 2/19以降,それまで考えていた点もWGや教授会に提起していった.まず人社研の修士専攻にはコースを設定することを決めた.学士課程の専修とコースをほぼ対応させることによって,大学院と学部との人的資源のねじれが生じないようにしたのである.6年一貫などで学部からそのまま院に進学させるときの便宜も考慮してのことだった.また,2月末には人社研の研究組織を科研費の領域設定に準拠して決める案を提案した.この案は12月段階で考えていたことである.これまで研究組織については検討を事実上スキップしていたが,外部への説明可能性を高めるやり方を考えたのである.研究の個人評価は科研費領域ごとに行うのが自然であるし,科研費の共同申請もしやすくなる.この案は大学執行部に受けが良く,経済学部側からもすぐに同意を得た.
 この間,経済学部側とはカリキュラムの詰めや,設置文書の前半部分の文案の推敲をしていたと思う.文科省に資料を持参する必要があるときは作業を急いだと記憶している. しかしながら,我々は設置の作業ばかりをしていればよかった訳ではない.年度末の処理もあるし,私の場合は4月からの学部体制の決定と,新学期の準備に忙しかった.時期が時期だけに,副学部長もなり手がおらず,承諾を得るのに苦労した.また,この時期はグローバル事業にもかなりのエフォートを割いていたのである.
 新学期になり,学期初めの行事が多く,なかなか設置に時間を割けなかった.その頃に検討を進めたのは人事であった.設置審にかかることを想定し,人事可能なポストについては,補助金による時限のポストを含めて,通常の人事プロセスを臨時に簡略化し,適合な人を決めることを考えた.特に必要だったのは,真ん中専攻で求められる英語による授業を揃えることだった.また設置に伴って教養学部側は教員免許課程申請もあったので,人は貼り付けた方が良かったのである.少し先までの人事方針を決めてWGで合意を得,教授会で了承を得たのは平成26年の4月18日だった.
 蛇足であるが,このときの教授会了承では,ほどなく退職する私高木のポストがグローバル・ガバナンス専修に帰属することも明記した.しかしこのことが現在の学部執行部でしれっと無視されたのは,少し前の記載で述べた通りである.ポストが多い専修ならともかく,専任教員数が危険水域にあるグローバル・ガバナンスのポストを別に使ってしまうというのは,私には考えられない.

 かくして,可能なところでは作業は進めていた.しかし4月の時点で良い進捗という実感はなかった.事務方は何とか完了させようと頑張っていた.しかし教員の習性としては,この種の作業にはあまり熱が入らないのが常である.だから個人調書の集まり具合も良いとは言えなかった(私も出していない).はっきり言って申請には間に合わない可能性が高い,というのが実感だった.そうこう思っているうちに4月も過ぎてゆく.そしてゴールデン・ウィークが間近になったのである.

 このとき,運命の5月7日が迫っていたことを知る者は,まだいなかったのである.

(次回,怒涛の完結編に続く)

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(上)

 埼玉大学で人文社会科学研究科(以下,人社研と略)という大学院研究科が発足したのは平成27年度のことである.この人社研は,それぞれの大学院を持った経済学部と教養学部が大学院で合併したものである.人社研の新規設置は,平成25年度に埼玉大学が申請し採択された国立大学改革強化推進事業のプランに盛られた.私は平成26年度,27年度に教養学部長をしていたので,この人社研の設置申請と最初の1年間の運営に教養学部(学際系)の側から関わった.
 この人社研は「部局化」することが前提だった.部局化とは,それまで学部が持っていた教授会を研究科に移し,それまで部局だった学部は研究科の学士課程の教育組織になることを意味する.重要な教授会決定はすべて合併した新研究科で行う.それまで部局であった経済学部と教養学部は,この人社研の発足とともに部局としては消滅したことになる.もとの学部を愛おしく思う立場からは,人社研の発足は嬉しくない道標である.
 ここでは,その嬉しくない道標を立てるのに教養学部がどのように対応したかを書こうと思う.
 
 次の点はことわっておくべきだろう.第1に,きわどい話はぼやかして書くことはご容赦願いたい.第2に,あくまで教養学部側の話であり,かつ私のバイアスがかかっていることも仕方ないとお考えいただきたい.第3に,関連する情報に私がフルにアクセスできたのは学部長だった平成26,27年度だけである.プランが進行した平成24年度,25年度の出来事については表面的な情報しか持たない.例えば,この合併話はもともとは経済学部と教養学部そのものの合併として考えられたはずであるが,それが研究科同士の合併の話に変わったことになる.たぶん誰かが「学部からの合併は嫌だ」といったのであろうが,どこでどのような経緯があったのか,私には全く分からない.平成25年度になると情報は教授会に上がってきたが,やはり全学の会議に出ていないと分からないことも多いのである.

 さて,人社研設置を含む件の改革強化プランは平成24年度のうちにできたはずであり,正式情報として教養学部の下々に知らされたのは平成25年4月19日の教授会資料(前日の全学運営会議資料)においてである.5月上旬の教授会では若干の議論があり,5月24日の教授会日には学長が説明に訪れている.教授会構成員の反応は「そりゃ,嫌だよね」というのが主流であるが,具体案はないので(具体案は後でお前らが作れという),「大変だ」ということ以外に特に論点が出ないのが実情だった.学部執行部の説明も「大変だ,困る」で一貫していた.
 全学の会議に出ていた教養学部の評議員殿は,全学の会議でも一貫して反対論を述べていたらしい.私は彼と随分話していた.彼の論点は,この改革強化プランは埼玉大学の将来ヴィジョンを示していないこと,このプランが落としている学士課程の改善が緊要であることだったはずである.全学の会議では,事務方も驚くほど学長から罵倒されたとのことである.
 5月の後は7月まで教授会はなかった.その間,私はその評議員殿から情報を聞いていたと思う.7月26日の教授会で,議長により,この改革強化プランを文科省に持ってゆくとのとりまとめがなされた.改革強化事業への申請書を出すことは9月26日の評議会で承認されたようである.たぶんそこが正式承認なのだと思う.

 この改革強化に関する雰囲気が変わって来たのは10月の後半になってからである.10月25日の教授会で,新研究科の設置準備室会議(10/10)の議事録が出てきた.その議事録では新研究科に関する提案がかなり具体的に書かれている.この研究科は両学部が共同で行うことを担保するため,修士3専攻のうち1専攻で双方から人を出して運営することが制約として求められていた.その専攻が「国際マネジメント専攻」となっている.教養学部から人が出てマネジメントというのは,常識的にはないことである.しかもその設置準備室会議は1回目であるのに,議事録には「いろいろ提案があったが」という.ということは,その準備室以前に,教授会に特に紹介もなくいろいろ話を相手学部と進めていたことになるではないか.
 実は私は当時,教養学部のあるセクション(要するにGGであるが)に属していて,たぶんそこの某教授から7月10日付の文書のファイルをもらっていた.A4で4枚のその文書は,そのセクションの修士課程の計画が書いてあったが,実施はまず不可能な,ビジネススクールのような仕様だったのである.ということは,7月の初めの段階でそういう話が進んでいたということになるであろう.その後,教養学部執行部案として出てきた専攻配置案は,その準備室の案そのままではなく,変わってはいる.しかし中心になると思えるセクションは同じだった.
 日記を見ると,10月後半頃から私も部内でいろんな人と,この設置の話はおかしいのではないかと話すようになった.問題は少なくとも2つあった.執行部案のままでは,共同の専攻(後に「真ん中専攻」と呼ぶようになった)は,過去の実績から見ると,少なくとも教養学部側では志願者は確保できないこと.および,その案の通りにすると教養学部自体の人員配置をかなり変えなければならなくなることである.
 さらに問題をややこしくしたのが,そもそも大学で出した申請が通ったのかどうかがはっきりしないことだった.通常の競争的な補助金であれば,採択結果がほどなく示され,同時に今後の配分される予算の概算(通常はそれより下回る)が示されるはずである.しかしこの補助金については,「通る」という話が執行部から出るのみで,「通った」というアナウンスがあったとは聞いていない.通らなければ作業をする必要もない.
 かくして設置の執行部案には教授会で批判的な意見が出るようになった(多く発言したのは私であったが…).
 転機は11月17日の教授会で訪れた.この教授会は3年次編入学の判定のために日曜に開いた教授会であった.その教授会で,文科省への説明のために執行部案を持ってゆくことが諮られた.執行部案の中身は教授会の承認を経ていないとの指摘が出た.ここで議長は裁決するという.私を含め何人かは,採決するのではなく話し合うことを求めた.が,採決となった.採決の結果,執行部案が否決されたのである.私は,否決されるとは思わなかった.

 この教授会の後しばらくの間,混乱があり,かつ話が二転三転したのである.その間の経緯は面白くはあるが,省略する.
 11月29日に臨時教授会が開かれた.その折に学長・両理事が訪れ,WGを作って案の協議を進めることの要請があった.同時に,12月に次期の学部長選挙をすることが決まったのである.
 教養学部ではそれまで,特別な事情がなければ学部長選挙は年を越した1月に行う.それを前倒しで行うというのは,次期の学部長を決めることで次年度に予定される設置申請のための学部の体制を早めに作るということだったかも知れない(別の理由だったかも知れない).ついでに言えばこの学部長選挙も,多少の混乱があり,結局例年のように1月にやることとなったのであった.
 何れにせよ11/17をもって話は大きく転換したのである.それまで,関係委員は既に目の前にある案を既定路線と思い込んで議論していた.が,これ以降は,自分たちが参加する新研究科を,自分たちの考えを加味してデザインしようと考えるようになったのである.
 私は新たなWGのメンバーには選ばれていない.メンバーに呼ばれた同僚が私を入れた方がよいのではないかと申し入れたが,学部長から断られたそうである.ただ,私はメンバーとの間では意見交換をしており,実質的には情報を聞き,発言もしていた.
 かくして新年を迎え,物語は佳境に入ってゆくのである.

(この記載は実話のようなフィクションです.)

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H25年度採択の改革強化プラン

 埼玉大学は平成25年度の国立大学改革強化推進事業に採択された.それ以後しばらくの埼大の運営はこの時に採択された改革強化プランが基本になっている.私の結論を先に言うなら,その時点で出すべき改革プランは,第1に,学士課程への投資を厚くするべきだったろう.第2に,埼玉大学が今後力を入れるべき事項を明示するため,新学部の設置を目指すべきだったろう.

 この改革強化プランはH24年度のうちに作成されたと思う.H24年度の末には噂は流れてきたが,私を含め,教養学部の平の教授会構成員には詳細は分からなかった.具体的な案を教授会資料で目にしたのはH25年度に入ってからか,早くてもH24年度末だったように思う.
 このプランの概念図(ポンチ絵)は,当初,曼陀羅のように複雑に見えた.だから多くの教員は自分に関係する箇所だけを眺め,「大変だ」と思うものの,全体については何の考えも抱かなかっただろう.私もポンチ絵の全体まで眺めるには時間を要した.
 全体を眺めて第1に私に浮かんだ感想は「面倒な案を作ってくれたな」ということである.次に思ったのは,「随分と安上がりに案を作ったな」ということだった.
 何が「安上がり」か? この強化プランは,新たに考案したというより,よく見ると既にどこかにあったアイディアを寄せ集めたものだからである.例えば経済学部と教養学部を合併させるという考えは,表には出ないが以前からあった.ただ,このプランでは,両学部をそのまま合併するというのではなく,大学院での部局化を前提に院だけで合併させている.その点は「曲玉」だったと思う.学部からの合併には何れかの段階で何処かから難色が出たのだろう(教養学部教授会は関知していない).あえて由来が分からない部分をあげるとすれば,教育学部から移動する学士100人分の学生定員を理工研に付けた点である.この点はアドリブかも知れない.

 この改革強化プランには次のような特徴があると思う.

 第1に,このプランは「早く文科省に持ってゆく」ことを優先したプランといえる.既述のように,このプランにはオリジナルのアイディアは少ない.合併して作る新研究科や理工の大括りなどの中身は関係部局に投げている.だから,調整にどれほど時間を要したかは分からぬが,骨子を作ることは簡単だったはずである.ポンチ絵を描く方が時間がかかっただろう.

 第2に,第1点に含まれているともいえるが,大学として今後の方向性を明示することなく,大学としての機能全般を高めるような作りにしたことである.この点は,悪くいえば,今後の方向性を決めるだけの企画力/決定力がなかったことを意味する.今後この点に力を入れます,そのためのこういう学部を新設します,という格好が,外から見れば分かりやすかった.

 第3に,この改革強化プランの中には,当時文科省が推奨していた事項,例えば部局を超えた学生・教員定員の移動,教員養成系学部の学生定員の縮小,部局を超えた再編,大括り,社会人学び直し等の事項のほとんどすべてを入れ込んだ格好になっていることである.そのプランの外側ではあるが,文科省が求めた,単位実質化などの教育の質的転換まで書き込んである.このプランを受け取った文科省側は,それ故に埼大の忠義を愛でたかも知れないし,「そこまでやるか」と苦笑したかも知れない.ともかく文科省の言っていたことを丸呑みした訳であるから,必勝の構えで申請したと言ってよい.

 第4に言えることは,このプランは,投資の対象がほとんど大学院であり,大学院を中心としたリサーチ・ユニバーシティを目指すようなまとめ方になっていることである.簡単に言うと「格上」の大学になることを意識したようなプランと見える.そのこと自体は結構なことである.問題があるとすれば,上位大学ですらこの予算で学士課程に投資していたその時期に,学士課程への投資がおろそかになったことである.さらに言えば,後に(人材養成・地域貢献を主とする)重点支援①を選択する結果になるのであれば(その結果はハナから予想できた),このプランの時点で重点支援①とより整合的なプランを作るべきだったろう.
 大学院をいじっても全く人の関心を集めなかったことも反省材料である.やはり世間は学部に注目する.

 第5に,このプランは全部局が強い関与をすることになるプランであったことである.それ故にまさに全学的な取り組みとしての改革であり,大学としての「本気度」を説明するのには良かったろうと思う.しかし別の観点に立てば,このプランによってすべての部局が疲れ果てる結果になり,二の矢,三の矢が継げなくなるという欠点を持っている.この時点ではこの部局に苦労してもらうが,次の機会には別の部局,ということができにくい.実際,このプランの実行を経て,各部局に余力がなくなった印象を拭えないのである.外部資金がウチの大学を素通りしていることもその結果のように思える.

 採択された他大学がこの改革強化推進補助金でどのような事業を申請していたかをざっと眺めてみよう(複数の実施大学や単科大学の例は除く).平成24年度採択では,資源学の世界的教育拠点形成(秋田大学),国際高等教育院(仮称)の設置及び学部等のグローバル化の推進(京都大学),生命科学・認知工学等の世界的な分野を伸ばすための重点支援体制を確立(大阪大学),新たな学士課程教育モデルの提起(外国人教員の採用,九州大学).平成25年度では,埼玉大学の他,医療系学部群の亥鼻キャンパス整備(千葉大学),「リスク共生学」に基づく教育研究拠点の形成(横浜国大),ターゲット・アジア人材育成拠点の構築(静岡大学).平成26年度では,国際食資源学院(仮称)の設置(北大),高大接続時から学部・大学院まで一貫した教養教育プログラム(東北大),“よりグローバルでよりタフな”人材の育成(東大),「科学技術イノベーション研究科(仮称)」・「国際人間科学部(仮称)」の設置(神戸大学),「高等教育開発推進機構」の設置(岡山大),「生物資源産業学部(仮称)」設置・理工学部への改組(徳島大学),「地域協働学部」の設置(高知大学).平成27年度では,「データサイエンス学部」の設置・大学間連携(滋賀大学),といったところである.
 いくつか感想を述べれば,第1に,埼玉大学が大学としての機能全般を上げますというプランであったのに対し,他大学の採択プランは,強化すべき領域を特定していることである.新たな組織の設置は当該大学の今後の方向性を表現するものといえる.第2に,旧帝のような上位大学ですら,学士課程への投資を行っていることである.新たに設置するのも,研究科より学部が多い.

 結論を繰り返すなら,平成25年度の段階で,埼玉大学は第1に学士課程への投資をより明確にするべきだったろう.私大を含め,各大学が学士課程に投資している中で,埼玉大学は単位の締め付け(それも重要ではあるが)をする以外に,教育内容を豊かにする投資はしていない.それでは学生の獲得競争に後れを取り,大学院の方も足元から細っていく.第2に,大学としての方向性を明確にし,できればそのための新学部設置の検討をするべきだったろう.他大学の新学部設置例を見れば,埼大でも十分に可能だった.大学としての方向性にはいろんなことがあり得たろうが,いずれにせよ「各部局がそれぞれ」という埼大名物の常套句を超える企画力と決定力を発揮する必要があっただろう.

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融合

 一匹の妖怪が埼玉大学を徘徊している.「融合」という妖怪が.

 この3月末までの在職中,私が頻繁に出会った概念が「融合」であった.この融合は,All in One Campus という標語の後ろの方にも出てくるので,今も重要なキータームなのだろう.
 
 大学関係で融合の語はいろんなところで使われている.昔からあったのが「文理融合」である.文と理が協力するというよりは,特色を出せない理が文を引き込んで特色を出そうとする局面が多いように思う.また「理工融合」という言葉もよく使う.学生募集が困難になった都市型大学の工学部が理学を取り入れて志願者を集めようとする場合がそれである.医工融合という言葉も注目される.医学の拡張として工学に近づくのはごく自然なことであり,今後その分野は拡大するだろう.その他,うまく行っている大学では組織名に融合の語が出てくる.東工大では融合理工学系というのがあり,千葉大では従来の融合科学研究科が発展改組して融合理工学府になるらしい.ただその中の研究テーマを見ると,あえて融合という必要があるのか,私には分からない.うまく行かない大学では,融合の組織は発足せずにつぶれるのだろう.
 埼玉大学でも,私の在職中,融合科学(研究科)といった言葉が躍っていた.今サイトを眺めると融合科学研究科構想は「文理創生学院」構想に変わったらしい.が,実際問題としてどういう融合なのかは,寡聞にして伺ったことがなかった.

 上記は学問分野の融合の話であった.埼大の標語の中の「多様性と融合」という場合,多文化的な人材の交流の意味もある,というのが私の好意的な解釈である.
 ただ,文系の人であれば,多文化状況の文脈で「融合」の言葉は使わないように私は思う.現在の優勢な考え方は多文化主義,つまり各文化が自己の伝統を保持しながら共存することを善しとするからである.融合というと,昔の Melting Pot になってしまう.
 ついでに言えば,私は以前から「多様性と融合」という言葉は矛盾しているように感じていた.融合すれば多様性は消えるからである.

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続々・ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 人づてに話を伺ったところ,教養学部の執行部は案の定,お友だちのところに採用人事のポストを付け,嫌いなグローバル・ガバナンス専修には最低ラインを割ったポスト数に決めたようである.うーん,鬼畜なやり方ですね.

 まず教養学部では元来,学部の専修に属する専攻には最低3人のポストを付けることを決めていた.その規程の変更を審議した訳ではないだろうが,グローバル・ガバナンス専修の片方の専攻には3人として,もう1つには2名しかいないようにしたとのことだった.それでは片方の専攻が成り立たないだけではなく,専修そのものの運営が危ない.今のうちは多少の非常勤枠があったけれど,次年度からは画期的に非常勤は削減になる.専修の専任教員が5名ということだと,教員がノルマの授業をやるだけでは,専修の必修単位60単位は専任の授業だけでは満たせないのである.必然的に専任教員が持ち出しをしなければならない.だけではなく,どこの専修も授業にはある程度余裕があり,学生が全部の先生の全部の授業を取らなくても済む(専修内で領域のspecificationの選択が可能になる).だから,グローバル・ガバナンス専修の場合,誰よりも学生にしわ寄せが来ることになる.その辺の事情は私が執行部には何度も伝えていたけれど,やはりお友だちのところにポストをあげることを優先したのだろう.
 これではだめなんだよね.専攻は専任教員が最低3人という規定のもと,他のすべての専攻ではこの基準を満たす判断をしたのに,一番専任教員数が少ない,1人欠けても苦しくなるグローバル・ガバナンス専修の専攻だけ,唯一3人基準を満たさないことにしたのか? 異常.
 しかも,なんでしょ.現状でグローバル・ガバナンス専修の実験室スペースは,例えば現代社会専修の1/4というひどい状態であり,それはいくら何でも是正すべきと私が教授会で言ったけれど,是正する気はないですね.それで,今度現代社会には昨年度に続いてポストを付けるので,また部屋を与えて,現代社会専修の実験室スペースはグローバル・ガバナンス専修の4.5倍にするのかも知れませんね.

 それにしてもこの執行部,私が既定の会議(学部長室会議)のメンバーであり,うるさいものだから,私を議論から排除するために,学部長室会議で行う議論を扱う会議を2つ別に作って審議する,ということをした訳ね.議論では負けるから.それで私が退職したとたん,もとの学部長室会議に議事を戻すということをしましたな.露骨ですね.

 この件は特段の判断ということではなく,通常業務の仕組みの問題なんですね.だから,重要なことはルールに基づいて運営すること.そこを非常大権のような判断をしてしまう,それでよいと思ってしまう所に問題がありますな.トップダウンのはき違えでありましょう.
 これから,事後的に,決めたことを正当化するルールを作るのか,あるいはルール無しでやる,ということなのか.後者かも知れませんね.
 また,ポストを付けなかった補てんとして,例えば非常勤枠をグローバル・ガバナンス専修に回すといった措置をとるのかどうか? 前年度は,専攻に専任が2人しか(一時的に)いない東アジア文化に多く非常勤を回すという措置をとった執行部ではありますが,同じことはグローバル・ガバナンス専修の専攻にはしないかも知れませんね.ダブル・スタンダードだから.まあそもそも,次年度になると非常勤枠そのものが少なくなるでしょうな.

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All in One Campus は大学の特色ではない

 昨年の今頃であったと思う.大学会館のロビーで埼玉大学のポスターを見かけた.一見して写真が奇麗だと思い,しばらく眺めていた.文字としては「All in One Campus」と書いてあったが,私はその点には気を留めなかった.私と同時に退職する予定の,傍にいた同僚は「All in One Campus って,要するに特色がないということだよね」という.そりゃそうだねと私は答えたように思う.
 最近,「All in One Campus」の標語を見ると,All in One Campusの後にも文字が続いている.「All in One Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現化」である.後ろの文字列は最近入ったのか,最初からあったのかは記憶が曖昧である.
 その標語,悪くはない.別に変える必要はない.他に書くことも見当たらない.

 しかしながらこの標語は,埼玉大学にそれほど縁のない方がいきなり見ると,何のことか分からないだろう.私は長く埼玉大学にいたからよく分かる.
 まず「All in One Campus」であるが,大学として備えるべきものがこの一か所にある,揃っている,という意味ではない.埼玉大学にある部局が全部このキャンパス内にある,という意味である.大学にある研究分野や部局でないものの数は多い.文科省の現実の分類では,埼玉大学は「複合型,医なし」であって「総合大学」ではない.病院やスタジアムや放送局がある訳でもない.つまり「この大学にあるものはこの一か所にありますよ」という意味である.
 皮肉に言えば,埼玉大学がこの1キャンパスに収まっているのは,医学部や農学部がないからである.1キャンパスに収まらなくても,医学部か農学部はあった方がよいだろう.また,これまでの歴史で他所にキャンパスを取得するほどの甲斐性というか,発展性がなかったともいえる.
 All in One Campusは,それ自体で評価すべき特色という訳ではない.All in One Campusであるが故に,例えば全部局が出動する教養教育が盛んであるということがあれば(実際はそうではないが),その教養教育を特色というべきだろう.

 All in One Campusの後には「at 首都圏埼玉」という文字列が続く.長くいた私は「なるほど,そうだろうな」と思う.埼玉大学の特色を列挙することを求められたとき,多くの埼玉大学関係者は,第1に東京に近いこと,第2に全部局が1キャンパスにあることをあげるだろう.3番目を言える方は少ない.
 地方に基盤を置くことを求められる地方国立大学の埼玉大学としては,こうした標語に「埼玉」を入れる他,生きる道はない.しかし多くの方々は「ウチは東京の近くだ,北関東3県(群馬,栃木,茨城)とは違う.首都圏南部(神奈川)と一緒だ」という思いがある.なら「東京に近いぜ 埼玉大学」の方が分かりやすい.私はこの,「東京に近いぞ,万歳」という考え方は好きではない.東京が良いなら,東京に多くの大学があるからである.なぜ埼玉なのかが分からない.

 さて,その後の「多様性と融合の具現化」である.この抽象的な文字列は特に,埼玉大学の素人にはまず分からないだろう.実はこの文字列に様々な思いが凝集されている.
 「多様性と融合の具現化」は,具体的には次の2つの様態を指しているように私は思う.第1に,埼玉大学には多様な研究分野があり,それらが共鳴しつつ融合している,あるいは,融合して新しい何かを産むことを目指している,ということを指すだろう.つまり第1に,「共鳴しあう多様な研究分野」とまずいいたい訳であろう.
 第2に,多様な文化的背景のある(簡単にいえば多様な国籍の)研究者,学生がここに集い,ともに学問をする場である(あろうとしている),ということを指すだろう.つまり「グローバルな教育研究環境」と言いたいはずである.
 「多様性と融合の具現化」という概念が内包するであろう2つの様態を述べてみた.他にもいろいろあるのかも知れない.いずれにせよ,「多様性と融合の具現化」という難解な文字列は,見るものに謎を投げかけながら広報空間を漂うのである.

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続・地味な展開のときの悪い予感

 17大学人文系学部長会議に私が最後に出席したのは2015年の10月だった.その会議の承合事項として私は「事務組織の今後の見通しについて」という題を事前に出していた.ちょうどその頃は「事務の一元化」という話が学内で出ているときであった.埼玉大学では部局にあった事務組織を一か所に集めること、それに伴って業務のあり方を変える議論が進んでいる,ただし業務が効率化されるかどうかは不透明である,として,「各大学において、どのような見通しであるかを参考のためにお伺いしたい。」と要望したのである。
 会議当日,あいにくこの承合事項の議論は低調だった.どこも事務職員の削減はあると思うが,大きく動いた大学は少ない.総務系が一元化したという話はあったが,学務系が学部から引き上げるという例は出なかった.ある国立大学の学部長さんは,一度学部から事務を引き上げたが,それを行った学長がまずいと判断して戻した,という.私は思わず「えらい学長さんですね」といったものである.
 個別の状況は分からないので勘違いはあるかも知れない.が,一般論として,まずいと思って元に戻すのは基本中の基本でありながら,なかなか選ぶことはできない.だから「えらい学長さん」という言葉が口をついて出たのである.
 ウチの大学の場合は entrapment が生じるのかな,と想像した.

 社会心理学で entrapment は,文脈に応じて「拘泥」なり「泥沼化」と訳する.戦争が泥沼化することを想起すればよい.よくある事例は企業におけるITシステムの導入であるらしい.あるシステムを導入すると追加でいろんなことをせねばならず,結局コストが膨らむ,ということである.
 私自身がコントロールできない私の中の自動思考は,ウチの大学で何が生じやすいかという想像を導いた.業務体制の改変をしてうまく行かないとなると,さらに弄り回し,それに多くの者が振り回されて疲れ果てる,結局良くならない,というパターンである.これといってやることがない場合,大学の上層部は有り余るエネルギーを組織いじりに投入するのではないか.なぜ組織いじりかといえば,必要だからではなく,やりやすいからである.大学が地味な展開をするときとは,そういうリスクがあるのではないか,という悪い予感にとらわれた.
 この悪い予感が杞憂であれば幸いである.何事もシンプルにやるのがよい.

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続・ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 少し前の記載「ウチの教養学部はどこが弱いのか?」ではこの学部の構造的な弱さを述べてみた.むろんこの学部,強いところもあるのであるが,今は弱さに着目してみたのである.
 この記載では「政治的な事情」での弱さについて述べてみる.政治的とは,いろんな意味でのCampus Politicsを指す.

 まず指摘すべきは,この学部は埼玉大学の中で政治的に最も弱いことである.
 埼玉大学では「理工」と「教員養成」が2大勢力である.この2つは大学運営の中で「外される」ことはない.大学の執行部はこの2つに基盤を置けば盤石であり,実際,この2つを基盤に執行部ができている.法人化初代の学長の出身は理であったが,理と工が一部局化していた.しかし初代学長が最も配慮していたのは教員養成学部であった.2代目学長の選出過程では教員養成学部は排除された格好であったが,教員養成学部のトップと2代目学長はもともと懇意であり,教員養成学部の立場は守られた.2代目学長は文系学部出身であるが,文系学長の常として,理工には最も配慮しているつもりだったと思う.3代目,つまり今の学長の政権は,文字通り理工と教員養成学部を基盤にできている.この3代目の型が埼玉大学の基本形である.
 こうした事情は何も埼玉大学だけのことではない.多くの地方国立大学では,学長は上位2部局くらいの中の何れかから選出され,部局の強さに応じて学内ポスト(理事,副学長,学長補佐…)が配分されるのが普通である.
 部局の強さは教員数,学生定員,資源の大きさによる.医学部がある大学では,医学部は学生数が少ないとしても,その他の資源が大きいので強い.医学部のない大学では,大きい学部は工学部と教員養成学部であり,この2つが強いのが普通である.
 教養学部は,文系学部という軽さの上に,「真水」の教員数は最小であり,何よりも学生定員が小さい.外から見ると教養学部は経済学部と同じでないかと思うかも知れないが,経済学部は学生定員が多く,したがって予算の根拠を持っている.だからこれまでも交渉ができた.教養学部はそれができないのである.
 弱小ではあっても国立時代は問題はなかった.予算などの資源は積算根拠で国から配分されるので,然るべき待遇は自動的に確保されたのである.しかし法人化以後はそうはいかない.各種資源の配分は学内ルールに基づく.そのルール形成過程では,どうしても政治力のある部局に不利なルールはできない.結果,政治力のない部局が割を食う形で落ち着く可能性が出てくるのである.
 だから教養学部は,評価される特長を強く保持しない限り辛いことになる可能性が高い.そのことを教養学部の構成員は理解すべきであるが,なかなかそうはいかないのが現実である.
 少し前,教養学部と経済学部は大学院で合併し,院部局化した.ただし学部は別々であり,ある程度,それぞれの学部はアイデンティティを維持している.ただ私は,大学院での合併の話があった時に,両学部が本格的に単一の部局化することも選択肢であろうな,とも考えた.政治的にはその方が良いかも知れないからである.

 上記は大学全体でのpoliticsの問題であった.が,それとは別に,教養学部は学部内政治によっても弱体化する可能性を宿している.
 少し前の記載「ウチの教養学部はどこが弱いのか?」で述べた通り,学部の性格から,教養学部は内部構造が不安定になる素地がある.組織の内部構造に外から枠がはめられる訳ではないため,どのような内部構造もあり,という考えに走る誘因があるからである.そうした不安定性を回避するために教養学部では専修・専攻体制があった.各専修と専攻にあるべきポスト数の最低ラインも決めていたのである.しかしそのような取り決めは無視して採用人事を決めてよいと学部長が言い出してしまうとどうにもならない.
 専修専攻を無視してどのような可能性があるかというと,早い話が,人間関係に応じてポストが増減するということになる.例えば学部執行部に人を出しているところにポストが付き,人を出していないところは冷遇される,といったことである.
 例えば,執行部に人が出ていない特定の専修,まあグローバル・ガバナンス専修であるが,そこに対しては,長期研修に出た人がいたんだからお前のところは人が要らないんだろう,と正副学部長がいったらどうであるか? 長期研修は研究上の権利として守られているはずであったが,それである専修・専攻に最低ラインのポストもなくなってしまうとすれば,そりゃ,長期研修に出た若い先生は傷つくだろう.自分が長期研修に出たからポストを剥奪されたのか,ということになる.むろんそんな酷いことは,グローバル・ガバナンス専修に対してしか,彼らも言う訳がない.
 こうした不可解な問題が出得るのは採用人事ポストだけではない.実験室スペースにしても,最近の執行部の措置により,現代社会専修はグローバル・ガバナンス専修の実に4倍の実験室スペースを保持するようになったのである.4倍というのはひど過ぎるのではないか,是正があってしかるべきでないかと私が教授会で発言したが,学部長は聞く耳を持たない.なぜか? 良く言えば,人間関係で物事が決まる,ということであろう.
 こうなった場合,学部の構造は流動的になり,何でもありになって行く.組織のエントロピは高まる.同時に,学部としての求心力は次第に衰えてゆくしかない.
 柔軟性は必要としても,大まかな,外形的な基準を作ってその基準で物事を判断して行く,資源を配分して行くことが,弱体化を避けるための方策となるだろう.

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理工の大括り:予定通りの不発

 1年半か2年半前のことである.全学の会議で監事から,理工の学科大括り化(を含む計画)の進行が遅れている旨の指摘があった.異例であるので記憶に残った.その後,偶々ご一緒した理工の高位の方に大括りがどうなっているかと聞いたことがある.返答は意外にも「現状とあまり変わらないものになることで決まりました」というものだった.
 それ以上は触れなかったが,「決まった」というのは意外だった.全学の会議ではその種の話は出ていない.たぶん理工内部の何れかのレベルでそのように決めたのだろうが,状況は分からない.
 その後も理系の大括りの話題はほとんど出なかったように思う.私が理系の大括りに興味を覚えたのは,大括りがきっかけで教養教育などの仕組みに進歩が生じるかも知れない,と思ったからである.だが大括りは事実上ないも同じものに終わった.教員養成の学生定員の処理とセットになるので,昨年の秋には文科省と詰めていないといけないはずである.話はなかなかはっきりしなかったが,新年になる辺りから,何年か前に伺ったのと変わらぬ話で決まったように聞こえてきた.むろん何年か前とは,学生定員の処理が入る点が異なってはいる.
 なんとなくポテチンな結果ではあるが,だからと言って大学が危なくなる訳ではない.単に,地味な展開の事例が1つ増えただけである.
 そもそも,学科大括りに意味があるのは,大括りした上で適用する教育システムに特段のプランがある場合である.そのようなプランがない以上,大括り自体は労力の無駄使いに過ぎなかったろう.

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ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 私は結構長く教養学部長をしていた.その間,この学部をどうやって売り込むかを考えていた.が,そういうことを考えるとどうしても,「突っ込み」を入れるもう一人の自分がいることに気づく.もう一人の自分という悪魔は,そりゃ違うよねとささやく.だから同時に,この学部はどこが弱いのかも感ぜざるを得なかった.
 今思いつくところで,少し述べてみよう.

 第1に,この学部は看板に嘘がある.私の理解では,教養学部は College of Arts & SciencesないしCollege of Liberal Arts である.理系がないのはおかしい.人文学の領域は,少なくとも主要な領域はいると思うが(教員数は不十分である),社会科学も,実は主要なところを欠いている.だから人文学部というのが正しいのだろう.しかしあくまで教養学部として設置され,そのままでいる.
 主要な教養学部は,駒場にしろICUにしろ,むろん理系は存在する.
 だからなぜ教養学部なのか,人文学部でないのか,と説明する折には,精神論でLiberal Artsを述べるしかない.しかし組織論としては後ろめたいところが付きまとう.
 なぜ教養学部となったかという昔話は,人づてに伺ったことはある.「文学部」を希望したがお上にダメと言われ,教養学部にした,と聞いている.が,実際のところを自分で確認したことはない.それでも以前は,理系の先生はおられた.理色の「コース」も存在した.しかし今は消えている.
 私が着任して少しした頃,学部名を人文学部にしようと提案があって(私が提案したかも知れない),教授会で承認したと記憶している.その教授会承認がその後どういう扱いになったかは知らない.たぶん学部名を変えるとなると,設置の手間がかかるだろうと想像する.実際問題,それほどの手間をかける価値はないように思う.その後,いっそ人文学部にしたら,と私は話題にすることもあったが,「人文学部というと文学部になれなかった学部」という印象があり,抵抗がある,だから教養学部でよい,とおっしゃっていた先生がおられた.実際,文学部を称することができるのは,国立では旧帝と旧六までである.地方国立大は人文学部になる.身分的に文学部を称せない,というのが悲しい現状の身分制である.

 第2に,この学部は多品種少量生産学部というか,世間の一つの学問分野の教員数が少ない.だから教育の分野別の質保証を問われると困るだろう.実は国立大学の人文系学部はどこも似たような状況といってよい.そのため,実は私大の人文系学部に比べると弱いのである.
 私は以前,入試広報に携わっていて,問合せに応じることにしていた.問い合わせの中に研究分野を特定して「こういうことをオタクでできるか?」という問い合わせがいくつかあった.記憶に残っているあるケースは,日本古代史が勉強したいという問い合わせだった.当然回答は関係の先生と相談の上である.相談した先生も私も正直なので,考古学ならできるが普通の古代史については専門の先生がいない,もし勉強したい分野が決まっているなら,その分野の先生が多い大学を受験すべきである,と回答した.いろいろ問われると,たぶん,同じような回答になってしまうだろう.むろん,ウチの学部だけの話ではないと思う.
 一分野の教員数が限られることで生じるのは,分野別質保証の問題だけではない.研究上もセンターになるのは難しいことを意味している.今から20年ほど前であるが,私は意見書を学部教授会に出して,学部内の分野を5つくらいに絞り,一分野の充実を図るべきであると言ったものである(そのときに提起したのはその点だけではない).ほぼ全員から拒否された.
 同じ提案を今の段階でするかとといえば,難しいだろう.分野を動かすとすると「完成」するまでに時間がかかり過ぎる.その間不安定な状態でいることには不安がある.また,人文系学部は普通,多くの分野を要するのが当たり前であり,分野を限定することには比較の上でリスクが高い.
 一分野の教員の充実を図るとすれば,似たような学部(当然,他大学の学部である)と統合するしかない.統合とはいかぬまでも高度の連携の可能性はないかと考えて,学部長のときに動いてみたことがある.いろんな意味でハードルが高かったのが実情である.が,もし大学間で統合できるなら,長期的にはその方が良い.教育の質保証だけではなく,研究上の中心になる可能性を担保できるからである.

 第3の問題は組織構造が不定形なことである.理学部であれば基本ディシプリンごとにdepartmentを作るのが常識であり,(少なくとも国立の)理学部はそのようになっている.同じことは法学部や経済学部にも言える.しかし規模のない教養学部は,どう頑張っても十全とは言えず,結果として組織構造を律する原理は特にない.そのため,柔軟に構造を作れるという利点もあるが,その利点はそのまま欠点にもなり得る.組織の規律は外的に決まるのではなく意図的に律さねばならない.例えば,どの部署が維持できるかどうかも確実性は低い,ということになる.
 組織の不安定性は構成員に不安を与える.通常の意思決定者はリスク選好的ではなくリスク回避的であるから,職場の魅力は落ちることになる.
 こうした問題を回避するために,ウチの教養学部では部内組織を明示し,その単位に一定の保証を与えてきた.ただ,こうした組織の線とは別の「配慮」で学部長がポストの使い方を決めてくると,結果として組織は意味がなく,秩序の欠如が結果してしまう.例えば学部長が,執行部に人を出しているところからの「おねだり」に応じてポストを使い,執行部に人を出していないところを冷遇したりすれば,組織は崩れてゆく.こうして生まれる不安定性が組織の凝集性へのダメージとなって行く側面もあるのである.

 以上,思いつくところでウチの教養学部の構造的な弱点を挙げてみた.にもかかわらず私は,教養学部というシステムは優れたシステムになり得ると思っている.文科省が昨今勧める「学位プログラムを中心とした大学制度」は,教養学部というシステムの中で実現できるからである.上で述べた欠点はいずれも,規模が小さいことに起因することを考えて頂きたい.だからいくつかの既存部局がこのシステムに参入する体制を作ることができれば,構造的な弱点を克服した優れたシステムとなることができると,私は思う.

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退職:荷物の整理

 昨日,一昨日と,世間は休日なのに私は大学に行って実験室等の荷物の整理をしていた.荷物の整理には多少の猶予をもらっているのが普通であるが,私だけはその猶予が許されない.学部の現執行部は私(とグローバル・ガバナンス専修)には刺々しいのが実態である.だからこのところ花粉で喘息症状が出ているのに,無理して大学で整理をしていた.何としても3月中に整理をつける.ただ今日は限界で,医者に行こうと思っている.
 荷物の整理は年末くらいから始めている.まず家の中の整理から始めなければならなかった.例によって本棚も買った.しかしある程度家に荷物を持ってきた段階で,果たしてこれらが本当に要るのか,という疑問を感じるようになった.
 昔から持っていて懐かしいから捨てられない,というだけのことのように思える物が多い.本の一冊一冊には懐かしさがあり,ずっと見慣れて来た環境の一部である.が,果たして手元に置いて読むか? この時点で読むことに価値があるか? そう考えると,捨ててよいような気がしてくる.だから懐かしくても捨てよう,という方向で頭が切り替わり始めた.
 荷物を整理していると,ずっと開けなかった箱や引き出しの中に,以前の学生の痕跡が多数出てきた.拘置所に面会に行った時の記録とか.ああ懐かしいな,という思いにふける.ただ,持っていてどうなるのか? そう思って処分に踏み切ることにした.
 整理されない卒論,修論の類が多数出てくる.実は私の実験室には,既に退職された2人の先生が指導した卒論もそのまま残っている.私が着任する前のものもある.既に退職した先生がさらに以前の先生から引き継いだのだろう.それらが皆,この部屋から出てくるのである.整理しようとすると,不思議と卒業年度の記載がないことが少なくないと気づいた.だから卒業年度での整理は諦め,学籍番号で整理することにした.学籍番号の様式も変わっているので,整理は難しい.ウチの大学はいろんなものの様式を,すぐ変えるからややこしい.
 卒論は廃棄してしまうのも1つの方法である.が,私が若干問い合わせたところでは,全部保存している,という専攻の回答が多かった.だからこの部屋に整理して保存しておいて,後の処理は後の先生方に投げておこうと思う.
 20年くらい前,卒論の類はいずれ保管するスペースがなくなる,と私は踏んだ.だから何年かは,私は学生にファイル(お収めたFDないしCDディスク)に表紙を付けて学務に提出するように指示していた.しかしその後,どこかの馬鹿が紙で提出しなければならない,という規則を作ったのである.それでも私は,ファイルも私に送ることを求めていたので,ファイルとしては所持している.そうしたファイルを学部がHDDに収めておけば,保管の問題は消えるのである.
 むろんファイルには,そのファイル形式が何年持つか,という問題がある.電子的な記憶媒体が何年持つのか,という問題もある.だから紙という媒体は便利な面もあるのである.ただ,これだけ普及したワードやPDFの形式のファイルであれば,新たなファイル形式に変換するソフトは出てくるだろう.

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壮絶 ゾンビ大学

 どのくらい前か忘れたが,私が全学の会議に出ていた時にある出席者が次のような発言をされた.「研究機構棟に行くとゾンビのような名誉教授が歩いてるだろ.そういうところで研究室を使うならもっと若い人でスペースが必要なところに使わせるべきだ.」
 この言い方は甚だひどいのであるが,反面,直截にそこまでよくも言ったものだ,という気持ちが沸いて記憶していた.その発言の趣旨は,必要で効果的なところに全学のスペースを配分してくれ,ということである.以前の資料を整理していてふと思い出したことである.
 思い出しながら頭にとどめていると,私の自動的な思考は次のような空想を導いた.

 20XX年,日本では博士課程修了者の増大にポストの数がついて行かず,高学歴失業者問題が深刻化していったのである.政府は数々の方策を考え,大学等に働きかけを強めたが,特段の経費を支出するでもなく,経費削減圧力の下にある大学等は若い研究者を専任で雇用する枠を増やすことができなかった.その間に事態は一層深刻化し,高学歴失業者数は増加の一途を辿った.大学でも,理工系を中心に,テニュアのある専任教員として雇用されるのは50歳に近いことが普通になって行ったのである.
 この事態の中で,ある国立大学の教職員組合は,研究者の生涯賃金が著しく低下しつつあることを提起したのである.すなわち,研究者の多くは若年時に不安定な雇用で低い賃金で働き,専任の職に50近くになって就くものの65歳には退職するため,研究者になること自体が経済的に割に合わないものになりつつある,ということである.
 この提起は多くの大学関係者の間で議論を喚起することとなったのである.ある者は,だから教員の定年年齢を引き上げるのが妥当だと主張した.またある者は,定年を引き上げると若い研究者に供給される職が減り,事態は一層悪化すると主張したのである.
 しかし地方国立大学の西荒川大学では極端な選択をすることになった.在職していても重点化大学に比べて特典が少ないために,定年を引き上げる方向に学内教員の意向は収斂していったのである.定年引上げの考えは西荒川大学から他の地方国立大学へと感染して行くこととなった.
 この事態を目にした教育省は,定年規定は各大学法人が自発的に学内規程で定めるのが原則であるが,現状を変えるのであればその財源措置を法人で確保するとともに,定年の学内規定の趣旨が徹底される必要がある旨の通知を出すこととなったのである.
 だがこの通知は抑制的な効果を持たなかった.教育省が容認すると受け取った西荒川大学が,退職年齢を65歳から一気に85歳までに引き上げることを決めたのである.そのことは当初,驚きをもって受け止められたが,他の地方国立大学も雪崩を打ってその方向に同調し,少なからぬ大学が数年のうちに退職年齢を85歳までに引き上げたのであった.

 これらの教員高齢化大学では,高齢教員の在職者数が増えるに従い,異変が起きてきたのである.
 異変はまず学生から報告された.夜,研究棟を歩いているとゾンビに出会った,亡霊を見た,という類の報告が頻繁に学生課に寄せられるようになったのである.中には精神的なショックによりカウンセリングを受ける学生も現れた.これらの報告は都市伝説として世間に流布され,教員高齢化大学は何時しかゾンビ大学と呼ばれるようになったのである.
 西荒川大学では,学務部が学生向けに特別に通知を出し,多文化共生の趣旨に則り,幅広い年齢層の大学構成員が共生して行くことの重要性を説いたのである.
 他方で学務部は,若年層がいきなり高齢の教員に接触するのは無理があり,徐々に接触して慣れさせる必要がある,という結論に達したのである.
 そのため,西荒川大学では65歳を超える高齢教員に3段階で次のように「ゾンビ度」基準を設定し,その基準によって教員を分類することとなったのである.なお,「ゾンビ度ゼロ」は,65歳未満,ないし3段階の何れにも該当しない教員を指す.
 ゾンビ度1級:18歳程度の若年者が恐怖感を感じる程度
 ゾンビ度2級:メイキャップなしにゾンビ映画に出演できる程度
 ゾンビ度3級:白骨化死体ないし腐乱死体と見分けがつかない程度
そして,初年次の学生にはゾンビ度ゼロの教員が指導を担当し,学年進行に従ってゾンビ度が高い教員に接して徐々に学生が慣れる,というシステムを考案したのである.したがって,学生は4年生になって初めて,ゾンビ度3級の高齢教員を目にする,という仕組みが出来上がった.
 高いゾンビ度の教員が集まる研究教育棟は大学の一角に集められ,その一角は高い塀によって仕切られ,門を通って入るのである.その門は論語に基づいて従心門とされたが,人はその門をゾンビ門と呼んだのであった.
 ゾンビ大学では別の面でも変化が現れたのである.教員の高齢化にともない,在職中の死亡例が増えたが,勤務中に死亡した場合は特に「殉職」として敬意を払うこととなった.年度進行に伴い,この殉職数は飛躍的に増え,大学のホームページには殉職告知の掲示板が作られたのであった.

 数理経営工学研究科 西所沢梅三郎教授,講義中に壮烈に殉職
 文化経済学部 東狭山貞奴教授,発作のなか西荒川大学は不滅だと叫んで殉職
 人文物性学科 南越谷助忠教授,社会物性学会大会で敵を粉砕して名誉の殉職

などの記事が常に並ぶことになったのである.
 退職年齢の引き上げにより,名誉教授称号を生前授与され,最終講義をすることには高いハードルがあることになった.そのため,西荒川大学では最終講義には特別な趣向が用意されたのである.3年ぶりに開かれた最終講義は,ゾンビ度3級の名物教授,北朝霞三之助のものである.最終講義はゾンビ門の中の,最高度ゾンビ館で開催された.開始時には,会場の照明はすべて消され,少しして壇上にスポットライトが当たるのである.壇上には棺のように見える箱が置かれていた.しばらくするとドラキュラのような黒いマントを身に着けた北朝霞が棺桶の蓋を中から開けて起き上がる.この瞬間,出席者からは「おーっ」という歓声が上がった.北朝霞はガソリンのようなものをかぶるや,右手を高くつき上げ,「教育研究に情念を燃やした,わが生涯に一片の悔いなし」と叫ぶ.そしてマントに火をつけ,体は炎に包まれたのである.出席者は再び,「おーっ,ここまでやるか」と口々につぶやくのであった.

 教育省が全国のゾンビ大学の廃校を決めたのはその3年後のことである.

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教養学部は26名の教員定数削減過程をどのように凌いだか?

 埼玉大学を含め,国立大学が法人化したのは2004年だったと思う.その直前の2001年から2003年の間に,私は教養学部で将来計画委員長をしていて,学部内教育組織の再編案の取りまとめをしていた.だからよくわかっているのだが,法人化直前で教養学部の教員定数は63名だった.この教員定員は,法人化した2004年に39名に削減されたのである.まさに4割近くの削減である.
 2003年に取りまとめた再編案とは,教養学部教養学科内に当時あった16のコースを5つの専修課程に統合する,というものだった.それまで,卒業要件が異なるコースが教養学部内に16あり,管理が困難な状況があったのである.その16を5に統合するこのとりまとめには2年ちょっとの歳月を要した.このように苦労して2004年に発足した体制であったが,開始数か月で,教員定数の大幅削減が全学で決められたのである.
 24名の削減といっても,そのうち3は法人化前から進められていた教員定数削減によるものと思う.実際,その3名分は欠員状態にしてあった.しかし残りの21名分は,2004年の夏に全学で決めた(むろん教養学部は反対した)「教員定数の再定義」による.この「再定義」は,旧教養部から各学部に分属した教員ポストを「全学ポスト」とする,というものである.旧教養部からは教養学部への分属教員が多かったために,教養学部が集中的に削減をくらった格好だった.
 この削減も,旧教養部から移管されたポストの教員が退職したら全学に戻す,というマイルドなものであれば影響は少なかっただろう.しかしそうしたマイルドな措置ではなかった.定年退職した教員のすべてのポストはすぐに全学に差し出せ,というものだった.このポストの「返還」には11年,つまり2005年から2015年までと決まった.21のポストを11年かけて返す,というものである.しかしこの間,11年もの間,定年退職する21名分の教員ポストの採用人事は全くできない(定年前に退職した教員ポストの採用人事は可能).だから事実上,計画的に採用人事をすることは11年間できなかったのである.
 この「再定義」は,教養部からの分属分を返還するだけであるから,元に戻るだけであろう,と思われるかも知れない.しかし分属分のポストを前提にそれまで計画をしていたものを,急に戻せ,しかも11年間計画的な採用人事はできない,というところに無理があった.教員が急速に高齢化し,年齢構成に歪みが出ることも明らかだった.
 この教員定数の再定義は,全学的に見ても,その後の全学的な学士課程の運用に影を落とすことになったのである.教養課程を担う教員をゼロに再定義したのであるから,全学の教養課程がやせ細るのは明らかだった.2004年当時,教養学部はその点で「再定義」に反対をした.しかし,教養学部以外は,教養学部が主に削減を食らうことに安堵したのである.しかも,そうやって全学に吸い上げたポストを都合よく使いたいという希望が教養学部以外に満ちていたことも否定できない.

 再定義があった2004年度から2005年度にかけては,私は学部の執行部から離れていた.「離れていた」というより「外されていた」という方が実態に近い.しかし2006年度から2年間,副学部長をした.その後2008~2011年度の4年間は学部長をしていた.その後の2年間(2012-2013)は「グローバル事業」の責任者であったので,学部執行部にいたようなものであり,その後の2年間(2014-2015)は再び学部長をしていた.つまり私が教養学部の執行部にいた期間(2006-2015)は,教員定数の再定義による教員ポストの削減があった期間(2005-2015)とほぼ重なるのである.私はこの10年の期間を,教員定数の再定義に振り回されてきたといってよい.

 削減が進行する期間は組織の下降局面である.その中でいかに撤退戦を戦うかが課題だった.下降局面では希望がなく,士気も落ちる.よくあるのは内部でポストの食い合いが始まることである.下手すると自滅して行く.削減期間が終われば学部は定常状態を取り戻せるはずであるが,その間をどう凌ぐかが問題だった.
 2006年度から,この局面で何をするべきかを私なりに考えた.実は2004年度に削減が決まった直後に,教養学部は削減に合わせた将来計画の提出を学長から求められたのである.しかし例によって,その種の将来計画は混迷を極めて決めることができなかった.2004年度の終わりか2005年度の初めに,「学長に持ってゆくだけ」という前提で,暫定的な計画案を教授会で了承した.その案は今でも,全学の議事録を見れば出ているはずであるが,実際にその案が使われることはなかった.ただ,削減に合わせた学部の将来像は,潜在的には必要だったのである.
 2006年度に私は副学部長になったが,副学部長は将来計画委員長を兼ねた.私はまず削減になるポストの分布を調べ,分野別にほぼ均等な比率で人がいなくなることを確認した.その意味で,学部の組織は全体がほぼ同じ比率で削減されるので,分野の歪は少なくて済む,つまり組織変更は必然ではない,と私は考えたと記憶している.ただ,教員の年齢構成を考えると,じきに年齢が二極化する,つまり高齢者と若年層が増え,働き盛りの中間層が極端に少ない年齢分布になることが困難と思った.高齢な教員に下働きを期待するのは難しいので,少数の者が雑用を集中的に担うしかない状況が削減が終わった後もしばらく続くように思われた.
 この下降局面で行うべきは「公共事業」である.暗くなるところを明るくしないといけない.マインドを上向きにしないといけない.問題はその原資であった.その頃は競争的資金の公募が出始めた頃であり,何か申請できる予算はないかと考えた.目についたのは「大学院教育改革経費」,後の大学院GPである.いくつかの予算について文科省の説明会を聞きに行ったが,この大学院GPについては,文科省は「バラマキをする」と私は踏んだ.そこで学部長に諮って申請することにした.実際に始めてみると申請書を書くのは結構手間がかかり,しかも思ったより申請が多かったので,当初は「出せば通る」と思ったけれども,それほど簡単ではなかった.が,ヒアリングをしのいで何とか採択にこぎつけた.実は金額はそれほど盛り込んでいなかったが,非常勤で任期付きの研究員を2人(芸術論と東アジア文化),短期間とはいえ雇うことができた.多少とも明るい材料になったように思う.
 2008年度からは学長が変わり,私も同時に学部長になった.そのときに私が狙ったのは「教員定数の再定義」をチャラにしてもらえないか,ということだった.再定義は続けると新学長からはハッキリ告げられた.ただそこで引き下がる訳にも行かず,教養学部の苦境を全学の会議では述べ,学長にも資料を持ってゆく,といったことを続けて辟易されたかも知れない.ただ新学長からの理解もあり,教養学部には「補強」のためにポストを付ける,という話が持ち上がった.そこで新たなポストを前提にした学部の将来計画を作り始めた.が,ポストを付けるという話は,持ち上がった後に沙汰止みの期間が長く,あの話はどうなったのかと催促に行こうと思った矢先に学長側から回答を頂いた.准教授ポストを4つつけてくれるという話だった.ポストの数は最初の話より少なくなったのであるが,後から考えるとやりくりの中で精いっぱいの措置だったろうと思う.同時に注文が付いた.新たに付けるポストは削減への補てんには使うな,新しい学部の方向性を出せ,というものだった.その当時,「グローバル」がキーワードになりつつあったので,教養学部もグローバル化を目指す,社会科学は「グローバル・ガバナンス」を,人文系は「国際日本学」をキーワードに,学部全体でグローバル化を目指す,という計画を作って教授会了承を経て学長には了解を得たのである.この4ポストは国際関係論と国際開発論,日本語学と日本表象文化で人事をすることとなった.
 この補強は,同時に部内専修課程の組み換えと同時だった.専修課程の組み換えはこの補強以前から議論していたが,その際の問題を解決することが補強によって可能になった側面もあった.教員再定義からの学部組織の計画の課題がやっと果たせたといえる.当然ながら,削減によって教員が減っても成り立つ組織であることが前提だった.
 この補強があってからの2年間で,グローバル化の方針の通りに,学部からの交換留学生の数は飛躍的に増えた.むろん,全学で始めたGYプログラムに触発された面もあるが,新規にできたグローバル・ガバナンス専修のシニア教授の活躍も大きかった.その2年間の成果を基礎にして,学部長の任期が終わるころに,私はグローバル人材育成促進事業への申請の準備を進めた.幸い採択されたので,教養学部としてはその間は,必要と思えた「公共事業」をすることができたと思う.このグローバル事業の期間に,教員定数の再定義で予定された最後のポスト削減もあったのである.

 2012年に学部長を退任してから2年後の2014年に,私は再び学部長になった.が,それは教員定数の再定義とは別の事態に対応するための一時的な就任である.その件については別の記載としたい.ただ,その間の2015年度にも全学で教員削減の話が持ち上がり,結果として教養学部はさらに2名の削減をすることとなった.法人化直前と比べると,計26名分の削減である.しかし,他大学ではこの間に恒常的に教員削減が生じており,2006年以降に全学で教員削減が話題にならなかったのは,2006年度に大幅な削減をしていたためと私は理解している.今回の削減は2006年度の削減とは異なる公平な定率削減であり,その規模から考えると個別部局にさほどのストレスをもたらすものではない.教養学部も現行体制の圧縮によって対処できるはずである.部局運営が正常であれば容易に乗り越えられるだろう.

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地味な展開のときの悪い予感

 調べることがあってウチの大学のホームページに入った。見ているうちに、ウチの大学の計画のページを眺めることになった。2つの計画が載っている。1つが平成25年から30年にかけての基盤強化のプランであり、2つ目が平成28年度から33年度にかけて、つまり第3期中期計画期間にわたる機能強化の取り組み(全体パッケージ)である。以前、この両方をずいぶんと眺めていたものであるが、間を置いてあらためて目にすると感じるところはある。むろんここでは論評しない。
 この両方とも、当事者の考えは別にして、外目には新たな何かに踏み込むプランではない。だから、その計画がうまくいこうがいくまいが、目立った展開があったと外目に感じさせるものにはならない。実際の経過を考えても、第3期中期の期間はウチの大学は、鳴かず飛ばずと言わぬまでも、地味な展開になるだろう。
 地味で悪いという訳ではない。その間に英気を養って次に備えようと考えればよいのである。大学の構成員にとってはハッピィかも知れない。そうポジティヴに考えておこう。
 ではあるが、悪い予感もないではない。

 まあなんというか、経営者というのは、暇だと余計なことをするじゃないですか。さしたる展開ができないときにできることといったら、まあ、内部の組織いじりとか、規則いじりとか。そういうものって、右にあるものを左に移すようなもので、やらなければそれで済むのですが、暇だと理屈をつけてやろうするじゃないですか。自己の存在をかけて。それでまたいろいろ、弄り回しが始まるのではないか、という心配もあります。
 組織いじりといえば、強いところはいじれないので、弱いところが弄り回される宿命にあるのが常ですよね。右に行ったり左に持っていかれたり、名称が何度も変わったり、と。傍から見ていると、玩具にされているようでかわいそうですけれどね。
 一番困るのは基幹的な作業のやり方を変えられることですな。それまで一定のやり方を前提に蓄積してきた経験を、また最初から手探りで蓄積しないといけない。なんでそんなことで時間を使わないといけないの。だから今、いろんなところで仕事が止まっていますよね。
 役員の方は自分の代のことしか考えないでしょうが、下々の者は役員が変わるとまた変えられてしまう訳ですよ。彼らの自己満足のレガシー作りに、なんで付き合わないといけないの、という感じですな。
 そんなくだらないことに付き合わせるんだっから、外回りして金取ってきてよ、というのが下々の本音であります。

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役員がダメでもウチの大学は潰れない

 今年、世界情勢にはダイナミックな展開があった。悪い意味でダイナミックだった。そんなことに目を奪われている間、時折ウチの大学に関する情報も入って来た。どれもこれも、意外なほどショボい展開であるな、というのが私の感想だった。まあ、なんかもう少しあるだろう、という言葉がつい口から漏れた。
 しかし年末になるとここは大人の対応でものを考えるべきだろうと思い始めた。まあ、長閑でいいんじゃないの、ということである。
 そもそも、外側の社会の構造が今のままである限り、ウチの大学は、鳴かず飛ばずのことはあっても潰れることはない。大きな事業には乗り出せないような仕組みの中にいる。それほどの経営権はないのである。だから大きな失敗は、したくてもできない。また、アクシデントとしても、大きな損失を出せるほどの内部構造をウチの大学は持っていない。だから役員にもさしたる才覚は求められない。どこで金を節約するかといった程度の小才を働かせればやって行けるのである。潰れるところまでは行かない。
 そういうと自虐的に聞こえるかも知れないが、ものはポジティヴに考えようである。なるべく不満を漏らす人が出ないよう長閑に運営する。それが平和でいいんじゃないの、という気がして来る。

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私の大学の教養教育がダメであるのには102番目の理由があってだな

 つい先日、部内で会合があった。その席上で披瀝されたのが、全学の教育企画室が検討しているという教養教育の案であった。若干の議論が交わされた。
 その場の議論は学部の然るべき役の方から伝えられるべきことである。だからここでは触れない。だが私見を述べることに躊躇は要らないだろう。
 その案自体は論ずるに足らない。
 重要と思えるのは、教養教育は本来、学士課程全体の中でしか設計できないことである。教養教育をそれだけで論じる限りは些末な議論にしかならない。教養教育はいわゆる専門教育とともに設計しないと意味がない。問題は、学士課程全体の再設計をする力が大学にあるか、という点である。
 ありそうにない。

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私の大学の教養教育がダメであるのには101の理由があってだな

 どこの大学とは言わぬが、私が勤めている大学の教養教育は惨めなものである。どの大学も苦しいのが内情とはいえ、ウチの場合は水準が低い。教養教育の消滅を回避するのが精いっぱいといってよい。実態として教養教育の部分が次第に、軽く薄くなっている。法人化の当初は教養教育の特色をアピールしたものであるが、今は何もアピールできない。他の多くの大学では、教養教育を超えた新たなプログラムを競いつつあるが、同じことができる状態ではない。外部委員も教養教育の計画が大学の公式計画に書いていないことに不満を漏らすほどである。

 なぜこうなったのか? 偶然的要因と構造的な要因がある。
 偶然的要因とは、第1に学士課程の教育が大学としての重点から外されてきたことである。だから教養教育は、資源削減の対象にはなっても投資の対象にはならない。第2は、平たくいえば担当の責任者にセンスないし才覚がなかったことである。前者はある意味、構造的要因のように見えるかも知れない。が、同じ立場を将来的に長く保持できるはずはないので、あえて偶然的要因に数えておく。
 構造的要因とは、教養教育を担うべき教員ポストが法人化の初年に全学吸い上げと決まったことである。いわゆる「教員定数の再定義」がそれである。全学に吸い上げられたポストは削減などに使われたはずであるが、その実態は知られてはいない。そこで教養教育の担い手が曖昧なままになり、教養教育に充てる人的資源が不安定になることを余儀なくされた。既存部局は教養教育分のポストを持たずに教養教育の負担を抱え込んでいる。
 多くの大学では、旧教養部の教員定員は、既存部局に分属になるか、新たに作った別組織に配属されることが多かった。しかし旧教養部の定員ポストを継承した部局は、そのポストの分だけ教養教育の担当を引き続き負っていることが多い。そのために、問題はあるにせよ、教養教育を担当する教員ポストは結果として確保されている。むろんその上で部局には教員ポストの削減が多かれ少なかれ起こり、全体として教員ポストは削減されているだろう。しかし教養教育担当分の人的資源は他と同率で削減にはなるだろうが、なおも捻出できる状態が続いている。

 法人化の初年にこの教員定数の再定義を提起した時、間抜けにも、それで教養教育に問題が生じることに時の全学執行部は気づいていなかった。正式に教員定数の再定義を決める段階になると気づいたようであるが、既に遅かった。学内のいろんな所が、全学に吸い上げたポストに目を輝かせ始めてしまったからである。教養教育を考えるべき理性は、欲の前にかき消されてしまったというべきである。
 かくして、教養教育は担当の負担をどうするかの問題に常に直面することになった。社会的ディレンマ(特に公共財供給)のゲーム実験のような経過が展開したのは不思議ではない。当初こそ人は協力意志があるものの、協力は漸減する運命に見舞われた。そのため、時が経過するに従い、教養教育は軽く、薄く変化している。大学の財政のひっ迫が追い打ちをかける。頼みの非常勤枠にも余裕はなくなるからである。じきに、負担を軽くするために大学教育とは呼べない代物になるのではと、私などは危惧してしまう。

 何とかする方法はあるにはある。が、何とかするだけの企画力と実行を促すリーダーシップが発揮されることがあるかといえば、これまでの経過を考えると難しいように思う。

(この記載は2020年代を想定したフィクションです。)

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九州大学の新学部

 朝日新聞サイトを眺めていたら「九州大が『共創学部』新設へ 文理融合掲げ留学も義務化」という表題が飛び込んできた。2018年設置というから、設置の書類を出すのは2017年度であり、文科省との詰めは既に最終段階にあるはずである。
 九州大学のサイトを見ると、大々的に?宣伝していた。やはり、新学部ができると万歳なのである。

 この学部が、朝日新聞が書くように「文理融合」を称するものなのか、疑問も感じた。九大のサイト記述によると「文理融合」は強調しておらず、ある種のグローバル学部であるという印象が強い。ただ「学びの特色」の第1が「文理を融合したカリキュラム」であるから、その程度の意味では「文理融合」なのだろう。

 同じく2018年設置で、ウチの大学も動いていた訳であるが、ウチの大学の場合、どうなるかの公式の説明はまだない。むろん風聞は流れている。風聞の限りでは、公表することでアピールする代物かどうかも不確かである。
 ウチの場合、考え始めたのは今年度に入ってから、という付け焼刃なのだから、結果にこの差があって仕方ない。ろくに検討せずにアタフタする、という姿を何時まで続けるのだろうか。正直、この九大新学部くらいの構想であれば、ウチの大学でも作れただろう。ただし、九大の場合は平成25年度の時点で、いやそれ以前から、その基盤への投資をしていた。九大は常識的に動いていたのである。ウチの大学は、大学院中心という、非常識な逆張り行動を取り続けていたのであるから、この結果の差はあるべくしてあったというしかない。必ずしも「身分の差」に原因を帰して済ませるべきではないように思う。問題の第1は初手の方針が間違っていたこと、第2は企画力がなかったことである。

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西荒川大学世界一

 いつものように早起きした北宮代格之進は、しばらく縁側で物思いにふけっていたかと思うと、身支度を始めた。西荒川大学に行く、とだけ妻に伝えて家を発った。

 北宮代は長く西荒川大学で教授を務め、10年ほど前に退職したのである。数日前、旧知の元同僚と話す機会があり、それ以来、昔の記憶を思い起こしていたのである。あの場所をもう一度見に行かねば。そう思って北宮代は西荒川大学を目指したのである。

 私鉄の西荒川東部鉄道に乗り、何度か乗り換えてJR北西荒川駅で降りた。駅周辺の様子は、この間に変わったようでもあり、昔のままのようでもある。バス停の位置が変わっている。駅前の交番でバス停の場所を尋ねた。昔のように西荒川大学のバス停はあるが、路線はとうに変わっていたのである。バスに乗ると、昔のように西荒川大学までの道が連なる。その情景に見覚えがあるものを感じながら、北宮代は自分が西荒川大学に近づいていることを感じるのであった。
 西荒川大学というバス停で北宮代はバスを降りた。
 かつてここに西荒川大学があった。今はバス停の名前としてのみ、西荒川大学はその名を留めていたのである。
 西荒川大学のバス停付近は西荒川大学記念公園になっていて、かつて正門近くにあったモニュメントがそのままの姿を現していた。このモニュメントを眺めながら北宮代は何十年かを西荒川大学で過ごしたのである。
 モニュメントの傍には石碑がある。石碑には、「嗚呼北羽生助三郎君世界一」と刻まれていた。
 この付近、つまり西荒川市欅区の人々は、石碑にある北羽生助三郎なる人物が西荒川大学の学長であったことは知っている。しかしその名の下に刻まれた「世界一」が何を意味するのか、何の世界一なのかは、欅区の七不思議として伝えられていたのである。
 北宮代はこの石碑を懐かしく眺めながら、昔の記憶が彼の脳裏に溢れ出すのを感じたのである。

      ***

 その頃、我が国の国立大学は、研究で世界を目指す大学、世界を目指す大学の振りをすることが許される大学、人材養成に特化する大学、の3つに整理されつつあった。西荒川大学は3番目、つまり人材養成に特化する大学に分類されていたのである。しかし新たに学長に選出された北羽生助三郎は、人材養成に特化しつつも研究で世界を目指すことを標榜したのである。北羽生の周囲には熱心な同志が集まった。産業技術学部教授の北宮代格之進もその一人だったのである。
 北羽生助三郎は次々と、研究を促進するための措置を打ち出していった。しかしそのような予算の使い方をすることに、事務局長だった竹ノ塚又八は時折、苦情を呈したのである。今の予算を前提にすれば、効果を出すのは難しい。なら、本来の大学のミッションに忠実に予算の使途を決めるべきではないか、というのが竹ノ塚の立場だった。北羽生は竹ノ塚に会議では同意するものの、実際の行動は何ら変わらなかったのである。北羽生と竹ノ塚の間には次第に距離感が生まれて行ったのである。
 仲間の会合で意見交換しながら、北羽生は次第に、「やはりノーベル賞をとらないと始まらない」と考え始めたのである。しかしノーベル賞を取るネタは、むろん学内には見当たらない。苦慮した北羽生は、西荒川大学の卒業生の中にノーベル賞を取る者を作り出す方策を考え始めた。
 北羽生はそのため、優秀な学部生をノーベル賞を取りそうな大学、研究室に院生として入学させる方策を取り始めたのである。この北羽生の方針には理工学部の執行部から異論が出た。それでは優秀な学生が本学の研究科からいなくなるではないか、という点である。この異論には事務局長の竹ノ塚も同調した。
 しかし北羽生はきかなかった。卒業生にノーベル賞を取らせるのは西荒川大学の地位を高めるためである。そのことは人材養成のミッションに適うだけでなく、将来的に西荒川大学が研究で名を成すための布石である。今は辛抱すべきだ、と北羽生は繰り返した。
 北羽生は成果を待ったが、当然ながら、北羽生の企画は何十年かの時間を要することである。すぐに成果は出ない。そのことを思い知らされた北羽生は焦りを感じ始めた。実はその頃、研究大学院は内部での人材確保ルートが確立したため、西荒川大学出身の院生が目だった研究に関われる機会は以前よりも少なくなっていたのである。
 何時まで道楽を続けるのか、と竹ノ塚からは苦情が出た。北羽生は黙り込むことが多くなったのである。
 北羽生が欝々としながら仲間の意見交換会に出ているときのことだった。出席した1人の教授が、そういえば、今度ノーベル賞をとった〇〇は、うちの卒業生と△△大学院の同級であり、友達であるそうだ、と口にした。そのとき、北羽生の眼が光った。なに、友だち? 友だちがノーベル賞をとったということは、ウチの卒業生が多大な影響を与えたに違いない。これは大きな成果ではないか、と言いだした。
 北羽生は全学の会議で、ウチの卒業生の友だちがノーベル賞をとったことは、我が大学の大きな成果であり、祝賀会を催すべきだと主張したのである。出席者の西所沢副学長が、馬鹿馬鹿しいから止めろという。事務局長の竹ノ塚も、いくらなんでも恥ずかしいから止めてくれと発言した。しかし北羽生は言いだすときかない。すぐに新聞社への発表をする手配をさせたのである。竹ノ塚は渋々認めた。まさか新聞社も馬鹿ではない。それで「おめでとう」とは言わないであろう、北羽生もその様子を見て諦めるだろう、と踏んだのである。
 西荒川の地方紙幹部を集めた記者会見が行われた。この度のことは喜ぶべきであり、我が大学の大きな成果であると、北羽生はとくとくと説いたのである。その後で新聞社側の質問に移った。地方紙の雄、西荒川新聞の代表が発言を求めた。だが質問相手である北羽生の異様な熱意と顔の迫力に西荒川新聞代表は押され、思わず「おめでとうございます」と言ってしまったのである。西荒川地方を代表する西荒川新聞のこの反応を見て、他の各紙の代表も、こういう場合はおめでとうございますというものと思い、次々と「おめでとうございます」と続けたのである。事務局長の竹ノ塚はその様を、「まさか」と思いながら眺めたのであった。
 記者会見でのこの成功に気をよくした北羽生学長は、次に大々的に祝賀会を開くと言い出したのである。

     ***

 祝賀会は多くの学生と教職員を集めて開かれた。北羽生学長は西荒川大学の旗を背にして演説を始めたのである。北羽生の演説は、自らの西荒川大学への愛情を語ることから始まった。そして西荒川大学がいかなる歴史を経たかを続けた。語りながら北羽生は時折、涙ぐんだ。竹ノ塚が客席を見ると、北宮代教授らの北羽生の取り巻きもまた、涙ぐんでいたのである。竹ノ塚はその異様な雰囲気に押された。
 演説は中盤に至って次第に熱気の度を増していった。それと反比例するかのように、聴衆は白々と静まり返っていったのである。
 演説が終盤に差し掛かろうとしたとき、北羽生は嗚咽の後にひっひっひという声を発した。観客席の竹ノ塚は戦慄を覚えながら隣の総括企画課長の肩を押した。おい、おかしいぞ。竹ノ塚はそうつぶやいたのである。「学長は興奮している。おかしい。演説を止めさせて学長室に連れて行け。今からだ。」竹ノ塚の指示で総括企画課の数名が壇に上ろうとしたとき、北羽生はいきなり上半身の服を脱ぎ捨て、後ろにかかっていた大学旗を引き下ろして両手で掲げ、「西荒川大学、世界一だ、うぉー」と叫んで観客席に飛び降り、中央の通路を駆け抜けて会場の外に走り去ったのである。
 一瞬呆気にとられた竹ノ塚は、気を取り直し、学長の後を追い、「続け」と叫んで総括企画課の職員を呼び戻したのである。北宮代ら、学長派の面々も続けて会場の外へと走った。
 会場の外に出た竹ノ塚らの見たものは、北羽生助三郎学長がウィニングランのような姿で大学旗をはためかせながらキャンパスを駆け回っている姿であった。何ということだ。こんなことがあるのか、と竹ノ塚はつぶやいた。
 竹ノ塚は素早く総括企画課の面々に指示を出した。学長を止めろ、いや、取り押さえろ。乱暴なことをして構わん。取り押さえて学長室に閉じ込めろ。いいか、こんなところを人に見せる訳にはいかん。
 総括企画課の面々は四方から北羽生学長に近づき、取り押さえようとした。しかし北羽生は素早い動きとフットワークでそのことごとくをすり抜けたのである。大柄な職員が北羽生にタックルしようとしたとき、北羽生は高く宙に舞ってそのタックルもすり抜けた。そのとき、観衆一同からオーッという歓声が上がった。観衆は次第に、助三郎に走れ、走れと歓声を向けるようになったのである。
 北宮代はその光景を見ながらつぶやいた。何のために走るのだ。何のために走るのだ、助三郎。
 走りながら、助三郎の脳裏には数々の思いがめぐった。私も、西荒川大学は人材養成に特化してやってゆくしかないと思ったことがある。そうだ。だがそれは、ほんの気の迷いだ。私は疲れていたのだ。研究を進めずして何の大学か。もう私は迷わない。私は迷わない。私は走るぞ。世界を目指して走るぞ。
 竹ノ塚がつぶやいた。お前の気持ちはよく分かるぞ、助三郎。だがそれがお前の取る道か? 西荒川大学学長として選ぶ道なのか。研究を止める訳ではないのだ。研究は十分できるのだ。ただ、大学として人材養成の事業を進める他はないではないか。目を覚ませ、助三郎。
 北宮代ら、学長派の面々は涙を浮かべながら口々にささやいた。ああ、学長が走っている。助三郎が走っている。俺たちの夢を、西荒川大学の希望を背負って、助三郎が走っている。駆け抜けろ。走り切れ。
 竹ノ塚が叫んだ。早く学長を取り押さえろ。引き倒して組み伏せろ。殺しても構わん。こんな姿を世間の目にさらすな。大学の外には出すな。
 次々と現れる追っ手を振り切りながら助三郎は叫んだ。ついに世界に躍り出たぞ。西荒川大学はノーベル賞を取ったぞ。世界一だ。ハーバードを抜いたぞ。カリフォルニア工科大学も抜いたぞ。千葉大学も相模工科大学も抜き去ったぞ。世界の頂点に立ったぞ。
 北宮代も叫んだ。走り抜け。世界を駆けろ、助三郎。負けるんじゃねぇ。こんなところで負けるんじゃねぇ。お前はラグビーやってりゃ、日本一。いや、世界一だって目指せたんだ。走れ。走れ助三郎。
 助三郎もつぶやいた。何のために走るのだ。こんな苦しい思いをしながら、何のために走るのだ。愛のために走るのだ。私には西荒川大学への愛がある。愛と誠の力を、西荒川大学の真の姿を、今こそ教育省の役人どもに見せてやる。走るぞ。走れ、助三郎。
 正門に近づいた助三郎は、ウォー、西荒川大学、世界一だぁと叫びながら正門を抜けて道路に飛び出したところを、走ってきたダンプカーに追突されて即死したのである。

 次の日の朝刊は、西荒川大学学長北羽生助三郎が交通事故で死去したことを伝えたのであった。北羽生亡き後、西荒川大学は新たな学長を立てながら孤軍奮闘を続けたが、3つの国公立大学が合併してできた両毛大学に吸収合併された。北羽生の死去から10年後のことである。西荒川大学の名は、記念公園とバス停の名称としてのみ、残ることになったのである。北羽生に心酔していた北宮代格之進も、北厩橋県の霧雨キャンパスで定年を迎えたのである。

 かつて西荒川の地から世界を目指した男がいた。その名は北羽生助三郎。

 助三郎、お前はグレートな男だぜ。小雨が降り始めた西荒川大学記念公園で、北宮代はそうつぶやいたのである。

(この記載は『1・2の三四郎 』へのオマージュです。)

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国立大学の学費値上げ

 今となっては1年前のことである。2015年10月26日の日付で財政制度分科会の資料が公表された。この資料には国立大学の運営費交付金を減額し、同時に自己収入を増やし、両方の額を等しくするという将来プランが書かれていた。国立大学関係者がえらく反発したのは当然である。しかし、経営者という訳ではない私は、「そう言われてしまえばもっともだなぁ」という感想を抱いたものである。むろんこの資料で使われている数字は財務省に都合よく選択されているという説がある。それはその通りかも知れない。しかし全体のストーリーラインはよく整理されているように思った。
 ウチの大学は、上位国立大学を含めた一般の数字に比べて、実は運営費交付金への依存度は低い。実態は教育中心の大学なので、学生数が多く、したがって収入全体に占める授業料収入の比率はもともと高く、学生納付金収益と交付金の比率はそれほど違わないのである。だから、上記の財政制度分科会のプランをウチの大学単体に適用するなら、授業料を少し上げるだけで運営費交付金と学生納付金の均衡は達成される。そういう意味では、同分科会プランはそれほど脅威ではないはずである。
 しかし現実には脅威である。運営費交付金の額は大学単体ごとに決まる訳ではなく、国大全体で決まって来るだろうから、運営費交付金を多くもらっている上位大学に、ウチの大学も付き合わなければならない。

 既に多くの大学関係者が、国立大学の財政苦境の解決法は学費の値上げであることを理解している。だからと言っておいそれとは口にできない。口にすることはババを引くようなものだからである。文部科学省も、学費値上げを促したくても、学費値上げの旗は振らない。あくまで国立大学が自身の判断で値上げを決断することを促すだろう。だから学費値上げにたどり着くことはなかなか難しい。当面できることは国立大学がそれぞれに「貧乏物語」を語ることを通して、値上げ止む無しの世論を作ることくらいだろう。
 もし値上げとなればウチの大学は相対的により潤う。もともと運営費交付金の依存度は低いので、交付金減額率の負の効果は小さい。学生数が予算規模の割に大きいので、収入の増は相対的に大きいはずである。外部資金が取れていないのは、自業自得なので論じても仕方がない。
 その理屈は分かっているので、財政難に応じた基本組織の変化を本気で考える人はあまりいない。学費値上げまでどうやって凌ぐかの問題であると、多くの人が思っている。

 仮に学費値上げになると、どのような変化が生じるだろうか?

 第1に、学費の値上げで生じた余裕は、学生サーヴィスにつながる項目に使うことをハッキリ公表する(その通りにする)ことになるだろう。学費を上げただけの効果が支払者に還元されることを明示しない限り、学費値上げはできない。学費を値上げしてその分を、例えば研究費に使いますとはまず言えない。
 第2に、大学にしても文科省にしても、授業料本体の値上げは小さく見せたいので、授業料の値上げ分のある程度を設備費や施設利用費といった Tuition 以外の fee として徴収することになるだろう。feeについて言えば他の使用はできない。
 第3に、分野別の授業料設定は必然になるだろう。一律に授業料を上げると文系では私大との差がなくなる。理系であれば授業料を上げてなお、私大に比べればかなり安いのである。理系の値上げ分は設備費や教材費といったfeeの設定で吸収できるかも知れない。
 第4に、国立大が学費を値上げするとすれば、豊かでない学生用の奨学金(ないし授業料免除枠)をかなり大きく設定することになるだろう。私大の場合、授業料の実質値下げを授業料免除枠の拡大という形で実施すると思う。その場合、授業料免除適用者は「大学が確保したいタイプの学生」になるものと思う。が、国立の場合は、その建前からすれば、出身家庭の所得の低い層に授業料免除を適用するのが主にならざるを得ないだろう。
 第5に、一番つらい問題は、学費の値上げによって国立大の受験市場における優遇が当然ながら浸食されることは避けられない。今、国立大文系に生じている苦労が、理系にも及んで来ると言った方がよいかも知れない。その影響がどれほどかは、何とも言えない。
 最後に、学費を上げてなおも客を確保するためには、それ相当の付加価値の約束をせざるを得なくなる。問題は、ウチの大学の場合、その準備が他の国立大学より何周か遅れをとっていることである。

 単純にいってしまえば、学費を値上げすることの効果は、国立大が構造的に私大に近づくことだろう。それでなおかつ存在意義を主張することは、国立の上位大学にとっては可能であろうが、地方国立大には辛いかも知れない。

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大学貧乏物語

 1年近く前のことである。ウチの大学がNHKの夕方の番組で取り上げられる、という話が伝わった。それは宣伝になってよいね、と部内で話し合ったものである。
 その番組を私は見ていない。が、ご覧になった方がある会合で話題にした。その番組、最初のうちは良かったんだけれど、大学にお金がないという話になって、古いコンピュータを無理に使っているような内容になった。あれでは受験生が逃げるではないか、あんなこと放送させちゃダメじゃないの、というものだった。

ヘ(゚∀゚ヘ)  アホですね。何考えてんでしょうね。
´ω`)ノ 私は見てないからなぁ。
(`δ´)  そりゃ、ダメだよな。金がなくてもやせ我慢して、あるような顔をしないと、学生は来ないよね。あそこ行ったら、ひどいんだぁ、になっちゃうもんな。

 そんな話があったので、番組を見ていない私はNHKのサイトでその番組の情報が出ているか、調べてみた。ウチの大学の番組のページがあった。確かに、貧乏くさい写真入りで番組の紹介が載っている。この大学、いいですよぉ、というよりは、頑張っていますけれども今の国立大学は財政的に苦しいです、みんな暗い顔して議論してます、という感触が強く出ている。
 この貧乏くさいストーリーラインを考えたのは、NHKなのか、ウチの大学なのか、そこは私は存じ上げない。NHKも「貧乏」というテーマで話を作るのが好きなところがあるので、そういう見方で番組を作った可能性もある。

 ウチの大学が予算を切り詰めているのは事実であり、財政的に厳しいことは私も実感する。ただ、予算が極端に削減された訳ではなく、どのような方針で、どのような優先順位で大学を運営しているか、という問題もある。一概に金がないといえるのかどうか、そこは多くの大学構成員にとって、よく分からないことだろう。

 ウチの大学の内外には、このままでは大学はやっていけない、これだけの国からの予算が必要だ、と(世間なり政府なりに)申し入れろ、という意見がある。
 しかし、そのような申し入れをすべきか、できるのか、という点で私には疑問が残る。
 第1に、そのような議論を世間に振り撒いた場合、ウチの大学は「存立が危ない大学」であると宣伝するようなものである。受験者は逃げるだろう。そんな危ない大学に子供を送ろうとする親もいない。広報的に、そんな議論をするのは無理と思える。
 第2に、それならまず、自己収入を増やす努力をしなさい、になるだろう。自己収入とは、畢竟、授業料を上げることである。現状では国立大学は一定の範囲で授業料を設定できる。まずそれをしなさいの話になるだろう。
 大学関係者にもずれた方々がいて、国立大学の役割は等しく教育機会を与えることであるから、授業料は上げられないと論じる方が(まだ)おられる。しかしそう論じる人は、法人化をする前後の議論を知らぬのだろう。貧しくても大学教育を受けられることは重要であるが、対処としては貧しい人への個人補助をすべきであり、機関補助として大学に金を付ける必要はないのである。そもそも所得が低いことは国立大学の入学要件にはなっていない。金持ちでも国立には入っている。国が貧しい人への奨学金を充実させることが正攻法ではあるが、そうしなくても、一般の学生の授業料を上げて、貧しい学生には授業料を免除(ないし奨学金付与)すればよい。そこは大学の判断でできることである。
 あのNHKの番組のように、理系の教育に必要なPCが買えないというなら、理工系学生からは設備費を取ればよいだけだろう。貧しい学生には、むろん免除すればよい。
 第3に、大学にお金をくださいという主張は、一大学でやれることではなく、一群の大学(例えば地方国立大学群)がやるしかないが、社会的ディレンマが働き、どの大学も自らは何もせずに他大学に先頭を切って主張することを期待することになるだろう。結局は言い出せずに終わる可能性が高い。

 今後の財政展開から考えて、ポジティヴなシナリオの可能性は2つしかない、と個人的には昔から考えている。1つは経営陣にお金を取って来てもらうことである。むろん、誰か都合の良い方を学長にすればお金を取って来られる、というものではない。投資を呼び込めるだけの大学のプランを作る必要がある。そのためには、地方国立大学の場合、複数の大学を経営統合する以外にないだろう。
 もう1つは、今の大学を低額の予算で成り立つような構造にすることである。ただその構造とは、今の執行部が掲げているものと同じではない。
 何れかを選択すべきであるが、何も選択できず、現状のまま少しずつ予算を切り詰めて生き残ろうとすることが、現実には一番選ばれやすいと思ってしまう。

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融合科学研究科

ヘ(゚∀゚ヘ)  千葉大に、融合科学研究科ってのがあったんだね。
´ω`)ノ えっ、どこかで聞いた研究科の名前だな。中身は何だい?
ヘ(゚∀゚ヘ)  これによるとだね…。うー、ナノサイエンス専攻と情報科学専攻だな。
´ω`)ノ ウチで話があったのと、似ているじゃない?
(`δ´)  どの段階の話かによるが、ウチで言ってたのとは違うと思うぞ。
´ω`)ノ ウチのはどういう話でしたかね?
(`δ´)  思い出せんな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  ウチのは、その後どうなったの?
(`δ´)  それについては話題にしてはいけないことになっている。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、あの融合科学、どうしたんでせうね?
      ええ、夏、虎ノ門から西荒川へゆくみちで、
      谷底へ落とされたあの融合科学ですよ。

      母さん、あれは好きな科学でしたよ、
      僕はあのときずいぶんくやしかった、
      だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。


´ω`)ノ ウチの融合科学って、工学と経営管理との融合とかじゃ、なかったの?
(`δ´)  そこも、どの時点かによるよな。たぶん。
ヘ(゚∀゚ヘ)  結局、よくわかんないですね。で、その後どうなったの?
(`δ´)  それについては話題にしてはいけないと、いっただろ。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、あのとき、向こうから若い郵便屋さんが来ましたっけね、
      赤いバイクに乗った。
      そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
      けれど、とうとう駄目だった、
      なにしろ深い谷で、それに草が
      背たけぐらい伸びていたんですもの。


´ω`)ノ ここを見るとだね、この融合科学研究科と理学と工学の研究科が一緒になって、新たに融合理工学府ってのを作ると出ているぞ。2017年度開設予定とあるな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  すぐですね。
(`δ´)  三菱東京UFJみたいな感じだな。だけど、とんとん拍子だな。
´ω`)ノ 学府かぁ。まあ、旧六さまだからな。
(`δ´)  というか、千葉大ってさ、外部資金はほぼ、全戦全勝じゃない? ウチは不戦敗を挟んでほぼ全敗でしょ。
ヘ(゚∀゚ヘ)  何が違うんですかね?
´ω`)ノ 身分が違う訳だよ。
(`δ´)  嫌な話だな。
´ω`)ノ それに規模だな。理系の部局が多くて、医学系なんて全部ある訳だからな。
(`δ´)  まあ、同じ土俵で戦う訳ではないので、あちらさんを考えても仕方ないよ。
ヘ(゚∀゚ヘ)  でも周回遅れで、融合科学研究科くらい、ウチでできないんですかね? 今、どうなってるんでしょうね?
(`δ´)  そのうち、下々の教員にも知らされるんだろう。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、ほんとにあの融合科学、どうなったでせう?
      そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
      もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
 あの融合科学の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。


´ω`)ノ まあなんだ、規模と身分というのは、相関している訳よね。身分のあるところは規模を基盤にいろいろ動ける。ウチの大学程度の規模だと、やることを絞らないといけないんだが。
(`δ´)  絞るところを間違ってる、といいたい訳だろ。
´ω`)ノ そう。土俵が違うというべきかな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  何か、手はないんですかね?
´ω`)ノ 単独では難しいだろうな。
(`δ´)  どういう大学モデルを考えるか、だと思うよ。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
      あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
      昔、つやつや光った、あの融合科学のポンチ絵と、
      その裏に僕が書いた
      Y.S という頭文字を
      埋めるように、静かに、寂しく。


(この記載は西条八十と「人間の証明」へのオマージュです。)

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続・このブログもそろそろ閉鎖か?

 あまり意味がないと思えるこのブログであるが、なぜかそれなりにアクセスがある。たまに意外な方から「読んでます」と言われるし、「しばらく止まっているじゃないですか?」とも言われる。という訳で、まだズルズル続いている。そんなことを書くのも、何がしか自分が属している世界への愛着があるからなんだろう。私も今年度で退職するので、その退職時がこのブログの閉鎖のタイミングかも知れない。
 ただまあ、書いたところでコストがかかる訳でもなく、退職すれば若干自由になる面もあるので、そういう意味ではこれまで言えなかったような話を気まぐれに書いてみようと思うこともあるかも知れない。

 この2か月間の累計でいうと、一番アクセスがあったのは「予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?」であった。3か月間の累計をとると、「理工系半減論」の方がアクセスが多い。とはいえ、「予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?」には、ある顕著な特徴がある。ページ滞在時間が他の記事に比べて圧倒的に長いのである。それが何を意味しているか、ですね(笑)。
 ついでにいえば、このところ埼玉県内からのアクセスが多い。

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予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?

 20XX年、時の教育省は新帝国大学制度の創設に向けて走り出したのである。しかし財政省との折衝の結果、新帝国大学は当初予定の7大学ではなくなった。大学数が1大学削減され、6大学で新帝大は発足する運びとなったのである。そのため、東大と京大を除く旧帝5大学の間で熾烈な罵り合いが始まったのである。この罵り合いは週刊文潮、週刊新春を巻き込み、研究不正のスキャンダル暴露合戦へと発展していった。さすがに手の内を知り尽くした者同士であるため、ネチネチとした隠微な非難合戦の様相を呈し、かかわった大学は次第に世間の評価を下げて行った。その光景を見ながら、傷ついて立ち上がれなくなった旧帝大を新帝大から外そうと教育省は考え始めたのであった。

 一方、地域大学と位置づけられた地方人民大学では、今日も「金がなーい」という言葉が飛び交っていたのである。

 ほっほっほっほっほ。皆さま、東松山亀次郎でございます。このフィクションの話者として設定されております、西荒川県唯一の第2人民大学、西荒川大学地方文化創成学部、でしたっけ?、まあ、そこの教授と設定されております、東松山亀次郎でございます。ほっほっほっほ。げほ。
 さて、今日のお話は、そう、まあ何というか、簡単に言ってしまいますと、最近は、ウチの大学にお金が入ったという話は、めっきり聞かなくなったということですかな。いやこの前もね、後は大学の本部でまとめる、任せてくれ、って話があるじゃないですか。いろいろ。で、そこから先の話が流れて来ない。この前ね、それで、あれ、どうなったの?と聞いてみると、関係の会議に出ている先生がね、ダメだったよ、ヒアリングにも呼ばれなかった、って返事でした。「ダメだった」と「ヒアリングにも呼ばれなかった」というのがこのところ、セットになってますな。そんな話がいろいろ溜まって来ましたですな。むろん、最初からもらえると分かっている予算や、競争が事実上ない予算は取れていますよ。しかし、いわゆる競争的資金がダメ。
 少し前からこの流れが定着してしまいましたね。1年くらい前でしたかね。そう、あれは、COC-がダメだった、ヒアリングにも呼ばれなかった、という話を誰かとした時でしたかな。いや、以前はね、ウチの大学は執行部がリサーチ・ユニヴァーシティを目指す、全国レヴェルの大学やでぇ、と言ってね、OCOなんてのは格が低い大学が取るもんだから、ウチは出さない、とか言ってたんですよね。上の地位の方が。ところがその路線がね、ご存知のようにだんだんと後退したじゃないですか。それで、地域大学でいいです、教育中心とは言わないが人材養成中心です、って言いだしましたよね。以前は鼻もひっかけなかったCOCなんですが、諦めていざ取ろうとして、まったくダメ。取れない。このパターンが何年か続いて、定着してしまいましたねぇ。

 まあしかし、これって、ダメでも、大学の存続には致命的ではないんですね。そもそも、その手のお金は金額的には旨みがない。まず額が低いですね。それに、取れても特定事業にしか使えませんから、あの程度の金額だと、全学が潤うという感じにはならないですね。

 だからといって、取れないでよい、という話ではないです。まあ第1に、この手の予算は、ウチの大学が属するクラスの大学向けの予算なんですよ。それが取れていないということは、カテゴリーとしてウチの大学に求められていることに、うまく適応できてない、ということです。大丈夫ですかね。第2に、この種の予算で求められる活動は、何れ、このカテゴリーの大学に必ず求められるようになることですな。だから、予算が取れた大学は、その予算である程度実験的な試みもして、経験値を上げて行く。情報も蓄積させて行く。しかし予算が取れていない大学は、後々、金ももらえず自前でその活動をやらないと行けなくなることですね。馬鹿みたいでしょ。後々、疲れることになるでしょうね。

 なぜ予算が取れないか、ですね。まあ、いろんなことが言われていますね。学長がいじり過ぎるとかね。学長のところでダメが出て、それからいじられることが事前に分かっているものだから、担当者も本格的な案は作らない。だからまずます、学長もいじりたくなるんでしょうな、たぶん。問題は、正しいいじり方になっているのか、ですね。どうも情報が取れてないものだから、無意味な弄り回しに時間だけかけているというのが、実際ではないでしょうかね。
 でも、その要因は、小さいですな。
 一番大きいことは、ウチの大学がその中で戦う階級を誤って想定した、その誤りから出発してしまったことでしょうな。当初の大きな計画の中には、全学規模での教育改革、特に学士課程のへの配慮がスッポリ抜けていた訳ですよ。理工の発想からはそうなるかも知れない、教員養成の観点は別にあるからもうよい、として、しかし、大学として18歳人口の減少を迎えるときの発想としてはそれではまずかった。そこが、ちゃんとできている大学との違いですね。
 だから、予算の申請を書くにしても、活動実績が薄い訳ですよ。やってないんだもん。だから今後の計画も空虚になる。まあ、研究実績のない内容で科研費の申請をするようなもんですな。
 それに、実際の担当者に権限なり、発言権がある格好になっていないことですな。やる気のある人が責任者には、なっていないんでしょうね。
 ほとんどの申請が、案ができる前から「あれはダメですよ」という話が流れて来ますもんね。結果もその通りになるだけ。
 大学全体で疲れ切っていることも問題ですな。こういうやり方をするから。今度は自分の番だと思う所がない訳ですよね。
 しかも情報が取れていないですね。何やってんでしょうね。いろんなレベルでの相談ができていないんでしょうね。
 まあ、だからと言って、大学が即潰れるという訳ではありませんよ。今のところ。ほっほっほっほ、げほ。

(この記載は2020年代後半を舞台にしたフィクションです。)

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ポンチ絵


(`δ´)  この前さ、教育省とか学振のサイトを見ていてね。
´ω`)ノ ほうほう。
(`δ´)  他の大学が出しているポンチ絵を眺めた訳よ。
´ω`)ノ どうしたい?
(`δ´)  いやなんだ、ウチが出しているポンチ絵の水準が高いんじゃないかと思ってね。
(`δ´)  確かに、ウチはポンチ絵に凝るよね。いつも。
ヘ(゚∀゚ヘ) 学長の仕事って、結局、ポンチ絵を描くことだもんな。
´ω`)ノ そのくらい、力入ってるよな。
ヘ(゚∀゚ヘ) でもさ、下手なポンチ絵の大学が、採択されてるんでしょ?
(`δ´)  まあ、そうだな。
ヘ(゚∀゚ヘ) 何のためのポンチ絵なのかな?
´ω`)ノ 君はまだ芸術を理解していないな。


ヘ(゚∀゚ヘ) どうです? このポンチ絵。
´ω`)ノ うーん。また磨きがかかったね。
(`δ´)  確かに、この構図、このバランス、視線を誘導するこのダイナミズムが素晴らしい。
ヘ(゚∀゚ヘ) それが後期ロココ調と呼ばれる所以なのです。
´ω`)ノ これは、どこに向かうのかね? 君の西荒川大学は?
ヘ(゚∀゚ヘ) そう。最終的には、曼荼羅ですね。
´ω`)ノ そうか。
ヘ(゚∀゚ヘ) ポンチ絵の中に宇宙があるのです。すべてのものが自己回帰し、増幅して行く。そこに無限があるのです。
(`δ´)  素晴らしい。
ヘ(゚∀゚ヘ) 私は長い間、エッシャーを研究してきたのです。
´ω`)ノ で、君、今日は何しに来たのかな?
ヘ(゚∀゚ヘ) このポンチ絵をどう思うか、伺おうと思って。
(`δ´)  そうか。素晴らしいよ。
ヘ(゚∀゚ヘ) 今度の全学運営会議と経営協議会で、そのように報告しておきます。


(`δ´) ウチの研究科長が、また、ポンチ絵を描き始めたよ。
ヘ(゚∀゚ヘ) だんだん、学長が入って来たんじゃないですかね?
(`δ´) 表情も似て来たな。大丈夫かな?
ヘ(゚∀゚ヘ) また、私は神だなんて、言いだしませんかね?
´ω`)ノ ポンチ絵がまだ下手だから、大丈夫だ。


(`δ´) 世の中には2種類の経営者がいる。
´ω`)ノ そうか。
(`δ´) ポンチ絵が描ける経営者と、描けない経営者だ。
´ω`)ノ で、どっちの経営者がいいんだい?
(`δ´) そこまでは考えたことがない。

(この記載は20XX年を舞台にしたフィクションです。)

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