教養教育は学部間で話し合うような事項ではない

 7月のことと思う.非常勤での授業担当があって埼大に行ったら,人に会い,全学の会議で教養教育について議論したと聞いた.学部の反応にいろいろあってまとまり難いような話であった.いかにもそうだろうな,と思った.
 時間的に考えて,9月にはそれなりに落ち着くところに落ち着くはずである.すべてをひっくり返すほどの迫力のある学部はない.
 とはいえ,結局は教養教育の残骸のような案でまとまらざるを得ないだろうな,とも思う.その点も仕方ないだろう.

 そもそも,教養教育のプランは学部間で話し合うような事項ではない.政治的には,何れかの時点で学部の了解を得る必要はあるだろう.しかし,何をどうすると考える時点では全学でプランを作るしかない.なぜなら,学部は自分たちの専門教育を考えている.その学部の発想からすれば,専門のための基礎教育を充実させるという必要性は感じても(専門基礎の科目は専門科目に入る),教養教育をどうするという考えは出ない.学部の専門教育のために教養教育が必要になることはまずないからである.教養教育は,この大学の卒業生がどのような知識を身に付けるべきであるかという理念から出てくる.専門教育を担う学部からは出ないのである.だから全学のセクションで考えるべきなのだ.

 1つ前の記載で書いたように,私自身が教養教育のプランに関わったのは2001-2003年度だけである.その後,学部長として教養教育の議論に加わったことはあるが,学部長は学部構成員の考えを背負って動くものであり,教養教育のとりまとめをする立場になることはなかった.

 2001-2003年度の私の経験(それ以前だと,共通教育の社会科学の実施部会に出ていた経験)からすると,まとまり難いのは実感としてよく分かる.

 2001-2003年度の全学の会合のことを言えば,各学部から2人が出て,その方々の会合が中心であったと記憶している(それ以外の方が出席した会合もあった).教養学部からは,後に学部長をされた関口先生と私が出席していた.各学部ともそれぞれの考えがあり,とりまとめは(副学長のK先生であったが)難しかったはずである.
 私は教養教育について,1つ前の記載のようなプランを主張していた.経済学部の先生からは割と理解を得られた.けれども,その先生だから理解してくださったのであって,別の先生が出てくれば話は違ったかも知れない.ややこしかったのは,当時の教育学部の委員の先生からは,私のプランとはまったく別のプランが出て来たことである.そのプランとは,教育学部を2つに割り,1つを従来のような教員養成学部,もう1つを総合的な学部にして,その学部で全学の教養教育を一手に引き受けましょう,というプランだった.その新学部にどれほどの教員を出せるかは,当時の教員養成学部の「あり方懇談会」の結果による,ということであった.
 私は教育学部のプランに対しては否定的だった.第1に,教育学部を2つに割れるのであれば,教員養成学部でない方の学部用の教員・学生定員の使い道は大学の判断で全学的に構想すべきであり,教育学部の都合に任せるべき筋とは思えなかったからである.第2の異論はより理念的である.教育学部委員から出ていた教養教育とは「総合的」ということであったが,私の発想からすれば,教養教育の授業も学問分野の専門性を外すべきではない,素性の分からぬ授業を作るべきではない,と考えたからである.「経済学」,「文学」,「物理学」といったディシプリンを外した授業など,講演ネタにはなろうが大学教育にはならない.教育学部のプランと私のプランの2つで最終的にコンペのようになったのであるが,当時の兵藤学長が私のプランを選んだ,という決着だった.換骨奪胎はされたが,そのうえで田隅学長に引き継がれたことになる.

 もう一つ難しかったのは,理工,特に理学部が教養教育に対して引いていたことである.教養学部の関口先生と私が出て,理工の先生と話しあったことがあった.理学部からM先生(研究科長になった方ではない),工学部からはK先生が出席された.その折に別の学部の先生も出席されていたかどうかは,記憶がはっきりしない.ともかく,その時の話し合いは厳しいものであった.
 理学部の先生から出た言葉で印象に残るのは次のような発言である.

1) 理学部はノーベル賞を取るような研究をしている.
2) 理学部は研究中心の学部であり,その点が文系学部とは違う.
3) 理学部は工学部と一緒に研究中心を進める.教養学部との括りにはされたくない.
4) 理学部は研究者養成の学部であり,専門の基礎教育には関心があるが,教養教育には興味がない.

 以上は印象に残ったことだけを選択したという意味で誇張があることに注意して頂きたい.

 1)については,仲間内に戻ってからは「そんなことはノーベル賞を取ってから言え」と陰口をたたいたものである.ただ「ノーベル賞を取るような」というこの言い方は,理学部の先生の口からはその後も時折出ていた.事実としても,そんなこと口にするか?
 会合の席上,私が最も腹を立てたのは2)の発言である.「我々をなめているのか」といって私は立ち上がろうとするのを,右の席にいた関口先生が私の腕を抑えて止めた.むろんそこで相手に詰め寄ってひと悶着起こすほど私も馬鹿ではなく,不快感を示すためのジェスチャーであったが,関口先生が抑えるポーズをしてくださったのが阿吽の呼吸だったろう.
 まあ,1)~4)のようなことをお考えであるなら,教養教育を担いますという話には,なり難いだろうと思う.

 ただ,私の教養教育のプランに対しては,委員だった理学部のM先生(研究科長になった方)は理解してくださった.とはいえ,後に理学部内から突き上げを食らった,とは伺っている.

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2003年の教養教育私案

 国立大学の法人化は2004年度からだった.その直前の埼玉大学は兵藤学長の治世だった.その法人化の直前に,全学でいろんな委員会が設置され,ウチの教養学部からはなぜか,私がよく出席していたのである.
 全学レヴェルの議論の中には今後の教育システムに関する議論があり,その一部門として教養教育に関する委員会というか,ワーキンググループがあったのである.手持ちのファイルを調べると,2001年度に私は少なくとも1度,全学の会合でプレゼンをしている.そのファイルが次である.

2001年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「010424.pdf」をダウンロード

 ただ,ちょうどその頃,埼玉大学と群馬大学との統合話が出てきたように思う.そのため,上記の議論も事実上中断していたようである.私の手持ちのファイルでは,再度私が全学レヴェルの会合でプレゼンしたのが2003年度であった.次のファイルである.前のファイルよりも詳しくなっている.
 実は文章(長い)もあるであるが,文章は出してもどなたも見ないだろう.プレゼンのファイルだと分からない点もあるだろうが,雰囲気を伝えるにはこの方がよいと思った.

2003年度の全学での教養教育に関するプレゼン(高木)
「031007lapre.pdf」をダウンロード

 補足しておこう.

1) 私の当時の議論は,米国の大学のパクリである.学士課程教育の基準である「深さ」,「広さ」,「相互関連」などは,私独自の考えと誤解した人も多かったが,実は米j国の大学のホームページによく見られる表現に過ぎない.ただ.私の独自の論点はほとんどないように思う.私はこの米国パクリでよいと,今も思っている.

2) 上記の2003年度の文章版をさらに換骨奪胎した文書をWGは報告書としてまとめている.学長が兵藤学長から田隅学長に代わる直前であり,その報告書は田隅学長に引き継がれた.田隅学長の下で教育企画室長になったのは現在の山口学長である.その山口学長の教育企画室に教養教育の件で入るように,私は田隅先生(次期学長の頃かも知れない)から電話で依頼を頂いたが,私は受けなかった.適当な理由をお伝えしたとは思うが,実際は,田隅学長と争った兵藤学長の学長選挙における推薦人に名を連ねていたので,仁義を通したからである.ただ,企画室長になった山口先生は,WGの報告書を可能な限り活かそうとされたと認識している.表面的にいえば,例えば副専攻システムやテーマ教育プログラムの導入は,その報告書に発しているのである.

3) 私の元来の考えは,WGの報告書になる時点で換骨奪胎されている.しかしその報告書をもとにした教育企画室のプランは,さらに換骨堕胎を重ねたと記憶している.事情があって,そこが限界だったのだろう.例えば,私がテーマ教育プログラムという場合(米国に例があるが),学問的に体系のある授業群である.ところが,実際にできたものはといえば,1つ1つの授業が,担当教員が「テーマ」を勝手に称するところの授業を指すものとなった.また,「副専攻」も,教養教育の枠の中でやるものとされたので,実際履修者はほとんど出ないに決まっていたのである.本来,副専攻(minor)とは,主専攻(major)と並行して提供する専門教育である.

 だからどうだというのではないが,参考までに.
それにしても,その後,議論のレヴェルが落ちましたよね.

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常識的な教養教育

 今年は埼大で非常勤で授業を担当している.授業をしに埼大に出向き,人に会うと,話題に出るのが教養教育の件である.今現在,全学で次年度(から?)の教養教育の方針を話し合っているという.なかなか合意に至らないような話も伺う.といっても,合意を目指している教養教育の内容は,私が退職するこの3月頃に出ていたものと基本的に変わらないようなので,私個人としてはどちらに転んでも気にはならない.埼大の教養教育は,法人化後,後退に後退を重ね,今は残骸のようになっている.
 教養教育がどうあるべきかは考え方によることであり,正解がある訳ではない.考えようによっていろんな形があり得る.いっそ教養教育は一切無しにすることも,選択肢のうちだろうと思う.
 ここで,常識的な教養教育というか,教養教育の基本形がどんなものかを確認しておくことは意味があるだろう,と思った.

 私の推測では,教養教育(ないし一般教養)は米国の大学の General Education の和訳であろう.日本の大学は,少なくとも授業システムの設計では,米国の大学を範としている.文科省が授業に関してものをいうときは,多くの場合,米国に合わせろといっているように見える.
 私は退職する半月前の3月の半ばまで,アーカンソー州立大ジョーンズボロ校(以下,ASUJと略)とのダブルディグリープログラムのプラン作りをしていた.だからASUJのGeneral Educationの構造をそれなりに調べた.ASUJは米国を代表する大学では決してないが,基本構造は米国の大学の標準に準拠しているといってよい.ASUJのGeneral Educationはアーカンソー州の規則に強く制約されていて,埼大側の科目をASUJのGeneral Educationの科目として認定してもらうのが一番面倒だったのである(他の米国大学でも同様だろう).米国における大学の教育の質保証の中で,General Educationが占める役割の大きさを実感した.
 さて,ASUJで埼大の「基盤科目+外国語科目」に相当する部分を抜き出すと次のようである.なお,下記はASUJのBachelor of Science in Interdisciplinary Studies Degree Programで学ぶ学生用の要件であり,要件はどの専攻プログラムで学ぶかによって若干変異する.しかし大まかには同じである.
 念のために説明すれば,日本と米国では,単位と授業時間の換算法はほぼ同じである.米国の大学で3単位であれば,その授業時間は,日本の大学の2単位の授業の時間の1.5倍と思えばよい.また,日本の大学の授業は1セメスター2単位の授業が標準であるのに対し,米国の授業は3単位が標準である(だから週に複数回授業をする).

 次のように,ASUJでは General Education は35単位(以上)であり,それに初年次接合科目3単位と外国語6単位が求められる.General Education の内訳は,作文(Composition),数学,自然科学(Science.数学は「自然」科学でないことに注意),Fine Arts&人文,社会科学,専攻プログラムによる指定,である.

初年次接合科目(First Year Making Connections Course) 3単位
 例:UC1013 Making Connections
General Education(計35単位)
コミュニケーション(作文)             6単位
数学 3単位
 Science                       8単位
   うちPhysical Science から4単位
    例:PHSC 1203 AND 1201 Physical Science and Laboratory
   うちLife Science から4単位
    例:BIOL 1003 AND 1001 Biological Science and Laboratory
 Fine Arts および人文科目              6単位
   うちFine Arts から3単位
   うち人文科目から3単位
 社会科学(この大学では歴史が社会科学)        9単位
   うちPOSC 2103(Introduction to United States Government)3単位必修
   歴史学以外から6単位必修
 専攻ごとの指定                   3単位
  例:COMS 1203 Oral Communication
外国語(非英語)                   6単位
合計                         44単位(以上)

 何点か補足すべきだろう.

 第1に,ASUJの上記の科目群の構成は,「大綱化」前の埼大の一般教養と酷似している.大綱化前のことを覚えている方はそう思われたろう.ASUJの上記科目の単位の合計は44単位であった.大綱化前は,埼大でも人文・社会・自然のそれぞれから3科目(当時は通年授業が標準で単位は4単位)の履修が求められたから,合計必要単位は36単位だった.それに外国語8単位を加えると,ASUJとまさに同じ,44単位になるではないか.この点は,大綱化前の日本の大学の一般教養は,米国の General Education をモデルにしていたことの証左でもある.

 第2に,米国のGeneral Educationは,普通,積極的に科目の指定を行う.「自然科学」の中から好きな科目をいくつとればよい,という訳ではない.Scienceとは異なる数学は必修であり,Physical Science(物理,化学,地学など)から実習1単位を含めて4単位履修しなければならない.Life Scienceでも実習1単位を含む4単位が必修であるから,科目の選択の幅はあるにせよ,埼大のように「自然科学の楽勝科目」がある訳ではない.教養学部生の履修パタンを見ていると,多くの学生は生物学科目か,工学の紹介科目で単位を満たしている.が,工学とScienceは別であり(日本の公務員試験でも別である),工学紹介科目でScienceに替えることはなどない(私が見た中では,イリノイ大学で,Technology科目がGeneral Educationの選択科目になっている例があった).

 第3に,米国の場合,General Education の科目は(特殊な例外科目もあるが)「専門科目」とは別種ではなく,同系列の科目だ,という点である.その点はGeneral Educationにカウントされる科目のコースナンバーに現れている.General Education の科目とは,各専門科目(生物学なら prefixは BIOL)のlower科目(ナンバーが1000番台ないし2000番台)の科目から選ばれている.要するに,「専門科目」の中の入門的授業であるに過ぎないのである.だから,非常に入門的な数学の授業であっても,MATH Department の教員がその内容を保証する形になる.当然である.

 第4に,General Educationは,卒業生が単に専攻領域の知識だけ有するのではなく,一般的な学術的知識を有するという,教育の質保証の側面が強い,という点である.だからGeneral Educationは「一般教養」と訳すよりは「一般教育」と訳するべきだろう.
 米国の大学の学士課程の原則は「深さ」,「広さ」,「相互関連」である.「深さ」は学生が必ず持つ専攻領域で一定の達成をすることに対応する.General Educationは「広さ」の表現だろう.
 General Educationとは,私の理解では,基本的な学問諸領域のessentialsを学ぶことであり,それ以上ではない.人によっては,「教養」というミステリアスな知識の体系があるような妄想を抱くかも知れない.ミステリアスな知識の体系があるとすれば,人が一生を通じて形成して行くものであり,4年間の学士課程で得られるはずはない事柄である.

 ここで描いてみたのは「常識的な教養教育」の姿であった.むろん教養教育がどのようであるべきかは,考え方による.
 また,30-40単位程度の教養教育部分だけを取り出して,これに合わせろとか,採用しろなどとは,いうべきではない.教養教育がどうあるべきかは,学士課程全体の設計にかかわる問題だからである.その学士課程がどうあるべきかは,同時に大学院を含めた教育プログラム全体を論じなければ答えは出せない.
 こうした問題について,私が答えを出せる訳はないが,いくつかの考慮点を,この後に論じてみたい気もする.

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学長による学部長の指名

■大学の「学部・研究科等の長」を以下では一括して「学部長」と呼んでおく.
 現状,ほとんどの国立大学で,学部長は当該学部の教授会構成員による選挙で選ばれる.だが時期的にいえば,ウチの大学でも従来の方法を廃棄し,学長が学部長を指名する方式への切り替えることが日程にのぼって不思議はない.
 私が出席した17大学人文系学部長会議のうち,2014年の会議では,学長による学部長指名がガバナンス改革というタイトルで話題になった.先行的に学長指名を実施した(ないしする予定の)大学から方法の紹介があった.学部から複数名の学部長候補者を学長に上申し,その中から学長が選ぶ,という方法が多かったように思う.学長は再上申を学部に求めることができるようなケースもあった.
 現状の埼大の規則では,学部教授会は細則が定められた選挙で1人の学部長候補者を選び,学長に上申する.その上申を経て学長が学部長を任命する.「上申を経て」であって「上申に基づき」ではないから,現状規則でも上申された候補者を学部長に任命しなくてもよいのかも知れない.しかし学部長の任命は教授会による上申を前提にするから,学長は上申された候補者以外を任命することはないだろう.選び直しが可能ならその旨規則に書くのが普通である.
 ただ,埼玉大学は2015年度に,学長選考規程を文科省受けするように改めた.学長の任期を一律に6年に延ばした.学長選考時に行っていた教職員の投票も,実施が任意の参考投票であって,学長選考会議が不要と思えば行わず,実施したとしても投票結果に従う必要がないことは,それ以前から決められていたことである.埼大はこの学長選考規程の改訂をしているので,学部長選考の規程については改訂をうやむやにできるという可能性もあるかも知れない.むろん文科省の立場を忖度し,学長による学部長指名の方向に舵を切ることもあるかも知れない.

■「学長による学部長の指名」は何時頃からいわれ始めたのか? 遡れば,少なくとも2007年の教育再生会議で既に提唱されていたのである.だからいわれ始めて長い.教育再生会議とは文科省系列の審議会である.実は内閣系の経済財政諮問会議でも大学についての議論があった.文科省の狙いは上位官庁(文科省)が大学をきっちり支配し,大学の中でも学長に権限を集中して教授会は学長に従属することを目指していた.ちょうど,小中高校で教職員会議の権限を無しにして権限を校長に集める,その発想である.対して規制緩和を狙う経済財政諮問会議の方は,権限を規制官庁に集中させることに関心はない.むしろ Equal Footing の考え方で大学間の競争を促すことに関心があった.
 文科省と経済財政諮問会議の考え方の相違を例示してみよう.文科省側は現在と同様に,教育,研究,社会貢献,マネジメント(今でいうガバナンス)の4項目で大学を評価する考えだった.マネジメントの部分として,学長選挙の廃止や,学部構成員による学部長選挙の廃止が唱えられ,学部長は学長が指名する,ないし学長が外から学部長を連れて来る,といった意見が出ていたのである.対して経済財政諮問会議の資料を見ると,大学の評価はあくまで教育と研究によるべきであり,社会貢献やマネジメントは副次的な評価項目という考えだった.経済財政諮問会議の学者委員が教育再生会議に出て語ったのは次のようなことである(当時から議事録はネットで公開されている).
《3点感じたことを述べたい。
(途中、略)
 マネジメント部分については最も違和感がある.予算制約がある限りにおいて,学長の権限をいかに強化してもトップマネジメントは実現しない.学部長を外から持ってきても全く機能しない.学長選挙を廃止することに何の意味があるのか.
 財政に関するポイントは基金であろう.アメリカでは潤沢な基金に加えて,高額な授業料で教育を賄う代わりに奨学金や州立大学が存在して,高いpay に見合う質の高い教育を提供している.またマネジメントについては,アメリカでは大学の職員はその大学に雇われた人であるのに対して,日本の国立大学の職員は文科省の役人である.
 幅広い教養については現状の学部体制のままでも可能である.わざわざ学部の再編を行う必要があるのか。また教育と研究を分離した筑波大学に対する評価は様々であるが,大成功したという評価ではないのではないか。
(後略)》
 10年前のこの意見は,その通りではないか?

■文科省から大学の末端の教職員に至るまでの一元的な支配体制の確立を,文科省は長い時間をかけて目指してきたといってよい.学長による学部長指名は,その一元支配の重要なポイントであったろう.だから私は「学長による学部長指名」が気に入らない.
 しかし,ウチの大学が「学長による学部長指名」を受け入れるかどうかは,現員が判断するしかない.国立大学にもよるが,地方国立大学は特に文科省に全面的に依存している現実があるからである(ただし何れ地方移管になるかも知れない).
 10年前に私はこのブログで,「教員による学部長選挙が消滅する日」と書いた.その趣旨は次に点にある.教員による学部長選挙が機能する前提は,教授会構成員が統合されたムラ社会,ないしコミュニティを作っていることである.その前提が崩れているなら,学部長を学部内で選ぶ意味はないかも知れない.
 私は結構長いこと埼大に勤めていて,学部長選挙や学長選挙のアホらしい,滑稽な光景を眺めてきた.時折,悲劇が起こった.こんなことなら選挙などやらない方がよいと思える事例も,口にはしないが,挙げることはできる.だから学部長選考を学長に預けてしまうことも,あながち悪いことともいえない.

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地方大に国際研究拠点,とか

 読売のサイトを眺めていたら「地方大に国際研究拠点…新素材開発や感染症対策」という記事が載っていた.国際研究拠点ということでいうと,しばらく前から「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」というのが稼働していた.上位大学などが採択されていた.この国際研究拠点を地方大学にも広げる,ということらしい.むろん良いことである.このままでは地方及び地方(国立)大学は面目を失うのみだからである.「地方大学」と書いてあるので,国立大学とは限らないのだろう.
 なぜ読売新聞か? と思った.この構想は文科省が取り組みことになっているが,文科省がひがみ根性から他所(財務省)などを攻撃するために情報をリークする先は,通常は朝日新聞だからである.読売に情報が行くのは自民党政府からである.地方創生の一環でそうしましょう,と政府が考えたのかもしれない,などと妄想した.
 正確なところは文科省からアナウンスが出ないと分からないが,読売の記事では,次の分野が例示されていた.

・宇宙探査機や人工衛星の分野では、複数の地方大学が制御装置や画像解析技術を開発。 うーん.人工衛星に絡んでいる大学は多いので,どこが候補になるのかは私には分からない.ネットで調べると,その方面のコンソーシアムには埼大は入っていないようなので,埼大は関係ないのだろう.

・地場産業の養蚕や製糸の伝統を引き継ぎ繊維などの新素材の開発を進めたり、
 まあこれは,真っ先に,繊維学部を有する信州大学のはずですが,群馬大学も工学部が桐生にあるので,似たようなことをなさっているはずである.

・途上国で流行する感染症研究で国際連携を深めたりするなど、
 まあこれ,真っ先に長崎大学と思いますが,似たようなことをなさっている大学は,国立大学に限ってもいくつかありますよね.琉球大学とか.なんというか,国立の医学部は,何らかの意味で世界のトップに入る部分を持っていて不思議ないです.

 この記事だけを眺めると,残念ながら埼大は関係なさそうですね.埼大は「国際教育研究拠点化」を掲げているのですが,この分野というものを出している訳でもないでしょ.
 まあ,同じ重点支援①の大学でも,こうした拠点採択がある大学と,そうでない大学に分化して来るんでしょうね.埼大も,何時までも拠点を持てないようなら,腹を決めないといけませんよね.どこかに吸収してもらうとか,リベラルアーツ大学を目指すとか.

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経営協議会

 2006~2007年度に私は教養学部の副学部長をしていた.そのときの学部長は関口先生である.どのような文脈かは忘れたが,私はその関口先生に,「今のような経営協議会の作りでは,大学の経営はできないのではないか?」と申し上げたことがある.関口先生はにやりと笑い「文科省も大学に本当に経営させようとは思っていないだろう」と答える.「それもそうですね」と私は笑いながら承服しその会話は終わった.そんな一コマをなぜか今も覚えている.
 今の国立大学法人の規定では,国立大学の学長と理事長は分離していない.だから純粋に経営の観点で発想する役職者はいない.経営協議会というのはあるにはあるが,所詮はパートで出てくる方々なので,それほど大きな役割は担えないだろう,というのが私の当時の考えだった.
 国立大学法人法の経営協議会の規定も,私には弱いように思えた.要するに中期目標・中期計画や年度計画のうち,経営に関する事項に意見を言う程度のことしか書いていない.「経営に関する」とは財務等に関する事項限定なのかどうかも分からない.その中期計画等は文科省が認可するのだから,要は狭い領域の事項に関して効力がはっきりしない意見をいう,という程度のことでしかないようなニュアンスが滲む.

 不幸にして私は,在職中,「経営の観点」という趣旨の言葉を「金の節約」の話題としてしか聞いていなかったように思う.まあ金の節約も経営の1つではあるが,小さいことである.経営として重要なことは,大学の格好をどうするかの大きな判断だ,というのが私の認識だった.教学(教員層)の中から大学の格好を議論したとすれば,どうしても現状の肯定以外の結論が出ない.統合といった判断は回避されて終わるだろう.そこを先に進む判断をするのが経営の役割のように私は思っていた.

 私は2008年度から学部長になり,全学運営会議や評議会に出席するようになった.むろん経営協議会はまったく関係なかった.しかし法人化2代目学長は,2009年度辺りであったろうか,経営協議会にも部局長が陪席することと決めたのである.陪席なので原則,聞いているだけである.会議が多くなるので私は内心,嫌だった.余計なことを決めてくれたなと思ったものである.
 それでも経営協議会に陪席し,会議の様子を眺めた私は,ウチの大学の経営協議会の実際に次第に好印象を抱くようになった.学外委員の方々は大変まじめに議論をなさっている.ウチの大学の活動に欠けている部分の指摘があり,その指摘は大方,その通りであると思えた.学外委員は全学運営会議や評議会の出席者よりは世間的な常識があるし,まともな議論が出ていたように思う.「まともな議論」とは,評価は人によろうが,大学が普通にやっていることはちゃんとやるべきだという方向の議論である.むろん私には気に入らない議論もあるが,気に入る入らないはここのでテーマではない.
 「まともな議論が出ていた」という私の印象は,私が2度目に学部長になった2年間,2014-2015年度の記憶に基づくかも知れない.この間は,なぜ教養教育が貧しいままなのかといった.本来教学の全学会議でなすべき議論が盛んであったし,その後も大学としてなすべきことの,教員は嫌がるかも知れないが正しい指摘が出ていたように思う.決して金勘定の話(だけ)をしているのではない.
 私が面白いと感じたのは,経営協議会委員の方の意見は,なぜか文科省の考え方に近いように思えたことである.その意味で良くも悪くも常識的である.確かに経営協議会には文科省OBで見識のある委員がおられた(今もおられると期待するが).その方が文科省の考えに近いことをおっしゃるのは当然と思うが,しかし他の委員の意見までコントロールしている訳ではない.にもかかわらず,他の委員の方の意見も教員側よりは文科省の考えに近いように思えたのは,ある意味で面白かった.
 総合的に言えば,私が見聞した2015年度までの状況を見れば,経営協議会の学外委員は大学に正気を注入していた面が強い,と私は思う.

 にもかかわらず,冒頭に書いた昔の私の考えは,やはり正しかったように思う.経営協議会は,許された状況の中で大学に対してよく貢献してくださっているのではあるが,限界がある.経営協議会委員がご覧になっている資料は大学の総務で作っている資料であり,基本的に大学はよくやっていることを示すための資料である.本来なら独自に資料をまとめる能力が経営協議会に必要であるが,どのような資料をとるべきかを知るためには実際の業務の流れを見ていないと無理だろう.少なくとも教学にかかわる部分については無理と感じた.また,この協議会の作りからすれば,経営協議会が独自に大学についてのプランを作ることはできない.できるのはせいぜい,大学役員が提示するアクションプランに多少の修正なり付加をすることくらいである.
 
 どうでもよいことであるが,私が経営協議会の議論として評価しているのは,教学に関する事項の議論である.これらの事項が国立大学法人法の経営協議会の規定にある「経営に関する事項」なのかどうかは,正直疑問である.ただし教学を考えない経営ということはあり得ない.だから現状の経営協議会の在り方は,それで結構だと感じている.

 残念ながら,今の国立大学法人は,大きな経営判断ができるようにはなっていない.そのことが幸であるか不幸であるかは,なんとも言えない.今の制度が続けば,国立大学は潰れることはないからである.

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続々・このブログもそろそろ閉鎖か?

 私はこの3月末で埼玉大学を退職した.このブログは退職とともに閉鎖と考えていた.ただし退職までに書いておこうと思ったことで書いていないこともある.書き残したことを追記しているうちに3が月以上が過ぎた.
 追記すべきことは事前に書き出していた.事前に書くつもりであったのは実際に書いた記載の半分くらいである.例えば「教養学部は研究科合併にどのように対応したか?」などは事前に書いておきたいと思ったことである.しかしあとの半分はアドリブで書いた.例えば「All in One Campus は大学の特色ではない」などはとっさの思い付きで書いている.
 このブログはたぶん,プロバイダ契約に伴う無料の範囲で出しているので,ブログ自体は放置しておいて問題はない.ただ,じきに追記するのは止めることになるだろう.
 ここに私が書いたのは,何らかの意味で現場感覚が持てるからである.しかし退職してしまうと,現実の業務の流れを見ていないし,その流れに対する現場の人の反応の感触も得られない.そもそも意見を書くべきは現職の人であるべきだ.だからいつまでに書くべきではないと思っている.
 ただ,事前に書くつもりでいてまだ書いていないことも,まだある程度残っている.早めに区切りをつけて忘れたいように思う.

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お役人の講演会

 今から1年半ほど前のことと思う.まだ私が教養学部長だったときに,全学運営会議で文科省職員の方の講演会があるとアナウンスされた.聴衆は教職員限定だったろうから,講演会というより説明会といった方がよいかも知れない.会場は教養学部2階の会議室と知らされた.
 この種の講演会には全学に動員がかかるから,出席者が少な過ぎる心配はない.私は出る必要はないと思ったけれど,ウチの学部が会場になるので欠席するのは気が引けて,小心者の常として出るだけは出ようと考えた.会場の後ろの方の席に座って聴いていた.
 講演はよく整理されたパワポを使ったものだった.良い話であったが,確か国立大学法人の支援の在り方の説明であり,既に周知の内容だったように思う.だから今さら,私には感想はなかった.
 質疑の時間に移ると私より少し前の席にいた理学部の先生が挙手して発言した.この間国立大学は改革をやっているが,科学論文の数が減り,水準が保てなくなっているのではないか.このことをどう思うか? という趣旨の質問だった.
 その質問を聞くなり私が思ったのは,(質問者が)まったく空気読んでないな,ということだった.なにゆえか? 国立大学と文科省は同じ親方日の丸の庭に咲く存在である.ウチの大学は巨木の陰にひっそり生きている日陰の花のようなものかも知れないが,それでも生きていけるのはこの庭にいるからである.文科省も従来通り大学にお金を配りたいが,理屈をつけないと配れなくなっているから大学に改革を求めているというのが現実である.自虐的ではあるが,ウチのような大学は文科省のお役人に泣いてすがりついて生きてゆくしかない.だからこういう場面では,講演者の顔を立ててシャンシャンと終わるしかない.
 
 案の定,講演者からの返答はポイントを外れていた.というより,その種の議論をする準備はその講演者の方にはなかったろうし,文科省としても,少なくともその時点では考えを整理していた訳ではないだろう.
 質問者は食い下がろうとしたが,学長が制止した.他の質問も聞く必要があるから,という理由だった.
 学長の制止は機転として正しかったと思う.質問の件は短い時間で決着がつくことではない.しかも,講演者を困らせる訳にはいかないからである.
 その後で多少の議論が続いたかどうかは記憶にないが,ともかく講演は穏便に終了した.

 件の質問は空気を読んでいなかった,と私は思う.にもかかわらず,その質問はこの間に大学に起こっていることのまさに本質だったろう.その点は質問を制止した学長も理解していることのように思う.この空気を読まない質問は,出るのが正しかったのである.
 この間,文科省は国立大学に改革を求め,形だけ応じるなんちゃって改革が全国で続いている.文科省は上位の大学を世界のトップ何位に上げることだけに関心があるようだ.しかし,この一連の動きが日本の学問状況を進歩させたというエヴィデンスがあるのか? 日本は21世紀に入ってからは有数のノーベル賞受賞国になった.しかし今ノーベル賞をとれるのは,過去の大学の状況の結果である.このように科学論文が減るような状況を続けていたら,これまで営々と築き上げてきた学問水準という公共財を破壊してゆくことになる.
 日本の科学論文の低下については,三重大学の学長だった豊田長康先生が以前から論じておられた.また,日本における科学論文の低下については今年に入って Nature に論文が掲載されるに及んで広く知られるようになった.
 豊田先生のブログによれば,Natureへの記事掲載の後,政府は研究開発費を飛躍的に引き上げる方針を決めたという.この研究開発費の引き上げが,本当に引き上げられるとして,どのように人的投資に結び付くかが問題解決の鍵になるのだろう.

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指定国立大学法人

 昨日付の文科省のサイトは,第3期中期における「指定国立大学法人」に東大,京大,東北大が選ばれたと告げている.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/06/1387558.htm
 申請したのは7大学,つまり北大と九大を除く旧帝5大学と東工大,一橋大だったという.この間のパフォーマンスを見れば,申請した中から東大,京大,東北大が選ばれるのは順当だろう.選ばれなかった4大学も指定候補として再審査の対象になるらしい.
 この指定国立大学は,選ばれると給与が柔軟になる(高給を出せる)ことや,企業への出資,資産の貸し出しができるようになるとのことのようである.国立大学は法人であるから,そんなことは今でもできそうに思うが,そうではないんでしょうね.選ばれてもお金が出るという訳ではないらしい.お金自体は「重点支援③」の中で出るのだろう.

 この話を眺めながら「これで何度目か」と思わざるを得なかった.「上位大学選び」が何度目か,ということである.もともと法人化前に,旧帝大は大学院重点化をさせてもらって予算面で優遇された.その格差がある中で第1期中期で業績が示されるという出来レースがあった.重点化大学を11大学ほど決めたこともあった.最近はスーパーグローバル大学というのを選定したが,そのスーパーグローバルも,趣旨は世界で戦えるということであり,今回の指定国立大学と趣旨がダブルような気がする.もっともスーパーグローバルは有力私学にバラマキをしたし,所管が文科省の中でも法人支援課ではないので,また別なのだろう.さらに重点支援の枠組みができて,重点支援③は事実上の上位選別だった.重点支援は自己申告で決まる面があったけれど,その中でも文科省は差別できるのだから,わざわざ指定国立大学法人など決める必要もないような気がする.指定国立大学に許される事柄は,どの国立大学に許しても良さそうに思える.けれども,今回,指定国立大学をまた決めた.このしつこさは何なのか? この先も何かトドメがあるのかどうか? と思ってしまう.

 今の政府の大学への政策を見ると,地方国立大学はますます卑屈に委縮する以外にないだろう.これまで国立大学にバラまいていた予算を私大にも流し始めた.そして国立大学の中では,しつこく,上位大学選びがダメ押しをするように繰り返される.政府の骨太方針の議論のなかで,またも「旧帝以外は県に移管すればよいだろう」といった意見が出てくる(県への移管は,私はよいと思うが,そうは思わない人は多い).
 このように,お上が大学を選んで上下関係を決めるというやり方を,最近独立した独裁国や発展途上国ならともかく,成熟した民主主義国である(ことになっている)日本でやる必要があるのか? こうすることによって日本全体の大学システムはパフィーマンスが上がるといえるのか? その辺は甚だ疑問に思う.

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とんでもなし子さん講演会

 フィクションの世界にある西荒川県唯一の人民大学法人,ここ西荒川大学では,今日も業務改善本部がエアコンの設定温度を何度にするかをめぐり激しい応酬を繰り広げているのであった.
 ほほほほほほ.皆さま,お久しぶりでございます.ございます.はい.フィクションの世界とはいえ,西荒川県唯一の第2人民大学法人,西荒川大学の地域文化創成学部,その前学部長でありました東松山亀次郎でございます.カメさんですよー,ほっほっほ.
 さて,まあ,最近は人民大学は,まあ,パッとした話題はないですねぇ.まあ,しけた話題としては,確か東京の方にある土橋大学で,なんかの作家の講演会を中止した,これは言論弾圧だのなんだのと,しょぼい話題がありましたですね.その前には,米国であのおっさんが大統領になった直後に,西海岸の名門大学で,その,誰でしたっけ,トランプ.そう,トランプ支持の団体の講演会をやろうとして,混乱して中止になったとかの話がありましたですね.まあ,なんですね.こいつ気に入らない,ってのはどこでもあるんですが,表現の自由を確保するのは大学の存立理由みたいなもんじゃないですか.だから立場はどうあれ,身体をはって表現の自由,言論の自由は確保してみせるのが大学の意地ってもんのはずですが,それがヘタレてしまうのは,まあ,みっともないですね.
 まあ,それほどみっともない例は,ウチの西荒川大学はありませんけどね.でも,結構ポテチンな話は,思い当らないではないですね.

 今から2年前で,私が地域文化創成学部の学部長をしていた時ですな.とんでもなし子さんというアーチストの方がいて,まあその方は性器アートをやっていた訳ですな.それで前年に逮捕された.いやまあ,性器アートというのは,結構有名なサイトでも平気で出していますから,今さらそれでわいせつで逮捕というのはないような気がするんですが,ともかくそういうことがあった.それで,そのとんでもなし子さんの講演会の開催を教授会で決めた訳ですわ.ウチの学部はアートが売りの一つですし,このテーマは定番ですから,まあ自然とそういう流れになった訳ですね.講演は5月の中頃の予定でしたが,その1月ほど前から関係の先生が学内にポスターを貼り出しましてね.
 で,ちょうど直後,講演の1月ほど前でしたが,学部長の私に,学部事務方から突然連絡が入った訳ですね.学長が,というより大学の総務がその講演会になんか言ってきた,ということでした.伝えられたメールの文面は本部総務からのもので,次のようなものでした.

《件の講演会につき,学長からのご意見として下記のとおり、連絡がありました。
(昨日、実刑判決が出されたとのことです)
・実刑判決が出ている方を講演者として,地域文化創成学部主催で講演会を実施することに対してマスコミ等の注目を浴びることになると思いますが,世間では大学として対応していると思うので慎重に対応してほしい.
・そのうえで,窓口は一本化が望ましいことから,地域文化創生学部を窓口としてすべての対応をお願いする.
・また,何のために開催するのかなど,想定される問答について回答例を示して提出してほしい.》

ええー,と思いましたね.文面をどう解釈するかですが,素直に解釈すれば次のようなことでしょう.

1) 講演会は,止めてくれればうれしいが,やるんだったら,あくまで地域文化創生学部の責任でやってくれ.大学は知らん.
2) 問題が起きないように想定問答集を作れ.

 まあ,大学にかかわってほしい訳ではないので,1)はOK.でも2)が面倒ですよね.こういう件は,苦情があっても気合ではねのけることであって,想定問答集なんて面倒なものを作る話ではない.だいたい,マスコミの注目なんて,あれば嬉しいですが,ないですよ.まじめに想定問答集と考えたのかも知れないけれど,そんな調子で作業していたら組織成員は擦り切れて疲れ果ててしまう.上に立つ者は加減を理解しないといけない.
 面倒だなぁ,と思いながら10分ほど研究室で考え込んでいたら,どうもおかしいと気づき始めた訳ですわ.第1に,実刑判決? いや,こういう話って有罪でも罰金であって,実刑というのは常識的ではない.北朝鮮じゃないんだから.第2に,判決が出たというけれど,裁判始まったのは先週だから,そんなすぐに判決が出る訳ない.
 とんでもなし子さんの件は,いろんなニュースサイトがそれまで取り上げていた.特に,なぜか産経新聞が丁寧かつ頻繁に取り上げていたんですね.ですから判決が出れば私はニュースサイトで見るはずなのに,そんなもの見ていない.
 判決が出たかどうか,確認のためググってみた訳ですが,実刑判決が出た,という記載は1つしか見つからない.そのサイトはニュースサイトではなく,正体不明の怪しげなサイトです.中を見ると,判決文なるPDFファイルが掲げられている.読んでみたんですが,どう読んでもおちゃらけた文面で,裁判官が書く文章である訳がない.
 そこで私は学部事務方に,実刑判決というが,情報源は何か,とメールで問い合わせた訳ですね.すると「これが判決文です」という返事とともに添付されてきたのが,さっき私が見つけたおちゃらけたPDFファイルじゃありませんか.オイオイ.やはりこれかい.
 するってーと何かい? 本部の総務はこの冗談サイトの記述を真に受けて,このおちゃらけた「判決文」を学長にまで恭しく持って行った訳ね.学長まで持ってゆくんだから,まあ,上の方の人なんでしょうね.顔が目に浮かぶようですな(笑).それで,このおちゃらけた「判決文」を学長が読んだかどうか分からないけれど,学長は,うんそうかといって,深刻そうな顔で対応を指示した訳ですかね.コントですね.まあ,問題の第1は情報リテラシーのなさですね.第2は常識がないこと.
 メールではまだるこしいので直接学部の事務室に行って私の判断を話しました.これって,ネット上の洒落か冗談であって,真に受ける話ではない.そもそもまだ判決が出る訳ない.
 こうやって,いったんは面倒なことが要求されたんですが,この流れで知らぬふりを決め込んだ.たとえ有罪判決が出たとしても,だから講演をやめる話ではないです.
 後で伺った話,本部総務は講演会のポスターを見て反応したのが最初だったようです.ポスターを外してほしそうだったけれど,貼ったものはそのまま.外す理由はない.また,ホームページ上で宣伝していなかったので,至急学部のホームページにお知らせを載せるように手配しました.全学のホームページにもお知らせを載せるよう,事務方を通してお願いしましたが,こちらは断られたそうです(笑).

 で,忘れた頃に講演会の当日がやってきた訳ですね.むろん何の問題もないですよ.ちょうど講演の時間は,私は院生指導が入っていたので,行けませんでした.唯一の心配はお客さんが来るか,であり,お願いできるところには出席するようにお願いしておきました.幸い盛会で,出席をお願いする必要もなかった.後で出席者に伺ったところ,「とんでもなし子さんはとてもまじめな人だった」とのコメントでした.
 講演会の数日後に,1回だけ,苦情の電話がかかってきた.最初は本部に来たようですが,予定通り学部に回ってきて,学部事務のお一人が電話対応した訳ですが,なかなか終わらず困っているようでした.私がたまたま通りかかったので,私に電話を替わってもらった.
 話を聞いて分かったことですが,この苦情者は講演者の名前もどういう人かもはっきり認識していないようでした.なぜこんな講演をやるのかと聞くので,表現の自由の問題は公共的なテーマであり,大学としては関心を持つんだと突っぱねる.苦情者が言うには,この講演者は革マル派,日教組,朝日新聞,中国などの手先だ,日本を堕落させようとしている,いう訳ですね.講演をするなと言って言論弾圧したら,中国共産党と同じではないか,と私も答える.お前は朝日新聞を読んでいるだろ,というので,いや産経ですと答える(実際は家で朝日をとっているのですが).なおもいろいろいうので,実際に大学に来て,大学の様子を見てください,と私は言う.話はなんとなくおさまって,まあ30分くらいで終わったでしょうか? 電話代が向こう持ちなので,いつまでも続くとは私も思わんですわ.
 かくして,小さいさざ波を残して,とんでもなし子さん講演会は私の記憶の中に納まっていったのでありました.

(この記載はフィクションであり,実際の団体,人物とは関係がありません.)

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埼玉大学のビジョン

 1つ前の記載で国立大学のビジョンに触れた.むろんこのビジョンは,重点支援でお金をもらうために作った物であり,各大学が本音でそのようなビジョンを持っているかどうかは分からない.埼大の公表したビジョンも然りである.私の評価では,埼大はこれまで,現状を肯定しただけであり,今後このような格好の大学であるべき,といったビジョンは作ったことはないように思う.
 むろん,現状を肯定するだけであるからこそ学内の合意を得られるが,本当にビジョンを作るとなると難しい.しかし,「何をするか」を決める以前にビジョンを合意し,共有化することが重要なのは当然である.
 あいまいな形ではあるが,私個人は,ビジョンらしものは10年前から結構口にしてきた.埼玉大学は,本格的な大学(の一部)になるか,リベラルアーツ大学を目指すべきだと思っている.

 通常教員は,大学の姿として本格的な大学の姿を考える.可能なら本格的な大学がよいに決まっている.本格的というのは,研究も先進的な部分を持ち,多くの教育プログラムを持ち,一定範囲の社会に実質的に貢献する大学である.米国の,州のトップの州立大学を連想すればよい.州のトップの州立大学であれば,研究で世界で抜きんでている何らかの分野を持つだろう.学士,修士,博士の多数の教育プログラムを持つ(海外では,部局数ではなく,プログラム数で教育の規模を表現する).また,その州ないしより広域の産業を牽引する役割も通常担うとともに,ローカルな地域貢献をする部分も持っている.そのような大学としてやっていければ,それに越したことはない.
 ただ,埼大の規模では無理である.旧帝,せめて旧六の規模がないと,人的にも資金的にも,その余裕はひねり出せない.わずかな非常勤も削りましょうといっているくらいだから,のりしろはないのである.
 だから,本格的な大学を目指すなら他大学との統合を経るしかないだろう.統合の場合,力のある部分,見込みのある部分は残るけれどもそれ以外は消える.それは仕方ない.また,統合するなら,医学部など,絶対に必要なものを持っている大学とくっつく以外にない.
 ただ,統合はハードルが高い.そもそも,文科省がそういう頭ではない.また,どの大学と統合するかによって,実際のあり方も変わって来る難しさがある.

 埼大だけで何とかしようとするなら,リベラルアーツ大学しかないように思う.米国の場合,著名人は小規模なリベラルアーツ大学の出身者が多い.リベラルアーツ大学というと,4年間教養課程と思う人がいるけれど,そういう訳ではない.ちゃんと専門教育はある.けれども,専門教育は学科でやるんじゃなくて専攻プログラムで行う,と考えれば分かりやすい.現状で学科は卒業単位124単位のうち,90単位以上,100単位近く科していると思うが,それを60単位以下にできるか,である(教養学部の専修が60単位である).米国の場合,専攻は50単位くらいではないかと思う.つまり残りの半分くらいで,教養教育はむろん,副専攻とか別プログラムの科目を広くとる.米国がそれでできるんだから,日本でもできない訳はない.
 リベラルアーツ大学ということは,大学院はあるにしても,中心は学士課程になる.それで,そこから巣立って,良い大学院などに行く訳である.優秀な学生は.
 埼大はノーベル賞の梶田先生を出すという実績に恵まれた.たぶん梶田先生は埼大の学部を出てから東大の院に行ってノーベル賞をとったと思う.そこに典型的な人材養成のモデルと見てよいだろう.埼大で必ずしもノーベル賞をとる研究をしなくてもよい(むろんできればその方が良い).しかし埼大から育ってノーベル賞をとる,そういう人材を育てることに大学の使命をかける,ということである.
 むろんリベラルアーツ(ないしArts & Sciences)の範囲には,通常,教員養成やエンジニアリング,ビジネスは入らない.だから埼大がリベラルアーツだけになる訳ではないけれど,大学の中心はリベラルアーツの部分に置く,それ以外もリベラルアーツの恩恵を受ける,という考えである.
 リベラルアーツ大学は,都市型の,規模の大きくない大学のモデルのように思う.日本だとICUが有名であるが,ICUも東京の辺鄙なところにある(辺鄙だと思うが).だからさいたま市なら十分だろう.

 おおまかに2つの可能性を述べたけれども,こうしたアイディアを特定化してビジョンを作るべきなのだろう.そのビジョンをどのような工程で達成するかが,戦略と呼ぶべきものである.

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国立大学のビジョン

 国立大学の重点支援の状況を示す文科省のサイトを眺めていた.

 このサイトでは,評価結果はともかく,各国立大学のビジョンと戦略を網羅的に示している.眺めながら,各国立大学のビジョンが重点支援の枠組みに沿って明確に分化しているな,と感じた.
 ただ,このビジョンをどう読むかという問題がある.ビジョンとは本来,(近いか遠いかはともかく)将来的な目標とする大学の状態を表す,と思う.ただこのビジョンの記載に中には戦略の要約のような部分も混ざっていて,何がビジョンなのか分かりにくい.
 埼玉大学の場合,ビジョンの欄に書いてあるのは次である.

《埼玉大学 All in One Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現化
強み・特色ある戦略的研究と融合科学研究により研究開発・教育拠点を形成するとともに、PBL型文理融合教育によりイノベーティブでグローバルな人材を育成して首都圏埼玉を活性化、日本および世界に貢献する。》

ビジョンとは本来,「何をするか」とは別の,大学を象徴するイメージを指すものと思う.その意味で具体的に何をするかの戦略の記載が入るのは違うような気がする.まあ,書く欄が大きかったから書き込んだのだろう.埼玉大学だけいろいろ書いてある訳ではない.
 で,この中からビジョンを拾おうとするとどうなるか? 「All in One Campus at 首都圏埼玉」は現状の表現であって,将来像ではないだろう.「多様性と融合の具現化」も,他人がイメージするのは無理である.そもそも融合が何かも決まっていない.そう考えると,「首都圏埼玉の活性化,日本と世界に貢献」の語が,まあ,ビジョンに当たるのかな,と考えた.むろん私の解釈である,別の方は別の解釈をするのは仕方ない.
 まあともかく,このような独断で各大学のビジョンを拾って表にしてみた(暇だなぁ).

 まず旧帝大(当然,すべて重点支援③)のビジョンが表1である.旧帝大といえど,後ろ指をさされないのは東大,京大,東北大くらいであろうか?


1706101_2


 旧帝大以外の重点支援③の大学のビジョンを表2に拾ってみた.東工大以外は無理しているような気がする.東工大もトップ10は言い過ぎのような気がするが,日本で一番の工大であると考えれば,あり得るな,と思う.

1706102

 旧六の大学は3つが無理して重点支援③,3つが無理せず重点支援①になっている.重点支援①の旧六の3大学のビジョンが表3である.当然ながら,重点支援③の千葉・金沢・岡山大学に比べて「地域」の要素が大きくなっている.

1706103

 さて,埼大を含む重点支援①の大学のビジョンが表4である(ただし旧六=表3,単科大学を除く).重点支援①なのであるから,「地域活性化の中核拠点」というビジョンがきれいに並んであることが分かる.そこは文科省の注文通りなのだろう.

1706104

 指摘すべき点もある.
 第1に,「地域活性化の中核拠点」を軒並みうたってはいるが,山形大学のように「特定分野で世界的・全国的拠点」をビジョンにうたう大学が少なくない.実際,医学部のがあれば,医学の中の特定分野ではトップの部分があって不思議はない.信州大学が多分野にわたる全国的拠点をうたうのは,ファイバーなど,トップの部分をいくつか持っているからだろう.重点支援①は,その文面を見れば,全国的・世界的拠点を持つことを想定している.そうした拠点がどれほど持てるかが競争になるのだろう.
 埼玉大学の場合,不思議なことに,何かの分野の拠点,という言い方をしない.戦略的研究部門という言い方になる.この特異性は何に由来するのか? 1つの可能性は,単純に,拠点を称するだけの分野がない,ということだろう.別の可能性としては,分野を特定するよりも,そのときどきで論文(被引用)数を稼げる領域を変えながらやって行った方が,論文数は稼げる(それで大学のランクを上げる),ということがあるかも知れない.常識的には,何かの分野で世界的な拠点です,という持つことによって,大学の定評は得られるのだろうと思うけれど.
 第2に,「地域」をビジョンでほとんど出していない大学もある.横浜国大と滋賀大学である.横浜のような都市部であれば,地域といっても意味ないだろうな,と想像できる.確かに,東京から離れた県の国立大学であれば,その県内に大学はあるにせよ,国立大学が他に際立つのは明らかであり,その意味で「地域活性化の中核拠点」と言って納得できる.しかし横国の場合,県内の教員の占有率を見ても確か埼大より悪かったと思うし,その地域の中核というのは恥ずかしいかも知れない.滋賀大学については分からないが,京都が大学の集積地であることを考えると,京都圏の一部として稼働することになるのかも知れない.
 埼玉大学も,「首都圏埼玉の活性化」とは言っているが,やはり「首都圏埼玉の活性化の中核」というのは恥ずかしいだろう.そもそも首都圏埼玉でいまさら活性化を叫ぶことは説得的か,という問題もある.地域は地域でやって行く必要はあるけれど,比重としては「人材養成(つまり教育)」の比重を上げるのが道であるような気がする.


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田隅学長の教養学部訪問

 家で荷物を整理をしていたら10年くらい前の大学の業務用の資料が出てきた.中身を分別し,処分した.個人情報を含む紙は庭で焼却した.
 資料の中に田隅学長が教養学部を訪問した際の資料やメモを見つけた.その頃,私は関口学部長の下で副学部長をしており,三役(教養学部では補佐会と呼ぶ)で事前の質問事項を打ち合わせたし,私はその場の司会を仰せつかったので,懐かしく資料を眺めた.

 分からない方もいると思うが,田隅学長は法人化後の初代の学長であり,2004-2007年度に学長の責を担った方である.見つかった資料は2006年11月10日の教養学部訪問の際の資料だった.
 学長による説明は,想像がつくと思うが,基本的にはお金の話である.当時は,運営費交付金は毎年減らされることが始まったときである.私のメモによれば,学長の説明は次のように進んだ.埼大は学生納付金に比した運営費交付金が極端に低く,予算のほとんどは人件費である.その原因は開学時の問題かも知れない.競争的資金獲得額は次年度は上がるだろう.しかしそれで交付金の減を賄える訳ではなく,削減を含めた措置が必要である.予算(物件費)には業務費,教育経費,研究経費がある.業務費は簡単には減らない.教育経費は,学生さまさまだから減らせない.研究経費を減らすしかない.それでも地域手当の増加など,経費増の恐れがある.….基本的には今と変わらない状況である.
 で,今後どうするかについての学長の意見であるが,埼大関係者が誇りとする大学,「入学して良かった」と思える大学になることである.印象的だったのは,「私学」になっても生き残れる大学,という言葉が出たことである.私学になっても,というのは,運営費交付金が減らされて私学並みになっても生き残れる,つまり学生が確保できる大学,という意味と思う.心構えの問題として,学長のお考えは大変結構なものであると私は申し上げた.

 当時は法人化して間もなく,誰もが手探りの状況だった.文科省による国立大学支援の体制も現在のように「洗練」されたものではなかった.交付金の減額は累積されており,状況は時間とともに悪くなっている.という違いはあるが,現時点で田隅学長の説明を眺めると,現状よりも教育の比重が高かったことが印象的である.その頃,入学志願者確保のためハイスクールキャラバンなるものが実施され,駆り出される副学部長であった私はだいぶ不満を述べたものである.確か浦和市立高校に派遣され,進路指導の先生から「最近は大学がよく来るんですよ」と言われて玄関で帰されてトホホだったのもその頃である.高校に売り込みに行って志願者が確保できるほど商売は甘くないと私は思う.が,それでも大学の経営にとって学生を確保する努力をしないといけないことはよく分かる.
 教養学部の新入生に対し,私は何度もアンケートを行い,分析してきた.ウチの学部を受験する学生の動機はシンプルである.第1は学費が安いこと,第2は偏差値適合,第3を上げるとすれば分野適合である.他の要因の重要性は低い.受験生は研究には注目せず,東京に近いことも魅力ではなかった.単純に学費が安い国立大学を志願し,偏差値的に入れそうなところに志願した,ということである.
 今後,国立大学の授業料が上がったり,逆に大学で無料で行けるという寛大な措置が実現した場合(そうでなくても奨学金が充実した場合),ほとんど学費の安さで志願者を確保している国立大学はどうなるであろうか? この間,一応名前が知られている私大は,経営のために魅力を増してきた.教育に魅力をつけて,まさに「私学になっても生き残れる」ことを考えるのは重要である.

 文科省のサイトは各国立大学の重点支援の評価結果を掲載している.この資料を見ると各国立大学がどんな計画を提出しているかも分かる.埼玉大学の計画は,あたかも上位大学であるかのような計画に私には見える.比較として山形大学や茨城大学,宇都宮大学などを見て欲しい.学部教育をどう豊かにするかに多くの資源を投入しているように見えるのである.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/01/__icsFiles/afieldfile/2017/01/12/1381033_5.pdf

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あの改革強化プランはなんぼのものだったのか?

 このところ人社研の設置について考えていた.考えながら,もとになったあの改革強化プラン,つまり平成25年度に採択された改革強化プランは何だったのか,というより,なんぼのものだったのか,ということが気になった.
 私が残したメモを見ても,当時の大学執行部がなぜあのプランをやるといったのかは,あまりはっきりしない.しいてあげれば「改革をしている大学」であると思われるため,ということであったろう.ではなぜ「改革をしている大学」と思われることが重要かといえば,結局は金の問題である.改革をしているかどうかで交付金で差を付けられる,だから頑張ろう,ということであったように思う.特に,当時の執行部が繰り返し言っていたのは,このプランでもらう補助金を交付金にしてもらう(つまり永続的にお金がつくようにしてもらう)ことを目指す,ということだった.

 この補助金の交付金化という面でいうと,私が忘れられないのは,プランを大学で採択した前後,つまり平成25年の9月12日に開かれた全学の強化戦略会議だった.教養学部から出席した方の報告が私に転送されてきたのである.その報告の伝えるところでは,運営費交付金に機能強化という項目ができて,18大学が採択された,埼玉大学は声はかかったが採択されなかった,ということであった.そして,「埼玉大はグローバル化を中心としていなかったので(文科省から)駄目だったと言われた」という.
 ならあのプランではなくグローバル化でプランを作れば通ったのか,とどなたかが仰ったらしいのであるが,どなたかではなくても当然ながらそう思う.採択された18大学では,補助金が交付金化されたのである.
 改革とは畢竟金の問題と考えれば,埼玉大学が「グローバル化を中心とした」プランを作らなかったのはまったくのドジである.埼玉大学はその前年に,かりにもグローバル人材育成事業に採択された.東日本では,旧六より下の地方国大でこの事業に採択されたのは埼大だけだった.ならここで「グローバル化を中心とした」プランを作ることが期待されて当然と思うが,そうはしなかった.私の感触の問題に過ぎないが,この時を境に,埼玉大学は「グローバルをやる気がない大学」と役所筋から思われてしまったような気がする.もう2度とチャンスは訪れないだろう.
 私が聞いた話では,大学執行部も「グローバル化を中心とした」プランを考えたらしい.が,ちゃちなプランだったのでやめたという.しかし,グローバルならちゃちになる訳ではない.ちゃちなプランしか作らなかっただけである.

 地方国大が旗印にすることは,当時,「グローバル」か「地域」だった(今もそうかも知れない).「地域」の方がハードルが低いので,多くの地方国大は自然と「地域」という.
 この強化プランが出てきた平成25年度に,教養学部選出の評議員殿と私は,別々に,片方の理事殿に「COCは申請しないのか?(申請した方が良いのではないか?)」と聞いている.「しない」というのが返事であり,実際,埼大は世間の国大が軒並みCOCを取っているときにCOCに申請しなかった.申請しなかった理由は聞かずとも分かる.当時,この改革強化プランで「リサーチ・ユニバーシティ」を目指す,がウチの旗印だったのである.COCなど,格の低い地方国大のやることであって,全国レベルのリサーチ・ユニバーシティである(ないし,目指す)ウチの大学は,おかしくってやれるかい,ということだったろう.
 しかしこの,全国レベルのリサーチ・ユニバーシティというヴィジョンも後退していった.そしてついには,地域基盤で教育(人材育成)中心の重点支援①を選んだのである.その頃になって埼大は遅ればせながらCOCを申請したが,まったくダメだった.正直言って最初の方であれば,埼玉大学が申請すれば通ったろう.しかしCOCも,他の費目でも同じであるが,後になるほど条件が狭く,ハードルは上がるのである.あのときに申請しなかったのは誤りである.COCは予算面では旨味は少ないが,それでも通れば有益な試行はでき,経験値は上がった.

 話を戻そう.所詮は金の問題と考えたとき,平成25年の改革強化プランは実際に採択され,補助金をもたらした.その意味で成功である.しかし,もっと他のことができたのではないか,このプランの基礎となる方向性に従ってきたのは,トータルに考えてよかったのか,という点になると,判断は難しくなるだろう.私は別の,より現実的な道を取るべきだったと思っている.

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人社研設置はなんぼのものか?

 社会心理学の認知的不協和理論からすると,人は労力を傾けた対象を評価するように態度変化する.この理論からすれば,人文社会科学研究科(人社研)の設置にはからずも労力を払った私は人社研を評価するようになるはずである.しかしそうはならなかった.人文社会科学研究科(人社研)の設置には私はずっと違和感がある.
 あの人社研は,3分で飯を出せと言われて作った料理のようなものである.設置することが決められてからすぐに案を作れと命じられた代物である.だから,その程度のもの以上ではない.文科省があの研究科の中身を評価したという印象はない.参考となる事例として取り上げられることもなかった.設置はしたけれど,実に目立たなかった.
 が,人社研が構成体としてどうであるかは問題ではない.私の違和感は心情的なものであろう.私は教養学部に長くいた.教養学部は,私の自己概念に深く染み付いたラベルである.だから今さら,人社研によって自分を表現する気にはなれなかった.人社研が発足してから私は埼大に2年間在職した.公式には私は人社研の高木であり,公式文書にはすべて「人文社会科学研究科 高木」と書かれる.にもかかわらず私は「人社研の高木」と称したことはない.いつも「教養学部の高木」で通した.あのように押し付けられたラベルで自己概念を規定することなどできようか? 私は心の中まで奴隷になる気にはなれない.私の心情はむしろ,心理的リアクタンス理論で説明できるだろう.失われた教養学部を愛おしく思うようになったのである.
 とは言っても,私のように教養学部歴が長い構成員はもういない.教養学部の現執行部でさえ,教養学部歴は比較的短い.だから今後は私のようには反応しないだろう.「教養部」と区別しにくい教養学部の誰々というより,人社研の誰々といった方がよいと思う人も増えるだろう.

 公平に考えて,人社研になって改善されたことはいくつかある.順不同に思いつくところを書いてみよう.

1) 設置を機に,まず日本語教育センターや国際本部の教員を迎え入れられたことは大きいだろう.当人にも良かったと私は思うし,教育研究上,その方が自然な形といえる.

2) この点は気づかれていないのだが,この設置を機に修士の専攻数を少なくするという懸案を解決してしまったことも大きいのである.旧の文化科学研究科には3専攻あり,学生確保の点で不安定性があった.それでも専攻数の縮小は設置にかかわる問題であるため,学部長時代,私は手を付けることをためらっていたのである.人社研設置はその懸案をしれっと解決した,という面があるのである.

3) 設置によって教員は「教養学部 (准)教授」ではなく「人社研 (准)教授」になった.特に若い人は変化後の方がかっこよいと思うだろう.

4) 設置によって外国出身の日本研究の有能な先生方を迎え入れることが加速された.むろん設置がなくても来て頂くことは考えていたのであるが,全体計画による補助金ポストによってその計画を前倒して実現することができたのである.
 なお,人社研設置をした平成27年度の夏に,教養学部が主導して初めてサマープログラムを実施したのである.それが可能になったのも設置で教員の補強ができたためである.
5) 同様に,設置に伴う補強により,英語だけで修了できる修士のプログラムを発足させることができた.むろんこの英語によるプログラムは,放っておいても経済学部は実施したろうし,教養学部も後を追って実施したろう.しかしその発足が早まったのは人社研の設置が機であった.

6) 理にかなった,見苦しくない研究組織を明示できたことは,今後の研究の促進にとってプラスになるだろう.

7) 学部を超えた人的交流の機会はなかなかないのであるが,人社研の設置によって限定的とはいえ経済学部の方々と交流する機会は増えてゆくと思う.

 以上,今思いつくところを書いてみた.これらの利点は,設置のよって自動的にもたらされたものもあるが,良くなるように我々が努力した結果もある.

 逆に,人社研になって悪くなったこともある.が,書くのをやめておく.

 人社研がなんぼかのものになるかどうかは,今後,つまり現員が人社研をどのように運用して行くかにかかるだろう.
 また,人社研の設置をどう評価するかは,この設置が内包する最終的シナリオ,つまり経済学部と教養学部の完全合併をどう評価するかにかかっているだろう.その最終シナリオについては,別の記事として後日書いておきたいように思っている.

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(下)

 さても,平成26年の4月も終わりにさしかかり,ゴールデンウィークに入った.休日とはいえ,その間にも送受信した業務上のメールの数はおびただしい.その半数くらいは広い意味で人社研の設置に関係している.だから設置のための作業はしているのであるが,だからといって設置申請の文書作成が進んだ訳ではない.そういう訳で,設置申請には作業が間に合わないというのが私の感想だった.
 しかし設置の作業はいきなり終盤を迎えることになったのである.ゴールデンウィークが終わった5月7日の午後8時過ぎに事務長から1本のメールが入った.大学に文科省から連絡が入り,今回の設置は事前伺いでよい,と言われたという.これまで,通常の設置で設置審にもかかることを前提にしていたが,事前伺いということは書類の数は少なくてよい.しかも設置審にかけないでよいことになったのである.
 私の考えに過ぎないが,事前伺いで済むことになった第2の理由は(第1の理由は,書かない),計画している新研究科の内容が,前年11月17日の転換以来,現行の研究科と近づいたことである.しかも27年度設置の方針によって新機軸は落ちていったのである.結果として,以前にあったのと名称も同じような専攻が並ぶ計画に修正された.悪く言えばあえて新規に設置する意味がどこにあるのか,という話であるが,現実的に考えれば今やっていることを大きく変えることは無理だったのである.
 事前伺いでよいか,設置審にかかるかは,微妙な問題である.某国立大学の某学部では,学科編成の変更を事前伺いでよいと言われていたが,年度が変わり係官が変わると設置審にかけろと言われ,大変だったという.文科省による扱いがどうなるかは神学的判断だということなのだろう.
 設置の作業が楽になったのは有難かった.しかし事前伺いになることよって,新研究科構想が潰れるという可能性も消えたのである.無理に27年度設置で進んだ場合,特に設置審にかかる場合,原則としては何があるか分からなかったのである.最後まで構想を潰すことを諦めなかった私が覚悟を決めた瞬間でもある.
 作業が楽になったとはいえ,書類はすぐに提出しなければならない.経済学部側と協議しつつ,文書作成を急いだ.しかし何と言っても,頑張ったのは事務方だった.数日後に書類を提出した.続けて,教養学部側は教職の課程申請が必要だった.課程申請については,手続きに詳しい事務方にまたも頑張って頂き,さして日を経ずに書類の提出にこぎつけたのである.
 6月の中頃に文科省から,設置に関する補正意見と要望意見が届いた.指摘への対応を決め,1週間ほどで返事を出した.設置を認めることを示す回答が文科省から届いたのは8月である.

 文科省への設置対応は終わったとは言え,新研究科を作るとなると決めるべきことは多く,それらはほとんど先送りしていたのである.まず新研究科の学生募集の手配が,事前伺いと決まった頃に進めなければならなかった.そこですぐに入試に関するルールを決めながら,募集要項の案を作り,早期に募集をかけなければならなかった.英語圏の受験者を想定した英語プログラムの募集も計画していたので,その要項作りにもかかった.また,新研究科のウェブサイトやパンフレットの手配にもかかった.秋以降になると研究科教授会,代議員会,分科会,部会の規程作りにもかかった.詳述はしないが,かなりの協議と時間を要したのである.
 しかも,これまで別々に運営していた両学部が,1つの部局としてどのように新研究科を運営するかという,実際問題も合意しておく必要があった.平成27年の正月頃に私が案を作り,まず教養学部執行部の中で合意した.その後で経済学部側と協議した.経済学部執行部も同じようなことを考えていたらしく,すぐに合意するところとなった.その後,2月にそれぞれの学部長とは別に新研究科の研究科長を選出したのである.教授会以下の諸会議の規程を作り,それぞれの会議の権限が決まったのは3月に入ってからであった.

 かくして慌ただしい平成26年度が終わっていった.私には複雑な感慨があった.新たな年度になれば新しい人社研が始まる.が,人社研の開始は,部局としての教養学部の消滅のときでもあった.部局長としての教養学部長は私が最後になるという,嬉しくない感慨である.いつまでも新年度が始まらなければよいと思ったものである.

(この記載は実話のように書いたフィクションです.)

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(中)

 さても,平成25年の11月17日に教養学部内で新研究科のプランについて方向性の転換があったことは前回の記載で述べたとおりである.11月の末から12月にかけて,新たな前提でWGにおいて協議が進んだ.私はWGの外側にいたが,そのメンバーからは進捗の情報を頂いていたし,意見も述べていた.
 その頃の私のメモによれば,新研究科の専攻構成として私は3つの案を考えていたようである.その中で全体的な移行コストが少なく学生確保の確実性が高かったのが,両学部が共同で運営する専攻(真ん中専攻)を日本アジアでまとめるものだった.経済学部側も,チュラロンコン大学とのダブルディグリーのプランもあったので,受け入れ可能であると思えた.
 12月の上旬に,私は「現実的な案」としてその日本アジアの案をWGメンバー(の一部)に伝えた.私が現実的と思うくらいであるから他の方々も同様に考えたと見えて,12月中にその方向でWGの意見は集約されていった.教養学部側WGで決まってきたのは,新研究科の名称を原案に戻して「人文社会科学研究科」とすることと,真ん中専攻を日本アジアでまとめることであった.
 年が明けて平成26年となる.1月の上旬に上記の案を経済学部側に提示したと思うが,当初は意見は相違した.しかしセオリー通り,案の早期成立を期する大学執行部は,教養学部の案で意見の集約を図ったのである.セオリーとは,時間的切迫を抱える方が妥協するという交渉の原則である.同時に,教養学部側の申し入れの通り,新研究科(人社研)の設置は,当初の予定の平成27年度ではなく,28年度にするという合意が成立した.通常の設置であれば,平成27年度設置に間に合わせるには秋の時点で案を文科省と詰めていなければならない.この時点で案を固めているのが現状であるから,設置を先に延ばすのは常識的な判断だった.
 1月17日(1次)と24日(2次)に教養学部長の選挙があった.そこで私高木が次期学部長になることに決まった.以前に4年間学部長をした私が再度学部長になることは異例であるが,人が出払っている状況があり,引き受ける者がいなかったのが実情だった.次に学部長になる方のつなぎという性格が強い.
 
 次期の学部長になったとはいえ,私は依然として設置のWGの外側にいた.ただ,事務方と相談できる立場にはなった.この人社研設置に関して十分な情報を持っていなかったので,私は事務方にこれまでの全学および学部の資料などの提供をお願いし,知識の欠落を補うことに時間を費やした.分からないことは直接事務長に伺った.
 次期学部長に決まった時点で私がすぐに動いたことが1つある.日本語教育センターと国際本部の教員の方には,これまでも文化科学研究科に兼任として協力して頂いていたが,新たな人社研に専任として入って頂くことを考えたのである.全学の部署におられる教員は,一般論として,教授会がない状態で立場の不安定感があるのが常である.特に日本語教育センターと国際本部については,学長が変わるたびに所属の部署(や名称)が変わる,という不安定感があった.この機に新研究科の専任となり,全学の部署には兼任として出るような格好にする,そのご意向があるか,という確認を始めたのである.この件は次期の全学執行部も拒否しないだろうという目算があった.

 しばし平穏であったが,波乱は2月10日に起きた.この日,何とは言えぬ件があり,前に平成28年度としていた人社研の設置を27年度に戻すかどうかの判断をすることになったのである.2月12日に全学の会合があり,その場で決めると伝えられた.その2/12の会合に出てみると,その会合の前に役員が協議したらしく,会合ではいきなり27年度設置と決めたと伝えられた.予想した話し合いはなかったのである.現場が無理だというものを話し合いもなく決めるのかと,私はむっとした.設置の全学WGに次期学部長である私が入ることを求められたが,その場では承諾せず,考えて返事すると伝えた.すぐに承諾しなかったのは不快感があったからである.全学で決まったなら従うしかないが,この強化プランには反対である,27年度設置ができるとも思わないと,その場で本音を述べた.
 実は2月10日に私のカミさんの母さんが亡くなった.私は特に何をするでもなかったが,カミさんと一緒に行動することもあり,何かと気忙しかったのである.
 とはいえ,27年度設置という決定をその日のうちに,私は教養学部構成員宛のメールで伝えた.次の日にかけて,事情を確認するためにWGのメンバーなどにメールや電話のやり取りをした.そのやり取りの中で,私がWGに入ることへの要望が出た.そこでWGに入って設置の作業をする判断をした.私が設置にかかわるようになったのはその時点からである.
 カミさんの母さんの告別式が終わったのが2月15日(土)だった.設置に関する学部内の作業の方針についてメモが,次の日の日付で残っている.2/19の部内でのWGに向けて考えをまとめていたのだと思う.
 28年度設置は学部構成員のほとんどが望んでいた.資料によれば必要な文書の種類は実に多い.某大学の設置申請書のファイルをネットで入手し眺めていた.正直,無意味な文章をこれほどの分量書く根気は,私にはない.だからあと3か月で設置申請をするのは無理と思えた.
 半面,内心は27年度設置でよいとも思えた.期限が伸びれば余計な議論の蒸し返しもあるだろう.注文も多くなるかも知れない.なら,現状案で早めに突っ走った方が結果は良いかも知れない.27年度設置では作業が間に合わない恐れもある.しかし当方は「できるとは思わない」と言ってあるので,間に合わないときの責任は無理な日程を設定した大学執行部にある.

 2/19の部内WGでは,いくつかの要点に関して今後の方針を提起し,合意していった.基本的なスタンスは,この人社研設置は迷惑な話ではあるが,今後の作業によって我々の組織の力を付けられるようにしてゆこう,ということである.日本語教育センターなどの先生方の人社研所属については,ここまで寝かせていた状態であったが,その日のうちに同意の取り付けに動いた.同意が集まったのは3/11だった.そのすぐ後に全学の執行部に対して,この件を提起して同意を頂いた.経済学部側にも了解して頂いた.細部について全学側と合意したのは4/18の新学長・理事との会合においてだった.
 2/19以降,それまで考えていた点もWGや教授会に提起していった.まず人社研の修士専攻にはコースを設定することを決めた.学士課程の専修とコースをほぼ対応させることによって,大学院と学部との人的資源のねじれが生じないようにしたのである.6年一貫などで学部からそのまま院に進学させるときの便宜も考慮してのことだった.また,2月末には人社研の研究組織を科研費の領域設定に準拠して決める案を提案した.この案は12月段階で考えていたことである.これまで研究組織については検討を事実上スキップしていたが,外部への説明可能性を高めるやり方を考えたのである.研究の個人評価は科研費領域ごとに行うのが自然であるし,科研費の共同申請もしやすくなる.この案は大学執行部に受けが良く,経済学部側からもすぐに同意を得た.
 この間,経済学部側とはカリキュラムの詰めや,設置文書の前半部分の文案の推敲をしていたと思う.文科省に資料を持参する必要があるときは作業を急いだと記憶している. しかしながら,我々は設置の作業ばかりをしていればよかった訳ではない.年度末の処理もあるし,私の場合は4月からの学部体制の決定と,新学期の準備に忙しかった.時期が時期だけに,副学部長もなり手がおらず,承諾を得るのに苦労した.また,この時期はグローバル事業にもかなりのエフォートを割いていたのである.
 新学期になり,学期初めの行事が多く,なかなか設置に時間を割けなかった.その頃に検討を進めたのは人事であった.設置審にかかることを想定し,人事可能なポストについては,補助金による時限のポストを含めて,通常の人事プロセスを臨時に簡略化し,適合な人を決めることを考えた.特に必要だったのは,真ん中専攻で求められる英語による授業を揃えることだった.また設置に伴って教養学部側は教員免許課程申請もあったので,人は貼り付けた方が良かったのである.少し先までの人事方針を決めてWGで合意を得,教授会で了承を得たのは平成26年の4月18日だった.
 蛇足であるが,このときの教授会了承では,ほどなく退職する私高木のポストがグローバル・ガバナンス専修に帰属することも明記した.しかしこのことが現在の学部執行部でしれっと無視されたのは,少し前の記載で述べた通りである.ポストが多い専修ならともかく,専任教員数が危険水域にあるグローバル・ガバナンスのポストを別に使ってしまうというのは,私には考えられない.

 かくして,可能なところでは作業は進めていた.しかし4月の時点で良い進捗という実感はなかった.事務方は何とか完了させようと頑張っていた.しかし教員の習性としては,この種の作業にはあまり熱が入らないのが常である.だから個人調書の集まり具合も良いとは言えなかった(私も出していない).はっきり言って申請には間に合わない可能性が高い,というのが実感だった.そうこう思っているうちに4月も過ぎてゆく.そしてゴールデン・ウィークが間近になったのである.

 このとき,運命の5月7日が迫っていたことを知る者は,まだいなかったのである.

(次回,怒涛の完結編に続く)

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教養学部は研究科合併にどのように対応したか?(上)

 埼玉大学で人文社会科学研究科(以下,人社研と略)という大学院研究科が発足したのは平成27年度のことである.この人社研は,それぞれの大学院を持った経済学部と教養学部が大学院で合併したものである.人社研の新規設置は,平成25年度に埼玉大学が申請し採択された国立大学改革強化推進事業のプランに盛られた.私は平成26年度,27年度に教養学部長をしていたので,この人社研の設置申請と最初の1年間の運営に教養学部(学際系)の側から関わった.
 この人社研は「部局化」することが前提だった.部局化とは,それまで学部が持っていた教授会を研究科に移し,それまで部局だった学部は研究科の学士課程の教育組織になることを意味する.重要な教授会決定はすべて合併した新研究科で行う.それまで部局であった経済学部と教養学部は,この人社研の発足とともに部局としては消滅したことになる.もとの学部を愛おしく思う立場からは,人社研の発足は嬉しくない道標である.
 ここでは,その嬉しくない道標を立てるのに教養学部がどのように対応したかを書こうと思う.
 
 次の点はことわっておくべきだろう.第1に,きわどい話はぼやかして書くことはご容赦願いたい.第2に,あくまで教養学部側の話であり,かつ私のバイアスがかかっていることも仕方ないとお考えいただきたい.第3に,関連する情報に私がフルにアクセスできたのは学部長だった平成26,27年度だけである.プランが進行した平成24年度,25年度の出来事については表面的な情報しか持たない.例えば,この合併話はもともとは経済学部と教養学部そのものの合併として考えられたはずであるが,それが研究科同士の合併の話に変わったことになる.たぶん誰かが「学部からの合併は嫌だ」といったのであろうが,どこでどのような経緯があったのか,私には全く分からない.平成25年度になると情報は教授会に上がってきたが,やはり全学の会議に出ていないと分からないことも多いのである.

 さて,人社研設置を含む件の改革強化プランは平成24年度のうちにできたはずであり,正式情報として教養学部の下々に知らされたのは平成25年4月19日の教授会資料(前日の全学運営会議資料)においてである.5月上旬の教授会では若干の議論があり,5月24日の教授会日には学長が説明に訪れている.教授会構成員の反応は「そりゃ,嫌だよね」というのが主流であるが,具体案はないので(具体案は後でお前らが作れという),「大変だ」ということ以外に特に論点が出ないのが実情だった.学部執行部の説明も「大変だ,困る」で一貫していた.
 全学の会議に出ていた教養学部の評議員殿は,全学の会議でも一貫して反対論を述べていたらしい.私は彼と随分話していた.彼の論点は,この改革強化プランは埼玉大学の将来ヴィジョンを示していないこと,このプランが落としている学士課程の改善が緊要であることだったはずである.全学の会議では,事務方も驚くほど学長から罵倒されたとのことである.
 5月の後は7月まで教授会はなかった.その間,私はその評議員殿から情報を聞いていたと思う.7月26日の教授会で,議長により,この改革強化プランを文科省に持ってゆくとのとりまとめがなされた.改革強化事業への申請書を出すことは9月26日の評議会で承認されたようである.たぶんそこが正式承認なのだと思う.

 この改革強化に関する雰囲気が変わって来たのは10月の後半になってからである.10月25日の教授会で,新研究科の設置準備室会議(10/10)の議事録が出てきた.その議事録では新研究科に関する提案がかなり具体的に書かれている.この研究科は両学部が共同で行うことを担保するため,修士3専攻のうち1専攻で双方から人を出して運営することが制約として求められていた.その専攻が「国際マネジメント専攻」となっている.教養学部から人が出てマネジメントというのは,常識的にはないことである.しかもその設置準備室会議は1回目であるのに,議事録には「いろいろ提案があったが」という.ということは,その準備室以前に,教授会に特に紹介もなくいろいろ話を相手学部と進めていたことになるではないか.
 実は私は当時,教養学部のあるセクション(要するにGGであるが)に属していて,たぶんそこの某教授から7月10日付の文書のファイルをもらっていた.A4で4枚のその文書は,そのセクションの修士課程の計画が書いてあったが,実施はまず不可能な,ビジネススクールのような仕様だったのである.ということは,7月の初めの段階でそういう話が進んでいたということになるであろう.その後,教養学部執行部案として出てきた専攻配置案は,その準備室の案そのままではなく,変わってはいる.しかし中心になると思えるセクションは同じだった.
 日記を見ると,10月後半頃から私も部内でいろんな人と,この設置の話はおかしいのではないかと話すようになった.問題は少なくとも2つあった.執行部案のままでは,共同の専攻(後に「真ん中専攻」と呼ぶようになった)は,過去の実績から見ると,少なくとも教養学部側では志願者は確保できないこと.および,その案の通りにすると教養学部自体の人員配置をかなり変えなければならなくなることである.
 さらに問題をややこしくしたのが,そもそも大学で出した申請が通ったのかどうかがはっきりしないことだった.通常の競争的な補助金であれば,採択結果がほどなく示され,同時に今後の配分される予算の概算(通常はそれより下回る)が示されるはずである.しかしこの補助金については,「通る」という話が執行部から出るのみで,「通った」というアナウンスがあったとは聞いていない.通らなければ作業をする必要もない.
 かくして設置の執行部案には教授会で批判的な意見が出るようになった(多く発言したのは私であったが…).
 転機は11月17日の教授会で訪れた.この教授会は3年次編入学の判定のために日曜に開いた教授会であった.その教授会で,文科省への説明のために執行部案を持ってゆくことが諮られた.執行部案の中身は教授会の承認を経ていないとの指摘が出た.ここで議長は裁決するという.私を含め何人かは,採決するのではなく話し合うことを求めた.が,採決となった.採決の結果,執行部案が否決されたのである.私は,否決されるとは思わなかった.

 この教授会の後しばらくの間,混乱があり,かつ話が二転三転したのである.その間の経緯は面白くはあるが,省略する.
 11月29日に臨時教授会が開かれた.その折に学長・両理事が訪れ,WGを作って案の協議を進めることの要請があった.同時に,12月に次期の学部長選挙をすることが決まったのである.
 教養学部ではそれまで,特別な事情がなければ学部長選挙は年を越した1月に行う.それを前倒しで行うというのは,次期の学部長を決めることで次年度に予定される設置申請のための学部の体制を早めに作るということだったかも知れない(別の理由だったかも知れない).ついでに言えばこの学部長選挙も,多少の混乱があり,結局例年のように1月にやることとなったのであった.
 何れにせよ11/17をもって話は大きく転換したのである.それまで,関係委員は既に目の前にある案を既定路線と思い込んで議論していた.が,これ以降は,自分たちが参加する新研究科を,自分たちの考えを加味してデザインしようと考えるようになったのである.
 私は新たなWGのメンバーには選ばれていない.メンバーに呼ばれた同僚が私を入れた方がよいのではないかと申し入れたが,学部長から断られたそうである.ただ,私はメンバーとの間では意見交換をしており,実質的には情報を聞き,発言もしていた.
 かくして新年を迎え,物語は佳境に入ってゆくのである.

(この記載は実話のようなフィクションです.)

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H25年度採択の改革強化プラン

 埼玉大学は平成25年度の国立大学改革強化推進事業に採択された.それ以後しばらくの埼大の運営はこの時に採択された改革強化プランが基本になっている.私の結論を先に言うなら,その時点で出すべき改革プランは,第1に,学士課程への投資を厚くするべきだったろう.第2に,埼玉大学が今後力を入れるべき事項を明示するため,新学部の設置を目指すべきだったろう.

 この改革強化プランはH24年度のうちに作成されたと思う.H24年度の末には噂は流れてきたが,私を含め,教養学部の平の教授会構成員には詳細は分からなかった.具体的な案を教授会資料で目にしたのはH25年度に入ってからか,早くてもH24年度末だったように思う.
 このプランの概念図(ポンチ絵)は,当初,曼陀羅のように複雑に見えた.だから多くの教員は自分に関係する箇所だけを眺め,「大変だ」と思うものの,全体については何の考えも抱かなかっただろう.私もポンチ絵の全体まで眺めるには時間を要した.
 全体を眺めて第1に私に浮かんだ感想は「面倒な案を作ってくれたな」ということである.次に思ったのは,「随分と安上がりに案を作ったな」ということだった.
 何が「安上がり」か? この強化プランは,新たに考案したというより,よく見ると既にどこかにあったアイディアを寄せ集めたものだからである.例えば経済学部と教養学部を合併させるという考えは,表には出ないが以前からあった.ただ,このプランでは,両学部をそのまま合併するというのではなく,大学院での部局化を前提に院だけで合併させている.その点は「曲玉」だったと思う.学部からの合併には何れかの段階で何処かから難色が出たのだろう(教養学部教授会は関知していない).あえて由来が分からない部分をあげるとすれば,教育学部から移動する学士100人分の学生定員を理工研に付けた点である.この点はアドリブかも知れない.

 この改革強化プランには次のような特徴があると思う.

 第1に,このプランは「早く文科省に持ってゆく」ことを優先したプランといえる.既述のように,このプランにはオリジナルのアイディアは少ない.合併して作る新研究科や理工の大括りなどの中身は関係部局に投げている.だから,調整にどれほど時間を要したかは分からぬが,骨子を作ることは簡単だったはずである.ポンチ絵を描く方が時間がかかっただろう.

 第2に,第1点に含まれているともいえるが,大学として今後の方向性を明示することなく,大学としての機能全般を高めるような作りにしたことである.この点は,悪くいえば,今後の方向性を決めるだけの企画力/決定力がなかったことを意味する.今後この点に力を入れます,そのためのこういう学部を新設します,という格好が,外から見れば分かりやすかった.

 第3に,この改革強化プランの中には,当時文科省が推奨していた事項,例えば部局を超えた学生・教員定員の移動,教員養成系学部の学生定員の縮小,部局を超えた再編,大括り,社会人学び直し等の事項のほとんどすべてを入れ込んだ格好になっていることである.そのプランの外側ではあるが,文科省が求めた,単位実質化などの教育の質的転換まで書き込んである.このプランを受け取った文科省側は,それ故に埼大の忠義を愛でたかも知れないし,「そこまでやるか」と苦笑したかも知れない.ともかく文科省の言っていたことを丸呑みした訳であるから,必勝の構えで申請したと言ってよい.

 第4に言えることは,このプランは,投資の対象がほとんど大学院であり,大学院を中心としたリサーチ・ユニバーシティを目指すようなまとめ方になっていることである.簡単に言うと「格上」の大学になることを意識したようなプランと見える.そのこと自体は結構なことである.問題があるとすれば,上位大学ですらこの予算で学士課程に投資していたその時期に,学士課程への投資がおろそかになったことである.さらに言えば,後に(人材養成・地域貢献を主とする)重点支援①を選択する結果になるのであれば(その結果はハナから予想できた),このプランの時点で重点支援①とより整合的なプランを作るべきだったろう.
 大学院をいじっても全く人の関心を集めなかったことも反省材料である.やはり世間は学部に注目する.

 第5に,このプランは全部局が強い関与をすることになるプランであったことである.それ故にまさに全学的な取り組みとしての改革であり,大学としての「本気度」を説明するのには良かったろうと思う.しかし別の観点に立てば,このプランによってすべての部局が疲れ果てる結果になり,二の矢,三の矢が継げなくなるという欠点を持っている.この時点ではこの部局に苦労してもらうが,次の機会には別の部局,ということができにくい.実際,このプランの実行を経て,各部局に余力がなくなった印象を拭えないのである.外部資金がウチの大学を素通りしていることもその結果のように思える.

 採択された他大学がこの改革強化推進補助金でどのような事業を申請していたかをざっと眺めてみよう(複数の実施大学や単科大学の例は除く).平成24年度採択では,資源学の世界的教育拠点形成(秋田大学),国際高等教育院(仮称)の設置及び学部等のグローバル化の推進(京都大学),生命科学・認知工学等の世界的な分野を伸ばすための重点支援体制を確立(大阪大学),新たな学士課程教育モデルの提起(外国人教員の採用,九州大学).平成25年度では,埼玉大学の他,医療系学部群の亥鼻キャンパス整備(千葉大学),「リスク共生学」に基づく教育研究拠点の形成(横浜国大),ターゲット・アジア人材育成拠点の構築(静岡大学).平成26年度では,国際食資源学院(仮称)の設置(北大),高大接続時から学部・大学院まで一貫した教養教育プログラム(東北大),“よりグローバルでよりタフな”人材の育成(東大),「科学技術イノベーション研究科(仮称)」・「国際人間科学部(仮称)」の設置(神戸大学),「高等教育開発推進機構」の設置(岡山大),「生物資源産業学部(仮称)」設置・理工学部への改組(徳島大学),「地域協働学部」の設置(高知大学).平成27年度では,「データサイエンス学部」の設置・大学間連携(滋賀大学),といったところである.
 いくつか感想を述べれば,第1に,埼玉大学が大学としての機能全般を上げますというプランであったのに対し,他大学の採択プランは,強化すべき領域を特定していることである.新たな組織の設置は当該大学の今後の方向性を表現するものといえる.第2に,旧帝のような上位大学ですら,学士課程への投資を行っていることである.新たに設置するのも,研究科より学部が多い.

 結論を繰り返すなら,平成25年度の段階で,埼玉大学は第1に学士課程への投資をより明確にするべきだったろう.私大を含め,各大学が学士課程に投資している中で,埼玉大学は単位の締め付け(それも重要ではあるが)をする以外に,教育内容を豊かにする投資はしていない.それでは学生の獲得競争に後れを取り,大学院の方も足元から細っていく.第2に,大学としての方向性を明確にし,できればそのための新学部設置の検討をするべきだったろう.他大学の新学部設置例を見れば,埼大でも十分に可能だった.大学としての方向性にはいろんなことがあり得たろうが,いずれにせよ「各部局がそれぞれ」という埼大名物の常套句を超える企画力と決定力を発揮する必要があっただろう.

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融合

 一匹の妖怪が埼玉大学を徘徊している.「融合」という妖怪が.

 この3月末までの在職中,私が頻繁に出会った概念が「融合」であった.この融合は,All in One Campus という標語の後ろの方にも出てくるので,今も重要なキータームなのだろう.
 
 大学関係で融合の語はいろんなところで使われている.昔からあったのが「文理融合」である.文と理が協力するというよりは,特色を出せない理が文を引き込んで特色を出そうとする局面が多いように思う.また「理工融合」という言葉もよく使う.学生募集が困難になった都市型大学の工学部が理学を取り入れて志願者を集めようとする場合がそれである.医工融合という言葉も注目される.医学の拡張として工学に近づくのはごく自然なことであり,今後その分野は拡大するだろう.その他,うまく行っている大学では組織名に融合の語が出てくる.東工大では融合理工学系というのがあり,千葉大では従来の融合科学研究科が発展改組して融合理工学府になるらしい.ただその中の研究テーマを見ると,あえて融合という必要があるのか,私には分からない.うまく行かない大学では,融合の組織は発足せずにつぶれるのだろう.
 埼玉大学でも,私の在職中,融合科学(研究科)といった言葉が躍っていた.今サイトを眺めると融合科学研究科構想は「文理創生学院」構想に変わったらしい.が,実際問題としてどういう融合なのかは,寡聞にして伺ったことがなかった.

 上記は学問分野の融合の話であった.埼大の標語の中の「多様性と融合」という場合,多文化的な人材の交流の意味もある,というのが私の好意的な解釈である.
 ただ,文系の人であれば,多文化状況の文脈で「融合」の言葉は使わないように私は思う.現在の優勢な考え方は多文化主義,つまり各文化が自己の伝統を保持しながら共存することを善しとするからである.融合というと,昔の Melting Pot になってしまう.
 ついでに言えば,私は以前から「多様性と融合」という言葉は矛盾しているように感じていた.融合すれば多様性は消えるからである.

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続々・ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 人づてに話を伺ったところ,教養学部の執行部は案の定,お友だちのところに採用人事のポストを付け,嫌いなグローバル・ガバナンス専修には最低ラインを割ったポスト数に決めたようである.うーん,鬼畜なやり方ですね.

 まず教養学部では元来,学部の専修に属する専攻には最低3人のポストを付けることを決めていた.その規程の変更を審議した訳ではないだろうが,グローバル・ガバナンス専修の片方の専攻には3人として,もう1つには2名しかいないようにしたとのことだった.それでは片方の専攻が成り立たないだけではなく,専修そのものの運営が危ない.今のうちは多少の非常勤枠があったけれど,次年度からは画期的に非常勤は削減になる.専修の専任教員が5名ということだと,教員がノルマの授業をやるだけでは,専修の必修単位60単位は専任の授業だけでは満たせないのである.必然的に専任教員が持ち出しをしなければならない.だけではなく,どこの専修も授業にはある程度余裕があり,学生が全部の先生の全部の授業を取らなくても済む(専修内で領域のspecificationの選択が可能になる).だから,グローバル・ガバナンス専修の場合,誰よりも学生にしわ寄せが来ることになる.その辺の事情は私が執行部には何度も伝えていたけれど,やはりお友だちのところにポストをあげることを優先したのだろう.
 これではだめなんだよね.専攻は専任教員が最低3人という規定のもと,他のすべての専攻ではこの基準を満たす判断をしたのに,一番専任教員数が少ない,1人欠けても苦しくなるグローバル・ガバナンス専修の専攻だけ,唯一3人基準を満たさないことにしたのか? 異常.
 しかも,なんでしょ.現状でグローバル・ガバナンス専修の実験室スペースは,例えば現代社会専修の1/4というひどい状態であり,それはいくら何でも是正すべきと私が教授会で言ったけれど,是正する気はないですね.それで,今度現代社会には昨年度に続いてポストを付けるので,また部屋を与えて,現代社会専修の実験室スペースはグローバル・ガバナンス専修の4.5倍にするのかも知れませんね.

 それにしてもこの執行部,私が既定の会議(学部長室会議)のメンバーであり,うるさいものだから,私を議論から排除するために,学部長室会議で行う議論を扱う会議を2つ別に作って審議する,ということをした訳ね.議論では負けるから.それで私が退職したとたん,もとの学部長室会議に議事を戻すということをしましたな.露骨ですね.

 この件は特段の判断ということではなく,通常業務の仕組みの問題なんですね.だから,重要なことはルールに基づいて運営すること.そこを非常大権のような判断をしてしまう,それでよいと思ってしまう所に問題がありますな.トップダウンのはき違えでありましょう.
 これから,事後的に,決めたことを正当化するルールを作るのか,あるいはルール無しでやる,ということなのか.後者かも知れませんね.
 また,ポストを付けなかった補てんとして,例えば非常勤枠をグローバル・ガバナンス専修に回すといった措置をとるのかどうか? 前年度は,専攻に専任が2人しか(一時的に)いない東アジア文化に多く非常勤を回すという措置をとった執行部ではありますが,同じことはグローバル・ガバナンス専修の専攻にはしないかも知れませんね.ダブル・スタンダードだから.まあそもそも,次年度になると非常勤枠そのものが少なくなるでしょうな.

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All in One Campus は大学の特色ではない

 昨年の今頃であったと思う.大学会館のロビーで埼玉大学のポスターを見かけた.一見して写真が奇麗だと思い,しばらく眺めていた.文字としては「All in One Campus」と書いてあったが,私はその点には気を留めなかった.私と同時に退職する予定の,傍にいた同僚は「All in One Campus って,要するに特色がないということだよね」という.そりゃそうだねと私は答えたように思う.
 最近,「All in One Campus」の標語を見ると,All in One Campusの後にも文字が続いている.「All in One Campus at 首都圏埼玉 多様性と融合の具現化」である.後ろの文字列は最近入ったのか,最初からあったのかは記憶が曖昧である.
 その標語,悪くはない.別に変える必要はない.他に書くことも見当たらない.

 しかしながらこの標語は,埼玉大学にそれほど縁のない方がいきなり見ると,何のことか分からないだろう.私は長く埼玉大学にいたからよく分かる.
 まず「All in One Campus」であるが,大学として備えるべきものがこの一か所にある,揃っている,という意味ではない.埼玉大学にある部局が全部このキャンパス内にある,という意味である.大学にある研究分野や部局でないものの数は多い.文科省の現実の分類では,埼玉大学は「複合型,医なし」であって「総合大学」ではない.病院やスタジアムや放送局がある訳でもない.つまり「この大学にあるものはこの一か所にありますよ」という意味である.
 皮肉に言えば,埼玉大学がこの1キャンパスに収まっているのは,医学部や農学部がないからである.1キャンパスに収まらなくても,医学部か農学部はあった方がよいだろう.また,これまでの歴史で他所にキャンパスを取得するほどの甲斐性というか,発展性がなかったともいえる.
 All in One Campusは,それ自体で評価すべき特色という訳ではない.All in One Campusであるが故に,例えば全部局が出動する教養教育が盛んであるということがあれば(実際はそうではないが),その教養教育を特色というべきだろう.

 All in One Campusの後には「at 首都圏埼玉」という文字列が続く.長くいた私は「なるほど,そうだろうな」と思う.埼玉大学の特色を列挙することを求められたとき,多くの埼玉大学関係者は,第1に東京に近いこと,第2に全部局が1キャンパスにあることをあげるだろう.3番目を言える方は少ない.
 地方に基盤を置くことを求められる地方国立大学の埼玉大学としては,こうした標語に「埼玉」を入れる他,生きる道はない.しかし多くの方々は「ウチは東京の近くだ,北関東3県(群馬,栃木,茨城)とは違う.首都圏南部(神奈川)と一緒だ」という思いがある.なら「東京に近いぜ 埼玉大学」の方が分かりやすい.私はこの,「東京に近いぞ,万歳」という考え方は好きではない.東京が良いなら,東京に多くの大学があるからである.なぜ埼玉なのかが分からない.

 さて,その後の「多様性と融合の具現化」である.この抽象的な文字列は特に,埼玉大学の素人にはまず分からないだろう.実はこの文字列に様々な思いが凝集されている.
 「多様性と融合の具現化」は,具体的には次の2つの様態を指しているように私は思う.第1に,埼玉大学には多様な研究分野があり,それらが共鳴しつつ融合している,あるいは,融合して新しい何かを産むことを目指している,ということを指すだろう.つまり第1に,「共鳴しあう多様な研究分野」とまずいいたい訳であろう.
 第2に,多様な文化的背景のある(簡単にいえば多様な国籍の)研究者,学生がここに集い,ともに学問をする場である(あろうとしている),ということを指すだろう.つまり「グローバルな教育研究環境」と言いたいはずである.
 「多様性と融合の具現化」という概念が内包するであろう2つの様態を述べてみた.他にもいろいろあるのかも知れない.いずれにせよ,「多様性と融合の具現化」という難解な文字列は,見るものに謎を投げかけながら広報空間を漂うのである.

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続・地味な展開のときの悪い予感

 17大学人文系学部長会議に私が最後に出席したのは2015年の10月だった.その会議の承合事項として私は「事務組織の今後の見通しについて」という題を事前に出していた.ちょうどその頃は「事務の一元化」という話が学内で出ているときであった.埼玉大学では部局にあった事務組織を一か所に集めること、それに伴って業務のあり方を変える議論が進んでいる,ただし業務が効率化されるかどうかは不透明である,として,「各大学において、どのような見通しであるかを参考のためにお伺いしたい。」と要望したのである。
 会議当日,あいにくこの承合事項の議論は低調だった.どこも事務職員の削減はあると思うが,大きく動いた大学は少ない.総務系が一元化したという話はあったが,学務系が学部から引き上げるという例は出なかった.ある国立大学の学部長さんは,一度学部から事務を引き上げたが,それを行った学長がまずいと判断して戻した,という.私は思わず「えらい学長さんですね」といったものである.
 個別の状況は分からないので勘違いはあるかも知れない.が,一般論として,まずいと思って元に戻すのは基本中の基本でありながら,なかなか選ぶことはできない.だから「えらい学長さん」という言葉が口をついて出たのである.
 ウチの大学の場合は entrapment が生じるのかな,と想像した.

 社会心理学で entrapment は,文脈に応じて「拘泥」なり「泥沼化」と訳する.戦争が泥沼化することを想起すればよい.よくある事例は企業におけるITシステムの導入であるらしい.あるシステムを導入すると追加でいろんなことをせねばならず,結局コストが膨らむ,ということである.
 私自身がコントロールできない私の中の自動思考は,ウチの大学で何が生じやすいかという想像を導いた.業務体制の改変をしてうまく行かないとなると,さらに弄り回し,それに多くの者が振り回されて疲れ果てる,結局良くならない,というパターンである.これといってやることがない場合,大学の上層部は有り余るエネルギーを組織いじりに投入するのではないか.なぜ組織いじりかといえば,必要だからではなく,やりやすいからである.大学が地味な展開をするときとは,そういうリスクがあるのではないか,という悪い予感にとらわれた.
 この悪い予感が杞憂であれば幸いである.何事もシンプルにやるのがよい.

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続・ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 少し前の記載「ウチの教養学部はどこが弱いのか?」ではこの学部の構造的な弱さを述べてみた.むろんこの学部,強いところもあるのであるが,今は弱さに着目してみたのである.
 この記載では「政治的な事情」での弱さについて述べてみる.政治的とは,いろんな意味でのCampus Politicsを指す.

 まず指摘すべきは,この学部は埼玉大学の中で政治的に最も弱いことである.
 埼玉大学では「理工」と「教員養成」が2大勢力である.この2つは大学運営の中で「外される」ことはない.大学の執行部はこの2つに基盤を置けば盤石であり,実際,この2つを基盤に執行部ができている.法人化初代の学長の出身は理であったが,理と工が一部局化していた.しかし初代学長が最も配慮していたのは教員養成学部であった.2代目学長の選出過程では教員養成学部は排除された格好であったが,教員養成学部のトップと2代目学長はもともと懇意であり,教員養成学部の立場は守られた.2代目学長は文系学部出身であるが,文系学長の常として,理工には最も配慮しているつもりだったと思う.3代目,つまり今の学長の政権は,文字通り理工と教員養成学部を基盤にできている.この3代目の型が埼玉大学の基本形である.
 こうした事情は何も埼玉大学だけのことではない.多くの地方国立大学では,学長は上位2部局くらいの中の何れかから選出され,部局の強さに応じて学内ポスト(理事,副学長,学長補佐…)が配分されるのが普通である.
 部局の強さは教員数,学生定員,資源の大きさによる.医学部がある大学では,医学部は学生数が少ないとしても,その他の資源が大きいので強い.医学部のない大学では,大きい学部は工学部と教員養成学部であり,この2つが強いのが普通である.
 教養学部は,文系学部という軽さの上に,「真水」の教員数は最小であり,何よりも学生定員が小さい.外から見ると教養学部は経済学部と同じでないかと思うかも知れないが,経済学部は学生定員が多く,したがって予算の根拠を持っている.だからこれまでも交渉ができた.教養学部はそれができないのである.
 弱小ではあっても国立時代は問題はなかった.予算などの資源は積算根拠で国から配分されるので,然るべき待遇は自動的に確保されたのである.しかし法人化以後はそうはいかない.各種資源の配分は学内ルールに基づく.そのルール形成過程では,どうしても政治力のある部局に不利なルールはできない.結果,政治力のない部局が割を食う形で落ち着く可能性が出てくるのである.
 だから教養学部は,評価される特長を強く保持しない限り辛いことになる可能性が高い.そのことを教養学部の構成員は理解すべきであるが,なかなかそうはいかないのが現実である.
 少し前,教養学部と経済学部は大学院で合併し,院部局化した.ただし学部は別々であり,ある程度,それぞれの学部はアイデンティティを維持している.ただ私は,大学院での合併の話があった時に,両学部が本格的に単一の部局化することも選択肢であろうな,とも考えた.政治的にはその方が良いかも知れないからである.

 上記は大学全体でのpoliticsの問題であった.が,それとは別に,教養学部は学部内政治によっても弱体化する可能性を宿している.
 少し前の記載「ウチの教養学部はどこが弱いのか?」で述べた通り,学部の性格から,教養学部は内部構造が不安定になる素地がある.組織の内部構造に外から枠がはめられる訳ではないため,どのような内部構造もあり,という考えに走る誘因があるからである.そうした不安定性を回避するために教養学部では専修・専攻体制があった.各専修と専攻にあるべきポスト数の最低ラインも決めていたのである.しかしそのような取り決めは無視して採用人事を決めてよいと学部長が言い出してしまうとどうにもならない.
 専修専攻を無視してどのような可能性があるかというと,早い話が,人間関係に応じてポストが増減するということになる.例えば学部執行部に人を出しているところにポストが付き,人を出していないところは冷遇される,といったことである.
 例えば,執行部に人が出ていない特定の専修,まあグローバル・ガバナンス専修であるが,そこに対しては,長期研修に出た人がいたんだからお前のところは人が要らないんだろう,と正副学部長がいったらどうであるか? 長期研修は研究上の権利として守られているはずであったが,それである専修・専攻に最低ラインのポストもなくなってしまうとすれば,そりゃ,長期研修に出た若い先生は傷つくだろう.自分が長期研修に出たからポストを剥奪されたのか,ということになる.むろんそんな酷いことは,グローバル・ガバナンス専修に対してしか,彼らも言う訳がない.
 こうした不可解な問題が出得るのは採用人事ポストだけではない.実験室スペースにしても,最近の執行部の措置により,現代社会専修はグローバル・ガバナンス専修の実に4倍の実験室スペースを保持するようになったのである.4倍というのはひど過ぎるのではないか,是正があってしかるべきでないかと私が教授会で発言したが,学部長は聞く耳を持たない.なぜか? 良く言えば,人間関係で物事が決まる,ということであろう.
 こうなった場合,学部の構造は流動的になり,何でもありになって行く.組織のエントロピは高まる.同時に,学部としての求心力は次第に衰えてゆくしかない.
 柔軟性は必要としても,大まかな,外形的な基準を作ってその基準で物事を判断して行く,資源を配分して行くことが,弱体化を避けるための方策となるだろう.

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理工の大括り:予定通りの不発

 1年半か2年半前のことである.全学の会議で監事から,理工の学科大括り化(を含む計画)の進行が遅れている旨の指摘があった.異例であるので記憶に残った.その後,偶々ご一緒した理工の高位の方に大括りがどうなっているかと聞いたことがある.返答は意外にも「現状とあまり変わらないものになることで決まりました」というものだった.
 それ以上は触れなかったが,「決まった」というのは意外だった.全学の会議ではその種の話は出ていない.たぶん理工内部の何れかのレベルでそのように決めたのだろうが,状況は分からない.
 その後も理系の大括りの話題はほとんど出なかったように思う.私が理系の大括りに興味を覚えたのは,大括りがきっかけで教養教育などの仕組みに進歩が生じるかも知れない,と思ったからである.だが大括りは事実上ないも同じものに終わった.教員養成の学生定員の処理とセットになるので,昨年の秋には文科省と詰めていないといけないはずである.話はなかなかはっきりしなかったが,新年になる辺りから,何年か前に伺ったのと変わらぬ話で決まったように聞こえてきた.むろん何年か前とは,学生定員の処理が入る点が異なってはいる.
 なんとなくポテチンな結果ではあるが,だからと言って大学が危なくなる訳ではない.単に,地味な展開の事例が1つ増えただけである.
 そもそも,学科大括りに意味があるのは,大括りした上で適用する教育システムに特段のプランがある場合である.そのようなプランがない以上,大括り自体は労力の無駄使いに過ぎなかったろう.

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ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 私は結構長く教養学部長をしていた.その間,この学部をどうやって売り込むかを考えていた.が,そういうことを考えるとどうしても,「突っ込み」を入れるもう一人の自分がいることに気づく.もう一人の自分という悪魔は,そりゃ違うよねとささやく.だから同時に,この学部はどこが弱いのかも感ぜざるを得なかった.
 今思いつくところで,少し述べてみよう.

 第1に,この学部は看板に嘘がある.私の理解では,教養学部は College of Arts & SciencesないしCollege of Liberal Arts である.理系がないのはおかしい.人文学の領域は,少なくとも主要な領域はいると思うが(教員数は不十分である),社会科学も,実は主要なところを欠いている.だから人文学部というのが正しいのだろう.しかしあくまで教養学部として設置され,そのままでいる.
 主要な教養学部は,駒場にしろICUにしろ,むろん理系は存在する.
 だからなぜ教養学部なのか,人文学部でないのか,と説明する折には,精神論でLiberal Artsを述べるしかない.しかし組織論としては後ろめたいところが付きまとう.
 なぜ教養学部となったかという昔話は,人づてに伺ったことはある.「文学部」を希望したがお上にダメと言われ,教養学部にした,と聞いている.が,実際のところを自分で確認したことはない.それでも以前は,理系の先生はおられた.理色の「コース」も存在した.しかし今は消えている.
 私が着任して少しした頃,学部名を人文学部にしようと提案があって(私が提案したかも知れない),教授会で承認したと記憶している.その教授会承認がその後どういう扱いになったかは知らない.たぶん学部名を変えるとなると,設置の手間がかかるだろうと想像する.実際問題,それほどの手間をかける価値はないように思う.その後,いっそ人文学部にしたら,と私は話題にすることもあったが,「人文学部というと文学部になれなかった学部」という印象があり,抵抗がある,だから教養学部でよい,とおっしゃっていた先生がおられた.実際,文学部を称することができるのは,国立では旧帝と旧六までである.地方国立大は人文学部になる.身分的に文学部を称せない,というのが悲しい現状の身分制である.

 第2に,この学部は多品種少量生産学部というか,世間の一つの学問分野の教員数が少ない.だから教育の分野別の質保証を問われると困るだろう.実は国立大学の人文系学部はどこも似たような状況といってよい.そのため,実は私大の人文系学部に比べると弱いのである.
 私は以前,入試広報に携わっていて,問合せに応じることにしていた.問い合わせの中に研究分野を特定して「こういうことをオタクでできるか?」という問い合わせがいくつかあった.記憶に残っているあるケースは,日本古代史が勉強したいという問い合わせだった.当然回答は関係の先生と相談の上である.相談した先生も私も正直なので,考古学ならできるが普通の古代史については専門の先生がいない,もし勉強したい分野が決まっているなら,その分野の先生が多い大学を受験すべきである,と回答した.いろいろ問われると,たぶん,同じような回答になってしまうだろう.むろん,ウチの学部だけの話ではないと思う.
 一分野の教員数が限られることで生じるのは,分野別質保証の問題だけではない.研究上もセンターになるのは難しいことを意味している.今から20年ほど前であるが,私は意見書を学部教授会に出して,学部内の分野を5つくらいに絞り,一分野の充実を図るべきであると言ったものである(そのときに提起したのはその点だけではない).ほぼ全員から拒否された.
 同じ提案を今の段階でするかとといえば,難しいだろう.分野を動かすとすると「完成」するまでに時間がかかり過ぎる.その間不安定な状態でいることには不安がある.また,人文系学部は普通,多くの分野を要するのが当たり前であり,分野を限定することには比較の上でリスクが高い.
 一分野の教員の充実を図るとすれば,似たような学部(当然,他大学の学部である)と統合するしかない.統合とはいかぬまでも高度の連携の可能性はないかと考えて,学部長のときに動いてみたことがある.いろんな意味でハードルが高かったのが実情である.が,もし大学間で統合できるなら,長期的にはその方が良い.教育の質保証だけではなく,研究上の中心になる可能性を担保できるからである.

 第3の問題は組織構造が不定形なことである.理学部であれば基本ディシプリンごとにdepartmentを作るのが常識であり,(少なくとも国立の)理学部はそのようになっている.同じことは法学部や経済学部にも言える.しかし規模のない教養学部は,どう頑張っても十全とは言えず,結果として組織構造を律する原理は特にない.そのため,柔軟に構造を作れるという利点もあるが,その利点はそのまま欠点にもなり得る.組織の規律は外的に決まるのではなく意図的に律さねばならない.例えば,どの部署が維持できるかどうかも確実性は低い,ということになる.
 組織の不安定性は構成員に不安を与える.通常の意思決定者はリスク選好的ではなくリスク回避的であるから,職場の魅力は落ちることになる.
 こうした問題を回避するために,ウチの教養学部では部内組織を明示し,その単位に一定の保証を与えてきた.ただ,こうした組織の線とは別の「配慮」で学部長がポストの使い方を決めてくると,結果として組織は意味がなく,秩序の欠如が結果してしまう.例えば学部長が,執行部に人を出しているところからの「おねだり」に応じてポストを使い,執行部に人を出していないところを冷遇したりすれば,組織は崩れてゆく.こうして生まれる不安定性が組織の凝集性へのダメージとなって行く側面もあるのである.

 以上,思いつくところでウチの教養学部の構造的な弱点を挙げてみた.にもかかわらず私は,教養学部というシステムは優れたシステムになり得ると思っている.文科省が昨今勧める「学位プログラムを中心とした大学制度」は,教養学部というシステムの中で実現できるからである.上で述べた欠点はいずれも,規模が小さいことに起因することを考えて頂きたい.だからいくつかの既存部局がこのシステムに参入する体制を作ることができれば,構造的な弱点を克服した優れたシステムとなることができると,私は思う.

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退職:荷物の整理

 昨日,一昨日と,世間は休日なのに私は大学に行って実験室等の荷物の整理をしていた.荷物の整理には多少の猶予をもらっているのが普通であるが,私だけはその猶予が許されない.学部の現執行部は私(とグローバル・ガバナンス専修)には刺々しいのが実態である.だからこのところ花粉で喘息症状が出ているのに,無理して大学で整理をしていた.何としても3月中に整理をつける.ただ今日は限界で,医者に行こうと思っている.
 荷物の整理は年末くらいから始めている.まず家の中の整理から始めなければならなかった.例によって本棚も買った.しかしある程度家に荷物を持ってきた段階で,果たしてこれらが本当に要るのか,という疑問を感じるようになった.
 昔から持っていて懐かしいから捨てられない,というだけのことのように思える物が多い.本の一冊一冊には懐かしさがあり,ずっと見慣れて来た環境の一部である.が,果たして手元に置いて読むか? この時点で読むことに価値があるか? そう考えると,捨ててよいような気がしてくる.だから懐かしくても捨てよう,という方向で頭が切り替わり始めた.
 荷物を整理していると,ずっと開けなかった箱や引き出しの中に,以前の学生の痕跡が多数出てきた.拘置所に面会に行った時の記録とか.ああ懐かしいな,という思いにふける.ただ,持っていてどうなるのか? そう思って処分に踏み切ることにした.
 整理されない卒論,修論の類が多数出てくる.実は私の実験室には,既に退職された2人の先生が指導した卒論もそのまま残っている.私が着任する前のものもある.既に退職した先生がさらに以前の先生から引き継いだのだろう.それらが皆,この部屋から出てくるのである.整理しようとすると,不思議と卒業年度の記載がないことが少なくないと気づいた.だから卒業年度での整理は諦め,学籍番号で整理することにした.学籍番号の様式も変わっているので,整理は難しい.ウチの大学はいろんなものの様式を,すぐ変えるからややこしい.
 卒論は廃棄してしまうのも1つの方法である.が,私が若干問い合わせたところでは,全部保存している,という専攻の回答が多かった.だからこの部屋に整理して保存しておいて,後の処理は後の先生方に投げておこうと思う.
 20年くらい前,卒論の類はいずれ保管するスペースがなくなる,と私は踏んだ.だから何年かは,私は学生にファイル(お収めたFDないしCDディスク)に表紙を付けて学務に提出するように指示していた.しかしその後,どこかの馬鹿が紙で提出しなければならない,という規則を作ったのである.それでも私は,ファイルも私に送ることを求めていたので,ファイルとしては所持している.そうしたファイルを学部がHDDに収めておけば,保管の問題は消えるのである.
 むろんファイルには,そのファイル形式が何年持つか,という問題がある.電子的な記憶媒体が何年持つのか,という問題もある.だから紙という媒体は便利な面もあるのである.ただ,これだけ普及したワードやPDFの形式のファイルであれば,新たなファイル形式に変換するソフトは出てくるだろう.

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壮絶 ゾンビ大学

 どのくらい前か忘れたが,私が全学の会議に出ていた時にある出席者が次のような発言をされた.「研究機構棟に行くとゾンビのような名誉教授が歩いてるだろ.そういうところで研究室を使うならもっと若い人でスペースが必要なところに使わせるべきだ.」
 この言い方は甚だひどいのであるが,反面,直截にそこまでよくも言ったものだ,という気持ちが沸いて記憶していた.その発言の趣旨は,必要で効果的なところに全学のスペースを配分してくれ,ということである.以前の資料を整理していてふと思い出したことである.
 思い出しながら頭にとどめていると,私の自動的な思考は次のような空想を導いた.

 20XX年,日本では博士課程修了者の増大にポストの数がついて行かず,高学歴失業者問題が深刻化していったのである.政府は数々の方策を考え,大学等に働きかけを強めたが,特段の経費を支出するでもなく,経費削減圧力の下にある大学等は若い研究者を専任で雇用する枠を増やすことができなかった.その間に事態は一層深刻化し,高学歴失業者数は増加の一途を辿った.大学でも,理工系を中心に,テニュアのある専任教員として雇用されるのは50歳に近いことが普通になって行ったのである.
 この事態の中で,ある国立大学の教職員組合は,研究者の生涯賃金が著しく低下しつつあることを提起したのである.すなわち,研究者の多くは若年時に不安定な雇用で低い賃金で働き,専任の職に50近くになって就くものの65歳には退職するため,研究者になること自体が経済的に割に合わないものになりつつある,ということである.
 この提起は多くの大学関係者の間で議論を喚起することとなったのである.ある者は,だから教員の定年年齢を引き上げるのが妥当だと主張した.またある者は,定年を引き上げると若い研究者に供給される職が減り,事態は一層悪化すると主張したのである.
 しかし地方国立大学の西荒川大学では極端な選択をすることになった.在職していても重点化大学に比べて特典が少ないために,定年を引き上げる方向に学内教員の意向は収斂していったのである.定年引上げの考えは西荒川大学から他の地方国立大学へと感染して行くこととなった.
 この事態を目にした教育省は,定年規定は各大学法人が自発的に学内規程で定めるのが原則であるが,現状を変えるのであればその財源措置を法人で確保するとともに,定年の学内規定の趣旨が徹底される必要がある旨の通知を出すこととなったのである.
 だがこの通知は抑制的な効果を持たなかった.教育省が容認すると受け取った西荒川大学が,退職年齢を65歳から一気に85歳までに引き上げることを決めたのである.そのことは当初,驚きをもって受け止められたが,他の地方国立大学も雪崩を打ってその方向に同調し,少なからぬ大学が数年のうちに退職年齢を85歳までに引き上げたのであった.

 これらの教員高齢化大学では,高齢教員の在職者数が増えるに従い,異変が起きてきたのである.
 異変はまず学生から報告された.夜,研究棟を歩いているとゾンビに出会った,亡霊を見た,という類の報告が頻繁に学生課に寄せられるようになったのである.中には精神的なショックによりカウンセリングを受ける学生も現れた.これらの報告は都市伝説として世間に流布され,教員高齢化大学は何時しかゾンビ大学と呼ばれるようになったのである.
 西荒川大学では,学務部が学生向けに特別に通知を出し,多文化共生の趣旨に則り,幅広い年齢層の大学構成員が共生して行くことの重要性を説いたのである.
 他方で学務部は,若年層がいきなり高齢の教員に接触するのは無理があり,徐々に接触して慣れさせる必要がある,という結論に達したのである.
 そのため,西荒川大学では65歳を超える高齢教員に3段階で次のように「ゾンビ度」基準を設定し,その基準によって教員を分類することとなったのである.なお,「ゾンビ度ゼロ」は,65歳未満,ないし3段階の何れにも該当しない教員を指す.
 ゾンビ度1級:18歳程度の若年者が恐怖感を感じる程度
 ゾンビ度2級:メイキャップなしにゾンビ映画に出演できる程度
 ゾンビ度3級:白骨化死体ないし腐乱死体と見分けがつかない程度
そして,初年次の学生にはゾンビ度ゼロの教員が指導を担当し,学年進行に従ってゾンビ度が高い教員に接して徐々に学生が慣れる,というシステムを考案したのである.したがって,学生は4年生になって初めて,ゾンビ度3級の高齢教員を目にする,という仕組みが出来上がった.
 高いゾンビ度の教員が集まる研究教育棟は大学の一角に集められ,その一角は高い塀によって仕切られ,門を通って入るのである.その門は論語に基づいて従心門とされたが,人はその門をゾンビ門と呼んだのであった.
 ゾンビ大学では別の面でも変化が現れたのである.教員の高齢化にともない,在職中の死亡例が増えたが,勤務中に死亡した場合は特に「殉職」として敬意を払うこととなった.年度進行に伴い,この殉職数は飛躍的に増え,大学のホームページには殉職告知の掲示板が作られたのであった.

 数理経営工学研究科 西所沢梅三郎教授,講義中に壮烈に殉職
 文化経済学部 東狭山貞奴教授,発作のなか西荒川大学は不滅だと叫んで殉職
 人文物性学科 南越谷助忠教授,社会物性学会大会で敵を粉砕して名誉の殉職

などの記事が常に並ぶことになったのである.
 退職年齢の引き上げにより,名誉教授称号を生前授与され,最終講義をすることには高いハードルがあることになった.そのため,西荒川大学では最終講義には特別な趣向が用意されたのである.3年ぶりに開かれた最終講義は,ゾンビ度3級の名物教授,北朝霞三之助のものである.最終講義はゾンビ門の中の,最高度ゾンビ館で開催された.開始時には,会場の照明はすべて消され,少しして壇上にスポットライトが当たるのである.壇上には棺のように見える箱が置かれていた.しばらくするとドラキュラのような黒いマントを身に着けた北朝霞が棺桶の蓋を中から開けて起き上がる.この瞬間,出席者からは「おーっ」という歓声が上がった.北朝霞はガソリンのようなものをかぶるや,右手を高くつき上げ,「教育研究に情念を燃やした,わが生涯に一片の悔いなし」と叫ぶ.そしてマントに火をつけ,体は炎に包まれたのである.出席者は再び,「おーっ,ここまでやるか」と口々につぶやくのであった.

 教育省が全国のゾンビ大学の廃校を決めたのはその3年後のことである.

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教養学部は26名の教員定数削減過程をどのように凌いだか?

 埼玉大学を含め,国立大学が法人化したのは2004年だったと思う.その直前の2001年から2003年の間に,私は教養学部で将来計画委員長をしていて,学部内教育組織の再編案の取りまとめをしていた.だからよくわかっているのだが,法人化直前で教養学部の教員定数は63名だった.この教員定員は,法人化した2004年に39名に削減されたのである.まさに4割近くの削減である.
 2003年に取りまとめた再編案とは,教養学部教養学科内に当時あった16のコースを5つの専修課程に統合する,というものだった.それまで,卒業要件が異なるコースが教養学部内に16あり,管理が困難な状況があったのである.その16を5に統合するこのとりまとめには2年ちょっとの歳月を要した.このように苦労して2004年に発足した体制であったが,開始数か月で,教員定数の大幅削減が全学で決められたのである.
 24名の削減といっても,そのうち3は法人化前から進められていた教員定数削減によるものと思う.実際,その3名分は欠員状態にしてあった.しかし残りの21名分は,2004年の夏に全学で決めた(むろん教養学部は反対した)「教員定数の再定義」による.この「再定義」は,旧教養部から各学部に分属した教員ポストを「全学ポスト」とする,というものである.旧教養部からは教養学部への分属教員が多かったために,教養学部が集中的に削減をくらった格好だった.
 この削減も,旧教養部から移管されたポストの教員が退職したら全学に戻す,というマイルドなものであれば影響は少なかっただろう.しかしそうしたマイルドな措置ではなかった.定年退職した教員のすべてのポストはすぐに全学に差し出せ,というものだった.このポストの「返還」には11年,つまり2005年から2015年までと決まった.21のポストを11年かけて返す,というものである.しかしこの間,11年もの間,定年退職する21名分の教員ポストの採用人事は全くできない(定年前に退職した教員ポストの採用人事は可能).だから事実上,計画的に採用人事をすることは11年間できなかったのである.
 この「再定義」は,教養部からの分属分を返還するだけであるから,元に戻るだけであろう,と思われるかも知れない.しかし分属分のポストを前提にそれまで計画をしていたものを,急に戻せ,しかも11年間計画的な採用人事はできない,というところに無理があった.教員が急速に高齢化し,年齢構成に歪みが出ることも明らかだった.
 この教員定数の再定義は,全学的に見ても,その後の全学的な学士課程の運用に影を落とすことになったのである.教養課程を担う教員をゼロに再定義したのであるから,全学の教養課程がやせ細るのは明らかだった.2004年当時,教養学部はその点で「再定義」に反対をした.しかし,教養学部以外は,教養学部が主に削減を食らうことに安堵したのである.しかも,そうやって全学に吸い上げたポストを都合よく使いたいという希望が教養学部以外に満ちていたことも否定できない.

 再定義があった2004年度から2005年度にかけては,私は学部の執行部から離れていた.「離れていた」というより「外されていた」という方が実態に近い.しかし2006年度から2年間,副学部長をした.その後2008~2011年度の4年間は学部長をしていた.その後の2年間(2012-2013)は「グローバル事業」の責任者であったので,学部執行部にいたようなものであり,その後の2年間(2014-2015)は再び学部長をしていた.つまり私が教養学部の執行部にいた期間(2006-2015)は,教員定数の再定義による教員ポストの削減があった期間(2005-2015)とほぼ重なるのである.私はこの10年の期間を,教員定数の再定義に振り回されてきたといってよい.

 削減が進行する期間は組織の下降局面である.その中でいかに撤退戦を戦うかが課題だった.下降局面では希望がなく,士気も落ちる.よくあるのは内部でポストの食い合いが始まることである.下手すると自滅して行く.削減期間が終われば学部は定常状態を取り戻せるはずであるが,その間をどう凌ぐかが問題だった.
 2006年度から,この局面で何をするべきかを私なりに考えた.実は2004年度に削減が決まった直後に,教養学部は削減に合わせた将来計画の提出を学長から求められたのである.しかし例によって,その種の将来計画は混迷を極めて決めることができなかった.2004年度の終わりか2005年度の初めに,「学長に持ってゆくだけ」という前提で,暫定的な計画案を教授会で了承した.その案は今でも,全学の議事録を見れば出ているはずであるが,実際にその案が使われることはなかった.ただ,削減に合わせた学部の将来像は,潜在的には必要だったのである.
 2006年度に私は副学部長になったが,副学部長は将来計画委員長を兼ねた.私はまず削減になるポストの分布を調べ,分野別にほぼ均等な比率で人がいなくなることを確認した.その意味で,学部の組織は全体がほぼ同じ比率で削減されるので,分野の歪は少なくて済む,つまり組織変更は必然ではない,と私は考えたと記憶している.ただ,教員の年齢構成を考えると,じきに年齢が二極化する,つまり高齢者と若年層が増え,働き盛りの中間層が極端に少ない年齢分布になることが困難と思った.高齢な教員に下働きを期待するのは難しいので,少数の者が雑用を集中的に担うしかない状況が削減が終わった後もしばらく続くように思われた.
 この下降局面で行うべきは「公共事業」である.暗くなるところを明るくしないといけない.マインドを上向きにしないといけない.問題はその原資であった.その頃は競争的資金の公募が出始めた頃であり,何か申請できる予算はないかと考えた.目についたのは「大学院教育改革経費」,後の大学院GPである.いくつかの予算について文科省の説明会を聞きに行ったが,この大学院GPについては,文科省は「バラマキをする」と私は踏んだ.そこで学部長に諮って申請することにした.実際に始めてみると申請書を書くのは結構手間がかかり,しかも思ったより申請が多かったので,当初は「出せば通る」と思ったけれども,それほど簡単ではなかった.が,ヒアリングをしのいで何とか採択にこぎつけた.実は金額はそれほど盛り込んでいなかったが,非常勤で任期付きの研究員を2人(芸術論と東アジア文化),短期間とはいえ雇うことができた.多少とも明るい材料になったように思う.
 2008年度からは学長が変わり,私も同時に学部長になった.そのときに私が狙ったのは「教員定数の再定義」をチャラにしてもらえないか,ということだった.再定義は続けると新学長からはハッキリ告げられた.ただそこで引き下がる訳にも行かず,教養学部の苦境を全学の会議では述べ,学長にも資料を持ってゆく,といったことを続けて辟易されたかも知れない.ただ新学長からの理解もあり,教養学部には「補強」のためにポストを付ける,という話が持ち上がった.そこで新たなポストを前提にした学部の将来計画を作り始めた.が,ポストを付けるという話は,持ち上がった後に沙汰止みの期間が長く,あの話はどうなったのかと催促に行こうと思った矢先に学長側から回答を頂いた.准教授ポストを4つつけてくれるという話だった.ポストの数は最初の話より少なくなったのであるが,後から考えるとやりくりの中で精いっぱいの措置だったろうと思う.同時に注文が付いた.新たに付けるポストは削減への補てんには使うな,新しい学部の方向性を出せ,というものだった.その当時,「グローバル」がキーワードになりつつあったので,教養学部もグローバル化を目指す,社会科学は「グローバル・ガバナンス」を,人文系は「国際日本学」をキーワードに,学部全体でグローバル化を目指す,という計画を作って教授会了承を経て学長には了解を得たのである.この4ポストは国際関係論と国際開発論,日本語学と日本表象文化で人事をすることとなった.
 この補強は,同時に部内専修課程の組み換えと同時だった.専修課程の組み換えはこの補強以前から議論していたが,その際の問題を解決することが補強によって可能になった側面もあった.教員再定義からの学部組織の計画の課題がやっと果たせたといえる.当然ながら,削減によって教員が減っても成り立つ組織であることが前提だった.
 この補強があってからの2年間で,グローバル化の方針の通りに,学部からの交換留学生の数は飛躍的に増えた.むろん,全学で始めたGYプログラムに触発された面もあるが,新規にできたグローバル・ガバナンス専修のシニア教授の活躍も大きかった.その2年間の成果を基礎にして,学部長の任期が終わるころに,私はグローバル人材育成促進事業への申請の準備を進めた.幸い採択されたので,教養学部としてはその間は,必要と思えた「公共事業」をすることができたと思う.このグローバル事業の期間に,教員定数の再定義で予定された最後のポスト削減もあったのである.

 2012年に学部長を退任してから2年後の2014年に,私は再び学部長になった.が,それは教員定数の再定義とは別の事態に対応するための一時的な就任である.その件については別の記載としたい.ただ,その間の2015年度にも全学で教員削減の話が持ち上がり,結果として教養学部はさらに2名の削減をすることとなった.法人化直前と比べると,計26名分の削減である.しかし,他大学ではこの間に恒常的に教員削減が生じており,2006年以降に全学で教員削減が話題にならなかったのは,2006年度に大幅な削減をしていたためと私は理解している.今回の削減は2006年度の削減とは異なる公平な定率削減であり,その規模から考えると個別部局にさほどのストレスをもたらすものではない.教養学部も現行体制の圧縮によって対処できるはずである.部局運営が正常であれば容易に乗り越えられるだろう.

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地味な展開のときの悪い予感

 調べることがあってウチの大学のホームページに入った。見ているうちに、ウチの大学の計画のページを眺めることになった。2つの計画が載っている。1つが平成25年から30年にかけての基盤強化のプランであり、2つ目が平成28年度から33年度にかけて、つまり第3期中期計画期間にわたる機能強化の取り組み(全体パッケージ)である。以前、この両方をずいぶんと眺めていたものであるが、間を置いてあらためて目にすると感じるところはある。むろんここでは論評しない。
 この両方とも、当事者の考えは別にして、外目には新たな何かに踏み込むプランではない。だから、その計画がうまくいこうがいくまいが、目立った展開があったと外目に感じさせるものにはならない。実際の経過を考えても、第3期中期の期間はウチの大学は、鳴かず飛ばずと言わぬまでも、地味な展開になるだろう。
 地味で悪いという訳ではない。その間に英気を養って次に備えようと考えればよいのである。大学の構成員にとってはハッピィかも知れない。そうポジティヴに考えておこう。
 ではあるが、悪い予感もないではない。

 まあなんというか、経営者というのは、暇だと余計なことをするじゃないですか。さしたる展開ができないときにできることといったら、まあ、内部の組織いじりとか、規則いじりとか。そういうものって、右にあるものを左に移すようなもので、やらなければそれで済むのですが、暇だと理屈をつけてやろうするじゃないですか。自己の存在をかけて。それでまたいろいろ、弄り回しが始まるのではないか、という心配もあります。
 組織いじりといえば、強いところはいじれないので、弱いところが弄り回される宿命にあるのが常ですよね。右に行ったり左に持っていかれたり、名称が何度も変わったり、と。傍から見ていると、玩具にされているようでかわいそうですけれどね。
 一番困るのは基幹的な作業のやり方を変えられることですな。それまで一定のやり方を前提に蓄積してきた経験を、また最初から手探りで蓄積しないといけない。なんでそんなことで時間を使わないといけないの。だから今、いろんなところで仕事が止まっていますよね。
 役員の方は自分の代のことしか考えないでしょうが、下々の者は役員が変わるとまた変えられてしまう訳ですよ。彼らの自己満足のレガシー作りに、なんで付き合わないといけないの、という感じですな。
 そんなくだらないことに付き合わせるんだっから、外回りして金取ってきてよ、というのが下々の本音であります。

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役員がダメでもウチの大学は潰れない

 今年、世界情勢にはダイナミックな展開があった。悪い意味でダイナミックだった。そんなことに目を奪われている間、時折ウチの大学に関する情報も入って来た。どれもこれも、意外なほどショボい展開であるな、というのが私の感想だった。まあ、なんかもう少しあるだろう、という言葉がつい口から漏れた。
 しかし年末になるとここは大人の対応でものを考えるべきだろうと思い始めた。まあ、長閑でいいんじゃないの、ということである。
 そもそも、外側の社会の構造が今のままである限り、ウチの大学は、鳴かず飛ばずのことはあっても潰れることはない。大きな事業には乗り出せないような仕組みの中にいる。それほどの経営権はないのである。だから大きな失敗は、したくてもできない。また、アクシデントとしても、大きな損失を出せるほどの内部構造をウチの大学は持っていない。だから役員にもさしたる才覚は求められない。どこで金を節約するかといった程度の小才を働かせればやって行けるのである。潰れるところまでは行かない。
 そういうと自虐的に聞こえるかも知れないが、ものはポジティヴに考えようである。なるべく不満を漏らす人が出ないよう長閑に運営する。それが平和でいいんじゃないの、という気がして来る。

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私の大学の教養教育がダメであるのには102番目の理由があってだな

 つい先日、部内で会合があった。その席上で披瀝されたのが、全学の教育企画室が検討しているという教養教育の案であった。若干の議論が交わされた。
 その場の議論は学部の然るべき役の方から伝えられるべきことである。だからここでは触れない。だが私見を述べることに躊躇は要らないだろう。
 その案自体は論ずるに足らない。
 重要と思えるのは、教養教育は本来、学士課程全体の中でしか設計できないことである。教養教育をそれだけで論じる限りは些末な議論にしかならない。教養教育はいわゆる専門教育とともに設計しないと意味がない。問題は、学士課程全体の再設計をする力が大学にあるか、という点である。
 ありそうにない。

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私の大学の教養教育がダメであるのには101の理由があってだな

 どこの大学とは言わぬが、私が勤めている大学の教養教育は惨めなものである。どの大学も苦しいのが内情とはいえ、ウチの場合は水準が低い。教養教育の消滅を回避するのが精いっぱいといってよい。実態として教養教育の部分が次第に、軽く薄くなっている。法人化の当初は教養教育の特色をアピールしたものであるが、今は何もアピールできない。他の多くの大学では、教養教育を超えた新たなプログラムを競いつつあるが、同じことができる状態ではない。外部委員も教養教育の計画が大学の公式計画に書いていないことに不満を漏らすほどである。

 なぜこうなったのか? 偶然的要因と構造的な要因がある。
 偶然的要因とは、第1に学士課程の教育が大学としての重点から外されてきたことである。だから教養教育は、資源削減の対象にはなっても投資の対象にはならない。第2は、平たくいえば担当の責任者にセンスないし才覚がなかったことである。前者はある意味、構造的要因のように見えるかも知れない。が、同じ立場を将来的に長く保持できるはずはないので、あえて偶然的要因に数えておく。
 構造的要因とは、教養教育を担うべき教員ポストが法人化の初年に全学吸い上げと決まったことである。いわゆる「教員定数の再定義」がそれである。全学に吸い上げられたポストは削減などに使われたはずであるが、その実態は知られてはいない。そこで教養教育の担い手が曖昧なままになり、教養教育に充てる人的資源が不安定になることを余儀なくされた。既存部局は教養教育分のポストを持たずに教養教育の負担を抱え込んでいる。
 多くの大学では、旧教養部の教員定員は、既存部局に分属になるか、新たに作った別組織に配属されることが多かった。しかし旧教養部の定員ポストを継承した部局は、そのポストの分だけ教養教育の担当を引き続き負っていることが多い。そのために、問題はあるにせよ、教養教育を担当する教員ポストは結果として確保されている。むろんその上で部局には教員ポストの削減が多かれ少なかれ起こり、全体として教員ポストは削減されているだろう。しかし教養教育担当分の人的資源は他と同率で削減にはなるだろうが、なおも捻出できる状態が続いている。

 法人化の初年にこの教員定数の再定義を提起した時、間抜けにも、それで教養教育に問題が生じることに時の全学執行部は気づいていなかった。正式に教員定数の再定義を決める段階になると気づいたようであるが、既に遅かった。学内のいろんな所が、全学に吸い上げたポストに目を輝かせ始めてしまったからである。教養教育を考えるべき理性は、欲の前にかき消されてしまったというべきである。
 かくして、教養教育は担当の負担をどうするかの問題に常に直面することになった。社会的ディレンマ(特に公共財供給)のゲーム実験のような経過が展開したのは不思議ではない。当初こそ人は協力意志があるものの、協力は漸減する運命に見舞われた。そのため、時が経過するに従い、教養教育は軽く、薄く変化している。大学の財政のひっ迫が追い打ちをかける。頼みの非常勤枠にも余裕はなくなるからである。じきに、負担を軽くするために大学教育とは呼べない代物になるのではと、私などは危惧してしまう。

 何とかする方法はあるにはある。が、何とかするだけの企画力と実行を促すリーダーシップが発揮されることがあるかといえば、これまでの経過を考えると難しいように思う。

(この記載は2020年代を想定したフィクションです。)

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九州大学の新学部

 朝日新聞サイトを眺めていたら「九州大が『共創学部』新設へ 文理融合掲げ留学も義務化」という表題が飛び込んできた。2018年設置というから、設置の書類を出すのは2017年度であり、文科省との詰めは既に最終段階にあるはずである。
 九州大学のサイトを見ると、大々的に?宣伝していた。やはり、新学部ができると万歳なのである。

 この学部が、朝日新聞が書くように「文理融合」を称するものなのか、疑問も感じた。九大のサイト記述によると「文理融合」は強調しておらず、ある種のグローバル学部であるという印象が強い。ただ「学びの特色」の第1が「文理を融合したカリキュラム」であるから、その程度の意味では「文理融合」なのだろう。

 同じく2018年設置で、ウチの大学も動いていた訳であるが、ウチの大学の場合、どうなるかの公式の説明はまだない。むろん風聞は流れている。風聞の限りでは、公表することでアピールする代物かどうかも不確かである。
 ウチの場合、考え始めたのは今年度に入ってから、という付け焼刃なのだから、結果にこの差があって仕方ない。ろくに検討せずにアタフタする、という姿を何時まで続けるのだろうか。正直、この九大新学部くらいの構想であれば、ウチの大学でも作れただろう。ただし、九大の場合は平成25年度の時点で、いやそれ以前から、その基盤への投資をしていた。九大は常識的に動いていたのである。ウチの大学は、大学院中心という、非常識な逆張り行動を取り続けていたのであるから、この結果の差はあるべくしてあったというしかない。必ずしも「身分の差」に原因を帰して済ませるべきではないように思う。問題の第1は初手の方針が間違っていたこと、第2は企画力がなかったことである。

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西荒川大学世界一

 いつものように早起きした北宮代格之進は、しばらく縁側で物思いにふけっていたかと思うと、身支度を始めた。西荒川大学に行く、とだけ妻に伝えて家を発った。

 北宮代は長く西荒川大学で教授を務め、10年ほど前に退職したのである。数日前、旧知の元同僚と話す機会があり、それ以来、昔の記憶を思い起こしていたのである。あの場所をもう一度見に行かねば。そう思って北宮代は西荒川大学を目指したのである。

 私鉄の西荒川東部鉄道に乗り、何度か乗り換えてJR北西荒川駅で降りた。駅周辺の様子は、この間に変わったようでもあり、昔のままのようでもある。バス停の位置が変わっている。駅前の交番でバス停の場所を尋ねた。昔のように西荒川大学のバス停はあるが、路線はとうに変わっていたのである。バスに乗ると、昔のように西荒川大学までの道が連なる。その情景に見覚えがあるものを感じながら、北宮代は自分が西荒川大学に近づいていることを感じるのであった。
 西荒川大学というバス停で北宮代はバスを降りた。
 かつてここに西荒川大学があった。今はバス停の名前としてのみ、西荒川大学はその名を留めていたのである。
 西荒川大学のバス停付近は西荒川大学記念公園になっていて、かつて正門近くにあったモニュメントがそのままの姿を現していた。このモニュメントを眺めながら北宮代は何十年かを西荒川大学で過ごしたのである。
 モニュメントの傍には石碑がある。石碑には、「嗚呼北羽生助三郎君世界一」と刻まれていた。
 この付近、つまり西荒川市欅区の人々は、石碑にある北羽生助三郎なる人物が西荒川大学の学長であったことは知っている。しかしその名の下に刻まれた「世界一」が何を意味するのか、何の世界一なのかは、欅区の七不思議として伝えられていたのである。
 北宮代はこの石碑を懐かしく眺めながら、昔の記憶が彼の脳裏に溢れ出すのを感じたのである。

      ***

 その頃、我が国の国立大学は、研究で世界を目指す大学、世界を目指す大学の振りをすることが許される大学、人材養成に特化する大学、の3つに整理されつつあった。西荒川大学は3番目、つまり人材養成に特化する大学に分類されていたのである。しかし新たに学長に選出された北羽生助三郎は、人材養成に特化しつつも研究で世界を目指すことを標榜したのである。北羽生の周囲には熱心な同志が集まった。産業技術学部教授の北宮代格之進もその一人だったのである。
 北羽生助三郎は次々と、研究を促進するための措置を打ち出していった。しかしそのような予算の使い方をすることに、事務局長だった竹ノ塚又八は時折、苦情を呈したのである。今の予算を前提にすれば、効果を出すのは難しい。なら、本来の大学のミッションに忠実に予算の使途を決めるべきではないか、というのが竹ノ塚の立場だった。北羽生は竹ノ塚に会議では同意するものの、実際の行動は何ら変わらなかったのである。北羽生と竹ノ塚の間には次第に距離感が生まれて行ったのである。
 仲間の会合で意見交換しながら、北羽生は次第に、「やはりノーベル賞をとらないと始まらない」と考え始めたのである。しかしノーベル賞を取るネタは、むろん学内には見当たらない。苦慮した北羽生は、西荒川大学の卒業生の中にノーベル賞を取る者を作り出す方策を考え始めた。
 北羽生はそのため、優秀な学部生をノーベル賞を取りそうな大学、研究室に院生として入学させる方策を取り始めたのである。この北羽生の方針には理工学部の執行部から異論が出た。それでは優秀な学生が本学の研究科からいなくなるではないか、という点である。この異論には事務局長の竹ノ塚も同調した。
 しかし北羽生はきかなかった。卒業生にノーベル賞を取らせるのは西荒川大学の地位を高めるためである。そのことは人材養成のミッションに適うだけでなく、将来的に西荒川大学が研究で名を成すための布石である。今は辛抱すべきだ、と北羽生は繰り返した。
 北羽生は成果を待ったが、当然ながら、北羽生の企画は何十年かの時間を要することである。すぐに成果は出ない。そのことを思い知らされた北羽生は焦りを感じ始めた。実はその頃、研究大学院は内部での人材確保ルートが確立したため、西荒川大学出身の院生が目だった研究に関われる機会は以前よりも少なくなっていたのである。
 何時まで道楽を続けるのか、と竹ノ塚からは苦情が出た。北羽生は黙り込むことが多くなったのである。
 北羽生が欝々としながら仲間の意見交換会に出ているときのことだった。出席した1人の教授が、そういえば、今度ノーベル賞をとった〇〇は、うちの卒業生と△△大学院の同級であり、友達であるそうだ、と口にした。そのとき、北羽生の眼が光った。なに、友だち? 友だちがノーベル賞をとったということは、ウチの卒業生が多大な影響を与えたに違いない。これは大きな成果ではないか、と言いだした。
 北羽生は全学の会議で、ウチの卒業生の友だちがノーベル賞をとったことは、我が大学の大きな成果であり、祝賀会を催すべきだと主張したのである。出席者の西所沢副学長が、馬鹿馬鹿しいから止めろという。事務局長の竹ノ塚も、いくらなんでも恥ずかしいから止めてくれと発言した。しかし北羽生は言いだすときかない。すぐに新聞社への発表をする手配をさせたのである。竹ノ塚は渋々認めた。まさか新聞社も馬鹿ではない。それで「おめでとう」とは言わないであろう、北羽生もその様子を見て諦めるだろう、と踏んだのである。
 西荒川の地方紙幹部を集めた記者会見が行われた。この度のことは喜ぶべきであり、我が大学の大きな成果であると、北羽生はとくとくと説いたのである。その後で新聞社側の質問に移った。地方紙の雄、西荒川新聞の代表が発言を求めた。だが質問相手である北羽生の異様な熱意と顔の迫力に西荒川新聞代表は押され、思わず「おめでとうございます」と言ってしまったのである。西荒川地方を代表する西荒川新聞のこの反応を見て、他の各紙の代表も、こういう場合はおめでとうございますというものと思い、次々と「おめでとうございます」と続けたのである。事務局長の竹ノ塚はその様を、「まさか」と思いながら眺めたのであった。
 記者会見でのこの成功に気をよくした北羽生学長は、次に大々的に祝賀会を開くと言い出したのである。

     ***

 祝賀会は多くの学生と教職員を集めて開かれた。北羽生学長は西荒川大学の旗を背にして演説を始めたのである。北羽生の演説は、自らの西荒川大学への愛情を語ることから始まった。そして西荒川大学がいかなる歴史を経たかを続けた。語りながら北羽生は時折、涙ぐんだ。竹ノ塚が客席を見ると、北宮代教授らの北羽生の取り巻きもまた、涙ぐんでいたのである。竹ノ塚はその異様な雰囲気に押された。
 演説は中盤に至って次第に熱気の度を増していった。それと反比例するかのように、聴衆は白々と静まり返っていったのである。
 演説が終盤に差し掛かろうとしたとき、北羽生は嗚咽の後にひっひっひという声を発した。観客席の竹ノ塚は戦慄を覚えながら隣の総括企画課長の肩を押した。おい、おかしいぞ。竹ノ塚はそうつぶやいたのである。「学長は興奮している。おかしい。演説を止めさせて学長室に連れて行け。今からだ。」竹ノ塚の指示で総括企画課の数名が壇に上ろうとしたとき、北羽生はいきなり上半身の服を脱ぎ捨て、後ろにかかっていた大学旗を引き下ろして両手で掲げ、「西荒川大学、世界一だ、うぉー」と叫んで観客席に飛び降り、中央の通路を駆け抜けて会場の外に走り去ったのである。
 一瞬呆気にとられた竹ノ塚は、気を取り直し、学長の後を追い、「続け」と叫んで総括企画課の職員を呼び戻したのである。北宮代ら、学長派の面々も続けて会場の外へと走った。
 会場の外に出た竹ノ塚らの見たものは、北羽生助三郎学長がウィニングランのような姿で大学旗をはためかせながらキャンパスを駆け回っている姿であった。何ということだ。こんなことがあるのか、と竹ノ塚はつぶやいた。
 竹ノ塚は素早く総括企画課の面々に指示を出した。学長を止めろ、いや、取り押さえろ。乱暴なことをして構わん。取り押さえて学長室に閉じ込めろ。いいか、こんなところを人に見せる訳にはいかん。
 総括企画課の面々は四方から北羽生学長に近づき、取り押さえようとした。しかし北羽生は素早い動きとフットワークでそのことごとくをすり抜けたのである。大柄な職員が北羽生にタックルしようとしたとき、北羽生は高く宙に舞ってそのタックルもすり抜けた。そのとき、観衆一同からオーッという歓声が上がった。観衆は次第に、助三郎に走れ、走れと歓声を向けるようになったのである。
 北宮代はその光景を見ながらつぶやいた。何のために走るのだ。何のために走るのだ、助三郎。
 走りながら、助三郎の脳裏には数々の思いがめぐった。私も、西荒川大学は人材養成に特化してやってゆくしかないと思ったことがある。そうだ。だがそれは、ほんの気の迷いだ。私は疲れていたのだ。研究を進めずして何の大学か。もう私は迷わない。私は迷わない。私は走るぞ。世界を目指して走るぞ。
 竹ノ塚がつぶやいた。お前の気持ちはよく分かるぞ、助三郎。だがそれがお前の取る道か? 西荒川大学学長として選ぶ道なのか。研究を止める訳ではないのだ。研究は十分できるのだ。ただ、大学として人材養成の事業を進める他はないではないか。目を覚ませ、助三郎。
 北宮代ら、学長派の面々は涙を浮かべながら口々にささやいた。ああ、学長が走っている。助三郎が走っている。俺たちの夢を、西荒川大学の希望を背負って、助三郎が走っている。駆け抜けろ。走り切れ。
 竹ノ塚が叫んだ。早く学長を取り押さえろ。引き倒して組み伏せろ。殺しても構わん。こんな姿を世間の目にさらすな。大学の外には出すな。
 次々と現れる追っ手を振り切りながら助三郎は叫んだ。ついに世界に躍り出たぞ。西荒川大学はノーベル賞を取ったぞ。世界一だ。ハーバードを抜いたぞ。カリフォルニア工科大学も抜いたぞ。千葉大学も相模工科大学も抜き去ったぞ。世界の頂点に立ったぞ。
 北宮代も叫んだ。走り抜け。世界を駆けろ、助三郎。負けるんじゃねぇ。こんなところで負けるんじゃねぇ。お前はラグビーやってりゃ、日本一。いや、世界一だって目指せたんだ。走れ。走れ助三郎。
 助三郎もつぶやいた。何のために走るのだ。こんな苦しい思いをしながら、何のために走るのだ。愛のために走るのだ。私には西荒川大学への愛がある。愛と誠の力を、西荒川大学の真の姿を、今こそ教育省の役人どもに見せてやる。走るぞ。走れ、助三郎。
 正門に近づいた助三郎は、ウォー、西荒川大学、世界一だぁと叫びながら正門を抜けて道路に飛び出したところを、走ってきたダンプカーに追突されて即死したのである。

 次の日の朝刊は、西荒川大学学長北羽生助三郎が交通事故で死去したことを伝えたのであった。北羽生亡き後、西荒川大学は新たな学長を立てながら孤軍奮闘を続けたが、3つの国公立大学が合併してできた両毛大学に吸収合併された。北羽生の死去から10年後のことである。西荒川大学の名は、記念公園とバス停の名称としてのみ、残ることになったのである。北羽生に心酔していた北宮代格之進も、北厩橋県の霧雨キャンパスで定年を迎えたのである。

 かつて西荒川の地から世界を目指した男がいた。その名は北羽生助三郎。

 助三郎、お前はグレートな男だぜ。小雨が降り始めた西荒川大学記念公園で、北宮代はそうつぶやいたのである。

(この記載は『1・2の三四郎 』へのオマージュです。)

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国立大学の学費値上げ

 今となっては1年前のことである。2015年10月26日の日付で財政制度分科会の資料が公表された。この資料には国立大学の運営費交付金を減額し、同時に自己収入を増やし、両方の額を等しくするという将来プランが書かれていた。国立大学関係者がえらく反発したのは当然である。しかし、経営者という訳ではない私は、「そう言われてしまえばもっともだなぁ」という感想を抱いたものである。むろんこの資料で使われている数字は財務省に都合よく選択されているという説がある。それはその通りかも知れない。しかし全体のストーリーラインはよく整理されているように思った。
 ウチの大学は、上位国立大学を含めた一般の数字に比べて、実は運営費交付金への依存度は低い。実態は教育中心の大学なので、学生数が多く、したがって収入全体に占める授業料収入の比率はもともと高く、学生納付金収益と交付金の比率はそれほど違わないのである。だから、上記の財政制度分科会のプランをウチの大学単体に適用するなら、授業料を少し上げるだけで運営費交付金と学生納付金の均衡は達成される。そういう意味では、同分科会プランはそれほど脅威ではないはずである。
 しかし現実には脅威である。運営費交付金の額は大学単体ごとに決まる訳ではなく、国大全体で決まって来るだろうから、運営費交付金を多くもらっている上位大学に、ウチの大学も付き合わなければならない。

 既に多くの大学関係者が、国立大学の財政苦境の解決法は学費の値上げであることを理解している。だからと言っておいそれとは口にできない。口にすることはババを引くようなものだからである。文部科学省も、学費値上げを促したくても、学費値上げの旗は振らない。あくまで国立大学が自身の判断で値上げを決断することを促すだろう。だから学費値上げにたどり着くことはなかなか難しい。当面できることは国立大学がそれぞれに「貧乏物語」を語ることを通して、値上げ止む無しの世論を作ることくらいだろう。
 もし値上げとなればウチの大学は相対的により潤う。もともと運営費交付金の依存度は低いので、交付金減額率の負の効果は小さい。学生数が予算規模の割に大きいので、収入の増は相対的に大きいはずである。外部資金が取れていないのは、自業自得なので論じても仕方がない。
 その理屈は分かっているので、財政難に応じた基本組織の変化を本気で考える人はあまりいない。学費値上げまでどうやって凌ぐかの問題であると、多くの人が思っている。

 仮に学費値上げになると、どのような変化が生じるだろうか?

 第1に、学費の値上げで生じた余裕は、学生サーヴィスにつながる項目に使うことをハッキリ公表する(その通りにする)ことになるだろう。学費を上げただけの効果が支払者に還元されることを明示しない限り、学費値上げはできない。学費を値上げしてその分を、例えば研究費に使いますとはまず言えない。
 第2に、大学にしても文科省にしても、授業料本体の値上げは小さく見せたいので、授業料の値上げ分のある程度を設備費や施設利用費といった Tuition 以外の fee として徴収することになるだろう。feeについて言えば他の使用はできない。
 第3に、分野別の授業料設定は必然になるだろう。一律に授業料を上げると文系では私大との差がなくなる。理系であれば授業料を上げてなお、私大に比べればかなり安いのである。理系の値上げ分は設備費や教材費といったfeeの設定で吸収できるかも知れない。
 第4に、国立大が学費を値上げするとすれば、豊かでない学生用の奨学金(ないし授業料免除枠)をかなり大きく設定することになるだろう。私大の場合、授業料の実質値下げを授業料免除枠の拡大という形で実施すると思う。その場合、授業料免除適用者は「大学が確保したいタイプの学生」になるものと思う。が、国立の場合は、その建前からすれば、出身家庭の所得の低い層に授業料免除を適用するのが主にならざるを得ないだろう。
 第5に、一番つらい問題は、学費の値上げによって国立大の受験市場における優遇が当然ながら浸食されることは避けられない。今、国立大文系に生じている苦労が、理系にも及んで来ると言った方がよいかも知れない。その影響がどれほどかは、何とも言えない。
 最後に、学費を上げてなおも客を確保するためには、それ相当の付加価値の約束をせざるを得なくなる。問題は、ウチの大学の場合、その準備が他の国立大学より何周か遅れをとっていることである。

 単純にいってしまえば、学費を値上げすることの効果は、国立大が構造的に私大に近づくことだろう。それでなおかつ存在意義を主張することは、国立の上位大学にとっては可能であろうが、地方国立大には辛いかも知れない。

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大学貧乏物語

 1年近く前のことである。ウチの大学がNHKの夕方の番組で取り上げられる、という話が伝わった。それは宣伝になってよいね、と部内で話し合ったものである。
 その番組を私は見ていない。が、ご覧になった方がある会合で話題にした。その番組、最初のうちは良かったんだけれど、大学にお金がないという話になって、古いコンピュータを無理に使っているような内容になった。あれでは受験生が逃げるではないか、あんなこと放送させちゃダメじゃないの、というものだった。

ヘ(゚∀゚ヘ)  アホですね。何考えてんでしょうね。
´ω`)ノ 私は見てないからなぁ。
(`δ´)  そりゃ、ダメだよな。金がなくてもやせ我慢して、あるような顔をしないと、学生は来ないよね。あそこ行ったら、ひどいんだぁ、になっちゃうもんな。

 そんな話があったので、番組を見ていない私はNHKのサイトでその番組の情報が出ているか、調べてみた。ウチの大学の番組のページがあった。確かに、貧乏くさい写真入りで番組の紹介が載っている。この大学、いいですよぉ、というよりは、頑張っていますけれども今の国立大学は財政的に苦しいです、みんな暗い顔して議論してます、という感触が強く出ている。
 この貧乏くさいストーリーラインを考えたのは、NHKなのか、ウチの大学なのか、そこは私は存じ上げない。NHKも「貧乏」というテーマで話を作るのが好きなところがあるので、そういう見方で番組を作った可能性もある。

 ウチの大学が予算を切り詰めているのは事実であり、財政的に厳しいことは私も実感する。ただ、予算が極端に削減された訳ではなく、どのような方針で、どのような優先順位で大学を運営しているか、という問題もある。一概に金がないといえるのかどうか、そこは多くの大学構成員にとって、よく分からないことだろう。

 ウチの大学の内外には、このままでは大学はやっていけない、これだけの国からの予算が必要だ、と(世間なり政府なりに)申し入れろ、という意見がある。
 しかし、そのような申し入れをすべきか、できるのか、という点で私には疑問が残る。
 第1に、そのような議論を世間に振り撒いた場合、ウチの大学は「存立が危ない大学」であると宣伝するようなものである。受験者は逃げるだろう。そんな危ない大学に子供を送ろうとする親もいない。広報的に、そんな議論をするのは無理と思える。
 第2に、それならまず、自己収入を増やす努力をしなさい、になるだろう。自己収入とは、畢竟、授業料を上げることである。現状では国立大学は一定の範囲で授業料を設定できる。まずそれをしなさいの話になるだろう。
 大学関係者にもずれた方々がいて、国立大学の役割は等しく教育機会を与えることであるから、授業料は上げられないと論じる方が(まだ)おられる。しかしそう論じる人は、法人化をする前後の議論を知らぬのだろう。貧しくても大学教育を受けられることは重要であるが、対処としては貧しい人への個人補助をすべきであり、機関補助として大学に金を付ける必要はないのである。そもそも所得が低いことは国立大学の入学要件にはなっていない。金持ちでも国立には入っている。国が貧しい人への奨学金を充実させることが正攻法ではあるが、そうしなくても、一般の学生の授業料を上げて、貧しい学生には授業料を免除(ないし奨学金付与)すればよい。そこは大学の判断でできることである。
 あのNHKの番組のように、理系の教育に必要なPCが買えないというなら、理工系学生からは設備費を取ればよいだけだろう。貧しい学生には、むろん免除すればよい。
 第3に、大学にお金をくださいという主張は、一大学でやれることではなく、一群の大学(例えば地方国立大学群)がやるしかないが、社会的ディレンマが働き、どの大学も自らは何もせずに他大学に先頭を切って主張することを期待することになるだろう。結局は言い出せずに終わる可能性が高い。

 今後の財政展開から考えて、ポジティヴなシナリオの可能性は2つしかない、と個人的には昔から考えている。1つは経営陣にお金を取って来てもらうことである。むろん、誰か都合の良い方を学長にすればお金を取って来られる、というものではない。投資を呼び込めるだけの大学のプランを作る必要がある。そのためには、地方国立大学の場合、複数の大学を経営統合する以外にないだろう。
 もう1つは、今の大学を低額の予算で成り立つような構造にすることである。ただその構造とは、今の執行部が掲げているものと同じではない。
 何れかを選択すべきであるが、何も選択できず、現状のまま少しずつ予算を切り詰めて生き残ろうとすることが、現実には一番選ばれやすいと思ってしまう。

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融合科学研究科

ヘ(゚∀゚ヘ)  千葉大に、融合科学研究科ってのがあったんだね。
´ω`)ノ えっ、どこかで聞いた研究科の名前だな。中身は何だい?
ヘ(゚∀゚ヘ)  これによるとだね…。うー、ナノサイエンス専攻と情報科学専攻だな。
´ω`)ノ ウチで話があったのと、似ているじゃない?
(`δ´)  どの段階の話かによるが、ウチで言ってたのとは違うと思うぞ。
´ω`)ノ ウチのはどういう話でしたかね?
(`δ´)  思い出せんな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  ウチのは、その後どうなったの?
(`δ´)  それについては話題にしてはいけないことになっている。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、あの融合科学、どうしたんでせうね?
      ええ、夏、虎ノ門から西荒川へゆくみちで、
      谷底へ落とされたあの融合科学ですよ。

      母さん、あれは好きな科学でしたよ、
      僕はあのときずいぶんくやしかった、
      だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。


´ω`)ノ ウチの融合科学って、工学と経営管理との融合とかじゃ、なかったの?
(`δ´)  そこも、どの時点かによるよな。たぶん。
ヘ(゚∀゚ヘ)  結局、よくわかんないですね。で、その後どうなったの?
(`δ´)  それについては話題にしてはいけないと、いっただろ。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、あのとき、向こうから若い郵便屋さんが来ましたっけね、
      赤いバイクに乗った。
      そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
      けれど、とうとう駄目だった、
      なにしろ深い谷で、それに草が
      背たけぐらい伸びていたんですもの。


´ω`)ノ ここを見るとだね、この融合科学研究科と理学と工学の研究科が一緒になって、新たに融合理工学府ってのを作ると出ているぞ。2017年度開設予定とあるな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  すぐですね。
(`δ´)  三菱東京UFJみたいな感じだな。だけど、とんとん拍子だな。
´ω`)ノ 学府かぁ。まあ、旧六さまだからな。
(`δ´)  というか、千葉大ってさ、外部資金はほぼ、全戦全勝じゃない? ウチは不戦敗を挟んでほぼ全敗でしょ。
ヘ(゚∀゚ヘ)  何が違うんですかね?
´ω`)ノ 身分が違う訳だよ。
(`δ´)  嫌な話だな。
´ω`)ノ それに規模だな。理系の部局が多くて、医学系なんて全部ある訳だからな。
(`δ´)  まあ、同じ土俵で戦う訳ではないので、あちらさんを考えても仕方ないよ。
ヘ(゚∀゚ヘ)  でも周回遅れで、融合科学研究科くらい、ウチでできないんですかね? 今、どうなってるんでしょうね?
(`δ´)  そのうち、下々の教員にも知らされるんだろう。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、ほんとにあの融合科学、どうなったでせう?
      そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
      もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
 あの融合科学の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。


´ω`)ノ まあなんだ、規模と身分というのは、相関している訳よね。身分のあるところは規模を基盤にいろいろ動ける。ウチの大学程度の規模だと、やることを絞らないといけないんだが。
(`δ´)  絞るところを間違ってる、といいたい訳だろ。
´ω`)ノ そう。土俵が違うというべきかな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  何か、手はないんですかね?
´ω`)ノ 単独では難しいだろうな。
(`δ´)  どういう大学モデルを考えるか、だと思うよ。


ヘ(゚∀゚ヘ)  母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
      あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
      昔、つやつや光った、あの融合科学のポンチ絵と、
      その裏に僕が書いた
      Y.S という頭文字を
      埋めるように、静かに、寂しく。


(この記載は西条八十と「人間の証明」へのオマージュです。)

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続・このブログもそろそろ閉鎖か?

 あまり意味がないと思えるこのブログであるが、なぜかそれなりにアクセスがある。たまに意外な方から「読んでます」と言われるし、「しばらく止まっているじゃないですか?」とも言われる。という訳で、まだズルズル続いている。そんなことを書くのも、何がしか自分が属している世界への愛着があるからなんだろう。私も今年度で退職するので、その退職時がこのブログの閉鎖のタイミングかも知れない。
 ただまあ、書いたところでコストがかかる訳でもなく、退職すれば若干自由になる面もあるので、そういう意味ではこれまで言えなかったような話を気まぐれに書いてみようと思うこともあるかも知れない。

 この2か月間の累計でいうと、一番アクセスがあったのは「予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?」であった。3か月間の累計をとると、「理工系半減論」の方がアクセスが多い。とはいえ、「予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?」には、ある顕著な特徴がある。ページ滞在時間が他の記事に比べて圧倒的に長いのである。それが何を意味しているか、ですね(笑)。
 ついでにいえば、このところ埼玉県内からのアクセスが多い。

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予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?

 20XX年、時の教育省は新帝国大学制度の創設に向けて走り出したのである。しかし財政省との折衝の結果、新帝国大学は当初予定の7大学ではなくなった。大学数が1大学削減され、6大学で新帝大は発足する運びとなったのである。そのため、東大と京大を除く旧帝5大学の間で熾烈な罵り合いが始まったのである。この罵り合いは週刊文潮、週刊新春を巻き込み、研究不正のスキャンダル暴露合戦へと発展していった。さすがに手の内を知り尽くした者同士であるため、ネチネチとした隠微な非難合戦の様相を呈し、かかわった大学は次第に世間の評価を下げて行った。その光景を見ながら、傷ついて立ち上がれなくなった旧帝大を新帝大から外そうと教育省は考え始めたのであった。

 一方、地域大学と位置づけられた地方人民大学では、今日も「金がなーい」という言葉が飛び交っていたのである。

 ほっほっほっほっほ。皆さま、東松山亀次郎でございます。このフィクションの話者として設定されております、西荒川県唯一の第2人民大学、西荒川大学地方文化創成学部、でしたっけ?、まあ、そこの教授と設定されております、東松山亀次郎でございます。ほっほっほっほ。げほ。
 さて、今日のお話は、そう、まあ何というか、簡単に言ってしまいますと、最近は、ウチの大学にお金が入ったという話は、めっきり聞かなくなったということですかな。いやこの前もね、後は大学の本部でまとめる、任せてくれ、って話があるじゃないですか。いろいろ。で、そこから先の話が流れて来ない。この前ね、それで、あれ、どうなったの?と聞いてみると、関係の会議に出ている先生がね、ダメだったよ、ヒアリングにも呼ばれなかった、って返事でした。「ダメだった」と「ヒアリングにも呼ばれなかった」というのがこのところ、セットになってますな。そんな話がいろいろ溜まって来ましたですな。むろん、最初からもらえると分かっている予算や、競争が事実上ない予算は取れていますよ。しかし、いわゆる競争的資金がダメ。
 少し前からこの流れが定着してしまいましたね。1年くらい前でしたかね。そう、あれは、COC-がダメだった、ヒアリングにも呼ばれなかった、という話を誰かとした時でしたかな。いや、以前はね、ウチの大学は執行部がリサーチ・ユニヴァーシティを目指す、全国レヴェルの大学やでぇ、と言ってね、OCOなんてのは格が低い大学が取るもんだから、ウチは出さない、とか言ってたんですよね。上の地位の方が。ところがその路線がね、ご存知のようにだんだんと後退したじゃないですか。それで、地域大学でいいです、教育中心とは言わないが人材養成中心です、って言いだしましたよね。以前は鼻もひっかけなかったCOCなんですが、諦めていざ取ろうとして、まったくダメ。取れない。このパターンが何年か続いて、定着してしまいましたねぇ。

 まあしかし、これって、ダメでも、大学の存続には致命的ではないんですね。そもそも、その手のお金は金額的には旨みがない。まず額が低いですね。それに、取れても特定事業にしか使えませんから、あの程度の金額だと、全学が潤うという感じにはならないですね。

 だからといって、取れないでよい、という話ではないです。まあ第1に、この手の予算は、ウチの大学が属するクラスの大学向けの予算なんですよ。それが取れていないということは、カテゴリーとしてウチの大学に求められていることに、うまく適応できてない、ということです。大丈夫ですかね。第2に、この種の予算で求められる活動は、何れ、このカテゴリーの大学に必ず求められるようになることですな。だから、予算が取れた大学は、その予算である程度実験的な試みもして、経験値を上げて行く。情報も蓄積させて行く。しかし予算が取れていない大学は、後々、金ももらえず自前でその活動をやらないと行けなくなることですね。馬鹿みたいでしょ。後々、疲れることになるでしょうね。

 なぜ予算が取れないか、ですね。まあ、いろんなことが言われていますね。学長がいじり過ぎるとかね。学長のところでダメが出て、それからいじられることが事前に分かっているものだから、担当者も本格的な案は作らない。だからまずます、学長もいじりたくなるんでしょうな、たぶん。問題は、正しいいじり方になっているのか、ですね。どうも情報が取れてないものだから、無意味な弄り回しに時間だけかけているというのが、実際ではないでしょうかね。
 でも、その要因は、小さいですな。
 一番大きいことは、ウチの大学がその中で戦う階級を誤って想定した、その誤りから出発してしまったことでしょうな。当初の大きな計画の中には、全学規模での教育改革、特に学士課程のへの配慮がスッポリ抜けていた訳ですよ。理工の発想からはそうなるかも知れない、教員養成の観点は別にあるからもうよい、として、しかし、大学として18歳人口の減少を迎えるときの発想としてはそれではまずかった。そこが、ちゃんとできている大学との違いですね。
 だから、予算の申請を書くにしても、活動実績が薄い訳ですよ。やってないんだもん。だから今後の計画も空虚になる。まあ、研究実績のない内容で科研費の申請をするようなもんですな。
 それに、実際の担当者に権限なり、発言権がある格好になっていないことですな。やる気のある人が責任者には、なっていないんでしょうね。
 ほとんどの申請が、案ができる前から「あれはダメですよ」という話が流れて来ますもんね。結果もその通りになるだけ。
 大学全体で疲れ切っていることも問題ですな。こういうやり方をするから。今度は自分の番だと思う所がない訳ですよね。
 しかも情報が取れていないですね。何やってんでしょうね。いろんなレベルでの相談ができていないんでしょうね。
 まあ、だからと言って、大学が即潰れるという訳ではありませんよ。今のところ。ほっほっほっほ、げほ。

(この記載は2020年代後半を舞台にしたフィクションです。)

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ポンチ絵


(`δ´)  この前さ、教育省とか学振のサイトを見ていてね。
´ω`)ノ ほうほう。
(`δ´)  他の大学が出しているポンチ絵を眺めた訳よ。
´ω`)ノ どうしたい?
(`δ´)  いやなんだ、ウチが出しているポンチ絵の水準が高いんじゃないかと思ってね。
(`δ´)  確かに、ウチはポンチ絵に凝るよね。いつも。
ヘ(゚∀゚ヘ) 学長の仕事って、結局、ポンチ絵を描くことだもんな。
´ω`)ノ そのくらい、力入ってるよな。
ヘ(゚∀゚ヘ) でもさ、下手なポンチ絵の大学が、採択されてるんでしょ?
(`δ´)  まあ、そうだな。
ヘ(゚∀゚ヘ) 何のためのポンチ絵なのかな?
´ω`)ノ 君はまだ芸術を理解していないな。


ヘ(゚∀゚ヘ) どうです? このポンチ絵。
´ω`)ノ うーん。また磨きがかかったね。
(`δ´)  確かに、この構図、このバランス、視線を誘導するこのダイナミズムが素晴らしい。
ヘ(゚∀゚ヘ) それが後期ロココ調と呼ばれる所以なのです。
´ω`)ノ これは、どこに向かうのかね? 君の西荒川大学は?
ヘ(゚∀゚ヘ) そう。最終的には、曼荼羅ですね。
´ω`)ノ そうか。
ヘ(゚∀゚ヘ) ポンチ絵の中に宇宙があるのです。すべてのものが自己回帰し、増幅して行く。そこに無限があるのです。
(`δ´)  素晴らしい。
ヘ(゚∀゚ヘ) 私は長い間、エッシャーを研究してきたのです。
´ω`)ノ で、君、今日は何しに来たのかな?
ヘ(゚∀゚ヘ) このポンチ絵をどう思うか、伺おうと思って。
(`δ´)  そうか。素晴らしいよ。
ヘ(゚∀゚ヘ) 今度の全学運営会議と経営協議会で、そのように報告しておきます。


(`δ´) ウチの研究科長が、また、ポンチ絵を描き始めたよ。
ヘ(゚∀゚ヘ) だんだん、学長が入って来たんじゃないですかね?
(`δ´) 表情も似て来たな。大丈夫かな?
ヘ(゚∀゚ヘ) また、私は神だなんて、言いだしませんかね?
´ω`)ノ ポンチ絵がまだ下手だから、大丈夫だ。


(`δ´) 世の中には2種類の経営者がいる。
´ω`)ノ そうか。
(`δ´) ポンチ絵が描ける経営者と、描けない経営者だ。
´ω`)ノ で、どっちの経営者がいいんだい?
(`δ´) そこまでは考えたことがない。

(この記載は20XX年を舞台にしたフィクションです。)

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理工系半減論

 ウチの大学は金がないという話を、全学の会議でわれわれは何度も何度も刷り込まれている。金がないのは事実だろう。そしてそのために、学内のいろんな場所から軋みの音が聞こえて来る。聞く気がなければ聞こえないが、聞く気があれば聞こえて来る、そんな音である。
 単に金がない、というだけでもないだろう。大学全体が疲れ切る以外にないような下手な計画を作った上に、次々と追加の仕事を上乗せするようなことをしている。悪いことに、それでもプラスの評価にはつながらない。
 だが他方で、この無理を乗り切るだけの余裕がないことも事実であり、そのことは金のないことに由来することも確かだろう。

 問題は、金がないなら金がないように業務を整理すればよいのに、そうしないことである。この前、こうやって節約しているお金は理工系に投資していますという、責任ある立場の人の言葉が伝わった(真偽は知らぬ)。それであちこちで脱力した人が多かった、と聞いている。
 それほどお金がないのであれば、残念ながら金を食う理工系は削減する以外にないだろう。予算に応じた業務形態にすることは理の当然である。このままで行けば、電子ジャーナル費用のために大学の図書館も機能停止になる以外になくなる。
 理工系をなくせというのではない。収入に応じた暮らしをしましょうと言っているだけである。ウチの大学として残せる程度の、費用のかからない部門だけにする、ということである。金がないなら金がないようにやるしかないではないか。

 経費に応じて部門別に授業料を設定し直すという選択もある。国立大学は授業料が一律であるために、文系では私大との価格差が小さくなった。しかし理系では私大との価格差はまだ、随分と大きい。授業料を上げたところで、私大との競争力ではまだ十分余裕があるのである。

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軋み

 ウチの部局のとある会合で、学内の某部署が宣言というか、申し入れというか、その類のことを表明した、ということが話題になった。間接的に話を伺う限りではそもそも無理筋の話であり、言い出すべきことではなかったような気がする。ウチの会合としても話はそのような流れになった。まあ、今まで通りにはできないかも知れないが、体制を作り直して現状が維持できるように話を持って行くしかなかろう、という意見でまとまった。

 直接の因果関係は分からないが、状況からして、たぶん人員の削減に対するその部署のリアクションの1つであったのだろう、と思った。

 それを不満の声というべきか、疑問に思えた。不満の声を発したというより、今のシステムが軋みの音を立てた、というべきであろう。
 もともとウチの大学の中には、人員の余裕に濃淡がある。そこで人員の削減をしようとすると、削減を求める側は一律の削減を求める気持ちも分かる。それでも無理な部分があちこちにあることも、またよく知られた事実である。だから今のように、人的資源の退行局面にあっては、このシステムはあちこちで軋みの音を立てることになるのだろう。どのように音を出すかは場合によろうが、これだけで終わることはない。これからそんな、軋みの音があちこちで出ることになるだろう、とぼんやりと考えた。

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リベラルアーツ大学の少しマシな作り方

 20XX年、ナンジャラスタン人民共和国にある、ここナンジャラスタン文理融合大学では、ジャッキー大豪院テルメス率いる先端フランス文学ナノテクノロジー研究科とナンジャー・ファラーフ桃太郎率いる地域貢献経営情報材料創成科学研究科との間で大威震八連制覇が戦われていたのである。両者の戦いは熾烈を極め、ついにジャッキー大豪院とファラーフ桃太郎との一騎打ちによって決着をみようとしていたのであった。
 それはそれとして、土台見直しWGでは今日も小田原評定が繰り返されているのであった。

 ほっほっほ。いやー、そうですね。まあ、リベラルアーツがどうたらと、いうお方はおられることはおられた訳ですけれどねぇ。まあ、ナントカの設置の方針が固まればそれで消えてゆく話でしょうねぇ。もともと情熱がある話ではなかったですからねぇ。
 ただまあ、リベラルアーツって何よ、という問題はあるにはあるんですが、そちらの方向に行くということ自体は、私は賛成ですけれどね。
 そうするためにまず何が必要かですね。まさにドンピシャリの制度は、この国の制度では作れないと思いますね。ただ近づけることはできる。まず学科は、思い切り大括りにするべきでしょうね。学科なりdepartmentが教育プログラムを出すのは当然なんですが、学科と言うのは、単に教育プログラムの単位ではなく、募集の単位、定員管理の単位、という拘束が付いてきてしまうんですね。これは邪魔ですね。
 その上で、大学の学生定員をどの部局が持っているということを、いったん忘れて、1つにまとめて考えるんでしょうね。これまでのように、学部のような箱モノを図面に書き込むんじゃなくて、白紙の紙に、どういう学位授与の方針というか、ディプロマポリシーを設定するか、を書き込んでみるんでしょうね。全学の学生定員を一本にまとめて、それに対してどんなディプロマポリシーを、つまりどんな人材を育てますと、そこが出発点になるでしょう。
 で、これこれの人材と想定したら、ディプロマポリシーの項目ごとに、どういうモジュールが必要なんですか、と考える。そのためにどんな作業があって、そのためにどんな学内の教育組織になるかを考えるんでしょうね。専門領域ごとに行うべきモジュールもあれば、そこが専攻になる訳ですが、大学全体で担うモジュールもありましょう。では、それらのモジュールをどのように実施しましょうか、そのために部局のようなものが必要なのか不要なのか、とそこから考えるんでしょうね。
 リベラルアーツ大学方式、なんて決まったものはない訳ですよ。そんなものは特色にはならない。でも、こういう人材養成目的を設定します、こういうモジュールを設定しますと、そこに特色は出るでしょうね。
 高度教養教育などという言葉もありますけれどね、そりゃどのようなモジュールを大学全体で設定すべきかの話であって、もともと教養教育なんて言葉は使うべきではなかったでしょうな。
 こういって、分かる人には分かるでしょうが、分かんない人には分かんない。概念の学習は、本来的に、悉無的ですわ。ほっほっほ。

(この記載はナンジャラスタンを舞台にしたフィクションです。)

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それがなぜ教養部教育の二番煎じに過ぎないのか?

 20XX年、南斗聖拳と北斗神拳が激しく争う、ここ、ナンジャラスタン文理融合大学では、土台見直しWGにおいて壮絶な闘技が繰り広げられているのであった。

 ほっほっほ。これが資料ですか? あのー、そもそもこのWGって、ナントカ研究科の設置のWGだったんじゃないでしたっけ? ええ。なんでこうなったんですかねぇ。土台から見直すんだから、早くこれまでの責任者を追及すればいいのにね。ねっ?
 そうですかぁ。しかし今月中にお役所に持って行くんですよねぇ。これ持って来ましたって、そんな甘い話なんですかねぇ。
 それにまあ、何、この方、まあ、気にしてますねぇ。でも分かっていない。
 やっぱりこれ、リベラルアーツなんてんじゃなくて、教養部教育の二番煎じなんですよ。旧の教養部さんには失礼な言い方ですけど。この人たちは昔からこうですね。専門教育と教養教育を別のものと考えて、その教養教育をリベラルなんとかと呼んでるんでるだけ。この発想が何十年も変わりませんね。まあ、リベラルアーツが何かという問題はありますが、Arts & Sciences のCollegeであれば、専門教育とは別なんじゃなくって、その中に当然、専攻(major)は含まれる。当たり前。専門教育との2分法ではない。で、なんでしょ。この人たちは、学生は4年になったら蟹工船みたいな研究室に入って働け、それが専門教育だとか言うんでしょ。〇〇な動機から。ほーほっほ。Liberal Arts じゃなくて、Slave Arts ですよね。Arts & Sciences の majorの中で、世界中、専門教育をやっているんですから、なんでここだけできないの? 蟹工船になっちゃうの? ってことですわな。

 ただ、私が教養部教育の二番煎じというのは間違いですかね。教養部も、実はちゃんとしたことをなさっていたんですよ。そのことは知られていいですね。でも、これ何? なーんも考えていないじゃないですか。どうしてこんな、低い水準で議論しているんですかね? 
 まあ、いろんな方の発言を拝見すると、なんだかんだ言って萎んでゆくような感じがしますけれどね。
 本来だと、国際通用性のある体制を作らないといかんのですけれどね。ガラパゴス化と特色とを混同しているんでしょうな。その上、お客さんが離れますよね。ほっほっほっほ。

 で、なんとか研究科の設置は、持って行くんですか?

(この記載はナンジャラスタンを舞台にしたフィクションです。)

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西ナンジャラスタン文理融合大学風雲録

 20XX年、ナンジャラスタン人民共和国西部にある、ここ、西ナンジャラスタン文理融合大学では、「現在の方針を土台から見直す」と叫ぶ一部上層部教授の迷走によって、今日も波乱に満ちた日々が続いていたのである。

 ほっほっほ、西ナンジャラスタン文理融合大学、地域文理学部の前学部長の、ナンジャー・ソージャッタでございます。ほほほほほ。まあ、何と言いますか、学部長を辞めたので暇になると思っていたんですが、その割には雑用ばっか、まだやらされておりますなぁ。ほっほっほっほほほほほほほ。おー、そうじゃった。まあそれはそれとして、今のなんじゃらの話も別にして、ですねぇ、まあ何というか、根本はですねぇ、結局、金がないということなんですね。ですから、まあ、誰が悪いということでもなく、いやまあ、悪いのはあるんでしょうが、「みんなビンボが悪いのや、ナンジャラスタンのアップリケ」という、まあ、なんというか、そういうことだと外さまには説明した方が、まあ、無難ですよね。
 そう、まあ、金がないんですよ。金がないという話は、まあ、他の人民大学さんでもいろいろあって、もう、挨拶代わりですね。人が集まると、貧乏自慢になったりしましてね。ウチはこんなに貧乏だ、いや、まだ甘い、ウチはここまで行ったぞ、とかね。止めなはれと言いたくなりますけれどね。ほほ。
 まあしかし、ウチの場合は、まあ、確かに金がない。それでどなたかが言っていたんですが、「これでまた理系を作ると、ますます金がなくなる。」まあ、そうですよね。理系は人民大学が学生を集めていますが、しかし、そうなるのは国が人民大学に補助しているからであって、人民大学がエラい訳でも何でもない。私立大学にも同じお金が落ちれば、立派にできる訳ですよねぇ。
 それでまあ、私もね、全学の会議でね、「そんなにお金がないなら、文系に比重を置いた大学に転換したらいかがですか?」と。そう言う機会を待っていたんですが、機会がなかったですね。ほほほほ、ほんと、情けない。
 それでもまあ、それに近いことは言いましたかね。「授業料、理系は高く設定したらいかがですか?」「理系は実習にそんなに金がかかるなら、学生から徴収したらどうですか?」とね。むろん嫌がられましたよ。
 しかしまあ、所謂文系と理系でね、教育にかけるお金が違っている、理系が高い。なのに授業料が一緒って、それ、ありますか? まあ、私らが言っても無視されますが、学生の父兄に言って頂くといいんでしょうねぇ。
 現実問題、金がないんなら、文系中心で活路を見出す以外にないんじゃないんですかね? まあ、それが嫌なら、まあ何と言いますか、そこはごまかして、文理融合の学部(実は文系中心)ですとかね。それで文系からも理系からも学生を集めりゃ、いいんじゃないですかね。まあ、こんな話をして、世間でいう所の、小人閑居して不善をなす、ということでありますかな、ほほほほほほ。

(この記載はナンジャラスタンを舞台にしたフィクションです。)

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また、リベラルアーツ大学?

 リベラルアーツ大学と言うのは、我々の学部の人は目指すべき方向だと思っている人は多いように思いますよね。ええ。ただ、大学としては、まあ、繰り返しになりますが、学士課程中心、教育中心ということがハッキリしている大学で、まあ、リサーチ・ユニバーシティとはあり方が違う訳ですね。規模が小さく、手厚く教育する、学費が高い。以前、米国の有名州立大でテニュアを持っていたという同僚が、そういう大学がいいと言っていたこともありました。手作りで教育したいと願っている先生にはいい訳ね。ただ、それをウチの大学のモデルにできるかというと、ちょっと難しいところがありますよね。

 リベラルアーツ大学に、特に教育システムで独自なものがある訳ではないでしょう。米国の大きな州立大学の、College of Arts & Sciences と同じではないでしょうか? 
 専門領域が入学した学部に制約されるのは、どこも同じであろうと思います。ただ、学部というのは colleges and schoolsであり、その中の中心である College of Arts & Sciences、ないし College of Liberal Arts は日本にはないような大学部で、まあ、ウチの大学で言えば、□学部と◇◇学部と、△△学部の経済とがみんな含まれるような学部の訳ですね。工学、教育、ビジネスは、普通はその外ですが。ですから「大括り」。その中で専門(専攻)を選ぶから、文理にわたり選択肢が大きく、例えば数学専攻で社会学副専攻、といった選択がある訳ですよね。
 うちの大学でやろうとするなら、そういう、まあ、大教養学部を作るというのは1つですね。日本では学科が募集と履修の単位になるから、1学部で1学科、ということでしょうね。
 そこまで行かないまでも、まあ、学科の大括りというのは、ある話でしょうね。日本では理学部と工学部が同類ということになっていますから(本当は違うと思うんですが)、例えば、理学部と工学部を合わせて理工学部を作って、その中で理学科と工学科と融合学科でも作る、とかね。そのくらいだったらそれほどドラスティックなことではないですよね。
 まあ、なんと言いますか、もし作れば、College of Arts & Sciences は大学の中心になりますから、そういう格好を目指すというのは、都市型の、それほど大きくない大学の将来像としては1つの可能性かも知れないですね。

(この記載は現代を舞台としたフィクションであり、具体的な団体とは何の関係もありませぬ。)

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リベラルアーツ大学?

 この資料ですかぁ? えー、えー。うーん。表題にはね、リベラルアーツ大学ってあるんですが、よく見ると、昔の大学、2年間教養部というのに逆戻りするだけの案ですね。東大は今も2年だと思うの ですが、まあ、ウチの西荒川大学は、どうだったですかね? もともと教養部在籍は2年だったんじゃないですか? それが教養課程が1 年になり、そ の後に大綱化で、教養部はなくなった。
 まあ、この先祖返り案で、何か主張できるか、ですね。
 リベラルアーツと称する部分を下の2学年に限定していますので、かなり知恵がないという印象になりますね。
 2年次まではプログラムで教育といいますが、文科省が推奨しているのは大括りで入学させて、4年間をプログラムでやること。そうでないとアメリ カ的な課程にはならないし、ましてリベラルアーツにはならない。それと、専攻の修了要件を何単位にできるか、ですね。アメリカだと40単位くらいでしょ。リベラルアーツというか、Arts & Sciencesというなら、そういうプログラムを出してゆくんでしょうね。
 教育で特色を出すというなら、長崎大学の多文化社会学部ばりに、綿密に練ったモジュール設定をしないと、話にならんでしょうね。
 うーん、まあ、馬鹿とは言いませんけどね。
 まあ、入試の部分はこれで結構とは思いますね。むしろ、文理を分けず、英数国の3科目だけでいいんじゃないですか?
 まあ、こんなものを持って行って、いいですねというほど○○な役人が○○省にいるか、ですね。意外といたりして。ほっほっほ。
 それとまあ、気づいているのかどうか、リベラルアーツ大学というと、どうしても、学士課程中心、教育中心の、小さな規模の大学という語感ですよね。それで手厚い教育をして、秀才を輩出して、有名な大学院に送り出す。その辺の事情が分かっていて言っているのかどうか、ですね。
 この資料ですか? 要りませんよ。

(この記載は現代を舞台にしたフィクションです。)

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新学部設置

 国立大学「改革」の流れになったこの数年間に、少なからぬ地方国立大学が新学部を立ち上げた、あるいは立ち上げようとしている。これは当然の流れであり、新たな大学の姿を示すには新学部を立ち上げるのが分かりやすい。だから普通の大学であれば、教員養成の学生定員などに余裕があれば新学部を検討して来たはずである。
 実際に立ち上がった(予定を含めて)何れの新学部も、それぞれの大学の制約の中でよく検討した結果と思う。私の素人考えで感心したものをいくつか挙げてみよう。

 まずこの流れの初めの方の段階で、長崎大学の多文化社会学部というのが立ち上がった。その速報にあたるサイト記載を見ながら、私はこの学部にえらく感心した。カリキュラムの設計が舌を巻くほどうまくできている。単なる国際ではなく、長崎という地域特性と大学の伝統をちゃんと活かしている。学部のコンセプトも良い。ロケーション、並びに近くに対抗馬があることを考えたとき、商業的に、つまり学生確保でどうかという問題はあり、実際、立ち上げ後の志願倍率は低い。その点ではうまくないように思うが、受験産業が伝える偏差値は悪くない。少なくとも設計として、傑作であることは疑えない。

 宇都宮大学の地域デザイン科学部にも目を見張る思いがあった。宇都宮大学は早くから社会貢献を掲げ、地域に根差す大学を志向してきた歴史がある。その大学のヴィジョンそのままに、この営為の中から出て来た新学部は、見るなり「なるほど」と思わせる説得力があった。この新学部は「地域」と「文理融合」というキーワードをまとうことができる。工学部の建設領域(やたぶん教育学部)を基盤としており、サイトで眺める限り中身にも安定感がある。大学のコンセプトがより明確になるだけではなく、何よりも入口と出口の需要が見込める点が強い。

 まだ開設はされていない新学部のなかで私の注意を引いたのは滋賀大学のデータサイエンス学部である。教育学部と経済学部しかない滋賀大学は、今の文系叩きの風潮の中で苦しい立場にあったように思う。が、その中からシーズを拾って文理融合のデータサイエンス学部を構想した点は、よく考えたものだと感心するしかない。佐和隆光学長が行動計量学会で報告したというパワーポイントファイルを眺めたが、よく調べているし、よく練られている。ウチの大学ではこんなことはできないだろう。この学部も人材の需要を主張できると思う。

 以上のような新学部を、ウチの大学で作る機会がなかったのかといえば、あっただろう。しかし逃してきた。今から出遅れて何かできるかといえば、そこは何とも言えない。
 私の素人考えで申し訳ないが、データサイエンス学部のような文理融合の学部を作るとすれば、通常の調査や統計解析の部門の他に、自然科学の随所に存在する計算的な(computational)な研究のうち、まとまったものを集めた計算的な部門を持つことが考えられる(社会科学の計算的な研究もあるが、日本では東工大辺りに中途半端に存在するだけではないか?)。こうした手法は context free であるが故に、多様な具体個別の応用研究をぶらさげることもかえって容易になるように思う。また、データサイエンス系の文理融合的な教育を、全学に対して提供するような、センター的な機能を持たせることもできるだろう。うまく機能させる才覚が上層部にあれば、大学全体にプラスであったことは言うまでもない。

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今さらの学部新設はありか?

 今の時点で学部新設をすることに意味があるか? という点が内輪で話題に出た。ないだろう、と答えておいた。
 一般論として、ウチのランクの大学が勝負をかけるとすれば、どこかを整理するかどうかはともかく、学士課程で新たに学部を設置することは望ましい、と思う。ただしその是非は場合による。
 第1に、その種の構想は全体計画の中心になければならず、これまで進めて来た機能強化のプランの中に接ぎ木するのは難しい。やるならフリーハンドに構想できることが前提である。
 第2に、時期の問題がある。平成27年度か28年度の設置ならまだよいが、今からやるとすると18歳人口が落ち込む時期と一致する。大学の立場によるが、われわれがそんな時期に賭けをするか、の問題である。新学部が何とかなっても他学部にどんな影響が出るかは分からない。
 やるとすれば最初に計画すべきであった。チャンスは一度しかない。

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成果を上げられない経営者ほど組織を変える

ヘ(゚∀゚ヘ) えっ、また組織を変えたんですか?!

 中央ナンジャラスタン研究大学院大学社会科学研究院ソーシャル・チョンボ研究所の調査結果によれば、経営者の業績と組織改編回数の間に負の相関関係が見出される。すなわち、経営陣の業績が悪いほど、その経営陣の在任中に組織改編をすることが多いのである。しかしこの相関関係には異なった因果関係による仮説が並立することになったのである。
 ソーシャル・チョンボ研究所所長のギヨーム・ド・ナンチャッテ教授が提唱するのは「無能経営者言訳仮説」である。この仮説は、いろんな手を打っても何ら業績を改善できない経営者は、その責任を組織編成の欠陥に帰属する主張をするしかなく、その結果組織が何度も変えられる、というものであった。
 これに対し、南ナンジャラスタン工科大学のソレチャウント・チャイマッカー教授が提唱するのは「組織習熟説」であった。チャイマッカー教授によれば、組織を改編すると構成員がその組織構成下で仕事をする仕方をなかなか習熟出来ず、経営陣の業績を現在のように短期的な指標で見る限り、業績はかえって低下するという説明が妥当である。
 この両者の論争は学説史上、「ナンチャッテ=チャイマッカー論争」として知られるが、新たなデータをもとに別の仮説を提唱したのは、東ナンジャラスタン人文大学のソラ・ソーダラホイ准教授であった。ソーダラホイによれば、組織改編が多いのは民度が低い組織であり、そのような組織ではろくな経営者が着任しないためである、とする説明が妥当である。
 この組織論争はソーダラホイの参入によって熾烈を極めることとなり、ナンジャラスタン人民共和国はその後50年に及ぶ内戦へと突入していったのであった。

(`ε´) こ、これは私を批判しているつもりか?
´ω`)ノ 冗談ですから真に受けんでください。

(この記載は20XX年を舞台にしたフィクションです。)

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学士課程

 雑談していたら、ある場所で学内の某有力者が「新しい学部を作らなければ大学には金が来ない」と話したていた、と同僚が言う。即座に「私もそう思う」と答えた。
 といっても、某有力者殿と私の真意が同じかどうかは分からない。

 私は以前から、地方国立大学の改組・新設は学士課程中心でないと注目されない、と思っている。他の地方国立大学が改組・新設したという話は、学士課程に集中している。文科省が宣伝を兼ねて取り上げているのも、学士課程、つまり新学部である。あくまで大学院との対比であるが、世間の目はどうしても学部(学士課程)に集まる。学士課程は関係する人の範囲も大きいから仕方ない。しかも学部の改組・新設の方が大学の新しい姿を示すという意味では分かりやすいのである。むろん、大学のランクを考慮した上での話である。
 ウチの大学は、初手の機能強化の申請以来、新しい動きを大学院に集中してきた。教員養成課程の学生定員のかなり大きな部分を理工の院に持って来るなど、主に大学院をいじってきた。当時、かなりの奇手であるなと思ったが、妙手とは思えなかった。大学院では学生集めに苦労が伴うし、何よりも目立たない。大学としてメッセージを発したつもりであろうが、世間の目に止まることは少ない。それだけの学生定員を一方で削減するなら、立派に新学部が作れた。あるいは既存学部の改組を伴う新設であっても良かったかも知れない。なぜそれをしなかったのか、とその頃、不審に思ったものである。
 新学部を作らなかった理由は想像がつく。新学部を作っては都合が悪い部署がいくつかあったからだろう。だが、新しい大学の姿を示すには新学部の方が良かった。年度進行を考えれば大学院研究科設置も視野に入る。実際にやったことといえば、部局の数を減らすことであり、それでは大学が小さくなったように見えるだけである。この時期に愚かな選択だった。

 当初の機能強化案が評議会にかかったとき、ウチの学部選出の評議員殿はその案に反対し、大学の投資は学士課程にあるべきだと主張し続けた。事務方も驚くほどの罵声を(当時の)学長などから浴びせられたものである。その評議員殿の考えは正しかっただろう。多くの大学が少子化を前提に学士課程の整備と投資を進め、競争力をつけているのが目に見えたからである。学士課程が弱っては大学院の維持も難しい。何に投資すべきかの判断は正されるべきであったと今も思う。

 当初の機能強化案は「リサーチ・ユニバーシティを目指す」という言葉とともに登場した。世界的な拠点は無理でも全国レヴェルの大学を目指す、という言葉は何度も繰り返された。今、リサーチ・ユニバーシティという言葉はいつの間にか消えた。大学の中心機能は人材育成に変化している(それでよいのだが)。全国レヴェルという目標も地域大学という位置づけに置き換わった(やはりそれでよいのだが)。要するに将来像が下方調整されたのである。もう一声、学士課程を重視する、という現実路線になればより実態を反映するけれども、当初の機能強化案が拘束となるとすれば、そのようには言い出せないのかも知れない。

 これから、ウチの大学の新たな展開を示す道は、何とかいう研究科の新設、ということになる。あくまで大学院で勝負をかけるという訳だ。日程からするとその新研究科の姿は詳細に見えていないといけないのであるが、一般庶民には、新研究科の名称以外は見えない。もうじき姿を現すのだろうと思いつつ、穏便な姿が見えてくることを願う人の数は多い。

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学長リスク

20XX年、西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学では、今日も風雲急を告げているのであった。

 ほほほほほ、西荒川県唯一の第2人民大学、地域文化創成学部長の東松山亀次郎でございます。まあ、なんといいますか、この地域文化創成学部という名前も、アホらしい学部名を考えて何年か前に冗談で付けたんですが、今、この学部名は必ずしも冗談には見えなくなってしまいましたね。ほほほ。それだけ、世の中がアホらしい方向に流れたんでしょうな。
 いやそれで、今日のお題は「学長リスク」です。そういう言葉が西荒川大学で流行っている訳ではないのですが、それに相当する概念はあちこちに見られますな。
 まあなんというか、ほほほ、それぞれの司で何をどうすると上に持って行くでしょ。途中まではよいのですが、学長の所でひっくり返る。ひっくり返されて、さあどうするかと悩んでしまう、ということですな。ひっくり返したといっても、それ以上学長さんはフォローしない。普通だと、それくらいなら任せるべき司に任せるのですが、そうはならない、ということですな。
 まあ、そういうリスクが存在するとですね、下々の者は工夫する訳ですね。そうやって次第に、学長を通さずにことを進める裏のサイクルができて来る訳ですね。学長に見せないといけないことは当然ありますから、そこは持って行く訳ですが。結果としていろんな不信が生まれてしまうものだから、ますます締め付けが厳しくなる。悪循環ですね。
 あるゲーム理論本にですね、アメリカの例ですが、大統領の権限(予算の個別拒否権)を強くする結果として、大統領が望む結果を得られなくなる、という理屈を、展開形ゲームで説明する話が載っていました。ああ、これだな、と思いましたね。大統領の権限が強くなるものだから、他の人はそのことを織り込んで選択する、つまり他の人の選択が変わって来る訳ですね。それで結果として大統領の影響力が低下してしまう。そこは大学の学長に権限を集中させるという議論の盲点でもありますね。
 まあ、ここまで来れば、知ったことではないですけれどね。

(この記載は近未来を舞台としたフィクションです。)

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賀詞交歓会

 ウチの大学では正月早々に賀詞交歓会というのがある。職員なら係長(係長代理?)以上、教員は管理職手当をもらっている人が出席する。
 私がこの賀詞交歓会なる所に最初に行ったのは、前の学長のとき、そして私が最初に学部長になったときだった。そのときの学長は陽性の人で、本部最上階の部屋で机を除けて、パーティーのように皆さんが丸く並んで挨拶をする、というものだった。学長はその中に入って挨拶する、というものである。
 昨年から、私は今の学長の賀詞交歓会にまた出ることになった。今の学長は生真面目な人であるから、賀詞交歓会の様子もかなり違っている。出席者は前に向かって整列する。小学校の朝礼を思い浮かべればよい。そして学長が来て挨拶するのであるが、挨拶と言うより訓示である。学長の後に各理事が訓示を続けるのであるが、前の学長のときに理事まで挨拶したかどうかは記憶にない。その間、出席者は直立して不動の姿勢を続ける。
 この賀詞交歓会の後、その建物の1階にある喫煙室に寄ると他の出席者もいて、私はタバコを吸いながら無駄話をしてから学部棟に戻った。
 その後少しして学長訓話のファイルが事務経由で送られてきた。見ると、私が耳で聞いたことと同じ文字列が並んでいる。私は思い切り後ろにいたので学長の様子は見えなかったが、学長はこの原稿を手に持って読んだのだろう。

 大学の行事に付き合っていると学長の訓示(のようなもの)を年間に何度も聞くことになる。私は小学生の頃から朝礼は嫌いであったから、どうもこういうのは好かない。
 このように訓示を繰り返すことは、しかし学長の行動としては正しい。学長は組織内で価値観の共有を確保しなければならないからである。
 とは言え、このような訓示で価値観の共有が図られるかといえば、まあそんなことはないだろう。中身について納得している人に出会ったことがないからである。

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4学期制など

 年末になって赤字の掲示紙があちこちに貼ってあるのに気が付いた。次年度から4学期制(クォーター制)を実施する、という学生向け掲示だった。4学期制は確かに次年度から実施することになっている。しかし学生への周知はないからなんとかしろ、という話がどこかで出たのは記憶している。だからこのような紙を貼って周知のアリバイ作りをしたのだろう、と理解した。
 その文面を見ると、いきなりこんなことを言われると学生もムッとするよな、と思わざるを得なかった。
 この掲示が出た直後と思うが、事務経由で、学部の学務窓口に、30分くらいにわたってクォーター制について苦情を言っていた学生がいた、と聞いた。どのような苦情かと聞いてみたが、何の説明もなくこんなことを決めるのは学生不在ではないか、というのが主な趣旨だったようである。その通りだから仕方ないな、と話した。
 ウチの学務窓口は、掲示を出したのは全学の学務部なので、全学教育課?に行くようにいったようだ。しかし全学の方は学部の窓口に行けと言ったらしい。お互いに、自分たちの知らないところで決まったことだ、という思いがあるんだろう。たらい回しにされた分、学生の方は釈然としない気持ちが倍化したかも知れない。
 その数日後、講義の終わりに私に話しかけてきた学生がいた。窓口に来た学生とは別である。窓口に来た学生が言ったというのと同じような話をその場で聞いた。学生は、クォーター制にしないとお金がもらえない、という先生がいるが、という。誰が何を言ったか知らないが、クォーター制を入れてナンボという話は聞かない、と答えておいた。

 学部の執行部でこの件を話した。本当は学生が組合か自治会を作るといいんだよね、と私が言う。本来は、大学の執行部が学生の組合と協議するのが正しい。ウチの学部だけでも組合を作らせるか、という意見も出た。しかし今の学生は団体にはならんだろう、という諦めが強かった。まあ、団体化したとして、教員や学生が文句を言っても大学執行部は話を聞かないだろう。しかし父兄が言い出せば聞くんじゃないか、と私が言う。でも、父兄がそこまで言いますかね、という現実論が帰ってきた。
 少し間をおいて、なるべく早く、学生向けの説明会を開こう、と私が提案した。すぐに合意を得た。実際、あの掲示だけでは誤解を与えかねないのである。また、今の段階で学生に伝えるべきは、クォーター制実施の件だけではない。次年度の事務の一元化があり、学部事務も全学引き揚げになる。また非常勤枠の削減もあるので、授業の数も減る。そうした事情を学生に説明しておくのが正しいと思えたのである。
 国立大学が法人化するとき、私は国立大学が今後は消費者主権の方向に向かうものと思っていた。しかし現実はそうではない。このクォーター制についても、私は全学の会議で「学生の意見は聞かないのか?」と質問したことがある。一瞬誰からも返事がなく、間をおいて学長から、聞かない、という趣旨の返事があったのを覚えている。国立大学の消費者主権いまだ成らず、である。

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文科省との「対話」

 年末に都内の有力私大のビルでグローバル関係の催しがあり、私も働きに出かけた。この催しには「ともかく参加して見せること」に第1の意義があるのであるが、ウチの大学の執行部にはその認識はない。
 こういう場所に行くと偶然的にいろんな情景が飛び込んでくる。
 我々の場合、こういうところに来ると、若干の業者や大使館からセールス兼挨拶を受けるが、文科省さまとの対話はない。だが周辺のブースではやや違っていた。
 近くにあった某有力私大のブースには、文科省の高官らしい人が来て、出展している若い担当者と話をしている。今度予算が決まればナントカの応募になりますよとか、話をしている。ああこうやって、情報をもらえる大学は情報をもらって準備するんですね、とよくわかる。その大学では、お偉いさんだけでなく、現場に立つ若い教職員も文科省に出向いて、いろんな協議を重ねているのだろう。ウチの大学の場合、学長など職位が上の人が文科省に出向いていると思うが、話になったということは最近ない。上記の私大のように、競争的資金にたどり着いていないので、そういう対話をする余地も生まれていないのであろう。
 同じく、割と近くでは、某国立大のブースがあった。ほとんど客は訪れていなかったが、やはり文科省のかなりの地位を名乗る人が訪れてその後の様子を聞いていた。この大学は改組で新学部を発足させている。その大学のサイトでカリキュラムを以前に観察したことがあるが、非常によくできているので私は目を見張った。単に計画を持って行ったのではなく、モデル事業としてかなりの協議を経たのだろう。文科省視点が営業上の成功につながるとは限らないのであるが。
 こういう情景を目にしながら、一瞬、私はシラーっとした気分になった。
 ウチの大学の是は「文科省にしがみつく」ことである。それ以外の頭はない。悪いというのではない。が、文科省さまとさしたる話はできていない。話ができるようになるためには、あれをやりますというだけでなく、具体的な計画を事前に作らないといけないだろう。しかし、あれをやりますと学長が言い出すものの、下の者が具体的な計画を練るようにはできていないのである。
 その催しが終わる頃、改革プランを新聞一面に出していた某国立大学に話を聞きに行った。話を伺うと、学長がやると言い出して下の者はついて行くだけ、というのはウチの大学と同じであるようだ。ただ、違うところがある。規模の差であるとは思うが、その大学の場合、学長が言い出したことを受け止め、実質的に検討してプランにする人たちがいるようだ。ウチの大学の場合、学長が言い出したことを実際に検討する人がいない。学長が言い出したことを名目的に満たすよう、すれすれのところを実施するというサボタージュをする、という様式が定着している。それで大学がつぶれることはないだろうが、名も実もとらずに教職員と学生に苦労が訪れるだけになる。
 多くの地方国立大学が同じ状況なのかも知れない。

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国立大学授業料93万円

「国立大学の授業料が93万円になるんだって」と誰かが言う。朝日新聞に載っているという。見ると、そのような見出しの新聞記事があるではないか。記事の文章をざっと眺めたが、「このド阿呆」と心の中で叫ばずにはいられなかった。
 元の話は明らかなネタである。財務省の資料通りに運営費交付金を下げてその分を授業料に転化した場合、16年後には国立大学の授業料は93万円になる、という内容である。たぶん文科省が試算し、朝日新聞に流したんだろう。そう流せば、ええーっ、財務省ってひどいね、と人が思うとでも考えたのだろう。
 ドジな奴が、情報だけ流して、どんな記事になるかまではチェックしなかったんだろう、と想像した。まったくドジである。これでは「財務省はけしからん」などというメッセージにはならない。「財務省の主張に従うなら」とか、「16年後」といった点は人から人に伝わる間に消えてゆく。単に、国立大学の授業料は93万円になる、という情報だけが伝わってゆくだろう。だから、国立大学志望の中学生などは、国立志望は止めて私立受験に切り替えよう、という考えになるだろう。
 所詮は三流官庁、やることといったらこんなことか、と天を仰ぎ見る思いであった。自爆である。

 それはそれとして、この93万円をどう見るか?
 現状の国立大学授業料から見れば確かに高い。しかし、国立大学は、実は理系が多いのである。私大の理系の授業との比較でいえば、私大の場合は授業料以外でもお金を払うのであるから、実は高いとは言えない。「そんなもんじゃねぇの?」という感想を持つ人もいるだろう。
 私はといえば、そうか、93万円にすれば交付金を下げられても大丈夫なのか、と考えた。むろん、文系で93万円は高過ぎる。しかし教員を減らして学生比率を上げれば、やれない数字ではないように思える。
 私は、国立大学の授業料は上がって構わないと思っている。が、大学への機関配分を落とした予算額を、奨学金に回すことが前提である。東大のように、金持ちが多い大学の授業料を安くする必要など、ない。が、お金のない学生個人には、ちゃんと奨学金が回るような仕組みができてほしい。
 それより、国立大学は、18歳人口の減少に合わせて、全体の規模を落とすべきなのだ。小中学校がそうしているように、統合して数を減らすべきなのだ。そうすれば、そもそも授業料をそれほど上げずとも、国の支出額は減る。例えば教員養成学部でゼロ免廃止をしたときに、定員を別の部局に転用するのではなく、その分を確実に削減すべきだった。それもせずに離すべきものを握ったままにした。それでは立場は悪くなって仕方ないように思う。

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亀次郎教授会講話

これ、そうですねぇ。これですねぇ。前に人文社会で似たようなことをお願いしたんですが、そのときは学長は完璧拒否でした。前にお伝えしたと思います。が、これはいい訳ね。まあ、ここんところは、本質的なところですね。何度も繰り返しますが、この西荒川大学の執行部は、理工と教員養成系の談合体制なんですね。この両者を守るためにやっている。この2つが手を組む限り政治的に盤石と、まあ、以前の学長もそうでしたが、そこんところがより明確と思えばよいですな。ですからね、その何れかからおねだりが出れば、原則も何もありゃしない。まあ、出るものは出してもらえるという訳ですね。
 まあ結局、理工、というより弱い工学系を何とかしたい、という悲願が前からある訳ですわ。三代前の学長の頃から。周辺大学に比べても金が取れない工学系だから、そこはテコ入れしないと持たないよ、ってね。そのために人文社会系の方も大学院で付き合わされる、そのために改組しろになった、という訳ね。それで全体としては理工中心にやってもらう、けれども教員養成系の方は、独立に、勝手にやらせてください、学生定員が落ちても教員減はこの程度で許してね、なんですわな。そこは談合の談合たる由縁ですね。だからね、理事がアホでも首切れないでしょ。学長だって手は出せないんですよ。談合の上に乗っている訳だから。だもん、競争的資金なんて、取れませんよね。そんな体制じゃ。ハードルの低いのは通りますが。
 まあ、なんですね。嫌な取り合わせですね。教員養成は陸軍、工学は海軍ですからね。規律が違いますからね。行くところまで行くんでしょうね。どうにかできるかって? そうですねぇ。評価事項が落ちるところまで落ちるのを待つしかないかも知れませんね。ほほほほほほほほ。
(この記載は近未来を想定したフィクションです。)

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財政制度分科会資料(2015.10.26)

 少し前に財務省系の財政制度分科会の資料のファイルが事務経由で送られてきた。そのちょっと前からの学内の流れから推測すれば、今出ている教員削減案を肯定させるための材料として、学長なり総務課が送ってきたんだろう、と思った。部内の執行部数名にはすぐにファイルを読むようにお願いした。
 ある人は「気分が暗くなった」というが、私や研究科長殿は「よく書けている」というのが第1印象だった。論点がよく整理されているし、長期的な見通しが示されている。これが三流官庁系の資料だと、いろいろ書いてあって何が言いたいのか分からず、突っ込みどころが満載であり、しかも長期的見通しがないので、読んでいると無間地獄に突き落とされるような感覚を覚えるのである。
 重要な論点は2つあるように思った。1つは国立大学の財源の内訳の健全化である。もう1つは、踏み込んではいないのであるが、18歳人口の減少を前に、大学の全体規模がこのままでよいのか(削減しないのか)、という点である。
 さても、今出ている教員削減案は、次期中期6年間における教員削減をするという案である。その中身の是非は議論するとして、すぐに思うのは、削減した後はどうなるのか?という点である。そこで削減すれば予算は何とかなるとしても、その後にまた削減し続け、何れ教職員がいなくなることになるのだろうか? 最終的な見通しがどうなるんだろうか?
 これまで、個別の大学が官庁側とそのときどきの協議をしてきた。しかしそろそろ、大学が集まって、最終的な国立大学の姿を政府と協議すべき段階にきているのではないか?これまでのように大学が孤立しながら、いつ終わるとも知れない、何が終着駅なのかも見えない、そんな交渉を続けていくような真似は、もうやめるべきなんじゃないのか? そのようにつくづく思い知らされた。
 この資料を見ると、むしろ財務省に監督官庁になってもらった方が話が早いのではないのか? 削減を呑んだ上での計画を作ることで、いつ終わるとも知れぬ、愚かな大学いじりを続けなくて済むのではないか? そんな考えが頭に宿って消えない。
 国立大学の規模をトータルでどこまで減らし、それで成り立つ国立大学の姿を、某官庁とではなく、政府と協議すべきではないか? 国大協は一丸にはなれないから、例えばウチの大学であれば三部リーグで集まって、政府と協議すべきなのではないか?
 このキャンパスが残るとすれば、おそらく、2つの可能性しかないだろう。
 第1は、今の大学のままで教職員規模を縮小し、都市型私大のような格好になることである。その際のモデルも自然と思いつく。
 第2は、国立大学全体としては規模の削減をするものの、いくつかの大学を統合し、既存の大学が統合した大大学の中で分業関係を作り、それぞれが特徴あるキャンパスとなる道である。
 私は第2の道の方が賢明と思うが、第1の道も、むろん十分にあり得ることである。

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資料掲載を拒否された全学運営会議資料の文面

 私は某学部の学部長であり、全学運営会議には出席義務がある。2015年10月22日の全学運営会議で私が学部報告として文書で提出したが、資料への掲載を拒否された。その拒否された文面が以下である。

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全学運営会議(10/22) 報告事項

第15回国立大学法人17大学人文系学部長会議 10/8~10/9

 松本において、信州大学人文学部を幹事校として上記会議が開催された。

主たる知見

1) 文系学部の削減を求めた文科相通知に対する抗議声明を採択した。

2) 昨年度から今年度にかけて行なわれていた多くの大学の改組の申請が決着に近づいた感がある。大勢として、現状に限りなく近い改組案で文科省の了解が得られるように見受けられた。

3) 文科省側の唯一の強い関心は、学科数を少なく抑えることであった。

4) クォーター制を全学で採用する事例はまだなく、人文系学部の範囲では消極的だった。次年度ないし次々年度に導入を決めている大学が2校あったが、その中身はまだ検討中だった。既に実施した大学は教養教育のみでの導入であり、導入後の教員・学生からの評判は悪かった。

5) 事務の一元化をしたと回答していた大学がいくつかあったが、いずれも学務事務は一元化の対象ではないとのことだった。学務を一元化したことがある大学が1校あったが、学長がすぐに戻したとのことだった。
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 17大学の学部長会議の報告は昨年度も全学運営会議で文書で出しており、昨年度の場合は問題なく掲載されている。今年も同様に要点を上記のように認め、そのまま文書で出すように学部の事務方(支援室)にお願いした。報告は口頭でするものだと事務方は言うが、昨年度も行っており、文書で出すのが正確であるので、構わないのでそのまま出すようにお願いした。事務方としては、あえて学長の方針に逆らうような文面を出さない方がよいという配慮があったかも知れない。しかしもうすぐ辞める私は、言うだけのことは言いたいという気持ちが強かった。
 その全学運営会議のある当日、全学の総務課はその文面は出さないという回答をしてきた、と私は事務方から聞かされた。「検閲をしているつもりか」といって私は腹を立てた。口頭でいうように事務方は勧めてくれたが、「拒否されたものは拒否されたというだけだ」と私は答えた。
 全学運営会議に出てみると、私の報告は資料無しの「口頭」になっている。学長が私に報告を求めたので「文書で出したが掲載されなかった」と答えた。事情を存ぜぬ学長は「何の手違いか?」と総務課に聞く。総務課は、用紙で書く場所が違うので載せなかった、と答える。昨年も出しているのに何をぬかすか、と私は思った。学長から口頭で報告するよう私は言われたが、「紙に書いて出したものは覚えていない」と答えた。
 会議が終わってから後ろにいるウチの事務長に、用紙の書き方が違うなんてことがあるのか、と聞いてみる。さあ?と事務長は答える。違っていても文章が書いてあるのだから、これを出すのでよいかと、馬鹿でなければ聞くだろう。
 総務課の誰かが「手違いで」と言いに来たが、「もうよい。あったことはそのまま議事録に残してくれ」とだけ答えた。

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なんちゃってクォーター制

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 よくある話であるが、ウチの大学でもクォーター制を導入する、という話になっている。クォーター制といっても、これまたよくある話、ちゃんとしたクォーター制ではない。今ある2学期のそれぞれを真ん中から2つに割ってクォーターです、という代物である。
 で、対応を部内で協議してきたが、難点が多い。難点の中身は、長い話になるので、ここでは削る。
 さて、部内の対応の判断を迷わせる点は、大学の執行部が異なったメッセージを発していることである。学長はちゃんと設計したクォーター制の実施を目指す発言をしていたが、執行部内の担当者には明らかにやる気がない。その結果、なんちゃっての状態で実施する流れになっている。
 部内にはおおまかに2つの意見がある。第1は、ちゃんとしたクォーター制の設計を求める意見である。現状案では実施困難なだけでなく、恥晒しになるだけであり、それなら本格的なクォーター制を導入する方がよい、という考えである。第2の意見はなまじ検討をしない方がよい、という考えである。現状案で行けば結局、セメスター制かクォーター制か分からないような結果になる。それで行けるなら、結果として現状に近い状態を保てるはずであり、学長が変われば元に戻るだろう、ということである。この考えからすれば、ちゃんとしたクォーター制にすると元に戻りにくいからダメだ、になる。
 さてどうなりますか? 興味は尽きませんなぁ、ほほほほほ。

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これからのウチの学長

 年間を通じて断続的に学長選考会議が開かれている。私も委員なので、その会議で出た話は機会があれば教授会で紹介している。
 話に乗ってくれる人とは時折、学長の話題で話し合う。むろん立ち話の類である。一致した感想は、これまでのやり方で学長を選んでもダメではないか、という点である。
 大学の法人化後、ウチの大学では3人の学長が出た。それぞれにご苦労があり仕方ない面があるのは分かるが、結論を言えば、良かったとは言えない、というのが共通の認識である。
 では今後どうするか?
 この程度の話ではあるが、アイディアらしいものがこれまでに2つ出てきた。

1.文科省OB学長
 複数の人の口から、いっそ文科省高官OBを学長に向かえたら、という考えが出た。むろん、△形大学の□□前学長が念頭にある。□□氏の学長就任の際はいろいろ物議を醸したのは確かであるが、現時点で私がその案を口にして反対に出合ったことはない。埼玉県出身の該当者がいるだろう、とその提案者が言う。私も賛成である。たぶん組合も賛成するだろう。
 だいぶ前、△形大学の某学部長さんに、□□学長はどうよ、と伺ったことがある。就任にあたっては心配したのは事実であるが、いったん就任すると、特定の部局とつながっている訳ではないので、ある意味でやりやすい、との返事だった。なるほど、と思ったものである。
 文科省さまのご意向を忖度し、というよりは勝手な思い込みを続け、やらんでよいことをやり続け、その結果大学全体が疲れ果てる、というのはいかにもありそうなシナリオである。今がそうだとは言わないまでも。みんなが疲れ果ているだけならまだしも、それで本来的に対応しなければならないことが後回しになるとすれば、目も当てられない。今がそうだとは言わないまでも。それなら、何がセーフで何がアウトかを正確に見切れる方を学長に向かえることが、あらゆる人にとって望ましい。

2.宮様学長
 つい先日、某宮家から学長をお迎えしたらどうか、という意見が出てきた。なるほど、それいいね、と私は答えた。
 知名度がないウチの大学にとっては、話題性があるのもよい。それに宮家の方であれば、細かいことを言い立てて小才を見せびらかすようなことはないだろう。大学の本来の目的も、ずっと大学にいた方よりも、正しく理解されているような気がしてならない。
 だいたい、最近の全国的な大学を巡る議論の中で、かなり品のない議論が飛び出しているのも気になる。全体の品の無さを抑制する方向に作用するような気もしている。

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業務崩壊

 以前はないことだったが、最近ときおり、事務方の上の方(たまに教員の上の方)の人から、「今はどこもちゃんと仕事ができていない」という趣旨のことを伺う。通常は自分のところができていないとは言わぬものであるが、必ずしもそうでもない。
 私に責任がある部分でもその通りであるので、妙に納得する。
 私が気付くのは、業務に慣れた人の比率が低い、異動が多く気が付くと不慣れな人が主流になることである。何れ慣れるのであろうが、慣れた頃にまた異動になるから、良い状態は続かない。
 かといえば、例えば英語力が必要な部署に英語力の高い人が回ってこない。どこに回っているのかと聞いてみると特定部局になぜか回っている。なんでそんなことがあるのと、とある副学長先生に聞いてみると、それは〇〇学部長先生のお力で、というから、なんだい、裏でそんなことやっているのか、という気持ちになる。いや、私自身がそういうねじ込みはしたことがないので、すればよかったのか、と自責の念に駆られるのである。
 人員規模が大きければ問題はカヴァーできるが、今のように削減が基調になると、人員規模でカヴァーすることもできない。
 全般的に仕事力は落ちている。それで業務の簡素化ができるかというと、分担の変更案は聞くものの、業務自体の簡素化の兆候は全くなく、1つ1つの業務はますます煩雑化しようとしているように見える。苦しさは時間とともに増すだろう。
 
 先日、全学のナントカ企画室から学部にいくつか「意見を言え」の連絡を受けた。見てみると案が大ざっぱ過ぎて、何のことか分からない。これはどうなの、あれはどうなの、とウチの企画室員に聞くと、問い合わせるとういう。問い合わせるということはその会議でも出ていなかったのだろう。では問合せに誰が答えるのか(その間にその会議もないのに)、と考えると、上の方か下の方かは分からぬが、誰かが答えるようである。
 ナントカのプログラムというのも先日、ある会議で示されたが、示す以前の代物であり、なぜ会議を開いたのか分からない。
 以前は、ナントカ担当の理事殿は、ナントカ企画室には重要な案件は諮らなかった。諮ってはダメになるからだ、と私に説明してくれたことがある。なるほど、とその時は妙に納得した。で、その頃は、その理事殿一人で案を作り、事務方のサポートで細部も決めたように思う。それで案が完成していたのであるから、当時は理事殿も事務方も仕事力があったのだろう。
 今の案の出方を見ていると、何れにもそれだけの仕事力はない、と思うしかない。

 ほんま、どうなるのかね、と話題にすることがある。ダメなことがあっても、部局レベルでは、これまでは事務方に教員が持ち出しの協力をして何とかしてきた。言い方を変えると(あくまで特定の)教員の持ち出し協力が多くなっている。しかし今、学事センターで部局事務方を一か所に集約する案が出ており、その案のようになると、教員側の持ち出しが、まず減るだろう。1つには、事務方は人が多いように見えるからである。2つ目に、教員と事務方の接触機会が減る。教員と事務方の関係は、権利-義務関係に変わってゆく。私大であれば、今の我々ほど教員が事務的な仕事をすることはない。それで仕事は成り立つかどうかは、まあ、じきに辞めて行く私は、眺めるだけである。

(この記載は2010年代を想定したフィクションです。)

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黄昏

 その日、用があって出かけた私、東松山亀次郎は、西荒川県の交通の要衝で南桶川氏とたまたま顔を合わせた。懐かしかったので近くのレストランに入ってお茶を飲んで話した。南桶川はビールを飲んだ。
 私と南桶川とは西荒川大学の地域文化創成学部で学部の執行部を組んでいたのである。その後、私は学部長を退任したが、南桶川は学部の執行部に引き続き入っていた。しかし時の学長、理事らと方針を巡って激しく対立し、その最中に都内の私大に転出したのである。学長、理事からのいじめがひどかったからかと思った。当時の学長の暴言は事務方も驚くほどだったと聞いている。が、本人に聞くと「いや、条件が良かったから(転出した)」とのことであった。

 まず最近起こったある人事の椿事について話した。その後で世間話を続けた。

〇理系はお金がかかるという件
東松山´ω`)ノ:学内の経費申請の書類を見ていると、理系の申請ばかりである。理系は金を使う。
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):あれは、新規の設備ではなく、ほとんどが現状設備の更新であるはず。理系は研究室を維持するだけで金がかかる。理系の維持は大変だ。
東松山´ω`)ノ:理系と一緒にいると、こっちには金が回らないね。

〇私学の教育状況の件
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):(今いる某私学では)卒論の受け持ちは7名と決まっている。西荒川大とも変わらないだろう。学生の世話は手厚くなっている。
東松山´ω`)ノ:昨年の経験では、(都内私学の)〇〇大も卒論は1教員10名のようだ。ウチでは平均すると4名のはずだが、学生への世話で差が出る数字ではない。
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):国立は世話が手厚いとは、もう言えない。

〇西荒川大学への受験の件
東松山´ω`)ノ:分析すると、ウチの学部への志願者で西荒川・東京の受験者は東北などの受験者よりも点数が低い。西荒川・東京で受験者を確保できないのが現実。危ない。 国立大志望、は維持できないのではないか? 私学志願なら選択肢は沢山あるが、国立志願と決めると選択肢がない。前期と後期があるといっても、 本格的な募集は片方だけ。国立志願はリスクが大きく、現状で選択肢ではなくなったのではないか?
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):国立志願で、合格する点数を考えると、遠方の国立大になる可能性がある。それなら自宅から東京の私学に通っても経費は変わらない。選択肢があるだけ私学の方がよい、ということになる。

〇西荒川大学執行部の件
東松山´ω`)ノ:全学執行部の方針は、リサーチユニバーシティが「人材育成」になり、「全国型」大学が「地域型」大学になってきた。目標はどんどん後退している。大学院中心の方針は変わらないが、この方針は今の時点で考えると、あるべきではなかったように思う。グローバルを口にしながら、英語や日本語教育に投資できない。 他大学は2018年問題への対処をずっとしてきているが、それが全然できていない。基盤教育も崩壊状態。放っておいても学士課程は持つから構わないとでも思っ たのだろう。
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):自分は(評議会等で)学部への投資が必要だと言い続けたが、(当時の)学長に聞く耳は無かった。

〇統合が望ましい件
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):同じような国立が一緒になるしかないだろう。自分は○○学を、西荒川大学では一人でやっていた。今の某私大では9人だ。必要な授業は全部出ている。 ちゃんとした教育なら、今は私学になる。〇〇学の教員をちゃんと揃えているところは、国立では1つもない。ほんと。同じことをこの10年、言い続けているな。あのとき、(同じ国立の)北厩橋大学と一緒になるべきではなかったか?
東松山´ω`)ノ:あの時は北厩橋側の事情で統合の話は止まった。代議士が騒いで〇〇省がビビったんだよ。しかし間を置いてやればできたんじゃないか? その後も 機会はあったが、活かさなかった。
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):国立では分野別質保証ができない。そこを見ると国立は選択肢にはならない。
東松山´ω`)ノ:教員が揃っていないのだから、特に大学院がちゃんとできる訳がない。大学院中心などとは、笑わせるにも程がある。文系の院は、これからは私学だろう。

〇(転出先の)〇〇大の話
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):(同じ大学に転出した)西越谷さんの研究室が2つ隣になった。
(やはり同じ大学に転出した北羽生さんの話題になると)
南桶川:〇〇大から話があったとき、〇〇大はどんなかと北羽生さんに聞いてみた。
東松山´ω`)ノ:なんといったか?
南桶川ヘ(゚∀゚ヘ):快適だといっていた。
東松山´ω`)ノ:笑えんな。

 長話はやめて、改札付近で別れ、私東松山は帰路についたのである。

(この記載は2010年代を想定したフィクションです。)

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5月の会議

えーでは、次の報告事項ですね。3番。はい。その件の概要を資料につけているのでご覧ください。概要だけにしておきました。それでも長いですが。文科大臣がなんとかの会議で説明した、その内容ということです。ですから、この前提で、執行部は概算要求を作る、ということであると思います。それで、丸呑みしろって、降りて来るんでしょうね。
 何か、質問、ご意見等ございましたら。

 はい。ええ。はいはい。そうですねぇ。確かに、そう、2月くらいまでは、COCとか、ナントカ学習で申請を出すの、出さないのって言っていましたよね。あれ、ほんとにどうなっているんですかね? 東深谷先生、企画室で、何か議論してますか? ええ。そう、やっぱり概算要求のアイディアを出せになっている訳ですね。
 そうか。まあ、詳しい情報は出ませんので、分かりませんけど。たぶん個別の補助金申請ではなく、この概算要求でみんな貰おうって、つもりなのかも知れませんね。
 まあ、コンペ型の申請だと、ウチは弱いんですよ。あの人たちがやる訳だもん。何のアイディアもないし。それだと勝てる訳がない。自信がないんでしょうね。この概算要求の方は、コンペじゃないですからね。まあ、お役所の課長代理とか、係長とかと懇ろになっていると何とかなるのかも知れませんね。

 数年前のグローバルのときがそうなんですよ。いや、その、所沢理事とね。当時の。出しましょうって話して、私が準備したじゃないですか。ところが年を越しても全学の方は一向に動かない。出さないのか、って言いに行った訳ですよ。そしたら、ナントカの改革経費の方で出す、138億の方の。それだともらった後の評価がザルだから、その方が楽なんだっていうのね。でも、こうやってグローバルで予算が確保されているのに、138億の方でグローバルの内容で出るんですか、って聞いたんだけど、出るっていうんですよ。まあそうかもしれないけれど、私は疑って。で、財務の方にお願いして、別途、お役所への相談をセットしてもらって、進めたんですね。そしたら、後になって、所沢理事がお役所行って折衝したら、グローバルだから、グローバルの方で出しなはれぇ、と言われて終わって、スゴスゴ帰って来た。それ、あんた、チョンボでしょって言ったら、それ以来、所沢理事とは仲が悪くなりましたね。ははははは。

 まあ、今回はどうなんですかねぇ? まあ、係官と懇ろになっていれば何とかなる、そういう世界なのかも知れませんけれどね。
 しかしまあ、今の学長、理事のやり方は辛いですね。同じことをするのに概算要求で持って行くと、また改組を盛り込む以外になくなるかも知れませんね。え、またですか、でしょ。改組の無間地獄になりますね。教員も職員も、疲れ果てるしかないですよ。もう、疲れ果てていますが。
 まあ、そもそも、最初の改革促進だか、機能強化だかで、こんなに改組を入れ込む必要はなかったんですよ。採択された他大学の例を見れば分かる。他大学の例だと、採択されても、基盤強化をすればよくって、それで2018年問題にも対処できたでしょう。ところがあれで改組を入れちゃって、今度も概算要求だから改組だ、何てね。それじゃ持たないね。通常業務ができなくなって潰れるかも知れませんね。まあ、誰かが、本能寺の変でも起こすんでしょうね。はははははは。
 いや、余計な話をしましたが、ご質問とか、ございますか? では、次は4番の報告事項ですが…。
 
(この記載は2010年代を舞台にしたフィクションです。)

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都内某私大

 先日、部内で将来計画委員会なるものを開いた。この委員会は、当面すぐに返答しないといけない問題を協議するために開催した。が、実はそれ以上の問題として、2018年を目の前にして果たしてウチの大学が持つのか、ウチの学部が志願者を集められるのか、という根本的な点を最大の問題としていたのである。
 私は事前に、都内の私大で、上位大学としての定評はない、目立たないけれどもそこそこ名前だけは知られていて、しかも私大としては比較的規模の小さい大学をいくつか指定し、そこからパクれることはないか、考えるように委員の先生方にお願いしていた(我ながらセコい話である)。
 その、そこそこの私大の中で、特定の某私大のことが自然と話題に上った。その某私大が話題に上るのは他でもない、ウチの学部から、私が知っている限りで6名の先生がその某私大に転出していたからである。1人を除いて、何れも惜しい人材であった。逆に都内の私大からウチに転入する教員は、昔は知らないが今はまったく、一人もいない。
 実は直前に、最近転出した先生から情報をもらっていたので委員会で披露した。その某私大とウチの大学とを比較すると、大まかに、次のようになる。

         ウチの大学   都内某私大
専任教員数   455   436
学生定員   4000/学年 2171/学年
収入       327億円      148億円
うち授業料収入200億円       40億円

 財務の数字は総額しか比較できない。某私大の数字は平成27年度の数字であり、しかも収入、支出の項目がウチより細かい。ウチの大学の数字は、同じく大学サイトに載っていた資料によるが、平成25年度の資料が掲載されたままであり、更新もされていない。収入はともかく、支出の項目は大ざっぱ過ぎて何だか分からない。こうした点が、ウチの大学が教職員が疲弊して擦り切れていることを物語っているのだろう。日常業務もこなせなくなった面がある。
 両者を比較すると、まず、専任教員数は同じくらいである。学生定員はウチの倍である。私は私大とは教員当りの学生数でもっと差があると思っていたが、倍というのは意外と差がなかった。
 「収入」は両大学とも、「支出」とほぼ同額である。が、某私大の方がウチより収入=支出が多いのは、学生数が多く、しかも授業料等が高いからである。表向きの授業料だけであれば(文系に限れば)それほどの差はない。しかし授業料以外の料金が入っていて、学生が大学に払う金額は倍くらいになっている。他の私大を調べて見たが、まあそれが相場といってよい。簡単に言えば、国立であるウチの大学は授業料収入が少なく(他の国大よりは授業料の比率は高いと思うが)、多くを国からの運営費に頼っている、ということである。某私大の場合は、国からももらってはいるが、収入の大部分は授業料などの学生からの納付金であり、倍の学生から倍の金額を集めていて成り立っている。結果として予算規模はウチの大学の倍を超えているのである。
 その某私大は、例によって理系をほとんど持たない。そこで皆さんが指摘するのは、「金を食う理系がなくてその収入であれば、学生や教員に回る金額も多い訳だよ」という点であった。
 確かに、最近その某私大に転出した元同僚は、ウチの学部で評議員をしていて、その管理職手当の分、普通の教授よりかなり給与は高かったはずである。が、転出してさらに給料が上がったと聞いている。理系がほとんどないので理系に食われる分はないから、研究費も多く、その研究費の他に海外への渡航費の補助があるという。悪いところが一つもない。
 私大は学生が多く、教員の指導が行き届かない、とよく言う。しかしその点も私は疑問である。実際、ウチの大学の1学年の学生数を教員数で割って教員1人当りの卒論指導学生数を出せば、かなり低い。上の数字で同じ計算をすれば、某私大での教員1人当たりの卒論指導学生数は10名であり、多過ぎるとはまったく言えない。実は私は昨年度、別の某私大で卒論指導を担当したが、担当学生は9名であり、専任教員の平均受け持ち数も10名だった。指導に苦労すると言ったら贅沢な話で、それで教育の質が低下するなどとは、まず言えない。
 そのように考えてみると、ウチの大学が競争力がある点は、授業料の安さだけである。都内私大では、(少なくとも文系に限って)教員も学生も、授業料が高いことを除いて悪いところは、ない。授業料の高さは場所代だと割り切れば、教員にとっても学生にとっても、都内私大の方が魅力的なのは仕方ないかも知れない。
 例の委員会の話題に戻ろう。当日、私が問題にしたのは、志願者集めがどうなのか、という点であった。その点で言えば、結論は言わないが、やはり都内私大の影がかなり強いと言わざるを得ないのである。
 対処法はあるのか? あると言って私が言ったことに対して、委員からは「そりゃ、やるのが大変で、やろうとするのは貴方くらいではないか」という意見が出た。まあ確かに、雑用の担当を避けながら、黙々と業績を上げて都内の私大に移った方が、賢い戦略であることは否定できなかった。

(この記載は近未来の状況を想定したフィクションです。)

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駄目な経営者ほど手数が多い

 ダメな軍事的戦術の典型が「勝利を得るには不十分な兵力の逐次投入」である。逐次投入した兵力が各個撃破されるから、トータルでの犠牲は膨らむが成果は出ない。重要な局面が何かを見定めて思い切った資源の投入を判断できないトップがよくやる誤りである。
 いろんなことをやれと言い出す経営者がこれに近い。いろいろ手を出すのは個別には合理性があるけれど、資源の制約条件の下ではどれも中途半端になるしかない。決定的な状況改善は起こらない。いろいろやった割には成果がない現実を後で目にすることになる。
 組織のトップは「あれも必要、これも必要」と思うのは当然である。だがそう思うたびに少しだけの資源を投入してみても、もとより成果は上がらない。
 トップは「自分は必要なことに果敢に手を打っているはずだ」という自己満足に浸る。しかし従業員はたまらない。次から次とやることが指示されるので、前の作業が完了しないのに次の仕事がやって来る。たまったものではない。従業員は次第に消耗して行く。
 むろん従業員はこの状況に適応して行く。少しずつ手を抜いて、全体での作業量は変わらないようにするのである。そもそも仕事時間は法定で決まっているのだから、やることが多くなれば手抜きになってゆくのは当り前である。
 だけではない。全体としてこの組織が何をやろうとしているのか分からなくなって行く。何のためにこれをやれと言うのか、前に言われたこととどう関係するのか、この経営者アホなんとちゃうかと思い始める。結果として従業員は無力感に陥る。自らの判断で作業を進める意欲は落ちて行く。
 ここから悪循環が始まる。経営者の側に従業員に対する不信感が知らず識らずに芽生えるのである。そこで経営者はお説教が多くなる。自分が監視するから、お説教するから作業が進むという錯誤帰属に囚われる。よくある管理者の心理学的な病である。だから監視を厳しくする。「目安箱」を始める。経営者が密告やご注進を喜ぶので、従業員の中にも腰巾着が生まれて行く。かくして組織内の雰囲気は劣化して行く。
 問題は、それぞれの段階で重要な戦局が何かを経営者が見極めらえないことにある。だからあれもこれもやろうとしているように見えてしまうことにある。

 謀多き者が勝つのは兵法の鉄則である。その鉄則にしても、重要な局面を特定した上での多き謀でなければ意味がない。

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会議の資料

 いや、まあ、それでね。この前の会議でね。入学式での学長の式辞ってやつを会議の資料に入れたんですよ。事務方はね。学長のお考えをみんなに伝えるんですね、って言うんですよね。まあ、それでいいんですが。まあ、あれ、洒落ですよって、言いたかったんですけれどね。
 南越谷先生ね。そう、子泣き爺みたいな。南越谷先生が、バスでご一緒したときに、なんであれ、資料に入れたのって、聞くんですよ。ですからね、あれ、洒落ですよって。まあ、いろんな引用が入っていたでしょ。勉強したんですね。でも引用のし過ぎでね。小賢い学生のレポートみたいでね。勉強したこと、全部書きたかったんでしょうね。でも、あんなに引用したら、どれも記憶には残らない。思い出しても、何が言いたかったのか、よく分かんなかったんですわ。
 まあ、なんていうか。象徴していますね。最近のこと。

(この記載は初夏を背景としたフィクションです。)

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駄目な経営者ほど、人件費を削減する

 日経のサイトを眺めていたら、表題のような記事を見かけた。

駄目な経営者ほど、人件費を削減する

 まあ、日経サイトは有料なんですが、無料でも登録すればある程度は全文が見られますので、ご覧になって頂きたいですね。
 著作権の問題があるので引用はできないですが、「人件費削減は禁じ手 後で苦しくなるだけ」がポイントですね。知恵が出ないからといって、人件費に手を付けるのは愚の骨頂。駄目な経営者ほどこれをやる、ということ。有期雇用者を増やして乗り切ろうとしても組織力が弱まるだけ。なるほどな、と、しみじみ思います。


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返信

東松山亀次郎です。さっき起きました。夜型ですから(笑)。
不要不急の世間話になりますが。

そうですねぇ。学会が揃って緊急アピールを出せればよいですが、まあ、そうい う話は昔からあって、うまくいったことないですよね。仮に出しても。 また、 何と言ってアピールを出すか、まとまりようがないように思います。国大協も一 本になれない。それだけ、大学によって利害が異なっている。
 今聞くのは、地方国大の外部経営委員が緊急アピールを出すという動きですが、内容は要するに「地方に金をくれ」です。ウチの大学もやる可能性がないとは言いません。が、なんとなく乞食みたいですよね。

 また、今の流れからすると、「民営化」が出て来る筋はないと思います。そう いうことを言う人が審議委員にいる訳でもない。一昔前とは違って。今は、金がないから民営化します、ではなく、金がないのに出してやるから、お前ら、身を削りながら国の政策の走狗となれ、です。大学は、国の走狗となります、身も心も奴隷になりますと自ら願い出るしかない。

 現状は、15年前から予見できたコースを進んでいるに過ぎません。今さら騒 ぐのはどうか、というのが私の本心です。
 その頃、先生が〇大におられたかどうか、記憶がはっきりしませんが、昔、 〇先生などがいて、「民営化されちゃう、大変だ」と騒いだことがありました。その頃、私はなぜ民営化をそれほど嫌うのか、不思議に思っていました。あのまま国立を続 けていれば国家政策の走狗となるのは明らかであり(官僚制とはそういうものです)、それなら、一時は大変であっても、民営化して国家の政策意図からは独立し、自らの理想に向けて努力するのが正しいように思っ ていました。しかしそう考える人はほとんどおらず、民営化されないなら何でもいいと考えて、全国立大学が自ら奴隷になっていったでしょ。苦々しく 思っていました。
 「民営化」とともに契機であったのは「統合」です。〇大程度の規模では競争はできないのは、法人化したときに既に分かっていることでした。でも 「統合は嫌だ」で、多少の機会さえ捨ててしまった。割と最近でも〇〇〇で統合する機 会がなかったとは言えないのですが、「〇〇〇は嫌だ、東京と一緒じゃなければ嫌だ」と言い続けて、それで東京の大学と一緒になるように動けばまだしも、 何もしなかった。現状では、統合もしない地方銀行と同じで、競争するための初期投資を捻出できない規模のままであり、したがって競争する基盤もない。この程度の規模なので、潰れても被害は少ない。だから投資は呼び込めない。むしろ都内の私大の方が潰れたら被害が大きいので、公的資金が投入されるという 成り行きになってしまった。
 〇大だけで動くことはできなかったのも事実ですが、何らかの動きをしたかと言えば何もせず、結果、15年前に予見できたコースをたどっている、 というのが今日です。何を今さら、これが嫌だと、どの面下げていえるのか。というのが私の本音です。
 今の段階で何かをする手があるかというと、特になく、国家の政策にしがみつきながら何とか舵取りすることくらいなのではないかと思います。
 これから、国立にしろ私学にしろ、上下の格差が広がって行くでしょう。上は天国のように外からは見える地獄、下は文字通りの地獄かも、ですね。
 そう考えると暗いですが、人に志と多少の勇気があるなら、国家政策の枠の外で新しい試みが出て来ることもあるんじゃないでしょうか?

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大学間格差の制度化(スーパーグローバルの衝撃)

 昨年の10月頭に人文系の学部長会議、というのが某大学であった。某大学の学長さんの挨拶から始まったのであるが、その挨拶の冒頭が「ここにお集まりの大学はみんなスーパーグローバルに落ちた大学で…」だったのである。笑いが起こったけれども、心から笑う馬鹿は一人もいなかったろう。
 スーパーグローバル大学の選定には事前に、根拠も分からない風聞がずいぶん流れた。公表された結果はその風聞を超えていた。これが政府の意図であるという理屈はないのであるが、多くの人がこれを政府の意図と受け取っただろう。ここまでやるか、という衝撃があった。

 何が衝撃か? 一言でいえば、大学への政策意図が明確過ぎるほど出たことである。

 第1に、国立大学の旧来の格の再現が明確だったことである。採択されたのは旧帝と旧六である。地方国立大学は一切入らなかった。地方国立大学はグローバルなど考える必要はないよ、というのが、その明確過ぎるメッセージである。今後も、大学間の階層秩序の明確化が政策的に続くことになるのだろう。
 第2は、特に国立大学について理系重視、文系切り捨ての意図が明確だったことである。国立に限らないが、理系中心の計画はどう見ても査定が甘い。お金を投入するなら理系、という現行の政策がもろに反映されたのだろう。
 第3は、有名私大を国立扱いにする意図が明確に出たことである。言い換えれば、文系は私大にまかせて国公立は理系、そこにお金を投入する、という、分かり切った構図が今さらに明確になったことである。採択された有名私大は規模も大きく、投入する金額はかなりになるはずである。これら私大は「半国営大学」の感を呈するだろう。
 ハッキリ言って、都内に立地する有名私大(主に文系)にこれだけの国家予算を投入するなら、地方国大の文系が集客できる訳がない。潰れろと言われたに等しい。

 以上、大ざっぱに評したが、個別に見れば例外はいくらでもある。が、例外は規模から見て投入する金額は低く、たぶんに token に過ぎないというべきである。
 上記が本当に「政策意図」なのか、結果としてそうなったのかは分からない。「結果としてそうなった」というのは、「割の良い補助金は県立高校では出場できない甲子園になった」という可能性である。その可能性については別途記載してみよう。

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事務方削減

 最近は促しても人の意見が出にくくなった。今、職場関係では明るい話題がほとんどない。このところいろんな変化があるのであるが、誰もそのことを考えたくないかのようである。これを思考抑制(thought suppression)という、などと呑気なことを言っている場合やおまへんでぇ。ほっほっほっほっほ。
 アパシーという言葉を言葉としては知っていたが、実際の場面というのはこういうものか、と実感している。
 立て続けに出る暗い話題の中で、皆さんがとびきり思考抑制したいのは、あれでしょうね。アレ。部局にある事務の部署を全部引き上げて一箇所に集める、という話。「事務の一元化」、「学事センター」という言葉もありますな。正月以来、その話が出て、そりゃ困るわな、と人とは話すのであるが、どうにも話が盛り上がらない。
 仲間内で話すと「あれが困る、これが困る」と、困るところは枚挙にいとまがない。人に聞いても好意的に反応する人には全く出会わない。
 事務方同士で半ば口論になっていることもある。「困る」、「意味がない」と「仕方ない」の応酬になっていて、話は決着しそうにない。

 この件は、もう少し冷静に考える必要があるだろう。私の見方では、必然的な部分と選択の部分が混じっている。必然的な部分とは、法人化以後、地方国立大学が直面した現実である。運営費交付金が定常的に削減され続け、それを補填する自己資金は確保できない。今の制度的な枠組みでは無理だろう。しかも追加的な補助金の獲得には制度的な差別がある。だとすれば何らかの削減は必然である。
 法人化直後、ウチの大学は「第1次教員削減」を決めた。所謂「教員定数の再定義」である。この措置によって、教養教育分の教員ポストは全学に召し上げになり、何に使ったかははっきりしないが、かなりは削減に回ったはずである。この「教員定数の再定義」により、ウチの学部は11年間、退職教員ポストの補充はできず、ポストは11年間、召し上げられ続けたのである。今に至るも、ウチの学部の教員の年齢構成は高度に歪んでおり、高齢化した状態が続いているのも、それゆえである。この「教員定数の再定義」による削減は、ほとんど、ウチの学部が負担した削減分だった。
 この第1次教員削減は、この3月末にウチの学部のポストが削減されるのを最後に、終わる。他方、大学に課された削減は継続している。だからこのタイミングで、削減話が出るのは「必然」である。実は私は、「第2次削減計画」を何時出すのか、と思っていた。前の学長のときに出ていても不思議はなかったのである。この第1次教員削減の間にも、事務方職員の削減は進行していた。いや、少なくともこの30年間、事務方のポストは削減され続けたといってよいはずである。

 今回の「事務の一元化」は当然ながら削減であり、その背景は「必然」である。だが「事務の一元化」や「学事センター」構想の形での削減は全学執行部による「選択」である。
 第1次の教員削減の際、実は選択肢は2つあった。1つは教養教育分を全学召し上げにすることであり、もう1つは部局の規模の応じた削減(定率の削減)をすることである。大概の大学は前者を選んだ。ウチの大学が後者を選んだのは、ウチの学部に削減を押し付けた方が都合が良い学部が多かったからである。
 第2次の削減をするとすれば、一番自然な方法は定率の削減である。現状の部分をその比率のまま縮小する方法である。この方法の利点は、(削減幅が極端に大きくない限り)「現状で行っていること」の内実をほとんどいじらずに実行できることである。調整の労力は少なくて済む。
 今回の「事務の一元化」は、この「定率の削減」を回避するために考えたものと思う。最大の特徴は、削減する部分の多くを事務方に求めた点である。第1次削減では削減をウチの学部に押し付けたのとある意味で似ている。
 だが、事務一元化削減は、定率の削減に比べて、ソフト面でのストレスが大きい。全学の多くの部分に「やり方の変更」を強いる。しかも、効率的な変更が可能なのか、最後まで分からないだろう。
 何がどうなるかはまだ見えない。実は仕事の多くは「やらなければそれまで」の所がある。だからやらなくなる部分が多く出てくると思うが、結果としてしわ寄せは教員と学生に来るだろう。
 教員と事務職員の比率を考えた場合、事務職員の削減比率を高めることは、在職する教員にとっては決して有難いことではない。結局は教員が事務方の仕事を引き受ける以外にないからである。よわ寄せは強い側から弱い側に向かう。最終的にしわ寄せを引き受けるのは学生になるだろう。
 今回の計画で学生の意見を聞かないのか、と私は質問した。聞かない、が学長の返事だった。正確には、学務部門の職員に聞くからよい、である。ただ、学生と学務は立場が異なる。

 全学の会議で多少の質疑があった。学長からは「部局からは事務を全部引き上げる」との明言があった。その質疑の最中に、「学科事務」なる言葉が出て来た。ウチの学部にはそんなものはなく、あるのは理系の大きな部局である。部局事務の一部であるらしい。その学科事務も引き上げになるのかと、私は2度質問した。2度とも、明言はなかった。そのとき、強い部局に対しては部分的に事務方人員を残すことで納得させることを全学執行部は考えているのだろう、と直感した。
 今後の展開を予想してみよう。当然、部局としては仕事が難しくなるから、不平を言うだろう。その際、大学執行部は不平を押し切るか? 理屈をつけて、強い部局に対しては事務の一部を残す措置をとろうとするだろう。そうなると、強くない部局もものを言う。結局、部局の強さに応じてではあるが、多かれ少なかれ、それぞれに理屈をつけて事務の一部を部局に残すことで決着する、というのが落ちではないか、という気がする。時間が経てはかなりの事務が部局に戻って来る、そんな部局も出るかも知れない。

 私は何度も言っていることであるが、この規模で大学を維持するのは、次第に無理な段階に入って行く。

(この記載は2020年を想定したフィクションです。)

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2018年問題

 世に20XX年問題というのがいくつもある。そのうち、大学に関係するのは2018年問題である。その年から大学受験者人口が減るという。だから、進学率がさして変わらなければ大学は入学者を確保するのが難しくなる。
 この問題は2つの意味でなかなか辛い話だなと思う。

 第1は、そのまんまであるが、志願者、ひいては入学者の確保が難しくなることである。定員割れする大学がかなり見込まれる、という。
 ただこの件で国立大学が焦っているという話は聞かない。定員割れするとしてもそれは私大のうちの弱い部分であり、国立大学は大丈夫だろう、という予想があるのだと思う。ウチの大学の場合も、その程度の受験者層の減では、募集単位が小さい場合は別にして、定員割れに至ることはないだろう。
 しかし、受験者は「上の層」から入学先が決まっていくと考えれば、定員は確保できるとしても、入学者の学力は低下して行くことは織り込まないといけないだろう。学士課程での入学者の学力低下は大学院が成り立つかどうかにかかわって来る。多くの大学で、学部から進学する学生より上質の学生層を大学院に多く取り込める所は少ないからである。だから学士課程での成り行きが大学院に直結してくる。その意味では学士課程について手を打つことが最も緊要性が高かった。ウチの大学のように、大学院の学生定員をやたら増やした所は、受ける影響も大きい。大学院を大事にするならまず学士課程にテコ入れする必要があった。しかしウチの場合は学士課程へのテコ入れは手薄にしてきたままである。この方針が良かったかどうかには疑問がある。

 影響がより大きいのは次の第2点の方だろう。2018年問題への対処は前倒しで進行しており、その過程で、中堅の私大が力をつけてきたことである。今の国の大学支援の枠組みの中で、MARCHなどの中堅私大は国からの援助を確保するようになってきた。私大が潰れれば影響が大き過ぎる、だから私大は既に潰せない存在になったかのようである。スーパーグローバル大学などを見ていると、中堅私大は国からのかなりの投資を得ることになる。こうなると地方国立大学は、特に文系は、もはや名のある私大には太刀打ちできなくなるだろう。この間、国立大学の方は文科省の意向に注意を集中し、実際の生き残りやすさはあまり省みなかったように思う(そこも大学によるのであるが)。

 2018年を超えた時点で、今とはやや異なった大学の風景が現れるように思う。第1は、国立にしろ私立にしろ、上下の差がより明確になることである。第2は、国立にしろ私立にしろ、下の層の大学には大学の枠を超えた再編・改廃の動きが強まることである。

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苦難の入り口

 ここは率直な感想である。2年ほど前から、ウチの大学は日中戦争に入りこんだような状態になった、という印象を持っている。目の前に苦難が現れようとしている。しかしこれは出口ではない。入り口である。終りはないだろう。今日は昨日より、明日は今日より必ず悪い、という事態が常態化することだろう。短期的な変化は、大きな決断をするには不十分であるために、転換の機会があるとは予想しにくい。次第に戦時体制のような変化を目のあたりにすることになる。しかしここから抜け出すことはできない。
 この状況は、ウチ程度の規模の大学が、現行の体制のままで単独で生き残ろうとしたときに当然のこととして予想すべきことである、というのが私の意見である。
 入口での選択も悪かった。今さら「地域」がどうのと言うなら、もっと別の機能強化案を掲げた方が賢かったろう。
 もっとよい道は2つあったように思う。1つは、この規模で持続可能な体制を作ることであり、もう1つは、大学間の統合に舵を切ることだったろう。しかしどちらも、簡単には選択できなかったのかも知れない。日本が満州を手放せなかったのと同じである。
 とはいえ、日本という国がそうであったように、行くところまで行った後に、別の姿で復活することもあるのかも知れない。

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学長選考会議

 某大学の学長選考会議が先日あった。2回目である。私は某部局長なので委員として出席した。
 ここで何があったかは、成り行き上言えない。大まかな状況に関する感想だけ書いておこう。
 今回の学長選考会議は、学校教育法の改正に対応することが目的のようである。学校教育法の条文がどうの、というところまで私はフォローしていない。ともかくそうした事情で学長選考の規程も上位法律と齟齬がないように変える、ということが今回の選考委員会の趣旨であるらしい。
 私の記憶では、特に重要な点は2つある。

 第1は、選考委員会は学長を選ぶときだけ稼働するのではなく、学長の業績を監視・評価する建前になっていることである。だから定期的に、学長選考時期ではないときに、選考委員会も開くことになるのだろう。そのこと自体は、正しいと言えば正しい。

 第2は、大学内部の教職員による意向投票(投票の形をとる意向聴取)に拘束されるべきでないことを明確にすることである。そのため、ウチの大学の規程では、これまで意向投票は「する」規程であったが、「できる」規程に今回変えた。だから次回から、意向投票はないかも知れない。その趣旨とするところは、公的機関である大学のトップを内部の人間が決めるのは筋が通らない、ということであると理解する。

 席上、私が申し上げたのは次の点である。意向投票を軽くすることは、内部の人間が決めるべきでないという考えから出ていると思うが、実は規則の前の方の条項では推薦できるのは内部の人間に限られている。内部の人間が推薦するから内部の人間による意向投票をやって、それを尊重するというのは1つの筋であった。が、意向投票をする人と推薦する人は一致していたから筋が通るのであって、意向投票を軽くするなら推薦するのが内部の人、というのは通らない筋である、ということである。
 だから学長選考は公募によるべきだと、席上、申し上げた。現職を含めて公募に応じた方を候補者とし、選考委員会が責任を持って選ぶのが、筋として正しいと私は思う。
 参考投票で1位にならなかった方を学長に選ぶ例は珍しくなく、そのときには少なからず騒動になってきた。何れウチの大学でも起こるだろう。ただ、意向投票というのは、その票数も公示されない。そんな投票を行うことに何の意味があるだろう。
 意向投票をするというなら、教職員組合がやればよい。教職員組合は、民主主義を守るのは組合だけであること、教職員の味方は組合だけであることを、この機に宣言すればよいではないか。

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馬鹿殿と腰巾着

 何かの会合に組合の委員長をしている同僚が出ていて、話のついでに雑談になったときのことである。これまた何かの会合で(たぶん学長の)腰巾着という言葉を使ったら、誰かが文句をいった、という。文句をいった方が腰巾着に該当するかどうかは分からない。
 なるほど、腰巾着か。そういう言葉も確かあったな。しかししばらく使っていないな、と考えた。語彙の少ない私には使う場面で思いつかない言葉であるな、と感心したものである。
── で、なんで怒ったんだ?
── さあ。

 私なんぞは腰巾着が欲しいところであるが、周りに腰巾着がいるほどの甲斐性はない。うらやましい限りであるな。そう考えた。
 腰巾着とは着物の腰にぶら下げる巾着のことで、例えば会津の鶴ヶ城会館のようなお土産店には、会津木綿の腰巾着が売っていたように思う。しかし腰巾着は巾着の中では大きめで価格が高いので、腰ではない巾着を買った覚えがある。私はその、腰ではない巾着をペンケースにしてよく使っている。
 腰巾着は、肌身離さず使う大事なものであり、人で言うなら股肱の臣に当たる。元来は悪い意味ではないはずである。が、現在は権力者の周りにウロチョロして利益を得ようとする者、といったニュアンスで使うだろう。だからあまり響きが良くない。
 本来の股肱の臣なら、殿様の耳に痛いことでも直言するだろう。死を覚悟して言うべきことを言うのが直臣の本来の責務である。独立の判断をするが故に、傍にいて有益なのである。あくまで一般論であるが、腰巾着の悪いところは馬鹿殿様の考えを忖度し、逆らうようなことをしない所にある。だから良い意味にはならない。
 同僚は続けた。
── 学長も大学全体のことを考えないといけないから、大変なのだと思いますよ。
── そうだね。
と私は答えた。私も老獪になったものである。

(この記載は事実に基づかないフィクションです。)

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勝者の呪い

 勝者の呪い(Winner's Curse)という言葉がある。オークション場面の用語である。普通のオークションでは最も高い値をつけた参加者が商品を落札する。落札した参加者は勝者であり、一瞬は幸福感に酔いしれるかも知れない。しかし、最高値をつけるということは、その商品の価値を過大に評価した結果である可能性が高い。従って、少ししてその商品に予想したほどの価値がないことに気付いた落札者は、一瞬の幸福感の後に失望感を味わうことになる。
 最近はお役所が予算の申請を受け付け、申請書で採択を決めるという予算配分が多い。この場合、申請した事業の目標値がド派手であるほど採択されやすいのは当然である。ということになると、競争率の高い予算であれば、目標値は思い切り高く設定しないと採択されない。採択されようとするなら、だから多少とも無理な目標を掲げる結果になる。
 実力のある、というか、元来の資源のある大学であれば、無理なく十分な目標値を設定できるかも知れない。しかし貧乏大学が採択を焦るなら、無理な目標を設定せざるを得ないのである。ということは、貧乏大学は、もし採択されても、採択後に後悔することになりかねない。
 ここから見えて来る世界はかなり厳しいものである。その大学の学長が予算の採択を強力に目指すとすれば、軒並み手を挙げることになる。しかし貧乏大学の場合、めぼしい予算で採択されることはない。採択可能なのは、大手の大学が魅力を感じない、いってみればカスのような予算に限られるだろう。しかも、無理して申請するから、いずれも採択後に厳しことになる。貧乏大学は、さんざん苦労した挙句、気が付けばカスのような予算を抱え込み、無理な事業を消化するという地獄絵が出現するのである。何のための予算獲得だったのかと、後になって内輪でもめることになるだろう。

 我が家から遠くない所に東武動物公園という行楽地がある。上の娘たちが小さいときにはよく行ったものだ。確か鯉のいる池があり、餌を投げると鯉が群がって来る。お役所が予算申請を募集するというのはこういうものなんだろうな、と思う。サディスティックな趣味があれば堪能できるのだろう。

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大学崩壊

 この前、同僚の研究室に行ったら『現代思想』という雑誌があり、「大学崩壊」という文字が表紙に出ていた。手に取って見たけれど、読まなかった。
 えーとその雑誌、何という名前だったかなぁ、と思って家で「大学崩壊」と入れてgoogleで検索してみた。いろいろ出てきた。大きなところだけを言うなら、「大学崩壊」という言葉は4つの意味で使われているように思う。

 第1の意味は「学校教育法改正」が大学崩壊だ、という論調である。件の「大学崩壊」が『現代思想』という雑誌であることをそのときに確認したけれども、『現代思想』はその意味で「大学崩壊」と言ったようである。
 「学校教育法改正」ですか? まあ実は、私はこの法改正は本質的な問題だとは思っていません。今までも同じでしょ。教授会にはハナから権限はないし、学長が決めたらそれまでです。そこは大学によって異なるでしょうが、ウチの大学の場合、教授会規則には、もとから重要事項の審議は入っていませんよ。学長権限の強化って、もとからではないですか? ウチの学部教授会が何と言っても、ダメだったですよね、今年やらされた設置とか。役員が決めたら、もとからおしまいで、それ以上の議論はないですよね。
 昔は「大学の自治」という言葉がよく出ました。懐かしいですね。たて看がよくあった頃ですよ。しかしまあ、他人の金使って自治はないですからね。

 「大学崩壊」の第2の意味は「(大学における)研究崩壊」である。この議論は元三重大学長の豊田長康氏の分析を根拠とするようで、研究論文の数が日本は落ちている、大学における研究開発の人件費(増加率)が論文数(増加率)を説明するという指摘に基づくらしい。
http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/7666f035ad385a95188332742fa332de
この分析の妥当性は、詳しく検討しないと分からないが、いかにもありそうなストーリーである。大学で人を減らしたらダメよ、ってことなんでしょうね。
 まあ、何と言いますか、今、教育の質的転換とか言っているでしょ。質的転換はもっともなことなんですが、質的転換をする前の授業負担のままで質的転換をしますとね、教員の教育負担は格段に上がります。それで、大学では「金がない」が合言葉になっていて、非常勤も減らします、の話でしょ。授業負担数も多くしましょう、となりますとね。ええ。そりゃ、研究は落ちますよね。
 なんちゅうか、ウチの学部で以前、国際公募で海外の学会筋にも呼び掛けてやったんですが、某エール大学だったと思いますが、有名大学にいる有名教授から、そんな slave labor な職には学生を勧められない、と返事が来たんですな。要するに、授業負担が多過ぎるんですわ。という訳で、まあ、どうなりますかね?

 第3の意味は、2018年問題である。つまり、その時に大学受験人口が激減して、大学はかなり潰れるだろう、という予測がある。
 この点も、考えちゃいますねぇ。ウチの大学は、研究力強化とかいって、まあ、それ自体は大事なことなんですが、学士課程教育は事実上、放り投げちゃった。いや、確かに教育の質的転換とかは入ってますが、資源の投入の対象ではなくなった、ということです。私はどこかの何とか長会議でね、ウチの基盤教育は崩壊状態ですと言ったものです。だって、そうだもん。今の有様を見てください。その状態で2018年を迎える訳ですから、つらいですよね。もっとも、いざとなればウチは駅前のパチンコ屋ですから、入学者の質は落ちるにしても、潰れることはないだろうとは、思いますよ。しかし学士課程で振るわなくなれば、当然、投資対象の大学院の方も難しくなりますよね。私は、資源投下の方向を間違ったと思っています。

 第4の意味は、学級崩壊のようなことが大学で起こっているということで、かなり、前から東京の某私大の先生が言っていることである。
 でもそれってさ、要するに法政大学の話じゃないの、と思うところもありますよね。
 ウチの学部で言いますとね、良くも悪くも学生の皆さん、おとなしいですよね。学級崩壊のような感じではありませぬ。今年、ある程度名のある私大で授業をしてますが、結構、私語が多いです。ウチの学部の授業だと、同じ人数ならそんなことはないですよね。他学部の学生が多い授業だと難しいですけれど。ウチの学部の場合、学生は元気がないのか、ともかくおとなしいです。でも、これが、上記の受験者人口の減少があると、必然的に苦しくなるんでしょうね。

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改革ごっこ

 先日、某学部長会議に出たときのことである。
 その会議では○○に関する改革をしている、その結果大変になった、と報告する大学が目立った。その○○はウチの西荒川大学ではやっていないな、これからやるのかな、大変だな、と思ったものである。
 話がいったん途絶えて少し間をおいて、南都幾川大学の学部長さんが突然口を開いた。ところで、その○○は、文部科学省が求めているんですか? 確かに文科省が求めそうな気もするが、文書で見たことはないのだが、という。
 そういえばそうだな、という意見が続いた。ウチの大学は言われたことがない、と何人かの学部長さんの発言が続いた。文部科学省から求められた大学はどこなんだ、という質問が飛び出した。
 ウチの大学は求められた、というのは東所沢大学の学部長さんだった。どういう風に求められたのか、という質問が出た。いや、文科省に行って事務局長がそう言われた、と伝えられたんだが、という。
 ウチも求められた、と北行田大学の学部長さんが続いた。けれども、という。それが重要だという言い方ではなく、何というか、まあ、改革の姿勢を示すには、そんなことをしたらどうなんですか、という言い方だったと聞いている、という。
 ウチも○○を持って行ったんだが、と南寄居大学の学部長さんが続いた。○○をしてどうかには関心がなく、それでカリキュラムがどう変わるか、そこを言わない意味がないと言われて帰ってきた、という。結局、理屈が付かないので止めた、という。
 それじゃ、ほんとはどうでもいいんじゃないの? と再び南都幾川大学の学部長さんが仰る。要は、何かしなさい、改革してますってポーズが重要なんです、ってことじゃないの? なるほど、ウチは別のものを持って行ってるから、言われんで済んだんか、と北小川町大学の学部長さんが言う。
 まあなんでしょう、ともかく、苦しそうに、大変そうに何か改革してますって、そこが重要なんでしょ、と私が付け加えた。
 まあね。お役所としては、と南寄居大学の学部長さんが再び口を開いた。お役所としては、大学が一所懸命改革してます、させてますってシナリオを持って行けるかどうか、そこが重要なんですよ、という。
 その話を聞いて、何か少し安心するような、他方で馬鹿馬鹿しいような気分に一瞬囚われた私、西荒川大学地域創生学部長の東松山亀次郎であった。

(この記載は事実に基づかないフィクションです。)

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ウチの大学

 ウチの大学はどういう状況か、という話を人とすることがある。たとえ話として、「まあ、何も魅力はないけれど駅前だからそれなりに客が来るパチンコ屋のようなもんですよ」と、私はよく言う。「潰れるほどではないが、この先に展望はない」と付け加える。自虐ネタが好きな私の言い方である。
 ただ、たぶんこの表現が正しいだろう。
 当面潰れないことが大きな決断を回避させる動機になる。その上、新たな試みの投資をする資源は捻出できない。だから、資源を捻出できる規模の大学との差は拡大して行くのが目に見えている。潰れないとは言っても、財政状況は徐々に落ち込むから、労働条件は徐々に悪くなる以外にない。構造を変えるなどと言っても、それで状況を改善できるものでもない。潰れないけれども、気が付けばスラム化したシャッター商店街にいる自分たちを、ある日突然見出すことになるのかも知れない。
 状況を改善する手はあるか、という前に、誰もが状況を改善する必要があるか、と本音では思ってしまうだろう。下手に何かしようとする度に、内部は気まずいものになって行くだろう。
 典型的な規模の限界である。
 病院を考えればよい。小さな診療所であればそれなりに成り立つ。大病院であれば新たな事業を展開できる。中規模病院は何もできず、出費もかさむ。だから苦しい。
 もし新たな展開を望むなら、手は2つあるだろう。1つは小さい規模の大学のような構造を取ることである。
 もう1つの手は、資源を捻出する大規模大学の姿になることである。むろん単独では無理だから、統合するしかない。アンブレラでもよい。全体に資源がプールできれば、もしこの大学に良い部分があるなら投資の対象になるはずである。良い部分がないなら、優良な部分に食われてその一部になればよい。
 もし何か手を打つときには、外部から学長を呼ぶのだろう。少なくともその時だけは。

(この記載は事実の観察を経たフィクションです。事実の観察に基づくフィクションではありません。)

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学部長室

 この4月から2年の任期でまた学部長になった。前に4年間学部長をしていた時は、私はずっと学部長室に詰めていた。この4月からは、私はほとんど学部長室にはいない。
 なぜ学部長室にいないのか、とよく聞かれる。怠けようと思っているからですよ、と答えることにしている。
 実際は別の理由がある。私は4月に就任してから5月頃に辞任することを考えていた。新研究科の設置に抗議するためである。何もせずにはウチの学部の一分が立たぬ。それがまあ、この設置、手続きが簡単になりました、という急な展開が5月にあった。なんとなく「良かったね」という反応になり、それまでの険悪な雰囲気が緩和され、私が辞任すると言い出すのが何やら間抜けな展開になった。それで辞めずにまだ学部長を続けている。
 続けているといっても、やはり、学部長に収まっていることには違和感がある。だからまだ、学部長室には滅多にいない。まあ、私がいないおかげで学部長室はきれいなままである。今は会議室として適当な場所になっている。

 以前学部長をしていた時にも、この件が不首尾であれば学部長を辞めると教授会で言ったことが2度ある。その2度とも、偶然に不首尾にはならなかったので辞任しなかった。
 学部長は教授会が選ぶ。だから学部長を辞める時とは、教授会に済まない結果になった時である。教授会が気に入らないことを決めたから辞めるというのはただの我儘に過ぎない。学部長は教授会が決めたことに従うだけである。そのうえで、不首尾になるかどうかを賭けたときには、やはり辞任をすべきだろう。
 学部長の辞任はいろんな人に迷惑をかける。だから辞任しようとすると慰留されるのが常である。意志が弱ければ辞任には至らない。辞任するときにはまず、教授会の了承をとる、というのが私の方法論である。教授会の了承を経た場合、誰にも辞任は止められない。

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西荒川大学名誉教授擾乱

 20XX年、18歳人口の減少を社会人入学者と留学生によって穴埋めしようとする算段は脆くも崩れ、時の教育省は人民大学の学生定員と教員規模の縮減に舵を切ったのである。この削減は改革充実期間中の各大学の改革努力に応じて決まるという事前の説明であったが、改革努力を教育省が査定した結果、従来ランクの低い人民大学ほど削減幅が大きくなるような計画を教育省は公表したのであった。
 ここ、西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学は、改革充実期間にかなりの改革を実施してきたことを自認していたが、結果としては第2人民大学にほぼ一律の、最大級の削減が言い渡されたのであった。

 教員規模の縮減は定年教員の不補充によって実施された。その結果、教員組織の下のランクの准教授以下の比率が高まり、その割に教授ポストが乏しい構成が出来上がった。この点が西荒川大学内で教員が不満を募らせる背景になっていったのである。
 しかし問題は別の側面から表面化していったのである。定年を迎えた教授の研究室に新任の教授が入ることがなくなったため、研究室は空くことになり、研究を理由に研究室を使い続ける名誉教授が増えて行った。西荒川大学の公式ルールでは、退職した教授は研究室を速やかに引き渡すことになっていたが、先輩である名誉教授に強く退去を求めることができる現職教授はおらず、名誉教授の研究室継続使用は一般化していったのである。現職教授にしても自分の退職後も研究室を使い続けることが有利と考える傾向が生じ、ある時点から名誉教授が研究室を使い続けることは当然のように慣例化していったのである。
 
 大学に常駐する名誉教授層が増えたことは、大学の運営に多大な影響を及ぼすことになったのである。現職教授と方針を異にする名誉教授は、研究室の准教授、助教、院生に対して現行方針への批判を繰り返すようになり、現状に不満を持つ一部の准教授らは名誉教授の批判に同調するようになっていったのである。
 名誉教授は研究条件への不満も募らせていった。そこで名誉教授への研究条件の改善を学長に申し入れるようになり、その過程で学内の名誉教授を構成員とした名誉教授評議会が結成されたのである。その頃、西荒川大学では学長のリーダーシップによるガバナンス改革を進めていたため、既存の研究教育評議会は有名無実化していった。そこで、この時点で「評議会」といえば名誉教授評議会を指すものと、人びとは了解するようになったのである。
 名誉教授評議会は学長に対し、次々と待遇改善、および彼らの主張する学内改革を提示するようになっていった。名誉教授評議会の発言力は高まり、現状に不満を持つ教職員は「評議会派」となってその数を増やしていったのである。そのため、西荒川大学では「学長派」と「評議会派」に分かれ、二重政権状態に陥っていったのであった。

 さても、時あたかも西荒川大学では、次期の学長選考へと突入していったのである。現職の学長は現代文化マネジメント創成材料化学グローバルナノテクノロジー研究科長だった西狭山三郎四郎であり、引き続き学長に立候補する予定であった。これに対し、名誉教授評議会は評議会議長の、流体建設東アジア物性環境経営研究科長だったセルジュ・ナンジャラッタ東越谷正景を学長に押したのである。
 学長選考のための参考投票の運動は熾烈を極め、職場や研究室は分断されていった。参考投票では評議会派の東越谷が現職の西狭山をわずかに上回った。しかしそれに続く学長選考会議は、次期学長の候補に現職の西狭山を選んだのである。
 名誉教授評議会は即座に声明を出し、今回の学長選考は民主主義の手続きを踏みにじるものであること、そして学長選考会議の決定は無効であることを宣言したのである。
 その後、学長派は評議会派の懐柔を策したが、評議会派はその提案をことごとく拒否し、両者の対立は膠着状態に入ったのである。

 膠着を打開するため、学長の西狭山は評議会派の副学長北所沢を介して秘密裏に東越谷と交渉を続けたのである。そして東越谷を筆頭副学長にすること、そして名誉教授には現職教授並みの研究費を配分する案を提示した。以上の案を持って西狭山は北所沢だけを従えて名誉教授会館に向かい、東越谷と一対一の会見を申し込んだのである。
 だが名誉教授会館に入った東越谷と北所沢はすぐに、武装した名誉教授親衛隊によって捕縛された。引き立てられてきた西狭山に対し、東越谷は抜刀し、「名誉教授の恨み、受けてみよ」と叫んで刃を突き立てたのである。ここに西狭山は絶命し、西狭山と行動をもとにした北所沢も斬られたのである。東越谷は親衛隊に、学長派の副学長、部局長、上級職の捕縛を命じたのである。
 なお、西狭山は最後に「西狭山死すとも自由は死せず」と叫んだと伝えられるが、むろん根拠のない都市伝説に過ぎない。
 不穏な事態を察知した事務局長の南小川町など、学長派の上級職は、銘々に親衛隊の追尾を振り切り、西荒川大学の城外へと逃走したのである。かくしてその日のうちに、学長派であった教職員はほとんどが城外への避難してゆくこととなった。

 評議会派はすぐに東越谷の学長就任を宣言し、城門を閉じて城内の粛清にかかったのである。一方、学長派の上層部は西荒川城から三里離れた二度栗山に陣を敷き、学長派将兵の結集を待ったのである。
 次の日までに、西荒川場内に5千の兵、二度栗山の陣に3千の兵がいるという状況が確認されるに至ったのであった。二度栗山の陣にいた南小川町はすぐに、現状の報告のため教育省に伝令を放ったのである。
 知らせを受けた教育省の人民大学法人支援課長は唐突なこの動きに驚き、かつ狼狽した。しかし3日後には、人民大学法人支援課長代理の南戸田新十郎常陸介義実に1万5千の兵をつけ、西荒川城に向かわせたのである。
 教育省の軍勢が迫っている知らせを受けた東越谷は、すぐに戦闘準備を指示し、籠城戦に備えたのである。

 迫りくる教育省の軍勢、迎え撃つ名誉教授軍。ときはまさに風雲急を告げたのであった。(続く)

(この記載はむろんフィクションです。)

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2008年のK理事のドラフト

 用があって以前のファイルをハードディスクで探していたら、元理事のK先生の「埼玉大学の長期ヴィジョン」というドラフトが出てきた。暇というべきか、少し眺めた。私がこのファイルを記録したのは2008年の6月19日であるが、ファイルの作成日は同年の5月9日とある。その頃はちょうど、前学長の治世の初年であり、私が最初に学部長になったときの初年でもある。ちょうどその頃、将来構想ナントカという会合が設定され、役員と部局長が顔をそろえて議論していたときである。

 このドラフトを見ながら、「今やっていることは、このままだな」と思わざるを得なかった。

 ウチの大学では一昨年度の後半に機能強化プランなるものを役員が作ったらしい。私が目にしたのは昨年度であるが、ウチの学部的には昨年度、そのためにすったもんだをしたものである。ともかくそのように出てきて、実行することに決まった強化プランではあるが、私が最初にその案を見たときに脳裏に浮かんだのが「昔のまんまやんか」という思いだった。今こうして、当時のK元理事のドラフトを見てみると、時間の経過にもかかわらず2008年度の当初にK理事が走り書きしたことの通りに現状が動いていることに、何やら感慨を覚える。
 むろんマイナーな相違はある。この間にミッションの再定義があり、文科省もいろいろ言い出した。が、それらは本質的な違いではない。

 まずこのドラフトが射程に置くのは「第3期の中期目標期間中(平成28‐33年度)の姿」である。そして「第2期の中期目標期間を埼玉大学の現状を脱する転換期として戦略的に位置づける。」とある。今、この大学が忙しいのは、その「転換期」を平成26年度と27年度で実行しようとしているからだろう(要するにモタついた訳よ)。
 このドラフトがうたっているのが、まず、「総合大学としての道を選択する。」「総合大学としての地位を確立しつつ、さらなる発展を目指す」である。
 しかし限定が入る。「国立大学法人埼玉大学が総体としてのナショナル・センターを目指すのは現実的ではない。」要するに、領域を限定してナショナル・センターを目指す、ということである。さらに、大勢としては「リージョナル・センターとしての国立大学を目指す」である。その上で、「5学部体制「総合大学」、修士号授与機関として発展」となる。まさに今の強化プランである。
 いちいち書かないが、いろんなアイディアが書いてある。財務的な見通しの箇所が面白い。国立大学の運営費交付金は「20年度90法人1兆1813億円」であるが、「運営費交付金は6700億円で済む」。なぜなら、「授業料を私学並みにすると2700億円の増収」、「設置基準を超える教員費削減2500億円の支出削減」。そこで計5200億円が浮く。そこで、「2500億から5200億円を大学の高度化に投資」と読んでいる。第3期中期に向けてあるかも知れない運営費交付金の傾斜配分の姿をこのように予想して見せた。むろん財務ルールはこまめに変わっているのでその通りにはならないだろうが、方向としてはそのように動くだろう、と読んだ訳である。

 2008年当時と比べると、学長を除いて、役職者は小粒になった。その意味で学長の意思はかつてないほど貫徹しやすくなっただろう。この集団がどのような大学の未来を導くのであろうか? た、た、た、楽しみですなぁ。ほほほほほほ。
 
(この記載は事実に基づいたフィクションです。)

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ポリテク化する地方国立大学

 このところの流れを見ていると、国立大学の行き先は見えてきたように思う。むろん、今の政治日程の通りに進めばの話である。国立大学の上位校と下位校の行く末は見えてきた。中位校がどうなるかは難しい。ただ、ウチの大学は国立大学の、明確な下位校であるから、あまり悩むことはないかも知れない。下位校とは、予算規模が大きくない地方国立大学のことである。

 言うまでもないが、上位校は国際競争力ごっこに埋没しながら、大学の構造と運営形態の、見た目のグローバル化は進んで行くだろう。そのために交付金と補助金を国がつぎ込む構造は、しばらくは維持されることになる。ただ、これは誰も分かっていることに過ぎない。そのために上位校の内部はしばらくギクシャクするに違いない。
 下位校の姿もだんだんと見えてきた。一言でいうなら、下位校である地方国立大学は、削減の末、実学中心にポリテクニーク化して行くだろう。その際にキーワードになるのは地域産業への貢献である。

 削減圧力があるとき、地方国立大学は文系中心に削減するよう誘導されることになるだろう。ただ、文系が残るかどうかは、その地域での大学の分布による。国立大学しか強力な文系学部がなければ、残る可能性はあるかも知れない。しかし東京近辺になると、必ずしも東京に隣接していなくても、都内に強力な私大文系が集積されているゆえに、文系は縮小の方向に向かうことになる。むしろ大学が自発的に、文系を理系部局の組み込む方向に誘導されるだろう。
 ポリテクニークという制度体の地位は、国によって違うかも知れない。が、我が国の場合は高等工業専門学校のような趣で落ち着くだろうと思う。ちょうど高専でも文系部門を作ることがあるように、その中に文系部門が顔を出すこともあるかも知れない。しかし国立大学として本格的な文系部門を持てるのは、上位大学、ないし低くても旧六くらいの大学に限られるようなになるだろう。それらの大学が、本来の総合大学として定着してゆくだろう。

 国立大学にも私立大学にも生きる道を与えるとすれば、このような方向しかないのかもしれない。

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学長の権限強化

 学長の権限強化という言葉は昔からあった。最近はさらに強く語られるようになった。

 私は2年前まで、4年間学部長をしていた。それがこの4月から、なぜかまた学部長になったのである。2年の間を置いて全学の会議に出ると、その間の変化を感じることがある。学長の権限が強化されたことを目の当たりにする。

 しかし、「これは悪い冗談であろうか」とも思う。

 確かに学長権限は強化されたのだけれど、この学長権限の強化は同時に、大学の権限縮小と同義であることを目の当たりにするからである。
 以前に比べると、学長の裁量でできることは形式上は上がったのだろう。が、学長の選択の範囲は上位権力に強く制限されている。だから、学長がやりたいことをやっているとは映らない。求められたことをやらされているだけであるとしか見えない。学長権限の強化は教授会権限の縮小を意味するが、教授会の背景無く動く学長に上位権力に抵抗する地盤は何もないのである。結局は、大学が自らの身を削ることを、学長自ら、強い権限をもって実行することを余儀なくされている。
 だから、これは悪い冗談なのだろう。
 この強化された学長権限の下で、国立大学は、いや、地方国立大学はどこに落ち着いて行くのであろうか? 私の眼前には陰鬱な情景が広がりつつある。そのことは次回に述べることにしよう。ほっほっほ。

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学長離任式

 ウチの学部ではなぜか、学内の他の場所でいう三役、つまり学部長、評議員、副学部長のことを「補佐会」と呼ぶ。もともとは学部長を補佐する評議員と副学長を含めた会議のことであるが、補佐される学部長まで含めて補佐会と呼ぶのは変な気もする。
 でも使って何年も経っているので、その点について疑問を述べる人はいない。
 今度の4月からその三役になる面々で、5階のある部屋で次期補佐会を先日開いて打合せをした。途中、休憩も入れたが、グダグダと5時間ほど打合せは続いた。
 その間にふと思い出して、「そういえば、学長の離任式はいつなのかな?」と私が問うた。「さあ」と返事がある。「今日じゃないですか?」ともう一人が言う。

´ω`)ノ 前回は〇〇学部長のときだったが、3月の最後の日じゃなかったんだよね。ちょうど、今日ぐらいじゃなかったかな? 今日かも知れないね。
(`ε´) 評議員は呼ばれないのか?
(^ω^) 今は副学部長だから。
(`ε´) そうか。

現評議員殿は隣の部屋で転出のための荷造りをしている。評議員が呼ばれていないのは明らかだった。

(`ε´) かしこまった儀式なんじゃないの?
´ω`)ノ そうなのかねぇ。最後に車で送り出して、さよなら~っていう、とは聞いてるけど。しかし、離任式がなんで最後の日じゃないんだろうね。31日まで学長で、何かあったらやんないといけないんでしょ?
(`ε´) 誰が出るんだろ?
(^ω^) 教員の方はナントカ以上なんだろうね。事務方もナントカ以上みたいよ。
´ω`)ノ そこまで出るのか?

と呑気な話を続けた。
 話は呑気であったが、心中は呑気ではなかった。

── この離任式を2年前にさせるべきではなかったか?

そういう悔いが残っているからである。あの学長の良い所は何もしないことだった。それが離任直前に無理な方向に舵を切ってきた。何かをするというなら、そのときから別の学長を選んだ方が良かったのである。少なくとも準備の時間はあったろう。
 2年前の時点で、別の学長を選ぶのは簡単だったのである。
 
 離任式は話題に出たが、学長については誰も触れなかった。この1年、われわれの関心事は終始、学長ではなく、理事の去就だったからである。

(この記載は近未来を舞台にしたフィクションです。)

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続・公募学長

 古い話であるが、2008年のちょうど今頃、「公募学長」という記載を書いた。

2008年記載 公募学長

この記載を書いた時には、学長を公募にする国立大学法人が結構出て来るのではないか、と思ったものである。実際には、公募学長の話は聞かなかった。
 ところが、さっきニュースサイトを眺めていると、

京大、学長を国際公募」(このリンクはすぐに消えると思います。)

と出ているではないですか。うーん、やっと来ましたねぇ。
 この前のウチの大学では、学長選考に手を挙げたのが1人であった。そんなことは今までになかったろう。その様を見ながら、何人かの人と、「それなら学長を公募した方がいいよな」と話したものである。
 たぶん、どのような学長を付けるかが、大学のステータスになってくるだろう。上記のようなことは京大だからできるのであり(あるいは、やるのであり)、どこでも同様とは、絶対に行かない。どのような人が応募するかという点に、大学のステータスが露骨に出ることになる。ウチの大学の場合はやらない方がよいかも知れない。あるいは、どこかの大学のように官庁OBの方に来て頂くことになるかも知れない。が、それでOKかどうかも、大学のステータスの問題になるでしょう。
 オープンということは、原則として良いことである。しかし他方で、オープンということは、大学間の格差を目に見える形にする厳しさもあることは、覚えておいてよいように思う。 

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毒饅頭

 はい。またまた、亀次郎でございます。ほほほほ。西荒川県唯一の第2人民大学、西荒川大学の、東松山亀次郎ございます。ほーほほ、ほーほほほっほ。
 さて、まあなんでございます。このところ、小人閑居して不善をなす。というか、皆さん、何を考えているのか、少しずつ話を聞いておりました。えー、あれはえーえ、1年ちょっと前のことですが。教育省のある予算申請、これって毒饅頭だからやめておこう、という話がございましたな。まあ、ほんとに毒かどうかは分かりませんが、あのときは毒饅頭だと思って、取らなかった。まあ、こういう場合は人が食うのを見てから手を出すもんでしょう。しかしまあ、今年度になって、急に毒饅頭を食いましょうの話になりました。ほんとに毒かどうか、食ってみないと分からないのが普通ですが、こいつはハナから毒だと、みんな思っている。この間に、ウチの大学でどんな変化があったのか。いろいろあったんでしょうね。焦る要素があったんでしょうね。

 それで、全員分の饅頭をもらってきたから食えと言う。これって毒でしょ、というのはみんな分かっている。上の方は「大した毒ではないから食え」という。それでもみんな、どんな分野の方も、いや、かなりの毒でしょ、と思ってる。

 話を伺っていると、ですね、2種類の反応があるようですな。
 一つは、毒饅頭を食うふりをして実は食わぬ算段をしている。あるいは、少ししか食わずに済ませようとしている。それが可能かどうか、私は知りません、って。
 もう一つは、ですね。毒饅頭は食います、でも、一緒に解毒剤を飲みましょう、というやつですね。ま、こっちの方が多いですかね。いやそれ、解毒剤って、効くんですかぁ? それ、飲んでも、せいぜい毒が効き始めるのを遅くするだけじゃないですかぁ? と思うんですが、まあ、先のことまでは考えないよ、どうせ10年もすれば、どっちみちこの大学がどうなるかも分からんのだから。いやまあ、そうかも知れませんけれどね。何か、投げやりな感じですねぇ。
 
 でまあ、ここまでなら、けったいな世の中ですから、ある意味普通のことなんですが。けど、最近分かったのですが、ウチの大学が凄い毒饅頭を食べるんですってと、他の大学に知れ渡っているんですね。既に。へえ、どういう情報ルートでそうなるかですか。世間さまは情報が早いです。
 そういうところは、ウチが毒饅頭を食う様を見ながら、どうかな、どこで苦しみ始めるかなって、見てるんでしょうね。大した毒じゃなかったら自分も食おうとするんですかね。そこはどうか分かりませんが、他の方は結局、手を出さずに終わりそうに思いますね。時間が経てば、食うのは軽い毒で済むようになるのが普通ですからね。

(この記載は世紀末覇王伝説時代を舞台としたフィクションです。)

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現学長離任

 前学長が離任した2008年に、私は下記のような記載をこのブログに残した。

前学長離任

この記載には時折、今もアクセスがある。その文章を眺めると、私にもいろいろ思うところがあったのだな、と今も考える。

 現学長もじきに離任されると思うが、論ずることは特にない。

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統合

 少し前、学長、理事がウチの学部に来て、「統合」の意義を滔々と説いて行った。聞き終わってから、この方々はそのまま大学間統合に走るのであろうか、とさえ思った。議論は部局統合であったが、説明にあった「統合のメリット」はすべて、大学間統合に当てはまる。

 それから少し経って、ネットである種の国際分野で、ウチよりちょっと良い(大変良い、か?)国立大学のその分野の専攻がどれほどの教員スタッフを擁しているか調べてみた。

ヘ(゚∀゚ヘ) やはり、揃えているものですね。
(`ε´) うーん。
´ω`)ノ 仮にだよ。これだけ揃えるとして、どれだけ時間がかかるかね?
ヘ(゚∀゚ヘ) まあ、なんですねぇ。退職した教員のポストをここに振り当てるとして、ですね。
(`ε´) 年齢構成を調べていないが、まあ、このことろの実績から推しはかると、10年かな。
´ω`)ノ 10年かけてそれをやるとしてね。その後、他のスタッフがいなくなるでしょ? 
(`ε´) まあ、そうだよな。
ヘ(゚∀゚ヘ)  それで学士課程が持ちますかね?
(`ε´) 新しいところでどれだけ集客できるかだよな。
´ω`)ノ 分からないよね。
(`ε´) 似たような学部と統合でもするんだろうな。やるとすれば。

それより前のことであるが、私大の文学部系がどれほどの教員を揃えているかを調べたことがある。

(゚ー゚;  こっちは文学部なんですね。さっきのビジネス系と比べると教員の分野がはっきりしてますよね。
(`ε´) やはりスタッフ、多いな。
´ω`)ノ そういっちゃなんだけど、この程度の私大で、しかし分野ごとに教員は揃っているんだよな。
(゚ー゚;  私大に転出する人の気持ちが分かりますよね。
(`ε´) えーっ、この分野で教員が10人を超えているのか?
(゚ー゚;  国立大ではこれだけいないですよね。
´ω`)ノ 学生数がこちらは少ないから、良い教育は、ウチの方ができるんだと思うが。
(`ε´) しかし、勉強したいことがはっきりしていて、教員スタッフを比べてこうだと、受験者はこっちは選ばないよね。大学院だと私大には勝てないな。
(゚ー゚;  まあ、授業料がこっちは安いから、それで持っているんだろ。
(`ε´) 対策はないよね。
´ω`)ノ 似たような分野の学部と一緒になるんだろうな。
`ε´) 学内の学部じゃダメだよね。領域が重ならないから、分野ごとの充実にはならない。
(゚ー゚;  片方がもう片方を食えば別でしょう。
`ε´) まあ、それができれば。
´ω`)ノ 大学間で統合するしかないだろうな。
`ε´) でも、2大学の統合程度では追いつかない。
´ω`)ノ うーん、3つ以上か。
(゚ー゚;  統合のメリットは、全学の共通部分を大きくできることもあるんだよ。
`ε´) 確かに、今のままだと共通部分が貧弱な所が多いな。地方国大は。
(゚ー゚;  今のままで何年持ちますかね?
´ω`)ノ 授業料を安くしているのが何時まで続くか、だろう。授業料が安いうちは持つんじゃないか?

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教育組織と研究組織の分離

 5、6年前のことと思う。その頃、私はある学部の学部長になり立てだった。そのときに将来構想の全学会議があったが、現状で出ている大学執行部の方針はほとんど、その頃から話が出ていたことである。当時の話がそのまま続いている点を、一貫性があると評価するか、その間の情勢変化を考慮するだけの学習能力がなかったと批判するか、そこは判断の問題だろう。
 その当時、話として出てきたが話題になる時間が短かった論点がある。教育組織と研究組織の分離である。話題になる時間を短くしたのは、嫌がる方がおられたからかも知れない(違うかも知れない)。が、話の筋としてはほどなく、この「分離」の提案が出てくるのは、想定すべきことのように思う。
 教育組織と研究組織の分離の形態にはいろんな可能性がある。が、現時点で語られるのは下記のような実例である。大学が大学院研究科で重点化することを前提に、研究科を教育組織である学府と研究組織である研究院とに分ける、という形である。

分離の事例

 説明は省略するが、この「分離」の方式には長所もあるし欠点もある。現状の国立大学の外的環境を言うなら、既存部局の枠を取り払うと受けが良い。取り払う典型的方法がこの「分離」に他ならない。学長のリーダーシップが発揮しやすい(ように見える)のはこの形に他ならない。
 ググっていたら京大関係で次のようなページが出てきた。

京大職員組合のアピール

 このアピールは問題を正当に吟味しているとは思えないが、評価の別れ道は長所と欠点のどちらが大きいと見積もるかだろう。文系部局が嫌がるとすれば、文系の研究を取り巻く外的環境が「分離」の長所を要請しないためであるように思う。
 海外の大学の組織がどうなっているか、という点は、これまた、簡単に言えることではない。米国の大学などは、「分離」している部分としていない部分をともに含んでいるかもしれない。何れにせよ、じきに問題としてあがって来る可能性が高いように思う。そのときは、ちゃんと審議して欲しいものだと思う。
 やるとするなら、であるが、その大学独自の分野設定に基づく研究組織は無意味である。当然ながら通用性が高いことが望ましい。その意味では科研費の申請領域で研究組織を仕切るのが合理的なのだろうと思う。

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続・多文化社会学部

 先日「日経Biz」のページを眺めていたら長崎大学で新設の多文化社会学部が取り上げられていた。受験生がどれほど集まるかは見てみないと分からない。が、なかなか注目度が高いな、と思った。私大ではこの種の学部の例は多い。しかし国立でこのような人材養成を標榜する学部は、たぶん初めてだからだろう。
 学生定員は1学年100名であり、小さいと言えば小さい。しかし国立はこんなものであろうと言えばこんなものである。専任教員の数と構成がどれほどであるかに興味はあったが、ホームページで確認できる。こちらも、こんなものと言えばこんなものだろう。
 これと同じものがウチの大学でできたかと言えば、できただろう。
 まず学生定員は、長崎大学の場合、経済学部から90名、環境科学部から10名を、多文化社会学部に移した。もしその程度の定員減をウチの大学で計画しているなら(していると思うが)、その定員を新学部に移せばよい。他に定員を使う当てがあるとしても、他にも減らしてよいところがあるかも知れない。
 学士課程で削減する定員を学士課程に使うことの利点は明らかである。学士課程は学年が4の計算であるから、例えばこの定員を学年が2の修士課程に持って行くとすれば、授業料収入は半減してしまう。そんなアホなことをするバカはいない(いるかも知れない)。学部があれば大学院は、何れついてくるだろう。定員を埋める無理も少ない。
 ウチの大学で作るとすれば、問題はむしろ教員定員であるが、長崎大学の例を考えると、可能である。ただ、「良い部分は手放したくない」と、出身部局に肩入れする役員がいるようなことがあると、そうはいかないかも知れない。
 全くの新設がだめだとしても、既存のそれらしい学部に定員を付けて改組する手もあるだろう。
 その上で全学のグローバル化を推進するための組織拡充の予算を目指すというシナリオもあったように思う。現状のままでは、まともなグローバル化は難しい。あるいは、この方針で昨年の夏にかなりの予算を確保する手立ても、他大学の例を見ると、あったように思える。
 むろん、長崎大学の場合は医学部等による実質的な交流実績があってのことだろう。どこの大学でもできることではないように思う。

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公表されているミッション

 確定した国立大学部局のミッションがホームページで公表されていると人から聞いた。文科省のサイトに入って既に公表されている分のファイルを眺めた。現時点で公表されているのは医学系、工学系、教員養成系の3種類であり、じきに残りが加わることになる。「割と簡単なものですよ」と人から聞いたが、一瞥した印象はその通りである。この文書が大学にとってどのような意味を持つかは、いろんな情勢によるであろうから、誰も確信をもって言える訳ではない。
 眺めながらデジャヴュ感覚に囚われた。感じとしては第1期中期後半の暫定評価(ほとんど最終評価)と同じかな、と思えた。時期的にも中期の、同じ頃のものである。ただ、当時の評価文書に比べれば、部外者が見ても分かりやすいかも知れない。

 医学系のミッションはシンプルに、ほとんど1頁でまとまっている。医学系の場合、立場が強いので、くどくど書く必要もないのだろう。記載も簡潔で要領が良い。大学による立場の差は出ている。旧帝であれば世界的な研究を強調するし、地方国大であれば良質な医師の養成や地域医療の拠点機能を強調する傾向がある。しかし医学部であれば、いずこも、何がしか世界的な水準の部分を持っていると思える。念のため、ウチの大学には医学部はない。

 工学系も立場は比較的強いと思うが、医学系とは比べられない。だからいろいろ書いてある。「強みや特色、社会的な役割」の総論部分は各大学の方針に当たる文言が書き込まれている。大学によっては地域色を強く出しているが、そこは大学の方針によるのだろう。〇で始まる項目の第1には、当該部局の基本設計にあたる文章が入るようであり、第2項目で教育課程の特色、第3項目で研究の強みや特色が書かれているようだ。この「研究の特色、強み」で何の分野が書かれるかで神経を使ってきたように聞いている。埼大を含め、いろんな大学のこの個所を見ながら「ほー、ほぅ」と感じ入った。第4項目以降は、社会貢献を含め、特色らしきものを書くようだ。
 近隣の大学に比べ、埼玉大学の場合は記載の項目が少ないが、良くいえばシンプルにまとまっているということだろう。第3項目の強い分野についてもシンプルにまとまっている。第4項目以降でも余計なことを書いていないのは結構なことである。

 教員養成系のミッションは強い枠がはめられ、かなり構造化されており、文章も多い。大変なんだな、と思う。「強みや特色、社会的な役割」の第3項目までに数値目標が入る。何が数値目標になるかについては例外もあるが、主要な数値目標は義務教育学校(主に小学校)における県内での教員占有率の数値と思える。
 いろんな大学の数値を眺めながら、埼大の数値目標が異様に高く設定されているのが気になった。公表されている資料であるから数値をあげて問題ないと思うが、近隣の大学での数値目標をまとめたのが下表である。他大学の場合は数値目標は多くて120%台への増加であるが、埼大の場合は増加率が300%超と、突出して高い。入学定員の削減を行う和歌山大学の場合など、この数値は26%→25%と、むしろ下げられている。教員採用率は数値目標になっていないので、この占有率の目標を達成するためにはむしろ入学定員を増やさないと難しいと思えるが、この結果にどんな事情があるか、私では分からない。
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出典:文部科学省サイト

 教員養成系のミッションを眺めていると、基本にあるのは所謂ゼロ免課程の廃止と、教職大学院の設置であるようだ。しかし大学によっては、ミッションでゼロ免での人材養成を謳っており、単一原則で通しているという訳でもなさそうである。

 現存の国立大学を守る、ということが、これらのミッションの底流にある精神だと読むべきだろう。

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WebClass

 このページでは、大学が導入しているWebClassについて私見を述べる。WebClassは大学の授業に必要なツールであること、しかしちゃんとした運用のためには追加の投資が必要であること、そもそもWebClassという製品がよいのかという問題があることを述べる。

■私の利用経過
 12月頃と思うが、大学のWebClassシステムが学外からもアクセスできるようになった。その機会にWebClassを使ってみようと考えた。ちなみに現状で、私が授業で学生に聞く限りでは、WebClassを使っている授業も使っている先生も知らない、という学生が圧倒的多数である。
 私個人は、12月以来、開設しているすべての授業で、授業の資料をWebClassにアップしている。レポートを求める機会が多いデータ解析実習という授業では、レポート(ファイル)提出をWebClass経由とし、手書きコメントを書き入れたファイルをWebClassで返送するようにしている。
 これまで、レポートファイルをメール添付で受け取っていたが、困難があった。受取の返事を出さないといけないし、受け取ってファイルをセイヴすることを忘れる可能性もある。いろんなメールが着信する中で、ある授業の、しかも特定の回のレポート提出メールだけを検索するのは難しい。
 WebClassのレポート提出機能を使ってみたが、提出ファイルは一括されており、提出の記録も残り、提出者も私に届いていることを自分で確認できる。返事を書く、ないしレポートをコメント付きで返却する手間も、メールに比べて省力化できる。悪いことは1つもない。
 ただ、資料掲載とレポートのやり取り以外については、私はWebClassを使っていない。掲示板のような(会議室といったか)機能があり、記載を入れてみたが、学生がアクセスした形跡はほとんどない。単に機能がある、というだけではダメである。授業そのものを、こうしたWebシステムがあることを前提に設計する必要があるのだろう。
 WebClassには試験を課す機能もあるが、この機能は使う気になれない。学生が相談できてしまうから、成績の根拠には使えない。試験や小テストは教室でやる以外にないのである。アンケートに使う程度だろう。
 この種のclosedなシステムは、使う側にも気軽さがある。誰でも見られるwebと異なり、この情報は出してよいかどうかの判断に過度に気を使う必要はない。著作権の問題も発生しない。

 
■運用/支援体制の問題
 以上のような利点はあるが、このWebClassが学内で広く使われることはない、と私は思う。問題が2つある。1つは運用/支援体制の問題であり、もう1つはWebClassという製品そのものの問題である。まず前者について書いてみる。

1)事前情報
 このシステムがどのように稼働するかを理解するためには、管理者(Admin)がどのように事前条件を設定しているかを授業担当教員=コース管理者(Author)が知っている必要がある。しかしそうした情報はコース管理者に対して手配されていない。

2)運用体制が弱く支援体制はないに等しい
 現状でこのシステムの運用は全学教育課のお一人の尽力によっているように思える。私も不明点は問合せをさせていただいたが、正直、この体制で十分な稼働を期待するのは酷である。事前の入力をするだけで手一杯だろう。現状では少数の利用に留まっているから済むが(それはそれで問題である)、利用率が上がれば人的資源の投入は必要になるはずである。教員だけでなく学生にもヘルプは必要になる。単に操作の問題ではなく、稼働率が上がれば運用のアドバイザも必要になって来る。

3)コース設定の問題
 現状で私が困っていることの1つは、実態は1つの授業であるのに、学年進行で講義番号が学年によって異なる場合、別のコースとして学生が登録されていることである。私の場合、学部の授業はすべて2つのコースに分かれている(1つは3つのコースに分かれている)。授業は実態として1個であるので、甚だ不便である。しかも名称が同じなので、どのコースがどの授業番号に相当するかが見かけ上分からず、操作をするのに苦労する。資料などは別コースにコピィできるのであるが、場合によってはこのコピィ機能が効かない。一度、登録学生の変更を指定して1つのコースに登録者をまとめてみたが(マニュアル上は、コース管理者が登録学生の追加、変更ができることになっている)、表面上はできたように見えても、機能しない(全学教育課に確認したところ、コース管理者には登録者の変更はできないとの回答だった)。
 この点は全学で一括して学生をコースに登録していることの結果だろう。全学の担当者には、科目番号しか手がかりがなく、どの科目番号が実は同じ科目とは、分からない。

4)この種のシステムは卒業研究(論文)の指導に適している、と私は思う。しかしあいにく、卒業研究はコースとして登録されておらず、WebClassの対象にはなっていない。大学院の方は、「特別研究」が授業扱いになっているので、指導する大学院学生を1つのコースとして扱うことができている。

5)ここまでの問題を見た場合、部局ごとに管理者が設定されている方が便利である。部局ごとに、特有の実情に合わせて運用する方が望ましい。しかしそうすると当然、そのための人的資源の手配が必要になり、その手配ができるか、という問題になるだろう。ただし、そこはそれほど大きな投資ではないはずである。

■WebClassの問題
 私個人は、グローバル人材育成の作業のため、9月までmanabaという同様のシステムを半年ほど使っていた。その後WebClassをもっぱら使ってきたが、その経験から言うと、WebClassよりmanabaの方が、私が直面する課題には使いやすい。たぶんmanabaにした方が利用率は上がるだろう。むろん、何がよいかは課題によることであり、WebClassが本質的にmanabaに劣る、ということではない。簡単に言えば、WebClassは機能が多いが分かりにくい。manabaは機能を絞っている分、操作がしやすいのである。もう少し述べてみよう。

1)WebClassは機能は多いが、メニュー体系が分かりにくくなっている。たぶん、元来のシステムに機能を付加していったために、建増しした温泉旅館のように内部構造が分かりにくくなっているのだろう。対して、manabaはfacebookなど、学生も使っているシステムと操作性は似ており、学生にとっても分かりやすいと思える。
 最近のPCソフトはマニュアルなしで画面を見ればどのような操作をすべきか想像できるようにできている。その感覚からすればmanabaの方が人は使うはずである。

2)WebClassでは一連の動作のための機能が異なったメニュー項目に入っていることが多く、操作が面倒だと感じることが多い。同じ苦労はmanabaでは感じなかった。

3)多くのシステムやソフトに共通のことで、仕方ないことではあるが、WebClassのマニュアルは分かりにくく、またマニュアル通りのメニューになっていないこともある。

4)個別指導にはmanabaの方が楽である。この点は上記2)の一側面であるが、特定の学生とのやり取りをし、そのログをまとめて見るには、manabaの方がよい。WebClassでも同じことができるけれども、労力がかかる。

 プログラミング言語に、手続き型言語とオブジェクト指向言語という区分がある(古いけれど)。あくまで比喩であるが、WebClassが手続き型言語に、manabaはオブジェクト指向言語に近いような気がしている。文法を覚えれば手続き型言語はよいのだけれど、軽く使うにはmanabaが適しているというのが、今の実感である。

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ミッションの再々定義

 20XX年、日本の人民大学は第5次のミッション再々定義の時期に突入していたのである。幾度となく繰り返されるミッション再々定義の過程で、第2人民大学の約半数は地域統合を受け入れ、残りの第2人民大学は学内再編を繰り返して統合から逃げ回っていたのであった。ここ、西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学では、またも学内再編の嵐をかいくぐろうとしているのであった。既に西荒川大学の部局は、元の痕跡を留めぬほどの変容を遂げていたのである。
 西荒川大学では今年も年末の評議会忘年会が3千円の会費でとり行われた。忘年会の後、駅近くの居酒屋では例によってグローバル材料化学地域実践ロボティクス経営イノベーション研究科長の東越谷三之助と、人文総合社会基盤先端医療経済研究科長の南日高新十郎がクダをまいていたのであった。

(`ε´) まあ、なんだよなぁ。第3次の再々定義の頃から、部局の名前が覚えられなくなったよなぁ。
´ω`)ノ 俺はまだ自分の部局名を、メモを見ないと言えないよ。
(`ε´) ウチの役員も芸がねぇよな。合併新設と分離新設を繰り返しただけだもんな。
´ω`)ノ なんかやんなきゃいけない、でもやってればいいんだ、ってことでしょ。
(`ε´) 第4次のときなんか、役員の方は、これ、まさか教育省が蹴るだろう、と期待して持って行った訳でしょ。教育省も意地が悪いよな。あっ、いいじゃないですか、だもんな。
´ω`)ノ やるだけやらせて自滅させる気なんだろう。
(`ε´) 大学間で地域統合したところは、それぞれのキャンパスが段々と分かりやすくなった。学内で再編を繰り返したところは逆にどんどん分かりにくくなってゆく。もう馬鹿にされてるぞ。
´ω`)ノ 学内のエントロピが極大に近づいているよな。もう限界だろう。
(`ε´) で、今度の部局統合はどうするよ?
´ω`)ノ コンセプトはないから、名称だけでもシンプルなのがいいよな。
(`ε´) あるか?
´ω`)ノ 文学研究科なんてどうだ?
(`ε´) シンプルでいいな。昔はそうだったよな。しかし文学なんているのか?
´ω`)ノ うちに3人いるよ。
(`ε´) 3人いれば大丈夫だよな、最近の教育省は。
´ω`)ノ 文学研究科、懐かしい響きだろ。
(`ε´) 涙が出るな。昔、純粋だった頃を思い出すな。
東越谷三之助はふと窓の外を眺めた。
(`ε´) 風が出てきたな。
´ω`)ノ 帰りは寒いぞ。
(`ε´) 夜風か。夜風が、俺を泣かせるぜ。
そういいながら、東越谷三之助は屁をこいた。

(この記載は20XX年を舞台としたフィクションです。)

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周瑜

 Yahoo の Gyao で中国の歴史ドラマ(の無料の回)を時々観る。『三国志』は何度もドラマになっているはずであるが、比較的最近の作品である『三国志』もそれなりに良かった。この番組は日本語に吹き替えられている。例によってハンサムな俳優さんが諸葛孔明を演じているのであるが、このドラマの中で出てきた「周瑜はやはり周瑜であった」という孔明のセリフがなぜか私の頭に残っている。
 赤壁の戦いの後に劉備らは荊州を占拠する。だが荊州は呉から借りている、という筋になっている。かといって占拠したものを劉備らが手放すはずもなく、呉からは返せという催促があるものの、劉備らは荊州に根を張る。そこで呉の周瑜が孔明らに、我々が益州を取るので、荊州から益州に移ってくれ、と申し入れる。益州を奪うために周瑜は軍を動かす。その軍は荊州を通るけれども、益州を奪うという名目であれば通ることは拒否できない、と孔明も考える。
 呉が益州を手に入れることは、呉が魏に戦いを仕掛けるだけの領土を持つことを意味する。そのことが孔明を悩ませる。呉が益州まで傘下に収めれば、まさに天下は二分になり、孔明の天下三分が成り立たない。
 ここで孔明に周瑜からの手紙が届く。その手紙を見て孔明がつぶやくのが、「周瑜はやはり周瑜であった」である。
 周瑜は天下を狙うほどの大戦略家に大化けしたかと思ったが、やはりセコいことを考えるだけの小者だった、と周瑜の手紙から孔明は読み取ったのである。周瑜は益州に向かうと見せかけて、その軍で荊州を奪うというケチな作戦をとろうとしていた。ドラマでは、周瑜の策を読んだ孔明はまんまと周瑜の軍を撃退する。
 劉備側を主人公にした『三国志演義』では周瑜ら呉の将軍の器が意図的に小さく描かれる。その点は私の不満の一つである。実際には周瑜や魯粛は熟慮の戦略家であり、簡単に孔明に手玉に取られることはなかったろう。

 その頃、西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学の文理融合国際医療学部長、西所沢宗俊のもとに一通のメールが着信した。メールの文面を眺めた西所沢はこうつぶやいたのである。
´ω`)ノ やはり理事は理事であるな。
(`ε´) ほほほほほほほほほ。

(この記載は20XX年を舞台としたフィクションです。)

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CAP制

 教授会の終わりの方のことである。CAP制に関して全学側から問い合わせがあるとの連絡があった。現在の全学案は、1年次に対してだけ1学期18単位に登録を制限するというものであるという。その案で問題があれば伝えろとの要請であるらしい。なぜ1年次だけなのか、と質問すると、本来は全学年であったが批判があって1年次だけに後退したのだという。他学部からも「難しい」との反応が出ているという。ウチの学部についても、留学を目指す学生が1年次に取る必要のある単位を積み上げれば、自動的に「難しい」になるはずだ、と述べておいた。そう言うと「留学する学生は別」という(既に多く存在する)例外規定を作ればよいと全学側は言うかもしれないが、留学を目指す学生が実際に留学するかどうかは最後まで何ともいえない。「留学する学生」を事前に特定できるものではない。

 登録単位数の上限を厳しくしたCAP制は、教育の質保証の根拠としては、大学側にとって安上がりな、楽な方法である。他の方法はしばしば多くの労力を要する。だから提案者の方は、教員のためを思って提案している、という気持ちがあるのかも知れない。
 私は昔からCAP制は無益な制度だと思っている。確かに、学生が授業の勉強を十分にしていれば多くの授業に登録できるはずはない。しかし登録授業を制限したから学生が授業の勉強をよくするようになるというのは、因果関係の推定が間違っている。学生が勉強しない時間を増やすだけのことである。問題は多くの単位の授業を登録できることにあるのではない。簡単に単位が取れてしまうことが問題である。従って、簡単に単位が取れないように授業が設計されていれば学生の登録単位数は自ずと減る。単位を簡単に取れないような設計をすることが本質であり、その設計ができていなければ、CAP制は単なる無駄を生むだけである。

 CAP制は「学修時間」による学生の学修管理手法の1つと思う。学修時間が確保されているとの原則は重要であるが、実際の管理を学修時間で行うのは愚かである。昔のソ連の計画を例にするなら、生産目標を「重量」で設定すれば、役に立たない、重いだけの鉄製品が多量に生産されることになる。時間をかければ質保証されるという発想で行くなら、無駄に時間だけかかる愚かな教育が結果するだけのことである。教育の質保証は学生の到達水準によって示すべきであり、そのための方法の開発に時間と労力をかけるのが正しい選択である。

 たぶん、じきにCAP制は無意味になるだろう。登録授業数に応じて授業料が変わるようになれば、コスト関数の導入によって登録授業数は自ずとコントロールされる。

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全学新体制

 20XX年、日本の大学ではグローバル人材育成の経費がかさみ、有名私大はそれぞれに学費の値上げに踏み切っていったのである。この情勢の中で時の教育省はついに、公費を投入している人民大学についても学費値上げの指令を出す準備に入ったのであった。その頃、西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学では、次の学長に内定した北上尾土呂之介が新たな政権構想の下に執行部人事を進めていたのであった。

 はい。またまた、また、亀次郎でございます。ほほ。西荒川大学の東松山亀次郎ございます。ほほほほ、ほーほほほっほ。
 まあなんでございます。次期の全学の体制がどうなるの、と教員も職員も情報を探していたところでございましたが、やっと一部、漏れてまいりましたですね。まあ、最も引きのある情報は、ある理事が留任するのかどうかだったんですが、いやまったく、それ以外は誰も関心がございませんでした。そこがはっきり見えたのは大きいですね。
 まあ、これですねぇ。両理事に、学内最大部局の長をいきなり持ってきたんですな。あとは残りの部局からも上の方を持ってくるようですから、まあ、これですべて分かった訳ではないですが、基本的な作り方は分かりますな。
 なんというか、功労者を持ってきたとも言えますが、きれいに言うなら、部局立脚型盤石体制を目指した、と見ていいんでしょうな。ある意味、一番普通のやり方ですね。隣の県の人民大学など、いつもこれですね。ほほほほほ。
 まあ、何かをしたいと言う場合は、もう少し別の格好になるんでしょうが、そこはお膳立てを優先した格好ですね。ただこの作り方だと、副学長を乱発することになるかも知れませんね。見所の1つでしょう。
 欠点も見えますね。ここまで決まった陣容を見ると、学長にモノが言える人が、たぶんいないでしょう。ま、あえていうと、この方、お一人ですかね。反論する人が少ないと、歯止めがないかも知れませんね。まあ、ある分野に言う、集団思考というか、集団浅慮が生じやすい条件がそろっている、と見ることもできますが、まあ、そこは結果で判断するしかないですね。
 今後の見どころもあるはずですが、少なくとも次の点は注目してよいかも知れません。第1に、非常勤の理事にどなたを持ってくるか、ですね。第2に、監事の人選をどうするか、ですね。どちらも、筋がこれまでとは大きく変わるかも知れませんです。

(この記載は20XX年を舞台としたフィクションです。)

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続・教育の質的転換

 20XX年、日本では教育省が第3次の教育の質的転換をかかげ、人民大学を含む各大学にその履行を迫っていたのである。西荒川県唯一の第2人民大学である西荒川大学では、教育担当理事の鶴ヶ島鶴太郎が理事人生の集大成として、教育の質的転換を求める壮大なポンチ絵の作成に取り掛かっていたのであった。

 はい。また、また、亀次郎でございます。ほほほほ。西荒川大学の東松山亀次郎ございます。ほほほほほーほほほ。
 まあその、例の教育の質的転換ですが、またですかぁという感じですね。みんな疲れて来ましたね。まあそれ、例の規則改訂の件は、ウチの評議員殿から評議会を通ったと聞きましたですね。ウチの学部だけ文書を出して、例によって評議員殿がいろいろ議論をしたようでしたが、受け付けられなかったようですな。その資料を拝見しましたが、まあ、理事殿も随分と血迷ったことを文書で出したようですな。そこはきついやり取りがあって、理事も撤回したとのことですが、資料はそのまま出回りましたですな。
 私も後から文書は拝見しましたし、教授会でも元の文書が資料として配布されましたが。まあ、ウチの評議員殿が言ったことで一番重要なのは最後の個所ですね。いろいろやるのはいいんですが、そのままやると教員にとっては業務の純増になる訳ですね。例えば、アメリカの大学でTAというのは、教員とは別個に訓練機関があり、そこで差配をする、そうでないとできる訳ないのですよね。そこは何とかしないといけないはずですが、この文書だと全く無視でしたね。
 といっても、後から聞いた話、ウチの評議員殿も議決では排除されましたが、社会心理学に言う「少数派の影響力」を発揮しましたですな。理事殿もさすがに後から、考えるようなことを言っているみたいですな。ただ、ウチの大学は教育には資源を配分しないでしょうから、何ができるか、ですね。ふっ。

 それで、まあ、その後にもらった紙ですと、何ですね。今後の教養科目の改訂について書いてありますね。まあ、細かいことはここでは言いませんが、大きな点は2つですかね。
 まず第1に、教養教育規模の劇的な縮小ですね。語学を含めて。よほど金を節約して研究費に回したいんでしょうね。世間とは、やることが反対ですね。
 ウチの西荒川大学は、普通の大学に比べて教養教育部分には資源をかけていないんですよ。普通の大学だと、教養教育分のポスト、人員が既存部局の中に含まれている。だから、部局から出動するか、別組織にするかは別にして、教養教育を担う余力がある。しかしウチの大学の場合は、その分を削減に充てたり何かに使ったりしましたから、その分の労働能力がどこにも存在しない訳ですね。結局は既存部局の教員にジワジワと負担がかかってくる宿命がある訳ですよね。教養教育にかける資源も、もともと関東地方で最低でした、昔から。それをまたカットする訳ですから、目も当てられません。
 第2に、これ、徴兵制のようなものですね。賦役を新たにかける訳でしょうね。ウチの学部はもともと負担率が高いと思いますが、それでも負担は上がりますねぇ。教養教育分のポストを使ってしまったことの帰結ですかね。まあしかし、厳密な徴兵制は、平等ではあります。
 ただ、徴兵してもどんな授業でも持てる訳ではない。これで「必要な科目を出す」方針となると、担当できる教員は限られますね。それと、人数が多い工学系の先生方はもっぱら1年向けセミナー担当になるんでしょうね。そこはまあ、それで構いませんが。
 しかしまあ、そんなに頻繁にシステムを変えるものかよ、というのが率直な感想です。現状でも教育課程は複数制度並行なのに、またややこしいことになりますよ。なんでやるのかですね。理事殿の個人的な人生設計の都合に過ぎないんじゃないですかね。ひどいですよね、フィクションとはいえ。

(この記載は20XX年を舞台としたフィクションです。)

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会合の一コマ

(`ε´) このことを私たちはお願いしたわけだけれども…。

ヘ(゚∀゚ヘ) お願い? もっと強いものだったんじゃないですか?

(`ε´) そう、なんて言ったらいいかなぁ。

´ω`)ノ 脅迫でしょう。

(`ε´) ははははは。(目が笑っていなかった。)

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