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歴史認識

 最近、2つのことが目に留まった。
 第1。私はある郵便振替口座を管理している(していた)。が、数日前、その預金先が郵便局から「株式会社ゆうびん?銀行」に変わったとの知らせを受けた。変わったといっても口座そのものは同じであり、手続きは一切不要という。が、郵便局が株式会社になったと聞いて、郵政民営化が進んだことを改めて認識した。
 第2。昨日ネットのニュースを見ていたら、郵政公社(まだあったか?)の総裁?が信書/非信書の区分撤廃に同意した、とあった。今まで信書は郵便局しか扱えない、という無意味な規制があり、民間側はこの区分の撤廃を求めていたと思う。もともと理屈がつかない区分であり、諸外国にもない区分であるから、撤廃されるべくして撤廃されることになった、と解するべきである。が、その理屈通りの結果が今起ころうとしていることに、感慨を覚えた。
 かくして郵政民営化は進んでゆくが、結果として郵便局は困らないだろうと私は思う。郵便局はもともと優良な事業体である上に、郵政民営化が本決まりになる前から、準備をしていたからである。私の近所に郵便局の本局があるので、その努力は実感としてよく分かる。むろん従業員には辛い面もあった。
 これまで郵政民営化にはいろんな抵抗があった。お役所が率先して抵抗勢力になってくれていた。が、この抵抗は本質的に時間稼ぎであったことは明らかである。十分な時間を稼いでいただき、その間に合理的な準備を整えた今、たぶん郵便局は民営化してなお、優良企業として立派にやってゆくだろう。

 国立大学も理屈は同じである。
 私の感覚からすれば、国立大学への視点として、現代の時代感覚を最も反映しているのは、国立大学からは評判の悪い経済財政諮問会議の意見である。日本が民主主義社会であり、かつ消費者主権をうたう市場原理の上に立つとすれば、長期的には経済財政諮問会議の意見通りに推移しない訳がない。だから、その意見への抵抗は時間稼ぎと認識しないといけない。今、温情ある諸方面から時間を稼いで頂いている。この間にしかるべき準備を進めろ、とその温情ある諸方面の方々は言っている、と見ないといけない。
 ではその準備はできたのか? 旧帝大などの重点化大学は既に出来たと見るべきだろう。むろんこの間、旧帝大の中にもうまく行ったところとそうでないところがある。が、いずれにせよ旧帝大系は生き残れるし、今後飛躍を遂げるだろう。
 問題は、一番準備をしなければいけなかった地方国立大学がどうなのか、という点である。たぶん大学によるのだろうが、準備ができていない所が多いように思う。
 ありもしない地域からの需要をあることにしてもらうようお願いして回るよりも先に、普通に大学として備えるべきものが何かを考えて努力することがまず第1のように思える。

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