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教員の本懐(1)

 私が委員長をしている部内の学部将来計画委員会の審議事項に「業務過重問題」を入れたのは、昨年の11月30日の委員会会合のことだった。
 この議題を入れたことは他の委員が予想したことではない。それでも私には、この問題が深刻な段階に来ている、という認識があった。
 法人化以後、教員の仕事の上での労力負担は目に見えて増えている、と実感する。他学部の首脳からも、そろそろみんな疲れてきている、研究成果が頭打ちになっている、という感想が聞かれるほどである。
 忙しくなったことの原因が何かはきちんと分析された訳ではない。たぶんに気分の問題もある。以前は手抜きできたことができなくなった、という面もある。外側の制度が変わったために仕方なく導入された面倒さもある。全学の方針がくるくる変わったので、どうすべきかの確実さが減って負担が増えたように感じてしまう面もある。ただ実際に教員にかかる業務が以前に比べて多くなっているのは事実のように思える。以前はやらなかったことをやり始めたことが多いからである。代わりに何かを整理した訳ではない。
 そうなると教員の側は、正常な教育研究活動ができない、と感じるようになる。そう感じても仕方ないことだと思う。
 私はこの3月まで副学部長であるので、関係者には「仕事をしてください」と言わねばならない。しかし単純に拒否されることが多くなった。それ以上の権限は私にはないので、仕方なく私自身が引き受けることが多くなった。私も既に限界を超えている。
 実際、この問題を提起した学部将来計画委員会も、委員がなかなか出てこないのである。委員は8名からなり、うち3名は「補佐会」メンバー、つまり学部長、評議員、副学部長=委員長の私である。この委員会に通常出席するのは、その補佐会メンバーを入れて4人に過ぎない。他のメンバーは休むとの連絡もせずに平気で休む。少し前には考えらえなかったことである。
 嫌だという気持ちはわかる。われわれ大学教員は、業務をするつもりで研究者を選択した訳ではない。やはり普通に研究と教育をする、という了解で大学に勤めた。それを今になって業務をしっかりやってくれと言われても、何か約束違反をされた気分になる。実際、業務をすれば「業務頭」になって「研究頭」にはすぐには戻れない。だから数字の上では研究時間を確保できても、研究はできないのである。それでは研究者としても教育者としてもダメになる。その悲鳴が今、現われているのだろう、と感じる。
 上記の11月30日の会合では、かくして「業務過重問題」を取り上げた。私自身は根本的な解決策が必要に思えたが、「難しい」という反応が多く、議論も上の空で終わってしまった。この問題をまた取り上げる機会は、少なくとも今年度中はない。
(続く)

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