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授業料

 ウチの大学では大学関係の新聞記事の切り抜きが私のもとにも配信される。それを見ながら「誰かが毎日、新聞を読んで調べているんですねぇ」とつぶやくと、誰かが「いい仕事ですね」と答える。
 その新聞記事の1つに、ある地方紙の面白い記事が載っていた。財務省が試算して、国立大学の授業料を上げれば政府による交付金全体の4割強を削減でき、浮いたお金を世界的研究拠点への資金や奨学金補強に使える、という主張をしたという。
 この手の話は全国紙の記事としてもよく出ている。昨年度まではよく、政府系諸会議がこの手の話を出していた。財務省寄りと目される会議は上記の記事と同様の主張をし、別官庁寄りの会議は政府による補助を増やせ、という主張をする(「進歩的」メディアが支持するのは後者である)。以前は会議間の議論の形をとったが、最近は官庁間で直接の論戦になっている、その分、表立っては目立たないが、実は現実味を帯びてきている、ということかも知れない。

 例によって、上記のような新聞記事がどれほど正確かは、何とも言えない。ただ火のないところに煙はないから、似たような話はあるのだろう。
 「財務省寄り」の考え方は、通常の経済学者であれば誰でも考えそうなことである。争点は、高等教育への政府支出を手厚くするか薄くするか、ではない。財務省が問題にするのは、現在の政府支出が効率的かどうか、という点であり、効率性が担保されれば支出をためらう訳ではないだろうと私は思う。政府による支出が上がれば交付金という形のお金が増える、と考えるのは、話が単純に過ぎる。
 現状では確かに、政府が国立大学を、私立大学よりは手厚く援助している。ただ、この援助は、国立大学に入学する学生を一律に援助しているから、必ずしも貧乏学生を援助することにはならない。貧乏学生を援助するなら、貧乏で優秀な学生に奨学金という形で直接援助した方が効率的である。だから国立大学への交付金を減らして、奨学金に回すという考え方は、出てくるなら批判はし難い。

 で、国立大学の授業料を上げる、というのは、今の情勢で「あり」なの? 事情が分かっていそうな方の中には「ありじゃないの?」と仰る方もいる。

 日本のことであるから、足して2で割るような話になるような気がする。もともと国立大学の授業料は、少しずつ上げられてきた。この何年かが値上げを止めてもらっていただけのことである。だから「値上げ再開」があるのは意外とはいえない。ただ、そこは日本のことだもの、上記の新聞記事ほどドラスティックな変化になるとは想像し難い。
 結果は官庁間のやり取りの問題になるだろう。ただ、次期中期の期間には、ある程度国立大学の授業料は私大に近づくことを織り込んでよいのかも知れない。

 仮に授業料が上がるとしても、それ以上のことには可能性の幅がある。国立大学の授業料は政府が示唆した価格で一律になるのか、あるいは国立大学法人が独自に判断するのか? 私学のように部局別の授業料設定が「あり」なのか?

 何よりも重要なのは、国立大学の授業料が私学に近づいて行く中で、「この陣容で戦えるのか?」ということである。私個人は危ないと思う。
 ただ、やはり日本のことだもの、陣容自体を変える判断はなかなかできない。だから「このまま戦う」ことになるだろう。動きがあるのは、相当負けがこんできてからになるだろう。これまでの常識通りなら、そんなシナリオを描いておくべきなんだろう、と考えて、思わず苦笑いしてしまう。

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