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教員が大学を見捨てる日

 前の学長は私が属する教授会を2度訪れている。その1度目のことだったと思う。ある件があったために、同僚の多くが学長に対して意見を申し立てた。どんな発言があったかまでは覚えていない。しかしある先輩同僚の発言だけはなぜか覚えている。大学が大学らしい姿ではなくなってゆくとしたら、そんな大学は潰れた方がよい、というご意見であった。
 その通りだと私は思い続けている。
 かりにも私が今、気軽そうに部局長をしているのは、大学らしい姿でこの組織が残るにはどうしたらよいか、と考える僅かな情熱が残っているからだろう。同時に、その情熱が薄れているのは、見込みのある方向に舵をきる余地が消えつつあるように見えることである。
 このところ、あちこちの大学経由で、上の方から厳しいことを言われた、という話を聞く。特に文系学部は危ないよと言われて恐縮して帰ってきた、という話が主である。だからどうしろという筋まで、見え透いているところが苦しい。でも、それって大学かよ、と私の頭は自動思考してしまう。
 ある限度まで行くと教員は大学を見捨てるのではないか、というのが私の漠然とした感覚である。見捨てるというのは辞めるという意味ではない。辞められる人は辞めるんだろうが、そうではなく、最低の言い訳だけして給料はしっかりもらう、ということである。
 そうなると管理職は、どうやって教員をいびり出すか、そのテクニックに長じて来るのかも知れない。地獄だな。
 漠然とそんな地獄が訪れるような気がして、この大学が法人化したとき、私は組合に入った。今は一時的に賛助組合員であるが、正規の組合員と同じ組合費を払っている。幸いにしてまだ、組合の有り難さを味わう事態には至っていない。

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