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予算はなぜウチの大学を黙って通り過ぎて行くのか?

 20XX年、時の教育省は新帝国大学制度の創設に向けて走り出したのである。しかし財政省との折衝の結果、新帝国大学は当初予定の7大学ではなくなった。大学数が1大学削減され、6大学で新帝大は発足する運びとなったのである。そのため、東大と京大を除く旧帝5大学の間で熾烈な罵り合いが始まったのである。この罵り合いは週刊文潮、週刊新春を巻き込み、研究不正のスキャンダル暴露合戦へと発展していった。さすがに手の内を知り尽くした者同士であるため、ネチネチとした隠微な非難合戦の様相を呈し、かかわった大学は次第に世間の評価を下げて行った。その光景を見ながら、傷ついて立ち上がれなくなった旧帝大を新帝大から外そうと教育省は考え始めたのであった。

 一方、地域大学と位置づけられた地方人民大学では、今日も「金がなーい」という言葉が飛び交っていたのである。

 ほっほっほっほっほ。皆さま、東松山亀次郎でございます。このフィクションの話者として設定されております、西荒川県唯一の第2人民大学、西荒川大学地方文化創成学部、でしたっけ?、まあ、そこの教授と設定されております、東松山亀次郎でございます。ほっほっほっほ。げほ。
 さて、今日のお話は、そう、まあ何というか、簡単に言ってしまいますと、最近は、ウチの大学にお金が入ったという話は、めっきり聞かなくなったということですかな。いやこの前もね、後は大学の本部でまとめる、任せてくれ、って話があるじゃないですか。いろいろ。で、そこから先の話が流れて来ない。この前ね、それで、あれ、どうなったの?と聞いてみると、関係の会議に出ている先生がね、ダメだったよ、ヒアリングにも呼ばれなかった、って返事でした。「ダメだった」と「ヒアリングにも呼ばれなかった」というのがこのところ、セットになってますな。そんな話がいろいろ溜まって来ましたですな。むろん、最初からもらえると分かっている予算や、競争が事実上ない予算は取れていますよ。しかし、いわゆる競争的資金がダメ。
 少し前からこの流れが定着してしまいましたね。1年くらい前でしたかね。そう、あれは、COC-がダメだった、ヒアリングにも呼ばれなかった、という話を誰かとした時でしたかな。いや、以前はね、ウチの大学は執行部がリサーチ・ユニヴァーシティを目指す、全国レヴェルの大学やでぇ、と言ってね、OCOなんてのは格が低い大学が取るもんだから、ウチは出さない、とか言ってたんですよね。上の地位の方が。ところがその路線がね、ご存知のようにだんだんと後退したじゃないですか。それで、地域大学でいいです、教育中心とは言わないが人材養成中心です、って言いだしましたよね。以前は鼻もひっかけなかったCOCなんですが、諦めていざ取ろうとして、まったくダメ。取れない。このパターンが何年か続いて、定着してしまいましたねぇ。

 まあしかし、これって、ダメでも、大学の存続には致命的ではないんですね。そもそも、その手のお金は金額的には旨みがない。まず額が低いですね。それに、取れても特定事業にしか使えませんから、あの程度の金額だと、全学が潤うという感じにはならないですね。

 だからといって、取れないでよい、という話ではないです。まあ第1に、この手の予算は、ウチの大学が属するクラスの大学向けの予算なんですよ。それが取れていないということは、カテゴリーとしてウチの大学に求められていることに、うまく適応できてない、ということです。大丈夫ですかね。第2に、この種の予算で求められる活動は、何れ、このカテゴリーの大学に必ず求められるようになることですな。だから、予算が取れた大学は、その予算である程度実験的な試みもして、経験値を上げて行く。情報も蓄積させて行く。しかし予算が取れていない大学は、後々、金ももらえず自前でその活動をやらないと行けなくなることですね。馬鹿みたいでしょ。後々、疲れることになるでしょうね。

 なぜ予算が取れないか、ですね。まあ、いろんなことが言われていますね。学長がいじり過ぎるとかね。学長のところでダメが出て、それからいじられることが事前に分かっているものだから、担当者も本格的な案は作らない。だからまずます、学長もいじりたくなるんでしょうな、たぶん。問題は、正しいいじり方になっているのか、ですね。どうも情報が取れてないものだから、無意味な弄り回しに時間だけかけているというのが、実際ではないでしょうかね。
 でも、その要因は、小さいですな。
 一番大きいことは、ウチの大学がその中で戦う階級を誤って想定した、その誤りから出発してしまったことでしょうな。当初の大きな計画の中には、全学規模での教育改革、特に学士課程のへの配慮がスッポリ抜けていた訳ですよ。理工の発想からはそうなるかも知れない、教員養成の観点は別にあるからもうよい、として、しかし、大学として18歳人口の減少を迎えるときの発想としてはそれではまずかった。そこが、ちゃんとできている大学との違いですね。
 だから、予算の申請を書くにしても、活動実績が薄い訳ですよ。やってないんだもん。だから今後の計画も空虚になる。まあ、研究実績のない内容で科研費の申請をするようなもんですな。
 それに、実際の担当者に権限なり、発言権がある格好になっていないことですな。やる気のある人が責任者には、なっていないんでしょうね。
 ほとんどの申請が、案ができる前から「あれはダメですよ」という話が流れて来ますもんね。結果もその通りになるだけ。
 大学全体で疲れ切っていることも問題ですな。こういうやり方をするから。今度は自分の番だと思う所がない訳ですよね。
 しかも情報が取れていないですね。何やってんでしょうね。いろんなレベルでの相談ができていないんでしょうね。
 まあ、だからと言って、大学が即潰れるという訳ではありませんよ。今のところ。ほっほっほっほ、げほ。

(この記載は2020年代後半を舞台にしたフィクションです。)

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