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ウチの教養学部はどこが弱いのか?

 私は結構長く教養学部長をしていた.その間,この学部をどうやって売り込むかを考えていた.が,そういうことを考えるとどうしても,「突っ込み」を入れるもう一人の自分がいることに気づく.もう一人の自分という悪魔は,そりゃ違うよねとささやく.だから同時に,この学部はどこが弱いのかも感ぜざるを得なかった.
 今思いつくところで,少し述べてみよう.

 第1に,この学部は看板に嘘がある.私の理解では,教養学部は College of Arts & SciencesないしCollege of Liberal Arts である.理系がないのはおかしい.人文学の領域は,少なくとも主要な領域はいると思うが(教員数は不十分である),社会科学も,実は主要なところを欠いている.だから人文学部というのが正しいのだろう.しかしあくまで教養学部として設置され,そのままでいる.
 主要な教養学部は,駒場にしろICUにしろ,むろん理系は存在する.
 だからなぜ教養学部なのか,人文学部でないのか,と説明する折には,精神論でLiberal Artsを述べるしかない.しかし組織論としては後ろめたいところが付きまとう.
 なぜ教養学部となったかという昔話は,人づてに伺ったことはある.「文学部」を希望したがお上にダメと言われ,教養学部にした,と聞いている.が,実際のところを自分で確認したことはない.それでも以前は,理系の先生はおられた.理色の「コース」も存在した.しかし今は消えている.
 私が着任して少しした頃,学部名を人文学部にしようと提案があって(私が提案したかも知れない),教授会で承認したと記憶している.その教授会承認がその後どういう扱いになったかは知らない.たぶん学部名を変えるとなると,設置の手間がかかるだろうと想像する.実際問題,それほどの手間をかける価値はないように思う.その後,いっそ人文学部にしたら,と私は話題にすることもあったが,「人文学部というと文学部になれなかった学部」という印象があり,抵抗がある,だから教養学部でよい,とおっしゃっていた先生がおられた.実際,文学部を称することができるのは,国立では旧帝と旧六までである.地方国立大は人文学部になる.身分的に文学部を称せない,というのが悲しい現状の身分制である.

 第2に,この学部は多品種少量生産学部というか,世間の一つの学問分野の教員数が少ない.だから教育の分野別の質保証を問われると困るだろう.実は国立大学の人文系学部はどこも似たような状況といってよい.そのため,実は私大の人文系学部に比べると弱いのである.
 私は以前,入試広報に携わっていて,問合せに応じることにしていた.問い合わせの中に研究分野を特定して「こういうことをオタクでできるか?」という問い合わせがいくつかあった.記憶に残っているあるケースは,日本古代史が勉強したいという問い合わせだった.当然回答は関係の先生と相談の上である.相談した先生も私も正直なので,考古学ならできるが普通の古代史については専門の先生がいない,もし勉強したい分野が決まっているなら,その分野の先生が多い大学を受験すべきである,と回答した.いろいろ問われると,たぶん,同じような回答になってしまうだろう.むろん,ウチの学部だけの話ではないと思う.
 一分野の教員数が限られることで生じるのは,分野別質保証の問題だけではない.研究上もセンターになるのは難しいことを意味している.今から20年ほど前であるが,私は意見書を学部教授会に出して,学部内の分野を5つくらいに絞り,一分野の充実を図るべきであると言ったものである(そのときに提起したのはその点だけではない).ほぼ全員から拒否された.
 同じ提案を今の段階でするかとといえば,難しいだろう.分野を動かすとすると「完成」するまでに時間がかかり過ぎる.その間不安定な状態でいることには不安がある.また,人文系学部は普通,多くの分野を要するのが当たり前であり,分野を限定することには比較の上でリスクが高い.
 一分野の教員の充実を図るとすれば,似たような学部(当然,他大学の学部である)と統合するしかない.統合とはいかぬまでも高度の連携の可能性はないかと考えて,学部長のときに動いてみたことがある.いろんな意味でハードルが高かったのが実情である.が,もし大学間で統合できるなら,長期的にはその方が良い.教育の質保証だけではなく,研究上の中心になる可能性を担保できるからである.

 第3の問題は組織構造が不定形なことである.理学部であれば基本ディシプリンごとにdepartmentを作るのが常識であり,(少なくとも国立の)理学部はそのようになっている.同じことは法学部や経済学部にも言える.しかし規模のない教養学部は,どう頑張っても十全とは言えず,結果として組織構造を律する原理は特にない.そのため,柔軟に構造を作れるという利点もあるが,その利点はそのまま欠点にもなり得る.組織の規律は外的に決まるのではなく意図的に律さねばならない.例えば,どの部署が維持できるかどうかも確実性は低い,ということになる.
 組織の不安定性は構成員に不安を与える.通常の意思決定者はリスク選好的ではなくリスク回避的であるから,職場の魅力は落ちることになる.
 こうした問題を回避するために,ウチの教養学部では部内組織を明示し,その単位に一定の保証を与えてきた.ただ,こうした組織の線とは別の「配慮」で学部長がポストの使い方を決めてくると,結果として組織は意味がなく,秩序の欠如が結果してしまう.例えば学部長が,執行部に人を出しているところからの「おねだり」に応じてポストを使い,執行部に人を出していないところを冷遇したりすれば,組織は崩れてゆく.こうして生まれる不安定性が組織の凝集性へのダメージとなって行く側面もあるのである.

 以上,思いつくところでウチの教養学部の構造的な弱点を挙げてみた.にもかかわらず私は,教養学部というシステムは優れたシステムになり得ると思っている.文科省が昨今勧める「学位プログラムを中心とした大学制度」は,教養学部というシステムの中で実現できるからである.上で述べた欠点はいずれも,規模が小さいことに起因することを考えて頂きたい.だからいくつかの既存部局がこのシステムに参入する体制を作ることができれば,構造的な弱点を克服した優れたシステムとなることができると,私は思う.

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