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壮絶 ゾンビ大学

 どのくらい前か忘れたが,私が全学の会議に出ていた時にある出席者が次のような発言をされた.「研究機構棟に行くとゾンビのような名誉教授が歩いてるだろ.そういうところで研究室を使うならもっと若い人でスペースが必要なところに使わせるべきだ.」
 この言い方は甚だひどいのであるが,反面,直截にそこまでよくも言ったものだ,という気持ちが沸いて記憶していた.その発言の趣旨は,必要で効果的なところに全学のスペースを配分してくれ,ということである.以前の資料を整理していてふと思い出したことである.
 思い出しながら頭にとどめていると,私の自動的な思考は次のような空想を導いた.

 20XX年,日本では博士課程修了者の増大にポストの数がついて行かず,高学歴失業者問題が深刻化していったのである.政府は数々の方策を考え,大学等に働きかけを強めたが,特段の経費を支出するでもなく,経費削減圧力の下にある大学等は若い研究者を専任で雇用する枠を増やすことができなかった.その間に事態は一層深刻化し,高学歴失業者数は増加の一途を辿った.大学でも,理工系を中心に,テニュアのある専任教員として雇用されるのは50歳に近いことが普通になって行ったのである.
 この事態の中で,ある国立大学の教職員組合は,研究者の生涯賃金が著しく低下しつつあることを提起したのである.すなわち,研究者の多くは若年時に不安定な雇用で低い賃金で働き,専任の職に50近くになって就くものの65歳には退職するため,研究者になること自体が経済的に割に合わないものになりつつある,ということである.
 この提起は多くの大学関係者の間で議論を喚起することとなったのである.ある者は,だから教員の定年年齢を引き上げるのが妥当だと主張した.またある者は,定年を引き上げると若い研究者に供給される職が減り,事態は一層悪化すると主張したのである.
 しかし地方国立大学の西荒川大学では極端な選択をすることになった.在職していても重点化大学に比べて特典が少ないために,定年を引き上げる方向に学内教員の意向は収斂していったのである.定年引上げの考えは西荒川大学から他の地方国立大学へと感染して行くこととなった.
 この事態を目にした教育省は,定年規定は各大学法人が自発的に学内規程で定めるのが原則であるが,現状を変えるのであればその財源措置を法人で確保するとともに,定年の学内規定の趣旨が徹底される必要がある旨の通知を出すこととなったのである.
 だがこの通知は抑制的な効果を持たなかった.教育省が容認すると受け取った西荒川大学が,退職年齢を65歳から一気に85歳までに引き上げることを決めたのである.そのことは当初,驚きをもって受け止められたが,他の地方国立大学も雪崩を打ってその方向に同調し,少なからぬ大学が数年のうちに退職年齢を85歳までに引き上げたのであった.

 これらの教員高齢化大学では,高齢教員の在職者数が増えるに従い,異変が起きてきたのである.
 異変はまず学生から報告された.夜,研究棟を歩いているとゾンビに出会った,亡霊を見た,という類の報告が頻繁に学生課に寄せられるようになったのである.中には精神的なショックによりカウンセリングを受ける学生も現れた.これらの報告は都市伝説として世間に流布され,教員高齢化大学は何時しかゾンビ大学と呼ばれるようになったのである.
 西荒川大学では,学務部が学生向けに特別に通知を出し,多文化共生の趣旨に則り,幅広い年齢層の大学構成員が共生して行くことの重要性を説いたのである.
 他方で学務部は,若年層がいきなり高齢の教員に接触するのは無理があり,徐々に接触して慣れさせる必要がある,という結論に達したのである.
 そのため,西荒川大学では65歳を超える高齢教員に3段階で次のように「ゾンビ度」基準を設定し,その基準によって教員を分類することとなったのである.なお,「ゾンビ度ゼロ」は,65歳未満,ないし3段階の何れにも該当しない教員を指す.
 ゾンビ度1級:18歳程度の若年者が恐怖感を感じる程度
 ゾンビ度2級:メイキャップなしにゾンビ映画に出演できる程度
 ゾンビ度3級:白骨化死体ないし腐乱死体と見分けがつかない程度
そして,初年次の学生にはゾンビ度ゼロの教員が指導を担当し,学年進行に従ってゾンビ度が高い教員に接して徐々に学生が慣れる,というシステムを考案したのである.したがって,学生は4年生になって初めて,ゾンビ度3級の高齢教員を目にする,という仕組みが出来上がった.
 高いゾンビ度の教員が集まる研究教育棟は大学の一角に集められ,その一角は高い塀によって仕切られ,門を通って入るのである.その門は論語に基づいて従心門とされたが,人はその門をゾンビ門と呼んだのであった.
 ゾンビ大学では別の面でも変化が現れたのである.教員の高齢化にともない,在職中の死亡例が増えたが,勤務中に死亡した場合は特に「殉職」として敬意を払うこととなった.年度進行に伴い,この殉職数は飛躍的に増え,大学のホームページには殉職告知の掲示板が作られたのであった.

 数理経営工学研究科 西所沢梅三郎教授,講義中に壮烈に殉職
 文化経済学部 東狭山貞奴教授,発作のなか西荒川大学は不滅だと叫んで殉職
 人文物性学科 南越谷助忠教授,社会物性学会大会で敵を粉砕して名誉の殉職

などの記事が常に並ぶことになったのである.
 退職年齢の引き上げにより,名誉教授称号を生前授与され,最終講義をすることには高いハードルがあることになった.そのため,西荒川大学では最終講義には特別な趣向が用意されたのである.3年ぶりに開かれた最終講義は,ゾンビ度3級の名物教授,北朝霞三之助のものである.最終講義はゾンビ門の中の,最高度ゾンビ館で開催された.開始時には,会場の照明はすべて消され,少しして壇上にスポットライトが当たるのである.壇上には棺のように見える箱が置かれていた.しばらくするとドラキュラのような黒いマントを身に着けた北朝霞が棺桶の蓋を中から開けて起き上がる.この瞬間,出席者からは「おーっ」という歓声が上がった.北朝霞はガソリンのようなものをかぶるや,右手を高くつき上げ,「教育研究に情念を燃やした,わが生涯に一片の悔いなし」と叫ぶ.そしてマントに火をつけ,体は炎に包まれたのである.出席者は再び,「おーっ,ここまでやるか」と口々につぶやくのであった.

 教育省が全国のゾンビ大学の廃校を決めたのはその3年後のことである.

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