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お役人の講演会

 今から1年半ほど前のことと思う.まだ私が教養学部長だったときに,全学運営会議で文科省職員の方の講演会があるとアナウンスされた.聴衆は教職員限定だったろうから,講演会というより説明会といった方がよいかも知れない.会場は教養学部2階の会議室と知らされた.
 この種の講演会には全学に動員がかかるから,出席者が少な過ぎる心配はない.私は出る必要はないと思ったけれど,ウチの学部が会場になるので欠席するのは気が引けて,小心者の常として出るだけは出ようと考えた.会場の後ろの方の席に座って聴いていた.
 講演はよく整理されたパワポを使ったものだった.良い話であったが,確か国立大学法人の支援の在り方の説明であり,既に周知の内容だったように思う.だから今さら,私には感想はなかった.
 質疑の時間に移ると私より少し前の席にいた理学部の先生が挙手して発言した.この間国立大学は改革をやっているが,科学論文の数が減り,水準が保てなくなっているのではないか.このことをどう思うか? という趣旨の質問だった.
 その質問を聞くなり私が思ったのは,(質問者が)まったく空気読んでないな,ということだった.なにゆえか? 国立大学と文科省は同じ親方日の丸の庭に咲く存在である.ウチの大学は巨木の陰にひっそり生きている日陰の花のようなものかも知れないが,それでも生きていけるのはこの庭にいるからである.文科省も従来通り大学にお金を配りたいが,理屈をつけないと配れなくなっているから大学に改革を求めているというのが現実である.自虐的ではあるが,ウチのような大学は文科省のお役人に泣いてすがりついて生きてゆくしかない.だからこういう場面では,講演者の顔を立ててシャンシャンと終わるしかない.
 
 案の定,講演者からの返答はポイントを外れていた.というより,その種の議論をする準備はその講演者の方にはなかったろうし,文科省としても,少なくともその時点では考えを整理していた訳ではないだろう.
 質問者は食い下がろうとしたが,学長が制止した.他の質問も聞く必要があるから,という理由だった.
 学長の制止は機転として正しかったと思う.質問の件は短い時間で決着がつくことではない.しかも,講演者を困らせる訳にはいかないからである.
 その後で多少の議論が続いたかどうかは記憶にないが,ともかく講演は穏便に終了した.

 件の質問は空気を読んでいなかった,と私は思う.にもかかわらず,その質問はこの間に大学に起こっていることのまさに本質だったろう.その点は質問を制止した学長も理解していることのように思う.この空気を読まない質問は,出るのが正しかったのである.
 この間,文科省は国立大学に改革を求め,形だけ応じるなんちゃって改革が全国で続いている.文科省は上位の大学を世界のトップ何位に上げることだけに関心があるようだ.しかし,この一連の動きが日本の学問状況を進歩させたというエヴィデンスがあるのか? 日本は21世紀に入ってからは有数のノーベル賞受賞国になった.しかし今ノーベル賞をとれるのは,過去の大学の状況の結果である.このように科学論文が減るような状況を続けていたら,これまで営々と築き上げてきた学問水準という公共財を破壊してゆくことになる.
 日本の科学論文の低下については,三重大学の学長だった豊田長康先生が以前から論じておられた.また,日本における科学論文の低下については今年に入って Nature に論文が掲載されるに及んで広く知られるようになった.
 豊田先生のブログによれば,Natureへの記事掲載の後,政府は研究開発費を飛躍的に引き上げる方針を決めたという.この研究開発費の引き上げが,本当に引き上げられるとして,どのように人的投資に結び付くかが問題解決の鍵になるのだろう.

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