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経営協議会

 2006~2007年度に私は教養学部の副学部長をしていた.そのときの学部長は関口先生である.どのような文脈かは忘れたが,私はその関口先生に,「今のような経営協議会の作りでは,大学の経営はできないのではないか?」と申し上げたことがある.関口先生はにやりと笑い「文科省も大学に本当に経営させようとは思っていないだろう」と答える.「それもそうですね」と私は笑いながら承服しその会話は終わった.そんな一コマをなぜか今も覚えている.
 今の国立大学法人の規定では,国立大学の学長と理事長は分離していない.だから純粋に経営の観点で発想する役職者はいない.経営協議会というのはあるにはあるが,所詮はパートで出てくる方々なので,それほど大きな役割は担えないだろう,というのが私の当時の考えだった.
 国立大学法人法の経営協議会の規定も,私には弱いように思えた.要するに中期目標・中期計画や年度計画のうち,経営に関する事項に意見を言う程度のことしか書いていない.「経営に関する」とは財務等に関する事項限定なのかどうかも分からない.その中期計画等は文科省が認可するのだから,要は狭い領域の事項に関して効力がはっきりしない意見をいう,という程度のことでしかないようなニュアンスが滲む.

 不幸にして私は,在職中,「経営の観点」という趣旨の言葉を「金の節約」の話題としてしか聞いていなかったように思う.まあ金の節約も経営の1つではあるが,小さいことである.経営として重要なことは,大学の格好をどうするかの大きな判断だ,というのが私の認識だった.教学(教員層)の中から大学の格好を議論したとすれば,どうしても現状の肯定以外の結論が出ない.統合といった判断は回避されて終わるだろう.そこを先に進む判断をするのが経営の役割のように私は思っていた.

 私は2008年度から学部長になり,全学運営会議や評議会に出席するようになった.むろん経営協議会はまったく関係なかった.しかし法人化2代目学長は,2009年度辺りであったろうか,経営協議会にも部局長が陪席することと決めたのである.陪席なので原則,聞いているだけである.会議が多くなるので私は内心,嫌だった.余計なことを決めてくれたなと思ったものである.
 それでも経営協議会に陪席し,会議の様子を眺めた私は,ウチの大学の経営協議会の実際に次第に好印象を抱くようになった.学外委員の方々は大変まじめに議論をなさっている.ウチの大学の活動に欠けている部分の指摘があり,その指摘は大方,その通りであると思えた.学外委員は全学運営会議や評議会の出席者よりは世間的な常識があるし,まともな議論が出ていたように思う.「まともな議論」とは,評価は人によろうが,大学が普通にやっていることはちゃんとやるべきだという方向の議論である.むろん私には気に入らない議論もあるが,気に入る入らないはここのでテーマではない.
 「まともな議論が出ていた」という私の印象は,私が2度目に学部長になった2年間,2014-2015年度の記憶に基づくかも知れない.この間は,なぜ教養教育が貧しいままなのかといった.本来教学の全学会議でなすべき議論が盛んであったし,その後も大学としてなすべきことの,教員は嫌がるかも知れないが正しい指摘が出ていたように思う.決して金勘定の話(だけ)をしているのではない.
 私が面白いと感じたのは,経営協議会委員の方の意見は,なぜか文科省の考え方に近いように思えたことである.その意味で良くも悪くも常識的である.確かに経営協議会には文科省OBで見識のある委員がおられた(今もおられると期待するが).その方が文科省の考えに近いことをおっしゃるのは当然と思うが,しかし他の委員の意見までコントロールしている訳ではない.にもかかわらず,他の委員の方の意見も教員側よりは文科省の考えに近いように思えたのは,ある意味で面白かった.
 総合的に言えば,私が見聞した2015年度までの状況を見れば,経営協議会の学外委員は大学に正気を注入していた面が強い,と私は思う.

 にもかかわらず,冒頭に書いた昔の私の考えは,やはり正しかったように思う.経営協議会は,許された状況の中で大学に対してよく貢献してくださっているのではあるが,限界がある.経営協議会委員がご覧になっている資料は大学の総務で作っている資料であり,基本的に大学はよくやっていることを示すための資料である.本来なら独自に資料をまとめる能力が経営協議会に必要であるが,どのような資料をとるべきかを知るためには実際の業務の流れを見ていないと無理だろう.少なくとも教学にかかわる部分については無理と感じた.また,この協議会の作りからすれば,経営協議会が独自に大学についてのプランを作ることはできない.できるのはせいぜい,大学役員が提示するアクションプランに多少の修正なり付加をすることくらいである.
 
 どうでもよいことであるが,私が経営協議会の議論として評価しているのは,教学に関する事項の議論である.これらの事項が国立大学法人法の経営協議会の規定にある「経営に関する事項」なのかどうかは,正直疑問である.ただし教学を考えない経営ということはあり得ない.だから現状の経営協議会の在り方は,それで結構だと感じている.

 残念ながら,今の国立大学法人は,大きな経営判断ができるようにはなっていない.そのことが幸であるか不幸であるかは,なんとも言えない.今の制度が続けば,国立大学は潰れることはないからである.

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