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教育組織と研究組織の分離

 教育組織と研究組織(ないし教員組織)の分離は,私が退職する時点では埼玉大学では意識されていなかった.しかし今後やることになるかも知れない(あるいはもうやったか?).結論を先にいうなら,研究組織は,作るべきではあるが,研究組織に行政的な権能を与えて運用するのは止めた方がよいと思う.事務的に手間がかかるだけである.しかし改革のポーズが必要であり他にポーズの作りようがなければ,やらざるを得ないだろう.

 国立大学の法人化後,いくつかの大学が「教育組織と研究組織の分離」をしたという話が流れた.どこの大学がどうだったか忘れたが,今ググってみたら次のような文書が出てきた(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/kondannkai/__icsFiles/afieldfile/2011/03/02/1301683_03.pdf).この資料の日付は2011年であるからやや古い.その時点での顕著な例,ということだろう.私の記憶でも九州大学の例がよく言及されていたと思う.
 この資料の例では,九州大学は全学的な分離例であるが,その他は研究科1部局内での分離である.その程度なら私が属していた埼大人社研でもやっている.不肖私が言い出したことだが,研究組織(結局は領域分類)を科研費領域に従って作ったのである.見た目はきれいである.
 ただ,現状で「教育組織と研究組織の分離」といえば,全学を通した分離(つまり全学で一元化した研究組織の設立)であると思う.
 ネットですぐに出て来る例としては,1つは北大の例=研究院設定がある(https://www.hokudai.ac.jp/introduction/kaiso.pdf).まだ一部の部局が未対応であり完成はしていないが,そのうち完成するのだろう.全学の研究組織が研究院の集まりとして定義されるのだろう.
 ここまでは上位大学の例だった.しかし埼大と同じランクの大学も結構,教育組織と研究組織の分離を実施している.下に弘前大学と鹿児島大学の例を載せる(この2大学は医学部があるので埼大よりランクが上かも知れない).が,それ以外にも分離した例は多い.
 弘前大学(https://www.hirosaki-u.ac.jp/wordpress2014/wp-content/uploads/2015/09/20150916-3.pdf)
 鹿児島大学(https://www.kagoshima-u.ac.jp/about/gaiyou2015-soshiki.pdf)

 実は2014年の人文系学部長会議でも,教育組織と研究組織の分離を話題にしている.その時点でいくつかの大学が教育組織と研究組織の分離(ないし研究院の設立)を実施済みであり,いくつかの大学が計画中だった.
 会議の席上,私は「実施すると(文科省から)評価されるのか?」としつこく質問した覚えがある.ある大学の学部長さんは,文科省からいわれたという.別の大学の学部長さんは,分離が重要というより,改革のポーズが必要だと文科省の担当者からいわれたという.まあそんなところだろうと思う.

 いくつか感想を書いておきたい.
 第1に,上記の弘前大や鹿児島大の例は,研究組織(教員組織)を,教育組織たる学部や研究科と分離している.この格好が正しいというか,本来の「分離」である.しかし旧帝の北大,九大の例では,あくまで教育組織たる大学院に研究組織を作っている.これでは「分離」ではない.にもかかわらずそうしているのは,見苦しくも「大学院教授」という名称を維持するためだろう.教員個人の肩書は研究組織(教員組織)に従うのが一方の筋であり,研究組織を大学院の外に作ったら「大学院教授」にならないのだろう.
 第2に,作るだけなら研究組織の作成は簡単である.人社研のように「科研費領域にしたがう」という原則を決めれば,2,3時間で作れる.領域所属に関するご本人らの了解をとるのに時間がかかる(返事待ち時間)だけである.大学全体で「科研費領域」といった原則を決めておけば,各部局で作った表を合わせればよいだけである.たぶん,旧来の部局とほとんど対応した表ができるはずである.
 こうした研究組織の表は,あるに越したことはない.大学全体の状況を把握し,今後の計画の参考にするのによいだろう.
 しかし第3に,この研究組織に行政上の権能,例えば人事案件の上申策定(決定はどのみち学長だろう)の権能を持たせるのはやめた方がよい.いろんな会議にかけなければ物事が進まなくなり,作業量も多くなる.不便になるだけである.人文学部長会議では,分離によって事務量,会議数が多くなること,決定に時間がかかり過ぎること,などが話題になった.
 また,おそらく教員個人の活動評価が面倒になるだろう.評価はもともと面倒ではあるが,今までは各部局の中で完結しているのでなんとかなった.しかし研究組織と教育組織を別に運用すると,教育評価は教育組織で,研究評価は研究組織で行うことになるだろう.結果としてあちこちで評価をすることになる.では行政上の評価は全学で一律か? しかし行政上の役職は部局によって数が異なる.経済学部にはあって教養学部になる役職もあるのである.そこで全学一律に評価するとなると,実は所属の教育/研究組織によって不平等が生じる.社会貢献など,部局によって需要が異なる項目を一律に行うのも変な不平等を生む.そしてそれらの評価項目の成績をどこかに集めて総合評価を作るのであろうか? 考えるだけで面倒になる.
 なんだかんだいいながら,従来の部局一括方式が,運用コストが低い形態なのである.
 第4に,やめた方がよい別の理由は,さしたるメリットがないからである.教育組織と研究組織の分離は役人の気まぐれから出てきたことであり,分離しなければならない必然性はほとんどない.分離した大学は,その理由として,教育上の要請と研究上の要請は食い違うから分けるなどと書く.しかし,教育組織と研究組織が別人員で担われるなら別であるが,研究と教育を実施するのは同じ人たちであるから,別々の補強をしようがないのである.むろん,研究だけの人員を持てる大学なら別だろう(本来はそうあるべきだ).
 第5に,そうはいいながら,「改革しています」というポーズのために埼大もいろんなことをしてきた.同じ理由で,意味がないのにやることになる可能性は,残念ながらあるように思う.

 研究組織の「正しい」使い方があるとすれば,研究組織に応じて大学の基礎組織=部局を定義し,米国の大学のように,その基礎組織が学士,修士,博士のプログラムを出すような格好にすることだろうと思う.ただし,実質は現状とほとんど変わらないはずである.

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