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法人化後の2代目学長(中)

 さても,2代目学長さん(上井先生)の4年目である2011年の後半には学長選考がある.順当に行けば2代目学長さんがあと2年の任期を務めることになる.がここで,後の3代目学長さん(山口先生)が学長に立候補するという情報がもたらされた.
 その情報をもたらした人に私は「何の正義を掲げて立候補するのか?」と尋ねた.「そこで正義なんていうのは高木さんくらいだよ」との返事だったのを今も覚えている.
 その後,確かに山口先生(たぶん理工研科長)は立候補するようだ,と確認した.どういうルートの情報だったか忘れたが,私が聞いたのは理工研側には2つの要求があるとのことだった.第1は基礎研究への大学配分の研究費を増額すること,第2は(詳しくは分からないが)全学の研究機構にある理工系分野のポスト(全学ポスト)を理工研に移管して欲しい,ということだという.ただ公式に何を掲げるのかはその時点では分からない.
 山口先生の立候補,というのは,私には唐突に思えた.山口研究科長は全学の会議に出ていてその意見は私も見聞していたが,伝えられるようなことで発言があったという認識はなかった.そもそも,問題があれば全学運営会議の場で出し議論してもらうべきと思うが,特段批判的な言動は記憶になかった.
 もっとも,理工研側は研究担当の川橋理事との間でやり取りをしていたのかも知れない.だから話が理工研の内輪話のようになった,という可能性はあるだろう.
 私の眼には,山口先生は理工系の要望(ないし突き上げ)を背景に立候補したという印象を受けた.出馬にあたって全学的な根回しをしなかったように見える(むろん上井学長側も結果として協議をしていない).後に正式の立候補をしてから支持者の親分が教養学部長室においでになったことは覚えている.が,ただの挨拶であり,「政策的な」説明はなかった.挨拶を受けた私も上井候補をよろしくと応じただけである.山口先生側は(今よりも)トップダウンを目指すといい,かつ理工系を背景にしている様子だったので,私の方はデフォールトで現学長を支持する以外は考えられなかったのである.
 経緯は忘れたが,山口先生の立候補の噂が出た直後辺りから上井支持者の招集があった.私も出席した.何度か会合はあったと思う.しかし,4年前に最初に上井先生を学長に押す準備会合ではどのように大学を運営するという話があったのに,今回はなかった.もっぱら「選挙対策」の話だったのである.その点が第1の失望である.第2の失望は,正式の立候補の前の段階で「山口さんに出馬を見合わせるように説得する」ことになったことである.私には,理系の某先生(山口先生の参謀と思われていた)を説得しろという指示があった.
 この指示を頂いてから学部に戻り,三役と協議した.出馬を見合わせるよう某先生を説得しろと学長にはいわれた.けれど,選挙に出る権利があるのに出るなという筋はない.出てもらって戦うのが正しい.だから,指示は受けたが何もしないことにする,と私は話した.三役の2人からも同意を得た.一時は「もう一押しで説得できる」という話も聞いたが,結局,山口先生は出馬するとのことだった.
 私としては,この件では教養学部内で「上井をよろしく」とお願いに回った.が,それ以上はしなかった.学内でいろんな動きがあるという風聞は耳に入ってきた.「直属部隊」は理工系への選挙活動を続けていた.その際,昔の竹下派みたいだが,「2年経ったら山口さん」といって回ったようだった.要するに,2年後の学長選考では山口さんを学長にするから,この2年間は上井学長でよろしく,ということである.「あれま」と思ったものである.2年後でOKならなぜ今はダメなのか? 学長任期を2年延ばす,ただそれだけのために,どこかで道を間違えてしまったのではないかと,ぼんやりと考えた.
 事務方の誰がどちらを支持している,といった話がよく飛び交った.圧倒的に山口先生支持が多かったという印象だった.上井学長がこんなに評判が悪いとは私は思っていなかった.
 という訳で,さほど運動した訳ではないのであるが,ともかく私は上井支持を通した.立会演説会の際に山口候補に疑問を呈する(全学運営会議では,いえたのに,何もいっていなかったではないか?)程度のことだった.
 実は私は山口候補が勝つと思っていた.
 蓋を開けると,僅差とはいえ,上井候補が選挙で勝ったのである.嬉しかったが意外だった.
 私も出ていた学長選考会議でも問題なく上井学長で決まった.そもそも外部委員は学長が委嘱しているので,例外を除き,現学長を支持する.会議が終わって部屋を出るとき,ある外部委員の方が「こんなに接戦とは思わなかった」と意外感を漏らした.私はただ「ええ」と答えた.
 勝ったとはいえ高揚感はなかった.4年前とは大違いだった.4年前に選挙戦の前線にいたのはその時の両理事だった.今回の選挙では両理事はまったく姿を見せなかった.
 次第に何のための選挙戦だったか疑問を抱くに至り,私は気分が落ち込んだ.上井学長の2年の任期追加は決まったけれど,「2年経ったら山口さん」で戦っていたので,2年後には山口先生に学長を禅譲することが既定路線になったように思えたからである.山口学長の是非が問題ではない.問題は何やら曲がった筋のことをしてしまったのではないかという疑問である.山口先生が立候補するという情報があったとき,私はその立候補に何の正義があるか,と問いたかった.しかし選挙が終わってみると,問いは,上井先生が2年学長を続けることに何の正義があったのか,に変わった.
 それでも私は上井先生がどうするのかを見ていた.詳しくは書かないが,選挙で勝った上井先生はその後の折衝では完敗だった.川橋理事は外れ,山口先生が次期の研究担当理事になるとの話を聞いた.山口先生を理事にするときには支持者に説明する,と上井先生はいっていたが,説明などはなかった.
 私は1月と3月に呼び出されて上井先生と会って話している.何を話したかは書かないが,喧嘩別れだった.
 その3月で私は4年の任期を終え,学部長を辞めた.と同時に,これで2代目学長さんとの縁も切れたな,と思った.だがそのときは2代目学長さんに対する,その後2年に及ぶ争いの入り口にいたことを,私は知る由もなかったのである.(次回に続く)

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