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北大総長解任劇を見て笑うべきか泣くべきか?

総長解任

 北海道大学の名和豊春総長が今年2020年の6月30日付で解任された.国立大学の学長を任期途中で解任するという,記念すべき?初の事例である.この騒動は当初マスコミでパワハラによると報道されていて,多くの人は,私を含め,パワハラが原因と記憶したと思う.しかし解任を決めた文科省は「(総長の)不適切な行為を認定した」といい,「一般的なパワハラとして認定したのではない」といういい方をしている(北海道新聞等).だから最近は,この件を語るにパワハラという言葉は出ていない.一体どういうことなのか,という点が私も気になった.
 気になったので簡単にネット検索で調べられることをざっと調べてみると,話はなかなかややこしい.悪者は誰だとはなかなか判断しにくい事例だなと思う.
 まず名和総長解任に関する大まかな出来事を私が調べた範囲で時間順に書いてみると,以下のようになる.なお,2018年12月以降は理事,学長選考会議,顧問弁護士,事務局上層部は一体化して総長抜きで大学を運営しているので,理事・学長選考会議・顧問弁護士・事務局を「大学側」と呼んでおく.

2016年12月 意向投票で現職を破った名和氏が学長選考会議でも次期総長と決まる.
2017年4月 名和総長就任
2018年9月29日 学長選考会議議長,大学顧問弁護士,理事らによる,名和氏への総長辞任の働きかけが始まる.(名和氏の主張)
2018年10月 北大の顧問弁護士が理事に,名和総長の非違行為に係る通報があったという情報をもたらす(大学側の主張).
2018年11月 学長選考会議が名和総長に対する調査を開始(2019年2月まで)
2018年12月9日 名和氏が学長選考委員長に辞任願(文科相宛)を出す(受理されず)
2018年12月10日 名和氏は体調不良で休職,入院.以後,笠原理事が名和総長解任まで総長代行を務める.
2019年2月7日 退院した名和氏が復職を願い出る.2/10に役員会が拒否(拒否する法規上の根拠を私は未確認)
2019年7月10日 北大が文科省に対し,名和総長の解任を申し出る.
2020年3月16日 文科省による名和氏聴聞
2020年6月30日 文科省が同日付で名和総長の解任を通知する.

 問題が表面化したのは2018の10月,北大が文科省に総長解任の申し出をしたのが2019年7月10日である.つまり申出に8カ月強を要している.さらに文科省が解任を決めたのが2020年6月30日であるから,文科省の判断もほぼ1年を要した.この時間の長さがまず異様と感じる.
 大学側と名和氏側では言い分が大いに異なる.しかし,この件での情報発信は主に名和氏の側からなされた.朝日のような大新聞も地元ローカル紙/誌も,大学側は口を閉ざしているといういい方をしている.
 私が見た中では,北大職組(北海道大学教職員組合)のサイトが,この件で公表された情報をうまくまとめている.関心のある方は北大職組サイトをご覧になるべきだろう.基本的な資料は次の2つであろうと思う.

大学側の主張:2020.7.1付 総長解任を受けた大学側の説明
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/20200701_newsDismissal.pdf

名和氏側の主張:文科省お役人への名和氏の陳述書
https://hokudai-shokuso.sakura.ne.jp/htm/20200316nawa.pdf

普通の展開とはどこが違うか?

 上記と同じ展開が例えば埼玉大学であるかといえば,ないと私は思う.
 少なくとも国立大学は公益通報やハラスメントの規則とともに処理法が決めているから,学長を含め大学構成員に何か問題があることが通報やら訴えで分かれば,その定められた規則・処理法で調査・審議され,一定の結論を得る.学長選考委員会がその通報や訴えの情報を判断に利用するときは,規則に従って処理された調査結果を受け取って判断に使うことになるだろう.例えば,東北大の以前の総長は研究不正の訴えを受けたけれども,不正の有無は大学で設けた調査委員会で審議されている.東北大では学長選考会議は登場しないけれども,学長選考会議は,もし必要なら,その定められた方式で得られた結論および調査結果を使うことになるだろう.学長選考会議は,調査をしてもよいであろうが,調査を専門とする機関ではないからである.
 しかし北大の上記の例では,大学が定めた規則は適用されていない.学長選考会議が直接調査をしている.大学が定めた規則を適用するなら,被害者とされる者と加害者とされる者から調査委員会が事情を調査し,両者の主張を対照して判断することになるだろう.しかし北大の例では大学の定めた規則が適用にならないので,加害者とされる名和氏への反論を聞くことなく結論を出したのである.
 また大学の通常の管理システムでは監事が学長に強い意見をいえる立場であるが,監事には何の情報提供もないままに,解任相当の非が学長にあったという結論を学長選考委員会が出し,解任へ動いたようである.

名和氏に何が指摘されたのか?

 名和氏が行ったと非難される行為とは何か? が当然気になる.大学側は30個の不適切行為を指摘し,うち28個を文科省が不適切と判断した.しかし具体的に何かは公表されていない.個人情報を伴うから公表は難しい面があるだろう.名和氏側の主張の中では部分的に出て来る.
 本格的な情報は大学側が文科省に提出した陳述書の中にある.その陳述書95頁を地元誌『財界さっぽろ』が入手したらしく,今年の5月号に載っている.項目だけを眺めると,大体が,総長が職員や役員を理不尽に叱責した,という話だった.
 だから判断は難しいだろうと思う.
 パワハラとは,定義にもよるが,一般的には継続的に上位者が下位者を苦しめる場合を指すと思う.ただ,指摘事項はほぼ一回起的であり,世間のパワハラの例とはちょっと違うように思える.さらに,事実認定は難しいだろう.一般には,回顧的に過去の経験を想起するとき,人はないこともあったと考え,あったことをなかったと思うことはある.法廷心理学では,本人に嘘をつく気がなくても,事実とは異なる記憶を呼び起こすことがある.証言には証拠能力の判断が付きまとい,物証が重視される所以である.そう考えると,「名和氏が足を踏み鳴らした」という陳述があったとして,名和氏が「そんなことはしたことがない」といえば,どう判断しようがあるのだろうか?

大学側の何が問題か?

 先述の北大職組サイトには,北大職組が大学側に総長解任について質問状を出している.その質問事項はよく出来ていると私は思う.北大職組はレヴェルが高い.関心のある方はその質問状に目を通すとよいと思う.
 質問は3点である.
 第1は,名和氏の問題行動をどの時点で把握したのか,という点である.大学側は当初,2018年10月に通報があって初めて知った,という説明をしてきた.一方,名和氏は9月末の時点で通報があったとして辞任を求められたと書いている.ここに説明の相違があったのであるが,大学側はあるとき9月に知ったという説明をしたのである.どうも大学側の説明にほころびが出ているのではないか,と思うのは職組だけではないだろう.この時期の問題を職組は重ねて問うている.
 第2は,学長選考会議が名和氏への弁解の聴取を行わなかったのはなぜか,という点である.この点については大学側は説得力に欠ける返事をしているので,職組は再度問いただしている.
 第3は,2018年12月に名和氏が辞任願を出したのは本当か? という点である.この辞任願の件は名和氏の発信で表に出たことであるが,確かに辞任願が出ることは出たと大学側は認めたのである.いうまでもなく,その辞任願を受理していれば,2019年の新学期には新総長を選出できただろう.大学側が辞任願を受け取らないことによって1年半が無駄になったことになる.職組は,その辞任願を誰の判断で,どのような理由で受け取らなかったのかを再度問いただしている.
 辞任願を受け取らなかったことについて,名和氏は「辞任させずに解任したかったのだろう」という趣旨の感想を述べている.また『財界さっぽろ』が《深層に事務局の「恨み」》と書くのは,こういう点を指しているかも知れない.

本当はどんな背景があったのかと妄想してしまう

 名和豊春氏の研究領域は建築工学・土木だという(Wikipedia).コンクリート関係の研究で受賞歴が多い.北大の工学院長を経て学長になっている.
 ネット検索していたら名和氏に関する2016.12.6の日経の記事に出会った.前日の北大総長選考意向投票で726票を獲得し,現職440票を上回ったという記事である.まだ選考委員会の結論が出ていない段階でこの記事が出るのは変である.おそらく建設関係の業界人が名和氏の就任を歓迎したから日経が記事にしたのだろうと思う.ちなみに,埼大の山口学長(建設)が埼大学長に決まったときにはゼネコン業界に速報メールが流れたというから,同じようなことかも知れない.
 しかし現職総長を相手にこの得票数は,大勝といってよい.ポピュリストとして総長になったといってよいのだろう.名和氏の陳述書から,大勝の理由はよく分かった.現職総長が「医学部、歯学部、小部局以外では一律14.4%、教授相当で205人の人件費を削減」する人員削減を打ち出したらしく,名和氏はその削減幅の圧縮を掲げたらしい.教員にとっては救世主に映っただろう.
 名和氏の教員削減圧縮方針はどう見ても正しい.
 私は当ブログの2月の記載で,「埼大は教職員が少ないのか?」を書いてみた.その折に計算したデータを改めて眺めてみた.上位大学を基盤とした回帰式から推定すると,北大は学生・院生数の割に教員が200名弱足りない.教員の不足数最大なのは東工大であるが,東工大が不足と出るのは医学部がなく大学病院関連の教員がないことによる.その東工大を除くと,国立の上位大学の中で北大は最も教員の不足数が多い.対して,北大の職員は300名強が過剰なのである.私の計算だけからすると,北大は職員ポストを教員に振り替えてもよい.
 ちなみに,東北大は北大より学部生が若干少なく,院生は北大よりやや多い.しかし教員数では北大は東北大より740名少ない.こう考えると,北大で当初の削減案を実施すれば,北大は研究水準で旧帝リーグから脱落しかねない.
 ここで私の念頭に浮かぶのは,教員削減の圧縮という名和氏の方針が大学内でどのような軋轢を生んだか,生まなかったのか,という点である.
 まず,当初の教員削減案を作ったのは事務局だろう.また,「医学部、歯学部、小部局以外では一律14.4%、教授相当で205人の人件費を削減」が当初案だったと名和氏は書くが,この表現の中には事務局の削減への言及がない.当初案で事務局の削減がどれほど見込まれたか? 先述のように北大の事務局人員は肥大しているから,削減分の事務局負担が多くてもよいが,実際はどうしたのか? 医学部・歯学部の削減免除はそのままにするのか? また物件費の削減はどのように見込むか? 案の作り方によっては,名和氏の教員削減圧縮の方針は大学内の既得権益に触る要素を持っている.だから学内のあちこちで軋轢を生む可能性ははらんでいるように思える.現実的には,そういった路線対立がことの本質ではなかったのか,などと私は妄想してしまう.

文科省の出向者がいることの不透明さ

 文科省が名和氏の解任を通知して以後も名和氏の発言は続いているようであり,何かのサイトには「黒幕は文科省だ」という発言もあったと書いてあった(私は未確認).文科省が組織として一国立大学の学長を辞めさせようと動くことはまずないだろう(辞めさせたい学長は沢山いるかもしれないが,お役人はリスクはとらない).
 ただ,名和氏がそのようにいいたい気持ちは分からぬでもない.
 まず,今回は5名の理事が名和氏解任に動いたのであるが,5人の理事うち2人は文科省から出向のお役人である.名和氏の被害者というナントカ部長なども文科省人事の出向者かも知れない.つまり解任に動いた当事者はかなりの文科省のお役人を含んでおり,その状況で解任の判断を文科省に仰いでいるというのは明朗といえるのか? 文科省が組織として働きかけることはないと思うけれど,文科省の判断は担当官の判断によるところが大きい.当事者になっている出向した方々とその担当官が懇意であって不思議はないのである.
 経過を眺めて私が気になったのは,2人目の出向した理事が着任したのが2018年の10月1日であり,最初に選考委員会議長が名和氏に辞任を求めたのがその2日前(名和氏の主張),また出向者2名を含めた理事が名和氏に辞任を求めに行ったのが10月に入ってからだという点である(名和氏の主張).つまり,2人目の方が来てから事態に動きがあったのは,偶然か?
 国立大学が文科省に支配されているという現実が,事実は分からぬが,不明朗な印象を与えてしまう.

学長選考は宮廷政治になってゆく

 今回の北大の件をネットで眺めながら,結末が残虐な処刑であるような前近代中国の宮廷政治を私は連想してしまった.三国志の最初の方のストーリーでいうなら,一方で名和氏は暴虐な董卓のようであるかも知れない.他方で,名和氏解任に動いた側は,陰謀を巡らす宦官集団の十常侍のようであるかも知れない.実際のところは情報がないので判断できないのであるが,いろんな連想を生む余地のある展開だなと思う.
 現実問題,権限と情報が偏在する故に,学長選びは宮廷政治になって行くのだろう.それで悪くはないのであるが,妥当な選択がなされているかのチェックが現実的にできないところが問題だろう.外部委員が関与するとしても,私の実際の見聞では,その方々は個別大学の行く末に深くコミットする訳でもないのである.例えば,埼大で学長任期を一律6年とすることに賛成された外部委員の方々の弁は,今思い出しても笑ってしまう.
 学長選びが宮廷政治になってしまっても透明性を求める方法は,大学の経営に対する発言権で法的な根拠を持つ組合を強くすることしかないのだろうと私は思う.
 ついでに申せば,北大で名和氏後の総長に立候補しているのは3名であり,総長代行をされていた理事殿が結局総長になられるだろう.そう推論する根拠はあえて書かない.

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Comments

北大総長解任の真相を究明する市民の会の山田寿彦と申します。月刊『紙の爆弾』10月号(東京は9月7日発売)に「北大総長解任の真実」と題して10頁の記事を書きましたので、ご参照いただけると幸いです。

Posted by: 山田寿彦 | September 02, 2020 10:44 AM

投稿 「北大よプライドをもて」
「北大総長解任騒動」に思う
      令和2年7月8日  北大一OB 山本 義行

クラーク博士もさぞかし嘆いていることと思う。
2020年6月25日付の名和氏の心境を語る「北海道大学総長解任騒動に関する真相について」ならびに同年7月6日付の「総長解任に係る記者会見」議事録を読む限り、名和氏の就任が2017年4月で、解任の発端はたった1年半年後の2018年9月で、その間、「総長選考会議」と総長との間でやりとりした形跡が全くない割に、その後の段取りがあまりにも整い過ぎています。 
これらの文面を読む限り、北大内部で事に正面から対峙して解決しようと努力をした形跡が大して見当たらず、解任理由は一見もっともらしく見えますが、「解任」先にありきで、告げ口情報を集めただけの印象は免れないと思います。
「北大の名を貶めてまで文部省の力を頼るほどの理由とは何だったのか」が全く
理解できません。自助努力、自覚を全く欠いた「そしり」は免れないでしょう。自治を破壊しています。その点の反省なくして、旧総長からのこれからの訴えを含め、事は混乱の一途をたどる恐れが高いと思います。

選挙で選んだ以上、一部の単なる告げ口を羅列した程度の問題で、即、そこまでするのは、本末が転倒していると言わざるを得ません。誰がなっても、聖人君子でもない限り、「総長選考会議」が指摘する程度のことは、世間ではありふれた話で、誰にでもあり得ることです。
組織ですから問題があるのは当たり前、それをトップと下部の間の地道な意思疎通の努力もさせないで、一方的に個人の人格だけのせいにして、文部省に告げ口するのは、とても、公正で、建設的な解決方法とは云えません。卑怯で自壊的な行為です。
そんなに簡単に一方的に人格を否定するということはあってはならないはずです。それこそ、パワハラでしょう。解任するにしても、まずは相互対話で改善努力を行った図った上での話でしょう。
大切なのは名和氏個人の大義ではなく、「北大の大義」です。
間違えてはいけないのは指摘された事実が事実かどうかではなく、事実を事実として冷静に受け止めて、何故、改善できなかったのか、大学の自治を守るための自助努力を具体的にどう行ったのか、行っていないのか、そして、これからも行っていくのかという点です。
北大内部の自治能力を高めさせない限り、クビを据え替えても問題の本質(自治能力)は全く変わらないと思います。
「北大よプライドを持て!」

Posted by: 山本義行 | August 09, 2020 07:36 AM

「北大総長解任騒動」に思う      令和2年7月11日   一北大OB 山本義行

今回の総長解任劇は、本人の辞任申し出すらもあえて受理せず、大学役員、選考会議とも公正な選挙で一旦は選んでおきながら、その責任を放棄して、ただひたすら国による解任を選んだ点にある。これが一般の事業体であれば、社長や理事長を取締役会や理事会で解任することはできても、犯罪でもなければ人格の問題だけで経営トップの解任を国に求めることはできない。
従って、普通は、いやでも、組織内での解決を強いられる。解決できなければ、組織低落の憂き目にあうのが落ちである。様々な問題に悪戦苦闘する組織人はあまたであろう。
それに比べれば、今回の例はあまりに安易に過ぎる。1年半も空費した上に、今後のことはこれから検討するとは、役員や選考会議の本来職務の放棄も甚だしい。
人格の良し悪しは論ずれば切りがないし、人には積極的には誰も悪い点に触れたがらないという心理が働く。知らなければ無いのと同じであるから、どんな方式の選出を行おうとも聖人君子だけを選ぼうとする方に本質的な無理がある。仮に、選挙前は問題がなくても、権限を得た選挙後に豹変することだって当然あり得る。やはり、隠し立てのない風通しのよい組織づくりに尽きる。その辺をクリアにして、学内全構成員の意識を喚起し、率直な意見の集約に工夫を凝らさない限り、まともな再出発は覚束ないだろう。


一同窓生

Posted by: 山本義行 | August 09, 2020 07:34 AM

北大の主であるはずの北大構成員や北大同窓生の名誉をないがしろにしてまで、解任にこだわった選考会議の見識を疑う。

外部的には北大構成員や北大同窓生の名誉を保ちつつ、解決する手立て(辞任)があったはずである。

お上頼みの極めて安易な方向に走った上、1年以上も空費した同会議の見識を疑う。
                             
一同窓生

Posted by: 山本義行 | August 09, 2020 07:31 AM

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