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学校教育法から乖離する大学行政

 表題は,大学行政が学校教育法から乖離してけしからんというのが趣旨ではない.逆である.「乖離することが望ましい」が本意である.

大学を主として学校と位置づけてきた従来

 大学の必須の要件は教育(人材養成)をすることである.もし研究をするだけなら研究所であって大学ではない.しかしこれまで,大学教員を含めて多くの人は大学を主として学校であると考えていたように思う.
 1995年のことだったが,私は埼大教養学部の教授会で,学部の力点を研究に置くべきことを主張したことがある.その経緯を以前,私は次の記事として書いた.
http://takagi.air-nifty.com/conbrio/2018/08/post-61e0.html
 上記の記事でも書いたことであるが,教授会では「いや,学校だ」という反応がほとんどだった.それだけ皆さん,大学を学校と位置づけていたのである.
 よく考えてみると,日本では大学を「主として学校」と位置づけてきたきらいがある.まず大学の成立根拠になっているのが法的には学校教育法である.学校教育法では幼稚園から小中高校の目的を定め,次に大学の目的を定めている.
 学校教育法は成立した1947年の当時,次のように目的を定めている.

第五十二条 大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

 「教授研究」という表現で研究の文字を入れているが,素人の私には「教授研究」が「教育と研究」を指すのか(そうならそう書けよ),「教授法を研究する」ことなのか,よく分からない.

 2020年の改訂でも,大学の目標規定の文言はそのまま維持されている(ただし第八十三条となる).が,次の第2項が加えられている.

② 大学は、その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

第1項では「教授研究」なのに第2項ではじめて「教育研究」という言葉が出てくる.ただ第1項の「目的を実現するため」という条件が入っているので,あくまで教えるために研究している感が強くなる.
 また,「社会の発展に寄与するものとする」という言葉が入っているので,いろんな活動によって社会の発展に寄与するもの」ともとれるけれども,第1項が教育中心に書いてあるため,あくまで「人材養成を通じて社会の発展に寄与する」ことをいっていると考えた方が自然と思う.

 なお,同じく1947年にできた教育基本法では,当初,大学に関する記載はなかった.しかし2006年に改訂された教育基本法では大学に関する条文が次のように追加された.

第7条 大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

 この教育基本法だと研究が大学の目的として明記されている(深く真理を探究して新たな知見を創造し).学校教育法は2020年の改訂であるので,大学の目的は教育基本法のこの条文に入れ替えればよさそうなのに,なぜかそうはならなかった.
 ここまでが現状である.この現状に慣れてきた大学教員にとって,例えば,「イノベーション? そんなの大学とは関係ねぇ」と思うのではないか?

縦割り行政が大学を制約してきた

 ちゃんと調べていないで間違っているかも知れないが,日本と米国では大学の存立基盤がかなり異なっていて,そのことが日本の大学の存在を小さくしてきたように感じている.
 印象として,米国では,大学(少なくとも州立大学)は広い意味での社会資本ないし公共財であって,単なる学校ではない.米国にも連邦政府に Department of Education はあるけれども,日本の文科省のように大学を直接規制することはない.もともと(特に州立)大学は州の存立のために設置された.多くの州の主要産業は農業であったから,農学のCollege は歴史がある.日本だと農業試験場のようなものが昔からあったが,管轄は今の農水省であるから,文科省管轄の大学とは別にできる.また別の省が作る高等教育相当の機関は文科省の大学にはなれずに「大学校」と称することになった.米国の場合,日本のような縦割り行政がないので,何かを作るときはまず大学に作ることになるように思う.大学は大きなスタジアムや陸上競技施設を持つ.日本の大学が大学での体育の授業をする程度の体育施設しか持たないのとは対象的である.また,企業が研究に投資する場合も,自前の研究所を作ることもあるだろうが,お金を大学に出して研究所を作らせる,ということが起きやすい.その結果,大学が大きな社会資本ないし公共財として成長してきた.日本は大学が学校の規模のままであり,文科省管轄の世界以外からは切り離された世界になり,学校として小さく成長して現在に至った,ということではないかと思う.
 法的には,日本では各省庁が扱う事項を省ごとの設置法で決めてしまっている.大学を文部科学省が管轄することは文部科学省設置法の所掌事務としてまとめられている.そして大学は,小中高校と同じ発想で管理される結果になったのではないか,という印象を私はずっと受けている.
 私は2017年に埼大を退職したけれども,当時よく,文科省主導で「高大接続」が叫ばれた.私は内心やれやれと思った.高校と大学をなぜ接続させる必要があるか? 高校の校長は高大接続を願うらしいが,昔高校を卒業した人が遅れて大学に入学することもある.高校は高校で目的があり,大学もそれぞれに目的があるのだから,高校でやっていることに制約されることなく大学は入試をやってよいのだと思う(出題範囲を明示する必要はあるとしても).高大接続などという発想が出てくるのも,文科省が「学校」を一括して管轄する結果だろう.
 高橋洋一氏のYouTube動画を見ると,省ごとに所掌事務を法律で決めている国は日本以外にないらしい.政府の所掌事務は決まってても法的に省に分けてはおらず,どこが扱うかは政府(政権)が決めるらしい.したがって日本においてきわめて縦割り行政が強く,その結果大学の存在が狭い範囲に限られる結果になった可能性がある.

今生じていることの意味

 この縦割り行政の制約を政府が崩そうとしている,という現実を,今,われわれは目にしているのだと私は思う.私がそのように思うようになったのは,このブログで少し前に扱った,大学への総合振興パッケージの資料を目にしたときである.大学支援の補助金として,文科省の補助金以外に経産省や内閣府,総務省の補助金が例示されていた.大学の支援は文科省だけでなく,関連他省庁が関与し,その「連合軍」を内閣府でまとめている感がある.最終的に大学の世話をするのは法的に文科省になるのであるが,政府が全体でかかわるようになったといってよい.
 大学への行政の関与が「連合軍」になって来たのは第2次安倍政権になってからと思う.ちょうどその頃に文科省も「グローバル人材」といい始めたのであるが,私が今確認できたことでいうと,2014年の骨太の方針で「大学の徹底した国際化、理工系人材の育成、教育研究基盤の確立」と書き始めている.この頃から大学の研究を日本の成長戦略の要と位置づけ始めたのである.この傾向が現在の国際卓越研究大学,総合振興パッケージ(その中身の評価は別にして)によって,より明確になったというべきだろう.
 総合振興パッケージでは,新産業の創出や地域創生,イノベーションといった,学校教育法による大学の規定からは飛躍する課題が大学に対して向けられるようになった.そして大学の振興は文科省だけに任せるのではなく,複数省庁が関与する方向が明確になってきたように思う.この大学振興策の発想の元にあるのは,米国の大学の姿なのではないかと思う.

象徴としての加計問題
 
 安倍政権時代に騒いでいた加計問題は,実は象徴的な出来事だったと見るべきだろう.当時(実は今も),大学の認可は法的根拠もなく文科省が握っていた.大学の認可は文科省の専管事項であり,獣医学部1つを総理大臣でも作らせることはできなかった.文科省が既存業界と談合して半世紀に渡って獣医学部を作らせなかった.医学部についても同じことがいえる.
 だから獣医学部を作らせるために官庁の支配の例外を許す「特区」を設定したのが加計問題だった.「特区」は内閣府が主導する枠組みだった.加計学園の獣医学部は,文科省の専管事項を侵害する出来事である.だから当時,文科省(文科大臣は除く)は組織として安倍政権と争った.前川喜平が安倍総理を批判しつつ主張したのは「大学のことは文科省が決める,政治が口出すのはおかしい」という点だった.前川の主張は権限を既存省庁が握り続け,それによって天下り先を確保する官庁固有の行動だったというべきだろう.
 その後,政府は東北地方に例外的に医学部を1つ新設させたけれども,その新設も「東北復興」という名目を使って例外的に行ったことだった.
 このように,文科省(など既存官庁)による岩盤を崩す試みが,不十分ながら行われる事例があった.それらは何れも既存官庁の縦割りによる専管事項を崩す試みだったといえる.現状での大学行政は,内閣府にいくつかの官庁が関与しつつ連合軍として文科省を主導するという方式になったのだと思う.

この変化は望ましいのではないか?

 今の大学行政に生じている変化は,左翼勢力が大学で繁殖させて来た勢力を温存したい立場からすると改悪であるが,この国と大学の将来にとっては望ましいことであると私は思う.今後の知識社会において大学が産業や社会一般を牽引することは必然である.大学が官民の投資を受けられるようにすることで,社会の中で大学の存在は「学校」を超えて大きくなる.政府はなぜか,大学により強いガバナンスを求めているが,個別の是非はともかく,方向性としては仕方ないことと思う.教員の選挙によって学長が決まり,学長によって大学の方針が変わるようでは,大学は投資の対象にはなりにくい.個別の学長の意向を超えて「合議体」が学長と経営方針を決めるようでないと(うまく行くかどうかはともかく),大学は広い投資の対象にはならない.クーデターの多い国が投資を呼び込めないのと同じである.
 より大きな存在の大学を出現させることが,今の大学の課題であろうと感じる.

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国際卓越研究大学の行方

 少し前に「国際卓越研究大学」について触れた.ここではこの国際卓越研究大学の行方について,素人の私の感想,ないし予想を書いてみよう.「行方」とは2つの意味がある.1つは国際卓越研究大学がどのように規定されるか,2つ目は実際のどの大学が国際卓越研究大学になるか,である.私の予想を予め書けば,CSTI(総合科学技術・イノベーション会議)が言っていたような格好で,指定国立大学法人が中心になって,2024年度から国際卓越研究大学という制度が発足することになるだろう.

国際卓越研究大学が毒饅頭でも上位大学は食べるだろう

 国際卓越研究大学は大学にとって毒饅頭かも知れない.大学ファンドからの支援は欲しいものの,大学の体制を変えることが求められる.大学はできればその体制変更をしたくない.そこでどうなるかという問題である.だから国際卓越研究大学の制度導入には,特に左翼陣営から反対論が出ていた.
 国際卓越研究大学にCSTIが求めた事柄のうち,特に問題にすべきは次の2点であるように思う.第1は学長の上に「合議体」を置くことである.この合議体(何れ別の名称になると思う)が学長を選び,また経営方針を決めることになる.学長を中心に学内で合議(悪く言えば談合)して決定をしていた大学としては嫌であろうし,教員による学長選挙はキッパリ消えるだろうから,大学教員に根を張ってきた左翼陣営は嫌なことは間違いない.そして何れの大学でも左翼は根強い.第2は,CSTIが大学の事業規模(たぶん予算額)に年率3%程度の成長を求めたことである.委託研究費などは各大学ともかなりの成長率があると思う.しかし大学の事業予算全体の3%成長とは,大学にもよろうが,難しいだろう.また,大学独自の基金設立を求める話もある.東大の場合は東大債を発行した.が,金額的には東大としては大きいとはいえないし,どれだけの大学が同じようにできるだろうか?
 とはいえ,国際卓越研究大学になりたい上位大学は,やはり毒饅頭は食べるだろう.そう思うのは次の理由による.

合議体

 国立大学の場合でいえば,この合議体は学長選考委員会のようなものである.たぶん評議会から教員代表が,経営協議会などから馴染みの学外委員が出て構成される.だから中身は従来の学長選考委員会と変わらない.
 学長選考委員会と新たな合議体が異なるのは,合議体が経営方針まで決める点である.
 ただ,想定されている合議体が具体的な経営方針を独自に作れるかというと,たぶんできない,と私は思う.これまでも学長選考委員会では,外部委員は一言はいいたいだろうが一言いえばそこから先は事務局が出したたたき台をそのまま飲んできた.自説にこだわる動機付けは薄い.私が直接知っている埼大の学長選考委員会はそうだったし,新聞報道を見る限り東大でも同様である.お客さんとして呼ばれた外部委員は,大学に詳しい方はおられるだろうが,大学の経営方針を作るために多くの労力を投入するとは思えない.やりたくても,方針策定のための検討作業などしないだろう.経営者として呼ばれた合議体構成員が,巨額の役員報酬を得,かつ大学の成績に応じて報酬額が上下するなら別であるが,そうはならないだろう.
 つまり合議体は,大学の事務局が作成したたたき台を飲む以外の選択はないだろう.だからこれまで通りに学内で作った計画を事務局を通して合議体向けのたたき台にしてもらうことで終わるような気がする.
 合議体を作るのが嫌で国際卓越研究大学にならない,ということは生じないように私は思う.しかし合議体を作ることで,旧来の教員の談合で物事を決めるルートは,かなり細くなる.

事業成長

 政府が国際卓越研究大学に事業規模3%程度の成長を求めた箇所を見たとき,私は思わず笑ってしまった.国の経済を成長させられない政府が,どの面下げて大学に成長を求められるのか,ということである.大学が事業成長できるのは,国として成長がある場合なんじゃないの?と思った.
 という考えが正しければ,大学は事業成長をそれほど心配する必要はないのでは,という気がする.結果は国の経済成長にかかわるから,ダメなときはどの大学もダメであり,それゆえに言い訳はできるだろうからである.
 もっとも,国際卓越研究大学に申請する大学は申請時に事業成長を見込めるという事業計画を作成して提出しなければならないだろう.その事業計画を作れるのか,大学債などの発行に目途が付けられるか,その辺が一番難しいところのような気がする.

国際卓越研究大学になる大学に意外性はないだろう

 国際卓越研究大学の根拠法案が今年の5/18に成立した.その成立と同時に,共同通信と朝日新聞は手を上げる意欲のあると回答した大学名を報道した.東北大,阪大,名古屋大,東京農工大,早稲田大である.東大,京大の名前は出なかった.
 ただ,これらの大学名は一体何なんだ,というべきだろう.国際卓越研究大学は事業計画の提出を経て選定されるから,公募になるだろう.が,公募要領も出ていないのに,手を上げるも何もないのである.「詳しいことは何ともいえない」以外の返事はないではないか? 
 ただ,名前が挙がった5大学は,何れも動機づけが高そうな大学だな,と私でも思う.まず東北大,阪大,名古屋大は,その順で,東大,京大の背中が見える位置にある.だから東大,京大を抜く意欲が高いはずなのだ.私大では,早稲田より慶応の方が実力はあると思うが,早稲田はこの何年か,研究力が高いという格好にすることに意欲を示してきたように私にも見える.
 東京農工大は法人支援では世界型(③)である(私には意外だったが).それだけでも意欲は高い.ただ論文シェアでは第2グループでもなく第3グループ(埼大は第4グループ)である(埼大と同様におそらく大学の規模が小さいためだろう).だから存在感は大きくなく,現状で投資の対象にはならないような気がする.
 早稲田についてはよく分からない.
 国際卓越研究大学になる大学は,研究成果を示せるか,成長する事業計画を作れるか,ということにかかる.その2点について,指定国立大学法人は準備運動をしていたようなものであるから,指定国立大学法人を中心に国際卓越研究大学が出ることになるとしか思えない.そう見たとき,国際卓越研究大学になるのは東大,京大,東北大,阪大,名古屋大とプラスアルファ,計7,8大学ではないか,と考えるのが自然と思う.

東京農工大と埼大

 話は横道に逸れるけれども,上で触れた東京農工大と埼大を比較すると面白い.財務諸表を見ると,両大学とも予算規模は非常に近い.国からもらう運営費交付金の額もほぼ同じ(東京農工大が少し多い).違いは,授業料収入が埼大の方が多いこと.埼大は文系が多く,文系は教員数の割に学生数を抑制して設置されるので,授業料収入は埼大の方が多いことになる.しかし委託研究費は東京農工大の方がずっと多い.結果として予算規模が同じになる.
 東京農工大と埼大は同じくらいの規模の大学なのであるけれど,東京農工大は農学系と工学系だけの大学なのに対し,埼大の方は理工の規模が小さい.論文シェアで東京農工大が第3グループなのに埼大が第4グループなのは,その理系スタッフの規模の違いによるのだろう.なお埼大は,医学部を持っていれば確実に第3グループに入るだろう.
 私の先入観では,理系が多い大学はイケイケになるように思う.17大学人文系学部長会議の範囲では,徳島大学が理系が多く,結構イケイケだった.
 東京農工大は埼大が協力関係を作るのに良い相手なのかも知れない.

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大学への「総合振興パッケージ」の薄情

(「薄情」は「うすなさけ」と発音してください.)

CSTI

 今年(2022)の2月1日付で,CSTI(総合科学技術・イノベーション会議,内閣府)は「世界と伍する研究大学の在り方について」という最終まとめを公表した.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/sekai/kenkyudai_arikata_p.pdf
と同時に,同じ日付で「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」を公表している.
https://www8.cao.go.jp/cstp/output/kenkyudai_pkg_p.pdf
 2022/6/7閣議決定した骨太の方針2022では,「世界と伍する研究大学の在り方について」が「大学ファンドから支援を受ける国際卓越研究大学」に対する措置であり,「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」は「地域の中核大学等が、特色ある強みを発揮し、地域の経済社会の発展等への貢献を通じて切磋琢磨できるよう、産学官連携など戦略的経営の抜本強化を図る」ためのものと表現されている.たぶん,「地域の中核大学等」は,この時点では,大学ファンドの支援対象とは想定されていないのだろう.

 CSTIは議長が岸田首相であり,重要閣僚が名を連ね,有識者のトップとしてよく名前が出る上山隆大氏が入っている.議論の実質は会議の下にあるいろんなワーキンググループでなされており,通して出ているのは上山隆大氏であるから,同氏の意見が多く反映されるものと思う.しかしこれだけ複雑な会議であると出席委員は一言いって満足して終わるだろうから,結論の中身は事務方(岸田内閣では財務省・経産省の官僚)が取りまとめたものがそのまま通るのではないかと想像する.

 私見では,世界と伍する研究大学,つまり国際卓越研究大学については今さら見聞して新しいことはない.が,「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」(以下,「総合振興パッケージ」と略)については政府筋が何を考えているかについて興味を喚起する面がある.
 以下,その総合振興パッケージについて,私がざっと見た感じを茶飲み話として書いてみたい.不正確な点はご勘弁願いたい.

総合振興パッケージが想定する大学階層

 パッケージの対象は「地域中核・特色ある研究大学」である.略さずに書けば「特色ある研究大学」と「地域中核(研究)大学」なのだろう.「特色ある研究大学」は,国際卓越研究大学には届かないけれども限定した分野の研究で世界的水準にある大学を指していると思う.典型例は金沢大学のような国立大学,ないし早慶あたりだろう.「地域中核大学」は,地方国立大学はみな該当するものと想像する.
 「地域中核・特色ある研究大学」については3つの類型が書かれているのが面白い.第1類型は「特定分野で世界トップレベルの研究拠点」を持つ大学である.第2類型は,世界トップレベルの研究拠点を持ちつつ大型の産学連携を推進する大学である.第3類型は,世界トップレベルの研究拠点は内部に持たないけれども,学外拠点と連携しつつ地域の産業振興・課題解決に貢献する大学である.
 CSTIの資料では,国際卓越大学とこの3類型が1次元で上下に位置する階層構造が描かれている.むろん上から,国際卓越,第1類型,第2類型,第3類型である.
 ここで気になるは,3類型で出てくる「世界トップレベルの研究拠点」が何を指すか,という点である.同資料では「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」が例示されている.しかしWPIはほとんど指定国立大学法人で認定されており,例外は金沢大学くらいしかない.だから総合振興パッケージの対象大学にWPIはないだろう.単なる「強みのある分野」ということかも知れない.
 たぶん,国際卓越研究大学を含めた4類型の下にかなり多くの弱小大学があることになるのだろう.

総合振興パッケージは何をいっているか?

 細かく検討した訳ではない私がいうのは気が引けるが,大まかにこの総合振興パッケージが何をいっているかについては,次のようなことであろうと思う.
 第1は,大学に対して上から目線で訓を垂れている.大学は研究の強みを作るべきだとか,大学間の連携をすべきだ,地域でネットワークを作るべきだといった,一般論としてはその通りであり誰も理解していることをいっている.個別の大学に対して具体的にいってくれないと,大学の方も困るだろう.
 第2に,新たに財源を動員して支援しますという印象はなく,既にあるいろんな補助金をまとめて表示することで大学の便宜を図る,という考えのように読める.「総合振興」の「総合」というのは,その補助金枠をまとめて示す,ということのように読める.いや,おそらく補助金の枠は大学の事務方は把握しているはずだから,そんなの,まとめて書いて何かプラスなのか? しかも,例示される補助金枠には既に募集を終了しているものもあるではないか?
 という訳で,この総合振興パッケージって何なのさ? 各大学に気合を入れる,という趣旨なのかも知れない.あるいは,ファンドを使わないけれども皆さんのことも考えています,といういい訳なのかも知れない.
 国際卓越研究大学にはファンドで支援しますといいつつ,その他の大学には気合だけ.嗚呼この薄情け.

 美空ひばりの晩年の名曲「乱れ髪」風にいうと:

  失せたファンドの 配分を
  祈る教員の 性(さが)悲し
  辛らや重たや 本学ながら
  沖の瀬をゆく 底曳き網の
  舟にのせたい この薄情け

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骨太の方針2022 での大学言及

 今年の『骨太の方針2022(経済財政運営と改革の基本方針2022)』がネット上で話題になった.ネット上の話題とは,骨太の方針でのプライマリー・バランスの扱いを巡る財務省(岸田)と積極財政派(安倍)の抗争のことである.という訳で,今年の骨太の方針がどんなものか,どれどれ,とネットで検索してみた.
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/decision0607.html

 ここで話題にするのは骨太の方針2022での大学への言及についてである.
 以下,私が気になった点を書いてみる.

 第1に,大学に関する言及が減った.昨年の骨太の方針2021(菅内閣)では「大学」という単語が33か所で出てきたのに対し,今年は23か所である.文章自体が変わったので理由は複雑でよく分からない.ちなみに,「イノベーション」という言葉は昨年度が25,今年が24であるから,変わらない.文章全体の長さもほぼ変わらない.

 第2に,「現在 35%にとどまっている自然科学(理系)分野の学問を専攻する学生の割合についてOECD諸国で最も高い水準である5割程度を目指すなど具体的な目標を設定し、」という記載が今年は入った.昨年度まではなかった表現である.
 現状で自然科学分野が35%という数字は,大学生の私大割合が高いことから,直感的にそんなものかと思う.国立大学,特に地方国立大学では文系部局は少ないので,理系割合が高いような気がする(埼大は地方国大では例外的に文系比率が高い).また,「OECD諸国で最も高い水準」で5割に過ぎないというのは意外な気がする.
 実際に理系を増やすって,どうするのかね?と疑問に思う.私大に対して費用がかかる理系を増やすように命令することもできないし,国立大学の少ない文系部局を理系に転換しても割合は全体ではそんなに増えないだろう.
 理系を増やすこと自体は正しいと思う.文系の場合,何も勉強していない学生が多いはずである.(文系でちゃんと勉強しているのは外国語を学ぶ分野くらいのように私は思う.)

 第3に,昨年度まで何年か続けて骨太の方針に記載されていた「国立大学との新たな自律的契約関係」という表現が,今年から消えたことが目を引いた.この「新たな自律的契約関係」というのは刺激的な表現であり,国立大学のあり方そのものを大きく変えるようなニュアンスがあったので,私は注目していた.むろん,左派が嫌う方向への変化である.
 ただ,確か菅内閣の萩生田文科大臣が,この「自律的契約関係」というのは大した意味はないといった回答をしていたように思う.「自律的契約関係」という言葉は,構造改革派が国立大学の国立色を払しょくしようと考えた痕跡ではないかという気がしている.しかし岸田内閣になって社会主義色が強まったので消えたのだろう.「自律的」に変わって「教育・研究・ガバナンスの一体的改革を推進し」と,支配色が増したことの表裏かも知れない.

 第4に,10兆円ファンドについては,昨年度は「研究の生産性を高めるため、研究DXを推進するとともに、研究を支える専門職人材の配置を促進する。」といった書き方だったのに,今年は国際卓越研究大学だけにファンドを使うような書き方に変わった.
 10兆円ファンドは,安倍内閣で種を撒いた話であり,菅内閣ではファンドの運用(収益の上げ方)の検討をしていたと思う.岸田内閣になって国際卓越研究大学に限定してファンドを使うような考えになったのだろう.財務省は下々の大学に金を使わせるとろくなことはない,と考えている.ただ,10兆円ファンドの使途については,まだ綱引きの余地があるのだろうと期待する.

 蛇足であるが,昨年の骨太の方針では「安定的な財源(の確保)」という表現が少子化対策の箇所だけで使われていた.「増税をすれば対策をしてやるよ」という意味だろう.今年は「安定的な財源(の確保)」という言葉が奨学金の返還の箇所で追加された.岸田内閣は「人への投資」といい,奨学金を付けるようなことをいうけれど,「それは増税が前提」という財務省の主張を反映したのだろう.積極財政派なら「教育国債で賄う」と考える所ではないかと思う.
 やはりダメだな,岸田内閣.

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調子良過ぎて笑いを誘う国大協

 2つ前の記事で,10兆円ファンドを国際卓越研究大学に使う,という話を書いた.ここで国大協が何といっているかと思い,国大協のサイトを眺めてみた.2022/05/27付で「地域中核・特色ある研究大学の強みやその特色を伸ばすための取組について(中間まとめ)―我が国の大学の研究力及び国際競争力強化への7つの提言」というのが出ているのが目に留まった.
https://www.janu.jp/news/10611/
 案の定の動きであろう,と思った.国際卓越研究大学にファンドのお金を使うことの根拠法が両院を通って成立したのが5/18である.時を移さず国大協は上記提言を出したのだろう.綱引き(の1つ)が始まったのである.下々の国立大学も金が欲しいということである.
 この「7つの提言」をざっと見てみた.「これは厚かましい!」と思わず笑ってしまった.
 7つの提言のうち,6つは「支援拡充」,つまり「金をくれ」である.「金をくれ」でない提言2は「使いたいところに金を使える自由をくれ」であるから,まあこれも「金をくれ」みたいなものである.
 国立大学に務めていれば何れもいいたいことではあるが,職を離れた一般人の私には「少しは自前で稼ぐことを考えろ」といいたくもなる.
 重要なのは,地方国立大学が金が必要だという根拠を述べると,公立はむろん,多くの私立大学にも当てはまってしまうことである.バラマキをやりだすと広く薄くばら撒く他はない.たぶん,私立大学の方も政府へのおねだりを始めるのだろうな,と思ってしまう.いろんなレヴェルで綱引きがあるのだろう.

 どのような大学にせよ,10兆円ファンドで大学という機関に金を配るのは私は良くないと思っている.研究者個人に研究費として渡すべきなのだ.たぶん間接経費もつくだろうから,その間接経費で支援体制の構築に充てればよい.

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